最終更新日 2013年7月23日

スイス旅行 2013年7月


 念願のスイスにやっと行けた。JTB旅物語のツアー「憧れのスイスアルプス・氷河特急の旅8日間」に参加し、7月6日(土)に出発し7月13日(土)に帰国した。

 出発前の天気予報では、スイスは天候不順で毎日のように雨マークがでていた。しかし、奇跡と思えるぐらい晴天が続き、アルプスの三大名峰、三大北壁の絶景を楽しめた。また氷河や高山植物を堪能した。これを日程順に掲示板に掲載してきた。これはそれらの記事をまとめたものである。


スイスにいきたい」「スイスにいってきました」も見ていただければ幸いです。

エーデルワイスにも

投稿日:2013年 7月11日(木)11時35分4秒

出会い、天気にめぐまれ順調にスイス旅行中、13日に帰国です。


帰ってきました

投稿日:2013年 7月14日(日)03時26分20秒

7月6日の出発前、茨木は17時30分頃、激しい雷雨。家をでる18時前にはやんでいたが、雨の後遺症かJR茨木行きのバスは渋滞でかなり遅れ、早めに出たのに18時50分発の関空行きリムジンにちょうどよい感じで乗る。途中、何回か激しい雷雨にあい前途多難を予感する。スイスの天気の長期予報では旅行期間中、毎日何らかの雨マークがあったので不安だったが、到着した日から帰国日まで快晴。雄大なアルプス、初めてみる本物の氷河、愛らしい高山植物を堪能し、猛暑の日本に無事に帰ってきました。

 膨大な写真の整理など中々大変ですが「ぼけ防止」と思いまとめてみようと思います。
 取りあえず今日は帰国の報告です。

 帰宅し、エアコンをつけっぱなし。しかし、暑い。涼しいところにいたので日本の暑さは辛い。

 

グリンデルワルトの街から見えた(左から)ヴェッターホルン(3701m)、メッテンベルク(3104m)、アイガー北壁(3970m)



ツエルマットからみた朝焼けのマッターホルン



(山上湖リッフェルゼーに映る)逆さマッターホルン(4478m)



エーデルワイス







ドーハ、チューリッヒへ

投稿日:2013年 7月14日(日)10時08分53秒

 出発前の7月3日(水)にJTB旅物語の添乗員(女性:Okada Tomoko さん)から挨拶をかねた案内の電話があり、スイスフランは5万円程度が必要という。二人で4万円程度と思っていたので、えっ、二人で? と聞き直すと、人それぞれですからと言いつつ、二人では7から8万円は少なくとも要るという感じ。おまけにユーロも1万円分程度は用意しろという。なんか納得できませんが、経験から言っているのだからと妥協することにしました。ツアーに参加というのは「地球の歩き方」をみて一人で旅するのとはやはり違うようです。実際には7万円分のスイスフランを用意し、帰国後、残金を両替えすると3万円戻ってきました。ユーロは1万円をほぼ使い切りました。みなさんたくさんの買い物をされていたので、Okadaさんの言うのも正しいのでしょう。

 また、最近は荷物紛失や盗難が多発しているという。アフリカやインドでもそのような事は経験しなかった。どうして文化水準は高いと思われるスイスで?と嫌な感じ。今までの、ケニヤ、インド、ミャンマーなどのほうがよっぽど治安がよいののでしょうか? わけが分かりませんという状況だった。旅行中も絶えずOkadaさんは盗難について注意喚起をしていたが、今回のツアーでは誰もそのような事件に巻き込まれなかった。幸いだったと言うべきなのでしょうか?

