質問 ブラックホールからは光すら事象の地平から外に出られないのに、なんで重力波は外で感知できるのか。長年の疑問です。【古典物理】
回答
 アインシュタインの一般相対論によれば、重力場とは、エネルギーが生み出す時空のゆがみのことです。空間内部に天体が存在する場合、その質量エネルギーによる時空のゆがみは、アインシュタイン方程式に従ってどこまでも拡がっています。天体から離れるにつれて、ゆがみがもたらす物理的な影響はニュートンの重力理論に漸近しますが、逆に、天体に近づくと、ニュートン理論からのずれが大きくなります。特に、ブラックホールでは、近づくにつれて時空のゆがみが極端に大きくなり、ある閉曲面よりも内側では、光ですら内向きにしか進めないような時空構造になります。この閉曲面が「事象の地平面」と呼ばれるものです。地平面の内側に飲み込まれた物質から光が放出されても、その光は内向きにしか伝わらないので、地平面の外には出られません。
 このように、ブラックホールからは光すら放出されません。しかし、時空のゆがみ自体は、中心から無限の彼方まで連続的に拡がっているので、ブラックホールの重力は、外部でも観測されます。ブラックホールが運動すると、周囲のゆがみは、ブラックホールに引っ張られるように変動します。2つのブラックホールが連星系を形作り、ともに重心の周りを回転している場合は、ゆがみが周期的に変動するため、振動する波として拡がっていきます。重力波を放出するとエネルギーが失われるため、2つのブラックホールは少しずつ接近し、それに伴って公転周期は短くなるので、重力波の振動数は大きくなっていきます。白色矮星や中性子の連星系では、2つの天体が衝突すると激しく爆発し、その際の質量移動による余波が生じますが、ブラックホールでは、互いの地平面が融合して1つになり、その外側から見ると質量の移動がなくなるため、重力波は突然ストップします。
 2015年に最初に観測された重力波は、短時間で振動数が急増した後に、突然、波が消滅するというパターンを示したことから、ブラックホール同士の合体と確認されました。

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質問 人類史上において、最も天才だな、と思う人を一人選ぶとすれば、誰を挙げますか?【その他】
回答
 天才と呼ばれる人の多くは、偏った才能の持ち主であり、特定の分野以外では、並以下の能力しか示さないケースが少なくありません。理論物理学の分野で言えば、ディラックやパウリは、数学的な理論を構築する際に桁外れの才能を発揮しましたが、人付き合いに関しては、コミュニケーション障害と見なされても仕方ない程度でした。こうした天才たちは、専門分野では圧倒的な業績を上げているものの、「人類史上の天才」と呼ぶには相応しくないように感じられます。
 私が高く評価するのは、世界全体を見据える透徹したビジョンを持ち、錯綜した事象を総合的に把握した上で、そのビジョンを支える理論を構築することのできる人です。複雑な事象の背後にある連関性を看破するには、多方面の学問を偏りなく修得した「万能の天才」タイプであることが必要です。ただし、いろいろな分野に少しずつ才能を発揮する多芸多才の人ではなく、一貫した世界観の下にあらゆる知を総合しようとする「知の巨人」でなければなりません。そんな天才など存在しないと言ってしまえばそれまでですが、理想の近くにいる人として、アリストテレス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、道元の名を挙げたいと思います。特に、道元は、日本にこれほどの思想家がいたのかと驚嘆するほど、世界を深く見つめ、その本質を極めようとした天才です。主著『正法眼蔵』は、仏教思想に関する知識を前提とした難解なもので、容易に解釈できるものではありませんが、現代にも通用する知の宝庫と言って良いでしょう。

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質問 NHKのサイエンスZERO「ついに解明!“ブラックホール成長の謎”」(2016/12/4放送)で、ブラックホールがガスを吸い込むメカニズムについて、降着円盤は遠心力のために吸い込めないが、超新星爆発の衝撃がブラックホールにガスを送っている。これによって銀河の中心の巨大ブラックホールの成り立ちを説明できるのではないかと結論付けておりました。放送では踏み込んだ説明がなかったのですが、詳しい説明をお願いします。
 ブラックホールに落ちる為には、あるスピードが必要なのか? 超新星爆発の重力波がブラックホールの時空をゆがめるのか? 量子トンネル効果が働くのか? 真相を教えてください。【古典物理】
回答
