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第3の問題.何が時間を流れさせるか



 時間が空間とは質的に異なるものとして知覚される最も本質的な理由は、おそらく、時間が過去から未来へと不断に流れていくものとして実感されるという点にあるだろう。こうした時間の流れは、(既に論じたように)不断に移り変わる「現在」が心理的虚構にすぎないものである以上、自然現象が時間の反転に対して非対称的であることの現れと見なされる。この間の事情を、エディントンは、「時間の矢」という印象的な言葉で表現した。すなわち、1次元の時間座標は、現在から見て過去と未来へ同じように伸びているにもかかわらず、自然現象においては、そのうちの未来へ向かう方向が時間の矢の向きとして特別扱いされているのである。
 興味深いことに、現在までに知られている物理法則は、すべて基本的には時間反転に対する不変性を持っている。例えば、量子力学におけるシュレディンガー方程式は、時間に関する1階微分を含んでいるが、時間反転と同時に複素共役をとれば方程式が不変に保たれることが知られている。また、場の量子論に現れる相互作用の中には、K0中間子の崩壊において見られるように、時間反転対称性を破る現象も発見されているが、これも、時間反転と同時に空間反転および荷電共役の操作を施せば、理論は不変に保たれると信じられている〔16〕。にもかかわらず、時間反転に対して不変な物理法則に支配されていると信じられる系を粗視化によって巨視的な立場から記述すると、熱力学第二法則が示すように、エントロピーが増大する向きとして時間が流れていく方向が指定されることになる。従って、微視的法則と巨視的法則の間に見られる時間についてのこうした見解の相違を克服し、両者を橋渡しする合理的な方途を発見することが、時間の流れに関する科学的理論の大きな目標となる。
 巨視的現象に時間についての非対称性が現れる理由として、現在知られていない物理法則の中に時間反転の対称性を破るものがあるとする説も一部にはあるが、大多数の科学者は、現在の理論における不定な要素の中に解決策を見いだそうとしている〔17〕。ここで言うところの不定な要素とは、理論の法則性に対する事実性の要素、すなわち、他ならぬこの宇宙という特定の条件によって規定される要素である。しかし、合意が得られるのはせいぜいこの段階までであって、それから先については、科学者の間で議論を進めるための手法に大きな隔たりがあり、「エントロピー」などの基本的な用語に関する概念的な混乱も相まって、問題の根本的な解決からはほど遠い地点にいると言わざるを得ない。その中にあって、これまで提出された比較的信頼度の高い議論には、大きく分けて二つの流儀を見て取ることができる。
 第一の流儀は、この宇宙における境界条件の非対称性が、過去と未来の区別を生み出す起源になっていると解するものである〔18〕。この立場は、こんにち広く信じられているビッグバン宇宙模型と密接な関係を持っており、ビッグバンという初期状態の特殊性が、時間の流れを定めるものとしている。第二の流儀は、不安定性を持つ力学系の振舞いをもとに、リヤプーノフ関数を使ってエントロピーが増大する向きを決定しようとするもので、物質の微視的な振舞いに重きを置いている〔19〕。この二つの見解は、実は互いに相補的な関係にあり、一方を無視しては時間の向きに関する議論は完結しないと言える。ここでは、スペース及び技術上の制約から詳しい解説は見送り、それぞれの方法論において本質と思われる部分を筆者の個人的立場からまとめ直した概略的記述を試みることにする。

 はじめに、力学系の振舞いに着目した第二の議論から見ていくことにしよう。漸近的に安定な力学系においては、安定平衡点がアトラクタとなり、状態が平衡に近づくにつれて減少するリヤプーノフ関数を定義することができる。このとき、時間の流れは、リヤプーノフ関数の減少する向きとすれば良い。しかし、こうした漸近安定な系は一般に「つまらない」ものである。例えば、熱伝導に関するフーリエの方程式は、リヤプーノフ関数が存在するものの、温度が一様になるという当たり前の解しか持たない。従って、きわめて複雑な振舞いを示す現実の世界において、同様の方法論が通用するかは疑問視されていた。