 スイスでは気温が氷点下になる高地にも行くので寒さ対策をしっかりしておいて下さいというので、用心のため冬装束も積み込んだ。快晴に恵まれたためか、実際には日本の3000mクラスの夏山の装束で充分でした。

 また、これは自分の判断で、ホテルで湯は確保できると思い、カップラーメンとインスタント味噌汁を持って行った。三つのホテルで宿泊したが、どのホテルにも湯沸かし器はなかった。スイスは水道水も安全というのに、残念なことでした。結局、旅を付き合ってくれたカップラーメンは、帰国後すぐに食べました。


2013年7月6日(土)
18時:留守中の郵便や宅急便の処理をご近所のHさんに頼み、出発。
18時50分発リムジンバス 関西空港 20時10分着
 スイスフランとユーロに両替後、軽い食事をとる(ライスカレー)。
21時20分:JTBのOkadaさんから「Eチケットお客様控え」を受け取り、QATAR航空のカンターで搭乗手続き。

 ツアー「憧れのスイスアルプス・氷河特急の旅 8日間」の今回の参加者は添乗員を入れて30名、ほとんどが老夫婦で、母娘が二組、男性二人が一組、女性二人が二組、一人で参加は女性が一人。ビジネスクラスの利用が四組もあった。ビジネスの追加料金は26万円、楽なことは間違いないがやっぱり高いなと思ってしまう。


23時45分発 QR803便 ドーハ 7月7日4時30分着予定が、23時30分発,3時20分着になった。

 ドーハでの時差は6時間なので、飛行時間は9時間50分。 10時間45分の飛行時間と思っていたので助かったような感じ。ただ、乗り継ぎのQR063便が8時35分発なので待ち時間が大変でした。
 初めてのQATAR航空、そしてドーハ。大きな空港で、駐機中の飛行機は関空とは比較にならないぐらい多い。それもQATAR航空のものばかり。着いたときはまだ夜中なので空いていたが、7時を過ぎたころから、たぶんQATARの人達があふれだし、ものすごい活気を感じた。携帯電話の電源を入れ、WORLD WING機能が有効であることを確かめる。スイスでは山中でもアンテナが立っていました。

8時35分ドーハ発 QR063便  14時チューリッヒ着。

 ドーハとチューリッヒの時差は1時間、大阪とチュウリッヒの時差は7時間。

 離陸は遅れたが、到着はほぼ定時、しかし着陸時に何回も旋回し高度を上げたり下げたり、大丈夫なのと不安になる。大きな音を立てながらも無事に着陸。
 アラビア語(?)での案内はお経のように聞こえるが全く理解出来ない。クラブ・ツーリズムや阪急トラピクス、また旅物語の他グループのツアー客も乗り込んでいて日本人が大多数なのに日本語による案内はない。
 チューリッヒで、機内積み込みの荷物は、JTBがポーターを手配し、バスに積み込んでくれた。そのために目印になるJTBのタグを付けさせられていたのだと納得。旅行社によるツアーであることをこんなことからも実感。これに慣れてしまうと、少しの距離でも重たいスーツケースを自分で運ぶのが苦痛になる。勝手なものです。


 




















 そして、いよいよ今日の観光目的地のルツェルンにバスで。ここでも、「日本人を狙った盗難(置き引き、スリ、ひったくり)が多発しているのでパスポート、現金、貴重品の管理は各自責任を持ってお願いします。.....公衆の面前でも犯罪は起こっています。」などと書かれた「快適で楽しい旅をするために」というチラシが配られる。ちょっとうんざり。


ルツェルン観光

投稿日:2013年 7月14日(日)16時47分33秒

2013年7月7日(日)晴れ
14時20分頃ジュネーブからバスでルツェルンへ(約67km、約1時間)
15時50分ごろからルツェルン市内を散策。

ルツェルン
http://www.myswiss.jp/jp.cfm/area/offer-Destinations-LLR-209605.html
 スイスの中央に位置するルツェルンは、美しい湖と奥に連なるアルプスの山、中世の建物がつむぎだす絵画のような風景で人々を魅了する古都で、昔も今もスイスを代表する観光名所のひとつです。ロイス川の両岸に発展していった町の面影は、カペルブリュッケ(カペル橋)などの古い橋、見事な壁画の建物や凝った彫像のついた泉(水飲み場)、かつての城壁など、旧市街の随所にみることができるでしょう。そんな歴史を誇る一方で、有名建築家が手がけた近代建築や新しいホテル、ショップなども続々登場。世界トップクラスの演奏家が集結する国際音楽祭や数々のイベントを開催するなど、文化都市として常に進化しています。また、ピラトゥス、リギ、ティトリス、シュタンザーホルンなど中央スイスの山々へ小旅行や、フィアヴァルトシュッテッターゼー(通称ルツェルン湖)でのクルーズを楽しむこともできます。


