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2000-07-07作成
2001-06-15更新


徳川埋葬金を探せ 

−遠藤キャラ総登場−
(前編)

遠藤先生、ファンのみなさん、ごめんなさい。
こんな拙いものを書いてしまいました。m(_ _)m

第1章 始まりはジョンストン家から

 始まりはまだ7月のはじめのころだった。
 ピーター=グラハム=ジョンストンはいつもどおり、届いた手紙をチェックしていた。
 ジョンストン家に届く手紙は一見少なそうだが、それは、グレース=ジョンストンやピーター宛に届く手紙のことであって、実際には、ダイレクトメールなどの類は毎日山のように届いていた。
 その中には、グレースが読んだら、即、破り捨てそうな融資や寄付を依頼してくる手紙やら、グレースの目に止まったらとんでもない結果になりそうな「うまい儲け話」をうたい文句にした手紙が混じっていた。
 寄付の話は、場合によっては、参加しておかなければならないものもあるので、安易にシュレッダーにかける訳にもいかない。しかし、証券会社などの「この株はもうかります」の類などは、ギャンブル好きなグレースにはなるべく目に触れさせない方が、ジョンストン家の「平和」のためだ。
 ピーターは常々そう考えていた。
 が、甘かった。
 執事室のドアが体当たりのような勢いで開け放たれ、飛び込んできたのは喜色満面のグレースだった。
 もうその顔を見るだけで、ピーターは何があったかわかった。
「グラハム!」
 グレースはピーターをよくミドルネームの方で呼ぶ。
 しかし、次の一言は意表を突いていた。
「日本へ行くわよ!」
 今日の手紙に日本からのものはなかったはずだが、と考えつつ、ピーターはグレースが何を言い始めるのか気になった。
 よく見るとグレースは右手にしっかりと手紙を握りしめていた。
〔あの手紙は、イギリス国内からのはず。差出人も個人名だったが〕
 したがって、封を切らずにピーターはグレースに渡したのだった。
「これを見て」
 グレースは、封筒の中から、一枚の、古ぼけた、シミの多い紙を取り出した。
 紙には、黒の絵の具が踊っていた。
〔違う。東洋の、墨で書いた何かの絵だな〕
「これはね、日本の、昔の、徳川という武家政権が、滅亡の際に隠した、財宝の在処を書いた地図なのよ」
 それを聞いたピーターは、一言で切って捨てた。
「だめです」
 当然グレースは食い下がる。
「これは確かな情報なのよ」
「インチキに決まってます。日本のテレビ局がコピーライターと組んで、大金をつぎ込んで見つからなかったものが、どうして地球の裏側にいる私たちに分かるんですか」
「それは、わたしが、『トレジャーハンター友の会』に参加してるからよ。この絵は、日本の浮世絵の巻物のなかに貼り合わせてあったんですって」
「それが、なぜ、奥様のところに?」
「順番よ」
「え?」
「友の会では、会費を払うと、有力な情報が順番に渡ってくるのよ。前の人は、アーサー王の金の鎧を見つけたって言うし、その前の人はフィンランドでヴァイキングの隠し財宝を掘り当てたのよ」
「それでも、やっぱりだめです。奥様が日本へ観光旅行に出かけたいとおっしゃるなら認めますが、・・・」
「じゃ、行っていいのね?」
「ただし、旅程はわたしが組みますから、それにしたがってください」
「えーっ、そんなー」
「では、日本行きは認めません」

 というわけで、半ば強引な展開ながら、グレースは機上の人となった。その手にはピーターの作った旅行予定表がしっかりと、親の仇のように、握りしめられていた。
 というのも、グレースの荷物はすべてホテルに届くようになっており、ホテルには1泊分の荷物しか届かないようにしてあった。
 したがって、ホテルを出るときも一泊分の荷物しか持たずに済むので、軽くていいのだが、一泊分の荷物ではどこにも行けないのである。
「考えたわね」
 グレースは機内食のサンドイッチをかみつくように食べながら、どうやってピーターの裏をかいてやろうか、そのことばかり考えていた。

