掲示板の記録


達志の熱傷」と題し,平成14年(2002年)5月13日から7月1日までの間に、掲示板に書き込んだものをまとめました。それに、その後の約1年間の掲示板の記録を付け加えたものです。次男達志を突如失い、呆然としながらもなんとか平気を装い日常の仕事をこなそうとしていた時代の記録です。哀しく懐かしい(平成25年6月2日)。

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迷惑メール 投稿者:TN  投稿日: 6月 4日(水)07時35分58秒

 家族とJFにしかアドレスなどを知らせていない携帯電話に助平(H)サイトの
広告メールが届きだした。毎日,4,5通。差出人を指定して受信拒否できる機能が
あるのでとりあえずそれで対処した。しかし敵は次々とメールアドレスを変えて
攻撃してきた。ドコモとbiglobeという大手のアドレスばかり。夜中に
着信音で目が覚めるのでアドレスを変更。こんなに簡単にアドレスを変更できることが
便利な反面,悪用される原因でもあると思う。

こんなニュースが流れていました。
「全メールのうち5割以上が迷惑メール〜世界規模の調査結果で判明」

 英セキュリティ企業MessageLabsは2日、同社が定期発行している調査結果の5月分
の調査中で、すべてのメールに占める迷惑メールの割合が激増しているとの調査結果
を明らかにした。

 MessageLabsが世界各地のネットワークで収集したメールの分析によると、収集し
た1億3390万通のメールのうち55.1%が迷惑メールだったことが判明した。これは先
月に比べて38.6%の増加であり1年前に比べても40.6%の増加だった。最近になって
迷惑メールの数が激増している傾向がわかる。

 またこの同じ調査によってメールに含まれるウイルスの割合は145.3通に1通の割合
だったことも分かった。5月にはFizzerやSobigなどのウイルスの活動が活発化し、そ
の結果として4月に比べて47.4%の増加となった。

 迷惑メールに対する対策は目下大きな問題として認識されているが、迷惑メールの
占める割合が50%を超えたことでますますこの問題に関する関心が高まっていくだろ
う。
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ササユリ 投稿者:TN  投稿日: 6月 3日(火)07時10分42秒

 ササユリ,今朝は花が2つ咲いていました。まるで恋人に出会えたように
嬉しいものです。つぼみは20程見つけています。これからしばらくは
暇さえあればでかけると思います。場所は秘密!!
 去年の今頃,関西医大付属病院に入院中,大学のJF,MH,TOさん達が
岡山大学に移ってしまった数学のD教授からのササユリを持ってきてくれた。
ご自宅のある蛭ヶ野高原に咲いていたもので,その花の白さが印象的でした。
今朝も見たピンクがかった色とは少し異なっていたのでよけいに憶えています。
嬉しくて看護婦や研修医たちに自慢げに見せびらかしたことも・・・。
 どうしてるのかなDさんは。12日にいつものメンバーで酒を飲みます。
福井に来れないのかな・・・・・。

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一周忌 投稿者:TN&TN  投稿日: 6月 2日(月)08時02分20秒

 一周忌の法事,無事終わりました。成就寺さんをはじめ
わざわざお越し頂いた皆様,またお供えをして頂いた方々には
ほんとうにお世話になりました。どうもありがとうございました。

 また,早朝にお墓に花をいけて下さった方,ありがとうございました。
 

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ソラマメ 投稿者:JF  投稿日: 5月30日(金)17時13分50秒

 昨日,農場でおもしろい話を聞きました。
 ソラマメは,初めのうちは空を向いてついている(だから“ソラマメ”という)
けれども,豆が熟すと下に垂れてくるそうです。だから,さやが下に垂れている
豆を収穫するのだと。科学的にはどうか知らないけれど,経験から言うとそうなん
ですよと,おじさんが笑いながら教えてくださいました。
 私は田舎の子ですが,農家の子ではなかったので,立派なソラマメを目の前にして,
思わずなるほどと納得してしまいました。でも,豆のさやが空を向いているのは
ソラマメだけではないような気もするのですが…。まあ,いいか。
 ほんとうに毎日毎日新しい発見があって,うきうきしてしまいます。

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アザミ 投稿者:TN  投稿日: 5月30日(金)10時15分57秒

 福井大学総合自然教育センター,名前は大げさだが実態は農場。今年度からそこの
面倒をみなければならないことになってしまったので,たまにJFと様子を見にでかける。
その途中の川の堤防にアザミが群生,その側にはブタナ,コバンソウも群生し風に
揺れていた。ありふれた花ばかりですがそれなりに美しかった。ブタナを綺麗なと
思ったのは初めてです。

トムさん:もう暑中見舞いですか。大変ですね。マイクロソフトのやり方が嫌いなので
意地になって一太郎を使っています。私も漢字変換はATOK以外は考えられないな!

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フォントエフェクト 投稿者:トムラウシ  投稿日: 5月29日(木)20時31分17秒

私、ジャストシステムの商品って、
もひとつだなぁと思うことも、あったのですが、
気に入っているのが、一太郎付属のフォントエフェクト。

我が家の広告、年賀状など、これがないとやっていけない
位気に入っています。

さっき、暑中見舞いの裏書きを作っていたのだけど、
フォトショップでは、失敗ばかり。
一太郎では、スイスイ。
フォントエフェクトは、訂正も楽だし・・

どうも、フォトショップはわけがわからん。
独り言で失礼しました。

もち、ATOKは大のお気に入り。

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くだらん・・・ 投稿者:TN  投稿日: 5月28日(水)22時13分55秒

 くだらんTVドラマをみてしまった。女子大の理学部教授のセクハラ・・・。
普通の教授は世間が思うような権力を持っていないし、権力志向とは無縁である。
そして世間が思うほどのバカでもない、と自負している。ただし、妻に「変人」
と認められる程度には個性的ではある。その変人の奥さんを30年(今年は
結婚30周年)続ける彼女はもっと変人だ、と教えるのですが彼女にはその
自覚がない。
 なにを書きたかったのか、あまりのばからしさに忘れた。

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道草 投稿者:TN  投稿日: 5月28日(水)17時35分00秒

 朝,良い天気なのでかなり遠回りをして大学へ。
 ササユリがつぼみをつけていた。今年も楽しませてくれそうです。
ウツギが満開,今年は少ないと思ったのはコースが悪かったのかな。
ホウの花は大きくて遠目にも目立つ,キショウブ,ヤマボウシ,
タニウツギ,キリ,サワフタギ,ハリエンジュ,キジムシロ,ナルコユリ
などなど。猫がすきだというマタタビもつぼみがでていた。
 道草が癖になりそうです。

一周忌
 6月1日(日)の16時から成就寺さんにきてもらいます。法要の
始まる前に墓参りは済ませるつもり。
 6月8日(日)はシゲムラ建設の方々が,達志を偲び,ゴルフをして
その後飲み会らしい。酒でもさしいれようかな・・・。
 6月12日(木),てみ子は勤務,私も茨木には帰れない。せめてこの日は,
達志と1日中,酒を酌み交わしていたい。しかし,そうもいかないので,
after 5からにした。約10人の呑み仲間がつきあってくれる。

YKくん,お線香,ありがとう。

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Resなど 投稿者:TN  投稿日: 5月27日(火)06時56分27秒

ツルカノコソウ:春先にみると花にほんのりピンク色が見られたので
そうかなと思ったこともあったのですが。私たちは結構,思いこみが
強いようですね。まあ,当たらずといえども遠からずで充分という
いい加減さが原因でしょう。

トムさんへ:ちゃんとした登山を目指す方は違うなと感心しています。
JFはワンゲルだったので荷物ぐらいはもてるでしょうが,私たち夫婦は
荷物は苦手です。花だけが目当てなので,荷物は缶ビールさえあればよく,
他はカメラ以外は可能な限り減らし体力温存に努めます。
 近くで見つける山野草も,嬉しいものですね。フタリシズカはちゃんとした
山(?)でしかみたことがないな!

がんばらない3:「あきらめない」も読み終わりました。途中で
達志のことを考え読めなくなったのは,「がんばらない」ほどの
説得力がなかったからでしょう。素晴らしい本には違いないのですが。
山本義隆,今井澄という名前から,東大全共闘をさっと思い出せるのは
我々までか。今井澄や著者の鎌田實が医学部紛争を戦い,破れた後,
初心を忘れず地域医療に生き,それなりの業績を上げた。すごい
なと思うと同時に,人間はそんなに簡単には変わらないのだと安心する。
編集済

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“コンロンソウ”改め“ツルカノコソウ”の種子 投稿者:JF  投稿日: 5月26日(月)17時34分10秒

 今年の春,朝倉氏遺跡で堪能したはずの“コンロンソウ”は,実は“ツルカノコソウ”でした。
図鑑を見直すと,タネツケバナ科の“コンロンソウ”とオミナエシ科の“ツルカノコソウ”では
花が全く違いました。なぜ思い違いをしたのか,自分でもよくわかりません。でも,ちょうど
一番美しく咲いている時期に行き当たったようで,本当にきれいでした。
 先日,ツルカノコソウの種子を初めて見ました。ツルカノコソウの種子って綿毛がついている
のですよ! 綿毛は円盤状に14本くらい並んでいます。その1本1本の綿毛にさらに羽がついて
いて,まるで雪の結晶のようです。(雪の結晶の形で言えば「シダ状十二花」と似ています。)
一本だけ失敬してきた“ツルカノコソウ”も,部屋の中でしっかり種子をつけてくれました。
よく見るといろいろな段階の種子があって,とてもおもしろいのです。小さな白い花の後,
つぼんだ状態で顔を出した綿毛は,だんだん大きくなってクラゲのようにふっくらとふくらみ,
パッと開きます。そして,子房の部分が茶色っぽくなるとふわふわと落ちてきます。
 花の名前を覚えると,親しみがわいて花の早い時期から種子ができるまで長い期間気に
留めるようになります。そうすると,蕾の出方や種子の付き方・飛ばせ方など,次から次へと
おもしろい発見があって…。楽しいですね。
 
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ボッカ訓練 投稿者:トムラウシ  投稿日: 5月26日(月)11時48分07秒

土曜日、主人とボッカ訓練のため、
近所の御岳に行ってきました。
高さは800m弱。荷物は、夏のアルプスでのテント泊に
備えて、13キロ。
これでも、本番よりは軽いので、18キロ程度でこれから
練習していこうと思います。

花は全く、期待していなかったのですが、
ベニサラサドウダン、↓


フタリシズカ


の他、タニウツギ、ウツギ、ワラビ、クロバイ?があり
遠くまで行かなくても、近所でも咲いていて、捨てたものでは
ないと思った次第です。

朝早くに登ったため、ワラビが取り放題。
たくさん取って、ワラビ寿司にしました。

久しぶりに重い荷物を背負ったため、足が少々痛い。

夏のアルプスのテント泊、目指して、がんばります!!

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がんばらない2 投稿者:TN  投稿日: 5月26日(月)07時01分33秒

 「がんばらない」から「あきらめない」へと読み進む。余命を伝えられた患者と家族,
医者,看護婦,保健婦,友人とのすばらしい物語が紹介され,今後の自分の生き方に
大きく係わってきそうな考え方と巡り会えたと嬉しい。

 しかし・・・,と昨晩から読めなくなった。突然の事故に遭遇し,ひたすら自分の会社(中島組)と啓子と隆一のために,一刻も早い復帰だけを願った達志は・・・,ひたすら快復を祈った
家族は,そのような看護の時間さえなかった甲田浩貴くんとその家族は,どんな想いをしていまも
逝ってしまった息子に語りかけているか。そんなこと表現できるはずがない。ただ,涙を
こらえず,とまるまで流れるにまかすのみ。

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がんばらない 投稿者:TN  投稿日: 5月25日(日)08時11分23秒

 「がんばらない」鎌田 實著(集英社 1600円) ベストセラーということは
知らなかった。昨日,書店で続編「あきらめない」と並べられていて,なぜかすぐ目
に付いた。いい本と言う直感があったが,先ず1冊読んでからと「がんばらない」だけを
買った。一気に読み終えた。感動した。「あきらめない」も今日読むつもり。
 著者の勤務する諏訪中央病院の廊下に,知的障害をもつ女性が描いた書が掲げ
られいる。その1つが「がんばらない」。「・・・・ぼくら医療スタッフががんばりま
すから,あなたはありのままでいてください,そういう気持ちをこの書にたくしたい。」
と著者はいう。著者は本気でそう思っているということを,20歳になる前に死を迎えた
青年をみとるとき,「がんばらない。がんばらない。これまでよくがんばってきた,もう
がんばらなくていいよ,きみはきみのままでいいんだよ」と胸のうちで思ったと書かれている
のを読んだ時に感じた。家族の気持ちになって患者とつきあえる医者だなと感動する。私たちも
達志を看取るとき同じ事を感じた(正志の通夜挨拶:医者がほめてくれるほど、達志は気力で
頑張り通しました。よく頑張った、もう頑張らなくて良いよ、ゆっくり休みなさいと
私たちは彼に話しかけました。)。
 私の頭を去らない大問題,「いかに死ぬべきか」についていろいろな事例で考えさして
くれる。看護婦や保健婦に対する正当な評価も気持ちよい。

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放射年代 投稿者:TN  投稿日: 5月24日(土)18時14分17秒

 縄文時代が5000年前頃から始まると考古学者が考えていた頃,
C14法で年代を8000年前,1万年前と当時の「世界最古の土器年代」
と位置づけられるような年代値を,日本の縄文土器から提出しだした頃,
大多数の考古学者は放射年代測定を忌み嫌った。その刺激で中国やロシアで
土器の年代測定が行われ,大陸でも同じ年代の土器の存在が報告されるよう
になり,そのような年代が考古学の常識として受け入れられるまでに
30年はかかった。(そのころ私たち年代測定に関連のある
地球物理屋は「日本が土器発祥の国」と考えた方がずっと
ロマンがあると,無責任に考えていた。)
そして時代は変わりC14年代の精度も上がり,昔はC14年代と実年代(暦年代)
に大きな差があったが,色々な補正方法が提案され実年代としてC14年代を
公表できるようになってきた。
 きっと今回の弥生時代の年代観は,数年もすれば日本の常識になる
のでしょう。

 しかし,同じ3000年前の文化(焼き物など)を中国と日本で
比較すればまったくレベルは違いすぎる(天と地ほどの差,
むろん地はニホン)と,中国展を見るたびに思い知らされる。
今回は松江の学会でそれを痛感した。

「人間って進歩したのかしていないのかわからないです。」
難しい問題ですね。何を視点にするかで答えはかわる。

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福井行き中止(TT) 投稿者:hatabo  投稿日: 5月24日(土)06時18分50秒

TN様、おはようございます。
福井には、明日大野市に行くつもりでしたが、中止になりました(マラソンの予定でした)・・・トホホ。勝山市の恐竜博物館はまだ新しく、いろんな技術を駆使して面白かったです。子供たちよりも大人のほうがはまりそうでした。

越前一乗谷にも何度も行っていますが(これは私のHPの賤ヶ岳の合戦コーナーにも関係してきます)、「つわものどもが夢のあと」を思わせるのどかな雰囲気ですね。これだけ復元されていると観光客も多いだろうと思っていましたが、確かに山野草を見にいくという感じではないですね。・・・1550年頃、朝倉氏と浅井氏は助け合う深い中にあったようです。

というわけで、福井の教授殺人事件は、福井市にとってはキャンペーンとなるのでしょうが、福井大学にとってはどうなのでしょうね? 考古学の世界に放射性同位元素の減衰を利用して年代を決める方法がメジャーとなり、弥生時代が通例より500年も早く始まったという仮説が新聞に載っていました。つまり今から3000年前から弥生時代となったと・・・人間って進歩したのかしていないのかわからないです。

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ご当地ドラマ―その2― 投稿者:JF  投稿日: 5月23日(金)11時23分39秒

 皆さんは,「第○次恐竜発掘団長の福井大学名誉教授(生物学)が殺され,
その遺体が勝山の恐竜発掘現場で発見され…」というシナリオをみて,疑問に
思われませんか? 私は,最初にそのお話を伺ったとき,冗談かと思いました。
「恐竜(化石)の発掘団長に“生物学”の教授?」
 私は化石も生物も素人ですが,化石を扱うのは「古生物」だから“地学”,
“生物学”で「生物」として扱うのは生(なま)の生き物だと思っていました。
もちろん,化石の詳細な研究に生物学の専門家が関わってくるのはあり得るで
しょう。でも,化石発掘に“生物学”教授が調査団長を務めるなんて…。
恐竜博物館のある福井の大学には地学の専門家はいなかったのですね,きっと。
と,いやみの一言も言いたくなります。
 恐竜博物館の方々は,何も思われなかったのでしょうか? おっしゃらなかった
のでしょうか? 学芸員のみなさん,地学のご出身でしょうに。…大人なのですね。
 いや,それとも,話の筋の中で“生物学”というのが大事なポイントになるのかも
しれません。ドラマの放映が楽しみですね。

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ご当地ドラマ 投稿者:TN  投稿日: 5月23日(金)08時11分03秒

 先日,恐竜博物館の”えらいさん”二人が,お話に伺いたいと突然
電話をかけてきた。なんだろうと身構えていたら,福井市が誘致したご当地ドラマ,
「土曜ワイド劇場」で東ひづる(?)とやらが主役,のロケの話が博物館に
あった。そのシナリオをみると,第○次恐竜発掘団長の福井大学名誉教授(生物学)
が殺されその遺体が勝山の恐竜発掘現場で発見され・・・,というようなものになっている。
このような筋書きではTN教授がお怒りになるかもしれないが,決して恐竜博物館が
かかわったものでないことをご理解して頂きたい。というような「くだらない」話であった。
しかし,てみ子はなぜか本気で,達志の死と重ねて,縁起でもないと怒った。私は
そのあたりは鈍感なのかなとおもう。博物館でのロケは断ったときいている。しかし,
福井大学は市からたのまれたからと,「テレビドラマのロケに伴う大学構内の使用について
(お知らせ)

 このことについて,福井市市長室政策審議室は,福井市のイメージアップのため,映画,
テレビ等のロケの誘致に取り組んでいます。
 今回,この福井市のイメージアップの一環として,大映テレビが制作する「土曜ワイド
劇場」のロケ地として,本学の構内を下記日時において使用しますので,お知らせします。
 つきましては,ロケが平日の撮影となり,何かとご迷惑をかけることがありますが,よ
ろしくお願いします。」というような案内を今朝メールで届けた。

 なんでイメージアップと疑問に思う。イメージダウンではないのでしょうか?福井大学は。

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草刈りなど 投稿者:TN  投稿日: 5月23日(金)07時41分11秒

草刈り:今日の午後は構内の草刈りがある。草刈りが必要だとは思わないので
嫌々参加することになる,憂鬱。今盛りのハルジョーンは守りきれないだろう
から,せめて種をつけ始めたタツナミソウと,可愛い花をつけている
ニワゼキショウはJFと二人で護ってやろうと思っている。

朝倉氏遺跡:信長に負けた朝倉氏の庭園跡,一乗城山の麓にあり,四季それぞれ
山野草が見事。昨日は野アザミの群生のあまりの美しさに感動。綿毛をつけた
コンロンソウがいっぱい(コンロンソウの綿毛のおもしろさは,一昨日八幡山
で気付いた。この可愛さについてはJFが紹介してくれることと思います。)。
キジムシロ,オドリコソウ,また種をつけたコチャルメルソウなど見所がいっぱい
でした。
 しかし,観光コースなので時々草刈りの魔の手が入ります。一番ひどかったのは
ニリンソウの群生地にまで入り込んでニリンソウを根こそぎにしていたことが
ありました。県の文化課の人に朝倉氏遺跡は山野草とセットで売り出すべきだと
教えたのですがどこまで分かってくれたか疑問です。
 早春の花をあげれば,ショウジョバカマ,ネコノメソウ,キクザキイチゲ,ニリンソウ,
イチリンソウ,カタクリ,フキ,ワサビ,コチャルメルソウ,ヤマエンゴサクなどなど。
伊吹3合目の森さんのような方がおられたらすばらしいお花畑になるのに
なと思います。

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ミヤマヨメナ 投稿者:TN  投稿日: 5月21日(水)17時13分55秒

 良く晴れていたので昼休みに足羽山と八幡山へ。お目当ての
ミヤマヨメナは見頃。大学構内では終わったタツナミソウが咲きかけ。キリ,エゴ,
タニウツギはあるが今年はなぜかウツギが目につかない。まだなのかな。
ヤブジラミ,トウバナ,シライトソウ。ニガナ,花ニガナは今が盛り。

足羽山のミヤマヨメナ

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Re: 投稿者:TN  投稿日: 5月21日(水)02時30分14秒

hataboさんの掲示板に「飛鳥村のヘンガーデン」さんがヤマエンゴサク
の色の変化はわからないと書いておられました。となると素人がかってな
ことを書いてしまったと、恥ずかしくなります。素人は無知ゆえに怖さを知らず、
なんでも大胆に無責任に一般化して推測し、断定してしまいます。
わからないが正解なのでしょう。ごめんなさい。
 ペンションではいつも親切に対応して貰っています。食事も
魅力です。
 皮膚移植し退院した直後に「医者は自分の頭で考えない。
研究者として失格だ!」というような発言をしました。これも
hataboさんの柔軟な思考法をみていると、人によりけりで断定
すべきではなかったなと反省します。


Q氏へ:お疲れ様でした。立派な学会でした。私たちは「松江」をたっぷり
楽しみました。「金吾郎」、駅で売っていました。超辛口とラベルに
書かれていました。しかしインターネットで検索してもみつかりません。
飲んだ中では一番美味しい地酒だったのに!

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お礼 投稿者:hatabo  投稿日: 5月19日(月)21時21分33秒

TN様、お忙しいところ丁寧な回答ありがとうございました。
ヤマエンゴサクの微妙な色の違いって非常に興味があります。

ペンションいぶきさんとこの頃何度かあってしゃべっています。
TN&TNさんのことを何度か話題にしておりました。
ケンちゃんが「恐竜の事を聞きに行った」という話を聞いて笑っていました・・・。
ペンションさんも、息子さんのページ、ご覧になられたそうです・・・
http://www.biwa.ne.jp/~hatabo

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花のいろ 投稿者:TN  投稿日: 5月19日(月)19時38分14秒

 ヤマエンゴサクは確かに微妙な色の違いが魅力ですね。私の持っている図鑑には,
「色の変異が多い」と書いてあるが何故?というヒントはない。
 むろん私は専門外でわかりませんが,調べてみると「花の色の不思議について」
http://homepage1.nifty.com/kaska/qa/qa-color.htm 
に良くまとめられていて,hataboさんの考え方でよいのかな・・・と思いました。

ここには
『1.花の色を決める色素にはどんなものがある?
◎カロチン類・・オレンジ、黄色、赤などの色素群。濃い黄色や橙色の花に多く含まれる。水に溶けず、油に溶ける。◎フラボン類・・薄い黄色から濃い黄色の色素群。アントシアン色素と類似した構造を持つ。野菜の煮汁が黄色になるのはこの色素が溶けたことによる。溶液の酸性度で色が変わり、酸性では薄く、アルカリ性では濃い発色を示す。
◎アントシアン類・・赤、青、紫、ピンク、オレンジまで幅の広い色素群。溶液の酸性度で色が変化し、酸性では赤、中性で紫、アルカリ性では青を示す。ただし、この色素は酸性溶液では安定しているが、アルカリ性溶液では不安定で極めて短時間に分解する。』

とあり,ヤマエンゴサクもアジサイとおなじく色素はアントシアン類が主なんだろうなと
想像できます。同じ花で色が変化する原因なども書かれています。
結構,面白いです。ただし今の私には評価するだけの基礎知識はありません。

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お疲れ様 投稿者:hatabo  投稿日: 5月19日(月)16時04分16秒

TNさん、お忙しいようですね。新聞でも保健所に問い合わせの電話が2000件を越し、住民が厚生労働省を動かして台湾医師の旅行行程を公表させたと載っていました。本当にお疲れ様です。・・・N95マスクはうちの様な末端機関には届くのに1ヶ月かかるそうです。

さて、私のBBSにも書き込んだのですが、地質学者のTN先生はどう思われるでしょうか?

『以前、ヤマエンゴサクの色の違い(青や赤など)について疑問に思っていたのですが、七変化といわれる「あじさい」の場合は以下のようです。
 アントシアニンという赤または紫の色素ができ、これにアルミニウムイオンと補助色素(イソクロロゲン酸)の3つが一緒になると青色が生れるそうです。同じ株でも、たまたま吸い上げられるアルムニウムイオンの量によって色が異なるそうです。あじさいの場合は、最初は葉緑素の淡い緑色→アントシアニンが増えて赤、アルミニウムが多いと青、その後老化して淡い緑色、更に茶褐色に変化するそうです。(中日新聞5月18日サンデー版より)
 ヤマエンゴサクの色の微妙な変化もその辺りにあるのでしょうか?』

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今日はさんりんぼう 投稿者:TN  投稿日: 5月17日(土)22時34分00秒

台湾の旅行ツワー客がSARS発症した事件で昨夜から待機命令で大忙し。この仕事の対応より他課の犬や蜂の緊急相談の苦情ばかり,昨夜からことごとく当たりが悪い。ただでも忙しいのに悲しくなってきた。りそな銀行は危ないし,お祖母さんは呆けた事を言うし,次男の一周忌が近づいてくるのに準備は出来ないし,一年がかりの報告集の作成期限は迫っているし,なにもかも集中。去年から今年の間に何年も命が縮まった気分です。こんな時に夫は学会で留守。居ない方が仕事が片づくしと喜んでいたが,不満を聞いてくれる人がいないのも困りものです。あああー疲れた。

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いろいろと 投稿者:TN  投稿日: 5月16日(金)06時36分57秒

シライトソウ:昨日は八幡山でJFが発見。早春にはカタクリが群生する斜面に多数。
 清楚な白が印象的。これだけ多数の花に今まで気がつかなかったとは!!

火の鳥:成就寺さんが『手塚治虫の「火の鳥」は単なるおもしろいだけの読み物の漫画ではなく、
 法華経(妙法蓮華経)という教典ををベースとした宗教観に基づく「生命」を考え
 させる壮大なテーマを抱えた物語です。』と教えてくれた。なるほどと思いもう一度
 読み始めた。しかし,いまさらながら私には肝心の「法華経」の素養が全くないことに
 気付く。素直に「手塚治虫の生命観」を感じ取ってみようと思う。

hataboさん:驚異的なスピードでのHP更新(追加)に感心して見とれていますが,
 50+100 Mbの容量をHPのために確保されていると知り少しだけ納得しました。
 私たちは20Mbしか確保していないので,できるだけ容量を小さくと思い解像度
 を落としがち。しかし,hataboさんのHPをみてからは,写真は綺麗でないと
 意味がないと反省します。

ケメちゃん:バックアップをしていないときに限ってPCトラブルが発生するものです。
 何遍も痛い目に遭っています。ありがたいご主人ですね。

松江で学会:明日から松江でQ氏が実行委員長の日本文化財科学会があり,今夕からJFと
 でかけます。発表もあるけれどQ氏やH氏と飲むのが楽しみ。

デイケア:週二回のデイケア。行きたくないと,嫌がってはいますが,迎えがこられると
 行ってくれます。風呂にいれともらい,昼食を食べ,詩吟をしたりするらしい。
 歌や詩吟をほめられるとやはり嬉しいようです。出かける前に化粧をしている。
 人前にでるのはよいことなのでしょう。

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4ヶ月の空白 投稿者:NF  投稿日: 5月15日(木)14時08分18秒

4月14日にパンパンパンという小さな音とともに私のパソコンがつぶれました。
残業して教材用に4000枚に及ぶ大量のコピーをとって製本しようとしてパソコンにアクセスしようとした時でした。改築工事で2割ほど狭くなった研究室でパソコン台を置くスペースもなく、オフィス仕様のカーペットに時下置きして使っていました。
マザーボード、ハードディスク、SCSIボードが壊れてしまい、年度末で忙しくしていたため最終バックアップが12月20日で4ヶ月ほど関わった仕事が無くなってしまいました。コピー時に大量の静電気がパソコンをおそったのだろうと、周りの人は気の毒そうに言います。
修理代が5万+SCSIボード代とのこと、それだけかけて3年前の状態に復活させるのも馬鹿らしく思い、主人に頼んで、使用できるものを生かしてパーツで組み立ててもらい、昨日から復活しました。中身はぐっとバージョンアップしました。
バックアップの大切さを思い知らされた1ヶ月でした。

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ローカルプロバイダー 投稿者:hatabo  投稿日: 5月14日(水)22時58分48秒

TNさんのご質問、biwa.ne.jpですが、滋賀県のローカルプロバイダーです。
http://www.biwa.ne.jp
アクセスポイントが地域密着型で滋賀県内どこからでも市内局番で通信できることがメリットでした。今ではフレッツISDNなどの普及により関係なくなりつつあります。
利用時間に関係なく年間15000円、自分のHP領域10Mをもらうことができるメリットがあります。私は40M追加しており、その上に琵琶湖インターネットに加入しています。こちらは年間17000円、100Mまで確保できます。昔はよく電話がつながらなくて二つのプロバイダを交互に利用していましたが、最近はつながらないことはなくなりました。
http://www.biwa.ne.jp/~hatabo

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事故から一年 投稿者:TN&TN  投稿日: 5月13日(火)22時43分32秒

hatabo様:ありがとうございます。「プロジェクトX」を聞きながら夕飯を食べたところです。
地域医療が当たり前の長野県の医師が助教授の職を捨て退職金でチェルノブイリの喉頭ガンの治療ににつくされ若手医師を育てられた話でした。hataboさんが地域にとけ込んで訪問診療されていることとダブって聞いていました。私もホントに患者さんに教えて頂くことが多くこの年までHC勤務が出来ていることに感謝しております。24時間勤務のDrとは随分違いますが,,,

KMさんへ:達志の事を色々思っていてくださってありがとうございます。ポストに手紙をいれてもらってさっそく見せていただきました。みんなに好かれてたのもしい息子で太く短い人生でしたが嬉しく思いました。
編集済

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シライトソウ 投稿者:TN  投稿日: 5月13日(火)22時27分01秒

福井市大安寺 「シライトソウ」
初めて見つけたのが水辺でミズタビラコも咲いていたので
水辺に咲くと思いこんでいた。しかし今日は山にも咲いていた。
『白い糸のような花をつけるのでこの名がある。山地の林の下や
草地などに生える多年草。』と本には書かれていた。


福井大学 「タツナミソウ」
咲いているかなといつもの場所にいくと、咲いていた。


福井大学 「ハルジオン」
今はハルジオンが盛り、そしていつのまにかヒメジオンに変わる。

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渓(けい)君がんばれ 投稿者:TN&TN  投稿日: 5月13日(火)06時59分07秒

 なんということを。ガソリンをかけて火をつけるとは。
植皮手術をしたとしかわからないが・・・。10歳という
若さが回復を早めることを祈るのみ。
 達志の入院中,大きな火傷事故のないことを祈った。スキンバンクで,達志への
移植の皮膚が足りなくなることを恐れるきわめて利己的な動機だった。
あのころの不安,あせりがよみがえる。悔しいことが多すぎる5月13日。

hatoboさん:どうもありがとう。いけるものなら毎週でも登りたい伊吹山です。
 みなさん,biwa.ne.jpのようですが,地域のLAN (or プロバイダ)ですか?

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ご家族の思い・・・ 投稿者:hatabo  投稿日: 5月12日(月)22時38分47秒

TN&TN様、いつもご訪問いただきありがとうございます。
息子様のことについては心よりご冥福をお祈りします。
息子様に「志を達成する」ご両親の願いを込めてのお名前だったことと思います。

わが子供たちを見ながら、今が一番幸せなのだろうなと実感しております。
一方で仕事柄、もう何百人もの人を看取ってきました。
たくさんの人によって自分が成長させてもらえていると謙虚でありたいと思います。
大先輩を前に失礼ながら、書き込ませていただきました。
http://www.biwa.ne.jp/~hatabo

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お墓 投稿者:TN&TN  投稿日: 5月11日(日)21時49分16秒

今日は月回向のお参りに成就寺さんに来て頂いた。12日が月命日になるが最近は土,日曜日にあわせてもらっている。墓建立のため色々な儀式を行う中で夫が「お墓ってなになんですか?」とお坊さんにたずねたことから,ここ2ヶ月お坊さんはずっと考え調べておられた様子で自分の考えを述べられた。近頃,毎回話し込んで帰られる。啓子さんは昼食がまだすんでいなくて,しかもハウスダストのアレルギーで顔が赤い,抗アレルギー剤のせいもあって眠そうで気の毒でした。来月は一周忌で,早いものです。

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27歳 投稿者:TN&TN  投稿日: 5月11日(日)09時56分28秒

 昨日は達志の27歳の誕生日。啓子は寂しいのでケイキのやけ食い
をするとメールでつたえてきた。来月は,一回忌。今日は成就寺さんが
午後に月参りにきてくれる。その前にと墓に行った。白いバラの花束が
そなえられていた。KMちゃんが来てくれたのかなと思う。
 あの世とやらでは,年をとるのかとらないのかしらないけれど,私たちの
記憶の中ではいつまでも26歳のまま。夢にあらわれるのは幼児期のかわいい
盛りの達志。仕事や花で気はまぎれても,私たちが達志を思わない日はない。

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つばめ 投稿者:TN  投稿日: 5月 8日(木)18時58分58秒

 5つあるツバメの巣が全部こわされていたので,もう寄りつかないのかと
寂しく思っていたのですが,今朝,つばめに気づき上をみると,1つの
巣を補修して使っていました。嬉しくなりました。

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花の写真もないと寂しいので 投稿者:TN  投稿日: 5月 7日(水)19時36分49秒

5月5日 茨木市 「ギンリョウソウ」

5月7日 福井市 「ヤブデマリ」

5月7日 福井市 「タニウツギ」

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達志の熱傷を更新 投稿者:TN  投稿日: 5月 7日(水)18時18分20秒

 もうすぐ事故から1年,啓子は13日が怖いという。私たちも何かにつけ
達志のことを思い出す。
 「中島達志の熱傷」は正志&てみ子の掲示板への
書き込みを編集したものでしたが,皆様とのやり取りを省いてはあまり
意味がないと気づきました。それで,昨年の5月と6月の掲示板での対話を
採録しました。

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Re:姫座禅草 投稿者:TN  投稿日: 5月 6日(火)10時50分29秒

 5月3日に「これでもかぁ!」とあったのに,4日に1つしか見つけられなかったのは
キャリアの差か。アルピノの座禅草にはビックリ。好奇心をかきたてられました。

こんごともよろしく。
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失礼 投稿者:hatabo  投稿日: 5月 5日(月)23時15分03秒

TN&TNさんでしたね、イニシャル反対にして申し訳ありません。

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お礼 投稿者:hatabo  投稿日: 5月 5日(月)23時14分13秒

NT&NT様、私の掲示板にお越しいただき、ありがとうございました。
息子さんの記録についても読ませていただきました。非常に残念なことです。
(医療従事者ゆえ、あまり書くと誤解を招くかもしれませんのでこれ以上触れません)
お花についても、非常に良くご存知でびっくりです。
伊吹にすんでいても、これまで見逃していた花たちに気づいた今年度。
できるだけ今年は足を運ぶつもりでいます。
いろいろと教えていただければ幸いです。
学生時代は、大阪の八尾保健所に実習に行きました。あの頃は何もわかっていませんでした。同窓生もたくさん保健所で働いていますので、よろしくお願いします。ちなみに私は今の勤務先に10年勤めており、県職員です。

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晴天に恵まれた連休 投稿者:TN&TN  投稿日: 5月 5日(月)22時34分15秒

今年のGWは短くあまり期待はしていなっかったが,SARS等の呼び出しもなく3日間は新緑の山を楽しませてもらった。1日目は2時間ほど箕面の清水谷へ,間谷の入り口付近は山藤が満開,新緑と薄紫のコントラストがまぶしい。清水谷はハナイカダが今にも咲きそうでした。
2日目は予定通り楽しみにしていた伊吹山へ,通勤でたまに20分ほど歩く効果があり歩き足りないくらいであった。伊吹山3合目は昨年より少し物足りない感じがしたがまだイカリソウが咲いていたし全山ヤマブキで満足。北尾根は季節が進んでいてサンカヨウ,ツクバネソウ,ユキザサ,コクサキの臭いも香っていた。山頂はニリンソウ,ショウジョウバカマ,アマナ,ゆっくりと見れなかったのが残念でした。花の名前を忘れるので帰りの車の中でいつものように花の名前を数え上げてメモを確認しました。3日目はこどもの日,隆ちゃんが来るまでの1時間半は,忍頂寺までドライブして散策,ユウレイダケがあちこちに生えていました。お目当てのキンラン,ギンランは少し早いのか見つかりませんでした。「ほっこり見山の郷」でシラン,菖蒲,コデマリの花を買って帰り我が家の玄関は花でいっぱいになりました。明日は母はデイの日です。機嫌良く行ってくれるかしら。満足な3日間でした。

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姫座禅草 投稿者:あるぼぼ  投稿日: 5月 5日(月)22時26分48秒

五月三日に,北尾根で「これでもかぁ!」と言うぐらいに見ました.(笑)
アルピノの座禅草をアップしておきましたので,よかったらどうぞ.
# 私は今週末も北尾根.(^^v

http://homepage1.nifty.com/smallgarden/index.html

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5月4日,伊吹山 投稿者:TN  投稿日: 5月 4日(日)20時58分37秒

 SARSのおかげで昨日はてみ子は自宅待機,それに母のこともありGWとはいえ
旅行もままならない。せめて1日は花遍路といなおり,今日は5時起き6時出発
で伊吹山へ出かけた。8時,伊吹山3合目着。9時15分まで3合目のお花畑を
散策。花はそれなりに咲いていたが物足りないので,北尾根をめざす。10時20分,
伊吹山ドライブウエイの15km地点にある北尾根ルートの出発点着。12時30分,
御座峰で昼食。腰痛で若干,不安だったのに,花につられここまでは快調。
調子にのってすぐ引き返せば山頂のお花畑にも行けると,食後ただちに出発したが
私の今日の体力はここまででした。ガタガタで2時間もかかって北尾根ルートの
出発点に戻り,車で山頂駐車場に着いたのが3時。結局,てみ子だけが山頂お花畑を
1時間で散策してきました。私は車の中で寝ていたのですが,目覚めて起きたとき
足がひきつり大変でした。まあなんとか車を運転して,帰りついたのが18時30分。
見た花は,1.ヤマブキ,2.シャガ,3.キンポウゲ,4.ウワミズザクラ,5.アオダモ,
6.コクサギ,7.オドリコソウ,8.オオイヌノフグリ,9.カキドウシ,10.ニリンソウ,
11.セイヨウタンポポ,12.イブキタンポポ,13.ニリンソウ,14.スハマソウ,
15.フタリシズカ,16.ヒトリシズカ,17.イカリソウ,18.カタクリ,
19.タチツボスミレ,20.ウスバサイシン,21.フタバアオイ,22.イブキハタザオ,
23.ムラサキケマン,24.ミヤマキケマン,25.ヤマルリソウ,26.ヤマエンゴサク,
27.サルトリイバラ,28.オオツクバネウツギ,29.フッキソウ,30.サンカヨウ,
31.ルイヨウボタン,32.ハルトラノオ,33.エンレイソウ,34.イチリンソウ,
35.ツクバネソウ,36.ヒメザゼンソウ,37.ボタンネコノメソウ,
38.ホウチャクソウ,39.チゴユリ,40.ユキザサ,などなど

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桜が満開 投稿者:TN  投稿日: 5月 1日(木)17時31分17秒

 桜,といってもウワミズザクラ(上溝桜)が満開でした。
八幡山,こんなにたくさんの上溝桜があったのかと改めて見とれていました。
オドリコソウ,ヤマルリソウ,キンポウゲ,それにホウチャクソウ。
木の花では,ガマズミ,ツクバネウツギ,マルバアオダモが白い花を
つけていた。

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久保田,花垣,白岳仙,馬井 投稿者:TN  投稿日: 4月30日(水)07時40分47秒

 月曜日,夕方5時半から11時前まで飲んだ。4人で飲んでいたが
途中でもう一人呼び出した。
 久保田(翠寿),花垣(純米吟醸),白岳仙(しぼりたて吟醸生生(なまなま)),
馬井など。初めの二つは空(4合瓶),白岳仙は3合程残あり(1升瓶),馬井
は半分残った(4合瓶)。どれも美味しいが,好みの順がよくわかる。
 3日間の断酒のおかげでよけいにうまかった。

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無事に3日間の断酒,成功 投稿者:TN  投稿日: 4月28日(月)14時59分12秒

 さすがに昨日はビールが欲しかったが,がまん。腰痛も治まりつつあり
昨日は能勢妙見山を少し歩いた。大丈夫だったので今日はもっと多めの距離をめざし,
朝倉遺跡を歩いた。キンポウゲ,オドリコソウ,ラショウモンカズラ,コンロンソウ
イチリンソウ,ニリンソウ,スミレ,ツボスミレ,タチツボスミレ,
ウワバミソウ,コチャルメルソウ,ムラサキケマン,トキワイカリソウなど
まさに春爛漫。元気がでてきた!

