8月29日 茨木の山野草

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月30日(木)08時27分23秒

   極暑が続き、天気は不安定。しかし、秋近しを思わせる花がふえました。


ヒメジョオン



センニンソウ



クズ



アキノタムラソウ






オオニシキソウ



コマツナギ



ツリガネニンジン



ママコナ



オモダカ




上 アクシバ
下 ミヤマウズラ






 

Re: テスラ???

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月28日(火)22時25分46秒

  > No.5205[元記事へ]

RONさんへのお返事です。
 暑い日が続いていますが、元気そうですね。

> 昨日、子供と一緒にクイズ番組観ていたのですが、
> 『単位にもなっている科学者』という問題。
> おなじみのニュートン・アインシュタイン等よく知られている方々が並ぶ中、
>
> 「磁気に関する単位:テ○○」

テスラは、ニコラ・テスラ(Nikola Tesla)さんですね。エジソンの時代の電気技師・発明家で交流電流による電力事業を推進した人らしい。
>

テスラ(T)は磁束密度の単位。Tは 国際単位系(The International System of Units、略称:SI)でCGS単位系ではガウス(G)を使う。

1T=10000G、10G = 1mT(ミリテスラ)

昔、理学系はCGS単位系、工学系はMKS単位系を使うことが多かった。私は高校は電気科だったのでMKS単位系(長さの単位にメートル(m)、質量の単位にキログラム(kg)、時間の単位に秒(s)を用い、この3つの単位の組み合わせでいろいろな量の単位を表現していたもの)、大学は物理だったのでCGS単位系だった。最近はどちらも、MKS単位系を拡張したSI単位系が推奨されている。

RONくんの学生時代は大学(少なくとも教育学部)ではCGS単位系が主流でした。
 

テスラ???

 投稿者:RON  投稿日:2012年 8月28日(火)15時46分8秒

  昨日、子供と一緒にクイズ番組観ていたのですが、
『単位にもなっている科学者』という問題。
おなじみのニュートン・アインシュタイン等よく知られている方々が並ぶ中、

「磁気に関する単位:テ○○」

正直???「分からないー!」と叫んでいると、
風呂あがりの息子(工業高校に通っている)が「テスラ」と即答。
私「何だそれは?」
息子「普通に1年で習うだろ!?」
私「知らない!聞いたことも無い!」
息子「…(呆れている模様)」
本当に知らない。磁気が云々と言われて思い出すのは【ガウス】。
【テスラ】なんて初耳だ。

とTVが説明しだした
『昔は【ガウス】と表記していたが、××年から【テスラ】に変更された』
えっ!!!ガウスがテスラに変わった!?

驚いて某磁気肩こり製品を見れば、確かに「130mT」なる表記が。。。

うーむ。世の中変わっているのに自分は全くついていってないんだと痛感。

 

ミヤマウズラ

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月27日(月)14時19分19秒

   8月27日(月)晴れ
 久しぶりに野外活動センターへ、目当てはミヤマウズラ。昨年に発見し大喜びした地点にはなく、数年前にはあったがこの2,3年は見つけられず消滅したと思っていた地点に1株だけありました。花との出逢いは微妙なものですね。今年も大好きなミヤマウズラに出逢えたことを素直に喜びましょう。


ミヤマウズラ






ダイコンソウ



イヌトウバナ?



ヘクソカズラ



ヨウシュヤマゴボウ



ツルリンドウ



ノギラン



クサギ




 

次郎物語

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月27日(月)04時22分39秒

   「次郎物語(下村湖人著)」は、主人公・本田次郎の心の揺れ動きと成長をきめ細かに描いた五部構成の大作。1936年に書き始め、戦争の時代をまたいで18年間にわたって執筆された。
 1958年に初めて読み、中学生の頃には何回も読み直している。今回、えっ、こんなに「教育もの(or道徳もの)」臭かったのと思いながらも、新潮文庫の上、中、下の三巻にまとめられたのをあっという間に読み終えた。不朽の教育小説といわれるらしい。TNの教育観、倫理観は、この本に強く影響されていたことに気付く。「葉隠」や「歎異抄」などもこの本で初めて知ったのだと思う。

 本の概要などは下の記事に詳しい。
 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/book/kyushu100/2006/07/post_25.shtml
 

キツネノカミソリ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月24日(金)15時41分33秒

   8月22日(水)晴れ
 Shionの妹がもうすぐ生まれそうなので、そのXデーのための打ち合わせ。
そのあと「見山の郷」で水遊び&魚とり。キツネノカミソリが咲いていました。


キツネノカミソリ



魚はいっぱいとれました




 8月23日(木)晴れ
 安威川沿いのキツネノカミソリ大群落が今期はまったくダメのようですが
 やはり気になるので・・・・、まったくダメでした。新名神工事で環境悪化
 それとも鹿のせい??