 

ライオン記念碑
大きな岩に身を横たえるライオンは、脇腹に槍が刺さり、
息も絶え絶え。1972年のフランス革命の際、民衆からル
イ16世とマリー・アントワネットを守ろうとして命を落
とした786名を悼んで造られた。



オタカラコウ?
ライオン記念碑の近くの公園に



カペル橋
木造の橋としてはヨーロッパ最古(1333年完成)。湖から攻めてくる
敵から町を守る城壁の一部だった。八角形の塔は見張り台だが拷問部屋
や貯水塔としても使われていた。橋の梁には聖人を描いた三角形の絵画
が掲げられている。橋には花が飾られている。










白鳥や鴨たちが




フラスコ画や花で飾られた美しい建物
フレスコとは、砂と石灰を混ぜて作ったモルタルで壁を
塗って、その上に水だけで溶いた顔料で、絵を描く方法














日本人やヨーロッパ人だけではなく、中国人や韓国人と多数の観光客で賑わっている美しい観光の町でした。旧市街の有名な観光スポットだけを巡りました。もっと見たくとも時間に制約されたツアー旅行ではどうしようもありません。

17時頃、今日の宿泊地グリンデルワルトに向けて出発。(約85km)
19時頃 ホテル HIRSCHEN 着


グリンデルワルト

投稿日:2013年 7月15日(月)00時35分22秒

 2013年7月7日(日)と7月8日(月)はグリンデルワルトのホテル HIRSCHENに連泊しました。着いた7日の夕食はホテルだったのですが、何を食べたのか思い出せません。とにかく出てくるのが遅く、ビールやワインを飲み終わる頃になって出てきて、皆さんがポテトは美味しいとい言っていたことだけ覚えています。朝食はチーズとパンが主体のそっけないバイキングでしたが、トマトとキュウリは美味しかった。

 スイスのホテルはシャワーしか無いところが多いらしいのですが、幸い全室にバスタブがついていました。電気は230VでコンセントはC型、用意した変換器が有効でバッテリーの充電はOKでした。

 部屋はジャーマン・ツインと呼ばれるタイプで、ベッド2つがひっついていました。

 ベランダからの景色はよく、ヴェッターホルン(3701m)、メッテンベルク(3104m)、アイガー北壁(3970m)が見渡せます。2泊目はスーパーでワインやビールを買い込みベランダで美しい景色を楽しみながら食事し、21時頃まで明るいスイスの夕方を楽しみました。

日の出は5時50分頃でした。朝焼けのアイガ北壁を期待したのですが、ヴェッターホルン上空がほんのり紅くなった程度でした。


 今旅行の最初の失敗、TNの持病の痛風の薬と血圧降下剤を紛失したことに、7日の夜になって気付きました。えっ、ビールが飲めないとパニックだったのですが、居直って飲み続けましたが発病せず無事帰国できました。


 










 



グリンデルワルト
http://www.myswiss.jp/jp.cfm/area/offer-Destinations-07Berner_Oberland-319731.html
 アイガー北壁とヴェッターホルンを眼前にして、2つの氷河が迫りくるアルプスの村グリンデルワルト。ユングフラウ地方を観光する拠点として絶大な人気を誇っています。フィルスト、ユングフラウヨッホなど魅力あふれるエクスカーションが楽しめるでしょう。黄色の花が絨毯のように咲き誇る春、高山植物が咲き太陽がキラめく夏、木々が色づくロマンティックな秋、雪山の雄大な美しさを体感する冬と、四季折々の美しい風景の中で、多彩なアクティビティが満喫できます。日本人観光客が多く、村内では日本語の看板もよく見られます。日本の松本市(旧安曇村)と姉妹都市。

 

グリンデルワルトからの山並み
(左から)ヴェッターホルン(3701m)、メッテンベルク(3104m)、アイガー北壁(3970m)




アイガー北壁(3970m)



アイガー北壁の裾野



(左から)メッテンベルク(3104m)、フィーシャーヘルナー、アイガー北壁(3970m)




