ギンランが・・・

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月28日(日)17時00分5秒

   久しぶりにいつもの散歩に。

 ギンランが咲き出しました。白い木に咲く花もいろいろと。
 フジが咲き、ツツジはミツバツツジが終わりモチツツジに。


ギンラン






コウゾ



マツバウンラン



ムラサキサギゴケ



カマツカ





 

ライムライト

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月27日(土)20時40分13秒

   なにやらさっぱり分からない10連休の初日、「梅田芸術劇場」で今日から4月29日まで開演される石丸幹二主演のミュージカル「ライムライト」の観劇にでかけました。梅田芸術劇場は2回目です。まあチケットの高価なことにビックリでしたが、これも経験と。ミュージカルなんて見る余裕のなかった現役時代の貧乏生活を思います。
 クラシックのコンサートや文楽、歌舞伎の観劇などの観客は高齢者が多いのに、このミュージカルは若い女性の観客が大多数であることに改めてビックリ。女性トイレの大行列などとビックリものがいろいろと。

 チャップリンの超有名な有名な映画と知ってはいてもチャップリン映画を一つも見たことはない。石丸幹二を「題名のない音楽会」で知ってはいても彼のミュージカルを見たことがない。それでこのミュージカルを楽しめるのか不安でしたがそれなりに楽しめ最後は感動で泣いていました。

 前半、も一つメリハリがなく退屈したので幕間にプログラム(1600円、高い!)を走り読み。それで後半はすっきり理解でき、最後は感動で涙が出ていました。























ライムライトとは
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 ライムライト(英語: Limelight)は照明器具の一種。電灯が発明され、普及する前に舞台照明に用いられた。別称はカルシウムライト、石灰灯、灰光灯。

 ライムライトのライムとは石灰を意味する英語の lime のことであり、石灰を棒状、あるいは球形に成形したものに、酸素と水素を別々の管から同時に噴出させて点火した高温の火炎(酸水素炎)を吹き付け、白熱した石灰から発した光をレンズで集光して照明に用いる。酸水素炎は2800℃に達する高温の火炎であるが、それ自体は青白い弱い光しか発しない。この火炎の中に石灰を置くと、高温になった石灰は熱放射を起こし、広いスペクトル域の可視光を強烈な白色光として発する。

 19世紀中ごろに発明され、電灯が発明される前は劇場の舞台照明として盛んに用いられたが、1878年に白熱電球が実用化されるとこれの普及に伴い次第に廃れ、20世紀初頭には使用されなくなった。その代わり、ライムライトは「名声」の代名詞として用いられるようになった。アーク灯が発明されるまでは軍艦の投光器として使われ、南北戦争中には北部の封鎖艦隊が、封鎖突破船に対する警戒や南部の港湾や要塞に対する夜間砲撃に使用した。
 

リハビリ中

 投稿者:TN  投稿日:2019年 4月26日(金)05時33分2秒

  体調は回復しています。気力が・・・・
 

おむつ

 投稿者:TN  投稿日:2019年 4月21日(日)10時35分23秒

  4月9日10時半頃、友紘会総合病院の肛門外科で
痔瘻の切開手術をしてもらいました。多分、
まだ大量に出血するからと「おむつ」をはきました。

それ以来、21日になってもまだ「おむつ」の世話に
なっています。出血が続いているからです。

ついに「おむつ」の世話になったという思いが。
母の晩年、デイケアで「おむつ」をはかされ
怒っていた気持ちを少しだけ理解できたように
思います。

 

持病(痔瘻)が悪化

 投稿者:TN  投稿日:2019年 4月19日(金)17時26分17秒

  持病(痔瘻) が再発
4月16日の文楽観劇時、最悪の状態でした。新PCの調整で睡眠不足が続いたからと思っていましたがどうもそれだけではなかったようです。文楽観劇時からお尻が痛かったので帰宅後確かめると、お尻が腫れていました。痔瘻の再発と嫌な予感、悪化を防ごうと休酒、風呂でお尻を温めるなど今までの経験からそれなりに対処。しかし時すでに遅しで、4月17日はますます痔瘻の腫れが悪化。
 4月18日、(て)が聖クリニックで受診するついでに(た)も相談してみる。感染症だから悪化しないように抗生物質を飲んで見ましょうということに。
 4月19日、抗生物質といえども即効薬になるはずもなく、辛抱できないほどいたい。もう切開しかないと覚悟し、友紘会病院へ。幸いにも今日の外科の担当医は肛門外科が専門でした。
 いろいろやりとりし今日、切開してくれることに。麻酔が効かないなどいろいろ脅されましたがまあ無事終了。抗生物質、痛み止め、胃腸薬も出してくれました。

