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「地球戦記外伝・旅立ち」・3

宇陀 美紀

 

         5,

 

 翌日、マリが、リザドの兵士を射殺した件について、病院中の噂の種になった。たいていは彼女の武勇伝になっていた。

 哲とマリがある病室を訪れたときもそうだった。大部屋で十人が一緒に入院している部屋だった。入院している一人の中年の男が哲に話しかけてきた。

「若先生」

 桜婦長が人前でも平気でそう呼ぶので、いつしかそれが哲の通り名になっていた。

 それには哲も閉口していたが返事をしないわけにはいかなかった。

「お願いですから、その呼び方は止めてください。僕には、武村哲という名前が、ちゃんとあるんですから」

「そうですか?」

 その男はニヤッと笑って、視線をマリに移して言った。

「それよりもさ、先生。あの看護婦さんだろ? 先生と一緒に宇宙人をやっつけちゃったの」

〔またか〕

 今朝から何度もその話を尋ねられ、哲は自分のあだ名を聞かされる以上にうんざりした。

 哲は露骨に嫌な表情をしてみせたが、男はそんな哲に気づかないようだった。

「いやあ、やるもんだねえ。かわいい顔して」

〔顔は関係ないだろうが、この、すけべ中年。鼻の下、伸ばしてんじゃねえよ〕

 と思っても、哲は口には出さない。

「やっぱり、アレかね?」

「『アレ』って、なんですか?」

と、哲。

「なんか、『女の武器』が効いたのかね?」

 その言葉に、さすがに哲も怒りを押さえきれなかった。

 哲は思わず男の胸倉につかみあげた。

 それを見たマリは思わず息を飲んだ。

 男はそれに目を白黒させた。周囲が声にない悲鳴をあげるのが哲にも判った。

「いいかい? 一言言わせてもらうが、俺は確かに『臨時』で『見習い』の医者だし、彼女も看護婦としては急造だ。だが、人の命を助けようとは、思っても」

「人の命、じゃないよ。宇宙人、のだろ?」

 男は顔を真っ赤にさせて、哲の話を遮ろうとした。

「よく、聞け。人の命を助けたいと思って仕事をしてるんだ。決して、人を殺そうなんて思わないもんだ」

「なに、いってんだ。宇宙人なんて殺しちまえば良いんだ」

 哲は、つかんでいた手を離した。だが、哲は冷然と男を見おろして言った。

「あんた、リザドの姿を見たことがあるのか? 尻尾がなかったら、本当に人間そっくりなんだぜ」

 次第に、哲の言葉に熱が入ってきた。

「いくら宇宙人と判っていても、殺すことを、俺たち医者や看護婦が、喜んでいるなんて思わないでくれ」

 哲の迫力に、病室が静まり返った。

 その一言に、男は押し黙ってしまった。

 哲は改めて笑顔を作って言った。

「で、私としては、あなたのお役に立ちたいんですけど、なにか御用はございませんか?」

 病室はまた、元の明るさを取り戻した。

 マリだけが、哲の顔をじっと見つめていた。その眼にかすかに光るものがあるのに気づいているものは誰もいなかった。

 そして、桜婦長が入ってきた。桜婦長は、ちらっとマリに目をやった。マリは桜婦長の視線に気づいて表情を隠すように背を向けると、次の患者の世話にかかった。それを確認したかのように、桜婦長は視線を哲に向けて、話しかけた。

