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EPR論文を巡って

吉田 伸夫


§1.Einsteinと量子力学

 

 1925年の「重力および電気の統一場理論」に始まる一連の論文で、Einsteinは、一般相対論にn-bein場を導入するなどの改良を施すことによって重力場と電磁場が統一され、これをもとに物質を含めた物理学の「最終的理論」が完成できると信じていた。

「一般相対論ができあがってから理論物理学者は、重力場および電磁場に対する論理的に統一された理論をつくろうと努力した。しかし、…量子力学がつくられてからは、人々は一般にこの問題を追求することをやめてしまった。彼らは、この問題は今まで用いられた意味での場の理論の枠の中では解決できるものでないと考えたからである。このような考えに反対して、私はここで1つの理論を提出しよう」

「重力場および電磁場の統一理論」(1931)*1

1932年には、統一理論に物質場を導入するに当たって、「粒子の内部でも特異点が現れてはならない」という条件を課し、滑らかな場が粒子的な振舞いをする可能性に言及している*2(ただし、数学的枠組みは与えられない)。

 Einsteinの量子力学に対する態度は、こうした背景を考慮するとわかりやすい。光量子論の論文(1905)以来、固体の比熱(1907,11)、輻射の放出と吸収(1916,17)、一原子理想気体の統計的性質(1924,25)など、彼は量子論を状態数に関して特殊な仮定を要請する統計的理論として扱っている。物質に関する「最終的な」理論は、こうした統計的な性質を示す(古典的な)場の理論であるべきだというのが、Einsteinの信念だった。彼が1926年のSchrödingerの業績を(一時的に)高く評価したのは、これが特異点のない物質場を与えると考えたからだろう。1927年以降に顕著になる量子論批判は、統計的理論にすぎないにもかかわらず、Bohr陣営が、その基盤理論(underlying theory)の探求を怠っていることを指弾するものである。したがって、批判の矛先は、論理的整合性や予言の妥当性ではなく、一貫して、冗長性の存在・記述可能な素過程の無視・基礎理論が満たすべき不変性の欠如などの所謂「不完全性」に向けられている。

 ただし、こうした批判は、必ずしも本腰を入れた研究の成果としてなされたものではない。量子論に関するEinsteinの本格的な論文は、Bose統計に従う理想気体の統計的性質を論じた1925年の「1原子理想気体の量子論」*3までであり、それ以降の批判的論文は、思考実験の提示やエッセイ風のものが大半で、その執筆動機も、滞在先で短期的な共同研究を行った*4とか、編集者に要請された*5というケースが多い。そうした中で、1935年に発表されたEPR論文*6は、具体的な式を使って量子力学を批判したものだけに、発表当初から多くの学者の注目を集めた。

 

§2.EPR論文

 

 渡米後にRosenおよびPodolskyとの共同研究の成果として発表されたこの論文は、Einsteinがもともと暖めていたアイデアを3人で議論した上で、Podolskyが単独で執筆したものである。基本となる発想は、波動関数が物理的システムの最良の記述ではないことを、「同一の実在に2つの異なる固有状態が対応させられる」という事実によって示そうというものである。ただし、Podolskyが妙に論理学的な議論を展開したために、見通しがひどく悪くなっている*7

 Bohrの回想記*8を読むと、Einsteinが、Bohrとの論争を通じて次第にこのアイデアに近づいていったことが伺える。発想の展開は、次のように段階づけられる:

(1)Einsteinにとって、“波束の収縮”を示す波動関数が統計的な分布関数であることは明らかであり、波動関数によって記述されていない「実在の」要素が存在すると思われた。しかし、波束を収縮させる観測過程が系の状態を変化させているので、観測から切り離された実在について論じるのは無意味だと批判された。(第5回Solvay会議(1927)におけるBohrとの議論)