 このままま治ってほしいなと願っています。


追記

 すぐ治る気でいたのに19日中は切開手術前と同じかそれ以上の痛みが続きました。20日になっても同じ痛み。大便どころか小便まで出ない。抗生物質と痛み止めの薬だけでは不安になってきました。
 10時前になって大小便ができそうな感覚がありトイレに。すぐに出来ました。痔瘻も 開通した感覚があり便器をのぞくと血で真っ赤。下着も膿や血で汚しましたが終わった!という感覚が。
 多分、もう大丈夫です。しばらくは体は試し運転です!
 

4月文楽公演

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月18日(木)09時25分12秒

  4月16日(火)
 4月文楽公演の招待券を(て)が友人から頂きました。午後4時開演の第二部です。
 (た)は連日WIN10PCとの戦い(?)による睡眠不足で体調が最悪でした。国立文楽劇場にたどり着くのもやっとのことでした。せっかくの公演も半分以上寝てしまうという惨めな観劇でした。
 着物で正装した女性が何人も混じっているなんとなく気取った観客の雰囲気もそれなりに気に入っています。
 「祇園祭礼信仰記」は信長、秀吉、足利将軍、松永弾正など権力者の歴史を素材にした物語、一方「近頃河原の達引」は庶民の人情話。それぞれに見所が満載でした。















 

オオルリ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月13日(土)13時54分46秒

   新しいPCを9日に買い、いろいろセットアップしていますがなかなか今まで通りの環境になりません。高い金を出して前の方が遙かに使いやすいというのはなんだかおかしなものです。やっと掲示板に投稿できるところまで回復しました。

4月12日
 午前中は成就寺さんが月参りに来てくださいました。
 午後に箕面へ。フデリンドウはまだでしたが、オオルリが出ていました。


オオルリ






キセキレイ



トキワイカリソウ



シュンラン



カタクリ



ヤマルリソウ



フデリンドウ




 

Re: アリアケスミレ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 7日(日)17時27分37秒

  pekoさんへのお返事です。


こんにちわ。
 ありがとうございます。
 今一斉にスミレたちが咲き始めているのですが
 名前を決められなくてUPはパスしがちです。

>  こんにちは。
> 庭の桜が散り始め、ハナミズキが咲き始めました。
> 季節の進みを感じます。

 茨木はハナミズキはまだです。

> きょうは、アリアケスミレを探しに出かけてきました。
> 出会いがあり、それだけで幸せ気分です。
>
>  ↓のスミレですが、ノジスミレではないと思います。
> 今ナガバノタチツボスミレが分からなくて、迷いの中にいます。
> 迷い始めると、タチツボスミレ、ニオイスミレさえ、頭をひねる始末です。
> 奥深すぎます。泣
>
>
 

アリアケスミレ

 投稿者:peko  投稿日:2019年 4月 7日(日)17時16分6秒

   こんにちは。
庭の桜が散り始め、ハナミズキが咲き始めました。
季節の進みを感じます。
きょうは、アリアケスミレを探しに出かけてきました。
出会いがあり、それだけで幸せ気分です。

 ↓のスミレですが、ノジスミレではないと思います。
今ナガバノタチツボスミレが分からなくて、迷いの中にいます。
迷い始めると、タチツボスミレ、ニオイスミレさえ、頭をひねる始末です。
奥深すぎます。泣




 

姉・紀子を偲ぶ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 7日(日)15時30分2秒

  4月1日にりそな銀行から送った香典が届いたという知らせがあった。
1週間以内なのでまあまあですね。郵便受けには銀行からの通知も
届いていました。しかし手数料の高さには吃驚です。

13日の追悼法要の時に流すというスライドショウ、約350枚の写真です。
これをDLするのが大変でした。Verが古いのかIEではダメで
Cromeでやっと。パワーポイントファイルは2.3Gbという大容量でした。