 ブラックホールには、大きく分けて、太陽質量の数倍から数十倍程度という恒星サイズのものと、太陽質量の数十万倍以上という超巨大ブラックホールの2種類があります。前者は、大質量恒星が核融合燃料を使い果たした後に重力崩壊を起こして形成されることがわかっていますが、多くの銀河中心に見られる後者のタイプがどのようにして誕生したかは、よくわかっていません。この問題が厄介なのは、(1)ビッグバンから10億年以下という比較的早い時期に、超巨大ブラックホールの存在した証拠があること、(2)太陽質量の数千から数万倍という中間サイズのブラックホールが、ごくわずかしか見つかっていないこと−−といった観測データの制限があるためです。この制限があるため、ガスの吸収やブラックホール同士の合体によってコンスタントに質量が増加し、超巨大ブラックホールに成長したと簡単に説明することが困難になっています。
 サイエンスZEROでは、こうした観測データの制限に関する解説をすっ飛ばし、ブラックホールがどのように成長したかという点だけを論じています。前半では、ブラックホールの合体によって生じた重力波が2015年に観測されたことをもとに、ブラックホール同士が次々にぶつかって質量が増加していった可能性を紹介していました。ただし、このメカニズムだけで、恒星サイズから出発して超巨大ブラックホールにまで成長できるかどうかは、明らかではありません。
 番組の後半で紹介されたガス吸収のメカニズムについては、話を端折りすぎて、かなりわかりにくかったと思います。
 ブラックホールと言っても、常に周囲のガスや天体を飲み込んでいる訳ではありません。「強大な重力で光すら外に出さない」というイメージで語られますが、そうしたイメージが成り立つのは事象の地平面の近傍に限られており、充分に遠ざかれば、近似的にニュートンの重力理論が成り立つ天体と見なせます。太陽の100万倍の質量を持つブラックホールであっても、シュヴァルツシルト半径は300万キロメートル程度で、太陽半径(光球の大きさ)の4倍少々、水星の公転半径の20分の1しかありません。これほどコンパクトなので、事象の地平面に近づくのは、結構たいへんです。遠方からブラックホールに近づく孤立天体ならば、多くは、ケプラーの法則に従って楕円軌道や双曲線軌道を描いて再び遠ざかり、例外的に事象の地平面に近づいたものだけが飲み込まれます。ガスの場合、温度が高すぎると、膨張しようとする傾向が強く中心部になかなか集まってこないので、やはり飲み込まれる量は限られます。
 それでは、ブラックホールに飲み込まれるガスはどのように運動するのかというと、これがかなり難しい問題です。原始惑星系円盤のようにニュートンの理論だけで計算ができる場合であっても、摩擦によって回転のエネルギーを失う効果と、熱運動によって拡散しようとする効果があるため、そう簡単に答は出ません。太陽系の場合、質量では太陽が全体の99.8パーセント以上を占めるのに対して、角運動量になると、木星の公転角運動量が全体の3分の2ほどを占め、太陽の自転角運動量は2〜3パーセントしかありません。太陽の自転角運動量が小さいのは、太陽が形成された後で減速された効果もありますが、太陽に物質(主にガスだが微惑星もある)が集まる際に、他の物質との相互作用で回転エネルギーを失ったものだけが中心に落ち込んだからだと推測されます。しかし、その過程をコンピュータ・シミュレーションで再現するのは、容易ではありません。
 ブラックホールにガスが落ち込む場合の議論は、原始太陽系円盤に比べて格段に難しくなります。遠方からブラックホールに向かって落ち込むガスは、事象の地平面付近では、光速近くまで加速されています(事象の地平面からの脱出速度が光速に等しいことを思い出してください)。このため、ガスを構成する原子が激しくぶつかりあってイオン化され、プラズマ状態になります。プラズマがブラックホールの周囲を回転すると、渦電流となって降着円盤に垂直方向の磁場を作りますが、この磁場も定常的ではなく、のたうちまわるように動いています。したがって、ダイナミックに変動する磁場内部を光速近くまで加速された相対論的な荷電粒子が運動するという、きわめてややこしい非線形方程式を解かなければ、ガスの振舞いはわかりません。しかも、バックグラウンドとなる時空は、ブラックホールの重力でゆがんでいますし、降着円盤から放出される強力なX線の影響もあります。ざっくり言うと、プラズマ化したガスは渦巻くようにブラックホールに接近し、そのうちかなりのものが、垂直方向の磁力線に沿ってブラックホールから吹き出すように運動するはずです。しかし、具体的なシミュレーションは、いろいろな制限を付けた形でしか行われておらず、私も、充分な知識は持っていません。
 サイエンスZEROで紹介されたのは、コンピュータ・シミュレーションではなく、超新星爆発の衝撃波によってガス流が乱され、その影響でブラックホールに落ち込むガスが増えることを示すモデル計算のようです(内容はよくわかりません)。ブラックホールに飲み込まれるガスが1年間で太陽質量の0.1倍程度になるという試算が紹介されていましたが、定常的なガス流とすると数値が大きすぎるので、どのような条件下での計算なのか、もう少し調べてみる必要があります。

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質問 光の直進性は磁場により影響を受けるのでしょうか? 光自身も電磁波の超高周波であるなら、何らかの影響を与えると考えています。【古典物理】
回答
