原田の本、4冊目と5冊目です。
『
でーれーガールズ』
原田マハ、祥伝社、2011年9月
(Amazonの商品内容紹介)
漫画家の小日向アユコ(本名・佐々岡鮎子)は30年ぶりに高校時代を過ごした岡山県にやってきた。母校の女子高で講演会をするためだ。 講演会前々日、この機会にと高校の同級生たちが同窓会を開いてくれた。そこでアユコは30年ぶりに親友の武美と再会する。武美は母校の教師になっていた。アユコを招いたのも武美だという。実は30年前、アユコと武美には忘れられない思い出があった。 1980年、岡山――。東京から引っ越してきたばかりの佐々岡鮎子はクラスに友達がいない。心の支えは、かっこよくてギターもうまい大学生の彼、ヒデホくんだった。ところが、二人を主人公に描いた恋愛マンガを、クラスの秋本武美に見られてしまう。美人で勝気な武美に、鮎子はいつもからかわれていたのだ。しかし、武美は物語の続きを読みたがって……。かけがえのない友だちに会いたくなる、感動の物語。
(ウィキペディア)
作品の舞台となった岡山県岡山市は、著者である原田にとっては思春期を過ごした場所でもある。特に本作の主人公たちが通う学校は、原田の母校である山陽女子高等学校がモデルとされており、そのため2015年の映画版では同校が特別協力団体のひとつに名を連ね、それが強調された演出がとられている。
岡山弁が主要言語の本は初めてでそれなりに興味深かったのですが、女性コミック調の話の展開は苦手です。話が突如、全く別の思い出話に切り替わるという手法は、他の作者(例えば、さだまさし)もよく使うが、私は嫌いです。結論は、あまり面白くない本でした。同じ著者の作品でも、嫌いな本と好きな本が混在するというまあいつものパターンでした。
『
キネマの神様』
原田マハ、文藝春秋、2008年12月
内容(BOOK データベースより)
39歳独身の歩は突然会社を辞めるが、折しも趣味は映画とギャンブルという父が倒れ、多額の借金が発覚した。ある日、父が雑誌「映友」に歩の文章を投稿したのをきっかけに歩は編集部に採用され、ひょんなことから父の映画ブログをスタートさせることに。“映画の神様”が壊れかけた家族を救う、奇跡の物語。
この本は面白い。一気に読み切る。たぶん映画好きには今以上に映画が好きになる本でしょう。感動ものでした!
原田作品をもう少し読んでみようと思います。
官賊と幕臣たち
投稿者:TN&TN
投稿日:2016年 3月27日(日)16時23分9秒
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『官賊と幕臣たち
〜列強と日本侵略を防いだ徳川テクノクラート〜』
原田伊織、毎日ワンズ、2016年2月
前作、『明治維新という過ち』を再読してから読む。原田の文章に慣れてきたのか意外に気持ちよく読み進められた。
「大震災と原発事故から既に三年半が経過したが、東京電力が今も”しゃあしゃあ”と営業していることが不思議であり、何故この犯罪企業を放置しておくのか、私には理解不能である」、「明治の新政府や旧幕人を含む明治人は、多くの造語を作り、翻訳の名人であった。平成の官僚にはこの能力が全くなく、なんでも英語をそのままカタカナにするだけで、この無神経というか、無教養ともいうべき感覚は民間にも定着してしまっている」や「アヘン戦争の残虐な事実は、・・・・、アメリカによる原爆投下を含む無差別空爆による日本市民の虐殺、ナチスによるユダヤ人虐殺と並んで世界史に残る『人道に対する三大犯罪』として長く記憶されねばならない」という原田の感覚は好きだ。
『官賊と幕臣たち〜列強の日本侵略を防いだ徳川テクノクラート』では、「明治維新の逆賊」として軽んじられてきた徳川の英傑たち(“幕末の三俊”と言われる岩瀬忠震、水野忠徳、小栗忠順や、川路聖謨(かわじ・としあきら)に焦点をあてている。いずれも特に外交で奮闘した優秀な官僚たちだ。
恫喝外交をしかける欧米列強外交団、大英帝国の支援を受けた薩摩・長州、特に長州ののテロリズム、それらと命を賭してわたり合った幕臣たち、という話がこれでもかこれでもかとでてくる。
一例として川路聖謨のことを少し詳しく紹介する。
ペリーが1853年に浦賀に来航し、翌年に再び来航して日米和親条約を結んだ頃、ロシアも対日接近を図っていた。
1853年に長崎に来航したプチャーチンとの交渉に臨んだのは、勘定奉行で海防掛を兼務していた川路聖謨。川路は全権大使としてプチャーチンと渡り合った。
「幕府は外交交渉を援護すべき強大な軍事力を持っていない。一方、ロシアはアメリカ同様、それを背景に交渉に臨んでいる。川路は、軍事力に裏打ちされた国際関係の力学を十分理解しながらも、武家社会、日本の代表として徹頭徹尾、正論を押し通した。その結果、ついに国境線の策定においてロシア側の譲歩を引き出した」
プチャーチンは川路の交渉力に感服し、2人の間に信頼関係が生まれた。1887年には、プチャーチンが乗船していたディアナ号が沈没した時に世話になった伊豆の戸田村(現・沼津市)を彼の孫娘が訪ね、当時村人から受けた好意に感謝し、プチャーチンの遺言として100ルーブルを寄付している。
優秀な徳川幕臣たちは、その知力と人間力を武器に欧米列強と正面から渡り合った。しかも、天皇の幕府に対する大政委任という政治上の大原則を一貫して崩さず、薩長を中心とした尊攘激派、いわゆるテロリストがわめく教条的な“復古主義”を徹底して排除したことで、この国が二元政治状況に陥ることを辛うじて防いだ。彼らのおかげで幕末日本は欧米列強の侵略を防ぐことができた。というのが原田の主張だ。
今回、一番印象深かったのは「其の一 鎖国とはなんであったか」でした。戦国時代の“戦”とはどのようなものであったのかから、鎖国(貿易制限)に至った過程を説いています。
戦国時代、武士達の手足となり白兵戦を行ったのは百姓達を含む雑兵であり、掠奪・放火・強姦なんでもありの戦場だった。掠奪の対象の中心は物より人だった。「乱取り」によって生け捕られた男女が、商人によって売買されるという奴隷制度があったという知りたくない日本の歴史が紹介される。武田信玄や上杉謙信などの高名な武将も「乱取り」のための戦をしていたという。イエズス会が日本にきてからは、ポルトガルの奴隷商人が日本人奴隷をマカオやマニラで売りさばいた。まず秀吉が「人身売買停止」を命令し、徳川幕府になって「切支丹禁止令」がでて、つぎに鎖国となる。西欧国から通商相手としてオランダが選らばれた理由に関連して、その時の西欧列強国の力関係も解説されている。
良い本でした。あまりに知らないことが多すぎて、全体をもっとよく理解したいので、いろいろ調べてみたいなという意欲が湧いてきました。
井伊直弼が「一期一会」という言葉の創作者だったなんて知らなかった!
たまたま、今朝の毎日新聞に小島英記著『幕末維新を動かした8人の外国人』の書評がありました。それを読むと原田が卑劣なやからとこきおろす外交官のハリスやオールコックを褒めているようです。この本もいつか読んでみようと思います。歴史の読み方は難しいですね。

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お医者さんで作家
投稿者:TN&TN
投稿日:2016年 3月 9日(水)09時32分11秒
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お医者さんで作家でもあるという方がたくさんおられる。お医者さんというのは大変な仕事であり忙しくて自由になる時間は少ないはずなのにのにどうして本を執筆する時間を作っているのだろうといつも気になる。文豪・森鴎外は別格として、最近読んだ中からでは「死都日本」の石黒耀、「神様のカルテ」の夏川草介、「チーム・バチスタの栄光」の海堂尊などを「お医者さんで作家」とすぐに思い出す。
今、霧村悠康の「昏睡 かくされた癌」と久坂部羊の「無痛」を読み終えた。どちらも現役のお医者さんの本、おまけにどちらも阪大卒、阪大って変人が多い大学なのかなっとちょっと気になる?
「昏睡 かくされた癌」
霧村悠康、新風舎、2006年
阪大病院とくれば白い巨塔、まあ分かりやすいといえば分かりやすいのですがあまりに当然すぎて面白くない。権力(出世)を目指す俗っぽい大学人と良心的過ぎて大学を離れていく医者などの登場人物も想定の範囲内。
「かくされた癌−作られた癌」というのが主題のようなのですが、どうも話の道筋がよく分かりません。
「無痛」
久坂部羊、幻冬舎、2006年
この著者の本は、いつも中頃まではワクワクしながら読むのだが、最後はバタバタとしていてあまり面白くない結末がやってくる。
今回は患者の顔つき、姿勢、歩き方などを観察するだけで病気が読める医者が2人も出てくる。それも治療で治るのか治らないのかまで読めてしまう。余命の短い人に無理に治療する必要はないと本気でこの著者は考えているのだろうなと、幾つかの小説を通して感じている。


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空飛ぶタイヤ
投稿者:TN&TN
投稿日:2016年 3月 3日(木)09時10分48秒
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『空飛ぶタイヤ』
池井戸潤、実業の日本社、2008年
池井戸は「倍返し」の台詞で有名になったテレビドラマの原作『オレたちバブル入行組』や『下町ロケット』など話の展開が早くワクワクする楽しい本をたくさん書いている。話題になった本はどれも読んでしまったように思いしばらく遠ざかっていた。しかし、図書館の「今日返却された本」棚に『空飛ぶタイヤ』があり、突然、再読したくなった。
533頁もあるのにあっという間に読了、やはり面白かった。
「三菱自動車のリコール隠し」を題材にしていて、具体的には「2002年の横浜母子3人死傷事故」をベースに物語を展開している。実話は次の通り。
(ウィキペディア)
2002年1月10日、神奈川県横浜市瀬谷区下瀬谷2丁目交差点付近の中原街道で発生した事故。綾瀬市内の運送会社が所有する重機を積載して片側2車線の走行車線(事故当時、付近にガードレールはなかった)を大型トレーラートラックのトラクター(ザ・グレート、1993年製)の左前輪(直径約1m、幅約30cm、重量はホイールを含めて140kg近く)が外れて下り坂を約50m転がり、ベビーカーを押して歩道を歩いていた大和市在住の母子3人を直撃。母親(当時29歳)が死亡し、長男(当時4歳)と次男(当時1歳)も手足に軽傷を負った。
神奈川県警が車両の検分を行ったところ、事故を起こした車両はハブが破損し、タイヤやホイール、ブレーキドラムごと脱落したことが判明。三菱自工製の大型車のハブ破損事故は、1992年6月21日に東京都内で冷凍車の左前輪脱落事故が確認されて以降計57件発生し、うち51件で車輪が脱落していた(うち事故車両と同じ1993年製が7割を占めていた)。三菱自工側は一貫してユーザー側の整備不良が原因としたが、事故を起こした車両と同じ1993年に製造された三菱自工製のトラックに装着されているハブの厚みが、その前後の型や他社製よりも薄い構造であり、ボルトを強く締めすぎた場合や、カーブや旋回時に掛かる荷重により金属疲労が生じ、ハブが破断しやすいことも判明した。これを受け、三菱ふそうは2004年3月24日、製造者責任を認めて国土交通省にリコールを届け出た。さらに同年5月6日、宇佐美ら5名が道路運送車両法違反(虚偽報告)容疑で、品質保証部門の元担当部長ら2名が業務上過失致死傷容疑で逮捕され(5月27日に起訴)、法人としての三菱自工も道路運送車両法(虚偽報告)容疑で刑事告発された。
なお、この事故で死亡した女性の母親が約1億6550万円の損害賠償を求めて提訴した民事訴訟では、2007年9月、会社側に550万円の支払いを命じる判決が最高裁で確定した。このとき、原告の訴訟代理人を担当した青木勝治弁護士は、損害賠償金を代理人である自分の口座に振り込ませ、遅延損害金を含めた約670万円を預かった。しかし、訴訟当初の約1億6550万円の請求額を基準に報酬額を約2110万円と算定し、「自分が預かっている約670万円と相殺する」と通知して、原告に賠償金をいっさい渡さなかった。2010年6月、横浜弁護士会は「当初550万円としていた賠償請求額を一方的に1億6550万円に増額し、これに伴う報酬の変動についても原告に説明せず、いきなり2000万円以上という高額報酬(最高裁判所で確定した賠償額は、当初の請求額である550万円)を原告に要求した」などとして、同弁護士を業務停止6か月の懲戒処分とした。
上の弁護士の不祥事は知りませんでした。『空飛ぶタイヤ』の初出は2005年なのでこの事件を作者はフォローできなかったのでしょう。被害者は裁判をせず500万円の慰謝料で気持ちの区切りをつけたことにしています。
三菱自動車はその後も軽自動車エンジン(3G83型)のオイル漏れの不具合については、2005年(平成17年)2月に把握していたにもかかわらず、不十分な対応のため2010年(平成22年)11月から2012年(平成24年)12月まで4回に渡り、120万台以上のリコールを行うこととなった。というようなみっともないことを続けています。
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『夏が逝く瞬間』
投稿日:2016年 2月24日(水)09時42分35秒
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『夏が逝く瞬間』
原田伊織、河出書房新社、2005年3月
先日読んだ『明治維新という過ちー日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリストー』の印象が強烈だったので、この著者をもっと知りたいと思い読んでみました。
この本はさらっと何の抵抗もなくあっという間に読了。『明治維新という過ち』のイメージが強すぎて、なんとなく著者の自伝と思い込んでいたのですが、実は中学生と女性教師との純愛フィクションでした。ただ主人公のイメージは著者自身で、1946年生まれ彦根市育ちという設定。
石田三成の居城だった佐和山、佐和山から仰ぎ見る伊吹山などの描写力は一流です。そしてこの本でも著者に武士道を教えた母親は重要なキャラクターです。
気持ちよく読めました。著者の人となりを少しだけ理解出来たような気がします。

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風に立つライオン
投稿日:2016年 2月16日(火)18時34分40秒
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『風に立つライオン』
さだまさし、幻冬舎。2013年7月
映画『風に立つライオン』 2015年3月
監督:三池崇史 原作:さだまさし 企画:大沢たかお
脚本:斉藤ひろし 製作:中山良夫
キャスト
大沢たかお(島田航一郎)、石原さとみ(草野和歌子)
真木よう子(秋島貴子)、萩原聖人(青木克彦 )
鈴木亮平(田上太郎)
小説を再読し、映画も見直した。どちらも素晴らしいものでした。映画はほぼ原作にそってつくられていた。
1987年に発表したという歌(http://www.kasi-time.com/item-15518.html)のイメージがそのまま生かされています。となれば「さだまさし」の発想の原点はやはり歌ということになるのでしょうか。
小説も映画も、主要登場人物がそれぞれの立場から主人公の青年医師(島田航一郎)についての思い出を語る。それを繋いで一つの物語を組み立てていくという手法なので、最初は煩わしい。しかし、話が進むにつれそれが気にならなくなる。
物語の主人公は、1987年に長崎の大学病院からケニアの研究施設・熱帯医学研究所に派遣された日本人医師・島田航一郎。周辺で戦闘が続くこの地で、心に傷を負った元少年兵(ンドゥング)と出会った彼は、少年と真っ直ぐ向き合うことで医師としての生き方を見つめ直す。銃や地雷で負傷した人々が次々に運び込まれてくる過酷な医療の現場で、アフリカの大地に向かって「ガンバレッ」と叫び、自分を鼓舞しながら常に前向きに生きる航一郎、その彼と共にケニアで懸命に働く有能な看護師・和歌子、彼女はやがて航一郎の優しい人間的な魅力に惹かれていく。もう一人重要なキャラクターが、原点となった曲にも登場する、主人公が日本へ残してきた恋人・貴子。アフリカ医療に生涯を捧げたシュバイツァーに感銘を受けて医師になった航一郎が、夢を叶えるためにケニアへ行くことを知りながら、自分は父親が経営してきた離島の個人病院を継ぐことで、医師として彼とは別の道を進む。
国境付近へ往診に出た航一郎は、銃撃に巻き込まれ帰らぬ人となり、遺体は発見されない。
医師となった元少年兵ンドゥングが、2011年の東北大津波の被災地にやってきて大活躍する。
このような物語の展開の中で、人それぞれの夢、優しさ、愛をいかにも「さだまさし」らしく感動的に描いた小説、映画でした。
医療の事や東北被災地に関する話は説得力がありすっと納得出来て、たいていはそうなんだと感心感激しながら読みました。しかし、「さだまさし」が小説を書く前に一度も訪れたこともないというケニアの描写がどうしても気になるのです。TNが1984年と1986年に海外調査でケニアに行っているという特殊事情のためだとは思います。
ノンフィクションではないので事実かどうかはどうでもよいことなのかも知れませんが、映画と小説からケニアの臭いがしないのです。風景が綺麗すぎるのです。
たぶん距離を全く実感していないのだと思います。赴任地ナクールから周辺地域の僻地医療の応援や観光に、Kism、Namanngaやケニヤ山、アセンボリ国立公園に出かける話があります。これらは全部、ナクールから300km足らずの距離で、幹線道路が走っていて交通は容易です。しかし、ロキチョキオはまったく違うのです。TNはナウルからロキチョキオまでの距離の3分の一ぐらいの所にあるバラゴイでキャンプ生活をしました。その時途中、Maralalという小さな町で一泊しました。凄い悪路でした。車が故障して動けなくなったらと恐怖でした。取材についてきた時事通信の記者は、途中のサンブルヒルズで「ここを地の果てと思います。」と叫びました。そのような荒涼感がまったくなく、トルカナ人の体臭もまったく伝わらないのです。
主人公のモデルは外科医柴田紘一郎氏(74歳)だという。それならこの小説や映画でどこまでが事実なのだろうと調べてみました。
JICAのHP(http://www.jica.go.jp/topics/news/2014/20150310_01.html)によれば「ケニアで医療協力の礎を築いたライオンたち――「風に立つライオン」主人公のモデルはJICA専門家」だったという。
ケニアにおける保健医療を、国際社会の中でいち早く支援したのが、JICA(当時OTCA)だった。JICAは開発途上国の医療協力に本格的に取り組み始めた時期で、ケニアとは1963年の研修員の受け入れから協力関係が始まっていた。そして1966年、当時日本で唯一、熱帯医学の研究所を持ち、アフリカでのウイルス疾患や寄生虫疾患などの研究調査実績のある長崎大学の協力を得て、ケニア西部のリフトバレー州ナクールにあるリフトバレー州総合病院(ナクール病院)への支援を開始した。
この協力は、長崎大学医学部と熱帯医学研究所から医師や看護師、検査技師などの専門家をケニアに派遣し、医療活動を支援するもので、1975年まで続いた。10年間で派遣した医師などの専門家は38人。その中の一人として1971年から2年余り派遣されたのが、「風に立つライオン」の主人公のモデルとなった、柴田氏だった。
つまり長崎大学の熱帯医学研究所がナクールにあったというのは事実ではなく、柴田氏はリフトバレー州総合病院(ナクール病院)に派遣され、そこで柴田氏は「ケニアで経験したことは、その後の私の仕事の原点。医師として病を治すということの難しさや、患者と真に向き合うこと、心のケアを学んだ」のだという。
主人公を1987年にケニアに派遣されたとしたのは、ロキチョキオの病院がこの時期に出来ているので話を膨らまそうとしたためだと思います。それがよかったのかどうか? スーダン内戦が前面に出ててきてケニヤだけの話ではなくなり、話がすっきりしない。
赤十字国際委員会(ICRC)は、1969年からスーダン紛争による負傷者の救援活動を開始し、1987年には、ケニア国内のスーダン国境沿いにあるロキチョキオに紛争犠牲者のためのロピディン外科病院を開設し医療援助を続けている。
主人公と元少年兵ンドゥングや看護師・和歌子との感動物語はロピディン外科病院が舞台になっている。
スーダンの内戦犠牲者救済のために ICRC が設営した戦傷外科専門の病院で、南スーダンのジュバの病院が政府軍の犠牲者を収容するのに対し反政府軍側の犠牲者を収容するために設営された病院らしい。
病院を立ち上げたヴィンセント・ニコICRC前駐日代表は以下のように当時のことを回想している。
「ロキチョキオに入ったのは1986年。隣国スーダンの南部(現在の南スーダン共和国)で武力紛争が激化したころで、ロキチョキオは救援活動の拠点になっていました。
当初は人びとへの食料支援が目的でしたが、戦闘による負傷者が多かったため医療活動も展開することになりました。初めはケニア政府からICRCに提供された敷地内にテントを立てただけでしたが、翌87年に場所を移動して病院を開設。医療救援活動はそれから19年間続きました。
現地は道路も水も電気もないという状態。道路があれば車を使って1時間で行けるところを、道を作りながら1週間もかけてトラックを進めたものです。
地域に住むトゥルカナ族の人びとはわれわれとは言葉も文化も違うので、最初は文化人類学者に同行してもらってアドバイスを受け、現地の慣習などを尊重しながら受け入れてもらう努力を重ねました。」
ケニヤに行ったことがない作者が、ロキチョキオを舞台の「お話」にリアリティを持たせるのはやはり至難です。特に主人公がナクールからロキチョキオの病院まで1人で車を運転して帰ってくるなんていうお話、これは無理です。80年代にケニアのサバンナをドライブした経験があれば決してそのような夢物語を作り上げないでしょう。車は高価で、ほとんどが中古車、頻繁に故障する。非舗装の悪路が延々と続く。途中にガソリンスタンドは皆無。などなど・・・・。
フィクションとは言え、モデルがあるとするなら事実をもう少し忠実に描いて欲しかったなと思います。それでも感動ものの作品であることは否定しません。
蛇足ですがすばらしい歌詞に気になるところがあります。
「ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが
一斉に翔び発つ時 暗くなる空や
キリマンジャロの白い雪 ・・・・・・・」
美しい歌詞です。これで皆さんにはビクトリア湖のフラミンゴというイメージが出来上がっているようなのですが、私には違和感があるのです。例え100万羽でもフラミンゴでビクトリア湖の空が暗くなるとは思えないのです。ビクトリア湖は広大すぎるのです。歌詞のの情景に当てはまるのはフラミンゴで最も有名なナクール湖であり、写真集「Face of Kenya」にあるLake BogoriaやLake Magadiなどだと思います。

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明治維新という過ち
投稿日:2016年 2月10日(水)12時02分55秒
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『明治維新という過ちー日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリストー』
原田伊織、毎日ワンズ、2015年1月
改訂増補版ですが、NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」を意識したに違いない同年1月出版。題名には当初から興味を持ったのですが、副題や本の広告文に胡散臭さを感じ読むのをためらいました。ベストセラーの1つになっているというのでやはり気になり、図書館で昨年の10月に予約し、やっと入手。
319頁の薄い本なのに、引っ掛かることが多すぎて三日もかけて読みました。
著者の経歴を調べると「作家。クリエイティブディレクター。昭和21年京都・伏見生まれ。近江・佐和山城下、彦根城下で幼少年期を過ごし、大阪外国語大学を経て広告、編集制作の世界へ。現在も、マーケティングプランナー、コピーライター、クリエイティブディレクターとして活動している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)」というのがありました。
著者の思い入れが強すぎる本で著者自身のことを何度も書いています。井伊直弼にゆかりのある彦根育ちだと複数回書いています。母親から強烈な武士道教育をされたこと、とくに小学生の時に切腹の作法を教え込まれたことなど、育ちそのものがこの著者の思考法を形成したのだと盛んにアピールします。
著者にとって一番大事な判断基準は武士道(精神)です。維新の主役とされている下級武士や百姓など庶民を見下すエリート意識が鼻につきます。江戸時代のシステムを過大評価します。右翼が書いた本と切って捨てるのは簡単なのですが、本当にそうだなと納得出来ることがいくつもあり、最後まで読んでしまいました。
WEBで検索するとたくさんの書評があり、それぞれの思いが書いてあって楽しめました。取り上げるテーマも重なりあっていて今更、新しい書評でもないのですが・・・・。
「勝てば官軍」、幕末・明治以降の歴史はすべて薩長を美化するようにゆがめられているという。ある程度は真実だろうなと思います。
「廃仏毀釈」というのは「明治維新」を象徴する言葉だそうです(TNはそれを意識したことはありませんでした)。「廃仏毀釈」運動で酷い文化財破壊行為があったということです。廃仏毀釈という言葉は知っていましたが、ここまで酷い仏教施設への無差別・無分別な攻撃・破壊活動があったことを始めて知りました。
吉田松陰はテロリストの親玉でアジテータ、その弟子の高杉晋作や久坂玄瑞はテロリストというのがこの本で一貫している立場。長州のテロリストの大半が武家の倫理観とは縁遠い出自のもの。おまけに20歳前後の若造。京に集結した長州のテロリスト達がれっきとした武家ならあのような酷いテロは起きなかったと主張する。
テロリストだったというの認められるかも知れないが、「れっきとした武家うんぬん・・・」にはついていけません。しかし、高杉に育てられた奇兵隊の生き残り達が戊申戦争で東北で繰り広げる残虐行為は目を覆うばかりです。
「第五章二本松・会津の慟哭」は感動ものです。気持ちが悪くなる残虐行為が詳しく描かれます。日本人が直視しなければならない歴史です。ここだけでは心して読むべきです。「いつの時代も中央のために働かされてきた奥羽の宿命めいたものを感じ、ついつい東京電力の福島に対する犯罪ともいうべき事故にまで思をはせてしまうのである。」という著者の思いにはまったく同感です。
あまり本筋とは関係のない話ですが、幕末の英雄「坂本龍馬」を長崎・グラバー商会の営業マンと軽蔑しきっています。今人気の五代友厚もグラバー商会を後ろ盾にしていたので、グラバー商会の日本に与えた影響というのが気になってきました。
「松蔭の外交思想は北海道を開拓し、カムチャッカからオホーツク一帯を占拠し、琉球を日本領とし、朝鮮を属国とし、満州、台湾、フィリピンを領有すべきというものだった。その後、長州閥の帝国陸軍が松蔭の主張通りの侵略戦争を実施し、日本を滅ぼした。」というのがこの本の副題の意味でした。
いろいろ考えながら読みました。司馬遼太郎の著作やNHK大河ドラマだけで日本史を知っているつもりになるのは危険だということだけは分かりました。

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いつか、あなたも
投稿日:2016年 2月 1日(月)09時53分55秒
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『いつか、あなたも』
久坂部羊、実業之日本社、2014年9月
(実業之日本社 http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-53650-7)
内容紹介:最期までこの人に寄り添う。
在宅医療専門クリニック看護師のわたし(中嶋享子)と新米医師の三沢、クリニック院長の一ノ瀬らが様々な患者本人と家族、病とその終焉、そして安楽死の問題にも向き合う。カルテに書かれることのない医療小説、六つの物語。
久坂部の小説の中では書いた意図が一番分かりやすく素晴らしい本でした。この本を読んで、やっと、著者の人間性を理解出来たように感じています。
久坂部は2001年から14年まで、在宅医療が専門のクリニックに非常勤医師として勤め、多くの患者を診察した経験がある。その経験をもとにした実話だという。むろんノンフィクションではなく小説(6短編)の形をとる。
一看護師の視点から、その末期患者とその家族及び医療者による在宅での看取りに伴う切実な問題が詳細に描かれている。取り上げられた末期患者は、すい臓がん、重症アルツハイマー病、多発性骨髄腫、卵巣がん、統合失調症(疑)、ALS(筋委縮性側索硬化症)の6症例。
老いと死は誰しも避けられない。病はしばしば無慈悲に襲い掛かる。生命の尊厳を最後まで守ろうとする患者・医療者双方の苦悩の姿が描かれる。
死後処置で「綿をつめる」意味がよく分かった。
老々介護の現実、告知はすべき?、家族の苦悩、出口の見えない精神疾患、ALSの痛みと安楽死、などなどどれも重たいが、「いつか、私も」どれかに直面したら逃げ出すわけにはいかない。しかし、何ができるのかと??
「いつか、あなたも」必ず直面する病苦と死について書かれた本と思っていたら、作中では全然違う「のろいの言葉」だったので吃驚でした。

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総理殉職
投稿日:2016年 1月28日(木)08時26分34秒
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『総理殉職 ー四十日抗争で急逝した大平正芳ー』
杉田望著、大和書房、2008年
どこの本屋のHPを覗いてもこの本の紹介は下の内容説明と著者紹介だけでした。
内容説明:前代未聞の政治危機を、命に代えて救った大平正芳は、個人よりも宏池会を、宏池会よりも自民党を、自民党よりも国家のことを考えていた。徹底した新取材による渾身の書き下ろし大作。
著者紹介:杉田望[スギタノゾム]
1943年、山形県に生まれる。早稲田大学文学部を中退。業界紙編集長、社長を務めた後、1988年に作家として独立。主に経済小説分野で旺盛な執筆活動を続ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
現在に近い時代の政治家について書かれた本は滅多に読まないし、この本の著者についても全く知らないので、この本の内容が事実かどうかを判断する基準を持ち合わせていない。しかし、この本を読んで主人公の大平正芳だけではなく、池田勇人、田中角栄もやっぱり凄い人達だったと感じた。
そして、岸信介、佐藤栄作、福田赳夫らの右より権威主義者(タカ派)たちを益々嫌いになった。むろん石原慎太郎などの青嵐会のやからも大嫌いだ。
昔、三角大福、というフレーズがあった。三木、角栄、大平、福田の政権争いをさし、この本はその四人の権謀術数がよく描かれている。田中角栄と大平正芳は盟友関係にあり、二人は日中国交回復を成し遂げた最大の功労者だったという。TNが政治にまったく興味の無かった時代の話なのでかえって興味深く読めた。
吉田茂、鳩山一郎、石橋湛山、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫、そして大平正芳までの政治の流れが少し理解出来た。そして、鈴木善幸というあまり目立たなかった人(?)がなぜ大平の後の総理に選ばれたのかが分かったように思う。
総選挙後の首班指名選挙で、同じ自民党から大平、福田、ふたりが首班指名に立候補するという前代未聞の事態が起きる。時の総理は大平、首班指名選挙に大平は福田に負ける。福田や三木の思惑では、大平は退陣して政権を渡すだろうと見込んでいたのに、大平は解散総選挙を決断、衆参同時選挙に突入。
選挙戦の最中、大平は心筋梗塞で亡くなる。総理殉職!そして自民党は衆参同時選挙に勝利する。

