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第4章.見えない場と波動性



 量子力学における不確定性を物理系の局所的な性質に還元しようとする前章の議論に対して、大半の科学者は否定的な意見を抱くだろう。なぜなら、量子論的な現象の中に紛れもなく古典力学的な局所相互作用の観点からは理解できないものが存在するからである。例えば、量子効果として人口に膾炙している二重スリットによる電子線の回折像は、電子が各点各点で局所的な作用を受けながら運動していると仮定すると、全く理解することができない。一般に、量子力学的対象が有する《波動性》は、物理系の構成要素として運動体とポテンシャルのみを仮定する理論の枠組みの中では、非局所的な現象として記述せざるを得ない。
 この問題を超克する方策として、筆者は、《波動性》を局所的な《不確定性》から独立した性質と見なし、その基盤として物理的に実在する場を想定する。以下では、この件がそれほど突飛ではないことを説明していく。ただし、科学理論としての定式化は現段階では困難であり、あくまで一つのアイデアとして述べるにとどめる。
《波動性》の表現

 量子力学における《波動性》が何を意味するかについては、統一的な見解があるわけではないが、ここでは、「媒質各点での振動が伝播する」という定義を用いることにする。この定義によれば、単に運動が確立振幅を表す波動関数によって記述されるだけでは理論に《波動性》があるとは主張できない。実際、波動関数が拡散方程式に従う場合は、媒質の振動が生じないため、干渉などの波動特有の現象は見られない。波動が伝播するためには、時間および空間変数を一定の形式で含んでいることが必要である。量子力学の場合は、シュレディンガー方程式が確かに波動解を含んでおり、その振動が実際に伝わっていることは電子線回折に見られる干渉縞の存在から実験的にも明らかである。 …
《波動性》と《粒子性》

 《波動性》の実体を明らかにする準備として、しばしば量子力学の最大の特色と見なされる《波動性》と《粒子性》の対立について取り上げよう。
 量子論の形成期において、「光は電子が、あるときは粒子のように、またあるときは波のように振舞う」ことを決定づけるコンプトン効果や電子線回折などの実験的事実は、微視的世界には古典力学の諸概念が通用しなくなる典型例として、固陋な科学者を啓蒙するのに大きな役割を果たした。しかし、こうした《粒子と波動の二重性》を声高に喧伝するあまり、量子力学の支配する世界を理解するには、古典論もちろん量子論のみによる概念規定では不充分であり、両者の概念をいわば弁証法的につきあわせることが必要になるという、いわゆる相補性原理が理論の土台をなす思想として蔓延する結果を招いたことは否めない。筆者の考えでは、量子力学を哲学的に解釈するに当たって相補性原理が要請される必然性はない。むしろ、量子力学の素材のみによる自律的な理論構成がなされるべきであろう。
 量子力学的対象が示す《粒子と波動の二重性》は、決して、単純な科学的概念では把握しきれない矛盾した振舞いではない。例えば…
 量子力学における流姿勢と《波動性》が同一事態の相補的な現れだとする主張の背景には、これらの性質が同時には観測できないという認識がある。しかし、この認識は必ずしも妥当ではない。…
 以上より、量子力学における《波動性》は、《粒子性》から独立した動力学的な性質だと結論できる。
《波動性》と《不確定性》

 量子力学における《不確定性》は、しばしば《波動性》に付随した性質として説明されている。…しかし、物理学的見地から見て、この2つの性質を統一的に把握することを要求する確固たる根拠がある訳ではない。むしろ、(前章で述べたように)量子論的な系の局所的な性質に由来すると思われる《不確定性》が、主として長距離の振舞いを律する《波動性》と同列に論じられるのは、不可解なことだと言わねばなるまい。
 こうした問題意識に基づいて、以下では、量子力学に見られる《波動性》が、《不確定性》から独立した性質であることを明らかにしていきたい。…
 量子力学における《波動性》が《不確定性》から独立であることを論理的に実証するには、〈不確定だが《波動性》のない理論〉および〈確定的だが波として振舞う理論〉を提示すれば良い。もちろん、ここで興味があるのは論理的な依存関係だけなので、提示する理論は現実的なものである必要はない。このような性質を有する理論は、次に示すように、簡単に具体例を構成することができる。…
実在の場が生み出す《波動性》

 量子力学における《波動性》は、《不確定性》のような局所的な性質に還元できない。このことは、二重スリットによる電子線の回折を思い浮かべれば、ただちに明らかになろう。…
 それでは、このような拡がりを持つ物理的実在としては、どのようなものが想定できるだろうか。この探索を可能にする手がかりとなるのが、《波動性》の発現に見られる情報伝達の遅延である。…
 量子力学において位相の情報が確かに有限な速度で伝播していることは、実験的に検証することが可能である。…
 位相情報が有限速度で因果的・連続的に伝播する様式は、これが何らかの物理的実体に担われている可能性を強く示唆する。…


©Nobuo YOSHIDA