質問 マイケルソン/モーレーの実験で、エーテルの存在は否定されましたが、後日の観測では真逆の事実が明らかになっています(http://hwbb.gyao.ne.jp/maxmisu-pb/sub/g3file/ether_exp.html)。これは相対論の足元を挫く重大な事実ではないでしょうか?【現代物理】
回答
 質問にあるサイトでは、モーレー/ミラーの実験など、20世紀に入ってから行われた干渉実験がいくつか紹介され、そのいずれにおいても、干渉縞にわずかな日周変化が見られることが示されています。静止エーテルを仮定する理論の予想よりは遥かに小さいため、通常は、エーテルの存在を示唆するものではなく、温度変化などに起因する誤差だと解釈されますが、相対論では干渉縞が全く変化しないはずなので、この結果が相対論の反証にならないのか、気になる人もいるでしょう。
 結論から言うと、ほとんどの物理学者は、この日周変化は単なる実験誤差であって、相対論に対する反証にはならないと考えています。その背景には、実験による検証をどのように行うべきかに関する、物理学ソサイエティでの暗黙の合意があります。
 そもそも、実験による誤差をゼロにすることは、現実問題として不可能です。“エーテルの風”を検出しようとマイケルソンが最初に行った実験でも、かなり大きな干渉縞の日周変化が観測されていますが、これは、実験室の前を馬車が通行することなどによる振動が影響した可能性があります。こうした誤差を小さくすることが、実験家にとって最もしんどい仕事です。最先端の大型加速器でも、近くにトラックが通るとデータが乱されるので交通を制限するとか、月からの潮汐力によって加速器がゆがむので補正を行うとか、何とかして誤差をなくそうとしますが、実際には、実験家が首をひねる誤差がどうしても残ってしまいます。そこで、物理学における精密実験のデータには、必ずエラーバー(誤差がどの範囲まであるかを、データポイントの上下/左右に線分で示したもの)を付けることが慣習になっています。ただし、統計的なばらつき以外に関して、エラーバーの長さをどう決めれば良いか、原則はありません。実験後しばらく経ってから、正しい値がエラーバーを大きくはずれていたことが判明し、間違ったデータをもとに論文を書いてしまった理論家を泣かせることも、しょっちゅうです。
 誤差はゼロにできないことを考慮し、実験データは、あくまで理論の検証のために用いるというのが、物理学者の基本的な合意事項です。エラーバーの範囲内で理論の予測値と一致していれば理論の検証になり、一致していなければ理論が反証されるという訳です。モーレー/ミラーの実験結果は、「光は静止エーテルに対して一定の速度で伝播する(地球の運動によって、観測される速度が変化する)」という理論の予測値と大幅に異なる(当時の論文には、エラーバーがきちんと書き込まれていませんが、これを誤差範囲とすると、干渉縞が変化しないケースも含まれてしまいます)ので、その反証と見なされます。逆に、干渉縞の変化から静止エーテルに対する地球の速度を求めると、秒速10キロメートル程度となり、天文学的な観測データ(地球は太陽系内を秒速30キロで公転していること、および、天体の光学像に 乱れがないので静止エーテルの引きずり効果がないこと)と矛盾します。日周変化をもたらす原因は判明していませんが、原因の分からない誤差はよくあるので、このデータと合致するような何らかの理論が提出されないうちは、物理学者の合意に基づき、単なる誤差として黙殺されます。
 実験データには誤差が付き物なので、「観測値が特定の値になる」ことを厳密に示すことはできず、そのことを唯一の根拠とするような理論は、いつまで経っても検証できません。相対論も、「光速が厳密に一定である」ことを実験的に示さなければならないのならば、正しい理論であるとは永遠に認められないでしょう。相対論が物理学者に認められたのは、「光速が厳密に一定だ」という実験結果が得られたからではなく、相対論から導かれるさまざまな帰結が実験的に確認されたからです。
 例えば、相対論の基になるローレンツ不変性を前提とすると、素粒子反応のパターンに一定の制限が付くことが示せます(フェルミの理論)。現在、大型加速器を使ってさまざまな素粒子反応が調べられていますが、この制限を破ることが明確に示されたケース(フェルミオン数が反応の前後で変化するなど)は、いまだありません。なぜ、莫大なエネルギーで素粒子同士をぶつけて複雑な現象を引き起こしているのに、常に一定の制限内の反応しか起きないのか---「相対論が正しいから」というのが最も簡単な解答であり、それ以外の説明は見つかっていません。
 同じように、核分裂によって解放されるエネルギーも、相対論から導かれるアインシュタインの公式 E=mc2 に従うことが確認されています。核分裂反応は、電磁気現象とは異なる相互作用に起因するものなので、この現象が、光速が見かけの上で一定になることを示す非相対論的な理論で説明できるとは思えません。
 相対論に疑いの目を向ける人は、多くの場合、光速一定という仮定を批判しますが、この仮定は、あくまでローレンツ変換の式を最速で導くための便宜的なものであり、相対論の原理ではありません。光速の一定性を確認する実験は今も続けられていますが、これは、原子時計などの実験機器の精度が向上していることを示すデモンストレーションであって、この実験によって相対論を検証しようというものでないことを理解してください。

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質問 熱する機械には廃冷は不要なのに、冷やす機械には廃熱が必要なのはなぜですか? 廃熱しない冷却機械は原理的に不可能なのですか?【古典物理】
回答
 熱は、言ってしまうと“クズ”エネルギーであり、電流が流れると抵抗器が発熱したり、運動エネルギーが摩擦熱に変わったりするように、格別の機構を用意しなくても、他のエネルギーが自然に転化して生じるものです。このため、電熱器やガス湯沸かし器などの加熱装置では、わざわざ廃冷(余分な冷気を取り除く、すなわち、外からさらに熱を加える)を行いません。しかし、発熱の効率を高めるために、廃冷を行う場合もあります。近年、CMで良く見かけるヒートポンプを利用した暖房は、屋内を加熱する際に外気の熱も利用するので、屋外に冷気を捨てるシステムだと見なせます。
qa_358.gif  ヒートポンプによる暖房機器は、通常の冷房をそっくり反対にしたものです(図参照)。まず、熱媒(容易に圧縮・膨張させられる媒質)を電気エネルギーで加熱し、室内機を通して部屋の中を暖めます(図では室内機から直接熱が放出されるように描きましたが、実際には、もう一段の熱交換を行って、床暖房を行う場合が多いようです)。高温になった熱媒は、周囲よりも気圧が高いので、膨張弁を開放して断熱膨張させると、急激に温度が下がります。こうして外気よりも低温にした熱媒を室外機に送り込むと、外から熱を取り込みます。冷房の室外機からは熱風が出てきますが、この暖房システムでは、室外機から外気温よりも低い冷風が出ます。こうして熱媒を循環させると、室内機から放出される熱エネルギーは、圧縮するのに要する電気エネルギーよりも大きくなり、効率的な暖房が可能になります。
 加熱装置と異なって、冷却装置は、熱を奪うという不自然な過程を実現するために、自由エネルギーを投入しなければなりません。通常は、投入したエネルギーが熱に転化するので、廃熱(排熱)が必要となります。しかし、余分な熱が発生しないようにしてエントロピーの小さい状態を実現できれば、廃熱しなくても冷却が可能になります。
 具体的には、充分に乾燥させた吸着材を水槽に近づけ、水を蒸発させることで気化熱を奪って冷却する方法があります。吸着材の乾燥には熱風が使われることが多いので、通常は余分な熱を取り除く必要がありますが、熱風を使わず時間を掛けて乾燥させることができれば、廃熱なしの冷却が可能になります。
 低温物理の実験では、しばしば断熱消磁という方法が使われます。常磁性体に強い磁場を加えたまま液体ヘリウムなどで冷却すると、スピンに関しては、向きのそろったエントロピーの小さな状態になります。その後で磁場を取り除くと、磁性体の持つ熱エネルギーの一部がスピンにも分配されるので、温度が低下します。ただし、この方法は、実験に使う試料を極低温にするために利用されるもので、大規模な冷却には使えません。

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質問 地球の南極にはちょうど大陸があり、北極は逆に陸地が避けるような形で海が広がっているように見えます。偶然ではない気がしているのですが、このような配置になった必然的な理由はあるのでしょうか?【その他】
回答
 大陸はプレートテクトニクスによって移動しますが、その際、遠心力・コリオリ力など地球の自転が大きな影響を及ぼすとは考えられません。地球表面では、場所によって重力と遠心力が異なりますが、その効果は主に鉛直方向に現れ、大陸を駆動する力とはなりません。また、大陸移動のスピードがきわめて遅いので、コリオリ力の寄与も完全に無視できます。したがって、地球の自転は大陸移動に何の影響もないはずであり、「南極に大陸があり、北極には海が広がる」という状況は、全くの偶然によって実現されたと思われます。
 大陸移動は、流動的なマントルの上に載ったプレートの動きによって引き起こされます。ちょうど熱水の上にプラスチックの板を何枚も浮かべたような状況で、上昇流と下降流がどこに生じるかによって、大陸が集まったり離れたりします。上昇流と下降流がどのようにしてどこにできるかは、まだ完全に解明できていないようです(プルームテクトニクスと呼ばれる理論が建設途上です)が、数億年というタイムスケールで流れ方が変化しており、それに応じて、大陸の集まり方も変わります。
 現在では、地中海という割れ目が入ったアフリカとユーラシア(インド亜大陸がめりこんでいます)、南北に引きちぎられそうな南北アメリカという2つの超大陸と、孤立した南極およびオーストラリアの両大陸があります。これらは、2億年ほどまえには、パンゲアと呼ばれる一つの超大陸だったことが知られています。しかし、昔から一つだった訳ではありません。パンゲアは、2億5千万年ほど前までに、ゴンドワナやローレンシアなど複数の大陸が衝突してできたと考えられています。地磁気に基づくデータによれば、それ以前にも、大陸の分裂・合体が繰り返されていたことが判明しています。こうした分裂・合体に何らかの規則性が見いだせれば面白いのですが、10億年以上前のことに関しては不明な点が多く、明確なことが言えない状況です。

