定本「岳物語」

 投稿日:2020年 8月14日(金)17時21分24秒

  定本「岳物語」
椎名誠、集英社、1998年8月


椎名誠の本は初めて。『岳物語』が面白かったので、『続 岳物語』と合わさった定本を読むことに。

 『続 岳物語』のあとがきに、「前作『岳物語』がちょっと思わぬところで評価というか判断のされかたをして、すこしあせってしまった。子育て、教育をベースにした物語というふうに一部でとられてしまったのだ。  このモノガタリは、そんなものじゃなくて、オヤバカをベースにした、男たちの友情物語のつもりである。ぼくと犬ガク、ぼくとヒト岳、ヒト岳と犬ガク、そして岳と野田知佑さん、野田さんと犬ガク、岳とミッタン、トッタンたち、そしてその周辺にいるすべてのやさしい人間たちとの”友情”を書いたつもり−なのである。」と書かれている。
 上のあとがきに、内容は語り尽くされています。優しく温かみのある物語でした。

 ここまで息子と真剣につきあった椎名をすごいなと。


あらすじ・内容
(https://bookwalker.jp/de3837cbc3-90cb-49e1-acf9-0f8e899d10f8/)
椎名誠、代表作にして「不朽の名作」である『岳物語』と『続 岳物語』を合わせて加筆・再編成をほどこした最終完成版。すくすくと成長していく無邪気で奔放な岳少年とそれを見守る父親の椎名誠との心の通い合いをユーモアたっぷりに描いた名作小説。巻末に収録した「定本 岳物語のあとがき」と「“岳”本人のエッセイ」により、『岳物語』の見えざる部分が明かされます。また、電子書籍版の追加部分として、「対談 椎名誠×目黒考二」「電子書籍版あとがき」「椎名誠の人生年表」を掲載。『岳物語』『続 岳物語』のコンプリートエディションとしてお楽しみください。

椎名誠(しいなまこと)
(https://www.shinchosha.co.jp/writer/1683/)
1944(昭和19)年、東京生れ。東京写真大学中退。流通業界誌編集長を経て、作家、エッセイスト。『さらば国分寺書店のオババ』でデビューし、その後『アド・バード』(日本SF大賞)『武装島田倉庫』『銀天公社の偽月』などのSF作品、『わしらは怪しい探検隊』シリーズなどの紀行エッセイ、『犬の系譜』(吉川英治文学新人賞)『岳物語』『大きな約束』などの自伝的小説、『犬から聞いた話をしよう』『旅の窓からでっかい空をながめる』などの写真エッセイと著書多数。映画『白い馬』では、日本映画批評家大賞最優秀監督賞ほかを受賞した。





 

父 Mon Pere

 投稿日:2020年 8月11日(火)08時47分29秒

  「父 Mon Pere」
辻仁成、集英社、2017年5月


 著者はそれなりに有名?な人なので名前だけは知っていたのですが、本を手にしたのは初めて。読みやすく、登場人物は全員が個性的で魅力的でした。
 父の「健忘症」が軸になって話がすすみ、飽きずに最後まで読めました。まだ著者を理解できていないのでもう少し他の本も読んでみようと思います。

辻仁成
辻仁成さんは、1959年10月4日、東京都出身の60歳。

多才なことに、音楽と創作の双方で活躍し、本領を発揮しています。
1985年には、ECHOESのヴォーカルとして音楽デビューし、1989年には、「ピアニシモ」によって、すばる文学賞を受賞して、作家としてもデビューをはたしたのです。
以後、辻仁成さんは、音楽方面でも、作家方面でも、さらに活躍を見せていくことに。
音楽では、1992年にソロアルバム『遠くの空は晴れている』をリリースしたほか、ECHOES OF YOUTH、ZAMZAといったユニット、バンドでも活動。
さらに、浅香唯さん、今井絵理子さん、甲斐バンド、SUGIZOさん、中村雅俊さん、中山美穂さん、田原俊彦さん、堂珍嘉邦さん、早見優さん、持田香織さん、本木雅弘さんなど、アーティストへの楽曲提供も多数行いました。
一方、作家としても、『海峡の光』で芥川賞、『白仏』でフェミナ賞外国小説賞を受賞し、江國香織さんとコラボした『冷静と情熱のあいだ』が大ヒット。
また、映画監督としても、映画『ほとけ』でドーヴィル・アジア映画祭最優秀イマージュ賞を受賞するなど、実にマルチに活躍しています。
プライベートにおいては、1995年に南果歩さんと結婚し、2000年に離婚。
2002年に中山美穂さんと結婚し、2014年に離婚しました。
https://coffee-nap.com/tsuji-jinsei-keireki-minamikaho/

あらすじ
パパと生きてきた。ここ、パリで──。
記憶障害が始まった父と、交通事故で亡くなった母。秘められた二人の過去は、ぼくの未来につながっていた。
フランスで、子育てをする著者が紡ぐ、家族と愛を巡る運命の物語。

パリで生まれ育った「ぼく」は、ママを事故で亡くして以来、この街でパパと二人きりで生きてきた。だが、七十歳を過ぎたパパに、健忘症の症状が出始める。彼が迷子になるたびに、仕事中であろうと、真夜中だろうと、街を駆けずり回ることに。一方で、結婚を迫ってくる恋人との関係にも頭を悩ませていた。実はぼくらの始まりには、両親の過去が深く関わっていて──。家族と愛を巡る運命の物語。

http://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-744134-5





 

不愉快な本

 投稿者:TN&TN  投稿日:2020年 7月15日(水)11時40分34秒

   胸くそが悪くなるような極めて不愉快な本を今読んでいます。
何に対してかと言うと「小池百合子」の存在に対してです。
3分の1あたりで、読むのをやめようとしましたが、ふと先日読んだ
梨木香歩さんのエッセーの中に、この本のことを書いてあったのを
思い出し、それを読み直しました。このエッセーに背中を押され、
もう少し読んでみることに。どこまで読めるでしょうか。


梨木香歩さんのエッセーからの抜き書き

 先日、読まねばならないな、と覚悟して『女帝・小池百合子』を読んだ。
ゴシップのようなものとはほど遠く、都政のこれからを考えるためにも
必須と聞いたからだった。三分の一ほど読んで辛くなり、やめたくなったが、
続けられたのは、著者の石井妙子さんの社会的使命感、命がけの迫力を
その文章に感じたからだと思う。これ以上「こんな人たち」に政治を任せていては、
日本はどうなるのか、という。本書の中で幾人ものその時代時代の証言者たちが、
「小池百合子」らしさを語っている。いくつになっても変わらぬ何か。
これほどまででなくとも、読者は皆、自分の中の「小池百合子」に向き合わね
ばならない。
 告発本、という括りになるのかもしれないが、本の中の「小池百合子」に、
著者はずっと寄り添い、理解しようとしている。だからこそ、彼女のことを
「たった一人荒野を生き抜いてきた」と評しているのだ。著者も、証言者の一人、
「早川さん」も、同じ女性として手を差し伸べているのだ。


PS 読了しましたが感想文は書く気になりません。小池百合子、それを取り巻いた
政治家、マスコミ人など多数の輩を嫌いになりました。著者は本当のこと
書いていると思います。







 

石原慎太郎

 投稿者:TN  投稿日:2020年 2月 3日(月)14時06分19秒

  「石原慎太郎 作家はなぜ政治家になったか」
中島 岳志、NHK出版、2019年11月

NHK出版(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784140818046
紹介:戦後75年、気鋭の論客が戦後知識人を再評価する新シリーズ創刊!
シリーズ・戦後思想のエッセンス
「戦後派保守」──その変容に迫る
衝撃の作家デビューから国会議員、そして都知事へ。昭和から平成にかけて、その男は常に「戦後」の中心に居続けた。彼はいかにして大衆を味方につけたのか?一人の戦後派保守の歩みから、戦後日本社会の光と闇を映し出す画期的論考。

中島 岳志  (ナカジマタケシ):1975年大阪府生まれ。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、現職。専門は南アジア地域研究、日本近代政治思想。主な著書に『中村屋のボース』(白水社、大佛次郎論壇賞/アジア・太平洋賞大賞受賞)、『保守と大東亜戦争』(集英社新書)、『保守と立憲』『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)、『100分de名著 オルテガ「大衆の反逆」』『(同)ガンディー「獄中からの手紙」』(NHK出版)、共著に『日本断層論』『平成論』(NHK出版新書)など。



 目次からも分かるように、「太陽の季節」から『「NO」と言える日本』までの石原が世間に注目されていた時代の話で、どのように石原が考えてきたかがよく分かるように解説されています。

目次
 はじめに 「戦後と寝た」男
I 『太陽の季節』と虚脱感
II 「若い日本の会」と六〇年安保闘争
III ベトナム戦争と政界進出
IV 『「NO」と言える日本』とその後

 石原慎太郎はずっと嫌いな人でした。石原が、自民党で過激な右翼のリーダーだった頃、敵対していた田中角栄についての本を書いた時、あれっと思いそれを読みました。その時、石原でもまともな本が書けるのだと思った覚えがあります。
 「太陽の季節」で芥川賞を得た頃(1956年)、朝日新聞に社会党左派支持を明言し、「憲法改正や再軍備は、再びわけのわからぬ国家意識を復活させるから反対。コスモポリタン的で開放的な、今の憲法の明るさがいい。」と語っています。後に右翼に組した石原の振れ幅の大きさにあきれます。
 それなりに魅力的な人なのかも知れないと、私の中では「嫌いな作家」からは外れました。 
 

黙っていられない

 投稿日:2020年 1月31日(金)16時02分4秒

  「黙っていられない」
池田 香代子・鎌田 實、マガジンハウス、2007年

内容紹介(https://www.books.or.jp/books/detail/1232189
わたし・たちは、この世界でいま何ができるのだろうか。
   *
「100人の村」シリーズで大きな感動を呼んだ池田香代子と、チェルノブイリやイラクの子どもたちの〈いのち〉を救うために世界を飛び回る鎌田實。団塊の世代のふたりが40年ぶりに再会し、「あのとき」の夢と「いま」とを切々と語り合った二年間の記録。
   *
池田香代子:「(9・11のあとの世界で)アフガンの人びとへ、そしてインターネットの向こうにいる人びとへ、とつぜん心の回路が開いて、わたしの静かな世界は底が抜け、たががはずれてしまいました。わたしのキーワードは『平和』だろうと思います」
鎌田實:「『環境』と『平和』も『いのち』と同じくらい重要だと感じたのです。だからぼくは、95パーセントのエネルギーを小さな地域のいのちを支えることに使いながら、5パーセントくらいのエネルギーを、世界や地球の環境や平和のために使ってきました。


 我が家の本棚に埋もれていた本です。鎌田實の本を集中的に読み出して、発掘しました。
 文章はいつもの鎌田の文章で易しく読みやすく書かれているのですが、内容が豊富で一度読んだだけでは「何を伝えたいのか」が整理できません。
 鎌田と池田の手紙のやりとりを本にしています。上の「内容紹介」は最初のやりとりのまとめですが、この本で伝えたい主題だと思います。前半はその主題に沿っていて分かりやすいのですが、後半はなんだか主題とは外れていて分かりにくいので再読しました。やっぱりよく分かりません。池田の「うつ病(症状)」のせいだと思います。本の流れが変わりました。おかげで「うつ病」についての鎌田の解説が分かりやすくそれはそれで良かったのかな。
 池田は真面目で正義感が強く、行動力のある魅力ある女性ということがよく分かりました。しかしこの本からの最大の収穫は鎌田の人間性が今まで読んだ本以上に理解できたことだと思います。
 池田が「世界平和アピール七人委員会」の委員として活躍しているのに対し、鎌田は(例えば平和運動に)旗印を鮮明にしてこなかったという。それはチェルノブイリやイラクの小児病院に何億円もの医薬品を送るために、いろいろな考え方の人に協力をしてもらうためだという。凄いなと思います。
 20年前の本なので今はどうなのか分かりませんが、原稿は手書き、携帯は電話だけしか使わずメールは使えないという。インターネットも自分では使えない。凄い人です!
 若い頃から記憶力が悪く、みんな忘れてしまう「認知障害」と自称している。同級生といわれてもほとんど分からないという。そんな人がたくさんの本を読み、多くを吸収し自分のものにしそれをたくさんの本に書いている。不思議な人です。
 などなど

 読後感を残しておこうと書き出したのですが、まとめにくい本でした。三度読んでもまだ全体像が不明です。




 

人間らしくヘンテコでいい

 投稿日:2020年 1月 6日(月)12時25分15秒

  「人間らしくヘンテコでいい 」
鎌田 實、集英社、2014年

集英社(http://gakugei.shueisha.co.jp/kikan/978-4-08-781547-4.html

人が幸せに生きるのに、本当に必要なものは何か……
自分らしく生きようとすると、家族や仲間とうまくいかないのではないかと不安を抱え、弱気になりそうなあなたに贈る、生き方のコツ。

鎌田 實 (かまた みのる)
医師、作家、公立諏訪中央病院名誉院長。著書『がんばらない』(集英社刊)が2000年、ベストセラーになる。
他に主な著書として『あきらめない』『それでも やっぱり がんばらない』『ちょい太で だいじょうぶ』『なげださない』『病院なんか嫌いだ』『いいかげんが いい』『空気は 読まない』『人は一瞬で変われる』がある。また、読む絵本に『雪とパイナップル』『アハメドくんの いのちのリレー』があり、(以上、集英社刊)いずれも好評発中。現在日本テレビ系「news every.」にレギュラー出演中


 今、蒲田の本を集中して読んでいます。医師、看護師、患者との温かい涙が出るような 話をあちこちに書いています。また、世界中の自然災害の被災地や戦争・紛争で弱者が痛めつけられている現地にでかけ、ボラティア活動を行い、その悲惨さを訴え続けています。どの本も、蒲田の蒲田の行動力、発想、知識に凄いなと圧倒されます。

 特に「人間らしくヘンテコでいい 」にはまいりました。

 鎌田は「人間とはなにか」を問い続けついにはアフリカまで出かける。そして生命の38億年の歴史の跡(遺跡、化石:ルーシーまで見たという)をたどり自分なりに考え続ける。その過程で第2章のような文章を書き上げる。

第2章 人間は旅をする動物
@ いくつもの偶然が重なって、命が生まれた
A 人類のゆりかごに立つ
B アインシュタインからの宿題
C アフリカに全人類の「お母さん」がいた
D ウィルスも旅をしてきた

 宇宙誕生からホモサピエンスのアフリカ脱出までを非常に明快な文章で解き明かす。このあたりの歴史は私も興味を持ち大学でも講義の中で取り扱ってきたので、この章の説明の上手さには脱帽します。特にミトコンドリアについて説明はさすがに専門家から直接説明を受けた上で自分のものにしているなと感心してしまう。「ミトコンドリア・イヴ」を私は単に分子時計の応用例として講義しただけでした。しかし、鎌田は「ミトコンドリア・イヴと呼ばれているお母さん。そのお母さんにつながっていると思うだけで、あなたも、出生のわからないぼくも、人種や民族や国籍に関係なく世界中のすべての人間が大きな流れの中に生かされていることがわかる。これは、とっても大事なことだ。」とまとめる。鎌田の感性の優しさが読み取れます。

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々は何処へいくのか」を考え続けて書いたのがこの本だという。もちろん、まだ、答えが出たわけではない。「でも、自分らしさ、自分の中の人とは違う「ヘンテコ」なところを、ありのまま認めて、それを生かしていく。他人の中の「ヘンテコ」で困った部分を、受け入れる。生かしてあげる。そういうことが必要なのではないかと思うに至った。」と結んでいます。

 凄い本でした。




 

 投稿日:2019年12月25日(水)10時42分34秒

  「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」
大島真寿美、文藝春秋、2019年

文藝春秋HP(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163909875
第161回直木賞受賞作。
選考委員激賞!
虚構と現実が反転する恐ろしさまで描き切った傑作! ──桐野夏生氏
いくつもの人生が渦を巻き、響き合って、小説宇宙を作り上げている。──村薫氏

虚実の渦を作り出した、もう一人の近松がいた──

「妹背山婦女庭訓」や「本朝廿四孝」などを生んだ
人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた比類なき名作!

江戸時代、芝居小屋が立ち並ぶ大坂・道頓堀。
大阪の儒学者・穂積以貫の次男として生まれた成章(のちの半二)。
末楽しみな賢い子供だったが、浄瑠璃好きの父に手をひかれて、竹本座に通い出してから、浄瑠璃の魅力に取り付かれる。
父からもらった近松門左衛門の硯に導かれるように物書きの世界に入ったが、
弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられ、それでも書かずにはおられなかった……。
著者の長年のテーマ「物語はどこから生まれてくるのか」が、義太夫の如き「語り」にのって、見事に結晶した奇蹟の芸術小説。

筆の先から墨がしたたる。
やがて、わしが文字になって溶けていく──


 今年の直木賞の発表があって、すぐに図書館で予約し、やっと昨日になって借り出せました。一日で読み切りました。
 全体を9つの短編に分け「オール読物」に載せたもののせいか、重複と感じた箇所もあるのですが、それがかえって話の要点を整理する効果があったようにも思います。
 著者自身は歴史小説とは考えていないようなのですが立派な歴史小説だと感じました。歴史小説をよく書いている「朝井まかて」とはまた違った味のある魅力的な物語でした。

 歌舞伎と文楽の関係がよく分かりました。最後に現在の文楽にも触れていました。上手に現状を捉えているなと思いました。

 文楽で「妹背山婦女庭訓」が上演されたら是非、観たいです。



 

人間の死に方

 投稿日:2019年12月20日(金)11時19分32秒

  「人間の死に方− 医者だった父の、多くを望まない最期」
久坂部羊 、幻冬舎新書、2014年

https://www.gentosha.co.jp/book/b8203.html
 2013年、87歳で亡くなった父は元医師だが、医療否定主義者だった。不摂生ぶりも医者の不養生の限度を超えていた。若いころ、糖尿病になったが血糖値も測らず甘い物食べ放題の生活を続けながら勝手にインシュリンの量を増やして自然治癒させた。前立腺がんになっても「これで長生きせんですむ! 」と叫び治療を拒否。こんなふうに医学常識を無視し自由奔放に暮らした。そんな父が寝たきりになって1年数カ月、医療や介護への私自身の常識が次々と覆った。父から教わった医療の無力と死への考え方をここでご紹介したい。


 2回目、前回は医療をほとんど信用していない医者の話として面白く読んだ覚えがありもう一度読んで見たくなりました。

 今回は「面白い」と感じる余裕はなく、こちらが後期高齢者になったためか、身につまされる現実の悲惨さに、読み切るのが嫌になり、飛ばし読みして終わりにしました。

 ピンピンコロリと思い通りには死ねないものだと思っておいた方がよいようです。




 

O 先生

 投稿日:2019年12月15日(日)10時08分20秒

   養精中学校(茨木市)3年B4組だった時の担任の先生。今頃になってどうして中学の時の先生なのかと言うと、図書館でジェームス三木の自叙伝「片道の人生」を見つけ、 ジェームス三木は  O 先生の自慢の教え子だったはずと思いだし、読んで見ました。

 期待通り、 O 先生とジェームス三木との出逢いが書かれていました。「私はこの中学で、文法の O 先生と、運命の出逢いをしている。」とまで書いています。私たちの時は国語と英語を教えられていました。
 演劇好きの先生に演劇の脚本を書けと命令され、「破れた見取り図」という脚本をジェームスが書き上げ、その劇が大阪府三島郡の中学コンクールで優勝したという。先生はジェームスの脚本家としての資質を見抜いていたのでしょうか?
 先生が宿直の日に、一緒にと泊まったジェームスら生徒が先生に許可(?)を得てサツマイモ泥棒をして、それを用務員さんにふかしてもらって腹一杯食べたというエピソードを紹介しています。生徒たちが盗んだと分かる足跡が残っていたので、翌朝、芋畠の所有者が怒鳴り込んできた。職員会議でつるし上げにあったO 先生は、「無一物の者は、盗みを働いても罪にならないとお釈迦様はいっている。悪いのは子供たちを飢えさせた社会である」と主張したという。軍隊帰りの先生はこの時まだ20代、職を賭してジェームスらをかばってくれたのだと。この先生の働きを生徒たちは卒業後まで知らなかった。

 それから十数年後、私たちの担任だった先生はやはり熱血先生でした。卒業アルバムに文集もついていて、それを読むと懐かしく昔のことを思い出しました。


 

心配事の9割は起こらない

 投稿日:2019年12月 9日(月)15時27分36秒

  「心配事の9割は起こらない」
枡野俊明、三笠書房 知的生き方文庫、2019年

枡野俊明 : 1953年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授。玉川大学農学部卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行ない、国内外から高い評価を得る。芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章を受章。また、2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データベースより)

 上の著者紹介を見れば有名人のようですが全く知りませんでした。

 書店で題名と目次に惹かれて買ってしまいました。心配事の多い(て)に読ませたかったのですが、1割は起きるのでしょうと読んでくれませんでした。

 禅用語をたくさん使っていろいろ解説しているのですが、それがどうしたというんだと思ってしまいます。結論は、魅力的な題名と、目次だけが素晴らしい本でした。昨日、紹介した井上ひさしだったらきっと通読しないでスルーだろうと思います。

 目次で、いい言葉だと感じたのはつぎのようなものです。

・「いま」に集中する
・「あるがまま」でいる−「どうにもならないこと」に心を注がない
・余計なことを調べない−情報の”暴飲暴食”はやめる
・夜は静かに過ごす−大事な判断を夜中にしてはいけない
・「死」について−死ぬことは、仏様にお任せすればいい

 いざ書き出してみると思っていたより少ないですね。 





 

ふかいことをおもしろく

 投稿日:2019年12月 8日(日)13時26分3秒

  「ふかいことをおもしろく」
井上ひさし、PHP研究所、2011年

 「NHK BSハイビジョンで2007年9月21日に放送された番組『100年インタビュー/作家・劇作家 井上ひさし』をもとに原稿を作成し、単行本化したものです」、とある。そのような経緯からか、読みやすい文章で、字が大きく、頁数も少なく、あっという間に読了できました。

 もともと 井上ひさし は好きな作家なので、著書をそれなりに読んでいて、書かれている内容はすでに知っているようなことが大部分を占めました。それでも、えっ?と驚くようなこともいくつかありました。

 毎日、30冊くらいのペースで本を読んでいて、蔵書は20万冊だって・・・。毎日、1冊は読みたいと思っていても、読めない日の多い私にとっては感嘆するしかありません。むろん井上が全部を最初から最後まで読んでいないのは分かっていてもです。

 「19 デジタルの時代に」という章では、「僕はパソコンを使いません。携帯電話も持っていません。メールはむろんやりません。原稿は整理する段階ではワープロを使いますが、基本的には手で書いています。それは『手が記憶する』という言葉を信じているからかも知れません。」と。
 2007年という時代だからそれが出来たのかなと思いもしましたが、井上なら2019年に生きていても同じ事を言うのかもしれません。一方、私はパソコンなしでは何も出来ない中毒患者です。パソコンで情報を集めても最後に確かめるのは書物なのですが。

 「明日命が終わるにしても 今日やることはある」などはっとするような言葉が多々でてきました。


 面白くて読みやすい本だったので、この1ヶ月、心身絶不調で本も新聞も目を通していなかった(て)が昨日は新聞をチラチラ見ていたので、面白いよと薦めてみました。全部読んでくれました。絶不調の底を通過したのかなと・・・・!


 



 

その人の想い出

 投稿日:2019年11月18日(月)09時21分0秒

  「その人の想い出」
吉村昭、河出書房新社、2011年

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309020235/
幼馴染み、取材関係者、作家仲間から、ふと見かけた人まで、一期一会の記録。昔ブラウン管で意識した人に後年ばったり出会ったりも。全篇単行本未収録。

 吉村は2006年に膵臓ガンで亡くなっているので死後に出版された。

 作家やその家族が作家の周辺の人について書く本はたくさんあるが、この本のようにストレートに本音を伝えるのを今までに読んだことがない。凄いなと思いながら読んだが、だんだんゴツゴツした肌触りが気になってくる。多分、「あそび」が全くないからだと思う。それが吉村らしいということなのでしょう。
 小説家の随筆には親しくしている小説家との交流をつづったものをよく目にするが、吉村は友人と呼べる小説家を持つ機会に恵まれたことがないと書く。この本からは親しかった小説家というのは新田次郎と妻の津村節子だけのように思える。生年月日が同じ北杜夫とまったく対照的である。北杜夫は友人の小説家がたくさんいてそれをあちこちに書くだけではなく家族、特に娘にはデレデレの様子を書き散らしているが、吉村は家族のことはほとんど書かない。

 何事にも本音で生きた強い人のように思える。

 しかし、その死は、「死病に苦しんだ吉村が、自ら点滴のカテーテルポートを引き抜いた自決=vだったという。」

 いろいろ考えさせてくれる本でした。




 

お順

 投稿日:2019年11月 9日(土)09時46分8秒

  「お順−勝海舟の妹と五人の男」 上下
諸田玲子、毎日新聞社、2010年

 諸田玲子の本は初めて。
 1954(昭和29)年、静岡市生れ。上智大学文学部英文科卒。外資系企業勤務の後、翻訳・作家活動に入る。1996(平成8)年『眩惑』でデビュー。2003年『其の一日』で吉川英治文学新人賞、2007年『奸婦にあらず』で新田次郎文学賞、2012年『四十八人目の忠臣』で歴史時代作家クラブ賞を受賞。「お鳥見女房」「あくじゃれ瓢六」「天女湯おれん」「狸穴あいあい坂」「きりきり舞い」シリーズの他、『森家の討ち入り』『元禄お犬姫』など著書多数。(https://www.shinchosha.co.jp/writer/3054/

 読みやすい文章でした。五人とは勝小吉、島田虎之助、佐久間象山、勝海舟、村上俊五郎のことでした。村上俊五郎以外は幕末の歴史物ならどこかで名前がでてくる有名人たちでそれぞれ魅力的なキャラクターの持ち主なので、楽しく読めました。特に勝海舟は今まであまり好きでない人物だったのですが、この本で見直し、好きになってしまいました。








 

そしていま、一人になった

 投稿日:2019年 9月 7日(土)17時04分50秒

  「そしていま、一人になった」
吉行和子、ホーム社、2019年4月30日


ホーム社(http://www.homesha.jp/978-4-8342-5329-0/
父は詩人で作家の吉行エイスケ、母はNHK朝ドラ主人公である美容師のあぐり、兄は作家の吉行淳之介、妹は詩人・作家の吉行理恵という一家に育った女優・吉行和子が、107歳まで生きた母の三回忌を終えたいまだからこそ語れる家族の歴史、そして80歳を過ぎた自分の来し方について綴る。書き下ろし、写真多数収録。

○目次
第一章 母・あぐり、百七歳の静かな旅立ち/第二章 私にとっての吉行家/第三章 劇団民藝からはじまった女優人生/第四章 兄・淳之介、妹・理恵との日々/第五章 人生の残り時間を楽しむ」


 父は吉行エイスケで、母は朝ドラの主人公になった吉行あぐり、兄は吉行淳之介(長男)、妹が吉行理恵(次女)でどちらも芥川賞作家という華麗な一族。

 淡々と家族のことを語っています。淳之介や理恵は若くして死んだと思い込んでいたので淳之介が70歳、理恵が66歳まで生きたというのが意外でした。

 淳之介が死んだ時、理恵は直立不動の姿勢のまま、兄に「ありがとうございました」と言うと、頭を深く下げたと。このような深い家族愛を感じさせる記述がいくつか見られます。

 義父が自分の娘にだけ毛布を掛けてやるのをひっそり目撃した和子の感受性、その描写は凄いなと思いました。

 宇野重吉に言われた「役について思いなさい。役の心が客席に伝わっていくものなのだよ」、そして寺山修司からの「演技派って言われないようにね」という言葉を役者の心得とした和子の強さを感じます。

 良い本だと思いました。読み終わったいま「そしていま、一人になった」という表題の意味が身にしみます。





 

不知火のほとりで

 投稿日:2019年 6月22日(土)13時17分43秒

  「不知火のほとりで  石牟礼道子終焉記」
米本浩二、毎日新聞出版、2019年5月30日

毎日新聞出版のHPより(http://mainichibooks.com/books/essay/post-669.html

書籍詳細:苦海浄土』の本質に迫る。

 「密着取材」と「渾身介護」で神話的作家・石牟礼道子(2018年没)の最晩年に寄り添ったジャーナリスト入魂の最新評伝。読売文学賞受賞後第一作。
 評伝執筆を志した著者は、2013年後半から石牟礼道子のもとに通い続けた。取材をしながら、本の朗読や手紙の代筆をへて、起居の手助けなど介護の一部も担うようになった。そして迎えた最期の日ーー。
 「道子さんのそばにいるのであれば、道子さんのことを書かねばならない。渡辺(京二)さんの言を待つまでもなく、書かないと消えてしまう。そうやって夢中で書いてきた日々の文章をまとめたのが本書である。日記、インタビュー、対話などスタイルは違っていても、石牟礼さんのことを書き残したいという気持ちは一貫している。私は書くことで道子さんのそばにいたかったのだ」(本文より)
 『評伝 石牟礼道子ーー渚に立つひと』(2017年、新潮社)で読売文学賞を受賞。その刊行後の、亡くなるまでのかけがえのない日々と、一周忌をむかえますます存在感を増してゆく文学者の本質を数々の肉声とともにつづる。


米本浩二(よねもと・こうじ):1961年、徳島県生まれ。徳島県庁正職員を経て早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。在学中に『早稲田文学』を編集。毎日新聞記者。石牟礼道子資料保存会研究員。著書に『みぞれふる空――脊髄小脳変性症と家族の2000日』(文藝春秋)、『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』(新潮社刊)で第69回読売文学賞「評論・伝記賞」を受賞。

 この著者の前著『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』を読んでいる。前回もそうだったが毎日新聞に紹介記事が出てすぐに図書館で予約した。まだ購入されていなかったので予約を受けて購入してくれたことになる。茨木図書館での最初の読者ということに。

 前著ほどではないがこの本も石牟礼道子の気配が濃厚で、文章まで石牟礼に似てきたような気がする。それにしてもここまで取材対象にのめり込んだ新聞記者というのも凄いなと思う。毎日新聞の面白さか・・・・。

 石牟礼道子を理解するための最良の手がかりを与えてくれる本です。何回も読むと思います。




 

宝島

 投稿日:2019年 6月16日(日)10時24分12秒

  「宝島」
真藤順丈、講談社、2018年6月


 図書館に予約をしていたのですが、なんでこの本を予約したのか分からなくなったしまったころに順番が回ってきました。直木賞を受賞した作品でした。きっと受賞の紹介記事でも見て読みたくなったのでしょう。
 541頁もあり読むのが大変と思ったのですが、すぐに内容に引きずり込まれ、一気読みでした。
 沖縄県民以外の人の大多数が見て見ぬふりをしている先の戦争以来の「沖縄問題」に真っ正面から取り組んだ、ある意味、しんどい本です。
 ともかく今も続く「沖縄問題」から目をそらすなと訴えているように思います。

 この本をエンターテイメントといっていいのかどうかわかりませんが、出版社のHPの
紹介も、なにやら熱いです。

講談社BOOK倶楽部
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000310700

内容紹介
◆祝!3冠達成★第9回山田風太郎賞&160回直木賞受賞!&第5回沖縄書店大賞受賞!
◆希望を祈るな。立ち上がり、掴み取れ。愛は囁くな。大声で叫び、歌い上げろ。信じよう。仲間との絆を、美しい海を、熱を、人間の力を。【あらすじ】英雄を失った島に新たな魂が立ち上がる。固い絆で結ばれた三人の幼馴染みーーグスク、レイ、ヤマコ。生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり、同じ夢に向かった。

私の年代では記録といえる戦後復帰時代の話ですが、肌がちりつきました。 読み進めるにつれ鳥肌が止まらなくなるのは、私が沖縄人だからでしょうか?
リブロリウボウブックセンター店 宮里ゆり子さん

米軍施政下の時代に翻弄されながら、立ち向かい、熱く生き抜いた沖縄の若者たちを描く超大作!そして現代に続く基地問題を知る必読の書!
ジュンク堂書店那覇店 森本浩平さん

占領下、実際に起きた戦闘機小学校墜落、米軍車両死亡交通事故無罪判決。県民の怒りが爆発したコザ暴動。主人公たちの生き方を通して沖縄の痛みが理解できる作品です。
球陽堂書房メインプレイス店 新里哲彦さん

この熱い息吹、この語りの身軽な舞いを堪能せよ。――野崎六助(日経新聞6/21夕刊)
叫びだしたくなるほど猛烈な歓喜と感謝があふれ出して止まらなくなった――宇田川拓也(本の雑誌7月号)

本書は真藤順丈の新たな代表作にして、今年のエンタメ小説界の台風の目だ――朝宮運河(ダ・ヴィンチニュース6/23配信)

圧倒的な傑作である、いつまでも長く読まれ愛される名作になるだろう。必読!――池上冬樹(小説現代6月号)

超弩級エンタテインメント大作。読みのがすなかれ――香山二三郎(週刊新潮6/28号)
読み始めたら最後、開いた頁はいつまでも閉じることができない――奥野修司(週刊文春7/5号)

とにかく全篇に籠められた熱量が圧倒的――千街晶之(週刊文春7/5号)

「朝日新聞7/14日刊」斉藤美奈子、「毎日新聞7/15日刊」川本三郎、「毎日新聞7/7日刊」記者、「読売新聞7/3夕刊」記者、「日本経済新聞7/3日刊」野崎六助、「産経新聞7/22日刊」大森望、「東京新聞6/29」記者、「本の雑誌7月号」宇田川拓也、「クイックジャパンVol.138」浅野智哉、「 週刊新潮6/21号」香山二三郎、「週刊文春7/5号」奥野修司、「週刊文春7/5号」千街晶之、「ダ・ヴィンチ8月号」朝宮運河、「HBCラジオ7/9放送」永江朗、「野性時代8月号」吉田大助、他書評多数!

奪われた「故郷」を取り戻すため、少年少女は立ち上がる。
米軍統治下の沖縄を嵐のように駆け抜ける、青春と革命の一大叙事詩!!


真藤 順丈(シンドウ ジュンジョウ)
 1977年東京都生まれ。2008年『地図男』で、第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で第15回日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で第15回電撃小説大賞銀賞、『RANK』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ受賞。2018年に刊行した『宝島』で第9回山田風太郎賞、第160回直木三十五賞を受賞。著書にはほかに『バイブルDX』『畦と銃』『墓頭』などがある。




 

悪玉伝

 投稿日:2019年 6月 4日(火)13時16分51秒

  「悪玉伝」
朝井まかて、角川書店、2018年7月

カドブン(https://kadobun.jp/news/457/a0ab6503

朝井まかて『悪玉伝』が第22回「司馬遼太郎賞」受賞!
 2018年11月30日(金)、第22回「司馬遼太郎賞」(主催:公益財団法人司馬遼太郎記念財団)の選考委員会が行われ、2018年7月に発売しました朝井まかてさん著『悪玉伝』が受賞しました。

悪玉伝の内容:日本中を揺るがした、知られざる大岡裁き“辰巳屋一件”。
将軍をも相手取った大坂の商人・吉兵衛が迎える結末は?

 大坂の炭問屋の主・木津屋吉兵衛(きづやきちべえ)は、切れ長の目許に高い鼻梁をもつ、三十六の男盛り。学問と風雅を好み、稼業はそっちのけで放蕩の日々を過ごしていた。そこへ実の兄の訃報が伝えられる。すぐさま実家の大商家・辰巳屋(たつみや)へ駆けつけて葬儀の手筈を整えるが、事態は相続争いに発展し、奉行所に訴状が出されてしまう。やがて噂は江戸に届き、将軍・徳川(とくがわ)吉宗(よしむね)や寺社奉行・大岡(おおおか)越前守忠相(えちぜんのかみただすけ)の耳に入る一大事に。真っ当に跡目を継いだはずが謂れなき罪に問われた吉兵衛は、己の信念を貫くため、将軍までをも敵に回した大勝負に挑むが――。

朝井まかてのプロフィール:1959年、大阪府生まれ、甲南女子大学文学部卒業。2008年、小説現代長編新人賞奨励賞を『実さえ花さえ』(のちに『花競べ 向嶋なずな屋繁盛記』に改題)で受賞し、デビュー。14年に『恋歌』で直木賞を受賞したのを皮切りに、同年『阿蘭陀西鶴』で織田作之助賞、15年『すかたん』で大阪ほんま本大賞、16年『眩(くらら)』で中山義秀文学賞、17年『福袋』で舟橋聖一文学賞、18年『雲上雲下』で中央公論文芸賞を受賞。現在、最も評価の高い歴史・時代小説家のひとり。人情の機微をすくい取る確かな筆致と、通説を大胆に再構築する手腕に定評がある。他の著書に『最悪の将軍』『銀の猫』『福袋』『草々不一』など。


 再読です。図書館で書名をみても内容を思い出せなかったので借りだしました。何ページか読み進んでから、記憶が戻ってきて再読と確信しました。話が複雑なので全体を思い出すのには時間がかかりました。

 朝井まかて得意の歴史物、よく知られた徳川吉宗や大岡越前守忠相がでてきて、いつものように史実と虚構の境がさっぱり分からないのに面白い。江戸時代の人情や政治・経済の実態がよく理解できた気になるから朝井まかての小説は楽しい。普段は金儲け大好き人間は大嫌いなのに、朝井まかての描く商売人をいつのまにか応援しながら読み終えました。




 

久坂葉子作品集

 投稿日:2019年 5月10日(金)16時00分30秒

  新編「久坂葉子作品集」富士正晴編
1980年4月、構想社

 富士正晴記念館で開催中の「茨木でつながる作家−『富士正晴』と『井上靖』」展を観た。そこで■久坂葉子、井上靖、富士正晴 という展示コーナーがありました。
 久坂葉子というのは久坂部羊の「ブラック・ジャックは遠かった」の中で出てきて気になる存在だったのでビックリでした。

 久坂部は絵が好きで自分でも絵を描きます。
 阪大医学部時代に、行きつけの喫茶店で久坂葉子(芥川賞の候補になったが、二十一歳で阪急六甲で飛び込み自殺した女流作家)が書いた絵を見つけ久坂に強く惹かれたらしい。色々あって久坂葉子のおっかけを続け、その師だった茨木市在住の富士正晴にもコンタクトをとる。その縁で富士が主催する同人誌にも参加する。この話は「久坂部はのめり込んだら一直線」という感じが良く出ていて好きです。
 ここで久坂部羊というペンネームが久坂葉子に由来することと、「久家」(くげ)という本名と母の旧姓「坂部」を合わせたモノと明かす。「羊」は未年生まれからということらしい。

 というような事情で今更ですが久坂葉子の作品を読んでみたくなり借りだした。

 18歳(昭和24年)から書き出して21歳で自殺した(昭和27年12月)女性の作品、短編小説・詩・エッセイが収録されています。

 小説はいずれも若い女性を主人公にしています。若い女性の感性というより大人の女性の感覚のような気がします。まあしかし女性の心理描写はTNは苦手です。

 詩はどれも素晴らしい。長い詩の「白い花(子守歌)は昭和21年に作られています。まだ神戸山手高女在学中、詩から書き始めたのかな?

 エッセイは「生への執着」と「死への憧憬」に揺れる気持ちを赤裸々に述べています。死ぬしかなかったのだろうなと・・・・。

 予想通りしんどい本でした。








 

あちらにいる鬼

 投稿日:2019年 4月 2日(火)08時19分28秒

  「あちらにいる鬼」
井上荒野(いのうえあれの)、朝日新聞出版、2019年2月

(朝日新聞出版:https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20723

瀬戸内寂聴さん推薦
モデルに書かれた私が読み 傑作だと、感動した名作!!

作者の父井上光晴と、私の不倫が始まった時、作者は五歳だった。五歳の娘が将来小説家になることを信じて疑わなかった亡き父の魂は、この小説の誕生を誰よりも深い喜びを持って迎えたことだろう。作者の母も父に劣らない文学的才能の持主だった。作者の未来は、いっそうの輝きにみちている。百も千もおめでとう。――瀬戸内寂聴

 人気作家の長内みはるは、講演旅行をきっかけに戦後派を代表する作家・白木篤郎と男女の関係になる。一方、白木の妻である笙子は、夫の手あたり次第とも言える女性との淫行を黙認、夫婦として平穏な生活を保っていた。だが、みはるにとって白木は肉体の関係だけに終わらず、<書くこと>による繋がりを深めることで、かけがえのない存在となっていく。二人のあいだを行き来する白木だが、度を越した女性との交わりは止まることがない。
 白木=鬼を通じて響き合う二人は、どこにたどりつくのか――。

父・井上光晴と母、そして瀬戸内寂聴の<特別な関係>に、はじめて光をあてた正真正銘の問題作にして、満を持して放つ著者の最高傑作!

上の紹介と下の作者インタビューで大体この本を紹介し尽くしています。

 https://book.asahi.com/article/12122549


 井上光晴と妻、瀬戸内寂聴の理解しがたい関係を井上光晴の娘が書いた本、ウンザリしながらも最後まで読んでしまいました。けっして読んで元気になるような本ではないのですが、人それぞれに多様な人生があるものだと思いました。




 

麒麟児

 投稿日:2019年 3月17日(日)07時40分46秒

  「麒麟児」
冲方丁、KADOKAWA、2018年12月

(KADOKAWAのHP https://www.kadokawa.co.jp/product/321804000162/
『天地明察』の異才が放つ、勝海舟×西郷隆盛! 幕末歴史長編!
慶応四年三月。鳥羽・伏見の戦いに勝利した官軍は、徳川慶喜追討令を受け、江戸に迫りつつあった。軍事取扱の勝海舟は、五万の大軍を率いる西郷隆盛との和議交渉に挑むための決死の策を練っていた。江戸の町を業火で包み、焼き尽くす「焦土戦術」を切り札として。
和議交渉を実現するため、勝は西郷への手紙を山岡鉄太郎と益満休之助に託す。二人は敵中を突破し西郷に面会し、非戦の条件を持ち帰った。だが徳川方の結論は、降伏条件を「何一つ受け入れない」というものだった。
三月十四日、運命の日、死を覚悟して西郷と対峙する勝。命がけの「秘策」は発動するのか――。
幕末最大の転換点、「江戸無血開城」。命を賭して成し遂げた二人の“麒麟児”の覚悟と決断を描く、著者渾身の歴史長編。


 麒麟児とは勝海舟と西郷隆盛のことを指し、勝と西郷が対峙した二日間に焦点を定めて勝の視点からこの物語を書き上げている。冲方の他の本と同じく、史実をよく調べ作者独特の解釈が溢れていて楽しく一気に読ませる。

 今、原田伊織の「明治維新という過ち」を再読しているので、幕末から明治初期に登場する有名人に対する理解がこうも違うものかと頭が混乱してくる。

 ある出来事や「人」に関しては、多様な評価、解釈、意見があるものだとこの本を読んであらためて思う。何が正しいのかなんて永遠に結論がでないものだろうとは思っている。人の世は絶えず移り変わっていく。それぞれが勝手な理解をしながら・・・。
 今のどうしようもないあまりに無様な日本や大阪の政治状況も、何十年かたった後で振り返れば、それなりの「意味」があったと言うことになるのでしょうか。




 

新章 神様のカルテ

 投稿日:2019年 3月 5日(火)09時56分28秒

  「新章 神様のカルテ」
夏川草介、小学館、2019年2月

https://www.shogakukan.co.jp/books/09386531

〈 書籍の内容 〉
320万部のベストセラー、大学病院編始動
 信州にある「24時間365日対応」の本庄病院に勤務していた内科医の栗原一止は、より良い医師となるため信濃大学医学部に入局する。消化器内科医として勤務する傍ら、大学院生としての研究も進めなければならない日々も、早二年が過ぎた。矛盾だらけの大学病院という組織にもそれなりに順応しているつもりであったが、29歳の膵癌患者の治療方法をめぐり、局内の実権を掌握している准教授と激しく衝突してしまう。
 舞台は、地域医療支援病院から大学病院へ。
 シリーズ320万部のベストセラー4年ぶりの最新作にして、10周年を飾る最高傑作! 内科医・栗原一止を待ち受ける新たな試練!