 真空中のマクスウェル電磁気学の範囲では、外部磁場が光の進行に影響を及ぼすことはありません。これは、「線形性」と呼ばれる性質に由来します。
 光を含む電磁気現象は、マクスウェル方程式によって記述されますが、この方程式は、電場や磁場に関して1次方程式になっています。例えば、電場Eの発散は、電荷ρを使って
  divE=ρ (真空の誘電率が1と置ける有理単位系の場合)
と表されます。他の3つの方程式も同様です。このため、電場Eを、電荷が存在しないときの電場E1と、電荷ρが作る電場E0に分けて、それぞれが、
  divE1=0
  divE0
という方程式(および、他のマクスウェル方程式)を満たすものとして扱えます。このように、電荷や電流が存在するときのマクスウェル方程式の解(上の例ではE0)に対して、電荷・電流がないときの解(上の例ではE1)を加えても、元の(電荷・電流が存在する)マクスウェル方程式を満たすというのが、電磁気現象の特徴です。
 外部の電荷・電流(入射光の進行を妨げない位置にあるものとする)によって外部磁場B0が生じている真空領域に光が入射された場合、光の電磁場は、外部電荷の存在しない(したがって、外部磁場も存在しない)マクスウェル方程式を満たしています。このため、入射光は、磁場の影響を受けずに直進することになります。
 ただし、光が入射するのが真空ではなく誘電体のような媒質の場合は、外部磁場によって誘電率・透磁率が変動するので、光の進行は影響を受けます(磁気光学効果)。
 また、マクスウェル電磁気学は、あくまで近似的な理論であって、厳密に正しい訳ではありません。電磁気と弱い相互作用を統一するワインバーグ=サラム理論によれば、電磁場は、ベータ崩壊などを引き起こす弱い核力の場と一体化しており、本来、非線形な相互作用を行うものです。弱い相互作用は、その名の通り非常に弱く、通常の電磁気現象にはほとんど影響を与えないため、電磁気だけを抜き出して線形な方程式に従うと近似しているだけであり、きわめて精密な測定を行えば、非線形な効果が見られるはずです。また、一般相対論によれば、磁場のエネルギーは時空をほんのわずかに歪めるので、その効果を通じても光の進み方に影響が生じます。

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質問 宇宙空間の「静電場」の中で、水滴がらせん運動する原理を教えてください。NASAの宇宙船内での静電場の実験を見ていて、水滴が静電場の周りをらせん運動しているのを見て不思議に思いました。【古典物理】
回答
 宇宙船内で行われた実験とは、おそらく、次の“Dancing Droplets”の映像だと思います。
http://www.physicscentral.com/explore/sots/episode1.cfm
qa_355.gif  この実験では、ナイロン製の編み棒を摩擦で負に帯電させて静電場を作り出し、正に帯電した水滴を周囲に飛ばして動きを見ています(詳しくは、上記ページの解説を読んでください)。
 この運動そのものを理論的に解析するのは難しいので、端のある編み棒の代わりに無限に長い直線を考え、そこに電子が一様に分布していると仮定します。この仮定の下では、電気力線は直線から垂直に伸びるので、電場の強さ(=電気力線の密度)は直線からの距離に反比例します(図参照)。この静電場の周りに、(水滴では誘電分極が起きて扱いが厄介になるので)点電荷が運動する場合を考えましょう。実際には、直線電荷に平行な速度成分もありますが、簡単のため、直線電荷に垂直な面内での運動に限定します。中心力による運動では、中心の周りに角運動量が保存される(=面積速度が一定になる)ので、点電荷は、中心の周りを回しながら、中心に近づくと速く、遠ざかるとゆっくり動くことになります。
qa_354.gif  点電荷の軌道は、運動方程式を積分することで、求められます。電場の強さが中心からの距離に反比例するので、運動方程式の形は比較的簡単になりますが、これを解析的に積分して軌道を求めることはできません。中心力が作用する場合、物体は、周回しながら近づいたり遠ざかったりと周期的な運動をしますが、周期的ではあっても軌道は閉曲線にならず、初等的な解析関数でも表されないので、軌道を求めるには、数値積分を行う必要があります。ここでは、エネルギーと角運動量がある値のときの軌道を、図示しておきます(数値積分は、高精度計算サイト(keisan.casio.jp)を利用して行いましたが、それ以外の部分は、かなり大雑把に計算しただけなので、あまり信用しないでください)。力が距離の2乗に反比例するケプラー運動では楕円軌道になりますが、1乗に反比例する場合は、花びらのような複雑な軌道になります。質問では、こうした軌道を描く運動を、らせん運動と呼んだのでしょう。
 編み棒の場合は、端の部分で電気力線の向きが変わるために、端に近づいた水滴が引き戻されるような動きが見られます。このほか、空気抵抗や水滴の誘電分極などがあるため、現実の運動はかなり複雑で、数式で表すことは不可能です。
