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「神田上水」 : 徳川家康が江戸城に入ってからつくられた「神田上水」が日本最初の水道事業とされますが、この神田上水がいわゆる「江戸水道」の始まりで1590年に着工されました。
水源は「井の頭池」で現在の井の頭恩賜公園(東京都三鷹市と武蔵野市にまたがる)内にあり、木管で67qにもわたる水道だったそうです。次の「玉川上水」と合せ1899年(明治32年)まで給水していました。
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「玉川上水」 : 1600年代に入り、幕府は江戸の人口増による水不足から、神田上水に続いて「玉川上水」をつくりました。神田上水と玉川上水が世に言う江戸の二大上水です。
三代将軍家光の時代に、幕府は玉川庄右衛門と清右衛門兄弟に命じて、彼らの提案になる上水の建設に踏み切り、1653年4月に着工しました。
多摩川から江戸に水を引くもので、川沿いの羽村から四谷大木戸まで総延長は43qに及ぶ開渠をわずか8ヶ月で完成させました。水道の完成は1654年6月となります。写真は、中央線三鷹駅〜吉祥寺駅間付近の玉川上水です。
18世紀初頭、人口約100万人の江戸は当時世界最大規模の都市でした。ロンドンやパリが50万人前後であったと言いますから、神田上水、玉川上水、青山上水、三田上水、亀有上水、千川上水の六上水による「江戸水道」は規模だけについて言えば世界一であったと思われます。ただし、江戸時代の水道が重力のみを利用した導、配水路であったのに比べ、ヨーロッパではすでにポンプによる圧力導、配水路が建設され、水道技術は我が国より大きく進歩していました。
また、フランスを中心とするヨーロッパ諸国では、水道だけではなく下水道も建設されていました。18世紀後半には、素晴らしい下水道網がパリの地下に張り巡らされていたことが、小説「レミゼラブル」にも記されています。(1998.6.12)