いつもなら大群落がみられる安威川



新名神の工事が・・・



昨年のキツネノカミソリ



















 

Re: 八方池

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月22日(水)08時04分7秒

  > No.5200[元記事へ]

JFさんへのお返事です。

>  こんにちは。
おはよう。

> だったのですが,13日の夕方から雨が降り初め,14日の早朝4時
> では土砂降り,6時でも土砂降り,長野県ほぼ全域に「雷・大雨・
> 洪水注意報」発令中,しかも翌日雨が上がる見込みも低いということ
> で,常念岳はあきらめました。予定のコースが沢沿いでしたし。

残念でしたね!

> 間に雨が上がり,八方池で昼食を取っている間には,時々ガスも晴れ,
> 池や唐松岳へ向かう急斜面の尾根が見えました。その代わり,
> 足元はずっと見事なお花畑で,たくさんの花が咲いていました。
> ざっと挙げると,
>  ミヤマダイモンジソウ,ニッコウキスゲ,ミヤマママコナ,
・・・・・・・・・・・・・・・・・
> それから,ムシトリスミレが一株だけありました。初見です!!
> 嬉しくなりました。

 たくさんの花たちに出逢えたようですね。ムシトリスミレは私たちも昨夏に1株だけ見つけています。同じ地点だったのかな・・・と?
 キキョウはゴンドラの下のような草を刈った場所に多いのでしょうか。大阪の岩湧山が今年の春は草焼きをしたので、今、頂上のススキ原にキキョウがたくさんみられるそうです(むろん、ナンバンキセルも)。

 ハッポウタカネセンブリ、ムラサキセンブリよりはすこし小型で可愛いですね。これも昨夏に初めてみつけ嬉しかったものです。ありがとう。


> でも,来年もう一度アタックしようねと約束を交わして帰って
> きました。

 近頃はテレビで綺麗な山の風景を何回も放映するのでますます行きたくなります。
 

八方池

 投稿者:JF  投稿日:2012年 8月21日(火)14時03分26秒

   こんにちは。
 先日,八方池を散策してきました。本当は,常念岳に登るはず
だったのですが,13日の夕方から雨が降り初め,14日の早朝4時
では土砂降り,6時でも土砂降り,長野県ほぼ全域に「雷・大雨・
洪水注意報」発令中,しかも翌日雨が上がる見込みも低いということ
で,常念岳はあきらめました。予定のコースが沢沿いでしたし。
でも,朝食後,麓は雨が上がり,前線に伴う雨雲も長野県南部に
まで降りたため,もう少し北方の八方尾根あたりを散策しようか
ということになりました。ゴンドラとリフトを乗り継いでいるときは
まだ雨の中で,カッパを着ての出発となりましたが,散策している
間に雨が上がり,八方池で昼食を取っている間には,時々ガスも晴れ,
池や唐松岳へ向かう急斜面の尾根が見えました。その代わり,
足元はずっと見事なお花畑で,たくさんの花が咲いていました。
ざっと挙げると,
 ミヤマダイモンジソウ,ニッコウキスゲ,ミヤマママコナ,
ミヤマコゴメグサ,ツリガネニンジン?,タカネマツムシソウ,
ハッポウウスユキソウ,オヤマソバ,,クガイソウ,タテヤマ
リンドウ,ユキワリソウ,チングルマ(花と実),ハクサン
シャジン,ハッポウタカネセンブリ,タテヤマウツボグサ,
ウメバチソウ,ハッポウウスユキソウ,カライトソウ,キンコウカ,
シナノオトギリ,オオコメツツジ,ヤナギラン,ヨツバシオガマ,
ミヤマアズマギク,エゾシオガマ,イブキジャコウソウ,
イワイチョウ,イワショウブ,イワシモツケ,シモツケソウ,
クルマユリ,ミヤマクワガタ,ヤマブキショウマ,ヤマホタル
ブクロ,ワレモコウ,ハッポウワレモコウ,タカネナデシコ,
ハクサンボウフウ等々。本当にたくさんの花が咲いていました。
それから,ムシトリスミレが一株だけありました。初見です!!
嬉しくなりました。
 リフトの足元では,オオバギボウシやノリウツギ,ヤマ
ハハコなども咲き乱れ,ゴンドラの下には,自生のキキョウが!!
野生のキキョウも初見でした。(秋田の寒風山では,秋の七草の
うち最後の一つキキョウだけ見つけられませんでしたね。)