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質問 重水素による核融合反応はわかりますが、太陽などの恒星でも、やはり重水素の核融合反応が起きているのでしょうか? 通常の陽子1個の水素では、核融合反応は起きないのですか? また水素から始まる核融合サイクルでは、中性子はどこからくるのでしょうか? 水素だけでは陽子しかありません。重水素が大量にあるのでしょうか?【現代物理】
回答
 人工的な核融合炉では、温度や密度に関する反応条件が緩やかなことから、重水素を利用した反応(重水素−重水素、重水素−三重水素、重水素−ヘリウム3など)が利用されます。中性子がない場合でも、陽子が陽電子を放出して中性子に変化する反応を介して核融合が進行することが可能ですが、陽子が中性子に変わる反応は起きる確率が小さいため、エネルギー変換効率はあまり高くなりません。ある程度以上の効率が要求される核融合炉では、重水素のように平均より中性子の比率が高い同位体を、核燃料としてあらかじめ用意しておくことが必要です。
 一方、太陽などの恒星では、核燃料を外部から供給できる核融合炉と異なり、恒星内部に蓄えられた物質を燃料として、長期にわたって核融合を持続させなければなりません。ビッグバン直後には、重水素や三重水素が合成されますが、恒星内部では、これらはさまざまな核反応によってすぐに消費されてしまい、持続的な核融合を行うことができません。このため、周囲の惑星系に生命が発生できるほどの期間(数億年以上)にわたって核融合を行うには、もともと大量に存在する陽子だけを使って核融合を続ける必要があります。そこで利用されるのが、ppチェインと呼ばれる反応で、最初に、2個の陽子(p)から重水素原子核(d)、陽電子(e+)、ニュートリノ(ν)が作られる反応が起きます(陽子のうちの1個は、陽電子を放出して中性子に変わっています)。
p+p→d+e+
その後、こうしてできた重水素を核燃料として、さらなる核融合反応(いくつかの分岐があります)が進行します。
 ppチェインは、生起する確率の小さい陽子→中性子の変換過程が含まれるので、発熱量はあまり大きくありません。太陽の場合、中心部でも1立方センチ当たり0.3ミリワット程度しかなく、人体における単位体積あたりの発熱量より小さくなっています。太陽が膨大な熱を放出できるるのは、質量がきわめて巨大だからです。

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質問 ファンデルワールス力は、近くでしか作用しない電気引力と理解しています。見掛けは中性の物質が近づくと、プラスとマイナスが引き合ってくっつく。これで合っていますか? もしこの理解が正しければ、遠く離れた物体同士でも、内部の電荷が膨大であれば、見かけは電気的に中性でも、ファンデルワールス力は、弱いけれど働くと考えていいでしょうか?【古典物理】
回答
 ファンデルワールス力は、2つの分子がある程度離れているときの分子間力の中で、電荷同士の相互作用、双極子相互作用以外のもののうち、比較的大きな引力を指すようですが、どうも、厳密な定義があるわけではなさそうです。
 分子間力は、非相対論的量子力学(粒子の量子論)で、ほぼ完全に記述できます。2つの分子が接近すると、それぞれの分子に含まれる電子と原子核(分子の議論では、点粒子と仮定されます)は、他の全ての電子/原子核と電磁気的な相互作用をするため、充分に離れているときに比べて波動関数やエネルギー準位が変化し、それに伴って力を受けます。しかし、この変化はコンピュータでなければ計算できないほど複雑で、何が起きているか、人間の頭脳で完全に理解することは不可能です。そこで、分子がある程度離れているときは、充分に離れているときと比べて波動関数が少ししか変化していないと仮定し、分子同士が及ぼす力を段階的に説明するのが一般的です。
 分子が充分に離れているとき、2つの分子が電荷を持っている場合は、距離の2乗に反比例するクーロン力が支配的になります。電荷はないものの、水分子のように正電荷と負電荷が分かれて電気双極子モーメントを持つ場合は、1次近似として、距離の3乗に反比例する双極子相互作用が現れます。
 電荷も電気双極子モーメントもない分子同士の相互作用では、クーロン力も双極子相互作用もありません。このとき、各分子の波動関数が変化することによって現れる力を、1/rのベキ(rは分子間距離)で展開すると、rが比較的小さいときに支配的になるのは、一般に、1/rの6乗の項です(「rが比較的小さいとき」という曖昧な表現をしましたが、分子の大きさと同程度まで接近すると、量子論的な効果である交換斥力が急に強くなるので、この力が無視できる程度には離れているという意味です)。ファンデルワールス力という言葉は、この項だけに限定される場合もありますし、クーロン力・双極子相互作用・交換斥力以外の分子間力の総称として使われる場合もあります。
 1/r6の項が何に由来するかは、単純ではありません。最もわかりやすいのは、電気的に中性の分子であっても、分子に含まれる電子/原子核間の電気的相互作用によって電子の位置が偏り双極子モーメントが誘起されるため、この誘起モーメント同士の相互作用によって現れるという考え方です(モーメントが誘起される過程は、ざっくり言えば、分子内部のプラスとマイナスの電荷が引き合うことで電子が偏ることです)。しかし、それ以外にも、1/r6の項をもたらす効果があるので、ファンデルワールス力の起源はかなり複雑だと言っておきます。
 2個の分子だけが存在し他に何もない空間では、(電子の個数が膨大でなくても)ファンデルワールス力の到達範囲は無限になります。しかし、距離rの6乗に逆比例するファンデルワールス力は、少し離れると急速に力が弱くなる(逆2乗力ならば距離が2倍になると力は1/4になるのに対して、逆6乗では1/64になる)ので、実質的に比較的近距離でのみ作用すると考えてかまいません。

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質問 生命や人間の身体の不思議は、あげればいくらでもありますが、「眼の誕生」に一番興味があります。眼は光の作用により「見る」ということを可能にしますが、そもそも眼を獲得していなかった原始生命体は、なぜゆえこの地球に光があることを知覚し進化の過程において眼という器官を獲得するにいたったのでしょうか。それは、見るという原理がわかった上でなのか、進化の過程における偶然の産物でそのような見るという行為をたまたま獲得したのか。鶏が先か卵が先かのような議論ですが、偶然の産物にしてはあまりにも機能としてできすぎていないか、というのが疑問です。そうすると、人間の意思を超えた存在がこの世界をデザインして…みたいな議論になりがちですが。アンドリュー・パーカーという方の眼の誕生という書籍も読みましたが、捕食者と被捕食者間の攻防により生命の眼と色彩は進化してきたという話は面白いのですが、肝心の眼の誕生の起源については、謎のままです。やはり、今そこにある現象というものは物理学や科学で解明はできても、宇宙の起源の問題同様に、「起源」の根拠づけというものは難しいものでしょうか。【その他】
回答
 眼が誕生する以前には受光器官は存在せず、光があることもわからないまま「眼の形成を目標に進化が起きた」と考えると、確かに不思議なことです。しかし、実際には、地球上に生命が登場した当初から光はさまざまな形で利用されており、眼は、あくまで効率を向上する過程で形成された器官にすぎません。
 地球上に生命が現れる際に重要だったのは、地表の温度が水が液体でいられる程度に低かったのに対して、そこに降り注ぐ光は、太陽の表面温度(6000K)に相当するエネルギー分布を持っていたことです。このため、高エネルギー光子による光反応によって海水中に比較的分子量の大きい化合物が生成されても、温度が低いので熱分解されずに蓄積されます。生命は、光と反応して化学構造を変化させる分子のスープ内で誕生したのであり、それ故に、初期の生命は、こうした分子を積極的に利用するようになったと考えられます(生命は、海底の熱水噴出口付近で誕生したという説もありますが、せいぜい数百度しかなく、継続的にエネルギーが供給できる期間も短い海底の熱水が、初期の生命に必要な化学物質を全て用意できたとは、私には思えません)。最初は、光をエネルギー源として利用する独立栄養生物が生まれ、「光と反応して化学構造を変化させる」化合物をコードする遺伝子を持つに至ったのでしょう。
 光と反応する化合物は、光からエネルギーを得る以外にも用途があります。こうした化合物をランダムな突然変異によって体のあちこちで作り出すうちに、信号伝達系と結びついて、光をシグナルとして利用する生物も現れたはずです。現在でも、眼がないのに光をシグナルとして感じ取る能力を持つ生物は、数多く存在します。多くの植物は、光が当たるかどうかによって細胞増殖速度をコントロールし、光の向きに応じて根や茎が育つ向きを変えます(屈性)。単細胞生物であるミドリムシは、鞭毛の付け根に光照射によって活性が変化する酵素を持っているため、光のある方に進む「正の走光性」を示します。また、ダニは眼がない(あっても貧弱な機能しか持たない)にもかかわらず、眼とは異なる器官(網膜外光受容器)によって光を感じ取り、1日のうち明るい時間が長いか短いかで行動パターンを変化させています(光周性)。
 現在も見られるこれらの原始的な受光器官が、より効率的に光を集める“眼”に進化するには、(1)光と反応する化合物(光受容タンパク質など)を体表面にある特定の膜組織(網膜)に集積する、(2)同じ部位に求心性の神経を通して光反応のシグナルを伝達できるようにする、(3)網膜の外側に集光機能を持つ透明な組織を形成する−−など、いくつかの条件が満たされることが必要です。個々の条件は、突然変異によって偶発的に満たされることもあり得ます。例えば、クラゲなど透明な体組織を持つ生物は決して珍しくなく、こうした組織を作る遺伝子が異常を来して、体の一部が透明化することも、充分にあり得るでしょう。しかし、全ての条件が同時に満たされて眼としての機能が実現されるのはきわめて稀あり、こうした突然変異を生じた個体が、変異によって被る不利益を乗り越えて生き延びるためには、眼を持つことで生存率が大幅に向上するのでなければなりません。そうした環境圧になったと推測されるのが、カンブリア紀における捕食者の登場であり、捕食者から逃れる(あるいは、捕食者が餌を見つける)には、眼を持つことがきわめて有利に作用したという状況です。光は、音や匂いに比べて伝達速度が速く、高い直進性を持つので、眼を持っていれば、捕食者の接近を早期に感知して避難することができます。例えば、カンブリア紀最強の肉食獣であるアノマロカリスが活動していた頃、頭部に5つの眼を持つオパビニアという生物もいましたが、おそらく、海底で上を見上げ、5つの眼でアノマロカリスを捉えると大急ぎで逃げていったのでしょう。
 ついでに言っておくと、眼の形成より遥かに難しいのが、耳の形成です。単なる圧力センサーなら原始的な生物も備えていますが、振動を増幅して高周波を捉える機構がどのように進化してきたのか、とても不思議です(スティーヴン・ジェイ・グールドのエッセイで取り上げられています)。