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とりあえず3日間,禁酒 投稿者:TN  投稿日: 4月25日(金)12時09分55秒

 腰痛やなんやで調子が悪い。りザベンの副作用か腹の調子も悪い。
血圧も150から100と高め。・・・・というわけで,究極の
健康法の禁酒を,月曜は酒を飲む約束があるので,
とりあえず今日から3日間だけやってみます。背中も
良くも悪くもならないようなので無理にリザベンを飲む必要もない。
薬もやめてみます。

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その調子、その調子、ウンウン 投稿者:トムラウシ  投稿日: 4月22日(火)22時44分11秒

いやーー、良かった。
ディに行ってもらうと、本当に助かります。
その延長で、ショートも利用できると
介護する方も、その間のんびりできるし、山にも行けるし
気分転換になります。

あ〜、良かった。ホッ

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デイケア2 投稿者:TN  投稿日: 4月22日(火)17時38分22秒

 今日はご機嫌だったらしい。風呂も気持ちよかった。
江州(ごうしゅう)音頭を歌い,詩吟をうなりで拍手喝采
を受け,気持ちよく過ごせたようです。帰ってくる時間に
妹に家でまっていてもらった。
 長男を初めて保育所に送りだした時のような感覚で
心配していますが,なんとかなりそうです。

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デイケア 投稿者:TN  投稿日: 4月21日(月)16時31分48秒

 「お母様は、機嫌良くディに行かれていますか。」
はい,と答えたいところですが大変です。まだ1度だけですが,私と啓子がついていったため
か「帰りたい」の気持ちが先行し,疲れ切ったようでした。家族はついて行かないほうが
良いようです。さて明日は2回目,どうなることか。
 藤原岳は行きたいと前から思いながらまだ行っていない,あこがれの花の山。
イワウチワきれいですね。今津では5月にみたなと懐かしい。
 
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ありがとうございます 投稿者:トムラウシ  投稿日: 4月20日(日)17時18分36秒

ありがとうございました。
私がしなければ、ならないことをしてもらって
うれしいです。

さて、きのう、鈴鹿の御池岳から藤原岳に行ってきました。
9時間しっかり歩き、写真もたくさん撮影してきました。
フクジュソウ、イワウチワがたくさんあり、感動しました。
カタクリ、ニリンソウ?などの葉がたくさんあり、
時期があうと本当にきれいだろうなと主人と話ながら歩いていました。

下はイワウチワの写真。
お母様は、機嫌良くディに行かれていますか。
これをクリアすると、介護がずいぶんと楽になると思うのですが・・

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フキノトウ 投稿者:TN  投稿日: 4月19日(土)06時54分06秒

 今しがた,テレビで「北海道にも春が来ました。フキノトウです。」とやっていた。北海道(札幌)はやっぱり遅いのだなと画面をみると,フキには違いありませんが,もう大きな花でした。おい,おい・・・と言う感じですが,先日,JFが子供さんの担任の先生がフキノトウがあれば持ってきてね,といったと言う話をしたのを思い出す。福井県でも雪の残るぽど深い山にでもいかないと今頃あるはずがないのにと,先生も自分で探してみたらと思ったことでした。

Q氏へ:マア仕方がありません。早朝に松江に着く夜行で行くつもり。Q氏夫妻の結婚式の時も夜行列車で行ったことを思い出します。もう,30年以上も前のことですね。3月の私の誕生日でした。

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野生化したダイコンの花 投稿者:Q  投稿日: 4月18日(金)18時58分07秒

以前にも、この花については紹介しましたが、車でラジオのニュースを聞いていると、「今年も、加賀の花ダイコンが咲きました。見頃は-------」と報じたので、先週の日曜日に、家内と一緒に加賀海岸の散歩をしました。昔、私の子供が小さかった頃に、よく連れてきて遊んだ場所です。桜の並木も若干あって、そこそこに見事なのですが、樹勢が衰えて、昔ほどの華やかさはありません。でも、よくはれた空、青い海、そよ風に恵まれて、心地よい雰囲気が一面にみなぎっていました。おめあての花ダイコンも、盛りを過ぎて、少々しおれぎみでしたが、本当の美人は少々弱ってもやはり人の心を引きつけます。少し紫がかった十字架の形の清楚な花弁が、そよ風に揺れる様は、昔と変わらず、素朴で上品でした。学会の研究発表の順番について、年代測定から始める慣わしになっていること、関連し合う話題をまとめて並べる事などの条件があり、貴方の順番が早朝の2番目になってしまいましたが、どうか、お許しください。

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腰痛 投稿者:TN  投稿日: 4月18日(金)08時31分50秒

 先の日曜日,ちょっと重たいものを運び,きたっと気付いたときはすでに遅く
腰が痛くなった。それで今週はじっとがまんしひたすら腰痛の回復に努め
だいぶよくなった昨日,仕事がらみですが歩きすぎて,またもとへ戻ってしまった。
 歳ですね。今日は大阪へ帰らねばならないので,できるだけおとなしくしている
つもり。

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シキミ 投稿者:TN  投稿日: 4月17日(木)09時09分49秒

 お寺の境内には何本か植えられていて今,クリーム色の花をつけている。

 果実に猛毒あり「悪しき実」が語源。葉や樹皮を粉末にし香として使う。
枝は仏前,墓前に供えると本には書かれている。
 
 学部長でお寺の住職のUさんによれば,香木ということから墓前に供えられ,
シキミが入っていると水が腐らないということです。墓に供える水にシキミの
葉を入れる習慣もあったらしい。

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KMちゃん 投稿者:TN  投稿日: 4月17日(木)06時54分26秒

 小中高と達志と一緒だったKMちゃんから,達志の墓を教えてくれと
電話があったらしい。もうすぐ誕生日(5月10日)だから・・・・と。
それだけで涙がでてくる。

 「墓の意味は?」といったことが気がかりな私に,啓子が読みますか
と「スピリチュアルメッセージU」江原啓之著を貸してくれた。彼女も
やはり何かを求めて同じような本を読みあさっている。それが哀しい。
 簡単に答えが出てくるはずもないが,誰にとっても,「死」をどう受け
止めるのかはどこかで本気でぶつからなければならないもっとも大きな
問題なのでしょう。

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給食とデイケア 投稿者:TN  投稿日: 4月13日(日)17時40分03秒

 昨晩は母に添い寝。安心したのかよく眠れたといってくれた。朝,
5時からは何回もトイレ通い。自分で寝間から立ち上がり,トイレまで
杖をもって歩いていける。とにかく一安心。 
 ケア・マネージャさんと相談し,3回/週は昼食を配達してもらい,
2回/週はデイ・ケアサービスをお願いすることにした。とりあえず
来週は5回,昼食を配達してもらい土曜日にデイケアの初回とするように
話をまとめた。夕食のことはこれから考えていくしかない。
 病院には色々不満があったが,3回の食事の心配がないと言うことは
非常にありがたいことだと実感する。

 茨木市の元町へ久しぶりに出かけびっくりした。かつての茨木1の商店街(?)が
すっかりすっかり侘びしくなっていた。茨木スーパーを取り壊しているためか
まるでゴーストタウンの雰囲気。茨木神社は金儲け主義に目覚めたようないやな
雰囲気に変身しているし,私の古里はなくなった感じ。

 豊原町周辺の山は三つ葉ツツジの淡い紫がきれいです。シキミも花をつけている。
はじめてアオダモの花をみつけた。

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退院 投稿者:TN  投稿日: 4月12日(土)17時07分06秒

 母が退院しました。リハビリのおかげでしっかり歩けます。ベッドではなく,
布団で寝て自分で立ち上がれるのかが大きな心配事でしたが,なんなく立ち上がり
トイレまで一人で行けました。一安心です。後は家族が居ないときの食事が問題。
介護保険の要介護度2と認定されていて,明日,ケア・マネージャーと相談する
ことになっています。これからが大変です。

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4月10日の八幡山 投稿者:TN  投稿日: 4月10日(木)15時05分41秒

 カタクリは北斜面全体に,すごい眺めです。ヤマルリソウ ,ヒメウズ,トキワイカリソウ ,タチツボスミレ,スミレサイシンが咲いていた。チゴユリの葉をみつけた。

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イヌシデ 投稿者:NF  投稿日: 4月10日(木)14時58分09秒

4月6日桜が満開で絶好の花見日和の日曜日に葛城山に登りました。カタクリも葉っぱがちらほら出てきている状態でつぼみもほんの少しだけ見ることが出来ました。後1週間ほど待たないとだめなようです。
木々の葉もまだ出てきていないので、日頃葉の陰でなかなか見られないコガラ、ヒガラをゆっくり見ることが出来ました。コガラが私達を気にする風もなく、イヌシデの花を食べていました。後、2週間もすれば夏鳥でにぎやかになり、花も見頃、若葉で覆われた山になるでしょう。
良い天気で、人も少なくて、鳥の種類も少なかったですが、ゆったりとした山でした。

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桜 投稿者:TN  投稿日: 4月 9日(水)20時00分53秒

 冬型の天気か,肌寒い。雨がふる中,昼休みにJFと足羽山をドライブ。
桜は7分咲き,綺麗でした。山の上の植物園はマンサクが満開,クロモジ(?)
も咲いていました。足羽川沿いの道路の桜のトンネルは満開で見事でした。
 明日は晴れれば八幡山をMHやJFと歩くつもり。たぶんカタクリと
ショウジョウバカマは満開。スミレも・・・と楽しみ。

 しかし,6年生になる学生が新学期が始まったのに出てこない。引きこもり,
登校拒否,二十歳を過ぎた男がしっかりしろと殴りつけてやりたいのに
出てこなければどうしようもなし。親も悲しむのみ,どうすればよいのと,
こちらが心理の先生にカウンセリングを受け,ついでに酒を飲みに行った。

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お墓の意味 投稿者:TN  投稿日: 4月 8日(火)19時02分42秒

お墓の意味がきになってあちこち調べましたが,そんなことを疑問に思う人もいないのか
答えを得ることはできなかった。まあこんなところかと思える記載が1つだけありました。

『人それぞれ考え方や信仰によってお墓の意味も様々です。
たとえば阿弥陀如来のはたらきによって浄土に参られた
先祖の徳を偲ぶという宗教観もありますし、また単なる遺骨の
安置場所あるいは先祖と出会い、自分に出会える場という考え
方もあります。しかしながら、これまでの日本人一般の民俗的
な宗教観(古代神道に象徴される自然宗教的な信仰習俗と仏教
に象徴される外来宗教とが習合して生み出された観念)からす
れば、人は死ぬと肉体は大地へと帰り、「魂」は子孫に供養さ
れて、祖霊化し、ついに祖神となるという習俗的信仰があり、
お墓は祀りの場としての意味があると考えられます。日本人は
様々な思考や考え方を持っているようですが、案外このような
宗教観を意識の根底に持っているのかもしれません。』

これも中途半端な気もしますが,もう探すのも嫌になった。

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開眼式 投稿者:TN  投稿日: 4月 7日(月)10時09分43秒

(少し修正し再Up)
ある事情から墓を建て直した。墓地は同じ。昨日(4月5日)、成就寺さんにより新しい墓の開眼式と納骨式をしていただいた。朝からの雨も式が始まるまでには上がり、無事に終了。 お性根抜き、お性根入れ(開眼式)と順に行事を済ませ、なんとなくほっとすると同時に、「墓とは何なんだ」と素朴な疑問がわいてきた。ありがたい読経を何回もお願いしているので達志がいつまでもこんな窮屈な墓に留まっているはずがない。現在の達志の在所が浄土かどうかは知らないけれど。そしたら墓とは・・・・?と思うのです。
 住職さんと色々話しをして結局わからないままですが・・・。
 故人はすでに、何処にでも何時でも、故人が欲するところに現れることが可能な存在になっているそうだ。そんな故人と生きている縁者とのもっとも手っ取り早い接点が墓や仏壇なのかなと思う。墓や仏壇に手を合わせれば最もストレートに故人と対話できる。それで充分か・・・。

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ミツバツツジ 投稿者:TN  投稿日: 4月 6日(日)18時43分27秒

 病院で母の朝食に付き合った後、、あまりの天気の良さに
つられ、見山の朝市にいき、帰りに竜王山のショウジョウバカマを
みようと朝飯も食べずにてみ子ととびだした。
桜はあちこちで満開、しかし竜王山の桜はまだでした。
ショウジョウバカマは咲き出したばかりでまだ背が低く
可愛らしい。竜王山周辺はツバキやヒサカキが盛りでした。
 帰り道を間違え、龍泉渓にでてしまったが、山桜が
咲き誇りすばらしい眺めでした。サニータウンを抜け
真龍寺によりました。サンシュウユがまだあり桜はむろん満開、
さらに三ツ葉ツツジが咲き出していた。周囲のたんぼには
関西タンポポ、オオイヌノフグリ、カラスノエンドウ、ハコベ、
ホトケノザが。茨木の我が家の周辺は関西タンポポばかり、
セイヨウタンポポはなし。これが不思議。

 昼食、夕食と母につきそう。

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ミチノクフクジュソウ 投稿者:中島正志  投稿日: 4月 3日(木)19時14分25秒

 晴れたので,奥越へ試料採取の下見にでかけました。勝山市北谷町では
ミチノクフクジュソウが咲いていました。自生地の南限らしい。段々畑の
斜面に咲いている。市の天然記念物に指定されているが盗掘する人が多く
「市は保護を呼びかけている」。しかし,新聞に場所まで詳しく紹介され,
今日は多数の見物客。
 金剛山の野草観察会で詳しく観察した珍しい野草が翌日なくなり,観察会
の参加者の誰かが盗掘したのかもしれないという哀しい事件がつい最近紹介
されていた。

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Re:makiさん 投稿者:中島正志  投稿日: 4月 3日(木)16時55分48秒

 書き込み,ありがとうございます。やさしい心遣いを感謝します。
 看護,介護はつかれます。でもやるしかない,つらいですね。

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はじめまして。 投稿者:maki  投稿日: 4月 3日(木)13時24分05秒

 初めまして。
なんとなく色んなHPを見て回っていたら、ここに辿り着きました。
 私は去年の中頃までシゲムラ建設で働いていた者です。違う営業所でしたが、
中島さんと顔を会わせることは度々あり、事故のことは会社を辞める間際に聞き
ました。中島さんが亡くなられたことは今日初めて知りました。悲しい気持ちで
胸がいっぱいです。
 このHPで色々経緯を見せて貰いましたが、優しいご家族に見守られて、きっ
と幸せだったのではないかと思います。皆さまの心の傷が癒えるまで、時間がか
かるかもしれないけれど、頑張ってください。
 私の母は乳ガンで再発、そして入退院を繰り返していて、私は母の看病に専念
するため去年会社を辞めたのですが、闘病生活を時には投げ出しそうになる母を
皆様のように温かく支えていけたらと思います。
 今日は母と桜でも見に行こうかな。

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たんぽぽ 投稿者:JF  投稿日: 4月 2日(水)09時53分14秒

 昨日は午後から晴れてきて,良いお天気になりました。ふと気がつくと大学構内に
タンポポがいっぱい! 先週までは茎が短く,地面にへばりつくように咲いていたの
に,しっかり首を伸ばして咲いていました。いつの間にこんなにたくさんつぼみを付
けていたのでしょう。
 大学構内には毎年たくさん咲くのですが,西洋タンポポばかり。教育1号館正面入り
口の階段左横にはシロバナタンポポがいくつも咲いていますが,これも萼が反り返っ
ていて,西洋タンポポのように自家受粉ができる種類です。
 でも,足羽山や大安寺には,ちゃんと日本のタンポポが咲いていたのでホッとしまし
た。

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カタクリ 投稿者:中島正志  投稿日: 4月 1日(火)14時18分41秒

 カタクリが咲き出した。大安禅寺の裏山。来週が見頃かな。
 トムラウシさん:愚痴モード,ほろ酔いモード・・・,なんでも大歓迎です。

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花は桜,しかし・・・ 投稿者:中島正志  投稿日: 3月31日(月)16時40分22秒

 花は桜,しかし季節感が有りすぎて哀しい思い出と直結する。
茨木で見る今年の桜は哀しい。弁天さんの境内では子供たちをつれて
花見をした幸せだった頃を思い出す。福井小学校へ通う道の桜は
入学式の頃の達志のはしゃいだ顔を・・・・。夫婦は同じことを
思い,涙を隠す。家に着くと孫と遊ぶ近所の人をねたましく感じる
気持ちまで同じと気付く。

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そうですよね 投稿者:トムラウシ  投稿日: 3月30日(日)16時36分33秒

☆そして色々な
☆不満もきちんと伝えないと何も変わらないということにいまさらながら気付く
私はずるいので、なにか不満を人に直接言うと
自分の気持ちが落ち込むので、言わずに我慢してしまいます。
でも、相手を少しでも良い方向に向かせようと思うと
やはりキチンと言った方が、お互いに少しきまずい思いをしても
向上にはつながります。
言い方、伝え方もむずかしいけど・・

今、大学入学でオフトンをあちこちに○川急便に頼んで
配達してもらっています。
ここと、毎年、トラブルまで行かないけど、
思うように動いてくれないことがあり、イライラします。
主人は、はっきり相手に言うので、私はそこまで言わなくても
と思うのですが、主人のお客様に対する責任を考えると
やはり言いたくなるみたいです。
最近は、こんなことが重なるので、私もけっこうきつくなってしまいます。

中島さんには、なんのことかはっきりわからないと思います。
愚痴モードですみません。

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銀嶺立山 純米吟醸 「雨晴」 投稿者:TN  投稿日: 3月29日(土)21時03分42秒

27日と28日、春の野外実習で富山へ。立山の砂防博物館を見学し、その近くの酒屋で「雨晴」を見つけ、すぐ買ってしまった。大学の酒のみ仲間が大好きな酒なのでみんなと一緒に飲むつもりで買ったのだが、待ちきれず、てみ子と二人で、今、飲んでしまいました。四合瓶ですが直ぐ無くなってしまいました。素直で美味しい酒です。


1900年、パリ万国博に日本の誇る代表酒として出品された歴史を持ち、富山県を代表する名酒として多くの人に愛され続ける、北陸きっての銘醸蔵が年一回の限定で造る自信作「純米吟醸 雨晴」。

この「雨晴(あまはらし)」という酒名は富山県高岡市の「雨晴海岸」に由来しています。雨晴海岸は能登半島の富山県側の足下に位置し、ここから見晴らす立山連峰の景色は絶景で、古の時代に源義経が雨宿りをしたという言伝えがあるそうです。

軽快な辛口の純米吟醸でいて、比較的に芳醇で甘味も感じる濃厚な味わいですが、立山の特徴でもあるスッキリとした喉越しの良さとキレの良さがあまりそれを感じさせません。山田錦の深い旨味と、五百万石のスッキリした後味、二つの原料米の特徴を上手く生かして立山独特の味わいに仕上げた純米吟醸です。 720ml  2,580円
■原料米:山田錦・五百万石
■精米歩合:53%
■アルコール度:15.6
■日本酒度:+2〜3
■酸度:1.4〜1.5
 (http://www.sakesake.com/kurabetu/26.html)

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エンレイソウ,ミノコバイモなど 投稿者:中島正志  投稿日: 3月26日(水)15時38分57秒

 3月,久しぶりの晴れ間にさそわれJFと大安禅寺周辺へ。
キクザキイチゲ,ミヤマカタバミ,ヤマネコノメソウ,ショウジョウバカマ,
ミツマタ,キブシなど。いつもの場所にいつものように咲いていました。
カタクリはつぼみがでていました。写真はエンレイソウとミノコバイモ。
下はスミレサイシン。

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小さな花園 投稿者:JF  投稿日: 3月26日(水)10時55分59秒

 福井大学の教育1号館の東側に小さな花壇があります。今は誰も手入れをする人がない
花壇ですが,春になると小さな花園になります。
 紫のヒヤシンス,青いオオイヌノフグリ,濃いピンクのイモカタバミ,白いオキザリス,
淡い空色のハナニラ,黄色いタンポポ,ベージュのツクシ,白いタネツケバナにオランダ
ミミナグサ…。陽が差してくると一斉に花を開かせるので,それはみごとな花園です。た
だ,草丈が低いので,しゃがんで眺めるとちょうど良いですね。
 もうしばらくすると,カラスノエンドウが育ってきてかわいいピンクの豆の花を咲かせ
ますし,初夏には黄色いバラが手入れもされないのにたくましく咲き,夏にはアラゲハン
ゴンソウが咲き乱れます。
 かつて植えられた花壇の花と野の草花が混ざって,ちょっと素敵な花園になっているの
です。私の好きな場所の一つです。

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ビワの花 投稿者:JF  投稿日: 3月24日(月)08時59分26秒

 先日,大きな木に白い小さな花がたくさん咲いていました。常緑の木に今頃白い花とは…。
とっても気になって,思わず車を止めて見に行ったら,なんとビワの花でした。今まで,実の
なる頃にしか気を留めなかったビワです。花期はいつ頃かしらと図鑑を調べたら「晩秋〜初冬」
となっていました。半分ほど枯れているのはそのせいなのですね。
 (私にとっては)新しい発見だったので,とってもうきうきしました。

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花が咲き出した 投稿者:TN  投稿日: 3月20日(木)23時23分14秒

 3月16日、箕面公園のビジターセンターで咲いていた
ミスミソウ(雪割草)です。

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オオイヌノフグリ 投稿者:谷口  投稿日: 3月20日(木)16時53分22秒

 庭先にオオイヌノフグリを見つけました。昔からあの青い小さな花がなぜか好きで、確か中学ぐらいに図鑑で名前とその由来を知りました。そのとき初めて「ふぐり」の意味を知り、姉しか兄弟のいない私はちょっと恥ずかしかったのを覚えています。
 娘が3歳ぐらいの時、その小さな手にオオイヌノフグリの小さな花束を持っていたのを覚えています。小さな手にはまるでブーケの様に青い花の束がありました。とてもかわいいので、ビンにでも入れようかと受け取ったのですが、大人の手には、あまりにも小さく、ブーケというわけにはいかず、寂しさを感じました。それに、オオイヌノフグリは、たんぽぽと同じく、お日様がないと花を閉じてしまうので、切花には不向きです。
 田んぼのあぜ道に咲く小さくかわいい青い花は、やはり目で楽しむものですね。

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つばき 投稿者:JF  投稿日: 3月19日(水)16時21分29秒

 大学構内の植木がようやく縄をほどいてもらって,気持ちよさそうに枝を伸ばして
います。構内には椿がいくつも植えられていて,毎年3月〜4月頃に華やかに花を咲か
せます。そろそろ蕾が大きくなって,遠くからでも目立つようになってきました。で
も,咲いているのは今のところ1本だけ。教育2号館の南側にあるワビスケ系のピンク
の花だけです。私は,花が小振りで花弁があまり拡がらないこの椿が一番好きです。

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送別会 投稿者:中島正志  投稿日: 3月19日(水)10時41分56秒

 送別会が多い時期。今日は学部の送別会,てみ子も連日でかけている。
大きな意議があるとも思えないけれど,この程度のつき合いをさらっと
こなせる余裕も必要かなと勝手に納得。

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夢 投稿者:中島正志  投稿日: 3月17日(月)14時56分30秒

 死後,初めて夢にあらわれた。1つか2つの子供だった。茨木神社の境内だと思う,
お父さん,はやくと手招きしていた。ちょっとまってすぐ行くといったところで
目覚めた。今日は達志のことばかりが思い出される。救命救急センターで
どうしようもなかったのだけれど,意識のあるあいだずっと側にいてやりたかった,
手を握って励ましたかった,今頃になって恥ずかしいが涙がとまらない。

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夫の宿題 投稿者:TN  投稿日: 3月16日(日)20時34分50秒

 達志の死、そして寝て、食べて、排泄することがすべての母を看ていると、生きる
意味は・・・と考えこむ。結論がでないことは分かっているのにヒントがほしくて
雑多な本を読みあさっている。永六輔がその妻の最後を自宅で看護し看とった経緯を
書いた「妻の大往生」もその一つ。永六輔の饒舌が耳につくがそれなりに感動できる。
その本のなかで何回も遠藤周作のことがでてくる。『順子夫人の著書「夫の宿題」でも
詳しいけれど、周作さんは「心あたたまる医療が欲しかった」と書いて亡くなったのね。
その無念が、訪問看護を充実させるひとつの礎になった。だから、僕、遠藤さんに
感謝している。』というようにである。「夫の宿題」は持っていたのでもう一度読み
返した。病院との付き合いが深くなった今、身につまされることが多かった。そして
遠藤夫妻の「心あたたかな病院運動」などの実行力に敬意をはらう。そして色々な
不満もきちんと伝えないと何も変わらないということにいまさらながら気付く。

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荒走り(万年雪 未搾り酒 森田酒造場) 投稿者:TN  投稿日: 3月15日(土)20時57分38秒

 山口からの帰り、倉敷で途中下車。昨年9月に岡山大に移った数学のD氏に
あうため。大歓待を受けた。久しぶりで楽しくあっという間に時間が過ぎたが
そのときに美味しく飲ませていただいた酒を、さらに土産として頂いた。倉敷の
地酒です。それを今、妻と二人でじっくりと味わった。最初、やや甘口かなと
いう感じだが後味が非常によい。アルコール分17.6゜とかなりきつい酒だが、
妻も美味しいと絶賛。良き友、良き酒、幸せな気分に浸れる瞬間です。

(森田酒造のHPから)


500ml ¥1,165

毎朝五時から六時までの上槽作業中にのみとれる荒走りをそのままビン詰した酒です。別名「香り酒」ともいい、その鮮烈な香りと豊かな味は比するものがありません。一切手を加えてありませんので多少の濁りがあります。発売は十二月二十日より在庫切れになるまでの季節商品です。
※“冷専用”要冷蔵

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ショウジョウバカマの蕾 投稿者:TN  投稿日: 3月14日(金)21時57分28秒

 ただ慌ただしく、くだらないことが多い日常に疲れます。頭がかたく融通のきかない
人たちとはつき合いたくない。しかしほってもおけず、腹を立て怒っている自分がいやに
なる。

 早速、JFが山口サンプルの測定を開始した。結果が楽しみです。福井の田んぼはもうすぐタネツケバナでいっぱいになるのですがまだ早い。3年ほど前に山口県の田んぼでみた
スミレの群れの凄さも忘れがたい。

 今日は昼にソバを食べに行き、野の花の観察地点の一つによった。ニリンソウやショウジョウバカマの葉を見つけた。ショウジョウバカマの葉が分かれる付け根に蕾を見つけた。嬉しかった。

 Q氏へ:音楽が好きなのは知っていますよ。飲んだあとクラシック喫茶へ連れて行かれたことを思い出します。そのまえに、「山かけそば」も梅田で飲んだ後のいつものコースでした。

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花で埋まった田んぼが目に浮かびます 投稿者:Q  投稿日: 3月11日(火)13時31分27秒

気持ちの良い風邪が吹く郊外で試料採取とはうらやましいですね。おそらく、中島氏は久しぶりに、のびのびした気分になったのではないでしょうか。私も南極調査でいじめにあったとき、屋外で自分のために試料を採取するときに、とても気分が良かったのを覚えています。面白い測定結果が出たらいいですね。私の方は学会の準備で、山とある事務作業に追われています。当分、パソコン作業に伴う目や肩の疲れが消える事はないでしょう、リラックスのためには、ピアノを弾いたり、合唱をしたりしています。意外かも分からないけれど、私は音楽が好きで、最近、老後の楽しみの準備として、松江市民合唱団に入会したのです。川へ釣りにも行きたいなあ。ではまた。

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山口県へ 投稿者:中島正志  投稿日: 3月11日(火)13時04分34秒

 JFと山口県で,約9万年前に阿蘇火山から噴出した火砕流堆積物試料を採取してきました。
未固結の火山灰ですがその場所にたどり着いたときの温度を推定したいと考えています。
あいにく天気は冬型で大変でしたが,所期の目的通りの試料を採取できました。

 試料を採取した場所のすぐ近くの田んぼが紫色の花で覆われていました。ホトケノザでした。

 新幹線で小郡に,後はレンタカーでまわりました。

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これが大学生の学力? 投稿者:中島正志  投稿日: 3月 6日(木)07時30分20秒

 「理科教材研究」と称する福井大学の講義の中で,大学生(小学生ではない)が
した質問が紹介された。これをみると今の大学生の低学力化を強く実感する。
1例をあげると,磁石に関する単元で,「なぜ北の方を指す極がN極なのか」だって。
磁石の(North)北を(seeking)指す(pole)極のことをN極と呼ぶのです。言葉の
問題であって理科の問題ではない。こんな質問をする学生は無知なだけ。だから
それは言葉の定義の問題ですとすぐ教えればよい。そして,「方位磁石がなぜ
北をさすのか?」という理科的な問題にレベルを上げるべきです。これに対す
る答えは相手の学力によってかわる。大学生なら地磁気の話をすればすぐ理解
できるでしょう。

 こんなアホ学生が小学校の先生になって理科を教えると思うと寒気がしてくる。
「理科嫌い」は先生のせいというしかない。ここまで無知な学生を教育で先生と
よばれるにたる学力を持たせることが果たして可能なのか。私には無理とおもえる。
しかし,Y助教授は,かつて私の質問に「地球の密度は1」と答えた
すざましい低学力の持ち主を見事に教育し,立派な卒業論文を提出させた。
教育にはそれなりの力があるということなのでしょうね。
編集済

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ヒレンジャク 投稿者:中島正志  投稿日: 3月 5日(水)17時38分44秒

ヒレンジャク?と検索したら,http://www1.u-netsurf.ne.jp/~khag/hirenjak.htmに
写真もUpされていました。写真を転載しようかと思ったのですが
著作権だ何だという問題もあるのでやめました。→出典を「名古屋の野鳥」HP
と明記すればよさそうなので。

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モチの実 投稿者:NF  投稿日: 3月 5日(水)15時57分13秒

朝6時半、洗濯物を干すために外に出たら、モチの実をヒレンジャク6羽が食べていました。北への渡りの途中に立ち寄ったのでしょう。間近にゆっくり見る事が出来たのは久々で最高の気分になりました。おかげでお弁当は作れませんでした。

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七右衛門 投稿者:中島正志  投稿日: 3月 5日(水)07時59分15秒

涙の元と称し,福井県大野市にある南部酒造の銘酒,純米大吟醸「七右衛門」が贈られてきた。
「最良質の酒米をふんだんに使った贅沢品。奥深いコクと香り。日本酒の象徴と言われる純米
大吟醸。初代の名前をつけました。」と「花垣」のHPにはかかれている。

涙がでるほどうまかった。
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雪 投稿者:中島正志  投稿日: 3月 5日(水)07時46分17秒

 昨日から断続的に雪が降り,今朝はうっすらと積もっていました。
道路は凍結し,ブレーキを踏むと車が滑ります。
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新聞の花便り 投稿者:JF  投稿日: 3月 4日(火)14時03分55秒

 以前,F新聞に菜の花のアップの写真が載っていました。「グリーンセンターで
菜の花が満開」と書いてあったので,グリーンセンターに菜の花畑なんかあったか
な?と思いながらも,期待して行ってみました。ところが,実際には,温室横の小
さな畑の端1列に10本ほど菜の花が植わっていただけでした。どこが「満開」? 
たとえ1本の花でも,しっかり開いたら「満開」でしょうか? 嘘ではないにして
も,あまり適切な表現とは思えませんでした。
 また,毎年「中央公園の梅が咲いた」と写真が載りますが,新聞に載った時点で
は,咲いているのは2〜3本の枝だけです。カメラマンの腕が上手なのでしょう。い
かにも「今が見頃ですよ」と言わんばかりに美しい梅の花が“アップ”で撮し出さ
れています。でも,実際には咲き始めたばかりなのです。
 新聞の花便りはこういうものなんだと学習したおかげで,今年はまだ空振りのお
花見はしていません。
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掲示板のレベルUP 投稿者:中島正志  投稿日: 3月 4日(火)12時43分39秒

 画像も表示できるようにしました。昨日,道草してきた滋賀県今津町
で満開(?)になった座禅草,もう葉まででているのもありました。
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ヒメオドリコソウ、タネツケバナ、オオイヌノフグリ 投稿者:TN  投稿日: 3月 3日(月)04時41分23秒

 土日は母の食事に毎回つき合う。てみ子も洗濯や掃除で忙しい。その合間に買い物などをこなす。さらに、特別な行事をこなさねばならないこともある。昨日は月参りで成就寺さんがきてくれた。そんなこんなで箕面の山さえなかなかいけない。欲求不満になりそうだが、昨日は買い物帰りに、梅の花が満開の足下に、ヒメオドリコソウなどが咲いているのを見つけた。今日は滋賀県今津で道草をして福井にもどろうかな・・・・。

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花便り―つくしんぼ― 投稿者:JF  投稿日: 2月28日(金)17時16分08秒

 ぽかぽか陽気に誘われて,野の草花たちがそろそろ顔を出し始めました。
 南向きの福井大学附属図書館入り口付近は,日当たりが良くとても暖かい
ためか,毎年大学構内で一番最初につくしんぼが顔を出します。まだ,10cm
にも満たないおチビさん達ですが,「ぼくが一番!」と競って早起きをして
きた子供のようで,とってもかわいいのです。
 外を歩くとき,ちょっと足元に目を向けてみてください。いろいろな顔を
したおチビさん達があちこちから見上げていますよ。

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Resなど 投稿者:中島正志  投稿日: 2月28日(金)07時38分19秒

匿名さん:ありがとう。いまは,達志の同級生の方やその家族の方々にであうと,
いつもよりよけいに達志を思い悲しくなります。そんな日の繰り返しです。
北中のHP(http://www.educ.city.ibaraki.osaka.jp/kita-j/index.html.htm)
を覗いたけれど・・・・。他のHPでしょうか?

谷口さん:愛読誌の出版社がつぶれるのは寂しいね。地味で良心的な会社が
破綻するのでよけいに寂しい。

今年の正月に,夏原君のお母さん手作りのお餅をいっぱい食べさして
貰ったのに・・・・。つらいな。

2月27日,福井市の大安寺。ネコノメソウ,フキノトウ,そしてミヤマカタバミが
1つ咲いていた。ミツマタはつぼみでした。

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辛いです。 投稿者:匿名  投稿日: 2月27日(木)12時20分10秒

たまたま中学のHPを開き中島君の事を知りました。
とてもビックリして涙が出ました。
中学2年時同じクラスで一回だけ隣の席になり中島君の野球のユニホームのボタンつけてあげた事思い出します。
とてもやさしくておもしろかった事思い出します。
同級生が突然亡くなってしまうなんて考えもしませんでした・・。
奥さんと子供を残し旅立ってしまった中島君。
さぞつらかったと思います。
中島君の分も頑張って生きてください。
頑張って!頑張って!

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お悔やみ 投稿者:中島正志  投稿日: 2月26日(水)17時35分00秒

 親友の夏原信義くんのお母さんがなくなった。私の母と同じ歳で,ずっと元気にしておられる
と先日,話をしたばかり。腸に穴があいていて手の打ちようがなかったのか,短期間の入院で
なくなられた。葬式も全部済ませ今日から仕事にでたとこだという。何も知らず別の用事で
電話し,知った。つらいことが続く。

 ご冥福をいのります。

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婦人生活社がつぶれてた!! 投稿者:谷口  投稿日: 2月26日(水)13時00分34秒

 私は毎月婦人生活社の育児雑誌「ベビーエイジ」を購入して読んでいたのですが、発売日の2月15日に3月号を買い求めに本屋に出かけたが、置いてなくて、数件の本屋巡りをしても見つからず。土曜だったので(週明けにしか入荷しないのかな)とその日は帰宅。週明けにも本屋を回るものの見つからず。行動範囲にある本屋、スーパー、コンビニすべて回っても無かった。もともと他のベビー雑誌が10冊以上入荷のところ、ベビーエイジは4・5冊の入荷と冊数が少なかったので、取り寄せしかないと店員に聞いたところ「婦人生活社はつぶれて、廃刊になってます。」との事。あまりにも驚いて、あちこちのHPで調べて分かりました。
  1月14日夕方倒産
  1月20日出版業務停止
だったそうです。
 しかし!ちょうど1月15日発売の2月号で全員プレゼント企画があり、私は1月末頃に応募していた。更に、2週間ほど前にそのプレゼント品が届いていたんです。中身が分かっていたので、カバンに入れたままだったそのプレゼント品を慌てて開封したところ、

   「……安心して楽しく子育てしていけるよう願って今まで記事作りをしてきました。しか     し、残念ながら1月20日、弊社が出版業務を停止し、3誌ともに2月号をもって休刊と    いうことになりました。……全員サービスにご応募くださった方々にご迷惑をおかけしな    いため、検討した結果、メーカーである○○株式会社が責任を持って製作・発送をしてく    ださることになりました。……」

という書類が添えられていました。婦人生活社といえば大手のイメージだったので、只々、おどろいています。そして、つぶれているにもかかわらず、呑気に全員プレゼントの応募をしていた
自分。3月号を探して10日もウロウロしていた自分。なんてバカなんだろうとガックリしています。本当に残念。
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涙,酒 投稿者:TN  投稿日: 2月25日(火)14時55分47秒

 涙の元を補給して貰ったようなので楽しみです。ここをみる前に
いつもの芋焼酎を買ってしまった。
佐藤(黒)(http://www.sol.dti.ne.jp/~shimada/syotyu/report_4.htm#kurosato)
というのを勧められた。飲んだことがない銘柄なのでこれも楽しみにしています。

 ベッドに・・・・はちょっと大げさですが・・・,車椅子も似たようなものかな。
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涙の元の補給 投稿者:Q  投稿日: 2月25日(火)08時44分42秒

悲し泣き、悔し泣き、泣きすぎて水分が不足していることでしょう。1.8リットルを補給しますので、お疲れを癒してください。なお、補給水分には他の栄養素も含まれていますので、服用にあたっては、充分注意するようにお願いします。高らかに詩吟をうたう誇り高きお母さんが、望まないのに、ベッドに縛りつけられるなんて、私なら大声で看護婦を怒鳴りつけていることでしょう。ひたすら、我慢が続きますね。では、お元気で。
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Re:谷口さん 投稿者:TN  投稿日: 2月25日(火)08時34分59秒

 掲示板は嫌だと言っていたのに,でてきましたね。ありがとう。

K医大は注射は看護師はせず,医者でした。点滴も研修医がしました。
ある研修医は針を刺す場所を患者の私に尋ねたので,馬鹿かお前はと
怒鳴りつけたことがあります。たよりない医者でした。

看護師もいろいろですね。先日,母に薬を持ってきた看護師が
そのついでに母の状態をさっと観察したあと,母に声をかけて
いったのを目にしました。それだけのことが嬉しかった。
 母の看護ノートには,介護の手伝いにいく家族の連絡事項
をかいているのですが,看護師の悪口がいっぱい。そして,
悪い看護師は限られていてそいつは誰に対しても悪いやつだ
ということが分かってきました。
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注射上手の看護士 投稿者:谷口  投稿日: 2月24日(月)15時47分59秒

 先日、娘が採血をするのにすごく時間がかかり、かなり痛い目にあって、すっかり娘は注射恐怖症になってしまいました。確かに娘は肥満度30%超のおデブではありますが、「あー、これはとれるかなあ?」「ちょっと手伝って」という声がもれ聞こえ、(また苦労してる)と待合所で待つ私はふと思いました。
 「小児科ぐらい注射とくに採血の上手な看護士を配置してくれ〜。大人なら我慢もするけど子供は無理でしょう?ここ総合病院だから人材は豊富でしょうに…。」
 長期間薬を服用する娘はどうしても数ヶ月に一度採血して肝機能の検査をする必要があるので、娘もまた採血せなあかんということはわかっているので、病院に連れてくるのも採血の日はとっても大変です。場数を踏まないと上達しないのかもしれませんが、場数の方は大人でして欲しいと説に思います。
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発表会 投稿者:TN  投稿日: 2月24日(月)03時01分44秒

 地学教室の修論・卒論発表会が無事終了。卒業生が多数参加するので休日に実施しています。
年々,発表テクニックは上手になっています。今年は一人だけOHP使用で,残りの4人はパワーポイントを使用です。時代の流れを感じさせられます。
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バテて寝込みました 投稿者:TN  投稿日: 2月22日(土)05時01分24秒

 さすがにバテて寝込みました。肩こり,下痢,発熱・・・。2日間,ひたすら寝て昨日やっと足が地についた感じが戻ってきました。しかし,車で福井−茨木を往復するまでの気力は回復せず,JRで茨木に帰りました。
 明日(日)の午後は卒論・修論発表会なので,午前中には福井に戻ります。
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Re:セツブンソウ 投稿者:TN  投稿日: 2月21日(金)08時33分42秒

セツブンソウ,みたいな。今津の座禅草も・・・。

「悔しい」といった意味を,ちょっと誤解されたようですが,
しかたがないか。掲示板で伝えられることの限界かもしれません。
 あえてもう一度説明すると,もう少し患者のための看護をして
欲しいのです。人手不足か何か知らないけれど,自分たちの都合
に患者をあわせようとしていることに腹が立つのです。指摘したところで
こちらがずっとついておれないので,裏で何をされているか分からない。
それが悔しい,と言いたかったのです。

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セツブンソウ 投稿者:トムラウシ  投稿日: 2月20日(木)22時18分43秒

お久しぶりです。
おばあさまの経過は順調でで良かったですね。
チホウ、わかります。悔しいですよね。
でも面倒が看られない。

例の場所での、セツブンソウ、咲き始めました。
キクザキイチゲはまだ咲いていません。
アズマイチゲ、ユキワリイチゲはつぼみをつけていました。
セツブンソウ、気のせいかな?いつもより、小さい感じ。
いよいよ春ですね。
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経過は順調 投稿者:TN  投稿日: 2月17日(月)15時47分44秒

 母の経過は順調でうまくいけば手術後4週間で,手首の留め金がはずれる。この留め金は長さ10cm,高さ5cmの矩形で骨折した部分をまたいで固定され手の外に出ている。土曜日にねじの締め直しと固定部のガーゼ交換を初めて見た。これは重たくて大変だなと思います。リハビリでは一所懸命に指を動かしていた。よく頑張っています。

 しかし,看護体制。日曜日は人手が足りないためかやっかいなのを3人も,それぞれ車いすに固定し詰め所に集めていた。母もその中の一人。すぐに部屋に連れ戻した。おしめはさすがにされていなかった。悔しいがずっとついてもおれない・・・。

熊:すべての鳥獣に対し禁猟地域になっているのか,熊だけが保護されているのか・・・・もひとつよくわかりませんが。
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熊 投稿者:NF  投稿日: 2月14日(金)14時05分44秒

1月4,5日奈良県の十津川にカモの調査に行きました。地元の猟友会の方に呼び止められて、熊の被害について聞かされました。「30年ほど丹誠込めて育てた杉や檜の皮を剥いで、木の汁をなめる。禁猟になっているため熊が増えて被害甚大だ。学者や役人は何も知らん。・・・。」私は学者や役人ではないけど、熊を捕ってはいけないことは知りませんでした。
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熊 投稿者:TN  投稿日: 2月13日(木)19時38分22秒

 昼休み中の会議をこなし,JFとソバを食べに行った。ソバ屋につくと店の駐車スペースで熊2匹,たぶん小熊,を解体していた。雪がなく,穴にいたのを猟犬に見つかり犬と戦い漁師に撃たれた。熊の解体は初めて見た。ケニヤでキリンの解体はみたなと別のことを思い出した。やっぱりh艪ヘ田舎だと・・・。

 どんちゃんか。懐かしい名前です。飲みに行って騒いだ翌日,かならず蕁麻疹に苦しんでいたことを覚えています。けめちゃんより少しだけ先輩だったように思います。
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懐かしい写真 投稿者:NF  投稿日: 2月13日(木)15時58分41秒

3月末で退職される方の名前がメールで届き始めました。その中にどんちゃんも入っています。病気療養のためとか。元気で定年を迎えることが本当におめでたいことなのだとこの頃実感します。定年を1年前にして整理を始めた方から、どんちゃんの二十歳頃に職場の方と遊んでいる写真を見せて頂いた。その中に私の知っている方々が6人ほど。無茶苦茶若くて。懐かしくて。楽しくなってしまいました。
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まだら惚け日記1 投稿者:TN  投稿日: 2月12日(水)18時48分25秒

 中島はま,87歳,手首骨折で大阪第2けいさつ病院に入院中。術後1週間,たぶんあと5週間は入院が続く。入院前から睡眠薬の世話になっていたが,病院の投薬計画もあるだろうと医者と看護婦に睡眠薬の投与をまかせた。1月31日(金),残っていた睡眠薬をカッテに飲んで昨夜,徘徊したときつい苦情がてみ子の職場にあった。そんな伏線があって,「眠れない」,「睡眠薬をもってきてほしい」とか言うのを適当にあやしていた,2月10日の朝,病院に行くと病室にベッドがない,ビックリして探すと車いすにのせられ看護婦詰め所にいた。そこで朝食をとらすつもりだったらしい。ベッドは詰め所前の手術直後の患者が入る部屋にあった。事情を聞くと,眠れないというので睡眠薬を追加したが徘徊したという,お手数かけましたと言ってベッドにつれもどし朝食をとらせた。この時,「正子も骨折でここに入院している」という。いくら正子は元気だといいきかせても聞き分けない。仕方がないので正子に電話すると,夢やったんやなと安心する。昼食は心配してやってきた正子と啓子がつきあい,元の部屋にもどった夕食は正志とてみ子が世話をした。私がつきあうと家と病院の区別がつかなくなるのか,「今日の夜のおかずは何にしよう」とか「ご先祖様にお供えするのを忘れた」とかまだら惚け。
 翌朝(2月11日),よく寝たというので安心とおもったら看護婦が昨晩はベッドを間違え隣の人と一悶着があったという。しかしその看護婦は,たいしたことではないがという言い方だった。いったん家に戻り昼食前に病院に行くとまた部屋にいない。車いすに縛り付けられ詰め所にいた。夜寝ないので昼間は起こしておくためだという。殴りつけてやりたかったがこれからのこともあると我慢し,すぐベッドに連れ戻した。なんと紙おしめまでつけられていた。ポータブルトイレで頑張っているのに,と涙がでてくる。ついていないと何をされるかわからないので,車を返却にくるという有喜江に午後はついてもらった。
 今朝(12日),不安でまづ詰め所を覗いた。大丈夫だった。昨晩は爆睡していたと自慢げな看護婦。こいつにはいつか仕返しを・・・。
 心配だが私はここまで。福井に戻った。
 これからもあるかもしれないので,いつ何をしたのか,どういう理由で誰がそのような処置をしたのかきちんと聴いて,どのような対抗処置があるのかを専門家に尋ねてみたいと思います。
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スペアキー 投稿者:TN  投稿日: 2月10日(月)19時31分51秒

 家の鍵のスペアを作りたくてコウナンという電気製品やカー用品などなんでも扱っている大手の店で頼んだ。元のキーがコピーだから正常に使えなくても保障しないという。といったところでどうしようもないのでOK。まつこと30分,肝心の家の鍵は「取り扱っていない鍵なのでお造りできませんでした。」始めに調べろよ,それなら違う店にすぐ行ったのに,余分な手間をかけさして。それはともかく,ついでに頼んだ車のキーが大変でした。鍵穴に入ったのは良いが抜けない。申し訳ないという態度はまったくなく,救急隊を呼べば8000円かかりますが・・・。怒鳴りつけてもぬかに釘。車のキーの場合は抜けなることがよくあります,としゃーしゃーとしたもの,これがマニュアル人間か。救急隊でも何でも呼べ,と怒鳴りつけたあと,あまりに悔しいので色々トライし,微妙?なタイミングで抜けた。こんな店2度と来ないと捨てぜりふをなげつけたが腹の虫はおさまらない。
 
 鍵はまともなキーセンターに頼むこと。教訓です。

 母のボケはますますひどい。つらい。
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白梅,サンシュウユ 投稿者:TN  投稿日: 2月 9日(日)13時38分35秒

 大阪第2警察病院の駐車場横の白梅が満開です。今朝,見山の朝市に出かけ,箕面の粟生へ戻る山道でサンシュウユの黄色い花を見つけました。箕面や万博日本庭園の雪割草が咲いているかなと気になったのですが,母の食事の世話という制約があり,なかなか思い通りには出かけられない。

 HPのtop頁左上のカウンターの数字をクリックしてください。何日にどれだけの訪問者があったというような統計がみれます。訪問者の少ないとおもわれる11日までの3日間だけ公開します。
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母,その後 投稿者:TN  投稿日: 2月 8日(土)17時14分54秒

 人工骨を入れなくても良かったらしい。今日は朝食は私,昼食は大智と有喜江,昼に正子,夕食は私が付き添うのでご機嫌。術後は順調で手の腫れもひき,リハビリでは適当におだてられ,機嫌を良くしさかんに指を動かしている。
 今週は水曜日が母の手術,木曜日は友人のお父さんの通夜で富田林へ。その帰り,南方で夏原君と飲む。翌朝,JRで大学に戻り,その夕方車でまた茨木に帰る。今日は父の33回忌。慌ただしくも忙しい1週間でした。
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Thanks 投稿者:TN  投稿日: 2月 6日(木)02時55分09秒

 普段は20名/日前後の訪問者数なのに,昨日は40名/日。手術日というので
ご心配をおかけしたのだと思います。申し訳ありませんでした。そして,ありがとうございます。

 母を自分の目で確かめてからまたレポートします。
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手術は無事終了 投稿者:TN  投稿日: 2月 5日(水)16時07分55秒

 2時に始まり4時に部屋に戻った。順調に終了したとのこと。詳しいことはまた後で。
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不幸が重なって、何とも言えない気持ちです。 投稿者:Q  投稿日: 2月 5日(水)11時32分02秒

お年寄りの骨折事故はよく耳にするので、私も大丈夫かな?と危ぶんでいました。しかし、できたことは何とかしなくては仕方がありません。貴方と息子さんを大切に育ててくれたお母さんですから、普通の何倍も大事にしたいという思い入れがあることでしょう。しかし、遠隔地での単身赴任の身では、思い通りに事は運ばず、貴方が大きい声で叫びたくなる気持ちはよくわかります。あせっても仕方がないので、他の人の好意をあてにして、居直るくらいの気持ちでないと、やってゆけないではないでしょうか?。近くにいれば、私も手伝えるのですが-----。私は当事者ではないので言うだけですむのですが-------。腹のたつことはどんどん掲示板に投稿して、少しでも、ストレスを軽くしてください。私の経験では、他人に聞いてもらうだけで、心の負担が軽くなるときもありした。また、酒でも送ります。
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帰りたい、しかし 投稿者:TN  投稿日: 2月 5日(水)07時04分46秒

 急患がなければ2時頃から手術が始まる。全身麻酔、折れて重なっているのをほぼ元の状態になるように引き離してから金具で固定。その状態をレントゲン写真で検査し、骨粗鬆症でもろくなっている骨の欠損が少なければそれで終了、この間約1時間。欠損分が多ければこの後すぐに人工骨を入れる。あまり時間はかからないとは言っていたが・・・。しょせん医者の言うこと、何が本当かは不明。

 ついていてやりたい。しかし、てみ子(保健婦長)と私の妹(正子、去年まで看護婦)がついてくれるのに素人がおろおろしても仕方がない。てみ子に「頼む」とまかせた。昔、母が足を骨折したとき、執刀医は彼女たちを手術室に入れ手術をみせた。私は手術室の前でひたすら待った。今日もまた手術の間中、不安にさいなまされることでしょう。その上、高齢なので麻酔から上手く覚めてくれるかどうかも気がかり。
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レベルが低いと思った理由 投稿者:TN  投稿日: 2月 4日(火)09時01分21秒

 入院した時,4人部屋で誰も入っていなかった。看護婦が,2つのベッドの用意ができているが,どちらにしますかと尋ねてくれた。しかし左手が全くきかないのは見れば分かる,となると起きあがることを考えれば1つしかないのに,と私はすぐには分からなかったが,てみ子は怒りを隠さずこちらですと答えた。また手術後の点滴のための調べにきた医者まで,右手で入りにくくなった時のために左手を・・・・。この人たちは,何のために入院した患者かも意識せず,看護や医療の仕事をするのだと思うと悲しくなる。
 いっぱい検査はするが結果は何もしらせない。こちらが尋ねてやっと,特別な異常はなかったので手術ができると判断していると答える。わざわざ説明すると呼び出しておいてと腹がたつ。もっともどこの病院でも同じらしいが。データを見せたら調べられるのが怖いのでしょうか。
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さてと・・・ 投稿者:TN  投稿日: 2月 3日(月)21時38分55秒

 朝、8時からの母の朝食に付き合い福井へ。入院してから今日まで食事には誰かが付き添ってきた。これから、どうなるのか・・・。手術後の方が大変なのに、それぞれ仕事を抱え、もはや限界。病院に任すしかない。発狂寸前といえば大げさだけれど、車の中で大声で叫びわめき涙をぬぐった。
 昼、啓子が行ってくれた。夜、7時半にてみ子が着いたときは熟睡中。看護婦さんかヘルパーさんかしらないがちゃんと面倒みてくれた、というあたりまえのことが無性に嬉しい。KE病院はKA付属病院よりもさらにレベルが低いので心配だっのですが・・・。

 ついさきほど、雪を放置したままの宿舎の駐車場に強引に入った。除雪作業を覚悟していたので、助かったというのが本音。
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弔電,間違い電話 投稿者:TN  投稿日: 2月 2日(日)08時41分31秒

弔電:弔電披露なかったね,とてみ子。実際は,(てみ子はその間,完全にねていたようです。私は読経の初めの部分でねたのでこの時はちゃんと目覚めていました),山下紀子姉さんの長ーい弔電を真ん中に3つ読み上げ,残りの差出人すべてを紹介していた。その間,読経を止めていた。それでうちの成就寺さんは,弔電紹介を嫌うのだと納得。

間違い電話:昨日,早朝,2時12分に福井駅に着く急行北国で戻り,そのまま大学へ。入試が始まるまでに睡眠をとっておこうと,熟睡しはじめた5時頃,突如てみ子から電話。どうしたのと,こちらも驚いて事情を聞くと,携帯に電話があり,ろれつの回らない声で「藤井さんか?」という,「なにを言ってるの。お母さんですよ。」と答えると電話が切れた。福井のどこかで正志に事故があり,藤井さんに助けをもとめているのかと心配になり電話をしたらしい。着信記録を確かめれば間違い電話と分かるのに,最近の不幸続きで,てみ子さんもかなりあわてたようです。富山県宇奈月からの間違い電話でした。
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通夜・葬式 投稿者:TN  投稿日: 2月 1日(土)07時44分35秒

 枚方市養父元町の養父 清子(やぶせいこ)様が享年82歳で亡くなられた。心からご冥福を祈ります。
 てみ子の姉夫婦の養母。30日の通夜に大智・有喜江たちと,31日の葬式には啓子をつれ私たちも参列した。死に顔はやすらかでとても82歳とはみえないほど若々しくきれいでした。式場は府立牧野高校の隣にある飛翔殿,宗派は浄土宗,導師は養父元町の観音寺住職。
 近代的な市の中に残った村の葬式。村の方々が式の一切を取り仕切る旧来タイプの葬式であり,民間葬儀場が演出する最近の葬式でもある。養父家の皆さんは大変だ・・・と同情します。通夜の読経の最中,村の爺さん婆さんのあたりをはばからない私語,うわさ話の騒々しさには腹がたって怒鳴りつけたくなった。しかし,通常の通夜式が終わった後,村の衆が残って御詠歌を唱えておられるのをみたり,葬式の手伝いに早くから大勢がこられているのを観ていると,村の爺さん婆さんには彼らなりの通夜,葬式があるのだろうと思えるようになった。
 なにはともあれ,身近に弔いを出した身として,何事もそれと比較している自分に気付く。そしてところによりこうも習慣が違うのだと実感する。読経も日蓮宗とは全く異なる。
 母をそれほど遠くないときに私たちで弔うことになるのだけれど,その時は身内だけで弔ってやるのだと心に決めた。私の時も,身内だけで弔うように遺言しておこう,てみ子より絶対先に死にたいなどなど色々考えた。
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母 投稿者:TN  投稿日: 2月 1日(土)04時00分20秒

