O 先生
投稿者:TN&TN
投稿日:2019年12月15日(日)10時08分20秒
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養精中学校(茨木市)3年B4組だった時の担任の先生。今頃になってどうして中学の時の先生なのかと言うと、図書館でジェームス三木の自叙伝「片道の人生」を見つけ、 ジェームス三木は O 先生の自慢の教え子だったはずと思いだし、読んで見ました。
期待通り、 O 先生とジェームス三木との出逢いが書かれていました。「私はこの中学で、文法の O 先生と、運命の出逢いをしている。」とまで書いています。私たちの時は国語と英語を教えられていました。
演劇好きの先生に演劇の脚本を書けと命令され、「破れた見取り図」という脚本をジェームスが書き上げ、その劇が大阪府三島郡の中学コンクールで優勝したという。先生はジェームスの脚本家としての資質を見抜いていたのでしょうか?
先生が宿直の日に、一緒にと泊まったジェームスら生徒が先生に許可(?)を得てサツマイモ泥棒をして、それを用務員さんにふかしてもらって腹一杯食べたというエピソードを紹介しています。生徒たちが盗んだと分かる足跡が残っていたので、翌朝、芋畠の所有者が怒鳴り込んできた。職員会議でつるし上げにあったO 先生は、「無一物の者は、盗みを働いても罪にならないとお釈迦様はいっている。悪いのは子供たちを飢えさせた社会である」と主張したという。軍隊帰りの先生はこの時まだ20代、職を賭してジェームスらをかばってくれたのだと。この先生の働きを生徒たちは卒業後まで知らなかった。
それから十数年後、私たちの担任だった先生はやはり熱血先生でした。卒業アルバムに文集もついていて、それを読むと懐かしく昔のことを思い出しました。
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