(2)粒子が二重スリットの一方を通過する場合、スリットに与えられる運動量キックを測定することによって、粒子そのものを観測せずに粒子の経路を決定できることを示した(不完全な非破壊実験)。しかし、そうした実験のセットアップは粒子の量子状態を変えてしまう(コヒーレンスをなくしてしまう)とBohrによって反論された。(同上)

(3)孤立した光子箱から粒子が放出される過程では、光子箱のエネルギー変化を測定するだけで光子のエネルギーが決定できると主張した(非破壊実験)。しかし、Bohrとの論争を通じて、エネルギーや時刻の測定を問題にすると、他の多くの要素を考慮しなければならず、クリアカットな議論ができなくなることがわかった。(第6回Solvay会議(1930)におけるBohrとの議論)

(4)光子箱の実験で、光子を放出した後に、光子箱のエネルギーを測定するか、時計の記録を読みとるかのいずれかを行うことによって、もはや相互作用をしていない光子のエネルギーまたは与えられた地点への到達時刻の一方が決定できることを示した(遅延選択)。(Ehrenfestとの議論)*9

こうした段階を経て、Einsteinは、1933年までに遅延選択を伴った非破壊実験を2粒子系の位置と運動量に適用するというアイデアをまとめる*10。論文の執筆が遅れたのは、この時期は統一場理論の研究で忙しかったためだろう(具体的な2粒子波動関数の形が求められなかったのかもしれない)。

 EPRの議論は、簡単にまとめると次のようになる:

◇有限の時間だけ相互作用した後、互いに作用を及ぼさなくなった2つの系I(変数x1)とII(変数x2)がある。この系の波動関数Ψが、次の2つの展開を持つ場合を考える:

  Ψ(x1,x2)= Σψn(x2)un(x1)

   = Σφs(x2)vs(x1)

unvs は、それぞれ系Iに関する物理量AとBの固有状態を表しているとする。ここで、2つの系が相互作用しなくなってから(遅延選択)、系Iの物理量Aの測定を行ってakという測定値を得たとすると系IIの波動関数は(波束の収縮によって)ψkとなる。一方、物理量Bの測定を行ってbrという測定値を得たとすると系IIの波動関数はφrである。2つの系は相互作用をしていないので、測定によって系Iの状態は変化しないはずである(非破壊実験)。したがって、「同一の実在に対して、2つの異なった波動関数を対応させることができる([I]t is possible to assign two different wave functions to the same reality.)」。

◇ここで、波動関数ψk とφr は、非可換な演算子の固有状態であっても良い。この場合は、系Iは、不確定性原理によって同時に実在性を持ち得ないとされる2つの物理量の固有状態になっている。量子力学はそのような状態を表現できないのであるから、「波動関数によって与えられる物理的実在の量子力学的記述は完全でない」と結論される。

◇ただし、2つの物理量が同時に測定できるか予言できるときに限って同時的な実在の要素(simultaneous elements of reality)と見なせるという前提を採用するならば、上の議論は成立しない。

 

 EPR論文では、非可換な演算子の固有関数による2重展開の実例として、2粒子系の相対位置(x1-x2)と全運動量(p1+p2)が固有状態になるような波動関数が与えられている。こうした展開が可能なのは、相対位置の演算子Q=q1-q2 と全運動量の演算子 P=p1+p2 が、[Q , P] = [q1 , p1]- [q2 , p2] = 0 より可換になって同時に固有状態を構成できるためである*11

 

 EPR論文は、「実在性(reality)」に関する哲学的な議論を援用したこともあって、論旨が掴みにくい。波動関数が物理的実在に対応していないというだけなら主張は正当であるが、それをもとに量子力学を批判するのは無理がある。「完全な理論は物理的実在のあらゆる要素に対する対応物を持っていなければならない」という「完全性の要請」があまりに強すぎるからである。EPRが提示した問題が物理学的に何を意味しているかが明らかになるには、Furry, Bohm, Bellらの議論を待たなければならない。

 

§3.Bohrの反論

 