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質問 太陽系の惑星は有名な『土星』の他に『木星』『天王星』『海王星』にも『輪』が発見されています。しかし最近はそれらの惑星の映像、絵には輪があるものを見かけないのは何故なのでしょうか? 輪が発見された当時、それらのイラストには確かに輪が描かれていたと記憶しているのですが。【その他】
回答
 太陽系の惑星では、土星、天王星、木星、海王星に輪(環)があることがわかっています。ただし、このうち土星の輪だけが市販の望遠鏡でも視認できる明瞭なものであり、それ以外の輪は希薄で簡単には見えないため、最近のイラストでは、あまりはっきり描かなくなったのだと考えられます。
 惑星の輪は、衛星に他の天体が衝突するなどして舞い上がった破片や塵がリング状に拡がったものだと考えられます。中でも、土星の輪は、総質量が(地球の)月の1000分の1ほどもあるので、太陽系の惑星が形成されて少し経った時期に、衛星が砕けるほどの大きな衝突によって生じた破片(主に氷)や塵が集まってできたと推測されます(少し前まで、輪は数億年前に形成されたばかりだと言われていましたが、現在では、主流の学説でないようです)。メインリングは、大きさが1センチから10メートルほどの氷の塊から成っており、密度や反射率が大きいため、輪からの反射光によって土星全体の明るさが増すほどくっきりと見えます。
 これに対して、他の惑星の輪は、希薄で目立ちません。木星の輪は、大きさがせいぜい数ミクロンの塵から成っており、正確にはわからないものの、総質量は土星のものに比べて何桁も小さいと考えられます。海王星の輪も、これと似ています。天王星の輪は、木星よりかなり大きな質量を持ち、構成粒子も数メートルに達する大きさですが、それでも、土星の輪に比べて遥かに希薄です。これらの輪は、長時間露光によって観測が可能になるようなものであり、惑星の周囲に輝く輪が存在するようなイラストを描くと、かえって誤解を招いてしまいます。

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質問 最近、「スポットライト理論」という宇宙論を知りました。今までいろんな宇宙論を聴いてきた中で、個人的に一番ロマンチックだなと感じましたが、先生はいかがお考えでしょうか? (宇宙は全ての時間をすでに内包していて、人間はただ「いま」という時間を認識しているに過ぎないという考え方は、「運命は完全に決まっている」ということで、だから逆に自由だという意見を、好きな漫画家の数人が発言しています。)【現代物理】
回答
 「スポットライト理論」という言葉は、この質問で初めて知りました。ネットで検索したところ、この理論は、マサチューセッツ工科大学のブラッド・スコウが提唱したもので、「宇宙は、過去から未来に至る全ての時間を内包しており、現在とは、移動する一種の“スポットライト”に照らし出された特定領域だ」という主張のようです。
 このうち、前段の「宇宙が全ての時間を内包する」は、物理学者にとっては通常の考え方で、「ブロック宇宙論」と呼ばれています。もともとは、相対論を数学的に定式化するためにミンコフスキーが1907年に提唱したアイデアで、当初、アインシュタインはこの考えを嫌っていましたが、1910年代後半に一般相対論を構築する過程で、これが相対性原理の必然的な結果であることに気がつき、後年は、一般人向けの講演でも積極的に取り上げるようになりました。ブロック宇宙論によれば、「現在」に相当する時刻は存在しません。それぞれの時間にいる人が自分にとっての「いま」を万物に共通する「現在」だと錯覚しているだけで、物理的には、あらゆる時刻が等価です。
 ブロック理論は物理学者にとって通常の考え方と言いましたが、これに反対する人が皆無という訳ではありません。例えば、素粒子論の研究者としても知られるポーキングホーンは、自身のキリスト教信仰に基づいて、ブロック宇宙論に懐疑的な考えを示しています。しかし、具体的な時間論を提案するには至っていません。
 スポットライト理論は、ブロック宇宙論における拡がった時間を前提としていますが、“スポットライト”というアイデアを用いることで、現在を他の時刻から区別します。ただし、スポットライトを物理的な現象と考えると、相対論と矛盾するように思われます。相対論では、ローレンツ変換という時間と空間が混ざり合う変換を施しても物理法則が変化しないことが要請されます。ところが、スポットライトが現実に存在する現象で、物理法則に従って照射される領域が過去から未来へ移動するのならば、スポットライトを移動させる物理法則がローレンツ変換に対する不変性を持つとは考えられません。提唱者のスコウは、次の論文で、自分のスポットライト理論(従来のスポットライト理論の改良版)が相対論的だと主張していますが、論文を読む限り、ローレンツ不変性を持つ相対論的な理論になっていないように思われます(式を使わずに言葉と図だけで説明した論文なので、正しく読解できたか自信はありませんが)。
Bradford Skow, "Relativity and the Moving Spotlight," (The Journal of Philosophy 106 (2009): 666-678)
(http://web.mit.edu/bskow/www/research/timeinrelativity.pdf で入手可)
 ブロック宇宙論では(スポットライト理論と同じく)「運命はすでに決まっている」ことになり、その中で人間の自由をどのように解釈するかが哲学的な問題になります。私は、「運命は事実として決まっているが、物理法則によって現在の状態に規定される訳ではない」という観点から、ブロック宇宙論と自由意志が両立可能だと考えています。

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質問 台風の渦の巻きかたについて北半球では左巻き、南半球では右巻きとのことですが、北半球と南半球で逆になる理由が全く分かりません。コリオリ力は見かけのもので、宇宙から見れば大気の運動に無関係ではないでしょうか。そうであるならば台風(低気圧)に渦をもたらす力は何でしようか。また赤道をまたいで向きが逆になる理由は何でしょうか。【古典物理】
回答
 確かに、コリオリ力は見かけの力でしかありません。科学者は、話が簡単になるので安易にコリオリ力を用いがちですが、宇宙から見た場合は、コリオリ力抜きで台風の渦がどちら向きになるかを説明する必要があります。
qa_356.gif  まず、コリオリ力がどのようなものかを明確にするために、北極点にフーコーの振り子を設置し、宇宙(地球の公転速度と同じスピードで動く慣性系)から見て同じ振動面内を往復運動させる場合を考えます(図1)。地面が東向きに動いているため、振り子が振動中心から遠ざかっていく(南向きに運動する)ときは、地表からは、おもりが西向きにカーブを描くように見えます。逆に、振動中心に戻る(北向きに運動する)ときには、地軸の周りの回転速度が遅い高緯度地方に移動するため、地上から見た西向きの相対速度が次第に遅くなるように軌道が曲がります。したがって、地上から見たときの振り子の運動は、(大地に対する相対的な)運動方向に対して右向きに曲がっていきます。こうした変化を引き起こす見かけの力として想定されるのが、コリオリ力です。
 フーコーの振り子を南極点に置くと、南極上空から見たときの自転が右回りになるため、北極点の場合とは逆に、コリオリ力は、運動方向に対して左向きに曲げるような力となります。
 極点に置いたフーコーの振り子の場合は、宇宙から見ると、同じ面内で振り子運動するだけですが、大気現象の場合は、大気自体が地球表面とともに動くため、話が少し複雑になります。大気が大地に対して完全な静止状態にあるときは、重力・遠心力・圧力勾配などが全て釣り合った状態になり、大気は地球表面と同じ速度で地軸の周りを回転します。ここから大気の状態が変化し、低気圧(台風)のような圧力の低い地点が生じた場合を考えます。話を簡単にするために、低気圧の周囲の大気の状態は、近似的に同心円状になるものとします。
 まず、北半球において、地表から見たときの大気の運動を考えます(図2)。低気圧が存在する場合、大気は圧力勾配に沿って動き出しますが、このとき、運動方向に対して右向きに曲げるようなコリオリの力が働くため、大気の流れは右に曲がりながら低気圧に接近することになり、結果的に、左巻きの渦が生じます。これが、ふつうの説明の仕方です。
 同じ現象を、宇宙から見るとどうなるでしょうか(図3)? 低気圧の北から気流が流れ込む場合、高緯度では地軸の周りの回転速度が低緯度よりも遅いため、気流は低気圧の動きよりも遅れて、相対的に西の方にカーブします(これは、北極点に置かれたフーコーの振り子の場合と同じです)。同様に、低気圧の南から流れ込む気流は、もともと自分の方が東向きにより速い速度で動いていたため、低気圧に対して東の方にずれていきます。こうして、地表から見たときと同じように、運動方向に対して右向きに曲がっていき、最終的に左巻きの渦を形成するのです。
 南半球での大気の流れは、南極上空から見たときの回転の向きが逆になるので、左右が逆になって最終的に右巻きの渦となります。
 こうして、北半球の台風は左巻き、南半球の台風は右巻きになるのです。 qa_357.gif
【参考文献】月刊うちゅう 2002 Vol.18 No.10 台風はなぜ左巻き? 大阪市立科学館 斎藤吉彦