 私は一眼レフを持って行かなかったのですが,同行したせんぱいの
画像をいただいたので,その中からハッポウタカネセンブリだけ
貼り付けていきますね。もう一つは,ガスが晴れた八方池です。
唐松岳から下りてきた人によると,やっぱり山の上は風も強くて
怖かったとのこと。常念岳をあきらめたのは正しい判断だった
ようです。たまたま予定していた日だけお天気が悪いなんて,
どれだけ雨男・雨女が揃ってしまったのでしょう(笑)
でも,来年もう一度アタックしようねと約束を交わして帰って
きました。










 

メルトダウン

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月21日(火)09時17分13秒

  今、借りている本は「次郎物語(第一部)」、「メルトダウン」、「空也上人がいた」、「阪急電車」、「江藤さんの決断」。
 「江藤さんの決断」は2,3頁でやめた。いまさら読むべき意味は無いと放棄。
 「空也上人がいた」は、最後まで読んだ。読み返したいとは思わない。
 「次郎物語(第一部)」は児童書として注釈がいっぱいあり煩わしいが、流石に中学時代の愛読書なのですぐにのめり込んだ。中学時代は次郎に感情移入して読んでいたように思うが、今回は周囲の大人達の感情もよく分かるため、読み返してよかったと思っている。第五部まで読み続ける予定。
 「阪急電車」、著者の有川 浩(ひろ)は男性かなと思うような名前だが女性。文も女性らしい。少し昔のベストセラーで本屋に山積みされていたのを覚えている。女性らしい細やかな感情が良く表現された本。良く出来た映画を見た後、あの場面はどうだったともう一度たしかめるため続けてもう一度鑑賞したいと思うことがある。読後そんな感覚が湧いてくる本。前に買って読んだ「植物図鑑」も楽しかったので、もう少しこの著者の本を読み続けてみようかなと思う。


  さて「メルトダウン」は、予約してから随分待たされてやっと手にした本。大鹿靖明による原発事故のドキュメント。あとがきの「――「メルトダウンしていたのは、原発の炉心だけではないのだ。原因企業である東電の経営陣たち。責任官庁である経産省の官僚たち。原子力安全委員会や保安院の原発専門家たち。原発爆発企業の東電に自己責任で2兆円も貸しながら、東電の経営が危うくなると自分たちの債権保全にだけは必死な愚かな銀行家たち。未曾有の国難にもかかわらず、正気の沙汰とは思えない政争に明け暮れた政治家たち。

  いずれもメルトダウンしていた。エリートやエグゼクティブや選良と呼ばれる人たちの、能力の欠落と保身、責任転嫁、そして精神の荒廃を、可能な限り記録しよう。それが私の出発点だった。」ですべてが表されている。期待した通りの力作だった。

 著者のブログに、「大鹿靖明 『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を執筆して/ジャーナリズムを考える」があって、メディアもメルトダウンしていたと指摘している。一部だけ抜き出すと

 記者がまるでタイピストなのだ。原発が相次いで爆発したというのに。・・・・・
 だから「大本営発表報道」などというありがたくない批判を頂戴したのだ。メルトダウンしていたのは原子炉だけではない。報道の現場でも起きていた。揚げ足をとられないように気遣う東電本店の広報担当者と、それをもとにパーツ原稿を書く記者たち、私にはどちらも同じ「種族」に見えた。


  TNは「脱原発」が正しい選択と確信しているので、この本の意味、価値をその立場から高く評価し、嫌われ者の菅前首相にもそれなりの評価をしている。

一方、菅嫌いや原発推進派の人がこの本を読むと「菅内閣“御用達”の原発事故てんまつ記」となるらしい。難しい世の中だ!
 