「そんな、宝探しなんて、うまくいくはずないのに。懲りるということを知らない。困った人だ」
 ピーターは銀の大皿を磨きながら、一人つぶやいた。

第2章 エヴァンジェリンはいつもどおり、さらに加えて

 7月も後半にさしかかり、日本では、夏休みの始まったころ。
「しまった。また、やってしまった」
 エヴァンジェリン=エッシェンシュタイン公国皇太女は思わずそう言った。
 周囲を見渡しても、執務室長も、お付きの秘書官であるオーソンの姿もどこにもなかった。
 しかも、確かに成田空港で降りたところは覚えているのだが、化粧室を探している内に、なにやら、人通りの激しいところでぽつんと立っていた。
 見上げると、空があった。あまり青いとは言えない。
 空は高いビルに切り取られており、背後のビルは空の半分を占拠していた。
 とりあえず、人の流れに沿って、ビルから離れた。
「IKEBUKURO?」
 エヴァンジェリンは信号の脇の看板を読み上げて見知らぬ地名に首をひねった。
 こういうときは、土地の人に道を尋ねればよい。
「あのー」
 だが、目の前を歩いている男はエヴァンジェリンが瞬きしている間に身長が半分になるほど遠ざかっていた。
 目の前に金髪の女性が歩いてきた。
「あのー、すみません」
 エヴァンジェリンが話しかけると、女性はにこっと笑って足を止めた。
「えーっ、サッチ、どうしたの? あ、サッチじゃないの? ごめん、勘違いした。ごめんね」
 金髪だが、話し言葉は日本語だった。
「ちょっと、お尋ねしますが」
「ごめん。英語、赤点だったの」
 女性はそう言うと手を振って足早にその場を駆け出した。
 つられてエヴァンジェリンも手を振り返した。
 ちょっと寂しい気もしたが、やっと何が間違っているのかわかった。
「そうか、ここは日本だからな。英語で話さないとだめなんだ」
 一人納得したエヴァンジェリンは前を歩いてくる若い男性に声をかけようとした。
「あのー、すみませんが」
 目の前の男性は足を止め、エヴァンジェリンににっこり微笑みかけた。
「こんにちは」
 やった、今度の人は話が通じる、とエヴァンジェリンは思った。
 そして、日本へ来て初めて、日本人とのコミュニケーションに成功したことに、密かな感慨を抱いた。
「生まれて初めて、日本人と話した。エッシェンシュタインでも、日本人と話したのはきっとわたしが最初のはずだ」
 しかし、もしこの場にオーソンか執務室長がいれば、こうツッこんだだろう。
「成田の税関は日本人だし、スチュワーデスの中にも日本人はいましたよ」
 感慨にふけっている場合でないことに気づいたエヴァンジェリンは、目の前の男性に道を聞こうとした。
「あのー、ここから成田空港へはどう行けばいいんですかね?」
 目の前の若い、二十歳前ぐらいの男はにっこりと微笑んで、こう言った。
「初めまして」
 おお、礼儀正しい人だな、と思った。
「こちらこそ初めまして」
「お加減はいかがですか」
「日本は暑いですね」
「わたしは、カツヤ・ナカニシです」
「わたしは、エヴァンジェリンといいます」

 なんだか、話が通じているのかいないのか分からない、あやふやな雰囲気だが、数少ないチャンスを無駄にはできなかった。
「実は、供の者とはぐれてしまって、成田空港までの道を教えていただけないでしょうか?」
 しかし、そこで目の前の男性は固まってしまった。
 エヴァンジェリンは辛抱強く待った。
 しばらくして、男性の足下で声がした。
「とーちゃん、なにやってんだよ」
 見れば野球帽をかぶった小さな男の子が男性を見上げていた。
「おう、一太、この外人さんが何か困っているみたいなんだが、英語が分からなくて」
「じゃ、英語が分かる人のところへ連れていってあげなよ」
「うーん、俺が知ってるのは、蔵原の若様か、森先生のところの居候の達朗君ぐらいだけどなあ」
「なら、いいじゃん。連れていって上げようよ」
 エヴァンジェリンは日本語が分からなかった。
 しかし、男性と男の子の暖かな雰囲気に、悪い人ではないな、と感じていた。
 エヴァンジェリンは不意に手を引かれた。
 男の子が笑顔を向けたので、エヴァンジェリンは引かれるままに歩き出した。
 若い男の方も、笑顔を向けてその後を歩いていた。
(うーん、この二人、歳の離れた兄弟だろうか)
 二人の関係をエヴァンジェリンはそう考えた。

第3章 アレクとキース、初めての日本

「フォレスト君」
 アレクサンドラは、女王様然として後ろを歩くボディガードのキース=フォレストに話しかけた。
 キースは両肩にスーツケースを載せ、腰にひもを付けてもう一つスーツケースを引っ張っていた。さらに大きなリュックを背負っている。
 額には汗が浮かんでいて、一筋したたり落ちた。
「日本は暑いわね」
 アレクサンドラは鍔の広い帽子を軽く押さえて照りつける太陽を仰いだ。
「涼しい顔して、人にこれだけ荷物を背負わせて、少しは、手伝ってやろうとか、いたわってやろうとか、思わないのか?」
「だめよ。出発前に、デモ用のCOMPAQを間違えて、韓国に送ったミスはこれくらいじゃ帳消しにはできないわ」
「同じアジアじゃないか。大目に見ろよ。だいたい、何で電車で成田から東京へ向かうんだ? タクシーかレンタカー使えば、荷物なんて持たなくても済むじゃないか」

 キースは大きく息を吐いた。
「フォレスト君、日本の物価の高さを知らないのね。日本ではフリーウェイ(アメリカの高速道路)はすべて有料だし、フォードを一日借りるのに500ドルはとられるのよ」
 キースは再び大きく息を吐いた。
「いつもの部長はどうした?」
「もう、忘れたの? COMPAQを引き取りに、ソウルに向かったのよ」
「俺の日本語なんて、あてにするなよ」
「でも、あいさつしかできない、わたしよりはましでしょ。知り合いに日本人がいるのもフォレスト君だけだったし」
「たまたま、ニューヨークに研修に来ていた、日本人の刑事だろ」
「日本で有名な警官というと、Mr.フルハタかしら、それとも、Mr.トツガワ?」
「どっちも、テレビドラマだ。コロンボやコジャックの日本版だろ」