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質問 吉田先生が超ひも理論が好きでないことは、これまでの著書、コメントから推察できますが、好き嫌いのほかには何がありますか? 難解、数学的についていけない等。【現代物理】
回答
 個別的なことを言えば、私が超ひも理論(弦理論)に対して批判的な理由として、いくつかの具体的な根拠を挙げることができます。
  1. 実験・観測で得られるデータによって支持されていない : 超ひも理論とは、ひも理論に超対称性を課した理論です。ひも理論は、もともと中間子がひものような振舞いをするという高エネルギー実験のデータに基づいて提案されたものですが、中間子がクォーク理論に基づく複合粒子であることが確実になると、クォークなどの素粒子をひもと見なす理論として再提案されました。しかし、素粒子がひもであることを示す実験データはなく、また、ゲージボソンや重力子がひもの(ベクトルないしテンソル的な)励起状態であるという主張も、推測の段階に留まっています。超対称性に関しても、超対称性パートナーが発見されていないので、実験的根拠は何もありません。
  2. 理論として未完成である : 素粒子がひもと見なせるのは、あくまで摂動論近似が成り立つ範囲での描像です。ひも描像に頼らない厳密な理論にするには、相互作用が局所的ではなく1次元的な拡がりを持つ「ひもの場の理論」を構築しなければなりません。しかし、こうした理論はいまだ構築されておらず、M理論に基づく定式化も、予想の段階に留まっています。超ひも理論が理論物理学者の注目を集めたのは1985年頃からですが、それから30年以上経つのにいまだに基礎理論ができていないことは、理論の正当性を疑うのに充分な理由ではないでしょうか。
  3. 数学的な手法に疑義がある : 超ひも理論の計算には、ツェータ関数正則化と呼ばれる手法が使われます。この手法は、通常の計算では発散する級数の和を有限な値として求めるものですが、解析接続ではなく、あくまで有限にするためのテクニックなので、どの程度の信頼性があるかはっきりしません。
  4. 証明されていない予想が多すぎる :量子補正の有限性やAdS/CFT対応などは、厳密な証明のない予想にすぎません。にもかかわらず、超ひも理論の“売り”として喧伝されることに、いかがわしさを感じてしまいます。
 こうした理由に加えて、私が超ひも理論を好きになれない最大の理由は、「科学は漸進的に進歩する」という科学史の常識に反するからです。素朴なひも理論はアノマリーと呼ばれる理論的な矛盾を内包するため、アノマリーがないような形式を採用する必要があります。この結果、超ひも理論は、無矛盾性の要請から形式がほぼ一意的に確定してしまう“余裕のない”理論になります。ところが、近代以降の科学の進歩を顧みると、いきなり完全な理論が作られたケースはほとんどありません。理論が完成されるまでに、多くの科学者がデータに基づいてさまざまな(後に誤りを含むことがわかる)仮説を提案し、それぞれの仮説の「いいとこ取り」を繰り返すことで、少しずつ完成形に近づけていったのです。典型的な例が、ハドロン模型です。ゲルマンのクォーク仮説、ファインマンのパートン模型、ハン=南部のカラー自由度理論、MITのバッグ模型、南部のひも理論など、さまざまなアイデアが次々提案され、それらを摺り合わせることが必要でした。理論の形式に余裕がなく、他の仮説との摺り合わせが困難な超ひも理論は、こうした漸進的な進歩を自ら拒んでいます。
 さらに言えば、自然界が厳密な数学に従っている(例えば、ユニタリ性が原理的に成り立つ)という発想に、どうしても馴染めません。量子論が統計的な予測しか行っていない以上、物理現象が厳密な方程式に従うことが確認されたケースはなく、あくまで、多数の自由度がかかわる統計的な現象の法則性を明らかにしただけです。この段階で、数学的に厳密な形式を持つ基礎理論を持ち出すのは、人類には早すぎるという気がします。

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質問 「私が超ひも理論を嫌いな訳」を読み、否定的に受け止めてることが分かりました。今、ひも理論と結びついたホログラフィック宇宙論というものがあります。これについてはどうお考えでしょうか?【現代物理】
回答
 ホログラフィック宇宙論は、2つのアイデアをもとにしています。 超ひも理論の研究者には、この2つを共に認める人が多いようですが、私は、第1のアイデアに関しては容認するものの、第2のアイデアは信じていません。
 次元数の異なる物理学理論が同等であるケースとして最初に見いだされたのが、5次元の反ド・ジッター(AdS)時空と4次元の共形場理論(CFT)が等価であると主張するAdS/CFT対応で、超ひも理論の研究を通じて、1997年にマルダセナによって発見されました。ただし、超ひも理論の枠内で発見されたと言っても、必ずしも超ひも理論が現実的であることを意味しません。こうした対応関係は、あくまで数学的な同等性(双対性と呼ばれるタイプの関係)であり、超ひも理論は、対応関係を導くための数学的なモデルとして使われただけだからです。実際、AdS/CFT対応を一般化したさまざまな対応関係が見いだされています(ただし、同等性は、必ずしも厳密に証明された訳ではなく、単なる近似的な関係かもしれません)。この関係を使うと、摂動論近似が成り立たず計算が困難な場の理論を、より簡単に計算できる重力理論に変換することができるので、近似解を求めるための数学的テクニックとして役に立ちます。そのため、現実的な物理系を扱う物性理論の分野でも、盛んに研究が進められています。
 これだけなら、新たな計算手法が開発されたにすぎません。しかし、超ひも理論の研究者は、さらに一歩進めて、現実世界でも厳密な対応関係が成り立っていると考え、そのアイデアに基づいて、宇宙に対する新たな見方を提示しようとしています。これが、ホログラフィック宇宙論です。もっとも、超ひも理論の他の主張と同様に、ホログラフィック宇宙論の正当性を示す具体的なデータはなく、わずかに、ブラックホールのエントロピーが地平面の表面積に比例することと関連づけられるだけです。ブラックホール・エントロピーが表面積に比例する理由は、ホログラフィック宇宙論を使わなくても説明可能なので、ホログラフィック宇宙論は、今の段階では、根拠らしい根拠のない主張と言わざるを得ません(もちろん、正しい理論である可能性は否定できませんが)。
 たとえ現行の物理学理論が次元数の異なる別の理論と完全に同等だとしても、直ちに宇宙観を変更すべきではないとも言えます。例えば、質点系のニュートン力学は、通常は、3次元空間の内部を粒子が運動しているという描像で語られますが、ハミルトン形式を用いると、空間の枠組みは全く異なったものになります。一般的なニュートン力学では、N個の質点の運動状態は、3成分を持つN個の位置座標で記述されますが、ハミルトン形式の場合、各質点の位置と運動量の成分を座標軸とする6N次元の空間を想定し、ある時刻における全ての質点の運動状態は、この空間内部の1点で表されます。それでは、世界は6N次元空間と見なせるのかというと…実際には、「この世界は質点系のニュートン力学で厳密に記述できる」という前提が成り立たないので、「3次元空間は幻想であり、本当の世界は6N次元空間だ」という主張には無理があります(ただし、場の量子論になると、多次元空間の実在性がかなり信憑性を帯びてきます)。超ひも理論の研究者は、「この世界が超ひも理論で厳密に記述できる」という前提の下でさまざまな議論を展開していますが、この前提を疑うと、彼らの主張の多くが眉唾物に見えてきます。

