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§1.土地生産性の低下

 森林や湿地を耕地に転換すると、市場価値の高い産品を作り出すことができるため、資本生産性(単位面積あたりの儲け)は増大する。このため、産業化を進める国において、国土面積の中で森林や湿地の占める割合は、著しく減少するのが一般的である。こうした土地利用法の転換の結果、市場に流通する産物の量は増大し、貨幣経済を見る限り経済成長を成し遂げたと考えられる。しかし、環境資産という観点から、土地が生産する有機物の量を評価すると、森林や湿地に比べて耕地は生産量が低いことがわかる(下図)。工業化が進むと、さらに植生の乏しい工場・住宅用地への転用が進み、土地の有機物生産力は衰えていく。もちろん、人間が市場を介して利用できる有機物に限れば、耕地に転換した方が収量は増大する。だが、環境資産の減少は、しばしば思いも寄らない形で社会経済に跳ね返ってくるものであり、市場経済の拡大が必ずしも豊かさの増大につながらないことは、多くの歴史の教訓が物語っている。

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 現在、世界的に肥沃な土壌資源が急速に失われ、グローバルな観点から評価した土地生産性が低下するという事態が起きている。その最大の要因は、人為的な森林の破壊と気候変動による砂漠化の進行であるが、それ以外にも、市場における一時所得の増大のために、土地に比較的安価な石油・石炭由来の資材を過剰に投入して、結果的に土壌の荒廃を引き起こすというケースが目立っている。以下では、特に農業の近代化に関わる問題点を指摘する。


■産業主義社会における農業の近代化

 市場で利益を上げる産業として農業を見た場合、市場価格のあまり高くない作物をいろいろと栽培するよりも、世界的な市場を持つ作物(米、小麦、とうもろこし、大豆など)に作付けを集中した方が土地生産性は高くなる。農業の近代化とは、こうした市場作物に関して、耕地面積あたりの収穫高を、技術的な改良によって増大させることである。

 日本のケースで見ると、20世紀に入ってからの近代化によって、農機具や農薬などへの投資が増大したものの、1haあたりの米の収穫高が4倍に増え、労働量が5分の1に減ったため、市場価格で評価したときの土地生産性は劇的に改善された。

 歴史的に見ると、農業の近代化は、20世紀初頭と中盤に、2段階にわたって進められたと言える。

 もちろん、それ以前においても、さまざまな形で技術による生産性の向上が図られている。例えば、18世紀には、篤農家による品種改良や農機具の改善、排水システムの導入、輪作の採用などが進められた。また、19世紀には、工業の発展に伴い機械化が推進され、1830年代に脱穀機などが使われ始めたほか、馬を使った刈り取り機、収穫機、種まき機が登場する。19世紀後半には、無機肥料も開発される。しかし、こうした技術改良は、まだ漸進的な進歩の域にとどまっていた。

 20世紀に見られる近代化の第1段階は、農薬や化学肥料をふんだんに使い、トラクターによって機械化耕作を行うことによって、農業が産業の一部門として社会に組み込まれる過程として捉えられる。この過程で、近代農業の基本的なフォーマットはできあがったと言ってよい。

 第2段階は、1950年以降のいわゆる「緑の革命」である。これは、バイオテクノロジーによって生み出した高収量ハイブリッド(一代雑種)を、大量の農薬と化学肥料を用いて生育する耕作法である。この手法を導入することにより、多くの国で、土地生産性が2倍以上に向上した。先進国では、農業機関が種子・技術情報・貸付資金を農家に提供、農家は、収穫の大部分を市場に出荷し、ここで得られた余剰利益を設備投資に充当するというシステム化された産業としての農業ビジネスが確立する。


■近代化の問題点

 農業の近代化は、土地生産性を大幅に高めることに成功したと言われる。しかし、これは、あくまで市場経済の枠内で評価したときの生産性向上であり、農業ビジネスを物理システムとして見ると、自ずと異なった様相を呈することになる。

 近代化が必ずしも物理的な意味で生産性の向上になっていないことは、エネルギー生産性の変化を考えればわかる。エネルギー生産性とは、農作業の過程で人為的に投入されるエネルギーに対する農作物に含まれるエネルギー(カロリー)の比を意味する。農業とは、植物が光合成によって太陽エネルギーを取り込む作用を人間が利用するものなので、人為的なエネルギーをほとんど投入することなく、作物に貯えられているエネルギーを摂取できるはずである。ところが、近代化を通じて、収穫を得るために、以前より多くのエネルギーを投下しなければならなくないという事態が生じた。