 そのとき、背後から高速の足音が近づいてきた。
 キースの背後から伸びた手は、白いシャツの端がのぞいているスーツの袖だった。
 その手がそのままアレクサンドラの肩をつかもうとした。
 反射的にキースは、スーツの手を押さえようと飛びかかった。
 3個のスーツケースが一斉に散らばる。
「うあっ」「おおっ」
 複数の声がキースの背後でしたがかまわなかった。
 キースは男の背中に飛びついた。
 キースをはらいのけるように男はからだをひねった。
「フォレスト君、だめ!」
 アレクサンドラの悲鳴に近い声が聞こえたが、「わかってる」とはキースに返事ができる余裕はなかった。
 相手の男も訓練されているのか、キースを巧みにふりほどこうとしていた。
 しかし、キースの方が実戦経験で勝っていた。
 3秒後にキースは相手の男を押さえつけていた。
「すみません。人違いでした」
 男が抵抗をやめたのと、男が英語を話したので、キースは手を離した。
 男は起きあがると、服のほこりを払った。
 アレクサンドラが振り返ると、スーツケースに足をとられたらしく二人のドイツ系人種の男が転んでいた。
「いきなりつかみかかるとは、ニュー・ヨークならへたすりゃ腕を折られてるぜ」
「わたくしは、エッシェンシュタイン公国のものでアルバート=オーソンともうします」

 オーソンは、外交官用パスポートを示した。
「おれは、キース=フォレスト。そこのちっちゃいレディのボディガードだ」
「小さくて悪かったわね」
「すみません。身内の恥を話さなければなりませんが、我が国の重要人物が」
「女の子かい?」
「ええ、迷子らしいんです」
「『らしい』とは、あいまいだな」
「本人は、ちょっと、レストルームに行くとか、ゴミ箱にゴミを捨てに行くだけのつもりなんですが」
「はあ」
「ちょっと目を離すととなりの国までいってしまうものですから」
「はあ?」

 信じられないという風にアレクサンドラとキースは目を合わせた。
「お国に、ゴミ箱やトイレはないということかしら。清潔そうな国ね」
「ちがうだろ」

 オーソンは一礼して、その場を去った。ちなみに、スーツケースに転んだのは、執務室長とクラウゼの二人だった。
 3人の男のあわただしい後ろ姿を見送って、キースは転がったスーツケースを集めた。
「フォレスト君、エッシェンシュタインていう国、知ってる?」
「知らねえよ、そんな小さな国」
「それより、その日本人の刑事さんの名前は?」
「たしか、ミスター・マシバって言ったな」
「その人に頼んで探してもらうのがいいかもね」
「どうして?」
「賭けてもいいわ。その女の子、きっともう空港の中にはいないわよ」
「相変わらず、冴えたおつむだね」
「フォレスト君、タクシー、頼もうか?」
「いいねえ。でも、どういう風の吹き回しだ」
「ボディガードらしい働きをしたから、かな。それと」
「それと?」
「何かあるたびにスーツケースを放り出されちゃ、たまらないわ」

 

第4章 3大ヒロイン in 退引町

 話は変わるが、大河は一筋の流れから始まるのではなく、幾筋もの流れが集まって大河となるのである。
 その流れの集まるところが退引町なのは必然の流れと言うところであろう。
「何、気取ってるのよ。↑このナレーションは」
 やや暑さに負けそうになっているグレースは一人の男の後を歩いていた。
「あの」
 男はゆっくりと振り返った。
「なにかおっしゃいましたか?」
 人なつっこい笑顔の男にグレースは慌てて首を振った。
「いいえ、ミスター・蔵原」
 グレースは精一杯媚びを作った。
「このご恩は一生忘れませんわ」
「いいえ、慣れない土地で、財布やパスポートを盗られては、お困りでしょう」
 というグレースの嘘に引っかかって、この「若様」こと蔵原頼之は、彼女を自宅へと案内しようとしていた。
「おや」
 若様は足を止めた。
 むこうから中西父子が歩いてきた。しかも、外国人女性を連れていた。
「中西さん、こんにちは。暑いですね」
 若様は軽く会釈をして、そう挨拶した。
「蔵原のお兄ちゃん」
 一太が話しかけると、若様は、腰をかがめた。
「今日はお父さんとお出かけかい。どこへ行ってきたんだい?」
「池袋サンシャイン。そこでね」
 一太がエヴァンジェリン、後ろに立っている外人女性の説明をしようとすると、若様はエヴァンジェリンにも会釈をした。
「はじめまして」
 人の良さそうな笑顔を向ける若様に、エヴァンジェリンも釣られて笑顔で挨拶した。
「はじめまして」
「それでは、失礼します」
 若様はグレースを手招きして歩き出した。
「あ、お兄ちゃん」
 一太がエヴァンジェリンのことを説明するヒマもなく、若様はマイペースで歩いていってしまった。
「待って」
 そのとき、克也が大きな声を上げた。
「あ!」
 おもわず一太がびっくりして振り返ると、
「一太、急いで帰ろう。母ちゃんがスイカを用意してるぞ」
「ああ、そうか。でも、この外人のお姉ちゃんは?」
「とりあえず一緒に来てもらって、あとで、達朗君のところに行ってみよう」
 いいのかなあ、一太は首を傾げつつエヴァンジェリンの方を見た。
 エヴァンジェリンはグレースとすれ違うとき、エヴァンジェリンの方が「ハーイ」と軽く手を振って挨拶したが、グレースの方は黙って手を振り返しただけだった。
〔なんだか暗そうな人だな〕
 それがエヴァンジェリンのグレースに対する第一印象だった。
 グレースの方は、なぜここにエヴァンジェリンがいるのか不思議だった。
〔どうして日本のダウンタウンにこんな小ぎれいな格好の子がいるのかしら〕
 自分のことを棚に上げてである。しかも、退引町のことを「ダウンタウン」だなんて、町の人に聞かれたら、・・・
 エヴァンジェリンは、中西親子の後を歩いていてふと気づいた。
〔しまった。さっきの人、イギリス系美人と一緒だったということは、英語が話せたに違いない〕
 しかし、振り返ったとき、若様とグレースは路地を曲がった後だった。
 中西親子がホームランハイツに着くと、エヴァンジェリンはさすがに不安になった。
〔まさか、こんなところが、ホテルなんだろうか〕
 エヴァンジェリンの目の前にあるのは今にも倒れそうなぼろアパートだった。
 一太に手を引かれるまま、エヴァンジェリンは階段を上がった。
 そのころ、ホテルに荷物を置いたアレクサンドラとキースがタクシーで退引町に現れた。
 タクシーを降りたキースが呆然としてつぶやくように言った。
「ここか?」
「アドレスはここで、間違いないわよ」

