シュレディンガーの猫

 量子力学では、対象とする物理的なシステムの状態は、状態ベクトルΨで表される。この関数には、(微視的な原子の結合状態から巨視的な物体の運動に到るまで)物理学的に観測可能なすべての状態に関する情報を含めることができる。ある時刻t0の状態がΨ0であるシステムが、別の時刻tにどのような状態になっているかは、量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式を使って、完全に計算される。

 問題は、こうして計算された時刻tの状態Ψが、一般に、「物理的に区別できる」状態の重ね合わせになっているという点である。例えば、放射性原子核が、はじめにΨiという状態にあったとして、1時間後の状態を計算すると、放射性崩壊を起こしている状態Ψaと起こしていない状態Ψbの重ね合わせになっている。式で書くと、

  Ψi→caΨa+cbΨb

となる。ΨaとΨbという2つの状態の(数学的な意味での)“重み”は、それぞれ |ca2 と |cb2 で与えられる。

 こうした状況を具体的にイメージする手がかりとして、シュレディンガーは、次のような思考実験を行った。箱の中に、生きた猫と青酸ガスの入ったビンを入れておく。別に、適当な放射性原子核を用意し、これが放射性崩壊を起こしたかどうかはガイガー計数管で測定できるようにする。さて、ガイガー計数管が放射性崩壊を感知した場合には、一連の装置が作動して、ハンマーで青酸ガス入りのビンを割るようにしておいたとき、一定時間の後に猫はどのような状態になるか、というのがシュレディンガーの出した問いである。特に、放射性原子核が崩壊している状態と崩壊していない状態の重みが等しいケースでは、猫が死んでいる状態と生きている状態の重みも等しくなる。このとき、箱の中の猫は、いったい生きているのか、死んでいるのか?

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 「シュレディンガーの猫」の生死に関しては、大きく分けて、2つの解釈がある。

 前者のいささか「超越的な」解釈は、1957年のエヴァレットの論文に始まるもので、猫が生きている世界と死んでいる世界が、同じ時空間内部に併存するというSF的な「多世界解釈」である。この考え方は、ド・ウィットやウィーラーといった“大物”物理学者に支持されたこともあって、一時期はかなり関心を集めた。しかし、事が猫の生死にとどまらず、「第二次大戦でヒトラーが勝利した世界」や「ナポレオンが子供の頃に事故死した世界」など、さまざまなパラレル・ワールドを認めなければならないことから、あまりに非現実的だとして、最近は人気がない。

 後者の「確率解釈」は、量子力学の正統的な理解(「コペンハーゲン解釈」と呼ばれる)だとされるが、これについても、学者間で次のような観点の違いが見られる。

  1. 猫が、時間と共にどのような状態の変化を経て、最終的に生または死に到ったかについては、量子力学の枠内では記述できない。
  2. 猫の時間的な状態変化を記述することは、ある程度まで可能である。

 レーザーや半導体などの振舞いを計算するために量子力学を利用する多くの物理学者は、1の立場をとっている。科学の様々な分野で驚異的な成功を収めている量子力学といえども、所詮は科学の「道具」にすぎない。量子力学にできることは、ある状態から別の状態へ変化する確率がいくらになるかを示すことだけであり、世界が時間と共に変化していく過程を記述するのは、原理的に不可能だというものである。

 一方、2の解釈は、ノイマンによる量子力学の古典的な解釈(1932年の『量子力学の数学的基礎』という教科書による)に端を発している。簡単に言うと、次のようになる:

 実は、ノイマンは、あくまで数学的に状態変化の式を記しているだけだが、シュレディンガーは、こうした解釈が奇妙だということを示すために、猫を使った実験を持ち出したのである。確かに、人間が箱を開けて猫がどうなっているかを見るまで、猫は生きていると同時に死んでいたと考えるのは、いかにも奇怪である。それに、猫だって意識を持っているはずである。もっとも、猫の代わりに、昆虫やミジンコやバクテリアを使ったら、どうなるのだろう?

 意識を持った存在者が、量子力学的な状態変化と密接な関係を持っているという解釈は、最近でも、ペンローズ/ハメロフなどによって主張されているが、必ずしも賛同者は多くない。

 2の解釈をもう少し現実的なものにする試みは、1960年代から今日に至るまで、先鋭な物理学者および科学に関心のある哲学者によって、続けられている。「デコヒーレンス」に基づく解釈は、その中で最も正統的なものである。デコヒーレントな状態の一つだけが現実に生起していると考えれば、物理的に異なる状態が併存する世界とか、観測による突然の状態変化といった訳のわからないものを仮定しなくても済む。シュレディンガーの猫も、人間が観測する前に、生きているか死んでいるかが決まっているのである。

 ただし、この解釈にも、いくつかの問題点がある。中でも「致命的」ではないかと思われるのが、数学的な厳密さに欠けている点である。この理論が正当だと認められるには、デコヒーレンスが完全で、分岐した状態が「互いに全く干渉しない」ことが必要である。ところが、実際に証明できたのは、きわめて簡単なモデル的システムで「互いにほとんど干渉しない」状態に分岐するということでしかない。わずかに残った「干渉する部分」──死んだ猫にほんの少し混じっている生きた猫の要素?──が、遠い将来、巡り巡って何らかの影響を及ぼすことは、あり得ないとは言えない。

 現時点では、「シュレディンガーの猫」の問題は、物理学的に完璧と言える形で解決された訳ではない。しかし、多くの物理学者が真剣にこの問題を議論しており、21世紀の初頭には、誰もが納得できる形で解決されるのではないかと期待される。



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©Nobuo YOSHIDA
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