「若先生」

〔あ、また〕

 哲は身体から力が抜けていくように思えた。

「桜さん、いい加減に、それ、止めてくれません?」

「まあまあ、いいじゃありませんか。それより、院長先生がお呼びですよ」

「父さんが?」

〔何だろう? まさか、父さんまで昨日の詳しい話が聞きたいと言うんじゃないだろうな〕

 哲は病室を出た。その後を、桜婦長がついてきて小声でささやきかけた。

「若先生」

 さすがに哲も抗議するのに疲れたようだった。

「はい、なんでしょう?」

「私は別に気にしませんけどね、若い看護婦達が、ひいきだって言ってますよ」

「それは、マリのことですか?」

 哲は桜婦長を振り返った。桜が黙ってうなずいた。

「それでですね、若先生」

「はい、はい」

 哲には、もはや逆らう気力がない。

「杉山さん達、若い子たちが集まって、院長先生のところに、言いにいったらしいですよ」

「なるほど、…」

 哲は数秒考え込んだ。

「判りました。なんとかしますよ」

 哲は、院長室に足を運んだ。

 院長室と言っても結局のところ、個人用の部屋だった。ここで哲の父は寝起きをしていた。

「父さん、入るよ」

 哲は、後ろ手にドアを閉めながら入って、言った。

「何か、用?」

 哲の父は、手に持ったカルテから目を離して哲の方を見た。

「まあ、すわれ、哲」

 哲は父の前の折りたたみ椅子に腰掛けた。哲の父の方は、木で出来た丸椅子に座っていた。哲は、二人とも白衣の汚れやしわが目立つのに気が付いた。

「新潟に父さんの知合いの大学教授がいる。もちろん、医学部だ。外科、内科、整形、放射線と、かなり上手な奴でな、…」

 どうやら桜が言ったこととは違うことらしい。

 哲は父の口元が緩んでいるのに気づいた。父の明るい顔が懐かしく思えた。戦争になって、母が死に、ここへ疎開し、連日連夜、絶え間なく治療作業が続き、二人だけで話をするのは久しぶりだった。

「そいつのところで修行する気はないか?」

 「修行」とは古風な言い方だが、哲は少し驚いた。

「父さん、それは俺にここから離れろってことかい?」

「まあ、話は最後まで聞け」

 哲の父は手に持ったカルテを机の上に投げ出した。

「そいつは、今でも医学生の面倒を見ている。もっと基礎知識や、実践的治療法が身につけられる。戦争が終わっても、五、六年はごたごたが続くだろ。だが、そいつの下にいれば、国家試験を受かるぐらいの実力はつく。悪い話じゃあるまい。新潟へ行ってこい」

〔確かに悪い話じゃないな〕

 哲はうつむいてしばらく考えた。

 哲の父は怪訝そうに哲の顔をのぞき込んだ。

「どうした? 何か、行けない理由でもあるのか?」

 哲はため息をついてから言った。

「あるよ」

「ほう、それは?」

「それは、つまり…」

 哲はつまりながら答えた。

「花を育てなくちゃならないんだ。今は戦争中だろ? 誰も気にも留めないけど、花を見て、美しいとか、心が和むような、優しい気持ちにさせてくれる物を見捨てるわけには行かないんだ」

 哲はこんな言い分が一般に通用するとは思っていなかった。目の前の父は、床に視線を落としてしばらく考え込んだ。

「そうか、そうだったな」

 そして、ため息をつきながら、今度は天井を見つめて言った。

「それが母さんの遺言だったな」

「かあさんの遺言はまだ二つあったよ。覚えてる?」

「勿論だ。おまえ宛のやつの事だろ?」

 哲はうなずいた。

「医者になるなら、どんな命でも助けろ。そして、女の子は大事にしろ、だったな。うむ、よし、今の話はなかったことにしよう。仕事に戻れ」

 言い放つなり、哲の父は席から立ち上がって歩き出した。哲は、何かしら安堵感がこみ上げて来るのを覚えて、不思議と優しい気持ちになった。

「しかし、哲。女の子を大事にするのも良いが、あまり人前ではいちゃつかん方がいいぞ」

「えっ」

 不意を突かれたようで、哲は椅子から飛び上がって椅子をひっくり返してしまった。

「こういう御時勢だからな。男日照りが続いて、おまえ達の事をやっかむ連中が出て来るのも当然だ」

「いや、それは違うよ、父さん」

 哲は父の誤解を解こうと思った。自分とマリの関係がそういうふうにみられているとは、哲も思っていなかった。マリの事はマリ自身の深刻な問題に同情したからだ、と説明しようと思った。

「何が、違うんだ?」

 だが、哲は自分の考えをまだうまく説明できないと感じて、口をつぐんでしまった。

 それを、哲の父は、自分の息子の心境を推し量ることに成功したものと、内心喜んだ。そして、哲の肩を軽くたたくと、

「照れるな、照れるな。それとも、まだ告白タイムに行ってなかったのかな?」

と言って、部屋を出て行った。

 しかし、哲の心の中は、全く別の、例え様のない不安で一杯だった。

 

         6,

 

 軍用ジープが哲のいる病院に着いたのは、その日の夕暮れだった。

 ジープから降りた二人の男は空軍の制服を来ていた。一人は眼鏡をかけて、軍人にしては線が細かった。もう一人は制服のサイズはあっているが、腕の太さが際だっていた。どちらも身長が高く、髪を短く刈っていた。

