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第2章.確率記述と理論の完全性



 今世紀初頭に量子力学が成立したとき、哲学的な科学者に最も衝撃を与えたのは、量子力学の理論的予測が、古典力学のそれと異なって、確率に基づく記述になる点である。具体的に言えば、粒子の運動を表すのに「時刻tでの位置q(t)」という確定した起動を利用することが不可能になり、これに変わって、時刻tで座標qに粒子が位置している確率振幅Ψ(q;t)を使わなければならない。…
 「理論による予測が確率的なものになる」という量子力学の性質は、多くの科学者・哲学者を巻き込んで、物理的実在と客観的記述に関する科学哲学的な論争を引き起こした。その中には、「神がサイコロ遊びをするとは考えられない」として量子力学の不完全性を主張し続けたアインシュタインも含まれている。こうした論争の編年史的回顧は、他の著者らによるすぐれたモノグラフに譲るとして、本章では、これまでの議論の積み重ねの中から明らかにされてきた確率による記述の物理的意味について、論理的に再構成してみたい。
確率による記述と客観性の問題
 要旨:量子力学に見られる確率的振舞いは、〈主体と客体の不分離〉のような認識論的な問題ではなく、物理系それ自体の客観的な法則を反映している。
《波束の収縮》と量子力学の完結性
 要旨:量子力学が「完結した」理論であるためには、《波束の収縮》が理論の記述に現れてはならない。
状態の分岐と観測の理論
 要旨:量子力学で記述する状態として測定対象の他に外部環境も含めて考えると、系の状態は異なる測定値を与える互いに干渉しあわない世界に分岐していくと期待される。このとき、《波束の収縮》を考慮する必要はない。
《多世界解釈》の妥当性
 要旨:量子力学の完全性を認める唯一の立場は多世界解釈を採用するものだが、この立場は物理学的に認められない。



©Nobuo YOSHIDA