 手術は来週の水曜に予定。手術の詳しい説明は日曜日。心配したトイレはポータブルトイレでなんとか自分で頑張ってくれている。食事は片手なので大変,ぽろぽろご飯やおかずをこぼしている。看ていて涙がでそうになる。入院は長引きそう。てみ子や啓子がばてないか心配だが・・・。
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疲れました 投稿者:TN  投稿日: 1月29日(水)21時24分10秒

 手首の小さな骨が集まっているところですが,レントゲン写真ではぐちゃぐちゃといった感じでどうしようもない。もし母が麻酔に耐えられるという検査結果が出れば,来週の水曜日に太い骨を金具でつなぐ手術が出来る。それも手の腫れがひいていれば・・・。今日は38.6度の発熱,この熱も下がらないと・・・・。というようなわけで大変です。朝,5時から雪道を走り,大阪第2警察病院は9時前に連れて行ったのに,診てもらえたのは12時前,そく入院というわけで,麻酔に耐えられるかどうかの検査が終わったのが1時半。啓子にSOSをだし病院に来てもらって,入院の準備に家に帰り,昼飯を食べたのが3時,4時半には病院に戻り8時までいた。トイレ,食事といろいろ心配ですが病院に任すしかない。
 てみ子も昨日からほとんど寝ていない。
 どちらかがばてればそれはそれで地獄が始まる。
 明日は明日,もう寝ます。
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母、骨折・・・ 投稿者:TN  投稿日: 1月29日(水)04時56分25秒

 今、母、骨折の電話有り。明日は養父のおばあさんの通夜で帰るつもりでしたが・・・・。さて、外は雪、気をひきしめて帰りましょう。

JFくんへ:あとで連絡しますがよろしく。
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21対48 投稿者:TN  投稿日: 1月28日(火)02時53分13秒

目がさえてテレビをつけると第37回スーパーボールをやっていた。レイダーズは負けました。試合はむろん、ハーフタイムショウも楽しいですね。さて、もう一度ねようっと。
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漫画みたい 投稿者:Q  投稿日: 1月27日(月)22時46分39秒

鯖江警察の大学構内への踏み込みとは!! まるで、漫画に描かれた南河内大学の一こまみたいな面白くも信じられないような事件でしたね。私も、大昔、大学受検の頃、自転車で淡路島を一周したとき、淡路島の裏側の名も知らぬ田舎町で、「怪しい不審者」として警官に取り調べを受けたことがあります。家まで電話で身元を確かめられたりしました。輪つぃが犯した犯罪は夏みかんを一つ失敬しただけだったのですが。いやな奴。その後、長じて、島根大学に着任してからも、学生を連れて日本海海岸の古地磁気サンプリングをしていたとき、地元の人に、「密航集団がうろついている」と通報されて、駐在所のお巡りさんに長い時間足止めを食わされたことがあります。今では、滑稽なエピソードとして記憶に残るばかりですが、当時は、腹が立つことスンゴイものでありました。真底つらい思いを経験した貴方にとっては、このような単なる行き違いの一シーンは、まるで異国の他人事のように思ええるのではないでしょうか。背中の具合を見せていただきました。むごくも剥がされたものですが、確かに、最新の写真では、健康な肌色が復元しつつあるように見えます。一層のご回復を祈っております。
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鯖江警察ですが 投稿者:TN  投稿日: 1月27日(月)21時32分48秒

 関西医大で検診を受けいつもの薬を貰い大学に着いたのが12時過ぎ。JFくんに背中のケアをしてもらっていると、突如、鯖江警察ですとテレビでおなじみの身分証明書をみせながら刑事(?)が侵入してきた。土曜日に宿舎の近くで強盗事件があったらしい。容疑者の似顔絵までみせてくれたが、私のアリバイまで調べていった。車のライセンス番号や誕生日まで、尋ねられた。
 昔、茨木の元町に住んでいてまだ阪大にいたころ、シビックにのっているというので、殺人事件の聞き込みにきた茨木署の刑事がいた。適当に答えていたらこれは殺人事件だと脅迫してきた。それほど無礼なやつではなかったが・・・、やっぱり不愉快。なにを無駄なことをやっているのだと可哀想になる。
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雪割草はまだでした 投稿者:TN  投稿日: 1月26日(日)13時23分22秒

 てみ子は職場からの沖縄旅行。昨日の夜は啓子と隆一がきてくれたので楽しかったのですが,一人で母の面倒(といっても食事の世話だけですが)をみていると悲しくなります。今朝は嫌がる母を無理矢理フロに入れた後,快晴につられ,気晴らしに万博の日本庭園へでかけました。駐車料金1000円は高いのですが,好きな場所の1つです。マンサク,椿,サザンカ,ボケは予想通り,いつもの場所でいつものように咲いていました。こんなありふれた景色になぜかほっとします。期待した雪割草,福寿草はまだでした。馬酔木,梅などはつぼみがふくらみかけていました。
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勤くんへ 投稿者:TN&TN  投稿日: 1月25日(土)16時14分47秒

 山下家のインフルエンザはもう終焉したのでしょうね。幼い誠司君は大変だったでしょう。私たち夫婦はなんとか持ちこたえています。
 前に送ってもらったアルバムで,スタンフォード対バークレイのフットボールの試合の写真は,いかにもアメリカらしい光景と感じましたが,スーパーボールとなるともっと凄い熱狂ぶりなのでしょうね。「レイダーズはロサンゼルスに本拠を置いていた1984年以来、19年ぶり5度目のスーパーボウル進出。」という記事をみつけました。
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インフルエンザ 投稿者:勤  投稿日: 1月24日(金)14時11分51秒

正月後家族全員インフルエンザでダウンでした。この風邪はなおるのに2−3週間ぐらいかかります。ビールスだから薬もないです。11月に予防注射もしていたのですが、あまり効果が無かったようです。この日曜日はスーパーボールです。近くのオークランド市のレーダースが18年ぶりに挑戦です。楽しみにしています。
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インフルエンザ 投稿者:JF  投稿日: 1月24日(金)11時19分19秒

 主人のインフルエンザをもらい,丸三日へばっておりました。
 発病初日に,病院でインフルエンザかどうかの検査をしてもらったのですが,
結果は−(マイナス)。でも,症状からみるとインフルエンザでしょうと言われ,
内心「検査といっても結構いい加減なものなのね」と思っていました。ところが,
我が家の三人目の犠牲者を別の小児科へ連れて行って,ようやく訳がわかりました。
インフルエンザかどうかの検査は“発熱してから4〜5時間経たないと,(たとえ
インフルエンザであっても)陽性と出ないことがある”のだそうです。なぁんだ!
確かに,私が検査を受けたのは,発熱してからまだ2〜3時間後くらいでした。
 熱は下がりましたが,4日目の今日は足が地に着いていないような心地でふら
ふらと歩いているような状態です。

 小児科では,新聞にも紹介されていた“インフルエンザの特効薬(?)”を処方
してもらいました。A型またはB型に効くそうです。不足気味なので2日分だけ。
娘は丸1日半,39度の熱で真っ赤でしたが,正味2回分飲んでようやく落ち着いた
みたいです。このままもう熱が上がらなければ,本当に“特効薬”ですね。でも,
私が行った病院では「インフルエンザの特効薬なんてありませんよ」と言われました。

 最先端(?)をいく薬などは,病院によって情報がまちまちなのでしょうか?
「へぇ!」「あれ?」「おや?」と思うことが多かった今回のインフルエンザでした。

Qさまへ:ご心配いただいてすみません。どうもありがとうございます。
     Qさまも,どうぞお身体お大事になさってくださいね。5月の
     学会を楽しみにしております。
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Q氏へ 投稿者:TN  投稿日: 1月23日(木)22時00分14秒

 学会案内の訂正のハガキが届きました。
 大変ですね。ご苦労様です。
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背中 投稿者:中島正志  投稿日: 1月22日(水)18時38分46秒

Q氏へ:ありがとう。奥さんは元気ですか?

 背中の状態はほとんど進展なしと思っていましたが,写真で前の状態と
比べると少なくとも色は正常な肌の色に近づいてきています。しかし
まだ先は長そうです。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/temiko/senaka.html
に写真があります。(また,てみ子に怒られるかな・・・)
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風邪 投稿者:Q  投稿日: 1月22日(水)10時33分23秒

私も急に腹具合がおかしくなったり、背筋が寒くなったりしていますが、摂生しながらなんとかやっています。病気のせいで、家内が優しくしてくれて、ありがたいです。老後の一シーンの早取りかな? JFさんのすみやかな御回復を祈っております。TNご夫妻もお体に気をつけてください。
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インフルエンザ 投稿者:中島正志  投稿日: 1月22日(水)09時24分13秒

 福井ではインフルエンザが猛威をふるい学校では学級閉鎖や学年閉鎖が続出しています。JF君もついにダウン,皆様も風邪をひかれませんように。
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test 投稿者:中島正志  投稿日: 1月21日(火)19時55分29秒

この掲示板でもHTMLのタグが使えるらしい。

ちょっと練習。
画像の貼り付け

ができるのは有料,
どうしようかなと迷っています。
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センター入試 投稿者:中島正志  投稿日: 1月19日(日)10時12分40秒

 全国で約55万人が同じ時間に同じ問題に取り組み,試験監督者は同じ時間に同じセリフを読み上げている。以前は不気味な光景と感じ続けてきたのに,2年間やらなかった後の今回はそれを懐かしい光景と感じるから勝手なものです。それでもこんな集団的行事をそれこそ粛々と実施できる日本は,すごい国なのか,馬鹿げた国なのか,・・・。こんな受験に耐える若者に個性がなくなるのは当たり前か。個性的(?)な我が息子たちは受験もしなかった(できなかった)などなど・・・。

アルスさん,初めまして。またよってください。
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おすすめ・・・? 投稿者:アルス  投稿日: 1月17日(金)11時22分13秒

ホームぺージを少し見ました。(←少ししか見てなくすみません)
私はまだ学生ということもありめったに山に登りに行きませんが、去年に学校の行事で長野の菅平にいきそこのある山に登りました。つらかったんですが、いろいろな植物があったのを覚えています。機会があったら登ってみてはいかがですか?
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はじめまして。 投稿者:アルス  投稿日: 1月17日(金)11時11分32秒

どうでもいいんですけど、最近オリオン座を見ます。塾の帰りに近くの公園にでブラブラしていると、そこから見えるんです。9時45分ごろでしょうか?オリオン座の三ツ星がすぐわかって見つけるとうれしいですよ。ついでに冬の大3角形も見つけるといいかもしれません。
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阪神大震災から8年 投稿者:中島正志  投稿日: 1月17日(金)07時56分20秒

 1月17日,悲しみは8年たっても変わらない・・・・,というような報道,記事を
悲しみの感情までそのまま受け入れている自分に気付く。大事な身内を失って悲しみが
消えるはずはないのだと,また達志を思う。
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凍っていました 投稿者:中島正志  投稿日: 1月16日(木)09時40分28秒

 道路表面にある雪や水が凍結し,今朝は大渋滞。鯖江の宿舎から大学まで1時間半
かかりました。通常は20分たらず。うんざりです。
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雪です 投稿者:中島正志  投稿日: 1月15日(水)09時49分51秒

 朝から雪,寒いです。
 今週は,大学センター試験で茨木に帰れないのでちょっと心配ですが,
私がいないほうが母はしっかりしているような気がします。
 てみ子も新しい保健所の開所式や婦長会などで忙しそうです。
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ナズナ,ホトケノザ,オオイヌノフグリ・・・・ 投稿者:中島正志  投稿日: 1月13日(月)19時43分53秒

 暖かい一日でした。運動不足を解消するため家の近くを散歩しました。ナズナ,ホトケノザは予測通り咲いていました。タンポポ,オオイヌノフグリ,ノゲシとやはり「新春」なのでしょうか。30分のコースを小一時間かかってしまいました。
 NFさんのように鳥を識別できたら面白いだろうなと思うぐらい,いろいろな鳥に出会いました。
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12日,月参り 投稿者:中島正志  投稿日: 1月12日(日)13時01分44秒

 12日,達志の月命日なので,今日はお坊さんがこられます。毎月,お参りしてもらっているのですが,日曜日になるのは久しぶりです。お嫁さん達もきてくれるとのこと,楽しみです。3時からなので,午前中にてみ子と墓参りにいってきました。

 石原慎太郎の「弟」を読み返しています。裕次郎は好きだったのですが慎太郎はなんとなく嫌いで他の作品は何も読んでいません。最初読んだときは,意外に赤裸々に実名を隠さず例えば大スター三船などの悪口を書いているなと感心した程度だったのですが,今回は,大切な身内を失ったものだけが感じる寂しさや悲しみを見事に書いているなと共感し感動しました。どこでと言うことではないのですが,ときどき,達志のイメージが頭に浮かび,なんども泣いてしまいました。
 近頃,体調は,背中が引きつったり,運動不足ですぐ疲れたりであまり良くないのですが,頭の方は反対に過敏なぐらい冴えているような気がしています。結構難しい論文でも本でもすぐ理解してしまえます。慎太郎の文章はさすがに作家で上手だなと思いました。そして「弟」は見栄も構えもなく,清々しいくらい正直な気持ちのこもった本だと感動しました。
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ハッハッハ、よくあることです 投稿者:トムラウシ  投稿日: 1月 9日(木)19時36分09秒

>先日も,トイレで立ち上がるときに倒れて,夜中,大騒ぎになったので,大急ぎでトイ
>レに手すりをつけました。すると,「そんなものいらんのに」。思わず頭に血がのぼ
>る,というような状況です。
じいさんをふつうのトイレからポータブルトイレに変えたときも一騒動でした。
「こんな所にトイレができるか!」と怒りました。
でも、私と主人は「トイレで倒れたら、どうするんだ!」とそれ以上に怒りました。
しばらくすると、楽だから、喜んで使うようになりました。
声が大きく、迫力ある方、元気がある方が勝ちます。
私は、懐かしいなぁ・・。似たようなことで、よくケンカをしました。

年寄りはプライドを傷つけられて、怒るんでしょうね。
これからも、このようなことはどんどんおきてくると思います。

おばあさまも、内心は喜んでいると思います。
気にしない。気にしない。また、怒ってるわいと馬耳東風を決めてくださいね。
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きれいですよ 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 9日(木)18時06分24秒

白山の勇姿は,冬の晴れた日の楽しみの1つです。

(私、あさってから八ケ岳に行ってきます。)
元気ですね。羨ましい。八ヶ岳も花の山らしい,それと権現岳の南麓に観たい地質があるので,ぜひ行ってみたい場所の1つです。

(この壁を越すと楽なんですけど・・
中島さん、あせらずに気負わずにね。)

 おっしゃる通りなのですが・・・。
 先日も,トイレで立ち上がるときに倒れて,夜中,大騒ぎになったので,大急ぎでトイレに手すりをつけました。すると,「そんなものいらんのに」。思わず頭に血がのぼる,というような状況です。
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きれいだろうなぁ 投稿者:トムラウシ  投稿日: 1月 8日(水)22時26分14秒

白山が見えるなんていいなぁ・・
また、白山に行ってみたいものです。
私のhpもjustnetに一部あるのですが、移動しなきゃ。
まだ、何にもしていません。

おばあさま、やはりディに行きませんか・・、うーーん。
厳しいですね。
私が、介護をがんばれたのも、気楽に看れたのも、
じいさんがいろんな制度をいやがらずに行ってくれたからです。
この壁を越すと楽なんですけど・・

中島さん、あせらずに気負わずにね。
年寄りの言うことって、結構おもしろいから、楽しんでください。
私、あさってから八ケ岳に行ってきます。
雪を楽しんできますね。



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晴れ 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 8日(水)12時47分00秒

 今,晴れています。大学の屋上から,真っ白な白山を観ることができます。きれいです。雄大なながめです。
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So-netへ移ります。 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 7日(火)13時57分41秒

 JustNetがSo-netに吸収され,今年いっぱいぐらいでHPが閉鎖されます。
それでSo-netにHPを移動しました。JustNetのHP(今までのもの)のTop頁で「更新」
のボタンを押してください。So-netのアドレスをリンクしています。

ここからも移動できます。お気に入りに追加してください!
(http://www005.upp.so-net.ne.jp/temiko/)
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Q氏へ 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 7日(火)13時52分29秒

 寒中お見舞い,ありがとうございます。寒いのはこたえます。この寒波も峠を越えたようですが,暖冬だ暖冬だと言っていた割にはよく寒波がやってくるので嫌になります。以前は運動代わりにそれなりに楽しんでいた駐車場の除雪に1時間もかかると,腕や腰がいたみ,年齢を実感します。
 忙しい年になりそうですね。学会はむろん参加しますが,新居もみたいな!
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新年の挨拶 投稿者:Q  投稿日: 1月 6日(月)16時44分01秒

少し早いですが、寒中お見舞い申し上げます。昨年末、てみ子さんは大忙しで大変だったようですね。正月の休暇で、疲れが少しはとれましたでしょうか、新しい年が始まりました。正志君、てみ子さん、どうか、心と体をお大事にお過ごしください。松江から、中島家のお幸せを祈っております。昨日と今日の松江は、町全体が冷蔵庫に入っているようです。しかし、鯖江にくらべると赤ちゃん程度の寒さかな? 私の今年の予定は、まず、5月の学会開催の準備、夏に家の新築が始まり、おそらく12月に入居、来年3月の退官に備えた後かたづけなど、例年にないプログラムが決まっており、かなり忙しくなるでしょう。JFさんから頂いた年賀状を見て、2度喜びました。1度目:貴方と一緒に松江の学会に来てくれること。2度目:ある人がこの掲示板の私の投稿を読んで、私を船乗りと思いこんでいること(子供の頃、船乗りになりたいと本当に思っていただけに、船乗りのふりができて嬉しいです)では、また、お元気で。
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貴ちゃんありがとう 投稿者:中島てみ子  投稿日: 1月 5日(日)21時05分08秒

早速の返信ありがとう。家に残っていたアルバムや日記を見て書いたのですが,私の手帳を見たらもっと生々しい記録が出来たかも分かりません。お祖母ちゃん子で働いていた私の言うことはあまり聞きませんでした。扁桃腺を腫らして熱を出しその時だけは,土踏まずをもんだりしてよく側にいてやった思い出があります。あっさりしているようでしたが,結構,人の気持ちをよく見抜いていたと思います。今頃になって,もっとアアしてやれば良かったと悔やみますが,鹿児島へ行ったことだけは「いい思い出になってよかったなー」と思います。恩返しが出来ないままに遠くに旅立ったことが本人もとても残念だったと思います。読み返しながら,笑ったり泣いたりの毎日です。
同級生やその親に逢うのは思い出してとてもつらいです。まだまだ悔しさでいっぱいですがしばらくはしかたがないことと引きこもっています。
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ご無沙汰しております。 投稿者:永井 満家族一同  投稿日: 1月 5日(日)18時14分42秒

 あけまして おめでとうございます。
 ご無沙汰しています。 正志おじさんの皮膚の調子はどうですか?
 掲示板いつも楽しみに拝見しています。達ちゃんのことは、こちらに滞在した1週間をのぞけば、小さい頃からほとんど会う機会も話す機会もなかったので知らないことだらけだったのですが、"思い出”を読むうちに、もっともっと身近に感じるようになりました。
達ちゃんて、本当にまっすぐで優しい子ですね。
 
 先日の鹿児島滞在のときの日記は、皆でとてもなつかしく拝見し、その時の写真など出してきて、いろいろな思い出話をしました。その中から少し。
 知覧の特攻基地記念館では、兵隊の方が出撃前に家族に宛てた手紙を展示しているコーナーがあり、皆まだ19,20歳そこらの若者で今から最後の出撃に出なければならないというのに、それを恨むようなことを書いている人は一人もなく、これまで育ててもらったお礼の言葉や、何も親孝行や恩返しができなくて申し訳ないといったお詫びの言葉、また自分がいなくなった後の親を心配をしているものなどばかりでした。このコーナーで手紙を読んでいた時、達ちゃんが近くで眠そうに目をこすったり、あくびをしていたのを覚えています。「まだ中学生だし、こういうところは興味ないかも・・」と思ったものでしたが、案の上・・。でも、日記のなかの、「心に決めたこと」を見ると、兵隊さん達からも何か感じていたのかもと思いました。
 帰りは私の運転で、この頃はまだペーパードライバーで家の周りを運転するぐらいだったので熟練者(父)もいることだし、練習をかねてということだったのだと思うのですが、父が「ブレーキをかけるのが遅い!」とか「気をつけよ!(鹿児島弁)」で口うるさく言い続けていたので、達ちゃんも不安に感じたのでしょう。申し訳なかったです。
 ゴールドパークは、串木野金山の見学施設なのですが、トロッコのようなものに乗って地下に降り、掘削した穴をすすみ掘削の様子など見ました。私が覚えていることといえば、入り口にあった”さわれる金の延べ棒”(ケースの中に入っていて小さな穴から手を入れて触れるようになっているもの)と岩盤に金色が見えないか探したことぐらいでしたが、達ちゃんはぜんぜん目のつけどころが違ったんですね。 昔から機械に興味があったんですね。
 日曜日は私たち姉弟と達ちゃんの四人で鹿屋にいた香代子ねえちゃんのところと花野の利夫おじさんのところを訪ねました。長いドライブでした。お昼のお店は香代子姉ちゃんが連れていってくれたたしか鹿屋体育大生にも人気だという山小屋風のお店だったと思います。夜は夜でまち乃おばさんが、ごちそうしてくださり、どちらでも「皆よく来たね。」ととても歓迎してくださいました。伊集院の家では、法事や帰省された時親戚の皆さんにあうことは時々あるのですが、こちらから訪ねていくということはあまりなかったので、とても歓迎してもらって私たちもとてもうれしかったのを覚えています。
 達ちゃんが帰る前日に遊んだ”ドンジャラ”というのは、子供向けの麻雀です。
 バスセンターで別れ際に達ちゃんが「おばちゃん、料理とてもおいしかったよ。おばちゃんも伸ちゃんも大阪に遊びに来てな。自分が案内するから。」と言ってくれたと母は帰ってきてとても喜んでいました。
 また達ちゃんが帰ってすぐ、おばあちゃんから「達志が鹿児島のことたくさん聞かせてくれました。ありがとう。」と直接お電話を下さったそうで両親ともよろこんでいました。
 
 今朝は鹿児島でもこの冬初めての積雪(5〜10cm)がありました。
本当に寒い日が続きますが、てみこおばちゃん、正志おじさんそして家族の皆さまもお体に気をつけてお過ごし下さい。
 今年もよろしくお願いいたします。
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やっと終わった 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 4日(土)22時33分09秒

 「達志の思い出」を1つにまとめ,写真を追加しました。いつものようにHPのtopページの下にリンクしました。見ていただければ幸いです。
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達志の思い出21 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 4日(土)21時07分47秒

平成7年(1995年)〜
 大阪府立福井高校を卒業してすぐ,福井に一人でやって来た。一泊しただけだった。私を大学に送った後,一人で車で海にでかけた。子どもの頃,よく連れて行った越前海岸である。寝に行くのだと言ったが,ゆっくり大好きな海を眺めながら将来のことを考えたかったのだと思っている。しかし,結論のでないまま4月からアルバイト生活を始めた。
 いつからかシゲムラ建設で働きだしていた。社長は我が家の隣のマンションの住人だった。達志を可愛がって呼びに来てくれる社員の方も近くに住んでいた。社内旅行まで誘いにきて下さっていた。専門学校へ行くのか,正式に働くことにするのか迷っていたが,いつまでも私の扶養家族として健康保険などを使えないということから,1年後の平成8年からシゲムラ建設で正式に雇ってもらうことになる。地盤改良工事が主な仕事とする会社だった。朝早くから出かけ,作業服をどろんこにして夜遅く帰ってきた。洗濯はてみ子だった。
 このあたりからは,精神的には親とは全く関係のないところで達志は生活していた。平成8年(1996年)には会社の方々からスーツをプレゼントされ,上機嫌で成人式に出席している。専門学校進学は頭から消えたようである。シゲムラ建設はそれなりに彼に合っていたのだろう。遊びも,ここでいろいろ教えてもらった。最初にのめり込んだのはジェットスキー,軽トラックにジェットスキーを積み淀川へでかけていた。その軽トラは4輪ともアルミホイルをつけていた。ささやかな達志の見栄である。パチンコ,競馬,ゴルフ・・・・なんでも適当に経験していったようである。
 平成11年(?),それまではシゲムラ建設の中島班だったのが,中島組として形の上ではシゲムラから独立し,達志は経営者になる。このあたりの事情は私達にはよく分からない。不況下に会社が生き残るための一つの方策なのだろうと理解している。年齢に似合わぬ大きな責任に押しつぶされないことを願っていた。
 いつごろからか同じ会社に勤めていた黒川啓子さんとつき合っていた。そして,平成12年3月,結婚することを私たちに認めさすために,啓子さんを連れてきた。私は初対面だったのに,随分,きついことを質問した。私たちからみてまだまだ子供としか思えない達志と結婚して本当にやっていけるのかという心配であった。二人の決意は固たかった。隆一君の学校の事を考え,4月に新居に移り入籍した。結婚式の代わりに,7月2日に両方の親と兄弟が集まって,京都ホテルで食事会を行った。
 平成14年3月10日,兄大智の結婚式,普段こんなに兄弟意識が強かったかなと不思議に思うくらい「俺が弟だ!」と頑張っていた。義姉にはくどいほど鹿児島へ隆一達をつれていきたいと・・・・・。そのころ達志は中島組をもっと発展させるためにいろいろ考えることがあったらしく,金を貸してくれと言ってきた。大金だったが,彼が親に正式に申し込んだ始めての借金だった,すぐ振り込んだ。彼はその金の使い方をいろいろ迷っていた,そしてあの5月・・・・・。
 
 ただ思い出を風化させたくないという想いだけでここまできました。書くたびにいろいろな思い出がよみがえり,こんどはその何分の一しか書けない文章力の不足に腹が立ちました。改めて,ここまでつき合っていただいた皆様に厚く御礼申し上げます。

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達志の思い出20 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 4日(土)17時09分58秒

平成6年(1994年)
 高校3年,6月16日の体育祭,応援団で燃えていた。応援団員が着る衣装のデザイン,製作も自分たちでやった。達志たちが出来ないところを母やてみ子が手伝った。残された何枚ものスナップ写真の満足げな顔から成功したことがわかる。その夜,彼らは打ち上げで飲み食いにはめをはずした。その何日か後,後輩がその打ち上げの時のスナップ写真を高校内で落とし,先生に見つかった。そして高校生の飲酒がばれた。芋蔓式に露見し,達志たちは停学処分となった。達志は2回目,今回はそれほど驚きもしなかったがうんざりした。調べに対してどう答えたのだと尋ねると,「酔っていたので何も覚えていない。」で押し通したと言う。他人は巻き込まないと言う,達志の意志はすぐに分かった。
 夏休みに,島根県の自動車学校で合宿して運転免許をとった。バイクは絶対駄目と禁止していたので,その不満は大きく,免許を取りたくてたまらなかったようだ。仮免許証を紛失したり,修了までに予定より時間がかかったりで金を送れと言ってきた。たまたま山口県や島根県に試料採取に出かけるたので,達志を自動車学校に尋ね金を渡した。親ばかである。
 卒業するのがやっとという成績だった。当然,進学も就職も無理,本人は卒業後1年かけてやりたいことを見つけ専門学校にでも行くと気楽なものだった。卒業文集には,『高校3年間,自分にとっては空白の思い出でもあるし,貴重な思い出でもある。ほんまにふざけた学校でとうとう最後までなじめへんかった。これだけ何もなく面白くない経験ができたのは大変貴重やったと思っている。これからはこの貴重な経験を生かして頑張っていきたい。』と書いた。正直な気持ちだったのだろうと思う。
 卒業するまでに車を運転したくてたまらなかったようである。卒業するまでは駄目という私たちと絶えず口喧嘩になった。とはいえ拒否ばかりしていても,すぐに卒業し,勝手にへたな運転をされるよりと思い,時間があれば私が横に乗って運転練習をさせた。1995年1月17日の早朝,福井に戻る前,達志が運転して箕面に向かっていた。5時47分,車がハンドルを取られたように揺れた。パンクと思いすぐに停車させ車外に出た。近くの,看板が揺れていた。神戸方面の西の山が短時間,朝焼けのように真っ赤になった。地震とは分かったが,あれほどの大地震とは知らず,万博の外周道路に出て自宅に戻った。名神は通行止め,171号線も車はすでに全て停車していた。裏道を通り自宅に戻った。落ちてきた食器で,てみ子は軽いけがをしていた。7時ごろ,もう一度グラッと大きく揺れた。我が家の被害は壁にヒビ割れが多く,特に浴室はひどかった。水が満杯の浴槽が大きくずれていた。この日,もちろん福井には戻れなかった。大学浪人中の大智が受験用の健康診断に行く予定の病院には交通手段がなく,急遽,近くの警察病院で受診した。空いていた。テレビが伝える報道により,時間がたつにつれ,被害の悲惨さが明らかになっていった。
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達志の思い出19 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 3日(金)23時05分24秒

 平成5年(1993年)
 勉学は低空飛行,アルバイトに明け暮れる生活。ミドリ電気の配送の助手をしていた。『8月4日(水,晴れ)の日記
 今日のバイトは内田さんで,車の中で話していたら「娘が大学に行かせるために,休みは1年間で1週間くらいや」言うてた。凄いと思った。やっぱり親というもんは俺らが考えている以上に凄い。そう考えたら俺はやっぱりアホな息子やな。
 俺の親も内田さんに絶対負けへん親で,何で俺みたいなやつが生まれたんかわからんぐらいの親で,これからの俺の生き方の手本になるのは確かや。
 お父ちゃんは一人福井で大学の教授をし,週末たまに長い道のり,日曜だけこっちにいるために車を走らせて帰ってきよる。月曜の朝,まだ真っ黒の中を福井に戻る。
 お母んは仕事が終わってから俺らのメシをつくって,家のことをして,俺のわがままをきく。なんで親は俺みたいな息子のために一所懸命になるんやろ。俺はこの親になにをしてやれるかわからん。ま,何にもしてあげられへんやろな。ありがとうしか言えへん。』
 この後すぐ私とてみ子は鹿児島へ出かけた(平成5年8月6日(金))。久しぶりの里帰りというより,私の研究のため姶良火山(2.5万年前の大噴火で陥没し姶良カルデラ(鹿児島湾)になっている)から噴出した火山灰,溶結凝灰岩の採取が主な目的であった。鹿児島へ直行するフェリーが満席だったので,別府までのフェリーに乗った。この日,鹿児島は記録的な集中豪雨に見舞われた。敏子義姉さんの郡山の家は浸水し大被害を受け,鹿児島行きのフェリーは運休していた。それほどの被害とはつゆ知らず私たちはのんびり阿蘇を廻って鹿児島の満義兄さんの家に着いた。途中で何回か義兄さんに電話したが鹿児島地域は見舞い電話が殺到し混線していたためか,全く通じなかったので,着いたときは大騒ぎになっていた。その日の達志の日記,『バイトから帰ったらまだお母ん達は鹿児島・・・と書いた瞬間,電話がなった。どうやら無事のようだ。おバアの声が明るいので上にいてもすぐ分かると書いていると,おバアが下から「お母さんから電話があったで」,「ふん,どうでもええわい」。ほんま素直になれへんやつや。それを聞いてか兄貴も活動しはじめたようや。ほんまに親に似て心配性の固まりやな。』
 鹿児島の親類の方々には多大な心配と迷惑をかけることになったが,私の方は大雨で水量の増加した宮崎県の渓谷でそれなりの恐怖と戦いながらも最低限の試料採取をすませた。この時の溢れる川水が渦巻く河岸での試料採取の様子を写したスライドは何回も学会発表で使った。日暮れが迫る中,鹿児島に戻る途中にてみ子と二人で車窓から見た虹の美しさは忘れられない。この時の研究成果は,後に藤井純子君の学位論文に連なる仕事へと発展した。試料採集後,のんびりするまもなく,近づいてきた2つの台風に追われるように鹿児島をさった。
 達志がたまに学校で情熱を燃やしたのは文化祭のような行事の時だった。1993年9月25日発行の文化祭を振り返った文集に次のような文を載せている。『みんなようがんばってくれた。文化祭当日は最後の最後まで,ここをこうしてくれ,ああしてくれ言うて,やっぱりこうしたらよかったとか,いろいろ思いながら終わってしまった。今日ビデオみたらすごくよかった。充実感がある。今日の文化祭に神経を使って頑張ってくれた人は,ビデオを見たときオレと同じように思っているやろう。まあ,しんどかったけどこの充実感を味わえるのはオレ達だけや。協力しなかったやつは最低なやつじゃないかわいそうなヤツや。』 同じ文集に中尾君は,『・・・・。はっきりいって今考えてもオレがいなくても,中島や長田がおったからうまいこといったと思う。』と書いてくれている。

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親ばか 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 3日(金)23時02分46秒

 「親ばか,親ばかを知る」ですか。
 新聞で甲田くんの紹介した交通事故のニュースを見ました。みんなが『殺された』身内の気持ちを自分のこととして理解できたら,もっと事故も減るのでしょうね。

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今年もよろしく 投稿者:甲田吉彦  投稿日: 1月 3日(金)17時08分41秒

時々拝見しております。今年もよろしくお願い申し上げます。昨日のニュースで昨年1年間、交通事故による死者は8500人余りと聞きました。1昨年は9000人弱である。ピーク時の半分とのこと。罰則強化、シートベルト着用率の向上etc.によるものであるらしい。このまま推移すれば日本は世界一交通の安全な国になるとのことである。まずはご同慶の至りということであろうか。でも、少し考えて見れば、ちょっとした不注意や横着な運転で8500余の命が失われ(あるいは殺され)ていると言う現実に、正月から暗い気持ちになりました。  中島先輩の達志君に対する想いの深さにいつも敬服するものであります。[アホ見たかったら親を見れ]といわれています。中島さんも、その例外ではないようです。私も浩貴に対する想いを風化させることなく今年もやっていこうとおもっております。

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おめでとうございます 投稿者:中島てみ子  投稿日: 1月 2日(木)22時14分35秒

正月からご訪問頂いてありがとうございます。たぶん身内ばかりが見ているのだろうと思いますがカウンターを見ては誰が見てくれているのかなーと2人で楽しんでいます。今年の正月は,静かに家で寝正月,良くこれだけ食べて寝てばかり出来るものだと感心!6日からの仕事にそなえて寝だめ,新庁舎は今までより遠くなるので30分早く行かなければなりません。年末から「究極の花垣」等の高級な酒と越前カニ,小鯛の笹漬,鮒寿司,薩摩揚げ,奄美大島のクルマエビ,,,とご馳走ずくしの毎日,生活習慣病,痛風にならないようにと保健師が夫を戒め,いじめながら楽しい正月をしています。鹿児島の皆さん時には書き込みよろしくね。

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達志の思い出18 投稿者:中島正志  投稿日: 1月 2日(木)15時01分52秒

平成4年(1992年)
 大阪府立福井高校に入学が決まったものの,不本意な高校という意識が強すぎて勉学に対する意欲は最初から最後までなかった。
 鹿児島旅行でも気持ちは切り替えられなかった。
『4月5日の日記,
 ・・・・省略。
 家に帰ったのは7:30だった。お母んが言った,「あんまり夜うろついたらあかんで」。うるさい,俺ばっかり。
 夜に「お母ん,バイトしたい」言うたら,「あかん」。ふざけんな。前まで「自分でお金ためなさい」,言うてたやろ。そして,「そんなん言うてたら心臓とまってしまいそうやわ」,とお母んが言った。なんという親や,俺もお母んが心臓悪いのわかってるけど,俺は親が子に向かって言う言葉じゃないと思う。子に心配させてそれでいいんか。そのことで俺らが気をつかってやりたいことが何も出来なくなってしまう。いいかげんにむかつく。』
 こんなすれ違いの繰り返しの3年間だった。
 野球部の先輩や仲間が達志を野球部に入れと説得しようとしたが無駄だった。柔道部に入った。気の強い達志には,個人競技が向いているかも知れないと思った。昇級(段)試験も順調に合格していた。指導にこられていた年輩の方を尊敬していた。しかし,柔道部は1年も続かなかった。部顧問の教師と上級生達が喧嘩し,達志は上級生に同調し柔道部を辞めた。それ以後,部活はせず,時々,大阪市淡路にあったボクシング・ジムに通った。そのためにお金がいるらしく,2年になってからはアルバイトが主の生活になっていた。
 入学して間もない頃、達志は停学処分を受けた。何があったのかと驚き福井県からとんで帰った。知り合いの一人が多数によって袋だたきにあうところを達志が「卑怯なことをするな、やるなら1対1でやれ」とケンカの中に割って入った,それが停学の理由だった。家に様子を見に来られた担任から理由説明を受けた。その時も今もその行為がどうして停学に価するのか理解出来ないが,達志の物怖じすることのない正義感の強さをあらわす事件として強く印象に残る。この今の言葉で言えば「いじめ」の被害者はあまり友人もいなかったようである。その彼の親からは達志に迷惑をかけたと詫びる電話があり,その後その彼はしばらくして転校した。私や達志には高校の規則や指導方針に対する不満が残った。
 1年の最後は,ジムに行くための資金を貯めるために新聞配達やエキスポランドのバイトと大忙しのようである。
『平成5年3月12日の日記
・・・・・省略。
 おバアがしんどい言うとる。死ぬんちゃうか。俺らのメシの用意はちゃんとしてくれよる。どんなにしんどくとも俺らのためにやってくれよる。俺はいい家庭に生まれたんか,そうでないのか,まったくわからん。』
 この日記帳には3人の友人の電話番号のほかに,私の宿舎と大学の電話番号が大きく書き込まれていた。

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明けましておめでとうございます 投稿者:TN&TN  投稿日: 1月 2日(木)14時58分32秒

 元旦,啓子,有喜江,隆一も揃い賑やかな一日。福井からの越前ガニに満腹。
 今日,2日は福井の銘酒をいただきのんびり過ごしています。

 トムラウシさん
  母は全くの寝たきり状態ですが,食事とトイレの時だけは地力で起きあがります。デイやショートを使いたいのですが,ご想像の通り母が嫌がります。機会を待つしかないようです。

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あけましておめでとうございます 投稿者:トムラウシ  投稿日: 1月 1日(水)11時10分03秒

旧年中はいろいろとお世話になりありがとうございました。
お互いにいろいろと大変な年でしたね。
私の方は、少し自由を謳歌できそうです。
TNさんは、おばあさんのことがしんどいですね。
おばあさん、ディ、ショートはどうですか。
このふたつが利用できると、かなり楽になります。
あんな所行くのは、イヤだとか言うかもしれませんけど、
強引にでも、行かすと気に入るかもしれません。
外に出歩かないのは、よくありません。

私・・、フッフッフ
じいさんに「頼むから、家においといてくれ!」
言われましたが、こたつから引っ張り出して連れ出しました。
すると、ニコニコして帰ってきました。
年寄りに負けず、強引に行くことも大事です。
まあ、あんまり、真剣に考えずにのんびりおばあさんの面倒をみてあげて
くださいね。
今年もよろしくお願いいたします。

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皆様良いお年をお迎え下さい 投稿者:TN&TN  投稿日:12月31日(火)21時45分02秒

 今年もあとわずか。私たちにとっては苦しみばかりのつらい年でした。
 皆様に励まされここまできました。本当に有難うございました。
 でわ良いお年をお迎え下さい。

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達志の思い出17 投稿者:中島正志  投稿日:12月31日(火)03時12分14秒

平成4年(1992年)
 高校に入学する前の3月に達志は鹿児島の親戚を尋ねて一人旅をした。てみ子が梅田のバス停まで送っていき,夜行バスで鹿児島へ,そこでは従兄弟の伸也君が迎えにきてくれた。この旅行は彼にとって貴重な体験となった。亡くなる前,大智の結婚式に鹿児島の前田敏子義姉さんが出てくれたとき,達志は近い内に鹿児島を是非訪ねたいと,敏子義姉さんにくどいほど言っていた。後で死の予感が言わせたのかと私は思った。
 彼の日記の最初である。ここだけはそのまま紹介したい。
 ’92.3.28 土
 9:00頃,伸ちゃんに起こしてもらった。もう甲子園は始まっていた。
 今日は満叔父さんと貴子さんと伸ちゃんにゴールドパークと武家屋敷,それと知覧に連れて行ってもらった。こっちの方は歴史関係が多く,知覧は特に俺にとってはパッパラパーだった。でもゴールドパークの地底ステーションのあの深さとモービルジャンボやロードボルダンプの現代機械の凄さにはなかなか驚いた。やはり機械という物はものすごい。
 武家屋敷に向かう途中の砂浜は結構有名だったらしいけど俺にはさっぱり。伸ちゃん達は三大砂丘に入る,入らないと言い合っていた。お母んはどっちというだろう?知覧で特攻隊の飛行機を海から引き上げたという物があったが,とにかく悲惨という感じ。兵隊の着る服があったがよくあんな物を着て戦ったという感じ。
 帰りは貴子さんが車を運転したが少し不安だったかなと言う感じ。
 夜は千鶴子叔母さん達はどこかにいって,満叔父さんは送別会ということで家には三人。お祖父ちゃんは早く寝た。
 今日,心に決めたことだが考えたことはすぐに実行すると決心した。

3月29日
今日は香代子さんのところと利夫叔父さんのところへ行った。行く途中フェリーに乗ったが,まったく桜島が見えず物足りない気分。だけどバクハツするのを密かに期待していた俺。海岸沿いに少し走った。めちゃめちゃ感動。海のはてしなさを見ていると,人間の小いささと大きさの両方が感じ取れた。
 昼は少しシャレた店で食べたがスパゲティというものは食べにくい。焼きそばの方がいいかな。夜は焼き肉,なかなかよく食べた。
 今日の一番の吃驚は伸ちゃん達の頭の後ろに俺と同じ出っ張りがあったこと。本当に従兄弟なんだなと感じた今日。

3月31日
 昨日,書けなかったから今日は二日分だ。昨日,敏子叔母さんの所にタケノコ掘りに行った。叔母さんは見つけるのがうまかった。僕は掘るだけ。
 敏子叔母さんは寂しそうだった。香代子ちゃんは結婚したし,利久さんは大島に5年間も。あの家で一人,太郎(亡き義兄が可愛がっていた犬),お前はしっかり叔母さんのことを看てくんだぞ。叔母さんの顔,体を見ていたらしわがいっぱいで俺は泣きそうだった,いや泣きたかった。最後に叔母さんに,もう会えないからと言われた。叔母さんは違う意味で行ったのだが。僕には,一生あえない予感がした。
 それから桜島に行った。海の景色が凄く良かった。
 俺もここに住みたいと思ったが,こっちにきたらみんなに無駄な気をつかわせるだけだろうと思った。
 夜遅くまでドンジャラ。伸ちゃんが隣に寝た。

 今日は,朝からJRの48時間ストで・・・・。貴子さん香代子さんはどうしたんだろう。伸ちゃんは辞任式。驚いたことに鹿児島は高校の合格とか先生の異動が全部新聞にのるらしい。ただ凄い。
 昼,まち乃叔母さんの働いているワシントンホテルの三十三間堂に食べに行った。メニュウが何がなんだかわからなくてきしめん御膳を頼んでしまった。失敗!
 夕方,六時頃,車の中で兄貴のウオークマンの充電器を忘れたのに気付いた。やっぱり俺はどこかに行ったら何かを忘れる。
 最後まで迷惑をかけた。おみやげも叔母さん,伸ちゃんがたくさんくれた。

 楽しかった鹿児島,満叔父さん,千鶴子叔母さん,敏子叔母さん,利夫叔父さん,まち乃叔母さん,伸ちゃん,貴子さん,和代さん,ほんとうにありがとうございました。
 お祖父ちゃん,まだまだ生きてな。

4月1日
 朝七時頃,大阪梅田駅到着。家に電話したらお祖母ちゃんが出た。(以下,省略)

(よほど嬉しかったのかすぐ福井に電話してきた。声が弾んでいたのを思い出す。)


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達志の思い出16 投稿者:中島正志  投稿日:12月30日(月)21時10分51秒

平成3年(1991年)
 今まではメモ程度の日記があり,日付など確かめながら書いてきた。しかし,メモを書く余裕もなくなったのか,私の日記は途絶える。従ってこれからの思い出は,記憶だけに頼ったものであまり正確でないことを,お許しいただきたい。

 北中学校3年生,野球をやっている達志のイメージが強い。大智は高校では野球ができないものと覚悟して,野球部のない大阪府立摂津高校に入った。かつてサッカーが強く,同部がグランドを優先的に使用していた。しかし,先輩や先生方の尽力で入学した年から野球部が正式に認可され,大智も勧誘され野球部に入り活躍していた。大智の夏の高校野球大会の試合と達志たちが勝ち進んだ中学大会の試合日が重なった。それまでは斉藤さん(てみ子の従姉妹)から借りたビデオカメラで試合などを撮っていたが,そのカメラ1台では駄目だということになり,試合日の前日,和光電気に買いに走った。15万円ほどの投資だった。私が大智の試合を,てみ子が達志の試合を撮りに行った。親バカもまるだしだった。
 勉強の方は,たまに試験前日に私が教える時間のあったときの数学や理科は結構良い成績をとっていたのであまり心配はしていなかった。集中力はあるのでやり出せば何とかなるだろうと気楽に考えていた。しかし,たぶん志望校(春日丘高校だと思う)に届くか届かないかと言う程度の成績だったので進路にかなり悩んでいたのかも知れない。担任であり野球部の顧問でもあった一色千尋先生が,京都の野球名門校の京都西高への野球入学を勧められた。やりとりは忘れてしまったが,その話を聞いたとたん,私は腹をたて,担任に電話で,貴方に達志の将来をまかせたつもりはない,とかなりの剣幕で断った。それに対し達志は恨みがましいことは言わなかった。しかし,あの時,彼の気持ちをもっとじっくり聞くべきだったのではなかったかと,甲子園の高校野球の時期がくると思い出す。断続的というかほんの気まぐれに思いついたときに書いた達志の日記が残された。93年8月19日(木:晴れ,高校2年)の日記には,「京都西も勝ったようや。京都西の先発は2年生やった。テレビで観ている限り,さほどの投手やないようやった。もしかしたらこいつの代わりに甲子園のマウンドに立っていたかも。でもこんなん言うてもしゃあないな。でも惜しいことしたな。」 と書いてある。複雑な思いに捕らわれる。
 一色先生は通知票の所見に,「今,課題を乗り越えようと頑張っているのかな・・・?君が選んだ道は一番しんどい。そのしんどいことから逃げないよう頑張れ!! 担任としてのつき合いも終わりです。先生がもっていなかったらたぶん福井高校以外へ行っていたかもね。どっちがよかったか。それは君自身にかかっている。」 と書き残された。担任と達志の間になにがあったのか知らない。親の直感としてはこの先生と達志とは合わなかったのだと思う。達志が本当に心を開いたのは,達志を溺愛した祖母と同じように徹底的に優しい先生であり指導者だった。小学校の橘高先生やサンボーイの藤本監督のように,そのままの達志を受け入れてくれる方を慕った。そして指導者として強く導こうとするタイプの方には彼なりの意地をはって生きていた,と思っている。息子だと強く感じる。愛おしい。
 これまであれほど何事にも一途だった彼が手抜きをし始めている。3学期,1月25日の校内マラソン大会の記録から読みとれる。15位,21分35秒では,1年次の2位,21分00秒の同一人とは思えない。遊んだなと言う感じがする。
 進路に悩んだ結果は他の学校は受験もせず,大阪府立福井高校に進学した。そしてあれほど愛した野球を捨てた。親は相談役にもなれなかった。悲しい思い出である。  

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(無題) 投稿者:中島てみ子  投稿日:12月30日(月)14時36分03秒