 腕の太い方が呟いた。

「奴に会うのも久しぶりだな」

 それを受けて、眼鏡をかけた方が、

「相当、おまえ達、仲が良かったようだな、健」

と言った。

 眼鏡をかけた方が、香我美晶。腕の太い方は、草薙健だった。

 見慣れない制服姿の軍人に、医者も看護婦も患者も注目した。二人は颯爽と病院の中を進んでいった。

「あいつは、昔から、女に手が早かったからな。賭けてもいいぞ、晶。あいつは、絶対、看護婦の誰かと仲良くなってる」

「そんな、分の悪い賭には乗らないよ。しかし、そんなに女ったらしなのか? その、武村哲、っていう男は」

「違うね。単に、女に愛想がいいだけの鈍感な奴さ。それでいて、結構女運が悪かったりするんだ」

「ふーん、健よ、それじゃ、勘違いから、女のトラブルが起きたこともあるんじゃないか?」

「いや、全くなかったね」

「ということは、武村哲ってのは、女にもてるが、そういう事には鈍感で、それでいて女に恨まれないと言う珍しい男ってことになるぞ」

「おっ、いたぞ、晶。やっぱりだ」

 健は、早速、哲を見つけた。その側に立っているマリもである。哲は、病院の裏で花に水をやっていた。

 健は声をかけた。

「よお! 武村!」

 その声に応えて、哲も健を見つけた。

「草薙? 草薙じゃないか!」

 哲は、健の側に駆け寄った。

 二人は、握手をし、一通り、肩をたたきあった。

「久しぶりだなあ、草薙。高校卒業してから、もう二年になるぜ」

「武村も、あい変わらずだな」

 健の視線がマリに向けられた。

「おいおい、高校とは違うんだぜ」

 健は周囲を見渡して言った。

「武村、今、忙しいんじゃないか?」

「なに、ちょうど休憩中だったんだ」

 哲は二人を促した。

「ま、話の出来るところへ行こう」

 健と晶は、哲の案内で、大きなテントの中に入った。中は意外にも、ひんやりと心地よかった。テントの中には、シーツが渦高く積み上げられていて、入口の脇に、木で出来た丸テーブルと椅子が四脚、置いてあった。その椅子に、哲、健、晶の三人が座った。

 健は、晶を哲に紹介し、哲を晶に紹介した。健の紹介によれば、晶は、宇宙飛行士訓練学校の同期生だそうだ。だが、哲は入学試験に落ちていた。本当なら、三人が一緒だったのかも知れない。

 だが、哲はそんなことを少しも気にしてはいなかった。

 やがて、マリが麦茶に氷を入れてもってきた。マリも会話には加わらなかったが、椅子に腰掛けて、三人の話を黙って聞いていた。

 健と晶は、宇宙飛行士訓練学校での訓練の様子を語った。それが一通り終わると、哲は重たそうに口を開いた。

「なあ、草薙、おまえは、リザドをどう思ってるんだ?」

 哲の唐突な言葉に、健や晶はもちろん、マリも顔色を変えた。

「武村、そりゃ、どういう意味だ?」

 健は身体を硬くした。

「リザドは、一人残らず抹殺すべきだと思うか?」

 哲の目が鋭く、健に切り込んできた。

 健は晶を見やってから、視線を何か別のものに移した。健は考え込んでいるようだった。

「どうなんだ、草薙?」

 哲はわずかに身を乗り出した。

「なぜ、そんなことを聞くんだ? 武村」

「俺の質問が先だぞ」

「そうか。なら、俺の答えはノーだ」

「それは、リザドを抹殺すべきじゃないという事か?」

 哲の言葉に、健はうなずいた。そして、自分にも言い聞かせるように、健は口を開いた。

「戦争の責任が彼らにあるからと言って、相手を全滅させていたら、七十年前に、俺達日本人は全滅していたさ」

 健は、出された麦茶に口をつけた。

 健は続けた。

「そこなんだよ。人間には理性があるし、お互い許し合える心を持っている。確かに戦争の責任は誰かがとらなきゃならないだろう。だけど、絶対に、それは、一つの民族、一つの国家の全てに、報復することじゃないはずだ。地球上でその観念というか、哲学は通用するんだ。だったら、宇宙でも通用して良いんじゃないのかな」