(左から)ヴェッターホルン(3701m)、メッテンベルク(3104m)











世界遺産ユングフラウ観光

投稿日:2013年 7月15日(月)08時07分23秒

2013年7月8日(月)

 










クライネ・シャディック駅からみた(左から)
メンヒ(4107m)とユングフラウ(4154m)




 


8時にホテルを出発し、ユングフラウ鉄道でグリンデルワルト駅からクライネ・シャディック駅へ。ここでツアーの記念撮影のあと、トンネルの中をユングフラウヨッホまで走る登山列車に乗り換える。途中、アイガーヴァント駅とアイスメーア駅にそれぞれ5分程の停車があり、停車の間に駅からトンネルの外の景色を見ることが出来る。下りは停車しない。
 アイガーヴァント駅はアイガー北壁のど真ん中にあり、北壁に手を触れることが出来る。アイスメーア駅からの風景は氷の世界。

 クライネ・シャディック駅から52分で、標高3454m、鉄道駅としてはヨーロッパ最高地点のユングフラウヨッホに到着しました。今回、最初の3000m越えで高山病が心配され、少し気分が悪くなった人もいましたが、TN&TNはまったく大丈夫でした。

 

メンヒ(4107m)



アイガー北壁に触れる



 


 ユングフラウヨッホ駅の構内には日本の赤ポストが置かれていたので、孫Shionhへの絵はがきを投函する。13日には着いたらしい。

 エレベータで標高3571mのスインクス展望台にでる。南側に下る巨大な流れはヨーロッパ最長の

アレッチ氷河



 


エレベータで下りトンネルを通り、プラトー(氷原)にでて氷の世界を体験しました。

  

ユングフラウ鉄道を構想し設計したアドルフ・グイヤー・ツェラー

1860年代より、ユングフラウを登る鉄道を敷設しようとする構想は示されていたが、資金的な問題などで実現不可能と思われていた。しかし、19世紀末までには資金繰りのメドがたち、1896年よりユングフラウ鉄道の建設が開始された。アイガー、メンヒ両山の内部をトンネルで通過するために蒸気機関車の使用が困難であり、当初は電気機関車、後に電車を用いることになった。(電気は豊富な水を利用した水力発電で供給された。)

1898年までにアイガー山麓(アイガーグレッチャー駅)までの路線を完成させ、部分的ながら営業が開始された。その後、堅い岩盤に苦しみながらも建設は進み、1912年8月にユングフラウヨッホ駅が開かれた。

建設期間中は、ユングフラウの山頂まで鉄道やロープウェイを建設する構想もあったが、資金の限界・観光客が高山病を発症するリスクなどを考えて、途中のユングフラウヨッホを終着駅とすることになった。山中のトンネルから外の景色を見るための展望台を設ける構想は、設計者のA.G.ツェラーによるものだが、彼自身は鉄道の開通前に死去した。





ユングフラウヨッホ(4158m)



(左から)アイガー(3970m)、メンヒ(4107m)とユングフラウ(4158m)
ユングフラウは乙女、メンヒは僧侶、アイガーとユングフラウの恋をメンヒが
邪魔しているという。これら三山はベルナーオーバーランド三山と称される。





12時頃、クライネ・シャディック駅に戻り、レストランで昼食(アルペンマカロニ)。

13時から待望のアイガー北壁眺望ハイキングに。クライネ・シャディック駅からアルピグレン駅までの約4.3kmを約2時間かけて歩く。


スイスの花1

投稿日:2013年 7月15日(月)10時27分14秒

2013年7月8日(月)

13時30分頃から待望のアイガー北壁眺望ハイキングに。クライネ・シャディック駅からアルピグレン駅までの約4.3kmを約2時間かけて歩く。山は充分に見ているので今回は花に集中。TNが遅れがちになるのはしかたがありません。次から次に可愛い花がでてきます。載せようかなと撰んだ花だけで60以上、あと2つのハイキングにも参加していて、同じ花が幾つもあるので今回はとりあえず9種だけ。

  

トイフェルクラーレ(フィテウマ属 Phyteuma)



アルペンローゼ



シレネ・ディオカ(ナデシコ科マンテマ属)