今年も残すところ1日となった。年末は,窓ガラスや電気など大掃除するのが恒例であったが,今年は全くやる気もしない。母や2人の子ども達の衣類や本,それに自分たちの本や写真があふれてその処分をしないことにはどうにもならない。保健所の移転であきあきしている。食料だけは買い出しして食べなければいけないので最優先。車2台は,夫がスタンドで洗車してきてくれた。朝から毛染めをしたいが来客,のばしのばしでやっと昼食後夫に手伝ってもらった。さあーこれからフロにゆっくり入って少しすっきりします。
編集済

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達志の思い出15 投稿者:中島正志  投稿日:12月30日(月)08時15分08秒

平成2年(1990年,大阪花博開催の年)

 前回の「達志の思い出14−2」からかなり時間がたった。忙しかったこともあるが,中学生になった達志は書きにくい。まだまだ親との接点は多いけれど,親の思いとは別のところに彼自身の生活の重心が移り始めていた。そのずれを強く意識してからは書く気力をなくした。しかし,12月になって親友達と飲み,達志のことを聞いてもらう機会が増えた。そして,やはり私の達志への想いを残しておきたいという気力がよみがえった。

 1月の新学期が始まる前(達志は中学1年),宿舎の駐車場の除雪の手助けに達志が福井に来ている。5日は,私が大学で仕事をしている間,達志は映画「Back to the future 2とK9」を観にいき,その日,茨木に戻った。この冬の心配事は長男大智の高校入試だった。私の日記に達志のことは「達志は部活」とか「達志の靴を買った」というようなことしか書かれていない。2月2日の校内一年マラソン大会では2位(21分00秒61)の記録が残っている。
 茨木市立北中学校一年七組で担任が福本久美先生。成績通知票の所見には「書写に秀でています。スポーツにも自信をもっており中心になって活動しています。」「責任感が強く生活委員の仕事も真面目に取り組みました。」「地味だがクラスでは存在感があり,みんなからの信望は厚い。」と書かれている。彼が残した字をみていると書写に秀で・・は間違いではと思うが,小学校から習字を同じ町内の山本さんのお祖母さんに習っていて,毛筆の部三段の認定書が残っている。
(5月3日:藤井(旧姓宇野)純子君の結婚式)
 このころはまだ野の草花にはそれほど興味はなく,鯖江市西山公園のツツジ,三国海浜公園の菖蒲,福井市足羽山のアジサイなどを観て喜んでいた。大学の方は三浦先生の退官記念事業の寄付集め,記念論文集の編集,記念パーティの準備で多忙だった。
 8月にアメリカにいるてみ子の姉さんの長男の山下勉君が来日し,勉君,枚方にいるてみ子の姪である養父家3姉妹と睦子姉さん,てみ子,大智,達志と私の9人で花博にでかけた。達志とこの4人の「いとこ」とは,最後の出会いとなった。
 二年二組,担任は大槻誠子先生。成績通知票の所見には,「林間での活躍はすばらしいものがありました。自信になったと思います。これからもどんどんいろんなことに挑戦しよう。」「クラスでの存在感は大きく何事にも前向きに取り組んでくれました。」などと書いていただいた。
 2年最後の班ノートに,達志は次のように書き残している(大槻先生からコピーをいただいた)。「3月22日(金) 2年最後の班ノートを書きます。いろいろあったけれど,またいいクラスでした。前の1年7組もよかったです。でもやっぱり,この2組の方が楽しいことが多かったなと想います。なぜなんだろう。やっぱり,自分が中心となってがんばったことが多かったからだと思います。まず林間学舎でした。堀川君との「たぶうーち」(解読不能だが,嫌いだったT先生をまねた漫才のようなことをしたらしい)はこれまで最高の楽しさでした。ブロックリーダーもなかなかのものでした。スポーツ大会,合唱コンクールもみんなで一生懸命がんばりました。このクラスの思い出をばねにして,3年になってもがんばっていきたい。」 

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生存確率 投稿者:中島正志  投稿日:12月29日(日)05時57分59秒

 入院中に持ち込んでいた本に挟まれた、「自家培養皮膚移植に関する説明文書」というプリントの裏に、てみ子が書いたメモがでてきた。5月21日の手術前の説明らしい。火傷面積63%+26歳=89% 生存率11%。これが達志の生存確率だった。大変な数値を提示されていた。しかし、私たちは11%もあると思い、生きてくれると信じた・・・・・。

 途中で書けなくなった「達志の思い出」をこの正月休みに書いてみたい。
編集済

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クリスマス 投稿者:T.N  投稿日:12月24日(火)22時29分14秒

大人ばかりの生活で,クリスマスは長い間縁遠くなっている,就職して3年目くらいのクリスマスの日,母が死亡した。職場では当時若者が多くダンスパーティーが開かれにぎやかな時期であった。以来,母の命日だけは絶対に忘れない。93歳で死亡した父の命日は定かでない。
23日は,啓子さんが隆ちゃんと親戚の子供二人計3人の子供たちをつれて来てくれた。ゆっくりとカニを食べようと思うがなかなかゆっくりと食べさせてくれない。買ってもらったおもちゃを広げて賑やかに遊ぶ。久しぶりに元気をもらった。少子化で住宅街から子供たちの姿が消えて活気がない。子育てはたいへんだけど子供も生まれない国は,健全な国なのか?退職金も年金も,もらえない時代がきそうな気がする。
編集済

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Thanks 投稿者:正志  投稿日:12月23日(月)06時15分27秒

12月21日(土):雨の中、滋賀県能登川町(母の故郷)の親類がきてくれた。母も大喜びで珍しく長時間、起きて話していた。遠いところをわざわざ有難う。

トムラウシさんへ:訪問、ありがとうございます。介護の先輩として今後もいろいろサジェスションお願いします。これからの長い道のりを思うと気が滅入ります。

12月22日(日):晴れた。見山の朝市に出かけ、花を買い、墓参。啓子が時々来ていて、酒がいつも供えられている。てみ子は今日も職場へ。

20年ぶりの親友:中学以来の親友SFと夕方、阪急茨木駅で待ち合わせ飲んだ。予想通り昔のままの親友に出会えた。府立高校の英語の教師で、相変わらず組合活動を続ける平教師。来年の3月に退職するという。教育改革と称する馬鹿げた改革が高校で進行中(大学も似たようなものだが)で、我慢の限界にきたらしい。ご苦労様と言うしかない。達志のこともいっぱい話した。昔、毎日逢っていても、毎日いっぱい話すことがあったことを思い出す。20年も逢っていないのに、欠けた期間がまったくないかのように話が進む。変わったのはどちらも限界までは飲まなくなったことか。茨木の地酒「凡愚」はうまかった。ビールの後、コップでそれぞれ5,6杯は飲んだ。

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もう今年も終わり 投稿者:トムラウシ  投稿日:12月21日(土)19時29分06秒

↓のお話、主人の母を少し預かったことがあるのですが、
似たような感じでした。
主人の母は、昔は元気はつらつ痴呆で、まあ、大変。
主人の妹が面倒を看ているのですが、大変でした。
だから、じいさんと交換して、時々、ばあさんを見ました。
じいさんは、おとなしいから、ご飯さえあれば、文句言いませんからね。
ばあさんは、今は、植物人間状態です。
だから、今の方が、楽。

年寄りの面倒を看ていると、いろいろあります。深刻に考えずに、気楽に
相手してあげてくださいね。
TNさんの、腹が立つ気持ちよくわかります。
背中の傷の方は、少しはよくなりましたか。

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ああしんど 投稿者:TN  投稿日:12月21日(土)14時23分26秒

 昨晩、茨木の我が家に着くと母が、大事な「御霊」を失ったとパニック。同じ宗教なかまに助けを求め電話をするが「番号が変わりました」と言うアナウンスがありつながらない。茨木局の市外番号が0726から072に変わり、6を市内局番の1番前につけるだけだがそんなことには関心がなくなった母にはどうしようもない。何で電話をしたいのか分からなかったのでつないでやり、車を車庫に入れるなど自分の用事をかたづけて戻ってもまだ電話中。その宗教の道場の偉いさんに電話して頼めと言うことらしい。そこに電話しているのを聞いて事情が分かり探すといつもと違う場所に大事に保管してあるのを、発見。それで話は終わりですが、母にとっては大変な一日だったようで、安心したのかすぐに眠ってしまった。やれやれと・・・、てみ子が帰る前にシャワーでもあびようと服を脱ぎ始めたらてみ子から電話。
 JRが人身事故でまた動かない・・・。仕方がないので高槻駅まで迎えにいく。今朝の新聞によれば4つの事故が重なっていたらしい。JRも事故続きで大変なのでしょうね・・・。

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保健所移転 投稿者:TN  投稿日:12月20日(金)01時47分56秒

高槻保健所はJR高槻、阪急高槻からとても便利なところにあり勤務先としては恵まれた場所であったが、この度移転することになった。10年前に立て替えになった他の保健所と違いかなり狭く敷地も狭い。その上、駅から徒歩で20分かかり不便である。通常業務が忙しい中、年末に移転、さらには4月には高槻市が中核市になるのに伴い保健所は大阪府から市へ移管になる。よくわからないがとにかく忙しい。庁舎の引き渡しでシンナーのにおいがぷんぷんする中で今日は機器類の説明があった。会議や仕事の合間に引っ越しの準備で当然業務が終わってからの仕事になり残業が続く。ああしんどい。一体いつになったら普通の生活が出来るのだろうか。...コンビニ生活に睡眠不足、これが健康増進の推進役の生活の実態なのである。

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「ひらきこもり」のすすめ 投稿者:TN  投稿日:12月17日(火)22時50分50秒

 「ひらきこもり」のすすめ という変った題名の本を買ってしまった。「会社で仕事をする」時代から「好きなことが仕事になる」時代になったという。日本はいまや100人に1人が働けばもう事足りるくにになったという。定年直前なら会社に残っても良いが50歳前ならやりたいことがあればさっさと会社をやめなさいとすすめる気障な本。
 22時に電話してまだ職場という「てみ子」さんが可哀想です。金に結びつかない仕事は経費節減のための人減らしが優先され、残された一部の人の犠牲の上でなり立っているような「福祉」や「教育」関係者は複雑な思いでこの本を読むことでしょう。著者は賢く自分の儲け口をきちんと確保した上で書いていると思うと腹立たしい。ジェラシーか。

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トンネルを抜けると雪でした 投稿者:中島正志  投稿日:12月16日(月)13時16分36秒

 大野高校の2年生の「学問発見講座」で話をしてきました。難しかったかなとも思いましたが全員,大人しく聞いてくれていました。国道を大野に向かって走ると福井市内は雪がほとんど消えてしまっているのに,トンネルを抜け美山町に入ったとたん,田圃一面雪景色で,大野市に入るともっと雪が多い感じ,ラジオで積雪21cmといっていたが,実感はもっと多いようです。

 Q氏へ:「ずぼらや」,「矢車」のてっちりは懐かしいですね。ふぐに限らず食べ物を奪い合って食べるなんてことは,もうありえないと思うと寂しいですね。ありがたい,奨学金でした。

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てっちり 投稿者:Q  投稿日:12月15日(日)23時12分14秒

車でラジオを聞いていたら、年末の何かの特別番組で、アナウンサーが「ずぼらや」の主人に話しかけていました。懐かしい記憶が瞬時に頭を巡ります。てっちりはうまいですね。うまかったですね。とくに仲間と一緒のときはうまかったですね。けんかしながら食べましたね。高架道路の下にあった「矢車」(記憶違いかもわかりません)で、何度も、中島氏と一緒に実験の疲れを癒しましたね。「不浄の金ははやく使うべし」とか言って。難波の「ずぼらや」では、仲間のコンパがあったときに、私の記憶では、確か、甲田君が黒門町(名前が違っているかもわかりません)の市場で買ってきた、大量の白子をご馳走になった覚えがあります。人生行路はどうなるか分からないと言いますが、昔の仲良しが不幸な目にあったことを聞くと、私もたまらない気持ちになります。昔のことを思い出して書きました。お元気でお過ごしください。

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見舞状 投稿者:TN  投稿日:12月14日(土)00時13分16秒

昔、看護学校で寮生活を共にしたK、Kさん、職場の大先輩で絵描きのM、HさんやY、Yさん毎日電話やはがきでお悔やみを頂いている。懐かしい方々からの便りである。先輩や友達をたくさんもっていて本当に嬉しい。悔しくて悲しいけど優しさや思いやりについて学ぶことが多い。
今週は寒波で寒い。布団が恋しくて家事も仕事もはかどらない日が続いている。
編集済

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月命日 投稿者:TN  投稿日:12月12日(木)23時07分20秒

毎月12日は、達志の月命日でお寺から参ってもらっている。死亡してからちょうど6ヶ月が過ぎました。今日は休もうと決め込んでいたが仕事があっていつもの通り啓子さんに来てもらった。  啓子さんも達志のいない生活はとても寂しいらしい。隆ちゃんが学校に行っている間は猫2匹の世話をしながら就職の準備中である。今はゆっくりと過ごしたらいいと思う。近くにいてくれて私が助けてもらって本当に嬉しいです。

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雷 投稿者:中島正志  投稿日:12月11日(水)22時44分50秒

 ビックリというか仰天です。傘を持つ手元で火花が飛びました。雷です。静電気だろうとは思いますがぞっとしました。
 4年の学生さんをつれて食事にでました。夫婦でやっている寿司屋さんで好きな店があったのですが,どうもつぶれたようです。少し前から閑古鳥が鳴いているようなわびしげな雰囲気だったのですが,残念です。

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福井は雪 投稿者:TN  投稿日:12月10日(火)22時14分48秒

 朝、車のフロントガラスは今冬初めて凍っていました。近くの低い山にも雪が積もり、文殊山の朝焼けは美しかった。夜、帰宅時、道路に1〜2cmの積雪有り。いよいよ冬です。除雪作業は嫌いですが冬景色というか、この季節感のはっきりした福井も好きです。
 妻もぼやいていますが、最近は母のワガママに疲れ果てています。息子の私が腹が立つのですから、妻やお嫁さん達は余計に腹が立つだろうなと・・・・。

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いろいろと 投稿者:中島正志  投稿日:12月 9日(月)14時14分10秒

 JR人身事故:金曜日夜,堅田までUさんの車に同乗させてもらいJRに乗り換え茨木に帰るとき,30分以上遅れてきた湖西線電車に乗った。ところが山科の手前でしばらく停車。アナウンスは「人身事故がありご迷惑をおかけしています。」というだけ。結局,茨木駅に着いたときにはバスはなくタクシー。タクシーの運転手に尼崎であった事故と教えてもらう。前に消防隊の人をはねた後遺症か反対車線の電車まで完全に事故処理が終わるまで止めたようで京阪神に滋賀県まで電車が遅れたようです。閉じこめられて待つのは嫌なものです。
 恐竜博物館の運営協議会:日曜日,このためにわざわざ福井へ戻る。福井での最初の私の学生であったMIさんが,地元の学校の代表として委員になっていた。彼女は達志や大智をかわいがってくれていたので,何の連絡もないのが気になっていた。「骨折して入院していた」らしい。思わず,お前は相変わらずどじなやつだと罵ってしまった。
 甲田くんへ:その調子で気楽に書き込んでください。本が出版されたら教えてください。

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只今勉強中 投稿者:甲田吉彦  投稿日:12月 8日(日)23時03分23秒

先日来,掲示板に参加すべくパソコンの勉強をしています。最近、浩貴のことを題材にして本を出版する為のプレゼンをだす為の取材を受けました。久しぶりに、事故のことから警察の対応,裁判のこと加害者や同乗者−これが酒を飲まして事故を惹起させた張本人ーのことや,浩貴の多くの友達のこと、さらにここ数年来交通社会において飲酒に対する世の中の対応の変化、或いは交通事故に対してのペナルテイの強化etcについて妻ともどもはなした。できるだけ子供のことを風化させたくない思いと人に話すことにより心が少しは癒される効用があった。

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街は早やクリスマス 投稿者:TN  投稿日:12月 8日(日)20時26分45秒

買い物に出かけたがお歳暮セールで車と人で満員。あきらめて帰ってきた。
達志の死を知らせていなかった遠い親戚や知人から連日電話や手紙が届く。また、喪中の欠礼を
見て皆さんから励ましの手紙をいただいている。若くて死んでいった次男を思ってくださる皆さんの気持ちに本当に感謝しております。就職して間もない22.23歳の頃の上司で労音をよく聞きにいったご夫婦は30数年お会いしたこともない。26歳の息子など想像もつかない私の昔の記憶しかないと思うが吃驚してお供えを送って頂いた。子どもさんのない方で一度いらっしゃいと何回も声をかけて頂いたが子ども連れて行くことはなかった。懐かしい方々から慰めて頂いてしっかりしなければと思う毎日である。おばあさんは強い。マイペースで私達を困らせてばかり、さすがに夫も閉口しているが、寝たきりでも食欲は旺盛。

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眠れなかった 投稿者:中島正志  投稿日:12月 6日(金)07時31分52秒

 友人の来訪,電話に興奮したのか,最近は比較的よく眠れていたのに久しぶりに眠れなかった。それでまだ暗いうちに宿舎を抜け出した。旧8号線から8号線を走る車のライトの光の列がよく見えた。この景色を意識したのも何年ぶりかのこと。はじめて主要な2本の道路の間に田圃しかないと気づいたときああ田舎なんだ!と感動したことを思い出す。その時,達志や大智は幼くかわいかった。

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Res. 投稿者:中島正志  投稿日:12月 5日(木)07時48分05秒

 甲田くんへ:嬉しかったよ。浩貴くんのことと達志のことが重なっていろいろ考えました。また,いつかゆっくり話をできたらいいね。
 Q氏へ:花垣の大吟醸はさすがにビックリしました。でも私が大好きとわかっているから,たとえそれが福井のものでも,それを選ぶというストレートな気持ちは,Qちゃんらしいなと。ありがとう。来年の松江の学会の時には,こちらから日本酒をもっていきます。H教授やJFくんと楽しく飲みましょう。
 Sさんへ:久しぶりで楽しかった。京大にいく機会があれば,連絡します。

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(無題) 投稿者:甲田吉彦  投稿日:12月 4日(水)17時02分52秒

中島先輩、先日は押しかけ、失礼しました。本来なら話を伺う立場なのに私の話も聞いていただいて恐縮しています。パソコンは苦手ですが、これを機会にもっと使える様、もっと使うようにします。この間は、もっといろんな話をしたかったです。多分、1・10もはなしtません。何かあれば掲示板にかきたいです。

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RE:Qちゃんへ 投稿者:中島正志  投稿日:12月 2日(月)07時12分07秒

 そうです。酒はついたらしいが土日は留守をしていたのでまだ手にしていません。入手したらメールを入れます。

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甲田氏のこと 投稿者:Q  投稿日:12月 1日(日)20時36分35秒

昔、川井研で一緒に試料採取などをした人と同じ方ですか?

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甲田くんのこと 投稿者:TN  投稿日:12月 1日(日)19時47分58秒

 甲田吉彦(YK)君が土曜日に来てくれた。何もおもてなしが出来なかったが2時間以上も私たちと話をして帰っていった。彼は息子さんの死後3年間は何も出来なかったという。その後の彼の動きは社会を変えるほどの大きな仕事を成し遂げた。私はそれを彼が自営業で時間に余裕があったから・・・・、と勝手に思いこみ、自分がなにも出来ないことに対し自己弁護してきたが自営業のつらさも聞き理解できた。そして大阪大学山岳部で鍛えた体力と精神力で、理不尽な社会や法体制と戦いそれなりの成果を勝ち取った彼を誇りに思います。

 毎日新聞の交通事故防止キャンペーンのHP(http://www05.u-page.so-net.ne.jp/kb3/t-hase/maini_.html#Anchor388421)のなかの
甲田浩貴くんの記事を勝手に転載します。

(甲田浩貴くんの誕生日と葬儀の日は、長男大智の誕生日と同じ日だった。)

毎日新聞 2000年12月13日大阪

 [やさしい街に]子供とクルマ社会 
飲酒運転の同乗者に賠償命令 飲ませる社会に警鐘
傷心いえぬ両親 執念の提訴結実

【写図】 有
 「多少飲んでも……」。そんな過信が一瞬にして奪ったものは、16歳の限りない未来だった。大阪地裁で言い渡された交通死亡事故の民事訴訟の判決は、人に飲酒運転をさせないことが「常識ある社会人」であると、飲酒死亡事故の背後責任を厳しく指摘した。事故から約4年半。亡くなった大阪府貝塚市、甲田浩貴さん(当時16歳)が残したポケットベルには、今も友人たちからのメッセージが入る。「カリメンウカッタ」「ハナミヤッタヨ」。両親はそのたびにメッセージを大学ノートに書き込み、3冊目になった。 【磯崎由美】                          
 1996年7月。定期試験が終わり、修学旅行を2日後に控えた夜だった。「おかん、行ってくるで」。浩貴さんは友達から花火に誘われ、ミニバイクで近くの広場へ向かった。帰宅を待つ母麗子さん(53)は聞こえてきたサイレンに胸騒ぎを感じ、間もなく鳴った警察からの電話に耳を疑った。病院に駆けつけると、浩貴さんは意識不明。「お母さんの命をあげる。足りなければお父さんの命ももらいなさい」。麗子さんは2日間、心の中で叫び続けた。
 葬儀は17歳の誕生日。友人が自宅に集まり、涙声で「ハッピーバースデー」を歌った。幼稚園の卒園式で「将来は貝塚の市長になる」と宣言した浩貴さん。中学ではサッカー部主将、高校では学級委員長を務めた。1200人以上が焼香に訪れた。将来は家業を継ぐつもりだったこと、不登校の友人を毎朝誘いに行っていたこと……。弔問客の話から、短いながらも立派に人生をつむぎあげてきた息子を誇らしく思うとともに、その何倍もの悔しさに心を砕かれた。
 「なぜあの時、外出を止めなかったのか」。麗子さんは自分を責め、体調を崩しても「早く浩貴の所へ行ける」と、病院に行かなくなった。父吉彦さん(54)は仕事が手につかず、会社は大赤字を出した。
 「同乗者がおったらしい」。人づてに聞いた両親は「その人が運転を止めていれば、浩貴は救われたのでは」と疑問を抱いた。だが警察で、同乗していた元上司は「飲酒運転のほう助罪には当たらない」と言われた。運転手は何度か謝罪に来たものの、同乗者は一度も姿を見せず、「せめて法廷で浩貴に謝って」と昨年9月、民事提訴した。
 判決を受け、吉彦さんは「運転することを知りながら酒を飲ませた人の責任が問われる社会になれば、こんな悲しみは減るはず」と話す。だが一方、高卒者の平均賃金をもとに浩貴さんの「いのちの値段」を算定していたことに対し、浩貴さんが「僕を大学に行かせてくれへんのか」と訴えているように思え、今月4日、大阪高裁に控訴した。

【写真】 サッカー仲間がボールに書いた寄せ書きやポケットベルは、両親の大切な宝物となっている   

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喪中の挨拶状を届けて 投稿者:TN  投稿日:11月28日(木)23時19分18秒

毎年、年賀状を頂いている人に喪中の挨拶状を送って、今週は毎日のように電話やメール、葉書、等があった。励まして頂いてまた達志のことを思い出して悔しくてたまりません。気丈に対応しているのだが後で涙が出てくる。保健所も新築移転、それに続く移管を目前にいよいよ忙しくなってきました。それにこんな大変な年におまけの役まで引き受けてしまい連日帰宅の遅い日が続いている。
仕事をしている間は、思い出さなくていいからいいのかも知れない。しかし、疲れた顔をしているのでみんなも気遣ってくれるが誰も変わってくれることはない。それほど誰もが余裕のない状況で仕事をしているのでしょう。サービス残業して当たり前である。日曜出勤が続いているN課長も風邪がなかなか治らない。年はとりたくないが早くこの時期が過ぎて欲しい気持ちと、なるようにしかならないと自分に言い聞かせる日々である。

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YK君 投稿者:中島正志  投稿日:11月28日(木)07時10分14秒

 昨日,鯖江に大学の後輩のYK君から電話があった。喪中の挨拶状をみて達志のことを知り,線香をあげたいので今日,鯖江にくるという。単身赴任で,仏壇も墓も茨木だと説明し,気持ちだけで充分だと何遍も辞退した。しかし,どうしても土曜日に茨木にくるという。
 達志が死んでから何回も彼のことを思った。YK君の息子は酒酔い運転の車に殺された。運転手だけが悪いのではなく,その車で家に送らせた同乗の上司にも責任があると,何年もかけて裁判でたたかってきた経緯がある。達志に死なれて,彼の本当の悔しさが理解できたと感じていた。彼にも私の悔しさがあのハガキだけでストレートに伝わった。電話の後,号泣した。
編集済

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アカハラ 投稿者:TN  投稿日:11月26日(火)02時41分28秒

 アカハラという言葉がある。アカデミック・ハラスメントをセクハラのように短縮した言葉である。上野千鶴子氏は編著「キャンパス性差別事情−ストップ・ザ・アカハラ」の中でアカハラを「広義の性差別(セクハラ)のうち,研究職に固有の性差別」と定義した。アカハラ被害を訴えたHPをみていると,大学という特殊な環境の中で起きるいろいろなハラスメントのことと理解されるので,あるHP
(http://www.pluto.dti.ne.jp/~mic-a/student/index.html)
で定義しているキャンパスハラスメント(大学、大学院の中で、教員の立場や権力の濫用に起因する態度、言葉、処遇によって学生等被権力の立場にある者の勉学、研究、業務、日常生活に拒絶し難い理不尽な支障をきたす事態)と呼ぶ方がよいと思う。このHPは学生の相談にのるために作られているがよくできている。興味を持たれた方はぜひ訪問して欲しい。そこにあった「あなたの指導教官は大丈夫?」という記事は,「加害者の教官についての話を聞いていくうちに,個々の事例がいかによく似通ったものか,ということに既視感と驚きを禁じ得ない」という視点から書かれている。
・その時,その時で言うことが違う
・物忘れがはげしい
・学生の研究内容を理解できていない
・学生からの進言や提案を嫌う
・研究室外の人間に相談することを嫌う
・自分が「学生のことを考えているやさしい教員」であることを強調する
・退学や放校をほのめかすような脅迫まがいの発言をする
・妙に外面がよい

などで,このような教師が近くにいれば遠ざかることですよ,学生さん。

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ごとび 投稿者:TN  投稿日:11月25日(月)17時26分30秒

 五と十のつく日は大阪では決算日で,交通渋滞がひどい。特に25日はひどい。関西医大の検診の日,一般道でいくつもりで早めに家を出たが,いつもは五分もかからない名神茨木インターまで20分もかかったのでこれは駄目とあきらめて,名神−近畿道をつかった。750円,ばからしいが,四十分短縮の値段,まさに「Time is money」。
 「悪くはなっていないが,治ってきたとも思えない」と私が言うと,「いや治ってますよ」。背中の肥厚部をさして「ここももう少し柔らかくなるはず。のびたり縮んだりするのが激しい場所だからこうなりやすい」(分かっているなら,初めからそんな場所から皮膚をとるな!と思わず口に出かけたがこらえる)。結局はまだまだリザベンを飲み続けるしかないということらしい。そして,これからは二ヶ月に一回でよいということになり,六十日分の薬をくれた。
 昼に大学着。

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喪中につき・・・ 投稿者:TN  投稿日:11月24日(日)08時12分16秒

 年始の挨拶を欠礼しますという葉書の印刷をした。ハガキは官制のインクジェット用、文は迷ったが結局、一番ありふれたものになった。こうして、12月が近づき、悲しく慌ただしい1年が終わろうとしています。

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おばあちゃん 投稿者:TN  投稿日:11月21日(木)23時04分41秒

日が短くなり夕暮れが早いこの季節は、一年で一番嫌な季節である。寒くて暗い部屋に帰るとおばあさんは暖かい布団の中で寝ている。今日は入れ歯がなくなったとのことで入れ歯探し。ほかさない限り大丈夫といいながら布団の下ゴミ箱、、、、入れ歯入れの近くになるほど見えない場所にあり見つかって一安心。ほっとしておばあさんは寝てくれた。今日は啓子さんがのぞいてくれたらしい。しかし長男が今日は来るはずなのにこないという、、ええっ昨日来たんでしょう。ああそうー長い一日なのだろう。デイケアに行って欲しいが気ままな我が家が一番いいらしい。私も仕事を休んで一日ゆっくり寝ていたいものです。贅沢とリストラされた人に恨まれそうですが不況になると益々多忙になるというのもおかしいですね!

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墓参り 投稿者:TN  投稿日:11月17日(日)14時47分38秒

 明日から富山大学、H教授から電話があったとき雪を確かめた。無いと言うことだったが、北陸道の雪で立ち往生というのは嫌なので結局、今朝、スタッドレスタイヤに交換。H教授に会えるのは楽しみなのだが講義はいや。もう準備は終わっているべきなのですがよけいなことばかりしてなかなか肝心の準備は出来そうにない。
 今日は花を買うという名目で見山の朝市へ、帰りはいつものように竜王山、真龍寺へ。紅葉はみごろでした。
 花をたくさん買ったので墓参りにも行きました。墓の周りがあまりに綺麗だったので、たぶん啓子さんでも来てくれたのかなと思って、電話するとその通りでした。墓参りをするとあたりまえの事ですが達志のことばかり考え思い出し、二人で涙ぐんでしまいます。

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箕面は車がいっぱい 投稿者:TN  投稿日:11月16日(土)18時33分36秒

 箕面国定公園の紅葉シーズンの土日は、朝9時以降はドライブウエイの滝周辺の中央部分が一方通行になる。いつもはその前に滝やビジターセンターのモミジ広場に行っていたのですが、今日は朝に鯖江から戻ったので、11時過ぎにでかけた。12時頃に滝に着く時間だったので、一緒に走行する車は少なかったが、滝の近くの駐車場はむろん満杯、そこから勝尾寺までのドライブウエイは左側の駐車を許可していたので、箕面ダムへの交差点まで駐車の車がぎっしり。さすが箕面と改めて吃驚しました。
 ゆっくりと通り抜け、一週間で一段と進んだ紅葉を楽しんできました。

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寒いのも大変です 投稿者:TN  投稿日:11月14日(木)06時57分21秒

 寒いのもなかなか大変です。足はワセリンさえ塗っていれば大丈夫なのですが,背中の皮はごわごわで引きつり痛い。

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いろいろと 投稿者:TN  投稿日:11月 9日(土)20時05分48秒

 紅葉:寒い日が続いたためか,茨木周辺も一気に紅葉が進む。箕面国定公園のモミジははや真っ赤。コウヤボウキはまだ花がみられた。野菊(ヨメナ,ノコンギクなど),ヤクシソウなど寒さに震えながら咲き残っている感じ。ツルリンドウの赤い実は魅力的。
 明日来る予定の鹿児島の義兄に箕面の紅葉を見せようと下見中,妻の携帯電話がなる。山中でつながりにくかったが,明日の予定を変更し今日にするということらしい。それから後,義兄夫婦ら3人が我が家に来て次の訪問先に出発されるまでの慌ただしいこと。その慌ただしい時に,母の電気毛布が寿命でつぶれ,あわてて近くの家電の量販店にいけば,11月4日で閉店したとのこと。開店して1年もたたないのに,大変な時代になっているのを実感します。
 さて,いまNHK教育で「どうする日本の学力低下」についての徹底討論の5時間にわたる番組が放送されていて,気になるので見ているのですが,結局,なにも得るものはなさそうな・・・。

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珍しく晴れ 投稿者:TN  投稿日:11月 7日(木)17時23分31秒

 冬型気圧配置がゆるみ晴れ。昼休みに大安寺の裏山の林道をドライブ。真っ白な雪をかぶった白山,別山,三ノ峰,荒島岳が見渡せた。双眼鏡で白山の山小屋を探したが見えなかった。もう雪の下なのかな?

 NFさん,まだツリガネニンジンが見られるのですね。福井では終わっています。

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スタッドレスタイヤ 投稿者:NF  投稿日:11月 6日(水)17時28分03秒

我が鹿背山は雪こそめったに降りませんが、寒さはかなりなもの。夜勤のある娘の車にスタッドレスを履かしました。田圃の畦には覚えたてのツリガネニンジンが寒そうに咲いています。蛇の苦手な私が、いよいよ活動出来る季節になりました。

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スタッドレスタイヤ 投稿者:TN  投稿日:11月 5日(火)22時19分26秒

 単身赴任仲間のUさんがスタッドレスに履き替え福井に戻ってきた。今朝、敦賀インターでチエーン規制をしていて、北陸自動車道で車を2,3台しか見かけなかったそうです。ちょっと考え込んでしまいます。11月に冬タイヤにしたことはない。さて今週末の帰宅はどうしますか。

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冬の雷 投稿者:TN  投稿日:11月 4日(月)05時29分33秒

 雷の音で目が覚めた。北陸の冬の雷は、低くたれた雪雲が正の電荷をおび、負の電荷を帯びた地表に放電がおきて発生する。夏に多い入道雲からの放電は雲と地表の電荷(電気)の正負は反対です。放電で瞬間的に流れる電流の平均的な強さは数万アンペアという巨大なもの。と、こんなことを知っていても生活には役に立たないと分かっていても博識ぶりを見せびらかしたくなる。教師のサガか。
 おっと、今度は光ったとたん音がした。かなり近そうです。

何? 投稿者:TN  投稿日:11月 3日(日)21時32分35秒

 頼みもしないブロードバンド用モデムがMTIと称する会社から茨木の家に送りつけてきた。私宛らしい。妻が吃驚して電話してきた。幸い電話によるキャンセルを夜も受け付けるようなので直ぐ問い合わせた。先方の手違いなので着払いで送り返せばよいということになったが、そのための手間などを考えると腹が立つ。通販とか有料電話サイトとか身に覚えのない訳の分からない請求があるとニュースとして知ってはいたが、私たちまで巻き込まれる可能性があることが分かった。変な時代になった。
 
 大野市の六呂師高原は雪で白くなっていた。寒く背中がひきつり辛い。

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寒い 投稿者:TN  投稿日:11月 2日(土)08時21分21秒

 寒い日が続きます。背中の皮膚が引きつって痛い。ワセリンを何回も塗っているのですが。暑くて汗がでて痒いのもつらかったのですが,引きつっていたいのも気になって,落ち着きません。
 今日は大学院の入試,明日は福井県地学会の巡検で大野市の六呂師。せめて雨だけでも止んで欲しい。
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Qちゃんへ 投稿者:TN  投稿日:10月29日(火)08時09分52秒

 誕生日,おめでとうございます。
 書き込みを読んでまた涙がでてきました。この歳になった今も,自分の言ったこと(書いたこと)をそのまま受け入れ,理解してくれる友人がいると実感できます。ありがたいとしか言いようがありません。
 11月18日から20日まで富山大学です。たぶんQちゃんの話題を肴に酒を飲むことでしょう。

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一つ年が増えました 投稿者:Q  投稿日:10月28日(月)21時39分31秒

今日(10/28)、自覚がないうちに自然に62才になりました。朝夕の腹時計は時々刻み方が不正確になりますが、人生の時計には狂いはないようですね。ご夫婦とご家族の様々な問題は、私にとっても人ごとではなく、「ああそうだ」、「よく言うは」、「偉いなあ」、「負けたぁ」とか、私の鈍感な頭も振り回されてやっと共感しています。中島家のお幸せを心から祈っておりますが、どうなるか?、人生の道のりばかりは予断が許しません。いつまでも、夫婦げんかをする仲でいてください。いつまでも、愛し子を偲んで思いをつづってください。そして、いつまでも友達であって下さい。私も家内も元気です。来年のお越しを心から待っています。ではまた。

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達志の思い出14−2 投稿者:中島正志  投稿日:10月26日(土)17時25分53秒

 平成元年4月,達志は茨木市立北中学校1年生。4月8日(土),中国南京大学から福井大学に研修に来ていた孫君を茨木の家に連れて帰った。翌,日曜日,孫君,てみ子,達志と私は自転車で万博公園へ。大智(北中,3年)はたぶん部活だったのだと思う。孫君は車酔いするので自転車は大喜びだった。日本庭園や民族博物館を案内した。
 孫君は英語は上手に話せたが,日本語は少しだけしか話せなかった。しかし,我が家族とはすぐになかよくなった。達志と一緒にファミコンで遊んでいる写真が残っている。このころの達志の写真は,大智と比べるとさすがにまだ小学生的な幼い感じが強い。
 この時期,南京大学との研究交流があったことから,例年夏休みに地学教室の全員が参加している地質野外実習を中国でという話が具体化し学生達もパスポートを申請した。初めての海外旅行になる学生達にウキウキした気分が漂っていた6月4日,天安門事件が発生した。人民解放軍による武力弾圧により学生・市民側の死者は約3700人,負傷者約1万人と言われている。中国での実習は中止となり,四国の高知になった。この時のパスポートは,無駄にしてしまった人,あるいは新婚旅行で初めて使った人など色々だった。
 8月19日から25日まで,夫婦で初めてアメリカのてみ子の姉の家を尋ねた。カリフォルニヤのサリナスで菊の栽培・販売をされている。てみ子の初めての海外旅行,義兄もまだ元気で,モントレー,ヨセミテ渓谷,タホ湖,サクラメント,サンフランシスコといろいろ案内してもらい,今も忘れがたい楽しい思い出の1つである。
 息子達は中学になりあまり私たちと一緒には出歩かなくなっていた。ただ欲しい物のあるときは別であった。8月26日:大智にCDラジカセ,9月3日は達志にスパイクシューズなどと買い物の記録ばかりが残っている。近くの豊臣書店へはよく一緒にでかけた。
 達志も大智も野球部だった。9月24日(日)に野球部の練習を父兄に見学さす催しがあった。サンボーイの監督やコーチも見学にこられていた。


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達志の思い出14−1 投稿者:中島正志  投稿日:10月20日(日)17時40分44秒

平成元年
 昭和64年1月7日,昭和天皇崩御。1月8日より平成元年。達志の小学時代はもうすぐ終わる。 1月22日(日),市民駅伝大会に出場。てみ子と万博公園まで応援に行く。小学校の先生5人が引率してくれていた。達志は1区に出場し,1位(区間賞)。1月29日(日)は,39度の高熱にうなされている。達志はよく扁桃腺を腫らし高熱に苦しんだ。 
 この年も私たちには色々な出来事があった。2月1日朝,鹿児島の義兄(前田)が亡くなる。大学で急用のみをかたづけ,14時に初代インテグラで茨木に着く,休憩するまもなくてみ子と鹿児島まで走る。2月2日の午前2時に鹿児島県郡山市の前田宅に到着。11時から葬式,現役の市の助役の突然死で,葬儀には約600人が詰めかけた。私たち夫婦の兄弟の死は初めてで大きなショックを受けた。
 2月12日は,引っ越していった達志の元同級生の葬式。達志は橘高先生に連れて行ってもらった。朝は,野球の試合をこなしている。
 2月26日,サンボーイ最後の試合,9対0で完敗。
 3月18日(土),卒業式。中学に行っても野球をしますと宣言していた。
 6年生のあゆみには,『学習にも遊びにも一生懸命に取り組んでいる様子が伺えます。が,勘違いや思い違い等の小さなミスも目立ちますのでこれをなくしていきましょう。他の人を引っ張る力を十分に生かし,それに他人に対する思いやりをプラスして,三学期がんばりましょう。』『この一年間,各場面で,十分力を発揮してきました。児童会会長,水泳,陸上などでたくさんの事を学んだと思います。それらの経験を生かしこれからは,自分の意見を持ち,それをみんなの前にだすこと,論理的に物事を考えることをやってみてください。リーダーとしての力が発揮できると思います。』と書いて頂いた。

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センブリとコウヤボウキ 投稿者:TN&TN  投稿日:10月20日(日)15時48分17秒

 「見山の郷」という,茨木市見山でとれた野菜などを直売する施設が,今月初めにできた。オープンの頃は満員だったが,そろそろ空いてきたかなと今朝出かけた。すぐ近くに前から日曜日に開かれていた朝市の方が品数は多い。結局もとの朝市に出かけ用をたした。
 帰りに久しぶりに,コウヤボウキが咲いているかなと,忍頂寺スポーツセンターの裏山にある遊歩道へ出かけた。そこらじゅうでコウヤボウキが咲いていたのですが,ここでは初めてのセンブリをみつけました。3株だけですが,アケボノソウとよく似た花が魅力的でした。

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病院 投稿者:TN  投稿日:10月20日(日)08時59分56秒

 昨日の土曜日,朝から雨。朝から母を風呂に入れ,近くの唯一の公立病院の大阪第2警察病院へ連れて行く準備。介護認定に必要な診断書を書いてもらうため。ケースワーカーからの連絡が悪く,手続きでもたつく。母は検診を受けるまで車椅子に乗ったままの立派な病人なのに,医者の前では元気そのもの。先日,母が信仰している宗教の月例祭りに連れて行かなかったのを恨みに思っているらしく,医者に外出禁止で家から出してもらえないと訴える。こんな元気な人を,一度や二度診察しただけでは診断書はかけないというのが医者の正直な気持ち。どうしてもというならとしぶしぶ書いてくれた。
 てみ子のイライラが頂点に達し,今日のご機嫌は最悪。前途多難なり。

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達志の思い出13 投稿者:正志  投稿日:10月19日(土)19時46分41秒

昭和63年(達志12歳,小学校6年生)
 小学校の最終学年でのびのびと良くがんばっていた。サンボーイではピッチャー,4番打者と大活躍。また,小学校に陸上に熱心な先生がおられ,何度も陸上競技会につれていってくれていたようだ。9月15日にあった第6回大阪小学生陸上競技会で,400mで1位になって表彰状をもらってきた。記録は58.8秒,大阪で1位はさすがに嬉しかった。
 詳しい状況は忘れたが,児童会の話になり,たぶん近頃は役員に立候補する子が少ないというようなことを達志が言ったのだと思う。冗談半分に,立候補をけしかけたら,本当に会長に自分から名乗りをあげた。サンボーイの仲間の一人が対立候補となった。監督さんがこれではどちらを応援すべきかわからないと困っていた。結果は達志が選ばれた。
 10月2日の,小学校最後の運動会は達志の大活躍の日であった。みんなの前で大きな声で開会の宣言をしたり,1500mでは余裕の1位,リレ−ではものすごい追い上げで大歓声の中,相手をごぼう抜き。てみ子の従姉妹の斎藤さんから借りたビデオで達志をとり続けた。母も大喜びで応援していた。
 運動会の興奮もさめやらぬ10月5日,母が中学生の自転車にはねられ足を骨折,救急車で病院に運ばれた。手術やリハビリなどで12月24日まで入院した。このとき,私たちは地獄を見た感じがした。大智や達志も口にこそ出さなかったが,祖母を気遣っている様子がけなげだった。母は,その後足が極端に弱くなった。元気を取り戻していたが,達志の死後,母はほとんど自分で動く気力を無くし,寝たきり状態。また別の地獄が始まった。
 
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(無題) 投稿者:TN  投稿日:10月18日(金)16時27分51秒

 明日,母を病院へつれていきます。てみ子が疲れ切っているのがつらい。

肥厚性瘢痕とケロイドを直す方法をインターネットで検索してよくまとめてあるHPをみつけました。ここにかいてある程度の治療しか受けていない。ということは大学病院もたいしたことはないなというのが正直な感想。足はかなり長期間,サポーターで押さえていたので今,肥厚性瘢痕がみられない。一方,背中は圧迫治療がほとんどできていないので肥厚性瘢痕に苦しんでいると自分で納得。

かってにそのHPからコピー
傷あとを消してしまう技術(ワザ)がある!?

肥厚性瘢痕、ケロイドの治療には、以下のように様々な方法がある。しかし、いずれも何ヵ月もかかる長期間の治療になるので根気よく続けることが大切だ。また、体質によっては治療が合わず、副作用などが起きるケースもあるので、医師に説明をよく聞いて進めていく必要がある。

肥厚性瘢痕、ケロイドの治療法 

飲み薬(リザベンなど)
もともと気管支ぜん息やアレルギー性鼻炎、アレルギー性皮膚炎の治療薬として開発された薬だが、ケロイドの治療にも有効であることがわかり、医療現場で実際に使用されている。ケロイドによる痛みやかゆみを抑えるほか、長く服用を続けることで、ケロイドの赤みが薄れたり、盛り上がりが平らになるなどの効果もある。副作用が現われる確率も低い。とはいえ、全くないわけではないので、医師と相談しながら続ける必要がある。

ぬり薬(ヘパリン類似物質、ステロイドなど)
ケロイドに直接塗ることで、かゆみや痛みを抑えたり、ケロイドの赤みや盛り上がりを治す薬も多種 類あり、それぞれ効果が確認されている。ただし、アトピー性皮膚炎の治療にも使われているステロイド剤など、副作用の多い薬もあるので、病院で処方を受けるときは、副作用の有無や薬の使い方などをきちんと医師に確認し、使用法をしっかり守ることが大切だ。なお、ステロイド剤については、患部に注射する治療法もある。

圧迫治療
伸縮する包帯やコルセット、サポーターなどで、患部を圧迫する治療法。肥厚性瘢痕の治りを早くするために用いられることが多い。副作用がないのも強み。早い時期から始めるほど効果がある。

このほかの治療法
このほかの治療法として、手術治療、凍結治療、レーザー治療などの外科的な治療法もある。いずれの治療も、事前に医師から「同じようなケースの治療をしたことがあるのか」「以前より悪くなる可能性はないのか」 などの説明をきちんとしてもらい、最終的にその治療を受けるかどうかは自分で考えて決めるようにしよう。
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母の介護認定調査 投稿者:てみ子  投稿日:10月17日(木)22時36分49秒

1ヶ月前に申請してやっと今日市の調査員が着てくれました。
86歳の母は,しっかりしていてこれまで家の留守番をしていましたが最近は床を引いて寝てばかりになりました。何を作っても食べてくれません。大好きだったビール,えびも飽きてきて冷凍の鍋うどんだけを唯一食べてくれます。近くの病院を受診しても大腿頚部骨折(S63頃)以外は何の病気もないのですが,認定のためまたこの土曜日に連れて行かなければなりません。いろいろ詳しい検査をすれば何かあるかもわかりませんが手続きを踏まなければサービスは本来受けられません。要支援か介護度1くらいにはなるかなと思っているが,本人が納得してサービスを利用してくれるかが問題です。政令市への移管業務や事務所の移転などで忙しくなる中,本当に仕事が続けられるのかがとても心配でなりません。先輩諸姉が介護問題と戦いながら定年まで働いて来られたことに本当に感心しています。達志の嫁の啓子さんが時々のぞいて,買い物をしてくれるので助かります。元気なとき交流のあった方も今はいっさい音沙汰ないのが残念です。もちろん母が気遣うからでしょうが,,,

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達志の思い出12 投稿者:中島正志  投稿日:10月12日(土)16時51分44秒

昭和62年(達志11歳,小学5年生)
 2月11日(建国記念日),第8回茨木中央スイミングスクール水泳競技大会の男子9・10才 50m自由型で優勝(39秒89),50m平泳ぎ2位(53秒49)の表彰状が残っている。その半年ほど後の9月23日のJSSチャンピオンシップ(同系列のスイミングスクールが寄り集まっての大会だったような記憶がある。試合にはこれまでも何回か連れて行ってもらっていたようである。) での記録は,50m自由形37秒68,50m平泳ぎ50秒30で,一気に2秒も,3秒も短縮している。さすがに伸び盛りの年頃なのだと実感できる。
 茨木市立福井小学校では,4年から6年まで担任は橘高きみ代先生だった。橘高先生には,その後も,ずっと達志のことを心にかけていただいた。年賀状もいつも先生の方からいただいた。返事もろくに出せない達志だったが橘高先生を敬愛し信頼していたと思う。それは,先生のご主人が亡くなられたと聞くや,高校の授業などまったく気にせず葬式に駆けつけたことからも伺える。 「○年生のあゆみ」と名付けられた通知簿の「生活や学習の所見」には,いつも,いっぱい書き込んでもらっている。 「4年生のあゆみ」には『いつも明るく積極的に行動できています。働くことをいやがらず清掃なども良く協力してやることができ,友だちにも好かれています。自分で工夫して新しいことを生み出すことが得意な中島君ですから,もう少し落ち着いて考える習慣も身につけていきたいですね。』『三学期も積極的に行動できました。周囲の人に対する気配りができるようになり,話し合いの中でも適切な考えや意見,あるいは話し合いに対する注意などが公平にできるようになりました。学習面でも字のまちがいなどのミスがだんだん少なくなってきています。5年生でもしっかりがんばってくださいね。』と書かれていた。5年生の歩みには,『よくがんばっています。学習に対する意欲の現れの成果ですね。遊びや体育の面でもよくリーダーシップをとってグループをまとめています。今後はいろいろな立場の人のことを思いやって,遊べるように努力してください。三学期もがんばりましょう。』『何に対しても意欲的に取り組んでいる様子が良く伝わってきます。学習面では単純なミスがよくありますが,応用力は徐々についてきています。良く見直してください。自分の考えは持っていますが,他の人の意見を受け入れる態度も十分に出てきました。無理をせずに,体力,体調に応じてスポーツでも持てる力を十分に発揮して下さい。』とある。先生の暖かい視線が感じられ親として感謝したい。
 7月25,26日に島根県で卒論生と岩石試料採取,7月28から30日は福岡県で考古学遺跡の焼土から試料採取と,この年も車で東奔西走した。7月31日になってやっと休みを取り,大阪南港からフェリーのサンフラワーにのり親子4人で鹿児島へ里帰り。てみ子の父親もまだ健在だった。てみ子のお兄さんやお姉さんのそれぞれの家で歓待され,私は芋焼酎に酔いしれた。いろいろ観光もしたが仕事がらみで姶良火山灰も採取している。このころから火山灰,特に2.5万年前に姶良カルデラから噴出した姶良火山灰に研究の興味が移り,この火山灰を探しに10月にはてみ子と福島県にまで出かけている。8月6日の朝,鹿児島から大阪に戻った。4人そろって鹿児島へ行ったのはこれが最後である。

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今日は何の日か覚えていますか 投稿者:TN  投稿日:10月10日(木)07時47分23秒

 「今日は何の日かおぼえていますか」というメールがてみ子からきました。10月8日のことです。私も同じメールを彼女に入れるつもりでした。結婚記念日でした。今,何年たつのかと数えたら来年で30年。記念に来年は旅行でもしたいのですが,母が今の状態ではどうなることやら。

 ケメちゃんも,はや○○歳ぐらいかな。もはやケメちゃんと呼ぶ人は周りにはいないのでしょうね。
 金剛山でも野鳥観察の人をよく見かけます。双眼鏡や立派な望遠レンズをつけたカメラ,三脚と重装備の人が多いですね。私たちは時々,琵琶湖岸にある野鳥センターによって,水鳥をいろいろ教えて貰いますが,直ぐ名前を忘れます。コハクチョウの群れには感動しました。イヌワシも見せて貰いました。

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今の楽しみ 投稿者:NF  投稿日:10月 9日(水)17時08分47秒

中島さん、こんにちわ。きちんと名乗らずにすみません。あってます。
数年前から鳥をやりはじめた夫が、2年前に上等な双眼鏡を私にくれた時から少し熱心になり、主に奈良の鳥を見に行ってます。私達の周りには毎日が日曜日の方が多くて、あれ見たこれ見た。メールでやってきます。羨ましく思いながら、時々の楽しみを味わっています。

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Re:NFさん 投稿者:TN  投稿日:10月 9日(水)03時25分41秒

 NFさん、こんにちわ。数年前までは私はリンドウの花さえ知りませんでした。名前を知るとその花が急に身近に感じられるから面白い。
 高見山は奈良県の山ですね?樹氷がきれいという。一度、いってみたいなと思います。

(間違っていたらごめんなさい。ケメちゃんかな?)

