質問 われわれは、逆さまになった世界を見ることができません。デジカメを上下逆さにして撮影すると、文字通り逆さまの世界が写ります。しかし、天橋立の股覗きのように頭を下にしても、外部世界は物理的に不動に見えます。これは、外部世界が不動で、その中でわれわれの方が動いていることを実感させるために、われわれに備わったシステムだと考えますが、あまりにも当たり前すぎて客観的に分析することが出来ません。【その他】
回答
 われわれは、目に映じる光景を、外界の光学像を受動的に感知したように思いがちですが、実際には、そうではありません。人間の視覚系は、ホログラフィのように外界の光景を立体再生しているのではなく、さまざまな特徴を分析的に抽出した上で、その結果を組み合わせて処理しています。視覚的なイメージは、網膜から送られてきた視覚データに膨大な加工を施した結果であり、単なる光学像には含まれていない多くの意味が付け加えられています。
 このことを実感させてくれる心理学の実験器具に、「逆さメガネ」なるものがあります。逆さメガネには、左右反転・上下反転などいくつかの種類があり、装着してしばらくの間は混乱してうまく動けなくなる−−船酔いのような状態になって嘔吐することもある−−そうですが、多くの場合、数週間で脳が順応して、逆さメガネを掛けていても物が「逆さ」に見えなくなるそうです(いくつかの体験記が出版されています)。「物が見える」ことを脳の中のホムンクルスが網膜像を見ているように捉えると、逆さメガネに順応できる理由がわからなくなりますが、視覚データから情報を抽出して分析的に処理していると考えると、処理のサブルーティンを追加して視覚変化に対応していると解釈することができます。
 外界に対する自己の位置関係をイメージする際に、人間は2種類のマップを採用していると考えられます(この点については、別の回答でも解説しています)。1つは、想定上の外部世界に固定されたマップで、不動の世界のどこに自分が位置するかを示すもの。もう1つは、自己の身体に固定されたマップで、周囲の物体との相対的な位置関係を示すものです。われわれは、無意識のうちに、網膜から送られてきた視覚データを心理的なマップと照合し、リアルタイムで位置関係の決定とマップの補正を行っています。2種類のマップのいずれを採用するかは、状況に応じて細かく切り替えられているようです。例えば、眼前の手の届きそうな所にある物体に注目したときには、身体に固定されたマップが用いられます。サルの脳に微小電極を刺入した実験によると、手が届く位置に物体を提示したとき、体を動かしていなくても、物体に向かって手を伸ばす動作を行う際と同じ皮質部位が興奮することが知られており、自己中心的な視座の基盤に、運動を司る大脳の活動があることが判明しています。
 心理的マップを利用するときには、視覚データだけでなく、重力の知覚を含む多様な身体感覚が援用されています。特に、重力は大きな役割を果たしており、外界に固定されたマップでは、まず、重力が作用する向きに沿って上下方向が決定されます。このため、逆立ちしながら周りを眺めても、世界がひっくり返ったのではなく自分が逆さになっているというイメージが得られるのです。ちなみに、阪神大震災のとき、左右に傾いたビル群を目の当たりにして船酔いのような不快感を覚えたというTVレポーターがいましたが、重力の知覚と視覚像がずれたせいで整合的なマップが作れなくなったためだと推測されます。

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質問 遺伝子組み換え作物の自然環境的影響についてご教示下さい。この作物の大規模栽培により、まず昆虫における環境適合遺伝子に作用し、食物連鎖による圧力を通じ高位の生物ないし環境全般に多様性の減少を及ぼす結果、ひいては人間も含めたこの世界の無味乾燥化を助長するのではと危惧しています。しかし、これらの作物による環境影響が科学的にどの程度に見積もられるのかわかりません。【環境問題】
