論述問題の視点D
〜ヨーロッパの絶対主義〜
 
まずは小手調べに基本レベルの問題。

【例題1】 以下の語句を用い,ヨーロッパ絶対主義について国家形態と経済政策の関連性に留意しつつ論じなさい。なお,語句には最初に用いたときに下線を付すこと。
    官僚    常備軍    重商主義    重金主義    貿易差額主義
                               (千葉大 2001年)
 
 教科書レベルの問題です。必要なことは、以下の4点。なお字数指定はありません。
  (1)中央集権体制をすすめるために官僚制と常備軍を整備したこと。(国家形態)
  (2)官僚機構や常備軍を維持するために重商主義政策をとったこと。
    (国家形態と経済政策の関連)
  (3)重商主義政策は重金主義から貿易差額主義に移行したこと。(経済政策)
  (4)重商主義政策は市民階級と王権との結びつきを強めたこと。
    (国家形態と経済政策の関連)
 もちろん、重金主義と貿易差額主義の内容説明は必要でしょう。
 
次の問題はどうでしょう。

【例題2】 17世紀から18世紀におけるヨーロッパは絶対主義あるいは絶対王政の時代と呼ばれる。とりわけルイ14世が統治したフランスは典型的な絶対主義国家とされているが、このような政治体制がどの程度「絶対的」であったのかに注意しながら、その特徴を述べなさい。(400字以内)                  (一橋大 2001年)
 
 問われていることは
   (1)絶対主義という政治体制の特徴
   (2)絶対主義という政治体制の限界          の2点です。
 ここで問われているのは「政治体制の特徴」ですから、【例題1】の内容をすべて含んでいると考えていいと思います。ただし、重金主義と貿易差額主義の違いまでを書く余裕はないでしょう。必要なことは以下の通り。
   (1)について
     @国王が主権者として、国内的にも対外的にも最高の権力をふるった。
     A主権者としての地位を正当化するため、王権神授説を採用した。
     B【例題1】の内容・・・・官僚制と常備軍の整備、重商主義政策、市民階級との提携
   (2)について
     @旧来の身分制度の残存・・・・中間権力として、国王による国民の直接支配をさまたげていた。
     A国王は特権や慣習を認可された中間団体(社団)を束ねることで、国をまとめていた。
 政治体制の特徴としては、主権国家における唯一の主権者として国王が振る舞ったという点を必ずおさえること。限界については教科書163nを参照のこと。「社団国家」の概念を採り入れれば、さらによい。
 
 
 
 
 絶対主義を考えるうえで主権国家の概念は必ず必要です。もう一度復習しておきましょう。
   (1)「主権」・・・・国の政治のありかたを最終的に決定する力
        (教皇のように国を越えた権威に従属することもなく、国内にも対抗できる権力は存在しない)
          →主権は国内的にも対外的にも最も強力な権力
   (2)国境線で分けられた国家が主権をもつと、その国は主権国家となる
      →主権国家がそれぞれ対等な地位を原則として併存する国際関係を主権国家体制       という
   (3)絶対主義は、君主が主権を行使するためにとられた国家体制といえる
 この主権国家体制が確立するのがウェストファリア条約です。

【例題3】16世紀から17世紀前半までのヨーロッパの国際状況を念頭において、三十年戦争の歴史的意義を300字以内で説明せよ。           (横浜国立大・97)

【例題4】ドイツを舞台とする宗教戦争としてはじまった三十年戦争は、ドイツに政治的利害と領土的野心をもつフランスとスウェーデンなどの介入をまねき、多数のヨーロッパ諸国が関与する戦争となった。また、その講和会議はヨーロッパ最初の国際会議とされる。以上のような点に留意しながら、三十年戦争の結果と、それが後のドイツに及ぼした影響について述べなさい。(400字)                 (一橋大・95)

【例題5】以下の語句を使用し、三十年戦争の歴史的意義について論じなさい。使用した語句には最初に用いたときに下線を付すこと。
 グロティウス  国益  ウェストファリア条約  オスマン帝国  神聖ローマ帝国
                                   (千葉大・99)

【例題6】十六、十七世紀における宗教改革から宗教戦争へと至る一連の宗教紛争は、国家的統一という観点からみて神聖ローマ帝国の場合にはどのような結果をもたらすことになったか。「アウグスブルクの和議」「ウェストファリア条約」「絶対主義」の三語を用いて、180字以内で説明せよ。                     (埼玉大・99)
 
 微妙に問題のニュアンスが違うことに注意しましょう。
 【例題3】【例題5】は (1)「三十年戦争の意義」
 【例題4】は      (2)「三十年戦争の結果」と
             (3)「三十年戦争がドイツに及ぼした影響」
 【例題6】は4と同じく (3)「三十年戦争がドイツに及ぼした影響」
 
 まず「三十年戦争の意義」を問われたら、
   @主権国家体制が確立したこと。
   Aフランスとスウェーデンの勢力が拡大する一方、ハプスブルク家の勢力が後退したこ    と。
   Bカルヴァン派が公認されたこと。
   Cスイスとオランダの独立が認められたこと。
 つぎに「三十年戦争の結果」ならば、
   @ウェストファリア条約が結ばれた結果、神聖ローマ帝国は有名無実となったこと。
   Bあと「意義」のA〜Cの内容。
 そして「ドイツに及ぼした影響」を問われたら
   @戦場となったドイツの荒廃。
   A戦禍の少なかったプロイセンの強大化。
   Bドイツの国家統一が19世紀まで遅れたこと。
 
 「結果」「影響」「意義」は、それぞれニュアンスの違いがあることに注意しましょう。
  (1)「結果」は、事件がおこってすぐの出来事(戦争後に結ばれた条約とその内容など)
  (2)「影響」は「結果」よりも対象となる時間が長い。マイナス面も含む。
  (3)「意義」は「影響」よりもさらに対象とする時間が長い。プラス面が中心。
     したがって、事件の結果消滅した出来事に触れることも必要となる場合がある。