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質問 ブラックホールからは光すら事象の地平から外に出られないのに、なんで重力波は外で感知できるのか。長年の疑問です。【古典物理】
回答
 アインシュタインの一般相対論によれば、重力場とは、エネルギーが生み出す時空のゆがみのことです。空間内部に天体が存在する場合、その質量エネルギーによる時空のゆがみは、アインシュタイン方程式に従ってどこまでも拡がっています。天体から離れるにつれて、ゆがみがもたらす物理的な影響はニュートンの重力理論に漸近しますが、逆に、天体に近づくと、ニュートン理論からのずれが大きくなります。特に、ブラックホールでは、近づくにつれて時空のゆがみが極端に大きくなり、ある閉曲面よりも内側では、光ですら内向きにしか進めないような時空構造になります。この閉曲面が「事象の地平面」と呼ばれるものです。地平面の内側に飲み込まれた物質から光が放出されても、その光は内向きにしか伝わらないので、地平面の外には出られません。
 このように、ブラックホールからは光すら放出されません。しかし、時空のゆがみ自体は、中心から無限の彼方まで連続的に拡がっているので、ブラックホールの重力は、外部でも観測されます。ブラックホールが運動すると、周囲のゆがみは、ブラックホールに引っ張られるように変動します。2つのブラックホールが連星系を形作り、ともに重心の周りを回転している場合は、ゆがみが周期的に変動するため、振動する波として拡がっていきます。重力波を放出するとエネルギーが失われるため、2つのブラックホールは少しずつ接近し、それに伴って公転周期は短くなるので、重力波の振動数は大きくなっていきます。白色矮星や中性子の連星系では、2つの天体が衝突すると激しく爆発し、その際の質量移動による余波が生じますが、ブラックホールでは、互いの地平面が融合して1つになり、その外側から見ると質量の移動がなくなるため、重力波は突然ストップします。
 2015年に最初に観測された重力波は、短時間で振動数が急増した後に、突然、波が消滅するというパターンを示したことから、ブラックホール同士の合体と確認されました。

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質問 人類史上において、最も天才だな、と思う人を一人選ぶとすれば、誰を挙げますか?【その他】
回答
 天才と呼ばれる人の多くは、偏った才能の持ち主であり、特定の分野以外では、並以下の能力しか示さないケースが少なくありません。理論物理学の分野で言えば、ディラックやパウリは、数学的な理論を構築する際に桁外れの才能を発揮しましたが、人付き合いに関しては、コミュニケーション障害と見なされても仕方ない程度でした。こうした天才たちは、専門分野では圧倒的な業績を上げているものの、「人類史上の天才」と呼ぶには相応しくないように感じられます。
 私が高く評価するのは、世界全体を見据える透徹したビジョンを持ち、錯綜した事象を総合的に把握した上で、そのビジョンを支える理論を構築することのできる人です。複雑な事象の背後にある連関性を看破するには、多方面の学問を偏りなく修得した「万能の天才」タイプであることが必要です。ただし、いろいろな分野に少しずつ才能を発揮する多芸多才の人ではなく、一貫した世界観の下にあらゆる知を総合しようとする「知の巨人」でなければなりません。そんな天才など存在しないと言ってしまえばそれまでですが、理想の近くにいる人として、アリストテレス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、道元の名を挙げたいと思います。特に、道元は、日本にこれほどの思想家がいたのかと驚嘆するほど、世界を深く見つめ、その本質を極めようとした天才です。主著『正法眼蔵』は、仏教思想に関する知識を前提とした難解なもので、容易に解釈できるものではありませんが、現代にも通用する知の宝庫と言って良いでしょう。

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質問 NHKのサイエンスZERO「ついに解明!“ブラックホール成長の謎”」(2016/12/4放送)で、ブラックホールがガスを吸い込むメカニズムについて、降着円盤は遠心力のために吸い込めないが、超新星爆発の衝撃がブラックホールにガスを送っている。これによって銀河の中心の巨大ブラックホールの成り立ちを説明できるのではないかと結論付けておりました。放送では踏み込んだ説明がなかったのですが、詳しい説明をお願いします。
 ブラックホールに落ちる為には、あるスピードが必要なのか? 超新星爆発の重力波がブラックホールの時空をゆがめるのか? 量子トンネル効果が働くのか? 真相を教えてください。【古典物理】
回答
 ブラックホールには、大きく分けて、太陽質量の数倍から数十倍程度という恒星サイズのものと、太陽質量の数十万倍以上という超巨大ブラックホールの2種類があります。前者は、大質量恒星が核融合燃料を使い果たした後に重力崩壊を起こして形成されることがわかっていますが、多くの銀河中心に見られる後者のタイプがどのようにして誕生したかは、よくわかっていません。この問題が厄介なのは、(1)ビッグバンから10億年以下という比較的早い時期に、超巨大ブラックホールの存在した証拠があること、(2)太陽質量の数千から数万倍という中間サイズのブラックホールが、ごくわずかしか見つかっていないこと−−といった観測データの制限があるためです。この制限があるため、ガスの吸収やブラックホール同士の合体によってコンスタントに質量が増加し、超巨大ブラックホールに成長したと簡単に説明することが困難になっています。
 サイエンスZEROでは、こうした観測データの制限に関する解説をすっ飛ばし、ブラックホールがどのように成長したかという点だけを論じています。前半では、ブラックホールの合体によって生じた重力波が2015年に観測されたことをもとに、ブラックホール同士が次々にぶつかって質量が増加していった可能性を紹介していました。ただし、このメカニズムだけで、恒星サイズから出発して超巨大ブラックホールにまで成長できるかどうかは、明らかではありません。
 番組の後半で紹介されたガス吸収のメカニズムについては、話を端折りすぎて、かなりわかりにくかったと思います。
 ブラックホールと言っても、常に周囲のガスや天体を飲み込んでいる訳ではありません。「強大な重力で光すら外に出さない」というイメージで語られますが、そうしたイメージが成り立つのは事象の地平面の近傍に限られており、充分に遠ざかれば、近似的にニュートンの重力理論が成り立つ天体と見なせます。太陽の100万倍の質量を持つブラックホールであっても、シュヴァルツシルト半径は300万キロメートル程度で、太陽半径(光球の大きさ)の4倍少々、水星の公転半径の20分の1しかありません。これほどコンパクトなので、事象の地平面に近づくのは、結構たいへんです。遠方からブラックホールに近づく孤立天体ならば、多くは、ケプラーの法則に従って楕円軌道や双曲線軌道を描いて再び遠ざかり、例外的に事象の地平面に近づいたものだけが飲み込まれます。ガスの場合、温度が高すぎると、膨張しようとする傾向が強く中心部になかなか集まってこないので、やはり飲み込まれる量は限られます。
 それでは、ブラックホールに飲み込まれるガスはどのように運動するのかというと、これがかなり難しい問題です。原始惑星系円盤のようにニュートンの理論だけで計算ができる場合であっても、摩擦によって回転のエネルギーを失う効果と、熱運動によって拡散しようとする効果があるため、そう簡単に答は出ません。太陽系の場合、質量では太陽が全体の99.8パーセント以上を占めるのに対して、角運動量になると、木星の公転角運動量が全体の3分の2ほどを占め、太陽の自転角運動量は2〜3パーセントしかありません。太陽の自転角運動量が小さいのは、太陽が形成された後で減速された効果もありますが、太陽に物質(主にガスだが微惑星もある)が集まる際に、他の物質との相互作用で回転エネルギーを失ったものだけが中心に落ち込んだからだと推測されます。しかし、その過程をコンピュータ・シミュレーションで再現するのは、容易ではありません。
 ブラックホールにガスが落ち込む場合の議論は、原始太陽系円盤に比べて格段に難しくなります。遠方からブラックホールに向かって落ち込むガスは、事象の地平面付近では、光速近くまで加速されています(事象の地平面からの脱出速度が光速に等しいことを思い出してください)。このため、ガスを構成する原子が激しくぶつかりあってイオン化され、プラズマ状態になります。プラズマがブラックホールの周囲を回転すると、渦電流となって降着円盤に垂直方向の磁場を作りますが、この磁場も定常的ではなく、のたうちまわるように動いています。したがって、ダイナミックに変動する磁場内部を光速近くまで加速された相対論的な荷電粒子が運動するという、きわめてややこしい非線形方程式を解かなければ、ガスの振舞いはわかりません。しかも、バックグラウンドとなる時空は、ブラックホールの重力でゆがんでいますし、降着円盤から放出される強力なX線の影響もあります。ざっくり言うと、プラズマ化したガスは渦巻くようにブラックホールに接近し、そのうちかなりのものが、垂直方向の磁力線に沿ってブラックホールから吹き出すように運動するはずです。しかし、具体的なシミュレーションは、いろいろな制限を付けた形でしか行われておらず、私も、充分な知識は持っていません。
 サイエンスZEROで紹介されたのは、コンピュータ・シミュレーションではなく、超新星爆発の衝撃波によってガス流が乱され、その影響でブラックホールに落ち込むガスが増えることを示すモデル計算のようです(内容はよくわかりません)。ブラックホールに飲み込まれるガスが1年間で太陽質量の0.1倍程度になるという試算が紹介されていましたが、定常的なガス流とすると数値が大きすぎるので、どのような条件下での計算なのか、もう少し調べてみる必要があります。