P12_fig1.gif  EPR論文に対して最も敏感に反応したのがBohrとSchrödingerであり、PauliやHeisenbergら第一線の研究者が(量子電磁気学や原子核の仕事に忙しいこともあって)あえて反論しなかった──おそらく、その必要性を感じなかった──という事実は、量子力学に対する解釈の差異を示していて興味深い。EPRの議論は、孤立した系の波動関数が一意的に決まらないという点で、波動関数が物理的な実在だとする立場を根底から覆すものである。実在論的な主張を行っていたSchrödingerがEPRの「パラドクス」*12を深刻に受け止めたのは当然としても、Bohrが慌ただしく反論を執筆したことは、彼が量子力学を単なる実用的な理論と見なしていなかったことを意味する。

 

 Bohrは、EPRの論文がPhysical Review 5月15日号に掲載されると、6月29日に反論を予告するコメントを書き上げ、引き続き本論文をPhysical Reviewに投稿した(7月13日受理)。

 EPR論文と同じタイトルを持つBohrの論文*13は晦渋でわかりにくいが、要約すると、次のような論理構成になっている:

P12_fig2.gif (1)量子力学において測定装置と測定対象の相互作用は制御不能であり、これらを併せて不可分な全体を構成している(量子力学的システムの"individuality"*14)。スリットを通過した粒子の 運動量の不確定性は、粒子固有の性質ではなく、スリットを含む全測定装置と粒子の関係を表すものである。

(2)EPRが提出した相対位置(x1-x2)と全運動量(p1+p2)が固有状態になる2粒子系の波動関数は、具体的には、平行スリットを持つ可動な隔壁(a rigid diaphragm)に2つの(運動量が定まっている)粒子を通過させ、このときの隔壁の運動量変化を測定すれば実現される(右上図)*15

(3)スリット通過後に粒子1の位置を決定するには、スリットの背後にスクリーンを用意しなければならない(右下図)。しかし、粒子1とスクリーンの相互作用によって、スクリーンを含む装置全体が制御不能な運動量を受けるため、粒子2と装置との相対運動量が不確定になる。また、粒子1の運動量を測定した場合には、装置の位置が不確定になるため粒子2の(装置に対する)位置も定まらない。したがって、同一の対象に2つの固有関数が対応させられる訳ではない。

 Bohrの反論は、「(位置または運動量の決定の)いずれか一方にのみ適した本質的に異なる実験の設定と手はず」が存在し、「それぞれの実験の設定において物理現象の記述の二つの側面…のいずれかを断念」*16しなければならないことを根拠にしている。測定装置をセットアップした段階で、測定対象となる粒子の物理量だけではなく、もう一方の粒子の「可能な予測のタイプ(the possible types of predictions)」も制限されるので、(EPRの主張にあるように)系の物理的状態に影響を与えないで波動関数が決定されることにはならないというのだ。

 この主張は、2粒子系の波動関数をBohrが提案した方法で実現する場合には、誤りとは言えない。しかし、後にBohmよって提案された内部自由度に関する実験や、高速スイッチング素子を用いた遅延選択実験に対しては、Bohr流の反論はそのままの形では通用しない*17。例えば、観測する粒子が半透明鏡と通過した場合と反射された場合とで測定される物理量が異なるような実験装置を用いれば、単一の装置で実験が遂行されることになるため、Bohrの反論は成り立たないはずである。また、このケースでは、遅延選択も非人為的に行われており、観察者による操作が系を擾乱していると主張することもできない。こうした事情から、その後の研究者は、Bohrの主張を歴史的に回顧する場合でも、「実験の設定」に関する煩雑な議論は黙殺し、量子力学的システムの単一不可分性の部分だけを拡大解釈して引用するようになる。

P12_fig3.gif

 

§4.Einsteinの再反論

 