イブキジャコウソウ



イブキトラノオ



トリフォリウム・アルピヌム(マメ科シャジクソウ属)



ピオラ・カルカラタ(スミレ科スミレ属)



カラフトゲンゲ(マメ科イワオウギ属)



エゾムラサキ(ムラサキ科ワスレナグサ属)



アイガー(3970m)





ローヌ氷河

投稿日:2013年 7月16日(火)02時48分42秒

2013年7月9日(火)

8時30分 ホテルをチェックアウト、バスでアンデルマットへ(約115km/約3時間30分)。途中、グリムゼル峠で写真休憩、フルカ峠ではローヌ氷河を見学する。

 スイスのトイレは有料と聞いていましたが、実際に有料トイレを利用したのはフルカ峠だけで、0.5 CHF/一人(スイスフラン)でした。

 ローヌ氷河は、このあとアンデルマットからツェルットに向かう列車「氷河特急」の名の由来となった氷河です。フルカ峠付近で「ローヌ氷河」が見えたことからこの名がつきましたが、1982年に通年運行確保のためフルカ峠をフルカベーストンネル(新フルカトンネル)で越えるようになったため、現在では氷河を車窓に望むことは出来ないらしい。

 氷河特急は、「特急」とはいうものの、沿線は急曲線と急勾配や、マッターホルン・ゴッタルド鉄道区間にはアプト式のラックレール区間があるなど、高速運転の支障になるものばかりであり、全線の表定速度は30km/h程度である。そのため一部では「世界一遅い特急」と呼ばれるそうです。

  




ブリエンツ湖



グリムゼル峠



ローヌ氷河









マーモット
ネズミ目リス科マーモット属。旅行中、何回かみか
けた。巣穴の中で生活し、冬季は冬眠するらしい。








12時30分頃 アンデルマットに到着。レストランで昼食をとったのだが何を食べたかまったく思い出せない。たぶん、美味しくはないが特別不味くもなかったのでしょう。食事の写真も必要ですね。

 氷河特急の駅は直ぐ近くなのに、バスが迎えに来ることになっていた。しかし、あまりに遅いので歩き出したらきた。それも他の団体客を乗せて・・・、手荷物を車内に置いていた人もあったので吃驚仰天。まあ、特に損害が出なかったのですが、これが今回の旅行中の最大の事故というべき出来事でしょうか。

14時18分発の氷河特急で、17時31分にツェルマット着。ツェルマットは排ガス拒否の町で、普通車は入れず、電気自動車が常用。大きな荷物は電気自動車でホテルに運んでくれた。

18時ホテル着。夕食はスイス風しゃぶしゃぶ(フォンデュ・シノワーズ)、これも特に美味しいわけではない。どうもスイスの食べ物は噂通り不味いらしい。


氷河特急








ツェルマット

投稿日:2013年 7月16日(火)08時06分12秒

2013年7月9日17時半に氷河特急でツェルマット駅着。排ガス拒否の町でガソリン車などは乗り入れ禁止なので、バスや自家用車などは4.8km手前のテーシュ駅で駐車することになる。テーシューツェルマット間は直通電車「ツェルマットシャトル」が20分ごとに運行されている。

 ツェルマットのあちこちからマッターホルンが見える。その名峰に魅せられた多くの観光客が訪れる。標高は1630m、伊吹山より高い場所。

 ホテルATLANTAに2連泊しました。家族総出で経営している小さなホテルです。電気がつかなかったり、ドライヤーが壊れていたりと小さなトラブル続出です。朝食のバイキングはホテルHIRSCHENよりもさらに貧しいものでしたが、牛乳だけは美味しかった。

  

マッターホルン(4478m)の朝焼け
日の出は5時50分頃、12日の朝焼けです。






日本人橋と呼ばれているそうです
マッターホルンの撮影スポットで、朝焼けを狙って日本人が
溢れています。登山列車の乗客も日本人が半数以上。たぶん
よその国の人はあきれているでしょうね。11日の6時頃です。