〈 編集者からのおすすめ情報 〉
「新章 神様のカルテ」に寄せて
「神様のカルテ」を書き始めて、いつのまにか十年が過ぎた。私の歩んできた道を追いかけるように、栗原一止の物語も五冊目を数え、本作をもって舞台は大学病院へと移る。栗原は、私にいくらか似たところはあるが、私よりはるかに真面目で、忍耐強く、少しだけ優秀で、間違いなく勇敢である。そんな彼が、大学という巨大な組織の中で描きだす、ささやかな「希望」を、多くの人に届けたいと思う。
夏川草介 深夜2時半の医局にて


 大好きな本の1つ、発売日を知らなかったのですが2月25日に梅田で本屋に寄った時に見つけ即購入しました。はや第二刷になっています。
 内容は上の小学館の紹介以上に付け加えることはありませんが、膵臓癌ステージ4だった鹿児島の今は亡き姉を思い身につまされました。
 前(https://temiko9430.wordpress.com/2015/03/07/%E7%A5%9E%E6%A7%98%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%86-2/)にも書いたのですが、この本のよさは「心地よい物語だなぁ・・」ということにつきます。それは独特の文体からきているのかも知れないし、「医師の話ではない。人間の話をしているのだ。」という医師の視点への共感からかも知れません。それと特にTNはお酒の話に心が和みます。今回も信州の地酒がいっぱい出てきました。
 例えば、純米吟醸「豊賀(とよか)」:「豊賀」は信州小布施の蔵で、しっかりとした甘みと豊かな香りのある酒だ。甘みも香りも華やかな割に、切れ味がよく、爽やかさを失わない逸品である。私もまた一杯飲めば、たちまち胸中に愉快が横溢し、些細なことはどうでもよくなる。
 こんな文章を書かれるとその酒を是非、飲んでみたいなと思います。




 

鶴見俊輔伝

 投稿日:2019年 2月15日(金)14時21分35秒

  「鶴見俊輔伝」
黒河創、新潮社、2018年11月

(新潮社 https://www.shinchosha.co.jp/book/444409/

戦後日本を代表する思想家の93年の歩み。幼少期から半世紀にわたって行動をともにした著者による、初めての本格的かつ決定的評伝。
 後藤新平を祖父に、鶴見祐輔を父に生まれた鶴見俊輔。不良化の末、渡米してハーヴァードに入学。日米交換船で帰国して敗戦を迎える。その後の50年にわたる「思想の科学」の発行、「ベ平連」の活動、「もうろく」を生きる方法まで。あらゆる文献を繙き、著者自身の体験にも照らしつつ、稀代の哲学者の歩みと思想に迫る。

黒河創:1961年、京都市生まれ。同志社大学文学部卒業。「思想の科学」編集委員を経て、1999年、初の小説『若冲の目』刊行。2008年刊『かもめの日』で読売文学賞、2013年刊『国境〔完全版〕』で伊藤整文学賞(評論部門)、2014年刊『京都』で毎日出版文化賞を受賞。その他の小説に『もどろき』『岩場の上から』、評論に『きれいな風貌――西村伊作伝』、鶴見俊輔・加藤典洋との共著『日米交換船』、加藤典洋との共著『考える人・鶴見俊輔』など。編著に『鶴見俊輔コレクション』全4巻、『鶴見俊輔さんの仕事』全5巻ほか。

 毎日新聞の書評でこの本を知り、図書館に予約した。予約順位は1位だった。1月に借り出せて、借りだし期限いっぱいで一読したが、内容がありすぎて延長して再読したかったが他の予約者がいたので延長できず返却した。その後、直ぐに再予約した。また予約順位1位でした。借り出せたのが2月9日、さすがに2回目は速く読め、今日(14日)、読了。

 1936年、14歳(府立第5中学校2年に編入)の時、2度の自殺未遂と、3度の精神病院への入退院を経験する。「後藤新平」の孫、「鶴見祐輔」の長男と誰にも分かる自分の名「鶴見俊輔」に重圧を感じていたのだという。14歳の時の他に2度の大きな鬱に襲われているが、そのたびに自分の名前が書けなくなったという。
 日本では中学さえも卒業していないのにアメリカに渡り、ハーバード大学に入学する。そして日米開戦後、敵性国民として抑留される。抑留中に卒業資格有りと認められる論文を仕上げ大学に提出。大学は試験官を留置場に派遣し、金網の中で試験を受けさせた。結果として鶴見はハーバード大学を卒業した。
 「大学は、国家から独立した判断をとるという、その筋道を最後まで通していった。」ここにアメリカの凄さを見ることができます。後年、反米的行動を取り続けた鶴見の中にアメリカを信用する気持ちが強かったのもさもありなんと納得出来ます。
 「日米交換船」で帰国、どうせ戦争にとられるなら陸軍より海軍がましと、軍属の独語通訳として海軍に志願。着任先はジャカルタの海軍武官府、ここでインド人の捕虜が伝染病にかかり、薬が不足しているので殺せと、鶴見の隣室の軍属に命令が出た。この事件は鶴見の反戦の思いの原点となっている。捕虜を殺せという命令が自分に与えられていたらどうなっていたか?この自問は終生続いたという。
 第三章 「思想の科学」をつくる時代(1945−59)と第四章 遅れながら、変わっていく(1959―73)がこの本の中心だと思う。
鶴見は「思想の科学」という戦後の思想界に大きな影響を与えた雑誌を創刊し、生涯その編集と経営に関わってきた。京大、東京工大、同志社などで研究・教育にも携わったがどれも「思想の科学」の仕事の邪魔にならない程度にという感じがする。
 1953年に「20世紀の特徴は、大衆の自覚的思索をはばむ力として、マス・コミュニケーションが登場することになるのじゃないかと思うのです」と羽仁五郎などとの対談で述べている。凄い感性だなと思う。
 「思想の科学研究会」は1950年頃、ロックフェラー財団から研究費の援助を受けていた。その流れの中で1951年に鶴見にスタンフォード大学の客員研究員としての招致があり、鶴見は応諾し、勤務先の京大の承諾も得ていた。その時、京大の学生に「原爆展」への賛同の著名を頼まれ著名した。これが理由で、神戸の米国領事館が、鶴見にヴィザを出さなかった。従ってスタンフォード大学に着任しなかった。以後、彼は二度と渡米しようとはしなかったという。この時、鶴見は激しい「鬱」に襲われる。自分の名前も書けないくらいだったという。最年少の京大助教授の職責を果たせないと辞意を上司の桑原武夫教授に訴えるが「君は今病気だ。病気であるうちに辞めれば行き詰まる。病気の間はだまって給料をとっておいて、そのあとで決心したら良い」と引き留められる。良い上司に恵まれたものである。鬱から抜け出し京大人文研に復帰したのが1952年の1月。1954年12月に東京工大に移る。
  第四章は、安保闘争、ベトナム戦争など激動の時代。1960年5月19日、衆院で日米新安保が可決されると、鶴見の盟友・竹内好がそれに抗議し、都立大学教授の職を去る。鶴見もその後を追い東京工大を辞職。そんな熱血教授がいたことをこの本で初めて知る。
 鶴見は安保反対のデモにも積極的に関わる。そして、6月15日、樺美智子が殺される。鶴見はその後ずっと6月15日は衆議院南通用門前で、「声なき声」のデモ仲間と、樺美智子への献花を最晩年に至るまで続けたという。このエピソードで鶴見の情の深さを知る。
 横山貞子と結婚したのも1960年の11月だった。この頃、鶴見には3度目の重い鬱が出始めていた。「あれだけ安保闘争をやったんだから、結婚だって、やれるんじゃないかと思ったんだ」という。
 1961年9月から同志社文学部の教授となる。東京では「思想の科学」の発行を続けるための大きな問題が次々と発生していたが京都では比較的ゆったりした生活が送れた。東京と京都、互いの時間の進行速度がまったく異なるような2段構えの暮らしを持ち得たことが、鶴見にとって生涯3度目の重い鬱からの回復過程で助けとなったことは確かだろうと作者は書く。
 1964年、鶴見夫婦は父・鶴見祐輔の介護のため練馬区関町の家に移る。
 1965年、小田実を誘い「ベ平連」を立ち上げた。桑原武夫ら多くの著名人も「ベ平連」を支援した。1967年には脱走米兵への支援活動が始まった。
 1970年、鶴見は同志社大学を辞職する。学園紛争で大学校内の占拠を続ける学生の排除に機動隊を導入したことに対する抗議のためである。いかにも鶴見らしいと納得出来る。 第4章の第7節(裏切りと肩入れと)に、「私が京大を辞めたことは桑原さんへの裏切り、東工大を辞めたことは宮城音弥さんへの裏切り」だったと鶴見は話していたという。作者は、「自分の考えを貫きながら生きようとすれば、世間に対しては不義理が生じる。逆から言えば、人からの期待を『裏切る』覚悟なしには、我が意を通すことは難しい。」と書く。鶴見に最後まで「肩入れ」した桑原は、「小事はこれを他に諮り、大事はこれを自ら決す」と鶴見に伝えたという。同志社辞職を鶴見は一人で決めた。当時の同志社には鶴見の講義を目当てに入学してくる学生もいたはずで、これもまた、彼らに対する「裏切り」だった。
 第5章(未完であることの意味 −2015)は私にはまだ消化不良だ。もう一度読めばよいのだろうけれどちょっと疲れました。また次回にしましょう。
 ただ、1992年(70歳)から「もうろく帖」を付け出したというのには興味を持った。

 2015年7月20日に93歳で亡くなった。見事な人生でした。





 

春の城

 投稿日:2019年 2月11日(月)15時21分37秒

   雪がまい寒い。

 2月10日は父の命日で、久しぶりに妹と一緒に墓参りした。2月は父の他に、義兄・前田利賢や高校以来の親友だった中西哲夫・小川卓三など身近な人達が多く亡くなっていて故人を偲ぶことが多い。


 偶々、図書館で石牟礼道子の「完本 春の城」を見つけ借り出した。確か石牟礼も?と調べると、やはり昨年(2018年)2月10日に90歳で亡くなっていた。そして昨年の2月には

○「椿の海の記」石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 5〜246頁、2015年
○「水はみどろの宮」石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 247〜407頁、2015年
等を読んでいる。


「完本 春の城」、石牟礼 道子、藤原書店
四六上製 912ページ、刊行日: 2017/07、定価: 4,968円

半世紀をかけて完成した大河小説の完全版。畢生の大作!
天草生まれの著者が、十数年かけた徹底した取材調査ののち完成させた、天草・島原の乱を描いた最高傑作「春の城」。取材紀行文「草の道」、多彩な執筆陣による解説、地図、年表、登場人物紹介、系図、関係図を附した完全版!
[解説]田中優子・赤坂真理・町田康・鈴木一策
[対談]鶴見和子+石牟礼道子
http://fujiwara-shoten.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1551

 900頁を超える本、内容の濃い石牟礼の本、読み終わるのに10日もかかりました。取材紀行文、解説、対談が「春の城」の理解を助けてくれるのですが、私は「春の城」だけをじっくり何回も読みたいと思います。

 (石牟礼独特の)詩のような方言で成り立つ登場人物の世界にすぐに引きずり込まれます。

 ほとんどが百姓や漁師である三万七千の一揆勢で十二万もの徳川幕府の正規征討軍を相手に戦った「天草・島原の乱」とはいったいなんだったのかを、石牟礼の独特の感性で描ききっている。

 殺したり殺されたり、自死も選ぶ人間って? 信仰とは? 民衆をここまで追い込む「権力」とは? いろいろ考え込まされる。

 「天草・島原の乱」のことを書きたいと石牟礼が思ったのは、水俣病患者の苦境を訴えるために原因企業のチッソ本社前に座り込みをした時だという。チッソ幹部に水銀を飲ませるなら、自分も飲もう。そう死を覚悟したときの不思議と静謐な気持ちが、絶対に勝ち目のない一揆を起こさざるをえなかった人々に思いを寄せることとなったという。
 この感覚を理解するのは今の私にはまだ難しい。




 

消滅

 投稿日:2019年 2月 1日(金)08時23分46秒

  消滅
VANISHING POINT

恩田陸 著

超巨大台風が接近、封鎖された空港。別室に集められた11人の中に、テロ首謀者がいるという――。閉鎖空間で推理合戦が繰り広げられる恩田ミステリー、一気読み必至!

書誌データ
初版刊行日2015/9/25
判型四六判
ページ数528ページ
定価本体1800円(税別)
ISBNコードISBN978-4-12-004764-0

(↑ http://www.chuko.co.jp/tanko/2015/09/004764.html

 最近、文庫化されよく新聞広告を見かけ、興味を持ち借りだした。528頁もある長編で最後まで読めるか心配したが、以外と軽いタッチの文章で上品なユーモアがあり一気に読めた。入国前に空港の別室に拘束された11人と「キャサリン」と呼ばれるアンドロイドがいろいろ思索し会話を交わすだけ、同じ状況が延々と続く。これを最後まで読ませる筆力に感心する。近未来のお話しで知らない用語もたくさん出てくる。

 



 

寒いです!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2019年 1月28日(月)11時24分43秒

  Toshiko姉の三回忌で(て)は鹿児島へ。
 いつもこの時期は雪が舞う寒い日が続きます。

井上靖「わが母の記」講談社、1975年
 出版された時代のせいか、老耄や耄碌など今では
ほとんど使われない直裁な表現が何度も出てきます。
認知症という言葉がなかったのでしょうね。


 

頭医者青春期

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年12月23日(日)09時20分43秒
  「頭医者青春期」
加賀乙彦、毎日新聞社、1980年

 図書館でたまたま見つけ、著者の名前をどこかでみたことが有るような気がして借りてみた。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 加賀乙彦:[生]1929.4.22. 東京
 小説家。本名,小木貞孝。東京大学医学部で犯罪心理学と精神医学を学び,東京拘置所医務技官,東京医科歯科大学助教授,上智大学教授などを歴任した精神科医でもある。
1957〜60年にかけてフランスに留学し,それに取材した小説『フランドルの冬』 (1967) で芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。『宣告』 (79) では死刑囚との交流をもとに,その極限の心理状態や獄舎の実態を描いて日本文学大賞を受賞した。ほかに,第2次世界大戦時の軍国教育を受けた少年が終戦時に体験した悲劇を描き,戦後の天皇制問題に一石を投じた『帰らざる夏』 (73) や,同大戦時の駐米大使,栗栖一家をモデルとする『錨のない船』 (82) ,新聞連載小説の『湿原』 (85,大仏次郎賞) など,重厚な長編が知られる。また,精神医学に関する著作に『死刑囚と無期囚の心理』 (74) がある。

 本名や仮名(と言ってもが小木→古義といった程度ですが)入り混じっていて何処までが事実で何が創作か分からないけれど多分自伝なのでしょう。主に東京拘置所医務技官時代の話が描かれている。時々、医者らしい傲慢さが鼻につくが話は面白い。拘置所では後に学位論文「日本に於ける死刑ならびに無期刑受刑者の犯罪学的精神病理学的研究」に結びつく仕事をする。受刑者を研究材料としかみていないような気がして、エリート医者はやっぱり嫌だなという気持ちも湧いてくる。

 非常に多種多様な読書をしている人らしい。頭も良く切れる。運も強い。

 著者には「1943年4月、100倍の倍率を突破して名古屋陸軍幼年学校に入学」という経歴がある。ここでフランス語を学んだという話が出てきて、幼年学校はナポレオンを崇拝するので有名だったというような話にはあの日本陸軍がと吃驚でした。

 さて他の本も読んでみましょうか? あまり気が進まないかも・・・





 

灰谷健次郎

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年12月17日(月)08時31分48秒

  の本を久しぶりに読みました。

「島物語」、理論社、1999年、です。

 灰谷の本は「兎の眼」で感動し、大好きです。児童書と認識していたので子供や孫に読ませたいと思っていましたが誰も読んでくれませんでした。

 「島物語」を読みながら、これは大人が読んで色々考えるべき本で児童には難しいだろうなと感じました。
 児童書というのはどういう物を指すのかなと考えさせられます。読者対象が児童なのが児童書と単純に考えていたのですが、そうでもないようです。児童について書かれていれば児童書、これもちょっと違うようです。

 まあ、いろいろ考えさせてくれる本でした。




 

祝葬

 投稿日:2018年11月26日(月)16時30分54秒

  「祝葬」
久坂部羊、講談社、2018年2月

「もし、君が僕の葬式に来てくれるようなことになったら、そのときは祝福してくれ」
自分の死を暗示するような謎の言葉を遺し、37歳の若さで死んだ医師・土岐佑介。
代々信州を地盤とする医師家系に生まれた佑介は、生前に不思議なことを語っていた。
医師である自分たち一族には「早死にの呪い」がかけられているという――。
簡単に死ねなくなる時代につきつけられる、私たちの物語。
(↑講談社 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000190501

 代々医者の家で、その医者の誰もが早死するという話が『祝葬』『真令子』
『ミンナ死ヌノダ』『希望の御旗』と短編で積み重ねられている。久坂部の
長編は最初は面白いが最後は常識的なところに落ち着くことが多い。しかし、
今回はそれぞれの章が独立した短編になっていてどれもが最後まで緊張感があり
面白く、生きることの意味を考えさせる。医療を冷めた目で見ているのも
いつもの久坂部らしい。
 最後の『忌寿』は、2068年の未来の話として、長生きの恐ろしさを、
久坂部節でシニカルに描いている。






 

孤高の人

 投稿日:2018年11月18日(日)08時47分32秒

  「孤高の人 上下」
新田次郎、新潮文庫、1973年

 久しぶりの新田次郎の山岳小説です。兵庫県立六甲山自然保護センターで、兵庫県出身の登山家として特別展示をしていたのを見て、「孤高の人」を知り早速読んで見ました。
 新田次郎らしい本だなと直ぐに思いました。馴染みの文体が心地よく一気に読めました。

新潮社HP https://www.shinchosha.co.jp/book/112203/
 昭和初期、ヒマラヤ征服の夢を秘め、限られた裕福な人々だけのものであった登山界に、社会人登山家としての道を開拓しながら日本アルプスの山々を、ひとり疾風のように踏破していった“単独行の加藤文太郎”。その強烈な意志と個性により、仕事においても独力で道を切り開き、高等小学校卒業の学歴で造船技師にまで昇格した加藤文太郎の、交錯する愛と孤独の青春を描く長編。

加藤文太郎の略歴(Wikipediaから抜き書き)
1905年3月11日、兵庫県美方郡浜坂町で、加藤岩太郎・よねの四男として誕生。
1919年浜坂尋常高等小学校高等科卒業後、神戸の三菱内燃機製作所に勤務し、兵庫県立工業学校夜間部を卒業する。
1923年頃から本格的に登山を始める。
(当時の彼の住まいは須磨にあったため、六甲山が歩いて登れる位置にあった。現在ではポピュラーとなった、六甲全山縦走を始めたのが、加藤文太郎である。非常に歩くスピードが速かった文太郎は、早朝に須磨を出て六甲全山を縦走し、宝塚に下山した後、その日のうちに、また歩いて須磨まで帰って来たという。距離は約100kmに及ぶ。
 当時の登山は、戦後にブームになった大衆的な登山とは異なり、装備や山行自体に多額の投資が必要であり、猟師などの山岳ガイドを雇って行く、高級なスポーツとされていた。その中で、加藤文太郎は、ありあわせの服装をし、高価な登山靴も持たなかったため、地下足袋を履いて山に登る異色の存在であった。単独行であることと、地下足袋を履いていることが、彼のトレードマークとなった。)
1928年ごろから専ら単独行で日本アルプスの数々の峰に積雪期の単独登頂を果たし、なかでも槍ヶ岳冬季単独登頂や、富山県から長野県への北アルプスの単独での縦走によって、「単独登擧の加藤」、「不死身の加藤」として一躍有名となる。
1935年、同じ浜坂出身の下雅意花子と結婚。
1936年(昭和11年)1月、数年来のパートナーであった吉田富久と共に槍ヶ岳北鎌尾根に挑むが猛吹雪に遭い天上沢で30歳の生涯を閉じる。当時の新聞は彼の死を「国宝的山の猛者、槍ヶ岳で遭難」と報じた。
1990年、故郷の浜坂町に新田次郎文学碑が加藤文太郎を語る会を中心に建立される。作家の藤原てい(新田次郎夫人)が招かれ除幕された。

 小説で知る加藤文太郎の登山ぶりは壮絶でとうてい他人がまねできるものではありません。何を思いながら歩いているのだろうと新田と一緒になって考えてしまいます。奇人変人の孤独の深さを思い知ります。
 加藤の設計技師としての仕事と登山との関係は、新田の気象庁の仕事と小説家としての仕事の関係に共通項があるのかなと思いました。職場での加藤の立場がよく描かれていると感じたからです。
 また加藤の冬の富士山登山の場面は流石に見事でした。新田は1度だけ加藤と富士山で出会っているそうです。その経験が生々しくでているように感じました。

 一気に読みました。読み終わった時、感動!というより疲れた!と。




 

人の名前が出てこなくなった時に読む本

 投稿日:2018年11月 7日(水)16時30分43秒

  「人の名前が出てこなくなった時に読む本」
松原英多、KKロングセラーズ、2018年

http://kklong.co.jp/201803-3.html
内容紹介
「あれ?あの人の名前なんだっけ?」
「顔は覚えているが名前が出てこない!!」
??年齢を重ねると、誰でもそんな現象を体験されるのではないでしょうか?
この現象は大警告です。毎日5分位の軽い筋トレと15分ウォーキング、食事療法で名前忘れ・認知症は防げます! !
国立長寿医療研究センターが開発した、治療体操「コグニサイズ」も紹介。

内容(「BOOK」データベースより)
「あれ?」と思った経験ありませんか?実は危険信号!脳細胞を活性化し認知症を防ぐための「呼吸」「食事」「運動」「習慣」

著者について
松原英多(まつばら・えいた)
東京生まれ。
医学博士・内科医・日本東洋医学界専門医・良導絡学会専門医・エビス診療所院長。
東邦大学医学部卒業後、アメリカ・カナダに4年間遊学。帰国後、母校で大脳生理学の研究・東洋医学・医学心理・催眠療法を学ぶ。日本テレビ系列「おもいッきりテレビ」のホームドクターとして23年間にわたってレギュラー出演。
講演では、長年の経験と研究をもとに最新の医学情報を入れながら、からだや脳の健康を積極的に守る身近で意外な方法と知恵をわかりやすく、楽しく語る。また、これからの高齢化社会で一番心配される介護の問題や実際的な方法とコツ、そして、ぼけや老化を防ぐ生活法を多くの方に伝えている。



 偶々、本屋でたくさん山積みに置いてあったのを手に取りました。近頃、人の名前が出てこない症状が酷くて認知症が心配だったので買ってしまいました。

 著者にどのような医学的業績があるのかないのか、この本を読んだだけでは分かりません。「日本テレビ系列『おもいッきりテレビ』のホームドクターとして23年間にわたってレギュラー出演」というのが売りの医学関係の解説者と思えば良いのでしょうか。多岐にわたって医療についての知識があり、それを易しく解説しています。

 結論は「毎日5分位の軽い筋トレと15分ウォーキング、食事療法で名前忘れ・認知症は防げます」ということですが、手を替え品を替え認知症を防ぐための方法を教えてくれます。それは認知症の原因となる糖尿病・高血圧・肥満・不活動を改善する方法ということになり、深呼吸をするとか、野菜・タンパク質・炭水化物の食事順とかすぐに実行できそうな事ばかりです。

 自分に合った方法をいくつかみつけて、それを継続して実行することができれば、この本を買ってよかったということになるのでしょうね。



 



 

僕とおじさんの朝ごはん

 投稿日:2018年10月26日(金)16時41分12秒

  「僕とおじさんの朝ごはん」
桂望実、中央公論新社、2015年2月


桂望実のHPより(https://nozomi-katsura.jp/

さぼることに熱心なオッサンと、少し生意気な少年の物語です。
料理人として超テキトーに仕事をこなしているオッサンが、様々な出会いと出来事によって、生きること、幸せとはなにかを考えるようになります。
少年がある決断をします。
それを巡る周囲の人たちの思いも描きました。


 「県庁の星」しか思い浮かばない作家で、他に1、2冊しか読んでいないのですが、表紙のデザインがスッキリしていて気に入ったので手にしました。表題や表紙の絵の意味は最後の方で分かるのですが「僕とおじさんの」の「最後の晩餐」のつもりの朝食が表紙の絵です。
 初めの方は話の流れがつかめないので退屈なお話しだったのですが、後半は面白くなりさっと読めました。死に対面するエピソードがいくつもでてくるのですが主人公のやるきのないおじさんの素っ気ない対応でどれも深刻にならずに淡々と話がすすみます。
 病院生活しか知らない少年が延命のための手術を拒否し死を選びます。凄い話です。「最後の晩餐」まで一気に読ませます。




 

銀河鉄道の父

 投稿日:2018年10月 9日(火)06時05分29秒

  「銀河鉄道の父」
門井慶喜、講談社、2017年9月

講談社BOOK倶楽部(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000190479

内容紹介:明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。
賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、後には教師や技師として地元に貢献しながら、創作に情熱を注ぎ続けた。
地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、このユニークな息子をいかに育て上げたのか。
父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、気鋭作家の意欲作。

著者紹介:門井 慶喜(カドイ ヨシノブ):1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年、オール讀物推理小説新人賞を「キッドナッパーズ」で受賞しデビュー。'15年に『東京帝大叡古教授』が第153回直木賞候補、'16年に『家康、江戸を建てる』が第155回直木賞候補となる。'16年に『マジカル・ヒストリー・ツアー ミステリと美術で読む近代』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、同年咲くやこの花賞(文芸その他部門)を受賞。他の著書に『パラドックス実践 雄弁学園の教師たち』『屋根をかける人』『ゆけ、おりょう』、共著『決戦! 新選組』などがある。

「銀河鉄道の父」は2018年1月に第158回直木賞を受賞した。


 門井慶喜の本は初めてです。直木賞作品紹介の記事をみて直ぐに図書館に申し込み、やっと今、借り出せました。
 読みやすい文章、興味がつきないエピソードの連続で、面白く1日で読み終わりました。ほとんど資料の残っていない宮沢政次郎の父としての視点から宮沢賢治の一生を描くことにより、賢治の実体を浮き彫りにした作品です。賢治の作品は有名すぎて既知感があるため、かえってほとんど読んでいません。この本を読んだのを機に、手をだしてみようかなと思いました。
 どら息子だった賢治、生前はまったく作品が売れなかったのに死後1,2年で人気作家に、また熱心な法華宗信者だったなど知らなかったエピソードにつられ一気読み。もう一度じっくり読み直そうと思います。





 

ヒトリコ

 投稿日:2018年10月 3日(水)08時25分29秒

  「ヒトリコ」
額賀澪、小学館、2015年

 (第16回小学館文庫賞の受賞作)

あらすじ
http://nukaga-mio.work/hitoriko
一匹の金魚をきっかけに、いじめのターゲットとなった日都子。
それ以来彼女は、「みんな」に加わらない「ヒトリコ」になる。

ヒトリコして生きる日都子と、彼女に関わる少年と少女の物語。

青春は、誰も無傷ではいられない。


 額賀の本は『拝啓、本が売れません』が最初で、応援したくなり、7月に発売された『風に恋う』を購入しました。その後も図書館で額賀の本を見つけると借りだしています。これもその一つ。

 「いじめ」の話なので暗くて途中放棄になるかも知れないという予感があったのですが、最後まで読めました。それは主人公・日都子(ヒトコ)が「みんな」に加わらない「ヒトリコ」として毅然と生きる強さに清々しさを感じたからだと思います。

 「いじめ」に関する子供、親、教師のそれぞれの問題パターンが冷めた目で描かれているように思います。

 額賀らしくないと思うほどのハッピィエンド物語でした。




 

コメディカル

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 9月10日(月)19時16分59秒

   久坂部羊「院長選挙」を再読していました。東京の有名大学病院の病院長選挙を主題に、久坂部らしくシニカルというかコミカルに描いた小説です。「第6章 コメディカル」があり、この目次を見たとき、comedy(喜劇)と関連した言葉と理解していました。しかし、読み出すとコ・メディカル(medical:医学の)の意味らしいと思い、(て)に聞くと「医療スタッフ」のことだという。

 小さな英和辞書には出てこないのでWEBで検索しました。

『コ・メディカル(和製英語: co-medical、英: paramedic)とは、医師や歯科医師の指示の下に業務を行う医療従事者を指す。コメディカルスタッフ、または医療スタッフとも呼ばれる。2010年の厚生労働省による「チーム医療の推進に関する検討会」の報告がまとめられた。以降、コ・メディカルの活用は国家的にも提案されることがある。』とありました。
 医療スタッフという言葉は分かりやすいのですがそこに医者が含まれないというのはおかしいと感じ、コ・メディカルって、上(医者)から目線の言葉だと思います。これを平気で使う久坂部はやっぱり医者なんだと。
 

錆びた太陽

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 9月 2日(日)11時08分18秒

  「錆びた太陽」
恩田陸、朝日新聞出版、2017年3月

著者プロフィール
http://www.shinchosha.co.jp/writer/1121/

 1964(昭和39)年、宮城県生れ。早稲田大学卒。1992(平成4)年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞を、2006年『ユージニア』で日本推理作家協会賞を、2007年『中庭の出来事』で山本周五郎賞を、2017年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と2度目の本屋大賞をそれぞれ受賞した。ホラー、SF、ミステリーなど、さまざまなタイプの小説で才能を発揮している。著書に、『三月は深き紅の淵を』『光の帝国 常野物語』『木曜組曲』『ネバーランド』『ライオンハート』『私と踊って』『夜の底は柔らかな幻』などがある。

(Amazonの商品説明)
内容紹介
 「最後の事故」で、人間が立ち入れなくなった地域をパトロールしているロボット「ウルトラ・エイト」。彼らの居住区に、ある日、人間が現れた。国税庁から来たという20代の女性・財護徳子。人間である彼女の命令に従わざるを得ないロボットたち……。彼女の目的は一体何なのか? 恩田陸の想像力が炸裂する本格長編小説。

内容(「BOOK」データベースより)
 立入制限区域のパトロールを担当するロボット「ウルトラ・エイト」たちの居住区に、国税庁から派遣されたという謎の女・財護徳子がやってきた。三日間の予定で、制限区域の実態調査を行うという。だが、彼らには、人間の訪問が事前に知らされていなかった!戸惑いながらも、人間である徳子の司令に従うことにするのだが…。彼女の目的は一体何なのか? 直木賞受賞後長編第一作



 『蜜蜂と遠雷』を読み面白かったので、他の作品も読みたいとは思っていたが、他に読みたい本が多く、実際に読んだのはまだこれだけ。

 近未来の原電の「最後の事故」以後の日本を、実に軽妙にコミカルに描く。えっ、こんな作家なのと吃驚。恩田作品を読み込んでいる人には恩田らしい作品とみられているようだ。TNには筒井康隆のSFものを思い出させた。
 原発事故、人間とロボット、環境など色々考えさせるが、軽く読めるので一気に読了。

 話は横にそれますが、最近、読むのは女性作家の本が多いなと突然気付く。今図書館で借りだしている7冊の内、女性作家ものが6冊。男性のは村上春樹「アンダーグラウンド」だけ。女性の方が元気な世の中になったのでしょうか?




 

拝啓、本が売れません

 投稿日:2018年 8月27日(月)18時49分31秒

  「拝啓、本が売れません」
額賀澪、KKベストセラーズ、2018年3月

 図書館の「平成生まれの作家」の特集コーナーにあり、ライトノベルっぽい装丁なのでこれなら軽く読めるだろうと借り出しました。無論、初めての作家。額賀は「ゆとり世代」と自嘲的に自己紹介しています。文科省が主導した「ゆとり教育」をダメだと思いながら止められなかった元教育関係者としては複雑な思いがあります。まあそれはともかく著者のHPのプロフィールはなかなかユニークです。

「小説を書いています。

1990年生まれ。茨城県行方市出身。
清真学園高等学校 卒業。
日本大学芸術学部文芸学科 卒業。
東京都在住。

2015年、第22回松本清張賞・第16回小学館文庫小説賞 受賞。
日本文藝家協会 会員。

2017年よりアロー教育総合研究所 研究員・広報室長。
2018年4月より、大正大学表現学部表現文化学科 非常勤講師。

兼業でフリーライターもやっています。
得意分野は学校教育、大学受験、進路指導、吹奏楽など。」

 あらすじもHPのをコピペします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あらすじ

 「もう飽きたんだよ! 『本が売れない』って慰め合いながら本を作るのは!」

2015年に『松本清張賞』と『小学館文庫小説賞』をダブル受賞して(一瞬だけ)話題になった平成生まれのゆとり作家は、「本が売れない」という現実を思い知る。

出版不況といわれる中、いかに自分の本を売っていくか。
「自分の本をベストセラーにするための方法」を探すため、ゆとり作家は担当編集と旅に出る。

書店員、ライトノベル編集者、ブックデザイナー、Webコンサルタント、映像プロデューサー……。出版業界にいる人、周辺にいる人、外にいる人。さまざまな業界で活躍するキーパーソンを取材。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 面白かった。作家が多くの人に読んで欲しいと願い必死に書いた本を、1人でも多くの人に買って読んで貰いたい。その為にはどうすれば良いかを編集者、書店員、WEBコンサルタント、映像プロデユーサーやブックデザイナーを尋ね歩く。結局は「良い本を書く」という事に尽きるという結論になるのだが、作家にとっては大事な提案が種々でてくる。それらの取材結果をまとめたのがこの本。この本の装丁はブックデザイナーの提案を早速生かしたものとなっているがその他の提案をどう受け止めたかは次回の新刊書を見て下さいということになる。それは2018年6月刊行予定の「風に恋う(仮)」文藝春秋刊になる。その予告編としてその1章分が特別付録としてこの本の中に収められている。まあよくやるという感じですが、その本気度に好感を持つ。「風に恋う(仮)」文藝春秋刊を本屋で買ってみようと今、思っています。

 頑張れ「額賀澪」という気分です。

ps 6月刊行予定といったらもう過ぎている、と気がついて、HPを見直すと
  「風に恋う」は7月に出版され、8月には重版が出たそうです。おめでとう!
  ユニークで斬新なHPです。ここまで手が込んでいる小説家のHPは
  はじめてだと思います。




 

美は乱調にあり

 投稿日:2018年 8月22日(水)20時51分34秒

  「美は乱調にあり」
瀬戸内寂聴、角川学芸出版、2010年
(1969年に角川文庫として刊行されたものの新装版)

2017年に岩波現代文庫として再出版されている。

内容(「BOOK」データベースより)
「美はただ乱調にある。諧調は偽りである。」(大杉栄) 瀬戸内寂聴の代表作にして、伊藤野枝を世に知らしめた伝記小説の傑作が、続編『諧調は偽りなり』とともに文庫版で蘇る。婚家からの出奔、師・辻潤との同棲生活、『青鞜』の挑戦、大杉栄との出会い、神近市子を交えた四角関係、そして日蔭茶屋事件―。その傍らには、平塚らいてうと「若い燕」奥村博史との恋もあった。まっすぐに愛し、闘い、生きた、新しい女たちの熱き人生。


 瀬戸内寂聴の「伝記文学」は、けっこう読むのがしんどい。途中で嫌になるがもう止めたと投げ出せずに最後まで読まされる。

 関東大震災の混乱の最中の大正12年9月に、大杉栄と伊藤野枝、及び大杉の甥が憲兵に捕らえられ絞殺された。その伊藤野枝の物語で、大杉栄が神近市子に刺される「日陰茶屋事件」で終わっている。大杉栄と伊藤野枝のその後は「諧調は偽りなり」に書かれている。

 神近市子(のちの社会党衆議院議員)だけではなく、「青鞜」の平塚らいてうなどの明治大正時代に自分に忠実に生き、時代よりはるかに先を進んでいた女性達がいっぱい出てくる。彼女たちの生涯をもっと詳しくりたくなる。

 書評(http://blog.livedoor.jp/maturika3691/archives/5279269.html)に↓のようなのがあった。
 瀬戸内晴美が尊敬をしていた作家の井上光晴は瀬戸内を評して、「遅れてきた伊藤野枝」といったという。瀬戸内の書いた伝記小説のどの主人公にも、作者自身が重なって見えてくるのだが、いちばん瀬戸内に近いと思われるのは、たしかに伊藤野枝である。肉親や世間の思惑をはねかえして、自分の思い通り突き進んでいく生命力旺盛な野枝の気質は、若き日の瀬戸内晴美のイメージにもつながる。




 

新月で

 投稿日:2018年 8月11日(土)21時38分25秒

  流星群が見えるチャンスなのですが、今日は曇り空。
多分、観察不可能でしょう。明日が流星数のピーク
ですが、天気予報では大阪は曇り。きっとダメ???


Haruki Murakamiの「Underground」
 オーム真理教の犯罪者の大量の死刑が執行された時、
新聞の解説記事に出てきたので(て)が読んで見たい
というので図書館に予約した。ふと気にはなったのですが
やはり英文でイギリスで出版された本でした。
 Prefaceなどを走り読みすると、日本語の原本があって
それをAlfred Birnbaum と Philip Garbrielが翻訳した
と。原本は、1997年の「Andagraundo]と1998年の
「Yakusoku sareta basyo de」とあった。検索すると
「アンダーグラウンド」と「約束された場所で」が見つかったので
予約しました。英語の小説を今、読む元気は無いので。


瀬戸内寂聴「死に支度」
 たぶん読むのは二度目。面白かった。だんだんこの作家が
好きになってきた。
 2014年の出版で、瀬戸内、92歳の時の話。「負け戦さ」の
中で「安倍政権の最近の政策が危なくて恐ろしくて仕方がない」と
書く。その理由がTNが安倍を史上最低の首相と考える理由と全く同じ
でした。


 

雲上雲下

 投稿日:2018年 6月11日(月)06時08分23秒

  「雲上雲下」
朝井まかて、徳間書店、2018年02月

内容紹介(徳間書店;http://www.tokuma.jp/bookinfo/9784198645595
「草どん、語ってくれろ」どこからともなく現れた子狐は、目の前にいた草に話しかけた。物語をせがむ子狐に、草どんは重い口をひらく……。
 子狐に山姥、乙姫に天人、そして龍の子。民話の主人公たちが笑い、苦悩し、闘う!
 「俺たち、本当に存在しているんですか?」
やがて物語は交錯し、雲上雲下がひずみ始める。物語が世界から消えてしまうのか?
不思議で懐かしい、ニッポンのファンタジー。

著者より(NetGalley;https://www.netgalley.jp/catalog/book/134218
 山姥や狐、天人や鬼。昔噺の者たちが集まり、やがて神話や伝説とも交わりました。民話は人間の心や生きようを仮託していると捉えられがちですが、彼らはそれぞれに意思を持ち、自律的に動きました。自身の真実を生きているのです。そのことが、書き手である私の最も大きな発見でした。
――雲上雲下の物語に耳を澄ませてくださった皆さまの、率直なご批評、感想を心待ちにしています。語り合いたい。
そう願う作品になりました。

担当編集より(NetGalley;https://www.netgalley.jp/catalog/book/134218
 日本各地へ行き、昔から伝わるお話を聞かせていただきました。長野の湖や奈良の山、群馬の遺跡に和歌山の滝。ブナ林の中を走り回り、新潟の田んぼの中で偶然みつけたお地蔵さんを拝んだことも。そんな四季折々の一瞬一瞬が集められ、物語となり、生き物のように動きはじめました。
 「物語よりおもしろいものがある」と言われる小説にとって厳しい時代の中、朝井さんが命を吹き込んだ“物語たち”は世界に問いかけます。物語たちがいなくなってしまったら、あなたたちはどうするでしょうか?
 本作品は、物語に関わるすべての人に届いたらと切に願っております。


 朝井まかての最新刊(?)、図書館の予約待ちがじれったく楽しみでした。期待通り面白く満足です。

 歴史を取材源としてきた朝井が初めて昔噺を取材し、昔噺が神話や伝説と交わっていく話を作り上げました。

 大きく三つに章が分けられていて、章ノ一は昔話の短編が集められています。どれも楽しいのですが「猫寺」が一番好きです。章ノ二は伝説の「小太郎」の長い物語、章ノ三で語り部「草どん」の正体が明らかになる神話です。

 流石に朝井まかて、カタカナ言葉は一切無く動植物の名は全て漢字。ここまで徹底されるとそれが彼女のスタイルだと、気持ちがよい。

 昔噺を「あいあい」と可愛く相づちを打ちながら聴いていた「子狐」の母親が「玉藻前」だって。思わず拍手です。文楽の『玉藻前曦袂』が頭に浮かびました。







 

トコトンやさしい

 投稿日:2018年 6月 9日(土)15時49分29秒

  「今日からもの知りシリーズ
   トコトンやさしい
     地質の本    」

 編著者:藤原治、斎藤眞、日刊工業新聞社、2018年2月

 やさしく解説するというのは難しいことなんだと、池上彰の解説記事を見てからずっと頭にあった。そんな時、図書館の新刊書の中にあったこの本を見つけ、たまには地質の本もよいだろうと借り出した。

 「トコトンやさしい」となっているがそれほど易しい本とは思えない。最低でも高校の地学を履修していないとさっぱりついて行けないだろうと思う。この本は出版されて間がないのでまだ読後感はネットに流れていないが、同じシリーズの他の本の読後感で「やさしい」つもりだったが難しい、理解出来ないというのが多い。やさしく解説というのはやはり難しいのだと改めて実感。

 それなりの地質の素養があれば充分理解出来るし地質全般を要領よく整理した良書です。TNの専門のところは物足りないのに、TNが余り知らない分野は分かりやすく書かれているように思える。かってなものです。

 恥ずかしいことですが「20万分の1日本シームレス地質図V2」が2017年に公開され、「地質図Navi」の基図になっているということをこの本で知る。早速、アクセス。凄いです!(地質図Navi、 https://gbank.gsj.jp/geonavi/) しばらくこれで遊べます。

 表紙には編著者として二人の名前がありますが他に7名の編著者が示されています。地質を一人でやさしく解説するなんて不可能なんだですねと変なところで安心しました。




 

魂の秘境から

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 6月 4日(月)07時09分1秒

  「魂の秘境から」
石牟礼道子、朝日新聞出版、2018年4月

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
内容紹介(Amazon:https://www.amazon.co.jp/%E9%AD%82%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%A2%83%E3%81%8B%E3%82%89-%E7%9F%B3%E7%89%9F%E7%A4%BC%E9%81%93%E5%AD%90/dp/4022515503

たぶん石牟礼道子は初めから異界にいた。
そこから「近代」によって異域に押しだされた
水俣病の患者たちとの連帯が生まれたのだろう。――池澤夏樹

名作『苦海浄土』で水俣病を告発し世界文学に昇華した著者が、
ホームで闘病しながら語った、水俣・不知火海の風景の記憶と幻視の光景。
朝日新聞に3年にわたり連載されたエッセイを収録した最晩年の肉声。
写真家・芥川仁氏による写真多数収録。

「海が汚染されるということは、環境問題にとどまるものではない。それは太古からの命が連なるところ、数限りない生類と同化したご先祖さまの魂のよりどころが破壊されるということであり、わたしたちの魂が還りゆくところを失うということである。

水俣病の患者さんたちはそのことを身をもって、言葉を尽くして訴えた。だが、「言葉と文字とは、生命を売買する契約のためにある」と言わんばかりの近代企業とは、絶望的にすれ違ったのである。(本文「原初の渚」より)」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝日新聞連載の最後が2018年1月31日、石牟礼が90歳でなくなったのは2018年2月10日、まさに遺作となった本です。

 米本浩二が「評伝 石牟礼道子」に書いた、「石牟礼道子は渚に立つ人である。前近代と近代、この世とあの世、自然と反自然、といった具合に、あらゆる相反するもののはざまに佇んでいる。それは意識的にやっているわけでなく、近代の創草記に水俣に生まれたのが偶然に過ぎないように、いくつもの「たまたま」の結果、半分無意識に渚にいるのである。しかし生まれ持った才能は常人には分からぬ苦しみをもたらす。」というのがその通りだなと実感させる、晩年の石牟礼の意識の流れを綴った本でした。

 幼少期のことをよく覚えているなと「椿の海の記」を読んだときと同じことを感じまし。出来事はどこかで読みすでに知っていることがいくつもでてきますが、嫌ではない。石牟礼は全集に載っている自分の文章にさえ赤ペンを入れる人というエピソードを思い出します。ただこの本は新聞連載を意識したためか、石牟礼の特徴である詩的な文体、(石牟礼流)方言が少なく所謂読みやすい文章になっているのが物足りない。

 どのエピソードにも石牟礼の「孤独」の深さが滲み出ています。だからこそ昔の出来事をここまで鮮明に描けるのだと感じさせます。

 読後も鮮明に覚えていることを一つだけ選ぶと「流浪の唄声」の最後になります。
 村の子供は琵琶弾きどんたちを見ると、「かんじん(勧進。物乞いの意味)、「かんじん」と囃し立てて石を投げることもあった。つぶては「しんけいどん」にも、助けに入る孫娘のわたしにも飛んできた。そのころから、わたしは自分自身のことも、魂の遠ざれきをする「失したり者(いなくていい者)」の勘定に入れるようになったのである。

 「・・・・わたしは九州鹿児島の、西郷の娘でございます、・・・」というお手玉唄がでてきました。林真理子の「西郷どん」にもあったので気になりました。石牟礼のは最後が省かれています。「お墓の前で手を合わせ/南無阿弥陀仏と拝みます/お墓の前には魂が/ふうわりふうわりジャンケンポン」です。石牟礼は最後は「あーがった、ちょい」だったと書いています。

 写真家・芥川仁による写真はどれも素晴らしい。石牟礼の魂の風景には白黒写真がぴったりです。




 

「評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―」

 投稿日:2018年 5月31日(木)18時29分30秒

  「評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―」
米本浩二、新潮社、2017年

米本浩二 ヨネモト・コウジ(新潮社HPより)
 1961年、徳島県生まれ。徳島県庁正職員を経て早稲田大学教育学部英語英文学科卒業。在学中に『早稲田文学』を編集。2017年3月現在、毎日新聞記者。石牟礼道子資料保存会研究員。著書に『みぞれふる空――脊髄小脳変性症と家族の2000日』(文藝春秋)。『評伝 石牟礼道子――渚に立つひと』(小社刊)で第69回読売文学賞[評論・伝記賞]を受賞した。

 石牟礼道子は2018年2月10日に90歳で逝去しました。米本は毎日新聞に素晴らしい哀悼の記事を書いています。下がその概要です。

 石牟礼は渚に立った「悶え神さん」だった。他人の不幸を自分のことのように感じる人を水俣では悶え神さんという。・・・・・しかし、「悶え神さん」の資質だけでは、石牟礼さんの書くものは通常のノンフィクションのレベルにとどまっただろう。幼い頃から貧困や狂気と接し、この世から疎外されているような絶対的孤独を抱え持ち、3度も自殺未遂し、生と死を行き来したことが、作品のスケールを大きくした。・・・石牟礼は、前近代と近代、生と死、人工と自然ーそれらのはざまで、リアルかつ夢幻的な文学を紡ぎ出していったのだ。

 上の哀悼の記事を読み、米本の「評伝 石牟礼道子―渚に立つひと―」を読みたくなり直ぐに図書館で予約しました。予約順位は一番だったのに入手できたのは5月29日でした。多分、新たに購入してくれたのだと思います。TNが茨木図書館でこの本を最初に読んだ人ということになります。嬉しいです。

 石牟礼の著作からの引用がたくさんあり、石牟礼作品に馴染んでいないと読みづらい本です。それでも内容は石牟礼に対する深い愛情と敬意が溢れていて素晴らしい本でした。石牟礼作品をより深く理解するための魅力ある資料といえるでしょう。

 皇后様と石牟礼とのエピソードなどの既知のものもあるのですが、石牟礼の最大の理解者(編集者)として知られている歴史家・渡辺京二が石牟礼の食事を30年以上も作り続けているエピソードには吃驚しました。なんで(?)と思います。家庭を全く顧みない石牟礼、恋愛感情はどうなっているのと俗人は思います。志賀狂太、秀島由己男との間にも恋があったと感じさせる記述になっています。孤独を抱えた美女、石牟礼は恋多き人だったのではと感じます。
 それで何となくこの評伝をネット検索していたら日本記者クラブで米本が公演した記事を見つけました(https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/35059/report)。そこに渡辺京二と石牟礼の関係について「互いに家庭がある。恋愛感情を胸に秘めたまま踏みとどまる。見事な同志的結合…」、「2人の関係を書くことは熊本ではタブーになっていた。知りすぎてしまった。書いていないことは山ほどある」などと米本が語っているらしい。気になってYouTubeの会見動画を見てしまいました。一時間半もあるのですが、なかなか面白く、この評伝がどのように書かれたかが良くわかります。そしてこの本の紹介を書く気力がここでなくなってしまいました。



 評伝を辞書で引くと「ある人物について評価を加えつつ書かれた伝記。」とあり、「資料にそってある人物の生い立ち、業績、人柄などを紹介する伝記に批評を加えた物」といのが私のイメージです。しかし、想像していた評伝とは随分異なりました。それは米本の執筆姿勢から来ているのだと思います。執筆方針は米本の「魂」にぐっとくる事項だけを書くということだけ。これは簡単そうで難しい。「『魂』の共振がない限り、私は文章を書くことができない。」とまで書いています。石牟礼の執筆姿勢と同じだと感じます。この評伝を読んでいるとき、石牟礼本人が書いているのではと錯覚することがありました。

 この本の書評としては中沢 けい(作家)のが印象深い(http://dokushojin.com/article.html?i=1341)です。この書評からも米本がいかに「魂」にこだわっていたかを知ることができます。以下はその抜粋(するつもりがほとんど全文)です。


・・・・・・・・・・。道子の幼年期で印象的人物は、松太郎の妻、つまり道子の祖母おもかさまだ。おもかさまは松太郎が愛人を持ったことをきっかけに精神に変調をきたしていた。幼年期の道子はおもかさまと過ごす時間が多かった。幼年期のおもかさまと過ごした記憶は石牟礼道子自身が語ったものだ。評伝として資料との突合せはもちろん行われているが、暖かな声が聞こえるのである。この評伝には人の声が籠っている。人の肉声が行間から響いてくる