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久坂部羊の虚栄
投稿日:2016年 1月21日(木)09時30分19秒
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『虚栄』
久坂部 羊、KADOKAWA、2015年9月
(カドカワストアのHPより)
凶悪化がん治療国家プロジェクト「G4」の発足に、外科医・雪野は期待を抱いた。手術、抗がん剤、放射線治療、免疫療法。四グループの邂逅は陰謀に満ちた覇権争いに発展。がん医療の最先端をサスペンスフルに描く。
久坂部 羊:大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。作家・医師。2003年、小説『廃用身』でデビュー。小説に、『破裂』『無痛』『悪意』『芥川症』『いつか、あなたも』、エッセイに『大学病院のウラは墓場』『日本人の死に時』など、医療分野を中心に執筆。
(カドカワストアのHP 東えりかの書評からの抜粋)
・・・・・・。
忌まわしい凶悪がんの対策のため、政府は「プロジェクトG4」という重要政策会議を立ち上げる。外科、内科、放射線科、免疫療法科の四方向からのアプローチをそれぞれ得意とする大学に振り分け、研究を競わせたのち、力を統合して総力戦によってこの病の克服を目指すという。
手術で患部を切り取ってしまうのが一番という阪都大学、抗がん剤治療を得意とする東帝大学、放射線によって患部を粛清することで患者の負担を減らすという京御大学、副作用のない新しい治療法である免疫療法をアメリカから導入した慶陵大学。研究者たちはほかの大学より一歩でも先んじようと新しい研究に没頭する。
しかし正攻法だけでは成功は手に入らない。政治家にすり寄る。機械メーカーや製薬会社と密約を結ぶ。時にはマスコミにスキャンダルをリークして大バッシングを繰り広げていく。医療小説の金字塔とも言われる山崎豊子『白い巨塔』の時代よりさらに非情になった医局のヒエラルキー。過激で残酷な権謀術数が繰り広げられていく。
成功する者もあれば転落していく者もいる。ひとつひとつのエピソードはここ数年で明らかになった医療や科学関係の事故やねつ造などを彷彿とさせ、一般の人には見えてこない裏の駆け引きに「そうだったのか」と驚かされる。小説だとわかっていても戦慄を覚えるほどリアルだ。
人の命を救うこと、それを目指して医者という職業を選んだはずだ。その意志を最後まで貫き通すことが出来るのか。がんという病気は果たしてなぜ存在するのか。大きな命題を私たちに突きつけてくる物語であった。
久坂部羊の本は既に少なくとも5冊は読んでいる。どれも前半は面白い。話がどう展開するのかワクワクする。中頃になると話がもつれてきて読むのがつらくなる。最後は意味がよく分からないまま終わるか、あまりに常識的な結論になり面白くないと感じる、そんな読後感が続く。それでも、又、読んでしまう。久坂部は取りあえずTNが今、気になる作家です。
名前は変えているが、大学は阪大、京大、東大、慶応を指すと分かるし、久坂部が大阪生まれなので茨木、高槻、千里中央などのTNの生活圏がよくでてくるのも興味の一つです。
親しい大事な人が膵臓癌ステージ4で化学療法を受けているため癌の話は身につまされる。医学的なことの全てを理解したいと真剣に読みました。
結論は癌はまだまだ解明されていないということでした。末期癌でも助かる人もいるが、初期癌で治癒できると思われていても死ぬ人がいる。その違いが何から来るのかは分からない。
岸上律という放射線科教授は、「真ガン・偽ガン」説を主張する。真ガンならどんな治療をしても治らないし、偽ガンならなにもしなくても治るという。まさに慶応大学の講師だった近藤誠の「本物のガンとガンもどき」説そのものです。参考文献をみると近藤の著作がいっぱい載っています。久坂部は新聞や週刊誌の記事まで含めて全部読んで、かつ自分の医学的知識と照らし合わせてなおかつ、近藤説を否定すべき根拠は無いと考えているようです。小説では岸上は自分のガンを治療せず死んでいく。
この本を読んで「手術による切除、化学治療、放射線治療、免疫治療」についての現状はおおよそ分かったような気がします。さて自分がガンを宣告されたら何を選ぶのでしょう。今は「何もしない」ことを選ぶと思っています。70歳を越えたので割り切れるだけかもしれません。
蛇足 参考文献の新聞雑誌では朝日と読売が圧倒的に多い。医学的記事が大多数だが、STAP論文などの論文不正問題にもかなり興味をもったみたい。参考文献を詳しく公表している本は好きです。

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さだまさしの自伝的小説
投稿日:2016年 1月18日(月)09時49分56秒
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「さだまさし」の自伝的小説というのを2冊読んだ。自伝的の的というのはなんなのでしょう。自伝ではあるがフィクションもたくさん混じっていると言う意味でしょうか。本名があったり、仮名があったりでなにか中途半端で落ち着かない感じが嫌です。
『ちゃんぽん食べたかっ!』
著者:さだまさし、イラスト:おぐらひろかず
発行日:2015年5月30日、発行元:NHK出版
(ウィキペディア)
『ちゃんぽん食べたかっ!』は、さだまさしの小説。さだの自伝的小説で、2014年から長崎新聞や大分合同新聞などで連載され、2015年5月30日にNHK出版から単行本が刊行された。タイトルの「食べたか」は「食べたか?」という疑問形ではなく、長崎の方言で「食べたい」という意味である。
既読感があって気になったのですが、発行が2015年なので読んでいるはずがないと最後まで読みました。
『ちゃんぽん食べたかっ!』は私も最初は疑問文と思いました。
「さだ」の文章は読みやすく、話の筋にもテンポがあり心地よく読めます。音楽、落語、作家と多彩な才能に恵まれた、誠実に生きている人なのだと感心します。
それにして3歳8ヶ月からのことをよくも克明に覚えているものだと感嘆します。記憶力それとも想像力?
最後まで既読感が消えなかったので、自伝的小説というのを記憶の中で探し、『精霊流し』を再読しました。
『精霊流し』(しょうろうながし)
さだまさし、幻冬舎、2001年
3分の1ほど内容が『ちゃんぽん食べたかっ!』と被っています。こんな手法が許されるのか?っと呆れます。でも著者が同じだから盗作ではないのでしょうね。自伝「的」でフィクションの割合を少し変えてあるのでしょうか。
『ちゃんぽん食べたかっ!』と被っていない内容は、随分前に読んだ本だったのですっかり忘れていて、それなりに面白く読みました。
生と死を巡るいくつかの物語、どれも切ないけれど温かい。人と人との結びつきを大切にして丁寧に生きてきたのだなと感じられる。
(ウィキペディア)
さだまさしと精霊流し
長崎市の人にとっては大変重要な行事であり、長崎出身の歌手さだまさしが聞いた話によれば、1945年(昭和20年)8月9日の長崎市への原子爆弾投下の際には、多くの人が被爆からわずか6日後にある精霊流しを思い、死んでしまったら誰が自分の精霊船を出してくれるのだろうかと気に懸けながら亡くなっていったという。
さだまさしは、自分の従兄の死に際して行われた精霊流しを題材にした「精霊流し」を作詞・作曲、1974年(昭和49年)にリリースした(グレープ2作目にして初ヒットにあたる)。曲は大ヒットに至ったが、「精霊流し」のヒットがしめやかなイメージを作り上げてしまったため、観光客が実際の精霊流しを目の当たりにして、あまりのにぎやかさに「歌と違う!」と驚くこともしばしばある。しかし、さだは歌詞の中で「精霊流しが華やかに」と書いており、グレープのファーストアルバム『わすれもの』でも、「精霊流し」のイントロ・アウトロ部分に歓声や鉦の音、爆竹の音を入れており、実際はにぎやかさも描いている。後述する「灯籠流し」などと結びついた一般的な行事の印象がいかに強いかを物語るエピソードとも言える。
なお実際の精霊流しを知らない人から精霊流しが「灯籠流し」であると誤解されていることもある(『さだまさし やさしさの風景』(1978年 白泉社)29頁など)。
さだ自身、2009年(平成21年)の暮れに父親を89歳で亡くしており、翌2010年(平成22年)に親族で精霊船を出した際には地元の各テレビ局が取材しネットワークを通じて全国に配信され、沿道からも多くの人が船を見送った。

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研修医純情物語
投稿日:2015年12月27日(日)11時27分32秒
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「窓際ドクター: 研修医純情物語」
川渕圭一、幻冬舎、 2013年、 237 ページ
図書館で、研修医純情物語って前に読んだことがあるなと思いながら借りました。家で確かめると「研修医純情物語 先生と呼ばないで」を持っていました。読んだはずですが良かったのか悪かったのか内容をまったく思い出さない。
ともかく「窓際ドクター」を読んでみました。「窓際ドクター」と呼ばれる訳ありベテランドクターと研修医との交流を描いたハートフルストーリーでした。
本の前の方で、回復見込みのない肺がん患者に現状と今後の治療方針を説明する場面がある。研修医が抗がん剤治療やその副作用をくどくどと説明したあとに窓際ドクターが「なにも治療しないで、自然にまかせるという選択」もあることをつげ、患者がそれを実行する場面があった。今、親しい人が癌で苦しんでいるので身につまされて読んだ。
患者の身になって医療を行えと主張するこの本が好きになり、最後まで気持ちよく読めた。
それで
「研修医純情物語―先生と呼ばないで 」
川渕圭一、主婦の友社、2002年
を読み直した。川渕圭一さんの自伝でした。創作も混じっているとは思うのですがたぶんほとんど事実を書いているのだろうと思います。
大卒・パチプロ・引きこもりを経て医大を目指し研修医となった主人公が、大学病院のあり方に疑問や批判を感じつつ、1年間の研修医生活を書いた作品。
すぐに「窓際ドクター」は川渕圭一自身を投影したものだったんだと理解する。
ざっと読み直した後、著者の略歴を探すしたが分かったのは次のことだけ。
1959年群馬県生まれ、高校卒業後、2浪して東京大学工学部入学。大学4年時、脳神経外科の勤務医の父親が、ホテル・ニュージャパン火災で帰らぬ人となる。東大大学院に進学するも、中退。パチプロ〜商社〜メーカーと転職後、1年間の引きこもり生活へ。その際、受診した精神科の医者に反発し、30歳で一念発起して半年間の勉強で京都大学医学部に合格。医学部卒業後、東京大学付属病院で4年間の研修医生活。その後についてはフリーの内科医で著作活動を継続中ということぐらいしか分からなかった。
東大工学部、京大医学部に入れるというのはやっぱり凄いですよね。そんな頭の良さがあるからこそ、研修医時代に感じた大学病院での医療への疑問を持ち続ける頑固さ(?)が著作に向かわせたのだろうと思います。
この本は、達志に皮膚移植をするために関西医大病院に入院していた頃を思い出し読むのが辛く嫌でした。腹立たしかった教授回診、頼りなかった研修医、無知で馬鹿だった看護婦長、救いは優しく親切だった2人の看護婦さんだけでした。だから前回は走り読みしただけだったのだと思います。今回は時を経てやや冷静に最後までじっくり読めました。
ところで誰に読んで欲しくて書いているのでしょう。患者側は医者が患者の方を向かずにPCでデータばかりを眺めていることぐらいは昔から知っている。本当は医者が読んでくれたらよいのにと思うのですが。
今頃、知ったのですが『37歳で医者になった僕〜研修医純情物語〜』として2012年にテレビドラマにもなったらしいです。
「先生と呼ばないで」は今は、幻冬舎から出版されているようです。電子書籍になっていたり、最近の出版事情は理解不能です。


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我慢ならない女
投稿日:2015年11月27日(金)10時03分25秒
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『我慢ならない女』
桂望実、光文社、2014年
先日、図書館でふっと手にした桂望実の本を読んだ。
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今、読んでいる本 投稿者:TN&TN 投稿日:2015年11月16日(月)12時12分39秒
『WE LOVE ジジイ』
桂望実、文藝春秋、2009年
著者は、「ガラスのハートをもつあるプロスポーツ選手に興味を持ち、この選手のような人を書きたいと考え、結果として、ガラスのハートをもつ、輪投げ名人の作品になりました」と書いている。著者の意図したテーマなんでしょうが、それが主テーマだとは思いませんでした。
http://nozomi-katsura.jp/books/welovejijii.html
読みながら思い浮かべていたのは前に読んだ『県庁の星』でした。心の温かい人達が連帯して地域を盛り上げていく、心地よいストーリーです。
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そのあと『県庁の星』を読み直し、映画もみました。本の方がより現実的な話の展開になっていてよいと思いました。
というような流れの中で、桂望実の本をもう少し読みたいと思って、手にしたのが『我慢ならない女』。
面白く、一気に読めました。しかし、本の題名がなかなか覚えられなくて、何回も表紙で確認するはめに。なんで? いろいろ考えましたが、今は、TNの使う言葉ではないからかなと思っています。(「我慢ならない」は私にはでてこない、「我慢できない」となります。)
いろいろもがきながら小説を書き続けるひろ江、そのひろ江を支えることを生きがいにする姪の明子。2人の関係をからめながら、女性作家の“業”を描いた小説。
で、「我慢ならない女」は誰を指すのでしょう。癖の強い嫌みな女が多数でてきます。その全員を指しているのでしょうか。それでは本の主題がぼやけてしまうと感じます。
TNの独断的解釈は、主人公を取り巻く不勉強、無知、軽薄なやからに「我慢ならない」と、もがく女(主人公)という意味なんだと。
『県庁の星』とは随分異なるタッチでした。いろいろなテーマの話をしっかり表現できる実力のある作家なんだと思います。

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つながり
投稿日:2015年11月 8日(日)10時57分33秒
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繋がり
読書の楽しみの一つに、本から新たに得られた知見が既知の事柄と繋がって、その事柄への理解がより深くなることがある。
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脚本って? 投稿者:TN&TN 投稿日:2015年10月31日(土)06時27分46秒
「あさが来た」が面白いので、原案本「土佐堀川」(古川智映子著、潮文庫、2015)と関連本「五代友厚」(橋直樹、潮文庫、2015)を読んだ。本はどちらも面白かった。そしてテレビ・ドラマは、面白いエピソードを上手に生かしまるで実話のようにみせる見事なフィクションなんだと感心。
「土佐堀川」で五代友厚が出てくるのは1場面だけ、それがドラマでは既に何回も五代が登場する。二人の接点を増やすと面白くなると感じそれをストーりーとしてまとめ上げる脚本家の感性というのは凄いなと思う。そして、脚本家大森美香ってどんな人なんだと興味が湧く。
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「土佐堀川」で広岡浅子が見込んだ若い女性を集めて勉強会をする話があり、特に期待していた人材として村岡花子と市川房枝の名前がでてきた。
「アンのゆりかご」(村岡恵理著)に広岡浅子の名前があったはずと読み直した。文庫本の133頁から143頁に『女丈夫、広岡浅子』が紹介されていた。
花子は浅子の勉強会が、文学者としての出発点になったことを「随筆 夏のおもいで」に書いている。また市川房枝を後の女性解放運動、婦人参政権獲得運動へと向かわせた根本には、広岡浅子との出会いがあったと「アンのゆりかご」では紹介している。
浅子の魅力ある人柄が2冊の本から浮かんでくる。
「五代友厚」(橋直樹、潮文庫、2015)は出だしから、1863年英国艦隊が薩摩の砲台や集成館を砲撃した時、五代が英国艦隊のユーリアラス号に乗り込む話がでてくる。そしてクーパー提督に「提督、おいは薩摩の前途ある若者たちを貴国に留学させたい」と頼む。
この辺りまで読み、すぐに去年、カリフォルニアに行って知った、「カリフォルニアのぶどう王」としてその名をとどろかせた日本人長沢鼎(ながさわ・かなえ)の話が頭に浮かんだ。
五代の夢は、大久保利通や小松帯刀の理解を得て、留学生派遣が1865年に実現し、引率者として留学生に付き添った。この本では留学生個々の話にはほとんど触れられていないが、長沢鼎などの多くの優秀な人材を育てることになった。
五代は日本の将来に大きな影響を与える事業を企画した凄い人なんだと感嘆する。
薩摩藩英国留学生記念館というのが去年の7月14日に、鹿児島県いちき串木野市に開館した。そこのHPには全留学生が紹介されていて、五代は単にその中の一人の扱いになっているだけ。
薩摩藩が留学生を派遣したいきさつ、経緯などもっと調査して展示して欲しいなと思いました。
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木皿ワールド
投稿日:2015年10月12日(月)10時50分57秒
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茨木市立中央図書館が改装工事のため10月から1月は休館になったので、その間は中条図書館を利用することに。ここは茨木市立図書館の出発点、TNは小学生の時代からその変遷を見てきた懐かしい図書館。しかし何十年も利用していないので、まだ本の配置などがよく分からない。とりあえず「今日、返却された」本の中から借りる本を選んだ。
全く知らない著者・木皿 泉の
『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』が目についた。見なかったがテレビ・ドラマになっていたな、と。
読み出すと面白くあっというまに読み終えた。登場人物全員が魅力的で、軽いタッチなのに「死ぬことの意味」といったしんどいテーマとも真正面に向き合っている。熱いのに爽やか、心地よい。
読後に色々調べた。
第11回本屋大賞 第2位
「啓文社イチおし大賞2013」小説部門大賞受賞作
王様のブランチ(TBS系列)BOOKアワード2013大賞受賞作
木皿 泉 (キザラ イズミ)
木皿泉は和泉務(いずみつとむ=通称:大福、1952年生)と妻鹿年季子(めがときこ=通称:かっぱ、)の夫婦による2人1組の脚本家である。夫婦脚本家。ドラマ「すいか」で向田邦子賞、「Q10」「しあわせのカタチ〜脚本家・木皿泉 創作の“世界”」で2年連続ギャラクシー賞優秀賞。他に「野ブタ。をプロデュース」等。著書『二度寝で番茶』など。
彼らを詳しく知るには
http://blogos.com/article/2873/?p=1 が良いと思う。
木皿が描く世界は「木皿ワールド」と呼ばれ、熱烈な支持者も多い。TNも好きになった。しばらくは木皿作品を探して読み続けます。

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借金取りの王子
投稿日:2015年10月 4日(日)10時44分55秒
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『借金取りの王子』
垣根涼介、新潮社、2007年
始めて読む作家、図書館で偶々目につき借りた。
本は面白かった。五話で構成されているが、表題になった三話目の
「借金取りの王子」が確かに一番面白かった。
いろいろな職歴がある作家自身にも興味がわく。
この作家の他の本も読みたくなった。
(ウィキペディア)垣根 涼介(かきね りょうすけ、1966年4月27日 - )
長崎県諫早市生まれ。長崎県立諫早高等学校、筑波大学第二学群人間学類卒。
大学卒業後リクルートに入社する。2年で退職し、1年間ブラブラしていた。次に就職した商社は3ヵ月で辞め、その次の旅行代理店には7年半勤務。
賞金を狙って、昼間は会社で働き、家に帰ってから小説を書くという生活を2年続けた。そうして書き上げた初めての小説『午前三時のルースター』を公募ガイドで当時賞金の最高額のサントリーミステリー大賞に応募し、読者賞をダブル受賞する。これで会社を辞めて専業作家となる。2004年、『ワイルド・ソウル』で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞し、史上初の三冠受賞を成し遂げる。2005年には『君たちに明日はない』で山本周五郎賞を受賞した。
あらすじ
(垣根涼介のHP(?)から http://kakineryosuke.jp/book/4104750026.html)
リストラ請負人村上真介シリーズ第二弾!
この本の主人公・村上真介は、各企業のクビ切り面接官として面接者から罵られ、恨まれ、ときにはお茶をぶっかけられと、相変わらずトホホな日々を送っています。それにもめげず、懸命にクビ切り業務に邁進する日々であります。
反面、プライベートでは、一年前に出来た八歳年上の彼女・陽子との中は順調です。時には喧嘩をしたり、彼女から小突かれたりもしていますけど、それでも二人の仲は基本的にはほぼ和気藹々と進展していっています。
さて、今回のリストラ対象企業は、一話目がデパート、二話目が生命保険会社、三話目が消費者金融会社、そして四話目がホテルです。表題である『借金取りの王子』という題名は、この三話目の消費者金融勤めの主人公の渾名から取りました。自分で言うのもなんですが、大泣きに泣ける部分あり、笑える部分あり、と読みどころ満載です。実はゲラで再読しているときに私自身、不覚にも落涙してしまいました。滅多にこういう事はないのですがね。
ところで最終話の五話目では、真介は社内的に新しい事業を立ち上げます。人材派遣業です。今までリストラしてきた有能な人材の受け皿としての意味もある事業ですから、は大いに乗り気です。そしてこの五話目では、陽子の勤める事務局に派遣社員を送り込む話です。さて、陽子は真介が紹介した女性派遣社員にどんな反応を示すのか……続きは本書でご覧下さい。

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「ひさし」と「靖」
投稿日:2015年 9月11日(金)09時15分49秒
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図書館で井上ひさしの本を4冊借りだしたつもりだった。家で(て)にこんな本があった。読む?と『わが母の記』を渡した。すると「井上靖? 珍しいね。」だって。ここでやっと「ひさし」でなく「靖」の本を間違って借りだしたことに気がついた。
井上靖の本は『猟銃』、『闘牛』、『氷壁』、『あすなろ物語』、『風林火山』、『煌煌』などを昔、読んでいて好きな作家の1人だったが最近は全く読んでいない。懐かしくなり直ぐ読んだ。
母親に「老耄」「耄碌」が始まった80歳から、亡くなる89歳までを書いた本だった。1975年発行なのでその頃には「認知症」という言葉はまだ無かったのでしょう。「惚ける」という言葉が一度だけでてきた。
老いると老耄・耄碌がでてくるものだと、母親をとりまく息子、娘、孫、兄弟の誰もが悟っている感じがあり、「介護」の辛さをあえて強調せず淡々と書き進める筆致に暖かみを感じた。
読みながらずっと我が母「はま」の「耄碌」ぶりを思いだし、靖の母の「耄碌」ぶりと対比していた。少なくとも「はま」さんは身内の名前は忘れなかったなと。
亡き母を偲ぶきっかけになった本でした。
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井上ひさし
投稿日:2015年 9月 4日(金)21時30分34秒
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『井上ひさし伝』、桐原良光、白水社、2001年
『イソップ株式会社』、井上ひさし、中央公論新社、2005年
『四千万歩の男 忠敬の生き方』、
井上ひさし、講談社、2000年
前に読んだ『ひさし伝』、 笹沢信、新潮社、2012年
と『井上ひさし伝』に大きな違いは無い。前者は元山形新聞記者、後者は毎日新聞の記者、同じように井上ひさしに好意的な視点から井上の著作・人柄を丁寧に解説紹介している。違いは前者がより東北人である井上を愛しすぎていることぐらいかなと思う。この2冊で「井上ひさし」を読むための心構えはできたように思います。
TNには、「井上ひさしは、ことば・文章、国語問題に造詣が深く、名文家、言葉遊びの達人として知られ、作風はユーモアとウィットに富む」というイメージができてしまった。『イソップ株式会社』はそれにぴったり当てはまった。素晴らしい童話でした。
さて『四千万歩の男 忠敬の生き方』、これは予想以上に面白かった。昔から気になる日本人として意識していた「伊能忠敬」が主役だからしかたがありません。
四千万歩の男(伊能忠敬)に関係する随筆、対談、架空対談がまとめられていて、井上ひさしの伊能忠敬観がよく表現されている本でした。
名文家、言葉遊びの達人として知られる井上ひさしですが、くどいなと思うぐらい同じ表現をあちこちで何度も繰り返す。相手によっていろいろ言い方を変えるような空気を読む達人とかってに思っていたのにそうではないみたい。色々資料をあさり考えた末に選んだ言葉、文章は繰り返しになろうが恥じずに何度も使い回す「心臓にに毛の生えた厚かましい信念の人」ではないのかなと。言い換えると、きらびやかで苦吟することなくわき出てくるようにみえる井上の「言葉あそび」も実は徹底的な調査・吟味の結果なのだろうと思える、そうして私の井上ひさし観が少し変わった。
忠敬の後半生の勉学は天文・暦への興味が出発点だという指摘は新鮮だった。そして冲方丁の『天地明察』を直ぐに想起した。井上ひさしが『天地明察』を書いたら?反対に冲方丁が『四千万歩の男』を書いたなら?と妄想がはてしなく拡がる。
どうでもよいのかもしれないのですが、井上は伊能図の北海道など高緯度地域の「ゆがみ・ずれ」は、球面を平面で表す地図の図法のせいと理解した。しかし、私たち地磁気屋は地磁気偏角の補正をしなかったからだと理解している。井上のような地図大好き人間で資料あさりの名人でさえも専門的な論文の収集までは期待すべきでは無いと言うことかな???っと思いました。(伊能と同様に井上も、北=真北としか考えられなかったようですね。伊能は偏角(磁北が真北からずれる角度)を知っていたので、江戸で偏角を測定している。その時、偶々、江戸の偏角は0度だったので、日本中そうだろうと偏角補正をせず磁石の指す北を真北としたと言われている。)
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天地明察と光圀伝
天地明察 茨木シネマクラブ(7月例会)
投稿日:2015年 7月16日(木)17時03分30秒
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「天地明察」
製作年:2012年、配給:角川映画、松竹
上映時間:141分
監督:滝田洋二郎、原作:冲方丁
キャスト
岡田准一(安井算哲)、宮崎あおい(村瀬えん )
佐藤隆太(村瀬義益)、市川猿之助(関孝和 )
笹野高史(建部伝内)
解説(http://eiga.com/movie/56036/)
2010年第7回本屋大賞を受賞した冲方丁の小説を、「おくりびと」の滝田洋二郎監督が映画化。20年以上の歳月をかけて日本独自の太陰暦を作り上げていく天文暦学者・渋川春海の姿を描く。江戸時代前期、碁打ちとして徳川家に仕え、算術や星にも熱心な青年・安井算哲(後の渋川春海)は、4代将軍家綱の後見人で会津藩主・保科正之に目をかけられる。その頃の日本では、800年にわたり使われてきた中国の暦にずれが生じはじめており、算哲は保科から新たな暦を生み出すという一大計画の責任者に任命される。主演は「V6」の岡田准一。算哲の妻となるえん役に宮崎あおい。その他、中井貴一、松本幸四郎らが共演。
面白かった!
141分もある・・・、台風がきているので早目に帰りたいなっとあまり期待していなかった。映画、原作に何の予備知識もなくみた。いきなり綺麗な江戸の星空の画面がでてきて、あっという間に映画の世界に引き込まれていった。
会津藩主の保科正之(松本幸四郎)の命を受け、北極出地の旅に出ることになる。算哲らの一行は全国各地をくまなく回り、北極星の高度を測り、その土地の緯度を計測するという作業を続ける。伊能忠敬が日本地図を作り上げる前に、幕府はこんな測量をしていたのだとただ吃驚。それも観測地と次の観測地の距離を歩測ではかり次の観測地の緯度を推定し実際の北極星高度から観測した緯度と合っているかどうかを競う、というような話まででてくる。なんか思わず笑ってしまうほど楽しかった。
保科正之や水戸光圀らに見込まれ日本独自の暦をつくるというのがこの映画の主題。それはそれで興味がつきず最後まで全く退屈しなかった。
和算家である『関 孝和』も重要な人物として描かれているが、史実とは違うらしい。まあお話として観るか、歴史として観るか、で評価は分かれるが、せっかく面白い話なので史実の積み重ねであってほしかったな!
気に入ったので早速、原作を図書館に予約した。
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Re:天地明察 茨木シネマクラブ
投稿者:JF
投稿日:2015年 7月16日(木)18時54分37秒
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こんにちは。
『天地明察』の原作,面白かったですよ。どこかで予告を
観たのですが,結局映画を観に行けなかったので,図書館で
借りました。読んですぐに二度読みしました。結局,これは
手元に置きたいなーと思って,買ってしまいましたが。
こんな風に,結局映画を観に行けなくて原作を読んでしまうと,
(がっかりしたくなくて)DVD発売後にレンタルで借りようか
どうしようかと迷ってしまいます。「映画は映画,原作は原作」
と割り切って両方楽しめばいいのですが…。
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ReRe: 天地明察 茨木シネマクラブ
投稿日:2015年 7月17日(金)10時22分15秒
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JFさんへのお返事です。
<「映画は映画,原作は原作」
と割り切って両方楽しめばいいのですが…。>
この映画は楽しめます、しかし、もっと知りたいことが
いっぱいあってちょっと欲求不満が残ります。それで本を
読めば解決するのかなっと思ったのです。
(映画の感想の追加です)
最初の場面が藩邸の屋根の上で北極星の観察、北斗七星、天の川・・・・と星空
の美しさに感動でしたが、北極星の観察にこの物語の象徴的意味があったという
のはあとでわかること。そういう意味ではもう一度じっくり見たい映画です。
そして、日時計がでてきます。天体観測の機器が幾つも出てきます。本当に
これが江戸初期の道具と感嘆しますが、映画人が想像を働かせてつくった
偽物も混じっているのでしょうね。それでも興味はつきません。
『日本独自の数学「和算(わさん)」の問題を絵馬に描き、寺社に奉納した「算額(さんがく)」が注目を集めている。問題の水準の高さや装飾の美しさにひかれ、海外から見学に来る人も増加。「SANGAKU(サンガク)」はいま、世界の数学界の共通語になりつつある』とか、映画はこの絵馬を上手に使っていました。
『この安井算哲、天文学者としてだけでなく、数学者としても優れていたことで有名な人物。本作でも和算(西洋数学が導入される以前の日本で独自に発達していた数学)が得意な人物として描かれ、太陽や星の動きから1年=365.2417日という、かなり正確な数値を算出している。そんな算哲が使っていたのが、赤がプラス、黒がマイナスを示す「算木(さんぎ)」と呼ばれる棒状の計算道具。映画「天地明察」宣伝担当・水野さんはこの算木について「算木が映画の画面に映るのは和算史上初めてのことなんです。江戸時代当時の計算の様子はとても興味深いと思いますよ」』、この算木、どう使っているのか映画を観ただけでは理解出来なかったが、気になった道具の一つです。
また万歩計も、どうなってるの?? まだわかりません。
地球儀が出てきます。地球が丸いと知っていた、地動説にたっていた、このあたりの
日本の科学史も知りたいな!
北極出地の旅に一緒に出る「算術・天文暦学に優れた旗本・伊藤重孝(岸部一徳)、建部昌明(笹野高史)の存在感」が魅力的でした。
そしてこの人達が磁気コンパスを知っていたら、1600年代の日本列島の偏角分布が
決まっていただろうな、と無い物ねだりです。
時代小説だという。こんなテーマで書いた小説を時代小説だとにげて
ほしくなかったなあ。時代小説と歴史小説の境界は曖昧らしいのですが。
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天地明察
投稿日:2015年 7月19日(日)22時54分41秒
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JFくんへ
原作が手に入ったので早速読みました。
当然のことながら映画は、原作をかなり変更しています。
許せないという程ではないのですが、完全に小説の方が説得力が
あります。
小説を読んでいればあえて映画を観る必要はないようです。
映画は小説を読むきっかけになったと言う意味で、よくできた映画
だったのだと思います。
あらためてこの本で興味をひかれたこと
○囲碁棋士がこの時代にそれなりに優遇されていたこと。
○会津藩というのは最初から最後まで江戸幕府を護った律儀な藩だった。
○忠臣蔵でしか知らない山鹿素行のみかたが変わった。
○天文方など幕府は結構、専門家を登用したのだと感心。
○素朴で純真が取り柄と思っていた安井算哲が改暦の最後の勝負に
でるころには、根回しも出来る政略家に成長(?)していた。
などなど
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天地明察(余話)
投稿日:2015年 7月30日(木)16時40分49秒
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今、(て)が文庫本で『天地明察』を読んでいます。
『お江の方と春日局』、植松三十里著、NHK出版
を図書館で偶々みつけ借り出しました。
読んでみて気づいたのは天地明察と同じ時代、で重なる登場人物
が気になって、また天地明察をパラパラと読み直しています。
重要な登場人物の会津藩主保科正之は2代将軍の子供だという、
『お江の方と春日局』にはお江は秀忠が妾を持つことを許さなかった
とある。家光と正之の関係が極めて良かったのは、お江が可愛がった
家光の弟忠長との関係の裏返しなのかなと思う。
老中稲葉正則というのは春日局の孫・・・・・、などなど
2つの本をあわせて斜め読みすると結構おもしろい、とはまっています。
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光圀伝
投稿日:2015年 8月 9日(日)09時06分9秒
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『光圀伝』
冲方丁著、角川書店、2012年
751頁もある大著、しかし面白いので一気に読める。
水戸光圀だけではなく『天地明察』で描かれた重要人物が何人も登場する。安井算哲、保科正之、酒井忠清、山鹿素行など。安井、保科、酒井のイメージは『天地明察』と変わらないが山鹿素行はより詳しく描かれイメージが変わり興味深かった。宮本武蔵や沢庵和尚まででてくる。彼らをどう描くのかを期待し楽しみながら読めた。
角川の光圀伝official website の宣伝文には「獣の宿命を背負った男−その名は光圀。まったく新しい”水戸黄門”像の誕生!」とある。生方は光圀を虎に喩える。対談で「虎って当時の日本にはいない動物なんです。中国の絵画などで存在自体は知られていたけど、ほぼ想像上の動物に等しい。光圀自身が日本人離れした存在ということで、虎のイメージを重ねて書いていきましたね。」と述べる。
光圀は水戸藩徳川頼房の三男。優秀な兄・頼重がいた。だが父が後継ぎにしたのは光圀で、その「ねじれ」に光圀は苦しむ。その苦悩が学問・詩作に没頭させる。友や師を切望し、反動としての乱行も起こす。この「ねじれ」を物語の鍵として、著者は「光圀の大義」を解こうとする。
大藩の世嗣の話、それで大義だなんだといったって自分勝手な理屈としか思えない私には著者の入れ込みにちょっと引いてしまうが、その時代にはそれが正論だったのかなと思わせる筆力があり「お話」として最後まで楽しんだ。
著者の博識は本物のようだ。よく調べているなと感心する。
しかし、ある書評に「天地明察では、『酒井は逝去した。享年五十七歳であった。』とある。ところが光圀伝P633に『享年五十八』と正しく書いている。こんな所にも著者の成長が見られる。刮目して見なければならない。」とあった。数字の間違いより歳のあるなしを指摘しているらしいが怖いですね公表するということは。
冲方の本はまだ2冊目だが、優しく清々しいラブストーリー、友情物語を書く人だなと思う。光圀と泰姫のラブストーリーなどだが、それらが清涼剤になってこの長ったらしい重たい物語が最後まで読めたように思う。