 ところが、近年の力学系の理論における発展によって、たかだか数個の変数しか持たないきわめて単純な系が、ストレンジ・アトラクタの存在に起因するカオス的な振舞いを示すということが明らかになった〔20〕。この発見の意味するところは、決定論的な力学的においても、非線形項が存在すれば一般に不安定性が支配的になり、位相空間内の軌道は初期値からは予測不可能な軌道を辿っていくということである。となれば、時間と共に漸近していく状態が決して予測可能な「つまらない」ものではないような系を構成することも、充分に期待できるはずである。
 この期待は、特に2種類の系で大きい。
fig  第一に、重力に支配される系が挙げられる。なぜなら、こうした系は負の比熱を持っていて物質が集まるほどその運動エネルギーは大きくなるという性質があるため、全ての物質が均一に拡がった状態(図左)よりも、逆に物質が適度に集合した状態(図右;ただし模式的に描いている)の方がエントロピーが大きくなると予想されるからである。実際、簡単な3体系でシミュレーションを行うと、3つの質点が近接して存在する任意の初期状態から始めても、最終的には「連星系」を形成する2質点と無限遠に遠ざかる1質点に分かれることがわかる〔21〕。また、巨大質量の恒星と小質量の多数の惑星がある場合は、まず、恒星の周りを円盤状に惑星が周回する状態が準安定になり、さらにきわめて長時間が経過すると1惑星系に帰着するはずである。
 その長時間での振舞いが興味深い第二の系として、(力学系の枠組みからは逸脱するが)量子力学によって記述される系が考えられる。このとき、不確定性原理によって軌道が「ぼやける」のみならず、(原子核崩壊において典型的に見られるように)ある種の状態の遷移は確率的に実現されることになるため、軌道の分岐や交差のような種々の形式の特異性も現れ、長時間的な振舞いの予想は一層困難になる。特に、高分子化合物の場合は、フォトンを吸収することによって、古典的には移り得ない高エネルギーの準安定状態に遷移できるので、長い時間が経過する間に複雑な有機体が次々に生成されていくことも可能となる。
 以上の議論から判明するのは、多少なりとも複雑な系では、不可逆な(正または負の)エントロピー生成についての新たな理論を仮定しなくとも、初期状態から予想できないほど離れた、しかもトリヴィアルでなり(準)安定状態を次々に経ていく可能性があるという事実である。こうした過程は、明らかに、粗視化によって得られる巨視的理論では解明できない。むしろ、(量子力学を除外した決定論の場合は)位相空間内部の軌道を完全に追跡し、(準)安定状態を表すアトラクタないし擬アトラクタの近傍で、圧倒的多数の軌道が(漸近的にせよ一時的にせよ)そこに接近することを確かめる必要がある。こうした状況が確認されれば、適当な初期条件から出発した系は、高い蓋然性をもってこの(準)安定状態に不可逆的に近づいていくはずである。
 (擬)アトラクタに多数の軌道が漸近する場合、軌道の濃度はそこに向かって漸近的に高くなると予想される。従って、何らかの方法で軌道の濃度を評価することができれば、系が時間的に変化する際の志向性が判明するはずである。この作業は、いわゆる位相的エントロピーを求めることによって実現される〔22〕。位相的エントロピーは、位相空間において開被覆を使って軌道の濃度を定義するものなので、遠方から安定状態を表すアトラクタに近づくときには、位相的エントロピーが不可逆的に増大している蓋然性が高い。従って、位相的エントロピーが平均的に増大する向きに、時間の流れを定義することができる。
 こうした見解には、いくつかの批判が予想されるので、反論を試みたい。