 哲は健の言葉を細大漏らさず、心の中に刻み込もうとしていた。

 哲は晶の方に向き直った。

「あなたは? 香我美さん」

「『さん』はいらない」

 晶も健の方に視線を移してから、哲の方に向き直った。

「僕も、健に賛成だ。三十年前、アメリカの大統領がいい言葉を残している。『わたしも戦争で多くの友人と家族を失った。だがその責任を当事者の子供や孫が負うべきだとは思わない』とね」

 二人の話を聞いて、哲は小さくため息をついた。そして、哲は首を小さく横に振って言った。

「信じられないな」

「なにが?」

と、健。

「おまえは軍人だろ? 普通なら、敵を徹底的に憎まないと戦えないんじゃないのか?」

「不思議か、武村?」

「ああ」

「でも、俺は、空軍に配属される前は、宇宙飛行士訓練学校にいたんだぜ。宇宙に魅かれたんだ。エイリアンにも一度遭いたいと思っていたしな。こんなことで、人類とエイリアンのファーストコンタクトが悲劇に終わるのはやっぱり嫌だ」

「ずいぶん優等生になったな」

「でも、信実だろ?」

 そこで、三人ともニヤッと笑った。マリは、三人の会話を熱心に聞いていた。

「じゃ、今度は俺の番だな」

と、健は麦茶を飲み干して言った。

「武村、なぜそんなことを聞く?」

「なぜって、それは…」

「やっぱり、この近くでリザド兵が殺されたのと関係あるのか?」

「あるもなにも、現場に居合わせた当事者が、俺と彼女だからな」

 哲はマリを振り返った。健と晶もちらっとマリを見た。三人の視線を浴びて、マリの表情がこわばった。

「リザド兵を見て、びっくりしたか?」

と、晶。

「ああ、話には聞いていたが、まさか、あんなに人間にそっくりだとは思わなかったよ」

「どう、思った?」

「特に憎しみは、湧いてこなかったな。むしろ、医者の卵なのに、人を殺したと後悔したよ」

「そうか」

 哲の言葉に健と晶は目で合図をし合った。あたかも、話して良いかどうか決めたみたいだった。

「おまえだから信用して言うが、…」

 健は、険しい顔つきで話し始めた。

「例のリザド兵な、一週間前まで東京の病院で働いていたんだ」

 思わず、哲は腰を浮かしかけた。

「なんだって?!」

「そいつのいた病院、実は、防衛軍兵士専門なんだ。と言えば、察しがつくだろ?」

と、晶。

「奴は、スパイ?」

 健は黙ってうなずいた。

 晶が続けた。

「それで、奴の行動を監視して、奴の流した情報からすると、前回の奴隷狩りの失敗から、もう一度、今度は大部隊で、この辺りの奴隷狩りをやるつもりらしい」

「よく、盗聴できたな」

「その問題は別だ。とにかく、その後で、そいつを捕まえるつもりだったが、一足違いで、奴は姿をくらました」

「そして、仲間に助けられて脱出する手はずになっていたのか」

「そういうことだ。だから、俺達もこの近くに待機している」

「で、いつごろなんだ、その奴隷狩り?」

「遅くても、三日後と言われている」

と、健が言った。

「勝算は?」

「もちろんあるさ。配備も既に終わっている」

「だが、今日来たのは、そういう理由じゃないし、旧交を暖めに来た訳でもない」

と、今度は晶である。

「それから先は俺に言わせてくれ」

 健は強引に割り込んで来た。

「実は、おまえに頼みがあってきたんだ」

 まさにその時だった。健の胸ポケットに入っていた携帯電話が鳴った。一座にさっと緊張が走った。

 健はポケットから携帯電話を取り出すと、冷静に応答した。

「はい、こちら、A1」

 健が耳を澄ませた。

「了解、直ちに、向かいます」

そして、再びポケットに納めると、

「今、言ったとおりだ。『遅くとも三日後』とは言ったが、それが今日になるとはね」

と言い放って、飛び出すようにテントを出て行った。

「ありがとう。お茶、おいしかったよ」

 そう言うと、晶も駈け出した。

 哲は、茫然と二人を見送った。

 健と晶のジープが、病院からはなれていった。入れ替わりに別の防衛軍のジープがやってきて、リザドの攻撃に備える動きを見せた。

「俺達もぐずぐずしちゃいられない。リザドの攻撃に備えなきゃ」

 哲は、マリを促して、テントからはなれた。

 哲も、マリも、言い様のない不安がさらに膨れ上がっていくのを感じた。それは予感に近いものと言ってもよかった。

 

(つづく)


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