pneumothorax



■1度目(2000年8月 N外科入院10日ほど・左肺)

 
●そのとき私に何が起こったか ●1回目の治療

真夏の朝、起きて階段を下りて椅子に座ったと同時に
左胸(心臓のあたり)に鈍い痛みが走りました。
実はこの痛みは私が小学生くらいの頃から何度か
あったことだったので「またきた」という感じで耐えて
いたのだが、このときばかりは痛みが治まらず、
しばらくすると左側の背中全体が筋肉痛のような
痛みがでてきてすごく息苦しくなってきました。
今思うと今まで何度も「気胸(ブラの破裂)」が
起こっていたのでしょう。
今までのは自然治癒しながらここまでやってきた
のだと思います。ただ今回のは明らかにおかしい。
食事だけ済ませ、少し休んでから会社に行こうと
していましたが、横になってあおむけになると
苦しくて息ができず左を下にしても痛くて寝て
いられない。右側を下にして休む。ほんとにやばい
なあと思って自力で自転車をこぎ近くのN外科へ行く。
よう自転車こいで行ったと思う。その時は
たいしたことない、て思ってたんだわな。
ほんと、自分で自分を誉めてあげたい。
病院で院長のN先生に診てもらったところ
N先生「左肺の音が聞こえない」
私「??」
N先生「気胸だな」
私「?(ERで聞いたことある単語だな・・・)」
そのあとレントゲンを撮ったら
N先生「肺がぺっしゃんこだ。即入院。」
私「?!え?い、今ですか?」
N先生「そうだよ。ほっといたら大変だよ。」
そのまま病室へ直行。
寝巻きに着替える気力もなくベットで横になっていると
婦長が「早く着替えなさい!」と。
こっちは弱ってんのに怒んないでよぅ。
なんて考えながら1時間ほど苦しみに耐えていると
若先生がきて「血ガス」を採るとのことで足の付け根
の動脈から血をとりやがる。いてえいてえ。
やめてくれ。しかもそんなとこから。
しばらくするとN先生が看護婦をぞろぞろ連れて私
のベットのとこへやってきた。
いろんな器具をもってきて何かするらしい。
こわいこわい。
大部屋なのでカーテンをしめられ、処置の説明をされる。
「??!!ここで?やるの??」
おそろしい。局所麻酔(キシロカインを注射)され、
鎖骨の5〜10センチ下あたりに管をおもいきりぶっさされ
気絶しそうになる。N先生の全体重をかけ私の肺まで
その管をぐっさりといれやがる。痛みがあったのかは
よくわからない。入った後すんごく息苦しくてげほげほ
して涙が出た。きつい。全身にいやな汗がでた。
こぽこぽいう肺を膨らます(陰圧をかける)装置に
つながれた。あんまり覚えてないけど5〜7日ほど
かな。なかなか肺が膨らんでくれなくてね。
つながれてるときはトイレに行くのがめんどいのだ。
看護婦さんをいちいちよんで管をその装置からはずして
もらってトイレへ。んで終わったらまたつないでもらう。
食事はふつうにできるからその点はよかったけどね。
まー、N先生にも他の先生にも看護婦さんにも
言われたこと。
「女の子でその体型でなる人ははじめてだなあ。
あんまりいないよ〜。」
わしかてなりなくてなったわけじゃないんじゃ。知るか。
風呂に入れないのはきつかったかな。

▼ドレーン(ドレナージ・脱気)

破れた穴から漏れた空気を抜いて肺を膨らませます。
鎖骨から7,8cm下(私はこれ)、
または脇の下にだいたい1cm程の切開をし、胸腔に
ドレーンと言う管を挿入します。
そして、吸引機で空気を吸い出し肺が膨らむのを
待ちます。(約1週間入院します)
ドレーン治療のみで完治した場合、気胸再発率は
50%以上(その50%にビンゴ!)と言われています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


 
●追記
この病院はアットホームな感じなのでパソコンを持ってきてもらって
メールを打ったりしてた。食べ物も何でもOKだし、携帯もOK(それはどうだろ?)。
看護婦さんも近所のおばちゃん的でとてもよい。
ここの院長N先生はS医科大の外科部長の椅子をけってまでここで
開業したつわもの。もちすごく腕はよいのだ。切るの大好きな外科医です。

 
 
 
■2度目(2000年9月 N外科入院10日ほど・左肺)

 
●そのとき私に何が起こったか ●2回目の治療

1度目の退院のとき、自力で自転車こいで真夏の
日差しが照るなか帰っていった。
それが悪かったのか。。。
すぐに社会復帰したのが悪かったのか。。。
ちょうど1ヵ月後、正直なった瞬間は分からなかった。
気が付いたら背中が痛い。
心臓のあたりにブラジャーが当たるのがつらい。
いやな息苦しさがある。
N外科へ行くと「すこし縮んでるね」とのこと。即入院。
もうなれたもんです。でも。またあのドレーンを
入れるのかと思うと恐怖で固まる。しかし。
今回は胸腔穿刺にて。でも。処置したのが若先生で
なんどもぶっさされる。やめてくれ。
「あれ?空気の音しないなあ・・・?」
「もういっかい」「う〜ん」「こんなもんかな?」「音した?」
などといいやがる。馬鹿やろう!N先生呼んで!!
で。処置はこれで終り。その後はお気楽入院生活でした。
同室にうるさいばあちゃんがきてそれで苦しんだけど。

