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なぜその戦争が始まったのか。その理由を説明できるものは、もういなくなっていた。
二〇一九年四月一六日、日本時間で午前二時ちょうど、地球上のあらゆる都市の上に巨大な隕石が降りそそいだ。それが人類がかつて経験したことのないエイリアンとの戦いの幕開きだった。
このとき、地球の主要都市は壊滅し、十億人以上が死亡したと推定された。いくつかの国の政府中枢も消滅し、混乱が起きた。
そのスキにつけこむようにエイリアンの地上攻撃隊が大挙して地球に侵入した。一時は地球がエイリアンに征服されたかに見え、人々は絶望の淵に立たされた。
しかし、エイリアンの弱点が暴かれ、人類は反撃に転じた。エイリアンの総数は極端に少なく、ほとんどが自動兵器だった。人類はゲリラ戦から始め、自動兵器をかいくぐって、エイリアンを直接殺すことに成功した。
エイリアンも大量殺りく用の巨大な自動兵器を開発したが、次第に組織化されていく地球防衛軍に対抗しきれず、地上の拠点から撤退を始めた。
やがて、戦争は、人類対エイリアンの自動兵器の戦いが多くなった。ただ例外として、エイリアンが労働力を必要として人類の奴隷狩りを行うときだけ、エイリアンは人類の前に姿を現さなければならなかった。
絶対数の少ないエイリアンは補給がままならず、科学力では人類を圧倒しながらも、戦況は一進一退を続けていた。
このエイリアンは、姿形が人類とほとんど異なるところがなかった。唯一の違いはエイリアンにトカゲのような尻尾が生えていることだけだった。そこから、エイリアンのことを「リザド」、または「リザドマン」と呼ぶこともあった。
そして、戦争になって、二度目の夏がきた。
1.
そのとき、日本の上空で地球防衛軍の空軍、迎撃戦闘機隊は、リザドの巨大自動兵器と戦っていた。
八面六臂の阿修羅像のようなその巨大自動兵器は、六本の腕の先からレーザー光線をほとばしらせながら、群がるジェット戦闘機を撃墜していた。
激しい戦闘の中で、二人の男のパイロットの会話が飛び交っていた。
「こちら、A1、草薙健(くさなぎけん)だ。B1,香我美、聞こえるか?」
「こちら、B1、香我美、晶(かがみ、あきら)だ。A1、どうぞ」
「デカぶつの弱点がわかった! 足の付け根の装甲が薄いらしい。今から集中攻撃をかける。B中隊は、奴隷船を発進させるな!」
「B1、了解!」
リザドが労働力補充のために、S県のN市を襲撃した。大規模な人間狩りが行われたが、いち早く地球防衛軍に察知され、F−33迎撃戦闘機隊2個中隊が現場に向かった。
やがて、B中隊はまだ人がいれられていない輸送船を破壊することに成功した。輸送船の護衛用の自動巨大兵器はA中隊にミサイルを弱点に浴びせられ、沈黙した。
とりあえずは奴隷狩りを阻止することが出来たのだった。この物語はここから始まる。
2,
武器を使い、殺し合うばかりが戦場ではない。ここ、福島県、会津若松から南へ約20キロのところの関郷村(仮名)は、疎開及び避難民の収容地区に防衛庁より指定され、大都市からの避難民がぞくぞくと集まっていた。
その村にできた、小学校の廃校跡を利用した仮設病院もまた、戦場だった。
負傷者、急病人が次々と運び込まれ、屋外に設営したテントの病室もけが人であふれ、近所の家の軒下まで借りなければならない状態だった。
負傷者の多さとは逆に、医者、看護婦の数は足らなかった。特にこの日は、例の奴隷狩りが近くのYという町であったので、一層深刻になっていた。
リザドとの戦争が始まって、もう1年と4カ月が過ぎていた。今は、夏の盛り、人の声を除けば、蝉時雨がうるさい頃である。
病院関係者の誰もが疲れきった顔を見せていた。暑さが、みんなをさらに打ちのめした。その中に不思議とよく働きまわっている若い男の医者がいた。いや、少し若すぎるかも知れない。
表情は真剣で、目が鋭く、唇は硬く結ばれている。若すぎるといったが、青年と言うより少年という方がぴったりくるように思えた。
その少年の後ろには、心配そうに付き添っているまだ少女のような看護婦と、ニコニコしながら少年のすることを見ている中年の看護婦がいた。
「う、うわーっ!」
ベッドの上の中年男性が悲鳴のような絶叫のような声をあげて、ベッドの上で、もがき始めた。
「桜さん、肩を押さえてください。マリは、右足、押さえて」
桜と呼ばれたでっぷりした中年の看護婦がうなずいて、力一杯、男の両肩を押さえつけた。
マリと呼ばれた、若い看護婦が恐る恐る男の右足を押さえつけた。しかし、マリの意志に反して、男の足はぴょんと弾かれたように起き上がった。