回答
 遺伝子組み換え作物が環境にどのような影響を与えるかについて、いまだ確定的な結論は出ていません。深刻な影響を懸念する意見から、多少の影響は出てもコントロール可能だとする見解まで、さまざまです。これは、遺伝子組み換え作物の商業生産が始まったのが1994年と新しく、環境リスクについての科学的知見が充分に得られていないためです。高収量品種の単作・大規模灌漑・機械化耕作・化学肥料と農薬の多用を進める近代農業が、アラル海周辺など一部の地域で、塩類集積や土壌の浸食・水源の枯渇・農地生態系の崩壊といった目に見える悪影響をもたらすまでには、耕作を初めてから十数年以上かかりました。たとえ、遺伝子組み換え作物が何らかの環境リスクを持っているとしても、その評価が確定するにはかなりの年月が必要です。
 現在、世界で栽培されている遺伝子組み換え作物の大半は、害虫抵抗性か除草剤耐性のいずれかの形質を持っています。それぞれの形質に関して、環境に悪影響を与える可能性が指摘されています。
 害虫抵抗性は、主に、Bt剤と呼ばれる殺虫成分を産生するBt菌の遺伝子を利用しています。通常は、Bt剤を環境中に散布するため、その地域に生息する昆虫(鱗翅目)が無差別に殺されますが、BtコーンやBtワタでは、茎や実の内部でBt剤が分泌されるので、植物体を食する“害虫”だけを選択的に殺せると言われています(ただし、花粉や根からの分泌物、枯死した植物体を通じて少量のBt剤が環境中に放出されます)。このやり方は、殺虫剤の散布に比べて環境へのダメージを小さくするとの見方もありますが、その一方で、一部の昆虫だけを選択的に殺すことにより、それと拮抗していた他の生物の大量発生を招く危険性も指摘されています。
 さらに、間欠的に散布する場合と異なり、植物内部に常にBt剤が存在し続ける状況を作り出してしまう結果、Bt剤に対して耐性を持つ昆虫が発生する可能性が高くなります(これは、抗生物質が常時存在する病院内でMRSAなどの抗生物質耐性菌が発生しやすいのと似ています)。Bt剤は、特定の昆虫以外の動物に対して毒性がほとんどなく、長期にわたって使用しても耐性昆虫が発生しにくいことから、きわめて優れた微生物農薬と言われていますが、Bt剤耐性を持つ昆虫が発生してこの農薬の使用が制限されることになると、その影響は少なくありません。Bt剤が常時分泌されている状況を作ることは、「収量を確保するために必要な最小限の量を使用する」という殺虫剤使用の原則に背くものです。
 特定の除草剤に対する耐性を農作物に与え、大量の除草剤を散布して農作物以外の雑草を根絶する方法も、広く行われています。このやり方は、農家にとっては除草作業を軽減する便利なものですが、農作物への影響を回避するために抑制されていた除草剤の使用量を過剰に増やすのではないかと心配されています。
 害虫抵抗性・除草剤耐性いずれの場合も、特に懸念されているのが、外来遺伝子が農作物以外の植物に拡がる危険性です。実際、実験農場で、遺伝子組み換え作物から飛散した花粉によって周辺の近縁種と交雑が行われることが報告されています。また、組み込んだ遺伝子が安定しておらず、バクテリアなどを介して外部の生物に伝えられる可能性もあります。こうした遺伝子の「水平伝達」が起きる確率は低いと言われていますが、遺伝子組み換え作物を大規模に栽培し続けた場合のリスクが無視できるほど小さいかは、わかっていません。害虫に強く除草剤が効かない「スーパー雑草」がはびこらないとも限りません。
 ただし、遺伝子組み換え作物の環境への影響は、それほど深刻ではないとの見方もあります。害虫抵抗性のある作物を栽培する場合、農地をいくつかの区画に分割し、遺伝子組み換えでない作物と交互に耕作すると、耐性昆虫の発生が抑制できることが知られています。また、遺伝子の拡散を防ぐため、近隣種が生育していない“緩衝地帯”を設けることも有効です。きちんと管理すれば、遺伝子組み換え作物を安全に栽培できると主張する科学者も、少なくありません。もちろん、そうした主張に対する批判もあります。