一九三四年、道子は水俣町立第二小学校へ入学。前年に役所が通知を忘れたために一年遅れの小学校入学だった。つづり方を習う。「この世を文字で、言葉に綴り合わせられることに驚いた。文字でこの世が復元できる。生きて呼吸する世の中をその内部から復元できる。世界がぱーっと光り輝くようでした」とつづり方を書く喜びを述懐する。この深い喜びの中からやがてこの世と並列する言葉でのみ築かれる世界が現れてくるのである。それを神話的な魂の世界と呼ぶことができる。

・・・・・・・・・。米本浩二は水俣病を描いた「苦海浄土」から石牟礼文学を見るのではなく、石牟礼文学の方から「苦海浄土」と水俣病闘争に光を当てる。社会問題告発文学としての「苦海浄土」ではなく、神話的な魂の世界の流転の物語として読み解く。

石牟礼道子の文学世界が生成されると、そこに出会いが生まれる。死の直前の高群逸枝に手紙を送ったのは三七歳の時だ。逸枝は亡くなったが逸枝の夫、橋本憲三は道子に東京の「森の家」滞在を提案する。「森の家」は逸枝の仕事場兼研究所であった。「西南役伝説」「苦海浄土」そして高群逸枝評伝「最後の人」はほぼ同時期に書き進められる。米本浩二はこの時期を石牟礼道子のインタビュー取材をもとに描き、そこに作家の話に耳を傾ける喜びがある。評伝の文章に喜びの詩が隠れている。

石牟礼道子は不思議な人だ。多くの人を引き寄せ、深く交際する。冒頭で似ていると電話をかけた伊藤比呂美ともそれ以来、三〇年もの歳月を年齢の違う友人として親しい交際を続けている。人を引き付けてやまない力が石牟礼道子にはある。海と陸地の間に渚に立つ人、人の世と魂や精霊が住む異界の間に立つ人と米本浩二は石牟礼道子を評する。シャーマン的な存在と呼ぶことはたやすい。松本浩二はそんな凡庸な解釈では満足しない。二〇〇三年新作能「不知火」の熊本上演の時の石牟礼道子の様子を「卑弥呼や西太后のような派手なオーラがあるわけではない。小柄な婦人が目立つのを避けるようにつつましく座っているばかりである」と書く。これこそ魂の啓示を神話として描くことができる作家の姿だ。

百年の時を旅してきた評伝の筆はやがて現代から現在へと近づく。先年の熊本地震のあたりになると身近な人との対話として石牟礼道子の近況が描かれる。時は現在の中でゆるやかにそして華やかに回転する。この評伝は評伝の作者自身が石牟礼道子が暮らす介護施設の一室で夕食を調理する場面で終わるのである。こんな評伝の終わり方があったかと驚嘆した。石牟礼道子という人の存在をもっともよく感じ取れる終わり方であった。





 

男の孤独死

 投稿日:2018年 5月12日(土)11時03分51秒

  「男の孤独死」
長尾和宏、ブックマン社、2017年12月

 この手の本が気になるのが、老人になったという事なのでしょう。予期したショックも感動もなく淡々と読み終えました。何か得ることがある本かどうかと言えば、別にという感じで、想定内の話がほとんどの様な気がします。目次で大体の内容が想像できます。

 といっても幾つかは印象に残る事も書いてあります。
1.「老後」とは? 「老」の「後」は「死」しかない。そう考えると、老後には自分はいないのだから、過剰に不安がる必要もない、だって。

2.子供に1千万円遺すより。自分のために使い切った方が絶対にいい。

3.排尿にかかる時間は象もキリンもネズミも、人間もみんな約21秒だって。これが長くなると死が近いらしい。

などなど


 結局、(て)よりTNが長生きするなんて今のところ全く予想外なので切実感がないのでしょうね。


 









 

奇跡の人

 投稿日:2018年 5月 2日(水)08時14分11秒

  「奇跡の人」
原田マハ、双葉文庫、2018年1月

 単行本は2014年10月に双葉社から発行されています。単行本は既読であることを、文庫本を読み進む中で気付きました。なかなかの感動物語なのにどうして本を手に取った時、直ぐに既読であることを思い出さないのでしょう?ちょっと情けない。
 文庫本は巻末に解説があるのが一般的で、この解説が良いと本の内容をより深く理解出来て、記憶に長く残るのかなと思います。この本の解説を大矢博子(書評家)が書いています。良い解説でした。読後、ネットを検索すると大矢博子(書評家)の書評がありました。よく書かれているのでこれをそのままコピペします。


(https://ddnavi.com/review/434172/a/)

原田マハ版『奇跡の人』はなぜ明治の津軽が舞台なのか
文芸・カルチャー 2018/2/4

『奇跡の人 The Miracle Worker』(原田マハ/双葉社)
 奇跡の人──と言えば、ヘレン・ケラーに言葉をもたらしたアン・サリヴァン女史のことである。原田マハ『奇跡の人 The Miracle Worker』(双葉社)は、明治の津軽地方を舞台にヘレンとサリヴァン先生の物語を翻案・再構築した実験的な意欲作だ。

 物語は明治20年、アメリカ留学帰りの弱視の女性・去場 安(さりば あん)が、津軽は弘前で暮らす盲聾唖の6歳の少女・介良(けら)れんの家庭教師として雇われる場面から始まる。この名前を見るだけでわかるように、著者は初手からはっきりと、これはヘレンとサリヴァンの話ですよと読者に告げているのだ。

 安が出会ったれんは暗い蔵に閉じ込められ、手づかみで食事をとり、排泄の躾もできていない、まるで獣のような少女だった。そんなれんを安は「気品と、知性と、尊厳を備えた『人間』になってもらうために」根気よく言葉を教える……というところから「水」を認識するまでの流れは、まさに私たちがよく知る「奇跡の人」そのままである。

 ではなぜ著者は、この物語を明治の津軽に置き換えたのか。実は途中、“ヘレンとサリヴァンの物語”にはないエピソードがふたつ入って来る。ひとつは恐山のイタコとの出会い。もうひとつは、ボサマと呼ばれる門付け芸人(家々の玄関で音曲などを披露し、食べ物やお金を貰う人々)である三味線弾きの少女・キワとの出会いだ。イタコもキワも、盲目の女性である。

 イタコもボサマも津軽特有の風習だ。いずれも社会的身分という点では最下層ではあったが、それでも障碍を持つ女性が技術さえ磨けば食べていけるだけのシステムが、当時の津軽には存在していたと言える。そうして自立している女性と、蔵に閉じ込められて育ったれんを出会わせることで、女性でも、障碍があっても、自立できるのだということを本書は描いているのだ。そこに、弱視ながら留学して勉強してきた安を加えることで、さらに可能性は広がるのだと告げている。だから本書は明治の津軽でなくてはならなかったのである。

 このように本書には、ヘレンとサリヴァンの話を日本に置き換えることで見えてくる、さまざまな試みが散りばめられている。それら詳細については文庫の巻末解説で詳しく述べたので、ぜひ本書を手にとり、解説をお読みいただければと思う。今の日本で、まだ種々の問題があるとはいえ、障碍を持つ人や女性が平等な権利を手にしているのは多くのれんや安の闘いの成果なのだと、頭ではなく心に直接しみてくるはずだ。

文=大矢博子




 

居酒屋ぼったくり5、6、7

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 4月26日(木)10時22分1秒

  「居酒屋ぼったくり5、6、7」
秋川滝美、アルファポリス
5:2016年3月、6:2016年10月、7:2017年3月

 1から4は購入しました。3の読後感で「今回の日本酒はどうしても呑んでみたいと思うほどのものはなかったような、たぶん酒選びのポリシーが、なになにの料理に合う日本酒、普段日本酒を呑まない人でも呑めそうなもの、美味しくて手に入れやすく財布に優しいもの、ということから飲んべえにはちょっと物足りない感じがするのかな?・・・・・・・・・・
 このシリーズ、まだ続けたそうな気配があるが、もう充分のような・・・。」と書きました。それで、Cを本屋で見つけたときは、ためらいましたが、また買ってしまいました。その読後感に、「料理の話はいつもよだれが出そうです。酒飲みには毒です。常連さんとのやり取りも楽しいですね。
 ご近所の話の続きとしてDも予定されているようで。たぶん次号も買って読むことでしょう。」と書いたのですが、結局、探しもしなかったのですが、図書館で5から7を見つけ借り出しました。図書館の蔵書を検索すると9まで既に発行されているようなので8と9を予約しました。

 酒と料理に惹かれて読み続けています。5から7のお酒で機会があれば是非呑みたいと思ったのは、5では「風よ人よ水よ 純米吟醸、福光屋、金沢市」、東光 純米大吟醸 山田錦、小嶋総本店、米沢市」、6では「信濃錦 純米 かかしラベル、宮島酒店、伊那市」、「大治郎 純米吟醸 生酒、畑酒造、東近江市」、7では「飛露喜 特別純米、廣木酒造、会津坂下町」でした。またスコッチのチェイサーに黒ビールというのもやってみたいな!
 料理はどれも美味しそうですが特にどれを食べてみたいとも思いません。それはTNが「この料理に合うお酒は?」という飲み方はしたことがないからだと思います。常に酒が先です。酒(アルコール類全て)さえ美味しければ肴なんてなんでもよいし、なければそれでもよいという「貧乏学生」の習性が染みついている為だろうと思います。


 居酒屋店主姉妹とお客さん達との人情味溢れる温かいエピソードがこの本の魅力の一つです。その中には恋愛話も幾つか混じっています。この作家の傾向だと思いますがその恋愛話のメインがシンデレラ物語です。主人公・美音と要との恋愛話がまたまたシンデレラ物語になってきました。ちょっとマンネリと感じますが、まあこんな話も嫌いではありません。最後まで付き合ってみようと思います。





 

稲盛和夫のガキの自叙伝

 投稿日:2018年 4月17日(火)10時36分34秒

  「稲盛和夫のガキの自叙伝−私の履歴書」
稲盛和夫、日経ビジネス文庫、2004年

 2017年10月3日から2018年3月までの半年間、毎週火曜から土曜、毎日新聞(朝刊)の経済面に、120回にわたり稲盛の生涯を描いた伝記、「思い邪(よこしま)なし」(北 康利氏執筆)が連載されていました。鹿児島出身ということで(て)が熱心に読んでいました。その連載でよく引用されていたのがこの本です。

 TNは、京セラは製品の質が高いが、仕事がきつく労働者には大変な会社というイメージを持っていて好きな会社ではありませんでした。本を読んでも猛烈な仕事のやり方に圧倒されます。京都の小企業から出発した京セラを今や世界有数の優良大企業にした稲盛は、松下幸之助や本田宗一郎のようなカリスマ的な創業者に列せられるのでしょうか。何かそれとは違うような気もします。それはたぶん自叙伝を読み稲盛の人間臭さに触れたからでしょう(松下や本田の自叙伝や伝記物を読んでいないので比較にもなりませんが)。いずれにしても彼ら創業者は確固たる企業の理念(フィロソフィ)を自分なりに意識しそれを実践した人達なのだろうとは思います。

 セラミックの用途をいろいろ開発し実用化してきた京セラはやはり凄い企業だと思います。切削工具のチップへの応用ぐらいは技術屋ならすぐ発想できるようにも思いますが、セラミック人工関節、レーザービームプリンター、太陽電池の開発など多種多様なセラミックの応用の実用・企業化には凄いなと言わざるを得ません。特に再結晶宝石のエメラルド、ルビー、ブルーサファイアを「クレサンベール」という会社を作って売り出し、人工宝石に固定客ができたという。阪大時代に高圧物理実験で炭素からダイヤモンドを作るという研究グループの苦労を見て知っているので、その苦労と努力に脱帽です。

 一番感心したのが京都賞の話。1981年に「伴記念賞」を受賞し、その時、嬉々として賞を貰っている自分が恥ずかしくなり、多くの人と相談し、社会に貢献したいと「京都賞」を創設したという。やる以上はノーベル賞のような世界的な賞にしたいと願ったという。1985年を第一回とし毎年、実施されている。初回には業績ある研究者や芸術家への賞の他にノーベル財団に特別賞を贈っている。ノーベル財団が、ノーベル賞によって20世紀の科学、文化に大きく貢献したと言う理由からである。この発想はいいなと思う。財団関係者も大喜びし授賞式にはスエーデンのシルヴィア大妃陛下まで参列されたという。
  この京都賞を知った森繁久弥が新聞のコラムに「なんと清々しい金の使い方をするもんだ。我々芸能人もこうあるべきだ」と書いた。それを見た稲垣は、最高の理解者を得たと感動し、次回から式典への招待状を送ったところ、毎回、出席してくれていると喜ぶ。そんな稲垣に暖かい人間らしさを感じます。

 成功し金を持っていると色々な人達がすり寄ってくるみたいです。若手経営者の勉強会「盛友塾」、京都のサッカーチーム「京都パープルサンガ」、梅原猛の海外学術調査、国立民博の資料購入などなど。大変だなと思います。
 鹿児島大学工学部に記念館を寄贈しています。その名前が両親の名をとって「キミ&ケサ メモリアルホール」だって。面白い人だな稲盛はと思います。阪大は松下講堂、名大はトヨタ講堂などいろいろ寄付者の名前をつけた記念施設はあるのですが寄付者の両親の名前をとったのはここだけだと思います。

 楽しい本でした。





 

等伯

 投稿日:2018年 3月30日(金)07時11分12秒

  「等伯」上、下
安部龍太郎、日本経済新聞出版社、2012年

 東伯展を見た後に読んだはずなのに内容をすっかり忘れています。偶々、図書館で目についたので借り出しました。

 面白かった。一気読みです。

 等伯の人間性など読みどころは多いのですが、等伯が生きた時代背景がよく書き込まれていて、いろいろ考えさせられました。

 信長、秀吉、石田三成など権力者の残虐性を再認識。そして、権力者が平気で嘘をつくのは今も昔も同じと思いながらよみました。

 日蓮宗について知らなかったことをたくさん知りました。我が家が日蓮宗なのでもう少し調べてみようと思います。

 芸術家が作品に命をかけている様はいつもながら見事だなと感動します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本経済新聞(https://www.nikkei.com/article/DGXDZO47625620U2A021C1NNK001/

 およそ尋常でない苦悩の中から「松林図屏風」を生み出した長谷川等伯。彼を描いた作品は多くあれど、本書はその中でも傑出しており、現時点の安部龍太郎の最高傑作であると断言できる。

 等伯の生きた時代は、弱肉強食の戦国時代であり、作者はその中から雄々しく画境の高みへと突き進む等伯の姿を東日本大震災の復興の祈りをこめて描いたという。

 その中で等伯を苦しめるさまざまなことども――主家再興のためなら等伯を自分の手駒としか思わない実家の兄奥村武之丞(たけのじょう)、政治的人間の権化ともいうべき石田三成、等伯と暗闘を繰り返す狩野派とその果てに起こる息子久蔵の横死等々――が次々と襲いかかる。

 そして下巻も半ばに来て、等伯は「春が命の萌(も)え立つ季節なら、秋は命の充実の時である」と述懐する。が、作者は敢(あ)えて次に書くべき一節を省略してはいまいか。それは恐らく「では何故、生きることはこんなにも苦しいのか」という文言であったはずである。

 他にも本書には、等伯の心の師・千利休の門の内外の問答や法華経への読み込みがあるが、ひたすら等伯の魂の軌跡を追うべき一巻であろう。




 

いのち

 投稿日:2018年 2月26日(月)05時50分50秒

  「いのち」
瀬戸内寂聴、講談社、2017年12月

 瀬戸内寂聴は、恋多き人で行動力があり、出家してそれなりに悟るところがある人。明るく人を暖かく包み込むような魅力的な人柄、大病を乗り越え90歳を越えても元気に生きている女性。というのがこの本を読むまでの私の瀬戸内観でした。しかし、まったく予期しない読後感になりました。

 「いのち」は月刊誌「群像」に、休載をはさみながら昨年4月号〜今年7月号に掲載されました。長い入院生活を終えたときの主人公の心境から始まる自伝的小説。親交のあった女性作家2人(大庭みな子と河野多恵子)の思い出を中心に、自らの老いに向き合いながら命を見つめています。

 まず、90歳を越えても元気というように見せてはいるが、大病の後の苦痛は大変なんだと、今更ながら「長生き」とはなんだと考えさせられました。

 瀬戸内たち女性作家の情念の深さに圧倒されました。私にはとうてい理解出来ません。悟りを開いた人と思っていた瀬戸内でしたが、こんな情念の深い人が悟りを開けるはずがないと思います。それでも爽やかに生きているようにみえるのは???

 重苦しくしんどい本でした。


(講談社)大病を乗り越え、命の火を燃やして書き上げた、95歳、最後の長篇小説。
ガンの摘出手術と長い入院生活を終えた私は、秘書のモナに付き添われ、寝たきりのままで退院した。収まらない痛みに耐える日々、脳裏に甦るのは、これまでの人生で出会った男たち、そして筆を競った友の「死に様」だった――。ただ一筋に小説への愛と修羅を生きた女の、鮮烈な「いのち」を描き尽くす、渾身の感動作。

瀬戸内 寂聴(せとうち・じゃくちょう)
 1922年、徳島生まれ。東京女子大学卒。1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、1961年『田村俊子』で田村俊子賞、1963年『夏の終り』で女流文学賞を受賞。1973年に平泉中尊寺で得度、法名寂聴となる(旧名晴美)。1992年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、1996年『白道』で芸術選奨、2001年『場所』で野間文芸賞、2011年『風景』で泉鏡花文学賞受賞。1998年に『源氏物語』現代語訳を完訳。ほかの著書に『釈迦』『月の輪草子』『死に支度』『わかれ』『求愛』など多数。





 

水はみどろの宮

 投稿日:2018年 2月15日(木)08時49分52秒

  「水はみどろの宮」
石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 247〜407頁、2015年

(初出版は石牟礼道子、水はみどろの宮、平凡社、1997年。
 2016年3月に福音館で文庫本として出版されている )

 石牟礼を意識しなければ、優れたファンタジー作品として、ジプリのアニメを観たあとのような心地よい感動が味わえる素晴らしい作品ということになるでしょう。

 7歳の少女「お葉」は両親を亡くし、渡し船の船頭の祖父に育てられています。同年代の子供達からは疎外され「椿の海の記」の石牟礼自身と同じように「孤独」です。そして、山犬らんや千年狐のごんの守、片目の黒猫おノンに導かれ異界(=霊界)と人間界を行き来します。

 この物語は素晴らしく視覚に訴えてきます。描写される場面が直ちに目に浮かびます。セリ、ヨメナ、ヨモギ、桜、藤、菖蒲、山葡萄、椎、梅鉢草、千振・・・・・、と季節に応じた吃驚するほど多数の草花が咲き誇り、実がなります。この作者の自然観察眼は凄いなと思います。

 異界(=霊界)での神々への「お唱え言」はまるで詩のような台詞です。テンポがありリズムがあります。神々の声まできこえてくるような感じがします。山の音、川の音も、きこえてくるようです。


 石牟礼作品の受け止め方は人によって様々でそれを知るのも面白い。今回も毎日新聞の米本記者のが面白かった。
 「『水はみどろの宮』のヒロインお葉らが地震に遭遇するシーン。その場にいて五感全開の実況さながらである。今回の熊本地震の経験を文字にしたのだと言われたら納得してしまいそうだ。20年以上前の文章であることに読者は驚かねばならない。
 父母を亡くした7歳のお葉は祖父の千代松と暮らす。祖父は川の渡しを生業とする。世間になじめないお葉は、山犬らん、白狐(しろぎつね)のごんの守(かみ)、片耳の黒猫おノンらと仲良くなる。時代は江戸後期であるが、お葉とその仲間らは、現実と記憶との往復を実に頻繁に繰り返すので、古代であり、中生代(恐竜時代)の話ともなっている。」

 私は恐竜が出てきたところだけは興ざめでした。自分の常識が邪魔をして流石のファンタジーも・・・・。

 まだまだ石牟礼作品から離れられそうもありません。
 

椿の海の記

 投稿日:2018年 2月13日(火)11時19分41秒

  「椿の海の記」
石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 5〜246頁、2015年

(初出版は石牟礼道子、椿の海の記、朝日新聞社、1976年)

 石牟礼道子の4歳頃の話。読み始めると直ぐに石牟礼独特の水俣弁をベースにした詩情豊かでテンポのある文章に引きずり込まれる。いきなり「春の花々があらかた散り敷いてしまうと、大地の深い匂いがむせてくる。海の香りとそれはせめぎあい、不知火海沿岸は朝あけの靄が立つ。朝陽が、そのような靄をこうこうと染め上げながらのぼり出すと、光の奥からやさしい海があらわれる。」と描写されると、この本の主題は、チッソに代表される近代が壊してしまった、前近代の水俣の豊穣な自然、生活、人情を書き留めることなのだろうとかってに想像してしまう。それはそうなんだけれど、読んでいるとなにか違うのです。豊穣な自然の幸と対等に、ョ病の家族の生活、淫売婦のことや気が狂っている祖母との日常などについて、4歳女児の鋭い感性がそれらをどう受け止め吸収したかを淡々と描ききっている。これは何を伝えたいのだろうと考えこんでしまいます。

 池澤夏樹は解説に、石牟礼の書く世界は「二項対立ではなく三項併存なのだ。」という。さらに「近代工業社会とその前の農民・漁民の世界、そして世の初めからその外にある異界。石牟礼道子は自分が異界に属する者であることを生まれてまもなく知って、孤立感の中で生きてきた。」と書く。水俣病患者の本音を、自分のものとして語れる秘密は、異界に生きたからだと、「椿の海の記」を読むと納得出来る。

 石牟礼は2月10日に90歳で逝去した。毎日新聞の米本記者は石牟礼の評伝を書いただけあって素晴らしい哀悼の記事を書いている。それを引用する。
 石牟礼は渚に立った「悶え神さん」だった。他人の不幸を自分のことのように感じる人を水俣では悶え神さんという。・・・・・しかし、「悶え神さん」の資質だけでは、石牟礼さんの書くものは通常のノンフィクションのレベルにとどまっただろう。幼い頃から貧困や狂気と接し、この世から疎外されているような絶対的孤独を抱え持ち、3度も自殺未遂し、生と死を行き来したことが、作品のスケールを大きくした。
 米本はまた、「前近代と近代、生と死、人工と自然ーそれらのはざまで、リアルかつ夢幻的な文学を紡ぎ出していったのだ。」と書く。「椿の海の記」はそれを実感できる作品でした。

 石牟礼の年表をみると、1971年に「苦海浄土」第三章英訳されるとある。1989年に「苦海浄土」の全英訳出版、1995年にドイツ語訳出版と。石牟礼のあの独特で夢幻的な文章が英語やドイツ語に翻訳できるものなのかと驚嘆です。
 本物の文学には国境が無いのでしょうか?





 

石牟礼道子さん、死去

 投稿日:2018年 2月11日(日)09時28分7秒

  90歳でした。毎日新聞は「人間の極限的惨苦を描破した『苦海浄土』で水俣病を告発し、豊穣な前近代に代わった近代社会の矛盾を問い、自然と共生する人間のあり方を小説や詩歌の主題にすえた作家の石牟礼道子さんが10日午前3時14分、パーキンソン病による急性増悪のため熊本市の介護施設で死去した。・・・・」と、石牟礼道子さんの評伝を出版している米本浩二記者が追悼記事を載せている。

 今年になって「苦海浄土」を初めて読み感激し、今、日本文学全集『石牟礼道子』に収められた「椿の海の記」を読んでいる。

 ご苦労様でした。ご冥福をいのります。


 

最後の人

 投稿日:2018年 2月 6日(火)15時39分13秒

  「最後の人 詩人 高群逸枝」
石牟礼道子、藤原書店、2012年

 不思議な本です。一度や二度読んでも完全には理解できません。いつもはこれだけ理解出来ないと読むのを放棄してしまうのですが、今回は何か魅せられるものがあり最後までそれも2回も読みました。

 高群逸枝のことを書き残すために、高群の夫・橋本憲三から聞き取ったことを橋本・石牟礼編集で発行していた『高群逸枝雑誌』に1968年から1976年に「最後の人 詩人 高群逸枝」を連載しています。この本の発行が2012年なので36年もの間、単行本にしなかった意味は何なのだろうと気になります。橋本憲三から”奇跡のような時間をいただいたんです。それをひけらかしたくない、と思っておりました。”と控えめに語る石牟礼が好きです。

 石牟礼が高群の「女性の歴史 上」という研究書に出逢い、衝撃的な感銘を受け高群に手紙をだしたことから、高群−橋本−石牟礼の関係がはじまります。妻を天才と信じ、妻のサポートに徹した橋本から、高群について学び理解を深めます。詩人である石牟礼は高群の詩をより深く理解しているようにみえるし、その考え方や行動に自分と同じものを感じているように見えます。橋本も石牟礼に妻と同質の美点を感じ評価しているようです。
 石牟礼は橋本を尊敬し、まるで憧れの恋人のように接します。こういう男の人は出てこないだろうと、いう意味で「最後の人」としたということです。

 37歳での高群&橋本との出逢いは石牟礼の飛躍の発火点になりました。水俣病との闘いの質を深めたように見えます。人の出逢いの不思議を実感します。

 



 

西郷どん!

 投稿日:2018年 2月 1日(木)11時09分43秒

  「西郷どん!」並製版 上、中、下
  林真理子、KADOKAWA、2017年11月

 大冊で内容の重たい「苦海浄土」を読んだ後なのでなんと読みやすいことか!3冊あるがそれぞれ180頁たらずなのであっという間に読み終えた。

 きっかけは「大河ドラマの原作」という興味からで、維新の英雄としてあまりにも有名なのに今までに西郷についての本を読んでいないので、まとまったものを一つは読んで見たいと手に取った。

 既読の歴史小説とはかなり感じが違う。一般に歴史物は史実とその背景を詳しく描くが、林はそれらはさらっと流し、登場人物の「思い」に重点を置いている。

 波瀾万丈の西郷の人生だが、他の維新物でも西郷はよく出てくるので、ここで取り上げられた事件は大体知ってはいる。しかし、月照と情を交わしたりなどというような初めて知った事項も幾つかあった。

 西郷は3度結婚している。1度目の妻・須賀とはすぐ離婚、2度目の愛加那は奄美大島での島妻で薩摩には連れて帰れず別れざるをえなかった。3度目の妻・糸子とは亡くなるまで暮らす。林は女性らしく(?)、西郷のそれぞれの夫婦関係を詳述し西郷のそしてその時代の女性観を浮き彫りにしている。

 出てくる歴史上の重要人物はほとんどが想像できる範囲内のキャラクターとして描かれているのが少し物足りない。ただ、五代友厚と西郷の接点は面白かった。

 西郷を温厚で器の大きな好人物ととらえるのは一面的で、目的なためには手段を選ばない冷酷な面も持ち合わせていた。それも避けずに描いていた。

 色々楽しみながら読めました。良い本です。

  しかし、大河ドラマの原作というのは凄いですね。「西郷どん、林真理子」で検索すると本だけの紹介はほとんど無く、大河ドラマとの関連を紹介したものばかりでした。


 

苦海浄土

 投稿日:2018年 1月18日(木)11時20分27秒

  ○石牟礼道子「苦海浄土」を借りました。約800頁の大作、内容も水俣病なので重たく読み進むのは大変です。一日80頁ずつ、10日かけて読むことにします。

4日目、320頁まで読みました。凄い本です。水俣病のことをほとんど知らずにいたこと、石牟礼道子「苦海浄土」を今まで読もうとしなかったことを恥じます。

 読後感を書いておこうと思うのですが、あまりに内容が濃密なので簡単には書けそうにありません。取りあえず今日はコピペだけ。


苦海浄土 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)
石牟礼道子、河出書房新社、2011年1月

Amazon(https://www.amazon.co.jp/dp/4309709680?_encoding=UTF8&isInIframe=0&n=465392&ref_=dp_proddesc_0&s=books&showDetailProductDesc=1#product-description_feature_div

商品の説明
内容紹介
水俣の不知火海に排出された汚染物質により自然や人間が破壊し尽くされてゆく悲劇を卓越した文学作品に結晶させ、人間とは何かを深く問う、戦後日本文学を代表する傑作。三部作すべて収録。

〈ぼくがこの作品を選んだ理由 池澤夏樹〉
ある会社が罪を犯し、その結果たくさんの人々が辛い思いをした。糾弾するのはたやすい。しかし、加害と受難の関係を包む大きな輪を描いて、その中で人間とは何かを深く誠実に問うこともできるのだ。戦後日本文学からこの一作をぼくは選んだ。

内容(「BOOK」データベースより)
「天のくれらす魚」あふれる海が、豊かに人々を育んでいた幸福の地。しかしその地は、海に排出された汚染物質によって破壊し尽くされた。水俣を故郷として育ち、惨状を目の当たりにした著者は、中毒患者たちの苦しみや怒りを自らのものと預かり、「誰よりも自分自身に語り聞かせる、浄瑠璃のごときもの」として、傑出した文学作品に結晶させた。第一部「苦海浄土」、第二部「神々の村」、第三部「天の魚」の三部作すべてを一巻に収録。

著者について
1927年熊本県生まれ。69年『苦海浄土』刊行。73年マグサイサイ賞。『十六夜橋』(92)で紫式部賞、2001年朝日賞。詩集『はにかみの国』で芸術選奨・文部科学大臣賞。『石牟礼道子全集』刊行中。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
石牟礼/道子
1927年、熊本県生まれ。10代より歌作を始め、20代からは歌壇に作品を投稿、才能を認められるようになる。69年、『苦海浄土』三部作の第一部となる『苦海浄土―わが水俣病』を刊行、第一回大宅壮一賞に選ばれるが受賞を辞退する。73年、マグサイサイ賞受賞。その後『椿の海の記』『あやとりの記』など次々に作品を発表する。92年刊行の『十六夜橋』で紫式部文学賞受賞。2001年、朝日賞受賞。『はにかみの国―石牟礼道子全詩集』で02年度芸術選奨・文部科学大臣賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


 

苦海浄土 2

 投稿日:2018年 1月22日(月)15時26分4秒

  2018年1月22日
「苦海浄土 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)」
石牟礼道子、河出書房新社、2011年1月

 読了です。

 池澤夏樹=個人編集の世界文学全集に日本の作品ではただ1つ選ばれた。池澤は解説に「まずもってこれは観察と、共感と、思索と表現の全ての面に秀でた、それ以上に想像と夢見る力に溢れた、一個の天才による傑作である。」と書く、全く同感!

 石牟礼の略歴に「1927年、熊本県生まれ。10代より歌作を始め、20代からは歌壇に作品を投稿、才能を認められるようになる。」とある。詩人としての才能は早くから開花していたらしい。最終学歴は水俣町立実務学校1943年(16歳)で今で言えば高卒未満、中卒以上。16歳から20歳まで小学校の代用教員をしていた。貧乏で本もほとんど無い環境で育っている。水俣病と関わりをもつようになった30歳代後半に、新日窒病院の細川医師に膨大な資料を見せてもらったとき「一冊の本すらまともに読み通したことのないわたくしは、ただ仰天し息がつまった」と書く、そのような女性が、このような「一個の天才による傑作」とまで評される本を書いた、ただただ感嘆です。

 読み始めて直ぐに不思議な文体に魅了された。彼女の思いを書く文には詩的な心地よいテンポがある。患者の気持ちはその優しい人柄が伝わる方言を用い、会社や国、県の冷たさを表すときは味気ない公文書を引用する。池澤はこのような事情を「水俣の方言で育った彼女はこの言葉に組み込まれた精妙な敬語のシステムを自由に駆使することができるだけではなく、詩や短歌で磨いた韻文の技法を磨き上げており、更に見聞の全てを心で消化して新たに産み直す散文の力も備えていた。まるで一人で奏でるオーケストラだ。」と紹介する。

 苦海を辞書で引くと「生死・苦悩が海のように果てしなく広がっている人間の世界。苦界。」とあった。私の頭には苦界が正しいと思っていた。石牟礼が汚された海という意味をかけて海を使ったと思っていたが仏教用語では元々苦海だったらしい。これも池澤が解説していた。
 さて「苦海浄土」どういう意味なのだろう。苦海の先に浄土があるということなのか、苦海に浄土が共存しているのでしょうか。わかりません。

 この本は「苦海浄土」3部作を集めたもので、第1部 苦海浄土、第2部 神々の村、第3部 天の魚となっている。1963年に「熊本風土記」に「苦海浄土」の連載を始め、1969年に講談社「苦海浄土 わが水俣病」を発刊。1969年の熊本日日新聞文学賞、1970年の大宅壮一賞を辞退している。
 1974年に第3部の筑摩書房「天の魚」が発刊されているが、第2部が単行本で発行されているかどうかは分からなかった。
 


 

苦海浄土 3

 投稿日:2018年 1月24日(水)14時53分44秒

   水俣病の最初の患者は昭和28年(1953)、チッソ附属病院の細川一医師の水俣病についての最初の報告書が厚生省に提出されたのが昭和31年(1956)、熊本大学から水俣病についての研究論文が出だしたのが昭和32年(1957)からだった。

 そのころ石牟礼は20代後半、詩人として世に知られるようになっていた。谷川雁を知りその思想・行動に大きく影響されていた。しかし水俣病への積極的な関わりはなかった。
 「・・・水俣病に悶々たる関心と小さな使命感を持ち、これを直視し、記録しなければという盲目的な衝動にかられて水俣市立病院水俣病特別病棟を訪れた・・・」のは昭和34年(1959)5月だった。それからずっと患者に寄り添い、聞き取り役に徹し、患者の気持ちを共有する。 「そのときまでわたくしは水俣川の下流のほとりに住みついているただの貧しい一主婦であり、安南、ジャワや唐、唐、天竺を思う詩を天にむけてつぶやき・・・・」と自分で書く(83頁)、賢そうだが平凡(?)な女性が、著者の成長の証のようなこの凄い本を残せた理由が気になって仕方がない。しかしそれはこの本だけからでは読みとれない。今、手元にある石牟礼の著作はこの本と「最後の人」だけ。2冊を交互に見ながら色々想像するのは楽しかった。

 石牟礼が患者と接するようになった昭和34年11月2日に国会議員団が水俣を視察する。同日、不知火海沿岸漁民2千人と警官隊300人がチッソ工場で激突と水俣病を取り巻く環境が激しく動き出す。
 昭和34年12月に、チッソは水俣病患者互助会59世帯に、死者に対する弔慰金32万円、患者成人年間10万円、未成年者3万円を発病時に遡って支払い、「過去の水俣工場の排水が水俣病に関係があったことがわかってもいっさいの追加補償要求はしない」という患者にとっては屈辱的な契約を取り交わした。

 昭和39年(1964年、37歳)、徳富蘇峰が寄付した「淇水文庫」で高群逸枝著「女性の歴史」との”衝撃的”出逢いがあった。
 昭和40年(1965年、38歳)、渡辺京二が編集する「熊本風土記」に「苦海浄土」の連載開始。
 昭和41年(1966年、39歳)、高群逸枝の夫・橋本健三宅「森の家」に5ヶ月も滞在する。石牟礼は橋本を師と仰ぎ(その敬愛ぶりはまるで恋人のよう)、「苦海浄土」の原稿も読んで貰っていた。
 石牟礼は「私の中で造山活動がはじまった」と対談で述べている。彼女があらゆる面で飛躍した時代だったのだろう。


昭和43年(1968) 最初の水俣病の患者が発生してから15年たつ。石牟礼は「今年は全てのことが顕在化する。われわれの、うすい日常の足元にある亀裂が、もっとぱっくり口を開く。そこに降りてゆかねばならない。・・・・」と覚悟を決める。

 1月12日、水俣病対策市民会議発足。水俣では水俣病はタブーになっている。「水俣病をいえば工場がつぶれ、工場がつぶれれば、水俣市は消失する」と市民が水俣病患者を毛嫌いしている。そのような逆風の中、市民会議が発足した。
 9月27日、政府はやっと「水俣病の原因は、新日本窒素水俣工場のアセトアルデヒド酢酸設備内で生成されためちる水銀化合物が排水に含まれ、水俣湾内の魚介類を汚染したこと」と発表した。翌28日、チッソの江藤社長が東京からやってきて患者宅にお詫びに回った。
 この時期、新聞の論調はもはやしめくくりの段階に入ったようだったが、石牟礼は水俣病事件の最後の深淵がゆっくりと口を開くのはこれからだと気を引き締めた。

 ここで第1部が終わる。


 

苦海浄土 4

 投稿日:2018年 1月26日(金)08時51分19秒

  第2部 神々の村

昭和44年(1969)

 「4万5千人のいのちと水俣病患者100人あまり、どちらのいのちが大切か」という論理で水俣市民に憎まれる患者たち、その患者間でも生活保護費を引き剥がそうとする密告者がでてくる悲惨な状況が続く。市民や患者、弱者同士の足の引っ張り合いは悲劇。

 石牟礼は潜在水俣病患者を掘り起こす調査をしたり、実情を把握するため何度も患者やその家族を見舞う。死亡した患者の解剖にまで立ち会っている。患者やその家族の心情を共有し、患者の心情や現状を見事な文章で描き出す。患者たちからは「あねさん」と呼ばれていた。

 渡辺京二らは「水俣病を告発する会」が熊本につくり、チッソ工場前で抗議活動。

 患者互助会や水俣病対策市民会議の要望にも関わらず患者救済策はなかなかでてこない。チッソやチッソを護ろうとする厚生省の卑劣な策で、水俣病補償処理委員会が立ち上がり、患者互助会は補償案をこの委員会に一任する「一任派」と裁判で補償を勝ち取ろうとする「訴訟派」、チッソと自主的に交渉する「自主交渉派」に分かれた。

 6月14日、互助会の訴訟派は、チッソを相手取り、総額6億4千万円の慰謝料請求の訴えを熊本地裁に提起。


昭和45年(1970)

 水俣病補償処理委員会は5月に斡旋案を回答を予定。それは死者に最高300万円の一時金、生存者には32万円、ないしは16万円程度の年金を払うと案になりそう。なんと人命の価値の低いこと!

  水俣病補償処理委員会の回答を阻止しようと、5月14日と15日、患者と家族が厚生省前に座り込む。そのとき橋本龍太郎厚生政務次官(32歳)が患者に暴言を吐いたらしい。有能で将来を期待されていた政治家の傲慢さに矢っ張り!という感じ。

 5月25日、熊本からの「告発する会」の会員や東京在住の支援者によって、厚生省の補償処理案提示会場の占拠が実行された。石牟礼のその占拠組を志願したが足手まといと一蹴された。占拠組に宇井純の名前があった。東大で20年間も助手のままだったが左翼の有名人だったという記憶がある。水俣病に深く関わっていたことはこの本を読んで初めて知った。ネットで調べると宇井は、「水俣病の悲惨なことは話さず『悲劇あり,喜劇あり,とんでもねえ物語だ』とだけ言っていた。」というのがあった。
 5月22日〜28日の間になされた一連の阻止行動は、「阻止行動によってチッソ、厚生省、処理委の犯罪性が暴露されたと参加者は評価した。

 11月28日、チッソ株主総会(会場 大阪厚生年金会館)に一株株主として水俣病患者が出席。それまで顔を見せなかったチッソ社長に逢うために。水俣病を告発する会、訴訟派の患者、市民会議の会合で作戦が練られた。 11月24日に水俣を出発した水俣病患者高野山巡礼団19名は全身白装束の巡礼姿で会場に到着し、全国からの一株株主達と共に、告発する会会員や学生などの支援者に護られ入場した。一株株主の隊列は300メートルもあり「怨」を染め抜いた黒地の吹き流しは700本もあった。
 婆さまや女房グループ巡礼団のご詠歌が会場に響き渡った。それは聞く者の心を打つ感動の情景であった。

 議事が始まり、ずっとチッソの社長と話をしたいと願っていた巡礼団は舞台に駆け上がり社長に想いをぶちまけ、会場は大混乱。

 常に患者に寄り添い行動を共にしてきた石牟礼だが常に記録者の立ち位置にあったが、この日は舞台にあがる時期と舞台から引き揚げる時期を即断し巡礼団に明確に指示をだした。

 翌日、巡礼団は高野山に御参りした。

  巡礼団が大阪に来た昭和45年、私は大学院修士2年だった。阪大での学生紛争が終焉し修士論文の最後の詰めで、自分のことで手一杯の時期とは言え、何も覚えていない。水俣病もよくある公害の一つという程度の意識しかなかった。恥ずかしい。

 石牟礼は事実を実名で正確に記録した。怒りはかなり抑え気味に書いているが、橋本龍太郎、補償処理員会委員やチッソ社長、また熊本県公害対策委員長などがこの記録を目にしたら何を思うのだろう。


 

苦海浄土 5(最終)

 投稿日:2018年 1月28日(日)16時08分12秒

  第3部

 石牟礼が尊敬し慕った細川一医師が昭和45年10月11日に死去。石牟礼が細川と直接話せたのは四,五回だけだが、細川の業績や人柄に深く魅せられていた。臨終が間近に迫る頃映画「水俣」に細川一家を撮ろうと東プロダクションは企画したが断られ、映画スタッフは石牟礼が細川と会う場面だけでも撮りたいと依頼するが、断り続けたという。石牟礼の細川への敬慕がそうさせたのだと思う。
 見舞ったとき「あの子供たち・・・・ずいぶん大きくなったでしょうね。どうしていますかしら・・・」と聞かれる。細川カルテにあった胎児性水俣病の子供たちのことである。元気にしていますと言えばそらぞらしい。「おおきくなりました」と。


 第3部は川本輝夫が中心になって話が進む。川本は何回も水俣病認定申請を出した上で自力で認定を勝ち取る。その間もそれ以降も「隠れ水俣病」患者を掘り起こし認定を勝ち取るサポートを続ける。水俣病市民会議や告発する会の会員にも「隠れ水俣病」患者を見つける臭覚を持つ人がでてきて川本に協力する。昭和46年(1971)10月6日になって川本輝夫らが新たに認定された。

 川本グループの患者は昭和46年にチッソとの直接交渉(自主交渉)を開始する。告発する会や学生は全力で支援に当たる。しかし市民会議には突出する川本グループへの支援にためらいが見られた。

 7月3日の自主交渉のテープ記録が601頁〜609頁にある。チッソと患者たちのやり取りは興味深い。

 同年11月には自主派グループはチッソ水俣工場前で座り込む。12月には自主交渉の場を東京本社4階に移す。本社から強制排除された学生支援者は本社前路上にテントを設置。朝ビラまき、昼は4階チッソへ交渉要求の申し入れ、夕方街頭カンパとフル稼働。

 「支援者は患者の前に出ず下働きに徹すべし」と熊本水俣病を告発する会は抑制的な方法論で全面支援。石牟礼は「このような運動ではいかにおのれを無にして働くかが自分の志への唯一の踏み絵となる。ことに水俣病受難史の中では、筆者などは、一種の羞恥に頬かたむけながら隠れて働く人々に助けられ続け、ほとんど患者なみに手厚い保護さえ受けて余命を保ち、このような文章を書き、いたずらに虚名のみを残すことになる」と書く。1972年の6月に白内障手術を受けることになる石牟礼は本社での自主交渉中からほとんど左目は見えていなかった。

 支援者には、吉野源三郎、丸山邦男、なだいなだ、矢内原伊作、望月優子、木下順二、野坂昭如・・・・など多数の著名人。なるほどと納得する人が多い。

 川本が検挙されたとき、救おうと支援者に抗議書への蓮著の依頼の電話をかけ続ける石牟礼に一人の著名氏が、「あなたはそういうことをせずに、じっと辛抱して書くべきですよ作品を。多数の人間の、役にも立たない抗議文書より、一人の人間の思いをこらした文学がどんなに効果を発するか。あなたも知らないわけはないでしょう」と忠告したという。そのおことばは胸に応えた。応えすぎた、と石牟礼。

 自主交渉を支援するの「告発する会」のメンバーや学生達は、カンパや支援のための広報に全力でしかも無償で取り組んだ。しかし、患者たちの受け止め方は様々だった。集まったカンパが支援者たちの「給料」になっていると誤解したり、カンパ金は全学患者に分配すべきと考える人が多かったらしい。支援に必要な経費(印刷費を含む情宣費、電話代など)が高額支出になるということについては理解出来なかったらしい。

 1973年3月20日には、熊本水俣病第一次訴訟に対しても原告勝訴の判決が下された。すでに熊本県で水俣病が発生したあとに起きた新潟水俣病の場合と異なり、熊本での水俣病の発生は世界でもはじめての出来事であった。そのため、熊本第一次訴訟で被告のチッソは「工場内でのメチル水銀の副生やその廃液による健康被害は予見不可能であり、したがって過失責任はない」と主張していた。判決はこれについても、化学工場が廃水を放流する際には、地域住民の生命・健康に対する危害を未然に防止すべき高度の注意義務を有するとして、公害による健康被害の防止についての企業の責任を明確にした。

 「判決前後、弁護団と県民会議は、全国の社・共連合戦線と総評系労働運動を背景として、患者の闘いを「水俣病裁判勝利」と祝う全国公害反対闘争のおまつりさわぎの中にからめとろうとして、判決前後、全国的に大動員をかけている。しかし注目すべきなのは、その中で日共の指導権が日増しに強化されていることである」。 それまで何も支援してこなかった日共は、患者の闘いを、党派的利害のために成果を収奪しようとするハゲタカであると、日共を毛嫌いしている。日共は大学紛争の時にも同じことをしていたなと私は理解する。

 判決後、自主交渉派と訴訟派の患者がチッソと交渉するのを支援する「告発する会」は訴訟弁護団や県民会議と決別した。社・共連合戦線と総評系労働運動のように組織の論理で行動する団体と、患者個人の救済を最優先に考えるグループとの確執が露骨になった勝訴判決だったのでしょう。

 チッソと自主交渉派13名と旧訴訟派29名のチッソとの第一回交渉は昭和48年(1973)年3月22日にあった。これもテープ記録としてこの本に掲載されている。よく練られた交渉戦術がうかがえる。

 第3部があつかった昭和45年から48年の間にも多数の水俣病患者が亡くなった。石牟礼はそれらの人々の死をいかにも彼女らしく詩的に記録した。

 長い長い読後感になりました。読むのが辛かったけれど、読んでよかったと思っています。水俣病や石牟礼道子のその後についても調べてみようと思います。



 

時局発言!

 投稿日:2018年 1月 9日(火)11時11分5秒

  「時局発言!」
上野千鶴子、WAVE出版、2017年

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(コピペ)
WAVE出版(http://www.wave-publishers.co.jp/np/isbn/9784866210445/

脱原発から国会前のデモまで。
社会学者、上野千鶴子が
読みながら、走りながら、考えた。

日本社会の問題点が、この一冊で見えてくる!

日本を代表する社会学者・上野千鶴子が選び出した、
時代の「いま」と伴走する書籍、論考たち。

日本社会を根底から揺るがす大きなうねりが続くなか、
読書を通じて、社会の問題点に鋭く切りこむ!