 なお、このケースでは実験のために静電場を用意しましたが、宇宙空間には定常的な静電場はほとんどありません。太陽から吹き出す太陽風は、電子や陽子など荷電粒子から構成されており、電場があるとすぐにこれらが動いて電荷を中和するので、磁場の変化などに伴って生じる動的なもの以外は、電場が持続できないからです。

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質問 ブラックホールに近づく観測者からは、ブラックホールが見かけよりどんどん大きく広がって見え、周囲の星々の光はどんどん後方に収束していき、やがてシュヴァルツシルト半径を超える瞬間にはどの方向を見てもブラックホールが見える(=どの方向に脱出しようとしてもブラックホールに到達する)状態になると推察しています。
 また、光速に近づく観測者は、前方からの光しか到達しなくなる関係上、周囲の光がどんどん前方に収束していき、後方は闇が広がるものと推察しています。
 しかし、
http://spiro.fisica.unipd.it/~antonell/schwarzschild/
http://rantonels.github.io/starless/
などのリアルタイムシミュレーションムービーを見る限り、誰もそのような光景が広がるとは思っていない様子。
https://www.youtube.com/watch?v=ovSWfzHHyJo
のサイエンス劇場03にて若干触れられている程度です。
 これは、私の考えているモデルが現実離れしているからなのでしょうか。それとも、シュヴァルツシルト半径を超える直前にだけ見られるごく短時間の出来事なので、あまり描写されないだけなのでしょうか。
 個人的には、ブラックホールに近づくときの光景と光速に近づくときの光景が似ているのは、等価原理に従っているように思えて、ちょっと興味深いのですけれど。【現代物理】
回答
qa_353.gif  ブラックホールは、常識に反する天体と思われていますが、その周囲で光がどのように伝わるかを理解すると、観測者がどんな光景を見るか、直観的に捉えることができます。空間座標を(1つの次元を省略した)2次元で、時間座標をc倍して空間座標と同じ単位で表すことにすると、重力がない場合、点光源から放出される光は、光源を頂点とし稜線の傾きが45°の円錐面を進みます。この円錐が光円錐ですが、ブラックホールの周囲では、強い重力のために、この円錐が図1のようにひしゃげた形になることが知られています。シュヴァルツシルト面の内側では、光円錐の側面が全て中心を向くようになっているので、たとえ外側に向けて光を発射しても、中心から離れることはできずに特異点に落ち込んでいきます。また、シュヴァルツシルト面のすぐ外側で外向きに放出された光は、面からなかなか離れることができず、時間を掛けて(見かけ上、cより遅い速度で)進みます。
 外部の観測者がブラックホールに自由落下していく物体を見る場合、シュヴァルツシルト面を横切る瞬間に姿を消すのではなく、面に近づくにつれて物体からの光がなかなかやってこなくなるために、しだいに光量が減少して消えていきます(さらに、スペクトルが変化するので、色合いも変わります)。
 ブラックホールに落ち込む観測者が何を見るかも、光円錐をもとに推測することができます。光円錐の形が示すように、シュヴァルツシルト面の外側から内側にはふつうに光が進めるので、この面を越えても、背後に拡がる星空は、しばらくの間、そのまま見え続けます。しかし、光円錐が中心向きにひしゃげているので、たとえ発光する他の物体がシュヴァルツシルト面の内側にあったとしても、前方から観測者に向かってやってくる光の量は少なくなります。特に、中心にある特異点(=ブラックホールの本体?)からは光は全く来ないので、そこに向かって落下する人にとっても、中心部は完全な闇の中に隠れていて決して見えません。
 仮に、等間隔に縦隊を組んだ宇宙船の隊列がいっせいにブラックホールに落ち込んでいったとしましょう。このとき、ブラックホールに近い宇宙船の方が大きな加速度になるため、ある宇宙船のパイロットからすると、前方の隊列がしだいに引き延ばされていきます。シュヴァルツシルト面を越えると、宇宙船から外向きに放出された光は、光円錐が内向きにひしゃげているので(外向きではなく)内向きにゆっくりと(c以下の速度で)進むようになります。このとき、後続の宇宙船は、自分が中心に落下する過程で、前の宇宙船が後方に発射した光に出会うので、前方の宇宙船がシュヴァルツシルト面を越えると、すぐ見えなくなるわけではありませんが、光量が急速に減っていくので、前の宇宙船はしだいに薄暗くなり姿を消していきます。前方だけではなく、あらゆる方向からの光量が減って全体に暗くなり、わずかに、背後からまっすぐやってくる光だけが最後まで見え続けます。これが、「サイエンス劇場 - ブラックホール03 -」で、「宇宙の全てが後方に集まっていき、やがて1点に集まって消えていく」と説明される光景です。
