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気になるニュース
鳥インフル論文の発表に待った(12/02/24)
鳥インフルエンザの論文発表に待ったが掛かったことに対して、学界が揺れている。
ことの発端となったのは、人工的に変異させた強毒性鳥インフルエンザH5N1が哺乳類間で容易に感染するという昨年9月の報告。米バイオセキュリティー国家科学諮問委員会は、この研究の詳細が公表された場合の利益とリスクを比較検討した結果、人工ウィルスを悪用目的で開発するテロリストや国家に情報を与えるリスクが利益を大きく上回るとの結論に達し、今年1月、公表に際しては感染性などの詳細なデータを制限すべきだとの勧告を出した。世界保健機関(WHO)は今月16日に緊急の専門家会合を開き、論文は全文掲載すべきだとしながら、安全管理の国際基準ができるまで公表を延期するよう求めた。論文が投稿された米Science誌と英Nature誌は、掲載を見合わせる一方、今回の問題に関する特集を組んでさまざまな見方を紹介している。また、論文執筆者を含む39人のインフルエンザ研究者は、H5N1の研究を60日間自主停止すると発表、この間に政府当局と研究者が話し合って解決策を模索してほしいと要望した。
現在のバイオテクノロジーを駆使すれば、ウィルスやバクテリアを合成することも可能となる。ウィルスの合成は、2002年のポリオウィルスに始まる。H5N1論文執筆者の一人でウィルス合成の第一人者である東京大学医科学研究所の河岡義宏教授は、インフルエンザウィルスのみならず、致死率90%とも言われるエボラウィルスの合成にも成功している。ウィルスより難しいバクテリアの合成は、2008年に米クレイグ・ベンター研究所で実現された。バクテリアのゲノムをコンピュータで設計、これを化学合成した上で別種のバクテリアに移植し、設計通りのバクテリアを作り出た。こうした技術は、感染症予防法の開発やバイオ燃料・医薬品の製造に役に立てられるが、その一方で、バイオテロにつながる危険性も秘めており、科学が持つ功罪の二面性を浮き彫りにする。科学のもたらす利益を享受しつつリスクを避けるためには、衆知を集める工夫が必要である。
なお、鳥インフル騒ぎが大きくなった理由の1つがH5N1の致死率の高さだが、これに関しては疑問も提出されている。WHOは、ウィルス感染者586人のうち346人が死亡したとして、致死率59%と結論した。ところが、米マウント・サイナイ医科大学の研究チームは、14000以上のサンプルを用いたこれまでの血清評価試験を再検討、全被験者の1〜2%の血清中にH5N1の感染を示す所見があることを見いだした。これが正しければ、WHOの発表した値は重篤な患者だけを調べた結果に過ぎず、致死率が実際よりも大幅に高く見積もられていたことになる。
【追記】3月30日、米科学諮問委員会は、一転して鳥インフル論文の見合わせ要求を撤回した。撤回の理由は、論文にバイオセイフティに関する記述が追加されたことなど。
アメリカで34年ぶりに原発認可(12/02/11)
アメリカ原子力規制委員会は、ジョージア州ボーグル原発3,4号機の建設を認可した。原発新設の認可は1979年のスリーマイル島原発事故後初めてで、事故前年に認可されて以来34年ぶり。建設費用は、安全対策の強化のために高騰しており、2基で140億ドルに上る。ウェスティングハウス社製の新型軽水炉は、外部からの送電とディーゼル発電が失われても72時間にわたって原子炉を冷却でき、安全性は高いとされる(福島では臨時冷却系が数時間しか保たず、メルトダウンを回避できなかった)。
福島第1原発事故以降、ヨーロッパを中心に反原発の動きが再び高まりつつあるが、アメリカでは、原発再開に向けて舵を切ったブッシュ前大統領に続いて、オバマ大統領も原発重視の政策を維持している。今回のケースも、債務保証など国と州の後押しがあって、ようやく実現にこぎ着けられた。反原発団体の一部は、建設認可を不服として提訴する方針。
現在、世界のエネルギー供給は、必ずしも健全な状態にない。化石燃料に関しては、深海底油田の相次ぐ発見と「シェールガス革命」によって枯渇の不安が遠のいた。だが、深海底油田は、2010年にBP社が起こしたメキシコ湾原油流出事故で数百億ドルに上る被害をもたらしたことからもわかるように、コストと安全性の懸念が払拭されていない。化学処理された水と砂を地下1km以上の頁岩層に高圧注入するシェールガスの採掘は、地下水の汚染を引き起こすという主張があり、アメリカで大きな論争となっている。もちろん、地球温暖化も依然として深刻である。原子力は、高レベル放射性廃棄物の処理がフィンランド以外では先送りされたままだ(アメリカでは、ほぼ決まっていたユッカマウンテンでの処理場建設を、オバマ大統領が白紙撤回した)。再生可能エネルギーは、新興国を中心とするエネルギー需要の伸びに応えられないだけでなく、コストと安定性の問題を抱えている。こうした中で、さまざまなエネルギー源をどのように利用していくかが重要な政策課題となっている。
ES細胞で視力改善(12/01/26)
米アドバンスト・セル・テクノロジー社は、ES細胞を使って網膜異常の治療(臨床試験)を行った結果、視力の改善が見られたと発表した。治療対象となったのは、加齢黄斑変性とスターガート病の患者1人ずつで、いずれも大幅な視力低下が起きていた。これらの患者の眼に、ヒト受精卵から作成したES細胞を網膜細胞に変化させて移植したところ、スターガート病の患者(51歳女性)は、ほとんど目が見えない状態から文字を識別できるところまで改善された。加齢黄斑変性の患者(78歳女性)にも治療効果が現れたという。