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『まほろ駅前狂想曲』
投稿日:2015年 4月20日(月)08時51分24秒
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『まほろ駅前狂想曲』
三浦しをん、文藝春秋、2013年
『舟を編む』が良かったので、三浦しをんの本を集中的に読んでいる。『仏果を得ず』、『むかしのはなし』、『まほろ駅前多田便利軒』、『本屋さんで待ち合わせ』、『格闘する物に○』、『私が語りはじめた彼は』を読み、『まほろ駅前狂想曲』にたどりついた。
どれも面白くないことはなく最後まで読めたのだが、なにか三浦しをんの世界観というのか思考法についていけないじれったさがいつもあった。そして『まほろ駅前狂想曲』になってはじめてなんの違和感もなく、すーっと最後まで読んだ。なんなんだろう?この本も三浦しをんらしい思考法の不思議な本なのだが、こちらが慣れてしまって違和感をもたなくなってしまったからなのかな???まだまだ私にとっては不思議感のある作家です。
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舟を編む
投稿日:2015年 4月 1日(水)09時55分1秒
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『舟を編む』
三浦しをん、光文社文庫、2015年3月20日
映画がよかったので原作も読みたいと思っていた。文庫本になったので早速買って読みました。期待通りでした。
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Wikipediaより
概要
「玄武書房」に勤める変人編集部員・馬締光也が、新しく刊行する辞書『大渡海』の編纂メンバーとして辞書編集部に迎えられ、個性豊かな編集者たちが辞書の世界に没頭していく姿を描いた作品。「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という意味でこの書名が付いている。執筆にあたって、岩波書店および小学館の辞書編集部の取材を行なっている。
主人公は
馬締 光也(まじめ みつや)玄武書房辞書編集部員。27歳。大学院で言語学を専攻したのち入社して3年目。入社当初は第一営業部に配属されるが、対人コミュニケーション能力の低さから厄介者扱いを受けていた。しかし言語学専攻のキャリアと言語感覚の鋭敏さを荒木に認められて辞書編集部にヘッドハンティングされ、辞書作りに没頭していく。「早雲荘」という下宿に学生時代から住み続けており、下宿をまるまる自らの蔵書で埋め尽くしている。皮肉が通じず他人の言うことを額面通りに受け取るなど、アスペルガー症候群の特性とみられるような言動をとることがある。13年後は主任に昇進し、『大渡海』編集を取り仕切る責任者となっている。「馬締」姓は実在する苗字であり、全国に10世帯ほど存する。作中では「両親は和歌山出身」と語っている。
林 香具矢(はやし かぐや)馬締が暮らす下宿「早雲荘」の大家の孫娘で、板前ま見習い。板前の修行のためにかつて交際相手と別れた経験を持つ。馬締のよき理解者であり、その後結婚する。13年後は自らの小料理屋を開店している
女性ファッション雑誌『CLASSY.』に2009年11月号から2011年7月号にかけて連載され、 2011年9月16日に単行本が刊行された。2012年、本屋大賞を受賞。
2013年、石井裕也監督、松田龍平主演で映画化された。
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佐々木健一の『辞書になった男』を興味深く読んだ後なので辞書に関わるいろいろが面白かった。
馬締が香具矢に出逢い恋に落ち、新明解国語辞典の【恋愛】を引いて悩む場面などクスッときます。用例採集の場面が何度か出てきますが、その都度145万例を集め新しい言葉も積極的に辞書に載せたという見坊豪紀を思ってしまいます。著者も意識しているのかなと参考文献をみた。見坊はみあたらないが、松井栄一の『出逢った日本語50万語』があげられていた。見坊と松井は用例採集で互いを尊敬する間柄だったそうだから松井がモデルかな?
【下駄箱】は死語で今は【靴箱】というという話があった。(た)は吃驚、(て)はそうだよだって。早速、辞書をひく。新明解は下駄箱も靴箱もない。大辞林と広辞苑は下駄箱だけ。靴箱は?
馬締の香具矢への恋文の全文が巻末にありました。これを映画では巻紙に毛筆で書いたことにしていましたが誰かも書いていたようにそれは無理な設定です。
ビデオをみました。本を読むと大抵映画は物足りないのですが、これはうまくつくってあるなと思いました。本と違う場面もいくつかありますが全部許せる範囲内でした。

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Re: 舟を編む
投稿者:JF
投稿日:2015年 4月 1日(水)12時16分34秒
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こんにちは。
私も『舟を編む』はとても好きです。(先日,ほぼまっさらな
単行本をようやく108円で購入しました。) 全く知らなかった
辞書作りの世界も大変興味深かったのですが,言葉に関する感覚
みたいなところがとても面白くて,初回はうんうんと思わず首を
振りながら読んだような気がします。映画化されているのは知って
いましたが,原作を先に読んでしまったので(観るかどうか)
迷っていました。「許せる範囲内」ということであれば,今度
観てみようと思います。
ひとつ気に入ると,その著者の本をいくつも読んでみたく
なりますね。でも,小説って買い出すときりがないので,図書館で
借りて読んでみて,「手元に置きたい」と思うものだけ(文庫本
で)購入するようにしています。それでも,だんだん増えてきて
しまって,我が家はかなり重たい2階になりつつあります。
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ReRe: 舟を編む
投稿日:2015年 4月 1日(水)17時31分7秒
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JFさんへのお返事です。
敦賀気比が優勝しました。福井県初!で嬉しいのですが
京都出身ばかりなので・・・今時の野球校ではしかたがないのかな。
>
> ひとつ気に入ると,その著者の本をいくつも読んでみたく
> なりますね。でも,小説って買い出すときりがないので,図書館で
> 借りて読んでみて,「手元に置きたい」と思うものだけ(文庫本
> で)購入するようにしています。それでも,だんだん増えてきて
> しまって,我が家はかなり重たい2階になりつつあります。
>
三浦しをんは『舟を編む』が初めてでした。よかったので
早速、『まほろ駅前多田便利軒』、『仏果を得ず』を読みました。
つぎは『むかしのはなし』を読むつもりです。
『まほろ駅前多田便利軒』はちょっと読みづらかったのですが、
『仏果を得ず』は面白くて一気読みでした。なにに惹かれるのか
まだ整理ができませんが、しばらくのめり込みそうです。、
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神様のカルテ 0
投稿日:2015年 3月 7日(土)10時10分3秒
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『神様のカルテ 0』
夏川草介、小学館、2015年3月1日
(http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784093864046)
新たな『神様のカルテ』はここから始まる。
シリーズ300万部突破のベストセラー『神様のカルテ』にまつわる人々の前日譚であり、かつ珠玉の短編集です。栗原一止は、信州にある24時間365日営業の本庄病院で働く内科医です。本作では、医師国家試験直前の一止とその仲間たちの友情、本庄病院の内科部長・板垣(大狸)先生と敵対する事務長・金山弁二の不思議な交流、研修医となり本庄病院で働くことになった一止の医師としての葛藤と、山岳写真家である一止の妻・榛名の信念が描かれます。ますます深度を増す「神カル」ワールドをお楽しみください。
最近、新田・藤原一家の本ばかり読んでいた。少し飽きてきたので気分転換しようかなと思った時、『神様のカルテ 0』新発売の広告がでた。早速、購入、読了。
「0」を「1」の前という意味で使うのはどうも好きになれないがJRの駅にも「0番線」というのがあるのだから誤用でもないのかな。
内容は上の小学館の広告文の通りのもので、この本を読むと『神様のカルテ』シリーズの主要登場人物(栗原一止、榛名、進藤達也、砂山次郎など)の人柄がより鮮明にイメージできるようになる。ほとんどが1,2,3で思い描いてきたイメージ通りなので意外性がなく少し物足りないような気もする。ただし、榛名はいままでTNが持っていたイメージよりも遙かに「強い芯のある人」という感じ、映画で演じる宮崎あおいは優しすぎるのではとふと思う。
『神様のカルテ』の題名(タイトル)の由来をいろいろ想像していた。映画には映画なりの解釈が提示されていたがなにかしっくりこなかった。やっと著者がその由来を明示した。
「人間にはな、神様のカルテって」もんがあるんだ」
唐突なその声に一止は顔をあげる。
「なんですか?」
冗談かと思ったが、大狸先生はあくまで泰然たる態度だ。
「神様がそれぞれの人間に書いたカルテってもんがある。俺たち医者はその神様のカルテをなぞっているだけの存在なんだ」
声もなく見返す一止に、大狸先生は静かに続ける。
そのあとも大狸先生と一止とのやりとりが続き
「大切なことはな、栗ちゃん。命に対して傲慢にならねえことだ。命の形を作りかえることはできねえ。限られた命の中で何ができるかを真剣に考えることだ」で締めくくる。
この本のシリーズを通してのモチーフになっている。良い題名だと思う、「神様のカルテ」は。
でてきた日本酒は「秋鹿」と「信濃鶴」だけ。どちらも大好きです。
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似たもの夫婦
投稿日:2015年 2月 3日(火)11時08分6秒
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2月2日は「夫婦の日」というらしい。むろん語呂合わせ。
関連して「よい夫婦の日 4月22日」、「いい夫婦の日 11月22日」、「夫婦の日 毎月22日」などがある。といってなにか変わったことがあるわけもないが、私たちは似たもの夫婦だなと思う出来事があった。
(て)は保健師仲間とNPO「スマートらいふネット」を立ち上げ、大阪府と大阪市の委託を受けたHIV検査業務を分担している。日曜日(1日)の検査を受けた人と「スマートらいふネット」の間にトラブルがあり、その後始末に関しての大阪市の係長とのやりとりで頭にきて怒っている(て)をみていると、この人はTNと全く同じ感覚で怒りを爆発させるのだと妙に安心するとともに、気持ちが分かりすぎて可哀想になります。しかし、馬鹿どもは無視しろ相手になるなと励ますしかない。正義感が強く、気が小さいくせに妥協はしない、まったくよく似た夫婦です。
たまたま藤原てい著「わが夫 新田次郎」(新潮社、1,981年)を読んだ。この作家夫婦は、お互いを必要としているのに喧嘩ばかりしている。でもどちらも変わり者で似たもの夫婦だと好感を持った。
藤原ていが、新田次郎と結婚してから夫と死別するまでの回想記である。娘の藤原咲子が「父への恋文」(山と渓谷社、2,001年)を書いている。2冊併せて読むと面白い。母娘で同じことをまったく違う感覚でとらえていることがあり興味深い。
満州からの引き上げの過酷な旅で体をこわし藤原ていは心身ともに大きな痛手をうけ病床につく。一方娘は引き上げの際の栄養失調や病気の母に全くかまってもらえなかったことから言語の発達がかなり遅れそだつ。病床の母をこわごわ眺めながらも、大好きな父が母が死んだら悲しむだろう、と父のことのみを思う。
ていは自分の体調がもう元に戻らないと覚悟し、遺書として大学ノートに引き揚げの記録を残した。そしてそれが、『流れる星は生きている』という本になり、その後ベストセラーとなる。
『流れる星は生きている』を咲子は中学生になる少し前に読み、「咲子はまだ生きている。咲子がまだ生きている。でも咲子が生きていることは必ずしも幸福とは思えない・・・・・・。背中の子を犠牲にして、2人の子、正広、正彦を生かすことが・・・・」という文書を見つけてしまう。この数行の文を読んだ後の絶望感は母への不信感となり、父への遺書を残し自殺へ突き進む。父の懸命のケアで立ち直るが、母を批判的に見ているのがよくわかる「父への恋文」であり、父が母を優先することにさえ不満をもらす。
「わが夫 新田次郎」では「自家製の恋人」の章に新田次郎が咲子を恋人のように溺愛する様子を描いている。溺愛ぶりを心配し娘の縁談を強引に進める母という構図が、娘のいないTNにとっては興味深い。
その他にも多数のエピソードが書かれていて楽しかった。そして彼らも似たもの夫婦なのだと感じられた。
藤原ていは今、90歳をはるかに越え、認知症でもう表には出てこない。藤原咲子の「母への詫び状」も読んでみたいなと思っている。
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母への詫び状
投稿者:TN&TN
投稿日:2015年 2月 8日(日)15時21分14秒
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『母への詫び状』 藤原咲子著、山と渓谷社、2,005年
この本の書評としては下のもので十分だとは思う。
(http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011072700753.html)
新田次郎と藤原ていの長女が赤裸々に綴(つづ)った半生記。中国東北部で終戦を迎え、母は生まれたばかりの著者を背負い、二人の男児の手をひき、北緯38度線を越え帰国した。引き揚げの壮絶な体験記「流れる星は生きている」は、幼子を守り抜いた母親の強靭(きょうじん)な精神と愛情を記したとしてベストセラーになった。
しかしこの本を12歳のときに読んだ著者は、衝撃を受ける。「背中の咲子を犠牲にして二人の兄を生かす」の表現などから、「私は愛されていなかった」と母への不信感を募らせる。
先年、同書の初版本を偶然書庫で見つけ、著者に宛(あ)てた「ほんとうによく大きくなってくれました」の母の温かい言葉に、凍えた心は一気に溶けた。今は認知症に侵された母に著者は絶叫する。「逝ってはダメ。やっと戻ってきた咲子だよ。もう少しそばにいたいの」。母との確執を克服するまでの魂の軌跡は、読む者を浄化するだろう。
[評者]多賀幹子(フリージャーナリスト)
『父への恋文』(藤原咲子、山と渓谷社。2,001年)と『わが夫 新田次郎』(藤原てい、新潮社、1,981年)を読んだ今、『父への恋文』から4年しか経たない間に、母との確執を克服したとする本筋の話以外にも気になることがいくつかある。
1.藤原ていは『流れる星は生きている』の出版や映画化に際し、新田次郎は貧乏生活を抜け出すために渋々賛成したと書く。本の内容についての新田次郎の役割には夫婦共に一切触れていない。だが、その本を再読した咲子は新田次郎がこの本の構成を手伝ったとすぐに確信する。少なくとも編集者の役割を果たしていたと。そしてあとがきを読み、母が母の日記をもとに書き上げ、事実をもとにした一編の創作であり、小説として書かれたのだと、やっと納得する。それまでに40年以上の年月が必要だった。
母と咲子の関係が主題の本なのにどんな場面でも父・新田次郎がでてくる。『父への恋文 2』でもよかったような。
2.咲子の結婚生活が気になる。「私は、いくつかの恋をして、同数の失恋をして、結婚をして、その結婚にも失敗して、何十年と経た現在振り替える、何ひとつとして確かなものが手に握られていないことに愕然とする。」と書いている。
咲子が大学4年生で失恋した時、ていが無理矢理結婚話をすすめる。そのまま押し切られ結婚し子供もできた。しかし、夫を理解出来ず悩む。そんな時、「無理をしなくてもいいよ、父」というメモをみる。その時、すでに精神的、肉体的限界に達し、体重は激減していた。(多分この時に離婚し:これはTNのかってな想像でした)実家の近くの吉祥寺に移り住む。新田次郎は娘を気遣い頻繁に娘の家を訪れている。メモを残した2年後新田次郎は心筋梗塞で逝った。
咲子が『父への恋文』をようやく出版できたのは父の死後20年経ってからだった。
WEBでも色々調べたが、咲子の夫や子供がどうなっているのか不明のまま。『わが夫 新田次郎』には、吉祥寺の娘の家を買ったのは藤原ていで、「昭和53年春、私たちは又自宅の近くに家を買った。それも大きな借金をかかえ込んで。」と書いている。そこへ娘一家を横浜から呼び寄せた。新田を喜ばすために。新田は毎日、散歩の帰途必ずそこにより、5歳と2歳の孫に昔話を一席話したという。ていが娘の夫への悩みを知っていたのかどうかは不明。
3.父が捕虜収容所に送られたため、母は数多くの死体が横たわる中、一人で幼い二人の兄の手を引き、生まれたばかりの咲子をリュックの中に隠して、命からがら引き揚げ船に乗り込んだという。咲子や二人の兄、それぞれがその時の恐怖を異なる形で記憶している。
咲子は、ほどけかけたリュックの隙間から見えた北極星を覚えていて北極星を見るのが恐怖だった。リュックの白いひもがトラウマとなり、運動会のゴールの白いテープの前で立ちすくむ。
次兄・正彦は、今も川を渡らないし泳がない、という。
長兄・正広は、新田の死後、次兄から旧満州への旅が発案された時、「そういう感覚が俺にはわからない・・・・」と憮然とした表情で吐くように言ったという。
親たちにもむろん苦しい記憶がある。ていは、「この三人の子供達に私たち夫婦は、引きあげのことは、ひとことも話してやらなかった。いつの間にかそのことは禁句になってしまっていた。心の底流には、いつもそれを持ちながらも、その傷痕はあまりに深すぎて、日常の平和な生活の中で、心して黙殺していたのである。」と書いている。
4.藤原てい、なかなかの人だと思う。最初は料理が下手でちょっとがさつい人のような感じをもったのだが、男性的な決断力、行動力があり夫を深く愛した素晴らしい女性のようだ。
凄い女性だなと感じたのは、例えばまとまった収入を得たときさっと家が買える決断力。また、夫の死後、その遺志を尊重するためとはいえ、スイスに出かけアイガー・ユングフラウ・メンヒが一望できるクライネ・シャディックに遺品を埋める。その時、記念碑を建てると決意しスイス政府と3年がかりの交渉の後に実現する。(そんな事情を知っていたら先年スイスに行ったときに訪れておきたかったと悔やまれる。私たちはその周辺の花に気をとられ時間ぎれで新田次郎記念碑はパスしていた。)
また私財を全て投げだすつもりで文芸家協会に新田文学賞を設立を願う。文部省の許可も得た。新田次郎への思慕の深さに圧倒される。
その人が何故娘の深い心の傷を感じることができなかったのだろう?
藤原(新田)一家はそれぞれが『流れる星は生きている』の体験を原点として、精一杯生きたし生きている。もう少し彼や彼女たちの本を読みその生き様を見てみようと思う。
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藤原正彦と美子の本
投稿者:TN&TN
投稿日:2015年 2月14日(土)19時57分58秒
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『ヒコベエ』藤原正彦、新潮文庫、2014年
『夫の悪夢』藤原美子、文春文庫、2012年
藤原正彦は新田次郎・藤原ていの次男、美子は正彦の妻。
(新潮社の広告文)
『国家の品格』の著者が初めて綴った自伝的小説。卑怯者は許さないぞ!
満州で戦禍に巻きこまれ、命からがら日本へ引き揚げてきたヒコベエ一家は、信州諏訪に身を寄せる。なだらかな稜線を描く山や緑深い自然に囲まれ、ヒコベエは腕白坊主に成長する。やがて一家に訪れた転機。母の小説がベストセラーになり、父も作家の道を歩み始め……。貧しくとも家族は支え合い励まし合って暮していた。日本そして日本人が懸命に生きた昭和20年代を描く自伝的長編。
藤原正彦は昭和18年生まれなので(た)と同じ学年、同じ時代を生きてきたので共感できることも多いだろうとは思っても、『国家の品格』という言葉は好きになれないし第4回正論新風賞の受賞などから何となく安倍首相のお友達風の愛国者的臭いがして(国家を気楽に論じる人たちへのTNの嫌悪感?)今までは読む気にはならなかったが、新田次郎・藤原ていのことをもっと知りたいと読んでみた。
『流れる星は生きている』後の約10年間のことが書かれているのだが、幼い頃のことをどうしてそんなに詳しく覚えているのだ!と感嘆。ずば抜けた記憶力?父や母から何回も昔話を聞かされてきた?父や母が書いた小説や随筆から記憶が蘇る?それとも創作?
気になったのは『流れる星は生きている』が出版されるまでのいきさつや吉祥寺に土地を買い家を建てる時の話、藤原ていの『わが夫 新田次郎』を読み推測したことと随分違う。正彦が当時、すべてを理解しそれを今まで記憶しているはずがないので、両親のどちらかに聞いた話なのだろうけど・・・・・。どちらが正しいのか知らないが小説家というのは平気でウソを創作しまるでノンフィクションのごとく書くことが出来る人達なんだと理解すべきなのかな(?)。
藤原咲子の本で、正彦は頭が良く独特の思考法で人を煙に巻く賑やかな人というイメージがあったが、今回の2冊を読んでもそのイメージは変わらない。成績も良いガキ大将として小学校生活をおくる。ガキ大将と子分達、弱い物いじめといった話がとくとくと描かれているが、ガキ大将になったこともいじめられた経験もない(た)には別世界の話。でもまあそれなりに楽しめました。
藤原咲平は大変な愛国者だった。両親(次郎・てい)は、自国が勝つために全力を尽くすのは当然の義務と思っていた。・・・・時の権力者GHQにすり寄ろうとする人々には我慢がならなかった。また新田次郎はソ連が大嫌いでロシア人を露助(ロスケ)と蔑称し、武士は損をしてでも義を尊ぶと武士道精神を絶えず説く。このような文章や本全体のトーンから、新田次郎やその尊敬する父に教育された正彦は、ソ連は許せないがアメリカは許せる保守的な愛国者なのだろうなと思う。
しかし、藤原ていは戦争については彼らとはまったく異なる考え方をする。朝鮮戦争が始まった時、新田次郎はソ連がそそのかしたから戦争が始まったと主張したが「てい」は、朝鮮を南北に分けたアメリカも悪いという。そして38度線を越えての逃避行の時、助けてくれた朝鮮人のお婆さんことを本気で心配する。『夫の悪夢』で「てい」は美子に「いま戦争が起きたらどうするか」と問い、「美子さん、正彦をどんなことがあっても戦地に送ってはいけないですよ。その時には私が正彦の左腕をばっさり切り落としますからね。手が不自由になれば、招集されることはありません。右手さえあれば何とか生きていけますから」と言ったということが紹介されている。凄い覚悟だなと圧倒される。
『夫の悪夢』は短い随筆が集められていて「夫の悪夢」は巻頭にある。武士道を唱え天下国家を語る立派な夫に実はこんな臆病なところがあると暴露し茶化した随筆。沖縄のダイビングスクールに無理矢理つれていった。臆病な夫は緊張のあまり疲労困憊、そして夜は悪夢にうなされていたと。
藤原咲子が、「次兄・正彦は、今も川を渡らないし泳がない」、と書いていたのでこれは残酷物語だなと思いました。『ヒコベエ』に、生まれて知った自分の弱点として、母の故郷で遊び仲間に川に誘われ、「一歩も足が進まない。恐怖心ばかりがこみ上げてくる。・・・・・」と。
藤原一家の周りにはなんと有名人が多いのだと感心してしまいます。初めはへーそうなんだという感じで読めるのですが、有名人好きがだんだん鼻につき嫌になります。
でもミーハーな好奇心から「映画狂想曲T」「映画狂想曲U」「剱岳試写会」は興味深く読み、録画していた映画『剱岳 点の記』まで見てしまいました。『剱岳 点の記』は新田次郎の小説、それを木村大作が映画化した。版権をもつ正彦と木村監督とのやり取り、そして美子が古田(役所広司)の妻役で出演し正彦・美子の息子三人がエクストラで出演した顛末記。そしてその試写会に皇太子まで引きずり出したいきさつが書かれていて面白かった。出演者として前の方に美子や息子三人の名前が出て、最後に版権者の新田次郎の二人の息子の名前、そして原作者の新田次郎の名前が。映画のクレジットというのはここまで関係者をリストアップするのだと初めて知りました。
『ヒコベエ』も『夫の悪夢』も著者の自慢話が若干鼻につきます。これも又似たもの夫婦だと思います。『夫の悪夢』は文庫本のエッセイ集でこれだけ写真の多い本は初めて、美子が美人だからなのでしょうが・・・・、ブス夫婦のひがみか。
(文芸春秋BOOKのHPより)
著者は、『国家の品格』で世に広く知られた藤原正彦教授夫人。新田次郎・藤原てい夫妻の次男の嫁でもあります。大学院や大学で学ぶ3人の息子さんたちはいずれもイケメン揃い。そこに、ユニークなご主人が加わり、藤原家はいつも楽しそうです。義父母から教わったこと、英国での思い出などがユーモアと品格ある文章で綴られた極上のエッセイ集です。果たして「夫の品格」は如何に。