  1. 確率法則でしかない位相的エントロピーの増大則を使って、時間の向きを定義できるのか。これは、ある意味で自然観の問題である。粒子数が多数のランダム・ウォークでは、粒子の分布は拡散方程式に従って非可逆的な変化をするように見えるが、これが単に初期状態としてエントロピーの低い状態を選んだための虚構にすぎないことは、始状態から時間を反転して過去に向かっても未来ヘ向かうときと同様に粒子が拡散するという事実から明らかである〔23〕。もし、ランダム・ウォークによる拡散がエントロピーの増大の現れであり、しかも(拡散方程式の時間パラメーターという形で)時間の向きを定義していると解釈するならば、それと同程度の確実さで、位相的エントロピーを利用することも可能なはずである。
  2. ポアンカレの回帰定理をどのように回避するのか。この批判に対処するには、宇宙論を援用するのが良い。すなわち、この宇宙が膨張を続けると仮定すれば、位相空間が無限に増大するので回帰定理は成立しない。また、宇宙が再び収縮するなら、宇宙ほ有限時間しか存在できないので、エルゴード回帰が実現されることはない。なお、量子力学を仮定すれば、特異点の存在を使って回帰定理を破ることも可能だろう。
  3. 位相空間での議論は厳密な力学系の存在を仮定しているので、適用範囲が限られており、特に、量子力学系には利用できない。この点については、科学における一般的な方法論――すなわち、適用範囲を限定した厳密な理論の構築は、現実的な要求に基づいたその各調査行とは独立に行われるべきであるという命題を述べるにとどめる。

fig  ところで、位相的エントロピーを用いた時間の向きの定義は、全位相空間で共通なものではない。なぜなら、もともとの物理法則が時間反転に対して不変であるため、物理的に存在するある軌道に対して、その時間を反転した軌道も同時に許されることになるからである。こうした2つの軌道では、一方でパラメータとしての時間の正の向きにエントロピーが増大するならば、他方では減少することになる(右図)。従って、こうした力学系の理論を現実と対応させるためには、アトラクタ近傍で軌道の濃度が増大するだけでなく、当該アトラクタに到達する軌道の始状態がエントロピーの低い領域に限られているという初期条件を課す必要がある。この宇宙におけるエントロピー生成を支配しているのは重力だと想定されるので、その低エントロピー状態とは、物質(あるいは輻射)が均一に近い場合となり、初期条件としてこの状態を与えておけば、圧倒的に高い確率でエントロピーが増大していくことになる。従って、次に考察すべき問題は、いかにしてこのような初期条件が実現されるかである。以下、この点について見ていくことにしよう。

 時間の流れを向き付けするために、境界条件は決定的な役割を果たしている。例として、波動における先進波解と遅延波解の使い分けを考えてみよう〔24〕。石を水面に落としたときなどに見られる外向き球面波と、そのときの時間を反転して得られる内向き球面波は、いずれも波動方程式の解であり、またエントロピーの増減を伴わないので、微視的な理論を用いて一方を他方より現実的と見なすことはできないにもかかわらず、実際には、時間の流れに沿って拡がっていく球面波しか観測されない。その理由は、外向き球面波は始状態の微小な摂動に対して余り変形を受けないが、内向き球面波では、中心に波を集束させるためには広範囲にわたって完全にコヒーレントな始状態が用意されなければならず、位相空間内部のきわめて複雑な超平面上に初期条件が限定されてしまうからである。換言すれば、外向き球面波は、位相空間で波源を表す点を指定すれば、始状態はその近傍にあるという情報で充分に実現されるのに対して、内向き球面波は初期条件についてのより多くの情報を必要とすることになるのである。もし、情報量が(熱力学的)エントロピーの符号を変えたものとして定義できるならば、内向き球面波が実現されている系は、その全体が、低エントロピー状態にあることになる。この例は、境界条件が時間の流れの向きを定める上で本質的な役割を果たしていることを示唆する。