 次の表は、作物を得るために人間が投入するエネルギーと、得られた作物に含まれるエネルギー(カロリー)を表している(異なる調査報告をまとめたため、数字は必ずしも信頼できないが、大まかな傾向を読みとることは可能である)。

【参考】エネルギー生産性(獲得エネルギー/投入エネルギーの比)
投入エネルギー 獲得エネルギー 収穫物 生産性
採取生活(/日) 1,400kcal/人 15,000kcal/人 ナッツ1.75kg 10.7
人力のみの農耕 60,000kcal/人 700,000kcal/人 トウモロコシ200kg/1 11.7
機械による農耕 700,000kcal/人 2,500,000kcal/人 トウモロコシ700kg/1 3.6
日本の米作 38,000Tcal/年 42,000Tcal/年 米1200万トン 1.1

 作物の栄養学的な“価値”を含まれるカロリーのみによって測ることは意味がないかもしれないが、少なくとも、近代化の過程でエネルギー生産性は悪化しているという傾向を読みとることは、可能だろう。

 エネルギー生産性の低さという点では、ハウス野菜が群を抜いている。この場合、暖房のために大量のエネルギーを投入するため、エネルギー生産性は 0.2〜0.7 程度となり、大量のエネルギーを消費して製品を得るという近代工業と同様のプロセスになる。

 近代化に伴ってエネルギー生産性が低下した原因は、主たるエネルギー源である化石燃料の市場価格が、きわめて安価なことにある。ビジネスとして考えた場合、安価なエネルギーを大量に使って土地生産性を高めた方が資本の回転効率は良くなるので、自由主義経済の必然として、エネルギーを大量に消費する農法へとシフトしていったのである。


■大規模耕作による土壌劣化

 近代化された農業では、機械化耕作・化学肥料や農薬の投入・灌漑施設による給水・高収量品種の単作などによって、通常の土壌生態系とは異なるきわめて人工的な土壌環境が形成される。土壌表面に浸食を防ぐ植生があり、適度な水循環が保たれ、微生物活動により有機物が含有されている場合、作物の収穫高は低くても、土壌は安定した状態を保つことができる。しかし、人工的な環境で大規模耕作を続けていくと、土壌が著しく劣化して、耕作が不可能になるケースも出てくる。

 20世紀になってアメリカやソ連の大規模農家で大きな問題となったのは、風で表土が吹き飛ばされる風食や耕地が溝状にえぐられるガリエロージョン(浸食溝)による被害である。土地が養える以上の作付けを行うと、作物が水を吸収しすぎて地下水が失われ、表土が乾燥してくる。機械化耕作や化学肥料の多用が、さらに土壌の有機物を失わせ、粘性の乏しいパサパサした土を作り出す。表面に「雑草」が生い茂っている場合は、これが浸食をくい止める役割を果たしている。しかし、単作を進めている大規模農家の場合は、作物の収穫後には植生の覆いがなくなるため、表面近くの土壌が、強い風によって吹き飛ばされたり、流れ込んだ雨水で流出したりする。耕作地の土壌において、有機物含有量が高い「肥沃な」部分は厚さ数cm〜数十cmの表層部分であり、この部分が浸食されると、土地全体が耕作に適さなくなる危険性がある。カザフスタンでは、1980〜98年の間に風食被害で穀物用耕地の半分近くを失った。中央アジア・北アフリカ・中南米でも、土壌劣化によって肥沃な耕地が失われつつある。


■水資源の制約

 数千年前から中東で始められた灌漑施設による農地への水の供給は、文明が発展するための礎である。現在、中国では穀物生産量の80%、インドでは50%が灌漑用地で栽培されている。いわゆる水争いは紀元前から繰り返されてきたが、20世紀後半になると、水資源そのものの不足が深刻化し、産業基盤を直撃しかねない情勢である。水資源が不足した原因は、農業が大規模化して大量の水を必要とするようになったことに加えて、工業用の取水が急増したためである。市場価格で評価すると、使用された水量あたりの儲けは工業が農業の数十倍になることが、この傾向に拍車を掛けている。世界全体で見ると、河川からの引水や地下からの汲み上げ水の70%が灌漑用、20%が工業用、10%が都市用に用いられている。

