「評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―」

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月31日(木)18時29分30秒

  「評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―」
米本浩二、新潮社、2017年

米本浩二 ヨネモト・コウジ(新潮社HPより)
 1961年、徳島県生まれ。徳島県庁正職員を経て早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。在学中に『早稲田文学』を編集。2017年3月現在、毎日新聞記者。石牟礼道子資料保存会研究員。著書に『みぞれふる空――脊髄小脳変性症と家族の2000日』(文藝春秋)。『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』(小社刊)で第69回読売文学賞[評論・伝記賞]を受賞した。

 石牟礼道子は2018年2月10日に90歳で逝去しました。米本は毎日新聞に素晴らしい哀悼の記事を書いています。下がその概要です。

 石牟礼は渚に立った「悶え神さん」だった。他人の不幸を自分のことのように感じる人を水俣では悶え神さんという。・・・・・しかし、「悶え神さん」の資質だけでは、石牟礼さんの書くものは通常のノンフィクションのレベルにとどまっただろう。幼い頃から貧困や狂気と接し、この世から疎外されているような絶対的孤独を抱え持ち、3度も自殺未遂し、生と死を行き来したことが、作品のスケールを大きくした。・・・石牟礼は、前近代と近代、生と死、人工と自然ーそれらのはざまで、リアルかつ夢幻的な文学を紡ぎ出していったのだ。

 上の哀悼の記事を読み、米本の「評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―」を読みたくなり直ぐに図書館で予約しました。予約順位は一番だったのに入手できたのは5月29日でした。多分、新たに購入してくれたのだと思います。TNが茨木図書館でこの本を最初に読んだ人ということになります。嬉しいです。

 石牟礼の著作からの引用がたくさんあり、石牟礼作品に馴染んでいないと読みづらい本です。それでも内容は石牟礼に対する深い愛情と敬意が溢れていて素晴らしい本でした。石牟礼作品をより深く理解するための魅力ある資料といえるでしょう。

 皇后様と石牟礼とのエピソードなどの既知のものもあるのですが、石牟礼の最大の理解者(編集者)として知られている歴史家・渡辺京二が石牟礼の食事を30年以上も作り続けているエピソードには吃驚しました。なんで(?)と思います。家庭を全く顧みない石牟礼、恋愛感情はどうなっているのと俗人は思います。志賀狂太、秀島由己男との間にも恋があったと感じさせる記述になっています。孤独を抱えた美女、石牟礼は恋多き人だったのではと感じます。
 それで何となくこの評伝をネット検索していたら日本記者クラブで米本が公演した記事を見つけました(https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/35059/report)。そこに渡辺京二と石牟礼の関係について「互いに家庭がある。恋愛感情を胸に秘めたまま踏みとどまる。見事な同志的結合…」、「2人の関係を書くことは熊本ではタブーになっていた。知りすぎてしまった。書いていないことは山ほどある」などと米本が語っているらしい。気になってYouTubeの会見動画を見てしまいました。一時間半もあるのですが、なかなか面白く、この評伝がどのように書かれたかが良くわかります。そしてこの本の紹介を書く気力がここでなくなってしまいました。



 評伝を辞書で引くと「ある人物について評価を加えつつ書かれた伝記。」とあり、「資料にそってある人物の生い立ち、業績、人柄などを紹介する伝記に批評を加えた物」といのが私のイメージです。しかし、想像していた評伝とは随分異なりました。それは米本の執筆姿勢から来ているのだと思います。執筆方針は米本の「魂」にぐっとくる事項だけを書くということだけ。これは簡単そうで難しい。「『魂』の共振がない限り、私は文章を書くことができない。」とまで書いています。石牟礼の執筆姿勢と同じだと感じます。この評伝を読んでいるとき、石牟礼本人が書いているのではと錯覚することがありました。