上野 千鶴子
専門は女性学、ジェンダー研究
。京都大学大学院卒業、社会学博士。現在、東京大学名誉教授、立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘教授。認定NPO法人ウイメンズアクションネットワーク理事長。

著書に『近代家族の成立と終焉』(サントリー学芸賞受賞)、『おひとりさまの老後』『男おひとりさま道』『ケアの社会学』ほか。平成23年度朝日賞受賞。

第1章 社会を変える
第2章 戦争を記憶する
第3章 3.11以降
第4章 格差社会のなかのジェンダー
第5章 結婚・性・家族はどこへ?X
第6章 障・老・病・異の探求
第7章 ことばと文化のゆくえ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 最近、毎日1冊のペースで何かの本を読み飛ばしている。昨日、読んだのがこれ。大学でのハラスメント問題にどう対応するかの指針を得たくて上野の本を何冊か飛ばし読みして以来だが、図書館の新刊の棚にあったので借りだした。

 著者は、毎日新聞に2012年から16年の4年間に、月1回のペースで、一つの主題を設定し、最低3冊の相互に関連する本の紹介と批評を連載していた。それがこの本のベースになっている。

 上野は(て)と同じ1948年生まれ、同世代のためなのか、第1章から第3章まではそうだそうだその通りと共感しながらすんなり読める。しかし、第4章から第6章はまさに上野の専門分野の話でなかなか手強い。第3章の「ケアとは非暴力を学ぶ実践」など2,3回読みなおしてもまだ理解出来ない。まあしかたがないと読み進む。すると、第5章の「田舎はおいしい!」には、檀一雄に「檀流クッキング」という本がありそれは「おうちめし」の古典だという、そうなの?というような新発見がたくさん出てくる。

 第5章の「食べることは文化」では拒食障害について「拒食障害の心理学」、「拒食障害の精神医学」、「拒食障害の社会学」などの多様なアプローチがあるのに「拒食と過食の文化人類学」という新たな視点が加わったことを紹介している。何が正解なのかと頭がおかしくなりそう。しかしそれが学問か?

 第7章は一番興味深く読めた。紹介されているどの本も読んでみたいなと思わせる。

 結局、この本からの最大の収穫は新たに読みたい本が多数見つかったことかな?とりあえず、久坂部洋「老乱」、石牟礼道子「苦界浄土−わが水俣病」と「最後の人 詩人 高群逸枝」の三冊を図書館に予約した。






 

葉室麟

 投稿日:2017年12月31日(日)10時27分18秒

  「蜩ノ記」
葉室麟、祥伝社、2011年

 この著者の本は、「海北友松」展を見た後、海北友松についてもっと知りたいと「墨龍賦」を読んだだけ。良い本だったので葉室麟の他の本も読みたいと思ったものの今までなぜか読む機会がなかった。しかし、この12月23日に66歳で亡くなったというニュースが、葉室麟作品を読むきっかけになった。


毎日新聞(https://mainichi.jp/articles/20171224/k00/00m/040/053000c

 江戸期など歴史上の人物・事件を素材に、情感豊かなドラマを構築し、困難に屈しない人間の姿を描いた直木賞作家の葉室麟(はむろ・りん)さんが23日、死去した。66歳。葬儀は親族で営む。
  北九州市小倉北区出身。1976年に西南学院大文学部を卒業。地方紙記者などを経て、2005年に「乾山晩愁(けんざんばんしゅう)」で歴史文学賞を受賞し54歳でデビュー。07年に長編小説「銀漢の賦」で松本清張賞を受賞。12年に候補5作目の「蜩(ひぐらし)ノ記」で第146回直木賞を受賞した。弱者のため命を捨てる武士の姿を通して生きる意味を問いかけた。
 遅い文壇デビューだったが「歴史は中央の勝者が作る。地方にいるからこそ歴史の新しい面が見える」と福岡県久留米市で執筆を続け、辺境の視点から歴史・時代小説を描き続けた。
 毎日新聞に15年8〜12月に連載した「津軽双花(そうか)」を16年に刊行。石田三成の娘と徳川家康のめいが正室の座を争った史実を小説化し、互いに輝いた2人を激動期の「花」として象徴的に描いて高く評価された。
 16年には九州・山口在住作家として初めて司馬遼太郎賞に選ばれた。毎日新聞西部本社版で「ニッポンの肖像 葉室麟のロマン史談」、読書エッセー「読書の森で寝転んで」を連載し、幅広い読書体験が反響を呼んだ。作家活動は12年と短かったにもかかわらず、小説など約60冊の単行本をのこした。



 「蜩ノ記」は葉室麟の代表作。潔癖で潔い武士の話としてすっと読めた。
でもなんとなく話の展開を既に知っているような感じがした。山本周五郎
とか浅田次郎の世界のように思えた。直木賞の選考委員の批評に「既視感
に満ちた話」(桐野夏生)、「おどろきがない」(宮城谷昌光)など批判
的な意見があったらしい。





「潮騒はるか」
葉室麟、幻冬舎、2017年

幻冬舎(http://www.gentosha.co.jp/book/b10859.html
 女の決意の裏には、ある男を思い続ける切ない悲恋が隠されていた。時は、「安政の大獄」目前、時代の大変革がうねりを上げる中でまことを信じ、生きる人間の姿を描く傑作時代小説。
 長崎にある西洋医学伝習所で蘭学を学ぶ夫・亮を追い、弟・誠之助と彼を慕う千沙と共に福岡から移り住んだ鍼灸医の菜摘。女だてらに腕を買われて奉行所の御雇医となり、長崎での生活に馴染みだしたところに、福岡から横目付の田代甚五郎が訪ねてきた。なんと千沙の姉・佐奈が不義密通の末、夫を毒殺し、逃亡したらしい。さらに尊皇攘夷を唱え脱藩した密通相手の男を追い、長崎に逃げ込んだという。信じられない思いを抱きながらも、菜摘は奉行所の女牢で、武家の妻女らしき身なりの女に心あたりを感じる。だが、その女は、腹に子を宿していた――。


 シーボルトの娘・いね など最近興味を持って読みあさった歴史上の
有名人が多数登場し、どうなるんだろうと興味津々であっという間に読了。
 話は面白かった。しかし登場する歴史上の有名人の誰もがステレオタイプ
通りで物足りなかった。







 

日本の覚醒のために

 投稿日:2017年12月17日(日)07時54分43秒

  「日本の覚醒のために
――内田樹講演集   」

内田 樹、晶文社、2017年

(晶文社 http://www.shobunsha.co.jp/?p=4321
劣化著しい日本に向けて語る、
国家・宗教・憲法・戦争・言葉・教育……
そして希望!

グローバリズムに翳りがみえてきた資本主義末期に国民国家はどこへ向かうのか? これからの時代に宗教が担う役割は? ことばの持つ力をどう子どもたちに伝えるか? 戦中・戦後世代の経験から学ぶべき批評精神とは? 憲法をめぐる議論から浮かび上がる政権劣化の諸相……日本をとりまく喫緊の課題について、情理を尽くして語った著者渾身の講演集。沈みゆくこの国に残された希望の在り処とは?


 読み応えのある本でした。

 著者はメディアに頻繁に登場する著名人なので、無論、名前は前から知っている。しかし、その著書を読んだのは、多分、はじめて。教育や政治に関していろいろ発言しているし、橋下元大阪市長の政治・教育姿勢に批判的だったので、かってに、所謂「リベラルな自由人」と思っていた。

 この本を読み、内田は私の既知の「リベラルな人」には簡単に仕分けができないゴツゴツした芯のある思想家だと思った。多分、芯は合気道を身につけた武道家の感性が、宗教的、霊的な事柄を尊崇することから来ているのだと思う。それらが時々、私の感性とぶっつかり読むのがとまった。しかし、書いてあることの大多数に共感できたし、いろいろ考えたこともなかったことに気付かされた。

 アメリカの利益が最優先と「忖度」する政治家や官僚が、今の日本を治めている。なるほどと納得してしまいました。

 耳の痛い指摘もたくさんあります。

 新聞、テレビなどはもうジャーナリズムとは言えない。新聞を読みテレビを見ているのは60代以上の高齢者だけ。高齢者に依存しているビジネスモデルが消えるのは時間の問題だという。高齢者の私でも最近のテレビニュースにはウンザリ、不倫や貴乃花だとくだらないことを繰り返し報じている。

 「すでに腐臭を発しはじめた大学」だって。流石にそうですねと納得は出来ませんが耳が痛い。





 

こわいもの知らずの病理学講義

 投稿日:2017年12月 3日(日)06時01分53秒

  「こわいもの知らずの病理学講義」
仲野 徹、晶文社、2017年

 11月の毎日新聞に、病理学についてやさしく書かれた本、著者は阪大教授でユーモアのある講義で有名というようなことが紹介されていた。Kanadeの闘病に付き合って、医学の基礎的なことをもっと知りたいと思っていたので、直ぐにAmazonで購入した。

 序章にいきなり「白血病という病気は、細菌の感染によって反応性に炎症が生じて白血球が増えているのではなく、白血球が腫瘍性に増殖した血液細胞のがんである」というような文章が出てきた。意味は分かるが医学方言?ではないのかと、先に進むのが不安になった。しかしそれは杞憂で、他は普通の優しい日本語で気持ちよく読めた。

 でもさすがに医学の専門用語が多すぎて一読では頭に残らない。学生時代に化合物の名前をいっぱい覚えさせられ大嫌いだった有機化学を思い出す。

 居直って、カタカナ語は頭に残っていなくとも話の筋を理解するだけで先に進むことにし読み終わった。正直に言えば今、直ぐに思い出せるのは「雑談」だけ。

 病気の元をたどれば「細胞」にいきつくといういうことを私に認識させてくれた初めての本です。「病気というのは細菌やウイルスによて引き起こされる」という認識しかなかった。物理や地学の話だと原子や電子、素粒子単位の話になっても当たり前なのに。

 細胞は10μオーダーの大きさと聞けば、フィッショントラックの大きさが頭に浮かぶ。これを観察する大変さは分かる。という風に、自分の今までの知識を下敷きに色々考えながら読みました。

 まあそれなりに病理学のニオイをかげました。もっと深く理解したいので何回か再読することにします。

 本の中で「久坂部羊」の名前が1回だけ出てきました。あっと思い当たり、久坂部の「ブラック・ジャックは遠かった」を確かめました。2人は阪大時代の悪友でした。Kanadeの主治医は仲野教授の病理学を受けたそうです。怖い先生だったと! 著者のTwitterの書き込みをみると、好き勝手なことをつぶやいています。維新が嫌いみたいなので安心しました。

余談
Kanadeの血液検査の結果を整理すると、闘病中の出来事の色々を思い出します。結果の意味が理解出来るのは、いまのところ下の表にあげたものだけです。他の結果の意味をきちんと理解するためにも病理学をもう少し知りたいと願っています。









 

蜜蜂と遠雷

 投稿日:2017年11月19日(日)17時06分5秒

  「蜜蜂と遠雷」

恩田陸、幻冬舎、2016年

 直木賞や本屋大賞をとり評判の高かった本。恩田陸の作品は読んだことがなかったが評判にひかれ図書館で半年ほど前に予約した。しかしまだ先約が300人以上。流石に待ちきれず購入した。

 507頁もある厚い本、それに、予約待ちの間に恩田陸の本を2冊読んでみたが余り面白くなかったのでちょっと心配。しかし、読み出すと直ぐにクラシック音楽の世界に引きずり込まれた。久々にわくわくしながら読める本に出逢った。後は一気読み。

 ストーリーもよくできているのですが、クラシックの曲想ををこうも豊かな表現で文章に書けるものなのかと感嘆!

 「構想12年、取材11年、執筆7年」という。3年に1回、開催される浜松国際ピアノコンクールに4度も取材に出かけたという。その成果が見事にでています。

 きっと何回か読み直すと思います。




幻冬舎(http://www.gentosha.co.jp/book/b10300.html

俺はまだ、神に愛されているだろうか?
ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、
そして音楽を描き切った青春群像小説。
著者渾身、文句なしの最高傑作!

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。
彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?






 

山女日記

 投稿日:2017年11月14日(火)11時54分14秒
  「山女日記」
湊かなえ、幻冬舎、2014年

 2016年の工藤夕貴主演のNHKドラマを全部見ています。つい最近放送された続編も見ました。山の景色も美しく気に入ったので全部、録画しています。原作者の湊かなえと工藤夕貴が山番組で一緒に出演していたのも見ています。
 しかし、既読の湊かなえの小説は、女性心理の複雑さに疲れることが多かったので原作を読みたいとまでは思いませんでした。偶々、図書館の「本日、返却された本」棚にあったので借りてしまいました。

 山の話のためか、今回は全部、興味深くすんなり読めました。テレビドラマと原作の関係というのはこんなものなのかと考えながらです。原作の幾つかの話がドラマにも取り上げられてはいるのですが、それさえもなにか原作とは違うのです。映画と原作との関係よりは随分、テレビは自由自在に書き換えてしまうようです。別物と思った方がよいのかな?

 2017年の続編ドラマは、文庫本「山女日記」に収められた「カラフェスへ行こう」が原作らしい。これも読んで見たくなりました。




 

「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方

 投稿日:2017年10月30日(月)16時25分8秒

  「ポスト真実」時代のネットニュースの読み方
松林薫、晶文社、2017年3月


http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033576948&Action_id=121&Sza_id=B0

要旨:英オックスフォード大学出版局は、2016年の言葉に「POST-TRUTH(ポスト真実)」を選んだ。「真実がどうでもよくなった時代」とも訳せるこの言葉が選出されたのは、英国EU離脱や米大統領選で不正確な喧伝やデマ情報が飛び交ったことに由来する。また、日本では同年、DeNAが運営する情報サイトが記事内容の虚偽や盗用を理由に閉鎖される騒ぎもあった。このようにメディアが信頼を失いつつある今日、また紙からネット主体にメディアの手段や質が大きく変化してきている現代において、私たちはどのようなメディアリテラシーを身につけていけばよいのか。本書では、変化とともにそもそもメディアが持つ特質を踏まえ、私たちがネットニュースに代表される新しいメディアにどう向き合うべきかを、著者の経験も踏まえ論じている。1973年生まれの著者は元日本経済新聞記者で、2014年11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立。関西大学総合情報学部特任教授も務める。

 ニュースは今や、紙でもテレビでもなく、ネットで読む時代になった。一方、キュレーションメディアの盗用問題、アメリカ大統領選時に顕在化した偽ニュース問題で、ネットニュースの信頼性は大きく揺らいでもいる。こうした「ポスト真実」の時代にニュースを正しく読むためには、固有のリテラシーが必要だ。それぞれのメディアの特徴を理解し、使い分け、ネット情報を正確に読み解くためのノウハウを、日経新聞の記者を15年務めた著者が、その経験知を基に解説。もう偽ニュースにはだまされない!

目次
1章 ネットで変わったジャーナリズム(ジャーナリズムの本質的な変化
ネットの信頼性をめぐる問題
メディアが提供する7つの価値
メディアと世論)
2章 ネット情報を利用する前に(「ワンストップ」の落とし穴
活字離れは本当か
ネットは訂正を前提としたメディア
報道の限界を知る)
3章 ネット情報の利用術(メディアを生態系として捉える
裏を取る
「裏」情報の罠
教材としての「紙媒体」
ネットにない情報の重要性)
4章 高度な読み方、活用法(「たとえ話」で考える―ネットは自分の頭脳じゃない
スタンスを決めてネット情報を読む
インターネットと議論
「報じる側」と「報じられる側」を体験する)
5章 メディアのこれから(「紙からネットへ」という変化の本質)
著者紹介

松林 薫 (マツバヤシ カオル)
1973年、広島市生まれ。京都大学経済学部、同修士課程を修了し1999年に日本経済新聞社に入社。東京と大阪の経済部で、金融・証券、年金、少子化問題、エネルギー、財界などを担当。経済解説部で「経済教室」や「やさしい経済学」の編集も手がける。2014年10月に退社。2014年11月に株式会社報道イノベーション研究所を設立。2016年4月より関西大学総合情報学部特任教授(ネットジャーナリズム論)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



 今回の衆議院選挙で、新聞・テレビなどのメディアの反応に疑問を感じました。主に小池都知事人気の浮き沈みの激しさとの関連で。もともとメディアが持ち上げていた小池都知事が「希望の党」を立ち上げると、直ぐに政権交代の可能な党ができたとメディアははやし立てました。TNは安保法制についての踏み絵を強いる党に最初から嫌悪感を持ちましたが、メディアは鈍感でした。「排除」発言さえも当初は淡々と伝えていました。ネットでの不評が話題になってから、メディアはやっとそれが小池人気が落ちる発言と認識しました。それでもまだ小池自身が選挙に出ることを期待し「希望の党」に注目していました。
 選挙が終わり結果が出たとたん、小池や民進党から希望に移った議員へのパッシングがはじまりました。
 今のメディア、とくにTVで解説者と見なされている人達の鈍感さ・無能さに呆れました。いつまで、そのようなメディア、解説者が世論を誘導する役目を担っていると思わせる時代が続くのでしょうか????

 というのがこの本を読み出した動機でした。

 もちろん解答はありません。従来のメディアがダメなのでネットニュースが期待できるということでもなさそうです。

 でも新聞とネットニュースについて色々考えることがありました。

 最も印象に残ったのは「マスコミ最大のタブーは『読者』」という視点でした。朝日、毎日の論調はリベラル、読売・産経は保守です。朝日や毎日が読者をリベラルに誘導するのではなく、リベラルな読者が多いからその読者に見捨てられないように朝日、毎日はリベラルの立場をまもるということらしい。そうかもしれないと納得。

 まあ、たまには毛色の変わった本も面白い。





 

ふぉん・しいほるとの娘

 投稿日:2017年 9月24日(日)15時42分10秒

  「ふぉん・しいほるとの娘 上下」
 吉村昭、新潮文庫、1993年

 上下共に600頁を超えて、吉村作品では最長の歴史小説。
 シーボルト関係者に焦点を絞ってはいるが、その時代背景を丹念に描き出す。それも極めて客観的に、陽も陰も隠すことなく淡々と。読んでいる内に吉村が書いているのだから事実なんだろうと思い込まされる魔力がある。

よくまとめられた読書案内があったので、そのままコピペ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−
http://blog.livedoor.jp/ysmra/archives/17728845.html

『ふぉん・しいほるとの娘』
吉村昭の数ある小説のうちの最長編作品。長崎を主たる舞台に、宇和島も重要なポイントとして登場する。

タイトルのとおり、主人公は江戸時代に長崎にやってきた医師・シーボルトと遊女(お滝)との間に生まれた娘・楠本イネ(お稲)。彼女は、日本初の女医としても知られている。

作品は、1823年のシーボルト来日から始まり、前半はシーボルト(鎖国下の日本にやってきたスパイ的な人物という色合いを出した描写になっている)とお滝を軸に展開。後半、成長したお稲を中心として話が進んでいく。

母娘2代の生涯を丹念に追った大河小説の趣。シーボルトの子であるがゆえに、特異な人生を歩む事になった主人公の、長く変化の多い人生を、読者はこの本を読みながらたどってゆく事になる。

鎖国時代の長崎や幕政の様子、諸外国が日本に押し寄せる幕末期。時代は明治へと入り、社会は急速な変化を遂げる。
また、シーボルトを始めとして、彼女達の周りには様々な人物が現れる。大村益次郎、伊達宗城(宇和島藩主)、福沢諭吉、医学界の著名な人物達・・。

作者は、主人公を描くだけではなく、その時々の社会・政治状況や彼女の身の回りに起こった大小様々な事件、そしていろいろな人達のプロフィール的なことを、(少しばかり横道にもそれながら)作中に散りばめることで、彼女達が生きた時代の流れをも巧みに描き出しているのである。

読み終えて、ずっしりとした充実感の残る一作。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 シーボルトの陽も陰も淡々と描き出す。それによってシーボルトの実像が鮮明になってくる。りっぱな医者であり、自然科学者だった。しかし自己顕示欲の強い策略家だった。色惚けのバカ親父だった。
 今、シーボルトが好きか嫌いかと問われれば、嫌いです。

 イネ、シーボルトの娘であるが故に、女産科医への道を歩む。シーボルトの弟子の何人かや村田蔵六からオランダ語を学んでいる。医学書は読める、しかし、オランダ語をほとんど話せないし、手紙などは全く書けない。なぜ?と不思議な気持ちになる。あの時代の日本(?)女性の遠慮深さからなのだろうか、シーボルトの息子達は日本語も英語も使いこなす。


  司馬遼太郎、朝井まかての本と比べながら読んだ。吉村の時代背景説明は幅広く客観的で流石だなと納得する。司馬のは主テーマを補足するために司馬が主観的に選択したものについてだけ説明する。例えば幕軍討伐に村田蔵六は、西郷・大久保・木戸についで4番目に軍功を賞され永世禄高1500石を下賜されたと、吉村も司馬も書く。しかし、戊辰戦争で東北諸藩がまとまって薩長に最後まで抵抗した原因として、長州藩出身の世良修蔵への反感があったことを淡々と吉村は書く。吉村の歴史観の公正さが嬉しい。
  朝井まかての独創性は一点突破で単純、それがすがすがしい。シーボルトの自然科学者としての素晴らしさだけを強調していた。






 

花神

 投稿日:2017年 9月16日(土)15時56分41秒

  「花神(上中下)」
司馬遼太郎、新潮文庫、1976年

 司馬遼太郎の「花神(上)」、シーボルトの娘イネが出てくるというので読んだ。上、中、下とあり、村田蔵六(大村益次郎)が主人公で司馬遼太郎得意の維新もの。司馬史観に染まりすぎたと感じ、しばらく司馬ものを読まなかったが、久しぶりに読むとやはり面白い。一気に読んでしまった。

 最初の「浪華の塾」の章に阪大・藤野教授に「大村益次郎とシーボルトの娘の関係、あれは恋でしたろうね」といわれたエピソードが書かれている。それが引き金になったのか司馬はそのテーマにかなり頁をさいている。そしてシーボルトについても詳しく描かれている。朝井と司馬が描くシーボルト観が微妙に違い面白い。その違いは、次に読みたい「ふぉん・しいほるとの娘」で吉村昭のシーボルト観を早く知りたいと思わせる。

 司馬は、シーボルトは瀧を鳴滝塾舎の2階建ての母屋に住まわせたとするが、朝井まかては出島の館でシーボルトと瀧は一緒に寝起きしたと書く。有名な「シーボルト妻子螺鈿合子〔国指定重要文化財〕」を司馬はシーボルトがつくらせたとしているがこれは間違いで、シーボルトが去ってから瀧がつくらせシーボルトに贈ったことが分かっている。まあ細かいことはどうでもよいか?



 「花神(中)」には、阪大・藤野教授に「蔵六とイネとは、プラトニック・ラブだったでしょうか、どうでしょうか」と聞かれたとある。(上)に書かれているのと少し言葉が違うが同内容だからいいのでしょうね。TNは細かいことに引っ掛かる研究者の癖がぬけないようです。小説家の大らかさが羨ましい。

 この藤野教授の言葉を聞いて、その時、不意に蔵六のことを書こうとひそかに思ったと司馬は書いている。この本は維新の英雄・村田蔵六(大村益次郎)が主人公でイネは脇役と思っていたがそうではなくてイネも主人公なんだと納得です。

 (中)での蔵六とイネとの話は大部分は司馬の創作なんだろうなと思うが、小説家の洞察力というか空想力には脱帽です。


内容(「BOOK」データベースより)
周防の村医から一転して討幕軍の総司令官となり、維新の渦中で非業の死をとげたわが国近代兵制の創始者大村益次郎の波瀾の生涯を描く長編。動乱への胎動をはじめた時世をよそに、緒方洪庵の適塾で蘭学の修養を積んでいた村田蔵六(のちの大村益次郎)は、時代の求めるままに蘭学の才能を買われ、宇和島藩から幕府、そして郷里の長州藩へととりたてられ、歴史の激流にのめりこんでゆく。

2017年9月17日
「花神(下)」も読了。

 最後になって、本題を「花神」とした意味を明かす。維新が正義であると信じた蔵六には津々浦々の枯木にその花を咲かせる役目があった。「中国では花咲爺のことを花神という。蔵六は花神の仕事を背負った。」と。

 明治2年に京都で刺客に襲われる。入院した大阪仮病院(阪大の前身)で医者の緒方洪庵の息子・緒形惟準、三瀬周三(イネの娘・タカの夫、駆けつけたイネの献身的看護を受けるが死ぬ。妻はそこにはいない。
 なんか凄い死に様です。

幕末から明治にかけての世の流れについて、いろいろ考えさせられました。

T.蘭語を習得した人達は、医学だけではなく物理や数学、工学そして兵学まですべて蘭語でマスターしていた。そのエリート達はこれからは英語の時代だと知るとすぐに英語を学ぶ。その知識欲に感嘆する。

2.鳥羽伏見の戦いに敗れた幕府側は、以後は一方的に新政府に負け続けたと思い込んでいたが実は、新政府側はどこで負けてもおかしくないほどの戦力しか無かったのだという−えっと??いう感じです。
 それでは戊辰戦争てなんだったのでしょう?

3.明治維新のはなしになると原田伊織の「明治維新という過ちー日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリストー」を思い出す。原田と司馬の視点の差は大きい。

4.司馬は海江田信義を完全に毛嫌いした描き方をする。前に乃木希典の描き方にここまで悪口を書かなくてもよいと思ったことがあり、それと同じかなと。

などなど

久しぶりの司馬遼太郎、それなりに楽しみました。

 

シーボルト

 投稿日:2017年 9月15日(金)09時21分58秒

   シーボルト展の興奮はまだ冷めない。
 毎日、シーボルト関連の資料・本を読みあさっている。

 シーボルトの息子2人は「日本赤十字社」の創世記をささえたという。日赤創設者の佐野常民に協力し、諸外国の赤十字組織の規則を翻訳、また明治13年には女性救護員(看護婦)の活用を提言したらしい。
 シーボルト孫娘の「たか」は凄い美人で、「銀河鉄道999」に登場するメーテルや「宇宙戦艦ヤマト」のスターシアのモデルだったとか。
 まだまだ興味は尽きません。


 

たか





 朝井まかての「先生のお庭番」を再読。今回はシーボルトの妻・瀧(オタクサ)の生き方が一番気になった。良書は読み直すたびに違う興味が湧く。この本もその一つ。主人公の熊吉というのは実在した人なのか?

 司馬遼太郎の「花神(上)」、シーボルトの娘イネが出てくるというので読んだ。上、中、下とあり、村田蔵六(大村益次郎)が主人公で司馬遼太郎得意の維新もの。司馬史観に染まりすぎたと感じ、しばらく司馬ものを読まなかったが、久しぶりに読むとやはり面白い。一気に読んでしまった。
 最初の「浪華の塾」の章に阪大・藤野教授に「大村益次郎とシーボルトの娘の関係、あれは恋でしたろうね」といわれたエピソードが書かれている。それが引き金になったのか司馬はそのテーマにかなり頁をさいている。そしてシーボルトについても詳しく描かれている。朝井と司馬が描くシーボルト観が微妙に違い面白い。その違いは、次に読みたい「ふぉん・しいほるとの娘」で吉村昭のシーボルト観を早く知りたいと思わせる。

 司馬は、シーボルトは瀧を鳴滝塾舎の2階建ての母屋に住まわせたとするが、朝井は出島の館でシーボルトと瀧は一緒に寝起きしたと書く。有名な「シーボルト妻子螺鈿合子〔国指定重要文化財〕」を司馬はシーボルトがつくらせたとしているがこれは間違いで、シーボルトが去ってから瀧がつくらせシーボルトに贈ったことが分かっている。まあ細かいことはどうでもよいか?


 

シーボルト妻子螺鈿合子〔国指定重要文化財〕 シーボルト記念館蔵




<BR






 

シーボルト展

 投稿日:2017年 9月11日(月)16時30分5秒

  9月10日(日)
 国立民族博物館で開催中の「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」をみたいのと先日箕面で見つけられなかったナンバンキセルに逢うために万博公園へ。

 ナンバンキセルはもう終わりなのかな?残り花が少しだけありました。オミナエシ、ミソハギ、ムラサキシキブ、キキョウ、ヒガンバナなどが咲いていました。

 「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」は、シーボルトの凄い量のコレクションにビックリ。特に地図は、「シーボルト事件」で多数の日本人犠牲者をだしながらもよく隠しきって持ち帰ったと。
 シーボルトが作ろうとした日本博物館はまさに「民族博物館」だったのだと感動!

 展示会のカタログは分厚すぎてツンドクではもったいないので、長崎の「シーボルト記念館発行の『シーボルトのみた日本』」という小冊子を購入。展覧会を見たばかりなので分かりやすく一気に読めた。シーボルトやその娘イネをもっと知りたいなと思う。朝井まかての「先生のお庭番」も読み直したい。

 

ナンバンキセル



オミナエシ




 

日本エリートはズレている

 投稿日:2017年 9月11日(月)08時55分2秒

  「日本エリートはズレている」
道上尚史、角川新書、2017年

http://www.kadokawa.co.jp/product/321605000643/
東京しか見ない”グローバルエリート”へ、現役外交官が警鐘を鳴らす!
 外国に対し、「日本のマネばかり」「石油が出るだけのラッキーな国」と上から目線を続ける日本の”グローバルエリート”。中国、韓国、そしてドバイでさまざまな外国人と交流を持つ現役外交官が本気で警鐘を鳴らす。


 この本は主張したいことを何回も繰り返し述べるので一部を飛ばし読みしてもそれほど誤解することはないと思う。

 意識化では既に気付いていたことをズバッと指摘してくるので気が重くなることが幾つもあった。

 アメリカの名門大学が海外の若手研究者を引き抜こうとするのはアジアでは東大・京大ではなく中国の精華大学や北京大学だ。
 中国の小学生が日本の小学校の勉強時間を聞いて「ぼくらの半分しか勉強しないんだ。いいな、日本の子はいっぱい遊べていいな」だって。
 北京大と東大の交流会で、東大生の英語力は見劣りした。
 TOEICの参考書、日本で売っているのは「600点レベルを目指そう」や{700点レベル・・・」が主流だが韓国では「800点・・・」「900点・・」が主流で「990点(満点)3」まである。
 中国の高校生が日本に来て「日本人は英語が出来ないと聞いていたがこれほどとは思わなかった」と上から目線で感想を書く。

 要は日本の子供、学生の勉強不足、学力不足を次から次へと指摘する。そうだその通りと思うので気が重い。


 上は本題ではなくて、元気のない日本についての著者の思いを以下のように展開している。

 中国や韓国はいつの間にか海外ビジネスの世界でわが国をリードしている。だが、日本は過度なプライド(アジアナンバーワンという意識)ゆえに、その事実を認めてこなかった。未だに高度経済成長の成功体験から抜け出せない日本人の国際感覚と自己認識の“ズレ”が今、国力を大きく毀損しようとしている。

 道上は指摘する。中東や中韓や、世界の多くの国々は、日本人よりずっと“知へのリスペクト”を持ち、必死に勉強し努力していることを。
 これからは“接戦”の時代で、独り勝ちする国はなく、新興国にも十分チャンスはある。逆に言えば、過去の栄光に浸って変化についていけない国は落伍していくということだ。日本がこれ以上、国力を毀損してしまう前に、我々は“ズレ”に気づかねばならない。傲慢さを捨て、チャレンジャーであり続けねばならない。

 「愛国心という骨も国際性という翼も弱い日本であってほしくない」


 外交官の書いた本を初めて読んだ。さすがに国際性、国力、愛国心などの意味をよく考えているなと思う。国際性、国力、愛国心といったものはつい斜めに構えてみてしまう自分を反省する。




 

憲法くん

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 8月31日(木)17時28分19秒

  「憲法くん」
作:松元 ヒロ 絵:武田 美穂
講談社、2016年12月15日

講談社BOOK倶楽部(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061333093

■芸人・松元ヒロさんをご存知ですか
政治風刺のコントで人気を博したコント集団「ザ・ニュースペーパー」で活躍後、1998年に独立しました。それ以来、時の政権に批判的なネタを舞台にかけ続け、全国を飛び回っています。作家井上ひさし氏、落語家立川談志師、放送作家永六輔氏らが、はやくからその才能に注目し、応援を続けてきました。
■ひとり芝居「憲法くん」をご存知ですか
日本国憲法施行から50年目にあたる1997年の初演以来、松元ヒロさんが機会があるごとに演じているのが「憲法くん」です。日本国憲法を人間に見立ててユーモラスに描き、その大切さを訴える8分ほどの短いネタですが、最近は「憲法くん」を演ってほしいという要望がとても多くなってきたといいます。
■「憲法くん」が絵本化されたわけ
絵本作家の武田美穂さんも、松元ヒロさんの舞台を観つづけている古くからのファンのひとりです。今回、絵のお願いをさしあげたところ、ふたつ返事でご快諾いただきました。


 松元ヒロ、WHO? という感じでしたが素晴らしい絵本でした。
 憲法前文を音読しました。気持ちの良い文章でした。






 

何者

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 8月25日(金)19時48分14秒

  「何者」
朝井リョウ、新潮社、2012年

http://www.shinchosha.co.jp/book/126931/

内容:就職活動を目前に控えた拓人は、同居人・光太郎の引退ライブに足を運んだ。光太郎と別れた瑞月も来ると知っていたから――。瑞月の留学仲間・理香が拓人たちと同じアパートに住んでいるとわかり、理香と同棲中の隆良を交えた5人は就活対策として集まるようになる。だが、SNSや面接で発する言葉の奥に見え隠れする、本音や自意識が、彼らの関係を次第に変えて……。直木賞受賞作。

朝井リョウ アサイ・リョウ
 1989年5月生まれ。岐阜県出身。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2013年、『何者』で第148回直木賞を受賞。他の著書に『チア男子!!』(第3回高校生が選ぶ天竜文学賞)、『少女は卒業しない』『星やどりの声』『もういちど生まれる』『世界地図の下書き』(第29回坪田譲治文学賞)、『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『ままならないから私とあなた』エッセイ集『時をかけるゆとり』がある。


 朝井リョウは初めてです。図書館でいつもチェックする「朝井まかて」の近くの本棚に朝井リョウの本も並んでいるので、前から気にはなっていました。手に取り、見てみると直木賞作品というので面白いかも知れないと読んでみました。

 就活する大学生の話で、twitter、facebook、LINEといったSNSを使いこなすいまどきの若者たちが主人公です。この本が2012年発行だからか、道具としてtwitterを頻繁に使います。主人公それぞれが「にのみやたくと@劇団プラネット @takutodesu」、「コータロー! @kotaro_OVERMUSIC」、「田名部瑞月 @mizukitanabe」。「RICA KOBAYAKAWA @rika_0927」。「宮本隆良 @takayoshi_miyamoto」、「烏丸ギンジ @account_of_GINJI」とtwitterのアカウントをもっています。その他に「本音」をつぶやく別のアカウント(裏アカウントと言うらしい)も持っています。
 (友人が直ぐ近くにいても!)絶えずtwitterをチェックし、「日常の行為や思い」を本音(や虚飾)でつぶやき続ける若者たちに、ビックリです。

 理系学部と教育学部しか知らないTNには文系学生の就活は、悲惨で壮絶なものに思えます。その就活で自分は「何者?」と問い直し悩む主人公(たち)の気持ちを理解出来たのでしょうか、分かったようなじれったいような・・・・・。

 いまどきの若者の本、悪くはない、しかし別の朝井リョウの本を直ぐ読みたいと思うほどの魅力は無い。

 若者の読後感を読むと、「SNSがある今の時代で、ちょっと前の時期の就活の物語」というのや「・・・・、意識高い系と一括りに枠に嵌めて、馬鹿にする人たちをさらに批判します。高い系の中にも実はガムシャラにかっこ悪くも頑張っている人もいるという、想像をしようともしない『観察者』を作者は許しません」などがあった。なるほどねと思う。







 

銀の猫

 投稿日:2017年 7月18日(火)10時01分12秒

  「銀の猫」
朝井まかて、文藝春秋、2017年1月

 朝井まかての今年の本。「オール讀物」に連載されていたものをまとめた。
 老齢社会、介護と現代の深刻な問題を江戸時代に移して書いているので、重たい気分にならず最後までよめる。朝井まかてらしい本で安心感がある。



文藝春秋Books(http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163905815

担当編集者より:江戸時代、50歳まで生き延びればたいていの人は長生きで、70,80はざらという長寿社会。憧れの隠居暮らしをする人の一方、衰えて体が利かなくなった人も、その人を抱える家族も大勢いたということ。親の世話に明け暮れて結婚もできないまま自分も年をとっていくひとも多かったわけです。そんな中、本作の主人公は、バツ一で母親と二人暮らしの25歳。気立ての良さと賢さで、老人介抱の仕事のプロとして引っ張りだこです。そんな彼女が日々感じること、仕事先で出会う老人たちの強かさ、大きさ。異常に美人な母親との関係も注目です。

産経ニュース(http://www.sankei.com/life/news/170312/lif1703120024-n1.html)

『銀の猫』朝井まかて著 「毒」もある江戸時代の介護

 これは一言で表せば、江戸時代の介護の小説である。主人公は離婚歴のある25歳のお咲。毒親である母のせいで借金を抱え、その返済と生活のために介抱人という割のいい仕事を、口入屋を通して請け負っている。

 設定が抜群に上手(うま)い。江戸時代の介護−−もうこれだけで興味が湧いてくる。ほとんどの現代日本人が人ごとではなく、いずれは直面するだろうとても身近な問題だ。それだけに重くなりがちなテーマだが、本書は、舞台を江戸時代にもっていくことで、生々しさを巧みに回避している。

 人物配置も絶妙だ。出てくる老人たちは曲(くせ)者で、個性豊か。一筋縄でいかない連中だが、みな既視感溢(あふ)れる人々だ。口入屋の夫婦は儲(もう)け話に貪欲で、利にさとい。だからといって人情がまるでないわけでもない。そこに描かれる人間たちは、等身大で誰もが欠点も良いところも持ち合わせ、状況によってはどちらに転ぶかわからない危うさがある。

 主人公も完璧な人間でも、底抜けにいい人でもない。やっとの思いで稼いだ金をくすねて平気な母親に、「おっかさん、お願いだからいなくなって。あたしの前から消えて」と時に願わずにいられぬ切実さの中で生きている。実に人間臭く、たまらなくこの話を魅力的にしている。

婚家でただ一人の理解者だった舅(しゅうと)を、介護の途中で離縁されて看取ることが叶(かな)わなかった。その後悔と、形見となった銀細工の猫を胸に抱くお咲。介護を受けざるを得ない人々の、やるせなさや抵抗や諦め、喜びや覚悟など、様々(さまざま)な心と真摯(しんし)に向き合うことで逆に教えられ、成長するお咲の姿は胸を打つ。

 人の一生が凝縮される命の瀬戸際を描く著者の視線はどこまでも温かだ。介護する側、される側、そのどちらにもそっと寄り添い、押しつけがましさがないのが嬉しい。本書は、テンポよく軽快に読み進めるタイプの話ではない。身につまされるどきりとした言葉を拾いながら、現代とは違う江戸時代の時の流れに身を浸し、ゆっくりと頁を捲(めく)ることをおすすめしたい。(文芸春秋・1600円+税)

 評・秋山香乃(小説家)





 

墨龍賦

 投稿日:2017年 7月13日(木)19時04分7秒

  「墨龍賦(ぼくりゅうふ)
葉室麟、PHP研究所、2017年2月

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-83234-0
内容 建仁寺の「雲龍図」を描いた男・海北友松。武士の子として、滅んだ実家の再興を夢見つつも、絵師として名を馳せた生涯を描く歴史長編。

 遅咲きの著者による50作目の記念すべき小説は、武人の魂を持ち続けた絵師を描く本作『墨龍賦』。
 武士の家に生まれながらも寺に入れられ、絵師になった友松だが、若き明智光秀の側近・斎藤内蔵助利三と出会い、友情を育んでいく。
 そんな折、近江浅井家が織田信長に滅ぼされ、浅井家家臣の海北家も滅亡する。そして本能寺の変――。友松は、海北家再興を願いつつ、命を落とした友・内蔵助のために何ができるか、思い悩む。
 迷いながらも自分が生きる道を模索し続け、晩年に答えを見出し、建仁寺の「雲龍図」をはじめ、次々と名作を生み出していった海北友松。狩野永徳、長谷川等伯に続き、桃山時代最後の巨匠となった男の起伏に富んだ人生を描く歴史長編。
 4月11日から京都国立博物館で友松の大回顧展が開かれることで早くも話題だが、本能寺の変の舞台裏についても、著者自身の推理が端々に光っており、絵師の目から見た戦国絵巻としても愉しめる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

今年の5月11日(木)に京都国立博物館の「海北友松展」にでかけました。
その時の感想を掲示板に書いています。

 長谷川等伯展ほどには「ワー綺麗、凄い!」と思うものは多くは無かったのですが、
評判の「雲龍図」、「柏に猿図」、「月下渓流図屏風」などには感動でした。
 60歳を過ぎてからの活躍が目立つことや、多数の歴史上有名な人達との交流の
エピソードなどを知りました。
 それにしても安土桃山時代から江戸時代初期にかけては、なんと多数の魅力ある
武人や芸術家を排出したことなのだろうと、不思議な活力に溢れた時代の1つですね。


 もっと海北友松について知りたいと思い図書館で予約したのがこの本でやっと読めました。葉室麟の本は初めてです。葉室麟は1951年生まれ、西南学院大学文学部外国語学科フランス語専攻卒業、地方紙記者、ラジオニュースデスク等を経て、50歳から創作活動に入り、4年後に文壇デビューを果たした。2005年、江戸時代元禄期の絵師尾形光琳と陶工尾形乾山の兄弟を描いた「乾山晩愁」で第29回歴史文学賞を受賞、2007年「銀漢の賦」で第14回松本清張賞を受賞、2012年「蜩ノ記」で第146回直木三十五賞を受賞。

 上の本の紹介に「遅咲きの著者」と書かれていますが、著者自身もそれを意識し同じく遅咲きで知られた「絵師」に興味を持ち書いた本と新聞で読んだ記憶があります。

 海北友松については、展覧会で自分なりに作り上げたイメージを大きく塗り替えるような話は出てこなかったのですが、織田信長・明智光秀・斎藤内蔵助利三などの人物像が司馬遼太郎の小説や大河ドラマで想像していたものとは全く異なり楽しかった。斎藤道三が織田信長にだしたという美濃国を譲るという(有名な)手紙は信長の嘘だったという推理、これは凄いなと思いました。作家の思惑は確かに自由自在ですね。

 また間をおいて読み直してみたい本でした。





 

落陽

 投稿日:2017年 6月29日(木)10時31分46秒

  「落陽」
朝井まかて、祥伝社、2016年7月

(日刊ゲンダイ https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/190875
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 東京の喧騒を忘れさせる豊潤な緑の森であり、多数の参拝者が訪れる明治神宮。この神宮造営を巡る物語を2つの異なる視点で描く。

 時は明治45年。主人公は大手新聞社を女性絡みの悶着で辞め、今は醜聞を扱う大衆紙の記者、瀬尾亮一。記事掲載をネタにゆすりを働く悪稼業で、くすぶった日々を送っていた。ところが、明治天皇崩御を機に、記者魂が目覚める。「東京に明治天皇を祀る神社を造る」という壮大かつ無謀と思われる計画を同僚の女敏腕記者、伊東響子から聞いたからだ。候補地の代々木は当時辺鄙な地で、絶望的な荒野だった。

 林学研究者は不可能と判断するも、政財界の有力者は東京での神宮林造営を強硬に推し進める。響子は研究者とともに、崇高かつ永劫の神宮林の在り方を探っていく。一方、瀬尾は激動期の日本を支えた明治天皇の生涯に思いを馳せ、密かに独自取材を進めていく……。

 明治神宮の森は今でこそ美しき森だが、その履歴を手繰ると泥臭さときな臭さも垣間見える。さまざまな人の覚悟と熱意が今の美しい森を築いたのだと気づかされる物語だ。(祥伝社 1600円+税)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 読むのは2回目、題名だけでは内容を思い出せなかった。読み進んでも結局、記憶に残っていたのはほんの少しだけだったので、初読と同じ。

 『理想は藪のごとき原生林』と考え150年後の完成を想定し設計された明治神宮の森の話と、その明治神宮に祀られる明治天皇がなぜこうも慕われるのかという問いかけが本書の主題。
 明治の森に関わる林学研究者の話は、いつもの「朝井まかて」の小説と同様に知的好奇心を充分に満足させてくれる。
 一方、明治天皇の話はまだまだ消化不良の様な気がする。漱石が「奉悼の辞」に「天皇の徳を懐ひ 天皇の恩を懐ひ謹んで哀衷を巻首に展ぶ」と書いたことを知った主人公の瀬田が、あの漱石が「徳」や「恩」と書く明治天皇の生涯に思いを馳せるという設定そのものは面白いなと感じる。でも読み終わった感想は中途半端、いつか朝井まかてが明治天皇だけを主題にした本を書いてくれればと思う。

 今までの朝井まかての本にはカタカナ語がほとんど出てこない。それが彼女の文の魅力の一つでだと思っている。今回の本は大正時代の話なので、トースト、バタ、カフェオレ、ピアノなどはカタカナ書きになっているが、特種にスクープとルビをふって遊んでいるあたりに余裕が出てきたなと思ってしまう。麦酒(ビール)は当たり前として内隠(ポケット)、卓(テーブル)は笑ってしまう。





 

マル合の下僕

 投稿日:2017年 4月 9日(日)15時40分32秒

  『マル合の下僕』
高殿円、新潮社、2014年

 最近、高殿円の本を読んでいる。全く知らなかった作者。偶々、図書館に「お仕事小説」特集コーナがありそこに高殿円の『トッカン 特別国税徴収官』(ハヤカワ文庫)がありそれが面白かったので『剣と紅』(文藝春秋)や『上流階級 富久丸百貨店外商部』(光文社)も読んだ。どれも面白く一気に読めた。もう少しこの著者の本を読んでみようと探すと『マル合の下僕』が目についた。
 「マル合」って大学の業界用語では?と気になって借りてみた。やはりそうでした。


新潮社のHPから(http://www.shinchosha.co.jp/book/336591/

 マル合――それは、論文指導ができる教員。関西最難関のK大で出世ルートを歩むはずだった俺は、学内派閥を読み間違え私大に就職。少ない月収を死守しながら、姉が育児放棄した甥っ子も養っている。そんなある日、大切な授業を奪いかねない強力なライバル出現との情報が……。象牙の塔に住まう非正規雇用男子の痛快お仕事小説。

(高殿円 タカドノ・マドカ
 1976年兵庫県生まれ。2000年に第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し、『マグダミリア 三つの星』(角川文庫)でデビュー。第1回エキナカ書店大賞受賞作『カミングアウト』(徳間文庫)をはじめ、『カーリー』(講談社文庫)『トッカン 特別国税徴収官』(ハヤカワ文庫)『剣と紅』(文藝春秋)『上流階級 富久丸百貨店外商部』(光文社)「シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』(早川書房)など著書多数。)

 特別国税徴収官や百貨店外商部など自分と関係のない分野の話は、へーふーん、そうなんやと直ぐに書かれていることを信じて納得してしまえるが、大学の話となるといろいろ引っ掛かります。分野の違いかとも思うけれど、大学で生き残る道が“マル合の下僕”になることであるとまで言われると、TNの思考は停止してしまいます。





 

