墓参り

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月29日(日)15時54分42秒

  今年最後の日曜日、晴れたので墓参りに。
ついでにカモたちに逢ってきました。






 

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月25日(水)10時42分34秒

  「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」
大島真寿美、文藝春秋、2019年

文藝春秋HP(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163909875
第161回直木賞受賞作。
選考委員激賞!
虚構と現実が反転する恐ろしさまで描き切った傑作! ──桐野夏生氏
いくつもの人生が渦を巻き、響き合って、小説宇宙を作り上げている。──村薫氏

虚実の渦を作り出した、もう一人の近松がいた──

「妹背山婦女庭訓」や「本朝廿四孝」などを生んだ
人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた比類なき名作!

江戸時代、芝居小屋が立ち並ぶ大坂・道頓堀。
大阪の儒学者・穂積以貫の次男として生まれた成章(のちの半二)。
末楽しみな賢い子供だったが、浄瑠璃好きの父に手をひかれて、竹本座に通い出してから、浄瑠璃の魅力に取り付かれる。
父からもらった近松門左衛門の硯に導かれるように物書きの世界に入ったが、
弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられ、それでも書かずにはおられなかった……。
著者の長年のテーマ「物語はどこから生まれてくるのか」が、義太夫の如き「語り」にのって、見事に結晶した奇蹟の芸術小説。

筆の先から墨がしたたる。
やがて、わしが文字になって溶けていく──


 今年の直木賞の発表があって、すぐに図書館で予約し、やっと昨日になって借り出せました。一日で読み切りました。
 全体を9つの短編に分け「オール読物」に載せたもののせいか、重複と感じた箇所もあるのですが、それがかえって話の要点を整理する効果があったようにも思います。
 著者自身は歴史小説とは考えていないようなのですが立派な歴史小説だと感じました。歴史小説をよく書いている「朝井まかて」とはまた違った味のある魅力的な物語でした。

 歌舞伎と文楽の関係がよく分かりました。最後に現在の文楽にも触れていました。上手に現状を捉えているなと思いました。

 文楽で「妹背山婦女庭訓」が上演されたら是非、観たいです。



 

人間の死に方

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月20日(金)11時19分32秒

  「人間の死に方− 医者だった父の、多くを望まない最期」
久坂部羊 、幻冬舎新書、2014年

https://www.gentosha.co.jp/book/b8203.html
 2013年、87歳で亡くなった父は元医師だが、医療否定主義者だった。不摂生ぶりも医者の不養生の限度を超えていた。若いころ、糖尿病になったが血糖値も測らず甘い物食べ放題の生活を続けながら勝手にインシュリンの量を増やして自然治癒させた。前立腺がんになっても「これで長生きせんですむ! 」と叫び治療を拒否。こんなふうに医学常識を無視し自由奔放に暮らした。そんな父が寝たきりになって1年数カ月、医療や介護への私自身の常識が次々と覆った。父から教わった医療の無力と死への考え方をここでご紹介したい。


 2回目、前回は医療をほとんど信用していない医者の話として面白く読んだ覚えがありもう一度読んで見たくなりました。

 今回は「面白い」と感じる余裕はなく、こちらが後期高齢者になったためか、身につまされる現実の悲惨さに、読み切るのが嫌になり、飛ばし読みして終わりにしました。

 ピンピンコロリと思い通りには死ねないものだと思っておいた方がよいようです。




 

セッカチ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月18日(水)09時09分1秒

  親友のM君にTNは「セッカチだから・・・」と指摘されました。

自覚はしているのですが、これは死ぬまで治らないかなと。
やらねばならないことがあると、待ったなしに手をつけてしまいます。

「明日できることは明日に」という心境にはどうしてもなれません。
今日も明日で十分まにあうことを3つもかたづけました。

ポレポレ、ゆっくりと言い聞かせながら。
 

O 先生

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月15日(日)10時08分20秒

   養精中学校(茨木市)3年B4組だった時の担任の先生。今頃になってどうして中学の時の先生なのかと言うと、図書館でジェームス三木の自叙伝「片道の人生」を見つけ、 ジェームス三木は  O 先生の自慢の教え子だったはずと思いだし、読んで見ました。

 期待通り、 O 先生とジェームス三木との出逢いが書かれていました。「私はこの中学で、文法の O 先生と、運命の出逢いをしている。」とまで書いています。私たちの時は国語と英語を教えられていました。
 演劇好きの先生に演劇の脚本を書けと命令され、「破れた見取り図」という脚本をジェームスが書き上げ、その劇が大阪府三島郡の中学コンクールで優勝したという。先生はジェームスの脚本家としての資質を見抜いていたのでしょうか?
 先生が宿直の日に、一緒にと泊まったジェームスら生徒が先生に許可(?)を得てサツマイモ泥棒をして、それを用務員さんにふかしてもらって腹一杯食べたというエピソードを紹介しています。生徒たちが盗んだと分かる足跡が残っていたので、翌朝、芋畠の所有者が怒鳴り込んできた。職員会議でつるし上げにあったO 先生は、「無一物の者は、盗みを働いても罪にならないとお釈迦様はいっている。悪いのは子供たちを飢えさせた社会である」と主張したという。軍隊帰りの先生はこの時まだ20代、職を賭してジェームスらをかばってくれたのだと。この先生の働きを生徒たちは卒業後まで知らなかった。