「新聞とMortuary (葬儀屋)のWebsite にObituary(死亡記事)」を出して
貰いました、とあったので覗いてみると、多分、勤君の原稿通り
なのでしょうが、中身の濃い長文でした。私たちが初めて知ることも
幾つかあり興味深かったので翻訳して親類の何人かにも送りました。



山下紀子を偲ぶ(かなりの意訳で正確な翻訳ではありません)

 山下紀子は1931年9月7日に鹿児島県日置市の近くの田代という小さな村で生まれました。永井實世・チエノを両親とする7人の子供達の長女でした。第二次世界大戦中に成長し、困難で危険がいっぱいの人生に向き合っていました。戦時中、学校からの帰り道に飛来したグラマン戦闘機から機銃掃射を受けたことがあるそうです。彼女は、日置市上市来尋常小学校に通い、その後、いちき串木野市の農芸(農業)学校に通いました。卒業後、洋裁師を目指して2年間洋裁学校に通いました。洋裁学校を終えて、2年間、鹿児島で紳士服の洋裁師として働きました。
 紀子は1953年に山下三千雄と結婚し、いちき串木野市で新婚生活を始めました。長男の勤が1954年に誕生しました。三千雄は1959年に一人で米国に移住します。そして紀子はまだ幼い勤を育て、義母の面倒を見ながら、5年間小さな農園(業)を営んでいました。1965年に三千雄と合流するために紀子と勤の親子が渡米します。紀子と三千雄はカリフォルニアのSunnyvaleにあったIwasaki農園で働きました。
 1967年に、花農園を立ち上げるために共同経営者となる他の二家族と共にサリナスに引っ越します。長女の毬子が1968年に誕生します。1973年に共同経営を解消し紀子&三千雄は自分たちの山下花農園を開業しました。花農園を手伝って貰うために三千雄の甥の萩原兼明を日本から呼び寄せました。彼らは懸命に働きましたが経営に成功するまでに随分長い年月を費やしました。

 勤はスタンフォード大学で工学博士号を獲得し、シリコンバレーで勤務した会社で多くの功績をあげました。
 一方、毬子はUCLAとCal Polyで生物学の学位を得ています。1998年に三千雄が亡くなった後、毬子が花農園の経営を引き継ぎました。
 紀子と毬子は米国や海外の多くの地域への旅行を楽しみました。そして紀子は日本の茶道、書道、小原流華道の実践を含め、多様な趣味を持っていました。紀子は彼女の人生の主要な時間の大半をサリナスの仏教寺院を支えるために費やし、仏教徒として人生を捧げてきました。紀子は、サリナス−いちき串木野市の姉妹都市協定を締結するための計画に当初から関わっていました。彼女はまたサリナスの日米市民連盟(JACL)の長期間の会員でした。

 紀子は驚異的な記憶力の持ち主でした。何十年も前の会話を思い出すことが出来ました。そして人の名前もめったに忘れることがありませんでした。多数の人々の家族関係を記憶することが出来たのは、紀子には写真(視覚)的記憶力があったためだと思います。そして紀子は歴史が好きでした。

 紀子の健康が損なわれ始めたのは、2016年に頸椎を痛めてからでした。2017年には脊柱管狭窄も発症しました。パーキンソン氏病の発症も重なった状況から、2016年に43年間も続けてきた花農園を売却する決意を家族で固めました。それ以降、毬子は彼女の全時間を紀子の介護に捧げてきました。一方、勤も紀子の近くで過ごすためサリナスに引っ越しました。
 2019年3月26日、紀子は87歳で逝去しました。自宅で息子と娘にみまもられ安らかに旅立ちました。紀子は、息子・山下勤、その妻・雪代、孫のMathewと誠司、娘・山下毬子や三千雄の甥・萩原兼明一家の心の中で永遠に生き続けることでしょう。

以下は医療、介護関係者への謝辞ですので省略します。
 

散歩道

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 6日(土)15時35分32秒

  4月6日
 歩き出すと直ぐに汗ばむ。暑い!
 桜はもうすぐ満開、ザイフリボクやアケビの花が咲き出した。





ザイフリボク(采振木)
花の形を采配に見立てた名前なのにどうしてザイと濁るのかな?