 境界条件は、単に時間の流れの向きのみならず、時間の流れ方そのものも決定するほど強力である。この点についても、例を使って説明しよう。特に単純なモデルとして、1次元の離散的空間において各粒子が1時間単位ごとに50パーセントずつの確率で左右のいずれかに1ステップ進むランダム・ウォークを考える。多数の粒子を含むとき、この系は連続体の近似で拡散方程式に従うとされているが、強制的に時間について周期的境界条件を課すこともまた可能である。このとき、特定の粒子について見ると、ある時刻で右あるいは左に踏み出す確率には、初めの位置からの距離に応じて元に戻る向きにバイアスがかけられるため、完全にランダムではない。
fig

 しかし、集団平均をとると左右いずれかに歩を進める割合は50パーセントずつになるため、ランダム・ウォークの拡張と考えることができる。このように周期的境界条件を課した系で、始状態として全ての粒子が一点に集中している状態を選ぶと、初めに拡散した後、再び集束して1周期後には始状態に戻る(上図。縦軸に粒子の集中度、機軸に時間をとって、パーソナル・コンピューターによるシミュレーション結果を模式的に表している)。従って、拡散方程式に含まれる時間パラメーターの向きに時間が流れていると見なせば、周期の初期では前向きに、末期では後ろ向きに流れていることになる。 fig 時間の流れが逆転する理由は、次のように説明される。すなわち、周期性を課さない場合は、始状態から出発する軌道(問題にされているのは力学系ではないが、用語を拡大解釈させていただく)の大多数は粒子が拡散する高エントロピー領域に一方的に向い、同じ地点に回帰するのはきわめて稀な(測度ゼロの)軌道でしかない(右図)。ところが、周期的境界条件を満たしているのは、このきわめて異例な軌道のみであり、他は境界条件を満たしていないという理由で捨てられるのである。
 上に述べた周期的境界条件を、力学系の理論にそのまま拡張するのは、―般に困難である。何となれば、局所的運動方程式は、多くの場合、トリヴィアルでない周期的な解を持たないからである。しかし、力学理論を改訂して、周期的な関鍬に解空間を限定し、この中で(ノルムの制限など他の何らかの条件を課した上で)作用を極小にするものを解として採用することにすれば、周期系においても複雑な現象が生起することが可能になる。具体的には、ゲーデルの宇宙模型のような(時間がS1のトポロジーをもつ)世界に棲む知的生命を想定することもできよう〔25〕。このとき、初期条件として(熱力学的)エントロピーの低い状態を選べば、時間は初め前向きに流れていき、その後、逆転して後ろ向きの流れになる。ただし、時間が逆転する時刻(パラメーターとしての時間によって表した)は、軌道がエントロピーの高い状態に吸い込まれるアトラクターの近傍には存在できないので、まさにアトラクターの塊である知的生命がこの逆転現象を体験することは、残念ながらできない。

 これまで述べてきたのは、いずれも時間の流れを定める上で境界条件が重要であることを示す例である。それでは、現実の世界においては、どのような境界条件が課せられており、その結果として時間が過去から未来へと流れているのだろうか。以後、議論の目標をこの点に定めよう。
 第一に強調したいことは、現実の宇宙は境界条件を課す上できわめて好都合な始状態を持っているという点である。もし、時間が無限の過去から無限の未来へと流れているならば、特定の時刻に境界条件を課すというきわめて人為的な操作を行わねばならない。しかも、この場合、人間が生活しているのは、エルゴード回帰の途上で(熱力学的)エントロピーが異常に低くなった状態から始まるある期間ということになるが、軌道の総数は[自然]数よりも濃度が高いため、こうした事態は信じがたいほど奇跡的な偶然の結果ということになる。また、宇宙にそれ以前の時間が存在しないという始点があったとしても、始状態が空間的に拡がっているときには、各点は因果的に結ばれていないため物理定数などを共通にとる必然性がない。ところが、大多数の学者が信じるところによれば、現実のこの宇宙はビッグバンと呼ばれる現象に始まり、それ以前の時間は存在しないとされる。