図2  ブラックホールに等価原理を当てはめるには、等加速度運動をする観測者を考えるとわかりやすいでしょう。一定の加速度で運動する観測者は、図2のように、しだいに光速に漸近する軌跡を描きます。この軌跡は、図2で言えば x=ct の光線と決して交わらないので、この光線より左の領域から出た光は、観測者に到達しません。したがって、 x=ct が、その先からの情報は決してやってこない「情報の地平線」となります。等加速度運動する観測者から見ると、背後は情報の地平線に起因する暗闇となり、全天に一様に分布していた星々は、前方に集ってきます。等価原理によれば、等加速度運動する観測者は、一定の重力加速度が存在する重力場内部の観測者と等価なはずなので、重力場内部の観測者も、同じような光景を見ます。これが、ブラックホールを《背にした》観測者が見る光景と似ていることは、すぐにわかるでしょう(ブラックホールの地平面は球形をしているので、全く同じ光景にはなりません)。

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質問 EMドライブというマイクロ波の輻射のみで推進力を得る方法が発表されました。宇宙を加熱して推進力を得るという一応の説明がなされていました。NASAが追試しているため、トンデモと割りきれないものがあります。この件に関して見解をお伺いしたいと思います。【その他】
回答
 EMドライブなるものについては、寡聞にして知らなかったので、Wikipedia をはじめ、いくつかのサイトで情報を集めました。それによると、マイクロ波を密閉容器内で反射させることによって推力を生み出すとされる装置で、宇宙空間における噴出剤を必要としない推進装置になると期待する人もいるらしいのですが…。
qa_352.gif  もともとは、イギリスの小企業に在籍していた技術者 Roger Shawyer氏が2001年頃に考案したアイデアで、図のように両底面の大きさが異なる空洞共振器にマイクロ波を入力すると、それぞれの底面に作用する放射圧が異なるはずだというものです。彼が2008年に行った実験では、底面の半径が16cmと12cmの空洞共振器に850Wのマイクロ波を入力したところ、大きい底面から小さい底面に向かって16ミリニュートンの推力が発生したそうです。当初はトンデモ科学として誰も気にしなかったものの、2010年に、中国の Juan Yang が、「EMドライブ装置に2.45GHzのマイクロ波を入力すると、消費電力80〜2500Wに対して70〜720ミリニュートンの推力が生じた」という実験結果を発表した頃から、注目する人が増えてきました。
 ヤンの実験装置は空気中に置かれていたため、「マイクロ波によって発生した熱が対流を引き起こし、力として作用した」という疑いが残りましたが、2014年、NASAの研究チーム Eagleworks に属する技術者 Paul March が高真空中で実験を行い、推力が作用することを確認したため、俄然、注目度がアップします。ただし、NASAチームが見いだした推力は、30〜50マイクロニュートンとのことで、ヤンの実験結果とは大幅に異なっていることが気になります(NASAチームの原論文はネット上で見つからなかったので、この数値は孫引きです)。「科学の常識に反する理論を支持する結果が複数の実験チームによって得られたが、測定された数値は何桁も異なる」という状況は、かつての常温核融合騒動のときと同じで、「もし事実ならば大発見だと考えて多くのチームが実験を試み、何らかの偶然でポジティブな結果を得たところだけが発表した」のかもしれません。
 実験結果が正当なものだとしても、その原理は全くわかりません。M.E. McCulloch が理論的に解明したという話があったので、"Testing quantised inertia on the emdrive" と題された論文(arXiv:1604.03449v1 [physics.gen-ph] 6 Apr 2016)を読んでみましたが、信頼できるものではありません。この論文では、EMドライブにおける推力の起源がウンルー効果だとされています。ウンルー効果とは、ホーキングが予言したブラックホールの蒸発と関連した効果で、加速度運動をする観測者から見ると、等価原理によって重力勾配が生じ、その影響で時空における長さの基準が変化して場の基準振動が一定でなくなる結果、真空が有限温度のエネルギー分布を持つように見えることです(説明が雑で済みません)。 McCulloch は、以前に、この効果の影響で加速される物体の慣性質量が変化するという理論を発表していましたが、さらに、光子の慣性が変化するために放射圧の差が生じると説明しています。ただし、後段の主張に至る過程でロジックの飛躍(空洞共振器内部の光子が感じるウンルー効果についての説明が明確でない)があり、どうも正当な主張とは思えません。慣性質量の変化を表す式には、分数の分母と分子にきわめて巨大な数(1つは、地球から見て宇宙空間の膨張速度が光速に等しくなる地点までの距離)が含まれており、両者がうち消しあって、EMドライブという人間スケールの装置で測定できるようになるという説明には、かなり無理があります。