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花の名前は多すぎます 投稿者:NF  投稿日:10月 8日(火)14時43分12秒

このホームページを見せて頂いて、花の名前を少しは知りたいと思うようになりました。
6日雨が降らないことを祈りつつ、双眼鏡を片手に、高見山にタカの仲間のサシバの渡りを見に行きました。
ゆったりとした山登り、まだ覚えきれていない鳥を見ること、その上に、もう一つ花を楽しむことが出来たら楽しみが3倍になるはずですが、紫色のリンドウの花を見ても名前が分かりません。3ミリぐらいの大きさの渋い山グミを5,6個、口に入れて楽しむぐらいです。デジカメで花を撮って人に尋ねたら何とかなるかなと思っているこの頃です。

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見ているようで見ていない 投稿者:TN  投稿日:10月 8日(火)07時07分56秒

 笑い話。妻が車を降りるとき,「お父さん,これどうしたの」という。後ドアを取り付けている部分が,蝶番や配線が丸見え。私も,これらが丸見えだったという記憶はなく,カバーがあったような気がした。運転席側も同じ。車検をしたところだったので,てっきりカバーを戻し忘れられたのだと思い腹が立ってきた。昨日,早速,ホンダに駆け込んだ。
 4ドアは全車,後ドアの蝶番や配線は丸見え。だから,これで正常でした。5年も乗った車で,はじめて気がついた。意識していないことは見ていても気がつかない,ということが分かりました。おそまつ。

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研修医 投稿者:中島正志  投稿日:10月 2日(水)19時53分11秒

 朝刊に「研修医の過労死初の労災認定」と出ていた。関西医大の研修医だった森 大仁さんの過労死のことで,今年の2月に裁判で過労死が認められていた。その時の記事を探すと「堺市赤坂台5丁、社会保険労務士、森大量(ひろのり)さん(59)夫妻が訴えていた。判決によると、長男・大仁(ひろひと,26歳)さんは98年6月に耳鼻いんこう科の研修医になり、同8月16日に急性心筋こうそくで死亡した。この間、平日は1日平均13時間、休診日も平均4時間の勤務だった。」とでていた。

 私の入院中に世話をしてくれた研修医は,可愛いい,たよりない女医さんだった。それでも毎日,朝1番に様子を見に来てくれたし,一生懸命,私の不満を主治医に取り次いでくれたので,何となく好意を持っている。彼女もまったく休日はないと言っていた。先輩の医者にこき使われ,ろくに勉強する時間もないようにみえた。関西医大だけではないらしい。これではなかなか若い優秀な医者は育たないなと思います。

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キンモクセイ 投稿者:中島正志  投稿日:10月 2日(水)07時47分21秒

 キンモクセイが一斉に咲き出しました。はや10月。
 黒電話:ダイヤル式の黒電話,壊れるまで使うつもりでしたが壊れそうになく,端子がパソコンをつなげないタイプなので,ついに替えてしまいました。それも数年前に転出した友人が置いていった古くさい留守電機能付きの電話です。留守電は使う気がない。いままで鯖江の宿舎ではパソコンに手をださないことにしていたのですが,眠れない夜が多いのでノート型パソコンを持ち込みました。よけいに眠れないのかな。
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達志のCD 投稿者:中島正志  投稿日: 9月30日(月)23時33分40秒

 達志が残していったCD、どうせ趣味が違うので、もし学生が貰ってくれるなら・・・と福井に持ち帰った。処分する前に達志の好みが分かるかなと全部自分で聴いてみようと思い直した。最も多いのは「ULFULS」。あれっと思ったのは「夢は無限大」と題された茨木市立北中学校の卒業アルバム、合唱コンクールの曲などが納められている。2年の時の担任だった先生が葬式後に家にきてくれたとき、合唱コンクールで頑張ったと話してくれた。その伴奏が阿部ゆかりさん、たぶん保育所以来の友人。それに、尾崎豊のCD、これはたぶん尾崎が死んだとき、私が日本橋に買い物に行くというと達志が珍しくついてきて、日本橋を探し回って買ったCD。これらを聴きだしたばっかりに涙がでてきて眠れそうにない。

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達志の思い出11 投稿者:中島正志  投稿日: 9月29日(日)11時21分46秒

達志の思い出11
昭和61年(達志10歳,4年生)
 この年も雪の多い年で,1月28日(火)に福井で積雪120cmとなった。これは史上4位の記録。このころから、痛風に悩まされ毎年,春とくに5月頃に発症した。疼痛は長くても1週間ほどで正常に戻るので,このころはまだ痛風と認識していなかった。また,痔ろうにも悩まされ,ヒサヤ大黒堂の高い薬を買っている。学生時代からの無理や酒タバコの害が蓄積された結果が表面に現れだしたのだろう。
 10月から11月は2回目のケニヤでの調査隊に参加など,この年も私は仕事に没頭していた。新しい残留磁化測定装置が納入され,パソコンも16ビットのPC9800VM2になった。これで初めてMS-DOSを学び,このころから世に出てきた一太郎や松などのワープロソフトを感激しながら使いこなすようになった。
 達志は待ちかねていた少年野球のサンボーイに入団,以後,野球が中心の生活になる。2月2日(日),万博公園内の周遊道路で行われた茨木市民マラソン大会に,サンボーイから兄弟で参加している。また2月9日にはスケートと,野球のオフシーズンにはバーベキュウ大会などいろいろやっていただいた。私たちは共稼ぎであまり手伝えないので,せいぜいグランドの草刈りに参加したり,試合の時に車をだし,子ども達を試合場に運ぶことで協力した。6月末に車は,シビックからインテグラに変わった。サンボーイだけではなく,地区スポーツ大会にも兄弟はかり出され,7月6日(日)のソフトボール大会は,大智はサードで4番,達志はファーストで5番だった。
 サンボーイでは,大智(6年)は4番でファーストが多かったように思う。達志は5年生チームに入れてもらっていて,ピッチャーだった。8月9日(土)・10日(日),福井県若狭の阿納海岸に,てみ子と兄弟がサンボーイから海水浴にでかけている。10日の夕方,私は福井から彼らを迎えに行き,鯖江に連れて帰った。若狭の国道は海水浴客で渋滞していた。鯖江の西山公園でレッサパンダが蝉を食べるのをみたり,三国のMAZU(迷路)で遊んだり,また12日には和泉村にある国民休暇村の冷たいプールで遊んでいる。
 11月に一家全員で,姉一家が買った和歌山県白浜のリゾートマンションに出かけた。和歌山まではまだ高速道路が続いていなかったので結構時間がかかり大変だったが,白浜の水族館やサファリなど結構,みんな喜んでくれた。ただ,ケニヤで本物のサファリを経験した目にライオンが何匹ものんびりと昼寝している光景には違和感があった。

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術後4ヶ月半 投稿者:中島正志  投稿日: 9月27日(金)14時31分06秒

 皮膚移植手術後4ヶ月以上が過ぎ去りました。私の皮膚はゆっくりと回復しています。しかし,完全に直るまであとどれほどの時間がかかるのか見当もつきません。「長くても2週間の入院」と説明されていたのが1ヶ月以上の入院になりました。その後のことはまったく説明を受けていません。このような悲惨な状況について説明を受けていても,きっと逃げなかったと思います。説明がきちんとされていれば,今ほど形成医に対する不信感はもたなかったと思います。
 前回,写真をUpした時はてみ子にグロテスクだと罵られとりさげました。しかし私も研究者のはしくれ,自分の皮膚の状態ぐらいはじっくり観察し記録に残そうと思います。今日の背中の皮膚の状態と,3ヶ月前の写真を「達志の火傷」にUpしました。3ヶ月前とくらべると色は薄くなっています。
 つくづく他人に皮膚移植を頼まなくてよかったと本気で思っています。大学の教官だから,このような状態でもなんとか仕事になるのだと思います。自分の研究室があるため,いつでも裸になって薬を塗ったり,患部を冷やしたりできます。普通の事務所勤めの人や達志のような屋外での労働をしなければならない人には到底無理だと思います。

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ハガクレツリフネなど 投稿者:TN  投稿日: 9月24日(火)19時18分42秒

 花で気が休まる。一家総出で子どもを連れ六甲牧場で遊んだ後,やはり六甲高山植物園によりたくなった。すでに若い人達は疲れが目立ったので映像館の周辺で休憩させ,私たち夫婦はたまたま開始時間に間に合った案内者がつく「花の観察会」に参加した。はじめて,「葉隠れツリフネ」を教えてもらった。花が葉の陰に隠れるようにつくのでこの名前がついたと教えてくれた。翌日,箕面でキツリフネをみるとこれも葉の下に花があった。これも葉隠れツリフネではと花の本を調べたら,黄色のツリフネはやはりキツリフネだった。ただ,たまに案内者にいろいろ教えて貰うと見方が変わり楽しい。
 ミヨウガの花を見せてくれたとき,てみ子がめざとくナンバンキセルをみつけた。今年は伊吹山ではオオナンバンキセルは終わっていたので嬉しかった。しかし,さすがに植物園の花は貧弱である。山野で咲いている姿を見慣れている花を植物園で見るとなにかものたりない。見ごろだったアケボノソウやカリガネソウは,箕面の山で見る方がはるかに魅力的だと思いました。

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お彼岸 投稿者:TN  投稿日: 9月24日(火)09時59分07秒

 すっかり涼しくなりました。今朝は敦賀の福井−滋賀県境の山中で12℃でした。
 お彼岸の墓参り,やはりつらい,悔しい。達志がてみ子に「おかん,今日は泊まるのか。いつまでいるのや。」と聞いたことばかり思い出す。寂しかったのか,それとも何かを伝えたかったのか。おばあちゃん子で甘えん坊だった。どうして最後の時に,それもまだ意識のあるときに,ずっと側にいてやれなかったのだ・・・。無理にでもICUで泊まり込んでいれば・・・。と,後悔ばかりです。
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お悔やみ 投稿者:TN  投稿日: 9月20日(金)07時34分33秒

 トムラウシさんの御尊父様が逝去されました。昨日,「きょうの、午前11時27分、老衰のため、亡くなりました。痛みもなく、おだやかな顔でした。」とトムラウシさんの掲示板に書き込まれました。
 ご冥福をいのります。
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悲しい拉致事件 投稿者:中島てみ子  投稿日: 9月20日(金)06時16分12秒

北朝鮮での拉致被害者の遺族の気持ちを思うと言葉がありません。
私達は達志の事故現場はとうとう見に行きませんでしたが,死亡までの1ヶ月の間は家族が見守る事が出来ました。
若くて夢のある時期に突然拉致されて,家族の15年近くの間の不安な想いがこんな結末になろうとはあまりにも悲惨すぎます。
不況が続く中で,毎日悲惨な事件や児童虐待などいやな事ばかりが起こっています。
今,100日,お彼岸を迎えてやっと一段落ですが,寂しさは増すばかりでとてもつらい毎日です。おばあさんも毎日弱っていくばかりで,落ち着いて仕事ができるはずがありません。
なにもかも中途半端な状況です。夫の言葉は,仕方がないの一言だけ,毎日が自分との戦いです。
トムラウシさんの気持ちがよくわかります。啓子さんも同じ気持ちで悩んでいると思う。

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100日 投稿者:TN  投稿日: 9月18日(水)11時13分16秒

 達志の死後,100日。お坊さんがきてお経をあげてくれています。今日も,啓子にまかせるしかありません。

 Qちゃんへ。いつも気を遣わせてごめんなさい。ありがとう。今のインテグラはやっと10万を
越えたところです。

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今日は 投稿者:Q  投稿日: 9月17日(火)14時17分50秒

中島氏の皮膚の具合が大分よくなっているのを知って、私達夫婦も大変喜んでおります。掲示板を欠かさず読んでいますが、貴方がた御夫婦が愛する息子さんを失ったくやしい気持ちがよく分かります。貴方の2代目のシビックは走行距離が20万Kを超えたそうですが、私のカローラは現在19万2千キロメートルです。一時期、車を変えようと思ったことがあったのですが、今では、調子が良いので、クラッチがダメになるまでは乗ってやろうと思っています。

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ヤマジノホトトギス2 投稿者:中島正志  投稿日: 9月16日(月)13時10分00秒

 茨木市竜王山にヤマジノホトトギスの群落がありました。秋のギンリョウソウを1つ見つけ,まわりを良く見渡すと,ツルリンドウもいっぱい咲いていました。

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達志の思い出10 投稿者:中島正志  投稿日: 9月16日(月)13時04分03秒

昭和60年(達志9歳,3年生)
 1月2日,元町の頃いつも世話になった銭湯の「稲荷湯」の朝風呂にでかける。大智,達志が大きくなったと昔の常連さんたちに取り囲まれた。3月までは宿舎の管理人だった。1月5日の鯖江のつつじヶ丘町内会に役員として出席するため,5日の朝,てみ子,大智,達志と鯖江に向かう。2時について4時頃まで除雪。翌日の6日(日)に茨木に戻り8日からの新学期に備える。
 昨年ケニヤで採取した岩石試料が1月12日に福井大学に到着,この年私は論文を書いたり徹夜で測定したり,あたらしい測定機械を購入する算段・手続きで,非常に慌ただしい生活になる。そのせいか達志の写真も極端にすくない。町内の子供会でサーカーをしている写真,兄のサンボーイのスケート大会についていったらしい写真,福井県の三国にあった「迷路」で遊んだ写真しかみあたらない。4年生になるとかなりしっかりした顔になるが,この年の写真はいかにも幼い。
 ミリカスケートリンクにはこの年も何回か出かけた。3月24日(日)に達志の算数の勉強(たぶん宿題か)をみたあと,関西大倉高校まで散歩し,ツクシをみつけた。達志はよく散歩についてきた。ふざけながら私に纏い付いて歩いていた達志を思い出す。しかし何を話していたのかは思い出せないのが悔しい。4月にセガのゲーム機が故障し,達志と製造工場まで車で走った。私と一緒で,待つことが苦手な達志だった。日曜日は大智がサンボーイで野球,達志はスイミングという平和な生活の繰り返し。
 お盆休みは,8月13日にてみ子,大智,達志と茨木を出て,郡上八幡,和泉村を経て鯖江へ。前にも書いたがこの時大智・達志は木曽川で泳ぎ,見事な泳ぎっぷりで周りの見物客の目を惹く。越前海岸で泳いだり,映画を見たりで比較的ゆっくりと福井での盆休みを楽しみ,17日に茨木に戻っている。
 仕事の野外調査や福井と茨木の往復で,2代目のシビックは走行距離20万Kmを越えた。さすがにあちこち故障した。高速道路でエンジントラブルでJAFの世話になったこともある。ついに運転席側ドアのガラスがすとんと落ちた。テープで留めて走ってみたが窓ガラスが普通に開けられないと料金所などで大変だということがわかり修理工場に行った。20万Kmを越えたというので喜んでくれ,隣の解体工場から使えそうなドアを探して付け替えてくれた。結構,愛着があり新車に買い換えたのは翌年であった。 

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ヤマジノホトトギス 投稿者:中島正志  投稿日: 9月16日(月)07時02分54秒

 14日の箕面・清水谷,ヤマジノホトトギスは見頃,ツルニンジンの蕾を発見。カリガネソウは盛りでした。営林署の下草刈りの手が入っていて,大事な花が刈られたのではと一瞬凍り付きましたが,カリガネソウは自然観察園の管理人さんのいつものロープがまかれ保護されていました。管理人さんの見回りが間一髪で間に合い,カリガネソウを救ったようです。今年は林道に砂利をまかれゲンノショウコやキンミズヒキの群落が消えました。杉や桧と山野草どちらが大事かといえば,人それぞれの価値観ありで結論が出ないでしょうが,せめて今流行の共生を心がけて欲しいと願います。
 涼しさとともに皮膚の色が日に日に改善されています。今までの1週間分が1日で進んで行くようにさえ思えます。これだけは嬉しいことです。

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少しよくなったのかな 投稿者:中島正志  投稿日: 9月14日(土)06時17分36秒

 3日前,例のごとくシャワー洗浄をしていて,足の患部の皮膚の色が,今までより急なペースで薄くなっているのに気付きました。てみ子にも確認してもらった。背中の皮膚の色もかなり薄くなってきている。このまま一気に快方に向かって欲しい物です。

トムラウシさんへ
 介護,10年ですか。我が家はまだまだですね。いつでも愚痴を書き込みに来てください。お互いに,花や山の話しを昔のようにしたいですね。

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ありがとうございます 投稿者:トムラウシ  投稿日: 9月12日(木)19時11分09秒

TNさんの、書き込みとてもうれしかったです。
私の気持ちがわかってくれたと思うと涙が出てきました。

じいさんが倒れた時は、しゃべりまくって、ウサを張らしていたのに、
時間がたって、状態が良くない今、しゃべりたくないのです。
もっと、本音をいうと、じいさんの顔も見たくないのです。
イロウして、家で介護すると言ったものの、本当にできるのだろうかと
頭でばっかり考えています。

これだったら、早く家に戻ってもらって、泥縄式、いきあたりばったりに
いろんな人に泣きついて、した方が気が楽です。

介護して、もう10年になりますが、じいさんがいても、
ショートやディに預けて好き放題できて、十二分に満足しています。
でも、この一ヶ月半ほどは、山にも行けないし、気持ちは落ち着かないしで、
じいさんが家にいる時の、倍以上疲れる感じです。精神的にね。

だから、今、できる限り、じいさんから気をそらすようにしています。
今までの、私のペースに早くもどりたいです。
愚痴を書いてすみません。書いてすっきりしました。
}
最後になってしまってすみませんが、
INさんところも、いろいろと大変ですね。
お互いに、無理をせずに、がんばっていきたいものですね。

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3ヶ月が過ぎた 投稿者:TN  投稿日: 9月12日(木)08時39分00秒

 あれから3ヶ月。今日は月命日でお坊さんが家にきてくれる。今までは父の命日の10日にお参りしてもらっていたのだが,これからは達志の12日にお参りして頂く。
 ただ,今までは仏壇を守ってくれていた母がほとんど寝たきり状態なので,平日にお参りしてもらうのは大変です。今日はてみ子も休めないので,啓子がきてくれるのですが。これからの課題です。

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痒みは心因性か 投稿者:TN  投稿日: 9月11日(水)07時37分27秒

 昨日,会議でKと激しくやりあった。それにKにゴマをするM,終わってからも思い出しては腹が立った。てきめんに背中が痒くてたまらなくなった。JFに氷水で冷やしたタオルで何回も拭いて貰った。夜まで痒かったが,Uと久しぶりに飲みに出かけた。飲んでいる間は痒みは治まっていた。かってなものである。

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退院 投稿者:中島正志  投稿日: 9月 9日(月)14時50分57秒

 長男は予定通り入院から1週間後の今日,退院しました。入院費700190円,前回は約11万円だった。定職について健康保険の負担率が変わっているので,たぶん同じ金額。はじめの骨接ぎの手術の方が難しいように素人は思うのですが,技術料は変わらない。と,変なことが気になる。医療というのは分かりにくい。
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奥越の9月 投稿者:中島正志  投稿日: 9月 8日(日)20時14分07秒

 例年,ツリフネソウの季節に六呂師高原で野外実習があり,どんな花がどこに咲いているかほぼわかってきた。いつもの場所にいつものように咲いているのを見つけるのも嬉しい。しかし,新しい花に気付くともっと嬉しい。今年は,法恩寺林道でトリカブト,タマアジサイ,サラシナショウマを見つけた。ここはいたるとろにツリフネソウがあり,その赤紫色とオタカラコウの黄色のコントラストが美しい道である。
 いつもの花:アキカラマツ,ススキ,ゴマナ,ツリガネニンジン,オトコエシ,クズ,タニウツギ(狂い咲き?),ヒメマツヨイグサ,ヒメシロネ,ガマ,ミソハギ,イヌタデ,ヨウシュヤマゴボウ,ヒキオコシ,クロバナヒキオコシ,タカトウダイ,サワヒヨドリ,ゲンノショウコ,ツユクサ,ツリフネソウ,オタカラコウなど。

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この道 投稿者:中島正志  投稿日: 9月 8日(日)11時48分15秒

            この道

 この道はいつか来た道/ああ、そうだよ/あかしやの花が咲いてる
 あの丘はいつか見た丘/ああ、そうだよ/ほら、白い時計台だよ
 この道はいつか来た道/ああ、そうだよ/お母様と馬車で行ったよ
 あの雲はいつか見た雲/ああ、そうだよ/山査子(さんざし)のえだも垂れてる

 福井大学の六呂師山荘,やはりここで寝るのは他人に迷惑をかけるだけだったので,自分の車の中で寝た。空が明るくなる前,ラジオで聞いた話が印象的だった。残念ながら名前は忘れたが,早稲田の合唱団で活躍,大学卒業後は会社勤め(合唱団の指導者もしたことがある),定年後プロの歌手になった人と,たぶんアナウンサーとの対談。
 「この道」は,作詞:北原白秋/作曲:山田耕筰の名曲。好きな歌なので何回も何回も歌った。あるとき,「お母様と馬車で行ったよ」だけが,過去の動作を示していると気がついた。その意味は,ここを過去形にすることにより,読む人(聞く人)の気持ちを子どもの頃に連れ戻す。そして優しかった「お母様」の想い出に浸らせるのだ(表現は違ったかもしれないが,このような内容の話だった)。プロの歌手というのはここまで自分なりに理解し心を込めて歌うのだと感動した。
 【http://village.infoweb.ne.jp/~fwgf0768/music/music_47.htmには,「この道」は北原白秋が北海道へ旅行した際に、札幌の印象を詩にまとめたもの,とだけ書かれている。】 

     からたちの花

 からたちの花が咲いたよ/白い白い花が咲いたよ
 からたちのとげはいたいよ/青い青い針のとげだよ
 からたちは畑の垣根よ/いつもいつもとおる道だよ
 からたちも秋はみのるよ/まろいまろい金のたまだよ
 からたちのそばで泣いたよ/みんなみんなやさしかったよ
 からたちの花が咲いたよ/白い白い花が咲いたよ
      
 これは,山田耕筰の貧乏時代の苦労話をもとに白秋が作詞したのだという。印刷屋に勤めていた。広い敷地がありカラタチの花が垣根に植えられていた。先輩にいじめられたときカラタチの花のところまでいき泣いた。その時,近所のやさしいおばさんがよく慰めてくれた。 これを想いながら歌う。すると,最後のからたちの花が・・・・/白い白い花が・・・・の「が」は,ほとんど聞こえないようにしか歌えないのだ。という,やはり感動した。

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センボンヤリ 投稿者:中島正志  投稿日: 9月 5日(木)17時15分04秒

 昼休みに大安寺へJFとでかけました。目的は春にみつけたセンボンヤリ(千本槍)。花は春と秋に咲き,春は直径1.5cmほどの白い舌状花,秋はツボミのまま開かない閉鎖花。みつけました。
 
 明日と明後日は,野外実習で大野市の六呂師へでかけます。福井大学の山荘に泊まります。背中の痒みが心配ですが,涼しい山の中だから大丈夫かなと期待しています。

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手術無事終了 投稿者:中島正志  投稿日: 9月 3日(火)15時56分30秒

 手術は予定より早く,1時40分頃からはじまり,無事終了し3時半には自分の病室(今日だけは一人部屋)に戻りました。金具はステンレス製の細い棒と針金でした。レントゲンで骨がきちんと接合していることも確認。入院は1週間,2週間後には抜糸だそうです。
 今日は尿の世話など,付き添いが必要ですが,てみ子や有喜江,啓子さん達がついてくれているので私は早々に引き上げました。

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長男の手術 投稿者:中島正志  投稿日: 9月 3日(火)11時43分16秒

 平日ですが二人とも休んでしまいました。大智が1月に骨折し,手術をしたときに肩に残された留め金を除去する手術があるためです。大智の手術の前の人は大手術なので,それが終了するまで手術開始時間は不明。たぶん16時から17時の間。昨日の夜から手術に供えて絶食しているのがかわいそうです。すぐに終わると言うことなので,有喜江だけで充分なのでしょうが,今年は何があるかわからないと言う不安がつきまとい,結局,私もてみ子も病院で待機します。
 朝,買い物にいくついでに箕面の清水谷と勝尾寺園地の花を見てきました。清水谷は,キツリフネ,ツリフネソウ,ダイコンソウ,マネキグサ,ゲンノショウコ,ヌスビトハギ,モミジガサ,ノブキ,カリガネソウ,ミズヒキ,キンミズヒキなどすっかり秋の気配。期待していたヤマジノホトトギスは蕾でした,見頃は来週か?残念。勝尾寺園地では目当ての白いツユクサがいつもの場所に咲いていました。そしてツルリンドウをいっぱい見つけました。

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達志の思い出9の3 投稿者:中島正志  投稿日: 8月31日(土)18時43分06秒

 正確な日時は不明だが,達志がペットをほしがったのでハムスターのつがいをショップで買った。雌はすぐ死んでしまったが,雄は結構長生きした。時々駕籠から抜け出し,探すのに大騒ぎしたことが懐かしい。死んだとき子ども達と小川の縁の木の下に埋めた。その時の達志の悲しげな様子が今も目に浮かぶ。また,ある日,学童保育の教室の近くに駕籠に入れて捨てられていた兎を,達志が自分が飼うといって持って帰ってきた。結構,大きな兎だったので,よく一人で運べたものだと,達志の体力を見直した。兎はなかなか人に懐かないので飼うのは大変だった。ベランダに置いて飼っていたが,時々,近くの公園で遊ばせた。この兎は達志が5年生になるまでは生きていた。
 このころ任天堂のファミコンがブームだった。クリスマスの頃,買ってやるつもりで茨木中の玩具屋を探したが品切れだった。仕方がないのでセガの類似品を買い与えた。隣の子ども達がファミコンを持っていたので,時々,交換しては楽しんでいたようである。

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達志の思い出9の2 投稿者:中島正志  投稿日: 8月31日(土)03時50分06秒

 5月の連休明けにはM教授の行方不明事件など忘れがたいことが頻発するが,なんと言っても私にとってこの年最大のイベントは人類の起源を探る調査隊に参加してケニアにでかけたことである。マラリヤの予防薬の手配,黄熱病の予防注射などいろいろ事前にかたづけて,8月4日成田出発,10月6日帰国。大変な調査隊であったが,これまでの先輩・友人とは全く異なる専門分野の人たちと親交出来たことが最大の収穫であった。帰国した翌日は,福井小学校の運動会。小学校の運動会を見に行く親達は自分の子どもばかりを探し求め,写真をとりまくっている。私も例外でない親ばかの代表であった。「あれ,・・・ちゃんや。ほら,目立つように・・・色のソックスをはかせてるからすぐに見つかるやろ。」と得意げに話す親たちに,こちらまで気恥ずかしくなった。10月10日(日)は子供会のソフトボール大会。この年から大智は少年野球チームのサンボーイに入団しているので,日曜は野球の試合につきあう事が多くなる。もちろん,達志もやりたくてうずうずしていた。
 年末には三浦教授の還暦記念パーティ,その準備にも振り回された。まったく忙しく慌ただしく過ぎ去った1年であった。たまに茨木に帰れる日曜日くらいは親子水入らずで遊びたいのに,子供会だサンボーイだと,息子達をとられた。近頃の大人は子どもの遊びに係わりすぎだと,自分のことは棚に上げ,「息子を返せ」と腹立たしく思っていたかってな父親であった。

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達志の思い出9の1 投稿者:中島正志  投稿日: 8月31日(土)03時02分09秒

昭和59年(達志8歳,2年生)
 私(40歳)にとってかなり多くの出来事があり,あっという間に過ぎ去った年。1月2日,一家5人で奈良へ。千里丘の毎日放送の近くにある毎日ミリカプールが冬期間アイススケート場になる。1月5日と2月11日は,てみ子,大智,達志とスケート。子ども達は,すぐ滑れるようになったので,スケートは楽しみだった。この冬,雪はそれなりに多かった。1月28日(土),大雪で福井県脱出に3時間かかり,大学を14時30分に出て家に20時にやっとたどり着いている。29日(日)は大阪も積雪があり名神高速道は通行止め。2月7日福井の積雪量90cm,小浜で127cm。3月にも積雪があった。3月18日,「つくしんぼ教室」の遠足で,宝塚ファミリーランドへ。家族4人がそろって「つくしんぼ教室」の行事に参加したのはこれが最初で最後であった。
 4月から鯖江の鳥羽宿舎の管理人,つつじヶ丘自治会の班長も兼ねる。単身赴任でどうなることかと心配であったが,1度やれば少なくとも24年間(宿舎は1棟で全部で24世帯が入居)は断わる理由が出来ると居直り引き受けた。また,鯖江にある福井工専の非常勤講師を無理矢理頼まれた。土木科で地学を教えた。大学生と異なり生徒は真面目だったが,よそで教えて初めて福井大学のレベルは結構高いのだと感じた。講義に対する反応がまったく違った。2年生が対象で相手は高校生,高校の先生は私には勤まらないと実感。翌年もやむなく引き受けたが,それ以降は固辞した。

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伊吹山 投稿者:中島正志  投稿日: 8月25日(日)15時09分24秒

 昨日、伊吹山3合目の山野草観察会に参加。心配した雨は降らなかったが、朝、事故で名神高速は京都東と瀬田西の間、通行止め。1号線は大渋滞のため湖西(161号)に回り4時間かかって3合目へ。朝の部には間に合わず、山菜弁当の昼食から参加。期待したオオナンバンキセルはなくちょっとがっかりしたが、あとは咲くべき花は咲いていたという感じで満足。しかし、楽しみにしていた薬草風呂は渇水でなし。これも会費に含まれているのに同じ2500円、これは????しかし、森さんの熱心な案内があるのでだれも文句を言う人はなし。
 前回の伊吹山は達志の事故の1週間前。帰りの車中で思い出すうち、てみ子と悔し涙を流す。

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墓参 投稿者:中島正志  投稿日: 8月21日(水)21時05分16秒

 お盆の間,中島家の墓は線香の煙が絶えないと言えば大げさですが,少なくとも花は枯れることがないほど大勢の方にお参りいただきました。達志の会社関係の方々だろうと推察していますが,お酒やタバコまで多数の方にお供え頂いたようです。達志は充分堪能したことと思います。有難うございました。

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盂蘭盆会先祖供養 投稿者:中島正志  投稿日: 8月19日(月)16時38分37秒

 成就寺の盂蘭盆会(うらぼんえ)先祖供養法要に,中島家は6人参加しました。達志の初盆です。寺に納骨し永代供養をお願いしました。母が元気なときは,母が参加していたのですが私たちは初めてです。「永代志納の霊位追善供養」,「檀信徒各家先祖代々の霊位追善供養」,「塔婆供養申し込みの各霊位追善供養」が,成就寺の住職さんとお手伝いの4人のお坊さんそして私たちも入れて30人足らずの檀信徒によって営まれました。まだ私達には仏事の意味はほとんど理解できていませんが,熱のこもった懸命な読経や,住職さんによる塔婆に書かれた各霊位の読み上げ,読経の中の焼香,日蓮宗らしい太鼓の音に,なんとなくありがたい気持ちになるから不思議です。宗教の魔力でしょうか。私たちが仏様の世界に入り浸るのはもう少し先のことになるとは思いますが,これはこれで心地よい世界でした。昼食まで頂きました。
 寺に納骨しやっと一区切りがついた気がしています。これまでの皆様の暖かいご支援をほんとうにありがたく感謝しています。

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母,内科受診,異常なし 投稿者:中島正志  投稿日: 8月17日(土)20時35分52秒

 なだめ,すかし,やっと近くの大阪警察第2病院の内科に連れて行く。入院も覚悟していたが「異常なし」でかたすかし。この暑いのに,病院はエアコンが効いているので寒いという。仕方がないので建物の外の暑い外気の中,私は汗で痒さと戦いながら診察をまつ,地獄です。家でもエアコンはむろん駄目,窓を閉め,ヒーター入りの膝掛けをかけないと寒いという。ビールもついに飲めなくなってきた。それでも内科では異常なし。これが老年になるということかと,悲しい。
 てみ子が疲れ果て,私のケアが出来なくなったとき,痒くてたまらないが,とにかく掻かず,シャワーも出来るだけ控えマル1日頑張った。それがよかったみたいで,汗をかいて痒くなっても掻かずにすむようになった。甘えを反省!

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達志の思い出8 投稿者:中島正志  投稿日: 8月16日(金)13時26分21秒

昭和58年(達志7歳;1年生)
 小学校に入学した年。1月29日(土)に「新入生のための集い」が市民会館であり,達志をつれて市民会館へ行き,漫画映画や手品を見たと手帳には書いてあるのだが,どんなものであったか記憶にない。2月12日(土)にスイミングスクールで達志の必要品を購入している。(13日,瀬古が東京マラソンに優勝。)大智は前年にスイミングスクールに入った。達志はこの年3月から通い出した。JR茨木駅の近くにあった茨木中央スイミングスクールで,てみ子や母が阪急バスで付き添っていた。二人とも水泳はすぐ上達した。4月5日(火)に,私は初めてスイミングに付き添い,「大智は良く泳ぎ驚く」と手帳に書いている。2階の付き添い家族の待合い室から,子ども達の練習の様子を見学できた。
 二人とも小学校の間はスイミングに通った。クロール,平泳ぎ,背泳,バタフライのメドレーが進級テストだったように思う。どれも見ていてほれぼれする綺麗な型で泳いだ。川でも,海でも二人そろって泳ぐと目立った。親ばかとしてはちょっと自慢したい気分だった。スイミングスクールでは,スクール対抗の競技会にも出してくれた。達志を選手育成コースにというお誘いもあったが,本人にその気はなく,私たちも水泳の選手にするつもりはなかった。
 3月28日(日)に母と大智,達志が特急雷鳥で福井に来て,4月3日(日)に車で茨木に連れて帰っている。鯖江の宿舎から歩くと30分以上はかかるショッピングセンターの「アゼリア」へ,玩具かお菓子を買うために二人ででかけ,開店前にならび,その時知り合って仲良くなった子を宿舎に連れてきた。母と福井市のショッピングセンター「ベル」にでかけたり,大学のパソコンでゲームをしたり,運動公園や足羽山などでも充分遊び,家が二つある利点を充分堪能していたと思う。
 4月,茨木市立福井小学校に入学,式の日の嬉しそうな写真がある。朝は集団登校,大智が1年の時は,隣のマンション「シャルム」の集団に合流していたが,達志が入学した時にはヌーベル・メゾン(我々の,18世帯の団地の名前,気恥ずかしくなる大げさな名前なのであまり使わない)だけで1つの集団を形成していた。
 これから3年間,放課後の夕方までは,毎日小学校の運動場の隅っこにあったプレハブ教室での学童保育「つくしんぼ教室」のお世話になった。大智にはいつも(保育所でも,近所でも,小学校でも)同じぐらいの運動能力や体力のライバルがいたが,達志にとっては目標と当面のライバルは常に兄であったように思う。つくしんぼ教室でお世話になってすぐのこと,達志に,大智の同学年の子が達志にからみ,さらにそこへ相手の兄(5年か6年生?)まで介入してきた。大智(当時3年生)がすかさず俺の弟に何をすると助けに入った。兄弟の絆を想うときいつも思い出す出来事である。
 蛍,箕面公園の紅葉,子供会の餅つきと比較的平穏な1年が過ぎる。
編集済


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達志の思い出7 投稿者:中島正志  投稿日: 8月13日(火)22時46分00秒

昭和57年(達志6歳)
 4〜6歳の子どもの発想・言動には大人の意表をつくものがたくさんある。達志にもいくつかあった。
 雪の中,滋賀県の湖北の国道を福井へ向かう車の中で,ワイパーがフロントガラスについた雪を払い,払いきれず残った雪をフロントグラスの下(ボンネットの直上)に押しつけているのをみて,「ペッタン,ペッタンお餅つき」と歌い出し,雪のお餅つきと大喜びだった。
 元町の家から茨木神社へ遊びに行きたいとき,一般道に車の通行量が多くなかなかわたれない。道を譲ってくれない車に,「ブレーキが壊れているのかな,あの車は。」と不満を訴えた。
 保育所の昼寝の時間が苦痛だった達志は,「本田先生はいいな」「どうして?」「だってお昼寝しなくていいもん」といったそうです。それを聞いた藤沢先生は「イヤー,私だけお昼寝してるみたいで恥ずかしい!」。金曜日は「明日は,お昼帰りや」と昼寝がない嬉しさを何度も表現したらしい。
 茨木市民プールへつれていったとき,達志を見失った。必死になって探していると,「中島達志君のお父さん事務所までおいでください」と放送があった。達志がお父さんが迷子になったので探してくれと頼みにいったらしい。大人よりもずっと適切な対処法であった。そのころから達志には,自分の要求を人に伝えるのに何のためらいもなかったようである。
 スイカの玉でなく切身ばかり買っていた頃,「お母さん,大きなスイカはまだ高いんだね?」と大きな声で八百屋さんの店先で尋ねてくれる。などなど,いつも新鮮な驚きを私たちに与えてくれました。
 豊原町の家の周りに今は空き地がほとんど無いが,歯科医院や島野さんの家はまだなく空き地がたくさんあった。建て売りの家を買う家族は経済力が似ているためか同じような年齢構成の家が多く,大智や達志と同学年というのはいなかったように思うが,前後の学年の子ども達がたくさんいた。空き地で,よく集まって遊んだ。日曜日や夏休みなどの休暇には私やご近所の他の大人も仲間に入り,ソフトボールのまねごとをした。空き地からは,毎年の恒例行事である茨木弁天の夏の花火祭りの様子がよく見え,涼みがてら,ご近所の人達が子供らと共に集まって花火に興じた。また,近くの小川には蛍がいた。子供らがもっと幼いときに鯖江の福井鉄道の三十八社駅近くの田圃に見に連れて行った時に見た蛍より数こそ少ないが,茨木に良く残っていたと感動した。見つけたときは近所の人にも教え小川に沿って散歩した。(その後の小川の改修工事で,今は蛍は極めて少ない。)
 昭和57年の正月,引っ越した最初の正月,それまでたこ揚げは茨木中央公園だったが近所の田圃の中で揚げた。てみ子の従姉妹の斉藤さん一家と勝尾寺に初詣,また生駒山のドライブウエーから信貴山にも出かけている。生駒のドライブウエイを下って戻るときの大阪市内の夜景がきれいなので当時良く出かけた。私のドライブコースは癖があり,同じところへ何回も出かけ,ふっと行かなくなる。最近は生駒ドライブウエイを走ったことがない。5月のゴールデンウイークに子供会で豊原町から万博公園までハイキングし,万博公園で遊んでいる。達志がよく歩けたと今でも感心する。仲間が大勢いると楽しいからなのだろうけれど。7月には斉藤さん一家も車をだして福井に遊びに来た。当時4年生だった大崎さんに三国町雄島の民宿を世話してもらい,あと一泊は鯖江の宿舎。海で泳ぎ,三国海浜公園のアスレチックを楽しみ,国見林道や,奥琵琶湖ドライブウエイの景観を楽しんだ。大智小学2年生,達志保育所の最終学年,今から思えば比較的平穏な1年であった。


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達志の思い出6の2 投稿者:中島正志  投稿日: 8月10日(土)23時37分20秒

 大智は福井小学校に入学,達志は中央保育所の2年目になった。てみ子が吹田保健所摂津支所への通勤に,保育所まで自転車にのせていき,帰りも自転車で迎えに行くという大変な生活になった。その忙しさの為もあり,前年とはまったくことなり連絡ノートへのてみ子の書き込みは極端に少ない。しかし達志は確実に成長し,4月の身長112.1cmから年度末の3月には119.3cmに,体重は17.8kgから21.0kgに増えている。
 この年の7月17日から8月28日まで,私は神戸大学の海外調査隊に参加し,南太平洋のキリバス共和国へ出かけている。4回目の海外調査,しかし恩師の川井先生や広岡さんがメンバーでない海外は初めてなので,いろいろそれまでと異なる経験をしました。息子達と1ヶ月以上離れるのも初体験,親離れ子離れの予行演習でした。しかし,今だに子離れは駄目のようです。卒論を指導していた3人の女子学生や金沢大学の藤先生からあづかっていた男子学生1人もたぶん私の留守中は大変だったのだろうと思います。彼女たちを秋に神戸大学での学会に連れて行き我が家に泊めています。先日(8月8日),その一人であった林(旧姓:牧野)さんが大崎さんと一緒に大学に来てくれました。達志の子ども時代を知っている学生達が訪ねてくれるのは大変嬉しいのですが,そのあとよけいに寂しくなるのも事実です。
 今回はあまり関係ないことばかり書いてしまったようです。てみ子が連絡ノートの最後(3月17日)に書いた文章を引用し,この年度の思い出の最後とします。
 「生活習慣は,ほぼ自立してやれるようになりましたが,夜寝るのが遅くて困ります。10時頃でないと寝られないようです。朝,もっと早く起こせば,少しは早く寝るように成るかなと思います(7時20分を6時40分に)。これから春夏に向けては,夜が早く明けるのでしやすいかもしれません。
 保育所では,やはり緊張しているというか家とは違う感じがするのですが・・・。家では兄とケンカばかり,いつもいじめられる立場なので,要領が良く,うまくその場をきりぬけているようです。ただ,勝ち気なので,これはと思うことが思うようにいかないと,ダダをこねて,それはそれは怒ります。でも私は怒りが爆発して全身で表すことはまだまだあって欲しいし,その時の親の対処で成長していくのだと思います。下の子はこういう時,案外と甘く対処してしまいがちですが・・・。忍耐力とか自ら切り抜けてということは難しいですね。色々な体験の積み重ねでしょうか・・・。兄弟二人故の生活のまずさをおぎなってくれるのが集団だと思います。保育所では親に見えない部分(児の)がたくさんあると思います。保育所のよさ,家庭の良さ,保育所の延長みたいな家庭でも困るし,家庭の延長みたいな保育所でも困ると思います。抽象的になりました。」
 保母さんの,「達ちゃんは,保育所では何でもスムースに出来ていてお兄さん格という感じであるが,たまに少しつまずくことがあると,どうしようかとウロたえて落ち込むことがある。こんな時にもう少し,耐える力,自分で何とかしようという自立心みたいなものが出てきて欲しい。」という5歳の子にはとうてい無理と思えるコメントへの返事のようである。てみ子はこの先生があまり好きではなかったようで,結構,斜めに構えて書いているような気がする。


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達志の思い出6の1 投稿者:中島正志  投稿日: 8月10日(土)23時36分40秒

昭和56年(達志5歳)
 前年の12月から福井は記録的な大雪に見舞われる。12月24〜26日兵庫県の加古川で考古地磁気の試料を採取し,富山大学の広岡さんを送って富山へ。北陸自動車道は吹雪,翌日,福井に戻る。この時はまだ富山の方が積雪量は多かった。28日,雪が降り出し,鯖江の宿舎の駐車場から道路までの除雪が9時から12時までかかったが,とにかく脱出成功。茨木に帰り,北陸自動車道は雪のため通行止めのニュースを聞く。
 正月は茨木神社,勝尾寺といつもの平穏な正月。しかし,福井は大雪のニュースに,スパイクタイヤを履いているものの,心配になりチェーンを購入。7日,てみ子と福井へ。雪でスリップして横転したトラックなどに緊張しながら凍りついた道を,朝に出発したのに夕方ようやく宿舎にたどりつく。宿舎前の広場や駐車場は2m近い積雪で接近不能。近所のスーパー石川に無理矢理頼み込み車を1晩だけ除雪されていた駐車場に置かせてもらう。翌日,宿舎周辺や大学周辺の駐車場を探すがなし。仕方がないので,てみ子と茨木に引き返す。結局,1月30日,当時2年生だった中川登美男君に手伝ってもらって宿舎の駐車場の除雪をするまで車は茨木に置いたままだった。
 1月10日(土),共通一次試験の監督の為,前日から泊まり込む。雪の中を何時かも歩いて受験場にたどり着く学生のため,大学も早朝から控え室を暖めていた。控え室の存在も知らず試験場が開くまで外で震えながら待つ受験生。全国一斉,同条件での受験が売り物の共通一次ですら雪国という大きなハンディに何の考慮もないことに怒りさえ感じた。11日(日)に試験が終わり鯖江へ戻るとき,大雪になり交通機関は麻痺状態,結局,大学から鯖江の宿舎までの約13kmを歩き通す。4〜5時間かかってやっとたどり着いた宿舎には,「宿舎の除雪作業に出られなかったので,ペナルティとして屋上の除雪を4時間やるように」と書かれた紙がドアに貼り付けてあった。情けなくなってその日,酒をあおるようにのみ泥酔した。1月17日,福井市の積雪は194cmになった。教育学部屋上の雪下ろしも実施された。雪下ろしをしながらどうせなら2mこえろと何人かが口にした。やけくそだった。この大雪を56(ごう・ろく)豪雪という,38(さん・ぱち)豪雪以来の大雪で,その後,これをこえる雪はない。そして,たいていの雪に驚かなくなった。
 私にとっては豪雪は大きな転機であった。それまで,てみ子に良い職場が有れば家族全員で福井に移るつもりだったが,この雪の中を高齢の母が生活すること,また私たちも歳をとってからの生活は無理だと思えた。単身赴任のままで良いと決めてしまった。そして,茨木で家を買うことになった。今の豊原町の家である。2月に契約し,4月11日に,住み慣れた元町の借家から引っ越した。引っ越しの日,阪大から夏原君,渋谷君,三島君が,福井大の教え子の南さんも,また妹の旦那の成沢君や保健婦の柾木さん,母の知り合いの宮崎さんなどが手伝いに来てくれた。賑やかな引っ越しであった。当時は仲間の引っ越しは手伝って当たり前だった。それだけみんな若く金がなかったのかもしれない。懐かしい。今は学生の引っ越しまでプロに頼んでいる。時代の差か。

