姉・紀子を偲ぶ 2
投稿者:TN&TN
投稿日:2019年 3月29日(金)15時56分24秒
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1997年3月
父(實世)が元気な間にと紀子姉夫婦が鹿児島を訪れました。それならとTN&TNも鹿児島へ飛びました。お義兄さんは脳梗塞の後遺症で足が不自由そうでした。父も喜んで、楽しく会話した後、姉夫婦と私たちは日置郡東市来町にある町営国民保養センター「江口浜荘」に宿をとりました。夜、Mitsuru兄から父の様態が悪化し緊急入院し、Chizuko義姉が病院で付き添っているが、かわってやってくれと電話があり、私達が病院にかけつけました。初めての入院で譫妄状態で興奮し一晩中昔のことを喋る父に付き合って徹夜になりました。江口浜荘に戻り姉夫婦に事情を説明した後、私たちは敏子姉の家で眠り休養をとってから、茨木への帰路につきました。
父(實世)はこの1ヶ月後の平成9年4月24日に94歳で亡くなりました。
1999年(平成11年)3月7日には米国の三千雄・義兄さんが72歳で亡くなりました。
1999年8月10日から17日
姉が寂しいだろうから元気づけようと2回目の米国行きを決め、なるべくTsutomu君たちに迷惑をかけないようにするつもりだったのですが、結局は Tsutomu君とMarikoさん、とくにTsutomu君の奥様のSetsuyoさんには大変お世話になってしまいました。
姉とMariko, Tsutomu一家(夫婦と子供二人)それにSetsuyoさんのいとこ二人とその子ども一人に私たちが加わった計11名の団体で、ラスベガス とグランドキャニオンに旅行するなど、十二分に米国観光を楽しみました。姉が思ったより元気だったので安心したものでした。
モントレー

グランドキャニオン


ラスベガス


2014年4月9日から19日
紀子姉が元気な内に姉妹で是非もう一度逢って話しをしておきたいと想って、敏子姉と私達の3人で米国にでかけました。今回もまたTsutomu君に全面的にお世話になりました。
時代も変わり渡航手続きのほとんど全部がネットで可能になっていました。
紀子姉は足が少し不自由な風でしたが、気持ちは元気そのもので、さすがに長女の威厳は健在でした。敏子姉は私たちよりさらに10日も長く米国に滞在し、心ゆくまで姉妹で話しあったことと思います。
その敏子姉が2017年1月31日(火)に80歳で逝去しました。
ラスベガス

サンノゼ

サリナス

2019年3月26日
紀子姉が87歳で亡くなりました。
最後まで気持ちはしっかりしていたそうです。
息子と娘に自宅で看取られるという幸せ者でした。
いつも毅然と生きた姉でした。
最愛の旦那さんや、仲良しの敏子姉に出逢えたでしょうか?
さようなら、いつでも化けて出てきて下さい。
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