ツェルマット駅前広場
電気自動車でスーツケースをホテルまで運んでくれました




なにかeventがあったようなのですが・・・・



「ネズミ返し」の丸石
丸い石を積んで床を上げているの古い家がある。ネズミ被害
を避けるための構造らしく「ネズミ返し」と呼ばれている。







ツェルマットのメイン・スリート



ホテルATLANTA



鉢植えのエーデルワイス
花屋さんにエーデルワイスがいっぱいあったのには
幻滅でしたが、このように飾るのだとなんとなく納得。





ゴルナーグラート展望台

投稿日:2013年 7月16日(火)11時07分46秒

2013年7月10日8時ホテル出発。
 登山列車(ゴルナーグラート鉄道 GGB)でゴルナーグラート展望台(3089m)へ。列車は日本人の各種団体客で超満員。マッターホルンの勇姿を眺めながら33分で終着駅に。

 展望台からは、ヨーロッパ・アルプス第2の高峰モンテ・ローザ(4634m)、リスカム(4527m)、カストール(4228m)、ポリュックス(4092m)、ブライトホルン(4164m)、マッターホルン(4478m)の4000m級の名峰達を見渡せ、感動でした!
























マッターホルン(4478m)

















スイスの花2

投稿日:2013年 7月16日(火)15時28分12秒

2013年7月10日
ゴルナーグラート展望台(3089m)でアルプスの絶景を堪能した後、登山列車でゴルナーグラート駅からローテンボーデン駅まで下りる。
 10時頃から、{逆さマッターホルン」で有名な山上湖リッフェルゼーを訪ねて、ローデンボーデン駅からリッフェルベルク駅間をハイキングする。日本人女性のハイキングガイドさんが同行し、約2.2km、約1時間半の行程。美しい「逆さマッターホルン」と花を楽しみあっという間に時間が過ぎた。


逆さマッターホルン(4478m)




シラタマソウ(ナデシコ科マンテマ属)




トロールブルーメ(キンバイソウ属)



アルペン・ホルンクレー(ミヤコグサ属)



バイエリッシャー・エンツイアン(リンドウ属)



アルペン・ソルダネッレ(イワカガミダマシ属)




ヴァルト・シュトルフシュナーベル(テンジクアオイ属)



イワダイコンソウ



ヴィーゼン・グロッケンブルーメ(ホタルブクロ)



チョウノスケソウ







スイスの花3

投稿日:2013年 7月16日(火)17時57分55秒

2013年7月10日
「逆さマッターホルン」ハイキングの後、リッフェルベルク駅で登山列車に乗りツエルマット駅に戻る(12時頃)。次のオプショナルツアー「スネガ展望台とフラワーハイキング」も同じガイドさんだったので、すぐに出発。

 ケーブルカー乗り場まで歩き、地下ケーブルカーでスネガ展望台へ。ここで昼食の「おにぎり弁当を食べる(13時頃)。期待したツアー初めての和食だったが、ご飯がなんと不味いこと。
 マッターホルンの絶好の展望台とガイドブックには紹介されていたが雲が厚くなってきて、絶景とは言えなかった。

 13時半、ゴンドラでハイキングの出発地点であるブラウヘルトヘ。逆さマッターホルンのもう一つの絶景ポイントの山上湖シュッテリーゼまでを往復しました。時々、雨に降られ「逆さマッターホルン」の頂上は雲に隠れていたが、出てくる花は可憐で、TNは遅れがち。そして、ついに自生のエーデルワイスにご対面! 感激でした。

 復路は、じっくり花たちと遊びたいので、皆さんとは別れました。

 ツエルマットでホテルへの道に迷い訪ねるとFollow me! と気軽に案内してくれました。スイスの人もなかなか親切です。16時には宿に戻りました。

 ちょっと街を散歩し、土産物屋を覗き、Coopでワイン&夕食を調達し、ホテルでのんびり過ごしました。前日、故障していたドライヤーは正常品と交換されていましたが、今日は浴室の電球が切れました。

 

エーデルワイス(キク科ウスユキソウ属)




ハラース・クーシェレ(オキナグサ属)




ゲルベ・アルベン・クーシェレ(オキナグサ属)



コッホ・エンツィアン(リンドウ属)



シュピング・ハウスヴルツ(センペルウイウム属)



アキノス・アルピヌス(シソ科アキノス属)