 ネット上にアップされたEMドライブの実験映像を見ると、マグネトロンを含むさまざまな装置が取り付けられており、何らかの振動がラチェット効果(歯止めによって運動が一方向に制限される効果)を引き起こしたのではないかと思われます。現代物理学における重要な実験(宇宙背景放射の測定や重力波の検出など)では、ノイズの除去に莫大な労力が費やされており、EMドライブの実験でそれだけの配慮がなされたかどうか、少々疑わしいと思います。もしかしたら物理学の常識を覆す大発見なのかもしれませんが、今のところ、真に受けない方が良いというのが私の見解です。

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質問 『完全独習相対性理論』の記載内容について、クライン=ゴルドン方程式に分散があり、位相は光速cで伝播すること(P.120 l.6-7)が記載されております。位相速度を計算してみると、
      |ω/k|=√(1+(M/k)^2) >c
となって、光速を超えるのではないでしょうか?【現代物理】
回答
 ご指摘の通りで、うっかりしていました。位相速度はcを超えます(重版があれば、その際に訂正します)。ただし、「光速以上の位相速度を持つ正弦波が方程式の解となる」というだけであって、光速以上で情報やエネルギーが伝わるというわけではありません。例えば、波を使って信号を送ろうとすると、パルスによってデジタル信号を作らなければなりませんが、その場合、パルスは群速度で伝播するので、光速を超えません。
 現実には、厳密にクライン=ゴルドン方程式に従う場はありません。素粒子の場は、もともと分散のない波動方程式に従っており、全ては光速で伝播しますが、「ゲージ対称性の破れ」と呼ばれる現象で質量項が生じると、ヒッグス場のように、近似的にクライン=ゴルドン方程式に従うケースが出てきます。ただし、この場合でも、実際に観測されるのは、場の励起状態である素粒子が群速度で運動する過程だけです。
 位相速度が超光速になることは、完全に相対論の枠に収まっており、何の問題もありません。『完全独習相対性理論』の「§4-3-6 超光速運動とタキオン」で強調しておいたように、光速が自然界の最高速度だと考えられるのは、そう仮定しないと「未来が過去に影響を及ぼすことはない」という因果律に矛盾するからであって、相対性原理と違背するからではありません。「§6-3 相対論の原理は何か?」では、「光速不変性を原理だと考えるのは相対論に対する最大の誤解だ」とまで言っておきました。相対論の基本的な原理はあくまでローレンツ対称性であり、クライン=ゴルドン方程式は、ローレンツ対称性を満足する相対論的な方程式です。

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質問 「正規分布の値は数学的手法によって求まる(ルベーグ積分)」というような記述をある統計の本で目にした以来、ルベーグ積分というものに興味を持ちました。しかし、抽象的な積分の定理の連続で、実際の計算などを発見することが出来ませんでした。そこで、この統計とルベーグ積分との関係を教えていただけたらと思います。また、ルベーグ積分はいろいろと物理でも使われているとのことなので、その応用例なども教えていただけたら幸いです。【その他】
回答
 ルベーグ積分は、確率論を厳密に定式化するときに使われるものですが、あくまで数学的な厳密さを追求するときに重要になるのであって、統計力学や経済学などの数理的な分野も含めて、応用にはほとんど必要ないと思います。
 厳密な議論でルベーグ積分のような抽象数学の概念が使われるのは、現実的な事象だけを取り上げると、確率という概念をきちんと定義できないからです。例えば、気象庁による降水確率の予報は、過去に同じような気象状況になったときの降水量をもとに行っていますが、何を以て「同じような」と言うのか曖昧さがあります。こうした曖昧さを残したままでは数学的な議論を展開しにくいので、まず確率を数学的に定義した上でさまざまな定理を導いておき、しかる後に、この定理を現実の事象に当てはめるという論法が取られるわけです。数学的に定義された確率には、具体的な内容が何もありません。単に、全ての部分集合に対して非負定値の測度が与えられており、互いに素な複数の部分集合があるとき、これらの和集合の測度は各部分集合の測度の和になるという加法性が成り立つ場合には、測度の規格化によって確率が定義されるというだけです(簡単に言えば、足して1になる0か正の値なら何でも確率だということ)。
 ルベーグ測度とは、いくつかの実変数に対して定義される加法的測度で、面積や体積の概念を拡張したものと言って良いでしょう。ルベーグ積分は、ごく素朴に言ってしまえば、リーマン積分における区間求積法の区間を、微小区間に限定せずルベーグ測度が与えられた領域で置き換えた積分です。規格化されたルベーグ測度が確率と見なせるので、ルベーグ積分は、確率と関数の積を足しあわせる計算となり、期待値などの統計的な量を求めることに相当します。
 ルベーグ積分を使うメリットは、確率に具体的な内容がないので、純粋に数学的な議論だけで、さまざまな定理が導ける点ではないかと思われます。リーマン積分では、積分区間を無限小にする極限操作があるため、二重積分の順序を入れ替えられるかどうかなど、数学的に微妙な問題が生じがちですが、ルベーグ積分なら、こうした問題を比較的容易に克服できます。