鵜殿のヨシ原

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月19日(日)20時17分25秒

   高槻市を流れる淀川右岸に”鵜殿のヨシ原”がある(このあたりであった戦の敗軍の兵が落ち鵜のように浮いたので「鵜河」と呼ばれたと古事記にあり、平安時代の旅人の宿を「鵜殿」と呼んだ、これが地名となったという)。鵜殿は長く低湿地であり、ヨシが茂り、それはよしずやすだれ、また雅楽の篳篥(ひちりき)にもつかわれてきました。
 今日、毎年恒例の盂蘭盆会施餓鬼供養で父母や次男を偲び、成就寺さんの講話をきいた。その中で一番印象に残ったのが「鵜殿のヨシ原」の話。今、建設中の第二名神高速の工事が進めば鵜殿の近くに橋がかかり、淀川の流れがかわりヨシ原は壊滅的な損傷を被る。ここは上に書いたように歴史ある場所であるうえに、そのヨシは雅楽関係者ならみんなが知っている篳篥(ひちりき)の最良の材料であった。
 既に、1970年から洪水を防ぐための河川工事で、鵜殿は乾燥し、ヨシが減りオギが増え(このオギにオオナンバンキセルが寄生している、皮肉な現象ですね)、陸地の植物が増えていたらしい。しかし、1990年代からヨシ原を護る運動がもりあがりヨシ原が回復しつつあった。
 そして、第二名神、ここでまた鵜殿のヨシ原は衰退の運命をたどりそうです。文化や自然保護は後回しの最近のなさけない大阪の一端がここでも露出します。

−ウィキペディアから−
(篳篥の)舌の材料に用いられる葦は琵琶湖、淀川から採取されることが多い。なかでも淀川右岸の鵜殿で採取される葦は堅さ、締り共に最良とされていた。しかし環境の悪化の影響で材料に使える良質な葦の確保が難しくなっている。


 

Re: バアソブ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月19日(日)17時20分15秒

  > No.5196[元記事へ]

pekoさんへのお返事です。

>  まだまだ暑いですね。
> きのうの雷雨の影響は、ありませんでしたか?

ありがとうございます。連日の激しい雷雨にビックリですが、
幸いなんの被害もありません。今日は夕立だけで済みそうです。

>  きょうは、バアソブを見に行ってきました。
>
 霧ヶ峰高原の八島ヶ原湿原でこの夏に初見で嬉しかった花です。
”ツルニンジンより小さい”、ということだけは直ぐ分かったのですが
”全体に白い毛がある”というのはその時には意識できなかった特徴です。
この写真をみると確かに葉のウラは毛が多いように見えますね。

婆さんの”そばかす”という意味らしいのですが、ちょと可哀想な名前ですね。
 

バアソブ

 投稿者:peko  投稿日:2012年 8月19日(日)16時43分54秒

   まだまだ暑いですね。
きのうの雷雨の影響は、ありませんでしたか?

 きょうは、バアソブを見に行ってきました。





 

お盆の花たち

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月17日(金)04時43分37秒

   8月15日(水)晴れ
 5時45分〜6時15分 茨木市宿久庄を散歩



タカサゴユリ



キクイモ



カラスウリ
咲き残っているかもと思っての早朝散歩でしたが、はや閉じていました。
たぶん雌花、雄花の基部には節があって、花が咲き終わるととても
脆くなり、簡単に折れます。役目が終わった部分をすぐ捨て去るのです。






19時20分頃のカラスウリ
18時40分から19時20分の開花ショウーは
http://temiko9430.wordpress.com/




 8月16日(木)晴れ
 8時50分〜10時50分 箕面市、清水谷を散歩
 昨年、シカよけネットを張り巡らしてあったので少しは植生が回復しているかも知れないと期待して出かけたのですがさっぱりダメでした。昨年消えたカリガネソウなどだけではなく、ついにマネキグサが見つかりません。回復したのはナンバンハコベぐらいかな?


オオキツネノカミソリ






ハグロソウ



ナンバンハコベ



ヒダサンショウウオ




 

茨木シネマクラブ 8月例会

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月15日(水)14時33分44秒

  「おじいさんと草原の小学校」

 原題 THE FIRST GRADER、製作年 2010年、製作国 イギリス、配給 クロックワークス、上映時間 103分

監督 ジャスティン・チャドウィック
脚本 アン・ピーコック
キャスト
(ジェーン・オビンチェ) ナオミ・ハリス
(キマニ・ナンガ・マルゲ )オリヴァー・リトンド
(チャールズ・オビンチュ) トニー・キゴロギ
(アルフレッド先生) アルフレッド・ムニュア
(エリザベス先生) ショキ・モガパ  など