ペディクラリス・トゥベロサ(ゴマノハグサ科シオガマギク属)



ベロニカ・カマエドリス(ゴマノハグサ科クワガタソウ属)



メールプリメル(サクラソウ属)



アルペン・バルサム(イワカラクサ属)






モンブラン、グランド・ジョラス北壁

投稿日:2013年 7月17日(水)04時41分16秒

2013年7月11日
8時、ホテルAtlantaを出発。「ツエルマット・シャトル」でテーシュへ。
9時 テーシュからバスでシャモニーへ(約144Km、約3時間)。バスと運転手の国籍はフランス。二日間は、このバスで移動。
12時 シャモニーのエギーユ・デュ・ミディ展望台(3842m)行きロープウエイ駅に到着。レストランで昼食、チーズ料理ラクレットがでた。大きなチーズの塊を熱で溶かし、ジャガイモにかけて食べる簡単なもの。さすがにフランス、サラダもやっと本格的なものがでて美味い。

 








13時30分、ロープウエイを乗り継ぎエギーユ・デュ・ミディ(3842m)へ。一気に、富士山より高い場所へ。雲が広がりかけてはいましたが、アルプスの女王モンブラン(4807m)、ヨーロッパ三大北壁の一つであるグランドジョラス北壁(4208m)やボソン氷河の雄大な景観を堪能した。ヨーロッパアルプスの三大北壁とはマッターホルン、アイガー、グランド・ジョラスのことらしい。今回、全部、みたことになる。それも晴天下、凄いな!
 女性ではじめて三大北壁を完全登攀したのは今井通子さんだった。


エギーユ・デュ・ミディ(3842m)へのロープウエイ




グランドジョラス北壁(4208m)



アルプスの女王モンブラン(4807m)



ボソン氷河





16時 ホテルAlpina着、今回、唯一のAグレードのホテルで、流石に立派なロビーが有り、部屋も広い。しかし、トイレに手洗いがないなどちぐはぐな感じ。しかし、部屋からモンブランの勇姿が眺められ、ボソン氷河がシャモニーの街の近くまで流れてきているのがはっきりとみえる。満足です!

 夕食は和食、日本人シェフで味はまあまあ。スペイン産コシヒカリと言ってはいたがコシヒカリは福井産! 比べても仕方がありませんが、不味い。


ホテルのロビー



ホテルからみえるモンブランとボソン氷河







ホテルからみたシャモニーの街並み)



ホテル近くの広場でロック・クライマーの競技会の開催式典が・・・






帰国へ

投稿日:2013年 7月17日(水)07時17分2秒

2013年7月12日
7時朝食、品数は多くやっとバイキングらしい感じ。しかし牛乳は水っぽかった。
8時、ホテルAlpinaを出発、昨日と同じバス・運転手で「花のまちコンクール」で最高クラスに格付けられているというイヴォアール村へ(約95km、約1時間半)。
9時半、イヴォアール村着。昼食まで自由散策。
 確かに花が飾られた小綺麗な村。観光客も多く、土産物屋が並んでいる。フランスだがスイスフランも使えた。
11時15分、レストランで昼食。普段は昼は飲まないのに、旅行中はビールを飲んでしまいます。日本と違い水もお茶も出ないので、どうせ飲み物にお金を払うならビールの方がよいと思ってしまうのです。。

 

イヴォアール村





























12時、バスでジュネーブ空港へ(約54km、約1時間)。1時半着。
すぐに帰国のための諸手続。飛行機に搭乗までの待ち時間に免税ショップをみてみるが買いたい物はない。乗り換えによったドーハでも同じ。


ジュネーブ









16時ジュネーブ発 − QR050便 − 23時10分ドーハ着。 機内食1回。

7月13日(土)
1時40分ドーハ発 − QR802便 − 17時25分大阪着。

 前回のデング熱騒ぎでトラウマになりかけた「体温検知システム」も難なく通過、無事に帰国しました。そして、蒸し暑い日が続いて、バテ気味です。

ローヌ氷河についての補足

投稿日:2013年 7月21日(日)