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達志の思い出5 投稿者:中島正志  投稿日: 8月10日(土)12時14分58秒

昭和55年(達志4歳)
 4月3日から行きたくて行きたくてたまらなかった保育所にかよいだした。毎日,母と大智を迎えに行っていたので,初日,連絡ノートに先生が「勝手しったる庭で・・・園庭で走りまわっていました。でもお兄ちゃんの方が良いらしく,いないなーと思うとお兄ちゃんのお部屋で遊んでいます」と書いてくれました。あれだけ楽しみにしていた保育所ですがなれない集団生活,とくに昼寝はいやだったらしく,4月の初めは保育所へ行くのを嫌がったようです。連絡ノートのてみ子と保母さんのやりとりにその様子が克明に書かれています。私はこの時すでに福井に赴任していたので,朝の様子を知らないことと,大智の時は1年間ほとんど毎朝,大泣きしているのをなんとかなだめながら私が保育所に連れて行ったイメージが強く,達志が嫌がった記憶はなかったのです。
 家での誕生会,ケーキがあったのでクリスマスと同じだと思い,クリスマスツリーをだせとせがみ,大笑いさせてくれました。6月,いつもは母と達志が福井へ来てくれていたのですが,珍しく大智が福井で達志が残りました。私の都合で母と大智は2週間も福井にいました。朝晩,達志は大智と電話でいろいろ話をしたようです。てみ子はこの時,「一緒にいるとケンカばかりしているのに,離れると恋しくなるのですね」と連絡ノートに書いています。大智を連れて帰った日,とても仲良く遊び,翌朝はもうケンカ・・・・・,だったようです。この年,福井で初海水浴,冷夏で私の妹一家と越前海岸に遊びに行ったときは,8月なのに涼しすぎて,長くは海に入っておれなかった。保育所ではプール遊びが大好きになっていました。
 9月,補助輪のある自転車では物足りなくなったらしく,隙をねらって兄の自転車を持ち出し,茨木神社の境内で一人で一所懸命に練習していたようで,19日に何とか乗れるようになりました。保母さんが,「達ちゃん自転車乗れるの?」「ウン,コマナシやで!」「練習したん?」「ウン!」と得意絶頂の達志の様子を書いてくれています。
 9月の連休に,乗鞍岳へ,もちろんスカイラインでドライブ。熊牧場やはじまりかけた紅葉の美しさが記憶に残るドライブでした。箕面公園の川での魚取り,西河原公園の大滑り台への挑戦,保育所でのケンカ,ぐんぐん成長していくのが目に見える歳でした。「気が弱そうに見えるけど,とっても頑張りやさんなんですね。保育所でも,何でもちゃんとできないと,嫌らしくて,頑張っていますよ。運動面でも,今日みたいな絵や製作でも,はっきり理解したり,できたりするまで,ききにきたり,練習したりする努力をするんです。この気持ちいつまでも続かせてあげたいですね。」と保母さん。
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ご心配いただき申し訳ありません 投稿者:中島正志  投稿日: 8月 6日(火)10時05分16秒
 母についてよけいなことを書いてしまい,皆様にご心配をおかけし申し訳ありません。昨日は,啓子&有喜江たちがきてくれ,喜んで食事もすすんだようです。電話では元気な声をだしていました。どうもありがとう。

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ウバユリが咲き出した 投稿者:中島正志  投稿日: 8月 4日(日)17時34分38秒

 2つの朝市をまわり,湧き水を汲み,箕面の清水谷。先週満開だったキツネノカミソリ,ハグロソウは終わりに近づき,替わってウバユリ,マネキグサが咲き出した。ゲンノショウコは1つだけみつけた。ハギ,ヌスビトハギ,ミズヒキ,キンミズヒキ,ダイコンソウなどやはり楽しいコースですが,私の体力は普段の三分の一以下の距離で疲れてしまいます。それでも好きなことをしていると痒みを忘れているのでかってなものです。
 母がかなり弱っているのが頭痛のたね。成るようにしか成らないのだと居直っています。
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Kayokoちゃんへ 投稿者:中島正志  投稿日: 8月 3日(土)21時40分58秒

 大阪での研修,ご苦労様。昨晩,電話をくれた時,我が家は実はパニック状態でした。福井から戻ってすぐ,てみ子は仕事でなかなか帰れそうにない,母は寝ているが食事をした気配がない。そこで食事をとらせようと起こすと,布団から立ち上がるときに倒れ込んでしまった。たまにあることなので,できるだけ自力で立ち上がらせようとしていたときにKayokoちゃんから電話。電話の間ついに立ち上がれず,見かねて電話を切りました。ごめんなさい。
 母は昨日の昼食後,入れ歯を見失い,探し疲れ,自分で歯医者に行くなどで体力を使い果たしていたらしい。電話の後,私が入れ歯を探し出し,食事をさせました。その直後,てみ子が帰ってきました。達志死後の母の体力の衰えは著しく,私たちは覚悟はしているもののパニックになることもあります。今日は,安定していました。昼と夜,缶麦酒を1本づつ,美味しそうに飲みました。ビールを飲んでくれている間は,大丈夫と無理矢理おもうことにしています。
 とまあ,こんな状態でろくな応対が出来ずにごめんなさい。
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暑いです 投稿者:中島正志  投稿日: 8月 1日(木)14時44分00秒

 昨日から暑くて,汗が噴き出し,痒くて痛くて仕事になりません。達志が生きていたら今頃は地獄の苦しみで,周りの家族も大変だったろうな・・・。と,医者に18%皮膚を剥がれただけで,この辛さを味わされるのだからと達志を思います。てみ子やJF君やMH君に薬を塗らせたり,そっと掻いて貰ったりと,私も周囲に迷惑ばかりかけています。早く夏が過ぎ去ることを祈るのみ。

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四十九日法要2 投稿者:中島正志  投稿日: 7月30日(火)10時58分55秒

 仏教徒は49日かかって浄土にたどり着く。その間を中陰といい最終日を満中陰という。この法事に地域によって色々な慣習があり,淡路島ではたくさんのおにぎりをつくって,坂道をころばす。鬼がおにぎりを拾うのに夢中になっている間に,浄土に駆け込むためという。大阪では下にてみ子が書いた傘モチ。
 朝から法事の準備に追われ,狭い家に入りきれないほど来てくださった方々と共に1時間たっぷりの読経をきき,その後,会食,後かたづけ,ご近所への御礼の挨拶。さすがに疲れました。
 まだ達志への思いを断ち切ることはできません。妻と二人になると,悔しくてどちらかが泣き出しそうになります。その繰り返しです。達志さえ生きていたら,長男夫妻とも本当に仲の良い一家になれたのにと・・・。啓子は達志の仏壇をこれからずっと守するつもりのようです。親としては嬉しいけれど,まだ若いのにと・・・,不憫です。
 お世話になった皆様に御礼を述べるべきなのにまだ無理です。お許し下さい。
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四十九日法要,無事に終えました。 投稿者:中島てみ子  投稿日: 7月30日(火)00時03分07秒

  昨日は枚方で38.3℃とのこと,お墓は石ばかりなので照り返しもあって猛暑そのもの。夫はたちまち日焼けしてしまって帰ってみると腕が真っ赤になっていた。そして今日四十九日法要もクーラー全開大にしても涼しくならない程暑かった。啓子さんの新しい仏壇の入魂式に続いて四十九日の法要の読経でお坊さんは汗が滝のように流れていました。2日間ろうそくの火と線香の煙と暑い物ばかりの中で激しい読経,本当にありがとうございました。会社からも来ていただきました。 あの世に無事についた事と思います。傘餅と言う7個の丸い餅をつないだ花形の平たい餅を7段重ねた上に傘様の餅をのせたものを仏壇に供えました。49個の餅を食べながらあの世にたどり着くのだそうです。このあたりの風習であることをお坊さんが説明してくださいました。この続きは夫が書くと思います。さすがに今日は疲れて書く元気がなく寝てしまいましたが夫の仕事を残しておきます。

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達志の遺骨の一部,墓へ納める 投稿者:中島正志  投稿日: 7月29日(月)03時09分59秒

 満中陰の前日,平成14年7月28日午前11時,盛夏らしく汗が吹き出す中,墓前で成就寺さんがまず読経。その後,あらかじめ成就寺さんによってお経が書かれた白いサラシでつくった袋と,しばらくは啓子の家に置いておくための小さな骨壺へ,48日間祭壇の上に保管されていた大きな骨壺から出席者全員の手で分骨。サラシの袋に容れられた達志の骨を墓に納める。再度,成就寺さんの読経,その間に全員が焼香し約30分間の今日の行事が終了。出席者は啓子,隆一,達志&啓子のそれぞれの両親,達志の兄夫婦,啓子の姉とその子2人。
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達志の思い出4 投稿者:中島正志  投稿日: 7月27日(土)18時17分33秒

 昭和53年(達志2歳),私にとっては忙しい年だった。大阪大学では超高圧実験施設の助手としての仕事(主に「ダイヤモンドの焼結」というテーマでの研究)と,大学院の時代からの古地磁気研究の両方を,いまから思えば素晴らしい仲間にめぐまれて一生懸命やっていた。そして,後者の研究としてスエーデンとの国際協力研究のプロジェクトが認められスエーデンに川井直人先生と出かけることになっていた。その出発の時期に,福井大学へ助教授として採用されることが決まった。スエーデンは来年でも行けると考えこの年は辞退した。しかし翌年,スエーデンと英国へ一緒にでかける予定だった川井先生に死なれてしまった(昭和53年7月3日,享年58歳)。そのショックから立ち直れず,結局,翌年も辞退し変わりに金沢大学の藤則雄先生に行って貰った。
 福井大学へはとりあえず単身赴任した(色々な事情から今も単身)。鯖江市にある公務員宿舎に入れた。以来,普通は月に2回,土日に茨木に帰り月曜日の早朝に福井へという生活を続ける。子ども達の幼い頃は2ヶ月に1度ぐらいのペースで,てみ子が子ども達をつれて鯖江に来てくれた。母もたまに1週間の予定で鯖江にきてくれた。その時は保育園に通う前の達志を連れてきた。宿舎の前はまだ広場で遊び場所には恵まれていた(現在は駐車場)。達志は,同じ宿舎におられた工学部の先生の子ども(たぶん,礼文(レイモン)君)や近所の子ども達とも仲良く遊んだ。その子達を家に連れてくることもあった。福井弁にも興味を示しさらっとマネをしていた。東尋坊,越前海岸の水仙,奥越の紅葉,足羽山の紫陽花,三里浜のラッキョと,34歳になって初めて茨木を離れて生活することになった福井県の自然が気に入って,家族と共に福井県のいろいろな場所に出かけた。大阪と比べると土地に余裕が有るためか子ども達が喜んで遊ぶ公園もゆったりしていた。福井市の運動公園(機関車の実物,大きな滑り台,池に浮かべられたいかだ等がお気に入りだった),足羽山(桜の名所,今はいないが当時はサルなどがいた),三国の海浜公園(アスレチック),和泉村の国民休暇村(アスレチック,プール)と,家で毎日子ども達と遊べなくなった分,よけいに連れ歩いた。
 大阪ではめったに経験できない積雪はさすがに大喜びであった。雪だるま,雪合戦,プラスチック製の子供用のソリとはしゃぎ廻っていた。福井の雪は水分が多い所謂べた雪であり,宿舎に帰ってくるとずぶぬれになっていた。
 大雪の中,長距離のドライブは結構緊張する。吹雪くと前が全く見えずただ前の車のテールランプだけが頼りの心細い思いをしている時でさえ,達志は雪だ雪だと喜んだ。
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粗供養 投稿者:中島正志  投稿日: 7月25日(木)07時16分38秒

 先の日曜日,49日の法事のお供えを買いに出かけた。私たちからの供養として塩昆布の詰め合わせを選び,粗供養としての包装を頼むと,法事に昆布は,「喜ぶ」というふうに受け取られるので普通は使わないが?と注意された。私はかまわないと答えたが,妻は聞いてしまうとできないというので品物を替えた。昆布以外に駄目なものはあるのかと尋ねると,昆布だけだという。(ちなみに,辞書には供養という言葉は載っていますが粗供養はなし。)
 この話を,わたしの友人の学部長で僧侶でもあるU氏にすると,U氏は供養に塩昆布をよく使うという。加工していない昆布そのものは慶事にしか使わないが,加工したものは関係ないという。まあことほどさように法事に関する「タブー」「慣習」は煩わしい。
 初盆も日蓮宗のある僧侶は100日の法事が終わってからだという,しかし成就寺さんは49日が終わればよいと言う。それで達志の初盆は,忌明け直後の今年になる。
 香典を頂いた方が600名以上,この名簿整理,忌明けの香典返しの手配などなかなか大変でした。これは福井県の「通夜・葬式で,香典を受け取ると同時に商品券を返して香典返しはなし」という慣習のほうが遙かに楽だなと実感。下の掲示板で妻にぼやかれましたが,イライラの大きな原因の1つは,この名簿整理と業者とのやりとりでした。
 忌明けの挨拶状,「薄墨で・・・」という常識にとらわれ自分では無理だと判断し,業者に任せました。しかし,ありきたりの文章に,喪主の啓子さんの名前を入れるだけ。こんなもの誰も読まないと思うと,薄墨で形式は整えられなくとも,自分の言葉で書いた挨拶状にすべきであったと後悔。
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(無題) 投稿者:中島てみ子  投稿日: 7月24日(水)22時15分29秒

 今日は天神祭らしい。午後から本庁で会議だったので地下鉄の広告をみて知ったが大阪の暑さはこのころがピークである。帰りの地下鉄は,うちわを持った乗客が多く南森町で降りる人も多かった。昼間の大阪駅は熱風でまるで東南アジアの亜熱帯並である。
 夫の皮膚は,想像を絶する。水泡が出来てはつぶれ,いつまでたっても良くならない。痒みがひどく皮膚はぼこぼこ,肥厚していて掻くとますます固くなっていく。汗をかいて何枚もシャツを替える。掻かない方がいいよと言っては怒られる。何か言うとケンカになるからもう黙るしか仕方がない。それでも金曜日に2時間かかって車で帰って来て疲れているのに痒みで眠れずイライラしている。私も1日も休まず仕事をしているので休日は家事などで忙しくあまり相手をしていられない。暑さと仕事と49日の忌明けの準備でたまったもんじゃない。夫の方が処理能力は抜群だがこちらは家事をこなしながらあれこれ指示されて本当にたいへんである。よく眠れる分だけ夫に恨まれるのでもうたいへんです。早く涼しくなってほしい毎日です。
 啓子さんが実家のおかあさんと墓の掃除をしておきますとメールをくれた。本当にこの暑い中ありがたいです。28日はお墓に分骨するためお寺さんに来てもらい29日が49日の法要です。
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もう治療は打つ手無し 投稿者:中島正志  投稿日: 7月23日(火)07時44分47秒

 外来受診。痒みを訴えるが,かゆみ止めの薬を増やすだけ。その薬は全く効かないと言ったのにいつもの倍量をくれた。次回の予約受診は8月26日。ということは,もう医者としてはすることなし,ということかと少し腹立たしい。結局は,自然の治癒力に期待するのみ,という段階にきたらしい,と自分で自分を叱咤激励。
 てみ子は昨日はご機嫌が悪かったのか,医者にこう言え,ああ言えといろいろ私に要求する。何でも質問しないと教えてくれない医者だから,尋ねるのは賛成だけれど,覚えきれないので質問事項を書き出しておくように頼みました。
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カリガネソウが咲いていた 投稿者:中島正志  投稿日: 7月21日(日)07時59分18秒

 昨日,てみ子と何ヶ月ぶりに箕面・清水谷を少し歩く。なんとカリガネソウが咲いていました。今年は開花時期が早い方にずれているとはいえ早すぎると吃驚。キツリフネ,キンミズヒキ,モミジガサ,ハグロソウなど楽しかったのですが,春にあった谷川の改修工事で道に砂利がまかれていたのが心配です。もうすぐゲンノショウコ,キンミズヒキなど色々の花が所狭しと咲き乱れる時期がくるのに,この砂利ではキットその光景はつぶされたのでしょうね。営林所というのは野の草花は気にもかけないらしい。
 体力はやはりかなり落ちている。いつもの三分の一の距離で引き返す。

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達志の思い出3 投稿者:中島正志  投稿日: 7月21日(日)07時36分29秒

(「中島達志の生涯」と題して書き出したが,「生涯」というよりむしろ「思い出」ぐらいのものしか書けそうにないので,「達志の思い出」と改題します。) 
 達志が歩き始める前の写真を見ると背が赤い布のバギー車が目に付く。達志が乗りその両横に大智と紀代ちゃんがいる光景をすぐ思いだす。このバギー車はどこへ行くときも持ち運んだものだと懐かしい。
 ハイハイをせずにいきなり歩き出す子どもが増えたと聴いたことがあるが、息子達は歩き出す前に、ちゃんとハイハイをして動き回っていた。歩けるようになると,大智も達志も茨木神社の本殿前の階段を何回も得意げに往復した。おしめでふくらんだお尻がモガモガと動いていた光景がやけに目に焼き付いている。飽きると石の狛犬さんの背にまたがって一騒ぎしそれから,旧茨木川の堤防に出る。ここはモミジ並木が綺麗なところで,私が子どもの頃に木登りで遊んだ枝が残っていて,その枝にまたがらせたりした。六軒町橋の近くにはブランコ,シーソーや滑り台などを備えた幼児のための小さな公園があり,そこでもよく遊ばせた。その公園で遊んでいる他の子ども達と比べると,兄弟揃っているという強みからか息子達は元気がよかった。それでも,大智はちょっと用心深いところがあり,なんでも初体験の時には若干ためらいがちに手を出した。しかし,達志は兄の仕草をみていて自分もやりたくてたまらないことが多いため,ためらうことなくすぐに手をだした。兄と弟というのはこんなところでさえ違いがでてくるものなのかと面白かった。
 もう少し大きくなると,母が達志を家の外に連れ出す範囲はさらに広がった。中央公園の端にあり子ども達に交通ルールを教えるためにつくられた公園(私達は汽車公園と呼んでいた)で遊ばせ,市民会館の中で休憩し,売店でアイスクリームなどを買い与え,さらに消防署まで連れて行き消防自動車をみせるなど,今から思えば大変な距離を母は毎日良く連れ歩いてくれたものだと感謝する。
 大智は,達志が生まれた年の4月から私立橘保育園に入れた。1年間は橘保育園でお世話になり2年目から茨木市立中央保育園に移った。大智が保育園に行っている間,達志は母が世話してくれていた。そのころ気に入っていた赤い大きな自動車の玩具(コンビカー)があった。ハンドルがあり自分の足で地面を蹴って前に進む。最初は家の中、慣れてくると茨木神社や中央公園で動きまわった。何歳の頃であったか正確な記憶はないが,達志が保育園に通い出す前,一人で茨木神社にコンビカーをもって遊びに行けるようになっていたころ,家から神社まで約50mほどの距離の一般道路では絶対にコンビカーに乗ってはいけないと,母からきつく注意されていた。たまたまその約束を破って一般道路で気持ちよさそうにコンビカーを走らせている達志に出くわした。その瞬間の吃驚した表情と,すぐ「おばあに言うなよ!」と私に口止めの脅迫をした達志を忘れられない。達志にとっては親よりも祖母の方が身近で怖い存在だったのである。
 同じ頃,行方不明事件があった。母が大智を迎えに行こうと達志を探したがみあたらない。思い当たるところすべて探してもみあたらず,母は心配でたまらなかったがとりあえず大智を迎えに行ってからと,中央保育園にでかけた。なんと達志は保育園で遊んでいた。達志にすれば,家に帰ったのにおばあちゃんが見あたらない。きっと保育園だと考え,おばあちゃんを迎えに行ったらしい。活発なのはありがたいのだが,幼い頃から大人の意表をつく行動が多く心配ばかりしてきたように思う。

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3日も眠れない日が続くことはない・・・ 投稿者:中島正志  投稿日: 7月17日(水)07時15分03秒

 痒くて眠れないとはいえ,3日も続くことはない。3日目になると流石に疲れて眠ります。というわけであせることもないと,眠れないときは起きていることにします。
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35日 投稿者:中島正志  投稿日: 7月15日(月)21時01分31秒

 5七日、いわゆる三五日。最近は三五日で忌明けとする家が七割以上らしい。成就寺の若い住職さんはそれは間違いだという。宗教心が薄かった私には判断する基準はないが、成就寺さんに任せた以上は彼の言うことは出来る限り受け入れていこうと思う。三五日の関所は閻魔さんらしい、達志はどんな受け答えをしたのだろう。親ばかはそんなことまで心配です。
 日本史のH教授が、葬儀のお経を聴いて、同じ日蓮宗でもお経の読み方が違うと感じたと話してくれた。日蓮の弟子の....(達志)が、閻魔さんの関所を通るというような意味のお経の部分を、肩肘張って大声で読み上げるのをこれまで聴いていたが、成就寺さんは優しくさらっと読み上げておられたそうです。
 数学のD教授は、若い頃、生とは何かに興味を持ち、お経をいろいろ読みあさったそうです。その彼は、告別式であげていたお経は、。。。のどこどこで、お経でも最もすばらしいところだと教えてくれた。
 彼らの博識に頭が下がる。今日は必死に、住職についてお経を読んだ。なんとなく意味がわかるところもあり、すがすがしい気分になった。お経も、せめて日蓮宗関係のものだけでもちゃんと読んでみたいなと思う。
 今日は、啓子、有喜江と三人で三五日のお経をきいた。四九日が終わるまで、たぶん月曜は、病院と法要で大学は休みます。

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対処療法 投稿者:中島正志  投稿日: 7月11日(木)06時46分02秒

 リザベンが効いたためか,たまたまそうなる時期にきたのか,ごく一部だが膝の皮膚に本来の皮膚らしいものが増えた。となるとリザベンを全く止めてしまうのはもったいない。1日3回は怖いので先ず1回は飲み続けてみようと思う。水分をいっぱい取りながら。
 膝は,動いたときせっかくできかけた皮が突っ張ってやぶれたり,ズボンでこすられたりでなかなか思うように回復しない。いつまでも直らないので思い切ってガーゼをあてるのを止めたいと医者に提案するとそうしろという。そうすると皮のなかった部分は早く乾燥するのだが,他の部分に水泡がいっぱいできた。これはダメだと,またガーゼをあて,テープでとめるとテープ負けするので市販のメッシュのサポーターで押さえた。いまのところ,この方法が一番良さそうだ。
 背中はだいぶ治ってきたが痒くてたまらない。もともと気休め程度の効果しかなかった痒み止めの薬は全く効かなくなった。冷やすしかない。てみ子や藤井さんがいろいろ試してくれ,今はパンストに保冷剤を並べ,背中にくくりつけている。
 全部,対処療法,しかも医者や看護婦はまったく関係なし。彼らは頭を使わない。
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リザベン 投稿者:中島正志  投稿日: 7月 9日(火)18時47分38秒

 皮膚の赤みを薄めていく薬,食後に毎日3回1錠づつ飲む。痒み止めの成分も入っていると言うことで期待していた。しかし,「まれに膀胱炎になる人があるので,その時はやめなさい。」のまれににあてはまったようです。まだ2回しか飲んでいないのに,膀胱炎的な刺激がある,小便はまだちゃんとでていえるのですが,気持ちが悪いので飲むのは中止。
 どうも,なにをやってもついていないようです。しばらくは安静でじっとしていたい気分ですが,7月はたまった講義でそうもいっておられない。富山大学の集中講義だけは,後期に延期して貰った。迷惑をかけてすみません,広岡さん。
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4七日 投稿者:中島正志  投稿日: 7月 8日(月)21時06分38秒

 今日は達志の4七日。成就寺さんに七日ごとのお経をお願いしています。関西医大の外来受診後、久しぶりに車をとばし、三〇分で達志の家に。間に合ったので啓子さんと二人でお経を聴きました。その後、49日の予定を決め(七月二九日(月))、お骨は成就寺さんに納め永代供養をお願いすることにしました。その納骨は初盆の時で、八月一九日にお寺にでかけます。盆供養の時で他のお寺からのお坊さんも来られ特別にお経をあげていただけるそうです。
 やっと、達志に関する生々しい思いを伴う重要なことについて、お寺さんとどうにか事務的に打ち合わせられるようになりました。
 私の皮膚は一進一退で完治はいつになることやら。昨晩はイライラが頂点に達し、我が家の婦長さんと大げんか、久しぶりに翌日も持続していました。

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(無題) 投稿者:Y・M  投稿日: 7月 6日(土)17時43分44秒

 達志君の生涯読ませていただきました。明るく、立派な青年を・・悔しい気持ちはなかなか癒えなく、つらい気持ちの毎日と思います。
お忙しく、お疲れのところ、明日はお手数をおかけします。よろしくお願いいたします。
                                  H14・7.6
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達志の生涯 2 投稿者:中島正志  投稿日: 7月 6日(土)00時10分27秒

 私のホンダ・シビックの運転練習コースは箕面国定公園のドライブウエイだった(今は草花の季節の移り変わりを楽しみながらゆっくり走るコースを、カーブが続く山道を、ただひたすらブレーキをなるべく踏まないで素早く通過する“上手な運転”を意識した初心者らしい運転だった)。毎晩のように大智と達志を乗せドライブに出た。元町の家から約1時間のコース。てみ子が忙しくてつきあえないときは達志を運転中の私の膝の上に載せた。今思えば危険な事を平気でしていた。先日、啓子さんにその話をすると、達志も隆一君を膝に乗せ同じ事をしていたらしい。達志は私の悪いところを全て引き継いでいるとよくてみ子がぼやいたが、なぜか納得する親子の習性である。
 一歳の誕生日を迎える直前の5月のゴールデンウイークに島根県の松江に旅行した。当時博士課程の学生だった野津君が実家のある松江で車を買った。奥さんの八重子さんが運転するのだが松江から大阪へ運ぶ自信がないので、松江に観光に出かけ、その帰りに車を運転して帰るという仕事を引き受けた。経済的に余裕のない若い頃の話で、家族旅行をかねて出かけるのは嬉しかった。一家4人ででかけ、先輩で当時島根大学助教授の時枝さん(Qちゃん)の宿舎と野津君の実家に1泊ずつし、どちらでも歓待していただいた。このとき達志はQちゃんの車が珍しかったらしく、ダッシュボードを興味深くさわり回していた。例の掲示板にQ氏はそのころのことを書いてくれている。初めての大山ドライブなど結構印象に残る旅だった。
 この前後よくドライブにでかけている。その年の1月2日に奈良、2月20日に枚岡梅林、3月20、21日は従姉妹の寛子ちゃんが生まれたのでお祝いに富田林によってから、三重県伊賀上野から御在所へ、このときロープウエイの待合いで達志のおしめを替えている写真が残っていて、よくこのドライブを思い出す。4月3日は琵琶湖(サクラを見に行ったのにまだで、帰ってくると茨木の中央公園が満開で琵琶湖よりはるかにきれいだった)、6月5日には東条湖と、まったく幼子をよく連れ出したものだ。達志に、親が勝手に自分らの好きなところへ行っただけで、全く覚えていないと言われたことがある。その通りかも知れないなと思う。
 元町の借家は、町中にあり風呂がなかった。銭湯の「稲荷湯」がすぐ近くにあった。子どもが小さい頃、なるべくきれいな湯に入れたいので、比較的時間の自由がきく私が銭湯が開く4時に家に戻り、大智と達志を風呂に連れて行く事が多かった。風呂に入れてから大学に戻った。この時間の銭湯は開くのを待ちかまえているお年寄りがほとんどだった。男風呂では子どもが少ないためか、二人はいつも人気者だった。風呂を上がると毎日そのお年寄り達がジュースやアイスクリームを買い与えてくれた。子ども達はそれも楽しみで風呂が大好きだった。銭湯育ちは人見知りをしないというがその通りであった。
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(無題) 投稿者:s  投稿日: 7月 3日(水)22時28分05秒

 ご家族の皆様には、まだまだつらい毎日をお過ごしのことと思います。婦長さんも、風邪がなかなかすっきりされないようで、心配です。お心もお身体も、本当はもっともっと休息を必要とされているのだと思います。それでも、時は流れ、生きている人間は、日常の生活に戻っていくしかないのですね。どうかくれぐれも、ご家族の皆様、お体を大切になさってください・・・ご主人の医療従事者への要望、その中にいる者として、しっかり胸にとめておきます。達志さんの生涯を読ませていただいて、あらためて、大切に愛情いっぱいにそだてられたのだなあ・・・と感じています。
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To Mariko-san 投稿者:中島正志  投稿日: 7月 3日(水)07時51分44秒

Dear Mariko-san,
  Many thanks for your kind letter of sympathy.
  Reading your letter from America, we were very glad to know your kind consideration.
  For us, Tatsushi was the dearest and best of young men, and the void left in our life is indeed most terrible to bear. However, we are doing our best to be well again as soon as possible, so as not to make our and your families feel sorry.

              Yours sincerely,
                  Tadashi and Temiko

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達志の生涯−その1 投稿者:中島正志  投稿日: 7月 1日(月)18時25分35秒

昭和51年(1976年)5月10日(火)午後5時11分
 中島正志(当時32才)・てみ子(28才)の次男として生まれる。血液型はてみ子と同じO型,体重は2400gしかなく未熟児だった。誕生直後の14日(金)に,叔父・藤本省吾(母・はまの兄)が急死した。藤本家の長男・隆君の結婚式のはずの16日(日)が葬式になり,私(正志)と母(はま)が三重県津市まで出かけねばならなくなり,誕生後わずか5日目に堀内産院をでて茨木市元町の自宅にもどる。叔父の急死は,今から思えば波乱に満ちた達志の人生を予感させる悲しい出来事であった。
 辰年生まれであることからその読みが同じ達,この字は亡父の戒名・智達院からとった。そして,正志から志をとり達志と名付けた。元気な子でタッちゃんと呼ばれ皆に愛されたが,あだち充の人気漫画「タッチ」のせいか「達也」だと思っている人も多かった。
 当時,正志は大阪大学基礎工学部の助手,てみ子が吹田保健所摂津支所で保健婦として勤務していた。母(はま)はこれからしばらくは,長男・大智と私の妹の長女・紀代,そして達志が生まれたことで3人の幼子の面倒をみることになる。元町の家は借家だったが私が生まれ育った家であった。市役所,図書館,消防署などが建ち並ぶ茨木市の中心街に近く,茨木神社の境内や中央公園,旧茨木川につくられた遊歩道などが子ども達の絶好の遊び場であった。夕食後,達志が眠る前,毎日のようにダッコして茨木神社につれだし,茨木神社の神々に元気で健やかに賢い子に育つよう祈ったものだった。眠ったと思って家に連れて帰るとまた泣き出す。そんな平凡なことの繰り返しの日々が今無性に懐かしい。出来ることなら昔に戻りたいと涙がでてくる。
これまで正志はバイクで通勤していたが,子どもが二人になったことから家族で出かけることなどを考え,運転免許をとり7月に初めての自家用車(ホンダ・シビック)を中古で購入した。茨木市の中心地で駐車場がなく,暑い盛り産後の体調があまり良くないとき駐車場探しで苦労したことをてみ子は後々まで私によく愚痴った。
 未熟児として生まれたにもかかわらず毎日よく牛乳を飲んだためかすくすくと大きく育った。大智と達志はよく牛乳を飲んだ。家族で旅行したとき,特に田舎に出かけたときなどはその日の牛乳の確保が大変だった。また昔は今のように新年早々から開店しているスーパーがなかったため,正月休みの間の牛乳確保は我が家の大問題であった。牛乳で思い出すのは,たった1度だが幼い大智と達志を大阪大学の研究室に連れて行き,私の恩師・故川井直人教授にあわせたことがあった。その時,先生は二人に「牛乳をいっぱい飲んで大きい賢い子になりなさい」と頭をなぜながら言ってくださった。子どものなかった先生が,私に羨ましいとおっしゃったことなど,この日のことをなぜか鮮明に覚えている。
 大智は優しい顔立ちでよく女の子と間違えられた。しかし達志は,みるからにやんちゃ坊主できかん気丸出しの男の子という印象を他人に与えたようである。その印象は,達志は良く熱を出し皮膚が弱くかぶれたりするため,丸坊主頭にしていたからだと親は思う。後には双子と間違われることの多い二人の顔立ちにそんな違いがあったとは思えない。

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(無題) 投稿者:中島正志  投稿日: 7月 1日(月)18時17分45秒

 まだ時折,弔問に訪れてくださる方がいる。ありがたいことです。昨日は,米国在住のいとこのT君がきてくれた。仕事で日本への出張の終わりによってくれた。私たちの山野草観察の拠点でもある箕面国定公園を案内し,入院中の季節の変化を,あらためて実感した。
 大学へは卒業生の誰かが毎日,顔をだしてくれる。今日はH君とM君。Mくんは見舞いや葬儀など何度も大阪まできてくれている。お母さんや奥さんがそれぞれ大きな病気を抱えている時にと思うと申し訳なくて涙が出てくる。

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みなさん頑張られましたね 投稿者:いっちゃん  投稿日: 7月 1日(月)10時45分34秒

達志さんのご冥福を申しあげます。啓子さんの友人の木村です。何も言葉に出来ませんが、みなさんお疲れがでぬようお身体を大事になさって下さい。最後に啓子さん、幸せな家族でよかったね。

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掲示板を読ませて頂いて・・・・・ 投稿者:奥田 恵子  投稿日: 6月28日(金)11時48分45秒

初めに「達志君のご冥福を心よりお祈り申し上げます」てみ子さんも大切なお仕事が気になり休む間なくご出勤なされたご様子、お元気なので安堵は致しますが、自分自身の健康にも気を配って下さい。私も何回か入院致しました、ご主人の言われる通り、医療に感しての疑問は多々ございました。もう早くこの場から逃れたい気持ちがした事でした。しかし言いたい気持ちが口に出せませんでした。今はもう年かな〜と思う今日この頃です。どうぞご自愛下さいませ。

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感謝 投稿者:中島正志  投稿日: 6月28日(金)10時10分50秒

 まだ毎日30人以上の方に訪問していただいています。ありがたく感謝します。
 しばらく新しい書き込みは止めるつもりです。これから,「達志の思いで]を書くことに専心しようと思います。1ヶ月後ぐらいに完成さすつもりです。そのときはこのHPに載せたいと思っています。またそのころ覗いてください。

 私の方は火曜日から大学に復帰し,無事今日までなんとかやってこれました。今晩は茨木に帰ります。皆様にご心配をおかけしたことを申し訳なく思っています。

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医療関係者への要望 投稿者:中島正志  投稿日: 6月28日(金)10時01分30秒


 余計なことは書くまいと押さえてはいるのですが,身体が痒くなると医療関係者への不満を書きたくなります。もちろん全体としては親切で適切な処置をしてくれた医者や看護婦さん達には感謝しています。その上での要望です。

1.医者への要望
 何でもきちんと患者に説明して欲しい。多数の検査が実施されたが,ただの1回もその検査結果につての報告(解説)がない。せめて「何も悪い数値はなかった」という一言でもよいから教えて欲しいものです。
 検査の数値だけに頼らず,患者の訴えや患者の様子から病因を推測できる実力を養ってください。検査結果でしか判断できない医者はバカだと思います。特に若い医者は,自分では何も判断できないようです。医学者は丁稚奉公的な教育を受けているためだろうと推測しますが,研究者としては失格です。

2.看護婦への要望
 体温,血圧測定などのルーチンの仕事だけでよしとせず,患者の様子をよく観察し適切な看護をしてください。汗をかいているからと,さっと体を拭いてくれ,新しい寝間着を出してくれただけでどれほど嬉しかったか。それを39℃にも発熱している時に,教授回診に備え,早くから裸にさせ,立った方が先生によくみえると言ったドウしようもない看護婦がいた。さすがに怒鳴りつけてしまったが,看護婦は患者のその日の状態を把握した上で患者に接して欲しいものです。
 それと,忙しくて勉強不足なのは同情できるが,私とてみ子に「医療保険ぐらいは入っておられるでしょうから,これを機会に個室でゆっくり休養すると考えられたら」といった小賢しい婦長がいた。皮膚提供者(ドナー)は,故意に身体を傷つけたと判断されるためか保険は効かないのです。医療関係者はそれぐらいの知識はもっていて,ドナーにきちんと最初に説明すべきです。

3.病院事務
 患者は病院事務の流れなど説明を受けないと分かりません。次はどうすれば良いのかきちんとその都度説明してください。先日外来受診の際,最後の会計で,2回も問い合わせ1時間も待たされたあげく,今日は支払いはないということでした。全く不愉快でした。

 最後に医療関係者各自がバラバラでかってに患者に接してきます。その日の治療計画をきちんと相談して無理のない時間の中で,治療して欲しいと何度も思いました。点滴注射で身動きできないときに,さあガーゼ交換です,血圧を測ります,第2外科の受診の時間ですとテンでバラバラにやってきます。どうしろというのだとその都度腹だたしかった。

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(無題) 投稿者:中島てみ子  投稿日: 6月25日(火)07時58分02秒

昨日から保健所へ出勤しました。5月の事故直後から、保健所の事務監査、委員監査を控えての調整、保健所保健計画、中核市保健所移管の為の事業のまとめや会議、等々。とても忙しい時にご迷惑をかけてしまいました。特にT課長、M主査、私のカバーばかりで大変だったと思います。書類等も整理し机の上もきれいにしていただきました。皆さん本当に有難うございました。
また、保健総括業務連絡会の新年度スタート早々から役員さんに全部をお任せすることになりました。7月からは少し役が果たせるように。熱っぽく大阪の保健師業務の今後のあり方について議論していくことや活動のまとめを残すことが元来のわたくしに戻ることかなと思います。そして今回の貴重な体験もどこかでいかせたらいいなーと考えています。


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がんばってください 投稿者:トムラウシ  投稿日: 6月23日(日)22時03分46秒

中島さん、退院されて、ほっとされていることと思います。
ここに来て、一言書きたかったのですが、じいさんのことなどで
バタバタしてしまいました。

中島さんの葬儀の際の言葉を読み、感動しました。
啓子さん、若いのに、しっかりと現実を見つめて
考えられているのはすばらしいです。

私が啓子さんの立場だったら、どのようにしていただろうかと
考えるのですが、ただただ、泣いてばかりなのでは、ないかと思ってしまいます。
私は、啓子さんより、勝っているのは、年の数だけでは、ないだろうかと思ってしまいました。

今回の中島家のことで、私の方が励まされて、勇気をもらいました。
達志さんのことは、悲しくつらいことでしたが、これを乗り越えてがんばってください。

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御礼 投稿者:啓子  投稿日: 6月23日(日)20時55分36秒

嫁の啓子です。これまでの皆様からの温かい励ましや応援、心から感謝しています。まだ達っちゃんが「ただいま」とひょっこり帰って来るのでは・・・という思いが消えないながらも、現実をしっかり受け止め、いつか天国で達っちゃんに会えた時に「よく頑張ったね」と言ってもらえる様、これからの人生を歩みたいと思います。お世話になった皆様方、忙しい中親身になってお手伝い頂いた会社の方々、いつも支えてくれたお義兄さん、有喜江さん、そして誰よりも辛いはずなのに、いつも嫁の私を気遣い、励まして下さったお義父さん、お義母さん。本当に有難うございました。心からお礼申し上げます。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月23日(日)00時16分10秒

婦長さんもご主人も、現実の生活に戻りつつあられるのですね。ご主人もまた、福井に戻られるのですね。婦長さんご夫婦にとっては、もうずっとそういう生活をされておられるので、離れていても心を通じ合わす術をおもちなのでしょうが、今は、寂しくつらいですね。ご家族の皆様も、それぞれの場所でそれぞれの生活に戻っていかれるのでしょうが、心身ともに無理されることなく、日々過ごされますように・・・ご家族の皆様が平穏にお過ごしになられますように・・・

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「達志の火傷」更新 投稿者:中島正志  投稿日: 6月22日(土)18時02分16秒

 HPのtopの最下行にリンクした「達志の火傷」を改訂しました。

時枝さんへ:どれだけ嬉しかったか。来年は松江にでかけます。その時思い切り酒ともつきあってください。今はなんとか家族で切り抜けます。ありがとう。

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きつね 投稿者:Q  投稿日: 6月21日(金)09時22分12秒

夜遅く、中国山地の奥地の峠越えの一本道を車で走っていたとき、一瞬、素早く移動する動物のほの白い姿がヘッドライトに照らし出されました。車に驚いて、何かが道路脇から左側の畑へ飛び込もうとしているのです。その姿は犬にしては前後にとんがっており、なによりも、紡錘形の大きいふさふさとした尻尾に特徴があります。また、犬がこんな夜更けに畑に飛び込んだりはしません。きつねです。白茶色の大きい野生のきつねです。きつねとの初めての出会いに、思いがけない儲けものをした気分になって、しばらくは、心持ちがフンワカと和みました。今まで、国内では、猿、狸にはしばしば出会ったことがあります。猪は人家の近くに頻繁に現れ、また、熊は私がやまめ釣りをしている近辺に出没することが確認されています。匹見の農家では、熊が庭の柿の樹に腰掛けて実を食べていると聞きました。しかし、私は、まだ、どちらにも出会ったことはありません。仲良しの生物の先生にきつねとの遭遇を話していると、「きつねはたくさんおるで」といくつかの体験を話してくれました。その一つを紹介します。三瓶山の高原にはキャンプ場があるのですが、ある夏の夜、水銀灯に群がる虫を捕らえて食べようとして、3匹の子きつねが草地を円く照らす明るい照明の中に姿を見せたということです。子きつねはピョンと跳んで虫を捕らえます。ちいさい体を縮めて、前足を揃え、後ろ足で蹴って飛び上がり、空中に小さい弧描いて、着地するときに、前足で虫を素早く押さえるのです。その柔らかく愛らしい跳躍を想像しただけで嬉しくなります。一度、家内と三瓶山を訪れて草原で一夜をすごし、実際に、子きつね達を自分達の目で見たいものだと話し合っています。肥満気味の私には、彼等のスマートな体型は憧れの的です。野生動物との遭遇体験があれば教えてください。

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お悔やみを申し上げます・・・ 投稿者:narukami  投稿日: 6月20日(木)23時55分56秒

しばらくご無沙汰をしていて、今久しぶりに訪問させて頂き
あまりのことにしばし呆然・・・としていました。
先日までjustの酒の会議室でお世話になっておりました。
群馬から下手な花の写真をよく強引に見て頂いていたと
言えば思い出して頂けますか?