 アレクサンドラは住所のメモと目の前の建物を見比べた。
「日本人は『うさぎ小屋』に住んでるって聞いたけど、これじゃ」
「これじゃ?」
「市警の留置場の方がましかもね」
「同感だけど、ここは日本なんだぜ。本人の目の前ではそんなことは言うなよ」
「分かってるわよ」

 といいつつアレクサンドラは、ホームランハイツの扉を開けたときのきしむ音に思わず身をすくめた。
「本当にここなんだろうな、例の特許の所有者の住処」
「しつこいわ、ね」

 アレクサンドラの語尾が少しふるえていた。
「ミスター・市ノ瀬はMITでは有名な人物なのよ。わたしが簡単に間違えると思う?」
 しかし、扉の向こうは薄暗い湿った空気に満たされた空間だった。
 一歩踏み入れただけで床がミシミシと音を立てた。
「ごめんくださーい」
 キースはやや不確かな発音の日本語で呼びかけた。
 それに応えたのはしわがれた声だった。
「なにか、ようかい?」
 振り向くと妖怪がいた。
「きゃー」
「うあ」

 キースとアレクサンドラは思わず悲鳴を上げた。
 しかし、キースの右手はしっかりアレクサンドラをかばっていた。アレクサンドラはちょっとほっとした。
 妖怪に見えたのは実は、大家の婆さんだった。
「何だ、外人さんかい。今日は外人さんの多い日だね」
 キースとアレクサンドラはやっと目の前の生物を日本人だと認識した。
「えーと」
 キースは日本語を思い出してようやく言葉を作り出した。
「こちらに市ノ瀬さんはお住まいですか?」
 大家さんはキースの言葉に眉をぴくりと動かした。
「あんた、日本語うまいね。でも、市ノ瀬さんねえ」
 大家さんは腕を組んで考え込んだ。
「この人、ヨーダに似てるわ」
 やっと落ち着きを取り戻したアレクサンドラは、目の前の大家さんをそう表現した。
「失礼なことを言うなよ。でも、ETに似ているかも、な」
 そう言ってキースがにやっと笑ったとき、大家さんは奇声を上げた。
「おーっ」
 周囲の寂れた雰囲気も相まって、思わずビクッとアレクサンドラはふるえた。
「三日前に入った新しい人だね」
 大家さんは二人を手招きした。
「じゃ、こっちへおいで」
「ここじゃないんですか?」
「ここは旧館だよ。蜘蛛以外住んじゃいないよ」
 大家の後について歩いていくとすぐ目の前にごく普通のアパートがあった。
「あっちは旧館だってさ。こっちが人の住んでいる方だそうだ」
 キースは意味ありげに笑みを浮かべた。
「フォレスト君、何か言いたいようね」
「いや、おまえのコンピュータもたまに間違えることがあるんだよな?」
「日本は初めてなんだから、しょうがないでしょ」