 アルプス氷河は今回の旅行で最も見たかったものの一つで、アレッチ氷河、ローヌ氷河、ゴルナー氷河、ボソン氷河の雄大な景観に圧倒された。しかし、旅行記ではあまり書く気にならなかった。原因は、添乗員さんのアルプス氷河についての説明に「氷河期は1億年前に終わり、その後・・・」というような説明があったり、旦那さんが奥さんに地層の褶曲構造をさして「あれは氷河が滑った跡だ!」と説明されているのを聞いてしまうと、頭の固いTNにはビックリ仰天の説明なので到底、フォローできない。それで、旅行中、地質はみないふりをしてきたためだと思う。

 たまたま、哲(TETSU)のホームページ2008年7月10日のローヌ氷河や、「アーサー・ホームズ:一般地質学U」の写真による1960年代以前のローヌ氷河の写真があるのをみつけた。好奇心を刺激され自分の写真を見直した。

 哲(TETSU)さんは1948年3月生まれの土木屋さんで東京都の地方公務員として、地盤沈下・地下水の調査・研究を十一年続けた方らしい。「アーサー・ホームズ:一般地質学U」を引用されているのでてっきり地質屋さんと思っていたのですが。この本は退職時に誰かに譲ったので今手元にないため、写真はそのまま孫引きです。

ローヌ氷河
ローヌ氷河は、ウルナー・アルプス山脈で最大の氷河。氷河の南には、ローヌ川の水源もある。氷河はグリムゼル峠とフルカ峠の間に位置し、ヴァレー州の北端で、オーバーヴァルトの一部でもある。
ローヌ氷河は、アクセスが容易であったため、19世紀以来様子が記録されている。氷河は、この120年間で〜1300 mも岩石を残して後退している。日本のテレビも「地球温暖化によるアルプス氷河後退」の取材に訪れたことがあるらしい。

 

Google Earthでみたローヌ氷河




1960年代以前のローヌ氷河、「アーサー・ホームズ:一般地質学U」の写真による






Google Earthにあった2004年のローヌ氷河




(A)哲さんによる2008年7月6日のローヌ氷河






(B)TN&TNによる2013年7月9日のローヌ氷河








2013年の氷河は、1960年以前からは大きく後退し、2004年からも後退しているのは明らか。しかし、2008年のと比べると、(A)と(B)それぞれ上の方の写真では2013年の氷河の方がしっかりしているようにも見える。下の方はたぶん2013年が後退しているのかなと言う程度で、大きな差があるとは思えません。

氷河の中、フラッシュはたいていないので自然な色です







スイスの旅 補足

投稿日:2013年 7月23日(火)11時27分49秒

旅行記はもう終わりと思ったのですが、また少し追加したくなりました。
きりがないのでこれで最終にしたいと思います。

 

古都ルツェルンの白鳥
清冽な水のロイス川で遊ぶ白鳥に感動でした。




ロイス川の畔で憩う人たち









キバシカラス
ヨーロッパアルプスやヒマラヤの高山に棲むカラス。
ヒマラヤでは8285mの高さで観察されていて、これは
鳥類高所観察記録レコードだそうです。スイスでは
ツェルマット(1620m)、フルカ峠(2431m)やゴル
ナーグラード展望台(3089m)でみました。












ブドウ畑
スイス人は年間消費量でトップ5に入るほどのワイン好き。一定の品質を保つため
国や地方の管理のもと葡萄の生産量が制限されているので、スイスワインはほとん
ど海外には輸出されません。スーパーで約1000円で買ったスイスワインの赤白1本
ずつを飲みましたが美味しかった。ブドウ畑が日本にあるのより背が低いような?
シャモニーに行く途中のワイン生産地Sion(孫と同じ名です!)のブドウ畑です。





小麦畑
フランスもスイスとよく似た風景が続くのですが、
流石に農業国、いろいろな畑が続いていました。




マーモット

マーモットは、ネズミ目リス科マーモット属の動物の総称です。ずんぐりした体格の大型のジリスを指す。マーモット類は一般に巣穴の中で生活していて、冬季は冬眠する。大部分のマーモットは社会性の高度に発達した動物で、危険が迫るとホイッスルのような警戒音でお互いに知らせあうという。






街の花たち
スイスの街は綺麗な花で飾られていました。