 本当のことを言えば、科学者も遺伝子のことをまだよくわかっていないというのが現状なのです。Nature や Science のような学術誌に遺伝子に関する新発見が次々に掲載されていますが、裏を返せば、それだけ未知のことが多いのです。遺伝子組み換え作物も、「思いつきを実行してみたら、取りあえずはうまくいったみたいだ」という程度の代物であり、組み込んだ遺伝子がどのように機能しているかすらはっきりしていません。不明な点の多い未熟な技術であるにもかかわらず、世界的に大規模に利用されていることは、たとえリスクが定量的に評価できなくとも、やはり懸念すべきことでしょう。

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質問 人間は、夢をよく見ているとされるレム睡眠時に記憶を整理しているということを聞きますが、その脳科学的な根拠は何があるのでしょうか? 直感的には、あのような奇想天外なストーリーを見ている間に記憶を『整理』しているというのは、何かおかしいと思ったりしています。【その他】
回答
 睡眠と夢に関してはいまだに謎が多く、多くを推測に頼っているというのが現状です。
 そもそも、ヒトは何のために眠るのでしょうか。最近の研究によると、ノンレム睡眠の役割は、「ニューロンの活動を低下させその間に、フリーラジカルで傷ついた脳細胞を酵素で修復すること」だとされます。通常の身体組織では、フリーラジカルで傷ついた細胞を、増殖によって生まれた新しい細胞で置き換えて修復します。しかし、脳細胞はほとんど増殖しないため、代謝率が低くフリーラジカルの生成が抑制された「修理期間」を定期的に設けているのです。
 ノンレム睡眠に比べると、レム睡眠の役割はあまり解明されていませんが、神経伝達物質の受容体を“休ませている”という仮説があります。レム睡眠中には、ノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどモノアミン類の神経伝達物質が放出されなくなります。モノアミン類が持続的に放出されてシナプス間での濃度が高まると、神経伝達物質が結合したままの状態になって受容体の機能が失われてしまうので、定期的にモノアミン類の放出を停止して、受容体を回復させているというわけです。
 レム睡眠がノンレム睡眠と同様に脳の休息のためにあるとすると、その間に見る夢は、もともと積極的な役割を持っておらず、副次的に生じる“デタラメな神経発火”だと考えるのが適当かもしれません。1977年、ホブソンとマッカーリーは、脳幹から視覚野へ伝えられるランダムなスパイクに生理的に反応して夢が生じるという説を提唱しています。この場合、夢には「何の意味もない」ことになります。しかし、その一方で、レム睡眠中の夢が、感覚入力や運動指令を遮断した“オフライン”での記憶の再処理に付随する現象だという仮説も、かなり有力です。
 レム睡眠が記憶処理と関係しているという仮説は、まず、脳波に関するデータを根拠として提唱されました。空間的な探索行動をしているラットや捕食者に対する不安感を示しているウサギでは、海馬にシータ・リズムと呼ばれる特徴的な脳波が現れることが1950年代から知られていましたが、1969年に、これと同じ脳波が、レム睡眠中のラットやウサギの海馬にも現れることが判明しました。海馬は記憶処理に関わる部位であり、シータ波は記憶の長期増強を引き起こすことから、1972年にウィンソンは、レム睡眠中に、食物の場所や逃避の方法などに関する重要な記憶を再処理(整理・固定)しているのではないかと推測しました。
 これ以降、レム睡眠と記憶処理を結びつける実験データは、数多く提出されています。例えば、ラットを用いた実験では、行動訓練の後でレム睡眠を選択的に奪うと記憶の固定が阻害されることから、学習記憶の固定のためにレム睡眠が必要であると結論されました。また、人間の課題遂行能力の検査で、訓練から数時間を経てテストする場合、間にレム睡眠を挟んだグループの方がずっと起きていたグループよりも好成績を収めるというデータが得られていますが、これも、レム睡眠中に学習記憶の処理が行われていることを示唆します。