 ただ、数学的に厳密な議論が応用分野でどれほど役に立つか、いささか疑問です。かなり高度な理論物理学でも、ルベーグ積分の定理を用いてはじめて解決できるような場面に出会ったことはありません。積分の順序が入れ替えられないケースは良くありますが、ルベーグ積分におけるフビニの定理などを持ち出すよりも、なぜ入れ替えられないかを物理的なイメージを用いて考える方が有益です。測度0の領域が物理的な効果を及ぼさないことも、ルベーグ測度で議論するより、具体的にどのようなケースに相当するかを示す方が説得力があります。ルベーグ測度やルベーグ積分は、あくまで議論の最終的な仕上げに使うツールであって、実践的な場で応用問題に対処する際には、役に立たないというのが私の実感です。
 確率論の応用で問題になるのは、むしろ、厳密な数学と具体的な事象をきちんと結びつけられるかという点です。例えば、いくつかのもっともらしい仮定を置くと、統計的な物理現象に関してベルの不等式の成立が導けるにもかかわらず、量子論的な現象では、この不等式が成り立たないという実験結果が得られています。そこで、仮定の1つである物理法則の局所性が破れているといった議論が出てくるのですが、私は、より根本的な前提である測度の非負定値性を問題にすべきだと考えます。また、多数の人間が関与する現象を統計数学を用いて予測する場合がありますが、人間の行動規範はいくつかの流派に分かれることが多いので、統計的な現象であっても中心極限定理が成り立ちません。金融工学の分野で確率過程に関する厳密な方程式を使った“非の打ち所のない”予測をしても、しばしば大はずれになるわけです。

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質問 地球の時空から見てシュバルツシルト半径を超えるのに無限に近い時間がかかるとすると、宇宙の年齢138億年経過した現在でも、シュバルツシルト半径を超えた物質は存在しないのではないのでしょうか? それなのに、宇宙を観測すると、どうしてブラックホールが見つかるのですか? あくまでも、私たち地球またはその周辺の時空から見た場合での質問です。【古典物理】
回答
 ブラックホールの現象を記述する一般相対論には、座標をどのように選んでもかまわないという特徴があります。「シュバルツシルト半径を超えるのに無限に近い時間がかかる」のは、シュヴァルツシルト面付近で特定の座標系を選んだ場合のことで、地球からブラックホールを観測するときに、この座標系を選ぶ必然性はありません。もちろん、どのような座標系を採用しても、生起する物理現象は同一です。ブラックホールに飲み込まれる観測者からすると、自由落下する過程では(潮汐力を別にして)重力は全く感じられず、シュヴァルツシルト面を通過する際にも、何も起きません。有限時間のうちにブラックホールの中心に到達します。「無限に近い時間がかかる」とは、時空のゆがみのせいで、シュヴァルツシルト面を通過する直前に発した光が、いつまでも面の近くから離れられず、遠方の観測者に到達するのに長い時間がかかることを意味します。と言っても、ブラックホールに飲み込まれる物体が、シュヴァルツシルト面付近にじっとへばりついて見えるのではなく、面を通過する過程で光量が急減するので、観測者からすると、物体が暗く消えていくように見えるはずです。
 ブラックホールの観測は、周囲に形成された降着円盤の物質が飲み込まれる際に放射されるX線などの電磁波によって行います。ブラックホールに向かって落下する物質は、シュヴァルツシルト面のかなり手前で互いに激しく衝突し電磁波を放射するので、光が面の近傍に留まるという効果はほとんど現れません。

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質問 以前、オーランチオキトリウムというバイオ燃料を産生する藻類が日本で発見されたと話題になりました。日本が産油国になるかもしれないという報道もあったようですが、それから特に大きなニュースはありません。オーランチオキトリウムの研究は、その後どうなったのでしょうか。【環境問題】
回答
 オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)についてはあまり知らなかったのでネットで検索してみましたが、どうやら、化粧品用の高機能油を生産するプラントの建設に着手する段階で、自動車や航空機のバイオ燃料に関しては、実現するとしてもかなり先になりそうです。
 オーランチオキトリウムは、筑波大学の研究チームがオーストラリアで発見し2010年に報告した藻類です。旺盛な増殖力を持ち、サプリメントとして人気のあるドコサヘキサエン酸(DHA)などのω-3油脂を盛んに産生する点が注目されました。ただし、クロロフィルを持たず光合成を行わない従属栄養生物なので、炭素化合物のエサを与えなければならず、直ちに油脂の大量生産が実現できるわけではありません。筑波大学「藻類バイオマス・エネルギーシステム研究拠点」のホームページを見ると、ボトリオコッカスなどの光合成藻類と組み合わせれば、下水処理と炭化水素生産を同時に行うシステムが可能だと記されていますが、構想段階に留まっています。安定した増殖のために培養タンクを攪拌したり油脂を取り出すのに化学処理したりしなければならず、現時点ではコストがかなり高くつくのがネックです。
