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7,
健の言ったとおりだった。防衛軍は直ちに警戒体制にはいった。
哲の病院でも防衛軍のトラックが何台かやってきて、早速、隣町へ、避難が始まった。病院は一時小さなパニックを起こしたが、すぐに治まった。
戦闘はすでに開始されていた。太平洋の沖合いに出現したリザドの戦闘機群と健、晶のいる迎撃戦闘機群の空中戦が行われていた。
リザドの戦闘機隊は、奴隷狩り用の輸送機を援護していたが、じりじりと後退し始めていた。戦線は次第に日本を離れ、千キロも遠のいていった。
健はふと妙な胸騒ぎを覚えた。例の、巨大自動兵器が見あたらないのである。
健と晶は同時に気づいた。
〔これは、おとりだ! 本体は別にいる!〕
二人が気づくのと同時に敵も作戦を変え始めた。攻撃がまとわりつくようにうっとおしくなった。迎撃戦闘機群を釘付けにするつもりらしかった。
それと呼応するかのように、日本海の海底から、巨大自動兵器を擁する奴隷狩りの本隊が浮上、発進してきた。その本隊は沿岸の防空網を難なく突破し、山形、米沢、会津の三つの盆地を急襲した。
哲たちはこの強襲の連絡を受けた。
「じゃ、避難場所を変えるわけですか?」
哲の父が防衛軍の士官に聞いた。
「ええ、国道二八九号線から、白河へ出ます。防衛空軍が、戦闘空域から離脱し始めて、こちらへ向かっています。白河なら安全でしょう」
「いっそそのこと、南下して、山王峠を越えるのはどうです?」
危機に対して、冷静に対処しようとする父の姿に、哲は尊敬しなおした。決して慌てたそぶりを見せないのである。余裕すら感じられた。
哲は、自分の手足が休んでいるのに気づいて、重病患者のベッドに向かった。避難する場合には、何よりも患者、重病であればあるほど優先しなければならない。そして、最も慎重に扱わねばならないのが彼らなのだ。
哲は自分が慎重さを欠いているのを自覚していた。その原因が何であるかも判っていた。しかし、不安は押さえきれなかった。哲は、まもなく、全ての事に終止符が打たれるような気がして、仕方がなかった。
哲はマリの方を見やった。マリもなんとなく落ち着かないように見えた。ふっと二人の目が合うと、マリはすぐに目をそらせた。
やがて、準備が終わって、バス、とらっくなど二十台が病院を出発した。哲はマリは別々のトラックになった。トラックのキャラバンは次第に見慣れた病院を離れ、緑の深い山道に入っていった。
哲は緑の林を見ながら思った。
〔なぜ、戦争は始まったのか? なぜ、リザドと人類は戦わなければならないのか?〕
いくら考えても、哲にはその答えが抽象的な言葉の組合せにしかならなかった。地球人とリザドのモラルの違いからか、それとも価値観の違いからなのか、あるいは、地球人の万物の霊長という自覚が、リザドという新たな霊長の存在を拒絶したために起こった戦争なのか。
ただ、哲に判るのは、これが、今までの人類間の醜い利益争いから起こるのとは違う、新種の戦争なのだ、と言うことだけだった。
「なに、ぼーっ、としてるんですか? 若先生」
「えっ?」
急に現実に引き戻された哲は、話しかけてきた相手を見た。それは、桜婦長だった。
「離ればなれになったのが、そんなに堪えるんですか?」
一瞬、哲は、桜が何を言っているのか判らなかった。
その哲の表情が判ったのか、
「若先生、まさか、もう、別の女の子の事、考えてるんじゃないでしょうね」
と、桜の口調が厳しくなった。
「彼女だって、若先生を頼って来たんですから、他の女の子に言われたからって、簡単に諦めたりしたら、無責任てもんですよ」
哲はやっと桜の言っていることを理解した。
「違いますよ。桜さん。もっと、別なことを考えていたんですよ」
「『別なこと』って?」
「なぜ、リザドと戦争しなきゃならないのか」
「そんなの簡単じゃありませんか」
「そうですか?」
「相手が攻撃してくるからですよ」
「なるほど、ね」
単純な解答だが、真理でもあるな、と、哲は感心した。
「そんなことを考えていたんですか?」