本当に心からお悔やみを、そして御次男様のご冥福をお祈り致します。
ご両親様にはお力落としではありましょうが
お孫さんのためにもまたお嫁さんのためにも
もう少し頑張って頂かねばなりません。

こうして文字にしか現せませんが・・・

http://www3.justnet.ne.jp/~daku/
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(無題) 投稿者:M  投稿日: 6月20日(木)21時42分31秒

今日婦長さんの姿を見て、寂しい様子が伝わってきました。。
今日初めてHPに訪れたのですが、本当に大変な思いで達志さんとご家族の皆さんがともにがんばってこられたこと、痛いほど伝わってきました。
今は、はりつめてこられた気持ちと体をゆっくり休めてくださいね。。。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月19日(水)22時28分10秒

達志さんの悲報をこのホームページで知ってからはや1週間がたちました。人の心には関係なく月日は過ぎて行くのですね。私は、婦長さんのお話でしか達志さんを知りません。それでも、このホームページで達志さんの快復を願っているうち、なんだかとても身近な方になっていたようです。心にぽっかりあいてしまった空洞を、達志さんが旅立ってしまわれた今、感じています。そして、ご両親、ご兄弟、おばあさん、お嫁さん、息子さん、ご親族の方々のお寂しさ悲しみは、いかばかりかと思うと、言葉が続きません。ただ今は、無理に頑張られずに、自然な感情のままに過ごされたらいいなと、思っています・・・ご主人には、無事退院なされたそうで、よかったですね。
ご夫婦で、ゆっくりお心とお身体をお休めください。くれぐれも、無理なさらないでください。

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戦いに敗れ 投稿者:中島正志  投稿日: 6月19日(水)18時12分48秒

「奇跡を信じ戦う」と宣言し、挫けそうになる戦意を奮い立たせるためにこのHPを最大限利用しました。家族の必死の願い、皆様の暖かいご支援にもかかわらず、達志は一人遠くへ旅立っていきました。「4年後をめざして・・・・」などと簡単に気持ちを切り替えられるものではありません。時間さえ有れば達志を思います。
 運命というか、達志に取り付いた何か大きな力には結局勝てませんでした。達志もたぶんこうなることをどこかで予感していたと私には感じられる出来事が複数あります。ここで書くのはあまりに悲しいのでやめます。
 初七日も過ぎ、今は敗北を素直に受け入れ、家族全員がそれぞれの生活を立て直す努力をすべき時がきたようです。
 皆様のご厚情を私達は決してわすれません。本当に有難うございました。

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あじさい 投稿者:Q  投稿日: 6月19日(水)11時06分47秒

あじさいの季節になりました。今年は既に梅雨入りしたのに雨が少なく、各地のあじさい達は化粧の仕上用の水気不足で困っているのではないでしょうか。山間の渓流脇にひっそりと咲く天然の小振りのあじさい、人が意識的に群をなして植えた大きく色鮮やかなあじさい等、種類や経歴は違っても、ひんやりとした涼しい雰囲気、霧雨のような湿気があじさいの美しさを際だてるのに欠かせないのは事実ではないでしょうか。学生時代、神戸の六甲山をハイキングしているときに山道で見かけたあじさいは、その青い色が霧の中に溶け出してるかのように感じられ、あじさいと山と霧が渾然一体と調和して、好ましい陶酔境を作り出していました。茨城のあじさいはどうですか? 福井のあじさいはどうでしょうか? 白山にはあじさいの群生はあるのかな? 品の良い日本酒を飲みながら、部屋に生けられた花や庭に咲く花を眺めるのはいいでしょうね。自分の家ができたら、そして、いくらかでも庭のスペースが確保できたら、私達の庭には気に入った山野草を移植してみようと考えています。山野草のこと、宜しく御指導をいただきますように、お願い申し上げます。

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(無題) 投稿者:中島てみ子  投稿日: 6月19日(水)05時50分54秒

達志の通夜、告別式に参列いただいた方、また弔電や供花をいただいた方々、本当にありがとうございました。約400人以上の弔問客に見守っていただき旅立っていきました。斎場で火葬しお骨はその日の内に達志のマンションに連れて帰り安置しております。49日までの毎月曜日お坊さんに来てもらいます。啓子さんと隆一、猫、の3人家族になってしまいました。寂しさと啓子さんを励まそうと隆一がザリガネを捕ってきて家族が増えたよと言っています。
日毎に寂しさが増し、兄が持ち出してきたアルバムを見るにつけ悔しくて毎日泣いています。やらなければいけない手続きも書類集めがおっくうでなかなかはかどりません。
夫は、今日やっと退院出来ることになりました。腹部の抜糸もしていないのに葬儀を行うために動いていましたので苦痛の連続でかわいそうでした。1日も早く職場復帰できるように元気を出して頑張ります。
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つらいでしょうね。 投稿者:Q  投稿日: 6月17日(月)21時24分30秒

掲示板にある貴方のご挨拶には真情がこもっていました。貴方と奥様、ご親族の皆様にとっては、本当につらい試練でした。もはや、過去形になってしまいましたね。皆様のお気持ちを推し量ると、私でも、無限に続く茫漠とした深い悲しみの世界に閉ざされます。なかなか難しいことですが、貴方も奥様も、お体を大事にされて、この悲しみの世界からはやく抜け出して、再び、この世で生き生きとご活躍くださることを、私は願っています。自然はいつもと変わりません。山野に咲く野花はやはり清楚で美しく、風に揺れる姿を見ると、素朴で品のよい言葉で何かを語りかけてくれているような気持ちにさせられます。もしも、達志君が、今の貴方と奥様を認識できたとしたら、貴方方の誠実で善意に満ちた対応を誇りに思うことでしょう。そして、早く、快復して、再び、快活に仕事に励んで欲しいと思われることでしょう。勝手なことばかり書きました。

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葬式挨拶 投稿者:中島正志  投稿日: 6月16日(日)11時20分57秒

 達志の父親です。本日は達志のために、皆様お忙しい中、このように多数お参りいただいたことに対し、厚く御礼申し上げます。
 私達が所謂共働きだったため、達志はおばあちゃん子で、本質は気の優しい甘えん坊です。私は息子達を溺愛し、何でも好きなようにやらせてきましたが、「負けるな、逃げるな、約束は守れ」という自分の美意識を押しつけてきました。そのためもあり、何に対しても恐れず正面から向かっていく責任感の強い男に育ちました。
 府立福井高校へ入学して間もない頃、達志は停学処分を受けました。何があったのかと驚き福井県からとんで帰りました。友人の一人が多数によって袋だたきにあうところを達志が「卑怯なことをするな、やるなら1対1でやれ」とケンカの中に割って入ったそうです。家に様子を見に来られた担任からも理由説明を受けたのですが、その時も今もその行為がどうして停学に価するのか理解出来ませんでしたが、達志らしさをあらわす事件として強く印象に残っています。このように恐れを知らず、正面から立ち向かっていく責任感の強さが、今回の事故死の一因であったのではないかと、悲しくなります。もっと臆病で危険なことには決して近づかない、優しい用心深い男に育てるべきではなかったのかと悔やまれてなりません。許せ達志、と毎日泣いています。
 残された敬子・隆一はまだ若く、皆様のお力添えを今後も必要としています。皆様に従前と変わらぬご支援をお願いし私の挨拶を終わります。本当に有難うございました。

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通夜挨拶 投稿者:中島正志  投稿日: 6月16日(日)11時19分42秒

 達志の父親です。本日は達志のために、お忙しい中を、このように多数の皆様にご参りいただき、厚く感謝します。
 達志は26才の若さで、最愛の妻・啓子、長男・隆一を残して逝ってしまいました。くやしくてたまりません。
 先月の13日、仕事中の事故で、全身火だるまになり、全体の63%に達する大火傷を負ってしまいました。すぐに関西医大の救命救急センターに運ばれ、治療を受けていました。1ヶ月足らずの内に計5回も全身麻酔による皮膚移植手術をするという、過酷な治療に耐えてきました。そのうちの1回は、私の皮膚を移植しました。私の皮膚がよく定着したことと、スポーツマンであった達志の強い体力、最後まで生き抜こうとした達志の強い意志・気力によって、一時は奇跡的に快復したかに見えました。しかし、培養した達志自身の皮膚を使った移植手術の予定日であった12日、ついに力つき、家族の見守る中、一人で遠い世界に旅立っていきました。
 医者がほめてくれるほど、達志は気力で頑張り通しました。よく頑張った、もう頑張らなくて良いよ、ゆっくり休みなさいと私たちは彼に話しかけました。
 最後まで親不孝な息子でした。しかし気力で男らしく大火傷と戦った達志を許してやります。
 本日は本当に有難うございました。明日の告別式は2時から3時までです。時間が許せば、是非、お参りいただけますようお願いいたします。有難うございました。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月15日(土)22時12分44秒

ご葬儀お疲れ様でした。スポーツマンで責任感の強くていらしゃった達志さんをお送りするのにふさわしい、さわやかなよいお天気でしたね。ご友人方もたくさん来られていて、達志さんの人望のあつさを感じました。素晴らしい息子さんだったのですね。本当に残念でなりません・・・心よりご冥福をお祈り申し上げます。看病とこのたびのご不幸で、お心もお身体ももう悲しみでいっぱいでいらっしゃるでしょうに、気丈にふるまっておられる婦長さんが、痛々しくてなりませんでした。ご主人の、傷もまだ癒えておられぬのに耐えておられるお姿にも、涙がとまりませんでした。ご主人の傷が、ご無理されたことで悪化されませんように、1日も早く快復されますように、お祈りしております。婦長さんをはじめご家族の方々には、何かとお忙しいことと思いますが、くれぐれもお身体をおいたわりくださいますように・・・
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葬儀お疲れさまでした 投稿者:C  投稿日: 6月15日(土)17時41分55秒

本日のご葬儀お疲れさまでした。昨日のお通夜と本日のご葬儀で、いろいろお気遣いで走り回っていらっしゃる中島補佐のお姿を拝見し、大変痛ましく思いました。私が自分の子を亡くしたときにあれほど、周囲に気を配ることができるだろうかと、今更ながら中島補佐の偉大さに感服いたしました。気が張っている間はいいのですが、すべてが終了されたときに緊張の糸が切れて、倒れられるのではないかととても心配です。早く、お体を休める日が来ることをお祈り申し上げます。それにしても、医療というのは日進月歩進んでいるはずなのに、相変わらず、救命できない症例があることに、とても歯がゆく思います。私自身も研修をしているときに、患者さんを救命できないことが多く、自分の無力さを思い、臨床医にはなれないなあと痛感したときがあります。専門医しかも、大学の最先端の医療を受けられても、救命できないことがあるのですね。それほど、ひどい火傷だったのだと思います。達志様の永らくの闘病生活は大変だったことと思います。奥様も気丈に振る舞って要らしたようですが、これから、お子さんも小さいことですし、大変だろうと思います。まだ、ご主人の入院も続いているんですよね。ご主人の回復もできるだけ早くなりますようにお祈り申し上げます。何も、お力になれず、申し訳ありませんでした。ご家族皆様に、平穏な日々が訪れますことを心よりお祈り申し上げます。

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お悔やみ申し上げます 投稿者:山下勤、雪代  投稿日: 6月15日(土)13時08分50秒

突然の悲報から一ヶ月、ご家族の看護もむなしく、達志さんは逝ってしまわれたのですね。ご逝去を悼み、心からお悔み申し上げます。遠隔地ゆえお別れにも伺えず残念でなりません。

中島啓子様

SAN JOSE 山下勤、雪代

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月13日(木)23時21分18秒

悲しむひまもなく、あれこれ追われておられることと思います。ご主人も、帰ってこられたのですね。まだ、傷も癒えておられぬでしょうに、どうぞお大事になさってください。ご家族の皆様のお体も心配です。少しでもお身体を休めることができるとよいのですが・・・何のお力にもなれず、何のお手伝いもできない自分が、歯がゆいです。ただ、ただ、ご冥福をお祈りしています。

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お悔やみ申し上げます 投稿者:トムラウシ  投稿日: 6月13日(木)22時38分23秒

なんと申し上げてよいかわかりません。
全くの赤の他人の私が、ぶしつけにも、ここにいろいろと書き、
申し訳ありませんでした。
達志様のお嫁様、お子さま、TN様、奥様、親戚の方々、
心落ちせずにがんばってください、としかいえません。

心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

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お悔やみ申し上げます。 投稿者:田賀 秀子  投稿日: 6月13日(木)21時28分00秒

 この度は、大変な試練を乗り越えられ、心中いかばかりかとお察し致します。
今は、心労や悲しみで、緊張しておられることと思いますが、フッとこれまでのことを
振り返られた時に、心落ちなさいませんよう。息子さんの無念さをばねに前向きに生活
され、一日も早く楽しくご家族の話をされる先生にお会いできることを願ってやみません。

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茨木市立斎場への地図 投稿者:TN  投稿日: 6月13日(木)18時17分58秒

茨木市立斎場への地図をHPのTOPページの最下行のリンクの欄に載せました。
雑な作業で容量が大きすぎますがお許しください。

病院から外出許可を得て帰ってきたところで、まだ頭がぼっとしています。
達志の頑張りや皆様のあたたかい励ましにもかかわらずこんな結果になってしまいました。
まだ悔しさのみで皆様への感謝のことばもでてきません。どうかお許しください。

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ご逝去とても残念です 投稿者:谷口  投稿日: 6月13日(木)17時28分30秒

 達志君亡くなられたのですね。私が12日の日に入力したときは、もう既に…。なんと言ってよいのやら…。ただ、ただ、残念でなりません。苦痛から開放された事だけが、唯一の救いです。今は、中島先生のお身体が気がかりです。まだ、傷も癒えぬことと思います。どうかお大事になさってください。先生が悪くなられては達志君もうかばれません。
 達志君の安らかな眠りを祈ります。

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若き人生無情なり 投稿者:こだま  投稿日: 6月13日(木)16時22分41秒

正志君と大学同期の児玉です。夏原氏が来社して一片の印刷物を差し出す。貴兄の息子さんが事故で逝去されたということを読み、いくつと聞いて絶句。1昨年に親父とお袋を亡くしたときでさえ涙が止まらなかったのに、20代の達志さんでは貴兄の涙は乾くことはなかろう、と心痛が思いやられる。HPがあると聞いて詳細な経過を読み、その心身共の痛みを感じ、瞼が濡れてくる。
 頑張ることはない。心から泣くがいい。泣きわめいたらいい。それが親だ、肉親だ。
・・・そして、心新たに達志さんのご家族、自分の、ご親族のこれからを男として再構築していって欲しい。貴兄の力からすると小生がするものは何もないとは思うが、"こころ"を休めるお手伝いくらいはできるかもしれない。夏原氏は小生以上に貴兄のことを想っている。心配している。
落ち着いたら、彼と一緒に新大阪で息子さんの思い出を聞かせてくれないか。

お別れには顔を出します。

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通夜および告別式について 投稿者:TN  投稿日: 6月13日(木)09時49分55秒

 通夜と告別式の日程が決まりましたのでお知らせします。
  通 夜: 6月14日(金)19:00〜20:00
  告別式: 6月15日(土)14:00〜15:00
  場 所: 茨木市立斎場 第三式場
        茨木市大住町18-16
        Tel. 0726-26-2007
  喪 主: 中島啓子

 以上です。


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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月12日(水)22時51分14秒

達志さんのご逝去を心からお悔やみ申し上げます。敗血症と伺ってから、何とか乗り切っていただきたいとお祈りしていましたが・・・本当に残念です。婦長さんから、何かの折に息子さんのことを伺うたび、本当に素晴らしい息子さんであられて、婦長さんがかわいがって大切に大切に慈しんでこられてことを感じていました。本当に残念でたまりません。達志さんも精一杯頑張られてここまで持ちこたえてこられたのに、無念だったことでしょう。ご両親、お嫁さん、子供さん、そして自分をとりまく全ての人のために、精一杯頑張ってこられたのに・・・でもいまは、達志さんは安らかでいらっしゃるのですね。本当にあらん限りの力をふりしっぼって、力を出し切って頑張られたんですものね。どうか安らかにお眠りください・・・。ご家族のお心を思うと言葉がありません。皮膚を提供されたご主人、婦長さんの悲しみ、お嫁さんの悲しみ、子供さんの悲しみ、お兄さんの悲しみ、おばあさんの悲しみ・・・それぞれの方のそれぞれの悲しみは、いかばかりでしょう。いまはただ、ご家族の皆様が、また力をあわせてこの悲しみを乗り越えていかれることを、お祈りしています。

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お別れの言葉 投稿者:Q  投稿日: 6月12日(水)21時14分09秒

達志君のご逝去を心からお悔やみ申し上げます。達志君は、お嫁さんのこと、子供さんのこと、親御さんのこと、親戚の皆さんのこと、勤め先の仕事のことまで考えて、一生懸命にがんばりました。達志君、安らかに、安らかに、お眠り下さい。達志君が幼い頃、お父さんとお母さんとお兄さんと一緒に私のアパートに一度訪れてくれたことがあるだけに、私の悲しみも一層つのります。お父さん、お母さん、ご親族の悲しみは想像を絶します。ただ、ひたすらに、中島家の皆様に、それぞれの心の安らぎが再び戻ってくる日が近いことを祈っております。私は、お父さんを元気づけようとして、HPの掲示板に諧謔を弄した文章をのせました。ご親族の皆様から見れば、何と礼儀知らずな奴と映ったかもわかりません。このことを、いつも、心配していました。HPの私のぶしつけな表現をどうぞ許して頂くようお願い申し上げます。達志君の奥さんと子供さんの将来を皆様で見守ってあげてください。よそものが勝手なことを言ってすみません。中島君のお母さんもどうぞ元気をとさずにお暮らしください。学生時代、Qちゃんと読んでいただいて、かわいがっていただきました。私も泣いています。

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亡くなりました 投稿者:TN  投稿日: 6月12日(水)17時13分57秒

15:35,家族が見守るなか,達志は亡くなりました。
                 (代筆:JF)
           
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ガンバレ達志君 投稿者:谷口  投稿日: 6月12日(水)16時19分04秒

会社でHP見ました。容態悪化とのこと。なんとかがんばってほしいです。ただ祈るのみです。
もう神頼みしか無いのでしょうか?

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達志の容態 投稿者:TN  投稿日: 6月12日(水)11時33分00秒

6/12 01:24  達志、最悪。中島家全員、病院で待機中。
   01:40  昨日の18時から待機、今2時。さすがに疲れが目立ち各自仮眠中。達志、
        ガンバレ。
   02:37  2:30 待機中。救命救急の医師団とスタッフの努力には感謝。
   03:11  3:00 待機中。迷惑を承知で連続メール中。回復と言わず途絶えた時は、
        たぶん危篤か死。
   03:34  3:00 待機中。メールが途絶えたら掲示板に全文を投稿依頼。JFへTNから
        と明記。
   03:57  4:00 変化なし。
   04:17  4:30 変化なし。
   04:54  5:00 変化なし。寝ます。メール中断。
   06:32  6:30 変化なし。夜が明けた。
   07:23  7:20 変化なし。待機も長期戦。
        書込はやはり白黒が決まるまで待って下さい。
   08:14  8:00 変化なし。私は自分の病室に戻る。
   09:05  9:00 へんかなし
   10:31  10:00 達志、まだ生きているが、血圧はほとんどなく、意識もない。
        延命治療に入ったと判断する。
   11:15  無呼吸の状態が続き,瞳孔が開いている。今日の夜持ちこたえられる
        ことができるかどうかわからない。ただ祈るのみ。
                       (TNからJFへのメールの記録です)
  
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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月11日(火)21時54分45秒

書き込みされていないのは、何か大変なことがおありだったのかしら?と思っていました。達志さんもご主人もご家族も、しんどい週末をお過ごしだったのですね。達志さん、肺血症と書かれていましたが、敗血症でしょうか?敗血症という言葉には、私も何度も不安を抱いたことがあるので、ご家族の不安はいかばかりかと思います。達志さんの体力・精神力を信じています。達志さんを必要としている人が、いっぱいおられるのです。負けないで乗り切ってください。
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(無題) 投稿者:Q  投稿日: 6月11日(火)18時02分34秒

若い頃は、自分に関係する事柄は、努力すれば、自分の思うようになると信じていました。しかし今のように自分が年をとってみると、「人生には予期せぬ出来事が頻繁に起きること」がむしろ平常であることに気づき、「思いこみによる情の世界」と「孤独な物理的世界」との相克を目の前にして、ある種の感慨を覚えております。仏陀、キリスト、マホメット等の主要な宗教の創始者は天才的な物理学者でもあったに相違ないと、私は確信しています。物理的世界の残酷さに目覚めてこそ、その対極である優しさを希求する強さを体感できるのだと思います。貴方をお見舞いに行って帰り道、日のとっぷりと暮れた暗い高速道路を一人で走っているとき、いつもは気がつかなかった寂寞たる孤独を感じました。私達は、誰かがどこかで自分を待っていてくれるから、心やすらかに、毎日を生活できるのでしょうね。誰も待っていてくれない人生は私には考えられません。

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来られなくてすみません 投稿者:トムラウシ  投稿日: 6月11日(火)16時43分42秒

中島さんのことが、気にはなっていたのですが、
実は、面倒を看ているじいさんの全身に発疹、水疱ができ、
微熱がでて、それに追われていました。
自宅で、お風呂にいれたり、体温をはかったり、
薬をぬったりで、pcの前にもなかなか座れませんでした。
今は少しよくなり、ちょっと手が離れるようになってきました。

いろいろと大変だとは、思いますが、乗り切ってください。
ファイト!!

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達志の現況 投稿者:TN  投稿日: 6月11日(火)15時10分18秒

11日14時:人工呼吸器をつけている。暴れたので鎮静剤で眠らされている。肺血ショウ
を起こしている。今日、シヤワー洗浄しガーゼ交換する。その状況で明日の手術を決める。
たぶん延期。かなり悪そうだ。方針が決定しだい主治医が説明にきてくれることになって
いるのだが、不安で時間が長い。                  (代筆:JF)

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次郎丸の相乗り仲間 投稿者:Q  投稿日: 6月11日(火)14時00分53秒

私も中島君と同じ次郎丸に乗り合わせている船員ですが、過日、関西医大に入院中の水夫長(中島君のこと)をお見舞いしたときに、私の痔瘻が空気感染により中島君にうつったのではないかと心配しています。「持病は?」と中島君に問われて、「痔瘻」と答え、話がはずんだ日の翌日に、貴方が痔瘻の手術を受けるとは夢にも思いませんでした。私のおみやげがいらざる副作用をおよぼしたのではないでしょうか? 次郎丸で鍛え抜かれた船員は強いでえ。がんばってや。  

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持病併発。 投稿者:TN  投稿日: 6月11日(火)07時05分14秒

書き込みをさぼっていたら皆さんから電話。ご心配をかけてすみません。
父親は、持病併発し入院が長引きそうでがっかりしています。
食べて臥床するしかないことが運動不足となり痛風がでてやっとしずまったところへ更にシャワーが全くしてもらえないことで不潔になり、痔瘻が悪化、昨日、切開排膿した。"弱り目にたたり目"30才代からの持病と仲良くつきあって維持してきたのに、やはり入院して大手術をするということは、高齢になるほど色々な2次障害が生じる。
看護抜きで薬のみの治療では仕方がない。気になっていたのに座浴なりしてやれなっかったことが悔やまれる。何のために既往歴や持病を聞いてくれているの。検査しなくても本人はわかっていて訴えているのに!他科のことは知らない。面倒!!。
そんな最悪の日に、とうとう個室を追い出されてしまった。しかも重症患者ではなく個室を希望している人が入院してくるからとのこと。にこにこして「大部屋へ変わりましょう」とやって来た看護婦主任、貴方はそれが仕事、看護婦の免許もっているのですか?"怒り心頭"これでは治る病気も治りません。早く出してくれた方が早く治るとゆっています。
達志は、臀部が便で汚染されて感染、水曜日にはまた再手術、この繰り返しです。
嫌なことばかりですが、それなりにW杯カップを楽しんだり、遠方からのお見舞客の皆さんと話がはずんでいつもの高笑いをしています。本当にありがとうございます。
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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月10日(月)22時44分02秒

(土)(日)と書き込みがなかったので、心配していました。婦長さんが来ておられたので、少し安心しましたが、熱やむくみもまだおありなのでしょうか?婦長さんとお話もできなかったので、やっぱり心配です。5回の手術を乗り越えられて、いま少しは、体力・気力とも充電が必要なのかもしれませんね。少しずつ少しずつ力をたくわえて、1日また1日を乗り切ってきっと良くなっていかれると信じています。何のお力にもなれませんが、心から応援しています。

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(無題) 投稿者:永井世紀子  投稿日: 6月10日(月)13時17分33秒

今、さおりの家に来ています。昨日からHPの掲示板に書き込みが無いので心配しています。一生懸命戦っている達志君、若いのできっと良くなる事を信じています。正志さんも、もう少しの辛抱でしょうから頑張って下さい。てみ子ちゃんも仕事と看病等で疲れている事でしょうね。啓子さんと有喜江さんも大変だと思いますが、てみちゃんを助けてあげて下さい。元気になって皆でお逢いしたいです。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月 8日(土)23時39分41秒

熱は下がられましたか?順調に快復に向かわれてはおられるのでしょうが、やっぱり波がおありなんですね。達志さんはむくみもおありで、おつらいですね。熱もむくみもとれて、早く楽になられますように・・・病院にとっては、患者は客であるはずなのに、患者・家族へのサービス精神は忘れられていることが多いですよね。耳の痛いことです。でも、中にはよく気のつく医師・看護師もおられてほっとすることもあります。ほっとできるスタッフに恵まれますように。私自身も気をひきしめて仕事します。

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お顔を見に行きます 投稿者:Q  投稿日: 6月 8日(土)09時46分57秒

今日(6月8日(土))、お見舞いに伺います。

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一喜一憂 投稿者:TN  投稿日: 6月 8日(土)07時59分13秒

昨日は、達志も正志も発熱。達志は顔もむくみ眠ったままで話も出来なっかった様子。
夫の方も38.8℃の発熱、包帯がとれて喜んでいるのも束の間、軟膏塗布してサポーターで覆っている。一昨日の両大腿部は、まるで赤い短パンをはいているようだった。助教授回診はとりまきが多く後の処置も新米Drがあれこれと悩みながらやるので裸で長時間居ることになる。やっとクーラーが入って涼しいのはよいが患者の苦痛など全く考えない。看護師もしかり!とうとう怒ってしまった。6/6,7,はオオサカサンパレス(茨木)で日本熱傷学会が開かれた。その抄録を抱えて眺めている学生もいた為ムッカ−ときたらしい。見せ物ではない!
移植してちょうど3週間がすぎた。
  「病院へ忍耐力をつけに行く」  今朝の川柳に思わず同感!!

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月 7日(金)22時32分19秒

やっとまた1週間がおわりました。(土)(日)は(土)(日)でお忙しいこととは思いますが、とにかく少しでも休息されますように・・・がっしりしておられたらまだしも、婦長さんあまりにスリムすぎるので、毎日の暑さも加わってかなり疲れておられるだろうと心配です。ご家族の皆様もお体大切になさってください。

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6月6日に初めて知りました 投稿者:谷口  投稿日: 6月 7日(金)13時00分11秒

6月6日、昨日よりの寝違いの為、免許更新の後仕事に戻らずブラリと大学を訪れて、中島先生の部屋のドアは開いているのに電気が点いていないので「変だなあ?」と、藤井さんの部屋へ行き、初めて達志君の事故の事を知りました。しかも、中島先生が皮膚を提供されたとの事、ただもう驚きました。でも、十数年前、皆で中島先生の宿舎で水炊きパーティーをした時、部屋に飾ってあった奥様と子供達との写真を指差し「なかなかいいだろう」と嬉しそうに話していたのを思い出し、先生ならそうするだろうと納得もしました。奥様が看護に携わっておられるので、Drより短時間でもたくさんの情報を得られるのではと思います。私事ですが、昨年の冬、長女が癲癇発作を起こし、素人の私は、娘の異変は分かったが、それの意味することは全く分かりませんでした。結局救急へ行くのに1時間ほどかかり、Drの「おそらく癲癇でしょう」の言葉にも「テンカン?なぜ?」程度の対応しか出来ませんでした。私の場合、治ると言われたにもかかわらず、少しずつ情報を集め、すべてを受け入れ「がんばろう」という気持ちになるまで3ヶ月程かかりました。全くの無知では進めないと痛感しました。だから、Drよりの数多くの情報を得られるであろう事は、とても良いことと思います。達志君の回復を願っております。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月 6日(木)21時44分54秒

ご主人は、順調に快復されておられるようで、良かったです。少しの傷でも、治りかけのときは、かゆくって仕方ないのに、広範囲であられるので、本当におつらいことと思います。おつらい時が、1分でも1秒でも短くなりますように・・・達志さんも、呼吸器を外しお話がおできになられたとのこと、良かったです。それにしても、こんなにしんどいときでも、お仕事の心配をされるなんて・・・責任感の強い子だと、婦長さんがいっておられたそのとおりの方なのだなあ・・と思いました。でも今は、仕事のことは、ちょっとおいておけたらいいですね。

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術後1日目の達志 投稿者:TN  投稿日: 6月 6日(木)14時20分35秒

 面会日ではないが啓子が面会できた。人工呼吸器は外れ、酸素吸入器をつけていた。
少し話せたが仕事の心配ばかりしていた。(達志らしいと言うしかない。)喉の渇きを
訴えたが、水分制限が有るらしく、飲ませられなかった。       (代筆:JF)

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足の包帯とれました 投稿者:TN  投稿日: 6月 6日(木)11時43分06秒

 私(父親)のほうは順調に皮が張ってきて,今日,足の包帯がはずれた。
腹部も抜糸。背中はもう少し。今日は調子がよい。(代筆:JF)

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遠野の石上神社 投稿者:Q  投稿日: 6月 6日(木)08時22分24秒

達志君の5回目の手術の無事完了を知り一応の安堵を覚えておりますが、スキンの入手に苦労されている様子によそながら心配もしております。移植されたスキンがうまく達志君の体に定着すること、案じられる腎臓機能がはやく回復することを祈っております。一時のパニック的状況から奇跡的に抜け出し、目覚ましい回復ぶりが知らされているにもかかわらず、一方では、「良くも悪くもない状態が続いている」という医者の客観的な言葉に、改めて、今回の事故のシリアスな状況を思い知らされました。今回の出来事を、長い目で見て、辛抱強く対処してゆかなければなりませんね。中島家の皆様の今までの御健闘を讃え、ここで気を取り直して、互いに強く結ばれたチームワークで困難を乗り切ってください。えらそうなことを言ってすみません。
遠野の思い出:学生時代、私は、中島君の試料採取につきあって、東北地方を旅したことがあります。民話の宝庫とされる遠野地方での話ですが、私達が出会ったある親父さんに「大きい御影石がある場所を知りませんか?」と問うたところ、幸運にも、「兄さん、ちょうど良かったわ。知っとる、知っとる、ちょっと、待っといてや、用意してくるさかいに(本当は東北弁です)」家の奥でなにやらゴソゴソしていた親父さんが再び現れたとき、親父さんは背中に1匹の大きい狸を背負っていたのです。もちろん、生きた狸ではありません。鉄砲で仕留めた狸の皮を縫い合わせた、山仕事用のチョッキを着て出てきたのです。ちょっとした山の頂上付近にある「イスガミズンジャ(石上神社)」に案内してもらいました。なるほど大変大きい花崗岩が露出したところに神社がこしらえてありましたが、残念なことに、その石は大きくても、元の位置から倒れているために、中島君の試料としては不適格だったのです。あの親父さんはまだ元気でしょうか? あれから、何匹の狸を獲物に加えたでしょうか? 懐かしいですね。はやく快復されることを祈っております。 

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(無題) 投稿者:etsu  投稿日: 6月 6日(木)01時27分21秒

5回目の手術無事に終わられ、ご本人もご家族も皆様ご苦労様でした。今、PPMのPuffを聞きながら書いてます。心がほっとする好きな曲です。心への栄養補給しながら皆様がんばってください。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月 5日(水)23時21分02秒

無事手術が終わられたようでよかったです。皮膚がしっかり定着しますように・・・そして、達志さんの体力がもっともっと戻ってきて、お元気になられますように。そして、ご家族も少しでも、ほっと一息つけますように・・・頼りになるお嫁さんが2人もおられて、婦長さんよかったですね。このたびの災難がなくても、義理の親子の絆は深まっていかれたのでしょうが、今度のことでいっきに絆も強くなられたことと思います。なにかいいこともないとあまりにつらすぎますよね。

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(無題) 投稿者:MS  投稿日: 6月 5日(水)22時54分55秒

婦長さん、毎日婦長さんの顔見ると安心している自分がいます。
婦長さんにかける言葉を持たない自分が、情けないです。
達志さん、ご主人、啓子さんそしてお母さんを想う気持が
疲れた身体からにじみ出ているように見えます。
今日の手術の皮膚がしっかり定着しますように。

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5回目の手術無事に終了 投稿者:TN  投稿日: 6月 5日(水)22時15分09秒

朝10時にICUを出て午後2時過ぎに帰ってきた。今回は眠っていて私達が声をかけて何とか目を開けてくれた。気力はあるが精神的に参っているためどうも眠らせている感じである。帰ってきても麻酔から覚めていなくて3時に面会をした時も同じ状態であった。
スキンバンクの皮膚が今回も空輸されてきて台車に乗せられた梱包がベットの後から着いて手術室に入っていった。スキンの提供が少ない中いただけて本当に感謝しています。スキンバンクの事は福井のMさんに色々な情報をあつめていただいているのでまたお知らせしたいと思っています。
夫は、随分良くなったのかかゆくて背中をたたいている。大腿部の包帯がゆるんできて包帯を巻き直ししました。また、お風呂に入れないので毎日足浴をして気分転換を図っています。お母さんはさすがにうまいなーと夫にほめてもらいおだてられてやっています。
皆さんがご心配してくださっていることに感謝しています。こちらもDrも手術慣れしてきた感じですが皮膚の定着を祈るばかりです。

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達志の嫁 投稿者:TN  投稿日: 6月 4日(火)23時05分10秒

毎日啓子さんは、HPの記事をプリントして夫の病室へ届けて昼食を一緒に食べてくれたりしている。手術の後の皮膚の定着状況をポラロイドにとってDrが説明してくれるのですがあまりにも痛々しい写真なので初め啓子さんは、失神してしまったらしい。しかし、2回目以降は、しっかりと大きく目を見開いて見ている。やっと結婚出来てまだ2年を迎えたばかりである。幸福な家庭を持ちこれからと言う時に神様はなんといたずらをされるのでしょうか?私の半分しか生きていないのに、一生懸命頑張っている2人がかわいそうでたまらない。頑張って!のことば以外にかける言葉がない。啓子さんは、静かで忍耐強い。会社のことはわからないのでまかしている。実家のご両親、兄姉様にたいへんお世話になりながら、今頑張っている。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月 4日(火)22時33分05秒

明日予定どうり手術をうけられるのですね。無事手術が終わり、皮膚が定着されますように・・・息子さんは、鍛えあげられた体力と精神力をお持ちで、先生方もご家族も頑張っておられるのだから、きっと良くなられると信じています。明日の手術の成功をお祈りしています。

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達志、明日5回目の手術 投稿者:TN  投稿日: 6月 4日(火)18時01分56秒

 付きの悪い部分の再植皮。東京のバンクから皮膚が着き次第手術。10時頃の予定。長くても3時間程度。
 達志の現況:小便が相変わらずでない。精神的に弱りかけているが、今日はまだ気力があった。全体としては良くも悪くもない状態が続いている。(富野Dr)
 達志へ:最後は自分の気力だけだ、負けるな! (代筆:JF)

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(無題) 投稿者:紀子  投稿日: 6月 4日(火)14時13分44秒

正志さん、てみちゃん、此の度の中島家に降って湧いた様な大災難に唯々おろおろと気をもむばかりでお見舞いや慰めの言葉も見付かりません。お察し致します。お医者様方も達ちゃんも家族の皆さんも必死で頑張って居られる様子を子供達がHPの記事をコピーして見せてくれ、何度も読み返し乍ら毎日見て居ります。お医者様方の必死の治療と達ちゃんの生命力、頑張屋さんの気力で奇跡的な回復をして居られるのだと思います。それと何よりもお父さんの皮膚が達ちゃんの体をここまで守って上げたのですね。正志さん本当にご苦労様でした。此の上は一日も早く元の体になって下さる事を心から祈って居ります。いいお嫁さん方が居られて中島家も心強い事です。どうか啓子さんと有喜江さん大変でしょうけど宜しくお願い致します。私達は遠くに居て何の手伝いも出来ず心苦しく思うばかりです。又何時の日か笑える日が来て、此のカルフォルニアに遊びに来られる日が来る事を念じて、家族の皆様が健康に気を付けて達ちゃんと共に此の災難を乗り越えて下さる事を祈ります。てみちゃん、私に何か出来る事があったら言って下さい。体に気を付けて気をしっかり持って「母の力」で必ず達ちゃんは元気になります。皆で信じて祈ります。

サリナス市
紀子(姉)(代筆)

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たにぜり、鮎、日本酒 投稿者:Q  投稿日: 6月 4日(火)13時44分42秒

先日、紹介した、優れたてんぷら材料である「たにぜり」を島根大学の植物の先生に鑑定してもらったところ、和名がハナウド(セリ科)と言う植物でした。石見地方には多いが、出雲地方には見られず、春の山菜として独特の強い香りを楽しむ人がいるということです。北陸地域にも同じ植物があるでしょうか? さて、私が解禁日に釣ってきた鮎の話ですが、スーパーに行くと、同じ川で獲れた鮎が100gにつき1080円で売られていました。私の釣果は、80g程度のを8匹と、小振りのものを17匹でしたから、釣りにかかった経費の元は取ったと思います。頑張ったら、鮎用の冷凍庫をかせげるかもと狸の胸算用をしていますが、狸らしいところは私の顔だけになるでしょうね。私の鮎釣りの師匠に聞くと、「一般的に、男の子は、子供の頃は昆虫等の動物に興味をもつが、年をとるにしたがって、次第に、植物を好むようになる」ということです。私は、植物も好きですが、どちらかと言えば、目は動物(魚、犬、猫、女の子等)を追っかけているようです。きっと、ホルモンの関係で体の成長が遅れているのでしょうね。さて、酒のコシについて、JFさんから、説明をしていただきましたが、言葉で表現するのはなかなか難しそうです。ありがとうございました。酒のコシが分かるようになるには、良い酒を心して静かに飲む品格の高い習慣を身につけて、繰り返し、繰り返し、酒を味わうこと以外にはなさそうですね。おおげさに言えば、酒のコシの理解は、日本文化の本質を真の理解するために、通り抜けなければならない関門ではないかと思います(大きな拍手:パチパチパチ----)。では、またね。

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母のこころが通じたのね!息子さんに 投稿者:毛受・熊本・中野  投稿日: 6月 3日(月)22時11分27秒

お便りを読ませていただいてます。
息子さんとご主人様の状態が良い傾向にむかってきている様子をみて、やっと胸をなぜおろしています。
母であり、妻であるてみ子さんのこころが通じたのでしょう。きっと!きっと!
息子さんの状態を安否し、疲れはてて夜道を帰宅する母のてみ子さん、あれこれ考えて眠れない夜をすごしている母のてみ子さんを思うと、私たちも母であるあなたと共に、今、息子さんの生命力と最高の医学の力に期待してやみません。
きっと、きっと一日一日確実に回復していかれることをこころから祈っています。
ともに働き、子育てを楽しんできた仲間として、最高の贈り物である家族の健康の回復を祈っています。
何でも必要なことがあったら連絡下さい。
友は待っています。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月 3日(月)21時53分00秒

婦長さんとお話できて良かったです。少しずつ良くなっておられるようですね。毎日少しずつでも良くなっていかれますように。息子さんも自分を必要としているたくさんの人のために、意地でも頑張っておられるのでしょう。負けないで乗り越えられるよう、応援しています。

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酒の"コシ" 投稿者:TN  投稿日: 6月 3日(月)16時41分48秒

Qちゃんへ:
 "コシ"のある酒とは,しっかりした,ある強さを感じさせる酒だと思います。上手く言えないけれど,いかにも酒らしい強さというか…。こちらではあまり言葉にこだわらず,「これはうまい!」「こっちの方が好きだ!」と皆で好き勝手なことを言いながら楽しく飲んでいます。
 「ビア ボントーネ!」は「ビールが飲みたい!」です。私の方も,Qちゃんの話すべて覚えているわけではありません。覚えていることがちょっとずつ違うみたいですね。(代筆:JF)

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いい天気です 投稿者:トムラウシ  投稿日: 6月 3日(月)14時16分30秒

達志さんが少しづつよくなっておられるみたいで
良かった、良かった!(^^)!
この調子で、がんばれ(^_^)v
お父様の中島さんが退院される頃は、夏山シーズンですね。
高山植物が待っていますよ。
急に、登山はできないと思いますが、
ロープウェイであがれば、花がいっぱい。

私は、7月の中旬くらいに、南アルプス、塩見岳〜北岳をねらいます。
うらやましいでしょ。ふっふっふ。
もう少し、我慢すると、高山植物が待っている!ファイト!!

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がんばってください。 投稿者:MN  投稿日: 6月 3日(月)12時28分14秒

僕も息子さんのことは先輩の方から聞いて知りました。
先生をはじめ、ご家族の方々本当に大変だと思いますが、
回復することを信じてがんばってください。
僕は何もできませんが、回復することを心から願っています。

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シンハリ語会話の時間です。 投稿者:Q  投稿日: 6月 3日(月)09時14分20秒

懐かしいシンハリ語を少し思い出しています。若いときの記憶は不思議に鮮明ですね。私は、いまだに、英語コンプレックス、および、英語以外になるととたんに張り切りだす癖から抜け出すことができません。中島君は以下のフレーズのうちいくつを覚えているかな?

マゲ バデ ヤケキ インナワ (私の胃の中に化物が住んでいる)
ボホマ ボホマ ホンタイ   (とてもとてもありがとう)
タムセゲ ナマ モタカ?   (貴方の名前は何のいいますか?)
マゲ ネビュラ ボハマ ロクイ(私のおへそはとても大きいです)

白状すると、残念ながら私は「ビア ボントーネ」のフレーズを覚えていないのです。かなり以前に、アフリカの帰りに懐かしのコロンボ空港に立ち寄ったことがあります。仲間の一人が空港の宝石店で月長石のブローチを物色しています。私は怪しげなシンハリ語を駆使して、身振り手振りを交えて、とうとう、言い値を半額に値切りました。仲間は目を丸くしていましたが、経験の深い私には当然のこととして全然驚きませんでした。では、またね。

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初めての面会 投稿者:睦子  投稿日: 6月 2日(日)23時43分13秒

今日、達ちゃんに初めて面会できました。
活発でスポーツマンの人間が管だらけ、身動きの出来ない状態で可哀想に思いましたが、顔は艶々として思ってたより、良い状況に見えました。
お医者様のご苦労と、本人の若さと、幼少より鍛えた体力&気力が効となっていると思われます。
お嫁さん達も中島家の家族の一員となって日も浅いのに仲良く協力し、さらに家族が結束して達っちゃんの回復に望んでいるのに接し、てみ子の姉としてとても嬉しく思いました。
啓子さんと有喜江さん、引き続き宜しくお願いします。
正志さんも親なればこその犠牲。もう少しの辛抱です。
HPで励まして下さる皆様のお力添えを得て、一つ一つ難題をクリアして快方へ向かわれる事を祈ります。
                                 枚方在住 睦子

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(無題) 投稿者:Q  投稿日: 6月 2日(日)23時31分38秒

6月1日に「米しずく」と「純米吟醸」が届きました。待つことに耐えているせっかちな中島君に申し訳ないのですが、この日は鮎釣りの解禁日で、私は、はるばる、車で片道4時間をかけて、積極的に、匹見まで出かけ、鮎を釣ってきました。前にお話ししたように、昨年から、匹見川の上流に住む友人に、鮎釣りを教えてもらっているのです。旬の初物が25匹も釣れました。新聞によると、解禁日の釣果の平均は15匹だそうで、なかには、獲物の無かった人もいるとか。夜遅く松江の我が家に帰り着くと、福井の名酒が2本到着していました。私は、釣った鮎の中で大きいものを8匹ほど塩焼きにして酒のあてに用意し、早速、酒瓶のラベルを読んで、お酒の段取りにとりかかりました。あとで中島君に怒られるといけないぞ。正しい作法に従わないといけないぞ。注意、注意。まず、「米しずく」を常温でコップ酒といきました。次に、熱燗といきました。上品な口当たりの酒と鮎の内臓の苦みが調和して私は幸せ気分で一杯でした。うろ覚えですが、以前、中島君が藤井さんと我が家へ来てくれたとき、おみやげに持ってきてくれたのが「米しずく」ではなかったかと思います、ただし、これは確かなことですが、そのほとんどを貴方が「ガハガハ」と上機嫌で笑いながら、グビグビと飲んでしまったことです。今回、「米しずく」を一人でゆっくり飲んでみると、常温でも熱燗でも上品な味でおいしかったです。
「米しずく」を飲んで私が思った下品な感想:福井の美人酒には申し訳ないが、どこが腰なのか分からへん(ラベルにはコシのあることを特徴としてありました)こんなアホなことを言うと皆様のひんしゅくをかうのは分かっているのですが、正直に言います(ごめんなさい)「コシ」とは私にも自覚できる性質なのでしょうか? 奥深い日本酒のたしなみの世界では、凡人には到達できない奥義があるのでしょうか? とても心配です。中島君は現在自分でコンピューターを操作していないようだから、もしできれば、HPの責任者の残りの2人の方からのお答えを頂きたいと思います。
達志君のたくましい体と強い精神力に乾杯します。加速度のついた回復ぶりをHPで読んで、私は心から嬉しいです。しかし、実際は、予断を許さない面もあるのでしょう。がんばれ、がんばれ、達志君。 
 
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(無題) 投稿者:s  投稿日: 6月 2日(日)23時11分11秒

息子さん、ご主人とも少しずつ快復されているようで何よりです。1週間が始まります。今週も手術がおありなのですね。息子さんの快復のためには必要なのでしょうが、息子さん、ご家族には、つらいことの繰り返しで、耐えることの連続ですね。その中に、ご家族の結びつきと精神力の強さを感じます。ご家族も、くれぐれもお体を大切になさってください。食べること寝ること、忘れないでくだいね。

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性格 投稿者:TN  投稿日: 6月 2日(日)20時43分58秒

快復を待つ、医者の回診を待つ、看護婦を待つ、てみ子を待つ、待つことばかりの生活。待つことは大嫌いだ。短気で待てないのでこれまでは何事も積極的にさっさと片づけてきた。今、待つことのつらさが身にしみる。
しかし、たかが入院くらいで性格はかわりそうもない。
皆様の親切な書き込みに感謝して、繰り返し繰り返し読みながら待つことに耐えている。(代筆)

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達志、シャーベット1個食べたよ! 投稿者:TN  投稿日: 6月 1日(土)23時05分39秒

今日は面会日ではなっかたが、担当ナースに何かほしい物が有れば食べさせたいと申し入れると快く応じてくれた。今しがた歯磨きと呼吸法の訓練をしたらしく、とても肺が丈夫です、少しきつかったのかもうやめると言ってやめましたと。今日はさっぱりしたシャーベットを食べながら、彼の思っていること、心配していることなどを話してくれました。明日は、ラジカセを持ってきてきかせることにしました。

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(無題) 投稿者:TN  投稿日: 6月 1日(土)19時57分17秒

てみ子の顔を見るとほっとする。そしてつい甘えてしまう。
そして、疲れているのに気づき「早く帰れ」と言ってしまう。その繰り返しである。1日も早く
病院を抜け出したい。(代筆)

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ご家族の皆様へ 投稿者:敏子  投稿日: 6月 1日(土)00時06分32秒

 田植えの準備が始まり静かな山村も賑やかになりました。庭の砂利の上で稲の苗が元気よく育っています。夜になると蛙が合唱しホタルが飛んでいます。私は毎日心配しながらHPをのぞいています。
 三月に会ったときの中島ファミリーの顔を思いだしタイムスリップできるものならあの時に帰ってくれと祈りたいです。
 お医者様方も一生懸命に治療してくださっていますに達ちゃんも気力で頑張っている様子が伺えます。家族が弱ったら大変ですせめて今のうちに栄養と休養をに心がけこの苦境を乗り切って下さい。
 有喜江さん啓子さんとてみ子をどうか支えてやって下さい。お願いします。遠く離れていて何も手伝えないのがもどかしいです。
正志さんもう少しの辛抱と思います全快されたときには鹿児島の焼酎ででも体内を洗い流しましょう。なかったら送ります。
                 鹿児島より 敏子

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お疲れさまです 投稿者:C  投稿日: 5月31日(金)23時02分28秒

今日も、病院へ行かれたのでしょうか?毎日、仕事と病院の往復でお体を壊されなければいいけれどととても心配です。息子さんの快復力はすごいですね。やはり、若さからでしょうか?何も、お力になれなくて歯がゆいですが、少しでもよくなる方向へ行かれることをお祈りしています。苦労続きの後はきっと、好転するはずです。週末といえども、なかなかごゆっくりすることはできないでしょうが、少しでも休息できますように。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 5月31日(金)22時08分55秒

やっと週末ですね。職場でもたくさんの仕事をこなされ、その後病院に行かれる毎日で、心身ともに疲れきっておられるだろうに、そんな様子、微塵も感じさせない婦長さん・・・(土)(日)ご家族と一緒に、ゆっくりお過ごしください。息子さん、ご主人が、また一歩回復へむかっていかれますように・・・

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毎日HPを見ています 投稿者:勤  投稿日: 5月31日(金)22時02分04秒

毎日HPを見ています。母もまりこからHPを印刷してもらって毎日みています。達志君ガンバレ。また5回目の手術の成功を祈っています。医師チームが手術をするということはチャンスがあること。どうにかしてこの災難を乗り切れることを期待、そして応援しています。 

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このことは最近知りました. 投稿者:地学教室を3月に卒業しました  投稿日: 5月31日(金)20時47分03秒

中島先生のことを,おととい地学仲間(仲良しの)からきいて,こんな私でも涙が出てきました.
大学の先生の部屋の前を通るといつも先生の「がっはっはっはっ」という笑い声が聞こえてきたことが,とても懐かしく思えます.
3月に卒業したメンバーは皆それぞれ頑張っています.全員と連絡をとっているのは私くらいかも知れませんが.
皆様が元気になられて,また地学の飲み会やバーベキューがありましたら,ぜひぜひメンバーそろって(U田はどうだか・・・)こっそり参加させていただきますので,はやく元気になってください!
また大学に遊びに来たときに投稿させていただきます.

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達志のこと 投稿者:TN  投稿日: 5月31日(金)16時07分38秒

 今日、啓子と有喜江が達志に面会。人工呼吸器ははずれていて、少し話せた。アイスをスプーンで4杯食べた。元気そうで嬉しい。ただし、左上腕部と太股の裏の皮膚の付きが悪いため、来週水曜日に5回目の手術の予定。培養した皮膚を使っての手術は再来週から始まる。前途多難なり。 
 Qちゃんへ:今朝、私もコロンボの光景を夢の中で思い出していました。ビア・ボントーネ!(代筆:JF)

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蛸のことなら負けません 投稿者:Q  投稿日: 5月31日(金)13時54分38秒

今日は、井伏鱒二の詩から始めましょう。「姐さん、蛸をくれえ。塩で、それも、ぶつ切りでくれえ----」井伏氏には申し訳ないけれど、これは詩の正確な再現ではありません。私が感じた雰囲気を伝えているだけです。私の独り言:「姉さんの代わりにおじさんではだめだな。ぶつぎり以外は心を打たないな。男は素朴な塩がピッタリ」 この短い詩を読んで以来、私は蛸に取り付かれたのではないでしょうか。日本文学は怖いですねえ。幸い、こちらでは生きのいい手頃な蛸が手頃な値段で手に入ります。今までに自分の手でゆがいた蛸の数は、両手、両足の指を折っても足りません。柔らかく味よく仕立て上げるのに、なかなかどうしての「こつ」が必要なのですよ。秘術を伝授してくれたのは小山祐久という四国の和食料理人です(本で読みました)。蛸の茹がきかたは、色々な本で読む限り、人によってまちまちで、それぞれが自分の方法が最良と思っているふしがありますが、小山さんの方法は、沸騰したたっぷりの湯に、前処理をした蛸をジャブジャブジャブとつけて引き上げて冷めてから、この操作をあと2回ほど繰り返すというものです。試しにやってみると、びっくりしたことに、私好みの、半生で、味よく、柔らかく、風味ある、ほれぼれする茹で蛸ができました。注意事項:ただし、ここではわざと伏せてある秘密があることをお忘れなく。中島君が日本酒の奥深い秘密を私に教えてくれた暁には、そのお返しとして、私が蛸の茹がき方の秘密をお教えいたしましょう。酒のあてには最高ですよ。でも、井伏鱒二の詩の方がもっとすてきな「あて」になるでしょうね。さて、私達は子供が3人いますが、全部遠くへ出て行ったので、現在夫婦2人の生活です。しかるに、困ったことに、蛸さんは頭も大きく、足は八本もあります。一度、蛸をゆがくと1週間以上も冷蔵庫に保管しなければなりません。「急に食べられへん----」
パーシャル冷凍という現代の技術のおかげで、冷蔵庫に保管しても、蛸の味はあまり損なわれませんが、いつも「早く食べないと、食べないと---」とプレッシャーを感じてしまうので、楽しみとストレスが天秤にかかった奇妙な状態になるのです。「遺伝子技術で、老人のために、6本足の蛸を作ってくれえ」これが,私が、今作った、私の蛸の現代詩です。痛みは治まりましたか?
「エアーマットが欲しい」と早く言えばよいのにと思っています。私なら絶対そのように発言していると思います。このことだけから判断すると、中島君の方がQ氏よりも絶対に上品ですね。
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(無題) 投稿者:香代子  投稿日: 5月31日(金)05時56分17秒

朝、夜、1日に2回HPを見るのが日課になっています。
実家の母も、どうにか自分ひとりでパソコンでHPを見れるようになったようです。
みなさんの書き込みを読むと、大阪、鹿児島、千葉、福井、など日本各地の親戚知人が気持ちを一つにして達志くんとおじさんの快復を祈っているってことがひしひしと感じられます。
いや、日本だけではなくアメリカからも!
今日もみんな頑張っていきましょう!!!