第5章 舞台は強引に変更される

 大家の婆さんに案内されて、アレクサンドラとキースはある部屋の前に立った。
「なんでも、家が火事になって、しかたなく、ここへ来たそうだよ」
 背後の大家の声を、キースとアレクサンドラは聞くふりだけをした。
 キースは、部屋をノックした。
「市ノ瀬さん、いらっしゃいますか」
 返事がないので、キースがドアを開けた。
 がらんとした家具のない部屋の真ん中で、男がぽつんと立っていた、ように見えた。
 足が床に着いていないのがキースにはすぐ分かった。
「アレク、外に出ていろ」
 キースは入ろうとしたアレクを制した。
「え、なに?」
 キースは床に荷物を置くと、慎重に中に入った。
 アレクも中を覗いて事態を把握した。
「その人、死んでるの?」
 キースは素早く当たりを見渡してから、鴨居からぶら下がった男の足をつかんだ。
 そのとたんぶら下がっていた男が笑った。
「きゃははっははっはは。くすぐったーい」
「何だ。生きてるよ、この人」
 ほっとすると同時に、アレクサンドラはむっとした表情で、男の足首を引っ張った。
「ぎゃっ」
 男はとたんに足をばたつかせ、首に掛かったロープをほどこうとした。
 とたんに、鴨居の柱がめきっと音を立てて折れた。男の体は畳の上に軟着陸した。
「こら、アレク」
 キースはたしなめたが、内心「この人騒がせな男」と思ったらしい。時間をかけて男の首の周りのひもをほどいた。
「市ノ瀬さん!」
 大家の雷が落ちた。
「折れた鴨居の弁償はしていただきますからね!」
 大家は「ふん」と鼻息を出して、バタンとドアを閉め、部屋をあとにした。とたんに、壁にぶら下がっていたカレンダーと、台所の壁の片手鍋が落ちた。
「あなたは、市ノ瀬さん?」
 キースはたどたどしい日本語ではあはあと息をする男に話しかけた。
「ええ、ちょっと待ってもらえます?」
 男はひもを投げ捨てると、脱兎のごとくドアの外に飛び出した。
「待って、大家さん! 弁償なんて、ちょっと、待って!」
 続けて大家の声が聞こえた。
「聞こえないね!」
「そんな。このアパートだってボロ・・・」
「それは、言、う、な、あ!!」
 大家の声とともに男の体は廊下を転がって部屋の前に戻ってきた。
 呆気にとられてアレクサンドラとキースが見ていると、男はよろよろと歩いて部屋に入ってきた。
「大丈夫ですか?」
 キースが声をかけると、ややぼろぼろになった男は力無く笑った。
「お話は、弟から聞いてます。兄の市ノ瀬直哉です」
 よく見ると市ノ瀬・兄の顔に擦り傷のような赤い痕が着いていた。天井からぶら下がっていて落ちたときに着いたのか、大家との(一方的な)戦闘によって着いたのかは分からない。
 キースはごく当たり前の質問をした。
「どうして首をつろうとなさってたんです?」
「いえ、違います。役作りのためなんです」
「『役作り』?」
 キースの知らない単語だった。
 かすかな記憶をたどってキースの口を突いて出たのは、
「麻雀が趣味ですか?」
だった。
 カクッと見事なタイミングで市ノ瀬・兄がずっこける。
「いや、冗談です」
 市ノ瀬・兄がつっこむヒマもなく、キースが話を元に戻した。
(この芸人泣かせ!)
という市ノ瀬・兄の心の叫びは二人の外人には届かなかった。
「弟さん、高さんは、今どちらに?」
「高なら、もうじき帰ってきます」
 そのとき、携帯電話の着メロが鳴った。
「あら、『エーデルワイス』ね、顔に似合わず」
「しっ、アレク、聞こえるぞ」

 外人には日本のギャグは通じねえなあ、と感じつつ、市ノ瀬・兄は携帯に出た。
「はい、市ノ瀬ですが」
 市ノ瀬兄の顔が真顔になった。
「おたくはどちらさんで?」
 一瞬の間があって市ノ瀬兄が絶句したのがわかった。
「きさまら、弟に何をした!」
 アレクとキースは市ノ瀬兄を注視した。
「あ、こら、切るな! 高は無事なのか?」
 携帯電話を耳から離して、市ノ瀬兄は一瞬放心していた。
 アレクとキースを見て、ぽつりと言った。
「弟が誘拐された」
 キースの体が緊張した。

第6章 中西一家とエヴァンジェリン

 4時間前には成田空港にいたのに今は中西一家の団らんに混じっているエヴァンジェリンだった。
〔日本は床に直に座るのか〕
 畳に腰を下ろしたとき、エヴァンジェリンには新鮮な感動があった。
〔そしてここが日本家庭のリビングだとして、キッチンと一体化しているとは思わなかったな。となりの部屋はベッドルームだろうか〕
 エヴァンジェリンの視線の先には押入があった。
「さあ、今日は、スイカだよ」
 中西肝っ玉母ちゃんこと、中西薫はスイカ半分をさらに細かく切り分けてテーブルの上に置いた。
「外人さんに、こんな安っぽい物しか出せないのか」
 ぼそっと克也がつぶやくと、薫が耳ざとく聞きつけて詰め寄った。
「パパのお給料で、何が出せるって言うのよ」
 克也はあっという間に腰が引けて、何も言えなくなってしまっていた。
 目の前で夫婦喧嘩が始まると、ちょっとエヴァンジェリンも、仲裁に入ってみたくなってしまった。
 立ち上がろうとするエヴァンジェリンの裾を引っ張って、一太が止めた。
「いつもの、お遊びみたいなもんだから、無視していいよ」
 一太がスイカを一切れ差し出した。
〔気にしてないのか。坊や、大した度胸だな〕
 家庭崩壊にはつながらないのか、それとも、これがこの家庭の日常なのか、エヴァンジェリンは悩やみつつ、スイカを一口かじった。
「おいしいね、坊や」
 思わず言葉を発したエヴァンジェリンに、一太はにこりとして、塩を盛った皿を差し出した。
「お姉ちゃん、よかったら、使う?」
 皿に盛られた白い粉を不審に思ったエヴァンジェリンは指に軽く付けてなめてみた。
〔塩?!〕
 エヴァンジェリンが首を振ると、一太は塩をひとつまみ、スイカに振りかけてみた。
 そして、スイカをかじるとエヴァンジェリンに笑って見せた。
「こうすると、スイカがもっとおいしくなるんだよ」
〔どうして甘い果物に塩をかけておいしそうに笑うんだろう。日本人の味覚が変なのか、それともこの家が変なんだろうか〕
 そのときだった。
「いたたっ!」
 克也が大声を上げた。
 はっとなって薫の手が止まった。
 克也は腹を押さえてうずくまっていた。
「父ちゃん、そういう安っぽい演技は、母ちゃんという火に油を注ぐだけだぜ」
 およそ子供らしくない一太の声に、薫も勇気づけられたのか、克也の胸ぐらをつかんで、
「そうよ。お父さん、ここは観念して、・・・」
 克也の額にエヴァンジェリンが手を当てた。
「ご主人は本当に具合が悪いようなんですが」
 エヴァンジェリンの言葉は分からなくても、薫も一太も重大さが分かった。
「一太!、救急車、呼んで。117よ!」
「母ちゃん、それ、天気予報だよ!」
「それは177でしょ! もうなんでもいいから、110番でも119番でもいいから!」
 それから、5分後に救急車が来て、克也は近くの病院に運ばれた。盲腸だった。
 エヴァンジェリンはなぜか中西親子とともに救急車に乗せられた。
 ほどなく小島渚も病院にやってきた。それも、南菜(なな)を抱いて。
「いくら克也ちゃんが急病だからって、自分の子供を放り出しちゃだめじゃない」
 その渚を見て、エヴァンジェリンは一太に聞いた。
「お母さんの妹さんかな?」
 sisterという単語は聞き取れたらしい。一太は首を振った。
「違うよ。渚兄ちゃんは、・・・」
 すかさず、渚は一太にヘッドロックをかけた。寸前に薫は南菜を受け取った。
「『お姉さん』と呼びなさいって、前から言ってるでしょう」
 じたばたしながら一太の一言。
「お兄ちゃんを『お姉ちゃん』と呼ぶのは、江戸川を淀川と呼ぶみたいなもんだよ」
 そこで看護婦がやってきて一言。
「病室ではお静かに願います」
 渚と一太は一生懸命病室中で頭を下げてまわった。
「ところで」
 渚は、話題を切り替えた。
「明日からの町内旅行はどうするの?」
 克也の顔が青ざめた。薫と一太ははっと胸を突かれたように口をあけた。
「これじゃ、克也さんは行けないわね」
 渚のセリフに続いて、薫と一太と南菜までもが深いため息を付いた。