「まあ、そんなところです」
「そういう事は政治家に任せておけばいいんです。それより、もっと、身近な事の方が大事でしょ?」
「それって、やっぱり、マリのことですか?」
「哲さんは、彼女のこと、どう思ってるんですか?」
哲は、頭の中で言葉を探した。
「そんな、突然言われても…。かわいそうだ、とか、たいへんだ、とか、…」
「まあ!」
桜婦長の目が、一層、険しくなった。
「ほんとに、約真野さんがかわいそうだわ。こんな、無神経な男の側にいるなんて」
「え? 桜さん」
「若先生はご存じないんですか? 約真野さんがどんな目で先生を見ているか。あんなに熱い視線を送っているのに、何も感じなかったんですか?」
哲は桜の言葉にマリの様子を思い出してみた。確かに、いつも振り返ると、そこにマリの視線があったような気がしてきた。
「このあいだだって、約真野さんが、若先生を守って下さったんでしょう?」
哲はその言葉にはっとなった。
〔確かにそうだ〕
哲は、マリが助けてくれた理由がそこにあることは、桜に指摘されるまで、気がつかなかった。
「男なら、いい加減、応えてあげなさいよ。側で見てると、もう、じれったくなりますよ」
「え、『応える』というと?」
「若先生、そこまでとぼけるのは、野暮を通り越して、最低ですよ」
「いや、しかし、…」
「この期に及んで、まだ、『しかし』なんて言葉が出てくるんですか?」
桜は、きっと哲をにらむとにじり寄ってきた。
桜の迫力に、哲は思わず腰を浮かしかけた。
「つまり、彼女が抱えている問題のことを考えると…」
「その問題ごと、彼女を受け止めてあげればいいんです。男だったら、まず、行動ですよ」
哲は、心の中でその行動の具体的な中身を検討し始めた。想像している内に、哲の顔は熱くなってきた。
「若先生、一言、老婆心ながら、御忠告させていただきますが、…」
「はい」
桜の迫力に押され、哲はすっかり小さくなっていた。
「いきなり押し倒すのは、反則ですよ」
「な、な」
哲はもう顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせていた。
その時耳をつんざくような轟音がした。同時に、トラックが急ブレーキをかけた。ブレーキのきしむ音と患者の悲鳴が入り交じった。
再び轟音が起こり、哲の乗ったトラックの後ろの林に火がついた。三度目の轟音は、哲のいるトラックを揺るがした。
一瞬にして、トラックの中も、トラック部隊もパニックが起きた。我がちにトラックから降りて逃げようとする人、また人。
哲はトラックを降りて慄然とした。周囲は完全に火に囲まれていた。空を見上げると、日もすっかり落ちて暗くなっているところに、数機のリザドの円盤型飛行機が漂っていた。
それを見て、哲は恐怖よりも怒りに身を震わせた。
円盤は、あざ笑うかのように、哲を見おろしていた。哲は、意を決して円盤をにらみ返した。
〔見ていろ。必ず、生き残ってやる〕
と、哲は心の中で叫んだ。
8,
哲が改めて周囲を見渡すと、炎の壁は、哲のトラックより三台前ぐらいまでを半径にしているようだった。防衛陸軍の兵士は、冷静に消火活動を始めていた。その姿が、哲の心の中で、草薙健とだぶって見えた。
哲もトラックの中にあった消火器を取り出して、消火活動に参加した。背後の炎の壁の向こうにマリがいるはずだ。哲は、初めて、マリの側へ行きたい、マリを抱きしめてやりたいと心から思った。
〔健、俺は、おまえを改めて尊敬するぜ。俺は戦争の恐怖から逃げようとしていた。花なんか作って、自分の心にだけ、やすらぎをえようとしていた。俺は現実から逃げていたんだ〕
炎の壁は、なかなか消えなかった。次第に熱さが身体を取り巻いた。火の粉が降り掛かってきた。
それでも、哲は怯まなかった。哲は怒りに燃えていた。それは自分自身への怒りでもあった。
〔軍人や政治家だけが戦争を終わらせられるわけじゃない。俺にもきっと出来ることはある〕
哲は、消火器を振り回し、炎の壁にむかっていった。
〔だから〕
「消えろ、このヤロー!」
哲の目の前が急に暗くなった。哲は、ついに炎の壁を突破した。
