水道の歴史は非常に古く、現在判明している世界最古の水道(と言える組織的なもの)は、古代ローマのアッピア(またはアピア、APIA)水道で、紀元前300〜400年前に建設されたと言われています。ローマ帝国時代には特に多くつくられたらしく、かの有名なベスビオ火山の爆発(紀元79年)によって埋没したポンペイや、アフリカ北岸の古代都市にも立派な水道がありました。壮大な水道橋などの遺跡も残されています。
また、南アメリカのペルーを中心とした中世期のインカ帝国にも水道があり、謎の空中都市(山頂都市)として知られるアンデス山中のマチュピチュにも、水道が発見されています。
しかし、古代から中世までの水道は、高低差による導水、配水が主で、単に飲料に適した水を引くという水道にすぎませんでした。
ポンペイは紀元前八世紀頃に建設されたローマと同じぐらい古い都市で、商業、農業その他の産業で栄えてきました。しかし、紀元62年に襲ったベスビオ火山噴火の予兆ともいえる大地震のため町は壊滅しました。 その後、市民の努力により、町は前にもまして繁栄しますが、なんとその17年後、大惨事が町を襲います。歴史に残るベスビオ火山の大噴火です。
この大爆発によりポンペイは火山灰の下に埋もれてしまい、人々からも忘れ去られます。1600年の歳月が流れ遺物が発見されますが、発掘が始まったのは19世紀になってからです。一瞬にして火山灰に覆われたため、実にリアルな状態で遺跡が発掘されました。
通りの側道に散見される水道井は、その底が地下の水道配水路につながっています。2000年近くも前にこれだけの水道があったのは驚きです。当時、ここは主婦たちの井戸端会議の場であったかもしれません。
ポンペイの主な通りの一つメルクリオ通りです。中央の石造りの街路は、出水時に水が凹部を流れますが、そのとき反対側に渡る踏み石があるのが面白いですね。ポンペイでは都市設計にこのような配慮までなされていました。(1998.5.16)