 この本の書評としては中沢 けい(作家)のが印象深い(http://dokushojin.com/article.html?i=1341)です。この書評からも米本がいかに「魂」にこだわっていたかを知ることができます。以下はその抜粋(するつもりがほとんど全文)です。


・・・・・・・・・・。道子の幼年期で印象的人物は、松太郎の妻、つまり道子の祖母おもかさまだ。おもかさまは松太郎が愛人を持ったことをきっかけに精神に変調をきたしていた。幼年期の道子はおもかさまと過ごす時間が多かった。幼年期のおもかさまと過ごした記憶は石牟礼道子自身が語ったものだ。評伝として資料との突合せはもちろん行われているが、暖かな声が聞こえるのである。この評伝には人の声が籠っている。人の肉声が行間から響いてくる

一九三四年、道子は水俣町立第二小学校へ入学。前年に役所が通知を忘れたために一年遅れの小学校入学だった。つづり方を習う。「この世を文字で、言葉に綴り合わせられることに驚いた。文字でこの世が復元できる。生きて呼吸する世の中をその内部から復元できる。世界がぱーっと光り輝くようでした」とつづり方を書く喜びを述懐する。この深い喜びの中からやがてこの世と並列する言葉でのみ築かれる世界が現れてくるのである。それを神話的な魂の世界と呼ぶことができる。

・・・・・・・・・。米本浩二は水俣病を描いた「苦海浄土」から石牟礼文学を見るのではなく、石牟礼文学の方から「苦海浄土」と水俣病闘争に光を当てる。社会問題告発文学としての「苦海浄土」ではなく、神話的な魂の世界の流転の物語として読み解く。

石牟礼道子の文学世界が生成されると、そこに出会いが生まれる。死の直前の高群逸枝に手紙を送ったのは三七歳の時だ。逸枝は亡くなったが逸枝の夫、橋本憲三は道子に東京の「森の家」滞在を提案する。「森の家」は逸枝の仕事場兼研究所であった。「西南役伝説」「苦海浄土」そして高群逸枝評伝「最後の人」はほぼ同時期に書き進められる。米本浩二はこの時期を石牟礼道子のインタビュー取材をもとに描き、そこに作家の話に耳を傾ける喜びがある。評伝の文章に喜びの詩が隠れている。

石牟礼道子は不思議な人だ。多くの人を引き寄せ、深く交際する。冒頭で似ていると電話をかけた伊藤比呂美ともそれ以来、三〇年もの歳月を年齢の違う友人として親しい交際を続けている。人を引き付けてやまない力が石牟礼道子にはある。海と陸地の間に渚に立つ人、人の世と魂や精霊が住む異界の間に立つ人と米本浩二は石牟礼道子を評する。シャーマン的な存在と呼ぶことはたやすい。松本浩二はそんな凡庸な解釈では満足しない。二〇〇三年新作能「不知火」の熊本上演の時の石牟礼道子の様子を「卑弥呼や西太后のような派手なオーラがあるわけではない。小柄な婦人が目立つのを避けるようにつつましく座っているばかりである」と書く。これこそ魂の啓示を神話として描くことができる作家の姿だ。

百年の時を旅してきた評伝の筆はやがて現代から現在へと近づく。先年の熊本地震のあたりになると身近な人との対話として石牟礼道子の近況が描かれる。時は現在の中でゆるやかにそして華やかに回転する。この評伝は評伝の作者自身が石牟礼道子が暮らす介護施設の一室で夕食を調理する場面で終わるのである。こんな評伝の終わり方があったかと驚嘆した。石牟礼道子という人の存在をもっともよく感じ取れる終わり方であった。





 

ササユリ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月29日(火)15時43分2秒

  2018年5月29日(火)
 大門寺のササユリが咲きました。

 お寺が立て替え工事中で、庭園は落ち着きがなく
折角のササユリが可哀想な気がしました。




















 

達志、17回忌

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月27日(日)08時09分2秒

  成就寺さんにきていただいて、今日、達志の17回忌の法要を行います。
孫は学校行事があり、私たちとDaichiだけです。親子水入らずの
滅多にない機会に。

PS
笙(しよう)の演奏が入った法要をしていただきました。雅楽は神社が主というイメージがあるのですが、仏教との縁は深いようです。

家族3人だけの法要、贅沢な時間でした。感謝です!