映画のストーリー
 アフリカ大陸にあるケニア共和国。独立を勝ち取り、イギリスの植民地支配から解放されて39年。2003年、ついに政府が無償教育制度をスタートした。田舎の小学校の前に押し掛ける何百人もの子供たち。その中にはただ一人、84歳の老人の姿もあった。彼の名はマルゲ(オリヴァー・リトンド)。今まで教育を受ける機会がなかったマルゲは、“文字を読みたい”という一心から何キロもの道のりを学校まで歩いて来たのだ。とはいえ、老人であるマルゲが小学校に通うことは認められない。周囲の人々にからかわれながらも通い続け、門前払いされる日々を繰り返す。やがてその情熱に突き動かされた校長のジェーン(ナオミ・ハリス)は、周囲の反対を押し切って彼の入学を認める。子供たちに混じって、初めて学ぶことの楽しさを知るマルゲ。ジェーンも次第に彼の良き理解者となってゆく。とはいえ、彼の毎日は楽しさだけに彩られたものではなかった。50年前の悪夢が毎夜、彼を苦しめ続けていたのだ。独立戦争の兵士として闘う中で、愛する妻子や仲間を目の前で虐殺され、強制収容所で拷問を受けた日々……。過去に打ち勝つため、未来を変えるため、マルゲは勉強を続ける。その情熱は、歴史を知らない幼い級友たち、そして政府までをも動かしてゆく。

 TNは1984年8月〜10月と1986年10月〜11月に「東アフリカにおける第三紀霊長類と古環境の研究」の海外調査隊の一員としてケニヤにでかけています。そのためこの映画に出てきた風景の全てが懐かしく心にしみました。特にアカシアのある風景はこれがケニアだ!と・・・・。また、首都ナイロビは(約30年前と比べれば)随分綺麗になったようにみえました。

 良い映画でした。泣けました。

 2003年以降の実話なのに、小学校で教えるのが英語だったのに軽ーいショックを受けました。ケニヤは部族ごとに言葉もことなるためか、公用語として東アフリカの共通語といえるスワヒリ語を使っています(PS ふと気になって調べると英語も公用語でした。役所や銀行では英語だったことを思い出しました)。それにもかかわらず小学校教育が英語というのにいらだちさえ感じます。ナイロビ大学の学生と話したとき、日本の大学で私がサイエンス(理科)を日本語で教えているということに異常な関心を示しました。彼らにとっては非常に羨ましいことだったのです。スワヒリ語には、理数の専門用語がないのです。江戸−明治時代から現代まで、西洋文化の用語を必死に日本語に翻訳した先人の努力のおかげだと強く思ったことでした。私たちは何でも日本語で考え学ぶことができるのです。ありがたいことだと又今日改めて思いました。


  この映画にはTNが経験したケニアの嫌な面が隠さずにでていました。貧しい庶民、小賢しい小役人、袖の下を要求する不潔な輩、などなど。
 それと英国人というのはやっぱりよく分かりません。この(英国)映画も初めはアメリカ映画と同じで登場人物全員が英語だけで押しとおすのかとおもえば、そうでもないところもあって(英語の字幕が出た部分)、厚かましいのか、誠実なのか????です。
 

青い山脈

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月14日(火)08時47分29秒

   お盆、墓参りは済ませた。自由な時間があるのに天気が悪い。今朝も激しい雷雨で鉄道が停まり、名神高速が通行止めになったりしている。山に行く気にもなれず読書三昧。
 「突然、妻が倒れたら」や「父開高健からまなんだこと」のような重いテーマの本に疲れ、何十年かぶりに石坂洋次郎の本に手を出す。この人の本は中学3年の時に読みあさった。まず「青い山脈」を読む。あの、「・・・変すい変すい私の変人」というラブレター騒動など懐かしい。しかし、いかにも古いなあ・・・という感じ。昭和22年に書かれたもので”民主主義を啓発させることにも貢献した”と評価されている時代物、たぶん昭和33年に読んだはず、その時は何も古いとは感じず、むしろワクワクして読んでいた。映画にもなり1949年・1957年・1963年・1975年・1988年(昭和63年)の5回も製作されている。少なくとも昭和の間は古さを感じさせない作品だったのかな、と思う。

あいつと私
  昭和36年発表だが、こちらはそれほど古さを感じさせない。BGというような死語(商売女の意味があるためOLと言い換えられた)が古さを感じさせる程度。読み返すと石原裕次郎・芦川いずみのために書かれた本と思えてくる。

 これらを読んで、単なるノスタルジアかも知れないけれど、昔読んだ本を読み返すのも楽しいと実感した。で、中学時代のもっとも愛読した「次郎物語」を無性に読みたくなり予約した。
 