ES細胞を用いた臨床試験としては、2010年、脊髄損傷患者を対象に米ジェロン社が行ったケースがあるが、このときはあまり治療効果が見られなかったようで、1年で撤退している(撤退の理由は、別の研究開発に集中したいためとも言われる)。脊髄損傷のマウスやサルを用いた実験では、損傷部位にES細胞やiPS細胞から作成した神経幹細胞を移植したところ症状がかなり改善されており、ヒトで効果がなかった理由ははっきりしない。治療を開始するまでに時間が掛かりすぎたのか、あるいは、外傷によって断裂した神経細胞の損傷がメスを使って切断した実験動物の場合よりも激しかったためかもしれない。
日本でも、加齢黄斑変性をiPS細胞を使って治療する研究が理研で進行中だが、厚労省が臨床試験に慎重なせいもあって、臨床面では欧米に比べて遅れている。ES細胞やiPS細胞のような「万能細胞」はガン化しやすく安全性が確実でないため、これらを用いた再生医療の実用化をあまり急ぐべきではないとの見方もあるが、従来の方法では治療できない難病を治せる可能性がある画期的な医療技術であり、研究開発を適度にスピードアップすることが必要だろう。
不確定性原理破れる?(12/01/19)
量子力学の基本的な不等式を検証する実験が、ウィーン工科大学の長谷川祐司らのグループによって行われた(Nature Physics online 15 Jan 2012)。この不等式は、誤差と擾乱に関するもので、1927年にハイゼンベルクが思考実験をもとに導き、2003年に小澤正直が修正したもの。今回の実験では、中性子のスピンに関して、ある向きの値Aと異なる向きの値Bを逐次測定した結果、Aの誤差ε(A)とBの擾乱η(B)の間に成り立つ不等式が、ハイゼンベルクの式に反し、小澤の式に合致することが示された。
量子力学の基本的な不等式として最も有名なのは、一般に「不確定性関係」と呼ばれる式で、位置と運動量のように互いに共役な2つの物理量の標準偏差の積がh/4π(h:プランク定数)を超えないことを表す。この式は、演算子の交換関係に基づく量子力学の基礎から導くことができ、量子力学が正しいならば確実に成り立つ。今回の実験で、不確定性関係は問題とされていない。これに対して、不確定性関係が確立される以前にハイゼンベルクが導いた不等式は、電子の位置を測定しようとしてガンマ線を照射すると電子の運動量が擾乱されてしまうという思考実験に基づいており、式の形は不確定性関係に似ているが、その理論的根拠は曖昧である。具体的なケース(例えば、相関する2つの量子系の一方を測定することで他方の物理量を調べるという実験)の理論的分析を通じて、厳密には成り立たないことが早くから認識されていたが、具体的にどのように修正すれば良いかは知られていなかった。小澤の不等式は、理論的考察に基づいてハイゼンベルクの不等式を書き直したものである(この件に関しては、Q&Aコーナーの
小澤の不等式についての回答で解説しているので、そちらを参照していただきたい)。3つの式を並べると、下のようになる。
今回の実験結果を「不確定性関係が破れる」と早とちりした記述が一部に見られるが、量子力学の正当性には何の影響もない。ただし、ハイゼンベルクの主張を「不確定性原理」と呼ぶ論者がいるせいで、量子力学の教科書でも、不確定性関係とハイゼンベルクの不等式を混同しているケースが少なくない(「不確定性関係」を「不確定性原理」と呼ぶ人の方が多い)。物理学を志す人は、正確な理解を深めるように努めるべきだろう。
福知山線事故、社長に無罪(12/01/12)
2005年、JR福知山線で起きた脱線事故(死者107人、重軽傷者562人)で業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本前社長(カーブ付け替え時の鉄道本部長、事故当時は副社長)に対して、神戸地裁は「事故は予見可能でなく過失は認められない」として無罪を言い渡した。
福知山線事故は、乗り換えの利便性を図るために作られた急カーブ、(速度照査機能のある)ATSの未設置、競合路線に対抗してスピードアップしたために生じた余裕のないダイヤ、運転士にプレッシャーを与えた日勤教育など、多くの要因が複合的に絡んで起きたもので、速度超過が直接的な原因だしても、特定個人の過失が事故を招いたとは言えない典型的なシステム事故である。今回の裁判は、システム事故における責任追及のあり方を改めて考えさせるケースとなった。社会正義の観点から責任者を処断すべきだというのが一般的な市民感情なのかもしれないが、個人に対する責任を過剰に追及すると、裁判を有利に進めるために証言や証拠開示が偏る危険がある。再発防止を最優先するならば、関係者を免責にして事故の原因をつまびらかにすべきだという主張も根強い。とは言え、JR史上最大の事故を起こしたJR西日本の責任が重大であることも、また確かである。
日本の法律では、法人に刑事罰を科すことが困難であり、民事裁判による損害賠償請求などの形でしか法人の責任は追及できない。今回のケースでは、事故の重大性を鑑みた検察が、法人に代わるものとして社長ら経営幹部を糾弾しようとした。しかし、幹部個人が安全にかかわる全業務内容を知悉している訳ではない以上、「予見可能でない」という裁判官の判断は妥当だと言わざるを得ない。法律を改正して企業の刑事責任を問える制度を作るべきかどうかが、今後の検討課題となる。
©Nobuo YOSHIDA