 Einsteinは、量子力学陣営から数多くの批判が寄せられたのに答えて、EPR論文の結論の正当性を再確認する内容の論文を数編執筆している。Pauliが編集したことで知られるDialecticaの論文*18では、EPR論文で必ずしも明示的に述べられていなかった近接相互作用の原理を前面に打ち出している。すなわち、空間的に充分遠くに隔てられた2つの系は、互いに独立な状態になっており、遠隔相互作用を及ぼしあうことはないという原理である。この議論は、Bohr流の巨視的装置を使った反論を封じるためのものであると思われる。

 

§5.Furry, BohmおよびBellによる定式化

 

 EPRとBohrのやや哲学がかった議論は、その後多くの物理学者によって練り直され、見通しの良いものになっていった。掻い摘んで言えば、EPRの「こうした性質があるから量子力学は不完全だ」という主張は「こうした性質があるのが量子力学の特徴だ」という肯定的な解釈に反転され、測定対象と測定装置の分離不能性に依拠したBohrの反論は、反論としてではなく単一不可分性について言及した文献として読み直された。ここでは、こうした歴史的変化を跡づける3人の業績に絞って紹介する。

 

 EPR論文の物理学的な意味を初めて明確にしたのは、1936年のFurryの論文*19である。彼は、EPRが提起した問題を測定の理論と結びつけ、もつれあった(entangled)波動関数の変化を直接に観測することはできないことを指摘した。現実に得られるのは、同じようにして作った2粒子状態で繰り返し実験を行ったときに、それぞれの系で得られる測定値のペアの統計的分布だけである。こうして、EPRの議論をわかりにくくしていた実在の概念を捨象し、長距離相関に関する問題として定式化することに成功した。

 Furryが問題にしたのは、分離した2つの系の波動関数がもつれあった形で表されるとき、それぞれの系で測定を行ったときに特定の測定値のペアが得られる確率である。彼は、2粒子系の波動関数が

  Ψ(x1,x2) = Σcsφs(x2)vs(x1)(φとvは規格化されているとして実係数csを付けた)

と求められたとして*20、系Iで物理量Aについて測定して測定値ai (固有関数ui)を、系IIで物理量Mについて測定値mj (固有関数ψj)を得る確率を計算した。ここで、次の2つの場合を考える:

仮定A:分離後の系の状態は確率cs2 でφs(x2)vs(x1)に遷移している(混合状態に移行している)

仮定B:分離後の系の状態はもつれあったままになっている

簡単な計算によって、(ai , mj)という測定値のペアが得られる確率が求められる:

仮定Aの場合:Σcs2 |(φs , ψj)| 2 |(vs , ui)| 2

仮定Bの場合:|Σcss , ψj)(vs , ui)| 2

2つの結果の差異は、確率振幅の干渉項の有無である。

 仮定Aは、分離した系がそれぞれ確定した波動関数で表されているという点で、波動関数は実在的だと解釈する立場に近いが、標準的な量子力学とは一致しない*21。一方、仮定Bでは、波動関数のもつれがほどけるのは2つの系が分離された後になるため、分離系の自立性(the independent existence of two entities)が危うくなる。Furry自身は、仮定Bが示す奇妙さが古典力学と本質的に異なる量子力学の特徴であり、Bohrがしばしば言及する「主観と客観の区別」の問題と関係していると考えていた。ただし、論文の内容は必ずしもBohrの主張と合致するものではなく、むしろ、EPR相関を測定する方法論を提出した点において、BohmやBellの先駆をなす業績と見なすべきである。

 

 EPR相関を実際に測定する実験はなかなか考案されなかったが、1950年代になって漸くBohmが、spin singlet状態を作っていた2個の原子(ないし光子)が互いに遠ざかるというセットアップを使った方法を提案する*22。Bohmの提案に沿って具体的な実験が行われたのは、相関関係にある2光子の偏極ベクトルに関する測定である*23

(1)電子・陽電子の対消滅によって2個の光子を生成する。この光子の偏光は、次のような波動関数で表される:

  Ψ(1,2) = {ψx(1)ψy(2)-ψy(1)ψx(2)}/√ 2

ただし、ψx(1)は光子1がx方向に偏光していることを意味する(他の記号も同様)。ここで、(x , y)座標の選び方に任意性があることから、EPRの議論と同様の多重展開ができることになり、一方の光子の偏光をある方向で測定すると、他方の粒子の「その座標系での」偏光がわかるという相関が存在することになる。

(2)当時の技術では光子対の偏光を直接測定することが困難なので、それぞれの光子が電子で散乱される実験を行い、指定された方向に光子対が共に散乱される割合の比(詳細は省略するが、光子対の相関を表す)Rを測定する。

(3)実験的に得られたRの値(C.S.Wu, Phys.Rev.77(1950)136-)と(Klein-Nishinaの公式を利用した)理論的な計算結果を比較する。理論的な計算は、Furryの議論に倣って、分離後の光子対が混合状態に移行する場合と上のΨ(1,2)で表される場合について行った。結果は次の通りである。

仮定A (分離後の光子は共に逆向きの円偏光になっている) R = 1.00
仮定A (分離後の光子がランダムな方向の直線偏光になっている) R 〜 1.5
仮定A (上2つを混合したような楕円偏光になっている)  R < 1.5
仮定B (分離後ももつれあったΨ(1,2)の状態になっている) R = 2.00
実験結果 R = 2.04±0.08

(4)この結果は、量子力学的なEPR相関が現実に存在することを強く示唆する。

 Bohmは、EPRの「パラドクス」を解決する方法としてBohrの議論を紹介した上でやんわりと批判し、代わりに、量子力学的システム全体の理論的な観点からの分離不能性を主張する。Bohmの意図は、遠隔相互作用をもたらすquantum potentialを含んだ彼自身の理論を正当化することにあったようだが、この点については必ずしも説得力はない。

 

 Bohmの議論はEPR相関の存在を強く示唆するが、正統派量子力学の対抗理論として持ち出されているのが(上の仮定A〜Aという)限られたケースでしかないので、これだけでは、実験データに基づいてEPR相関がない理論を全て排除することはできない。この点を考慮して、FurryとBohmの論法をより強力にしたのが、「Bellの不等式」によるNG定理(no go theorem)である*24。Bellの論法は、隠れた変数による因果的な理論が満たすべき不等式を導き、実験でこの不等式が成り立っていないことが示されれば当該理論が排除されるというものである。Bellの不等式に関してはさまざまなヴァリエーションがあるが、ここでは、一般性を失わない範囲で可能な限り単純化して紹介したい。

 ある孤立系が持つ隠れた変数を一括してλと表記しよう。ここで、対象とする系に測定を行ったときにポジティブな結果を得るようなλの領域をAとする。一方、対象系と相関を持っている孤立系に対して測定B*を行ったときにポジティブな結果を得るのは、対象系の変数λが領域Bに属しているときだとする。ここで、2つの測定B*の相関関数Rを次のように定義する:

R(A,B) = {N(+,+)+ N(-,-)- N(-,+)- N(+,-)}/{N(+,+)+ N(-,-)+ N(-,+)+ N(+,-)}

  (N(+,+)は測定B*の結果が共にポジティブである回数、他も同様)

隠れた変数による理論では、この相関関数は領域A,Bの測度を使って求められる(系のダイナミクスは全て測度の定義に含まれる)。全測度が1に規格化された測度μ[A]を使えば、上の相関係数は、

R(A,B) = μ[A∩B] + μ[AB] - μ[A∩B] - μ[A∩B] (バーは補集合を表す)

Bellの不等式とは、対象系と相関系にそれぞれA'B*B'* という測定を行ったときの相関関数が満たすべき関係式である*25

|R(A,B) - R(A,B')| ≦ 1 - R(B,B')

      ≦ 2 + R(A',B)+R(A',B')