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(無題) 投稿者:増本憲二、さおり  投稿日: 5月30日(木)23時29分02秒

あれから毎日、HPを拝見しながら達志君の回復を祈っています。達志君やおじさん、おばさん、奥様、大智君夫妻、そして医師団、皆の気持ちが一つになって頑張っている様子が伝わって来ます。Drも太鼓判を押している、達志君の人一倍強い精神力、気力、体力、生命力で、これからも乗り切っていきますよう応援しています。

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エアーマット 投稿者:TN  投稿日: 5月30日(木)23時22分51秒

朝6時に夫からの電話。昨夜手術を終えたばかりであったので「何事か?」と驚いた。
夫は術後、背中の傷に圧迫を加えないためにエアーマットを使用していた。転室後は、普通のベッドが用意されていたため願い出たが様子を見ましょうと言ったきり応じてくれない。仰向けに寝て擦れて痛いのだが空きがないのかなーと思いながら遠慮していた。昨夜の深夜勤務の優しい看護師さんがエアーマットをしてあげますよといとも簡単にセットしてくれたらしく嬉しくなって電話をしてきたのでした。「苦痛を和らげるための看護」と盛んに言っているが現実はなかなか余裕がないのでしょうか。それともちょっとした配慮なのでしょうか。ちゃんと申し送りをしておきますからねと前の病棟ナースに聞いていたが3日も我慢をしていた夫がエアーマットのありがたさを実感している。寝たきり老人の褥創(床ずれ)予防に私もよく持っていったものです。患者の立場になってよい体験の連続です。仕事を終えて病院に着くのは7時前、約1時間30分いて帰ってくる。それだけのことなんですが、、、、やはり家族って好き勝手なことが言えていいのでしょうね。
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信じて、祈っています。 投稿者:M  投稿日: 5月30日(木)23時07分22秒

具体的には何もできない自分に苛立ちながら、私の非科学的な楽観的予感を信じています。
今までも予感は現実になったのです。私は私の仕事をしっかりしながら、お祈りしています。
達志さん、ご家族の皆さんに私の元気を送ります。
一日も早い快報を願って医師団にもエネルギーを。

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心打たれます 投稿者:トムラウシ  投稿日: 5月30日(木)22時39分05秒

大きなやけどと必死に戦っている息子。
息子に自分の体の皮膚を提供した父。それを見守り共に戦う家族。
助けようとがんばっている医師団。

まだまだ、大変だとは思いますが、がんばってください。
ご家族の方々も、お疲れがでないように、睡眠をしっかり取り、
おいしいものを食べて、疲れをためないようにしてくださいね。

私も、兵庫県から応援しています。
大丈夫。この愛があれば、乗り越えられます。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 5月30日(木)21時52分39秒

今朝、婦長さんが来られていたので、無事手術終わられたのだなあ・・・とほっとしました。本当に、体力、精神力のある素晴らしい息子さんですね。さすが婦長さんの息子さんだけあるな・・・と思います。ご家族の思いと、それに応えるべく闘っておられる息子さんに、家族のありようを考えさせてもっらています。 ご主人は、いかがですか?わが子のため、痛みにたえておられるご主人を、看病される婦長さんのお心を思うと言葉が出てきません。でも、心から応援しています。
ご家族、一丸となって、乗り越えられるよう祈っています。

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初心者の日本酒始め 投稿者:Q  投稿日: 5月30日(木)18時21分23秒

中島君がHPで勧めておられる福井県大野市の地酒、花垣純米酒「米しずく」、花垣「純米吟醸」を
先ほど注文したところです。もうすぐ、福井県の酒屋から宅配便で届くでしょう。そのときは、達志君と貴方の早期回復を祈って大いに飲みます。私は、普段、生協が売っている日本酒で満足しているので、人前で酒の味が分かるとはとても言えません。こんなことがありました。ある日、こちらのデパートで昼食に蕎麦をたのんだときに、ふと、「熱燗も1本追加してね」と言ったことがあって、「蕎麦・熱燗・昼食」という組合せがとても素晴らしいことに気がつきました。このことからも分かるように、現在の私は、日本酒の味にひかれるというよりも、それが作り出す雰囲気に惹かれる初心者のレベルでしょう。このようなふつつかな私ですが、宜しく御指導のほどお願い申し上げます。家では、発泡酒を飲む機会が最も多く、次が安物のワイン、次が焼酎、最後にアイスクリームにかけるために中路さんが買い置いてあるブランデーです。焼酎は味もさることながら、工夫をこらした愉快な名前のものが多くあり、庶民的なところが大好きです。痛みはおさまりましたか?

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思い出 投稿者:Q  投稿日: 5月30日(木)12時35分59秒

無意識に貴方との記憶を辿っていると、脳裏にセイロンでのサンプリング風景が浮かびました。コロンボのホテル日本での朝食:濃く煮出してミルクをたっぷり入れた香り高い紅茶がサーバー一杯入っている。2つ目玉のベーコンエッグ、短いがとてもおいしいバナナ、縦に割ったパパイア等。ニコニコ笑顔の器の優しい若い男性の給仕がサービスしてくれましたね。彼は今どうしているかな。サンプリングの無い待ち時間には、映画に行ったり、よくポーカーをしましたね。確か、貴方にはかなりの賭の負債が残っているはずですが----。コロンボ市街に並ぶ屋台の宝石店をひやかして歩きましたね。私達の英語はコロンボの宝石店仕込みのはずです。夕暮れになると、ゴールフェイスホテルの海岸には、大勢の人たちが暑さしのぎに三々五々散歩を楽しみ、暮れゆく空は熱帯の夕焼けで真っ赤に彩られ、雲間には稲妻の閃光が横切るのが見えました。辛いカレーの連続のために、常に腹具合が悪く、私は、外出する前には、必ずトイレに駆け込んだ記憶があります。場所は忘れましたが、皆であるお寺を訪れたとき、ホモ臭いなよなよした僧侶が先生達をお堂を案内している間、私は寺の庭でブラブラしていました。突然、庭の一角から、地中からわき上がるように、チャルメラの音に似た東洋的な笛の音が鳴り響きました。一体誰が? さして広くない庭を探すと、10才にも満たないような一人の小さい男の子が汚れた小さな縦笛を口にくわえていたのです。そのときの楽音の東洋的な妖しい雰囲気が今でも忘れることができません。現在進行中の色々な事件が将来できるだけ良い思い出となって残るよう祈っております。達志君、彼をとりまく善意の人達、どうか元気をふりしぼってがんばってください。
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4回目の手術。 投稿者:TN  投稿日: 5月30日(木)00時56分35秒

16:30 毎回のことだがICUから0pe室まで家族も同伴し見送る。3回目のope以降口から挿管し人工呼吸器を着けているため、こちらからの励ましだけで声が出せない。何か言いたいようで肩や腕を起こそうとする。「待っているから頑張ってきてね」ジーッと顔を見つめている。赤堀Drの「さー中島君行こうか。頑張ろうね!」にうなずきope室に入っていった。
20:15 帰ってきたが麻酔から覚醒していない。
21:00 医師の説明後やっと本人と面会するがすっかり目も落ち込んでいる。体を動かそうとするが動かない。皮膚を圧迫しないようにフローリングベッドに変わった。
これから何回も繰り返さなければいけない。達志の気力あるのみ。
Drによると「意識がはっきりしておりまだまだ強い精神力で頑張っているので大丈夫ですよ。とても協力的でよい患者さんですよ」と私達を励ましてくれた。
夫も心配しながら部屋で待っていた。(予定より遅い為)今日は痛みがひどく一日ジーとしていた。

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(無題) 投稿者:s  投稿日: 5月29日(水)23時33分18秒

婦長さん、スキンがあったとのこと良かったです。少しでも多くのスキンが定着することを、お祈りしています。スポーツマンでお元気な息子さんだと、うかがっています。人並み以上の体力をお持ちだと思います。そこにご家族の思いと、お医者さんの熱意があわさって、きっと乗り越えていかれることと信じています。婦長さん、ご家族の皆さんも、お体を大切になさってください。なにもできませんが、心から応援しています。

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南海の青ブダイ 投稿者:Q  投稿日: 5月29日(水)22時53分08秒

思いつくままに書きます:宮古島から本土へ帰るつかの間の観光として東平安名岬を案内してもらいました。この岬は海に非常に細長く突き出た高台です。吹きつける海風は快さをはるかに越えて、ときどき、突風のために体がふらつくほどでした。岬は手入れがゆきとどいており、断崖の縁に沿って柵が巡らされ、高台は青々とした芝生状の植物で覆われ、可憐な野草の花が咲いていましたが、なかでも目立つものとして、直径が5m以上の巨岩が先端まで続く小径のあちこちに転がっています。立札の説明によると、昔、大きな津波が海中の岩を押し上げたのだそうです。そういえば、ビーチロックの仕事をしていた頃、沖縄在住の地理学の研究者でこのような過去の津波の研究をしている人に会ったことがありました。岬の断崖の両側の海岸を観察すると、片側には大きい岩がごろごろしていますが、反対側にはほとんど見られません。これは、きっと、津波の進路を示唆するのでしょう。面白いですね。灯台のある岬の先端から、石垣島や台湾のある方向に目を懲らしましたが、それらしいものは何もなく、見えるのは、次々と浅瀬に押し寄せて砕け散る大きい白波のうねりとはるか沖合に浮かぶ数隻の漁船のみです。何気なく、断崖のはるか下の海面に目をやると、澄み切った海の中に、一瞬、鮮やかなコバルトブルーが目に映り、それが海中を動きまわっているのに気づきました。案内者は「あれは青ブダイという魚の群れです」と話してくれました。沖縄の市場の魚売り場では、原色に彩られた珍奇な魚が沢山ならんでいましたが、実際に泳いでいるのを見るのは初めてでした。よく見ると、たくさんの同じ魚が岩の間をぐるぐると廻りながら遊んでいます。こんなに離れたところから見ているのに、何という鮮やかな色でしょう。いまだに、その時の青い残像が私の目の奥に焼きついています。中島君が元気になったら、また、一緒にサンプリング旅行などを楽しみたいものです。
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(無題) 投稿者:esuko  投稿日: 5月29日(水)21時11分21秒

医師はじめとするスタッフの思いとご家族の気持ちが、とてもがっちりとしたスクラムになっているご様子が伺えます。そして、それを取り巻く大きな思いが確実に存在しています。婦長さん!ほんとに大変ですが、私達にはいくらでも言って下さい。
がんばって。(これは、うちの子からのメッセージです。)

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本日、達志また手術。 投稿者:TN  投稿日: 5月29日(水)06時35分57秒

前回の背中と臀部への植皮で定着したのは4〜5%。右側腹部と臀部の一部に感染が見られるため本日の夕方から再手術になった。この話を聞いた一昨日夕は、スキンがあるのかがとても心配で昨日の昼までこちらのほうでも知人を通してきいてもらった。幸い東京のスキンバンクにあり前回同様空輸していただくことになった。赤堀Drにスキンバンクの皮膚と生存者の皮膚との違いをしつこく尋ねたところ差がないと明言。信じたい!
腎機能の低下等が目立つが意識はしっかりしているので、救命救急のスタッフ(14〜15名)も全力をあげている。本日の手術もその流れの中で自信をもって実施する。と説明されれば、感謝あるのみ。
がんばれ達志!がんばれ達志!がんばれ達志!
スイミング大会、陸上競技、マラソン、野球の試合、いつもみんなが声援していたあのときの声が今またよみがえる。
Qちゃんへ、いつもありがとう。うれしいです。
そして、投稿してくださる皆さん夜中の書き込み、激励、本当にありがとうございます。

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(無題) 投稿者:ttsuko  投稿日: 5月29日(水)01時25分54秒

やっと、書き込みをします。一番近くで働きながら何もできずにいました.HPでご様子をうかがうも読み進むのがやっとでした。Tさんなんでも言って下さい。精一杯頑張っておられる皆さんに私達ができることといえば、Tさんの言葉を聞かせてもらうこと位しか今はどうしても思い浮かびません。ほんとに頼りない私達ですが、心から応援してます。

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快方に向かっていてバンザイ!! 投稿者:トムラウシ  投稿日: 5月28日(火)11時28分46秒

つたない写真を喜んで頂きうれしいです。
今年のGWは、仙丈ヶ岳と甲斐駒とと思っていたのですが、
時間がなかったので、つまり、計画段階で甘かったので、
甲斐駒は断念しました。
また、来年にでも、行くつもりです。

この日曜日に、近所の山に行ったのですが、
ササユリはまだでした。もちつつじがまだ咲いていました。

誰にも会わず、貸し切り状態で気持ちよかったです。

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(無題) 投稿者:Q  投稿日: 5月27日(月)22時05分40秒

今週、ジョン・ウェイン主演の西部劇映画のシリーズが衛星第一テレビで、夜8:00頃から放送されます。今日の映画の題名は、The Last Shootist でした。映画のできばえはB級クラスですが、大男がぶきっちょに歩く姿が大変懐かしいでした。ジョン・ウェインはどの映画でも女性にもてる役ばかりで改めて妬ましいことです。眠れぬ夜には、ひょっとして、ジョン・ウェインの映画が中島君の気晴らしにならないかと思ってお知らせしました? 掲示板で、中島君の状態が快方に向かっていると知って嬉しいです。心からご苦労様と言いたい気持ちです。これからも、種々の困難が立ちはだかることと思いますが、元気を出して進みましょう。

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転室しました 投稿者:TN  投稿日: 5月27日(月)14時36分30秒

 母親は今日から勤務。私(父親)は、朝10時、本館5階の5C病棟506号室に転室。母親のかわりに、義理の娘二人がつきそってくれた。部屋は少々汚いが、個室なので気が楽である。昨日より体調は良好。達志に関する新しい情報はまだ無い。(代筆:JF)

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宮古島の「食わず芋」 投稿者:時枝克安  投稿日: 5月27日(月)09時28分01秒

貴方の暇つぶしになるかと思ってつまらぬことを書きます。掲示板に書く経験は初めてです。大勢の人に見られるので恥ずかしいのですが-----。昨年末に宮古島で1週間を過ごしました。海岸の砂丘に埋もれた集石遺構から定方位試料を採取したのです。仕事の合間に、山間にある占い師の遺跡を見学しましたが、樹高の低い見慣れぬ樹木が密生する林の中の細く暗い道を辿って行くのです。小径の両側には里芋のような植物がたくさん自生していました。これが食わず芋です。私の背よりも高く伸びた数本の丈夫な長い茎の先に、大きくつやつやと光る葉をつけており、生き生きとした青い精気が目を射るかのように感じました。このように、この芋は大層美しいのですが、煮ても焼いても食べられないそうです。もし、食わず芋がタロ芋のように食用になれば、西南諸島の人達は大助かりでしょう。食わず芋の鉢植えは、東京では観葉植物として珍重され、大株の一鉢は2万円以上もするのだそうです。それを聞いて、私は、おみやげに、茎を根本で切って芋だけにしたものを2つ持って帰り、鉢に植えました。寒い松江の冬が越せるかどうかが心配でしたが、初夏のこの頃になって、茎の中央部から、青々とした新芽が伸び始めました。盛夏になると大きく育つことでしょう。生命力の体験は年寄りには掛け値なしの感動ものです。

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たくさんの激励ありがとうございます。 投稿者:TN  投稿日: 5月26日(日)22時22分39秒

先輩、友人、親戚の皆様の掲示板や手紙を通しての暖かい励ましに勇気づけられています。達志はまだまだ毎日が心配ですが、私の方は確実に良くなってきています。看護婦(本当は3月から看護師に名称が改正)さんとはすぐになかよくなりました。せっかく数人の名前を覚えたのに明日は転室で、少し不安です。大学にはもう少しご迷惑をかけますが藤井さん、山本さんよろしくお願いします。(代筆:てみ子)

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(無題) 投稿者:正博  投稿日: 5月26日(日)01時08分33秒

甥の正博です。ご無沙汰しています。
妹のさおりより連絡を受けH.Pを拝見しショックを受けました。
具体的に何をできる分けでもなくただただもどかしく
また在り来たりの言葉で申し訳ないのですが
実世ファミリーの一員としてせめてエールを送ります。
達志君頑張れ!頑張れ!頑張ってくれ!
正志おじさんを始め中島家の皆様、心情をお察ししますが
お体を大切に頑張ってください!
名古屋の地より祈っています。
http://UGP51284@nifty.com

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父親快方へのきざし。 投稿者:TN  投稿日: 5月25日(土)23時36分08秒

今日は、達志の面会日ではないが、何も連絡が無いことは良いことと思っています。
父親の方は昨日とうってかわり発熱も1回だけですぐに下がってしまいました。背中全体を覆っているガーゼを固定するために粘着力の強い絆創膏をしていて、交換のたびにかぶれがひどくなっています。発熱後の発汗も少なくなった上、看護師さん達の工夫で腹帯2枚でしっかり固定できたのが良かったようです。乾燥してきた分だけ次の悩みが出てきます。かゆみや痛みには鎮静剤や座薬で対処、睡眠が取れるようにしていただいています。加齢分だけ回復に時間がかかることと足腰の機能低下は歴然です。これで更に何歳も老け込みましたが脳は更に活性化するようにメモしています。

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(無題) 投稿者:大山  投稿日: 5月25日(土)18時50分15秒

 福井は最近にしては珍しく好天続きです。今日は2年生の野外実習で足羽川流域の水生昆虫の調査を行いました。タニウツギはもう終わりかけ。ウリノキの蕾がぶら下がっていました。受講生の中に地学の学生(なかなか面白い子です)がいて、地学教室はみんな仲がいいし、巡見(検)も楽しみ(たぶんいい酒が飲めるから?)と言っていました。
 薫風にふかれつつ、達志さん、中島先生やご家族の苦悩、心労を知りながら何もできない自分が情けなくも思います。本当に何かできることがあれば遠慮なく仰ってください。その代わりまたおいしいお酒を一口?飲ませて下さい、スイカズラの香りが漂うころには。

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野草のこと 投稿者:時枝克安  投稿日: 5月25日(土)16時47分57秒

勝手な判断で申し訳ないですが、掲示板で知る限りでは、奇跡的に、最悪の事態は避けられそうだという気がしていますが、実際には予断を許さない状況でしょう、何を言って良いのか分からないので、とにかく、とりとめもなく、書き連ねることにしました。
最近、匹見に親しい知人(私より2つ上)ができて、不思議に気があうものだから、鮎釣りなどを教えてもらっています。私のような癖のある人間でも。古びてから新しい友人ができるのかと、少し安心した面があります。匹見は島根県の最西端にあるド山国です。匹見川流域は、住む人が少なく川の水がきれいで、また、大規模なダムが全くないため、魚が喜んで遊べる所です。ここで育った鮎は他では味わえない旨味があると地元の人たちは言っています。もちろん、山に入れば、山野草の宝庫でもありましょう。中島君が花が好きなのは、昔、越前の水仙を見に誘われたこともあって、うすうす感づいていましたが、HPを作る程とは思いませんでした。実は、私も、花屋さんの店先にある見慣れぬ外国の花よりも、さわやかな風を受けてひそかにゆれている、野の花が一番好きです。島根半島の加賀海岸には、毎年、紫色をした大根の花が浜風に吹かれてそよぎますが、その押しつけがましくない風情が、昔から、とっても気に入っています。さて、本題に戻り、匹見の人たちは「たにぜり」を豆腐の白和えにして食べています。和名は分からないということですが、強いアクをぬかないと食べられませんが、てんぷらにすると、丁度、アクがぬけて、これが、風味抜群であります。思わず、嬉しくて、酒も進むとというものです。ただし、その知人は酒は飲めません。私は定年に備えて家の新築を算段中ですが、庭(できるかな?)にはタニゼリを植えて、松江の料亭におろして一儲けできるかな? 昔と変わらずアホなことを言っていると思われることでしょう。貴方が「うまいにぎり鮨を食いたいと言い、貴方の奥さんが「今日はとびきりのにぎり鮨を食べさせてやりましょう」と言っているのを掲示板で読みました。それで、私もにぎり鮨が食べたくなったので、今晩は、ご子息と貴方の回復を念じて、私が作ったにぎり鮨を食べます。タネは、イカ、タコ、アジ、ヒラマサ、ヒラメです。全て朝獲れです。タコは生きていした。お体を大事にしてください。

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父親は皮膚採取して1週間たちました 投稿者:TN  投稿日: 5月25日(土)07時55分12秒

毎日、同じパターンで悪寒、熱発、発汗を繰り返しそのたびに諸々の交換、眠っている暇がない。持ち込んだ本を読むどころではなく、さすがにバテ気味です。入院は3週間に及びそうなので来週はやっと空床が出来た形成病棟に移ることになりました。再三のガーゼ交換で絆創膏かぶれの方がひどい。忙しい看護師さん達が親切に対応してくださっています。
トムラウシさんの「シナノコザクラ」の写真に癒されます。ありがとうございました。

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術後3日目の病状 投稿者:TN  投稿日: 5月25日(土)07時37分29秒

達志は、術後の創からの出血量が多く、肺出血、肺浮腫を来し人工呼吸器を着けていましたが昨日昼頃それをはずし自発呼吸をしていました。人工透析は、しばらく続きそうです。やっと面会日で面会が出来ましたが苦しそうで痛々しい。どのように声をかけていいのかわからない。担当ナースが側で「もっともっと声をかけてあげてください。」と私と啓子さんを励ましてくださった。
お酒と話好きな達志のことを思って会社の専務は、事故以来断酒して共に耐えてくださっているらしい。

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1日も早い回復を祈っております 投稿者:永井伸也・葉子  投稿日: 5月24日(金)23時38分14秒

いとこの伸也です。今,奄美大島でこのホームページを見ています。達ちゃんは不慮の事故で本当に大変な災難に遭ってしまったと思い心を痛めているところです。達ちゃんには,達ちゃんが中学を卒業する時に鹿児島に遊びに来て以来会っていないけど,その時2人で遊び回って楽しい思い出になっていたので,再会するのをとても楽しみにしていました。だから達ちゃんに伝えてください。
「お互い結婚してまだお互いの奥さんの紹介もしてないんだから,必ず元気になって鹿児島に遊びに来るんやでー!」

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頑張って下さい 投稿者:梅沢  投稿日: 5月24日(金)18時01分40秒

梅沢@福井大です。出張で福井を離れていたので、HPを見るのが今日になりました。委員会で隣に座っていた時から今日まで起こったこと読ませてもらって驚きました。もっと早く藤井さんと連絡を取れればと悔やまれます。息子さんも、中島さんも術後の経過が順調であるよう祈っています。大学のこと心配しないで身体の回復に努めて下さい。

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ともに悲しむ 投稿者:時枝克安  投稿日: 5月24日(金)11時30分40秒

夏原氏からメールで知らせを受け、中島家の災難を知りました。仲良しの不幸は私達夫婦の心も激しくさいなんでいます。今は、適切な言葉もなく、降ってわいた災難をともに悲しむことしかできません。ご家族にとって、失うものができるだけ少なく、回復するものができるだけ多いことを心から祈っております。事件の経過の克明な記録は、私には、中島氏が家族と自分の危機を乗り越えようとして本能的に選んだ誠実な行動と感じられました。(克安)

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(無題) 投稿者:貴子  投稿日: 5月24日(金)02時28分40秒

鹿児島の姪の貴子です。達ちゃん火傷の知らせを聞いてから、帰ってくるとHPを見て仏壇に手を合わせるというのが、最近の家族の日課になりました。おじいちゃん、おばあちゃんもずっと見守ってくれていると思います。こんなに頑張っている達ちゃんやおばちゃん達に、さらに"頑張って"ということに、少しためらったりもしましたが、でもやっぱり  がんばって下さい! 達ちゃんが退院できるその日まで、達ちゃん、がんばれ!おじさん、おばちゃん、啓子さん、大地君、そして有喜江さんもなんとか頑張ってください。

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達志君がんばれ! 投稿者:永井正文、世紀子  投稿日: 5月24日(金)01時10分33秒

達志君が不慮の事故で大火傷を負ったというニュースを22日の朝娘からの連絡で知り、ただただ驚きました。早速睦子に概況を聞きましたが、今朝は娘の家でHPを開いて貰い更に詳しい状況を知りました。まさにとんだ災難で衷心よりお見舞を申し上げる次第です。本人の苦しみはもちろん、お嫁さんや父上はじめご家族の心情いかばかりか察するに余りあります。又自ら皮膚を提供するなど献身的な看護が続けられていることがわかり涙こぼれる思いです。達志君の責任感の強さがとんだ事故に繋がったものと思います。必ず神様が守って下さるものと信じます。昨日の新聞に、体表の25〜95%の火傷を負ったロシア人夫妻が日本で治療することになったというニュースが出ていました。日本の優れた医療技術と達志君の強靱な精神力を信じて必ずや快癒の日がくることを祈っています。がんばれ達志君!

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中島家のみなさん、頑張って下さい。 投稿者:千鶴子  投稿日: 5月24日(金)00時31分45秒

16日にHPを見て、達ちゃんの火傷を知りました。 それから毎日仏壇の前で手を合わせ、"中島家のみなさんをお守りください。達ちゃんを助けてください。"と祈っております。 敏子姉さんとは時々、何かできることはないかと話しております。 正志さんは、手術後の熱、痛み、かゆみで、お辛い日々が続いているようですね。でも、達ちゃんのために、頑張って下さい。
本当に、本当にお疲れさまです。
退院されたら鹿児島の焼酎を送りますね。
てみちゃん、本当に大変でしょうが皆で頑張ってください。
達ちゃん、がんばれ! 達ちゃん、がんばれ!!
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お見舞い申しあげます。 投稿者:和代  投稿日: 5月23日(木)19時09分47秒

正志おじさん手術お疲れ様でした。熱、痛み、かゆみ、の三重苦でさぞお辛い事と思います。せめて美味しいものを食べて早く回復して下さい。達ちゃんは今週末が山場なのですね。若い生命力と達ちゃんのがんばりを信じます。御家族の皆様もお体に気をつけて達ちゃんと一緒にがんばって下さい。

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中島さん、がんばって 投稿者:トムラウシ  投稿日: 5月23日(木)17時00分34秒

お寿司おいしかったですか。
かゆみがひどいし、痛みもひどくて大変だと思いますが、
美しい山の風景を思い出して、がんばってください。
八つではツクモグサがもう咲いているとか。
私の近所の山では、もうすぐしたらササユリが咲くじょ。
退院したら、美しい自然が待っています。

みなさん、大変だとは、思いますが、おいしいものを食べて
よく寝て、ファイトをたくわえてください。
達志さん、若さを武器にがんばれ。大丈夫!!

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達志の症状 投稿者:TN  投稿日: 5月23日(木)15時20分10秒

 達志は,腎臓と肺機能に障害が見られる。尿が出にくく,呼吸が困難なため人工呼吸器を取り付けた。ただし,これは術後の経過として予測されていたことで,今週末が山場らしい。これを乗り切れば…。
 私(父親)の方は,一日二回発熱。解熱剤を飲むと熱は下がり,痛みもそれで治まっている。かゆみはひどいが,かゆみ止めの薬(一日二回)を飲めば治まるので,とりあえず対処法はある。何とか頑張っている。
 家族もばて気味なので,HPを覗いた方は,一言でいいから励ましのお言葉をお願いします。

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父親も頑張っています。 投稿者:TN  投稿日: 5月23日(木)05時25分25秒

父親は、毎日熱発、解熱剤による汗の為清拭と寝衣交換、傷からの漿液のためシーツ交換、更に昨日からはかゆみがひどい。かゆみをとめるための薬を服用すると少しは眠れるらしい。絆創膏かぶれで水疱が出来てそれがつぶれて痛々しい。しかし、バルーンや点滴がなくなり歩行が自由になり食欲も出て来た。「そろそろにぎり寿司がほしい!」今日はとびっきり美味しい寿司を持っていきます。仕事柄、「最近、食中毒が各地で発生しています。持ち込みの食事はお控え下さい。」の貼り紙が気になります。つい過敏になってしまいます。
達志は、面会日ではないので、啓子さんが手紙と飲み物を看護婦さんに預けてきました。特別な面会をさせてくれないのは経過が良いこと。感染防止のためなるだけ面会制限している為と思っています。
母親も、なかなか仕事にはいけません。介護休暇の配慮をしていただいているようですが、とりあえず年休がたくさんあるのでよろしくお願いします。

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(無題) 投稿者:増本憲二、さおり  投稿日: 5月22日(水)01時50分46秒

千葉にいる、いとこのさおりです。今、達志君の事故の事を知りびっくりしてH.Pを読んだ所です。達志君にはお会いしたことがありませんが、よくおじいちゃんから、とても優しく頑張りやさんな子だと話を聞いていました。そんな達志君だから奇跡的な回復をしているのだと思います。H.Pから、集中治療室で達志君が苦しみと一生懸命戦っている様子がひしひしと伝わり、とても胸が痛みます。そして、おじいちゃんが話していた通り本当に頑張りやさんだなあと思い、とにかく頑張れ頑張れと願うばかりです。遠くから何も出来ませんが、回復を祈り応援しています。啓子さん、隆一君、正志おじさん、てみこおばちゃん、大智くん、有喜江さんも辛いことと思いますが、お体に気を付けて頑張って下さい。達志君、皆がついていて、たくさんの人が応援しています。どうか頑張って下さい。 

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3回目の手術が無事終わりました。 投稿者:TN  投稿日: 5月21日(火)23時59分40秒

アメリカや東京大阪の従姉妹達、そして奥田さん、お見舞いや励ましありがとうございます。  冷凍のスキンがクール便で無事到着して、午後3時30分からope開始。7:30頃までかかるとの事でしたが順調に進み6:00にope室から出て来ました。赤堀Drの説明後7:00頃に面会したところ意外に元気で私達(啓子さんと長男夫婦)と話が出来ました。今夜はお母さんは泊まるのか。9時まで居るのか等問いかけていました。先生方も大分お疲れのようでした。
本当にお疲れさまでした。有難うございます。 

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お見舞い申しあげます。 投稿者:奥田 保 恵子  投稿日: 5月21日(火)18時53分46秒

昨晩、養父孝から聞きました処、この度ホームページで拝見し、大変な災難におあいになり、
ご心配の胸中、子供を持つ親として人事とは思えずただ、一日も早いご回復をお祈りするばかりでございます。 ご両親を始めお身内の皆様も大変と思いますがご自愛の程、心よりお祈り申し上げます。
先ずはお見舞い申し上げます。                   奥田 保・恵子
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東京のスキンバンクに10枚あり大智からの移植はキャンセル。 投稿者:TN  投稿日: 5月21日(火)00時00分33秒

今日は、福井大学から山本先生(お子さんも同伴)と藤井さんが夫の車を大阪へ運転して持ってきていただいた。運動会明けの早朝(6時前に出発)福井を出て9時前には茨木に到着。講義の代理やその他諸々、本当にありがとうございました。達志の嫁と一緒に関西医大の方へも見舞っていただきました。
長男夫婦と私は、9時に形成外科へ、夫と同じパターンで長男の皮膚移植の事前検査である。
やっぱり腹部、大腿、背中を採るとのこと、達志のためなのだが、鎖骨骨折後で6,7月にはまたワイヤーを抜く手術を控えている体である。何とか少なくてすむように頼む。それに本当にもうスキンバンクにはないのかと懇願。仕方がないのかと悔し涙が出る。ICUでは朝からミーティングして検討中とのこと。

達志の嫁が1時30分頃ICUで面会。昨日よりもっとしんどそう。500CCの水分制限に耐えて今日は怒る元気もなさそうで、40.0℃の熱と戦っているらしい。昨日は、声をかけると話が出来て、30ccのポカリスエットを飲ませ「おいしい!」と問うと「あたりまえや!」とわたしに怒っていて、余分なことを聞いたのか、「うるさい!」と、、黙って側にいてほしかったらしい。母親には唯一わがままをいえるのだろう。つい医療者と同じ思いで諭すためか。しかし、困ったことは代弁しお願いするためやはり頼りにはなるらしい。(嫁の意見)
面会後、主治医から嬉しい知らせがあり、東京のスキンバンクに皮膚が10枚有り使える事になったので長男からの植皮は中止になったと、、、詳しい事は2時に父親の病室で説明予定。待ちに待って4:30に赤堀Drから説明。明日10時にスキンバンクから皮膚が到着予定で手術を1日繰り上げて行うので手術室の確保とスタッフ調整をするため奔走しているとのこと。達志の状態の説明。インターフェロン使用し本人も耐えている。若いので心臓、腎臓、肺の機能もいまのところ良好。明日の手術後は眠ってばかりになるだろう。それから、自家培養表皮移植に関する説明と承諾書の記入、これは、1981年に米国で初めて開始、日本では1985年に使用して成功しているらしい。保険が適用されないため自費で1枚(1p×1p)当たり5万円だそうです。出来ることは何でもしてください。
当初、水曜日(5/22)のope予定だったので、明日は、少し職場に顔を出そうと思っていましたがいけませんので引きつづきよろしくお願いします。(母親の職場)


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達ちゃんがんばれ! 投稿者:和代  投稿日: 5月20日(月)10時39分51秒

姉から達ちゃんの火傷の事を聞き、HPを確認し驚いています。すでに正志おじさんの皮膚移植が行われたとゆう事で、今は皮膚の定着を祈るばかりです。11年前鹿児島に遊びに来てくれた時の中学を卒業したばかりのあどけない達ちゃんを思い出すとまだ信じられません。遠くから何もできませんが、毎日お祈りします。啓子さん、隆一君、正志おじさん、てみ子おばちゃん、大ちゃん、有喜江さん、体に気をつけてがんばって下さい。達ちゃんがんばれ!

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達志君頑張れ 投稿者:山下勤、雪代、紀子、まりこ  投稿日: 5月20日(月)01時33分57秒

今朝、敏子おばさんからの電話で初めて達志君の火傷の事故の話を聞きました。びっくりしてHPを見て事情がわかりました。遠い所から見ているだげでなにもできないのが残念です。今まで元気のいいのが評判の達志君だから、まだ奇跡的に生きて頑張っている様子がわかるようです。まだ今からが困難のようですから、回復を祈っています。皆さん頑張ってください。

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応援してます!! 投稿者:養父三姉妹プラス清 投稿日= 5月19日(日)11時35分47秒

  母からHPのことを聞きました。
  以来この掲示板を見て達ちゃんの様子を見続けています。
  おじさんからの皮膚の定着、そして予定されている大ちゃんからのの移植が
  うまくいき,危機を脱することを祈っています。
  てみこおばちゃん、達ちゃんと大ちゃんのお嫁さん、
  心身共に大変でしょうが、頑張り屋さんの達ちゃんの、踏ん張りを信じましょう。
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皆さんありがとう 投稿者:TN 投稿日: 5月19日(日)08時38分26秒

   家に帰ってもたいしてすることはないので、記録を綴る事が夫の変わりの私の仕事かなと思つています。 悪いことばかり考えてしまうので気が紛れます。
   今からまた病院へ行きます。てみ子のeメール(年賀状に記載)へ送ってもらってもいいです。
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たっちゃん頑張れ! 投稿者:寛子 投稿日: 5月19日(日)02時05分16秒
  
姪の寛子です。
  たっちゃんの事故のこと聞いて本当にびっくりしました。
  HPの内容から、たっちゃんの苦しみ・訴えに胸が癌える思いです。
  しかし、たっちゃんの頑張り&若い生命力とおじちゃん・おばちゃん
  大ちやん・お嫁さん達みんなの思いで必ず回復するものだと信じます。
  おじちやん、皮膚移植お疲れ様でした。
  そして、大ちやん示酌長って下さい!
  おばちやん・お嫁さんも体に気をつけて下さい。
  また今度、お見舞いに行かせてもらいます。
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達ちゃんガンバレ  投稿者:敏子 投稿日=5月19日(日)00時09分19秒

  3月に久しぶりに会った達ちやんは元気そのものでした。
  「オバチヤン鹿児島に行くデー」と何回もいっていましたね。
  集中治療室で必死に頑張っている様子を想像しただけで胸が痛みます。
  今私にできることは、転んでもただでは起きない達ちゃんのど根性で
  治療に耐える生命力を信じ、唯々祈ることだけです。
  てみちゃんも大変でしょうが今が峠と念じながら頑張りましょう。

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二回目の山をなんとかクリア−しました。  投稿者:TN 投稿日=5月18日(土)22時55分15秒

   香代子ちやんありがとう。
   今日は、枚方の養父夫妻が見舞いに来てくれました。鹿児島の親戚の皆さんがこのHPを見てくれているとのこと、今夜も9時に帰ってきました。いつも仕事でこのくらいの帰宅時間は慣れているので平気です。
   達志は、人工換気の機器をはずし少し楽になっていましたが、熟と足の痛みで喉が渇き水分がほしいと盛んに訴える。午前中に1リットル飲み夜までは500CCに水分制限の指示とのこと。「医師は水分をよく摂るように言っていたのに看護婦は言ってることが違う。こんなん聞いてくれなかったら死んでしまう!」とだだをこねる。私も達志の腎機能が弱っているのかな。これだけ輸液管理しているから飲まない方がいいのだろうと諭すが聞き入れない。仕方なく、氷を口に含ませるなり、うがいをさせるなり、口をぬらすなり、してほしい、また主治医に聞いてほしいと訴えると何分かたってからジュースを飲ませてもらった。やっと落ち着き話が出来る状況になった。3回目の手術の説明を受けたのか本人も納得していた。まだまだ続く事は知らせていないが、その方が本人は希望を持って頑張ってくれる。仕事の事を気にしている。
   夫は、午前中も発熱、背中の漿液と汗でタオルケットもシーツも汚れて交換。清拭をしてもらってさっぱりして少し歩行開始。食事は朝から普通食、水分補給をして尿もよく出てきた。
  バルーンはまだはずせない。午後は37.3℃に落ち着き、血圧も安定。夕食後にやっと排便が出来て嬉しい。夫も私も一段落して8時に病院を出る。
   朝は、早くきてほしっかたらしく、電話で催促されて9時30分着。看護婦さんにひやかされていました。
   達志の主治医から連絡があり、今度は長男が月曜日に入院の予定。夫はこんな思いをするのは自分だけでよいと悔しがるが長男は心配しないでよい、達志が助かるならと。3人とも傷だらけにされてしまい悔しい。出来るだけ長男は少しにしてほしいと頼んでいる。スキンバンクには残っていないかもう一度確認してほしいものです。

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母から電話ありました  投稿者:かよこ 投稿日:5月18日(土)10時40分52秒

  姪の香代子です。
  さっき、母から電話があり検索してHPをみました。
  達志くんは10年ほど前、貴子ちゃんたちといっしょに遊びに来てくれました。

  達志くん、頑張って。おじちゃん、おばちゃん、大智くん、頑張って。
  皮膚が定着することを祈っています。
  遠すぎて何もできないのが、はがゆいです。
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父から次男へ皮膚移植しました。 投稿者:TN 投稿日:5月18日(土)07時28分15秒

    5/17 (金)午前9時〜11時30分 父親の皮膚を予定どおり採皮
             12時〜17時   父親の皮膚を次男に移植、次男の自己皮膚移植
   18時30分    術後の処置等を終えた次男と面会 手術は無事終了。

    父親も大手術して術後の痔痛激しく、しかも夕方から発熱。皮膚が無駄にならないことを
   祈る。子の為ならと耐えるが、あいつらは「勝手に剥ぎ取った」の思いが強い。形成の医師
   団も30人体制で1日確張っていただいた。もちろん、次男の主治医とそのチームも必死に
   確張っている。誠意が伝わってくる。感謝、感謝。

   ”次男が頑張っていることに答えてみんなが励まされてやっている’’

    外から見守ってくださっている方々には、いちいち経過報告はできませんが、この欄をご
   覧いただいてご理解下さい。母親の職場の方もご心配をおかけしていますが、しばらくは、
   これでご勘弁下さいますようお願いいたします。
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その調子でがんばって!  投稿者:トムラウシ 投稿日:5月17日(金)15時58分20秒

  手術が無事に成功したことと思います。
   その意気込みでがんばると、榊様は見捨てないし、
   精神力が強いと、やけども治ると思います。


  >転んでもただでは起きない
  この気持ちがあれば、大丈夫ですよ。
  私は、何もできませんが、兵庫県から遺志様のやけどが
  治るのを祈っています。

  この掲示板で、TNさんと花、山、パソコンの話ができるのを心待ちにしています。
  そして、白山の別山に行ってきたよの報告も聞きたいなあ・・・

奥様、この発言に対してのreはいりませんよ。
ご主人と達意様のそばに少しでもいてあげて、励ましてもらった方が
私はうれしいです。
私の発言にreを書いたために、
奥様が、睡眠不足になる方が、つらいです。
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トム様投稿者:TN 投稿日:5月17日(金)01時54分38秒

   エールありがとうございます。
   夫がいつもやっているので、私は見せてもらって批評ばかりなんですが、今日はこの掲示板
   に初めて投稿します。
   次男達志はもちろんのこと、私達家族は今毎日を必死の思いで頑張っています。今日は、9
   時30分頃に病院着。夫が皮膚移植の為に入院しました。昨夕の説明とは随分変わってき
   て、夫の皮膚の約18%を採取するとのこと。背中全面、両大腿部の全面、腹部の上部楕円
   形にそして腹部の両脇、いくら夫のビール腹や体表面積が誰よりも大きいとはいえ、子どもの
ためならといさぎよく申し出た夫でしたがだんだん心細くなってきました。そんなにとって2週間
の休暇で職場復帰できるのかなと思いました。昨夜、大学に2週間が最長だからその間休講
にしていただく段取りをつけたばかりなのに、、、、、再度、夫が単身赴任中であること、仕事
   の予定のこと等条件を聞いて見ますとなんと通常の仕事に復帰するのに1ケ月はかかるとのこ
   とで診断書を1ケ月にしてもらいました。

    だんだんと話は厳しい状況になります。これでは、いくら他人さんの提供を受けると言っても
   そうそう簡単にはいきません。事前の検査で午前は過ぎ、いよいよ入院。夜10時以降は絶食
   になるので昼食は一番高い定食を食べました。食後まもなく達志の嫁から電話があり、3時に
   家族に説明したいことがあるので来てほしいと連絡があったとのこと。長男夫婦と一緒に病院
   に向かう。

     達志の状況が、予測していたとおり、免疫力が落ちてきて、白血球数6000とのことで、
   結論はインターフェロンを使用したい為の同意であった。面会をさせてもらうと、39度もの発熱の
   為か今日は顔も紅潮し酸素マスクがしっかりとつけられしんどそうであった。
    夫の病棟に戻り、剃毛開始。大腿の裏のみ担当ナースがして、残りは私がすることになり
   ました。こんなに夫の体をよく眺めたのは、はじめてだったように思います。剃った後の皮
   膚の白いこと、仕事柄、野外を廻ることが多いため、昔の色白の顔はすっかり色黒になって
   しまいました。

    夕方の7時まで、夫の病棟にいましたが、明日の手術の事前説明のために、色々なスタッフ
   がやってきて説明をしてくれました。それぞれの専門により少しずつ違うので、私も同業者
   として勉強になりました。こういう経験はしたくはないのですが、めったに経験出来ない貴
   重な経験を連日しています。だから、達志、がんばれ!l転んでもただでは起きない。た
   くさんの記録と賞をもらってきて私達を色々と喜ばしてくれた達志、ICUで一人でがんば
   ってくれている。会社もそしてお父さんお母さんお兄ちゃんの職場やたくさんの友人達が見
   守ってくれている。がんばれ!!
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元気だして投稿者:トムラウシ 投稿日:5月16日(木)15時38分38秒

  つらいことは、結構固まってくることが多いような気がします。
  今、山登りにたとえれば、急な坂でヒーヒーあえいでいる時では、ないかと思います。
   ここを乗り越えると、すばらしい山頂の展望が待っています。
   達志さんの若さが、この危機的な状況を乗り越えることができると思います。
   医者は、最悪のことを考えていうので、こちらはショックを受けますが、
   思ったより悪くならないものです。
   私、じいさんの時、医者に最悪のことをいろいろと言われましたから‥
   でも、じいさんは、今元気です。

   今、車の運転などに注意してください。
   奥様と中島さんがけがをしたり、病気をすると大変です。
   落ち着いて、急がば回れの精神で、がんばって乗り切ってください。

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皮膚移植に関して  投稿者:匿名A&B 登校日:5月16日(木)09時47分14秒

   皮膚移植も含め「臓器移植の提供に関しては匿名が原則」とのことですが,匿名ならば提供は可能なのでしょうか。また、その場合はどこへ連絡したらよいのでしょうか。できれば至急返事を頂きたいのですが。


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トムさんへ 投稿者:TN 投稿日:5月16日(木)05時37分24秒

   ありがとうございます。花を楽しむ余裕さえありません.今年は長男の骨折事件,てみ子の階段からの転落による捻挫と続き、ついに達志の瀕死のやけど事故。

   涙はかれないものらしい。ふと、どちらかが泣き出すのをこらえている場面の多い日が続きます。



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どのように言ったらいいのかわかりません 投柵者:トムラウシ 投稿日:5月15日(水)22時26分


  今さっき、接続してみると、次男さんの事故がでていてびっくり。
  どのように、言ったらいいのかわかりません。
  気落ちせずに、がんばってとしか、私には、言いようがありません。
  無責任ですみません。
  早<、達志様がよくなりますように。

                                 
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連志さんの火傷に関して  投稿者:大山 投稿日:5月15日(水)20時09分58秒

  大山(福井大)です。輸血及び皮膚移植等でご協力できることがあればお伝えください。私の血液型は0型(HLA型はわかりません)です。
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達志の熱傷3  投稿者:TN 投稿日:5月15日(水)09時31分28秒

  「達志の熟傷」の文書を、HPのトップの最下行にリンクしました。
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達志の熟痘2  投稿者:TN 投稿日:5月15日(水)06時48分43秒

   次男遺志は仕事中の事故で、全皮膚の63%を火傷しそれも重度3が大部分を占め、生き抜くのは奇跡に近い。達志の気力と体力と関西医大救急救命センターの医師団の懸命の治療に、家族はその奇跡の実現の光明をみいだし達志と共に戦っている。その記録をここに残したいと思う。
   知り得た事実は順不同に記載するが、戦いの記録はでけるだけ時間順に記載する。
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逢志の熱傷  投稿者:TN 投稿日=5月15日(水)02時09分10秒

   5月13日
    5月4日に通夜、5日に告別式で私が弔辞を述べた故石金福井大学教授の研究室の部屋の片付けを奥様らと共に精一杯成し遂げ、ほっとしてJF(藤井純子)とお茶を飲んでいた17時30分頃、TN く妻・てみ子)から電話。次男の遺志が仕事中、土木機械の爆発で大火傷で関西医大の救急救命センターに運び込まれた。達志の妻・啓子さんが病院に駆けつけているので詳しくは後ほどということだったが、大事故の予感から今週の講義予定の対処をJFに頼み、それなりに大事な会議へ。7時、会議中TN(妻)から電話、危ないと直感し会議を退席し大阪へ帰省。
 しかし、たぶん気もそぞろでJR福井駅に駆けつけるタウシー中、またはタウシーを降り
た直後に財布を紛失。福井駅前の交番で色々お世話になり探索してもらったが不明。交番の巡査が親切にも大学まで車で送ってくれた。いろいろあって最終のサンダーバードで帰阪。
 明日、手術。植皮用の皮膚が足りないので、たぶん両足を切断してでも救命手術を優先という医者の説明に覚悟を固め、長男大智に連絡。長男夫婦もそれなりの覚悟で神戸から茨木に泊まりに来る。私たち夫婦も母も、長男夫婦、達志の妻も眠れない夜となる。