沈黙の人

 投稿日:2017年 3月11日(土)10時05分47秒

  「沈黙の人」
小池真理子、文藝春秋、2012年

作品紹介(文藝春秋HPより)
  幼い頃に家を出て、新しい家族を持った父は晩年パーキンソン病を患い、最期は口を利くこともできずに亡くなった。遺された手紙や短歌から見えてくる、後妻家族との相剋、秘めたる恋、娘である「私」への想い。父の赤裸々な「生」を振り返ることで、生きる意味、死ぬ意味、そして、家族という形のありようが見え、物語世界に光が差し込んでくる――。
 恋愛小説を中心に、濃密な心理描写で知られる作者の新境地ともいえる本作中に引かれた短歌は、亡くなられた作者の実父が実際に詠んだもの。作者の「何か不思議な力が書かせた作品で、私にとっての生涯の勝負作です」との言葉の通り、心の奥底を静かに、深く揺さぶる傑作です。


 姉や友人の二人を亡くした後に読むのはしんどい本でした。パーキンソン病というのでKHさんのことも気になるし・・・・。

 いきなり「享年85歳だった。」が気になった。高名な作家だから普通は享年には歳をつけないし、年齢は数え年を使う、と言うのを知らないわけがない。あえて無視か??
「父の遺品――『沈黙のひと』が生まれるまで(http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/648)」を読むと、85歳は満年齢だった。

 一番、心に残ったのは、父親が短歌友への手紙に医者が高齢者につめたいと書いているところです。「あんたはじきに死ぬんだから、じたばたしないで諦めなさいよ、そう言われているような気がするのです。」
 鹿児島のToshiko姉の死期が迫っていた頃、強く感じた医者への不満そのものでした。

 たぶん再読はしないでしょう。




 

トットひとり

 投稿日:2017年 2月14日(火)10時30分56秒

  トットひとり
黒柳徹子/著、新潮社、2015年4月25日

(新潮社HPより)
私が好きだった人たち、私を理解してくれた人たち、そして私と同じ匂いを持った人たちへ――。「ザ・ベストテン」の日々、テレビ草創期を共に戦った森繁久彌、毎日のように会っていた向田邦子、〈私の兄ちゃん〉の渥美清、〈母さん〉の沢村貞子、そして結婚未遂事件や、現在の心境までを熱く率直に、明朗に綴った感動のメモワール。


 再読です。最初に読んだときは、黒柳徹子らしい本とは思ったけれど、自慢話が多いなと感じ、感動まではしませんでした。しかし今回は、徹子がこれまでに見送ってきた親しい人達への素直な気持ちの表現に感動です。姉の死などで死を受け止めるこちらの気持ちが変わってきたからかも知れません。

 最後の「幕が上がるとき」に出てくる「単に同世代、というより、自分と同じ匂いを持った人達が、知らず知らず、いなくなっていく。そんな寂寥感を味わうことが、歳をとる、ということかもしれない」という感慨はすんなりと心にしみます。

 「ある喜劇女優の死」の賀原夏子の壮絶なガンとの戦い、そして沢村貞子の死に様などそれぞれに徹子の素直な感受性が感じられ、良い本に出会ったと思いました。

 

朝井まかての2016年の本

 投稿日:2016年12月27日(火)11時57分36秒

   今、朝井まかての本が4冊も手元にある。2016年に発売された本ばかり。ついに1年に4冊もだす売れっ子作家になったのですねと感心する。これで彼女の本は全部、読んだことになる。どれもが面白かった。多数の本を書いている一人の作家の本で、読んだ全てが面白かったのは初めてのような気がする。
 江戸時代から幕末・明治にかけての時代小説・歴史物が主だったがついに「落陽」で大正時代がでてきた。もうすぐ昭和にも入るのかなと楽しみです。

 大正に入ってもカタカナ言葉はほとんど出てこない。朝井まかての文体の特徴です。

 「残り者」では天璋院、「眩」では北斎、「落陽」では明治天皇や漱石と、それぞれの物語の主人公の思いを通じて、歴史的に有名な人達の人間像を朝井まかてなりに描く。彼女のいつもの手法だがどれも興味深い。


残り者
双葉社、2016年05月20日
http://www.futabasha.co.jp/booksdb/smp/book/bookview/978-4-575-23960-7.html?&mode=3
 時は幕末、徳川家に江戸城の明け渡しが命じられる。官軍の襲来を恐れ、女中たちが我先にと脱出を試みる中、大奥に留まった五人のがいた。なにゆえ残らねばならなかったのか。それぞれ胸の内を明かした彼女らが起こした思いがけない行動とは――直木賞受賞作『恋歌』と対をなす、激動の時代を生きぬいた女たちの熱い物語。



新潮社、2016年6月20日
http://www.shinchosha.co.jp/book/339971/
あたしはただ、絵を描いていたいだけ。愚かな夫への軽蔑、兄弟子への叶わぬ恋、北斎の名を利用し悪事を重ねる甥――人生にまつわる面倒も、ひとたび絵筆を握ればすべて消え去る。北斎に「美人画では敵わない」と言わせ、西洋の陰影表現を体得し、全身全霊を絵に投じた絵師の生涯を圧倒的リアリティで描き出す、朝井まかて堂々の代表作












落陽
祥伝社、2016年7月20日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/190875
 東京の喧騒を忘れさせる豊潤な緑の森であり、多数の参拝者が訪れる明治神宮。この神宮造営を巡る物語を2つの異なる視点で描く。
 時は明治45年。主人公は大手新聞社を女性絡みの悶着で辞め、今は醜聞を扱う大衆紙の記者、瀬尾亮一。記事掲載をネタにゆすりを働く悪稼業で、くすぶった日々を送っていた。ところが、明治天皇崩御を機に、記者魂が目覚める。「東京に明治天皇を祀る神社を造る」という壮大かつ無謀と思われる計画を同僚の女敏腕記者、伊東響子から聞いたからだ。候補地の代々木は当時辺鄙な地で、絶望的な荒野だった。
 林学研究者は不可能と判断するも、政財界の有力者は東京での神宮林造営を強硬に推し進める。響子は研究者とともに、崇高かつ永劫の神宮林の在り方を探っていく。一方、瀬尾は激動期の日本を支えた明治天皇の生涯に思いを馳せ、密かに独自取材を進めていく……。
 明治神宮の森は今でこそ美しき森だが、その履歴を手繰ると泥臭さときな臭さも垣間見える。さまざまな人の覚悟と熱意が今の美しい森を築いたのだと気づかされる物語だ。(祥伝社 1600円+税)


最悪の将軍
集英社、2016年9月30日
http://renzaburo.jp/shinkan_list/temaemiso/160923_book01.html
現代日本の精神性にも繋がる文治政治の礎を築いた将軍・徳川綱吉。その波乱の生涯を描いた長編小説。
「公方様が御不例との遣いが殿中より見えました。皆々様、すでにご参集との由。急ぎ御支度を」
 館林藩主の綱吉は、兄である第四代将軍・徳川家綱の病状悪化の知らせを聞き、江戸城に赴いた。そこには尾張藩主の徳川光友、紀伊藩主の徳川光貞、水戸藩主の徳川光圀をはじめ、幕府重臣たちが控えていた。それまで将軍位は父から子へと継がれてきたが、家綱には後継となるべき子がいなかった。
 次の将軍は誰になるのか。
 さまざまな思惑が渦巻くなか、大老・酒井忠清のたくらみを阻止するかたちで、末座の老中・堀田正俊の機転により、思いがけず綱吉が第五代将軍になることが決定する。それは綱吉自身、まったく意図していないことだった。
 兄から弟への継承に迷う綱吉に、病床の家綱は告げる。強き将軍となって天下を束ね、泰平の世を築けと。
 覚悟を決めた綱吉は、旧来の武断主義的な悪習をあらため、文治政治を推し進めていく。
 だが、その治世には、富士山噴火などの天変地異、越後騒動や赤穂浪士討ち入りなどの難事が次々と起きるのだった……。
 生類憐れみの令で世に知られ、暗君とも名君とも言われる江戸幕府第五代将軍・徳川綱吉。その劇的な生涯を、綱吉と妻・信子の視点で鮮やかに描いた、傑作歴史長編小説。












 

『芥川症』

 投稿日:2016年12月10日(土)16時26分39秒

   Kanadeの入院で私たちの生活のリズムが狂っています。一番大きいのは散歩をする気力が無い。そのためか足のしびれと腰痛が酷い。なんとかしないと・・・・

 本もなかなか読めない。直ぐ飽きる。面白くないと感じたとたんに読むのを止めている。その中で久坂部羊の『芥川症』だけ最後まで読み通せた。


『芥川症』
久坂部羊、新潮社、2014年6月

http://www.shinchosha.co.jp/book/335871/
 医師と芸術家の不気味な交流を描き出す「極楽変」。入院患者の心に宿るエゴを看護師の視点で風刺する「クモの意図」。高額な手術を受けた患者と支援者が引き起す悲劇「他生門」。介護現場における親子の妄執を写し出す「バナナ粥」……芥川龍之介の代表作に想を得て、毒とユーモアに満ちた文体で生老病死の歪みを抉る超異色の七篇。


 最後の「或利口の一生」は久坂部自身の体験を書いていると思われる。その中の名作に、芥川龍之介の短編には、医療や介護の現場に通じる通じるテーマが多い、と述べ、この本の執筆動機を明かしている。自分の死に様も考えているようだ。「死に支度」を始めねばと思い出した今、共感することが多い。




 

持つべき友はみな、本の中で出会った

 投稿日:2016年11月18日(金)09時19分47秒

  言視社(http://s-pn.jp/archives/2224
タイトル 持つべき友はみな、本の中で出会った
サブタイトル 本に遇うV
著者 河谷 史夫

発売日 2016年 05月 30日
本体価格 2200円
ISBN 978-4-86565-053-2
判型 四六・上製

リード文 本との出会いで、人生は決定づけられる。会員誌『選択』に十年以上にわたって書き継がれてきた本をめぐるエッセイ。出処進退、生老病死、性・愛、色と恋……生き方がみえてくる!痛快無比の読書案内、130冊余、読書の饗宴。

解説・目次 本と出会うことは事件である。本との出会いで、人生は決定づけられる。
会員誌『選択』に十年以上にわたって書き継がれてきた本をめぐるエッセイ。時代小説、ミステリー、伝記はもちろん詩集、マスコミ批判の本まで網羅し、その解くところ……出処進退、生老病死、性・愛、色と恋、人生の節目に生起するもの、つまり人生そのもの。
生き方がみえてくる! 痛快無比の読書案内、130余冊、読書の饗宴。

著者プロフィール 1945年生まれ。70年、朝日新聞に入り、社会部、社会部デスクを経て企画報道室編集委員、編集局特別編集委員、論説委員を歴任、2010年退社。94年から7年書評委員を務め、2003年から5年、コラム「素粒子」を書いた。
著書に『読んだふり』(洋泉社)、『一日一話』(洋泉社・新書)、『記者風伝』(朝日新聞出版)などがある。


 この本のタイトルをみて、理由はよくわからないのですが、何と傲慢なと思いました。それでも借りてしまったのはあっさりとした装丁が気に入ったのと、なにか新しい魅力的な本に出逢えるかも知れないという予感があったからです。

 他人の思惑など全く考慮せずに、自分の考えをはっきり表明する著者でした。久しぶりにごつごつした硬派の人が書いた本にぶつかった気がします。原田伊織の本を読んだときと同じ手強いなという感じがありました。

 TNと同じ考えを表明している時は、そうだそうだと同感し、よくここまで書き切れるなと感心します。一方、それは違うでしょうと思う時は、ここまで書く必要は無いだろうと反撥します。しかし、全体としては同感できる意見が多かったのです。

 著者はTNの一歳下、朝日新聞を退職したのが、TNが茨木に戻った時と同じ2010年。「『新聞は本当のことをかいているのか』という表現が、わたしのようにすでに世間とはほとんど没交渉で、ただ本と酒と、ついでに医者巡りに日を消すのみの隠居暮らしにも聞こえてくる。要するに新聞記事は『大本営発表』ではないか、と問うているのである。」と書かれた文を読んだとたん、著者の現在の生活ぶりが目に浮かび、著者が好きになりました。勝手なものです。

 2011年から2015年までの間に、多数の本を友とし、考えたこと感じたことをエッセイとして書きためたもので、年代ごとにまとめられています。良き読書案内であり、時事解説でもあり、人生論でもあるようです。

 政治家はトップから下っ端まで、右寄りで保守、国粋主義的な人が多くなり、平和日本に危険信号がともった今、頑固に左寄りのリベラルを堅持する著者のこの本を多くの人に読んで欲しいと思います。しかしこの手の本がベストセラーになることはないでしょうね・・・・。

 もう一度、読み直し、詳細な紹介を書きたかったのですが、孫・花楓に重大な病気が見つかり、我が家族は全員がバタバタしていて何もできません。取り敢えずこのままUPします。





 

図書館で、既読を忘れ、複数回借りてしまう本

 投稿日:2016年11月 6日(日)06時10分44秒

  時々この本、前にも借りたなと気付くのがある。
借りたというのは、少なくとも
本のタイトル、装丁、作家名のどれか一つ以上は
気に入ったはずなのです。

読み出してから面白くないと分かり途中放棄した本はどうやら
借りたことさえ忘れてしまうことが多いとは思っていた。

今日、他の原因を1つみつけた。
話の筋が面白く、一気に読んだ本でも、内容があまりに
軽いもの(ライトノベルと呼ばれる物に多いような・・・・)。

2度借りたからといって、なにも悪いことはないのですが
ボケが着実に進んでいる証拠のようで嫌になるのです。
 

『眩(くらら)』

 投稿日:2016年10月25日(火)09時54分22秒

  『眩(くらら)』
朝井まかて、新潮社、2016年3月

(新潮社)
本の内容
あたしはただ、絵を描いていたいだけ。愚かな夫への軽蔑、兄弟子への叶わぬ恋、北斎の名を利用し悪事を重ねる甥――人生にまつわる面倒も、ひとたび絵筆を握ればすべて消え去る。北斎に「美人画では敵わない」と言わせ、西洋の陰影表現を体得し、全身全霊を絵に投じた絵師の生涯を圧倒的リアリティで描き出す、朝井まかて堂々の代表作!
(著者 インタビュー)
朝井 応為の「吉原格子先之図」の実物を美術館で見たことがきっかけでした。北斎に絵師の娘がいたことも、その作品も以前から知ってはいたんです。でも実際に目の当たりにしたら、他の浮世絵とはまったく違う表現方法、そして光と影の美しさに息を呑みました。まさに「出会ってしまった」んです。しかも、北斎に関しては非常に史料が多いのですが、応為の人生、画業は謎が多い。その点にも惹かれました。・・・・

 葛飾北斎の娘・応為栄が主人公の歴史小説、なんの予備知識も持たずに読み出したので、当初は『阿蘭陀西鶴』と同じ手法で娘の目を通した北斎を描くのかと思っていました。娘の方に重点が置かれていたというのを、読み終わってから気付きました。そして装丁に「吉原格子先之図」を載せた意味もやっと納得。

 10月18日はシーボルトの没後150年の命日で、長崎で法要があり、ドイツに住むシーボルトの子孫が招かれていました。また10月22日に長崎で開かれた「国際シーボルトコレクション会議」で、作者不明とされていたオランダの「ライデン国立民族学博物館」所蔵の6枚の絵の作者が北斎と判明したと報告されたそうです。
 シーボルトを描いた『先生のお庭番』で充分にシーボルトを知っている著者は、ここでもシーボルトと北斎・応為の関係を無理なく推測して物語に取り入れています。
 博物学研究者としてのシーボルトの実績は素晴らしものですが、絵画への素養はどの程度だったのでしょう。北斎に目を付けただけでも凄いのかな?
 阿蘭陀商館に雇われている絵師が「ひたすらめん前にあるものば正しく写し取れて先生にそげん教わりました。・・・・・でん、真の景に正しくあろうとする絵の果たして絵と言えるか私にはわからんとです。」と応為に話す場面がある。北斎に西洋画法で書けと注文したシーボルトは、絵の芸術性より、日本の情報を絵に書き留めておきたかっただけではないのかな・・・、などなど勝ってに想像してしまいます。だから歴史小説は面白い。

 朝井まかての植物についての知識は本物だと思っていますが、この本で鳥もよくみているなと感心しました。話の始めや切り替えに、野鳥や花を入れた風景をさらっと挿入しています。どれも効果的だなと感心します。
 鷽(ウソ)や鵯(ヒヨドリ)は花と同じように漢字表記なのに、カナリアはカナアリアとカタカナ標記、なんで? カナリヤを調べると「日本へは江戸時代にオランダ人により長崎へもたらされた。日本では古くから鳥を飼い慣らしてそのさえずりを楽しむ風流な習慣があり、カナリアも姿形やさえずりの美しさから、たちまち人気となり流行した。当時から盛んに輸入され、武士や知識層に愛玩されたようである。有名なところでは曲亭馬琴が巣引きを再三試みており、葛飾北斎の日本画にも登場する。」とあった。この本にも馬琴が北斎に贈ったとして出てきます。まあいろいろ作者は調べるものですね。カタカナ表記は野鳥では無いということかな?

 北斎は90歳近くまで生き、応為は60歳で「吉原格子先之図」を書いた。凄い親娘だなと敬服。それにしてもいくら馬鹿孫がいたとはいえ、超有名人の北斎親娘が貧乏から縁が切れなかったとは、色々考えさせられる本でした。

 今のところ「朝井まかて」の本に外れはありません。






 

先生のお庭番

 投稿日:2016年10月 8日(土)10時40分7秒

  『先生のお庭番』
朝井まかて、徳間文庫、2014年6月
 (徳間書店 2012年)

日本経済新聞のブックレビュー(2016年10月7日)に文芸評論家 縄田一男は以下のように記し、文庫本の解説にもほぼ同内容のことを書いている。

 読後、心が静かに慰められ、人間の美しさに改めて思い至る――これはそんな小説だ。多分、文体の持つ温度が絶妙だからだろう。
 物語はシーボルトと彼の薬草園の園丁(えんてい)=お庭番となった熊吉の4年間にわたる交流を描いたもので、これにシーボルトの日本人妻等が絡む。
 たとえば、シーボルトが熊吉と馬に乗り、稲佐山からの景色を眺めつつ、日本の自然を「私が生まれた国の春はな、これほどの色を持たぬのだ」とも「この地の花木、草花の株を生きたまま母国に運ぼうと思う」ともいう場面に接すると、読んでいる己が身が浄化されるような気持ちになる。
 それはこの一巻の扱っているテーマが、実は歴史の一コマではなく、現在、私たちにとって最も切迫したテーマ“エコ”であるからに他ならない。


 縄田の言う“エコ”が何をさすのか分かりかねるが、書評とはこんなものなのだろうと勝手に思う。本の面白さというのは読者によってそれぞれ違うのだと今更ながら思う。

 TNは、朝井まかての本が気に入っている理由を< 一番良いのはカタカナ語が一切出てこないこと。時代物/歴史物ばかりということだけでは無いと思う。古文の香りがするなめらかな日本語が良い。時代物/歴史物ということからか、そうなんだ・そうだったんだという発見が多く楽しい。大阪弁をこれだけ自然に書ける作家を他に知らない。庭の花や樹木だけでなく野の花の描写も、よく知っているなと思わせる。登場人物を見る目が優しい、などなど、TNの好きな順ではかなり上に来る作家の一人になりました。>と掲示板(2016年10月 6日)に書いている。

一番良いのはカタカナ語が一切出てこないこと。
 シーボルトを扱っていればカタカナ語も出てくるだろうと思うが、オランダ、イギリスやラシャ(羅紗)がフリガナとして出てくることと、主人公熊吉を「コマキ」としたりシーボルトの妻「お滝さん」を「オタクサ」としたり、如何にも異国人らしい言葉遣いにカタカナを使うだけだった。そしてそれはなかなか効果的でした。

 花や樹木は全て和名で漢字、見事なものです。

時代物/歴史物ということからか、そうなんだ・そうだったんだという発見が多く楽しい。
 シーボルトは草木の標本だけではなく、実物までもオランダに持ち込もうと努力したんだ・・・。
 私の知識では、シーボルト−紫陽花−七段花は連想ゲームのように連なっている。
 シーボルトが紫陽花の新種に名付けたオタクサは「お滝さん」からきているという。こういう楽しい歴史発見が朝井まかての本にはいくつもある。この愛情溢れるエピソードもこんな嫌みにも使われることがある。「牧野は学会誌上で『シーボルトはアヂサイの和名を私に変更して我が閨で目じりを下げた女郎のお滝(源氏名は其扇(ソノギ))の名を之れに用いて大に其花の神聖を涜した、脂ぎった醜い淫売夫と艶麗な無垢のアヂサイ、此清浄な花は長へに糞汁に汚されてしまった、あ、可哀想な我がアヂサイよ』と激しく非難したと伝えられる(澤田武太郎、植物研究雑誌、第4巻第2号、43-46頁、1927年)。」

大阪弁をこれだけ自然に書ける作家を他に知らない。
 今回は、長崎弁、残念ながらTNには長崎弁がでるたびに話の流れが止まってしまう。きっと登場人物のしゃべる長崎弁は自然なものなのだろうとは思うのですが。小説の中の方言というのは難しいですね。


庭の花や樹木だけでなく野の花の描写も、よく知っているなと思わせる。

 植物をよく知っているのは、『先生のお庭番』を読めば納得です。シーボルトの「日本植物誌」や「日本の植物」を読みこみ、それを小説に書ける人でした。

 『先生のお庭番』で最もTNが吃驚したのは、日本の植生の豊かさについて、第五章で弟子(?)の野長英らに説明する場面である。「数十万年前、地球は氷に覆われていた」とシーボルトがいうと、野長英が日本列島はアジア大陸の一部だったと推測したことが事実かのように描かれている。シーボルトの時代に地球に氷河時代があったことは知っていたかも知れないが、日本列島とアジア大陸を分離した日本海拡大が知られているはずがない。朝井まかては、今の地球科学の考え方もさらっと歴史小説に組み込む力がある、凄いなと感動! シーボルトに「島国には地揺れが多い。その地揺れによって、元は1つだった陸地が分かれた。」と説明させる。そして「氷河によって死に絶えた草木のほとんどが、このやぽん(日本)に生き残っているという奇跡だ。この国は孤島になったがゆえに、地上最後の桃源郷であり続けている。」と感動的に結ぶ。


登場人物を見る目が優しい
 シーボルトの薬草園の園丁(えんてい)=お庭番となった熊吉を通して、結構好き嫌いが分かれるシーボルトを描いている。読んでいるうち熊吉と同じように、シーボルトの良いところも悪いところも全部そのまま受け入れている自分に気付く。自分の中でばらばらだったシーボルト像がはっきりと1つになったように感じてしまう。

 朝井まかての筆力だと思う。






 

阿蘭陀西鶴

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 9月27日(火)19時19分34秒

  『阿蘭陀西鶴』
朝井まかて、講談社、2014年

 第150回直木賞受賞(恋歌)後の第一作で、第31回織田作之助賞(平成26年/2014年)を受賞したという。
 面白く一気に読みました。前作『恋歌』では水戸弁(言葉?)に馴染みがないためか水戸弁が出てくると流れが途切れる感じで読みずらかったのですが、今回は会話が関西弁(大阪弁が主)なので何の違和感もなくさらさらと読めました。(水戸弁も大阪弁と同じように自然だったのでしょうか?水戸の方に聞いてみたいような・・・・)
 井原西鶴をその盲目の娘の視点で描いた小説です。西鶴の生涯は正確には知られていないらしいのですが、今、分かっている限りの史実は忠実に取り入れているようです。そしてここまで感動的に物語を作り上げる、凄い作者だと思います。更に好きになりました。
 同時代のライバルと言うべき松尾芭蕉や近松門左衛門がでてきます。おまけに安井算哲の新暦の話まででてくると歴史小説の醍醐味を味わえます。


PS 西鶴についての紹介は大阪日日新聞(https://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/naniwa/naniwa071215.html)が読みやすかった。





 

恋歌

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 9月26日(月)19時25分16秒

  『恋歌』
朝井まかて、講談社文庫、2015年

 初めて読む作家の本、大阪出身の女性&直木賞受賞作というのに惹かれ読みました。凄い本だと感動です。しばらくこの作家の本を追いかけると思います。

 講談社BOOK倶楽部に紹介されたあらすじは「明治の歌塾「萩の舎」で樋口一葉の姉弟子に当たる三宅花圃が目にした手記には、師である中島歌子の心の声が刻まれていた。人気歌塾の主宰者として一世を風靡し多くの浮き名を流した歌子は何を思い、胸に秘めていたのか。中島歌子は、幕末の江戸で熱烈な恋を成就させ、天狗党の志士に嫁いで水戸へ下った。だが、尊皇攘夷の急先鋒だった天狗党はやがて暴走する。内乱の激化にともない、歌子は夫と引き離され、自らも投獄され、過酷な運命に翻弄されることになる。
“君にこそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしへよ”
代表歌に込められたあまりにも切ない真情。そして、歌子が下したある決断とは──。」です。

 三宅花圃の役割が読んでいるときはあまりピンとこなかったのですが、読み終わった今は話の流れを整理する重要な役割として不可欠の人だったのだと納得しています。
 主人公の中島歌子の壮絶な人生をハラハラドキドキしながら読みました。幕末から維新という激動の時代に水戸藩の人達がどう生きたのかここまで克明に描いた本はこれしか無いと思います。そして、「勤王攘夷」という時の流れに振り回された日本の実体を、ここまでリアルに描いた本を初めて読んだような気がします。


(http://prizesworld.com/naoki/jugun/jugun150AM.htm)

朝井まかて(あさい・まかて)

昭和34年/1959年生まれ、直木賞受賞年齢 54歳、経歴 大阪府羽曳野市生まれ。甲南女子大学文学部国文学科卒。広告制作会社を経てコピーライターとして独立。平成20年/2008年に小説現代長編新人賞奨励賞を受賞して、作家デビュー。

第3回小説現代長編新人賞[奨励賞](平成20年/2008年)「実さえ花さえ、この葉さえ」本屋が選ぶ時代小説大賞2013(平成25年/2013年)『恋歌』
第150回直木賞(平成25年/2013年下期)『恋歌』
第31回織田作之助賞(平成26年/2014年)『阿蘭陀西鶴』
第3回Osaka Book One Project(平成27年/2015年)『すかたん』


(http://coffeeandchocolate.hatenablog.com/entry/2014/02/05/183657)

第150回直木賞(2013) 『恋歌』 朝井まかて著 あらすじ(ネタばれあり!注意)

 幕末の江戸。主人公の中島歌子は実在の人物で「たけくらべ」で有名な樋口一葉に和歌を教えたことで知られる。
 中島登世(歌子の昔の名前)は江戸の宿屋、池田屋の娘として生まれる。池田屋は水戸の御定宿の指定を受け、繁盛を極めていた。
名のある商家の娘として暮らしていた登世は、ある日林忠左衛門以徳という剣士と出会う。怒りっぽい、理屈っぽい、荒っぽいの”三ぽい”と陰口をたたかれる水戸者のなかで、静かで美しいその剣士は登世に淡い恋心を抱かせた。ある事件が元で登世と林は再開する。登世は自分の恋心をはっきりと意識し、数多く持ち込まれる縁談も気が進まない。登世の母は、そんな登世の気持ちも知った上でたくさんの縁談を持ち込んでいたのだった。 そんなある日、桜田門外の変が起きる。林はけがをしており襲撃に参加できなかった。再び会うことができた二人は結婚を決める。
 登世は水戸へ嫁いだ。尊皇攘夷がお家芸の水戸藩も一枚岩ではなく、天狗党と諸生党が対立し、一触即発の状態だった。攘夷を実行に移すべく天狗党の一員、藤田小四郎(藤田東湖の四男)が中心になって天狗党の乱がおきる。天狗党の一党が弾圧される中で、歌子は夫と引き離され、自らと義妹も投獄され、過酷な運命にさらされる。
 牢から出ることができた登世と義妹てつは、危険を覚悟で水戸を出奔する。身一つで水戸を出た二人は登世の母を頼り、名前を変えて江戸に居を構える。
 歌人としての修行を開始し、十年ほど経過するころには歌壇に認められ、家塾を開き、名前も「う多」と変えた。 ある日、出奔したう多(登世)と義妹てつを案じて、天狗党の仲間がう多を訪ねてくる。生死のわからなかった登世の夫、林以徳は戦病死していた。 老境を迎え、歌は病の床に就いた。う多には妙な心がかりがあった。若いころから使えてくれた使用人の澄と、天狗党を弾圧した首謀者である市川三左衛門の娘のことである。後年天狗党は名誉を回復し、諸生党に血を血で洗うような復讐を行っていた。首魁である市川三左衛門は捕えられ、妻子まで処刑されていたが、一人だけ娘の行方がわからなくなっていた。もしかして、同一人物ではないだろうか。う多はその遺言状で、天狗党と諸生党の復讐の連鎖にけじめをつける。


 

下町ロケット2

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 9月19日(月)09時35分42秒

  「下町ロケット2」
池井戸潤、小学館、2015年11月

小学館の紹介頁より(https://www.shogakukan.co.jp/books/09386429

〈 書籍の内容 〉
直木賞受賞作に待望の続編登場!
その部品があるから救われる命がある。
ロケットから人体へ――。佃製作所の新たな挑戦!

ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年――。大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所にとってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断は・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。

日本中に夢と希望と勇気をもたらし、直木賞も受賞した前作から5年。
遂に待望の続編登場!



 発売を知りすぐに図書館に予約したが、やっと、昨日、入手。予期した通りに面白くて一気読み。

 心臓病治療に使う人工弁、それも子供用の小さな弁の開発・実用化の話。ロケットエンジンのバルブをつくることに象徴されるような高い技術力をもつ町工場・佃製作所が、福井市にある私立医科大学の教授と編み物工場の経営者に協力し完成させるまでのハラハラ・ドキドキの物語。

 福井が舞台というので余計に興味をもったのですが、福井に私立医科大はないのでモデルは金沢医科大? 東京-福井の行き来によく飛行機がでてくるのですが、空港のない福井ではあまり飛行機は使わないのになっと余計なことを思ってしまいます。池井戸氏にとっては福井はよっぽど田舎なんだろうなと。





 

強父論

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 9月 1日(木)16時08分21秒

  『強父論』
阿川佐和子、文藝春秋、2016年07月29日発行

内容紹介(http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163904917

 阿川弘之氏が94歳で大往生されてから、今年八月で一年。娘佐和子が、強父語録とともに、父との62年間を振り返ります。たとえば――。
「なんという贅沢な子だ。ふざけるな!」……4歳のサワコ嬢は、「このイチゴ、生クリームで食べたい」と口にしただけで、このようにと怒鳴られます。以来、罵倒され通しの日々が続くことになるのでした。
「勉強なんかするな。学校へ行くな」……弘之氏は、特に娘は、勉強なんかしなくてもいいから、家でうまい食事を作れ、という主義でした。大学のテスト期間中も、サワコ嬢はお酌の相手をさせられたのでした。
「子供に人権はないと思え。文句があるなら出ていけ。のたれ死のうが女郎屋に行こうが、俺の知ったこっちゃない」……娘のちょっとした口応えに対して、弘之氏は烈火のごとく怒り、このように言い放ちます。これは弘之氏の口癖でした。
「老人ホームに入れたら、自殺してやる!」……元気な頃の父は、こうくり返していました。足腰が弱ってからは渋々、老人病院に入院しましたが、そこでも「すきやきが食べたい」「ワインが飲みたい」とわがまま放題なのは変わりませんでした。
いまや絶滅寸前の、怖くて強い父親ぶりが存分に描かれます。


 阿川佐和子の本は何冊か読んでいて、その中で父・阿川弘之は何度も登場していたので、今回の本で特に吃驚するするような事実には出逢わず、馴染みの既読感のある話としてさらっと読めた。
 94歳になっての死で、「第一章 立派な老衰」という章題でも想像できるように、大往生だったんだなとほっとする。弘之が最後まで食欲があり、我が儘をおし通せたのは羨ましくさえ思う。
 「俺が死んだら、何もするな。通夜、葬式はもちろん、偲ぶ会なんてはた迷惑なこともしてはいけない。戒名はもってのほか。香典、供花のたぐいもいっさい受け取るな」という「通夜葬式厳禁」が約束だったという。これは阿川弘之の本音だったのだろうと思う。しかし、遺族がまもったのは、通夜をしなかったことと戒名をつけなかったことだけという。いろいろ考えさせられます。一般人には戒名をつけないといことも決断を強いられる大問題です。よく遺族は頑張ったというべきなのでしょう。既に本を出している娘が亡父について書いてくれと頼まれて、いくら父の意志に反していても断れるはずがない・・・。まあそうでしょうと思います。




 

ルーシー、木から落ちる!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 8月31日(水)05時23分10秒

  ルーシーというのは320万年前の猿人で女性、その化石が1974年に発見され、猿人が直立2足歩行をしていたという確実な証拠が得られた。そして猿人が人に似た猿ではなく、猿に似た人、つまり人の先祖として認められるようになった。人類史上最も重要な化石の1つです。名前は、この化石の発掘調査中に流れていたビートルズのルーシー・イン・ザ スカイからとったと言われている。

 久しぶりにその名前にであったら、木から落ちて死んだなんて・・・、それが今頃わかるなんて!!!


↓今朝の毎日新聞の記事です。

 約320万年前に生息していた初期人類の一種で、「ルーシー」の名前で知られる女性の猿人は、木から落下したことにより死んだとの研究結果を、米国などの研究チームが29日付の英科学誌ネイチャー(電子版)に発表した。木の上だけでなく地上での生活も始めたことによって、木登りする能力が落ち、木から落ちる危険性が高まった可能性もあるとしている。

 ルーシーは、1974年にエチオピアで発見されたアファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)の化石につけられた愛称。全身骨格のうち約40%がそろっており、初期人類を代表する化石の一つとされる。

 チームは今回、コンピューター断層撮影装置(CT)などを使ってルーシーの骨を詳細に分析し、ルーシーは高い所から落下して骨折したと結論付けた。傷の状況や、傷が治った痕がないことなどから、けがをしたのは死ぬ直前だったと考えられるという。推測では、足から地面に落ち、腕や胸、頭などを打った。臓器に受けた損傷などにより死んだとみられる。約12メートルを超える高さから落ちた可能性もあるという。



(下の写真は http://www.afpbb.com/articles/-/3099024 からコピペ)








 

ルーシー 2

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 9月 6日(火)10時04分1秒

  先日、

『ルーシー、木から落ちる!  投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 8月31日(水)05時23分10秒
ルーシーというのは320万年前の猿人で女性、その化石が1974年に発見され、猿人が直立2足歩行をしていたという確実な証拠が得られた。そして猿人が人に似た猿ではなく、猿に似た人、つまり人の先祖として認められるようになった。人類史上最も重要な化石の1つです。名前は、この化石の発掘調査中に流れていたビートルズのルーシー・イン・ザ スカイからとったと言われている。

 久しぶりにその名前にであったら、木から落ちて死んだなんて・・・、それが今頃わかるなんて!!!』

と掲示板に書いた。
 その後、ルーシーの発見者のドナルド・ジョハンソンが落下説に反対していると知った。「転落説の根拠である骨の亀裂は、死後に外部から地質的な力が加わってできたものだ」と主張しているらしい。

 人類史に関する化石の解釈には常に論争が巻き起こる。

 ルーシーが発見された時代にはまだ「ラマピテクス」が人の系譜に連なると考えられていて、ミッシングリンクを求めて私たちはアフリカの1000万年前より古いと思われる地層の発掘調査に出かけていた。そのころ分子時計による解析が進み、人と類人猿の分岐は500万年前頃とされた。化石発掘を主とする自然人類学者の大多数にとっては信じられない話ではあったが、人や類人猿の化石の見直しが行われ、今ではラマピテクスは類人猿の系譜に連なるとみなされるようになっている。とはいえ、ミッシングリンクが分子時計が示唆する500万年前頃の地層から見つかったかといえばそうではない。近年、800万年前頃の猿人化石が発掘され、まだまだミッシングリンクの生存時期は不明としかいいようがない。

 ルーシー論争もまた化石を主とする自然人類学者とCTなどの最新の分析機器を使いこなす分析屋さんとの意見の対立のようである。骨の損傷は確かにCTで明らかになる。それがどうして出来たかは解釈の問題、となると発掘現場を知っているドナルド・ジョハンソンの方が正しいのではないかと肩入れしたくなる。


 毎日新聞の余録でドナルド・ジョハンソンの「ルーシー」という本を引いていた。この本なら持っていると確かめた。
 「ルーシーは、きっと静かに死んだのだろう。良好な骨の保存状態がそれを示している。骨には歯の跡が見られない。かみ砕かれたり、割られたりしていない。だから、ライオンとか剣歯トラにやられたわけではない。ハイエナがよくやるような、骨の撹乱も見られない。ルーシーは湖岸か小川の中で死に、すぐに砂に埋もれた。病気だったか事故による溺死だったのか、それは不明だ。大切なことは、死の直後、肉食獣に発見されず、そして食われなかった、ということだ。死体は撹乱されず残り、砂や泥におおわれ、深く深く埋めこまれた。砂は、堆積物の重さで、岩と化していった。彼女は数百万年の間、堅牢無比な墓に静かに横たわっていたのだ。ハダールの雨がふたたび彼女に光をもたらしたときまで−−。」

 発掘調査結果から、ここまでルーシーの死の状況を推察したジョハンソンにとって、「木から落ちた」は受け入れがたいだろうなと思われる。



 久しぶりに手にした「ルーシー」は懐かしい本でした。昔、何回も読みました。化石発見の感動がよく描かれた優れた本でした。

「・・・キャンプは興奮状態におちいった。発見の夜、私たちはベッドへ行こうなどという気になれなかった。話し続け、あびるほどビールを飲んだ。ビートルズナンバーの『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド』が近くのテープレコーダ−から流れていた。私たちの歓喜は、その曲を最大の音量で、くり返しくり返し夜空に鳴りひびかせた。忘れがたい夜のいつ頃だったのだろうか−私は正確にはおぼえていないのだがー、新発見の化石をルーシーと呼ぶことにしよう、と決まった。」

(化石発掘者だけではなく、野外調査で試料を採取する研究者は、採取した試料に、その苦労が大きければ大きいほど、非常に強い愛着を持っています。その試料を借り出して、さらっと解析し、すぐに論文にしてしまえる人が嫌いでした、と現役時代を振り返っています。)





 

「ガラスの巨塔」

 投稿日:2016年 8月17日(水)17時12分1秒

  「ガラスの巨塔」
今井彰、幻冬舎、2010年

 著者はNHKのあの有名な「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」のプロデューサーだった。NHKをやめてから書いた、NHKの内幕を赤裸々に暴いた小説。実話のように思えるが本人は小説(フィクション)という。
 NHKという組織内の人間関係の汚さ醜さ、特に男の妬みのいやらしさに胸くそ悪くなる。二度と読みたくない本。

 この本を読んでテレビ、週刊誌などは信じない方が良いとあらためて思う。

 下は著者のHPからのコピペ。まあ凄い人です。

About ― 略歴・主な受賞歴 ―
今井 彰(AKIRA IMAI)
作家・元 NHK エグゼクティブ・プロデューサー。
TOKYO MX 『ようこそ櫻の国へ』プロデューサー。
JFN(系列)FMラジオ「ON THE WAY JOURNAL『今井彰のヒューマンアイ』」
(毎月第3・第4月曜日 AM5:30〜6:00 オンエア)パーソナリティ。

略歴

1956年 大分県生まれ。1980年 NHK入局、教養番組ディレクター、社会情報番組チーフ・プロデューサー、制作局エグゼグティブプロデューサーなどを歴任。社会派ディレクター、プロデューサーとして数々の受賞に輝き、“ドキュメンタリーの旗手”と呼ばれる。

NHKスペシャル「タイス少佐の証言」「タイス夫妻の戦争」の連作は、戦争と個人・家族の絆を描き大きな反響を得る。「埋もれたエイズ報告」は血液製剤をめぐるエイズ感染の実態を徹底した調査報告により解明し、国会裁判も動かし、被災者救済への道を開く。その後も「史上最大の不良債権回収」「オウムが来た町」など、社会派ドキュメンタリーを制作する。
2000年に手がけた「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」は大ブームを巻き起こし、国民的番組となる。
2009年、作家業に専念するため退職。処女小説「ガラスの巨塔」(幻冬舎)は大きな話題を呼ぶ。
2010年11月 「ゆれるあなたに贈る言葉」(小学館)上梓。

主な受賞歴

1991年
文化庁芸術作品賞受賞
NHKスペシャル「タイス少佐の証言〜捕虜体験46日間の全記録〜」(NHK)

1994年
ジャーナリズム会議本賞・放送文化基金奨励賞受賞
NHKスペシャル「埋もれたエイズ報告〜血液製剤に何が起こっていたか〜」(NHK)

1998年
ギャラクシー優秀賞受賞
ETV特集 シリーズ「弁護士中坊公平」(NHK)

2001年
菊池寛賞、第9回橋田寿賀子賞、放送文化基金グループ部門賞、ATP特別賞 受賞
「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」(NHK)
文藝春秋選 21世紀のリーダー100人に選ばれる

2002年
2002年ザ・ヒットメーカー賞受賞、デジタルコンテンツグランプリ人物表彰、
東京デザイン大賞受賞

その他受賞多数
 

コンビニ人間

 投稿日:2016年 8月11日(木)14時50分29秒

   今年の芥川賞を受賞した村田沙耶香の「コンビニ人間」を図書館で予約すると144人待ち、で待ちきれないので文藝春秋の九月特別号を買ってしまいました。この2.3年、同じパターンを繰り返しています。そして大抵は悪くも無いのですが複数回読み直したくなるほどの魅力がない作品ばかりでした。芥川賞というのは純文学ぽいものを対象としているのでお話の面白さは二の次なのかなとかってに諦めていました。

 しかし、「コンビニ人間」は面白く直ぐに読み切りました。多分、複数回読んでも新鮮さのある小説だろうなと思います。

 普通の人って?、変わった人って?といろいろ考える材料を提示しています。
 もっと退屈な本と思っていたのに、結構、笑えるのです。シニカルなのに上品なユーモアを感じてしまいます。


文藝春秋BOOKSの作品紹介

第155回芥川賞受賞作!

36歳未婚女性、古倉恵子。
大学卒業後も就職せず、コンビニのバイトは18年目。
これまで彼氏なし。
オープン当初からスマイルマート日色駅前店で働き続け、
変わりゆくメンバーを見送りながら、店長は8人目だ。
日々食べるのはコンビニ食、夢の中でもコンビニのレジを打ち、
清潔なコンビニの風景と「いらっしゃいませ!」の掛け声が、
毎日の安らかな眠りをもたらしてくれる。
仕事も家庭もある同窓生たちからどんなに不思議がられても、
完璧なマニュアルの存在するコンビニこそが、
私を世界の正常な「部品」にしてくれる――。

ある日、婚活目的の新入り男性、白羽がやってきて、
そんなコンビニ的生き方は
「恥ずかしくないのか」とつきつけられるが……。

現代の実存を問い、
正常と異常の境目がゆらぐ衝撃のリアリズム小説。




 

リスボンへの夜行列車

 投稿日:2016年 8月 2日(火)17時59分4秒

  「リスボンへの夜行列車」
パスカル・メルシュ著、浅井晶子訳、早川書房、2012年

映画『リスボンに誘われて』の原作

> 『リスボンに誘われて』は主人公が高校教師というので勝手に「教育もの」と勘違いしていたのですが、1974年まで続いたポルトガルの独裁政権時代のレジスタンス運動を取り上げたものでした。ポルトガルの革命運動については全く無知なので、原作「リスボンへの夜行列車」を読んで見ようと思います。図書館に予約しました。
 しかし、仏映画は話す言葉も文字も全て仏語なのに他のヨーロッパ制作の映画でなぜ英語ばかりなのでしょう。スイスで英語は分かるのですが、ポルトガルで登場人物の全てが英語、なんでなんで???


 翻訳物は久しぶりなので読むのに苦労しました。一気には読めないで読了するのに4日もかかりました。
 著者はベルリン自由大学の哲学の教授だったらしい。経歴通り哲学の香りがする本ですが、時々????と頭がいたくなります。映画は見事にこの本の主旨を分かりやすく一般受けするように作られていたのだと感心します。もし映画を見ていなかったらこの本を最後まで読み進めなかったと思います。

 小説は読者が自由に解釈すれば良いのだとは思いますが、それにしても何を伝えようとして書かれた本なのかよくわかりません。疲れました。

 

田中雅博の本

 投稿日:2016年 7月25日(月)09時18分44秒

  『命の苦しみは消える』、小学館、2016年3月21日
『軽やかに余命を生きる』、KADOKAWA、2016年5月31日

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田中/雅博
昭和21年3月坂東第二十番札所の益子西明寺に生まれる。昭和45年3月東京慈恵会医科大学卒業。昭和49年1月国立がんセンター研究所研究員、同病院内科医師を併任。昭和50年4月同内分泌治療研究室長。昭和58年3月がんセンターを退職。4月大正大学仏教学部3年に編入、7年後に大学院博士課程満期退学。平成2年2月西明寺境内に普門院診療所建設。現在、西明寺住職、(医)普門院診療所内科医師、介護保健施設看清坊、在宅介護支援センター金蓮坊、金蓮坊訪問看護ステーション、およびグループホーム能羅坊の運営に携わっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)。

 2014年10月、極めて深刻な段階(ステージ4b)の膵臓(すいぞう)がんが見つかった。手術したが、今度は肝臓に転移した。2015年12月に朝日のインタビュー記事に、「抗がん剤の副作用がひどくなっています。特に手足のしびれ。茶わんを落としたり、つまずいたりします。もう副作用の限界ですから、抗がん剤は効果を期待できる量が使えずにいます。検査結果やデータから、来年(2016年)3月の誕生日を迎えられる確率は非常に小さい。もう少しで死ぬという事実を直視しています」とでている。

 3月の誕生日も無事乗り越え多数の本を出版し今も活躍されている。7月18日の解説記事(http://www.excite.co.jp/News/column_g/20160718/Postseven_428961.html?_p=3


 膵臓癌で闘病中の鹿児島の姉になにか役立つ情報を得たいと上の2冊を買い求めた。2冊とも医療に「いのちのケア」の専門家の必要性を訴える本だった。癌患者が求めるものとは若干のズレを感じる。本当に知りたかったのは、著者自身がどのように死を受け入れ安らかに余命を生きるかについての解説だったのですが無い物ねだりだったようです。


上にも紹介した朝日の記事からの抜粋。

――僧として、医師として、ずっと「死」の問題を考えてこられました。自身の死は怖くない、とおっしゃるのかと。

 「そんなことはありません。生きていられるのなら、生きていたいと思いますよ。私には、あの世があるかどうかは分かりません。自分のいのちがなくなるというのは……。やはり苦しみを感じますね。いわば『いのちの苦』です。自分というこだわりを捨てる仏教の生き方を理想とし、努力をしてきました。生存への渇望もなくなれば死は怖くないはずです。ただ、こだわらないというのは簡単ではありません」

 「かといって死んでしまいたいとも思わない。生きられるいのちは粗末にしたくありません。一方で、自分のいのちにこだわらないようにする。そのふたつの間で、『いのちの苦』をコントロールしているわけです。死の恐怖や不安と闘うというよりは、仲良くしようとしている感じでしょうか」

――いのちのケアとは?