*  *  *  *

 その翌日、エヴァンジェリンは、なぜか、中西一家と一緒に、「退引町町内慰安旅行」の観光バスに乗っていた。やや青ざめた顔で。
 その行き先は、北海道だった。

第7章 グレースの事情

 蔵原頼之の家に案内されたグレースは、まず、門をくぐってびっくりした。
 目の前をシマウマが通りすぎたのだ。その後を追って雑種の犬が吠えながら走っていった。
〔ここは日本じゃなかったの? わたし、アフリカに来たのかしら〕
 目をむいているグレースに頼之は穏やかに話しかけた。
「今のは、星あかりさんが飼っているチャッピーで、あとの犬は、松浦さんの家のカンゾーです」
「まあ、そうなんですか」

 グレースは平静を装ったが、日本は世界第二位の貿易国とは名ばかりで、実体は未開の土地ではないかという気がしてきた。
 そして、チャッピーの飛び込んだ茂みの中から、
「ぎゃーっ」
と怪獣のような叫び声を上げて、今度は熊が飛び出してきた。
 さすがにグレースも腰が抜けて悲鳴を上げた。
「キャーーッ!」
 しかし、頼之は慌てず、
「おや、森先生、お散歩ですか?」
 熊はグレースから頼之に向き直って、首をはずした。
「蔵原の若は、つまらんのう」
 熊の首の下は、老人の顔だった。
「こちらの外人さんのように、もっと表情豊かなリアクションはとれんのかね?」
 頼之に「森先生」と呼ばれた老人は、熊の背中のジッパーをはずして、熊の皮、ではなく熊の着ぐるみを脱いだ。
 熊の中身は、古びた着物を身にまとった老人だった。
「やられた」
というのがグレースの正直な思いだった。
 イースター(復活祭)なら、着ぐるみを来た子供たちを、ゴジラのぬいぐるみで脅かしたグレースだが(本当にやっていそう)、逆に脅かされたことに少なからずプライドが傷つけられた。
「ミス・ジョンストン、どうぞ、こちらへ」
 あくまでマイペースな頼之だった。
 頼之の開けた扉の向こうに少女が立っていた。
「よ」
と少女が言いかけ、グレースを見て、
「大家さん」
と言い直した。
「旅行の準備、終わりました」
 頼之はにこりと微笑んで
「青花さん、ご苦労様でした」
 グレースはややひきつった笑顔で頼之に聞いた。
「ミスター蔵原、こちらの方は?」
「わたしの婚約者で、真山青花さんです」
 グレースは心の中で舌打ちした。
〔もう売約済みだったのか〕
 グレースと同じ事を青花も聞いた。
「大家さん、こちらの方は?」
「グレース・ジョンストンさんです。成田で財布やパスポートを盗まれて、東京駅で途方に暮れていらっしゃったので、ここにご案内しました」
 それを聞いて青花の表情がやや曇った。
「頼之さん、そういう方は、大使館か領事館にご案内した方が良いのでは?」
「そう思ったんですが、なんでも、お母さんの方のお祖母さんが危篤だそうで、どうしても、明日の内に、青森へ行かないといけないそうなんです」
 頼之はグレースを振り返った。
「そうですよね?」
「はい?」
「今、あなたの事情を彼女に説明していたんですが、先ほどおっしゃったことに間違いはないですよね?」
「はい、祖母の元に一刻も早く行きたいのですが、なにぶん日本は初めてで」

