【34】イオン交換樹脂の誕生

現在、イオン交換樹脂は重要な化学製品の一つとして普及していますが、戦後は「魔法の球」としてもてはやされ、水処理技術に革新的な影響をもたらしました。
1.自然界におけるイオン交換現象
人間は、昔から水に溶ける物質が雨などによって洗い流されず、土壌中に保持されて残ることを農業などで経験的に知っており、その現象を利用してきました。例えば、田畑に肥料を施すという行為です。
カルシウムやナトリウムなどの塩基を含む土壌に雨が降っても、雨水はこれらの塩基を洗い流すことが出来ません。カルシウムイオンやナトリウムイオンは土壌にしっかりと結合したままです。しかし、化学肥料である硫安(硫酸アンモ ニウム)の液をこの土壌に撒く と、土壌中にアンモニウムイオンが残りカルシウムイオンやナトリウムイオンはなくなります。これは土壌に硫安中のアンモニウムイオンが吸着され、アンモニウムイオンと同符号のそれまで土壌中にあったカルシウムイオンやナトリウムイオンが遊離して出てく るためです。さらに雨が降るとカルシウムイオンやナトリウムイオンは洗い流されるか地下に浸透していきます。しかし、 アンモニウムイオンは土壌中にそのまま保持されて残ります。
 もし、土壌中のアンモニウムイオンをまたカルシウムイオンやナトリウムイオンに置き換えたいときには、条件(イオンの選択性や濃度など)にもよりますが置換させることが出来ます(これについてはまた別の機会に触れることにします)。土壌中にCaやNaなどアルカリ金属のイオンが吸着保持されるのはイオン交換現象によるものなのです。
 このように土壌を介して同符号のイオンが交換されたり、交換吸着されたイオンが保持される現象を土壌のイオン交換現象と言います。 もちろんイオン交換には陰イオン交換もあります。
イオン交換現象は自然界において太古から今日まで継続して行われていますが、人類は昔からその原理を知らずに自然界におけるイオン交換現象を利用し、その恩恵に浴してきました。施肥という形で農耕に利用してき たのもそのひとつです。
図1
は土壌中のカルシウムイオンやナトリウムイオンがアンモニウムイオンに置換されるときの関係を説明しています。
 

図1 土壌のイオン交換

2.イオン交換樹脂の誕生まで
この現象を初めて学問的に取り上げ、 土壌にイオン交換現象があることを発表したのはH.S.Thompson(1850年、英国)とJ.T.Way(1854年、英国)でした。
しかし、当時の化学界はこの研究成果を受け入れず、イオン交換現象の研究はその後20世紀初頭まで、主として地質・鉱物などの研究者達によって続け られました。
この間、1875年には天然の鉱物である”海緑石”が陽イオン交換性を持つことが見出され 、また、種々の鉱物、岩石などにイオン交換性があることが分かってきました。
海緑石(Glauconite):緑色または灰緑色の天然産単斜晶系鉱物で、カリや鉄などを含む含水珪酸塩です。数百年前からカリ肥料や土壌改良剤に使用されてきましたが、1900年代初期の頃はそのイオン交換性を利用し水の軟化にも用いられま した。一般にグリーンサンド(Greensand) と称せられているのは、Glauconiteを含む砂岩のことで海緑石と同義語に用いられることもあります。 我が国では秋田県、石川県、熊本県などで海緑石やグリーンサンドを産出します。

20世紀にはいると、 1905年にGans(ドイツ)が無機ゼオライト「パムーチット(Permurtite)」を合成し、水の軟化に応用しました。 パムーチットは合成アルミノ珪酸ナトリウムで陽イオン交換性をもっています。パムーチットは海緑石と比較すれば交換容量も比較的大きく、品質も安定して取り扱いが容易でしたので、 海緑石に代わり水の軟化に用いられるようになりました。そして、その後無機イオン交換体の研究が盛んに行われるように ました。

1935年になるとB.A.AdamsおよびE.L.Holmes(共に英国)は、フェノール系合成樹脂の陽イオン交換能および陰イオン交換能についての研究を発表しました。イオン交換樹脂 が産声を上げたわけです。
その優れた能力に着目した各国の研究者達は、一斉にイオン交換樹脂の合成、性能向上、応用の研究を始めました。また、これまでイオン交換の応用は主として水の軟化でしたが、陰イオン交換樹脂の出現により水の脱塩が可能になりました。ここで初めてイオン交換の研究は化学の領域に取り入れられ、しかもそのなかで主要な地位を占めるに至りました。

その後の経過を年を追ってたどってみますと、
*.1936年に石炭を硫酸で処理したスルフォン化石炭イオン交換体が出現しました。 これは合成ゼオライトよりは性能がよかったのですが、イオン交換樹脂に比較すればまだまだ交換能力、品質の安定性などに大きな差がありました。
*.1939年第二次世界大戦開始前、ドイツのI.G社が世界で初めてフェノール系イオン交換樹脂“Wofatit”を工業的に製造することに成功、販売を開始しました。
*.1940年アメリカのレジナス・プロダクツ&ケミカル社(現在のRohm&Haas社)は、AdamsとHolmsの特許によりイオン交換樹脂「Amberlite」の工業生産と市販を開始しました。
*.1944年には現在のイオン交換樹脂の基本となる、DVB(divinyl benzene)とStyreneの共重合体を母体とするスチレン系イオン交換樹脂、およびDVBとアクリル酸などの共重合体を母体とするアクリル系樹脂の合成法がアメリカで特許となりました。
その後、研究開発が継続して盛んに行われ、各種の優れたイオン交換樹脂が製造され今日に至っています。

3.日本でのイオン交換樹脂および装置の研究
日本でのイオン交換樹脂の研究は1938年頃から三菱化成工業で、また、1941年頃から京都大学などで始まりました。
戦時中は陸海軍 でも盛んにイオン交換樹脂の研究が行われました。
1944年山田化学研究所は、京大とともに我が国で初めてのイオン交換樹脂「オルガチット」を工業的に製造しました。三菱化成は戦争末期頃イオン交換樹脂「ダイヤイオン」を試作し軍に提供しました。
1945年に丸山正武氏はダイヤイオンによる水処理装置の開発、研究を開始し、1946年我が国初のダイヤイオンによる脱塩製造装置を完成 しました。同年丸山氏は鞄本オルガノ商会 (現オルガノ株式会社)を設立しました。
1946年三菱化成はフェノール系イオン交換樹脂ダイヤイオンの工業生産を開始しました。
1951年日本オルガノ商会は
世界最大級の600t/Dのモノベット型純水装置を完成させ、1952年にはアメリカのRohm&Haas社のイオン交換樹脂(Amberlite)の日本総代理店となりました。また、同年イオン交換樹脂による『ぶどう糖精製装置』第一号を完成 しています。
その後、イオン交換樹脂およびその装置は我が国産業・経済の高度成長とともに 一大発展を遂げ今日に至っています。(04.7.1)