ここでは、厳密な証明の代わりにVenn図を使って直観的に示すにとどめる。

P12_fig4.gif

 Bellの不等式に関する「決定的な」実験は、Aspect et al.によって1982年に遂行された*26。この実験では、励起されたカルシウム原子のカスケード崩壊((J=0)→(J=1)→(J=0))の際に放出される波長422.7nmと551.3nmの光子の偏光の相関が調べられた。Bellの不等式が成り立っていれば負になるはずの相関関数Sを調べたところ、

S = 0.101±0.020

という値を得た。一方、量子力学による計算によると、

S = 0.112

となるはずであり、これより、EPR相関を示す量子力学の正当性が強く示唆された。同様の実験はすでに数多く行われており、いずれもBellの不等式が破れていて因果的な隠れた変数の理論が成り立たないことを示している*27

 こうした実験の中には、光ファイバーを使って光子を数kmの距離に分離するものや、同一のセットアップで半透明鏡を用いて非人為的な遅延選択を実現しているものもあり、Bohrが主張したように、測定対象と測定装置の制御不能な相互作用が見かけ上のEPR相関をもたらしていると解釈することは難しい。その一方で、こうした実験結果が、EPRが考えたように量子力学の不完全性を暴くものではなく、むしろ隠れた変数によって状態が確定しているとする理論を否定することになったのは、皮肉なことだと言わざるを得ない。


*1 A.Einstein und W.Mayer : "Einheitliche Theorie von Gravitation und Elektrizität" (S.B.Preuss.Akad.Wiss.(1931)541-); 『アインシュタイン選集2』(湯川秀樹監修、共立出版)p.287-

*2 A.Einstein und W.Mayer : "Einheitliche Theorie von Gravitation und Elektrizität" (S.B.Preuss.Akad.Wiss.(1932)130-);同上書p.311-

*3 A.Einstein : "Quantentheorie des einatomigen idealen Gases" (S.B.Preuss.Akad.Wiss.phys.-math.Klasse 13(1925)3-;『アインシュタイン選集1』(湯川秀樹監修、共立出版)p.136-

*4 A.Einstein, R.C.Tolman and B.Podolsky : "Knowledge of Past and Future in Quantum Mechanics" (Phys.Rev. 34(1931)780-)

*5 A.Einstein : "Quantenmechanik und Wirklishkeit" (Dialectica 2(1948)320-)

*6 A.Einstein, B.Podolsky and N.Rosen : "Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality Be Considered Complete?" (Phys.Rev. 47(1935)777-)

*7 Einsteinは、必ずしも論文の出来に満足していなかった。「これは何回も議論を重ねた上で、言語上の理由からポドルスキーによって執筆された。しかしそれは、私が望んだほどよくできていない。どちらかというと本質的な事柄が、博識の中に埋もれてしまった」(Schrödingerへの手紙;M.サックス『アインシュタインvsボーア』(丸善)p.294より)

*8 N.Bohr : "Discussion with Einstein on Epistemological Problems in Atomic Physics" ;山本義隆編訳『因果性と相補性』(岩波文庫)p.209-

*9 このアイデアは、1931年7月にEhrenfestの手紙によってBohrに伝えられた。M.ヤンマー著『量子力学の哲学 上』(紀伊國屋書店)p200-

*10 Rosenfeldによれば、彼が1933年にBrusselsで量子電磁気学の講義を行った際に、その場に出席していたEinsteinがEPR論文にあるのとほぼ同じ内容の思考実験について質問している。L.ローゼンフェルト「相補性概念の地固めと拡張」;S.ローゼンタール編『ニールス・ボーア』(岩波書店)所収

*11 2粒子の位置あるいは運動量表示を使うと、EPRの波動関数は次のように表される:

  Ψ(x1,x2)=δ(x1-x2+x0),
  Ψ(p1,p2)=δ(p1+p2)

δ関数をGaussian関数で置き換えて解析的な波動関数を作る試みもある。O.Cohen : "Nonlocality of the original Einstein-Podolsky-Rosen state" (Phys.Rev.A 56(1997)3484-)