 「欧米では、病院に配置された聖職者がスピリチュアルケアに携わっていることが多いですね。自分の宗教や考えは押し付けません。患者の話を聞くことに徹し、いのちがなくなる苦しみを分かち合おうと努めます。どんな人生であったとしても肯定し、価値を見いだしてもらえるよう促す。人間の尊厳にかかわる仕事です」








 

『中野のお父さん』

 投稿日:2016年 7月11日(月)16時16分55秒
  『中野のお父さん』
北村薫、文藝春秋、2015年

作品紹介(文藝春秋BOOKS http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163903255

〈本の達人〉が贈る新名探偵シリーズ

体育会系な文芸編集者の娘&定年間際の高校国語教師の父が挑むのは、出版界に秘められた《日常の謎》!

□「応募してませんよ、わたしは」
新人賞最終選考に残った候補者からの思いがけない一言は?(夢の風車)
□「実は、扱いに困っている手紙がありましてね」
ある大物作家に宛てた女性作家の手紙には愛の告白が?(幻の追伸)
□「わたしは殺人事件の現場に行き合わせることになったわけです」
定期購読者の話を聞いているうちに思いもよらない事態に?(茶の痕跡)

ほか、大手出版社の文宝出版を舞台に繰り広げられる8つのミステリーの推理の結末やいかに……。〈円紫さんと私〉〈覆面探偵〉〈ベッキーさん〉シリーズほか、多くのファンを唸らせてきた名手による、新たな名探偵コンビが誕生。


北村薫 キタムラ・カオルhttp://www.shinchosha.co.jp/book/137321/

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学では、ミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、1989年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。1991年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。小説に『秋の花』『六の宮の姫君』『朝霧』『スキップ』『ターン』『リセット』『盤上の敵』『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『月の砂漠をさばさばと』『ひとがた流し』『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)『語り女たち』『1950年のバックトス』『いとま申して 「童話」の人びと』『慶應本科と折口信夫 いとま申して2』『飲めば都』『八月の六日間』『太宰治の辞書』『中野のお父さん』などがある。読書家として知られ、『詩歌の待ち伏せ』『謎物語』『ミステリは万華鏡』『読まずにはいられない 北村薫のエッセイ』『書かずにはいられない 北村薫のエッセイ』など評論やエッセイ、『名短篇、ここにあり』『名短篇、さらにあり』『とっておき名短篇』『名短篇ほりだしもの』『読まずにいられぬ名短篇』『教えたくなる名短篇』(宮部みゆきさんとともに選)などのアンソロジー、新潮選書『北村薫の創作表現講義』、新潮新書『自分だけの一冊 北村薫のアンソロジー教室』など創作や編集についての著書もある。


 初めての著者、親しみやすく暖かい感じの装丁に惹かれ読んでみた。最初の「夢の風車」から良い本と意識した。優しい文章から女性作家かな?と思ったのですが男性作家でした。
 有川浩や原田マハをはじめて読んだときのような興奮があります。これからしばらく北村薫の本を集中的に読むと思います。





 

風のマジム

 投稿日:2016年 7月 8日(金)11時19分24秒

   最近、図書館に行くたびに「原田マハ」の本を借りだしていました。今も4冊が手元にあります。これで、今、茨木中央図書館で借り出せる未読の「原田マハ」は終わりのようです。ちょっと寂しい感じです。

『風のマジム』
原田マハ、講談社、2010年

(講談社BOOK倶楽部)
ほんとうにあった夢物語
契約社員から女社長に――
実話を基に描いたサクセス・ストーリー。琉球アイコム沖縄支店総務部勤務、28歳。純沖縄産のラム酒を造るという夢は叶うか!

風の酒を造りたい!
まじむの事業計画は南大東島のサトウキビを使って、島の中でアグリコール・ラムを造るというものだ。持ち前の体当たり精神で島に渡り、工場には飛行場の跡地を借り受け、伝説の醸造家を口説き落として――。


 今まで読んだ原田マハの本には「酒」や「のんべえ」の話はなかった(少なくともTNがいいなと思う酒話はなかった)。原田は酒は好きでは無いんだろうと思っていた。その人が南大東島のラム酒製造会社「グレイスラム」の社長「金城祐子」さんをモデルにした物語を書いた。そして「グレイスラム」の工場長「玉那覇力」さんも重要な登場人物のモデル。となると「酒についてのいい話」をいっぱい期待してしまう。

 しかし、「酒についてのいい話」は肩すかし気味で、原田マハらしい女性起業家のサクセスストーリーでした。まあそれでもいつものようにストーリーは面白かった。

 ラム酒はほとんど呑んだことがないので、「風を感じるラム酒」をイメージできないのが残念です。しかし、一度は「グレイスラム」の『CORCOR(コルコル』を呑んでみようと思います。
 また「玉那覇力」さんが関係していたという幻の泡盛『泡波』や糸満ワインにも出逢いたいなと・・・・。





 

虹とひまわりの娘

 投稿日:2016年 6月26日(日)09時38分56秒

  本郷由美子、講談社、2003年

 2001年6月8日に大阪教育大附属池田小で8人の子供が。乱入した男の
刃物で刺し殺された。その犠牲者 大橋優希ちゃんの母親が書いた本。

 何度も泣いた、涙もとまらなくなる。悲しみ、怒り、悔しさが
ストレートに伝わってくる。読み続けるのが辛かったがそれでも最後まで
読みました。

 命の意味を自分で考え直すきっかけになる素晴らしい本でした。


 

『ブラック・ジャックは遠かった―阪大医学生ふらふら青春記―』

 投稿日:2016年 6月 7日(火)15時21分55秒

  『ブラック・ジャックは遠かった―阪大医学生ふらふら青春記―』
久坂部羊、新潮文庫、2016年2月

 最近、図書館で必ず探すのは「原田マハ」と「久坂部羊」、未読の本が見つかれば各1冊づつ借りている。今、原田マハの『翔ぶ女』と久坂部羊の『第五番』を借りている。どちらも面白かったのですが、感想を書く気分にはならない。

 偶々、本屋で『ブラック・ジャックは遠かった―阪大医学生ふらふら青春記―』を見つけ買ってしまった。
 久坂部はTNより一回り若いが(1955生)、大阪で生まれ育ち、大阪大学医学部卒なので育ってきた環境が近いと前から感じていたのでその青春記を読みたくなったのかな。

 高校時代から小説家になりたかったらしい。親に「小説家になりたいので文学部に行きたい」というと「そんなところに行っても食べられへんから、とりあえず医者になっとけ」「医者になってからやったら、いくらでも好きなことができるから」と言われたという。大阪の開業医一家らしいやりとりに呆れます。そしてYMCA予備校(阪大生にとっては馴染みの名門予備校)を経て阪大医学部に。

(新潮社のHPにある内容紹介)
 手塚治虫の母校、『白い巨塔』の舞台としても知られる大阪大学医学部。アホな医学生にとって、そこは「青い巨塔」だった。個性的すぎる級友たち、さまざまな初体験、しょうもない悩み。やがて解剖実習を体験し、研修医として手術に立ち会うことに。若き日に命の尊厳と医療について悩み、考えたことが作家・久坂部羊(くさかべよう)の原点となった。笑いと深みが絶妙にブレンドされた青春エッセイ!

 TNにとっては興味深く読めましたが、久坂部フアンか大阪育ちの阪大卒でなかったら、久坂部の妻が言うようにまったく面白くないものかもしれないな?と思います。

 阪大にどっぷりつかっている時には何も見えなかったのですが、ちょっと離れてこんな本を読むと阪大気質というか雰囲気がよく見えてきます。久坂部の不良学生ぶりにも特にびっくりすることもなくよく似たタイプの昔の仲間のことを思い出したり、教養部のころの待兼山での生活が思い出されます。

 特に印象に残ったことだけ書き出します。

  久坂部は絵が好きで自分でも絵を描くらしい。
 行きつけの喫茶店で久坂葉子(芥川賞の候補になったが、二十一歳で阪急六甲で飛び込み自殺した女流作家)が書いた絵を見つけ久坂に強く惹かれる。色々あって久坂葉子のおっかけを続け、その師だった茨木市在住の富士正晴にもコンタクトをとる。その縁で富士が主催する同人誌にも参加する。この話は「久坂部はのめり込んだら一直線」という感じが良く出ていて好きです。
 ここで久坂部羊というペンネームが久坂葉子に由来することと、「久家」(くげ)という本名と母の旧姓「坂部」を合わせたモノと明かす。「羊」は未年生まれからということらしい。

 既読のいくつかの著作から著者の本音かも知れないなと思う考え方について、自伝なら正直に出てくるだろうと期待していた。それは「病院に行かない選択もある」「七十歳以上は病院に行かない方が良い」というような考え方ですが、どうやら本音らしい。面白い医者だなとまた好きになった。

 人を観察するだけでその人の健康状態が分かってしまい、医療による結果や余命まで分かってしまう医者が例えば『第五番』などに登場します。多分、久坂部もそのようなタイプの医者なのだろうと思われます。それは研修医になってからもずっとエリートの医者ではなく、どちらかと言えば患者目線で医療を観察し続けた成果(?)なんだろうなと思います。

 小説としてはなにか尻切れトンボでおわる作品が多い久坂部ですが、この自伝を読んでいままでより更に好きになった感じです。






 

斎藤茂太の本

 投稿日:2016年 5月21日(土)09時05分27秒

  『老いへのケジメ』、新講社、2015年
『笑うとなぜいいか』、新講社、2015年
『茂太さんの快老術』、PHP文庫、1991年

斎藤茂太
 1916年(大正5年)、斎藤茂吉の長男として東京市(当時)に生まれる。
青南小学校、東京府立第八中学校(現在の東京都立小山台高等学校)、明治大学文学部を経て、1942年(昭和17年)9月に旧制昭和医学専門学校を卒業し、慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて医学博士号を取得。大東亜戦争(太平洋戦争)中に応召し、大日本帝国陸軍軍医大尉となる。

 愛称は「モタさん」。少年時代から飛行機が大好きで旅行や旅客機に関する著書も多い。多くの悩める人を勇気づけた「心の名医」として、日本精神病院協会の名誉会長などを務めながら、執筆や講演活動もおこない、90歳で亡くなるまで生涯現役を続けた。


 斎藤茂太は結構著名で人柄もその著作も良さそうだと思っていたが、弟の北杜夫の本は何冊も読んでいるのに今まで1冊も読んでいない。
 今回は「老いへのケジメ」という本題に惹かれて読みだした。3冊とも正直に感想を言えば悪くもないが面白いといえるほどのものでもなかった。
 「老いへのケジメ」の付け方を教えてくれるかも知れないと期待しすぎていたからなのでしょう。頭の中では既に分かっている(と思っている)ことが、普通に書かれている本でした。

 自分の終活をどうすすめるかを本気で考えるきっかけにはなりました。取り敢えず身の回りのもの(特に本や論文)を減らす作業を・・・・。









 

『えみるの赤いランドセル』

 投稿日:2016年 5月18日(水)10時58分27秒

  『えみるの赤いランドセル』
風見しんご、青志社、2008年1月17日

 名前は聞いたことがあるような?程度でまったく関心がなかった「風見しんご」です。「徹子の部屋」で2007年1月17日に交通事故で亡くなった娘「えみる」(享年10)について淡々と語る様子に好感を持った。娘が生きていたら二十歳になり成人式を迎えるのを意識して娘についての本「さくらのとんねるー二十歳のえみる」を出版したらしい。図書館で検索したが「さくらのとんねる}はまだ入っていなかった。しかし、『えみるの赤いランドセル』があったので予約した。

 娘の死後1年目に出版されたものだった。

 読みながら何度も涙が出た。

 子供に先立たれた親の気持ちはまったく同じだと思うことが多かった。夢の中でもよいから逢いたいと願う気持ち、時間が経っても娘への思いは何も変わらない、などなど。

 感心したのは加害者のことについて一切触れていないこと。普通なら加害者への憎しみや恨みを書き綴ってしまうだろうに・・・・。

 交通標語「青だけど 車はわたしを見てるかな」に違和感を持ち、「青だけど こどもはホントにいないかな」とすべきではという話には、風見の悔しさがじんと伝わってくる。

 素晴らしい本でした。





 

原田マハ 3

 投稿日:2016年 5月10日(火)09時12分17秒

   原田マハの本にはまっている。まだ10冊も読んでいないがどれも面白い。一気に読める。

 原田マハの略歴にでてくるものだけでも全部読んでみようと思っている。今回は下の3冊を読んだ。


 美術館勤務の職歴がありキュレーターだったいうことから『楽園のカンヴァス』はまさに自分の専門知識をフルに生かした本だろうと期待して読んだ。こちらの美術史についての知識が乏しすぎて難しかったが、ルソーの絵の下にピカソの絵が隠されている(?)というミステリー仕立てにぐいぐい引っ張られた。
 本に出てくる絵を知っていれば楽しいだろうなと探すと「原田マハ著『楽園のカンヴァス』に登場する絵画のまとめ (http://matome.naver.jp/odai/2135955626248173201)」があった。


 『永遠をさがしに』はチェロを弾く個性的な女性3人が織りなす物語。偉大なアーティストというのはここまで感覚が研ぎ澄まされた緊迫した環境の中で生きているのだなと感動する。


 『ジヴェルニーの食卓』は4つの短編からなり、それぞれ、マティスとピカソ、ドガ、セザンヌ、モネという画家達の生活を主題にしている。豊富な(研究)資料を参考にしているようだが、それぞれの画家が描いた名画からのインスピレーションがこれらの物語を書かせたのだろうと羨ましい。
 このような本を読むと美術館に行きたくなる。



[略歴]1962 年東京都生まれ。東京都在住。 関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。 伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなり、2006年より作家となる。2005年『カフーを待ちわびて』で第一回日本ラブストーリー大賞受賞。2012年『楽園のカンヴァス』で第二十五回山本周五郎賞受賞。
主な著作に『一分間だけ』『#9』(宝島社)、『さいはての彼女』(角川書店)、『ごめん』『風のマジム』(講談社)、『キネマの神様』(文藝春秋)、『翼をください』(毎日新聞社)、『インディペンデンス・デイ』(PHP 研究所)、『星がひとつほしいとの祈り』(実業之日本社)、『本日は、お日柄もよく』(徳間書店)、『まぐだら屋のマリア』(幻冬舎)、『でーれーガールズ』(祥伝社)、『永遠をさがしに』(河出書房新社)、『旅屋おかえり』(集英社)などがある。


(原田マハのHPから)

『楽園のカンヴァス
La toile du paradis』
新潮文庫、(2014.07)

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに籠めた想いとは――。山本周五郎賞受賞作。


『永遠をさがしに』
河出書房新社(2011.11)

世界的な指揮者の父とふたりで暮らす、和音一六歳。そこへ型破りな、新しい母がやってきて???。
親子の愛情、友情、初恋、そして実母との奇跡の再会。音楽を通して描く感動物語。


『ジヴェルニーの食卓』
集英社(2013.03)

新しい美を求め、時代を切り拓いた芸術家の人生が色鮮やかに蘇る。マチィス、ピカソ、ドガ、セザンヌら印象派たちの、葛藤と作品への真摯な姿を描いた四つの物語。












 

朝ドラ?

 投稿日:2016年 4月27日(水)09時50分24秒

  『大橋鎭子と花森安治 美しき日本人』
長尾剛、PHP文庫、2016年4月

 大阪駅構内の書店でみつけました。朝ドラ「とと姉ちゃん」の原作かも?と勝手に思い込み買ってしまったのです。2016年4月発行ということから分かるように朝ドラ人気を当て込んでの「文庫書き下ろし」でした。この著者は「広岡浅子 気高き生涯」という本までだしていました。それで商売気たっぷりの作家だなと嫌いになったのですが気を取り直し読了。

 副題の「美しき日本人」というのが意図不明、長い序章に著者の日本人観があり、「日本の庶民の代表として大橋鎭子と花森安治にスポットを当てたというようなことを書いています。そのあたりが「美しき日本人」とした意図らしいのですがあまり説得力はありません。
 大橋鎭子と花森安治は、個性的で魅力ある人達なので彼らのヒストリーを詳しく紹介しているのでまあそれなりに楽しめました。

 「主な参考・引用文献、資料」というのが巻末にあるのですが、発行年もないのでちょっと荒っぽい作家だなと思ってしまいました。

 それにしても、ともかくも・・・テレビドラマ(小説)というのはよく知られているモデルがあってもここまで自由に創作できるものなんだ!と感嘆します。






 

コロボックル物語

 投稿日:2016年 4月 9日(土)15時15分53秒

  『だれもが知ってる小さな国』
有川浩・著、村上勉・絵、講談社、2015年10月

 『だれも知らない小さな国』を思い出させる本題、村上勉・絵となればすぐ「コロボックル物語」に思い至る。

 どうして有川浩が「コロボックル物語」を書くようになったかは講談社の「コロボックル物語」特設ページ(http://kodanshabunko.com/colobockle/)に詳しい。

 毎日新聞のインタビュー記事(http://mainichi.jp/articles/20151208/org/00m/040/046000c)で有川自身が『だれもが知ってる小さな国』について色々語っている。

「2011年に、雑誌の対談で佐藤さとるさんにお会いしました。平成の子どもたちには平成のコロボックルに寄り添っていてほしい、新しいコロボックル作品が書き継がれたらいいですね、とお話ししたら、『有川さん、書いてよ』と言われて、思わず『はい』と答えてしまった(笑)。これがスタートです」

「物語では、佐藤版のコロボックルが存在していることを前提にしました。ですが、2次創作にならないよう、佐藤さんが書かれたキャラクターは私の筆では書かない。そして、主人公である子どもの目線、子どもの言葉で書くことを徹底しました」

 あるテレビ番組で、季節ごとに土地を移動しながら蜂を育てる“移動養蜂家”の家族を見たとき、いつか物語に生かしたいと考えたという。本書の主人公、ヒコの親はその「はち屋」。蜜蜂と一緒に花を追いかけ、季節ごとに転校を繰り返すヒコ。同じ環境のクラスメート・ヒメに淡い恋心を抱くようになり、やがてコロボックルのハリーに出会う。ヒコとハリーは、時にすれ違い、ケンカしながらも大切な友達として心を通わせていく。

「幼い頃、コロボックルは絶対にいると思っていました。そして私は大人になり、作家になった。私が佐藤さとるさんからいただいたものを、今度は私が今の子どもたちに少しでもあげられたら」



 一気に読めました。「佐藤版コロボックル」を引き継ぐとはいえ、やはり有川の本というしかなかったのですが、それはそれで楽しかった。
 『植物図鑑』で有川の山野草や樹木についての知識は確かなものだと思っているのですが、ツリガネニンジンとホタルブクロの見分け方を得意げに書いているのにちょっと吃驚、実物を見たことがあれば間違うはずがないと思うのです。まあ、どうでも良いことなのですが気になりました。




 

原田マハの本 2

原田の本、4冊目と5冊目です。

でーれーガールズ
原田マハ、祥伝社、2011年9月

(Amazonの商品内容紹介)
 漫画家の小日向アユコ(本名・佐々岡鮎子)は30年ぶりに高校時代を過ごした岡山県にやってきた。母校の女子高で講演会をするためだ。 講演会前々日、この機会にと高校の同級生たちが同窓会を開いてくれた。そこでアユコは30年ぶりに親友の武美と再会する。武美は母校の教師になっていた。アユコを招いたのも武美だという。実は30年前、アユコと武美には忘れられない思い出があった。 1980年、岡山――。東京から引っ越してきたばかりの佐々岡鮎子はクラスに友達がいない。心の支えは、かっこよくてギターもうまい大学生の彼、ヒデホくんだった。ところが、二人を主人公に描いた恋愛マンガを、クラスの秋本武美に見られてしまう。美人で勝気な武美に、鮎子はいつもからかわれていたのだ。しかし、武美は物語の続きを読みたがって……。かけがえのない友だちに会いたくなる、感動の物語。

(ウィキペディア)
 作品の舞台となった岡山県岡山市は、著者である原田にとっては思春期を過ごした場所でもある。特に本作の主人公たちが通う学校は、原田の母校である山陽女子高等学校がモデルとされており、そのため2015年の映画版では同校が特別協力団体のひとつに名を連ね、それが強調された演出がとられている。



 岡山弁が主要言語の本は初めてでそれなりに興味深かったのですが、女性コミック調の話の展開は苦手です。話が突如、全く別の思い出話に切り替わるという手法は、他の作者(例えば、さだまさし)もよく使うが、私は嫌いです。結論は、あまり面白くない本でした。同じ著者の作品でも、嫌いな本と好きな本が混在するというまあいつものパターンでした。





キネマの神様
原田マハ、文藝春秋、2008年12月

内容(BOOK データベースより)
 39歳独身の歩は突然会社を辞めるが、折しも趣味は映画とギャンブルという父が倒れ、多額の借金が発覚した。ある日、父が雑誌「映友」に歩の文章を投稿したのをきっかけに歩は編集部に採用され、ひょんなことから父の映画ブログをスタートさせることに。“映画の神様”が壊れかけた家族を救う、奇跡の物語。



 この本は面白い。一気に読み切る。たぶん映画好きには今以上に映画が好きになる本でしょう。感動ものでした!
 
 原田作品をもう少し読んでみようと思います。




総理の夫

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 3月30日(水)11時36分26秒

  『総理の夫』
原田マハ、実業之日本社、2013年7月

 原田伊織の頭が疲れる本を読んだ後なので、気楽な本が読みたかった。全く知らない著者だが表紙と裏表紙の見返しに漫画があり、きっと軽い読み物だろうと借り出した。

(実業之日本社のHPから)
内容紹介:史上初の女性総理、わが妻・凛子、君を守る!
 0XX年、相馬凛子は42歳にして第111代総理大臣に選出された。夫である私・日和は鳥類研究家でありながらファースト・レディならぬファースト・ジェントルマンとして、妻を支えようと決意する。凛子は美貌、誠実で正義感にあふれ、率直な物言いも共感を呼んで支持率ばつぐん。だが税制、エネルギー、子育てなど、国民目線で女性にやさしい政策には、政財界の古くさいおじさん連中からやっかみの嵐。凛子が党首を務める直進党は議席を少数しか有せず、他党と連立を組んでいたのだが、政界のライバルたちはその隙をつき、思わぬ裏切りを画策し、こともあろうに日和へもその触手を伸ばしてきた。大荒れにして権謀術数うずまく国会で、凛子の理想は実現するのか? 山本周五郎賞作家が贈る政界エンターテインメント&夫婦愛の物語。


 すっと読めました。面白かった。美人で頭が良く、正義感にあふれ誠実とまあ現実にはあり得ない女性が総理でその夫は大金持ちの次男坊、いかにもおとぎ話風の設定ですが、現実に日本で女性総理が誕生するとなればこれくらいの理想的夫婦でないと無理なのでしょうね。

 女性総理が妊娠し、生むと決め、一度は総理辞任を決心したのに、最後に総理を続けることにする。色々考えさせられる物語でした。

 この著者の他の本も読んでみたくなりました。


(原田マハのHPから略歴)
 1962 年東京都生まれ。東京都在住。 関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。 伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなり、2006年より作家となる。2005年『カフーを待ちわびて』で第一回日本ラブストーリー大賞受賞。2012年『楽園のカンヴァス』で第二十五回山本周五郎賞受賞。
 主な著作に『一分間だけ』『#9』(宝島社)、『さいはての彼女』(角川書店)、『ごめん』『風のマジム』(講談社)、『キネマの神様』(文藝春秋)、『翼をください』(毎日新聞社)、『インディペンデンス・デイ』(PHP 研究所)、『星がひとつほしいとの祈り』(実業之日本社)、『本日は、お日柄もよく』(徳間書店)、『まぐだら屋のマリア』(幻冬舎)、『でーれーガールズ』(祥伝社)、『永遠をさがしに』(河出書房新社)、『旅屋おかえり』(集英社)などがある。

 原田マハのHPにある「自伝的プロフィール」は読み応えがあります。
 http://haradamaha.com/profile/

PS(3月31日)
原田マハの2冊目です。

『本日は、お日柄も良く』
原玉マハ、徳間書店、2010年8月

内容紹介(徳間書店のHP)
 OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。

 面白い、一気に読みました。発行年から見て小泉首相の時代に、政権交代が現実味を持つ前に書かれた本です。民主党の失敗を見てしまった今、読むのもそれなりに面白い。生ものである政治をフィックションで仕上げるというのはなかなかの根性だと思います。

 民主党の失敗後に書かれたのが『総理の夫』だったんですね。ここに伝説のスピーチライター久遠久美が出てきた意味がやっと分かりました。

 原田マハ、2つ読んだだけですが、読み続けたい作家の1人になりました。

PS 4月1日
原田マハの3冊目です。

『まぐだら屋のマリア』
原田マハ、幻冬舎、2011年7月

内容詳細
東京・神楽坂の老舗料亭「吟遊」で修業をしていた紫紋は、料亭で起こった偽装事件を機にすべてを失った。料理人としての夢、大切な仲間。そして、後輩・悠太の自殺。逃げ出した紫紋は、人生の終わりの地を求めて彷徨い、尽果というバス停に降り立った…。
 バス停近くの定食屋「まぐだら屋」。様々な傷を負った人間が、集まってくる。左手の薬指がすっぱり切り落とされている謎めいた女性・マリア。母を殺したと駆け込んできた若者。乱暴だが心優しい漁師。そしてマリアの事をひどく憎んでいる老女。人々との関わりを通して、頑なになっていた紫紋の心と体がほどけていくが、それは逃げ続けてきた苦しい現実に向き直る始まりでもあった・・・。生き直す勇気を得る、衝撃の感涙長編。((「BOOK」データベースより)

 『「まぐだら屋」の「マリア」』は聖書の中の「マグダラのマリア」からきたらしい。また紫紋(シモン)に湯田(ユダ)、与羽(ヨハネ)という男性や、丸狐(マルコ)と名乗る青年までもが登場する。となれば「桐江という老女」は、もしかするとキリストでは? しかし幼稚園がキリスト教系だっただけで聖書にまったく馴染みのない私には著者のこれらの命名の意図がまったく理解出来ません。

 今までに読んだのは『総理の夫』と『本日は、お日柄も良く』で、同じような政治物でなんの違和感もなく読めたのですが、今回のは全く異なる話・筋書きなので吃驚。

 心に傷を負った人達が、自死を思い故郷や大切な人から逃げだし、さまよう。最果ての地の食堂での心温かい人々との関わりの中で、生き直す勇気を得て、大切な人の待つ故郷に帰っていくという感動物語で一気に読めます。面白い。
 しかし、なにか話の筋に飛躍が多すぎて現実感がなく読んだあと少し白けました。

 それにしても最も大切な人というのは、誰にとっても母親なんだと・・・!












 

官賊と幕臣たち

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 3月27日(日)16時23分9秒

  『官賊と幕臣たち
〜列強と日本侵略を防いだ徳川テクノクラート〜』
原田伊織、毎日ワンズ、2016年2月

 前作、『明治維新という過ち』を再読してから読む。原田の文章に慣れてきたのか意外に気持ちよく読み進められた。

 「大震災と原発事故から既に三年半が経過したが、東京電力が今も”しゃあしゃあ”と営業していることが不思議であり、何故この犯罪企業を放置しておくのか、私には理解不能である」、「明治の新政府や旧幕人を含む明治人は、多くの造語を作り、翻訳の名人であった。平成の官僚にはこの能力が全くなく、なんでも英語をそのままカタカナにするだけで、この無神経というか、無教養ともいうべき感覚は民間にも定着してしまっている」や「アヘン戦争の残虐な事実は、・・・・、アメリカによる原爆投下を含む無差別空爆による日本市民の虐殺、ナチスによるユダヤ人虐殺と並んで世界史に残る『人道に対する三大犯罪』として長く記憶されねばならない」という原田の感覚は好きだ。


 『官賊と幕臣たち〜列強の日本侵略を防いだ徳川テクノクラート』では、「明治維新の逆賊」として軽んじられてきた徳川の英傑たち(“幕末の三俊”と言われる岩瀬忠震、水野忠徳、小栗忠順や、川路聖謨(かわじ・としあきら)に焦点をあてている。いずれも特に外交で奮闘した優秀な官僚たちだ。

 恫喝外交をしかける欧米列強外交団、大英帝国の支援を受けた薩摩・長州、特に長州ののテロリズム、それらと命を賭してわたり合った幕臣たち、という話がこれでもかこれでもかとでてくる。

 一例として川路聖謨のことを少し詳しく紹介する。
 ペリーが1853年に浦賀に来航し、翌年に再び来航して日米和親条約を結んだ頃、ロシアも対日接近を図っていた。
 1853年に長崎に来航したプチャーチンとの交渉に臨んだのは、勘定奉行で海防掛を兼務していた川路聖謨。川路は全権大使としてプチャーチンと渡り合った。
「幕府は外交交渉を援護すべき強大な軍事力を持っていない。一方、ロシアはアメリカ同様、それを背景に交渉に臨んでいる。川路は、軍事力に裏打ちされた国際関係の力学を十分理解しながらも、武家社会、日本の代表として徹頭徹尾、正論を押し通した。その結果、ついに国境線の策定においてロシア側の譲歩を引き出した」
 プチャーチンは川路の交渉力に感服し、2人の間に信頼関係が生まれた。1887年には、プチャーチンが乗船していたディアナ号が沈没した時に世話になった伊豆の戸田村(現・沼津市)を彼の孫娘が訪ね、当時村人から受けた好意に感謝し、プチャーチンの遺言として100ルーブルを寄付している。

 優秀な徳川幕臣たちは、その知力と人間力を武器に欧米列強と正面から渡り合った。しかも、天皇の幕府に対する大政委任という政治上の大原則を一貫して崩さず、薩長を中心とした尊攘激派、いわゆるテロリストがわめく教条的な“復古主義”を徹底して排除したことで、この国が二元政治状況に陥ることを辛うじて防いだ。彼らのおかげで幕末日本は欧米列強の侵略を防ぐことができた。というのが原田の主張だ。


 今回、一番印象深かったのは「其の一 鎖国とはなんであったか」でした。戦国時代の“戦”とはどのようなものであったのかから、鎖国(貿易制限)に至った過程を説いています。
 戦国時代、武士達の手足となり白兵戦を行ったのは百姓達を含む雑兵であり、掠奪・放火・強姦なんでもありの戦場だった。掠奪の対象の中心は物より人だった。「乱取り」によって生け捕られた男女が、商人によって売買されるという奴隷制度があったという知りたくない日本の歴史が紹介される。武田信玄や上杉謙信などの高名な武将も「乱取り」のための戦をしていたという。イエズス会が日本にきてからは、ポルトガルの奴隷商人が日本人奴隷をマカオやマニラで売りさばいた。まず秀吉が「人身売買停止」を命令し、徳川幕府になって「切支丹禁止令」がでて、つぎに鎖国となる。西欧国から通商相手としてオランダが選らばれた理由に関連して、その時の西欧列強国の力関係も解説されている。

 良い本でした。あまりに知らないことが多すぎて、全体をもっとよく理解したいので、いろいろ調べてみたいなという意欲が湧いてきました。
 井伊直弼が「一期一会」という言葉の創作者だったなんて知らなかった!

 たまたま、今朝の毎日新聞に小島英記著『幕末維新を動かした8人の外国人』の書評がありました。それを読むと原田が卑劣なやからとこきおろす外交官のハリスやオールコックを褒めているようです。この本もいつか読んでみようと思います。歴史の読み方は難しいですね。






 

お医者さんで作家

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 3月 9日(水)09時32分11秒

   お医者さんで作家でもあるという方がたくさんおられる。お医者さんというのは大変な仕事であり忙しくて自由になる時間は少ないはずなのにのにどうして本を執筆する時間を作っているのだろうといつも気になる。文豪・森鴎外は別格として、最近読んだ中からでは「死都日本」の石黒耀、「神様のカルテ」の夏川草介、「チーム・バチスタの栄光」の海堂尊などを「お医者さんで作家」とすぐに思い出す。

 今、霧村悠康の「昏睡 かくされた癌」と久坂部羊の「無痛」を読み終えた。どちらも現役のお医者さんの本、おまけにどちらも阪大卒、阪大って変人が多い大学なのかなっとちょっと気になる?


「昏睡 かくされた癌」
霧村悠康、新風舎、2006年

 阪大病院とくれば白い巨塔、まあ分かりやすいといえば分かりやすいのですがあまりに当然すぎて面白くない。権力(出世)を目指す俗っぽい大学人と良心的過ぎて大学を離れていく医者などの登場人物も想定の範囲内。
 「かくされた癌−作られた癌」というのが主題のようなのですが、どうも話の道筋がよく分かりません。

「無痛」
久坂部羊、幻冬舎、2006年

 この著者の本は、いつも中頃まではワクワクしながら読むのだが、最後はバタバタとしていてあまり面白くない結末がやってくる。
 今回は患者の顔つき、姿勢、歩き方などを観察するだけで病気が読める医者が2人も出てくる。それも治療で治るのか治らないのかまで読めてしまう。余命の短い人に無理に治療する必要はないと本気でこの著者は考えているのだろうなと、幾つかの小説を通して感じている。








 

空飛ぶタイヤ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2016年 3月 3日(木)09時10分48秒

  『空飛ぶタイヤ』
池井戸潤、実業の日本社、2008年

 池井戸は「倍返し」の台詞で有名になったテレビドラマの原作『オレたちバブル入行組』や『下町ロケット』など話の展開が早くワクワクする楽しい本をたくさん書いている。話題になった本はどれも読んでしまったように思いしばらく遠ざかっていた。しかし、図書館の「今日返却された本」棚に『空飛ぶタイヤ』があり、突然、再読したくなった。

 533頁もあるのにあっという間に読了、やはり面白かった。
 「三菱自動車のリコール隠し」を題材にしていて、具体的には「2002年の横浜母子3人死傷事故」をベースに物語を展開している。実話は次の通り。

(ウィキペディア)
 2002年1月10日、神奈川県横浜市瀬谷区下瀬谷2丁目交差点付近の中原街道で発生した事故。綾瀬市内の運送会社が所有する重機を積載して片側2車線の走行車線(事故当時、付近にガードレールはなかった)を大型トレーラートラックのトラクター(ザ・グレート、1993年製)の左前輪(直径約1m、幅約30cm、重量はホイールを含めて140kg近く)が外れて下り坂を約50m転がり、ベビーカーを押して歩道を歩いていた大和市在住の母子3人を直撃。母親(当時29歳)が死亡し、長男(当時4歳)と次男(当時1歳)も手足に軽傷を負った。
 神奈川県警が車両の検分を行ったところ、事故を起こした車両はハブが破損し、タイヤやホイール、ブレーキドラムごと脱落したことが判明。三菱自工製の大型車のハブ破損事故は、1992年6月21日に東京都内で冷凍車の左前輪脱落事故が確認されて以降計57件発生し、うち51件で車輪が脱落していた(うち事故車両と同じ1993年製が7割を占めていた)。三菱自工側は一貫してユーザー側の整備不良が原因としたが、事故を起こした車両と同じ1993年に製造された三菱自工製のトラックに装着されているハブの厚みが、その前後の型や他社製よりも薄い構造であり、ボルトを強く締めすぎた場合や、カーブや旋回時に掛かる荷重により金属疲労が生じ、ハブが破断しやすいことも判明した。これを受け、三菱ふそうは2004年3月24日、製造者責任を認めて国土交通省にリコールを届け出た。さらに同年5月6日、宇佐美ら5名が道路運送車両法違反(虚偽報告)容疑で、品質保証部門の元担当部長ら2名が業務上過失致死傷容疑で逮捕され(5月27日に起訴)、法人としての三菱自工も道路運送車両法(虚偽報告)容疑で刑事告発された。
 なお、この事故で死亡した女性の母親が約1億6550万円の損害賠償を求めて提訴した民事訴訟では、2007年9月、会社側に550万円の支払いを命じる判決が最高裁で確定した。このとき、原告の訴訟代理人を担当した青木勝治弁護士は、損害賠償金を代理人である自分の口座に振り込ませ、遅延損害金を含めた約670万円を預かった。しかし、訴訟当初の約1億6550万円の請求額を基準に報酬額を約2110万円と算定し、「自分が預かっている約670万円と相殺する」と通知して、原告に賠償金をいっさい渡さなかった。2010年6月、横浜弁護士会は「当初550万円としていた賠償請求額を一方的に1億6550万円に増額し、これに伴う報酬の変動についても原告に説明せず、いきなり2000万円以上という高額報酬(最高裁判所で確定した賠償額は、当初の請求額である550万円)を原告に要求した」などとして、同弁護士を業務停止6か月の懲戒処分とした。


 上の弁護士の不祥事は知りませんでした。『空飛ぶタイヤ』の初出は2005年なのでこの事件を作者はフォローできなかったのでしょう。被害者は裁判をせず500万円の慰謝料で気持ちの区切りをつけたことにしています。

 三菱自動車はその後も軽自動車エンジン(3G83型)のオイル漏れの不具合については、2005年(平成17年)2月に把握していたにもかかわらず、不十分な対応のため2010年(平成22年)11月から2012年(平成24年)12月まで4回に渡り、120万台以上のリコールを行うこととなった。というようなみっともないことを続けています。
 

『夏が逝く瞬間』

 投稿日:2016年 2月24日(水)09時42分35秒

  『夏が逝く瞬間』
原田伊織、河出書房新社、2005年3月

 先日読んだ『明治維新という過ちー日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリストー』の印象が強烈だったので、この著者をもっと知りたいと思い読んでみました。

 この本はさらっと何の抵抗もなくあっという間に読了。『明治維新という過ち』のイメージが強すぎて、なんとなく著者の自伝と思い込んでいたのですが、実は中学生と女性教師との純愛フィクションでした。ただ主人公のイメージは著者自身で、1946年生まれ彦根市育ちという設定。
 石田三成の居城だった佐和山、佐和山から仰ぎ見る伊吹山などの描写力は一流です。そしてこの本でも著者に武士道を教えた母親は重要なキャラクターです。

 気持ちよく読めました。著者の人となりを少しだけ理解出来たような気がします。





 

風に立つライオン

 投稿日:2016年 2月16日(火)18時34分40秒

  『風に立つライオン』
さだまさし、幻冬舎。2013年7月

映画『風に立つライオン』 2015年3月
監督:三池崇史 原作:さだまさし 企画:大沢たかお
脚本:斉藤ひろし 製作:中山良夫

キャスト
大沢たかお(島田航一郎)、石原さとみ(草野和歌子)
真木よう子(秋島貴子)、萩原聖人(青木克彦 )
鈴木亮平(田上太郎)


 小説を再読し、映画も見直した。どちらも素晴らしいものでした。映画はほぼ原作にそってつくられていた。
 1987年に発表したという歌(http://www.kasi-time.com/item-15518.html)のイメージがそのまま生かされています。となれば「さだまさし」の発想の原点はやはり歌ということになるのでしょうか。
 小説も映画も、主要登場人物がそれぞれの立場から主人公の青年医師(島田航一郎)についての思い出を語る。それを繋いで一つの物語を組み立てていくという手法なので、最初は煩わしい。しかし、話が進むにつれそれが気にならなくなる。

 物語の主人公は、1987年に長崎の大学病院からケニアの研究施設・熱帯医学研究所に派遣された日本人医師・島田航一郎。周辺で戦闘が続くこの地で、心に傷を負った元少年兵(ンドゥング)と出会った彼は、少年と真っ直ぐ向き合うことで医師としての生き方を見つめ直す。銃や地雷で負傷した人々が次々に運び込まれてくる過酷な医療の現場で、アフリカの大地に向かって「ガンバレッ」と叫び、自分を鼓舞しながら常に前向きに生きる航一郎、その彼と共にケニアで懸命に働く有能な看護師・和歌子、彼女はやがて航一郎の優しい人間的な魅力に惹かれていく。もう一人重要なキャラクターが、原点となった曲にも登場する、主人公が日本へ残してきた恋人・貴子。アフリカ医療に生涯を捧げたシュバイツァーに感銘を受けて医師になった航一郎が、夢を叶えるためにケニアへ行くことを知りながら、自分は父親が経営してきた離島の個人病院を継ぐことで、医師として彼とは別の道を進む。
 国境付近へ往診に出た航一郎は、銃撃に巻き込まれ帰らぬ人となり、遺体は発見されない。
 医師となった元少年兵ンドゥングが、2011年の東北大津波の被災地にやってきて大活躍する。

 このような物語の展開の中で、人それぞれの夢、優しさ、愛をいかにも「さだまさし」らしく感動的に描いた小説、映画でした。


 医療の事や東北被災地に関する話は説得力がありすっと納得出来て、たいていはそうなんだと感心感激しながら読みました。しかし、「さだまさし」が小説を書く前に一度も訪れたこともないというケニアの描写がどうしても気になるのです。TNが1984年と1986年に海外調査でケニアに行っているという特殊事情のためだとは思います。
 ノンフィクションではないので事実かどうかはどうでもよいことなのかも知れませんが、映画と小説からケニアの臭いがしないのです。風景が綺麗すぎるのです。
 たぶん距離を全く実感していないのだと思います。赴任地ナクールから周辺地域の僻地医療の応援や観光に、Kism、Namanngaやケニヤ山、アセンボリ国立公園に出かける話があります。これらは全部、ナクールから300km足らずの距離で、幹線道路が走っていて交通は容易です。しかし、ロキチョキオはまったく違うのです。TNはナウルからロキチョキオまでの距離の3分の一ぐらいの所にあるバラゴイでキャンプ生活をしました。その時途中、Maralalという小さな町で一泊しました。凄い悪路でした。車が故障して動けなくなったらと恐怖でした。取材についてきた時事通信の記者は、途中のサンブルヒルズで「ここを地の果てと思います。」と叫びました。そのような荒涼感がまったくなく、トルカナ人の体臭もまったく伝わらないのです。


 主人公のモデルは外科医柴田紘一郎氏(74歳)だという。それならこの小説や映画でどこまでが事実なのだろうと調べてみました。

 JICAのHP(http://www.jica.go.jp/topics/news/2014/20150310_01.html)によれば「ケニアで医療協力の礎を築いたライオンたち――「風に立つライオン」主人公のモデルはJICA専門家」だったという。
 ケニアにおける保健医療を、国際社会の中でいち早く支援したのが、JICA(当時OTCA)だった。JICAは開発途上国の医療協力に本格的に取り組み始めた時期で、ケニアとは1963年の研修員の受け入れから協力関係が始まっていた。そして1966年、当時日本で唯一、熱帯医学の研究所を持ち、アフリカでのウイルス疾患や寄生虫疾患などの研究調査実績のある長崎大学の協力を得て、ケニア西部のリフトバレー州ナクールにあるリフトバレー州総合病院(ナクール病院)への支援を開始した。
 この協力は、長崎大学医学部と熱帯医学研究所から医師や看護師、検査技師などの専門家をケニアに派遣し、医療活動を支援するもので、1975年まで続いた。10年間で派遣した医師などの専門家は38人。その中の一人として1971年から2年余り派遣されたのが、「風に立つライオン」の主人公のモデルとなった、柴田氏だった。

 つまり長崎大学の熱帯医学研究所がナクールにあったというのは事実ではなく、柴田氏はリフトバレー州総合病院(ナクール病院)に派遣され、そこで柴田氏は「ケニアで経験したことは、その後の私の仕事の原点。医師として病を治すということの難しさや、患者と真に向き合うこと、心のケアを学んだ」のだという。

  主人公を1987年にケニアに派遣されたとしたのは、ロキチョキオの病院がこの時期に出来ているので話を膨らまそうとしたためだと思います。それがよかったのかどうか? スーダン内戦が前面に出ててきてケニヤだけの話ではなくなり、話がすっきりしない。

 赤十字国際委員会(ICRC)は、1969年からスーダン紛争による負傷者の救援活動を開始し、1987年には、ケニア国内のスーダン国境沿いにあるロキチョキオに紛争犠牲者のためのロピディン外科病院を開設し医療援助を続けている。

 主人公と元少年兵ンドゥングや看護師・和歌子との感動物語はロピディン外科病院が舞台になっている。

 スーダンの内戦犠牲者救済のために ICRC が設営した戦傷外科専門の病院で、南スーダンのジュバの病院が政府軍の犠牲者を収容するのに対し反政府軍側の犠牲者を収容するために設営された病院らしい。

 病院を立ち上げたヴィンセント・ニコICRC前駐日代表は以下のように当時のことを回想している。
「ロキチョキオに入ったのは1986年。隣国スーダンの南部(現在の南スーダン共和国)で武力紛争が激化したころで、ロキチョキオは救援活動の拠点になっていました。
 当初は人びとへの食料支援が目的でしたが、戦闘による負傷者が多かったため医療活動も展開することになりました。初めはケニア政府からICRCに提供された敷地内にテントを立てただけでしたが、翌87年に場所を移動して病院を開設。医療救援活動はそれから19年間続きました。
 現地は道路も水も電気もないという状態。道路があれば車を使って1時間で行けるところを、道を作りながら1週間もかけてトラックを進めたものです。
 地域に住むトゥルカナ族の人びとはわれわれとは言葉も文化も違うので、最初は文化人類学者に同行してもらってアドバイスを受け、現地の慣習などを尊重しながら受け入れてもらう努力を重ねました。」

 ケニヤに行ったことがない作者が、ロキチョキオを舞台の「お話」にリアリティを持たせるのはやはり至難です。特に主人公がナクールからロキチョキオの病院まで1人で車を運転して帰ってくるなんていうお話、これは無理です。80年代にケニアのサバンナをドライブした経験があれば決してそのような夢物語を作り上げないでしょう。車は高価で、ほとんどが中古車、頻繁に故障する。非舗装の悪路が延々と続く。途中にガソリンスタンドは皆無。などなど・・・・。

 フィクションとは言え、モデルがあるとするなら事実をもう少し忠実に描いて欲しかったなと思います。それでも感動ものの作品であることは否定しません。


蛇足ですがすばらしい歌詞に気になるところがあります。

「ビクトリア湖の朝焼け 100万羽のフラミンゴが
一斉に翔び発つ時 暗くなる空や
キリマンジャロの白い雪 ・・・・・・・」

 美しい歌詞です。これで皆さんにはビクトリア湖のフラミンゴというイメージが出来上がっているようなのですが、私には違和感があるのです。例え100万羽でもフラミンゴでビクトリア湖の空が暗くなるとは思えないのです。ビクトリア湖は広大すぎるのです。歌詞のの情景に当てはまるのはフラミンゴで最も有名なナクール湖であり、写真集「Face of Kenya」にあるLake BogoriaやLake Magadiなどだと思います。





 

明治維新という過ち

 投稿日:2016年 2月10日(水)12時02分55秒

  『明治維新という過ちー日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリストー』
原田伊織、毎日ワンズ、2015年1月

 改訂増補版ですが、NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」を意識したに違いない同年1月出版。題名には当初から興味を持ったのですが、副題や本の広告文に胡散臭さを感じ読むのをためらいました。ベストセラーの1つになっているというのでやはり気になり、図書館で昨年の10月に予約し、やっと入手。
 319頁の薄い本なのに、引っ掛かることが多すぎて三日もかけて読みました。

 著者の経歴を調べると「作家。クリエイティブディレクター。昭和21年京都・伏見生まれ。近江・佐和山城下、彦根城下で幼少年期を過ごし、大阪外国語大学を経て広告、編集制作の世界へ。現在も、マーケティングプランナー、コピーライター、クリエイティブディレクターとして活動している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)」というのがありました。

 著者の思い入れが強すぎる本で著者自身のことを何度も書いています。井伊直弼にゆかりのある彦根育ちだと複数回書いています。母親から強烈な武士道教育をされたこと、とくに小学生の時に切腹の作法を教え込まれたことなど、育ちそのものがこの著者の思考法を形成したのだと盛んにアピールします。
 著者にとって一番大事な判断基準は武士道(精神)です。維新の主役とされている下級武士や百姓など庶民を見下すエリート意識が鼻につきます。江戸時代のシステムを過大評価します。右翼が書いた本と切って捨てるのは簡単なのですが、本当にそうだなと納得出来ることがいくつもあり、最後まで読んでしまいました。


 WEBで検索するとたくさんの書評があり、それぞれの思いが書いてあって楽しめました。取り上げるテーマも重なりあっていて今更、新しい書評でもないのですが・・・・。

 「勝てば官軍」、幕末・明治以降の歴史はすべて薩長を美化するようにゆがめられているという。ある程度は真実だろうなと思います。

 「廃仏毀釈」というのは「明治維新」を象徴する言葉だそうです(TNはそれを意識したことはありませんでした)。「廃仏毀釈」運動で酷い文化財破壊行為があったということです。廃仏毀釈という言葉は知っていましたが、ここまで酷い仏教施設への無差別・無分別な攻撃・破壊活動があったことを始めて知りました。

 吉田松陰はテロリストの親玉でアジテータ、その弟子の高杉晋作や久坂玄瑞はテロリストというのがこの本で一貫している立場。長州のテロリストの大半が武家の倫理観とは縁遠い出自のもの。おまけに20歳前後の若造。京に集結した長州のテロリスト達がれっきとした武家ならあのような酷いテロは起きなかったと主張する。
 テロリストだったというの認められるかも知れないが、「れっきとした武家うんぬん・・・」にはついていけません。しかし、高杉に育てられた奇兵隊の生き残り達が戊申戦争で東北で繰り広げる残虐行為は目を覆うばかりです。

 「第五章二本松・会津の慟哭」は感動ものです。気持ちが悪くなる残虐行為が詳しく描かれます。日本人が直視しなければならない歴史です。ここだけでは心して読むべきです。「いつの時代も中央のために働かされてきた奥羽の宿命めいたものを感じ、ついつい東京電力の福島に対する犯罪ともいうべき事故にまで思をはせてしまうのである。」という著者の思いにはまったく同感です。

 あまり本筋とは関係のない話ですが、幕末の英雄「坂本龍馬」を長崎・グラバー商会の営業マンと軽蔑しきっています。今人気の五代友厚もグラバー商会を後ろ盾にしていたので、グラバー商会の日本に与えた影響というのが気になってきました。

 「松蔭の外交思想は北海道を開拓し、カムチャッカからオホーツク一帯を占拠し、琉球を日本領とし、朝鮮を属国とし、満州、台湾、フィリピンを領有すべきというものだった。その後、長州閥の帝国陸軍が松蔭の主張通りの侵略戦争を実施し、日本を滅ぼした。」というのがこの本の副題の意味でした。

 いろいろ考えながら読みました。司馬遼太郎の著作やNHK大河ドラマだけで日本史を知っているつもりになるのは危険だということだけは分かりました。



 



 

1980年代のケニア

 投稿日:2016年 2月 8日(月)17時20分40秒

   昨日、ケーブルテレビの日本映画専門チャンネルで『風に立つライオン』を放映した。前から観たかった映画なので録画しながら観た。原作者は「さだまさし」、まず歌があり、次に小説、そして映画。そんな作り方もありなんだと感心した覚えがある。
 小説『風に立つライオン』は、私たちが「さだまさし」が本を出していると知った最初の本で、読んでみるとよかったのでその後、「さだまさし」の本のほとんどを読んだ。
 映画のたぶん撮影中に、さだと主演の大沢たかおがケニアを訪ねるドキュメンタリー番組を観た。「さだ」がケニアはその時が初めてと知り芸術家の感性に吃驚、その時から映画でケニアをどう撮すのか楽しみにしていた。

 1980年代のケニアの話、TNがケニアに行ったのと同時期なので、どの景色も懐かしく美しかった。ただ、映像は綺麗すぎて、あの時代のケニアの貧しさが伝わってこないような物足りなさが残った。

 映画は素晴らしかったので原作をもう一度読んでみようと、早速、図書館で予約。




干ばつで家畜は痩せ、道路には死骸が多数




都会から離れると集落を結ぶのは埃っぽい悪路でした








映画ではマサイ族のダンスがありましたがトルカナ族のダンスです








マサイ族は何処で出逢ってもこんな装束でした




TNの調査地・キャンプ地で出逢った人達









 









 

いつか、あなたも

 投稿日:2016年 2月 1日(月)09時53分55秒

  『いつか、あなたも』
久坂部羊、実業之日本社、2014年9月

(実業之日本社 http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-53650-7
内容紹介:最期までこの人に寄り添う。
在宅医療専門クリニック看護師のわたし(中嶋享子)と新米医師の三沢、クリニック院長の一ノ瀬らが様々な患者本人と家族、病とその終焉、そして安楽死の問題にも向き合う。カルテに書かれることのない医療小説、六つの物語。


 久坂部の小説の中では書いた意図が一番分かりやすく素晴らしい本でした。この本を読んで、やっと、著者の人間性を理解出来たように感じています。

 久坂部は2001年から14年まで、在宅医療が専門のクリニックに非常勤医師として勤め、多くの患者を診察した経験がある。その経験をもとにした実話だという。むろんノンフィクションではなく小説(6短編)の形をとる。

 一看護師の視点から、その末期患者とその家族及び医療者による在宅での看取りに伴う切実な問題が詳細に描かれている。取り上げられた末期患者は、すい臓がん、重症アルツハイマー病、多発性骨髄腫、卵巣がん、統合失調症(疑)、ALS(筋委縮性側索硬化症)の6症例。

 老いと死は誰しも避けられない。病はしばしば無慈悲に襲い掛かる。生命の尊厳を最後まで守ろうとする患者・医療者双方の苦悩の姿が描かれる。

 死後処置で「綿をつめる」意味がよく分かった。

 老々介護の現実、告知はすべき?、家族の苦悩、出口の見えない精神疾患、ALSの痛みと安楽死、などなどどれも重たいが、「いつか、私も」どれかに直面したら逃げ出すわけにはいかない。しかし、何ができるのかと??