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質問 光の直進性は磁場により影響を受けるのでしょうか? 光自身も電磁波の超高周波であるなら、何らかの影響を与えると考えています。【古典物理】
回答
 真空中のマクスウェル電磁気学の範囲では、外部磁場が光の進行に影響を及ぼすことはありません。これは、「線形性」と呼ばれる性質に由来します。
 光を含む電磁気現象は、マクスウェル方程式によって記述されますが、この方程式は、電場や磁場に関して1次方程式になっています。例えば、電場Eの発散は、電荷ρを使って
  divE=ρ (真空の誘電率が1と置ける有理単位系の場合)
と表されます。他の3つの方程式も同様です。このため、電場Eを、電荷が存在しないときの電場E1と、電荷ρが作る電場E0に分けて、それぞれが、
  divE1=0
  divE0
という方程式(および、他のマクスウェル方程式)を満たすものとして扱えます。このように、電荷や電流が存在するときのマクスウェル方程式の解(上の例ではE0)に対して、電荷・電流がないときの解(上の例ではE1)を加えても、元の(電荷・電流が存在する)マクスウェル方程式を満たすというのが、電磁気現象の特徴です。
 外部の電荷・電流(入射光の進行を妨げない位置にあるものとする)によって外部磁場B0が生じている真空領域に光が入射された場合、光の電磁場は、外部電荷の存在しない(したがって、外部磁場も存在しない)マクスウェル方程式を満たしています。このため、入射光は、磁場の影響を受けずに直進することになります。
 ただし、光が入射するのが真空ではなく誘電体のような媒質の場合は、外部磁場によって誘電率・透磁率が変動するので、光の進行は影響を受けます(磁気光学効果)。
 また、マクスウェル電磁気学は、あくまで近似的な理論であって、厳密に正しい訳ではありません。電磁気と弱い相互作用を統一するワインバーグ=サラム理論によれば、電磁場は、ベータ崩壊などを引き起こす弱い核力の場と一体化しており、本来、非線形な相互作用を行うものです。弱い相互作用は、その名の通り非常に弱く、通常の電磁気現象にはほとんど影響を与えないため、電磁気だけを抜き出して線形な方程式に従うと近似しているだけであり、きわめて精密な測定を行えば、非線形な効果が見られるはずです。また、一般相対論によれば、磁場のエネルギーは時空をほんのわずかに歪めるので、その効果を通じても光の進み方に影響が生じます。

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質問 宇宙空間の「静電場」の中で、水滴がらせん運動する原理を教えてください。NASAの宇宙船内での静電場の実験を見ていて、水滴が静電場の周りをらせん運動しているのを見て不思議に思いました。【古典物理】
回答
 宇宙船内で行われた実験とは、おそらく、次の“Dancing Droplets”の映像だと思います。
http://www.physicscentral.com/explore/sots/episode1.cfm
qa_355.gif  この実験では、ナイロン製の編み棒を摩擦で負に帯電させて静電場を作り出し、正に帯電した水滴を周囲に飛ばして動きを見ています(詳しくは、上記ページの解説を読んでください)。
 この運動そのものを理論的に解析するのは難しいので、端のある編み棒の代わりに無限に長い直線を考え、そこに電子が一様に分布していると仮定します。この仮定の下では、電気力線は直線から垂直に伸びるので、電場の強さ(=電気力線の密度)は直線からの距離に反比例します(図参照)。この静電場の周りに、(水滴では誘電分極が起きて扱いが厄介になるので)点電荷が運動する場合を考えましょう。実際には、直線電荷に平行な速度成分もありますが、簡単のため、直線電荷に垂直な面内での運動に限定します。中心力による運動では、中心の周りに角運動量が保存される(=面積速度が一定になる)ので、点電荷は、中心の周りを回しながら、中心に近づくと速く、遠ざかるとゆっくり動くことになります。
qa_354.gif  点電荷の軌道は、運動方程式を積分することで、求められます。電場の強さが中心からの距離に反比例するので、運動方程式の形は比較的簡単になりますが、これを解析的に積分して軌道を求めることはできません。中心力が作用する場合、物体は、周回しながら近づいたり遠ざかったりと周期的な運動をしますが、周期的ではあっても軌道は閉曲線にならず、初等的な解析関数でも表されないので、軌道を求めるには、数値積分を行う必要があります。ここでは、エネルギーと角運動量がある値のときの軌道を、図示しておきます(数値積分は、高精度計算サイト(keisan.casio.jp)を利用して行いましたが、それ以外の部分は、かなり大雑把に計算しただけなので、あまり信用しないでください)。力が距離の2乗に反比例するケプラー運動では楕円軌道になりますが、1乗に反比例する場合は、花びらのような複雑な軌道になります。質問では、こうした軌道を描く運動を、らせん運動と呼んだのでしょう。
 編み棒の場合は、端の部分で電気力線の向きが変わるために、端に近づいた水滴が引き戻されるような動きが見られます。このほか、空気抵抗や水滴の誘電分極などがあるため、現実の運動はかなり複雑で、数式で表すことは不可能です。
 なお、このケースでは実験のために静電場を用意しましたが、宇宙空間には定常的な静電場はほとんどありません。太陽から吹き出す太陽風は、電子や陽子など荷電粒子から構成されており、電場があるとすぐにこれらが動いて電荷を中和するので、磁場の変化などに伴って生じる動的なもの以外は、電場が持続できないからです。

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質問 ブラックホールに近づく観測者からは、ブラックホールが見かけよりどんどん大きく広がって見え、周囲の星々の光はどんどん後方に収束していき、やがてシュヴァルツシルト半径を超える瞬間にはどの方向を見てもブラックホールが見える(=どの方向に脱出しようとしてもブラックホールに到達する)状態になると推察しています。
 また、光速に近づく観測者は、前方からの光しか到達しなくなる関係上、周囲の光がどんどん前方に収束していき、後方は闇が広がるものと推察しています。
 しかし、
http://spiro.fisica.unipd.it/~antonell/schwarzschild/
http://rantonels.github.io/starless/
などのリアルタイムシミュレーションムービーを見る限り、誰もそのような光景が広がるとは思っていない様子。
https://www.youtube.com/watch?v=ovSWfzHHyJo
のサイエンス劇場03にて若干触れられている程度です。
 これは、私の考えているモデルが現実離れしているからなのでしょうか。それとも、シュヴァルツシルト半径を超える直前にだけ見られるごく短時間の出来事なので、あまり描写されないだけなのでしょうか。
 個人的には、ブラックホールに近づくときの光景と光速に近づくときの光景が似ているのは、等価原理に従っているように思えて、ちょっと興味深いのですけれど。【現代物理】
回答
qa_353.gif  ブラックホールは、常識に反する天体と思われていますが、その周囲で光がどのように伝わるかを理解すると、観測者がどんな光景を見るか、直観的に捉えることができます。空間座標を(1つの次元を省略した)2次元で、時間座標をc倍して空間座標と同じ単位で表すことにすると、重力がない場合、点光源から放出される光は、光源を頂点とし稜線の傾きが45°の円錐面を進みます。この円錐が光円錐ですが、ブラックホールの周囲では、強い重力のために、この円錐が図1のようにひしゃげた形になることが知られています。シュヴァルツシルト面の内側では、光円錐の側面が全て中心を向くようになっているので、たとえ外側に向けて光を発射しても、中心から離れることはできずに特異点に落ち込んでいきます。また、シュヴァルツシルト面のすぐ外側で外向きに放出された光は、面からなかなか離れることができず、時間を掛けて(見かけ上、cより遅い速度で)進みます。
 外部の観測者がブラックホールに自由落下していく物体を見る場合、シュヴァルツシルト面を横切る瞬間に姿を消すのではなく、面に近づくにつれて物体からの光がなかなかやってこなくなるために、しだいに光量が減少して消えていきます(さらに、スペクトルが変化するので、色合いも変わります)。
 ブラックホールに落ち込む観測者が何を見るかも、光円錐をもとに推測することができます。光円錐の形が示すように、シュヴァルツシルト面の外側から内側にはふつうに光が進めるので、この面を越えても、背後に拡がる星空は、しばらくの間、そのまま見え続けます。しかし、光円錐が中心向きにひしゃげているので、たとえ発光する他の物体がシュヴァルツシルト面の内側にあったとしても、前方から観測者に向かってやってくる光の量は少なくなります。特に、中心にある特異点(=ブラックホールの本体?)からは光は全く来ないので、そこに向かって落下する人にとっても、中心部は完全な闇の中に隠れていて決して見えません。
 仮に、等間隔に縦隊を組んだ宇宙船の隊列がいっせいにブラックホールに落ち込んでいったとしましょう。このとき、ブラックホールに近い宇宙船の方が大きな加速度になるため、ある宇宙船のパイロットからすると、前方の隊列がしだいに引き延ばされていきます。シュヴァルツシルト面を越えると、宇宙船から外向きに放出された光は、光円錐が内向きにひしゃげているので(外向きではなく)内向きにゆっくりと(c以下の速度で)進むようになります。このとき、後続の宇宙船は、自分が中心に落下する過程で、前の宇宙船が後方に発射した光に出会うので、前方の宇宙船がシュヴァルツシルト面を越えると、すぐ見えなくなるわけではありませんが、光量が急速に減っていくので、前の宇宙船はしだいに薄暗くなり姿を消していきます。前方だけではなく、あらゆる方向からの光量が減って全体に暗くなり、わずかに、背後からまっすぐやってくる光だけが最後まで見え続けます。これが、「サイエンス劇場 - ブラックホール03 -」で、「宇宙の全てが後方に集まっていき、やがて1点に集まって消えていく」と説明される光景です。
図2  ブラックホールに等価原理を当てはめるには、等加速度運動をする観測者を考えるとわかりやすいでしょう。一定の加速度で運動する観測者は、図2のように、しだいに光速に漸近する軌跡を描きます。この軌跡は、図2で言えば x=ct の光線と決して交わらないので、この光線より左の領域から出た光は、観測者に到達しません。したがって、 x=ct が、その先からの情報は決してやってこない「情報の地平線」となります。等加速度運動する観測者から見ると、背後は情報の地平線に起因する暗闇となり、全天に一様に分布していた星々は、前方に集ってきます。等価原理によれば、等加速度運動する観測者は、一定の重力加速度が存在する重力場内部の観測者と等価なはずなので、重力場内部の観測者も、同じような光景を見ます。これが、ブラックホールを《背にした》観測者が見る光景と似ていることは、すぐにわかるでしょう(ブラックホールの地平面は球形をしているので、全く同じ光景にはなりません)。