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流れる星は生きている
投稿者:TN&TN
投稿日:2015年 2月19日(木)09時15分6秒
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『流れる星は生きている』
藤原てい、中央公論社、1984年
重たくてしんどいと分かっているので中々手にできなかったが、新田次郎・藤原ていを知るためにはこの本が原点なので思い切って読み出した。一気に読むのはしんどくて三日かけて読了。
3人の子どもを連れて、満州(中国東北部)から引き揚げ、朝鮮半島の38度線を越え、釜山から引き揚げ船にのり博多へ、そして故郷の長野県諏訪地方へ帰りつくまでの壮絶な行程の記録です。
新田次郎は、新京の南端にある南嶺(なんれい)の観象台(気象台)に勤務。1945年8月9日の夜、夫は、まだ仕事があると新京に残り、ていは3人の子どもを連れ引き上げの旅に。長男の正広は6歳、次男の正彦は3歳、長女の咲子は生後1か月。
ていらは「観象台疎開団」と自らを名づけ、汽車の中では、集団行動を取る。北朝鮮北部の宣川で列車を降ろされ、宣川農学校の校舎に収容され、そこで、8月15日の終戦を迎えた。
8月18日の夜、新田を含む8名の男たちが家族に合流。その後、8月中に、38度線を境に交通が遮断され、平壌以南へは列車が行かないという連絡がもたらされる。
10月、18歳から40歳までの日本人男子が汽車で平壌へ送られることになる。新田はシベリヤへ送られることも予想していた。
10月28日に、新田は汽車で旅立つ。1月、日本人学校が開校。
2月に入ると、日本人の男たちが引き揚げて来るようになるが、ほとんどが死ぬために帰って来たようなもの。正彦が肺炎に。 新田が、八路軍の雑役夫に雇われ、発疹チフスにかかって八路軍の病院に入院したと聞く。
5月15日、日本人解放のニュースが入り、配給の米が停止された。日本人の中でも、貧富の差ができ、お金がなくなる日本人も出てきた。連日、日本人会本部に各団体の団長、副団長が集まり、朝鮮の地図を開いて、引き揚げ計画を話しあった。しかし、裕福な団体は、案内人を雇うなどして、独自に出発していき各団体が浮き足立つ。
観象台疎開団から、子どもがいない身軽な人など12名が脱退。残留組は18名となり、ていは副団長。8月1日に、平壌へ向かう汽車に乗る。平壌に着き三日目に、そこからまた、貨車で新幕まで移動。貨車を降り、壮絶な行軍が始まる。ていは、3人の幼子を連れ、ときに、2日2晩も眠らず、移動を続ける。力尽きて倒れる人もあり、牛車を雇ったりしながら、歩き続ける。赤土の泥にまみれて歩き、川を徒歩で渡り、38度線を越えればアメリカ軍がいると聞いていた。
38度線に着くと、ソ連兵が何やら相談をした後、遮断機を開けてくれた。8月11日の早朝、てい親子は、アメリカ軍のトラックに保護され、テントに収容される。
貨車で釜山まで運ばれ、引き揚げ船に乗り博多に着きますが、下船許可が下りず、船の中で死ぬ子どもたちもたくさんいた。
昭和21年(1946年)9月12日、ようやく博多に上陸したていは、引き揚げ証明書を交付される。毛布、子ども服、下駄、乾パン、ひとり5枚ずつの外食券らを渡され、汽車で長野県の上諏訪駅に到着。4年ぶりに会ったていの2人の弟は、ていの姿に驚がくする。ていは両親に抱きかかえられた。そして本の最後に、次のように書く。
「これでいいんだ、もう死んでもいいんだ」
私の頭の中はすべてが整理された後のようにきれいに澄みきっていた。深い深い霧の底へ歩いていけば、どこかで夫に逢えるかもしれない。
「もうこれ以上は生きられない」
私は霧の湖の中にがっくり頭を突っ込んで、深い所へ沈んでいった。
敗戦の混乱の中、まる1年かかった引き上げの旅、最初から最後まで重たい話ばかりで読むのがつらい。それでもやはり読むべきであり読んでよかったと思える本でした。
他の本で既に知っている藤原一家のそれぞれの心身に時に現れるトラウマが、この旅を経験すればそうなるだろうと、またこの本が子供達への遺書のつもりで書きためたものに基づいているということも納得できた。
感想が書きづらい。思うことが多すぎる。
命がけの土壇場に追い込まれたとき人間はここまで利己的になるのだということをことあるごとに突きつけられる。守るべき範囲は家族だけというのがほぼ全員。ていは冷めた目で周囲を観察し続けた。冷たくあしらわれ憎んだ他のグループのリーダーが、実はそのリーダはそのグループにとっては実に優れたリーダだったからこそ、集団で帰国できたのだろうと悔しくも認める冷めた理性を最後まで持っていた。
お金や貴重品を強奪にくる多数の朝鮮人もいるが日本人に親切にしてくれる朝鮮人もいた。38度線を越えるときソ連兵も優しかった。越えてからはアメリカ兵に助けられた。一方、完全に信頼し合い心を許せる日本人仲間は誰もいなかった。子供を守りきるために常に緊張関係にあった。日本人仲間とのやりとりでは、それぞれが生き抜くために利己的になり人間の醜い本性がさらけ出される。
お互いに家族の命がかかった駆け引きがあり善人のままではいきていけない。ていも騙されるし自分が騙しもする。38度線に向かう強行軍のとき、子供を抱えたていは大抵最後尾になる。もう歩けないこの子供を牛車に乗せたい。そのために1000円という金がいる。そこでていはお金をもっていて弱みをつかんだ人から強引に500円を借りる。その時。日本で2000円を返すと借用書をかく。生きるための凄まじい駆け引きに圧倒される。
帰国後に観象台疎開団の人達と出逢うことがあったのだろうか?もし逢うことがあったとしたらどんな出逢いになるのだろう。
咲子の本にあった初版の後書きを読みたいのだが、今回の本には収録されていない。
『流れる星は生きている』は1949年に日比谷出版社から出版され、直ぐに映画化。ベストセラーで出版社も潤ったはずなのに会社はつぶれ、その後、いくつかの出版社でだされている。今、茨木市の図書館で読めるのはつぎのものである。
1 文庫 流れる星は生きている 改版/藤原てい 中央公論新社 ; 2006
2 児童書 流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1991
3 児童書 流れる星は生きている/藤原てい 筑摩書房 ; 1989
4 大活字本 流れる星は生きている 下/藤原てい 埼玉福祉会 ; 1987
5 大活字本 流れる星は生きている 上/藤原てい 埼玉福祉会 ; 1987
6 一般書 流れる星は生きている/藤原てい 中央公論社 ; 1985
7 児童書 流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1984
8 一般書 流れる星は生きている/藤原てい 中央公論社 ; 1984
9 一般書 流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1982
10 児童書 流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1965
11 児童書 流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1965
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新田次郎
投稿者:TN&TN
投稿日:2015年 2月27日(金)13時49分39秒
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『小説に書けなかった自伝』
新田次郎、新潮文庫、2012年
http://www.shinchosha.co.jp/book/112229/
人間の根源を見据えた新田文学、苦難の内面史。昼、働き夜、書く。ボツの嵐、安易なレッテル、職場での皮肉にも負けず……。新田次郎生誕100年。
安月給の生活苦。妻の本に触発された訳ではないが、小説に挑戦してみようと思った。しかし、何をどう書けばいいのかまるでわからない。なくされた原稿、冷たい編集者、山岳小説というレッテル、職場での皮肉。フルタイムで働きながら、書くことの艱難辛苦……。やがて、いくつもの傑作が生まれていく。事実を下敷きに豊かな物語を紡いで感動を生んできた新田文学の知られざる内面史。
藤原ていや咲子、正彦の本で私の新田次郎の人物像は既にできあがっている。勤勉、約束の期限・時間は厳守、正義感が強い。妻を愛し、子供や孫を溺愛。その印象が自伝でどう変わるか楽しみに読んだ。結論は全く変わらなかったが、より深く新田次郎の人柄を知ることができたと思える。
頭の良い人
新田は無線通信士第1級と無線技術士第1級の資格をもっている! 無線電信講習所出身なので不思議ではないが、気象庁勤務ではそこまで必要はない。私は工業高校電気科卒なのであこがれの資格、電気科の先生方でも第1級資格は1人だけで生徒に尊敬されていた。凄いなと感嘆!
コンプレックス
正彦が東京大学に入り、理学博士になったので、東大・理博コンプレックスが消えた。まあそんなものだろうと思います。
役人小説家
「小説は夜書いた。退庁時刻が午後五時。国電に乗って吉祥寺の自宅に帰るのが午後六時過ぎ、食事をして、七時のニュースを聞くと、自分の部屋へ引き込んで十一時までみっちりと書いた。四時間以上書くことはできなかった。床に入ると、直ぐ寝入ってしまった。・・・・・・ 翌朝はどんなに遅くとも八時前には家をでなければならなかった。家を出てからは、役所の仕事のことをずっと考えていた。」
なんと勤勉で強い意志力と感心する。しかし、気象庁というのは課長補佐が五時に退庁できたのだ! これは実験系の大学人だった私にはとうてい理解出来ない世界のお話です。
課長として富士山レーダー設置の大仕事をやり遂げる。この時、特に業者選定の際、技術者として合理主義を貫く。普段は周りに気遣う小心者のようにも見えるが土壇場では頑固に自分の意志を貫く。役人には勿体ない剛毅な気質を見せる。
レーダー設置の大仕事が終わると、気象庁の人事の停滞を打破するという理由で退職することを期待される。自分で退職を決意するが、一時期、不眠症に襲われ、職場を辞めたくないという夢ばかり見たという。
この未練たらしさが小心者の新田なのかなと思う。そして決断の時、いつも背中を押すのは藤原ていであった。
他人の批評・評価を気にする
作品に対する他人の評価を常に気にし、高い評価、低い評価ともに何時までも覚えている。高い評価をしてくれた人には機会があったときに本人に謝意を表明している。
「幸せなことに上司や同僚たちに恵まれ、居心地のいい気象庁という職場にいたと同時に、理解ある編集者の援助を受けた。」と書くが、嫌な同僚も編集者もいた。それも隠さず書いている。嫌悪感を隠さない、人付き合いにごつごつした感じがある素朴な人だと思った。
直木賞を受賞した時の芥川賞は石原慎太郎だった
石原の栄光の陰に隠れて目立たなくなったことが、今から考えると有り難いことだと書く。
「売れる作品」と「良い作品」
売れる間はにこにこし、売れなくなれば横を向く出版社を相手にし、新田は常に売れることを意識していた。
「良い作品」=「芸術的価値の高い作品」としても芸術的価値の尺度がどこにもない。とすれば客観的な評価、つまり読者の判断にまかせるしかない。つまり「売れる作品」が「よい作品」ということになるが、ベストセラーが「良い作品」とは限らない。というようなことを考え、新田は「売れる作品」=「良い作品}となるようにもっていこうとした。
新田ほどの作家がここまで「売れる」ということにこだわっていたのかと思うと意外である。たぶん新田は芸術的な直感力で作品を生み出していく天才的な作家ではなく、読者、編集者の意向を理解してた上で徹底的な資料調査などの努力を積み重ね優れた作品を生み出してきた作家なのだろうなと思う。
新田次郎の山岳小説
新田には山岳小説家というレッテルがある。そのレッテルにより、新田の作品の広告には登山という世界にだけしか通じないような用語を用い、明らかに山屋(広い意味での登山愛好家)を対象としたものであり、逆説的に言えば山岳小説だから山屋以外は手を出すなといわんばかりのものまであったという。
しかし、新田は山を書いているのではなく人を書いているのだと不満だった。新潮出版部でそのことに最初に気付いたのは『孤高の人』から編集担当になった徳田義昭だった。そして広告も「なぜ山に登るか、生涯問い続けた単独行の加藤文太郎」という名文句になり、上下とも10万部を越えた。前作『火の島』が返品の山となり新潮社の新田に対する態度は明らかに冷たくなっていたのが、『孤高の人』の売れ行きに比例し、新田に対する冷たい態度が温かくなっていくも、なにか見えすいていて腹立たしかった、と書いてしまう新田を私は好きだ。
新田の人間性をさらけ出した楽しい本だった。新田の作品をまた読み直してみようと思う。
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富士山噴火
投稿日:2015年 1月17日(土)09時13分44秒
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阪神淡路大震災から20年、テレビ各局が特集を組んでいる。いろいろな人生があり見ているのが辛いのも多い。今、被災したらはたして立ち直ることが出来るだろうかと不安になる。次にくる大災害はなんだろうと考えてしまう。
南海トラフ沿いの巨大地震、これに連動すると考えられている富士山噴火、などなど。 予知関連の予算が最も多くつぎ込まれ観測網がよく整備されている東海地震でさえ、確率から見れば何時発生しても不思議ではないというだけで発生時期は特定できていない。
それなのに富士山噴火の時期を特定している火山学者と称する人が複数いる。
琉球大学木村政昭(名誉)教授
2013年に出版した著書『東海地震も関東大地震も起きない!』(宝島社)のなかで、御嶽山の噴火時期について、2013年±4年と書いていたという。だから御嶽山の噴火を予知した大学者という事になるらしい。同じ本に富士山噴火は2014年±5年としているらしい。
この数値は週刊誌などでは2,019年までに発生するとして取り上げられている。
前橋工科大学の濱島良吉(元)教授
「私の研究では、近く富士山の噴火と同時に首都圏直下型の地震が発生します。というよりも、発生する必然性があります。日本海溝で発生したマグニチュード9クラスの地震が、東日本大震災を引き起こしました。これが日本海溝、伊豆小笠原海溝、相模トラフ、3つの海溝のバランスに影響して、首都圏直下型地震と津波発生の可能性が高まっています。この2年以内には起きるでしょう」(『FLASH』2013年3月12日号、光文社)
政治屋さん顔負けの威勢の良い学者さんです。お二人の説を紹介するWebがいくつかあり、読んでみたが理屈がよく分からないので論文を探すが見当たらない。木村氏の本はいくつかあるので図書館で予約した(昔、1冊もっていてあまり信用できないなとかんじたことがる)。濱島氏は本も見当たらない。富士山噴火と首都圏直下型地震を恐れて海外に逃げ出したらしい。
もう一人の著名な啓蒙活動の大好きな火山学者K京大教授は、サンデー毎日に
「現在の富士山では、地下15キロメートルという深部で時々低周波地震が起きています。しかし、まだマグマが無理矢理地面を割って上昇してくる様子はありません。富士山では噴火のおよそ1ヶ月前にこうした現象が起き始めるので、事前に必ず分かります。日本の火山学は世界トップレベルなので、直前予知は十分に可能なのです。」
「私たち地球科学者は『火山的には富士山は100%噴火する』と説明しますが、それがいつなのかを前もって言うことは不可能なのです。噴火予知は地震予知と比べると実用化に近い段階まで進歩してきましたが、残念ながらみなさんが知りたい『何月何日に噴火するのか』にお答えすることはまったくできないのです。アマチュアの方が発する科学的根拠のない情報に惑わされないようにしていただきたいものです。」
「火山学者は24時間態勢で観測機器から届けられる情報を元に、富士山を見張っています。今の状態は直ちに噴火につながるものではないので、心配はいりません。」と投稿している。
まあ彼らしい。しかし「直前予知は十分に可能」なんて言い切って良いのかなと。
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富士山噴火2
投稿日:2015年 1月17日(土)17時34分43秒
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<琉球大学木村政昭(名誉)教授
2013年に出版した著書『東海地震も関東大地震も起きない!』(宝島社)のなかで、御嶽山の噴火時期について、2013年±4年と書いていたという。だから御嶽山の噴火を予知した大学者という事になるらしい。同じ本に富士山噴火は2014年±5年としているらしい。
この数値は週刊誌などでは2,019年までに発生するとして取り上げられている。>
『東海地震も関東大地震も起きない!』(宝島社)を読みました。内容のある素晴らしい本でした。読むまではマスコミ好きの目立ちたがりの学者と思い込んでいました。下のような無礼な書き込みをお詫びします。
<それなのに富士山噴火の時期を特定している火山学者と称する人が複数いる。>
< 政治屋さん顔負けの威勢の良い学者さんです。>
本の内容などについての紹介は、又後ほどもう一つの本『巨大地震が再び日本を襲う!』を読了してからにします。
取りあえず前の記事の訂正
火山学者ではなく「海洋地質学者」でした。
富士山噴火は2014年±5年としているらしい→2,011±4年でした。従ってこの本が書かれたときには2,015年までに噴火すると考えていたらしい。
PS 1月18日
『東海地震も関東大地震も起きない!』を読み、素晴らしい内容と感激し、すぐに二冊目の『巨大地震が再び日本を襲う!』を読み出した。しかし、第1章は全然面白くないので読み飛ばし、第2章へ。ここは前著と同じ内容、ほとんど全く同じ図、同じ出版社でこんなことしてよいのかな?と思いながらも、まあ著者にとって一番大事な考え方の説明なのでしかたがないのかなと読み進む、しかし107頁の図16の説明が全く理解出来ない。なんでっ?前著はどうなっているのかなと確かめる。全く同じ説明文があった。図番番号まで同じ、しかし図は別物でした。こちらの図の説明文としては妥当。ここまできてうんざり!あと読み続けられるかどうかは疑問ですが、前著は素晴らしいかったので、とりあえずこの本も読み切る努力はしてみます。
PS2 1月18日19時30分
読了しました。第3,4章「これから予想される巨大地震リスク」はまあ普通に読めました。大事なことは著者の提唱する「地震の目」理論と「火山噴火と地震の時・空関係」から少なくとも30年間の巨大地震リスクと富士山噴火の発生予測年について書かれていることです。巨大地震リスクは伊豆・小笠原海溝沿いの「地震の目」2,012年±5年、M8.5と日向灘南部から種子島にかけての海域の「地震の目」2,014年±5年、M8.7であり、東京直下型地震、東海地震や東南海地震などは少なくとも30年間はないとする。
ところで富士山噴火は2,017年±5年?だって。どうしてという感じでがっくりきます。2,013年3月6日発行の前著は2,011±4年、この本の発行は2,014年6月27日。著者のHPには2014年8月16日版で2,014年±5年となっています。これだけ揺れ動く推定値では仮説はまだまだ未完成ということなのでしょうか。
富士山噴火については「富士宮市の異常湧水は噴火の一形態とみることができるが、このままおわることなく2,015年までに溶岩・火砕物噴火が起きる可能性が高いと思われる。大噴火になるのかはっきりとは分からない。」「つまり現時点で噴火になれば、火山灰を出す小噴火のタイプが想像しやすく、いきなり宝永噴火のような大噴火になることは考えにくい。」「しかし、いずれかの時期に溶岩流出を伴う大噴火の可能性が予想される。」だって。ここまで書けばどれかは当たっているのでしょうね。著者の迷いや自信のなさがみえて所詮学者でしたね、という感じ。
同じ本の中で、図や本文の数値がころころ変わっているのが複数有り、TNが読了するためには忍耐がかなり必要でした。
PS3 1月19日
「東海地震も関東地震も起きない! 地震予知はなぜ外れるのか」
木村政昭著、宝島社、2,013年3月6日発行
素晴らしい本でした。次の「巨大地震が再び日本を襲う!」ではがっかりしましたがこの本への評価は変わりません。
素晴らしいと思った理由
1.「地震の目」理論が納得できました。従来の「地震空白域」から次の地震を推定する方法を一歩進めた方法だと思います。
2.東海地震も関東大震災も、少なくとも30年間は発生しないと言い切る勇気に感動です。大抵の地震屋さんは今すぐとは言えないが何時発生してもおかしくはない、と逃げています。
3.「マスコミ好きの目立ちたがりの大学人」という思い込みがあったのですが、本を読んできちんと地球科学の教育を受けていて、指導者にも恵まれた経歴があり、独創力を持ち、野外観察の能力も高い、優れた研究者なのだと思いました。
東日本大地震を予知した方法が詳しく説明されています。このようなデータの積み重ねは貴重です。
第3章の「富士山の噴火予知は出来るのか」は読み応えのある章でした。
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伊能忠敬
投稿日:2015年 1月12日(月)10時31分50秒
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「伊能忠敬」
童門冬二、三笠書房、1,999年
伊能忠敬は江戸時代末期に日本全国を測量し、同時代としては世界でも最も精度の高い日本地図(伊能図)を完成させた。
伊能図の方位は磁石を使って測定された。伊能は中国の文献で偏角は知っていた。しかし、伊能忠敬が1,802年に江戸で測定した偏角は0°19’Eだった。そのため磁石で測定した方位に偏角補正をしなかった。そのため伊能図は形、大きさは正確なのに江戸から離れた東北以北や九州南部で、位置のズレがめだった。そのズレは偏角によると考えられ当時の日本列島における偏角図が復元されている。というようなことを大学の講義で紹介していたので、伊能忠敬には興味があった。井上ひさしの『四千万歩の男』も買ったがどうも読み通せなかった。井上ひさしがマジメに書いた文章は何故かTNには読みづらい。
童門の伊能忠敬はすっと読めました。童門の本は多分以前に何か忘れたが1冊読んだ記憶があり、その時、説明が理屈っぽくなると、箇条書きのようなスタイルをとるのが他の作家との違いと感じた。今回も同じだった。
伊能忠敬は幼少から天文に興味を持ち、算術が得意だった。
15歳で伊能家に婿養子に入り、伊能家の家業を立て直す。初めは星ばかり見てる変な奴程度の扱いで伊能忠敬自身も天文に現実逃避の場を求めていたが、その後、家業の建て直しに専心し、人の信頼を得て、処世術を学び、財力を得て隠居する。隠居後、50歳の時年下の師・高橋至時に天文学を学び、黙々と歩いて十八年、初めて実測日本地図をつくった。
忠敬は50歳になってから測量を学んだとかってに思い込んでいたのに、その前からかなりの知識と経験があったらしい。そして統率力と経営的手腕も兼ね備えていたということなど知らなかったことばかりで読んでよかったと思える本でした。
思わず(て)に読んで聴かせたのは次の箇所でした。(て)は研究者=変人と信じています。
研究者というのは、こういう言い方をすると叱られるかも知れないが、ある部分が抜けている。穴が空いている。私見だが、それがない人は本当の研究者ではない。俗事に神経が行き渡っていて、
「自分は他人からどう思われているか」
あるいは、
「こういう金の使い方をすると、誰かが文句を言うだろうか」
などということに気をとられているような研究者は本当の研究者ではなかろう。自分が追究しているテーマに関しては、矢も楯もたまらず、他人の目も、あるいは金の使い方も斟酌することなく、馬車馬のように突き進んでいく情熱が研究者のパワーの源であるはずだ。これがなければ、ひとのやらないことはできない。人の歩いたことのない道も開けない。研究者というのはつねにパイオニアだ。開拓者だ。危険を恐れない。恐れていては新しいものは発見できない。
そう見てくると、伊能忠敬はまさに「本物の研究者」であった。
同感です!
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明日の子供たち
投稿日:2015年 1月10日(土)11時22分34秒
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「明日の子供たち」
有川浩、幻冬舎、2,014年
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(幻冬舎HPの内容紹介)
想いがつらなり響く時、昨日と違う明日が待っている!児童養護施設を舞台に繰り広げられるドラマティック長篇。
諦める前に、踏み出せ。
思い込みの壁を打ち砕け!
児童養護施設に転職した元営業マンの三田村慎平はやる気は人一倍ある新任職員。
愛想はないが涙もろい三年目の和泉和恵や、理論派の熱血ベテラン猪股吉行、“問題のない子供”谷村奏子、大人より大人びている17歳の平田久志に囲まれて繰り広げられるドラマティック長篇
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図書館で昨年の8月14日に予約し、やっと手にした本。半日で読了、いかにも有川の本らしくストーリーに惹かれ、よく調べているなといつものように感心しながら読みました。
この本が書かれた動機は、ある施設の子供から届いた手紙らしい(真偽は確認できないが施設関係者らしい人の2つのブログと産経新聞の本紹介に書かれていた)。そのエピソードは本の最後に取り入れられている。その有川らしい「有名小説家の影響力の誇示」を嫌う人もいるがTNは可愛いなと思っている。
「かわいそうね」と施設の子供に同情するのは、かえって子供たちを傷つけると何回もでてくる。本を読んでいる時はその意味を理解したような気にもなるのだが、「障害は個性だ」という言葉と同じように理解しにくい概念だと思う。
「かわいそうね」は相手への浅はかな理解を示す言葉だという。確かに上から目線の言葉だとは思うけれど、それが児童養護施設や子供たちのことを理解しようとする出発点であってもなにも悪くはないと思います。
テレビドラマ『明日、ママがいない』騒動やタイガーマスク現象などもさらっと取り上げられていて、かってにノンフィクションものを読んでいるような気になり、児童本「かいけつゾロリン」ってどんな本と調べると、そのような児童本はない。「怪傑ゾロリ」という本ならある。有川が巧みに嘘と真実を上手に混ぜて作り上げた物語なのだと改めて思い知る。ハヤブサタロウってなんだ?と本気になったら見事にだまされたことになる。
有川浩といえば、自衛隊、そして登場人物の初恋、ラブコメ、胸がほんわか温かくなる感動場面、全部たっぷり出てきます。
この本は、児童養護施設を子どもの眼差しから描いた素晴らしい本でした。児童養護施設のことなど何も知らないことがよく分かりました。
中学三年の時、施設から通学していた同級生がいたなとこの本を読んで思い出しました。
15歳の春、施設の子は高校に合格しなかったら施設をでて就職し自活しなければならないという事実をこの本で知った今、あの55年前の昭和の時代はどうだったのだろうと考えてしまいます。中学卒業者の約半数が就職した時代でした。
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2015年3月9日(月)記
3月1日(日)に『居酒屋ぼったくり 3』を本屋で見つけ購入。本には初版発行2015年3月10日となる。本の日付はいい加減なもののようです。
食いしん坊&酒飲みには相変わらず心地よく楽しめる本で、すぐに読了。シリーズ3冊目なので新鮮な意外感がなくちょっと物足りない感じ。
「葉わさび醤油漬け」は大好きなので葉わさび醤油漬け関連部分は一気読み、福井市の居酒屋「たな香」のマスターの母上の「葉わさび醤油漬け」をまた食べたいなと思いながら。
今回の日本酒はどうしても呑んでみたいと思うほどのものはなかったような、たぶん酒選びのポリシーが、なになにの料理に合う日本酒、普段日本酒を呑まない人でも呑めそうなもの、美味しくて手に入れやすく財布に優しいもの、ということから飲んべえにはちょっと物足りない感じがするのかな?
「どんな酒も、ブランドや価格で判断されるべきじゃない。他人の評価だってどうでもいい。純粋に酒そのものを味わって欲しい。大事なのは、その人がその酒を美味しいと思うかどうかだけなのだから・・・・」というのは全く同感。
上のような話の時、思うのは「料理に合う」というのがそんなに大事なのかなと。酒の肴などなにもなくとも酒さえあれば嬉しい飲んべえにはなにか贅沢な時代になったなという感じが強い。美味しい酒は酒だけで旨いのだ!
このシリーズ、まだ続けたそうな気配があるが、もう充分のような・・・。
秋川滝美
投稿日:2015年 1月 5日(月)10時19分6秒
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「秋川滝美のプロフィール」を検索しても、2,012年4月よりオンラインにて作品公開開始、2,012年10月、「いい加減な夜食」にて出版デビューに至る。というようなことしか分からない。本人のブログがあり、夫と子供二人がいる女性で料理は好きらしい。無論、生年月日などは非公開。せっかく面白い本(居酒屋ぼったくり)に出逢ったのにその著者のことが女性としか分からないのは何となく不満が残る。
新文化Onlineに「衝撃ネット小説のいま」という連載記事があり、その第21回が秋川滝美氏 異色のヒット作「居酒屋ぼったくり」(http://www.shinbunka.co.jp/rensai/netnovel/netnovel21.htm)をみて、少しだけ秋川滝美のことが分かった。
○デビュー作『いい加減な夜食』と第2シリーズ「ありふれたチョコレート」は、女性向けの恋愛色の強い小説だった。
確かに『いい加減な夜食』はベタベタの恋愛もので、シンデレラ物語のような乙女チックなお話、もしこれを先に読んでいたら他の本を読む気にはならなかったと思います。
○「30年くらいああいう小説を書いていたんですけど、臆病なもので、新人賞に送って結果が出るまで半年とか1年待つのが耐えられなくて、応募したことがなかったんです。アルファポリスさんは、ウェブにアップした小説について、一定数ポイントが溜まると自分から出版申請が出せて、編集者の方が2週間程度で返事をくださるということだったので、2週間なら私でも待てるな、と(笑)」
10歳から書いていたとして30年と言えば40歳は越えているということでしょうね。
○「書籍化するにあたってウェブで連載している作品がないと宣伝上まずいなと思いまして。それで『ぼったくり』を書きはじめたんです」
○短編を1本だけあげるつもりが「連載してほしい」とリクエストを受け、書いていくうちに『いい加減な夜食』の書籍化作業そっちのけで執筆にのめりこんでいった。
○「それまではウェブにあげるときは長編が完成してから投稿して、コメント欄も閉じていたんです。『ぼったくり』の場合は初めて1篇ずつ書きながらアップして、コメント欄も開けていて。そうしたら読者の方から感想や『こんなお酒がありますよ』といった声をいただいて……本当に楽しくて。3日か4日おきに投稿していましたね」
○作中の居酒屋同様に、あたたかく賑やかな空間が、そこにはあった。そして機が熟すのを待ったうえで、編集作業に時間をかけ、『ぼったくり』は書籍化された。
『ぼったくり』を面白いと思った理由もよく分かった気がします。二巻で既に12万部も売れたそうです。
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正義のセ 3
投稿者:TN&TN
投稿日:2014年12月19日(金)15時14分59秒
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阿川佐和子 角川書店 2013年
「小学校の同級生で親友の明日香に裏切られた凜々子。さらに自分の仕事のミスが妹・温子の破談をまねいていたことを知る。自己嫌悪に陥った凜々子はプロポーズを迫ってきた同期の神蔵守にある決断を伝える……。」(角川書店のHPから)
派手な表紙が目を引いた。阿川の短編集はいくつか読んでいてどれも読みやすかったので、この本も気分転換にはよいかもしれないと図書館で借り出した。
3なので1,2を読んでいないと分かりにくいかなとは危惧はしたが、話はこの巻で完結していたので最後まで読了。この巻は明日香がヒロイン、しかしこのシリーズの本当のヒロインは凜々子らしい。1.2を読んでからまた読み直してみるが取りあえずの感想。
明日香は美容整形で凄い美人になり、周りの人(男)達の対応がまったく変わったことを実感し、美形を武器に新聞記者としての栄光の道を歩き始める、というようなことを女性作家がさらっと書く。最近、人はみてくれが一番大事なのかと情けなく思うことが多かったので、やけに気になった。そして今日は小保方が理研を退職したというニュースが。このひとも可愛い女性ということでここまでマスコミがとりあげたのでしょうね・・・
この巻だけでは本題の意味も不明のまま。