▼胸腔穿刺と安静療法

胸腔穿刺とは胸腔内に針を穿刺し、空気を虚脱すること
により肺の膨張(肺胞の拡張)をはかること。
穿刺部は虚脱中の方が自然閉鎖しやすいため、
気胸発生後2〜3日経てから(私の場合はまさしく
そうでしょう)行うこともある。
その後は安静療法で、穿孔部が癒着し、自然に
空気が吸収されるのを待つ。
虚脱していた肺が充分拡張するまで臥床安静が
必要で時間がかかるのが難点。
状態により、1週間〜1ヶ月かかる。
 
 
 
 

 


 
●追記
このあとS医大へ紹介状を書いてもらう。
オペをしたほうがいいという話になってN外科では開胸手術しかできないそうで
私は胸腔鏡下手術を希望したのでS医大へ行こうと言うことになりました。
ただ、S医大へ行きましたがそのときは一応治っていたのでオペはしないという
方針で1年過ぎていったのでした。
その間、たまに痛みがあったり、肺がこぽこぽいう感じが何度もあったんだが・・・。

 
 
■3度目(2001年8月 S医大入院8日ほど・左肺)

 
●そのとき私に何が起こったか ●3回目の治療

1度目の気胸から一年。真夏のある日です。
前日の夜からどうも息苦しさと胸の痛みがあった。
朝電車に乗っていったはいいが池袋駅について乗り換え
ようとしてから歩くのもつらくてそのまま引き返す。
そして家へ帰ってから休んでも治らない。「またか」
ということでS医大へ電話後、S医大へ行く。
レントゲンを撮ってからやはり気胸になっているとのこと。
2日後に入院ということになって。担当はK教授
だったのだが、オペ自体はN先生がやったようだ。
オペ前はレントゲン撮ったり、蓄尿したり、浣腸したり、
いやな血ガスとり、CTとったり、麻酔医の問診があったり。
浣腸はつらいな。がまんできないよあれ。
しかもT字体(おむつみたいなもの)を自分で用意
するなんて。情けないやら。
CTは気胸患者にはつらいよ。「息止めて〜」、
あれ、つらいんだけど。
直前には筋肉注射。あれが一番怖かった。
二度として欲しくない。いたいし。うう。
オペ室に行くまでが面白かった。ベルトコンベアで
運ばれる感じ。
麻酔の感覚はおかしい。入る前はスーって意識がなくなる。
目覚めはこれが現実なのか夢なのかわからない感覚。
挿管されていたと思われ、ほほにテープを張られた
とこがかぶれる。
また、管を抜いたときに一瞬意識がもどり、苦しい!
という記憶があった。そのときは現実か夢かわから
なかったけど後でそれだったんだな、と思う。
オペ後はICUに入れられて一晩過ごす。
ピッピッピという電子音がうるさくてあまり眠れない。
身動きできない。酸素マスクさせられ、点滴させられ
片手の指先に酸素を測定する洗濯ばさみみたいな
ものをはさんでいる。
つーことであまり身動き取れない。腰が痛くなる。
T字体もおかしいし。しかも尿道に管はいってるし。
点滴は機械につながれてて入れなおすときに
痛みが走った。あれなんだったんだ。いまでも
なんかへんなんだけど。
痰を出さなくてはいけないんだけど実は私出せ
ないヒト。結局最後まで出せなかった。
病室に戻ってからはTVとゲームボーイ三昧。
食べ物も普通だからそれは楽。
オペ後、しばらくは歩くのもつらいくらい苦しかった。
実際肺活量はかなり減ったと思う。今も思いっきり
走るのはできない気がする。
ある程度復活してからはでかい病院なので病院内
をふらふらして楽しむ。
救急病院なので真夜中によく救急車がきてた。

▼内視鏡(胸腔鏡)手術

ドレーン治療で肺が膨らまない時や再発が
度重なる場合は外科的な処置(内視鏡手術)をします。
胸に約1,2cm程の穴を3個開け、ブラを切除し
患部をチタンのホッチキスのようなものでとめます。
開胸手術よりも痛みが少なく、退院までの日数も
少ない(4,5日〜2週間)です。
ブラを切除するので再発率は5〜10%と言われて
います。
ほんとに?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


 
●追記
私の体には4つのケロイド状の傷がついている。1回目の気胸の時の鎖骨から
7,8センチしたのとこ、あとの3つは今回のオペのもの。わきの下に三箇所。
傷だらけよ。お嫁にいけない。
再発はしないのだろうか?というかもうしてほしくない。

 

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