笙(しよう)(http://www.nihongagakukai.gr.jp/about_gagaku/instrument.html

 日本で用いられている邦楽器のうちで唯一和音を奏する楽器です。笙はその形が 羽を休めている鳳凰に似ていることから、鳳笙(ほうしょう)とも呼ばれます。オルガンのようなやわらかい音を出し、雅楽の音楽の独特な雰囲気を醸し出しています。
  頭(かしら)と呼ばれる椀型のものに17本の竹を差し込んだ形になっていおり、その17本のうち、15本に小さなリードがついていて、これが振動して音が鳴ります。 ほとんどの場合、5本または6本の音を和音にして奏します。 一般的な管楽器の場合、出したい音の音孔を開けるとその音が出ますが、笙の場合は閉じた音孔の管の音が鳴る仕組みになっています。
 また、リードが湿りやすいので、演奏前に火鉢や電熱器などで笙をくるくると回し暖めないと良い音が出ません。


下は笙(しよう)とそれを温める電熱器







 

70〜90%の治療成績?

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月27日(日)07時33分17秒

  Kanadeの一ヶ月後に退院し、通院による維持療法を続けていた男の子に白血病が再発したという。母親が妊娠中なので阪大に再入院しての治療は諦め、母親の実家の近くの九大病院に転院した。阪大での治療は、Kanadeよりもすべて順調に経過していたのでなぜ?どうして?という思いが強い。

 小児の急性リンパ性白血病は70〜90%の治療成績と言われています。患者はこれを信じて多分自分は健康になるという希望をもっています。冷静になると70〜90%の治療成績(がんでは術後5年間再発しなければ、完治しただろうと見なすことになっているらしい)というのは「5年生存率」のことでその後のことは分からない。乳がんの場合は、5年以上経っても再発することがあるので、10年が完治の目安とされています。10年というスパンで見れば小児の急性リンパ性白血病の治療成績ももっと悪くなるのでしょうね。まだ10年間は安心できないねと、今日(5月25日)の診察待ちの時に母親同士で話し合ったという。


「寛解」とは?

 がん治療で、寛解という言葉がよく使われるのは、血液のがんの場合です。たとえば、急性骨髄性白血病では最初に、抗がん剤によって白血病細胞を叩く「寛解導入療法」が行われます。そして、骨髄中に存在する白血病細胞が5%以下になった場合を「寛解」と見なし、治療の効果があったと判定します。

 しかし、これだけでは白血病細胞が再び増えるかもしれないので、さらに「地固め療法」と呼ばれる追加の抗がん剤治療などを行います。これによって血液検査をしても白血病細胞が検出できなくなり、白血病が再び暴れ出す(再燃する)ことがない状態になった場合を「完全寛解」と呼びます。

 

フタリシズカ、白いタツナミソウなど

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月22日(火)13時33分15秒

  2018年5月21日(月)
 箕面公園へ。長い間通行止めになっていた勝尾寺への道は片側通行区間はあるが通行可に。

 勝尾寺園地(種をつけたオウレンが多数、ハリエンジュがまだ綺麗でした)、政の茶屋園地(オオルリが高木のてっぺんに)、滝、EXPO90記念公園に行ってきました。

 今日は、フタリシズカ、サギゴケや白いタツナミソウと全く想定していなかった花に出逢えました。


ハリエンジュ




オオルリ




フタリシズカ




白いタツナミソウ




ムラサキサギゴケ




サギゴケ




ハクサンハタザオ




テイカカズラ




タニウツギ




エゴノキ









 