 それから十数年後、私たちの担任だった先生はやはり熱血先生でした。卒業アルバムに文集もついていて、それを読むと懐かしく昔のことを思い出しました。


 

ポレポレ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月14日(土)09時55分41秒

  のんびり生活しようと自分に言い聞かせていても、
なかなかそうは行きません。

 昨日はKanadeの阪大病院での検査の予定日でした。
朝、Yukieの電話で、Kanadeは火曜日から発熱などで学校を休んでいて、
阪大病院からは来週にしようと言われたと。それで近所の小児科へ行く
というのでビックリして付き合った。45分近くもかけて色々診てくれたが
心配するような病気は見つからなかった。肺が少し白くなっているので
肺炎を起こさないように抗生物質を出しておくということに。

 今年は暖冬だし大阪でスタッドレスは無用ではと思いはしたのですが、
毎日何があるか分からないし、偶々、車が必要なときに雪だったらと
怖くなり、結局、スタッドレスに履き替えました。


 

ちょっと肩に力が

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月12日(木)14時09分56秒

  入りすぎているのでは?と、突然、気づきました。

 「ポレポレいこう」と言う言葉を久しぶりに思い出しました。
なにか吹っ切れた感じがします。

 心配しても「なるようにしかならない」ことばかり。
無理に頑張らないでのんびり、あせらず、「ポレポレ」と。


 

心配事の9割は起こらない

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月 9日(月)15時27分36秒

  「心配事の9割は起こらない」
枡野俊明、三笠書房 知的生き方文庫、2019年

枡野俊明 : 1953年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授。玉川大学農学部卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行ない、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。また、2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データベースより)

 上の著者紹介を見れば有名人のようですが全く知りませんでした。

 書店で題名と目次に惹かれて買ってしまいました。心配事の多い(て)に読ませたかったのですが、1割は起きるのでしょうと読んでくれませんでした。

 禅用語をたくさん使っていろいろ解説しているのですが、それがどうしたというんだと思ってしまいます。結論は、魅力的な題名と、目次だけが素晴らしい本でした。昨日、紹介した井上ひさしだったらきっと通読しないでスルーだろうと思います。

 目次で、いい言葉だと感じたのはつぎのようなものです。

・「いま」に集中する
・「あるがまま」でいる−「どうにもならないこと」に心を注がない
・余計なことを調べない−情報の”暴飲暴食”はやめる
・夜は静かに過ごす−大事な判断を夜中にしてはいけない
・「死」について−死ぬことは、仏様にお任せすればいい

 いざ書き出してみると思っていたより少ないですね。 





 

ふかいことをおもしろく

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年12月 8日(日)13時26分3秒

  「ふかいことをおもしろく」
井上ひさし、PHP研究所、2011年

 「NHK BSハイビジョンで2007年9月21日に放送された番組『100年インタビュー/作家・劇作家 井上ひさし』をもとに原稿を作成し、単行本化したものです」、とある。そのような経緯からか、読みやすい文章で、字が大きく、頁数も少なく、あっという間に読了できました。

 もともと 井上ひさし は好きな作家なので、著書をそれなりに読んでいて、書かれている内容はすでに知っているようなことが大部分を占めました。それでも、えっ?と驚くようなこともいくつかありました。

 毎日、30冊くらいのペースで本を読んでいて、蔵書は20万冊だって・・・。毎日、1冊は読みたいと思っていても、読めない日の多い私にとっては感嘆するしかありません。むろん井上が全部を最初から最後まで読んでいないのは分かっていてもです。

 「19 デジタルの時代に」という章では、「僕はパソコンを使いません。携帯電話も持っていません。メールはむろんやりません。原稿は整理する段階ではワープロを使いますが、基本的には手で書いています。それは『手が記憶する』という言葉を信じているからかも知れません。」と。
 2007年という時代だからそれが出来たのかなと思いもしましたが、井上なら2019年に生きていても同じ事を言うのかもしれません。一方、私はパソコンなしでは何も出来ない中毒患者です。パソコンで情報を集めても最後に確かめるのは書物なのですが。

 「明日命が終わるにしても 今日やることはある」などはっとするような言葉が多々でてきました。


 面白くて読みやすい本だったので、この1ヶ月、心身絶不調で本も新聞も目を通していなかった(て)が昨日は新聞をチラチラ見ていたので、面白いよと薦めてみました。全部読んでくれました。絶不調の底を通過したのかなと・・・・!