貧困と愛国

 投稿者:TN  投稿日:2012年 8月11日(土)08時42分26秒

   最近、週に4,5冊は読んでいる。今週、図書館で借りたのは「かの子の記」、「もう、きみには頼まない」、「貧困と愛国」、「新潮現代文学」、「突然、妻が倒れたら」、「父開高健から学んだこと」の6冊。いろいろな本棚をざっと見回し、読めそうだなと感じた本を、内容をほとんど確かめずに借りている。たぶん乱読。
 先週に読んだ佐高信の「石原慎太郎の老残」で、佐高が叩く石原慎太郎、小泉元首相、竹中平蔵・・・・・などは、私も大嫌いなので佐高の本をもっと読んでみたいと雨宮処凜との対談「貧困と愛国」を選んだ。雨宮処凜は新聞でみるエッセイしか知らないが気になる女性だった。この本により、予期以上に彼女たちの世代の問題についていろいろ考えさせられた。

プレカリアート(イタリア語で”不安定な”を意味する「プレカリオ」と「プロレタリアート」の合成語で、非正規雇用者及び失業者の総称)、フリーター、ひきこもり、ニート、ロスト・ジェネレーション、貧乏くじ世代、プレカリアート系、メンヘル系(メンタルヘルス系、ココロ系)、スピリチュアル系・・・・などなど。雨宮処凜が関心を持つ同世代を表す用語がいっぱいで、私には消化不良気味。

 雨宮(1975年生)は長男より一歳上、佐高(1945年生)はTNより一歳下、従って佐高の言うことは当然すぎて読み終わったあと特に残ったものはない。しかし、雨宮の発言を長男の世代のことを思いながら読んでいたためか色々思い起こすことが出来る。

 若い人たちがどうして右翼、愛国を支持するのかが気になってはいたが、今までその意味を理解出来なかったが、「多くの同世代が企業社会にも入れずにフリーターとして浮遊している状態だったので、そうなると私には行き着く先はナショナリズムしかなかったというか、国家しか帰属先がないように感じました。学校で教えられてきた『頑張ればなんとかなる』みたいな言葉が頑張っても何ともならない不況の中で、全部嘘だったんだという思いが漠然と生まれて、『学校では教えてくれない靖国史観』が結果的にすんなり入ってきた。」というような雨宮の発言で分かったような気になった。

 彼女の発言からフリーターや派遣の人達の現状もよくわかる。

「フリーターのままだと、餓死するかホームレスになるしかない。」
「派遣の人は機械以下。機械は壊れたらメンテナンスして直してもらえるけども、派遣の人間は、壊れた、怪我した、風邪引いたで簡単に廃棄されますから。」
「外人部隊と日本人部隊があり、外人部隊のほうがキツい仕事をしている。賃金にも差があり、外国人労働者は日本人の派遣労働者のガス抜きになっている。」

 このようなフリーターや派遣の人達を救おうと雨宮たちはプレカリアート系の運動を進める。この本を読んでその意義がよくわかった。それでは佐高やTN世代がなにを手助けできるのか、佐高は何も答えていないし。私にもまだよくわからない。

 以下は気になった発言の抜き書きである。

プレカリアート系の運動 
 生きさせろ! 怠ける権利。逃げることは抵抗の武器。

 ニートやフリーターが生きづらいのは自分だけの責任ではない、むしろ社会にこれだけ問題があって、政策的にもこういう落ち度があったからなんだということをどんどん言って、「だから、フリーターやニートが貧乏で不安定でも、それは自己責任ではない」という考え方ですよね。

 フリーターは頑張れば頑張るほど時給が下がっていく。
 文句も言わず、過労死も厭わない人材が求められている。

 フリーターも労働基準法に守られているということ自体知らないし、組合の存在自体も知らないからめちゃくちゃな労働環境を受け入れざるを得ない。

 フリーター労組 生存組合

 雨宮処凜が社会に目覚めたのは、20歳の1995年、阪神大震災、オウム事件、戦後50年。

 フリーターの人たちの多くがまだホームレスになっていないのは、親がいきているからじゃないですか。親にたよれないフリーターはどんどんホームレス化しているという状況なので・・・・