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Re: 正義のセ 3
投稿者:TN&TN
投稿日:2014年12月22日(月)08時25分40秒
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TN&TNさんへのお返事です。
> 阿川佐和子 角川書店 2013年
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> 「小学校の同級生で親友の明日香に裏切られた凜々子。さらに自分の仕事のミスが妹・温子の破談をまねいていたことを知る。自己嫌悪に陥った凜々子はプロポーズを迫ってきた同期の神蔵守にある決断を伝える……。」(角川書店のHPから)
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> 派手な表紙が目を引いた。阿川の短編集はいくつか読んでいてどれも読みやすかったので、この本も気分転換にはよいかもしれないと図書館で借り出した。
> 3なので1,2を読んでいないと分かりにくいかなとは危惧はしたが、話はこの巻で完結していたので最後まで読了。この巻は明日香がヒロイン、しかしこのシリーズの本当のヒロインは凜々子らしい。1.2を読んでからまた読み直してみるが取りあえずの感想。
> 明日香は美容整形で凄い美人になり、周りの人(男)達の対応がまったく変わったことを実感し、美形を武器に新聞記者としての栄光の道を歩き始める、というようなことを女性作家がさらっと書く。最近、人はみてくれが一番大事なのかと情けなく思うことが多かったので、やけに気になった。そして今日は小保方が理研を退職したというニュースが。このひとも可愛い女性ということでここまでマスコミがとりあげたのでしょうね・・・
>
> この巻だけでは本題の意味も不明のまま。
「正義のセ 1,2」を予約、直ぐ借りることができました。去年の発行で、超人気というほどではないということなのでしょう。読みやすく二冊を1日で読了。
1,2、3を続けて読むとさすがに登場人物についての理解が深まります。連続物はやはり最初から読む方がよいようです。1はそれだけで完結していて、2,3は併せて1つの話で、3だけで完結と思ったのは間違いでした。
3冊読んでも本題が意味することは不明のママ。検事の正義、記者の正義という使い方から正義の意味は推定できるのですが、「セ」は?? 「...のせい」のセ or 「正義」のセ?
この本は女性心理は良く書かれているのですが、男性についてはどれもパターン化されていてあまりリアリティがないように思いました。
まあ、それでも楽しめたのですから良しとしましょう。
この本の紹介で面白かったのは次の著者インタビュー記事でした。
http://ddnavi.com/interview/125227/
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日蓮さん
投稿者:TN
投稿日:2014年12月 1日(月)08時16分15秒
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小説 日蓮 上下
島田裕巳、東京書籍、2012年
我が家は日蓮宗なのに日蓮さんは「鎌倉時代の蒙古来襲の頃に激しい宗教活動をした人」程度にしか知らないので、どんな教祖様だったのか知りたいなと読み出した。全く予備知識のない著者だった。今調べたら、宗教学者で過去にオーム真理教を肯定するような発言があり毀誉褒貶の多い人らしい。読む前にそのことを知っていたらTNはきっと読まなかったと思います。しかし、本は読みやすく良い本でした。
表題にもかかわらず日蓮ではなく「源空丸」という念仏を唱えながらも日蓮に惹かれていく大工がまるで主人公のように話が進む。そのために日蓮にべったりした視点ではなく冷静な観察者の視点で淡々と日蓮を描いているように感じる。TNにとってはこのような書き方は好ましく日蓮や宗教についていろいろ空想できた。
この本から感じた日蓮像は、秀才それもダントツの。多数の仏典を読破・研究し理解する才能と根気があり、法華経の教えこそが、釈迦の教えを正しく伝えるものと思い(信じ)込み、他宗派を排斥するために全力を尽くす。その頃に発生した地震などの天変地異は、幕府や大衆が念仏などにとらわれ正しい教えを実践していないからだと警告する。このような災害の起きることは全て経典に預言されていた通りであり、直ちに改めなければ(他宗派を排斥し法華経に帰依しないと)外国から侵略を受けると経典に書かれていると蒙古来襲を預言する。
世の中の善悪のすべては経典に明らかにされているとするのはキリスト教も仏教も同じなのだとおかしくなる。聖書から「地球は紀元前4004年10月26日朝9時に誕生」したと読み取った大司教がいたことを何故か思い出す。
日蓮は強烈な主張により伊豆や佐渡へと島流しに2回も逢いながらも多くの信者に支えられ今に続く日蓮宗を創りあげた。秀才、頑固、思い込みの強さだけでは成功しなかったはずなので、むろん人を引きつける魅力ある人でありカリスマ性も備えていたのだろうなとは思う。
宗派を開いた偉人達の伝記を読んでいつも気になるのは、このような偉人達はみな誠実で信念があり勉強家でいわゆる秀才達だが、主張はすべてお釈迦様の経典からきていることばかり。彼らの研究というのは過去の仏典をいかに深く理解するかということにつきる。新しいものを創造する真の天才はそう簡単にこの世には現れないのだなと。
お釈迦様やキリストさんは真の天才だったのでしょうか?そうではなかったとしても少なくとも新しい考え方を創りだした天才ではあったのだろうと思う。
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辞書になった男
投稿者:TN&TN
投稿日:2014年11月20日(木)08時11分58秒
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本当に面白かったのですでに何回も読み直した。今までの掲示板の記事も集めTN&TN's blogに載せた。
今までの掲示板の記事に追加したのは以下のものです。
2.辞書によって個性がある。編集責任者の個性が露骨にでる。
ケンボウ先生の三省堂国語辞典も持っているとこの本がもっと楽しめるでしょうね。
三省堂国語辞典(三国) 新明解国語辞典(新明解)
天才ー見坊豪紀(ケンボウ先生) 鬼才ー山田忠雄(山田先生)
現代語のプロ 古典文献の著名な研究者
語釈は客観的で短文・簡潔 主観的で時に長文・詳細な説明が見られる
自己主張の塊 つぶやきのような用例
積極的に現代語を取り入れる ことばの選択には慎重で規範的
辞書の専門家は高く評価 素人のフアンは多いが専門家からは低い評価
7.じてん【時点】(新明解 第4版)の用例「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」の日付一月九日の謎を解いたことが著者に二人の辞書編纂者の秘められた心情を、国語辞書の記述から紐解くことが出来るのではという野望を与え、それが出来たのでこの本を出版したのだろう、と読者に錯覚させるほどに両辞書の語釈や用例にこめられた両先生の思いを解説・紹介する。
辞書からだけで読みとれるはずがないのに読者は期待してワクワクしてしまう。関係者からの取材、インタビュー、文献調査などテレビ番組を作ってきた著者らしい取材手法を駆使してケンボウ先生と山田先生の関係を解き明かす。その流れの中で鍵となる言葉について「新明解」や「三国」の語釈・用例を引用する。そのつどへーと辞書を引くことになる。上手に読者の興味を辞書に向けるなと感心する。
8.新明解は独創的語釈で知られ、本書でも新明解の独特の語釈の紹介が圧倒的に多いのでここでは三国の例だけを取り上げる。ここにも「思い」が紛れ込んでいる。
第二版【ば】の用例「山田といえば、このごろあわないな」
第二版【常識】健全な社会人が共通に持つ、普通の知識または考え方。コモンセンス。 第三版では、その社会が共通に持つ、知識または考え方。コモンセンス。
現三国の編集者の飯間は、他の辞書が「普通の人が・・・・」とか「一般の人が・・・」と書くところを【常識】とはそういうもではないよと、短く、私たちに教えてくれているとし、生涯を通じて「短文・簡潔」解説を貫いたケンボウ先生の”ことばの写生”の究極型だという。
第三版【辞書】の用例、「辞書はできばえだけが問題だ」
9.ブルーフィルム
昭和27年に明解国語辞書(第二版)がでる。その編集者のケンボー、山田、金田一春彦、柴田ら編集会議の後、毎回、ブルーフィルムを喜んで鑑賞していたが山田は観ずに直ぐ帰っていたというエピソードが本の前半に紹介されていた。ここでは堅物・山田を描きたかったのかぐらいにしか思わなかった(TNもこのたぐいのものは嫌いだ)。
ブルーフィルムを辞書に載せたのは新明解だけだった。(初版)秘密のルートで見せるわいせつ映画。第七版まで同じ。
ところが三国の第四版に突然【ブルーフィルム】性行為を写したわいせつな映画。が載せられる。この意味を、最晩年を迎えたケンボウが、自身が掲げる三国の方針に反して、密かに載せた。ケンボーはきっと、四人の編者が顔をつきあわせ、言葉について熱く議論していた頃を思い出していたのだろう。それ以外に現代語辞典を自負する三国が平成になって死語になっているブルーフィルムを載せるとということはありえない、最後まで二人の繋がりはあったのだと著者はいう。
10.最後に載ることば 【んんん】
辞書にのる最後のことば、なんとなく意表を突かれた感じ。始まりがあれば終わりがある、当たり前のことが新鮮でした。それが辞書によって異なるという。ちなみに英語は見た限りでは、ZZZ。
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久しぶりの反原発本
投稿日:2014年11月10日(月)10時26分29秒
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あれほどマスコミを賑わせた反原発官邸前抗議デモのニュースも最近では皆無、そして原発再稼働が強引に軌道にのせられたかに見える2014年の今、反原発の本をまた読みたくなった。昨年に発刊された「原発ホワイトアウト」と「100年後の人々へ」です。
「原発ホワイトアウト」若杉冽 著、講談社
霞ヶ関の現役官僚による内部告発小説として18万部を超え、2013年のベストセラーになった有名な本。前から知ってはいたが、官僚が書いた本というので読む気にならなかったが偶々、図書館でみつけ借りだした。
予想通り一昨年12月に行われた衆議院選挙後の日本を舞台に、原発再稼働を虎視眈々と狙う電力業界、経済界、政界の汚らしい動きを小説風に描いている。現役官僚が書いたということだけが値打ちの本かという・・・・、まあそれでも反原発なので良しとしましょう。
若杉は対談(http://bylines.news.yahoo.co.jp/horijun/20140205-00032349/)で、
「新潟県の泉田知事は原子力を推進する勢力からすると目の上のたんこぶだから、正直、非常にあぶない立場だと思います。泉田さんは官僚の適当さを知っていますから。僕が書きたかった動機の一つは、泉田知事があぶないということ。泉田知事を救うためには、泉田知事が国策捜査で逮捕されるというストーリーを逮捕されるまえに明らかにしておけば彼を守れると思ったからです。今は彼しかいません。橋本徹さんがあんな風になってしまって・・・。首長のなかで原子力に規制がかけられるのは彼しかいません。絶対に頑張って欲しいと思っています。」と言っている。確かに、この新潟県知事の関連の部分は「原発ホワイトアウト」で一番気にかかったことでした。
「100年後の人々へ」小出裕章 著、集英社新書
小出 裕章(こいで ひろあき、1949年8月29日生)は、京都大学原子炉実験所助教。東北大学大学院工学研究科修士課程修了(原子核工学)。ウィキペディアによれば開成高校時代には「地質部」で、野外で岩石や地層を追い求めながら自然に親しんだ。小出は「これからは石油・石炭でなく原子力の時代」と考え原子力工学を志した。希望が叶い大学入学後は原子力工学を専攻。現代の原子力工学における放射線被害に興味をもち、原子力発電に反対している。以後現在まで一貫して「原子力をやめることに役に立つ研究」を行なっている。
この著者の本を既に複数冊読んでいる。ウソやはったりが少なくどれも気持ちよく読めた。この本もまた同じ。反原発の主張は今まで通りのもので特に目新しいことは書かれていない。
今回、気になったのは中学・高校時代は地学にのめり込んでいたということそれがなぜ原子力?と。原子力は「科学は世の中の役に立たなければ価値が無い」という観点からの選択だったらしい(第3章 科学は役にたたなくてよい)。それが今は世の中の役に立つ科学(研究)だけが大事なわけではないと思っているようで好感を持つ。(TNは電気→物性物理→地球物理へと興味が変わり地学教室に。人それぞれですね人生は。)
横道にそれますが、「700万年前に生まれた人類が・・・」という記述をみればこの人はまだ地学が好きなんだと嬉しくなる。人類はいつ地球上に生まれたか?と聞いて700万年前と答える人は少ない。研究室に文化史年表を貼っているという。時間の流れの中で人と世界を理解しようとしているようです。
著者の反原発主張の根底にあるのは「そもそもほかの誰かを犠牲にしなければ成り立たないようなものをやってはいけない」ということだと思う。本の中で繰り返し述べられている。他の人に犠牲を強いることなく、幸せを分かち合う世界をどうしたら作れるのか。その答えの1つが日本国憲法の前文にある、という。そして前文のすべてが引用されている。すっと入ってきた主張です。
今までになく個人的な思いを赤裸々に綴った本でした。三男に恵まれたが次男を早くに亡くした。それによって死は厳然と生の隣に常にあるとはっきり知り、それ以降、死がまったくなんでもないものになったと書く。この気持ちはよく分かる。
感動しながら読み終えたのに、最後に本書は集英社新書の落合勝人さんとライターの加藤裕子さんがまとめてくれたものです、とあった。なんだっと、ちょっと引いてしまった。
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斎藤由香の本
投稿日:2014年10月 7日(火)05時01分0秒
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斎藤由香の名を知ったのは、2012年の文藝春秋SPECIAL(第19号)の「特集家族を守る」の中の「北杜夫を支えた母のユーモア」という小論でした。その中で、「・・・・もし、ベテランの先生が担当してくださっていたら、別の結果もあったのではないか。また,斎藤宗吉ではなく、北杜夫で入院していれば、もっと注意を払ってくれたのではないか、そんな思いばかりが胸をよぎります。」という文に、愛する身内を突然失った深い悲しみを感じました。
ウイキペディアをみれば、斎藤 由香(さいとう ゆか、1962年4月9日生 )は、随筆家、サントリー勤務。作家・北杜夫の実娘として知られる。成城学園中学校高等学校を経て、1985年(昭和60年)に成城大学文芸学部国文科を卒業した。中西進のゼミであり、卒論は祖父・斎藤茂吉であった。大学卒業後、サントリーに入社。広報部に在籍し、同社の広報誌 『サントリークォータリー』の編集に従事、後に同誌の副編集長となった。2001年(平成13年)10月、健康食品事業部に異動となり、その後は広告会社に出向となった。
「窓際OL会社はいつもてんやわんや」や「窓際OL人事考課でガケっぷち」など週刊新潮に連載のコラム記事をまとめたものをまず読んでみました。サントリーでのOL生活をユーモアたっぷりに描いたものが主ですが、北杜夫や母親のこともよく取り上げています。北杜夫の躁鬱病に振り回されたことばかり書いていますが、困ったと言うより楽しんでいた風で、そんな父親が大好きなのだろうなと感じます。
祖母で斎藤茂吉の妻である輝子のことを書いた「猛女とよばれた淑女―祖母・齋藤輝子の生き方 」は面白かった。輝子というのがよほどユニークな女性だったらしく、北杜夫もその兄の斎藤茂太も輝子を描いた本を残しています。茂太の「たらちねの奇妙キテレツ」も読んでみました。輝子だけでは無く茂吉も大変人だったようです。ここにも輝子が由香を大変可愛がったことが書かれています。
輝子に可愛がられた由香は、輝子の生き方にかなり影響されているように思われます。
富山に出かけるとき本屋で杜夫・由香の共著「パパはたのしい躁うつ病」と杜夫の「マンボウ最後の家族旅行」を見つけ買い込みました。
杜夫の文章はさすがに由香よりは大作家の貫禄で読みやすいなと思います。晩年の体力が弱ってから書いたものとは思えません。
杜夫の晩年、由香は父親の体のことを気遣い、一生懸命にリハビリにつきあい、あれこれ指示し、何度も旅行につれだす。由香の本からはファザコンかなと思うほど父を愛していることが、また杜夫の本からは娘の強制に抵抗する力も無い気弱なダメ親父が、イヤイヤながらも娘や妻に従って、なんとか生きながらえている様子がよく伝わってきます。
「マンボウ最後の家族旅行」には杜夫の絶筆「又もやゴルフ見学」、妻・斎藤喜美子の「マンボウ家の50年」、由香の「父が遺した50年」なども収められています。
由香は「パパはたのしい躁うつ病」にも、また「マンボウ最後の家族旅行」にも杜夫が亡くなった時の病院・医師の対応についての不信をしつこく書き連ねる。それが家族なんだと、私たちにはすっと入ってきます。
斎藤一族ってユニークですね。茂太の本をもう少し読んでみたいなっと思っています。
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ノボさん
投稿日:2014年 9月14日(日)14時42分21秒
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「ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石」
伊集院 静 著、講談社、2013年
華やかな女性遍歴(?)の伊集院はたぶんTNにはあわないという思い込みがあり、今まで伊集院の著作は何も読んでいない。今回は、子規と漱石に惹かれて手にした。「坂の上の雲」に司馬遼太郎が描いた子規と大きな差は感じず、違和感なく読めた。
1867年〜1902年、明治初期の急激に移り変わる時代を駆け足で生きた子規の人生の凄さに圧倒された。
司馬は子規と秋山真之、伊集院は子規と漱石の関係から子規を描く。その視点の差が二つの本の差かなと思いながら「坂の上の雲」の子規関係の部分を急ぎ読み直した。
同じ出来事をかなり違った受け止め方をしている部分が認められる。
松山藩の常磐会寄宿舎をでて借家に移り住む時の背景を、司馬は子規は「非文学党」といえる子規らの文学好き集団に反撥する勢力に追い出されたと書き、伊集院は小説を書くために子規は自分の意志で寄宿舎を出たと書く。
子規が編集者として頑張った「小日本」の廃刊を、司馬は政府の弾圧を喰らって廃刊と書き、伊集院は採算が取れなかったためと書く。
どちらが正しいのか判断する材料をもたないが、司馬は時代背景を大事にしながら書く作家で、伊集院はどちらかと言えば主人公の感情を最も大事なものとする作家のように思う。その差がいろいろの所ででているようで面白い。
子規の伝記とすれば伊集院の方が人間くさく面白い。
例えば、司馬は子規の貧乏暮らしを、清貧の中努力を重ねた人のように描くが、伊集院は子規の浪費癖、金銭感覚の欠如、借金癖を正面からとらえる。
講談社BOOK倶楽部
(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062186681)
「ノボさん、ノボさん」「なんぞなもし」
明治二十年。新時代の躍動とともに、ノボさんこと正岡子規は二十歳を迎えた。アメリカ渡来のべーすぼーるに夢中の青年は、俳句・短歌・小説・随筆、あらゆる表現に魅入られ、やがて日本の文芸に多大な影響を及ぼす存在となる。
子規は常に人々に囲まれていた。友人、師、家族から愛され、子規もまた彼らを慕った。そしてこの年、東京大学予備門で運命的な出会いを果たす。同じく日本の文学の礎となる、金之助こと夏目漱石である。志をともにする子規と漱石は、人生を語り、夢を語り、恋を語った。明治三十五年、子規の余命が尽きるまで、誰もが憧れた二人の交際は続く。子規と漱石の友情を軸に、夢の中を走り続けた人、ノボさんの人生を描く。
小説家・伊集院静がデビュー前から温めていたのは、憧れの人、正岡子規の青春。野球と文芸に魅入られた若者の姿は、伊集院静の青春そのものだった。三十年にわたる作家生活の中で、ずっと憧れ、書きたかった。書かなければ、先には進めなかった。
『いねむり先生』から二年半、誰もが待ち望んだ青春小説の誕生!
伊集院静(イジュウインシズカ)
1950年山口県生まれ。 立教大学文学部卒業。CMディレクターなどを経て、1981年「皐月」で作家デビュー。1991年『乳房』で吉川英治文学新人賞、1992年『受け月』で直木賞、1994年『機関車先生』で柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で吉川英治文学賞受賞を受賞。近著に、『お父やんとオジさん』『いねむり先生』『なぎさホテル』『別れる力 大人の流儀3』『旅だから出逢えた言葉』など多数。
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新聞を疑え
投稿日:2014年 9月 7日(日)13時28分17秒
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朝日新聞が、今、おかしい。慰安婦報道が虚報だったことを認めたため、読売や産経といった右翼マスコミや政治屋を喜ばせている。その恥の上塗りに、池上彰氏のコラム掲載拒否、批判され撤回という醜態をさらけ出した。
そんな時、偶々、図書館のリサイクル図書に「新聞を疑え」があったので読んでみた。
百目鬼恭三郎 『新聞を疑え』 講談社 昭和59年発行
著者の、朝日新聞学芸部などでの新聞記者生活をもとに、朝日新聞や新聞業界全体を批判している。
批判の要点は、新聞は真実を求めていないということらしい。正しいか、美しいか、そういう本質的な判断を回避しているという。ニュース価値とは、広く世間の話題になるかどうかということであるらしい。そして事大主義!
朝日新聞社の内部事情などもあからさまに書いていて、それなりに同感できることも多いが、なにか考え方に癖が強すぎて読後感は不快。この著者こそ朝日新聞記者特有の権威主義を振り回しているような印象さえもった。「ウイキペディア」で百目鬼恭三郎をみると筒井康隆も私と同じように感じていたらしい。
以下は「ウイキペディア」の百目鬼恭三郎からコピペ。
どうめき きょうざぶろう、1926年2月8日 - 1991年3月31日
新聞記者、文芸評論家。匿名で発表した原稿も多い。
北海道小樽市生まれ。旧制新潟高等学校で丸谷才一と知り合う。東京大学文学部英文学科を卒業後、補欠社員募集に応じて朝日新聞社に入る。入社当初は宇都宮支局にて刑事事件の記事を書いていた。
入社4年後に東京本社学芸部へ転属。まもなく安西均の後任として詩壇を担当したが、現代詩に疎いため、大学時代の友人である篠田一士にたびたび意見を訊ねていた。
1966年、学芸部長に疎まれて社会部に追放されたが、不本意な部署のため仕事に情熱が持てず、怠け者との評判を立てられ、3年余で調査研究室に追いやられた。ここでは副主査を務め、2年足らずを過ごしたが、主査と意見が合わずにやはり疎まれていた。
再び学芸部に戻った後、社会部時代の友人深代惇郎の尽力で編集委員に任ぜられ、1973年から1975年まで「子不語」名義で朝日新聞に「作家WHO'S WHO」を連載。さらに、1976年から1983年まで『週刊文春』誌上にて「風」名義で書評を連載した。博覧強記と毒舌をもって恐れられ、都留重人、山本健吉、筒井康隆、川上宗薫、佐藤愛子など、社の内外に敵を作ることも多かった。
1982年、丸谷才一が『裏声で歌へ君が代』を刊行した際、新聞の一面でこれをとりあげて絶賛したところ、江藤淳から同級生同士の仲間褒めだと厳しく批判された。
1984年に朝日新聞社を退社。半ば喧嘩のような形での退社であり、1985年には『新聞を疑え』(講談社)の中で朝日新聞社の事大主義的体質を激しく批判した。筒井康隆は連載エッセイ「笑いの理由」の中で百目鬼を「朝日新聞的権威主義」の権化とみなして非難したが、実際のところ百目鬼の立ち位置は朝日新聞社における傍流であり異端だったと言える。
書評コラム活動の他、共立女子短期大学教授も務めた。肝硬変で死去。丸谷才一が弔辞を読んだ。
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再読もの
投稿日:2014年 8月31日(日)15時22分28秒
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「サウスポイント」
よしもとばなな著、中央公論社、2008年
「旅猫リポート」
有川浩 著、文藝春秋、2012年
どちらも再読、「サウスポイント」は既読とは思わずに借りてしまった。読んでいるうちにああ前に読んだことがあると思い出した。しかし全体像を思い出さないまま最後まで読んだ。前回も最後まで読んだ。悪い本では無い、しかしよしもとばななフアンが絶賛するほど面白くも無い。なんか話に無理があるような気がする。なのにどうしてこの本を二度も読んだのだろう。装丁に惹かれて手が出たのかなぁ?
「旅猫リポート」は大筋をすぐに思い出せる本、猫ものを無性に読みたくて再読した。シロやミケの仕草を思いだしながら、有川らしい感動ものを心地よく読み終えた。
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月に捧ぐは・・・・
投稿日:2014年 7月 3日(木)16時08分42秒
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月に捧ぐは清き酒
鴻池流事始め
小前亮 著
2014年 文藝春秋
(http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163900391)
(作品紹介)
清酒をつくったのは、武士の息子だった!?
尼子一族を支えた猛将、山中鹿介の息子、新六は仕官の誘いを断って商人の道を歩みはじめた。炭や酒の商いを通じて財をなし、やがて清酒の醸造に日本ではじめて成功する。現代まで連なる鴻池財閥の根幹を築き上げた男の、知られざる一代記。
(担当編集者より )
中国やモンゴルを舞台に、壮大な歴史作品を執筆されてきた小前亮さんが今回題材にとったのは、江戸時代における日本一の豪商、鴻池家。この鴻池家の始祖、山中(鴻池)新六はなんと武士の血筋、それも尼子の猛将として知られた山中鹿介の息子なのです。
なぜ、武将の子として生まれた新六が商人の道を歩み、現代にまで連なる鴻池財閥の根幹を築き上げたのか。きっかけは、その時代では考えられもしなかった「酒の輸送」でした。武士の不屈さと商人のセンスを合わせ持った男の一代記をお楽しみください。
JFくんが面白いですよと勧めてくれたので読んでみました。
この著者の本は初めてでした。あまり登場人物に入れ込まないで淡々と話を進める文章は読みやすい。主人公の活動地域は、伊丹、池田、能勢、大坂と馴染みがあり、テーマが酒造りとあって興味津々で一気に読みました。
清酒発祥の地というのが関西に2つあり、時々話題なっている(奈良市と伊丹市:http://www.nikkei.com/article/DGXBZO47666870V21C12A0AA2P00/)。その伊丹説の話として楽しかった。
山中鹿介の息子が鴻池財閥の始祖とは、歴史も面白いですね!
武士の子に生まれ商人になった主人公やその叔父からみた(秀吉や信長のように)メジャーではない戦国武将のイメージが新鮮でした。茨木城主の中川清秀が結構要領の良い男だったとか、小早川秀秋に同情したり、亀井茲矩ってどんな武将?とか・・・
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白蓮
投稿日:2014年 7月 1日(火)17時59分46秒
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「白蓮れんれん」
林真理子 著
中公文庫
1998年10月18日 初版
2014年6月25日 9刷
JR茨木駅の近くの書店で最近の売れ行きNo2とありました。多分、朝ドラ人気からなのだろうと思います。そして私たちも欲しくなり買いました。
この小説はもともと1994年に中央公論社から発行され、著者は1995年に柴田錬三郎賞を受賞しています。全く知らなかったので朝ドラを見なかったら手に取ることは無かった本です。WEBで読書感想をみるとほとんどの人がそのようです。
林真理子の功績は、 1980年代以降において、「ねたみ・そねみ・しっとを解放」したと評した人があるそうですが、女性のどろどろっとした感情が露骨に表現されていてTNはこの著者は苦手です。たぶんいつもなら途中放棄するところですが、今回は白蓮の人生に対する興味で最後まで読みました。凄い人達です。
700通の手紙を残した宮崎龍介とY子、その手紙を林真理子に託した娘夫婦、なんか普通の人たちではないですね。
白蓮はそれほど好きにはなれませんでしたが、伊藤伝右衛門は意外に好きでした。
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「花子とアン」と「赤毛のアン」
投稿者:TN&TN
投稿日:2014年 6月 4日(水)15時59分45秒
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「花子とアン」と「赤毛のアン」
朝ドラを毎日見ている。その原案という「アンのゆりかご」を読みました。その時の感想は、「テレビのお話は視聴者受けしそうな場面を上手に使い、いろいろな話を作り替えているのだということがよくわかりました。」でした。
今、新潮文庫の「赤毛のアン」シリーズを2巻まで読みました。読んでいるうち、アンと村岡花子が重なってきました。面白いな、なにが・・・・と自分でまとめようとしたらそれを指摘したブログがすでにありました。
http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20140401/E1396281045374.html
面白いです。前半だけコピペ
2014年3月31日、NHK連続テレビ小説「花子とアン」がスタートした。
1話を観て、その斬新さにひっくりこけたね。
すごいぞ、これ!
『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』を原案に、ルーシー・モード・モンゴメリ の『赤毛のアン』を翻訳した村岡花子を描くということで期待して観たら。
アンじゃないか!
アンそのものじゃないか!
村岡花子の生涯とみせかけて、日本を舞台に置き換えた『赤毛のアン』をやってるじゃねーか。
な、なんたる大胆不敵。
タイトル前。
「曲がり角を曲がったさきになにがあるのかは、わからないの。でも、それはきっと……」と花子を演じる吉高由里子のナレーション。
そこに空襲警報のサイレン!
「きっといちばんよいものにちがいないと思うの」
窓ガラスが割れる。炎が入ってくる。
訳している原稿に火の塊が落ち、燃え上がる。
わっと火を消し、花子は、原書と辞書を抱える。
「何?」
「命より大事なもの」
『赤毛のアン』の読者なら、この最初数分でグッとくる。
っていうか、吉高由里子のナレーションの言葉は最終章でアンが決意を語るシーンの台詞だ。
つまり、ほぼ訳し終えていたタイミングなのだ。
「なら、原書も大事だけど訳した原稿も持ってってよ!」と心のなかで大きなツッコミを入れるんだが、持って行ってない感じなんだよなー。
いやいやいや、火消したんだから、持ってって!
この後、タイトルをはさんで、こども時代へ。
働いている間、鳥になって空高く飛ぶ想像をして「はなは小さいころから夢見るチカラを持っていました」というナレーション。
想像することが大好きなアンと同じだ。
“朝はどんな朝でもよかないこと? その日にどんなことが起こるかわからないんですものね。想像の余地があるからいいわ。”(第四章 「緑の切妻屋根」の朝)
ここから明治の山梨版『赤毛のアン』が繰り広げられる。
いじめっこにいじめられ、はなと呼ばれて、こう叫ぶのだ。
「はなじゃねぇ、オラのことは花子と呼んでくりょう!」
きましたーーー!
これは、アンが、マリラに「何という名前なの?」と問われて答えるシーンだ。
「アンという名を呼ぶんでしたら、eのついたつづりのアンで呼んでください」(第三章 マリラ・クスバートの驚き)
そもそも、村岡花子の本名は、「安中はな(あんなか はな)」だから、「はな」って呼ぶいじめっこが正解だ。
8:08、お父さんと帰る道は、なぜかヒラヒラと白い羽根を舞わせていて、映像的にもカナダ風。…
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
1話で、『赤毛のアン』の名シーンがどんどん登場しちゃうのである。
今後、どうなるのか。
華族の娘(仲間由紀恵が演じるそうです!)と友達になるそうだから、彼女がダイアナかな。酔っ払わせちゃって会えなくなったりするのかな。(←花子がワインとは知らずに酔っ払う場面としてすでに登場)
持ち前の想像力を使いすぎて夜の森が怖くて外出できなくなっちゃうシーンと、肝試しで高い場所を歩いて落ちちゃうシーンと、物語クラブは、今後出てくると予想。。(←小学校の先生になった花子が実行済み)
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『赤毛のアン』
投稿者:JF
投稿日:2014年 6月 6日(金)18時49分9秒
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こんにちは。
村岡花子さん訳の『赤毛のアン』のファンとしては,最初から「あ〜ら,
このシーン…」,「おや,この台詞…」と,「ああ,『赤毛のアン』の場面を
いっぱいちりばめているんだなー」と,ずっと思ってきました。それを「いい!
(面白い)」と思うか「う〜ん…(こう使うか…)」と思うかは,人それぞれ
ですね。
まだ『アンのゆりかご』は読んでいませんが,おそらく村岡花子さんは,
アンの“腹心”(の友)になり得る人だったのだと思います。でなければ,
あんな訳はできないと思うのです。何度読んでも思うのですが,『赤毛のアン』
の独特の語り口調は,言語の壁を越えて,きっと原作と通じるものがあるん
だろうな…。原作のイメージ? 雰囲気? そこに漂う空気? それを
そっくり伝えているんだろうなぁと勝手に思っています。それって,翻訳者の
力(英語力だけでない,作家としてのセンス?)がとっても影響するのでは
ないでしょうか。
だから,私は,“村岡花子さん訳”の『赤毛のアン』が大好きです。母が
娘時代に買ったというアンシリーズを,私は結婚するときに貰いました。
文庫本が100円もしない時代のおそらく母の夢がいっぱい詰まった大事な本
です。自分が歳を重ねるにつれ,歳を重ねていくアンの続編をまた読み返し,
ずっと一緒にいる。わたしにとって,アンシリーズはそんな特別な本です。
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Re: 『赤毛のアン』
投稿者:TN&TN
投稿日:2014年 6月 7日(土)08時20分42秒
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JFさんへのお返事です。
「赤毛のアン」は、何十年か前に学生が面白いからと読み終わったのを順に
貸してくれました。自分の本でなかったのでその時の1回きりだったので、
話の大部分はすっかり忘れていました。それで、ドラマに,「『赤毛のアン』の場面を
いっぱいちりばめているんだなー」というのは本を読み直すまで気がつかなかった
のです。
> 村岡花子さん訳の『赤毛のアン』のファンとしては,最初から「あ〜ら,
> このシーン…」,「おや,この台詞…」と,「ああ,『赤毛のアン』の場面を
> いっぱいちりばめているんだなー」と,ずっと思ってきました。それを「いい!
> (面白い)」と思うか「う〜ん…(こう使うか…)」と思うかは,人それぞれ
> ですね。
最初、テレビドラマというのは原作をここまで書き換えられるのかと、ある意味、
感心してしまったのですが、原作が,『アンのゆりかご』と『赤毛のアン』だとすれば
それほど感心するほどのことでもなかったような気がします。
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アンのゆりかご
投稿日:2014年 5月26日(月)08時23分21秒
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アンのゆりかご
村岡花子の生涯
村岡恵理 著 新潮文庫
NHKの朝ドラを毎日見ています。
今、本屋には「赤毛のアン」関係本がならんでいます。
その中の一冊で、朝ドラの原作とされている本です。
すっと読めました。テレビのお話は視聴者受けしそうな
場面を上手に使い、いろいろな話を作り替えているのだ
ということがよくわかりました。
面白いなと思ったのは、「赤毛のアン」という題名は
最初の出版を担当した三笠書房の編集者小池喜孝の提案
だったということ。村岡花子は「窓辺に倚る少女」と決めていて
「赤毛のアン」は気に入らなかったが、娘のみどりが
素晴らしいというのでそれにしたという。
「窓辺に倚る少女」 では今頃は忘れられている
だろうなと思います。
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スピリッツを・・・
投稿日:2014年 5月21日(水)19時23分11秒
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何年ぶり?かでスピリッツを買いたくなりました。
「美味しんぼ」が福島原発取材で話題になり、今週号で小学館の意見を
表明すると騒がれ、そして次週から「美味しんぼ」は休むという、なんで
っと気になって。
コンビニによっては探すのですがたいてい無い! 今日、我が家の近く
のコンビニに振込のためよった。スピリッツを探したが無い、(て)が
売り切れですかと尋ねると、店長らしき青年が自分のためにとっておいた
らしき一冊を出してきて売ってくれた。
海原親子が仲良くなる感動的場面があり、放射線被害に関する多くの
意見がまとめられていた。もう少し時間を掛けて考えてみようと思います。
TN&TNがもっている単行本の最後は102巻、2008年の7月発行です。
その後も変わらず続いていたのだなっと、感無量!
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見送ル
投稿者:TN
投稿日:2014年 5月 2日(金)09時08分13秒
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Re: 生の字のオブジェ
投稿者:TN&TN
投稿日:2014年 1月20日(月)14時13分50秒
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TN&TNさんへのお返事です。
> 阪神大震災から19年目、毎日新聞の朝刊第一面に「街と心の再生」という囲み記事があった。
> 「武庫川の中州に、生の字のオブジェ・・・」、えっ、有川浩の「阪急電車」ででてきた場面、と吃驚し「阪急電車」で確認。有川がこのオブジェのいわれを知っていて「阪急電車」に取り入れたのか、知らずに取り入れたのか?小説を読み直した感じでは、知らなかったのではと思うが、有川の小説の題材取材感覚は好きだなといつも感じる。
>
有川とオブジェ製作者の大野と宝塚市長の対談記事があった。
http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/sub_file/01010102000000-kouhou-2011-01-zadankai.pdf
有川は、小説の前半を書いているときは知らなかったが、後半の復路を書いたときには、モニュメント製作の意図を知り、「物語に回収した」と述べている。
えっと、また「阪急電車」の該当箇所を探す。確かに最後の章でモニュメントが製作された意味を説明した上で「私たちの縁結びの神様」と意味づけた。小説家のいう「回収した」場面、良く練ってあるなと思う。
映画「阪急電車 十五分間の奇跡」ではこの話は省かれているが、DVDで「阪急電車 十五分間の奇跡 征志とユキの物語」というのが製作されている。