*12 Schrödingerは波動関数を実在的なものと見なしていたので、相互作用していない別の系を観測するだけで系の波動関数が勝手に変化することはparadoxと感じられた。"It is rather discomforting that the theory should allow a system to be steered or piloted into one or the other type of state at the experimenter's mercy in spite of his having no access to it. This paper does not aim at a solution of the paradox ..." E.Schrödinger : "Discussion of Probability Relations between Separated Systems" (Cambridge Philosophical Society 31(1935)555-).この論文で著者は、EPRの議論を形式的に整備し、さらに時間発展について考察している。

*13 N.Bohr : "Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality be Considered Complete?" (Phys.Rev.48(1935)696-);『因果性と相補性』(前掲書)所収

*14 現代英語では、この単語は「個人的特徴」ないし「個性」を指すが、古い用法では「分割できないこと」を表しており、Bohrはその意味で使用した。山本義隆氏の訳語は「単一不可分性」。Bohrが想定している不可分な全体とは、量子論的なコヒーレンスが保たれる範囲だと推測される。

*15 隔壁が受け取る運動量キックを利用して粒子の運動量を決定するという方法は、第5回Solvay会議の際にEinsteinが提出した思考実験をそのまま拝借したものである。

*16 『因果性と相補性』(前掲書)p110

*17 EPRの波動関数を実験的に作る方法については、いくつかの提案がある。C.Cohen, ibid., K.Banaszek and K.Wódkiewicz : "Nonlocality of Einstein-Podolsky-Rosen state" (Phys.Rev.A 58(1998)4345-). EPRの2粒子関数そのものはまだ作られていないが、類似した波動関数は、すでに実験的に具現化されている。Z.Y.Ou, S.F.Pereira, H.J.Kimble, and K.C.Peng : "Realization of the Einstein-Podolsky-Rosen Paradox for Continuous Variables" (Phys.Rev.Lett. 68(1992)3663-)

*18 前出の"Quantenmechanik und Wirklichkeit"

*19 W.H.Furry : "Note on the Quantum-Mechanical Theory of Measurement" (Phys.Rev.49(1936)393-)

*20 EPR論文との対応を見やすくするため、Furryの原論文とは記号を変えてある。

*21 Furryは、仮定Aは不確定性関係と矛盾すると主張しているが、その根拠となる思考実験には、いくつかの一般的でない前提がある。

*22 D.Bohm : "Quantum Theory" (Prentice-Hall,1951)Chap.XXII.

*23 D.Bohm and Y.Aharonov : "Discussion of Experimental Proof for the Paradox of Einstein, Rosen, and Podolsky"(Phys.Rev108(1957)1070-)

*24 J.S.Bell : "On the Einstein Podolsky Rosen Paradox" (Physics 1(1964)195-) [reprinted in J.S.Bell : "Speakable and unspeakabel in quantum mechanics" (Cambridge, 1987)p.14-]

*25 Bellが最初に求めたのは第1の不等式だが、これにはR(B,B')という解釈に疑義が生じかねない量が含まれているため、対象系と相関系の測定を区別する新たな不等式が考案された。

*26 A.Aspect, J.Dalibard and G.Roger : "Experimental Test of Bell's Inequalities Using Time-Varying Analyzers" Phys.Rev.Lett. 49(1982)1804-

*27 Bellの不等式ないしEPRに関する実験はすでに相当な数に上るので、ここでは、ごく一部だけを紹介する。光子のスピン相関を利用したもの:Y.H.Shih and C.O.Alley, Phys.Rev.Lett.61(1988)2921-, Z.Y.Ou and L.Mandel, Phys.Rev.Lett. 61(1988)50-. 原子の準位の相関を利用したもの:E.Hagley et al., Phys.Rev.Lett. 79(1997)1-. エネルギー相関を調べるもの:C.H.Bennett, Phys.Rev.Let. 68(1992)3121-, J.G.Rarity and P.R.Tapster, Phys.Rev.A 45(1992)2052-, P.G.Kwiat et al., Phys.Rev.A47(1993)47-.



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