 「いつか、あなたも」必ず直面する病苦と死について書かれた本と思っていたら、作中では全然違う「のろいの言葉」だったので吃驚でした。





 

総理殉職

 投稿日:2016年 1月28日(木)08時26分34秒

  『総理殉職 ー四十日抗争で急逝した大平正芳ー』
杉田望著、大和書房、2008年

 どこの本屋のHPを覗いてもこの本の紹介は下の内容説明と著者紹介だけでした。

内容説明:前代未聞の政治危機を、命に代えて救った大平正芳は、個人よりも宏池会を、宏池会よりも自民党を、自民党よりも国家のことを考えていた。徹底した新取材による渾身の書き下ろし大作。

著者紹介:杉田望[スギタノゾム]
1943年、山形県に生まれる。早稲田大学文学部を中退。業界紙編集長、社長を務めた後、1988年に作家として独立。主に経済小説分野で旺盛な執筆活動を続ける(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



 現在に近い時代の政治家について書かれた本は滅多に読まないし、この本の著者についても全く知らないので、この本の内容が事実かどうかを判断する基準を持ち合わせていない。しかし、この本を読んで主人公の大平正芳だけではなく、池田勇人、田中角栄もやっぱり凄い人達だったと感じた。
 そして、岸信介、佐藤栄作、福田赳夫らの右より権威主義者(タカ派)たちを益々嫌いになった。むろん石原慎太郎などの青嵐会のやからも大嫌いだ。

 昔、三角大福、というフレーズがあった。三木、角栄、大平、福田の政権争いをさし、この本はその四人の権謀術数がよく描かれている。田中角栄と大平正芳は盟友関係にあり、二人は日中国交回復を成し遂げた最大の功労者だったという。TNが政治にまったく興味の無かった時代の話なのでかえって興味深く読めた。

 吉田茂、鳩山一郎、石橋湛山、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫、そして大平正芳までの政治の流れが少し理解出来た。そして、鈴木善幸というあまり目立たなかった人(?)がなぜ大平の後の総理に選ばれたのかが分かったように思う。

 総選挙後の首班指名選挙で、同じ自民党から大平、福田、ふたりが首班指名に立候補するという前代未聞の事態が起きる。時の総理は大平、首班指名選挙に大平は福田に負ける。福田や三木の思惑では、大平は退陣して政権を渡すだろうと見込んでいたのに、大平は解散総選挙を決断、衆参同時選挙に突入。
 選挙戦の最中、大平は心筋梗塞で亡くなる。総理殉職!そして自民党は衆参同時選挙に勝利する。





 

久坂部羊の虚栄

 投稿日:2016年 1月21日(木)09時30分19秒

  『虚栄』
久坂部 羊、KADOKAWA、2015年9月

(カドカワストアのHPより)
 凶悪化がん治療国家プロジェクト「G4」の発足に、外科医・雪野は期待を抱いた。手術、抗がん剤、放射線治療、免疫療法。四グループの邂逅は陰謀に満ちた覇権争いに発展。がん医療の最先端をサスペンスフルに描く。

 久坂部 羊:大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。作家・医師。2003年、小説『廃用身』でデビュー。小説に、『破裂』『無痛』『悪意』『芥川症』『いつか、あなたも』、エッセイに『大学病院のウラは墓場』『日本人の死に時』など、医療分野を中心に執筆。

(カドカワストアのHP 東えりかの書評からの抜粋)
・・・・・・。
 忌まわしい凶悪がんの対策のため、政府は「プロジェクトG4」という重要政策会議を立ち上げる。外科、内科、放射線科、免疫療法科の四方向からのアプローチをそれぞれ得意とする大学に振り分け、研究を競わせたのち、力を統合して総力戦によってこの病の克服を目指すという。
 手術で患部を切り取ってしまうのが一番という阪都大学、抗がん剤治療を得意とする東帝大学、放射線によって患部を粛清することで患者の負担を減らすという京御大学、副作用のない新しい治療法である免疫療法をアメリカから導入した慶陵大学。研究者たちはほかの大学より一歩でも先んじようと新しい研究に没頭する。
 しかし正攻法だけでは成功は手に入らない。政治家にすり寄る。機械メーカーや製薬会社と密約を結ぶ。時にはマスコミにスキャンダルをリークして大バッシングを繰り広げていく。医療小説の金字塔とも言われる山崎豊子『白い巨塔』の時代よりさらに非情になった医局のヒエラルキー。過激で残酷な権謀術数が繰り広げられていく。
 成功する者もあれば転落していく者もいる。ひとつひとつのエピソードはここ数年で明らかになった医療や科学関係の事故やねつ造などを彷彿とさせ、一般の人には見えてこない裏の駆け引きに「そうだったのか」と驚かされる。小説だとわかっていても戦慄を覚えるほどリアルだ。
 人の命を救うこと、それを目指して医者という職業を選んだはずだ。その意志を最後まで貫き通すことが出来るのか。がんという病気は果たしてなぜ存在するのか。大きな命題を私たちに突きつけてくる物語であった。



 久坂部羊の本は既に少なくとも5冊は読んでいる。どれも前半は面白い。話がどう展開するのかワクワクする。中頃になると話がもつれてきて読むのがつらくなる。最後は意味がよく分からないまま終わるか、あまりに常識的な結論になり面白くないと感じる、そんな読後感が続く。それでも、又、読んでしまう。久坂部は取りあえずTNが今、気になる作家です。
 名前は変えているが、大学は阪大、京大、東大、慶応を指すと分かるし、久坂部が大阪生まれなので茨木、高槻、千里中央などのTNの生活圏がよくでてくるのも興味の一つです。


 親しい大事な人が膵臓癌ステージ4で化学療法を受けているため癌の話は身につまされる。医学的なことの全てを理解したいと真剣に読みました。
 結論は癌はまだまだ解明されていないということでした。末期癌でも助かる人もいるが、初期癌で治癒できると思われていても死ぬ人がいる。その違いが何から来るのかは分からない。

 岸上律という放射線科教授は、「真ガン・偽ガン」説を主張する。真ガンならどんな治療をしても治らないし、偽ガンならなにもしなくても治るという。まさに慶応大学の講師だった近藤誠の「本物のガンとガンもどき」説そのものです。参考文献をみると近藤の著作がいっぱい載っています。久坂部は新聞や週刊誌の記事まで含めて全部読んで、かつ自分の医学的知識と照らし合わせてなおかつ、近藤説を否定すべき根拠は無いと考えているようです。小説では岸上は自分のガンを治療せず死んでいく。

 この本を読んで「手術による切除、化学治療、放射線治療、免疫治療」についての現状はおおよそ分かったような気がします。さて自分がガンを宣告されたら何を選ぶのでしょう。今は「何もしない」ことを選ぶと思っています。70歳を越えたので割り切れるだけかもしれません。

 蛇足 参考文献の新聞雑誌では朝日と読売が圧倒的に多い。医学的記事が大多数だが、STAP論文などの論文不正問題にもかなり興味をもったみたい。参考文献を詳しく公表している本は好きです。





 

さだまさしの自伝的小説

 投稿日:2016年 1月18日(月)09時49分56秒

   「さだまさし」の自伝的小説というのを2冊読んだ。自伝的の的というのはなんなのでしょう。自伝ではあるがフィクションもたくさん混じっていると言う意味でしょうか。本名があったり、仮名があったりでなにか中途半端で落ち着かない感じが嫌です。


『ちゃんぽん食べたかっ!』
著者:さだまさし、イラスト:おぐらひろかず
発行日:2015年5月30日、発行元:NHK出版

(ウィキペディア)
『ちゃんぽん食べたかっ!』は、さだまさしの小説。さだの自伝的小説で、2014年から長崎新聞や大分合同新聞などで連載され、2015年5月30日にNHK出版から単行本が刊行された。タイトルの「食べたか」は「食べたか?」という疑問形ではなく、長崎の方言で「食べたい」という意味である。

 既読感があって気になったのですが、発行が2015年なので読んでいるはずがないと最後まで読みました。
 『ちゃんぽん食べたかっ!』は私も最初は疑問文と思いました。
 「さだ」の文章は読みやすく、話の筋にもテンポがあり心地よく読めます。音楽、落語、作家と多彩な才能に恵まれた、誠実に生きている人なのだと感心します。
 それにして3歳8ヶ月からのことをよくも克明に覚えているものだと感嘆します。記憶力それとも想像力?

 最後まで既読感が消えなかったので、自伝的小説というのを記憶の中で探し、『精霊流し』を再読しました。


『精霊流し』(しょうろうながし)
さだまさし、幻冬舎、2001年

 3分の1ほど内容が『ちゃんぽん食べたかっ!』と被っています。こんな手法が許されるのか?っと呆れます。でも著者が同じだから盗作ではないのでしょうね。自伝「的」でフィクションの割合を少し変えてあるのでしょうか。

 『ちゃんぽん食べたかっ!』と被っていない内容は、随分前に読んだ本だったのですっかり忘れていて、それなりに面白く読みました。
 生と死を巡るいくつかの物語、どれも切ないけれど温かい。人と人との結びつきを大切にして丁寧に生きてきたのだなと感じられる。


(ウィキペディア)
さだまさしと精霊流し
 長崎市の人にとっては大変重要な行事であり、長崎出身の歌手さだまさしが聞いた話によれば、1945年(昭和20年)8月9日の長崎市への原子爆弾投下の際には、多くの人が被爆からわずか6日後にある精霊流しを思い、死んでしまったら誰が自分の精霊船を出してくれるのだろうかと気に懸けながら亡くなっていったという。
さだまさしは、自分の従兄の死に際して行われた精霊流しを題材にした「精霊流し」を作詞・作曲、1974年(昭和49年)にリリースした(グレープ2作目にして初ヒットにあたる)。曲は大ヒットに至ったが、「精霊流し」のヒットがしめやかなイメージを作り上げてしまったため、観光客が実際の精霊流しを目の当たりにして、あまりのにぎやかさに「歌と違う!」と驚くこともしばしばある。しかし、さだは歌詞の中で「精霊流しが華やかに」と書いており、グレープのファーストアルバム『わすれもの』でも、「精霊流し」のイントロ・アウトロ部分に歓声や鉦の音、爆竹の音を入れており、実際はにぎやかさも描いている。後述する「灯籠流し」などと結びついた一般的な行事の印象がいかに強いかを物語るエピソードとも言える。
なお実際の精霊流しを知らない人から精霊流しが「灯籠流し」であると誤解されていることもある(『さだまさし やさしさの風景』(1978年 白泉社)29頁など)。
さだ自身、2009年(平成21年)の暮れに父親を89歳で亡くしており、翌2010年(平成22年)に親族で精霊船を出した際には地元の各テレビ局が取材しネットワークを通じて全国に配信され、沿道からも多くの人が船を見送った。






 

研修医純情物語

 投稿日:2015年12月27日(日)11時27分32秒

  「窓際ドクター: 研修医純情物語」

川渕圭一、幻冬舎、 2013年、 237 ページ

 図書館で、研修医純情物語って前に読んだことがあるなと思いながら借りました。家で確かめると「研修医純情物語 先生と呼ばないで」を持っていました。読んだはずですが良かったのか悪かったのか内容をまったく思い出さない。
 ともかく「窓際ドクター」を読んでみました。「窓際ドクター」と呼ばれる訳ありベテランドクターと研修医との交流を描いたハートフルストーリーでした。
 本の前の方で、回復見込みのない肺がん患者に現状と今後の治療方針を説明する場面がある。研修医が抗がん剤治療やその副作用をくどくどと説明したあとに窓際ドクターが「なにも治療しないで、自然にまかせるという選択」もあることをつげ、患者がそれを実行する場面があった。今、親しい人が癌で苦しんでいるので身につまされて読んだ。
 患者の身になって医療を行えと主張するこの本が好きになり、最後まで気持ちよく読めた。

それで

「研修医純情物語―先生と呼ばないで 」
川渕圭一、主婦の友社、2002年

を読み直した。川渕圭一さんの自伝でした。創作も混じっているとは思うのですがたぶんほとんど事実を書いているのだろうと思います。

 大卒・パチプロ・引きこもりを経て医大を目指し研修医となった主人公が、大学病院のあり方に疑問や批判を感じつつ、1年間の研修医生活を書いた作品。

 すぐに「窓際ドクター」は川渕圭一自身を投影したものだったんだと理解する。

 ざっと読み直した後、著者の略歴を探すしたが分かったのは次のことだけ。
 1959年群馬県生まれ、高校卒業後、2浪して東京大学工学部入学。大学4年時、脳神経外科の勤務医の父親が、ホテル・ニュージャパン火災で帰らぬ人となる。東大大学院に進学するも、中退。パチプロ〜商社〜メーカーと転職後、1年間の引きこもり生活へ。その際、受診した精神科の医者に反発し、30歳で一念発起して半年間の勉強で京都大学医学部に合格。医学部卒業後、東京大学付属病院で4年間の研修医生活。その後についてはフリーの内科医で著作活動を継続中ということぐらいしか分からなかった。

 東大工学部、京大医学部に入れるというのはやっぱり凄いですよね。そんな頭の良さがあるからこそ、研修医時代に感じた大学病院での医療への疑問を持ち続ける頑固さ(?)が著作に向かわせたのだろうと思います。

 この本は、達志に皮膚移植をするために関西医大病院に入院していた頃を思い出し読むのが辛く嫌でした。腹立たしかった教授回診、頼りなかった研修医、無知で馬鹿だった看護婦長、救いは優しく親切だった2人の看護婦さんだけでした。だから前回は走り読みしただけだったのだと思います。今回は時を経てやや冷静に最後までじっくり読めました。

 ところで誰に読んで欲しくて書いているのでしょう。患者側は医者が患者の方を向かずにPCでデータばかりを眺めていることぐらいは昔から知っている。本当は医者が読んでくれたらよいのにと思うのですが。

 今頃、知ったのですが『37歳で医者になった僕〜研修医純情物語〜』として2012年にテレビドラマにもなったらしいです。


 「先生と呼ばないで」は今は、幻冬舎から出版されているようです。電子書籍になっていたり、最近の出版事情は理解不能です。










 

我慢ならない女

 投稿日:2015年11月27日(金)10時03分25秒

  『我慢ならない女』
桂望実、光文社、2014年

 先日、図書館でふっと手にした桂望実の本を読んだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今、読んでいる本  投稿者:TN&TN  投稿日:2015年11月16日(月)12時12分39秒

『WE LOVE ジジイ』
桂望実、文藝春秋、2009年

 著者は、「ガラスのハートをもつあるプロスポーツ選手に興味を持ち、この選手のような人を書きたいと考え、結果として、ガラスのハートをもつ、輪投げ名人の作品になりました」と書いている。著者の意図したテーマなんでしょうが、それが主テーマだとは思いませんでした。
 http://nozomi-katsura.jp/books/welovejijii.html

 読みながら思い浮かべていたのは前に読んだ『県庁の星』でした。心の温かい人達が連帯して地域を盛り上げていく、心地よいストーリーです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 そのあと『県庁の星』を読み直し、映画もみました。本の方がより現実的な話の展開になっていてよいと思いました。

 というような流れの中で、桂望実の本をもう少し読みたいと思って、手にしたのが『我慢ならない女』。

 面白く、一気に読めました。しかし、本の題名がなかなか覚えられなくて、何回も表紙で確認するはめに。なんで? いろいろ考えましたが、今は、TNの使う言葉ではないからかなと思っています。(「我慢ならない」は私にはでてこない、「我慢できない」となります。)

 いろいろもがきながら小説を書き続けるひろ江、そのひろ江を支えることを生きがいにする姪の明子。2人の関係をからめながら、女性作家の“業”を描いた小説。

 で、「我慢ならない女」は誰を指すのでしょう。癖の強い嫌みな女が多数でてきます。その全員を指しているのでしょうか。それでは本の主題がぼやけてしまうと感じます。
 TNの独断的解釈は、主人公を取り巻く不勉強、無知、軽薄なやからに「我慢ならない」と、もがく女(主人公)という意味なんだと。

 『県庁の星』とは随分異なるタッチでした。いろいろなテーマの話をしっかり表現できる実力のある作家なんだと思います。






 

今、読んでいる本

 投稿日:2015年11月16日(月)12時12分39秒

   最近は茨木市立中央図書館が改装のため休館中なので、中条図書館を利用しています。本棚の配置がまだよく分からないので、本を探すのがなんとなく億劫。それで当日に返却された本だけに目を通して借りる本を選択しています。結果としてあまり読書傾向のないでたらめな読書になっています。内容より装丁につられている気もします。



『後妻業』
黒川博行、文藝春秋、2014年

 この本を模倣したような事件があり、映画化も予定されている”いわば話題の本”なので借りました。
直木賞作家で文書は嫌みが無く読みやすい、しかし、現実の事件で話の筋を知っているような気がして、出だしを少し読んだだけで後は放棄しました。



『モリ−先生との火曜日』
ミッチ・アルボム(別宮貞徳 訳)、NHK出版、1998年

 既読ですがまた読みたくなりました。死について、家族について、老いの恐怖についてなどを自分のこととして考えることに・・・。深刻な問題をさらっととりあげています。どれも正解なんて出てくるはずがないのですが、逃げてばかりでは収まらないので、何度もまともに向き合わねばならない問題があるのだと改めて意識するきっかけになる本でした。
 本の内容などについては詳しい紹介があったので省略します。
  http://stonewashersjournal.com/2014/08/22/morieschwartz/



『地下の鳩』
西加奈子、文藝春秋、2011年

 直木賞作家、でも読むのははじめて。想像していたように暗ーい話、あまり好きではないテーマでしたが最後まで読みました。

   http://choshohyo.com/post-860/



『WE LOVE ジジイ』
桂望実、文藝春秋、2009年

 著者は、「ガラスのハートをもつあるプロスポーツ選手に興味を持ち、この選手のような人を書きたいと考え、結果として、ガラスのハートをもつ、輪投げ名人の作品になりました」と書いている。著者の意図したテーマなんでしょうが、それが主テーマだとは思いませんでした。
 http://nozomi-katsura.jp/books/welovejijii.html

 読みながら思い浮かべていたのは前に読んだ『県庁の星』でした。心の温かい人達が連帯して地域を盛り上げていく、心地よいストーリーです。












 

つながり

 投稿日:2015年11月 8日(日)10時57分33秒

  繋がり

 読書の楽しみの一つに、本から新たに得られた知見が既知の事柄と繋がって、その事柄への理解がより深くなることがある。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
脚本って?  投稿者:TN&TN  投稿日:2015年10月31日(土)06時27分46秒

「あさが来た」が面白いので、原案本「土佐堀川」(古川智映子著、潮文庫、2015)と関連本「五代友厚」(橋直樹、潮文庫、2015)を読んだ。本はどちらも面白かった。そしてテレビ・ドラマは、面白いエピソードを上手に生かしまるで実話のようにみせる見事なフィクションなんだと感心。

 「土佐堀川」で五代友厚が出てくるのは1場面だけ、それがドラマでは既に何回も五代が登場する。二人の接点を増やすと面白くなると感じそれをストーりーとしてまとめ上げる脚本家の感性というのは凄いなと思う。そして、脚本家大森美香ってどんな人なんだと興味が湧く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「土佐堀川」で広岡浅子が見込んだ若い女性を集めて勉強会をする話があり、特に期待していた人材として村岡花子と市川房枝の名前がでてきた。
 「アンのゆりかご」(村岡恵理著)に広岡浅子の名前があったはずと読み直した。文庫本の133頁から143頁に『女丈夫、広岡浅子』が紹介されていた。
 花子は浅子の勉強会が、文学者としての出発点になったことを「随筆 夏のおもいで」に書いている。また市川房枝を後の女性解放運動、婦人参政権獲得運動へと向かわせた根本には、広岡浅子との出会いがあったと「アンのゆりかご」では紹介している。

 浅子の魅力ある人柄が2冊の本から浮かんでくる。



 「五代友厚」(橋直樹、潮文庫、2015)は出だしから、1863年英国艦隊が薩摩の砲台や集成館を砲撃した時、五代が英国艦隊のユーリアラス号に乗り込む話がでてくる。そしてクーパー提督に「提督、おいは薩摩の前途ある若者たちを貴国に留学させたい」と頼む。
 この辺りまで読み、すぐに去年、カリフォルニアに行って知った、「カリフォルニアのぶどう王」としてその名をとどろかせた日本人長沢鼎(ながさわ・かなえ)の話が頭に浮かんだ。

 五代の夢は、大久保利通や小松帯刀の理解を得て、留学生派遣が1865年に実現し、引率者として留学生に付き添った。この本では留学生個々の話にはほとんど触れられていないが、長沢鼎などの多くの優秀な人材を育てることになった。

 五代は日本の将来に大きな影響を与える事業を企画した凄い人なんだと感嘆する。

 薩摩藩英国留学生記念館というのが去年の7月14日に、鹿児島県いちき串木野市に開館した。そこのHPには全留学生が紹介されていて、五代は単にその中の一人の扱いになっているだけ。

 薩摩藩が留学生を派遣したいきさつ、経緯などもっと調査して展示して欲しいなと思いました。

 

木皿ワールド

 投稿日:2015年10月12日(月)10時50分57秒

   茨木市立中央図書館が改装工事のため10月から1月は休館になったので、その間は中条図書館を利用することに。ここは茨木市立図書館の出発点、TNは小学生の時代からその変遷を見てきた懐かしい図書館。しかし何十年も利用していないので、まだ本の配置などがよく分からない。とりあえず「今日、返却された」本の中から借りる本を選んだ。


全く知らない著者・木皿 泉の
『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』が目についた。見なかったがテレビ・ドラマになっていたな、と。

 読み出すと面白くあっというまに読み終えた。登場人物全員が魅力的で、軽いタッチなのに「死ぬことの意味」といったしんどいテーマとも真正面に向き合っている。熱いのに爽やか、心地よい。



読後に色々調べた。

第11回本屋大賞 第2位
「啓文社イチおし大賞2013」小説部門大賞受賞作
王様のブランチ(TBS系列)BOOKアワード2013大賞受賞作


木皿 泉 (キザラ イズミ)
木皿泉は和泉務(いずみつとむ=通称:大福、1952年生)と妻鹿年季子(めがときこ=通称:かっぱ、)の夫婦による2人1組の脚本家である。夫婦脚本家。ドラマ「すいか」で向田邦子賞、「Q10」「しあわせのカタチ〜脚本家・木皿泉 創作の“世界”」で2年連続ギャラクシー賞優秀賞。他に「野ブタ。をプロデュース」等。著書『二度寝で番茶』など。

彼らを詳しく知るには
http://blogos.com/article/2873/?p=1 が良いと思う。


木皿が描く世界は「木皿ワールド」と呼ばれ、熱烈な支持者も多い。TNも好きになった。しばらくは木皿作品を探して読み続けます。




 

借金取りの王子

 投稿日:2015年10月 4日(日)10時44分55秒

  『借金取りの王子』
垣根涼介、新潮社、2007年

 始めて読む作家、図書館で偶々目につき借りた。
 本は面白かった。五話で構成されているが、表題になった三話目の
「借金取りの王子」が確かに一番面白かった。
 いろいろな職歴がある作家自身にも興味がわく。
 この作家の他の本も読みたくなった。

(ウィキペディア)垣根 涼介(かきね りょうすけ、1966年4月27日 - )
長崎県諫早市生まれ。長崎県立諫早高等学校、筑波大学第二学群人間学類卒。
大学卒業後リクルートに入社する。2年で退職し、1年間ブラブラしていた。次に就職した商社は3ヵ月で辞め、その次の旅行代理店には7年半勤務。
 賞金を狙って、昼間は会社で働き、家に帰ってから小説を書くという生活を2年続けた。そうして書き上げた初めての小説『午前三時のルースター』を公募ガイドで当時賞金の最高額のサントリーミステリー大賞に応募し、読者賞をダブル受賞する。これで会社を辞めて専業作家となる。2004年、『ワイルド・ソウル』で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞し、史上初の三冠受賞を成し遂げる。2005年には『君たちに明日はない』で山本周五郎賞を受賞した。


あらすじ
(垣根涼介のHP(?)から http://kakineryosuke.jp/book/4104750026.html
リストラ請負人村上真介シリーズ第二弾!
 この本の主人公・村上真介は、各企業のクビ切り面接官として面接者から罵られ、恨まれ、ときにはお茶をぶっかけられと、相変わらずトホホな日々を送っています。それにもめげず、懸命にクビ切り業務に邁進する日々であります。
 反面、プライベートでは、一年前に出来た八歳年上の彼女・陽子との中は順調です。時には喧嘩をしたり、彼女から小突かれたりもしていますけど、それでも二人の仲は基本的にはほぼ和気藹々と進展していっています。
 さて、今回のリストラ対象企業は、一話目がデパート、二話目が生命保険会社、三話目が消費者金融会社、そして四話目がホテルです。表題である『借金取りの王子』という題名は、この三話目の消費者金融勤めの主人公の渾名から取りました。自分で言うのもなんですが、大泣きに泣ける部分あり、笑える部分あり、と読みどころ満載です。実はゲラで再読しているときに私自身、不覚にも落涙してしまいました。滅多にこういう事はないのですがね。
 ところで最終話の五話目では、真介は社内的に新しい事業を立ち上げます。人材派遣業です。今までリストラしてきた有能な人材の受け皿としての意味もある事業ですから、は大いに乗り気です。そしてこの五話目では、陽子の勤める事務局に派遣社員を送り込む話です。さて、陽子は真介が紹介した女性派遣社員にどんな反応を示すのか……続きは本書でご覧下さい。




 

「ひさし」と「靖」

 投稿日:2015年 9月11日(金)09時15分49秒

   図書館で井上ひさしの本を4冊借りだしたつもりだった。家で(て)にこんな本があった。読む?と『わが母の記』を渡した。すると「井上靖? 珍しいね。」だって。ここでやっと「ひさし」でなく「靖」の本を間違って借りだしたことに気がついた。

 井上靖の本は『猟銃』、『闘牛』、『氷壁』、『あすなろ物語』、『風林火山』、『煌煌』などを昔、読んでいて好きな作家の1人だったが最近は全く読んでいない。懐かしくなり直ぐ読んだ。

 母親に「老耄」「耄碌」が始まった80歳から、亡くなる89歳までを書いた本だった。1975年発行なのでその頃には「認知症」という言葉はまだ無かったのでしょう。「惚ける」という言葉が一度だけでてきた。
 老いると老耄・耄碌がでてくるものだと、母親をとりまく息子、娘、孫、兄弟の誰もが悟っている感じがあり、「介護」の辛さをあえて強調せず淡々と書き進める筆致に暖かみを感じた。

 読みながらずっと我が母「はま」の「耄碌」ぶりを思いだし、靖の母の「耄碌」ぶりと対比していた。少なくとも「はま」さんは身内の名前は忘れなかったなと。

 亡き母を偲ぶきっかけになった本でした。

 

井上ひさし

 投稿日:2015年 9月 4日(金)21時30分34秒

  『井上ひさし伝』、桐原良光、白水社、2001年
『イソップ株式会社』、井上ひさし、中央公論新社、2005年
『四千万歩の男 忠敬の生き方』、
    井上ひさし、講談社、2000年

 前に読んだ『ひさし伝』、 笹沢信、新潮社、2012年
と『井上ひさし伝』に大きな違いは無い。前者は元山形新聞記者、後者は毎日新聞の記者、同じように井上ひさしに好意的な視点から井上の著作・人柄を丁寧に解説紹介している。違いは前者がより東北人である井上を愛しすぎていることぐらいかなと思う。この2冊で「井上ひさし」を読むための心構えはできたように思います。

 TNには、「井上ひさしは、ことば・文章、国語問題に造詣が深く、名文家、言葉遊びの達人として知られ、作風はユーモアとウィットに富む」というイメージができてしまった。『イソップ株式会社』はそれにぴったり当てはまった。素晴らしい童話でした。


 さて『四千万歩の男 忠敬の生き方』、これは予想以上に面白かった。昔から気になる日本人として意識していた「伊能忠敬」が主役だからしかたがありません。

 四千万歩の男(伊能忠敬)に関係する随筆、対談、架空対談がまとめられていて、井上ひさしの伊能忠敬観がよく表現されている本でした。

 名文家、言葉遊びの達人として知られる井上ひさしですが、くどいなと思うぐらい同じ表現をあちこちで何度も繰り返す。相手によっていろいろ言い方を変えるような空気を読む達人とかってに思っていたのにそうではないみたい。色々資料をあさり考えた末に選んだ言葉、文章は繰り返しになろうが恥じずに何度も使い回す「心臓にに毛の生えた厚かましい信念の人」ではないのかなと。言い換えると、きらびやかで苦吟することなくわき出てくるようにみえる井上の「言葉あそび」も実は徹底的な調査・吟味の結果なのだろうと思える、そうして私の井上ひさし観が少し変わった。

 忠敬の後半生の勉学は天文・暦への興味が出発点だという指摘は新鮮だった。そして冲方丁の『天地明察』を直ぐに想起した。井上ひさしが『天地明察』を書いたら?反対に冲方丁が『四千万歩の男』を書いたなら?と妄想がはてしなく拡がる。

 どうでもよいのかもしれないのですが、井上は伊能図の北海道など高緯度地域の「ゆがみ・ずれ」は、球面を平面で表す地図の図法のせいと理解した。しかし、私たち地磁気屋は地磁気偏角の補正をしなかったからだと理解している。井上のような地図大好き人間で資料あさりの名人でさえも専門的な論文の収集までは期待すべきでは無いと言うことかな???っと思いました。(伊能と同様に井上も、北=真北としか考えられなかったようですね。伊能は偏角(磁北が真北からずれる角度)を知っていたので、江戸で偏角を測定している。その時、偶々、江戸の偏角は0度だったので、日本中そうだろうと偏角補正をせず磁石の指す北を真北としたと言われている。)

 

天地明察と光圀伝


天地明察 茨木シネマクラブ(7月例会)

 投稿日:2015年 7月16日(木)17時03分30秒

  「天地明察」

製作年:2012年、配給:角川映画、松竹
上映時間:141分

監督:滝田洋二郎、原作:冲方丁

キャスト
岡田准一(安井算哲)、宮崎あおい(村瀬えん )
佐藤隆太(村瀬義益)、市川猿之助(関孝和 )
笹野高史(建部伝内)

解説(http://eiga.com/movie/56036/
 2010年第7回本屋大賞を受賞した冲方丁の小説を、「おくりびと」の滝田洋二郎監督が映画化。20年以上の歳月をかけて日本独自の太陰暦を作り上げていく天文暦学者・渋川春海の姿を描く。江戸時代前期、碁打ちとして徳川家に仕え、算術や星にも熱心な青年・安井算哲(後の渋川春海)は、4代将軍家綱の後見人で会津藩主・保科正之に目をかけられる。その頃の日本では、800年にわたり使われてきた中国の暦にずれが生じはじめており、算哲は保科から新たな暦を生み出すという一大計画の責任者に任命される。主演は「V6」の岡田准一。算哲の妻となるえん役に宮崎あおい。その他、中井貴一、松本幸四郎らが共演。


 面白かった!
 141分もある・・・、台風がきているので早目に帰りたいなっとあまり期待していなかった。映画、原作に何の予備知識もなくみた。いきなり綺麗な江戸の星空の画面がでてきて、あっという間に映画の世界に引き込まれていった。
 会津藩主の保科正之(松本幸四郎)の命を受け、北極出地の旅に出ることになる。算哲らの一行は全国各地をくまなく回り、北極星の高度を測り、その土地の緯度を計測するという作業を続ける。伊能忠敬が日本地図を作り上げる前に、幕府はこんな測量をしていたのだとただ吃驚。それも観測地と次の観測地の距離を歩測ではかり次の観測地の緯度を推定し実際の北極星高度から観測した緯度と合っているかどうかを競う、というような話まででてくる。なんか思わず笑ってしまうほど楽しかった。
 保科正之や水戸光圀らに見込まれ日本独自の暦をつくるというのがこの映画の主題。それはそれで興味がつきず最後まで全く退屈しなかった。
 和算家である『関 孝和』も重要な人物として描かれているが、史実とは違うらしい。まあお話として観るか、歴史として観るか、で評価は分かれるが、せっかく面白い話なので史実の積み重ねであってほしかったな!

 気に入ったので早速、原作を図書館に予約した。
 

Re:天地明察  茨木シネマクラブ

 投稿者:JF  投稿日:2015年 7月16日(木)18時54分37秒

   こんにちは。
 『天地明察』の原作,面白かったですよ。どこかで予告を
観たのですが,結局映画を観に行けなかったので,図書館で
借りました。読んですぐに二度読みしました。結局,これは
手元に置きたいなーと思って,買ってしまいましたが。
 こんな風に,結局映画を観に行けなくて原作を読んでしまうと,
(がっかりしたくなくて)DVD発売後にレンタルで借りようか
どうしようかと迷ってしまいます。「映画は映画,原作は原作」
と割り切って両方楽しめばいいのですが…。

 

ReRe: 天地明察 茨木シネマクラブ

 投稿日:2015年 7月17日(金)10時22分15秒

  JFさんへのお返事です。

<「映画は映画,原作は原作」
と割り切って両方楽しめばいいのですが…。>

この映画は楽しめます、しかし、もっと知りたいことが
いっぱいあってちょっと欲求不満が残ります。それで本を
読めば解決するのかなっと思ったのです。


(映画の感想の追加です)

最初の場面が藩邸の屋根の上で北極星の観察、北斗七星、天の川・・・・と星空
の美しさに感動でしたが、北極星の観察にこの物語の象徴的意味があったという
のはあとでわかること。そういう意味ではもう一度じっくり見たい映画です。

そして、日時計がでてきます。天体観測の機器が幾つも出てきます。本当に
これが江戸初期の道具と感嘆しますが、映画人が想像を働かせてつくった
偽物も混じっているのでしょうね。それでも興味はつきません。

『日本独自の数学「和算(わさん)」の問題を絵馬に描き、寺社に奉納した「算額(さんがく)」が注目を集めている。問題の水準の高さや装飾の美しさにひかれ、海外から見学に来る人も増加。「SANGAKU(サンガク)」はいま、世界の数学界の共通語になりつつある』とか、映画はこの絵馬を上手に使っていました。

『この安井算哲、天文学者としてだけでなく、数学者としても優れていたことで有名な人物。本作でも和算(西洋数学が導入される以前の日本で独自に発達していた数学)が得意な人物として描かれ、太陽や星の動きから1年=365.2417日という、かなり正確な数値を算出している。そんな算哲が使っていたのが、赤がプラス、黒がマイナスを示す「算木(さんぎ)」と呼ばれる棒状の計算道具。映画「天地明察」宣伝担当・水野さんはこの算木について「算木が映画の画面に映るのは和算史上初めてのことなんです。江戸時代当時の計算の様子はとても興味深いと思いますよ」』、この算木、どう使っているのか映画を観ただけでは理解出来なかったが、気になった道具の一つです。

また万歩計も、どうなってるの?? まだわかりません。

地球儀が出てきます。地球が丸いと知っていた、地動説にたっていた、このあたりの
日本の科学史も知りたいな!

北極出地の旅に一緒に出る「算術・天文暦学に優れた旗本・伊藤重孝(岸部一徳)、建部昌明(笹野高史)の存在感」が魅力的でした。
 そしてこの人達が磁気コンパスを知っていたら、1600年代の日本列島の偏角分布が
決まっていただろうな、と無い物ねだりです。

時代小説だという。こんなテーマで書いた小説を時代小説だとにげて
ほしくなかったなあ。時代小説と歴史小説の境界は曖昧らしいのですが。
 

天地明察

 投稿日:2015年 7月19日(日)22時54分41秒

  JFくんへ

 原作が手に入ったので早速読みました。

 当然のことながら映画は、原作をかなり変更しています。
許せないという程ではないのですが、完全に小説の方が説得力が
あります。
 小説を読んでいればあえて映画を観る必要はないようです。

映画は小説を読むきっかけになったと言う意味で、よくできた映画
だったのだと思います。

あらためてこの本で興味をひかれたこと
○囲碁棋士がこの時代にそれなりに優遇されていたこと。
○会津藩というのは最初から最後まで江戸幕府を護った律儀な藩だった。
○忠臣蔵でしか知らない山鹿素行のみかたが変わった。
○天文方など幕府は結構、専門家を登用したのだと感心。
○素朴で純真が取り柄と思っていた安井算哲が改暦の最後の勝負に
 でるころには、根回しも出来る政略家に成長(?)していた。

などなど

 

天地明察(余話)

 投稿日:2015年 7月30日(木)16時40分49秒

  今、(て)が文庫本で『天地明察』を読んでいます。

『お江の方と春日局』、植松三十里著、NHK出版
 を図書館で偶々みつけ借り出しました。

 読んでみて気づいたのは天地明察と同じ時代、で重なる登場人物
が気になって、また天地明察をパラパラと読み直しています。
重要な登場人物の会津藩主保科正之は2代将軍の子供だという、
『お江の方と春日局』にはお江は秀忠が妾を持つことを許さなかった
とある。家光と正之の関係が極めて良かったのは、お江が可愛がった
家光の弟忠長との関係の裏返しなのかなと思う。

 老中稲葉正則というのは春日局の孫・・・・・、などなど
2つの本をあわせて斜め読みすると結構おもしろい、とはまっています。
 

光圀伝

 投稿日:2015年 8月 9日(日)09時06分9秒

  『光圀伝』
冲方丁著、角川書店、2012年

 751頁もある大著、しかし面白いので一気に読める。
 水戸光圀だけではなく『天地明察』で描かれた重要人物が何人も登場する。安井算哲、保科正之、酒井忠清、山鹿素行など。安井、保科、酒井のイメージは『天地明察』と変わらないが山鹿素行はより詳しく描かれイメージが変わり興味深かった。宮本武蔵や沢庵和尚まででてくる。彼らをどう描くのかを期待し楽しみながら読めた。

 角川の光圀伝official website の宣伝文には「獣の宿命を背負った男−その名は光圀。まったく新しい”水戸黄門”像の誕生!」とある。生方は光圀を虎に喩える。対談で「虎って当時の日本にはいない動物なんです。中国の絵画などで存在自体は知られていたけど、ほぼ想像上の動物に等しい。光圀自身が日本人離れした存在ということで、虎のイメージを重ねて書いていきましたね。」と述べる。

 光圀は水戸藩徳川頼房の三男。優秀な兄・頼重がいた。だが父が後継ぎにしたのは光圀で、その「ねじれ」に光圀は苦しむ。その苦悩が学問・詩作に没頭させる。友や師を切望し、反動としての乱行も起こす。この「ねじれ」を物語の鍵として、著者は「光圀の大義」を解こうとする。

 大藩の世嗣の話、それで大義だなんだといったって自分勝手な理屈としか思えない私には著者の入れ込みにちょっと引いてしまうが、その時代にはそれが正論だったのかなと思わせる筆力があり「お話」として最後まで楽しんだ。

 著者の博識は本物のようだ。よく調べているなと感心する。
 しかし、ある書評に「天地明察では、『酒井は逝去した。享年五十七歳であった。』とある。ところが光圀伝P633に『享年五十八』と正しく書いている。こんな所にも著者の成長が見られる。刮目して見なければならない。」とあった。数字の間違いより歳のあるなしを指摘しているらしいが怖いですね公表するということは。

 冲方の本はまだ2冊目だが、優しく清々しいラブストーリー、友情物語を書く人だなと思う。光圀と泰姫のラブストーリーなどだが、それらが清涼剤になってこの長ったらしい重たい物語が最後まで読めたように思う。

 






 

笹川良一

 投稿日:2015年 5月 3日(日)11時54分27秒

  『悪名の棺 笹川良一伝』
工藤美代子、幻冬舎、2010年

 読みやすく一気に読みました。
 笹川良一は大阪府三島郡豊川村で生まれ、私の父も豊川村生まれなので昔から笹川良一の名前には馴染みがあった。しかし、右翼、競艇のもとじめ、ちょっと危ない人というイメージなのに、テレビなどでやさしいおじいさんのようなフリをしている変なやつと思っていました。

 本には、魅力あふれる偉人として描かれていて、へーそうなんだと吃驚することばかり。

 メザシを愛し、風呂の湯は桶の半分まで。贅沢を厭い、徹底した実利思考と天賦の才で財を成すも、福祉事業に邁進し残した財産は借金ばかり。家庭を顧みず、天下国家、世のために奔走。腹心の裏切り行為は素知らぬ顔でやり過ごし、“有名税”と笑って済ませた。仏壇には、関係した女の名が記された短冊を70以上並べ、終生、色恋に執心した。人生の後半はハンセン病の根絶に命を捧げた。

 川端康成とは小学校の同級生で終生その友情は続いたという。川端死後、笹川は自分の生家を訪れるときにはいつも、川端の生家と墓にも顔をだしたという。こんな話を知ると笹川や川端が小学生のころ何回も通ったであろう西国街道を歩いてみたくなり、茨木市宿河原から箕面市小野原西まで歩いてきた。で、西国街道の風景なども入れてこの本の読後感をしっかり書くつもりだったのですが・・・。

 工藤美代子の本は初めてなのでどんな人?と調べてみると、一時「新しい歴史教科書をつくる会副会長」を務めていたとか、2009年に産経新聞出版から上梓した『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』では、関東大震災での“朝鮮人虐殺”などなかった、混乱に乗じた皇太子(後の昭和天皇)暗殺を阻止するために行なわれた治安維持活動だった、としているとか、どうもTNは好きになれそうもない思考法の人のよう。

 こんな時、本は本と割り切れればよいのですが、いつもひっかかります。








 

『まほろ駅前狂想曲』

 投稿日:2015年 4月20日(月)08時51分24秒

  『まほろ駅前狂想曲』
三浦しをん、文藝春秋、2013年

 『舟を編む』が良かったので、三浦しをんの本を集中的に読んでいる。『仏果を得ず』、『むかしのはなし』、『まほろ駅前多田便利軒』、『本屋さんで待ち合わせ』、『格闘する物に○』、『私が語りはじめた彼は』を読み、『まほろ駅前狂想曲』にたどりついた。
 どれも面白くないことはなく最後まで読めたのだが、なにか三浦しをんの世界観というのか思考法についていけないじれったさがいつもあった。そして『まほろ駅前狂想曲』になってはじめてなんの違和感もなく、すーっと最後まで読んだ。なんなんだろう?この本も三浦しをんらしい思考法の不思議な本なのだが、こちらが慣れてしまって違和感をもたなくなってしまったからなのかな???まだまだ私にとっては不思議感のある作家です。
 
 

舟を編む

 投稿日:2015年 4月 1日(水)09時55分1秒

  『舟を編む』
三浦しをん、光文社文庫、2015年3月20日

 映画がよかったので原作も読みたいと思っていた。文庫本になったので早速買って読みました。期待通りでした。
-------------------------------------------
Wikipediaより
概要
 「玄武書房」に勤める変人編集部員・馬締光也が、新しく刊行する辞書『大渡海』の編纂メンバーとして辞書編集部に迎えられ、個性豊かな編集者たちが辞書の世界に没頭していく姿を描いた作品。「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という意味でこの書名が付いている。執筆にあたって、岩波書店および小学館の辞書編集部の取材を行なっている。

主人公は
 馬締 光也(まじめ みつや)玄武書房辞書編集部員。27歳。大学院で言語学を専攻したのち入社して3年目。入社当初は第一営業部に配属されるが、対人コミュニケーション能力の低さから厄介者扱いを受けていた。しかし言語学専攻のキャリアと言語感覚の鋭敏さを荒木に認められて辞書編集部にヘッドハンティングされ、辞書作りに没頭していく。「早雲荘」という下宿に学生時代から住み続けており、下宿をまるまる自らの蔵書で埋め尽くしている。皮肉が通じず他人の言うことを額面通りに受け取るなど、アスペルガー症候群の特性とみられるような言動をとることがある。13年後は主任に昇進し、『大渡海』編集を取り仕切る責任者となっている。「馬締」姓は実在する苗字であり、全国に10世帯ほど存する。作中では「両親は和歌山出身」と語っている。
 林 香具矢(はやし かぐや)馬締が暮らす下宿「早雲荘」の大家の孫娘で、板前ま見習い。板前の修行のためにかつて交際相手と別れた経験を持つ。馬締のよき理解者であり、その後結婚する。13年後は自らの小料理屋を開店している

 女性ファッション雑誌『CLASSY.』に2009年11月号から2011年7月号にかけて連載され、 2011年9月16日に単行本が刊行された。2012年、本屋大賞を受賞。

 2013年、石井裕也監督、松田龍平主演で映画化された。
----------------------------------------------------


 佐々木健一の『辞書になった男』を興味深く読んだ後なので辞書に関わるいろいろが面白かった。
 馬締が香具矢に出逢い恋に落ち、新明解国語辞典の【恋愛】を引いて悩む場面などクスッときます。用例採集の場面が何度か出てきますが、その都度145万例を集め新しい言葉も積極的に辞書に載せたという見坊豪紀を思ってしまいます。著者も意識しているのかなと参考文献をみた。見坊はみあたらないが、松井栄一の『出逢った日本語50万語』があげられていた。見坊と松井は用例採集で互いを尊敬する間柄だったそうだから松井がモデルかな?
 【下駄箱】は死語で今は【靴箱】というという話があった。(た)は吃驚、(て)はそうだよだって。早速、辞書をひく。新明解は下駄箱も靴箱もない。大辞林と広辞苑は下駄箱だけ。靴箱は?