イチヤクソウ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月20日(日)16時02分19秒

  2018年5月20日(日)
 いつもの散歩道、澄んだ青空に飛行機雲が4,5本も並んでいました。

 イチヤクソウが咲いていました。木の花も少しづつ変わっていきます。

 

イチヤクソウ












ツルアリドオシ




トキワツユクサ




スイカズラ




ネジキ




カキ




ガマズミ




ソヨゴ






 

若園公園

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月17日(木)16時02分50秒

  2018年5月16日(水)
 バラが見頃だろうと茨木市若園公園に出かけました。例年、今頃はバラの最盛期で満開のバラの美しさに圧倒されるのですが、今年はなぜか物足りない感が強かったのです。開花が早くてもう終わっている花が多いことも寂しいのですが、公園が手入れされ空間が多くスッキリしすぎたからでしょうか?

(茨木市のHPより)市の花「バラ」が、市民の皆さんに親しまれるようにとの願いを込めて整備しました若園公園「バラ園」。園内には、水の流れを取り入れた全長100メートルのせせらぎがあり、バラ園全体が見渡せる展望所が設置されています。150品種、約2,300株のバラは、5月初旬から6月初旬、10月下旬から11月中旬の年2回、みごとな花を咲かせます。


 




















 

六甲高山植物園

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月16日(水)16時49分45秒

  2018年5月15日(火)
 どの花も今季は開花が早過ぎる感じがします。2013年には6月4日に見頃だったアツモリソウがはや末期でなんとなく元気がありません。また6月になってからだろうと思っていたヒメサユリが今見頃。どうも調子が狂います。でも、植物園や六甲山には色々の花が咲いていて、楽しい一日でした。

 帰りにアリマウマノスズクサを探しましたが、これはまだでした。

 

アツモリソウ




2013年6月4日のアツモリソウ




ヒメサユリ




ヒマラヤの青いケシ




クリンソウ








ミツガシワ




バイカイカリソウ




ミヤマオダマキ




ユキモチソウ















 

六甲はツツジが見頃!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月16日(水)16時10分43秒

  2018年5月15日(火)
 (て)の従姉妹JSさんを誘い六甲高山植物園へ。
 六甲山麓はハリエンジュ&タニウツギが見頃、中腹より上はヤマツツジの紅色が見事でした。この時期に訪れたのは初めてですが、まさにツツジの5月でした。植物園ではキシツツジを初めて知りました。

 

ヤマツツジ








キシツツジ




シロヤシオ




サラサドウダン
サラサドウダンにアサギマダラ、初めてです!!















流石に植物園、3種のウスユキソウに出逢えました!

ハヤチネウスユキソウ(早池峰山)




ホソバウスユキソウ(至仏山、谷川岳)




エゾウスユキソウ(礼文島)






 

久しぶりのキジ!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月14日(月)17時11分40秒

  2018年5月14日(月)
 「見山の郷」と「青少年野外活動センター」へ。
 花は端境期(?)でなにか中途半端な感じです。「青少年野外活動センター」はいつもの散歩道より高度があるため、まだモチツツジが咲いていてエゴノキの花はまだでした。タニウツギは見頃でした。

 「見山の郷」の近くで久しぶりにキジに出逢いました!

 

「見山の郷」
見山の棚田




キジ




モズ




ツバメ




オヘビイチゴ




ノアザミ






「青少年野外活動センター」
タニウツギ




ツクバネウツギ




モチツツジ




ヤマツツジ















 

NHKスペシャル シリーズ「人類誕生」

 投稿者:TN  投稿日:2018年 5月13日(日)09時53分49秒

   今晩の放送は第2集です。第1集「こうしてヒトが生まれた」(4月8日(日)[総合]後9:00〜9:49 放送)は、番組ナビゲーターが高橋一生で、最新の知見で作製という宣伝に期待したのですが、ラミダス猿人から始まる歴史観は2004年の「地球大進化」からほとんど進歩がなかったので失望しました。今回はどうでしょう?こりずに期待をこめて見ることでしょう・