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質問 EMドライブというマイクロ波の輻射のみで推進力を得る方法が発表されました。宇宙を加熱して推進力を得るという一応の説明がなされていました。NASAが追試しているため、トンデモと割りきれないものがあります。この件に関して見解をお伺いしたいと思います。【その他】
回答
 EMドライブなるものについては、寡聞にして知らなかったので、Wikipedia をはじめ、いくつかのサイトで情報を集めました。それによると、マイクロ波を密閉容器内で反射させることによって推力を生み出すとされる装置で、宇宙空間における噴出剤を必要としない推進装置になると期待する人もいるらしいのですが…。
qa_352.gif  もともとは、イギリスの小企業に在籍していた技術者 Roger Shawyer氏が2001年頃に考案したアイデアで、図のように両底面の大きさが異なる空洞共振器にマイクロ波を入力すると、それぞれの底面に作用する放射圧が異なるはずだというものです。彼が2008年に行った実験では、底面の半径が16cmと12cmの空洞共振器に850Wのマイクロ波を入力したところ、大きい底面から小さい底面に向かって16ミリニュートンの推力が発生したそうです。当初はトンデモ科学として誰も気にしなかったものの、2010年に、中国の Juan Yang が、「EMドライブ装置に2.45GHzのマイクロ波を入力すると、消費電力80〜2500Wに対して70〜720ミリニュートンの推力が生じた」という実験結果を発表した頃から、注目する人が増えてきました。
 ヤンの実験装置は空気中に置かれていたため、「マイクロ波によって発生した熱が対流を引き起こし、力として作用した」という疑いが残りましたが、2014年、NASAの研究チーム Eagleworks に属する技術者 Paul March が高真空中で実験を行い、推力が作用することを確認したため、俄然、注目度がアップします。ただし、NASAチームが見いだした推力は、30〜50マイクロニュートンとのことで、ヤンの実験結果とは大幅に異なっていることが気になります(NASAチームの原論文はネット上で見つからなかったので、この数値は孫引きです)。「科学の常識に反する理論を支持する結果が複数の実験チームによって得られたが、測定された数値は何桁も異なる」という状況は、かつての常温核融合騒動のときと同じで、「もし事実ならば大発見だと考えて多くのチームが実験を試み、何らかの偶然でポジティブな結果を得たところだけが発表した」のかもしれません。
 実験結果が正当なものだとしても、その原理は全くわかりません。M.E. McCulloch が理論的に解明したという話があったので、"Testing quantised inertia on the emdrive" と題された論文(arXiv:1604.03449v1 [physics.gen-ph] 6 Apr 2016)を読んでみましたが、信頼できるものではありません。この論文では、EMドライブにおける推力の起源がウンルー効果だとされています。ウンルー効果とは、ホーキングが予言したブラックホールの蒸発と関連した効果で、加速度運動をする観測者から見ると、等価原理によって重力勾配が生じ、その影響で時空における長さの基準が変化して場の基準振動が一定でなくなる結果、真空が有限温度のエネルギー分布を持つように見えることです(説明が雑で済みません)。 McCulloch は、以前に、この効果の影響で加速される物体の慣性質量が変化するという理論を発表していましたが、さらに、光子の慣性が変化するために放射圧の差が生じると説明しています。ただし、後段の主張に至る過程でロジックの飛躍(空洞共振器内部の光子が感じるウンルー効果についての説明が明確でない)があり、どうも正当な主張とは思えません。慣性質量の変化を表す式には、分数の分母と分子にきわめて巨大な数(1つは、地球から見て宇宙空間の膨張速度が光速に等しくなる地点までの距離)が含まれており、両者がうち消しあって、EMドライブという人間スケールの装置で測定できるようになるという説明には、かなり無理があります。
 ネット上にアップされたEMドライブの実験映像を見ると、マグネトロンを含むさまざまな装置が取り付けられており、何らかの振動がラチェット効果(歯止めによって運動が一方向に制限される効果)を引き起こしたのではないかと思われます。現代物理学における重要な実験(宇宙背景放射の測定や重力波の検出など)では、ノイズの除去に莫大な労力が費やされており、EMドライブの実験でそれだけの配慮がなされたかどうか、少々疑わしいと思います。もしかしたら物理学の常識を覆す大発見なのかもしれませんが、今のところ、真に受けない方が良いというのが私の見解です。

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質問 『完全独習相対性理論』の記載内容について、クライン=ゴルドン方程式に分散があり、位相は光速cで伝播すること(P.120 l.6-7)が記載されております。位相速度を計算してみると、
      |ω/k|=√(1+(M/k)^2) >c
となって、光速を超えるのではないでしょうか?【現代物理】
回答
 ご指摘の通りで、うっかりしていました。位相速度はcを超えます(重版があれば、その際に訂正します)。ただし、「光速以上の位相速度を持つ正弦波が方程式の解となる」というだけであって、光速以上で情報やエネルギーが伝わるというわけではありません。例えば、波を使って信号を送ろうとすると、パルスによってデジタル信号を作らなければなりませんが、その場合、パルスは群速度で伝播するので、光速を超えません。
 現実には、厳密にクライン=ゴルドン方程式に従う場はありません。素粒子の場は、もともと分散のない波動方程式に従っており、全ては光速で伝播しますが、「ゲージ対称性の破れ」と呼ばれる現象で質量項が生じると、ヒッグス場のように、近似的にクライン=ゴルドン方程式に従うケースが出てきます。ただし、この場合でも、実際に観測されるのは、場の励起状態である素粒子が群速度で運動する過程だけです。
 位相速度が超光速になることは、完全に相対論の枠に収まっており、何の問題もありません。『完全独習相対性理論』の「§4-3-6 超光速運動とタキオン」で強調しておいたように、光速が自然界の最高速度だと考えられるのは、そう仮定しないと「未来が過去に影響を及ぼすことはない」という因果律に矛盾するからであって、相対性原理と違背するからではありません。「§6-3 相対論の原理は何か?」では、「光速不変性を原理だと考えるのは相対論に対する最大の誤解だ」とまで言っておきました。相対論の基本的な原理はあくまでローレンツ対称性であり、クライン=ゴルドン方程式は、ローレンツ対称性を満足する相対論的な方程式です。

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質問 「正規分布の値は数学的手法によって求まる(ルベーグ積分)」というような記述をある統計の本で目にした以来、ルベーグ積分というものに興味を持ちました。しかし、抽象的な積分の定理の連続で、実際の計算などを発見することが出来ませんでした。そこで、この統計とルベーグ積分との関係を教えていただけたらと思います。また、ルベーグ積分はいろいろと物理でも使われているとのことなので、その応用例なども教えていただけたら幸いです。【その他】
回答
 ルベーグ積分は、確率論を厳密に定式化するときに使われるものですが、あくまで数学的な厳密さを追求するときに重要になるのであって、統計力学や経済学などの数理的な分野も含めて、応用にはほとんど必要ないと思います。
 厳密な議論でルベーグ積分のような抽象数学の概念が使われるのは、現実的な事象だけを取り上げると、確率という概念をきちんと定義できないからです。例えば、気象庁による降水確率の予報は、過去に同じような気象状況になったときの降水量をもとに行っていますが、何を以て「同じような」と言うのか曖昧さがあります。こうした曖昧さを残したままでは数学的な議論を展開しにくいので、まず確率を数学的に定義した上でさまざまな定理を導いておき、しかる後に、この定理を現実の事象に当てはめるという論法が取られるわけです。数学的に定義された確率には、具体的な内容が何もありません。単に、全ての部分集合に対して非負定値の測度が与えられており、互いに素な複数の部分集合があるとき、これらの和集合の測度は各部分集合の測度の和になるという加法性が成り立つ場合には、測度の規格化によって確率が定義されるというだけです(簡単に言えば、足して1になる0か正の値なら何でも確率だということ)。
 ルベーグ測度とは、いくつかの実変数に対して定義される加法的測度で、面積や体積の概念を拡張したものと言って良いでしょう。ルベーグ積分は、ごく素朴に言ってしまえば、リーマン積分における区間求積法の区間を、微小区間に限定せずルベーグ測度が与えられた領域で置き換えた積分です。規格化されたルベーグ測度が確率と見なせるので、ルベーグ積分は、確率と関数の積を足しあわせる計算となり、期待値などの統計的な量を求めることに相当します。
 ルベーグ積分を使うメリットは、確率に具体的な内容がないので、純粋に数学的な議論だけで、さまざまな定理が導ける点ではないかと思われます。リーマン積分では、積分区間を無限小にする極限操作があるため、二重積分の順序を入れ替えられるかどうかなど、数学的に微妙な問題が生じがちですが、ルベーグ積分なら、こうした問題を比較的容易に克服できます。
 ただ、数学的に厳密な議論が応用分野でどれほど役に立つか、いささか疑問です。かなり高度な理論物理学でも、ルベーグ積分の定理を用いてはじめて解決できるような場面に出会ったことはありません。積分の順序が入れ替えられないケースは良くありますが、ルベーグ積分におけるフビニの定理などを持ち出すよりも、なぜ入れ替えられないかを物理的なイメージを用いて考える方が有益です。測度0の領域が物理的な効果を及ぼさないことも、ルベーグ測度で議論するより、具体的にどのようなケースに相当するかを示す方が説得力があります。ルベーグ測度やルベーグ積分は、あくまで議論の最終的な仕上げに使うツールであって、実践的な場で応用問題に対処する際には、役に立たないというのが私の実感です。
 確率論の応用で問題になるのは、むしろ、厳密な数学と具体的な事象をきちんと結びつけられるかという点です。例えば、いくつかのもっともらしい仮定を置くと、統計的な物理現象に関してベルの不等式の成立が導けるにもかかわらず、量子論的な現象では、この不等式が成り立たないという実験結果が得られています。そこで、仮定の1つである物理法則の局所性が破れているといった議論が出てくるのですが、私は、より根本的な前提である測度の非負定値性を問題にすべきだと考えます。また、多数の人間が関与する現象を統計数学を用いて予測する場合がありますが、人間の行動規範はいくつかの流派に分かれることが多いので、統計的な現象であっても中心極限定理が成り立ちません。金融工学の分野で確率過程に関する厳密な方程式を使った“非の打ち所のない”予測をしても、しばしば大はずれになるわけです。