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今年もあとすこし
投稿日:2013年12月28日(土)13時39分47秒
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RONくん
娘さん、無事退院とのこと、よかった!
2泊したんですね。ご苦労様。
茨木の山もうっすら雪化粧
いつもの散歩、寒くて、普段は歩いているうちに汗ばむのに
今日は寒いままでした。
水たまりは氷がはり、あちこちに霜柱が!
今季初めての ルリビタキ♀ にであいました。
墓参りの為の花を買いに、「みまさか(岡山県美作の野菜直販所)」へ
年末の土曜日、みたこともないほどの大混雑、花だけで野菜はやめました。
墓参り
みぞれ降る中、墓参り。いつもならその後、安威川を散歩するのですが
さむくてやめました。
森浩美 「小さな理由」
女性作家と思い込んで読んでいました。後書きの僕という自称があって
男性作家としりました。いわゆる家族小説で感覚がなんとなく女性っぽく
感じたのですが・・・・。作詞家らしいので感覚が繊細なのかなとかってに
納得。
今年の2月に森浩美「こちらの事情」を読んでいて、おなじことを
書いていました。まさに加齢現象ですね、なさけない。
「森浩美は女性と思い込んでいたが男性だった。ありふれた日常をさらっと描くがその中に少しの希望が混じっていて心地よく読める。」
PS 29日(日)
寒いが快晴、近畿北部に大雪警報、北陸道はチェーン規制。
空気が綺麗なのは、年末で工場等が休みだからか。むかしスモッグが酷かった頃
年末年始の休み期間だけ、大学の屋上から大阪湾が綺麗に見え感動したことを
思い出す。
冬タイヤに交換 まだ自力でできました。
たぶんスタッドレス・タイヤで走るのはこれが最後かな?次の車検前に
車を買い換える予定なので。
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読まなければよかったな・・・
投稿者:TN
投稿日:2013年12月25日(水)10時58分4秒
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「新島襄」太田雄三著
ミネルバ書房、2,005年
NHK大河ドラマで八重さんの夫であった新島襄が気になった。
今まで。同志社の創始者ということぐらいしか知らなかったし
興味も無かったので予備知識は皆無といってよい。ドラマから
の想像では、伝記を読めば、新島襄の素晴らしい教育業績や
人情味豊かな魅力ある人柄がよく分かるだろうと期待して
いた。
しかし、この本は新島襄を偉人として賛美する人ではなく
新島の業績をかなり批判的に観ている人の著作だった。論旨は
明確で書かれていることは多分事実に近いのだろうなと思う。
一番の批判は、相手によって言い方を変える人、つまり「策士」
として新島襄を捉えていることだろう。それについて同志社大学
名誉教授の北垣宗治氏が講演で反論している。
http://www.christian-center.jp/dsweek/05au/t_1108_2.html
この講演は講演で正しいと思う。「策士」という言葉をどうとら
えるかだけの話で、事実についてはどちらも同じことを指摘して
いる。
TNはこの策士的な一面はそれほど嫌いではない。
ただ、この本で指摘されている新島の人柄は大嫌いだ。TN流に
意訳する。アメリカかぶれの欧化主義者で、なんでもアメリカでの
やり方が正しいと考えていた。自主性は全くなく、西洋人の意見を
自分の意見にするのがじつに素早い人だった。権威をもつ人にとり
いるのがうまく、自力と言うより他力にすがって事業をすすめた。
アメリカのプロテスタント教しか認めず、信教の自由について
無理解であった。などなど、知らないほうが良かったなと・・・・
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研修医純情物語
投稿日:2013年11月19日(火)18時42分52秒
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「研修医純情物語」 - 先生と呼ばないで
川渕圭一 著、主婦の友社、2002年
図書館のリサイクル図書に、同じ著者の「五カとゴロー」(求龍堂、2006年)があり、何となく気になったので頂いた。どんな基準でリサイクル図書になるのか知らないがたまに面白そうな本も混じっているのでリサイクル図書が置いてあるときはチェックしている。
大学病院の分院が舞台、優秀でエリート医者風の研修医五カが元患者の幽霊ゴローと出逢い、エリート風医者から庶民の味方に変身していくそれなりに楽しい本。
経歴をみれば東大工学部大学院中退、パチプロ生活、会社員、30歳で京大医学部入学、37歳で医者、へーっという感じ。他に出版している著書もけっこうある。その中の「研修医純情物語」って、買ったけれど読まなかった(読めなかった)本で、まだ本棚にある。それで読んでみた。
どうして読めなかったのか? 今、その事情を覚えているはずもないが、たぶんこの本が出版されTNが購入した2002年は達志がなくなった年で、K医大付属病院での入院生活の記憶が生々し過ぎた為だろうと思う。いきなり、実力の無い研修医、くだらない教授回診の話が出てくるので、腹立たしく読む気力が無くなったのだと思う。
2012年6月8日(土)、TNは「助教授様の一声で突如治療方針が変わる。医者はつくづくバカだと思う。大多数の医者や看護婦は自分で考えることをしない。研究者ならこんなやからは失格だ!」と憤慨している。この日、回診を効率よくと考えた看護婦は、発熱(38.8度)しているTNにシャツを脱いで回診を待てといった(達志に移植するために皮膚を摂られたところを医者達にみせるために)、冷房をがんがん効かせた部屋で。則、怒鳴りつけ拒否した。6/6、6/7はオオサカサンパレス(茨木)で日本熱傷学会が開かれていた。その要旨集(?)を抱えて眺めている研修医・学生。見せ物ではない!と腹立たしかった。
(て)は「TNの両大腿部は、まるで赤い短パンをはいているようだった。助教授回診はとりまきが多く後の処置も新米Drがあれこれと悩みながらやるので裸で長時間居ることになる。やっとクーラーが入って涼しいのはよいが患者の苦痛など全く考えない。看護師もしかり!とうとう怒ってしまったらしい。」と書いている。
教授回診というだけでフラッシュバックしてしまう屈辱のシーンです。
血液採取、点滴のたびに苦痛を与えてくれた若い担当医(研修医)は、今なら許せる気もするが、入院時は嫌だった。
今回は読了できた。
大学病院での日常を「なにか変だな」と悩み、「患者のための医療」だけが大事なのだと居直った著者を応援したい。
しかしこの本は読み直さないだろうと思う。
PS
今回、最後まで読めたのは?
大学病院の研修医の日常は想定の範囲内でえっと思うような新鮮な興味は持てなかった。「神様のカルテ」のような感動物語でもなく、また心地よい文章でも無かった。それでは何に惹かれて読了し、掲示板でこの本を紹介したいと思ったのか?
たぶん、この著者が、世渡りはへただけれど、患者という弱者に対し本気で正面から向かい合って、誠実に対処しているなと感じたからだろうと思う。
変わった経歴の持ち主はそれだけ癖の強い嫌みな人が多いと思いながら、この著者を好きになったのはプロローグを読んで直ぐでした。「うつ病」になったとき、かかった精神科医に対する思いが書いてあり、それが数少ないけれど心療内科医と接触した経験からすっと納得できた。そして「ーーこのくらいなら、僕の方がましだ。少なくとも僕は、この医者たちよりは患者にサービスしてあげられるし、患者に無理強いをしたりはしない。・・・」と思い、それが医者になりたいという動機につながっていく。面白い人だなと感じました。
●川渕圭一経歴
1959年、群馬県前橋市生まれ
前橋高校卒業
2浪して東京大学工学部入学
大学4年時、脳神経外科の勤務医をしていた父親が、
ホテル・ニュージャパン火災で帰らぬ人となる
なんとか大学を卒業し、東大大学院に進むものの中退
パチプロで生計を立て、その後商社に入社しメーカーに転職
いずれの仕事にもなじめず、やがて1年間の引きこもり生活を送る
精神科を受診するが、「僕の方がましだ」と医者に反発
30歳で一念発起して医師を志し、半年の勉強で、
(「浪人せずに」)京都大学医学部に合格
37歳で京都大学医学部卒業
1996年から4年間、東京大学付属病院に研修医として勤務
2002年にその経験をもとに『研修医純情物語一先生と呼ばないで』を執筆
10万部の大ヒットとなる
●主な著作
・研修医純情物語 - 先生と呼ばないで (幻冬舎文庫)
・ふり返るなドクター (幻冬舎文庫)
・吾郎とゴロー (幻冬舎文庫)
・ボクが医者になるなんて (幻冬舎文庫)
・[小説] 東大過去問・現代文 (文庫ぎんが堂)
・ぼくのおじさん (講談社)
・セカンド スプリング (PHP研究所)
・いのちのラブレター (実業之日本社)
・マゾ森の夏休み (汐文社)
『37歳で医者になった僕〜研修医純情物語〜』(37さいでいしゃになったぼく〜けんしゅういじゅんじょうものがたり〜)は、2012年4月10日から6月19日まで、関西テレビの制作によりフジテレビ系列の火曜22時枠で放送されたテレビドラマ。
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高知−桂月ー有川浩ー阪急電車−県庁おもてなし課
投稿日:2013年11月12日(火)07時04分40秒
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高知−桂月ー有川浩ー阪急電車−県庁おもてなし課
まあ書いているTNにしか分からない連想ゲームです。
11月4日に高知で開催された「地球電磁気・地球惑星圏学会」で学会賞(フロンティア賞)を受賞された広岡公夫富山大学名誉教授の受賞祝賀会を後輩のHS君達が世話人になって開いてくれた。お世話になった広岡さんの会というので、NNくんやJFくんと一緒に参加した。祝賀会までの待ち時間の間に3人で呑んだ桂月が美味しかったので、土産に買った。
土佐酒造のHPに有川浩が「阪急電車」で桂月を書いているとあったので えっと確かめました。有川浩は高知出身の人気作家です。
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「ちょっとしたツテで高知の『桂月』って日本酒が手に入ってんだけど・・・・」
店に自前の酒を持ち込むわけにはいかない。呑むならどちらかの部屋ということになるだろう。
「えっ『桂月』ってあの『桂月』!?」
ユキの食いつきはさすがだった。
というか、決して全国区でメジャーではないというその銘柄に反応したことがすごい。「昔、大阪のどこかのお店で呑んだことがあって・・・・おいしかったなぁ」
味の記憶を反芻しているらしい。声がうっとりしている。
「高知県出身の人が呑み会のメンバーに混じってて勧められたの。こんなの置いてるお店めったにないから呑んどきなって」
確かに普通の店で地酒として置いてある高知の酒は全国区選手になっている『土佐鶴』や『酔鯨』程度だ。
(文庫本でまだ2頁弱、高知の酒がらみの話が、有川らしい軽いタッチで続く)
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それで「阪急電車」を久しぶりに読み直した。阪急今津線の各駅の名前が章題になっていて宝塚駅−西宮北口駅を往復する。偶々同じ阪急電車に乗り合わせた人達のチョットした触れあいを軸に、それぞれの人生模様を軽快に心地よいテンポで描く。複数回、読み直せる本の1冊です。
今回、ふと気になったのは宝塚ホテルの結婚式に出た人が、茨木に帰るのに今津線で西宮北口にでるという設定。TNの距離感とは違いました、宝塚線で十三乗り換えしか思いつきません。Yahoo路線情報で調べると、西宮北口経由の方が10分ほど早いようです。京都線と宝塚線しか馴染みがないTNには・・・・
いきおいで高知といえば「県庁おもてなし課」だと、これも読み直した。
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(角川文庫のHP)
とある県庁に生まれた新部署「おもてなし課」。若手職員の掛水史貴は、地方振興企画の手始めに地元出身の人気作家・吉門に観光大使を依頼する。が、吉門からは矢継ぎ早に駄目出しの嵐――どうすれば「お役所仕事」から抜け出して、地元に観光客を呼べるんだ!? 悩みながらもふるさとに元気を取り戻すべく奮闘する掛水とおもてなし課の、苦しくも輝かしい日々が始まった。地方と恋をカラフルに描く観光エンタテインメント!
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高知県におもてなし課は実在する(http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/020201/)。人気作家・吉門は有川自身がモデル、高知レジャー化構想を提案する重要な登場人物の清遠和政は有川の父親(?)だという。
有川浩の本はどれもテンポがあり読みやすい。読後感もさわやか、そしていつもよくこんなことを思いつくなと感心する。
(「あ、『土佐鶴連続金賞受賞』みたいな」というような台詞をさらっと挟まれると、この著者は酒好きなのだろうなと思ってしまう。)
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Re: 高知−桂月ー有川浩ー阪急電車−県庁おもてなし課
投稿日:2013年11月13日(水)09時05分0秒
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TNさんへのお返事です。
昨日、NHKのBSで阪急電車の映画を放映していたので
みてしまいました。
なにかを気にすると、次々にそれに関連したことが
目につくモノですね。山野草も見たいと思わない限り
目に入らないのと同じことですね。
酒もアレを呑みたいと探さなければ目に入らない。
「阪急電車 片道15分の奇跡」
監督 三宅喜重
キャスト 中谷美紀、戸田恵梨香、宮本信子、南果歩、谷村美月
製作年 2011年
配給 東宝
上映時間 119分
本を読んだ後の映画にはたいてい失望するのですが、これは素直に観られました。本の面白さをできる限り生かすように作られています。それだけに本を読んでいない人には分かりにくい場面もあるのではと思いました。
本ではそれほど強く感じなかったが、まるで花嫁のような白いドレスをきた高瀬 翔子 (中谷美紀)が阪急電車に乗っているいるという異常な光景が、映像だとなるほど凄い異常な場面なのだとよくわかる。文章より映像の方が迫力あることもあるという例の一つか。
宮本信子はやはり上手な女優さんだなと。
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海賊と呼ばれた男
投稿日:2013年11月 3日(日)09時17分9秒
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「海賊と呼ばれた男」上下
百田尚樹、講談社、2012年
2013年の本屋大賞に選ばれた本。発表が4月にあり、読みたいと思い直ぐに図書館で予約したのがやっと手元に。予約待ち半年以上の人気の本。百田尚樹なんて全く知らなかったが、どうも安倍首相お気に入りの作家らしい。NHK経営委員会の委員に「安倍カラー」の濃厚な人を選んだと話題になったが百田はその中の1人で、安倍は「以前から私も百田さんの小説の愛読者でしたから、百田さんのような方に『もう一度、自民党総裁選に出馬して総理を目指してもらいたい』とおっしゃっていただいたことは、本当に勇気づけられました」などと話しているらしい。そして百田は、いわゆる「自虐史観」を一貫して批判しているらしい。
右翼愛国主義者かなっと思うような作家の本は普通なら読まないが、本屋大賞につられ借りてしまった。読むしかない。
本は面白かった。モデルの出光興産の創業者出光佐三が凄い人だったということにつきるのですが、この作者の筆力も凄いモノです。この人の本ばかり読めばかなりの愛国者になってしまうでしょうね。司馬遼太郎の歴史観に毒されてしまったなと思うことがあるのと同じ怖さを感じてしまう。
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出光佐三は
(http://matome.naver.jp/odai/2134335480693983501)
神戸高等商業(現:神戸大学)を卒業したのち、神戸で小麦粉と石油を扱う酒井商店に丁稚として入店。同級生にはバカにされたが小さな会社でノウハウを得る、石油時代を予見していた。
独立資金は資産家が信頼して6千円(当時の価値で1億円)をくれた。貸すのではなく、くれた。
陸では他の商会の縄張りがあり自由にうれないため、海上で漁船を待ち構えて、やすく油を販売した。これが海賊といわれた。
終戦の2日後。社員を集めて訓示します。
「愚痴をやめよ。世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ」
「泣き言をやめ、日本の偉大なる国民性を信じ、再建の道を進もうではないか!」
全従業員数は、約一千名いたが、多くの企業が人員整理をするなか、従業員の首をきらないことを宣言。
佐三は戦前に集めた書画骨董を売り払い、銀行から可能な限り借金をして仕事がなく自宅待機されていた従業員にすら給料を払い続けた。
旧海軍のタンクの底に残った油を処理する仕事をうけおうことで、石油業界に復帰をはたす。
イランは英国資本の油田を強制的に摂取して国有化したため、英国海軍がイランから輸出されるタンカーの拿捕をおこうなか、イランの石油を満載して無事、包囲をとっぱし、日本に石油をもちかえる。
題名のない音楽会」の番組スポンサーを出光興産がおこなっているが、番組途中でCMが入らない。番組スポンサーの出光興産元社長、出光佐三(いでみつさぞう)氏の「芸術に中断は無い」という考えに基づくためだ。
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(http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784062175647)
内容説明
敗戦の夏、異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は、なにもかも失い、残ったのは借金のみ。そのうえ石油会社大手から排斥され売る油もない。しかし国岡商店は社員ひとりたりとも馘首せず、旧海軍の残油集めなどで糊口をしのぎながら、たくましく再生していく。20世紀の産業を興し、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とはいったい何者か―実在の人物をモデルにした本格歴史経済小説、前編。
出版社内容情報
『永遠の0』の百田尚樹氏渾身の書き下ろし! 敵は七人の魔女。英国海軍の包囲をかいくぐった日本人の実話をもとにした壮大な叙事詩
忘却の堆積に埋もれていた驚愕の史実に当代一のストーリーテラーが命を吹き込んだ。1945年8月15日、異端の石油会社『国岡商店』を率いる国岡鐵造は、海外資産はもちろんなにもかもを失い、残ったのは借金のみ。そのうえ石油会社大手から排斥され売る油もない。しかし『国岡商店』は、社員ひとりたりと馘首せず、旧海軍の残油集めなどで糊口をしのぎながらも、たくましく再生していく。20世紀の産業を興し、国を誤らせ、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とは何者なのか−−実在の人物をモデルにした、百田尚樹作品初の本格ノンフィクションノベル!
【著者紹介】
1956年大阪生まれ。同志社大学中退。関西の人気番組「探偵! ナイトスクープ」のメイン構成作家となる。2006年『永遠の0(ゼロ)』(太田出版)で小説家デビュー。『ボックス』(同)、『風の中のマリア』(講談社)、『モンスター』(幻冬舎)、『リング』(PHP研究所)、『影法師』、『錨を上げよ』(以上講談社)など著書多数。『永遠の0』は、講談社文庫から刊行され100万部を突破、山崎貴監督、主演・岡田准一で映画化、2013年公開予定。
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追悼
投稿日:2013年 9月 5日(木)15時24分7秒
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「追悼」(上)(下)
山口 瞳(著) 中野 朗(編)
2010年発行、論創社
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(http://books.rakuten.co.jp/rb/%E8%BF%BD%E6%82%BC%EF%BC%88%E4%B8%8A%EF%BC%89-%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%9E%B3-9784846010232/item/6874869/)
【内容】
褒めるだけでは本当の追悼にならない。川端康成の死を哀惜し、山本周五郎の死に涙し、三島由紀夫の死に疑問を投げ、梶山季之の死を無念がり、向田邦子の死に言葉を失う。山口瞳が80人に捧げた追悼文を一挙集成。
【著者】
山口瞳(ヤマグチヒトミ)
1926年、東京生まれ。麻布中学を卒業、第一早稲田高等学院に入学するも自然退学。終戦後は複数の出版社に勤務し、その間に國學院大學を卒業する。58年、寿屋(現サントリー)に「洋酒天国」の編集者として中途入社。62年に『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞、79年には『血族』で菊池寛賞を受賞する。95年8月、肺がんのため逝去.
中野朗(ナカノアキラ)
1951年、小田原生まれ。札幌東高校、明治大学政経学部を卒業。2001年、「山口瞳の会」主宰「山口瞳通信」(年刊)を七号まで、「山口瞳の会通信」を年数回発信するも、現在休会中。
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昔から、よく知っている作家で、週刊新潮に連載していた「男性自身」などは何回も読んでいるが本になったものを読むのは初めてだと思う。(上)は一気に読んだ。上の【内容】に紹介された作家に対する追悼文は全部(上)にあり、1963年から1982年までの間に亡くなった人に対する追悼文が集められている。どれも山口の気持ちがこもった素晴らしい追悼文だった。
しかし、1982年から1995年までの(下)になって、読めなくなった。坂本九への追悼文がきっかけのような気もするが、それだけでもないようにも思う。
山口は、
追悼文というのは、特にそれが不慮の事故死であったとき、故人を褒め讃えるものときまっている。「死んだ人の悪口を言うな」と言う。
しかし、人間には長所と短所があり、その短所を書かなければ、故人の全体としての人間像が浮かび上がってこない。すなわち、本当の追悼文にはならない。
私はそう思っている。短所が長所につながる場合もある。
という。強い人だなと思う。そして嫌みを感じてしまった。(下)は山口の晩年の10年分、この時には、たぶん頑固になり頭も老化しかけていたのではないかな、と思ってしまう。TN の頭も固くなってきているのでしょう。嫌だなと思ったとたん全く読めない。
PS(9月8日)
上の(下)が読み切れず中途半端な気持ちが残り、もっと山口瞳を知りたいので、妻・山口治子の「瞳さんと」と小玉武著の「『係長』山口瞳の処世術」を読んでみた。それぞれ興味深く読んだ。共通して取り上げていたのが小説「人殺し」で「虚」か「実」かという問題、山口瞳をどう理解するかで解釈が少しずつことなるのが面白い。
博打や賭け事に強く、偏屈、頑固・・・、このあたりが天才たる所以でしょうか。
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またスイス
投稿日:2013年 7月31日(水)15時18分7秒
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「アルプスの小さな村で暮らす」
柿沼和子著 双葉社 19997年
著者は1964年生まれだから、書いたのは33歳の時。「好きな場所で好きなことをして暮らす小さな幸せ」を伝えたいという。スイスに魅せられそこで生活する女性はどんな人なのかなと興味をもった。今回のスイス旅行でお世話になったハイキングガイドの2人も、1人はスイスに住み着き、1人は夏のシーズンにスイスにやってくる独身女性だった。いつまでも夢をおいかけて生きているのは男性に多いと思っていたのだが、そうでもないみたいだなと彼女たちをみて思う。
(体育会系の夢見る乙女ということから、何故かというより著者の写真のイメージが似ていることから、教え子のKMくんのことをつい思い出す。でも、人それぞれ、それぞれの生き方があるというしかないかと・・・)
この本を読むと、もう一度ゆっくりスイスを旅行したいなと思います。
著者らが立ち上げた旅行社「クラブ・ドゥ・バカンス・モンターニュ」< Club de Vacance Montagne>は今も健在です。
http://www.cvm-alps.ch/
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日記
投稿日:2013年 7月29日(月)05時34分30秒
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スイス、帰ってからいろいろ調べているうちに、もう一度行きたいなと
思い出した。はじめはよく晴れて充分楽しめたので、次は違う国へ
と思っていたのに、思いは次々に変わっていくモノらしい。
スイスで毎日、昼食と夕食時にビールとワインを飲んでいたためか
2kgほど体重が増えたが、やっと出発前の体重に戻った。同時に生活も
通常の生活に復帰したように感じられる。
読書意欲が低下していたがようやく復活、毎日、何かの本を手に
するようになった。
最近、日本語について書かれた2冊の本を読んだ。どちらもそうだそうだと
納得できるところがあり一応は最後まで読んだ。しかし、良い本を読んだという
思いはすくない。読むうちにだんだん嫌になるタイプの本でした。
たぶんどちらにも「この著者、ナニ様?」と感じることがいくつかでてくる
からでしょうね。特に前者の本に多かった。
「ナニ様?」な日本語
樋口裕一(著)、青春出版社、新書判、184ページ
定価870円(本体:829円)、初版年月日2013年01月15日
内容(内容と著者紹介は青春出版社の広告文から)
「課長、頑張ってください。期待しています」と上司を激励する若手社員、ほめ言葉のつもりが“上から目線”にとられてしまう。「近くに来たついでに御社まで寄らせていただきます」と言う営業マン、わざわざ訪問すると告げると客先が恐縮するからと気を遣ったはずが「うちの会社はついでか」と受け取られかねない…。巷にあふれる「ナニ様」言葉とその処方箋を明かした一冊。
著者紹介
多摩大学経営情報学部教授。京都産業大学文化学部客員教授。通信添削による作文、小論文専門塾「白藍塾」塾長。1951年大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、立教大学大学院博士課程満期退学。受験小論文の第一人者として活躍。大ベストセラー『頭がいい人、悪い人の話し方』など著書多数。
「若干ちょっと、気になるニホン語」
山口 文憲(著)、筑摩書房、1600円。2013年1月10日
(筑摩書房の広告から )
そんなアホな。街で見かけた変な日本語を、日本語ウォッチャーは見逃さない! 03年から10年間、日本語がこんなことになっている、を報告し続けた、汗と涙と笑い(?)の記録。
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くちづけ
投稿日:2013年 7月27日(土)10時03分22秒
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「くちづけ」宅間孝行 幻冬舎 2013年
図書館の「今日返却された本」の中にあり、ふと気になり借りた。書名も著者もまったく知らなかった。
知的障害の30歳の娘と父、そして35歳の知的障害の男性とその妹を軸にグループホームを生活の場として展開される仲間たちの温かな交流、愛を描いている。読みやすく感動を強要するのではないが、登場人物の無垢な純情、潔さ、愛情に引きずり込まれている自分に気付く。素晴らしい本に出逢えたと嬉しくなった。
著者はどんな人?と調べたら結構、著名人でした。
この本の紹介は↓が一番良さそうです。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130526/bks13052609370008-n1.htm
『くちづけ』宅間孝行著
2013.5.26 09:36
小説作品の映画化や舞台化は珍しくないが、逆は異例。本著は俳優で脚本家、演出家の宅間孝行が主宰する劇団「東京セレソンデラックス」によって平成22年に初演され、「舞台史上一番泣ける」と小劇場で大ヒットした舞台劇のノベライズである。
知的障害者のグループホームで展開される、仲間たちの温かな交流、父と娘の愛を描いている。堤幸彦監督による同名映画(著者も出演)もきょう公開で、前評判は上々だが、本著では、この父と、娘を産んですぐ他界した母の出会いなどの背景描写が詳しく綴られ、深い感動をもたらしてくれる。(幻冬舎・1575円)
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八重の生涯
投稿日:2013年 6月26日(水)12時33分11秒
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「八重の生涯」
新井恵美子著 北辰堂出版 2012年
図書館の返却本の棚にあった。字が大きく260頁ほどでこれなら直ぐ読めそうなので借りた。大河ドラマはしんきくさいので途中で嫌になるが、この本は一気に読めた。読みやすい文章、へんな思い入れはなく、淡々と調べ上げた事実を記録している。かなり上質のノンフィクションだと思う。
これまではまったく興味の無かった新島襄・八重、そして山本覚馬が非常に魅力ある人達となった。
それほど人気がある作家ではないらしい。ウイキペディアに下のように紹介されているだけだった。えっ、この人も学習院とちょっと吃驚、最近、吉村昭・津村節子が学習院と知ったばかりだったので。
新井恵美子(あらいえみこ、女性、 1939年-)は、日本のノンフィクション作家。
来歴
神奈川県立小田原城内高等学校を卒業。学習院大学文学部を中退。
1963年 「雨ふり草」で随筆サンケイ賞を受賞。
1986年 「サエ子とハマッ子」で横浜市福祉童話大賞を受賞。
1996年 「モンテルンパの夜明け」で第15回潮賞ノンフィクション部門優秀賞を受賞。
父親は雑誌平凡を創刊した岩堀喜之助。
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富士山大噴火
投稿日:2013年 6月14日(金)15時03分16秒
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「富士山大噴火」
鯨 統一郎 著 講談社 2004年
初めての著者、図書館でみつけ書名が気になり読んだ。地震や火山についてよく調べて書いているので、最後まで一気に読んでしまった。ただし、恐竜絶滅の原因を研究する生物学者の話が挟まれているが、これは勉強不足まるだしでつまらない。結論は富士山級の火山の大噴火で恐竜が絶滅したとしているが、この程度の理解力?と他の内容まで疑ってしまう。
前半に破綻はないがクライマックスの富士山の大噴火で、主人公たちはみんな奇跡的に生き延びるが,せまりくる火砕流と津波を750ccのバイクで疾走して逃げ切るなど、いいかげんにしてくださいよという感じ。
面白いけど感動もリアリティもないお話でした。
鯨 統一郎というのは1998年に「邪馬台国はどこですか?」でデビューしたがそれ以前の経歴などを公表しない覆面作家らしい。ちょっとだけ気になるのでもう1,2冊読んでみようかな、それとももういいか。迷っています。
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紅梅
投稿日:2013年 6月 3日(月)04時55分41秒
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「紅梅」 津村節子著 文藝春秋 2011年
津村節子の「似ない者夫婦」という2003年に発刊された随筆集が、追記・訂正・編集されて、今、新書版となり本屋に並んでいる。表題や「夫・吉村昭の死から7年。夫婦同業という歳月をともに歩んだ50余年。戦渦の青春時代、作家としての日々、夫婦の情景、突然の病魔……。人生の機微をこまやかに描く味わいのエッセイ45篇。」という広告文からは主に吉村昭との生活を書いた本と思い込み直ぐ買った。後味の良い本ではあったが吉村については期待外れだった。
津村の本はこれまで全く読んだことがなかったので検索してみると「紅梅」のレビユーに「作家吉村昭の癌の発病から死に至るまでを妻であり同志でもあった作家津村節子が綴った小説。紅梅は吉村氏の最も好きな花だったという。自ら点滴を引き抜いたという壮絶な最後はすでに津村氏の文章によって明らかにされていたが、その瞬間までを出会いからの回想を交えながら『一つ屋根の下に、物を書く人間が二人いる地獄』を感情を抑圧した乾いた筆致で描いている。自らを『育子』、吉村氏を『夫』と記す文体も、単なる闘病記ではなく対象を客観視するために用いられ、文学作品として昇華させるのにもほぼ五年の月日が費やされている。」 とあり、惹かれ、直ぐに図書館で予約し読んだ。
感動ものでした。自ら点滴を引き抜いたという壮絶な最後は、やっぱり泣けてきます。人が生きること、死ぬことについていろいろ考えさしてくれる本でした。
若い頃に結核で肋骨を何本も失うような大病をしても79歳まで生きることができる。凄いなと思う。癌検診など定期的にやっていても癌はある日突然にやってくる。医者や大学病院とよい関係があるからこそ、最善の治療を受け、それ故に中々死ねず苦痛が長引いたように思ってしまう。無宗教で死を迎えるというのはここまで煩悩に悩まされることなのか。死直前まで病気を隠し、死後のあれこれを指図せずにはおられない、吉村を精一杯生きた人として尊敬はするが、なにか可哀想な人であったような気もする。TNにとって死とは、まだ不明。
読了し、吉村昭と津村節子の経歴を調べました。吉村は、昭和2年(1927年)5月1日 に東京・日暮里で生まれ、 平成18年(2006年)7月31日に逝去。学習院大学中退。1966年『星への旅』で太宰治賞を受賞。同年発表の『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓き、同作品や『関東大震災』などにより、1973年菊池寛賞を受賞。現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々に発表。日本芸術院会員。
津村は1928年6月5日に福井市生まれる。1965年「玩具」で芥川賞、1990年『流星雨』で女流文学賞、1998年『智恵子飛ぶ』で芸術選奨文部大臣賞、2003年「長年にわたる作家としての業績」で恩賜賞・日本芸術院賞受賞。同年日本芸術院会員となる。2011年「異郷」で川端康成文学賞受賞。ふるさと五部作に『炎の舞い』、『遅咲きの梅』、『白百合の崖』、『花がたみ』、『絹扇』がある。
文藝春秋の2011年9月臨時増刊号「吉村昭が伝えたかったこと」の中の和田宏による津村節子へのロング・インタビュー「長い間に字まで似てきた」を読み直した。「紅梅」と「似ない者夫婦」にでてきたエピソードの幾つかが語られていた。それらは彼女にとって非常に大事な思い出なのだと感じた。
ついでに、今は本を図書館で借りて読むことが多いが、良い本はやっぱり購入し手元にあるというのも捨てがたいと思ってしまった。
以下は2011年の掲示板記事です。
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吉村昭が伝えたかったこと
投稿者:TN 投稿日:2011年 9月 1日(木)12時22分1秒
文藝春秋 9月臨時増刊号
「吉村昭が伝えたかったこと」
3月11日以降、吉村昭の名前がよくでてくる。「三陸海岸大津波」という名著があるかららしい。気にはなったが本を買うところまではいかなかったが、偶々、文藝春秋が臨時増刊号をだした。一冊まるまる吉村昭のことばかり。それが全部面白い。(て)が買ってきた雑誌だが横取りして3日間で読み上げた。
昔、彼の本があったと(て)はいうがなにか思い出さない。著作リストをみて、本の内容を思い出せるのは「神々の沈黙」と「ふぉん・しいほるとの娘」だけだが、本を買ったかどうかは定かでない。私の記憶のいいかげんなことはこれに限ったことでもない。
この雑誌を読んでとにかく「三陸海岸大津波」と「関東大震災」は購入して読んでみたいと思う。特に「関東大震災」は至急に!
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Re: 吉村昭が伝えたかったこと
投稿者:TN&TN 投稿日:2011年 9月11日(日)03時07分4秒
吉村昭の本、Amazonで買うつもりだったが、JR茨木駅近くの本屋で探したら買いたい本がそろっていた。
三陸海岸大津波 文春文庫 438円
関東大震災 文春文庫 543円
戦艦武蔵 新潮文庫 476円
購入してから一週間ほど読む気力が湧かなかったが、昨日、やっと三陸海岸大津波を読みだすとその記録のもの凄い迫力に圧倒され一気に読んでしまった。そして、もう一度、文藝春秋増刊号の「三陸海岸大津波を歩く(高山文彦)」と吉村昭の平成11年の講演「災害と日本人−津波はかならずやってくる」を読み直した。