アケビ



ノイチゴ



コバノミツバツツジ



??スミレ



シハイスミレ



タチツボスミレ



ウグイス



ケリ
しきりに警告の声で鳴くので近くに雛がいるのかな?





 

入学式でした

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 5日(金)17時54分1秒

  Kanadeの小学校入学式でした。
 空のランドセルを背負ってはしゃいでいます。可愛いです!
 病み上がりでついて行けるのか不安ですが、見まもるしかありません。

8日はShionの中学入学式。

 4月も飛ぶように日が過ぎていきます。
 

カタクリが見頃に

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 4日(木)19時51分48秒

  4月4日
快晴、暖かくなると言うので箕面公園へ。

「エキスポ’90 箕面記念の森」はまだ冬でした。花はなし。
  探鳥の何人かがおられたけれど、シジュウガラとホオジロだけでした。

箕面ビジターセンター
 コマドリでもでているのか駐車場は探鳥のカメラマンで満杯でした。
 野草園ではカタクリが見頃になっていました。

箕面の滝
 山桜とモミジの新芽が綺麗でした。ハクサンハタザオが咲き始めました。


カタクリ






ミツマタに足長バチ(?)



キクザキイチゲ



エンレイソウ



ヤマルリソウ



トキワイカリソウ



ハクサンハタザオ



山桜



桜とモミジ





 

辯天さんの桜

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 3日(水)16時13分44秒

  4月になっても寒い日が続きます。

桜が7分咲きの辯天さんへ。



















折角の花見でしたが、曇りがちでやや欲求不満だったので、
いつもの散歩道にもよりました。

コバノミツバツツジ



山桜



ショウジョウバカマ



ムラサキケマン



ノイチゴ





 

あちらにいる鬼

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 2日(火)08時19分28秒

  「あちらにいる鬼」
井上荒野(いのうえあれの)、朝日新聞出版、2019年2月

(朝日新聞出版:https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20723

瀬戸内寂聴さん推薦
モデルに書かれた私が読み 傑作だと、感動した名作!!

作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。五歳の娘が将来小説家になることを信じて疑わなかった亡き父の魂は、この小説の誕生を誰よりも深い喜びを持って迎えたことだろう。作者の母も父に劣らない文学的才能の持主だった。作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう。――瀬戸内寂聴

 人気作家の長内みはるは、講演旅行をきっかけに戦後派を代表する作家・白木篤郎と男女の関係になる。一方、白木の妻である笙子は、夫の手あたり次第とも言える女性との淫行を黙認、夫婦として平穏な生活を保っていた。だが、みはるにとって白木は肉体の関係だけに終わらず、<書くこと>による繋がりを深めることで、かけがえのない存在となっていく。二人のあいだを行き来する白木だが、度を越した女性との交わりは止まることがない。
 白木=鬼を通じて響き合う二人は、どこにたどりつくのか――。

父・井上光晴と母、そして瀬戸内寂聴の<特別な関係>に、はじめて光をあてた正真正銘の問題作にして、満を持して放つ著者の最高傑作!

上の紹介と下の作者インタビューで大体この本を紹介し尽くしています。

 https://book.asahi.com/article/12122549


 井上光晴と妻、瀬戸内寂聴の理解しがたい関係を井上光晴の娘が書いた本、ウンザリしながらも最後まで読んでしまいました。けっして読んで元気になるような本ではないのですが、人それぞれに多様な人生があるものだと思いました。




 

令和だって

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 4月 1日(月)16時42分25秒

  エープリルフールの今日、新元号が発表された。
車の中で音声だけで聞いたとき、最初、聞き取れなかった。
何回も何回も聴いたり見たりしているうちに、
まあこれもありかという程度に。

米国への送金
 Marikoの口座に親類からの香典を送金するために
 JR茨木駅近くの東京三菱、次に三井住友へ、これらの支店の
 窓口からは送金できない。なんで?という感じ。

 三つ目の「りそな銀行茨木西支店」でやっと手続きができました。

 セキュリティや詐欺などの事故防止からか、手続きが面倒に
 なっています。「送金してよいか審査します」といわれたときは
 さすがにむっときました。(て)の通帳を調べてから応対が
 変わりました。何だかだと結局、約80分かかりました。

  二人のどちらかが惚けたらこんな事務手続きは無理でしょうね!!!