(NHK−PR)
第2集「そしてヒトが生き残った」
【放送予定】5月13日(日)[総合]後9:00〜9:49

 およそ20〜30万年前に生まれた私たちの祖先、ホモ・サピエンスは、アフリカを旅立ち中東へと足を踏み入れました。そこで待っていたのは、別種の人類ネアンデルタール人との出会い。彼らとの混血で獲得した遺伝子が、私たちの進化に大きく貢献したことが分かってきています。しかし、出会いからわずか数千年でネアンデルタール人は絶滅。なぜ私たちの祖先だけが生き残ったのでしょうか? カギを握っていたのは、ホモ・サピエンスの「弱さ」とそれを補うために進化させた「協力」でした。


 

男の孤独死

 投稿者:TN  投稿日:2018年 5月12日(土)11時03分51秒

  「男の孤独死」
長尾和宏、ブックマン社、2017年12月

 この手の本が気になるのが、老人になったという事なのでしょう。予期したショックも感動もなく淡々と読み終えました。何か得ることがある本かどうかと言えば、別にという感じで、想定内の話がほとんどの様な気がします。目次で大体の内容が想像できます。

 といっても幾つかは印象に残る事も書いてあります。
1.「老後」とは? 「老」の「後」は「死」しかない。そう考えると、老後には自分はいないのだから、過剰に不安がる必要もない、だって。

2.子供に1千万円遺すより。自分のために使い切った方が絶対にいい。

3.排尿にかかる時間は象もキリンもネズミも、人間もみんな約21秒だって。これが長くなると死が近いらしい。

などなど


 結局、(て)よりTNが長生きするなんて今のところ全く予想外なので切実感がないのでしょうね。


 









 

いつもの散歩道

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月 9日(水)16時53分7秒

  2018年5月9日(水)いつもの散歩道
 たくさん咲いていたニワゼキショウやアカバナユウゲンショウが少なくなってきました。アメリカフウロを見つけました。
 樹木の花も順に移り変わっています。

 

ハリエンジュ




コツクバネソウ




スイカズラ




サツキ




エゴノキ




カナメモチ




サンザシ(ピラカンサ)




ニワゼキショウ




アメリカフウロ




ゼニアオイ















 

湖西

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月 5日(土)15時37分21秒

  2018年5月4日(金)
 7時半に茨木の自宅を出て道の駅「藤樹の里あどがわ」に着いたのは11時でした。約70kmを3時間半もかかりウンザリです。5月の連休は遊ぶのも大変です。

 ピラデストを散策していたのですが、雨が降り出したので14時半に引き返し、湖西の湖岸道路へ。「新旭水鳥観察センターは初めてです。オオバンやカンムリカイツブリに逢えました。いつものノウルシ地点ではオオヨシキリに。

 萩の浜口で国道161号に合流したのが16時、ここから大渋滞で帰り着いたのは19時、やはり3時間かかりました。

 

サワオグルマ




キショウブ




ノウルシ




コバンソウ




キンポウゲ




オオバン




カンムリカイツブリ
遠すぎて・・・。望遠鏡ではよく見えたのです。




オオヨシキリ?
葦原で大声で泣いていたのでヨシキリだとは思ったのですが
オオヨシキリとコヨシキリがあるとは・・・。顔がはっきりしない
のですが、鳴き声はオオヨシキリだったと???






