明治29年と昭和8年の三陸沖大地震に伴う津波、昭和35年チリ地震津波を経験し津波に充分備えていたはずの三陸で今回の津波被害が発生した。
読後感を書くつもりだったが、感じたことや考えるべき事が多すぎて書けない。
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巨大津波その時ひとはどう動いたか
投稿日:2013年 5月19日(日)15時38分56秒
「巨大津波その時ひとはどう動いたか」
NHKスペシャル取材班著、岩波書店(2013/03発売)
第1章 なぜ人びとは逃げなかったのか;第2章 届かなかった警告;第3章 他人を助けようとする人びと;第4章 津波直前、逃げまどう人びと;第5章 閖上のその後
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↓は紀伊國屋書店の広告から
http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784000225960
内容説明
東日本大震災で甚大な津波被害を受けた宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。東北沿岸のなかでも、津波来襲のもっとも遅い地域だったにもかかわらず、なぜこれほどまでの被害となってしまったのか?住民に取材した膨大なデータをもとに、災害時の人間の行動心理を立体的に分析し、何がひとの生死を分けることになったのか、その境界に迫る。
出版社内容情報
なぜ逃げなかったのか? 何が危機を知らせたのか? 生死を分ける心の罠.津波襲来までの時間,ひとは何を考え,どう行動したのか.甚大な津波被害を受けた宮城県名取市閖上地区に取材し,被災者の証言からデータを蓄積.災害時の人間の行動心理を立体的に分析し,大災害時代の生き方,暮し方へのあたらしい視座をひらく.
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読むのが辛い本、一度には一章づつしか読み進めなかった。
閖上地区は5600人の住民のうち700人が津波で死亡した。この地区は地震が発生してから1時間10分後に巨大津波がやってきた。集落は海岸沿いにあり、10メートルもの津波が来れば、あっという間に全体が飲み込まれてしまう。だが背後には高台があり、そんなに時間をかけずとも安全に非難できたはずだった。だから本来なら全員が助かることもありえたことなのだ。にもかかわらず、住民の8人に1人が死亡した。
住民のほとんどは、大きな地震があれば大きな津波が来るはずだということを、概念的にも体験的にも分かっていた。にもかかわらず即座に高台に非難するなどの適切な行動をとらなかった人が多かった。それがどうしてなのかを記録しておこうというのがこの本の意図である。
第1章では「正常性バイアス」という心理用語を使って説明する。
私たちの心の中には、異常な状況に直面したとき、それを無視してしまおうとするメカニズムが働く。心理学でこれを「正常性バイアス」という。日常生活の中では、普段とちょっと違うことがよく起こるが、あまり敏感過ぎるとストレスの原因になるので、我々の心のメカニズムとして、そういう異常な現象をなるべく正常の範囲内のこととして理解しようとするシステムがあるという。
そのため、今回の大津波のような緊急時に、それを「大したことはない」と思い込み、避難せず、犠牲に・・・。
第2章では混乱の中、情報がまったく届いていなかったということが検証されている。
第3章では、家族だけではなく他人をも助けようとして逃げ遅れ犠牲になった例を紹介している。
「津波てんでんこ」という有名な言葉がある。家族といえどもそれぞれが勝手に逃げて自分の命を守れという教え。しかし、そうはできないのが人間らしい。
第4章は情報不足の中、右往左往し逃げ惑う人達。
第5章はいまだに進まない復興計画のはなし。
まとめ
ひとは避難したがらない生き物である。
自らの身に迫りつつある、未だかつて経験したことのない危機に対して、鈍感であろうとする生き物である。
また、大切な誰かのことで頭がいっぱいになり危険に向かって行ってしまう生き物であり、一方で血の繋がっていない誰かに手をさしのべようとして、結果的に自らの命を危険にさらしてしまう生き物でもある。
僕たちは、理に叶わない行動をとってしまう、危うい存在である。それを自覚せずにまた町をつくれば、同じような悲劇が繰り返されるかも知れない。
銀婚式物語
投稿日:2013年 5月 5日(日)16時11分58秒
新井素子著「銀婚式物語」
中央公論社 2011年
図書館の「今日返却された本」の棚にあった。銀婚式というのが気になって手にした。表紙はTNの趣味ではないように感じたが、新井素子の本は読んだことがないので、好奇心から借り出した。
えっと、思う文体にとまどい、最初はこれは途中放棄かなと思ったが、読み進む内に手放せなくなった。文体もこれはこれで面白いと感じだし、二日間で読了。
「新井素子の文体は後のライトノベル文体に少なからず影響を与え、元祖的もしくは雛形的存在と称されることもある。」とウイキペディアで解説されている。ライトノベルというのも馴染みがないのでよく分からないが、文体の特異なことは新井素子の特徴らしい。この本はどうやら新井自身のことをモデルにしているよう。変な女を売り物にしているようだが、考え方には共感できるところがたくさんあった。
もう少し新井素子を読んでみようと、まず「結婚物語」を予約した。
遠藤周作著「わが恋う人は」
講談社 1987年
これも「今日返却された本」の棚にあった。遠藤周作のは何冊か読んだことがあるが、根っからのクリスチャンで重く暗いのが多いので、探し求めて読むことはすくない。この本もキリシタンをかばった小西行長の末裔に関する暗ーい恋愛話。何人もが雛人形に託された呪いで死ぬという怖ーい話、そして女性雑誌編集者の今でも進んでると思える恋愛観、しんどいなと思いながらも最後まで読んでしまいました。
等伯
投稿日:2013年 4月14日(日)14時56分25秒
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「等伯」上下
安部龍太郎 著、日本経済新聞社、2012年
昨年の直木賞の受賞作。京都の国立博物館の東伯展を行列して観て、迫力ある絵に感激した記憶も生々しいので、新聞の読書案内で紹介されたとき直ぐに読みたくなった。図書館で予約し、3ヶ月以上待ってやっと入手、読んだ。
安部龍太郎という作家は初めて。
1955年福岡県生まれ。久留米高専卒。1990年『血の日本史』でデビュー。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞を受賞。 <主な著作>『関ヶ原連判状』、『信長燃ゆ』、『生きて候』、『天下布武』、『恋七夜』、『道誉と正成』、『下天を謀る』、『蒼き信長』、『レオン氏郷』など多数。
安部は(http://book.asahi.com/booknews/update/2013012300008.html)に、
「直木賞の受賞が決まった日の記者会見で、どうして長谷川等伯を主人公になされたのですか、という質問を受けた。私は少し考えてから「等伯は私です」と答えた。フローベールが「ボヴァリー夫人は私です」と言った言葉が頭をよぎったからである。
等伯ほど波瀾万丈(は・らん・ばん・じょう)ではないが、私にも小説のために人生を捧げてきたという自負がある。いい絵を描きたいと画布の前で呻吟(しん・ぎん)する等伯の姿は、原稿用紙に向かっている時の私に通じるものがある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところが今回思いがけなく受賞することができたのは、長谷川等伯のお陰である。「松林図屏風(びょうぶ)」をはじめとする作品群に向かい合っているうちに、この人を描くためには無心にならないと駄目だと思った。彼の苦難が自分の経験とも重なり、素直に感情移入することができた。
そうして物語を書き進めるうちに、等伯に手を引かれるように知らず知らず一段高い所までたどりついていたのである。」と書いている。
良い本、すっと読めた。芸術家が作品を生み出す時の苦闘に心うたれる。宗教(日蓮宗)と絵、時の権力者と画家との関係、家族やライバルとの関係、いろいろなことを考えながら読んだ。この本を読んでいると、等伯の気持ちになりきってしまい、織田信長や石田三成が大嫌いになるから、面白い。
我が家は日蓮宗、たまたま今日はお坊さんが来てくれる日、別冊太陽の「日蓮」と等伯の話でもりあがった。
等伯の本の紹介は↓がよいと思います。
日経2012/10/24
およそ尋常でない苦悩の中から「松林図屏風」を生み出した長谷川等伯。彼を描いた作品は多くあれど、本書はその中でも傑出しており、現時点の安部龍太郎の最高傑作であると断言できる。
等伯の生きた時代は、弱肉強食の戦国時代であり、作者はその中から雄々しく画境の高みへと突き進む等伯の姿を東日本大震災の復興の祈りをこめて描いたという。
その中で等伯を苦しめるさまざまなことども――主家再興のためなら等伯を自分の手駒としか思わない実家の兄奥村武之丞(たけのじょう)、政治的人間の権化ともいうべき石田三成、等伯と暗闘を繰り返す狩野派とその果てに起こる息子久蔵の横死等々――が次々と襲いかかる。
そして下巻も半ばに来て、等伯は「春が命の萌(も)え立つ季節なら、秋は命の充実の時である」と述懐する。が、作者は敢(あ)えて次に書くべき一節を省略してはいまいか。それは恐らく「では何故、生きることはこんなにも苦しいのか」という文言であったはずである。
他にも本書には、等伯の心の師・千利休の門の内外の問答や法華経への読み込みがあるが、ひたすら等伯の魂の軌跡を追うべき一巻であろう。
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短編集
投稿日:2013年 2月11日(月)10時53分7秒
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「こちらの事情」 森浩美
「坂ものがたり」 藤原緋沙子
「秋の猫」 藤堂志津子
「生老病死の旅路」 読売新聞社
珍しく短編集ばかりを読んだ。「生老病死の旅路」を除いた三冊はどれも読みやすくすぐに読了した。良い本と思えたのに読み終えて2,3日たった今、どんな本?と内容などほとんど直ぐには思い出せない。だぶん加齢現象で物覚えが悪くなったことが最大の原因だが、心地よく読みやすい本というのは、所詮、その時その時の暇つぶしにしかならないのかな?と思ってしまう。
森浩美は女性と思い込んでいたが男性だった。ありふれた日常をさらっと描くがその中に少しの希望が混じっていて心地よく読める。
藤原緋沙子のは時代物。女性作家の時代物は初めて。細やかな人情が良く描かれている。
藤堂志津子の描く女性主人公は、男性作家には描けないような女性の野心とか計算が露骨にでていて、読むのがしんどい。
「生老病死の旅路」は多数の著名人がその人なりの死生観を書いている。平成10年発行ですでに亡くなった方々も多い。TNの今の年齢と同じ時に書かれたものがほとんどで、興味深く読み進めたが途中で嫌になり放棄。結局、他人の死生観はやっぱり他人のもの、自分は自分、とあたりまえのことを再確認。
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相変わらずの図書館通い
投稿日:2013年 1月29日(火)11時21分16秒
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「親鸞 激動篇 上下」 五木寛之著 講談社 2012年
前作の「親鸞上下」を購入し読んでいるので、すっと読めた。五木が描く親鸞は、自信に満ちた教祖ではなく、常に念仏とはなにかと自省し悩み研究を続け、一方で家族問題に悩む人間臭さを持ち合わせた、魅力ある人である。
仏教の意味はなんだと時々気になる、そのたびにこの手の本を読むのだが、読み終わっても分からないまま。今回のは60歳頃までの中年の親鸞なので、次作は晩年の親鸞だろうからそれを読めば少しは「念仏とは」が理解出来るのかな。
偶々、昨日の毎日新聞の「心のページ」に「三木彰円さんに聞く『教行信証』に見る親鸞」という記事があった。親鸞理解の一助にはなったが、「念仏とは」は分からないまま。
「その時までサヨナラ」山田悠介著 文芸社 2008年
毎日新聞の本の紹介で、「年始早々感動で胸が熱くなり、年がいもなく涙を流した。年末から体調を崩している母親に優しい言葉をかけたくなり、帰省の予定を早めたのはこの1冊をよんだのがきっかけだ。」と絶賛していたので、図書館で早速、予約、直ぐ読了した。
しかし、なんだかね・・・という読後感。若者に人気がある作家、ホラー作家でこの本は山田にとっては異色のものらしい。
登場人物に魅力はなく、話の筋はおそまつ、なんで感動する人が何人もいるのかが理解出来ない。
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くらしの豆知識
投稿日:2013年 1月24日(木)17時50分59秒
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「くらしの豆知識2013」
という小冊子が茨木市消費者センターに他の多くの消費者啓蒙のパンフレットに混じって置いてあった。特集「長寿時代に生きる」が気になって持ち帰りました。内容は国民生活センタ(http://www.kokusen.go.jp/book/data/mame.html)に詳しいので紹介を省略しますが、こんな立派な冊子が無料とはと感心するほどの充実したものでした。
表紙や裏表紙に茨木市消費者センターと大きく印刷されているので、発行・編集は茨木市消費者センターと思い込んでいたのですが、最後の頁で「独立行政法人 国民生活センター」の発行・編集だと分かりました。検索すると定価五〇〇円で、Amazonなどで販売されている。それが消費者センターには無料で置いてあった。なんで?と茨木市のHPや広報を調べても無料配布の案内はない。ただ一つ葛飾区が下のような案内を出していました。 たぶん他の地方自治体でも無料で配布する冊子をつくっていても、数が少ないので市民にはあまり知らさない。それでいいのかな?と、納得できないような不思議な感じ
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くらしの豆知識2013年版を配布します
更新日 平成24年11月12日
日常生活にかかわりの深い問題を広く取り上げ、分かりやすく解説した本です。
2013年版は「長寿時代に生きる」が特集となっています。
くらしの豆知識2013年版を配布します
【配布日時】 11月19日(月)午前9時から
【配布場所】 消費生活センター(立石5―27-1ウィメンズパル内)、区民事務所、学び交流館、
テクノプラザかつしか(青戸7―2―1)、地域振興課(区役所4階405番)
※数に限りがございますので、1人1冊まででお願いいたします。(代理での受け取りはご遠慮願います。)
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「神様のカルテ」の中の銘酒
投稿日:2013年 1月12日(土)06時57分15秒
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「寄りそ医」を読んで、そうですね、その通りですねと納得しながら
なんとなく物足りない。なにが?同じ現役の若い医師が、先端医療ではなく
普通の(地域)医療について書いた本なので、つい「神様のカルテ」と
比較している。伝えたいことの本質は同じだと思うが、後者の方が素直
に感動できる。小説とドキュメンタリー(or自伝)の違いか、いやたぶ
ん文章や感覚についての好き嫌いの問題なのだろう。というわけで(
というより衝動的に)「神様のカルテ」と「神様のカルテ2」の文庫本を購入した。
「神様のカルテ3」はすでに購入済み。
なにが一番気に入っているのかと言えば、酒を呑む場面でしょう。
どんな酒をというわけで、改めてリストアップ。
出てきた順に(スコッチ、ワインを含む)
1.白馬錦
長野の日本酒。酒名は、地元の名峰白馬三山にちなみ命名。大吟醸酒、純米吟醸酒、吟醸酒、純米酒、本醸造酒、普通酒などがある。平成1、5、11年度全国新酒鑑評会で金賞受賞。原料米は山田錦、美山錦など。仕込み水は北アルプス山系の伏流水。蔵元の「薄井商店」は明治39年(1906)創業。所在地は大町市大町。
(神様)私は『彼岸過迄』と『夢十夜』をもとに戻し、本棚の『ハリソン内科学』の巨大な箱を引きずり出した。箱の中に純米大吟醸「白馬錦」の四合瓶が収められている。
光を嫌う日本酒を保存しておくのに、巨大な本の箱というのはなかなか便利である。唯一の難点は、四合瓶が入るほどの大きな本というのは日常なかなかみかけないということだ。その点、医学書というのは極めて実用的な巨大さを備えていてありがたい。医者になって良かったと思う数少ない瞬間である。・・・・
「白馬錦」の青い瓶を片手に、私は意気揚々と「桜の間」をでた。
2.タムナブリン12年
■スペイサイドのリベット谷にあるモルトウイスキーの中ではもっともライトで食前酒向きといわれる。■1966年創業のリベット谷の新星蒸留所のモルト。タムナヴーリン(タムナヴリン)蒸留所のモルト。タムナブリン 12年 700ml 40度 (Tamnavulin 2YO)
価格 3,250円
(神様)琥珀の液体を口中に流し込めば、たちまち豊かな芳香が鼻孔を刺激して、陶然となる。どうひいき目に見ても、かかる陋屋の四畳半には似つかわしくない名品だ。まったく酒にだけは金をかけることをやめない、とんだ貧乏絵描きである。
(続く)→ 長くなるので、以後はブログで更新します。http://temiko9430.wordpress.com/→更新終了しました。
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寄りそ医
投稿日:2013年 1月10日(木)07時07分35秒
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「寄りそ医」 中村伸一著 メディアファクトリー
テレビで「ドロクター」の再放送をみて、読みたくなり図書館に予約。2011年発行なので待たずに借りられた。すぐに、「ドロクター」とは”どろくた(福井『名田庄』弁で『ちょっとやんちゃで悪いやつ』の意味)”と”ドクター”をあわせた意味と分かる。著者は福井県の三国生まれ(1963年)、藤島高校で俵万智さんと同期、二浪して昭和58年に自治医大入学。hataboさんと同期。福井県立病院で研修し、名田庄診療所長に。三八豪雪時に生まれ五六豪雪時に初大学受験、共通一次試験は福井大学で受けているのでひょっとしたらTNが監督した受験室にいたのかなとかってに妄想、親近感をもつ。
読み出すと、「寄りそ医」、「究めた医」、「家逝き看取り(いえいきみとり)」、「障碍」などの気障な言葉の乱発に、折角の親近感が薄れ最後まで読み通せるのか不安になる。しかし、読了。「地域を支え、地域に支えられる」という地域医療の本質を素朴な文章で、熱意を込めて語っていた。
この医者を「プロフェショナル仕事の流儀」やドラマでとりあげたNHKの感覚も凄いなと。
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地域医療
投稿日:2013年 1月 4日(金)08時16分18秒
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ちょっと違った本もたまにはよいが、馴染みの著者の本はやはり読みやすい。
夏川草介著「神様のカルテ3」を図書館で予約しているが1ヶ月以上待っても、
予約順位がまだ132番目、9月10日に予約した有川浩著「三匹のおっさん
ふたたび」などは予約順位がまだ144位。正月ぐらいは馴染みの読みたい本を
読みたいので、TN&TNの読みたい順位が一番高い「神様のカルテ3」を購入。
松本、安曇野、美ヶ原、上高地・・・などの地名だけで美しい景色が目に
浮かぶ。そして銘酒「信濃鶴」「福源」「天法」「かたの桜」と、「信濃鶴」
以外は初出だなとWEB検索。おまけに高校時代に熱中したロマン・ロランの
「ジャン・クリストフ」がでてきてはこの本に惹かれたのは理屈ではなく
感性なんだと。
地域の病院で最後まで頑張るんだと思っていた主人公が、大学病院に戻る
決意をしてこの巻は終わる。地域医療も難しいなと・・・・
そんな1月3日にNHKBSで名田庄診療所の中村伸一さん
(http://natasho.blog105.fc2.com/)をモデルにした
ドラマ「ドロクター」の再放送があった。hataboさん
(http://www.ibukiyama1377.sakura.ne.jp/)と同期かあるいは
すこし先輩かと思いながらみた。ココにも地域医療の典型が。
MSN産経ニュースからコピペ
(http://sankei.jp.msn.com/life/news/120811/bks12081107510002-n1.htm)
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『神様のカルテ3』夏川草介著 小学館
栗原一止(いちと)は、信州にある「24時間、365日対応」の本庄病院で働く30歳の内科医。秋9月、新しい内科医としてやってきた小幡奈美先生は、経験豊富なうえに腕も確かで研究熱心、一止も学ぶべき点の多い医師だ。しかし彼女は、治ろうとする意欲を持たない患者に対して、まともな診療をしないのだった。抗議する一止に対し、小幡先生は「あの板垣先生が一目置いているっていうから、どんな人かって楽しみにしてたけど、ちょっとフットワークが軽くて、ちょっと内視鏡がうまいだけの、どこにでもいる偽善者タイプの医者じゃない」と言い放つ。さらに、老齢の患者をめぐる大きな試練が、一止を待ち受けていた。「私は、医師がどうあるべきかを、考えることすらしてこなかった。懸命でありさえすれば、万事がうまくいくのだと、手前勝手に思い込んでいた。だが医療とは、そんな安易なものではない」。転機を悟った一止は、より良い医師となるため新たな決意をするのだった−。
水のように流れる名文が波瀾(はらん)万丈かつ豊かな物語をより味わい深いものにしています。信州の美しい風景描写も、温かさも、ユーモアも健在ですが、いままでより少しだけビターなのは一止の成長の証しでしょう。今作では、患者も医者も誰も亡くなりません。「人が死なずとも、人の心を動かせる物語にしましょう」が著者と私の合言葉でした。生きていくのに必要なのはただ歩みを止めないことだけ。「前向きに生きたい」「明日からは頑張りたい」そう思っている方への特効薬をお届けします。(小学館・1575円)
小学館出版局文芸・幾野克哉
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PS
1月6日の21時から、ケーブルテレビの日本映画チャンネルで映画「神様のカルテ」が放映された。本を読んでいるから分かるのだろうなという程度のできばえ。いつものことながら、原作を先に読んでしまうと主人公のイメージが先にあるので映画の人物との差がしんどい。
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たまには違った本を
投稿日:2012年12月27日(木)09時21分5秒
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読んでみようかと、偶々、当日に返却された本が置いてある棚に
ならんでいた、「クローゼット・フリーク 上下」を借りた。
たぶん華やかな装丁に惹かれたからだろう。ケイタイ小説と
いわれているものらしい。なんとなく描写が軽く物足りない
と思いながらも、これが流行なのかなと読み進めたが、上巻
の3分の2あたりで、もうついていけなくなった。
まあいまさらこの程度の本を無理してよむこともないと放棄。
「フィルハーモニア東都物語」齊藤公治著 文芸社
著者にとって最初の本で、遺作となった小説。
謝辞に、著者の妻が「・・・夫、公治は2009年7月に、薬効のかい無く
うつ病で亡くなりました。・・・産後うつの私を精一杯支えてくれた
頼もしきイクメン。」と書いている。優しいまじめな人なんだろうな
と思いながら読む。
感動物語、オーケストラの世界に引きずり込まれ泣きそうになりながら
一気に500頁の大著を読み終わる。
小説 渋沢栄一 上 「曖々(あいあい)たり」
津本陽 著 NHK出版
下の「虹をみていた」も借りているが、一気には読みすすめられない。
面白くないのか?そうではないし、興味もある。事実を淡々と積み重ねて
話を進めていく手法で推測や思惑、心理描写がほとんどない。
明治維新を駆け抜けた偉人たちの話は、司馬遼太郎の「竜馬が行く」や
「坂の上の雲」などのあの熱っぽさと使命感あふれる物語を想像して
しまう。それが日本維新橋下の騒々しい嘘っぽさと重なって、「維新」
の話からは距離を置いてきた。
しかし、淡々と事実を書き進めるこの本で、また維新の時代を
きちんと調べたいなと思えるようになった。ゆっくり読み進めます。
「沈黙博物館」小川洋子著 筑摩書房
「博士の愛した数式」を買い求め読んでいる。その印象からかってに
心優しい物語を期待していた。亡くなった人を特徴付ける形見を集め(盗み)
それを収蔵展示する博物館を作る話で、前半は意外性はあるが想定範囲内の
ストーリーで気持ちよく読み進んだが後半、なにかが引っかかり読めなくなっ
た。じっくり読む気がしないので走り読み。結局、よく分からないまあ読了、
いまのところ再読するきにはならない。
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神様のカルテ2
投稿日:2012年12月 9日(日)10時44分26秒
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「神様のカルテ2」夏川草介 小学館
前作「神様のカルテ」に感動し、直ぐに図書館で予約し借り出す。
プロローグで3月初旬の「美ヶ原 王ヶ頭」からの冬山の絶景が描かれ、
エピローグとなる6月の御嶽山登山にいたるまでの間に逝ってしまった人
たちとの哀しくも優しいふれあいを描く。
美ヶ原、御嶽山、さらに松本からみえる常念岳と山心を刺激する。
今年はあまり登れなかったので来年こそ何回も出かけるぞと思う。また、
相変わらず銘酒がいっぱいでてきて飲みたい気持ちをあおる。
この本も感動ものでした。早速「神様のカルテ3」を予約、なんと予約順位
153だって。いつ読めることやら。
小学館のHPからのコピペ↓
http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784093862868
医師の話ではない。人間の話をしているのだ。
栗原一止は夏目漱石を敬愛し、信州の「24時間、365日対応」の本庄病院で働く内科医である。写真家の妻・ハルの献身的な支えや、頼りになる同僚、下宿先「御嶽荘」の愉快な住人たちに力をもらい、日々を乗り切っている。
そんな一止に、母校の医局からの誘いがかかる。医師が慢性的に不足しているこの病院で一人でも多くの患者と向き合うか、母校・信濃大学の大学病院で最先端の医療を学ぶか。一止が選択したのは、本庄病院での続投だった(『神様のカルテ』)。新年度、本庄病院の内科病棟に新任の医師・進藤辰也が東京の病院から着任してきた。彼は一止、そして外科の砂山次郎と信濃大学の同窓であった。かつて“医学部の良心”と呼ばれた進藤の加入を喜ぶ一止に対し、砂山は微妙な反応をする。赴任直後の期待とは裏腹に、進藤の医師としての行動は、かつてのその姿からは想像もできないものだった。
そんななか、本庄病院に激震が走る。
編集者からのおすすめ情報
読んだ人すべての心を温かくする、
39万部突破のベストセラーに、第二弾が登場します。
第一弾は櫻井翔、宮崎あおいの出演で2011年全国東宝系にて、映画化!
2010年本屋大賞第二位。
その前作を遙かに超える感動を、お届けします。
大反響! 発売一週間で4刷、21万部突破!
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「タッチ・ユア・ハート」須磨久善著 講談社
投稿日:2012年12月 3日(月)09時57分18秒
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外科医須磨久善の自伝、1995年から2010年までの最も仕事に打ち込んでいたであろう期間中の出来事を軸に自分の思い・考えをまとめている。海堂尊の「外科医 須磨久善」が2009年7月に出版され、その取材に協力している。また2010年のテレビドラマ化では須磨自らが医事監修をしている。従って海堂の本を須磨は十分評価しているものと思われる。なのにどうして今(2012年6月)、自叙伝を書いたのかについて興味がわく。
文章は海堂の方が読みやすいしテンポがあり、他人が興味を持ちそうなことを上手にまとめている。須磨の自叙伝ではたぶんテレビドラマ化されないだろうと思う。
胃大網動脈をグラフトに使った心臓バイパス手術、バチスタ手術、セイブ手術などに行き着いた動機、思い、術方の絶えざる改良の努力など、さすがに本人にしか書けないことが丁寧に描かれている。そのなかでもっとも書きたかったことは、自分の思い・気持ちなのだろうと感じる。医師仲間、患者、妻、その他の交流のあった人への、そして愛犬への優しい思いにあふれた本であった。
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読書
投稿日:2012年11月29日(木)18時21分1秒
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読書意欲が戻ってきた。昨日今日で三冊を読了。
「ズッコケ中年三人組」那須正幹著
この著者の本は初めて。読みやすい。息抜きに読むには手頃か。
「外科医 須磨久善」海堂 尊著
神の手をもつといわれる心臓外科医の伝記。日本で初めてバチスタ手術を
した凄い人らしい。海堂ものを読んでいて本当のこと?それとも創作?と
分からないことが多かったが、この本を読んで医療に関しては本当のことを
書いているのだな納得。一般向けの本に須磨の業績リストが、どうだこの
素晴らしい業績はと言わんばかりに示されている。このあたりの気障さが
嫌いだが、研究者としてのはったりはこれしかないのも理解出来る。
とかなんとか、いろいろ引っかかりながらも、海堂ものを読み続けている。
須磨に興味を持ち調べたら「タッチ・ユア・ハート」講談社 という自伝が
あるらしい。早速予約した。予約待ちはないのですぐ読めるはず。
「神様のカルテ」夏川草介著
「外科医 須磨久善」を読んだ後、直ぐ読み出したがなにか迫力がなく
だらだらと話がみえないので中断、「ズッコケ・・・」で息抜きしたあとに
再挑戦した。段々面白くなり、最後は感動で涙が出そうになった。
神の手や国手と呼ばれる名医ではなく、先端医療でももちろんない。
長野県の地方都市の民間大病院で働く青年内科医の物語。この著者も
医者らしい。地域医療の難しさがよくわかるが、長野県は鎌田實の
諏訪中央病院などで地域医療の先進県とかってに思い込んでいたので
意外感有り。
日本酒やワインを飲む場面がいくつかあり飲んでみたい酒がたくさん
みつかりました。「白馬錦」、「飛露喜」、「夜明け前」、「佐久の花」
そして「五一ワイン」。
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ブレイズメス1990 海堂尊 著
投稿日:2012年11月23日(金)16時55分31秒
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例によって思わせぶりな書名、「炎のメス 1990年」と言うことらしいが1990年のお話ということが分かるだけの書名。しかし、面白い。すぐに読了。
「ブラックペアン1988」とペアの本と表紙の装丁でも推測させるようになっている。
天才外科医と普通の人っぽい、しかし凡庸ではない医者との組み合わせで、いつものように進行する筋立てはテンポがありワクワクする。天才は「・・・この技術を求め、多くの患者が訪れる。私の手術を受けるのは競争だ。大勢の待機患者の順番をどうすればいいのか。早いもの勝ちか、それとも年齢の若い順か。そこで私が選んだのは報酬の高い順という選択肢だ。」という極端な価値観の持ち主で大金持ちしか相手にしない。ブラックジャックとちょっと似たような面があるような気もするが極端すぎる設定にしている。「お話」と分かってはいるが海堂自身が金持ちから金をまき上げるのは悪いことではないと思っているような気がする。そして「病気で弱った人間は、自殺しなければ、いずれゆるやかに殺される。今の社会は好景気で浮かれ市場原理を見失っている。だから厚生省がひそやかに紛れ込ませた『医療費亡国論』などという戯れ言をうかうか見過ごした。あの暴論こそ即座に叩き潰すべき、医療を滅亡に導く致死的遺伝子だというのに」「そうしたリスクを看過して七年。今、官僚達は着々と市場原理に基づく医療に舵を切り始め、その波が医療現場に襲いかかり始めている。なのに現場のエースはいまだに危機に気づかず、的外れな批判に終始している」と海堂の本音(と思う)を天才にしゃべらす。
製薬会社にたかったり患者から高額の謝礼をもらうのをためらわないのが医者なのだと分かった上で「お金」の話はTNに色々考えさせる。
「遅くとも、くちなしの花が咲く頃には」という台詞にはどきっとした。大嫌いな花です。
「白い巨塔」 山崎豊子著
結局、少し読んだだけで嫌悪感が強くなり放棄。
「表裏 井上ひさし協奏曲」西館好子著
何回も放棄したくなったが、後ろから読んだり、とりあえず開いたところから読んだりして走り読み完了。井上ひさしのあくの強さにうんざり。
「九条の会」の講演会を井上ひさしが予定(?)通りドタキャンし大江健三郎が来たことを思い出したり、娘の井上麻矢が書いた追悼文「父・井上ひさしが亡くなってから」を読み直したりした。
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雑感
投稿日:2012年11月12日(月)21時18分2秒
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近頃の若者は
いつもの散歩道、いつもより2時間ほど早いと、関倉高校の自転車通学の生徒とほとんど遭遇しないので歩きやすい。その朝、であった二人の生徒さんは明るく「おはようございます」と挨拶してくれた。嬉しくなる。
T中学、「いじめ」と思われる場面を時々目撃する。先生が通学時に補導にでていてもあまり効果はないみたい。
高校生風の若者がアルプラの2階入り口付近でタバコを隠す気配もなく吸っていることがよくある。見るたびに注意も出来ない自分が嫌になる。
若者というには恥ずかしい中年のKさん、ある話題について新聞にもでていたと言ったら、新聞を読んでいないので・・・・、だって。確かにこの方はスマホやSNSはよくお使いらしいので、新聞など不要と割り切ったのかも知れないけれど。????でした。
海堂尊の本
フリガナが気障、義務(デューティ)、尊敬(リスペクト)、絶滅危惧種(レッドデータ)、蜂の巣構造(ハニーカム・ストラクチャー)などなど、こういうのは嫌いです。
昆虫は小学生時代からよく知っているらしいが、野草の名前もさらっと出てくる。「ネジバナ」なんてみたら嬉しくなる。
ハスの花が開くときポンと音がするという話が出てきた。海堂は信じているみたい。TNは、昔、学生さんと朝の5時起きで音を聞きに出かけたことがあり懐かしい。聞こえると信じる人には聞こえるのでしょう。
政治というか政局
激しく動き出した。今以上に右翼タカ派の愛国者がのさばる日本にならないで欲しいと願う。
橋下問題で週刊朝日社長が辞任、佐野眞一が謝罪文を発表。佐野は信頼しているジャーナリストの一人だったのだけれど、ちょっと期待はずれの対応でした。たぶんこれからは彼の著作を読まないでしょう。
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海堂尊
投稿日:2012年11月 1日(木)02時34分7秒
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医師、医学博士。外科医、病理医を経て、現在は独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院Ai情報研究推進室室長。
千葉県出身。県立千葉高校(現・千葉県立千葉中学校・高等学校)、千葉大学医学部卒業(医学士号取得)、1997年に同大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士号取得。学位論文は「血液系細胞株K562におけるTPA誘導CD30抑制機構の解析」。
高校から始めた剣道では、千葉大学医学部時代に剣道部の主将を務める。段位は3段。また、中学生時代以来、将棋の熱心なファンであり、2012年、第70期名人戦第一局の観戦記を執筆した。
1995年に結婚。二児の父。
2005年に『チーム・バチスタの崩壊』で、第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。2006年『チーム・バチスタの栄光』と改題して出版される。2006年「週刊文春ミステリーベスト10」第3位。
病理医として独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院に勤務。 千葉大学医学部非常勤講師も務める。しかし病理学会員が自身の抗議を坐視したため、17年間続けた病理医を2010年3月限りでやめる。