 頼之は青花の方に向き直った。
「ということです」
 しかし、青花は内心、また騙されているんじゃないかと疑っていた。
「それで、多少なりとも、旅費を助けてあげようと思ったんですが」
 頼之はやっと青花の表情に気づいた。
「彼女のこと、疑ってらっしゃるんですか?」
「当然です」
「大丈夫ですよ。多少の事情はあるにせよ、彼女が悪い人であるわけがありません」
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
「第一印象ですね」
 頼之がにっこり微笑む。
 青花は背後に「人類は皆兄弟」の看板が輝いているのが見えた。
 日本語での会話についていけないグレースは、玄関に置かれた旅行鞄が目に入った。
「ミスター蔵原、どこかにお出かけですか?」
「ええ、明日、町内会の慰安旅行で、北海道に」

 北海道と聞いて、グレースの目が輝いた。
 一瞬の間をおいて、グレースの演技が始まった。
「ミスター蔵原、わたし、実は、あなたを疑っていました」
「え?」
「あなたが本当に優しい方かどうか見極めたくて嘘をついておりました。どうかお許し下さい」
「はあ」
「実は、祖母は、北海道の旭川というところに住んでおりますの」
「そうだったんですか」
「ご厚意に甘えてばかりで申し訳ないのですが、わたくしには日本は不案内の異国の地。ご一緒させていただくわけにはいかないでしょうか」

 このへんの展開はやや無理があると、グレースも、書いている作者も気づいてはいるが、このままでは、話が先に進みそうもないので、頼之は無類のお人好しを発揮して、二つ返事で承諾した。

第8章 めざせ! 北海道

 病院で渚と片言の英語でやっと意志が通じたエヴァンジェリンは、戻った中西家の電話で本国に電話をかけることができた。
「あの、わたし、だが」
 エヴァンジェリンの声を聞いて血管がちぎれそうな高い声が受話器を通して聞こえた。
「ひ、ひ、むぇーーー!!!」
「執務室長、持病の頭痛か?」
「なに、ぼけたことをおっしゃってるんですか?!!」
「す、すまない」
「いま、どこにいらっしゃるんですか?!!」
「日本だが」
「そんなことはわかってます!! オーソンからも電話があったんですよ!! 姫が、姫が、また、・・・」

 受話器の向こうでどさっと音がした。
〔何があったか想像はつくが〕
「もしもし? 執務室長?」
「姫さまですか? イェーガーです」
「執務室長は、どうした?」
「気絶されました」

 やはり、と思ったエヴァンジェリンは、心の中で十字を切った。
「姫、オーソンがそこにすぐに参りますから、もうそこから、絶対に、動かないで下さいね」
 電話の向こうでイェーガーの涙を浮かべた姿が目に浮かぶようだった。(実際に泣いていた<後日談>)
「わ、わかった。もう、何も言うな」
「それで、姫」

 まだ、何も言っていないのに、エヴァンジェリンは嫌な気分になった。
「日本の総理大臣に渡す親書の件ですが」
 別にエヴァンジェリンには何の落ち度もない、にもかかわらず、エヴァンジェリンは次第に落ち込む前のいや〜な雰囲気を背後に感じた。
「姫のかばんにありますよね?」
「も、もちろんだとも」
「いま、姫の目の前に、かばんがありますか?」

 エヴァンジェリンはさっと部屋の中を見渡したが、自分が持っていた鞄は見あたらなかった。プラダのコピー商品で「フラダ」という胡散臭い小さなハンドバッグだったが、それが見あたらなかった。
 迷子になっている間にどこかに置き忘れたのか。そう思ったが、すぐに否定した。
(確かにここに来るまではあったはずだ。第一わたしはバッグの中から手帳を出して電話番号を見ながら掛けたのだから)
 中西家の誰かに、鞄の行方を聞こうと思って周りを見ても、誰もいなかった。
 エヴァンジェリンは、受話器を放り出すと、廊下に出た。
 誰もいないし、廊下にもエヴァンジェリンの鞄はなかった。
 外の方がなんとなく騒がしかった。
 行ってみるとこのアパートの住人が荷物をワンボックスに積み込んでいた。
 積み上げられた荷物の一番上には、
(やはり)
 エヴァンジェリンの鞄が鎮座していた。
 取りに行こうと階段を一歩下りたところで、ワンボックスのエンジンがかかった。
(い、いかん)
 エヴァンジェリンは思わず叫んだ。
「その車、待った!」
 しかし、一歩遅く、ワンボックスはエヴァンジェリンの視界から遠ざかっていった。
 後で判ったことだが、大家は北海道へ行く住人の荷物をまとめて先に空港に送っていた。たまたま中西家の荷物と一緒に置いてあったエヴァンジェリンの鞄を中西薫の鞄と思いこみ、北海道行きの荷物の中に入れてしまったのであった。
 荷物の行き先を知ったエヴァンジェリンは、中西克也の替わりに北海道へ行くことになった。

第9章 感動の再会(?)