 しかし、こうしたデータは、必ずしも決定的ではありません。レム睡眠を奪ったラットで記憶が定着しないのは断眠によるストレスのせいかもしれませんし、覚醒していたグループでテストの成績が悪くなるのは、覚醒中の記憶がそれ以前の記憶と干渉したためだとも考えられます。さらに、記憶の再処理と夢の関係も曖昧です。訓練後に睡眠をとった人に、その間に見た夢の内容を報告させると、課題に関係した夢を見た人は数%しかおらず、記憶の再処理の過程が夢として現れるのか、疑わしくなります。
 レム睡眠中は、前頭前野の活動が低下しており、意味連関に基づいて情報を統合することが困難になっています。また、海馬からの情報の流れが抑制されているので、まとまったエピソード記憶が再生されることもありません。その一方で、情動をもたらす大脳辺縁系や扁桃体は活動しています。脳がこのような状態にあるため、レム睡眠中の夢においては、出来事に有意味なつながりがなく、荒唐無稽で予測不能なストーリーの飛躍があり、わけもなく強い恐怖や悲しみを感じたりします。しかし、こうした夢見のきっかけが、データの整理や固定を行うためにさまざまな記憶を呼び覚ましたことなのか、それとも、全く無意味でランダムな刺激なのかは、いまだに結論が出ていません。
【参考文献】R. Stickgold et al., 'Sleep, Learning, and Dreams: Off-line Memory Reprocessing' (Science 294 (2001) p.1052-)

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質問 クローン羊のドリーは、生まれたときに何歳だったのですか?【技術論】
回答
 通常の生殖によって生まれる動物は、精子・卵子が作られる段階で細胞の状態がリセットされ、完全に若返った細胞としてスタートします。これに対して、クローン動物の出発点となる細胞(未受精卵の核を除いて体細胞と融合させたもの)が、受精卵と同様に若々しい細胞になるかどうかは、必ずしも明らかではありません。
 細胞年齢を決定する一つの方法は、染色体の末端部分であるテロメアの長さを測ることです。テロメアは、細胞分裂のたびに少しずつ短くなり、ある長さ(5〜6kbp)以下になると、もはや分裂できずアポトーシス(細胞死)が引き起こされます。生殖細胞(およびガン細胞)では、テロメア修復酵素の働きでテロメアが元の長さに戻っていますが、すでに何度も分裂を繰り返してきた体細胞から作られたクローン動物の場合、生まれた時点ですでにテロメアが短く、細胞が老化しているのではないかとの指摘がありました。
 それでは、6歳の雌羊の乳腺細胞から作られたドリーの細胞は、生まれた時点ですでに6年分だけテロメアが短くなっていたのでしょうか。1999年に発表された論文によると、ドリーのテロメアは、通常の生殖によって生まれた羊よりも20%程度短かかったそうです。これは、ドリーの細胞が生まれつき年を取っていたことを意味します。ドリーが5歳という比較的若い年齢で関節炎を発症し、6歳で重い肺疾患に罹って安楽死させられたのは、そのせいかもしれません。ただし、死因となったのはウィルス性の疾患で、農場の他の羊も同じ病気に罹患しており、クローンとは関係ないとの指摘もあります。
 その後、アメリカで行われた研究では、クローンマウスやクローン牛のテロメアは正常な長さに戻っていることが示されました。一方、日本で誕生したクローン牛では、白血球のテロメアは短くなっていたものの、精子のテロメアは酵素の働きで元の長さに戻っており、クローン動物から通常の生殖を介して生まれた子供は正常だと報告されています。結果がばらついていますが、これが動物の種類によるのか、クローン作成のスキルの差なのか、それ以外の原因があるのかは、まだ判然としません。