 

今津ピラデスト

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月 5日(土)15時08分11秒

  2018年5月4日(金)
 何処も渋滞するゴールデンウィークに退職者夫婦が遠出することもあるまいとは思うものの晴れていると出かけたくてなってしまいます。今年の春の花の開花時期はどこも早いので気掛かりではあったのですが、今津ならまだいつもの花が残っているだろうと、今津ピラデストに。
 見事にTNが思い描いた春の花の大部分は咲き終わっていました。オオイワカガミが少しだけ残っていて慰めてくれました。もう初夏なのでしょう。

 

オオイワカガミ




イチリンソウ




ヤマエンゴサク




ミズタビラコ




エンレイソウ




クサノオウ




フジ




キリ




タニウツギ




ウワミズザクラ















 

奇跡の人

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月 2日(水)08時14分11秒

  「奇跡の人」
原田マハ、双葉文庫、2018年1月

 単行本は2014年10月に双葉社から発行されています。単行本は既読であることを、文庫本を読み進む中で気付きました。なかなかの感動物語なのにどうして本を手に取った時、直ぐに既読であることを思い出さないのでしょう?ちょっと情けない。
 文庫本は巻末に解説があるのが一般的で、この解説が良いと本の内容をより深く理解出来て、記憶に長く残るのかなと思います。この本の解説を大矢博子(書評家)が書いています。良い解説でした。読後、ネットを検索すると大矢博子(書評家)の書評がありました。よく書かれているのでこれをそのままコピペします。


(https://ddnavi.com/review/434172/a/)

原田マハ版『奇跡の人』はなぜ明治の津軽が舞台なのか
文芸・カルチャー 2018/2/4

『奇跡の人 The Miracle Worker』(原田マハ/双葉社)
 奇跡の人──と言えば、ヘレン・ケラーに言葉をもたらしたアン・サリヴァン女史のことである。原田マハ『奇跡の人 The Miracle Worker』(双葉社)は、明治の津軽地方を舞台にヘレンとサリヴァン先生の物語を翻案・再構築した実験的な意欲作だ。

 物語は明治20年、アメリカ留学帰りの弱視の女性・去場 安(さりば あん)が、津軽は弘前で暮らす盲聾唖の6歳の少女・介良(けら)れんの家庭教師として雇われる場面から始まる。この名前を見るだけでわかるように、著者は初手からはっきりと、これはヘレンとサリヴァンの話ですよと読者に告げているのだ。

 安が出会ったれんは暗い蔵に閉じ込められ、手づかみで食事をとり、排泄の躾もできていない、まるで獣のような少女だった。そんなれんを安は「気品と、知性と、尊厳を備えた『人間』になってもらうために」根気よく言葉を教える……というところから「水」を認識するまでの流れは、まさに私たちがよく知る「奇跡の人」そのままである。

 ではなぜ著者は、この物語を明治の津軽に置き換えたのか。実は途中、“ヘレンとサリヴァンの物語”にはないエピソードがふたつ入って来る。ひとつは恐山のイタコとの出会い。もうひとつは、ボサマと呼ばれる門付け芸人(家々の玄関で音曲などを披露し、食べ物やお金を貰う人々)である三味線弾きの少女・キワとの出会いだ。イタコもキワも、盲目の女性である。

 イタコもボサマも津軽特有の風習だ。いずれも社会的身分という点では最下層ではあったが、それでも障碍を持つ女性が技術さえ磨けば食べていけるだけのシステムが、当時の津軽には存在していたと言える。そうして自立している女性と、蔵に閉じ込められて育ったれんを出会わせることで、女性でも、障碍があっても、自立できるのだということを本書は描いているのだ。そこに、弱視ながら留学して勉強してきた安を加えることで、さらに可能性は広がるのだと告げている。だから本書は明治の津軽でなくてはならなかったのである。

 このように本書には、ヘレンとサリヴァンの話を日本に置き換えることで見えてくる、さまざまな試みが散りばめられている。それら詳細については文庫の巻末解説で詳しく述べたので、ぜひ本書を手にとり、解説をお読みいただければと思う。今の日本で、まだ種々の問題があるとはいえ、障碍を持つ人や女性が平等な権利を手にしているのは多くのれんや安の闘いの成果なのだと、頭ではなく心に直接しみてくるはずだ。

文=大矢博子




 

春蝉が鳴き出した

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 5月 1日(火)15時12分22秒

   気付いたのは3日前、今朝も散歩道の峠で春蝉が泣いていました。