医師としては、オートプシー・イメージング(Autopsy imaging、Ai、死亡時画像病理診断)の重要性と社会制度への導入を訴える。
(上はWikipediaからのコピペ)
今、海堂尊に凝っていて、家には五冊も図書館で借りた海堂の著書がある。それもほぼ読み終えた。それ以前に別の三冊を読み終えている。結果として、海堂のHP(http://author.tkj.jp/kaidou/)にあるメディカル・エンターテイメント シリーズは「玉村警部補の災難」以外は全て読んだことになる。これらはいわゆる「田口・白鳥シリーズ」である。
最初に読んだ「チーム・バチスタの栄光」では、ただただその医療ミステリーのストーリーの面白さに感動していた。さらに読み続け、この著者には「死亡時画像診断 AI(オートプシー・イメージング Autopsy imaging)」の意義を一般人や医者に知って欲しいという大きな願いがあることに気づく。
鎌田實との対談(http://www.gsic.jp/support/sp_02/kvs/40/index.html)で、「たとえば、私はいま、私のミッションとして、Ai(オートプシー・イメージング)、いわゆる死亡時画像診断の導入に取り組んでいます。Aiを織り込んだ小説を書くこと、医療界にAiを認知してもらうこと、病院で病理の仕事をすることが、渾然一体となっています。それが外部に対しては別々に出るものですから、いっぱい仕事をしているように見えるのです(笑)。」と語っている。その対談のみだしにある「得意な分野を書いて小説にリアリティを持たせ」たというのが海堂本の最大の魅力なのだと思っている。
今のところ、本、対談、新聞記事などどれを読んでも海堂に好意を持つ。しかし、いつも気になることがある。それは医者同士が「先生」と呼び合うこと。そういう業界だといえばそれまでなのだが。政治屋や教員の世界も同じかな。昔から大嫌いです。「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃ無し」といつも思っています。
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迦陵頻伽って?
投稿日:2012年10月23日(火)09時57分27秒
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いま海棠尊の本にひかれている。現役の医者らしい。
「チーム・バチスタの栄光」、「ナニワ・モンスター」を読み面白かったので、次に「ナイチンゲールの沈黙」を読んだ。これもあっという間に読了、面白い。この著者の本をもう少し読み続けようと思う。
何に惹かれているのか、話の筋立てか、人間観察か、いまのところどちらも面白い。
しかし、医者というのは博識ですね、石黒耀の「死都日本」でも同じ思いを持ち感動したけれど、期待した2冊目は面白くなかった。この人のは三冊読んでもまだ面白い。
知らない言葉がいっぱい出てくる。医学用語は無視できるが「迦陵頻伽」なんてでてきたら気になってしかたがない。
ウイキペディアには、
「迦陵頻伽・迦陵頻迦(かりょうびんが)は上半身が人で、下半身が鳥の仏教における想像上の生物。サンスクリットの kalavinka の音訳。『阿弥陀経』では、共命鳥とともに極楽浄土に住むとされる。
殻の中にいる時から鳴きだすとされる。その声は非常に美しく、仏の声を形容するのに用いられ、「妙音鳥」、「好声鳥」、「逸音鳥」、「妙声鳥」とも意訳される。また、日本では美しい芸者や花魁(おいらん)、美声の芸妓を指してこの名で呼ぶこともあった。
一般に、迦陵頻伽の描かれた図像は浄土を表現していると理解され、同時に如来の教えを称えることを意図する。中国の仏教壁画などには人頭鳥身で表されるが、日本の仏教美術では、有翼の菩薩形の上半身に鳥の下半身の姿で描かれてきた。敦煌の壁画には舞ったり、音楽を奏でている姿も描かれている。」
「第1章 天窓の迦陵頻伽」、なんてあれば???と読み続けてしまう。たぶん筋立てが上手なのでしょう。
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暇人のちょっと異常な半日
投稿日:2012年10月16日(火)17時19分13秒
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ちょっと調子が狂った変な半日でした。
6時起床、6時25分テレビ体操、7時朝食、朝刊を読んだり朝ドラをみたり、
8時半から10時:(て)といつもの1万歩コースの散歩
手術をしたばかりで病院(たぶん警察病院)から散歩にきたという男性
の元気な歩きに見とれる。いつもの人達にであうとなぜか安らぎを
感じる。関西大倉高校の通学時間帯のだらだら続くのに今更ながら
あきれる。中学まで併設しているのに9時半が過ぎても通学バスや
自転車通学の列が続く。その一人一人を二人の女性カメラマンが
撮している。たぶん卒業写真の材料か・・・。
ここまでは順調に過ぎた。
なぜか、システムキッチンの蝶番の錆や汚れが無性に気になる。錆取り用品を
買いたい、ビールも切れている、食料品も買い足したい。予約本が入ったとい
うので図書館にもいきたい。
回る順に頭を使ったが、
10時〜11時:アヤハディオとアプロで、錆取り用品、ビール、食料品を購入。
生ものもあるので一端、帰宅。
11時から11時半:図書館へ。予約のエリートの転身(高杉良著)やクライマーズハイ
(横山秀夫著)、ナイチンゲールの沈黙(海棠尊 著)を借り出す手続きに、手招き
してくれたカウンターに近づこうとしたとたん事故、なにもわからないまま私は
バタンという大きな音とともに完全に俯せに倒れていました。後ろを見ずに突然
さがってきたちょっと太めの女性職員のケツ圧(?)で突き飛ばされたようです。
状況がわからないまま立ち上げって呆然としていたら、図書館の何人かが心配して
駆けつけあやまるので、大丈夫だと制し、手続きを済ませ帰宅。
点検すれば赤い痣が一ヶ所、ズボンも1ヶ所破れていました。図書館内で衝突事故
とは想定外でした。反射神経が衰えてきているのでしょうね。非日常の出来事でした。
12時 昼食
昼食後直ぐに錆取り作業、やりだすと色々汚れが気になり、あちこち手を出し
結構長引く作業になる。やっと終わったのが2時過ぎ。
BSで映画チャイナシンドロームをやっていた。アメリカ版原発嘘つき物語、
日本と一緒だ原発村はと思いながらみていたら、(て)がまたガスコンロなどの
掃除をはじめた。しかたがないと、手伝い終わったら4時。
なにやら疲れた半日でした。
さあ後は読書三昧の日常にもどります。
PS
どうも倒れたとき右腕で体重のほとんどを支えたらしい。今頃、右腕が
ひりひりしなにやら痛い。明日、また別の痛みが現れるのかな?
PS2
17日 擦りむいたところがちょっとひりひりするだけ。大事ないようです。
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次郎物語
投稿日:2012年 8月27日(月)04時22分39秒
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「次郎物語(下村湖人著)」は、主人公・本田次郎の心の揺れ動きと成長をきめ細かに描いた五部構成の大作。1936年に書き始め、戦争の時代をまたいで18年間にわたって執筆された。
1958年に初めて読み、中学生の頃には何回も読み直している。今回、えっ、こんなに「教育もの(or道徳もの)」臭かったのと思いながらも、新潮文庫の上、中、下の三巻にまとめられたのをあっという間に読み終えた。不朽の教育小説といわれるらしい。TNの教育観、倫理観は、この本に強く影響されていたことに気付く。「葉隠」や「歎異抄」などもこの本で初めて知ったのだと思う。
本の概要などは下の記事に詳しい。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/book/kyushu100/2006/07/post_25.shtml
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メルトダウン
投稿日:2012年 8月21日(火)09時17分13秒
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今、借りている本は「次郎物語(第一部)」、「メルトダウン」、「空也上人がいた」、「阪急電車」、「江藤さんの決断」。
「江藤さんの決断」は2,3頁でやめた。いまさら読むべき意味は無いと放棄。
「空也上人がいた」は、最後まで読んだ。読み返したいとは思わない。
「次郎物語(第一部)」は児童書として注釈がいっぱいあり煩わしいが、流石に中学時代の愛読書なのですぐにのめり込んだ。中学時代は次郎に感情移入して読んでいたように思うが、今回は周囲の大人達の感情もよく分かるため、読み返してよかったと思っている。第五部まで読み続ける予定。
「阪急電車」、著者の有川 浩(ひろ)は男性かなと思うような名前だが女性。文も女性らしい。少し昔のベストセラーで本屋に山積みされていたのを覚えている。女性らしい細やかな感情が良く表現された本。良く出来た映画を見た後、あの場面はどうだったともう一度たしかめるため続けてもう一度鑑賞したいと思うことがある。読後そんな感覚が湧いてくる本。前に買って読んだ「植物図鑑」も楽しかったので、もう少しこの著者の本を読み続けてみようかなと思う。
さて「メルトダウン」は、予約してから随分待たされてやっと手にした本。大鹿靖明による原発事故のドキュメント。あとがきの「――「メルトダウンしていたのは、原発の炉心だけではないのだ。原因企業である東電の経営陣たち。責任官庁である経産省の官僚たち。原子力安全委員会や保安院の原発専門家たち。原発爆発企業の東電に自己責任で2兆円も貸しながら、東電の経営が危うくなると自分たちの債権保全にだけは必死な愚かな銀行家たち。未曾有の国難にもかかわらず、正気の沙汰とは思えない政争に明け暮れた政治家たち。
いずれもメルトダウンしていた。エリートやエグゼクティブや選良と呼ばれる人たちの、能力の欠落と保身、責任転嫁、そして精神の荒廃を、可能な限り記録しよう。それが私の出発点だった。」ですべてが表されている。期待した通りの力作だった。
著者のブログに、「大鹿靖明 『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を執筆して/ジャーナリズムを考える」があって、メディアもメルトダウンしていたと指摘している。一部だけ抜き出すと
記者がまるでタイピストなのだ。原発が相次いで爆発したというのに。・・・・・
だから「大本営発表報道」などというありがたくない批判を頂戴したのだ。メルトダウンしていたのは原子炉だけではない。報道の現場でも起きていた。揚げ足をとられないように気遣う東電本店の広報担当者と、それをもとにパーツ原稿を書く記者たち、私にはどちらも同じ「種族」に見えた。
TNは「脱原発」が正しい選択と確信しているので、この本の意味、価値をその立場から高く評価し、嫌われ者の菅前首相にもそれなりの評価をしている。
一方、菅嫌いや原発推進派の人がこの本を読むと「菅内閣“御用達”の原発事故てんまつ記」となるらしい。難しい世の中だ!
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貧困と愛国
投稿日:2012年 8月11日(土)08時42分26秒
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最近、週に4,5冊は読んでいる。今週、図書館で借りたのは「かの子の記」、「もう、きみには頼まない」、「貧困と愛国」、「新潮現代文学」、「突然、妻が倒れたら」、「父開高健から学んだこと」の6冊。いろいろな本棚をざっと見回し、読めそうだなと感じた本を、内容をほとんど確かめずに借りている。たぶん乱読。
先週に読んだ佐高信の「石原慎太郎の老残」で、佐高が叩く石原慎太郎、小泉元首相、竹中平蔵・・・・・などは、私も大嫌いなので佐高の本をもっと読んでみたいと雨宮処凜との対談「貧困と愛国」を選んだ。雨宮処凜は新聞でみるエッセイしか知らないが気になる女性だった。この本により、予期以上に彼女たちの世代の問題についていろいろ考えさせられた。
プレカリアート(イタリア語で”不安定な”を意味する「プレカリオ」と「プロレタリアート」の合成語で、非正規雇用者及び失業者の総称)、フリーター、ひきこもり、ニート、ロスト・ジェネレーション、貧乏くじ世代、プレカリアート系、メンヘル系(メンタルヘルス系、ココロ系)、スピリチュアル系・・・・などなど。雨宮処凜が関心を持つ同世代を表す用語がいっぱいで、私には消化不良気味。
雨宮(1975年生)は長男より一歳上、佐高(1945年生)はTNより一歳下、従って佐高の言うことは当然すぎて読み終わったあと特に残ったものはない。しかし、雨宮の発言を長男の世代のことを思いながら読んでいたためか色々思い起こすことが出来る。
若い人たちがどうして右翼、愛国を支持するのかが気になってはいたが、今までその意味を理解出来なかったが、「多くの同世代が企業社会にも入れずにフリーターとして浮遊している状態だったので、そうなると私には行き着く先はナショナリズムしかなかったというか、国家しか帰属先がないように感じました。学校で教えられてきた『頑張ればなんとかなる』みたいな言葉が頑張っても何ともならない不況の中で、全部嘘だったんだという思いが漠然と生まれて、『学校では教えてくれない靖国史観』が結果的にすんなり入ってきた。」というような雨宮の発言で分かったような気になった。
彼女の発言からフリーターや派遣の人達の現状もよくわかる。
「フリーターのままだと、餓死するかホームレスになるしかない。」
「派遣の人は機械以下。機械は壊れたらメンテナンスして直してもらえるけども、派遣の人間は、壊れた、怪我した、風邪引いたで簡単に廃棄されますから。」
「外人部隊と日本人部隊があり、外人部隊のほうがキツい仕事をしている。賃金にも差があり、外国人労働者は日本人の派遣労働者のガス抜きになっている。」
このようなフリーターや派遣の人達を救おうと雨宮たちはプレカリアート系の運動を進める。この本を読んでその意義がよくわかった。それでは佐高やTN世代がなにを手助けできるのか、佐高は何も答えていないし。私にもまだよくわからない。
以下は気になった発言の抜き書きである。
プレカリアート系の運動
生きさせろ! 怠ける権利。逃げることは抵抗の武器。
ニートやフリーターが生きづらいのは自分だけの責任ではない、むしろ社会にこれだけ問題があって、政策的にもこういう落ち度があったからなんだということをどんどん言って、「だから、フリーターやニートが貧乏で不安定でも、それは自己責任ではない」という考え方ですよね。
フリーターは頑張れば頑張るほど時給が下がっていく。
文句も言わず、過労死も厭わない人材が求められている。
フリーターも労働基準法に守られているということ自体知らないし、組合の存在自体も知らないからめちゃくちゃな労働環境を受け入れざるを得ない。
フリーター労組 生存組合
雨宮処凜が社会に目覚めたのは、20歳の1995年、阪神大震災、オウム事件、戦後50年。
フリーターの人たちの多くがまだホームレスになっていないのは、親がいきているからじゃないですか。親にたよれないフリーターはどんどんホームレス化しているという状況なので・・・・
最低限の生存を守る
運動としては、社会保障があればなんとか生きていけるから生活保護の受給ノウハウを交換したり、鬱病で働けない場合などは障害者手帳をとることでなんとかセーフティネットにひっかかりやすくしています。自衛の手段として。そういうことをメンヘル系の人たちは90年代後半からやってきました。プレカリアートの運動でも、ネットカフエ難民になってしまったら、とにかく生活保護をとって、まずは屋根の下に住んで普通のフリーターに戻るという道があるので、そこは共通していて、かろうじて最低限の生存を守るという部分で共闘できるかなと思うんです。
国が自己責任といったら疑え
(佐高)本来、国というのは自己責任でやれない部分を仕事にしているわけですから、政治家も役人も自己責任といってしまったら、それは自分たちの役割放棄、自己否定ということです。
PS どうでもよいことですが
1.佐高「自殺に至る共同体というのは、一人ひとりの孤立感があまりに深いから、共同になった場合には一気に死の方に磁場がバーツと行っちゃうということですか。」というのに引っ掛かる。前後の文脈から意味は分かるような気もするが、「磁場がバーツと行っちゃう」て????状態です。こんなところで物理用語を使われると頭の固い私はパニックになる。
2.雨宮処凜はかなり有名人らしくウイキペディアに記載がある(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A8%E5%AE%AE%E5%87%A6%E5%87%9B)。そこに鳩山由起夫がお気に入りのようなことが書いてある。今も?とちょっと不思議な感じ。
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しんどい本
投稿日:2012年 6月25日(月)11時47分54秒
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「日本人は知らない『地震予知』の正体」ロバート・ゲラー(双葉社、2011年)を読む。
発刊されたときから気になっていた本だが、内容もほぼ推定できて気が重くなる本とわかっていたので購入しなかった。図書館で見つけ、思い切って読むことにした。
結論は「できもしない地震予知に投じる予算があるなら、護岸工事、耐震補強、防災教育など国民の生命、財産を守ることに回すべき」ということだろうが、同じことは例えば福井県出身の地震学者故竹内均(東大理学部名誉教授、科学啓蒙家として有名で科学雑誌『Newton』初代編集長)が強く主張していた。そのことはこの本の中でも取り上げられている。また福井県が生んだ偉大な地震学者の大森房吉と今村明恒との関東地震をめぐる論争を思い出す。今も語り継がれる大森−今村論争では関東大震災が発生し今村の予言が正しかったことになった。
地震予知は現時点では不可能だ、しかし全否定して捨て去るべきものとは到底思えずいろいろ考えながら読み終えた。
明快な趣旨、読みやすい日本語ですっとよめた。内容の大部分については同意できる。しかし、それでも地震予知研究は必要だと思っている。
ネットに本の内容を的確にまとめているのがあったのでそのままコピーします。
○しばらく大地震が起きていないところに地震が起きやすいとする「地震空白域説」や、各地域に地震が周期的に繰り返すとする「固有地震説」、大地震の前に前兆現象があるとする「前兆現象説」は、感覚的にわかりやすいが、まったく正しくないうえ非科学的である。→「地震空白域説」は正しいと思う。
○大地震が起きた後に、実はその予兆があったのだとの主張は毎回ぞろぞろ出てくるが、これも非科学的なものばかりであり、かつ「予知」ではない。→同意する
○1977年に石橋克彦氏が「東海地震」の可能性を主張した。氏の原発震災に関する警鐘は大きな評価に値するが、「東海地震」説は評価できない。→TNは評価している
○しかし、御用学者と政府が結託してこれを煽り続け、「東海地震予知」のために多額の国家予算を使ってきた。これは逆に、相対的に地震が起きない地域があるとの間違った考えを生み出してしまった。→そうかもしれない。
○基礎科学にオカネがつかないのに対し、国家プロジェクトであれば毎年何十億円もの予算が投下される。これは一種の麻薬であった。地震予知の成果が出ない一方で、何か大きな地震が起きると体制強化の必要性が謳われ、「焼け太り」が繰り返された。→同意する
○1960年代後半に、「研究計画」では百万円単位、「実施計画」を謳えば千万円単位の高額予算配布が可能になるとのアドバイスをしたのは、中曽根康弘(当時、運輸相)であった。そして石橋克彦氏のレポート(1977年)は、もっと協力で刺激の強い劇薬になった。→ここで中曽根が出てくる。原発の国家プロジェクトと同じ構図に苦々しい思い。別のブログに「驚いたのは、政・官・学の癒着において、原子力と同様に、中曽根康弘の名前が登場することだ。原子力と地震との両方から現在の間違った方向づけに加担したこの人は、東日本大震災のあと、どの口でか、しらっと風見鶏的な発言を繰り返している。」とあった。
以下、すべて同意する。
○マグニチュードが1大きくなればそのエネルギーは30倍、発生確率は10分の1になるわけであり、それを一緒くたにして、時期も地域も曖昧なまま予知を論じるのはナンセンスである。すなわち「地震予知」は不可能である。
○むしろ、地震はどこにでも起きるという前提で、起きたときの対策(正確・迅速な報道、地震工学に基づく耐震化)に注力すべきである。
○東日本大震災は人災であった。マグニチュード9クラスの巨大地震が起きうることも、10mを遥かに超える津波が起きうることも、既に指摘されながら顧みられなかったのであり、決して「想定外」などではなかった。
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面白かった
投稿日:2012年 6月23日(土)21時28分24秒
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「黒田清 記者魂は死なず」 有須 和也 著
河出文庫 ● 440ページ
ISBN:978-4-309-41123-1 ● Cコード:0131
発売日:2012.01.11
著者の有須 和也 (アリス カズヤ)は1956年生まれ。芸術生活社の編集者として、読売新聞退社後、黒田ジャーナルを設立し、「窓友新聞」を刊行していた黒田清と親交を重ねる。この本は初の著作。
「庶民の側に立った社会部記者として闘い抜き、ナベツネ体制と真っ向からぶつかった魂のジャーナリスト・黒田清。鋭くも温かい眼差しを厖大な取材と証言でたどる唯一の評伝。」
読売新聞というのは読者数日本一の大新聞だが右に偏向したくだらない新聞と思っているので他の新聞があるときは手に取らない。その読売(大阪)が頑張っていた時代があったというのは新鮮な驚きだった。黒田清が社会部部長として「戦争」や「窓」の連載物で凄い紙面をつくっていたらしい。連載「戦争」は1985年に菊池寛賞を受賞するが、すでに右傾化の路線をつっぱしりだした読売になかで、無用の人になっていた黒田は授賞式に出ることさえ禁じられる。
いろいろ考えさせられ読んでよかったと思える本。
TNは何を考え何を思いながら読んだのか?戦争と差別を徹底的に憎む黒田の編集方針、えっあの読売がという思いが一番強い。読売記者と戦争批判−護憲−阪神フアンはやはり不思議な組み合わせだ。学生時代に偶々読んだ読売の紙面は、情緒的で押しつけがましい道徳観にあふれたものであったことを覚えている。まさに黒田軍団の全盛時代だったのだろうなと、ちょっと引きながら思い出す。
大新聞といえども大した組織ではないんだなっと、新聞社内の人間ドラマのごたごたを、自分が経験した大学内人間ドラマのごたごたと比べていた。
暴飲暴食−69歳で肝臓癌で逝去、身につまされる。
Wikipediaには黒田清を次のようにまとめている。
「旧制大阪府立高津中学校卒業、旧制第四高等学校、京都大学経済学部卒業。1952年大阪読売新聞社(現・読売新聞大阪本社)入社。社会畑を歩み、1976年に社会部長就任。以後、この社会部チームの記者は「黒田軍団」として注目を集め、黒田自身だけでなく、軍団の一員だった大谷昭宏らがジャーナリストとして活躍し注目を集める。1979年1月におきた三菱銀行人質事件の際、新聞紙上に事件当事者のみでなく、取材する記者側の動きもドキュメントとして報道。それは事件が膠着状態で記者から上ってきたドキュメントの原稿が数行しかないのを見た黒田が「ならば、自分たちの動きを書け!」と叱咤したのがきっかけと言われており、新しい報道の手法として反響を呼んだ。また、著書「警官汚職」(1984年)には日本ノンフィクション賞、1985年の「戦争」では菊池寛賞をそれぞれ獲得。
革新・左派色が強いと見られ、渡邉恒雄の意を体した上司に干されるようになった。その結果、1987年退社。「黒田軍団」も内部で「戦犯」視され、散り散りになった。その後は「黒田ジャーナル」を主宰するフリージャーナリストとして、窓友新聞発行の他、テレビ、ラジオ、新聞などで活躍。日刊スポーツ・大阪本社版に連載「黒田清のぶっちゃけ・ジャーナル(後に「にゅーすらいだー」と改題)」を、しんぶん赤旗日曜版に連載「半共ジャーナル」を執筆した。
2000年7月23日、膵臓癌のため死去。これに伴い黒田ジャーナルは解散。大谷は独立して「大谷昭宏事務所」を設立した。なお、他紙が数段抜きの訃報を掲載した(顔写真入りで掲載した新聞もあった)のに対し、読売に掲載された訃報は一段のベタ記事であった。」
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原発立地地域の地質
投稿日:2012年 6月20日(水)01時45分59秒
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geo-Flash(日本地質学会メールマガジン)に金沢大学にいた石渡さん(現在は東北大学東北アジア研究センター)が、「福井県西部地域の地質について」解説している。
結論は「このように,大飯原子力発電所など若狭湾岸の原発が立地する福井県西部地域は,2.8億年前の海洋地殻と,その下盤側の1.5億年前までのプレート沈み込みによって形成された付加体から構成されており,日本の他の場所と同様に多数の活断層が存在していて,江戸時代から現代までの間にも複数回の大地震が発生している。」ということです。
一般向けに書かれたとは言え、地質に馴染みがないとたぶん理解できないでしょうが、二つの図で全てまとめられています。頑張って解読してみてほしいレビユーです。
やはり「脱原発」しか安全はありえない。
http://www.geosociety.jp/faq/content0388.html
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やっぱり嫌いです
投稿日:2012年 6月19日(火)13時14分57秒
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◎「うつを文学的に解きほぐす: 鬱は知性の影」三浦朱門 青萠堂, 2008
ISBN 4921192529, 9784921192525
医者ではない者の鬱―北杜夫から学んだこと;妻・曽野綾子とウツ;ウツ脱出の手がかり、曽野の場合;うまく行かないからこそ人生;“ウツ”は無意識に信仰も求める;それでも私はウツにならなかった;ウツ人間とキレる人間;「人生の挫折者」の工夫;手をすべらせたらウツになる;日本人のウツの構造;「あっ、そう」というウツの時代;ウツという名の希望
表題と目次に惹かれて借りた本。三浦で大丈夫かな?と思いつつ。三浦&曽野は「数学の2次方程式が解けなくとも、りっぱに生きていける」と公言し、ゆとり教育を強引に推し進める文科省を応援した極悪人。それももう昔の話と読んでみたがだめでした。よけいに嫌いになりました。二度と三浦&曽野の本にてをださないでしょう。
アホっと思ったことを3つだけ、
1.この人は理科のことは全く理解できない人らしい。「物理や化学実験を繰り返しても、必ずしも、教科書通りの結果が出るとは限らない。偶然以外に、理想的な数値などでない、といってもよいくらいだ。」だって、知ったかぶりするなと思う。
2.「医学部に向かなそうに見えても、卒業後は公務員試験を受けて、行政の保険・衛生方面の仕事をして、生涯、患者をみることがない医者になることだってできる。だから職業と個性の一致がみられなくともなんとかやってゆく道はある。」こんな考え方は大嫌いです。専門職をなめていると思います。
3.最後の「閉ざされた今世紀のうつ」では反原発の運動家達をばかにしている。この本は2008年にかかれている。いまならどう書くのでしょう。三浦も原子力村の住民なのかな?
などなど腹立たしいことばかり、これを最後まで読んでしまったことを後悔。
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台風が近づいて・・・・
投稿日:2012年 6月19日(火)11時12分1秒
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◎「父への恋文」藤原咲子 山と渓谷社
ISBN:4-635-17159-0
発行年月日:2001年07月24日
没後20年―。初めて綴られたベストセラー作家の素顔と家族の群像。歴史のなかで翻弄される人間のドラマを、山を舞台にして自然と人間の織りなすドラマを、小説に著わしてきた新田次郎。一人娘であるがゆえに父から愛情をかけられ、作家である母との確執に悩みながら育った著者は、どのように父親を見、どのように成長してきたのか。死後20年を経て、初めて綴るベストセラー作家への娘の想い。
◎「母・あぐりの淳への手紙」吉行あぐり 文園社 (1998/07)
ISBN-10: 4893361228
ISBN-13: 978-4893361226
母あぐりが吉行淳之介(作家)へ捧げる鎮魂歌。いま初めて、亡き息子への真情と91歳の心境を明かす。NHK連続テレビ小説「あぐり」の原作者・吉行あぐりの第2弾。
◎「パパは楽しい躁うつ病」北杜夫, 斎藤由香 朝日新聞出版, 2009
ISBN 4022504994, 9784022504999
よれよれな父と元気全開な娘が初めて語りあった爆笑対談。「好きでちゅ!」父は、躁病になると、エレベーターの中でいつも叫んだ。真夏の夜、夢中で蛾を追いかけていた父・北杜夫。「当家の主人、発狂中!」の看板を門に飾った娘・斎藤由香。躁病もうつ病も怖くない。
◎「父でもなく、城山三郎でもなく」井上紀子 新潮社 2011
ISBN 4101133360, 9784101133362
「お父さんの職業、お仕事は何ですか?」「...小説とか、書いているようです」―幼い頃から、人に説明しがたく、自身でも掴みあぐね、できるだけ触れずにきた父親の仕事。そして、無意識のうちに分けていた父・杉浦英一と作家・城山三郎の存在。だが、その死をきっかけに父=城山三郎であったことを痛感してゆく。愛娘が綴った「気骨の作家」の意外な素顔と家族への深い愛情のかたち。
6月27日に図書館で借りだした本、たぶん,それなりによく知られた著作が有り長生きした人達の晩年の生き方を知りたいと思った選択ですが、系統だったものではなく目についたものから順に。それぞれ最後まですっと読めた。どれも亡くなった作家のというより、書き手(母と娘)の人生が表にでていた。当然と言えば当然だがそれが面白い。
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「淳之介さんのこと」
投稿日:2012年 6月 8日(金)04時44分28秒
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淳之介さんのこと
宮城まり子著 文藝春秋 2001年
図書館で借りて、「『兄・淳之介とわたし』吉行和子著 潮出版社 1995年」と「『宮城まり子が選ぶ吉行淳之介短編集』ポプラ社 2007年」の後に読んだ。図書館で読んでみようかと思う本と書店で買ってみようかなと思う本の種類は異なるのかなと、図書館に通い出した最近になって気付く。書店ではきっと手に取ることもないような本を借りだしていることが多い。これらもその手の本。
いままで吉行淳之介の本を読んだことがない。彼にまったく興味がなかった。妹の書いた淳之介像に惹かれ、愛人の書いた淳之介像を知りたくなり読んだ。どちらも彼への愛を素直に書いた良い本だった。今回の本で、宮城が選んだ短編の意味、選んだ理由があらためて理解できたような気がするが、それでも淳之介の小説は好きにはなれない。
病気ばかりしていた淳之介が、最後にC型肝炎による肝臓癌で虎ノ門病院に入院し、そこの医療に絶望し、最終的にもう治療法がないと言われたときに、まり子は淳之介を聖路加病院に転院させる。その六日後、「まりちゃん」という言葉をのこして息をひきとったという。宮城まり子という著名人が泊まり込みの看護をしていても病院の応対はこんなものなんだなあと、あらためて日本医療の貧困を思う。遠藤純子(周作の妻)が「夫の宿題」で心あたたかな病院をふやしたいと切々と訴えていたことを思い出す。また斉藤由香が父北杜夫が病院で急死したとき、「斉藤宗吉(本名)ではなく、北杜夫で入院していれば、もっと注意を払ってくれたのではないか」と病院への不信をもらしたことをなぜか連想した。
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Re: 「淳之介さんのこと」
投稿日:2012年 6月13日(水)08時04分41秒
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> 淳之介さんのこと
> 宮城まり子著 文藝春秋 2001年
>
> 図書館で借りて、「『兄・淳之介とわたし』吉行和子著 潮出版社 1995年」と「『宮城まり子が選ぶ吉行淳之介短編集』ポプラ社 2007年」の後に読んだ。図書館で読んでみようかと思う本と書店で買ってみようかなと思う本の種類は異なるのかなと、図書館に通い出した最近になって気付く。書店ではきっと手に取ることもないような本を借りだしていることが多い。これらもその手の本。
> いままで吉行淳之介の本を読んだことがない。彼にまったく興味がなかった。妹の書いた淳之介像に惹かれ、愛人の書いた淳之介像を知りたくなり読んだ。どちらも彼への愛を素直に書いた良い本だった。今回の本で、宮城が選んだ短編の意味、選んだ理由があらためて理解できたような気がするが、それでも淳之介の小説は好きにはなれない。
>
6月12日
「母・あぐり淳への手紙」吉行あぐり、文園社、平成10年
平成6年に淳之介が永眠してからの淳之介へ思いを綴っていて、息子に先立たれた親の悲しみを隠すことなくさらけ出している。この本を出版したとき既に91歳、ここまで長生きする人はやっぱり、自分勝手な人なのだと思う。好き勝手に生きている、凄いなと感じる。淳之介のいろいろな思い出を書いているのに、淳之介の妻・娘のことには一切触れない。宮城まり子の名前も2回でてくるだけ。みごとなものだなと思う。娘の和子と理恵があぐりを支えている様子が気持ちよい。
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戦場の田中角栄
投稿日:2012年 5月16日(水)19時36分48秒
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「戦場の田中角栄」馬弓良彦著 毎日ワンズ
前から気になっていた本、図書館で目につき直ぐに借り、一気に読み通した。
元毎日新聞の田中番記者が、愛情を持って田中角栄について書いた本。今までの田中角栄について私が抱くイメージから大きく外れることはないが、田中角栄の人間性についての理解は深くなったと思う。良書といえる。
三宅久之著「書けなかった特ダネ」にも、「昭和49年11月26日、田中は『深夜、沛然(はいぜん)とし降る豪雨に心耳(しんじ)を澄ます思い』と世論に屈服したことを認め、辞意表明を行った。」と紹介された田中の「退陣声明の一節(わが国の前途を思いめぐらすとき、私は一夜、沛然(はいぜん)として大地に降る豪雨に心耳(しんじ)を澄ます)」についてのエピソードが最も印象深かった。
真弓も三宅も元毎日の記者そして早稲田出身というのも気にかかる。
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図書館の本
投稿日:2012年 5月 8日(火)15時22分20秒
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今まで読みたい本は買って残して置きたいので図書館は利用しなかった。
しかし、今後たぶん読むことはないという本が増えすぎ整理、処分に手を
やきだした。先日、思い切って大量の書籍を処分した。
今まで通り読みたくなった本を全部買っていたらまた大量処分という
大仕事がまっている。だんだん体力がなくなるので自分で処分ができなく
なるだろう。それなら出来るだけ買う本は少なくし、図書館を利用しよう
と思い立った。思いついたが吉日と、昨日、茨木市立中央図書館の利用カ
ードを作り、早速、6冊も借りてしまった。
そのうちの1冊、「60歳でボケる人 80歳でボケない人」フレディ松川著
を読んだ。母の経験があるので書いてあることはすべてすんなり入ってきた。
良書だと思う。
最後になったが、ここに一番書きたかったことは、本の内容ではなくて、
この本の2ヶ所で、2枚(4頁)づつ綺麗に切り取られていたことである。
前に借りた人がやったのか、それとももっと前の人???本を好きな人が
やることかと哀しくなりました。図書館の本を利用するとこんな思いを
何回か経験するのでしょうか。
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芥川賞
投稿日:2012年 2月23日(木)07時59分32秒
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そっけない受賞インタビューで人気の田中慎弥の小説が読みたくて
今回の受賞作が掲載された「文藝春秋」3月号を買った。期待に反し
「共喰い」も「道化師の蝶」も読み切れなかった。まったく面白くない。
次回から審査員を辞めると表明している石原慎太郎が選評に書いた言い分は
すっと理解出来る。これが世代間格差でしょうか。「故にも老兵は
消えて行くのみ。さらば芥川賞。」と締めくくった慎太郎に拍手を
おくる。ついでに政治屋もやめれば大喝采してあげるのに。
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