 テロメア以外にも、クローン技術で作られた細胞は、いろいろな点で受精卵と異なっています。体細胞の場合、機能すべきでない遺伝子にはメチル基が結合して発現が抑制されていますが、生殖細胞では、脱メチル化によって全ての遺伝子が発現可能な状態にリセットされています。ところが、体細胞から作られたクローンでは、このリセットが不充分で、メチル化されたままの遺伝子が数多く残されています。多くのクローン動物が胎児期や誕生直後に死亡しているのは、このためだと考えられます。細胞の老化とは少し異なりますが、クローン動物は完全に若返って誕生するわけではないと言えそうです。

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質問 海の水はなぜ塩辛いのか? または、なぜ塩辛くないのか?−−についてお教え願いたいのですが。前の質問では海水の塩分濃縮作用を問題にしており、後者ではその速度を問題にしています。海水は塩の水溶液ですが、塩はナトリウムと塩素の化合物であり、水も酸素と水素の化合物です。したがって、ナトリウム・塩素・酸素・水素という元素の履歴を明らかにすれば、答えになると思います。また、海水は初期の淡水から現在の3.5%程度の塩分濃度になるまで塩分を濃縮してきたわけですが、今も海に流れ込んでいる塩分でこれ以上に塩辛くならないのかという疑問も湧いてきます。【その他】
回答
 現在の海水の組成(重量比)は、次の表のようになっています。
塩素イオン(Cl-55.1
ナトリウムイオン(Na+30.1
硫酸イオン(SO42-7.7
マグネシウムイオン(Mg2+3.7
カルシウムイオン(Ca2+1.2
カリウムイオン(K+1.1

これを地殻の組成と比べると、塩素の割合が異常に高く、また、金属イオンの中ではナトリウムの比率が相対的に高くなっています。塩化ナトリウムが主成分となっていることが海水が塩辛い理由ですが、こうした海水独特の組成は、原始の海が形成される過程と密接にかかわっています。
 46億年前に原始の地球が誕生した直後には、高温状態の中で岩石から放出された揮発成分が化学反応を起こし、現在とは全く異なる組成の原始大気が地球を取り巻いていたと考えられています。原始大気の主成分は二酸化炭素と水蒸気であり、それ以外には、現在の火山ガスにも含まれる塩化水素(HCl)や二酸化イオウ(SO2)がありました。その後、地表の温度が低下すると、大気中の水蒸気が凝結して海が作られましたが、初期には、原始大気が含有していた塩化水素が溶け込んで、強い酸性を示す塩酸の海となっていました。現在の海水に含まれる水と塩素イオンの大半は、この当時のものです(水量の変化に関しては、いくつかの説があります)。
 酸性の海は、土壌中に含まれるカルシウム・マグネシウム・ナトリウム・カリウムなどの金属成分を溶かし出す一方、自身はイオン交換によって中和されていきました。海水がほぼ中和されると、それまでの酸性水に溶けなかった二酸化炭素が大量に海水に溶け始めます。水中のカルシウムやマグネシウムは、二酸化炭素が水に溶けて生じた炭酸イオンと反応して水に溶けにくい炭酸塩(炭酸カルシウム・炭酸マグネシウム)となるため、海水中から除かれます。また、カリウムは、イオン半径の違いからナトリウムに比べて粘土鉱物に吸着されやすいという性質を持っており、海水から粘土へと移行していきました。こうしてナトリウムが取り残され、地球誕生後10億年ほどで、塩素イオンとナトリウムイオンを主成分とする海水ができあがったのです。
 海水の塩分濃度は気温などによって変動しますが、組成比は場所・時間によらずほぼ一定になっています。河川水には、海水の数百分の1から数千分の1の割合で金属イオンや塩素イオンが含まれており、常に海に流れ込んでいるので、水が蒸発する過程でこれらの成分が濃縮しそうに思えますが、実際には、粘土鉱物に吸着されたり塩として析出したりして海水から除かれているため、組成比に関して平衡状態が成り立っています。