最低限の生存を守る
 運動としては、社会保障があればなんとか生きていけるから生活保護の受給ノウハウを交換したり、鬱病で働けない場合などは障害者手帳をとることでなんとかセーフティネットにひっかかりやすくしています。自衛の手段として。そういうことをメンヘル系の人たちは90年代後半からやってきました。プレカリアートの運動でも、ネットカフエ難民になってしまったら、とにかく生活保護をとって、まずは屋根の下に住んで普通のフリーターに戻るという道があるので、そこは共通していて、かろうじて最低限の生存を守るという部分で共闘できるかなと思うんです。

国が自己責任といったら疑え
(佐高)本来、国というのは自己責任でやれない部分を仕事にしているわけですから、政治家も役人も自己責任といってしまったら、それは自分たちの役割放棄、自己否定ということです。

PS どうでもよいことですが
1.佐高「自殺に至る共同体というのは、一人ひとりの孤立感があまりに深いから、共同になった場合には一気に死の方に磁場がバーツと行っちゃうということですか。」というのに引っ掛かる。前後の文脈から意味は分かるような気もするが、「磁場がバーツと行っちゃう」て????状態です。こんなところで物理用語を使われると頭の固い私はパニックになる。
2.雨宮処凜はかなり有名人らしくウイキペディアに記載がある(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A8%E5%AE%AE%E5%87%A6%E5%87%9B)。そこに鳩山由起夫がお気に入りのようなことが書いてある。今も?とちょっと不思議な感じ。
 

イワタバコは見頃でした!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月10日(金)14時16分9秒

   8月10日(金)晴れ
  オリンピック観戦疲れか、いつもの散歩に出かける気にならない。
しかし、家でごろごろしているのも暑いだけ、それでは涼しいところへ
でかけましょうと、イワタバコに逢いに高槻の山の中へ。
 イワタバコは見頃でした。清流の河原で湯を沸かし、ラーメン&コーヒー
を楽しみ、アルプラなどで買い物をして帰宅。

 フウランは残り花、ナゴランは終わっていて、他にめぼしい花は無し。


イワタバコ









フウラン



カラスアゲハ?



ミヤマカワトンボ?



 

弁天さんの花火

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 9日(木)02時20分34秒

  8月8日は弁天さんの花火、孫と花火を楽しみました。
同じ日にあった琵琶湖花火大会は30万人の人出、一万発の花火らしい。
弁天さんは10万人の人出、3000発の花火、琵琶湖の三分の一の規模か。

動画も撮ってみました↓

http://www.youtube.com/watch?v=6PtQpsHgD58















茨木市の夜景 後ろの山は生駒山



 

おかえりなさい

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 8日(水)15時34分55秒

  > No.5188[元記事へ]

pekoさんへのお返事です。

> 早くも立秋を迎えましたね。暑さもあと、ひと月の我慢でしょうか。

大阪はまだ35℃越えの暑さですが、関東は今日は涼しいとか???
>  元気に大雪山系を歩いてきました。

> リンネソウは、終盤でしたが、残っていてくれました。
> お世話になりました。

HP表紙のリンネソウは咲き出したばかりのように瑞々しいですね!

>  白雲岳避難小屋周辺の クモイリンドウをお土産に置いていきます。
> 立派な株でした。

まだまだ知らない花たちがたくさん生存しているのだと思うと楽しくなります。
ありがとう
 

ただいま です

 投稿者:peko  投稿日:2012年 8月 8日(水)09時29分28秒

   おはようございます。
早くも立秋を迎えましたね。暑さもあと、ひと月の我慢でしょうか。

 元気に大雪山系を歩いてきました。
リンネソウは、終盤でしたが、残っていてくれました。
お世話になりました。

 白雲岳避難小屋周辺の クモイリンドウをお土産に置いていきます。
立派な株でした。


 

伊吹山へ(4)

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 6日(月)05時21分49秒

   8月5日(日)晴れ
 7時45分 山頂駐車場をでる。途中、静馬ヶ原で散策。
 9時20分 伊吹薬草の里文化センター 薬草園を散策。
 9時40分 旬彩の森
 12時   帰宅

7時52分 イブキボウフウ



7時54分 キオン



8時4分 イブキコゴメグサ



8時12分 バライチゴ?