「で、どうします、ボス?」
 キースがアレクに聞いた。
 アレクにビジネス的な判断を求めるときにキースがよく使う言い方だった。
「誘拐事件なんでしょ? 警察に任せるべきよ」
「素人は口出ししない、か?」
「犯人の要求が身代金だけだったらの話よ」
「ということは?」
「ミスター市ノ瀬の特許権もよこせ、というのは、このわたしへの挑戦ね」
「焼け出された今の市ノ瀬ファミリーに金目の物と言えばそれ(特許権)ぐらいしかないと思うが」
「でも、わたしの来日に合わせるとは、タイミング良すぎない?」
〔ほんと、カンのいいやつ〕

 青ざめた顔の市ノ瀬直哉は、何かに気づいたように、はっと顔を上げた。
 ゆらゆらと直哉は、キースとアレキサンドラの脇を通り過ぎ、隣の隣の部屋の戸をノックした。
「間柴さん、いらっしゃいますか?」
 戸の内側から返事はなかった。
「わたしは、大家さんの回し者じゃありませんよ」
 何だ、その呼びかけは、とキースはいぶかったが、戸がかすかに開いたので注目した。
 直哉はやや乱暴にドアを引き開けた。
「間柴さん、入りますよ! ぜひとも、聞いていただきたいことが、・・・」
 しかし、部屋の中には誰もいなかった。
「実は、弟が誘拐されたんですよ」
 誰もいないのに、直哉は話し続けた。
「間柴さん、たしか、警視庁の刑事さんでしたよね?」
 アレクの目から見て、座布団をひっくり返したり、壁に掛けたカレンダーの裏をめくったりする直哉の行動は理解できなかった。
 キースは、直哉が言った「間柴」という名前を口の中で反芻していた。
「いかにも、おれは刑事だ」
 思わぬところから、声がした。
 声は開け放たれたドアからだった。
 ドアの内側の化粧板がずり落ち、まるでドアの内部から現れたように、サングラスをかけた男が現れた。
「誘拐事件と聞いちゃ、放ってはおけねえな。この金さんに、ちょいと聞かせちゃくれねえか」
 アレクは驚くより感心した。
〔すごい。十分ラスベガスでマジシャンとしてやっていけるわよ、このサングラスの男〕
 サングラスの男の登場で、キースが笑顔を見せた。
「よお。マット。久しぶりだな」
 キースは日本語で話しかけた。
 振り向いたサングラスの男の顔色がさーっと青ざめた。
「お、おまえは! Mr.フォレスト」
 一目散にサングラスの男、間柴基史は、部屋の中に駆け込み、ドアを閉じた。
 素早く内側から鍵をかけると、さらに、板と釘でドアを打ち付け、十字架とニンニクを飾って十字を切ったあと、護摩壇をセッティングすると怪しげな祈祷を始めた。
「これでよし」
 一通り祈祷が終わると、間柴は直哉の方を振り返った。
「で、弟さんが誘拐されたんだって?」
「そうなんだ」
 と返事したのは、直哉の隣に立っているキースだった。
「うわーっ! い、いつの間に?!」
 キースは何事もなかったかのように、ドアの隣の開け放たれた窓を指さした。
「さっき、そこから」
 指さした窓からは、アレクも入ろうとしていた。
「ゆ、許してくれ。今、金はないんだ。まさか、ニューヨークから、取り立てにくるとは思わなかった」
 キースは、事情を説明するのが面倒くさいというような顔をした。
「オークランドのカジノで、BLACKJACKで負けて、俺に100ドル借金した件なら、もう忘れた」
「うそつくな! しっかり覚えてるじゃないか!」
 ふるえる手で間柴はキースを指さした。
「今回は、その件で来たんじゃない」
「俺は、この前と同じで、金はないぞ!」
「威張って言うようなことじゃないな。だいたい警官が、借金を踏み倒そうとするのはよくないぜ」
 一連の素早い展開を見て、アレクはため息をついた。
〔付いていけないわ、私のキャラクターじゃ〕
 ごもっとも。
「どうして、その人が『マット』なの?」
 アレクが窓を乗り越えながらキースに聞いた。
「名前がMotoshiだからさ」
 アレクが窓から降りたところで、間柴がアレクを指さした。
「なんなんだ、この女の子は?」
「おれのBossだ。警官はやめて探偵とボディーガードをやっている。今の取引先が彼女だ」
「そ、そうか」
 間柴はキースとアレクを見比べて、ため息を吐いた。それから労るように、間柴はキースの肩をぽんとたたいた。
「おまえも金のためとはいえ、こんなガキのお守りをさせられてるわけか。苦労してるんだな」
「なんだか、今、私、この日本人に、バカにされたような気がするんだけど?」
「気にするな、アレク。気のせいだよ」

 間柴は気を取り直して、直哉の方を振り返った。
「で、弟さんが誘拐されたって?」
「はい」
 そのとき、直哉の携帯電話が鳴った。
「犯人からか? だったら、引き延ばして・・・」
 直哉はゆっくりうなずくと、一呼吸おいて、携帯電話を耳に当てた。
「はい、市ノ瀬です」
 やや間があって、直哉は間柴にうなずいた。
「弟は、無事か?! 声を聞かせろ!」
 再び間をおいて、直哉は必死に話していた。
「高、けがはないか! あ、おい!」
 直哉の話し相手は替わったようだった。
「貴様! 弟に何かあったら、ただじゃすまねえぞ!」
 少し間があった。
「え、北海道? あ、切るな。待て。」
 直哉は一瞬なにがあったのかわからないといった顔をした。
「どうした?」
「犯人が、身代金を持って、北海道に、来いって」
 こうして、直哉と間柴は退引町慰安旅行に参加し、キースとアレクはその後に付いていき、北海道に向かうことになった。

(以上、 後編に続く)


 とりあえず、なんとか、前編までができました。後編は、30000HIT記念ページと言うことで、公開したいと思います。

 途中書きでも、一日1行しか進んでいなくても、後編をお読みになりたい方は、申し訳ありませんが、いつものトップページのどこかにリンクが隠されていますので、そちらを探してみて下さい。(「またか」と言う声が聞こえてくる・・・ (^^;)


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