 日経新聞の記事によると、筑波大学発ベンチャーの藻バイオテクノロジーズが、東日本大震災で被害を受けた地域の復興事業として、宮城県東松島市にオーランチオキトリウムの培養タンク10基を備えた工場を建設、2018年春から稼働し高機能油を抽出・精製して化粧品メーカーなどに提供する予定だそうです(2015年7月30日付日経電子版)。日経ビジネスで「藻類の超高速増殖で日本が産油国になる? 2つの藻をハイブリッド増殖し、燃料自給が視界に」とブチ上げた記事(2015年10月15日付日経ビジネスonline)からすると、かなり後退した印象を受けます。想像するに、ベンチャービジネスでは耳目を集めるために事業目標を大げさに吹聴することがあり、バイオ燃料の話はそこから出てきたのではないでしょうか。

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質問 先日ツイッターでこんな説を目にしました。https://twitter.com/Yam_eye/status/716457147542863873 空気が透明なのは人間の目が空気を透明に認識するよう進化したからだ、という論です。試しに「空気」「透明」「理由」で検索したところ、この説は三谷宏治氏が言い出したもののようです(http://diamond.jp/articles/-/11029?page=3)。
どうも腑に落ちません。検索しても科学者がこの説を語ったものが(少なくとも日本語では)見つからないことにくわえ、この説はいわゆる人間原理の拡大解釈に思えてしかたがないのです。【その他】
回答
 「空気が知覚対象とされないのは進化の結果である」という考え方は、基本的に正しいと思います。三谷氏の議論は途中の説明を端折っているので、少しわかりにくいのかもしれません。
 G型主系列星(黄色矮星)である太陽のスペクトルは460nm(青緑色)付近にピークを持つ黒体放射で表されますが、大気中で300nm以下の短波長側が大幅にカットされるので、地表や浅い水中では、半分弱が可視光線(400〜800nm程度)、残りの大部分が赤外線になります。生物が放射を利用する場合、赤外線は大気や水を温める熱源として間接的に役立てる一方、光化学反応を起こしやすい波長の短い光は、光合成を行うためのエネルギー源として、また、光受容体を介して知覚情報を得るために、直接的に利用しています。光受容体は、光を吸収すると構造変化を起こすタンパク質であり、ミドリムシのような単細胞生物にも見られるもので、概日リズムや走光性を実現するために、進化のかなり早い段階から利用されたと考えられます。しかし、この段階では、まだ「空気が無色透明だ」と認識するような知覚は成立していません。
 生物の視覚が急速に進化するのはカンブリア爆発の時期で、この頃、光受容体が組織化された“眼”を持つ生物が登場しました。眼の進化を促した要因が何かははっきりしませんが、捕食関係が重要な役割を果たしたという見方があります。捕食者にとっては餌を素早く見つけるため、餌となる生物にとっては捕食者から逃れるために、高機能な視覚器官を持つことが有利に作用するので、眼を備えた生物が支配的になったというわけです。この場合、遠方に存在する餌や捕食者を視認することが重要であり、途中の媒質(カンブリア紀の生物にとっては水)に関する情報は不必要なので、媒質は認知されない無色透明な存在になったと考えられます。捕食関係は、その後も進化の道筋を決定する重要なファクターであり続けたので、進化の延長線上にある人間も媒質(空気)を認知しないのでしょう。
 以上の議論から推測できるように、捕食関係よりも周囲の媒質に関するデータが重要な生物がいる場合、彼らにとって媒質は“見える”はずです。地球には存在しなさそうですが、仮に、知性を持った浮遊生物がいるとしましょう。富栄養化が進んだ海域の浮遊生物は、周囲に栄養分が豊富にあるために素早く動き回る必要がなく、その代わり、水流や塩分濃度のような媒質に関するデータの方が生存の上で重要になります。したがって、富栄養状態の海に住む知的浮遊生物は、周囲の水の状態が見えるような感覚器官を進化させていると予想されます。
 ある生物にとって“見える”ものが別の生物には“見えない”という状況は、具体的な事例を使って考えることもできます。例えば、コウモリは、恐竜の目を逃れるために夜行性になった多くの哺乳類と同じように視覚が弱い反面、超音波を使って周囲の物体を認知することができるので、人間には不透明に見える煙も、彼らには透明に思えるでしょう。また、イヌのように嗅覚の発達した動物は、匂いの痕跡のような過去の情報を知覚しており、時間軸方向の拡がりを持つ世界が“見える”のではないでしょうか。

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©Nobuo YOSHIDA