 報告されている水資源の不足には、次のようなものがある。

 一方、灌漑施設によって過剰な水供給を行った場合も、塩類集積による土壌の劣化を招く。「塩類集積」とは、土壌の限界を超えた灌漑を行っている地域で、乾燥期に塩分を含む水が毛管作用によって吸い上げられ、表面で水分だけ蒸発してナトリウム塩などの塩類が残る現象である。塩類集積が進むと植物の生育が困難になり、その地域一帯が砂漠化する危険を孕む。また、地下水が畑に吸い寄せられるウォーターロギング現象によって畑が水没するケースもある。こうした問題は、インドなど「緑の革命」を短兵急に進めた国で、深刻になっている。


【参考】水資源確保のための技術

 水不足が深刻化しつつある地域では、次のような技術を導入して水資源の確保を画策している。

■化学肥料の多用による化学汚染

 大量の化学製品を土地に投入して生産性を高めるという手法は、近代農業の要である。しかし、このやり方が、さまざまな化学汚染を引き起こしていることは、周知の事実である。化学汚染の最大の要因である殺虫剤・除草剤などの農薬については別項に譲ることにして、ここでは、化学肥料について見ていきたい。

 無機化学肥料というアイデアは、1847年、リービッヒ(ドイツ)がミネラルを補うと土地の生産性が高くなると発見したことに遡る。堆肥などの有機物だけを与えたときよりも、アンモニアか過リン酸石灰を使った方が、小麦やカブの収量が多くなるという事実は、当時の技術で生産可能な無機化合物を肥料として利用する道を拓くものであった。

 このアイデアに基づいて、19世紀後半には、無機肥料の使用により食物増産が図られるようになり、20世紀にはいると、合成化学肥料の大規模な工業生産が行われるようになる。さらに、1911年、ハーバーとボッシュ(ドイツ)が火薬や肥料の製造に応用できる窒素固定法を開発ことから化学肥料の生産が拡大され、1950年以降は、高収量ハイブリッドを大量の化学肥料で生育することにより、土地生産性を急激に高めることに成功した。

 世界の総化学肥料使用量は、1950年の1400万トンから1989年には1億4600万トンに急増した。これが奏功して、1ha当たりの穀物生産量も、1950年の1.06トンから1990年の2.54トンに、年2.3%の割合で上昇している。

 しかし、化学肥料の大量使用は、万事において好結果を生み出したわけではない。1990年以降は、化学肥料を大量に投入する効果が薄れ、90〜96年の穀物生産量の伸びは年0.5%にとどまっている。

 現在、EU諸国や日本など先進工業国においては、化学肥料の過剰使用が問題となっている。化学肥料は単価が安いため、増収を図る目的で安易に大量使用されがちである。化学肥料の投入量と収量の関係は「収量逓減の法則」に従って変化するため、既に飽和状態に近い地点にまで達していて、肥料を増やす効果が頭打ちになっているにもかかわらず、少しでも収量を増やそうとすると、きわめて多量の肥料を追加しなければならない(下図)。このため、肥料の投入を農民の自主的な判断に委ねている場合、競争原理に従って過剰な肥料投入が行われる結果になりやすい。

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 肥料を過剰に使用すると、余剰分が地下水の汚染などを引き起こす。このことは、次の簡単な数式によって表される。

 化学肥料に関して、
  (余剰量A)=(投入量)−(作物吸収量)
と置く。ここで、3つのケースが考えられる。

  1. A<0ならば、土地は次第に地力を失い耕作不可能になる(一部の発展途上国)。
  2. A>(自然分解可能な上限U)ならば、余剰の施肥成分が環境を汚染し、地下水の硝酸塩汚染などをひき起こす。
  3. 0≦A<Uならば、農業を持続することが可能となる。

 化学肥料と有機物窒素の合計適正上限は、1ha当たり窒素換算で200kgとされる。窒素量は、世界平均で1ha当たり42kgで、地力は低下傾向にある。しかし、200kgを越える日本(237kg)やEU諸国では、化学肥料に起因する汚染が生じている。




©Nobuo YOSHIDA