8時40分 カラスウリ



9時22分 ワレモコウ



9時22分 オミナエシ



9時24分 カリガネソウ



9時25分 オニユリ



9時27分 オオヒナノウスツボ




 

伊吹山へ(3)

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 6日(月)04時40分26秒

   8月5日(日)晴れ
 7時5分〜7時40分 西遊歩道を下る。


7時9分 ホタルブクロ



7時32分 ヤマホタルブクロ
ホタルブクロは萼片と萼片の間に三角形の付属体がありこれが上にめくれる。
ヤマホタルブクロには付属体はなく萼片と萼片の間がぷっくりとふくれている。
ヤマホタルブクロの方が色の濃いのが多い。(高い山ほど紫外線が強いので
色が濃くなるときいたが真偽不明。)



7月29日美ヶ原のヤマホタルブクロ



7時10分 キリンソウ



7時11分 キンバイソウ






7時21分 クルマバナ



7時25分 クサフジ



7時26分 トモエソウ



7時34分 ルリトラノオ
クガイソウばかりが目につき、やっとみつけた。
葉が対生で葉柄がない、クガイソウは輪生。




 

伊吹山へ(2)

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 6日(月)03時40分1秒

   8月5日(日)晴れ
 3時 目覚める。強風で車が揺れる。雨も・・・・
 3時15分、ドライブウエイの営業時間は3時から22時、それで3時にドライブウエイに入った車は早くても3時半過ぎに山頂駐車場につくのだろうと思っていたら、15分過ぎに次々と到着。たぶん多数の車が開通を待ったので、時間前に入れたのでしょう。それにしても、頂上付近のこのガスを知っていたら上がってこないだろうと思うのですが。麓はきっと晴れていたのでしょう。それにしても、このガスに強風ではどうしようもないだろうと思うのに新たに到着した人達の半数近くは、強風をものともせず登山開始。私たちはご来光を拝むのは諦めて、風の収まるのを待つ。5時半には、はや下山してくる人もある。

 6時30分 まだ風は強くガスも消えないが、明るくなってきたので、山頂へ行くことにする。最短の中央遊歩道を歩く。流石に最短コースで30分足らずで山頂へ。山頂の売店はすべて営業中、仮眠の設備まであった。


6時32分 ダイコンソウ



6時33分 ウバユリ



6時36分 メタカラコウ



6時52分 オオバギボウシ






7時



7時1分 イブキジャコウソウ



7時2分 カワラマツバ



7時2分 コイブキアザミ




7時5分 いつもは登る西遊歩道を下る。

7時12分 





 

伊吹山へ(1)

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 5日(日)17時30分5秒

   8月は7日からの約1週間が自由な時間が最も多いので山に行きたかったが天気予報に晴れマークがない。4日(土)と5日(日)は晴れそう、で急に思い立ち伊吹行きをきめた。伊吹の山野草に逢いたいのは言うまでも無いが、夕日と日の出もみたいので伊吹山頂駐車場で車中泊にした。

 8月4日(土)晴れ
 15時 自宅発 茨木IC−名神高速−米原IC
 16時20分 JR醒ヶ井駅駐車場 地蔵川のバイカモ

16時40分 地蔵川のバイカモ
水量が多く花は少ない。観光客にみせるために
手を入れたような気配のある数カ所にだけ見頃の花。
夕方というのに伊吹山帰りの観光バスが次々に到着。
昔はもう少し静かだったなと思いながら早々に退散。





17時 伊吹山ドライブウエイ 花を楽しみながら山頂駐車上へ 18時10分着
   期待の夕日は、日没前にガスがでて中途半端に終わりました。

17時41分 フシグロセンノウ



17時50分 シデシャジン



18時3分 クガイソウ



18時4分 シモツケ



18時4分 シシウド



18時4分 カワラナデシコ



18時5分 イブキトラノオ



18時5分 コオニユリ





18時23分 




駐車場で夜明けを待つ車は少なくとも20台はある。しかし、ガスで遠くはみえない。
夜中、強風で車が揺れる。雨まで降っていた。これではご来光は無理と諦める。
 

じじババ馬鹿

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 3日(金)13時47分42秒

  孫が幼稚園の1日キャンプに参加して戻った日、鉄棒の前回りができたと大はしゃぎ。みんなにみせたくてみせたくて・・・・。
じじババは珍しく動画にとりました。動画編集はあまり経験がないので、Windows Live ムービーメーカーで試行錯誤し編集、ついでにYouTubeにUp.他人にはまったく面白くないだろうなと分かってはいるのですが。じじババ馬鹿でした。

http://temiko9430.wordpress.com/
 

7月も終わりです・・・・

 投稿者:TN&TN  投稿日:2012年 8月 1日(水)08時58分30秒

  下のファイルを更新しました。>


7月の花


蓼科山・霧ヶ峰・美ヶ原

立山