桜という看護婦はチラッとマリの方を見た。マリは一瞬すまなさそうに首をすくめた。
「マリ、しっかり押さえてろよ」
少年の優しそうな言葉に気を取りなおして、マリは男の右足を押さえつけた。
少年は骨接ぎの技術を持っているのか、男の左の太腿を思いきりひっぱって、一呼吸置くと、思いきり押し込んだ。
それに合わせて、男が一段と大きな悲鳴をあげた。
「いてーっ!」
同時に、かすかに鈍く、ゴキッという音がした。
「あんた、男だろ? 脱臼ぐらいで、いちいち悲鳴あげるな」
少年はベッドの上の男に向かって言った。
マリが用意していたギプスを少年に渡した。少年は、すかさず受け取って、手早くそのプラスチック製のギプスを男の左太腿にはめ込んだ。その上に包帯をぐるぐると巻き付け、その周りを石膏で固め、プラスチックの型で押さえて、その上をまた包帯でぐるぐる巻きにして、…。
少々いびつだが、一応ギプスらしいものができあがった。
「桜さん、こんなもんでどうです?」
「上出来ですよ、坊ちゃん」
桜はニコニコしながら言った。
少年はちょっとうんざりしたような顔をした。
「桜さん、その『坊ちゃん』というの、やめてくれませんか? 僕には、武村哲(たけむらさとし)って、ちゃんとした名前があるんですよ」
そう言って、そのベッドから離れようとした。
「ええと、太田さんですね? ギプスがとれるまで、しばらく足を動かさないでくださいね。何か御用がありましたら、ブザーで知らせてください」
というマリの声を背中で聞きながら、哲はテントを出た。
その哲の背中に、桜の声が浴びせられた。
「じゃあ、『若院長』って、お呼びしましょうか?」
哲は今度こそ、うんざりした。
「あのですねえ! 確かに、親父は院長をしてますが、僕はまだインターン生でもない大学生ですよ」
「にしては、うまいじゃありませんか?」
言い返そうとした哲は、思わずむきになった自分に気づいて、顔が熱くなったのを感じた。
マリがクスッと笑ったのが聞こえた。
「マリ、なにがおかしいんだ?」
哲は、キッとマリをにらみ返した。
怒鳴ると余計に疲れが増すような感じがして、やめた。
哲は、戦争が始まったころ、ある大学の医学部に入学したばかりだった。従って、医学に関する知識は、素人同然だった。
父に付いてこの野戦病院の手伝いをしているうちに、空手で覚えた応急処置の応用から、脱臼や骨折の治療を自己流に身につけていた。
もちろん、父から医学の知識を正式に学んでいる医学生という肩書があるので、医者の真似事もできる用になっていた。ただし、あくまでも、「臨時」で「見習い」である。
まだ、哲は二十歳の誕生日を向かえていなかった。若いから元気に見えるだけで、哲も不死身ではない。
〔誰だって、疲れてるさ〕
哲は心の中で呟くと、次の患者の応急処置を始めた。
〔誰だって、疲れてるさ。だが、それが仕事なんだ〕
哲は側で手伝ってくれているマリの方をチラッと見た。マリの身長は哲の肩に届くほどであるが、哲自身の身長が百八十センチを越えているので実際にマリの身長は女性として低い方ではない。
マリの顔にも明らかに疲労の色が見えた。マリの日本人にスラブ系民族の血が混じったような顔立ちは、美人だがどこか日本人離れしたものを感じさせて、病院内では評判だった。その顔に、眼の下の隈のようなものや、やや肌荒れを起こしている部分を見つけると、哲は胸が痛んだ。
マリだけではない。桜婦長も、哲をからかうような余裕を見せてはいるが、疲労の色が濃い。他の人も、ここにいる医者や看護婦、患者、全員が、ともすれば伸びきって、切れかかったゴムのような状態なのだ。
ひっきりなしに運ばれてくる患者に対して、圧倒的に足りない医師、看護婦。哲自身も、この一ヶ月、眠ったような気がしていない。
哲はふと、友人の一人の顔と名前を思い出した。
〔俺に比べたら、あいつの方は地獄だろうな〕
その友人とは高校卒業以来、会っていない。かつては、その友人と一緒に宇宙飛行士を目指したことがあった。高校を卒業して受けたNASAが公募する宇宙飛行士訓練学校の入学試験は、その友人が合格し、哲は失敗した。
その後の友人の手紙から、彼が日本に戻ってきていることを知ったのは、半年前だった。彼は今、地球防衛軍の迎撃戦闘機隊に所属しており、日本で戦っているのだった。その友人の名は、草薙健という。
「哲さん、…」
マリに声をかけられて、哲は自分の手が休んでいることに気が付いた。
「あ、ごめん」
伸びきったゴムをさらに引きちぎろうとするような夏のひざしは、哲たちの真上からきていた。
(つづく)