臨時教育審議会とは・・・しかしながら,近年における社会の急激な変化は教育の在り方にも大きな影響を与え,学歴偏重の社会的風潮や受験競争の過熱化,青少年の問題行動,あるいは学校教育の画一性,硬直性など様々な問題が指摘されるに至っています。また,産業・就業構造の変化,情報化社会の進展,各分野における国際化のすう勢など,社会の変化や文化の発展に対応する教育の実現が強く求められています。
このような認識の下に,政府全体として長期的展望に立って教育改革に取り組むため,昭和59年8月に総理大臣の諮問機関として「臨時教育審議会」が発足しました。
臨時教育審議会は,昭和62年8月までの3年間にわたり,幅広い観点から精力的な審議を重ね,四次にわたる答申を総理大臣に提出しました。
臨時教育審議会は,(1)21世紀に向けての教育の基本的な在り方,(2)生涯学習の組織化・体系化と学歴社会の弊害の是正,(3)高等教育の高度化・個性化,(4)初等中等教育の充実・多様化,(5)教員の資質向上,(6)国際化への対応,(7)情報化への対応,(8)教育行財政の見直し,以上8つの主要課題を掲げて調査審議を行いました。そして,その最終答申において今次教育改革の基本的な考え方として,「個性重視」,「生涯学習体系への移行」,「国際化・情報化など変化への対応」の3つの原則を示しています。
歴 史
1984年、中曽根康弘首相(当時)は6.3.3.4制の見直しを中心とする教育改革のために、首相直属の諮問機関として臨時教育審議会(臨教審)を設置した。臨教審は意識的に教育関係者を排除したはじめての審議会でもあった。臨教審は学制に関して、公立の中高一貫の6年制中学の設置、私立小中学校の設置の自由などを答申したが、当初の懸案である学制の見直しはできないままに87年に終了した。しかし、臨教審はアンチ学校、とくにアンチ公立学校の姿勢を貫いた。
この臨教審以降、教育政策が大きく変わりはじめた。まず、教育政策の基調が従来の保守主義から新保守主義に変わったことである。
では、その新保守主義とはなにか。村上泰亮によれば「新保守主義は、ナショナリズム、経済自由主義、技術オプティミズムの三者を武器とする現状変革の試みとして要約できる」という。
ひとつは臨教審における教育の自由化路線である。自由化論が登場した理由として、社会経済的移動の増大と高学歴化、生涯学習の要請、さらには国家財政の逼迫による教育費個人負担の増大等を背景に、教育を個人投資とみる風潮が強まったことが指摘されている。しかし、この教育の自由化も臨教審では「個性主義」に変わり、答申では「個性重視の原則」とされた。
また、一方、伝統的保守の永年の主張であり、文教政策の懸案であった「道徳教育の強化」や「教員の資質向上」も臨教審にしっかり盛り込まれた。
[参考文献]
市川昭午:『臨教審以降の教育政策』(教育開発研究所,1995)
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