【参考文献】高橋英一著『生命のなかの「海」と「陸」』(研成社)

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質問 E.ドレクスラーのアセンブラは、極小のアームを備えていて原子を1個1個拾い集めることができるので、これを所謂「マクスウェルの悪魔」として働かせることもできるのではないでしょうか?【その他】
回答
 ナノテクノロジーの提唱者であるドレクスラーは、著書『創造する機械』(原著は1986年に出版)の中で、原子を自由自在に配列するアセンブラ(分子組立マシン)の可能性を論じています。彼は、将来的には、自己増殖型のナノマシンが、体内に入って損傷した細胞を修復したり、自動的にエンジンやコンピュータを作り上げたりするだろうとも予測しています。ここまでくると、原子レベルの制御によってエントロピーを減少させる「マクスウェルの悪魔」(*)が実現できると思えるかもしれません。
 もっとも、現在の状況を見る限り、ナノテクノロジーにそこまで期待するのは無理のようです。まず指摘しておかなければならないのは、ドレクスラーの(かなりSF的な)議論の中で、これまで実現されているのは、走査型トンネル顕微鏡(STM)などを使って、基板の上で原子を1個ずつ移動させるといった“力ずくの”技術だけしかないという点です。オリジナルの「マクスウェルの悪魔」は、気体分子の動きを観測しているだけで、気体には直接手を触れずにエントロピーを減少させる摩訶不思議な存在です。これに対して、STMによる作業は、外部から力を加えて、ある安定状態から別の安定状態へと原子を移動しているのであり、ほんのわずかの秩序を生み出すのに膨大なエネルギーを散逸(=エントロピーを増大)させています。本家の悪魔とは比べものになりません。
 『創造する機械』で予言された巨視的秩序を生み出す自動ナノマシンが実現すれば、少しは悪魔的でしょう。もっとも、ドレクスラーが参考にしたのは、リボソームによるタンパク質合成のような生合成過程であり、これと同等の過程を人工的に実現するには、膜で仕切られたコンパートメントやATPなどのエネルギー源を用意しておかなければなりません。原材料の供給や製品の運び出しまで含めた全工程を考えると、原子の配置による秩序を生み出すには膨大な手間が掛かることがわかります。しかも、こうしたナノマシンすら、いまだに人間の技術力の埒外です。所詮、人間は悪魔にはなれません。
(*)「マクスウェルの悪魔」とは、気体に対して仕事をすることなく、そのエントロピーを減少させる仮想的な存在です。小さな窓の付いた隔壁で2つの領域に分けられた密閉容器を用意し、そこに気体を封入します。悪魔は、気体分子の速度を観測しながら窓を開閉し、一方の領域には高速の分子、他方の領域には低速の分子だけが集まるようにして、もともと温度が等しかった気体を高温と低温の部分に分けてしまいます。これにより、仕事をせずにエントロピーを減少させたように見えますが、たとえこうした悪魔が実在したとしても、観測された情報を処理する(悪魔の頭の中の)過程まで考慮すれば、全体のエントロピーが減少していないことが示せます。
【参考文献】K.エリック・ドレクスラー著『創造する機械 ナノテクノロジー』(パーソナルメディア)

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質問 光の届かない洞窟などに住む生物は目が退化していますが、不思議でしかたがありません。最初は目が正常な方と突然変異で目が異常な方と2種生存したと考えられますが、そのまま2種生息し続けた方が自然です。しかし、現実は目が退化(突然変異?)した方しかいません。これは親の生活環境が遺伝子に影響を及ぼしたのですか? それとも、突然変異した物が生き残り自然にそうなったのでしょうか?【その他】
回答
