久保陽子 ヴァイオリン 公式サイト : critique
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CD評[レコード芸術]2005年2月号 J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全曲 濱田 滋郎
推薦 周知の通り、久保陽子は日本のヴァイオリン演奏界をリードしたヴェテラン奏者である。チャイコフスキー国際コンクールに第3位入賞して好楽家を喜ばせたのが1962年であるから、演奏家生活はゆうに40年を超えている。
その人が、まさしく満を持して実現したバッハ《無伴奏ソナタ&パルティータ》全曲の演奏は、一言で評するなら、ひとつの瑕瑾もないまでに磨き抜かれたものである。いずれかといえば求心的な趣を保つ美しい音をもって、ソナタあるいはパルティータのすべてを、ヴァイオリニストは緻密に、克明に表現してゆく。
もうすっかり肌身に染みついた楽曲であろうに、奏楽には自分勝手なところがひとつも見られない。それでいて窮屈さは影だになく、流れ出る音符はつねに自在さ、伸びやかさを伴っている。
このことは、ソナタ3篇がそれぞれ持っているフーガ楽章を聴けば、ただちにわかろう。緩徐楽章の飾り気のない歌は聴きての心に深く分けいる力を秘めているし、急速楽章も、急ぎ過ぎることのないテンポのうちで精神の躍動を伝え得ている。〈シャコンヌ〉の所要時間14分02秒が象徴するように、テンポ設定もほぼ全体にわたって中庸を守っており、いわば揺るぎのない安定感のなかで、歌うべきは歌いきり、語るべきは語りきったこのバッハは、秀抜な演奏芸術家によるライフワーク達成のひとつの姿として、長く記念されるものになるであろう。
その頂点にはやはり、とりわけ手塩にかけてきたものであろう、凛とした美しさのみなぎる〈シャコンヌ〉がある。バッハを自分の手の内に取り込むのではなく、バッハの膝元に仕えながら、嬉々として掛替えのない自分自身を顕わしている人の貴重な姿にほかならない。 付記すれば、当2枚組セットのブックレット内に寄せられている丸山桂介氏の十分に長い解題かつエッセーの一文も、熟読に値するものであり、この場にふさわしい。
CD評[レコード芸術]2005年2月号 J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全曲 那須田 務
推薦 先頃、『レジェンド』と題されたヴァイオリン名曲集でヴェテランならではの豊かな音楽性を響かせてくれた久保陽子がバッハに取り組んだ。
ソナタ第1番のアダージョ、冒頭の旋律を明るくて豊かな音色で弓を大きく使って弾き出す。テンションは高すぎず、低すぎず。そして同時に、思いの籠もった弾き出し。グヮルネリ・デル・ジェスの音色はやはり格別だ。楽器が煌々と鳴り響いている。続くフーガは堂々とした押し出し。ヴァイオリンは高らかに歌い、多声的な旋律の綾ももれなく描かれる。
シチリアーノは転じてリズムは軽やかだが、その音のうちに緊張感を残してしみじみとした対話を重ねる。ジーグはパッセージが疾駆する。ソナタ第2番のグラーヴェも第1番のアダージョ同様、気負わず、フレージングも確かに、心のままに奏でてゆく。
その後の長大なフーガにはほどよい拍節感がある。アンダンテの重音で奏でる、通奏低音風の伴奏の足取りも安定しているし、フィナーレのエコー効果も見事だ。《パルティータ》第1番のアルマンドは付点音符がゆるやかに弾み、続くドゥープルでは一弓一弓がていねいに弾きこまれて、擬似的に生じる多声の旋律にも音色の変化がつけられている。
圧巻はクーラントのドゥープル。息もつかせない俊足で駆け抜ける。《パルティータ》第2番は各楽章の調和の取れたテンポ設定といい、適切かつ大きく捕らえられた性格づけといい、見事である。とくに強いエネルギーと高揚感に満ちたジーグが出色。〈シャコンヌ〉も力強い弓の運び、持続するテンション、同時にデリケートなデューナーミクづけとニュアンスが施されたスケールの大きな演奏。
ダイナミックなうねりのなかで、多声音楽のいくつもの線が絡み合いながらひとつの大きな流れとなっていくさまは圧巻だ。基本的にモダン仕様の楽器とモダン弓の特長を生かした伝統的な演奏様式によるバッハながらも、さまざまな点で完成度の高い秀演といえる。