さらに、このビッグバンは、ホーキング/ペンローズの定理によってその存在が不可避とされている時空特異点と同定されるため、空間的な広がりはないとして良い〔26〕。もちろん、因果的に無関係ないくつかのビッグバン(またはミニバン)によって生成された宇宙が融合して現在の宇宙を形作っているという可能性もあるが、こんにち観測されている宇宙の等方性(超銀河集団の構造は微小なゆらぎと解釈する)からすると、その蓋然性は小さい。こうした事情をもとに、ビッグバン特異点において境界条件を課すことがきわめて自然であり、また技術的に好都合であることが納得されよう。
 それでは、具体的にはどのようにしてビッグバン特異点に境界条件を課すべきなのか。これから先は、おそらく科学者の間でも大きく見解の分かれる領域にさしかかるため、かなり独断的な議論の進め方になることをお許しいただきたい。
 はじめに、世界の状態はビッグバン特異点のみで規定されているのかを明らかにしなければならない。すなわち、コーシー問題のように特異点での各物理量の値(正確にはその発散のしかた)からその後の宇宙の発展が定められるのか、あるいは未来における境界条件も必要になるかという問題である。ところが、現在の宇宙模型では、未来において宇宙は膨張し続けるか、あるいは再び収縮するかは、宇宙の総質量に依存して不定になる〔27〕。そこで、未来にも境界条件を課すとすると、収縮宇宙では有限時間の後に生じる時空特異点(ビッグクランチ)においてビッグパンと同様の作業を行えばよいが、膨張宇宙の場合は、各点が因果的にばらばらになってしまうため、自然な境界条件を課すことはできない。質量の異なると境界条件のとり方まで変わるというのはいかにも不自然なので、境界条件はビッグパン特異点でのみ与えられていると考えられる。
 次に、ビッグパン特異点での境界条件を定める上で、何が要求されるかを考えてみよう。既に述べたように、この宇宙での時間が過去から未来へと流れるものであるためには、初期条件は(位相的)低エントロピー状態を与えるものでなければならない。重力が主たる相互作用の系では、これは、始状態が「ゆらぎ」の少ない状態であることを意味する。従って、ビッグバン特異点は、決して不可知なものではなく、各物理量に非常に厳しい制限が課された境界となっているのである〔28〕。
fig

 この点について、次のような反論があリ得る。すなわち、ビッグバンでは状態は任意だが、高温での軽い粒子の生成によるエネルギーの散逸を通じて不均一性がならされてしまったとする見解である。この反論は一見妥当なように思われるが、時間の非対称性に基づいて考察すると、大きな欠点がある。もし宇宙に充分な質量があってビッグクランチを迎えたとすると、銀河や星系の存在による「ゆらぎ」は再び高温になった世界の中で平滑化されてしまい、その状態のままビッグクランチへと到達することになる(上図)。従って、この宇宙像に基づけば、「ゆらぎ」が大きく高エントロピーとなるビッグバンから、「ゆらぎ」のない低エントロピーのビッグクランチヘと時間が流れるという不可解な現象が起こることになり、承認することはできない。
fig  今や、時間の流れの起源は、ビッグバンにおいて「ゆらぎ」が小さくなるという境界条件にあると主張できる。しかし、なぜ「ゆらぎ」が小さくなければならないかは、現行の物理理講では説明できない。最も正当な説明は、厳密な運動方程式を解くと「ゆらぎ」が零になる点が不可避的に現れ、これが時間の原点になるというものである。もしこの解釈が正当ならば、時間とはビッグバンから出ていく座標と見なされるので、前節で論じたように(計量の符号の問題を別にして)時間の1次元性も同時に説明できることになる(右図)。残念ながら、現行のアインシュタインの重力理論はそのような解を持っていないので、現時点ではこれを説明原理として提出することはできない。従って、この問題の解明も、前節の場合と同じく、将来の研究の成果に委ねられているのである。

©Nobuo YOSHIDA