 古典的な(19世紀にダーウィンが提唱したような)進化論によれば、生物の進化は、遺伝子の突然変異で獲得された形質が生存に有利なとき、この形質を持つ個体が集団内で増えていくことによって起きるとされています。明るい環境では、視覚を活用した方が生存に有利なので、地表や浅海で生きる動物のほぼ全てが目のような視覚器官を備えていることは、そうでない動物が淘汰された結果として理解できます。これに対して、光の射し込まない地中や洞窟の奥では、目の有無は生存の有利・不利と関係なさそうであり、いったん獲得された視覚器官が退化しなければならない理由はないように思われます。しかし、実際には、目を持つ仲間から分かれて暗闇に生息するようになった生物を調べると、昆虫や甲殻類から魚類・両生類・爬虫類・哺乳類に至るまで、ほとんどのケースで目が退化しています。これはなぜかを明らかにするのが、進化論に課せられた課題の1つです。
 ここで、2つの考え方があります。
 1つは、光のない世界に棲息する生物にとっては、目がない方が生存に有利になるという考え方です。目に関する遺伝子が残されていると、胎児期における目の形成や不随意的な眼球運動など、暗闇では役に立たないことにエネルギーを使ってしまいます。特に、中枢神経系での無駄は、生存競争での勝ち負けに直接響きます。中枢神経系では、感覚器官からの入力に応じてシナプスの維持・形成が行われますが、暗闇で生息する場合でも、視覚器官が残されていると、わずかな光の入射や光受容器の誤反応によって中枢神経系への入力が生じるため、視覚のための神経回路がある程度まで確保されることになり、ATPなどの重要なリソースが消費されます。ところが、先天的に視覚を喪失していると、このリソースを他の神経回路の維持・形成に回すことができるため、聴覚・嗅覚のような視覚以外の感覚が鋭敏になる傾向が見られます。暗闇では聴覚・嗅覚が鋭い個体の方が生存に有利なので、目を喪失した個体が生き残る結果になるはずです。
 もう1つの考え方は、目の有無は生存の有利・不利にはそれほど関係しておらず、むしろ、小集団における遺伝的浮動の結果として、目の退化が起きたというものです。視覚器官を形成するには、水晶体の主成分であるクリスタリンなどの特殊なタンパク質を何種類も合成しなければならないので、それらをコードする遺伝子が変異することにより、決して小さくない確率で先天的な視覚障害が生じます。通常の環境では、こうした視覚障害のある個体は生殖を行う段階まで生き延びられず、変異遺伝子は集団から除かれていきますが、光のない洞窟や地下では、変異した遺伝子を持つ個体も、他の個体と同じように子孫を残すことができます。個体数が多い集団では、変異遺伝子の頻度が低いまま留まるのに対して、光合成を行う植物が育たず食料の乏しい暗闇では、集団を構成する個体数が一般に少なく、ひとたび視覚障害のある個体が生まれると、集団内における変異遺伝子の頻度はかなり高い値になります。さらに、小集団内部で交雑を繰り返す過程で、遺伝子頻度は高い値のままフラフラと変動し、偶然100%となった瞬間に、その集団全体の形質として固定されます。
 私は専門家ではないので、この2つの考えのうちどちらがより適切な説明であるかは、わかりません。ただし、パーカーの『眼の誕生』に参考になる事例がありました。これによると、メキシカンテトラという魚には地上型の他に洞窟型があり、洞窟の奥に棲むものほど段階的に体色が薄れて白っぽい色になっているが、色の濃淡によらず、洞窟型メキシカンテトラは全て目を持っていないとのことです。とすれば、目の退化は体表の褪色よりも急速に進んでいることになるので、遺伝的浮動と言うよりも、目がなくなる積極的な理由があると考えるべきでしょうか。
【参考文献】アンドリュー・パーカー著『眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く』(草思社)

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©Nobuo YOSHIDA