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質問 地球の時空から見てシュバルツシルト半径を超えるのに無限に近い時間がかかるとすると、宇宙の年齢138億年経過した現在でも、シュバルツシルト半径を超えた物質は存在しないのではないのでしょうか? それなのに、宇宙を観測すると、どうしてブラックホールが見つかるのですか? あくまでも、私たち地球またはその周辺の時空から見た場合での質問です。【古典物理】
回答
 ブラックホールの現象を記述する一般相対論には、座標をどのように選んでもかまわないという特徴があります。「シュバルツシルト半径を超えるのに無限に近い時間がかかる」のは、シュヴァルツシルト面付近で特定の座標系を選んだ場合のことで、地球からブラックホールを観測するときに、この座標系を選ぶ必然性はありません。もちろん、どのような座標系を採用しても、生起する物理現象は同一です。ブラックホールに飲み込まれる観測者からすると、自由落下する過程では(潮汐力を別にして)重力は全く感じられず、シュヴァルツシルト面を通過する際にも、何も起きません。有限時間のうちにブラックホールの中心に到達します。「無限に近い時間がかかる」とは、時空のゆがみのせいで、シュヴァルツシルト面を通過する直前に発した光が、いつまでも面の近くから離れられず、遠方の観測者に到達するのに長い時間がかかることを意味します。と言っても、ブラックホールに飲み込まれる物体が、シュヴァルツシルト面付近にじっとへばりついて見えるのではなく、面を通過する過程で光量が急減するので、観測者からすると、物体が暗く消えていくように見えるはずです。
 ブラックホールの観測は、周囲に形成された降着円盤の物質が飲み込まれる際に放射されるX線などの電磁波によって行います。ブラックホールに向かって落下する物質は、シュヴァルツシルト面のかなり手前で互いに激しく衝突し電磁波を放射するので、光が面の近傍に留まるという効果はほとんど現れません。

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質問 以前、オーランチオキトリウムというバイオ燃料を産生する藻類が日本で発見されたと話題になりました。日本が産油国になるかもしれないという報道もあったようですが、それから特に大きなニュースはありません。オーランチオキトリウムの研究は、その後どうなったのでしょうか。【環境問題】
回答
 オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)についてはあまり知らなかったのでネットで検索してみましたが、どうやら、化粧品用の高機能油を生産するプラントの建設に着手する段階で、自動車や航空機のバイオ燃料に関しては、実現するとしてもかなり先になりそうです。
 オーランチオキトリウムは、筑波大学の研究チームがオーストラリアで発見し2010年に報告した藻類です。旺盛な増殖力を持ち、サプリメントとして人気のあるドコサヘキサエン酸(DHA)などのω-3油脂を盛んに産生する点が注目されました。ただし、クロロフィルを持たず光合成を行わない従属栄養生物なので、炭素化合物のエサを与えなければならず、直ちに油脂の大量生産が実現できるわけではありません。筑波大学「藻類バイオマス・エネルギーシステム研究拠点」のホームページを見ると、ボトリオコッカスなどの光合成藻類と組み合わせれば、下水処理と炭化水素生産を同時に行うシステムが可能だと記されていますが、構想段階に留まっています。安定した増殖のために培養タンクを攪拌したり油脂を取り出すのに化学処理したりしなければならず、現時点ではコストがかなり高くつくのがネックです。
 日経新聞の記事によると、筑波大学発ベンチャーの藻バイオテクノロジーズが、東日本大震災で被害を受けた地域の復興事業として、宮城県東松島市にオーランチオキトリウムの培養タンク10基を備えた工場を建設、2018年春から稼働し高機能油を抽出・精製して化粧品メーカーなどに提供する予定だそうです(2015年7月30日付日経電子版)。日経ビジネスで「藻類の超高速増殖で日本が産油国になる? 2つの藻をハイブリッド増殖し、燃料自給が視界に」とブチ上げた記事(2015年10月15日付日経ビジネスonline)からすると、かなり後退した印象を受けます。想像するに、ベンチャービジネスでは耳目を集めるために事業目標を大げさに吹聴することがあり、バイオ燃料の話はそこから出てきたのではないでしょうか。

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質問 先日ツイッターでこんな説を目にしました。https://twitter.com/Yam_eye/status/716457147542863873 空気が透明なのは人間の目が空気を透明に認識するよう進化したからだ、という論です。試しに「空気」「透明」「理由」で検索したところ、この説は三谷宏治氏が言い出したもののようです(http://diamond.jp/articles/-/11029?page=3)。
どうも腑に落ちません。検索しても科学者がこの説を語ったものが(少なくとも日本語では)見つからないことにくわえ、この説はいわゆる人間原理の拡大解釈に思えてしかたがないのです。【その他】
回答
 「空気が知覚対象とされないのは進化の結果である」という考え方は、基本的に正しいと思います。三谷氏の議論は途中の説明を端折っているので、少しわかりにくいのかもしれません。
 G型主系列星(黄色矮星)である太陽のスペクトルは460nm(青緑色)付近にピークを持つ黒体放射で表されますが、大気中で300nm以下の短波長側が大幅にカットされるので、地表や浅い水中では、半分弱が可視光線(400〜800nm程度)、残りの大部分が赤外線になります。生物が放射を利用する場合、赤外線は大気や水を温める熱源として間接的に役立てる一方、光化学反応を起こしやすい波長の短い光は、光合成を行うためのエネルギー源として、また、光受容体を介して知覚情報を得るために、直接的に利用しています。光受容体は、光を吸収すると構造変化を起こすタンパク質であり、ミドリムシのような単細胞生物にも見られるもので、概日リズムや走光性を実現するために、進化のかなり早い段階から利用されたと考えられます。しかし、この段階では、まだ「空気が無色透明だ」と認識するような知覚は成立していません。
 生物の視覚が急速に進化するのはカンブリア爆発の時期で、この頃、光受容体が組織化された“眼”を持つ生物が登場しました。眼の進化を促した要因が何かははっきりしませんが、捕食関係が重要な役割を果たしたという見方があります。捕食者にとっては餌を素早く見つけるため、餌となる生物にとっては捕食者から逃れるために、高機能な視覚器官を持つことが有利に作用するので、眼を備えた生物が支配的になったというわけです。この場合、遠方に存在する餌や捕食者を視認することが重要であり、途中の媒質(カンブリア紀の生物にとっては水)に関する情報は不必要なので、媒質は認知されない無色透明な存在になったと考えられます。捕食関係は、その後も進化の道筋を決定する重要なファクターであり続けたので、進化の延長線上にある人間も媒質(空気)を認知しないのでしょう。
 以上の議論から推測できるように、捕食関係よりも周囲の媒質に関するデータが重要な生物がいる場合、彼らにとって媒質は“見える”はずです。地球には存在しなさそうですが、仮に、知性を持った浮遊生物がいるとしましょう。富栄養化が進んだ海域の浮遊生物は、周囲に栄養分が豊富にあるために素早く動き回る必要がなく、その代わり、水流や塩分濃度のような媒質に関するデータの方が生存の上で重要になります。したがって、富栄養状態の海に住む知的浮遊生物は、周囲の水の状態が見えるような感覚器官を進化させていると予想されます。
 ある生物にとって“見える”ものが別の生物には“見えない”という状況は、具体的な事例を使って考えることもできます。例えば、コウモリは、恐竜の目を逃れるために夜行性になった多くの哺乳類と同じように視覚が弱い反面、超音波を使って周囲の物体を認知することができるので、人間には不透明に見える煙も、彼らには透明に思えるでしょう。また、イヌのように嗅覚の発達した動物は、匂いの痕跡のような過去の情報を知覚しており、時間軸方向の拡がりを持つ世界が“見える”のではないでしょうか。

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©Nobuo YOSHIDA