〔マリ! いま、行くからな。待ってろよ〕
哲の作った退路を、下士官らしい兵士が、確保するように消火器で広げていった。
病人やけが人など、大勢の人が炎の壁から脱出していった。
哲は辺りを見渡した。
「君、よくやったぞ」
下士官らしい男が哲に声をかけたが、哲の耳には届いていなかった。
その哲が見つけるよりも早く、マリが哲の胸の中に飛び込んで来た。哲は、どんと胸にぶつかったものが一瞬にして何か判った。
「マリ!」
「哲さん!」
哲は思わずマリを抱きしめた。
「…かった、無事で」
マリの細い声が温かく哲の耳に響いてきた。
「約束したろ? 俺は必ず君を守る、って。それより、リザド軍が近い。奴らの奴隷狩りに遭わないうちに、みんなで逃げないと、…」
哲は、マリの身体をそっと離すと、もう一度周囲を見回して、士官らしい人物を探した。
マリは目に溜った涙を拭うと、改めて哲を見た。マリの表情が驚きに変わった。
〔哲さんの目の輝き方が違っている。ほんの少し前、病院にいたときとは違っている〕
哲の目は、以前は、何かに迷っているか、考え込んでいるような、焦点がはっきりしない目だった。今は、哲の目に強い意志が現れているように思えた。マリは、この変化の早さに驚いた。
哲は、士官らしい人物を見つけて、駆け寄った。
「なにか?! 今、忙しいんですよ!」
その男は、邪魔そうに行った。
「すぐにトラックを発車させてください。早く逃げないと、奴らに捕まってしまいます」
「そんなことはわかっとる!」
その士官は吐き捨てるように言った。
「だったら、早く…」
「馬鹿か?! 前を火で塞がれてるのに、どうやって行けと言うんだ?」
「だから、引き返せば…」
哲が言い終わらないうちに、側にいた殺気だった下士官が怒鳴った。
「おまえ、気は確かか? 敵の制圧した地域へ戻ってどうするんだ?!」
「違います!」
哲も、つい、大声を出してしまった。哲の勢いに押されてか、下士官は声が出なくなった。
「さっき、五百メートルほど、戻ったところに、わき道がありました。私の記憶に間違いがなければ、その先には、廃坑があるはずです。一時、そこに避難して、敵をやり過ごせば…」
士官は地図を広げて確かめた。
「確かにあるな。よし、判った。何とかやってみよう。しかし、前の部隊とは離れることになるが」
「炎の壁の向こう側のトラックやバスは予定通り、目的地をめざしてもらいましょう。こちらが分散すれば、敵も分散するでしょうから」
哲はその士官を見つめた。一瞬ためらったように見えたが、力強くうなずき、
「よし、君の言葉に賭けてみよう」
と言って、側にいた下士官に命令を出した。
哲は士官の言葉を聞き終えて、すぐに周囲の状況を見渡し、自分が次にやらねばならないことを探した。よく見ると、トラックが一台、やられている。どうやら、歩いて行かねばならない人も出てきそうだ。
哲は、父か、桜婦長を探した。よく考えてみると、父は、最先頭のトラックに乗っていた。だが、桜婦長は、一緒のトラックに乗っていたはずだ。哲は、桜を探した。
その哲にマリが駆け寄ってきた。
「哲さん…」
何かが胸につまったように、マリは言いかけた。哲はそんなことを気にしなかった。
「マリ、歩ける患者と、歩けない患者を分けてくれ。歩けない患者はトラックに乗って、歩けるもの、四十人ぐらいのグループは、山越えしなくちゃならない。すぐ、やってくれ」
マリは、黙ってうなずくと、哲の側を離れた。マリは、哲に言いかけた言葉を心の中から消した。一時的にせよ、そんなことを考えた自分が恥ずかしくなった。
〔哲さん、あんなに立派なのに、二人だけで逃げようなんて…。なんてことを言おうとしたのかしら〕
哲は桜婦長を見つけると、事情を話し、何をするかを説明した。哲の説明を、桜は、黙って、微笑みながら聞いていた。説明を聞き終えると、彼女は、哲に、「若先生」と声をかけた。
やがて、徒歩組と、トラック組に分かれ、哲たちは、再度、脱出行に赴いた。
既に、上空にリザドの円盤群はなかった。撤退したとは思われなかった。どこかに着陸して、リザド兵達が、哲たちに向かっているはずだった。
(つづく)