 馬締の香具矢への恋文の全文が巻末にありました。これを映画では巻紙に毛筆で書いたことにしていましたが誰かも書いていたようにそれは無理な設定です。

 ビデオをみました。本を読むと大抵映画は物足りないのですが、これはうまくつくってあるなと思いました。本と違う場面もいくつかありますが全部許せる範囲内でした。




 

Re: 舟を編む

 投稿者:JF  投稿日:2015年 4月 1日(水)12時16分34秒

   こんにちは。

 私も『舟を編む』はとても好きです。(先日,ほぼまっさらな
単行本をようやく108円で購入しました。) 全く知らなかった
辞書作りの世界も大変興味深かったのですが,言葉に関する感覚
みたいなところがとても面白くて,初回はうんうんと思わず首を
振りながら読んだような気がします。映画化されているのは知って
いましたが,原作を先に読んでしまったので(観るかどうか)
迷っていました。「許せる範囲内」ということであれば,今度
観てみようと思います。

 ひとつ気に入ると,その著者の本をいくつも読んでみたく
なりますね。でも,小説って買い出すときりがないので,図書館で
借りて読んでみて,「手元に置きたい」と思うものだけ(文庫本
で)購入するようにしています。それでも,だんだん増えてきて
しまって,我が家はかなり重たい2階になりつつあります。


 

ReRe: 舟を編む

 投稿日:2015年 4月 1日(水)17時31分7秒

  JFさんへのお返事です。

敦賀気比が優勝しました。福井県初!で嬉しいのですが
 京都出身ばかりなので・・・今時の野球校ではしかたがないのかな。

>
>  ひとつ気に入ると,その著者の本をいくつも読んでみたく
> なりますね。でも,小説って買い出すときりがないので,図書館で
> 借りて読んでみて,「手元に置きたい」と思うものだけ(文庫本
> で)購入するようにしています。それでも,だんだん増えてきて
> しまって,我が家はかなり重たい2階になりつつあります。
>
 三浦しをんは『舟を編む』が初めてでした。よかったので
早速、『まほろ駅前多田便利軒』、『仏果を得ず』を読みました。
つぎは『むかしのはなし』を読むつもりです。
 『まほろ駅前多田便利軒』はちょっと読みづらかったのですが、
『仏果を得ず』は面白くて一気読みでした。なにに惹かれるのか
まだ整理ができませんが、しばらくのめり込みそうです。、

 

神様のカルテ 0

 投稿日:2015年 3月 7日(土)10時10分3秒

  『神様のカルテ 0』
  夏川草介、小学館、2015年3月1日

http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784093864046

新たな『神様のカルテ』はここから始まる。
シリーズ300万部突破のベストセラー『神様のカルテ』にまつわる人々の前日譚であり、かつ珠玉の短編集です。栗原一止は、信州にある24時間365日営業の本庄病院で働く内科医です。本作では、医師国家試験直前の一止とその仲間たちの友情、本庄病院の内科部長・板垣(大狸)先生と敵対する事務長・金山弁二の不思議な交流、研修医となり本庄病院で働くことになった一止の医師としての葛藤と、山岳写真家である一止の妻・榛名の信念が描かれます。ますます深度を増す「神カル」ワールドをお楽しみください。



 最近、新田・藤原一家の本ばかり読んでいた。少し飽きてきたので気分転換しようかなと思った時、『神様のカルテ 0』新発売の広告がでた。早速、購入、読了。

 「0」を「1」の前という意味で使うのはどうも好きになれないがJRの駅にも「0番線」というのがあるのだから誤用でもないのかな。

 内容は上の小学館の広告文の通りのもので、この本を読むと『神様のカルテ』シリーズの主要登場人物(栗原一止、榛名、進藤達也、砂山次郎など)の人柄がより鮮明にイメージできるようになる。ほとんどが1,2,3で思い描いてきたイメージ通りなので意外性がなく少し物足りないような気もする。ただし、榛名はいままでTNが持っていたイメージよりも遙かに「強い芯のある人」という感じ、映画で演じる宮崎あおいは優しすぎるのではとふと思う。

 『神様のカルテ』の題名(タイトル)の由来をいろいろ想像していた。映画には映画なりの解釈が提示されていたがなにかしっくりこなかった。やっと著者がその由来を明示した。

「人間にはな、神様のカルテって」もんがあるんだ」
 唐突なその声に一止は顔をあげる。
「なんですか?」
 冗談かと思ったが、大狸先生はあくまで泰然たる態度だ。
「神様がそれぞれの人間に書いたカルテってもんがある。俺たち医者はその神様のカルテをなぞっているだけの存在なんだ」
 声もなく見返す一止に、大狸先生は静かに続ける。

 そのあとも大狸先生と一止とのやりとりが続き
「大切なことはな、栗ちゃん。命に対して傲慢にならねえことだ。命の形を作りかえることはできねえ。限られた命の中で何ができるかを真剣に考えることだ」で締めくくる。

 この本のシリーズを通してのモチーフになっている。良い題名だと思う、「神様のカルテ」は。

 でてきた日本酒は「秋鹿」と「信濃鶴」だけ。どちらも大好きです。
 

似たもの夫婦

 投稿日:2015年 2月 3日(火)11時08分6秒

   2月2日は「夫婦の日」というらしい。むろん語呂合わせ。
 関連して「よい夫婦の日 4月22日」、「いい夫婦の日 11月22日」、「夫婦の日 毎月22日」などがある。といってなにか変わったことがあるわけもないが、私たちは似たもの夫婦だなと思う出来事があった。
 (て)は保健師仲間とNPO「スマートらいふネット」を立ち上げ、大阪府と大阪市の委託を受けたHIV検査業務を分担している。日曜日(1日)の検査を受けた人と「スマートらいふネット」の間にトラブルがあり、その後始末に関しての大阪市の係長とのやりとりで頭にきて怒っている(て)をみていると、この人はTNと全く同じ感覚で怒りを爆発させるのだと妙に安心するとともに、気持ちが分かりすぎて可哀想になります。しかし、馬鹿どもは無視しろ相手になるなと励ますしかない。正義感が強く、気が小さいくせに妥協はしない、まったくよく似た夫婦です。

 たまたま藤原てい著「わが夫 新田次郎」(新潮社、1,981年)を読んだ。この作家夫婦は、お互いを必要としているのに喧嘩ばかりしている。でもどちらも変わり者で似たもの夫婦だと好感を持った。
 藤原ていが、新田次郎と結婚してから夫と死別するまでの回想記である。娘の藤原咲子が「父への恋文」(山と渓谷社、2,001年)を書いている。2冊併せて読むと面白い。母娘で同じことをまったく違う感覚でとらえていることがあり興味深い。

 満州からの引き上げの過酷な旅で体をこわし藤原ていは心身ともに大きな痛手をうけ病床につく。一方娘は引き上げの際の栄養失調や病気の母に全くかまってもらえなかったことから言語の発達がかなり遅れそだつ。病床の母をこわごわ眺めながらも、大好きな父が母が死んだら悲しむだろう、と父のことのみを思う。
 ていは自分の体調がもう元に戻らないと覚悟し、遺書として大学ノートに引き揚げの記録を残した。そしてそれが、『流れる星は生きている』という本になり、その後ベストセラーとなる。
 『流れる星は生きている』を咲子は中学生になる少し前に読み、「咲子はまだ生きている。咲子がまだ生きている。でも咲子が生きていることは必ずしも幸福とは思えない・・・・・・。背中の子を犠牲にして、2人の子、正広、正彦を生かすことが・・・・」という文書を見つけてしまう。この数行の文を読んだ後の絶望感は母への不信感となり、父への遺書を残し自殺へ突き進む。父の懸命のケアで立ち直るが、母を批判的に見ているのがよくわかる「父への恋文」であり、父が母を優先することにさえ不満をもらす。
 「わが夫 新田次郎」では「自家製の恋人」の章に新田次郎が咲子を恋人のように溺愛する様子を描いている。溺愛ぶりを心配し娘の縁談を強引に進める母という構図が、娘のいないTNにとっては興味深い。

 その他にも多数のエピソードが書かれていて楽しかった。そして彼らも似たもの夫婦なのだと感じられた。

 藤原ていは今、90歳をはるかに越え、認知症でもう表には出てこない。藤原咲子の「母への詫び状」も読んでみたいなと思っている。
 

母への詫び状

 投稿者:TN&TN  投稿日:2015年 2月 8日(日)15時21分14秒

  『母への詫び状』 藤原咲子著、山と渓谷社、2,005年

 この本の書評としては下のもので十分だとは思う。

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011072700753.html

 新田次郎と藤原ていの長女が赤裸々に綴(つづ)った半生記。中国東北部で終戦を迎え、母は生まれたばかりの著者を背負い、二人の男児の手をひき、北緯38度線を越え帰国した。引き揚げの壮絶な体験記「流れる星は生きている」は、幼子を守り抜いた母親の強靭(きょうじん)な精神と愛情を記したとしてベストセラーになった。
 しかしこの本を12歳のときに読んだ著者は、衝撃を受ける。「背中の咲子を犠牲にして二人の兄を生かす」の表現などから、「私は愛されていなかった」と母への不信感を募らせる。
 先年、同書の初版本を偶然書庫で見つけ、著者に宛(あ)てた「ほんとうによく大きくなってくれました」の母の温かい言葉に、凍えた心は一気に溶けた。今は認知症に侵された母に著者は絶叫する。「逝ってはダメ。やっと戻ってきた咲子だよ。もう少しそばにいたいの」。母との確執を克服するまでの魂の軌跡は、読む者を浄化するだろう。
 [評者]多賀幹子(フリージャーナリスト)


 『父への恋文』(藤原咲子、山と渓谷社。2,001年)と『わが夫 新田次郎』(藤原てい、新潮社、1,981年)を読んだ今、『父への恋文』から4年しか経たない間に、母との確執を克服したとする本筋の話以外にも気になることがいくつかある。

1.藤原ていは『流れる星は生きている』の出版や映画化に際し、新田次郎は貧乏生活を抜け出すために渋々賛成したと書く。本の内容についての新田次郎の役割には夫婦共に一切触れていない。だが、その本を再読した咲子は新田次郎がこの本の構成を手伝ったとすぐに確信する。少なくとも編集者の役割を果たしていたと。そしてあとがきを読み、母が母の日記をもとに書き上げ、事実をもとにした一編の創作であり、小説として書かれたのだと、やっと納得する。それまでに40年以上の年月が必要だった。

 母と咲子の関係が主題の本なのにどんな場面でも父・新田次郎がでてくる。『父への恋文 2』でもよかったような。

2.咲子の結婚生活が気になる。「私は、いくつかの恋をして、同数の失恋をして、結婚をして、その結婚にも失敗して、何十年と経た現在振り替える、何ひとつとして確かなものが手に握られていないことに愕然とする。」と書いている。
 咲子が大学4年生で失恋した時、ていが無理矢理結婚話をすすめる。そのまま押し切られ結婚し子供もできた。しかし、夫を理解出来ず悩む。そんな時、「無理をしなくてもいいよ、父」というメモをみる。その時、すでに精神的、肉体的限界に達し、体重は激減していた。(多分この時に離婚し:これはTNのかってな想像でした)実家の近くの吉祥寺に移り住む。新田次郎は娘を気遣い頻繁に娘の家を訪れている。メモを残した2年後新田次郎は心筋梗塞で逝った。
 咲子が『父への恋文』をようやく出版できたのは父の死後20年経ってからだった。

 WEBでも色々調べたが、咲子の夫や子供がどうなっているのか不明のまま。『わが夫 新田次郎』には、吉祥寺の娘の家を買ったのは藤原ていで、「昭和53年春、私たちは又自宅の近くに家を買った。それも大きな借金をかかえ込んで。」と書いている。そこへ娘一家を横浜から呼び寄せた。新田を喜ばすために。新田は毎日、散歩の帰途必ずそこにより、5歳と2歳の孫に昔話を一席話したという。ていが娘の夫への悩みを知っていたのかどうかは不明。

3.父が捕虜収容所に送られたため、母は数多くの死体が横たわる中、一人で幼い二人の兄の手を引き、生まれたばかりの咲子をリュックの中に隠して、命からがら引き揚げ船に乗り込んだという。咲子や二人の兄、それぞれがその時の恐怖を異なる形で記憶している。
 咲子は、ほどけかけたリュックの隙間から見えた北極星を覚えていて北極星を見るのが恐怖だった。リュックの白いひもがトラウマとなり、運動会のゴールの白いテープの前で立ちすくむ。
 次兄・正彦は、今も川を渡らないし泳がない、という。
 長兄・正広は、新田の死後、次兄から旧満州への旅が発案された時、「そういう感覚が俺にはわからない・・・・」と憮然とした表情で吐くように言ったという。

 親たちにもむろん苦しい記憶がある。ていは、「この三人の子供達に私たち夫婦は、引きあげのことは、ひとことも話してやらなかった。いつの間にかそのことは禁句になってしまっていた。心の底流には、いつもそれを持ちながらも、その傷痕はあまりに深すぎて、日常の平和な生活の中で、心して黙殺していたのである。」と書いている。

4.藤原てい、なかなかの人だと思う。最初は料理が下手でちょっとがさつい人のような感じをもったのだが、男性的な決断力、行動力があり夫を深く愛した素晴らしい女性のようだ。
 凄い女性だなと感じたのは、例えばまとまった収入を得たときさっと家が買える決断力。また、夫の死後、その遺志を尊重するためとはいえ、スイスに出かけアイガー・ユングフラウ・メンヒが一望できるクライネ・シャディックに遺品を埋める。その時、記念碑を建てると決意しスイス政府と3年がかりの交渉の後に実現する。(そんな事情を知っていたら先年スイスに行ったときに訪れておきたかったと悔やまれる。私たちはその周辺の花に気をとられ時間ぎれで新田次郎記念碑はパスしていた。)
 また私財を全て投げだすつもりで文芸家協会に新田文学賞を設立を願う。文部省の許可も得た。新田次郎への思慕の深さに圧倒される。

 その人が何故娘の深い心の傷を感じることができなかったのだろう?

 藤原(新田)一家はそれぞれが『流れる星は生きている』の体験を原点として、精一杯生きたし生きている。もう少し彼や彼女たちの本を読みその生き様を見てみようと思う。

 

藤原正彦と美子の本

 投稿者:TN&TN  投稿日:2015年 2月14日(土)19時57分58秒

  『ヒコベエ』藤原正彦、新潮文庫、2014年
『夫の悪夢』藤原美子、文春文庫、2012年

 藤原正彦は新田次郎・藤原ていの次男、美子は正彦の妻。

(新潮社の広告文)
『国家の品格』の著者が初めて綴った自伝的小説。卑怯者は許さないぞ!

 満州で戦禍に巻きこまれ、命からがら日本へ引き揚げてきたヒコベエ一家は、信州諏訪に身を寄せる。なだらかな稜線を描く山や緑深い自然に囲まれ、ヒコベエは腕白坊主に成長する。やがて一家に訪れた転機。母の小説がベストセラーになり、父も作家の道を歩み始め……。貧しくとも家族は支え合い励まし合って暮していた。日本そして日本人が懸命に生きた昭和20年代を描く自伝的長編。


 藤原正彦は昭和18年生まれなので(た)と同じ学年、同じ時代を生きてきたので共感できることも多いだろうとは思っても、『国家の品格』という言葉は好きになれないし第4回正論新風賞の受賞などから何となく安倍首相のお友達風の愛国者的臭いがして(国家を気楽に論じる人たちへのTNの嫌悪感?)今までは読む気にはならなかったが、新田次郎・藤原ていのことをもっと知りたいと読んでみた。

 『流れる星は生きている』後の約10年間のことが書かれているのだが、幼い頃のことをどうしてそんなに詳しく覚えているのだ!と感嘆。ずば抜けた記憶力?父や母から何回も昔話を聞かされてきた?父や母が書いた小説や随筆から記憶が蘇る?それとも創作?

 気になったのは『流れる星は生きている』が出版されるまでのいきさつや吉祥寺に土地を買い家を建てる時の話、藤原ていの『わが夫 新田次郎』を読み推測したことと随分違う。正彦が当時、すべてを理解しそれを今まで記憶しているはずがないので、両親のどちらかに聞いた話なのだろうけど・・・・・。どちらが正しいのか知らないが小説家というのは平気でウソを創作しまるでノンフィクションのごとく書くことが出来る人達なんだと理解すべきなのかな(?)。

 藤原咲子の本で、正彦は頭が良く独特の思考法で人を煙に巻く賑やかな人というイメージがあったが、今回の2冊を読んでもそのイメージは変わらない。成績も良いガキ大将として小学校生活をおくる。ガキ大将と子分達、弱い物いじめといった話がとくとくと描かれているが、ガキ大将になったこともいじめられた経験もない(た)には別世界の話。でもまあそれなりに楽しめました。

 藤原咲平は大変な愛国者だった。両親(次郎・てい)は、自国が勝つために全力を尽くすのは当然の義務と思っていた。・・・・時の権力者GHQにすり寄ろうとする人々には我慢がならなかった。また新田次郎はソ連が大嫌いでロシア人を露助(ロスケ)と蔑称し、武士は損をしてでも義を尊ぶと武士道精神を絶えず説く。このような文章や本全体のトーンから、新田次郎やその尊敬する父に教育された正彦は、ソ連は許せないがアメリカは許せる保守的な愛国者なのだろうなと思う。
 しかし、藤原ていは戦争については彼らとはまったく異なる考え方をする。朝鮮戦争が始まった時、新田次郎はソ連がそそのかしたから戦争が始まったと主張したが「てい」は、朝鮮を南北に分けたアメリカも悪いという。そして38度線を越えての逃避行の時、助けてくれた朝鮮人のお婆さんことを本気で心配する。『夫の悪夢』で「てい」は美子に「いま戦争が起きたらどうするか」と問い、「美子さん、正彦をどんなことがあっても戦地に送ってはいけないですよ。その時には私が正彦の左腕をばっさり切り落としますからね。手が不自由になれば、招集されることはありません。右手さえあれば何とか生きていけますから」と言ったということが紹介されている。凄い覚悟だなと圧倒される。

 『夫の悪夢』は短い随筆が集められていて「夫の悪夢」は巻頭にある。武士道を唱え天下国家を語る立派な夫に実はこんな臆病なところがあると暴露し茶化した随筆。沖縄のダイビングスクールに無理矢理つれていった。臆病な夫は緊張のあまり疲労困憊、そして夜は悪夢にうなされていたと。
 藤原咲子が、「次兄・正彦は、今も川を渡らないし泳がない」、と書いていたのでこれは残酷物語だなと思いました。『ヒコベエ』に、生まれて知った自分の弱点として、母の故郷で遊び仲間に川に誘われ、「一歩も足が進まない。恐怖心ばかりがこみ上げてくる。・・・・・」と。

 藤原一家の周りにはなんと有名人が多いのだと感心してしまいます。初めはへーそうなんだという感じで読めるのですが、有名人好きがだんだん鼻につき嫌になります。

 でもミーハーな好奇心から「映画狂想曲T」「映画狂想曲U」「剱岳試写会」は興味深く読み、録画していた映画『剱岳 点の記』まで見てしまいました。『剱岳 点の記』は新田次郎の小説、それを木村大作が映画化した。版権をもつ正彦と木村監督とのやり取り、そして美子が古田(役所広司)の妻役で出演し正彦・美子の息子三人がエクストラで出演した顛末記。そしてその試写会に皇太子まで引きずり出したいきさつが書かれていて面白かった。出演者として前の方に美子や息子三人の名前が出て、最後に版権者の新田次郎の二人の息子の名前、そして原作者の新田次郎の名前が。映画のクレジットというのはここまで関係者をリストアップするのだと初めて知りました。

 『ヒコベエ』も『夫の悪夢』も著者の自慢話が若干鼻につきます。これも又似たもの夫婦だと思います。『夫の悪夢』は文庫本のエッセイ集でこれだけ写真の多い本は初めて、美子が美人だからなのでしょうが・・・・、ブス夫婦のひがみか。

(文芸春秋BOOKのHPより)
著者は、『国家の品格』で世に広く知られた藤原正彦教授夫人。新田次郎・藤原てい夫妻の次男の嫁でもあります。大学院や大学で学ぶ3人の息子さんたちはいずれもイケメン揃い。そこに、ユニークなご主人が加わり、藤原家はいつも楽しそうです。義父母から教わったこと、英国での思い出などがユーモアと品格ある文章で綴られた極上のエッセイ集です。果たして「夫の品格」は如何に。





 

流れる星は生きている

 投稿者:TN&TN  投稿日:2015年 2月19日(木)09時15分6秒

  『流れる星は生きている』
  藤原てい、中央公論社、1984年

 重たくてしんどいと分かっているので中々手にできなかったが、新田次郎・藤原ていを知るためにはこの本が原点なので思い切って読み出した。一気に読むのはしんどくて三日かけて読了。

 3人の子どもを連れて、満州(中国東北部)から引き揚げ、朝鮮半島の38度線を越え、釜山から引き揚げ船にのり博多へ、そして故郷の長野県諏訪地方へ帰りつくまでの壮絶な行程の記録です。

 新田次郎は、新京の南端にある南嶺(なんれい)の観象台(気象台)に勤務。1945年8月9日の夜、夫は、まだ仕事があると新京に残り、ていは3人の子どもを連れ引き上げの旅に。長男の正広は6歳、次男の正彦は3歳、長女の咲子は生後1か月。
 ていらは「観象台疎開団」と自らを名づけ、汽車の中では、集団行動を取る。北朝鮮北部の宣川で列車を降ろされ、宣川農学校の校舎に収容され、そこで、8月15日の終戦を迎えた。
 8月18日の夜、新田を含む8名の男たちが家族に合流。その後、8月中に、38度線を境に交通が遮断され、平壌以南へは列車が行かないという連絡がもたらされる。
 10月、18歳から40歳までの日本人男子が汽車で平壌へ送られることになる。新田はシベリヤへ送られることも予想していた。
 10月28日に、新田は汽車で旅立つ。1月、日本人学校が開校。
 2月に入ると、日本人の男たちが引き揚げて来るようになるが、ほとんどが死ぬために帰って来たようなもの。正彦が肺炎に。 新田が、八路軍の雑役夫に雇われ、発疹チフスにかかって八路軍の病院に入院したと聞く。
 5月15日、日本人解放のニュースが入り、配給の米が停止された。日本人の中でも、貧富の差ができ、お金がなくなる日本人も出てきた。連日、日本人会本部に各団体の団長、副団長が集まり、朝鮮の地図を開いて、引き揚げ計画を話しあった。しかし、裕福な団体は、案内人を雇うなどして、独自に出発していき各団体が浮き足立つ。
 観象台疎開団から、子どもがいない身軽な人など12名が脱退。残留組は18名となり、ていは副団長。8月1日に、平壌へ向かう汽車に乗る。平壌に着き三日目に、そこからまた、貨車で新幕まで移動。貨車を降り、壮絶な行軍が始まる。ていは、3人の幼子を連れ、ときに、2日2晩も眠らず、移動を続ける。力尽きて倒れる人もあり、牛車を雇ったりしながら、歩き続ける。赤土の泥にまみれて歩き、川を徒歩で渡り、38度線を越えればアメリカ軍がいると聞いていた。
 38度線に着くと、ソ連兵が何やら相談をした後、遮断機を開けてくれた。8月11日の早朝、てい親子は、アメリカ軍のトラックに保護され、テントに収容される。
 貨車で釜山まで運ばれ、引き揚げ船に乗り博多に着きますが、下船許可が下りず、船の中で死ぬ子どもたちもたくさんいた。
 昭和21年(1946年)9月12日、ようやく博多に上陸したていは、引き揚げ証明書を交付される。毛布、子ども服、下駄、乾パン、ひとり5枚ずつの外食券らを渡され、汽車で長野県の上諏訪駅に到着。4年ぶりに会ったていの2人の弟は、ていの姿に驚がくする。ていは両親に抱きかかえられた。そして本の最後に、次のように書く。

「これでいいんだ、もう死んでもいいんだ」
 私の頭の中はすべてが整理された後のようにきれいに澄みきっていた。深い深い霧の底へ歩いていけば、どこかで夫に逢えるかもしれない。
「もうこれ以上は生きられない」
 私は霧の湖の中にがっくり頭を突っ込んで、深い所へ沈んでいった。


  敗戦の混乱の中、まる1年かかった引き上げの旅、最初から最後まで重たい話ばかりで読むのがつらい。それでもやはり読むべきであり読んでよかったと思える本でした。
 他の本で既に知っている藤原一家のそれぞれの心身に時に現れるトラウマが、この旅を経験すればそうなるだろうと、またこの本が子供達への遺書のつもりで書きためたものに基づいているということも納得できた。

 感想が書きづらい。思うことが多すぎる。

 命がけの土壇場に追い込まれたとき人間はここまで利己的になるのだということをことあるごとに突きつけられる。守るべき範囲は家族だけというのがほぼ全員。ていは冷めた目で周囲を観察し続けた。冷たくあしらわれ憎んだ他のグループのリーダーが、実はそのリーダはそのグループにとっては実に優れたリーダだったからこそ、集団で帰国できたのだろうと悔しくも認める冷めた理性を最後まで持っていた。

 お金や貴重品を強奪にくる多数の朝鮮人もいるが日本人に親切にしてくれる朝鮮人もいた。38度線を越えるときソ連兵も優しかった。越えてからはアメリカ兵に助けられた。一方、完全に信頼し合い心を許せる日本人仲間は誰もいなかった。子供を守りきるために常に緊張関係にあった。日本人仲間とのやりとりでは、それぞれが生き抜くために利己的になり人間の醜い本性がさらけ出される。

 お互いに家族の命がかかった駆け引きがあり善人のままではいきていけない。ていも騙されるし自分が騙しもする。38度線に向かう強行軍のとき、子供を抱えたていは大抵最後尾になる。もう歩けないこの子供を牛車に乗せたい。そのために1000円という金がいる。そこでていはお金をもっていて弱みをつかんだ人から強引に500円を借りる。その時。日本で2000円を返すと借用書をかく。生きるための凄まじい駆け引きに圧倒される。

 帰国後に観象台疎開団の人達と出逢うことがあったのだろうか?もし逢うことがあったとしたらどんな出逢いになるのだろう。

 咲子の本にあった初版の後書きを読みたいのだが、今回の本には収録されていない。


『流れる星は生きている』は1949年に日比谷出版社から出版され、直ぐに映画化。ベストセラーで出版社も潤ったはずなのに会社はつぶれ、その後、いくつかの出版社でだされている。今、茨木市の図書館で読めるのはつぎのものである。

1 文庫   流れる星は生きている 改版/藤原てい 中央公論新社 ; 2006
2 児童書  流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1991
3 児童書  流れる星は生きている/藤原てい 筑摩書房 ; 1989
4 大活字本 流れる星は生きている 下/藤原てい 埼玉福祉会 ; 1987
5 大活字本 流れる星は生きている 上/藤原てい 埼玉福祉会 ; 1987
6 一般書  流れる星は生きている/藤原てい 中央公論社 ; 1985
7 児童書  流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1984
8 一般書  流れる星は生きている/藤原てい 中央公論社 ; 1984
9 一般書  流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1982
10 児童書  流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1965
11 児童書  流れる星は生きている/藤原てい 偕成社 ; 1965


 

新田次郎

 投稿者:TN&TN  投稿日:2015年 2月27日(金)13時49分39秒

  『小説に書けなかった自伝』
  新田次郎、新潮文庫、2012年

http://www.shinchosha.co.jp/book/112229/

人間の根源を見据えた新田文学、苦難の内面史。昼、働き夜、書く。ボツの嵐、安易なレッテル、職場での皮肉にも負けず……。新田次郎生誕100年。

安月給の生活苦。妻の本に触発された訳ではないが、小説に挑戦してみようと思った。しかし、何をどう書けばいいのかまるでわからない。なくされた原稿、冷たい編集者、山岳小説というレッテル、職場での皮肉。フルタイムで働きながら、書くことの艱難辛苦……。やがて、いくつもの傑作が生まれていく。事実を下敷きに豊かな物語を紡いで感動を生んできた新田文学の知られざる内面史。



 藤原ていや咲子、正彦の本で私の新田次郎の人物像は既にできあがっている。勤勉、約束の期限・時間は厳守、正義感が強い。妻を愛し、子供や孫を溺愛。その印象が自伝でどう変わるか楽しみに読んだ。結論は全く変わらなかったが、より深く新田次郎の人柄を知ることができたと思える。

頭の良い人
 新田は無線通信士第1級と無線技術士第1級の資格をもっている! 無線電信講習所出身なので不思議ではないが、気象庁勤務ではそこまで必要はない。私は工業高校電気科卒なのであこがれの資格、電気科の先生方でも第1級資格は1人だけで生徒に尊敬されていた。凄いなと感嘆!

コンプレックス
 正彦が東京大学に入り、理学博士になったので、東大・理博コンプレックスが消えた。まあそんなものだろうと思います。

役人小説家
 「小説は夜書いた。退庁時刻が午後五時。国電に乗って吉祥寺の自宅に帰るのが午後六時過ぎ、食事をして、七時のニュースを聞くと、自分の部屋へ引き込んで十一時までみっちりと書いた。四時間以上書くことはできなかった。床に入ると、直ぐ寝入ってしまった。・・・・・・ 翌朝はどんなに遅くとも八時前には家をでなければならなかった。家を出てからは、役所の仕事のことをずっと考えていた。」
 なんと勤勉で強い意志力と感心する。しかし、気象庁というのは課長補佐が五時に退庁できたのだ! これは実験系の大学人だった私にはとうてい理解出来ない世界のお話です。

 課長として富士山レーダー設置の大仕事をやり遂げる。この時、特に業者選定の際、技術者として合理主義を貫く。普段は周りに気遣う小心者のようにも見えるが土壇場では頑固に自分の意志を貫く。役人には勿体ない剛毅な気質を見せる。

 レーダー設置の大仕事が終わると、気象庁の人事の停滞を打破するという理由で退職することを期待される。自分で退職を決意するが、一時期、不眠症に襲われ、職場を辞めたくないという夢ばかり見たという。

 この未練たらしさが小心者の新田なのかなと思う。そして決断の時、いつも背中を押すのは藤原ていであった。

他人の批評・評価を気にする
 作品に対する他人の評価を常に気にし、高い評価、低い評価ともに何時までも覚えている。高い評価をしてくれた人には機会があったときに本人に謝意を表明している。

「幸せなことに上司や同僚たちに恵まれ、居心地のいい気象庁という職場にいたと同時に、理解ある編集者の援助を受けた。」と書くが、嫌な同僚も編集者もいた。それも隠さず書いている。嫌悪感を隠さない、人付き合いにごつごつした感じがある素朴な人だと思った。

直木賞を受賞した時の芥川賞は石原慎太郎だった
 石原の栄光の陰に隠れて目立たなくなったことが、今から考えると有り難いことだと書く。

「売れる作品」と「良い作品」
 売れる間はにこにこし、売れなくなれば横を向く出版社を相手にし、新田は常に売れることを意識していた。
 「良い作品」=「芸術的価値の高い作品」としても芸術的価値の尺度がどこにもない。とすれば客観的な評価、つまり読者の判断にまかせるしかない。つまり「売れる作品」が「よい作品」ということになるが、ベストセラーが「良い作品」とは限らない。というようなことを考え、新田は「売れる作品」=「良い作品}となるようにもっていこうとした。
 新田ほどの作家がここまで「売れる」ということにこだわっていたのかと思うと意外である。たぶん新田は芸術的な直感力で作品を生み出していく天才的な作家ではなく、読者、編集者の意向を理解してた上で徹底的な資料調査などの努力を積み重ね優れた作品を生み出してきた作家なのだろうなと思う。

新田次郎の山岳小説
 新田には山岳小説家というレッテルがある。そのレッテルにより、新田の作品の広告には登山という世界にだけしか通じないような用語を用い、明らかに山屋(広い意味での登山愛好家)を対象としたものであり、逆説的に言えば山岳小説だから山屋以外は手を出すなといわんばかりのものまであったという。
 しかし、新田は山を書いているのではなく人を書いているのだと不満だった。新潮出版部でそのことに最初に気付いたのは『孤高の人』から編集担当になった徳田義昭だった。そして広告も「なぜ山に登るか、生涯問い続けた単独行の加藤文太郎」という名文句になり、上下とも10万部を越えた。前作『火の島』が返品の山となり新潮社の新田に対する態度は明らかに冷たくなっていたのが、『孤高の人』の売れ行きに比例し、新田に対する冷たい態度が温かくなっていくも、なにか見えすいていて腹立たしかった、と書いてしまう新田を私は好きだ。

 新田の人間性をさらけ出した楽しい本だった。新田の作品をまた読み直してみようと思う。

 

富士山噴火

 投稿日:2015年 1月17日(土)09時13分44秒

   阪神淡路大震災から20年、テレビ各局が特集を組んでいる。いろいろな人生があり見ているのが辛いのも多い。今、被災したらはたして立ち直ることが出来るだろうかと不安になる。次にくる大災害はなんだろうと考えてしまう。
 南海トラフ沿いの巨大地震、これに連動すると考えられている富士山噴火、などなど。 予知関連の予算が最も多くつぎ込まれ観測網がよく整備されている東海地震でさえ、確率から見れば何時発生しても不思議ではないというだけで発生時期は特定できていない。
 それなのに富士山噴火の時期を特定している火山学者と称する人が複数いる。

琉球大学木村政昭(名誉)教授
 2013年に出版した著書『東海地震も関東大地震も起きない!』(宝島社)のなかで、御嶽山の噴火時期について、2013年±4年と書いていたという。だから御嶽山の噴火を予知した大学者という事になるらしい。同じ本に富士山噴火は2014年±5年としているらしい。
この数値は週刊誌などでは2,019年までに発生するとして取り上げられている。

前橋工科大学の濱島良吉(元)教授
「私の研究では、近く富士山の噴火と同時に首都圏直下型の地震が発生します。というよりも、発生する必然性があります。日本海溝で発生したマグニチュード9クラスの地震が、東日本大震災を引き起こしました。これが日本海溝、伊豆小笠原海溝、相模トラフ、3つの海溝のバランスに影響して、首都圏直下型地震と津波発生の可能性が高まっています。この2年以内には起きるでしょう」(『FLASH』2013年3月12日号、光文社)

 政治屋さん顔負けの威勢の良い学者さんです。お二人の説を紹介するWebがいくつかあり、読んでみたが理屈がよく分からないので論文を探すが見当たらない。木村氏の本はいくつかあるので図書館で予約した(昔、1冊もっていてあまり信用できないなとかんじたことがる)。濱島氏は本も見当たらない。富士山噴火と首都圏直下型地震を恐れて海外に逃げ出したらしい。


 もう一人の著名な啓蒙活動の大好きな火山学者K京大教授は、サンデー毎日に
「現在の富士山では、地下15キロメートルという深部で時々低周波地震が起きています。しかし、まだマグマが無理矢理地面を割って上昇してくる様子はありません。富士山では噴火のおよそ1ヶ月前にこうした現象が起き始めるので、事前に必ず分かります。日本の火山学は世界トップレベルなので、直前予知は十分に可能なのです。」
「私たち地球科学者は『火山的には富士山は100%噴火する』と説明しますが、それがいつなのかを前もって言うことは不可能なのです。噴火予知は地震予知と比べると実用化に近い段階まで進歩してきましたが、残念ながらみなさんが知りたい『何月何日に噴火するのか』にお答えすることはまったくできないのです。アマチュアの方が発する科学的根拠のない情報に惑わされないようにしていただきたいものです。」
「火山学者は24時間態勢で観測機器から届けられる情報を元に、富士山を見張っています。今の状態は直ちに噴火につながるものではないので、心配はいりません。」と投稿している。

 まあ彼らしい。しかし「直前予知は十分に可能」なんて言い切って良いのかなと。
 

富士山噴火2

 投稿日:2015年 1月17日(土)17時34分43秒

  <琉球大学木村政昭(名誉)教授
 2013年に出版した著書『東海地震も関東大地震も起きない!』(宝島社)のなかで、御嶽山の噴火時期について、2013年±4年と書いていたという。だから御嶽山の噴火を予知した大学者という事になるらしい。同じ本に富士山噴火は2014年±5年としているらしい。
この数値は週刊誌などでは2,019年までに発生するとして取り上げられている。>

『東海地震も関東大地震も起きない!』(宝島社)を読みました。内容のある素晴らしい本でした。読むまではマスコミ好きの目立ちたがりの学者と思い込んでいました。下のような無礼な書き込みをお詫びします。
<それなのに富士山噴火の時期を特定している火山学者と称する人が複数いる。>
< 政治屋さん顔負けの威勢の良い学者さんです。>

本の内容などについての紹介は、又後ほどもう一つの本『巨大地震が再び日本を襲う!』を読了してからにします。

取りあえず前の記事の訂正
火山学者ではなく「海洋地質学者」でした。
富士山噴火は2014年±5年としているらしい→2,011±4年でした。従ってこの本が書かれたときには2,015年までに噴火すると考えていたらしい。

PS 1月18日
 『東海地震も関東大地震も起きない!』を読み、素晴らしい内容と感激し、すぐに二冊目の『巨大地震が再び日本を襲う!』を読み出した。しかし、第1章は全然面白くないので読み飛ばし、第2章へ。ここは前著と同じ内容、ほとんど全く同じ図、同じ出版社でこんなことしてよいのかな?と思いながらも、まあ著者にとって一番大事な考え方の説明なのでしかたがないのかなと読み進む、しかし107頁の図16の説明が全く理解出来ない。なんでっ?前著はどうなっているのかなと確かめる。全く同じ説明文があった。図番番号まで同じ、しかし図は別物でした。こちらの図の説明文としては妥当。ここまできてうんざり!あと読み続けられるかどうかは疑問ですが、前著は素晴らしいかったので、とりあえずこの本も読み切る努力はしてみます。

PS2 1月18日19時30分
読了しました。第3,4章「これから予想される巨大地震リスク」はまあ普通に読めました。大事なことは著者の提唱する「地震の目」理論と「火山噴火と地震の時・空関係」から少なくとも30年間の巨大地震リスクと富士山噴火の発生予測年について書かれていることです。巨大地震リスクは伊豆・小笠原海溝沿いの「地震の目」2,012年±5年、M8.5と日向灘南部から種子島にかけての海域の「地震の目」2,014年±5年、M8.7であり、東京直下型地震、東海地震や東南海地震などは少なくとも30年間はないとする。

 ところで富士山噴火は2,017年±5年?だって。どうしてという感じでがっくりきます。2,013年3月6日発行の前著は2,011±4年、この本の発行は2,014年6月27日。著者のHPには2014年8月16日版で2,014年±5年となっています。これだけ揺れ動く推定値では仮説はまだまだ未完成ということなのでしょうか。
  富士山噴火については「富士宮市の異常湧水は噴火の一形態とみることができるが、このままおわることなく2,015年までに溶岩・火砕物噴火が起きる可能性が高いと思われる。大噴火になるのかはっきりとは分からない。」「つまり現時点で噴火になれば、火山灰を出す小噴火のタイプが想像しやすく、いきなり宝永噴火のような大噴火になることは考えにくい。」「しかし、いずれかの時期に溶岩流出を伴う大噴火の可能性が予想される。」だって。ここまで書けばどれかは当たっているのでしょうね。著者の迷いや自信のなさがみえて所詮学者でしたね、という感じ。
 同じ本の中で、図や本文の数値がころころ変わっているのが複数有り、TNが読了するためには忍耐がかなり必要でした。

PS3 1月19日
「東海地震も関東地震も起きない! 地震予知はなぜ外れるのか」
 木村政昭著、宝島社、2,013年3月6日発行

 素晴らしい本でした。次の「巨大地震が再び日本を襲う!」ではがっかりしましたがこの本への評価は変わりません。

 素晴らしいと思った理由
1.「地震の目」理論が納得できました。従来の「地震空白域」から次の地震を推定する方法を一歩進めた方法だと思います。
2.東海地震も関東大震災も、少なくとも30年間は発生しないと言い切る勇気に感動です。大抵の地震屋さんは今すぐとは言えないが何時発生してもおかしくはない、と逃げています。
3.「マスコミ好きの目立ちたがりの大学人」という思い込みがあったのですが、本を読んできちんと地球科学の教育を受けていて、指導者にも恵まれた経歴があり、独創力を持ち、野外観察の能力も高い、優れた研究者なのだと思いました。

 東日本大地震を予知した方法が詳しく説明されています。このようなデータの積み重ねは貴重です。
 第3章の「富士山の噴火予知は出来るのか」は読み応えのある章でした。


 

伊能忠敬

 投稿日:2015年 1月12日(月)10時31分50秒

  「伊能忠敬」
童門冬二、三笠書房、1,999年

 伊能忠敬は江戸時代末期に日本全国を測量し、同時代としては世界でも最も精度の高い日本地図(伊能図)を完成させた。

 伊能図の方位は磁石を使って測定された。伊能は中国の文献で偏角は知っていた。しかし、伊能忠敬が1,802年に江戸で測定した偏角は0°19’Eだった。そのため磁石で測定した方位に偏角補正をしなかった。そのため伊能図は形、大きさは正確なのに江戸から離れた東北以北や九州南部で、位置のズレがめだった。そのズレは偏角によると考えられ当時の日本列島における偏角図が復元されている。というようなことを大学の講義で紹介していたので、伊能忠敬には興味があった。井上ひさしの『四千万歩の男』も買ったがどうも読み通せなかった。井上ひさしがマジメに書いた文章は何故かTNには読みづらい。

 童門の伊能忠敬はすっと読めました。童門の本は多分以前に何か忘れたが1冊読んだ記憶があり、その時、説明が理屈っぽくなると、箇条書きのようなスタイルをとるのが他の作家との違いと感じた。今回も同じだった。

 伊能忠敬は幼少から天文に興味を持ち、算術が得意だった。
 15歳で伊能家に婿養子に入り、伊能家の家業を立て直す。初めは星ばかり見てる変な奴程度の扱いで伊能忠敬自身も天文に現実逃避の場を求めていたが、その後、家業の建て直しに専心し、人の信頼を得て、処世術を学び、財力を得て隠居する。隠居後、50歳の時年下の師・高橋至時に天文学を学び、黙々と歩いて十八年、初めて実測日本地図をつくった。

 忠敬は50歳になってから測量を学んだとかってに思い込んでいたのに、その前からかなりの知識と経験があったらしい。そして統率力と経営的手腕も兼ね備えていたということなど知らなかったことばかりで読んでよかったと思える本でした。

 思わず(て)に読んで聴かせたのは次の箇所でした。(て)は研究者=変人と信じています。

 研究者というのは、こういう言い方をすると叱られるかも知れないが、ある部分が抜けている。穴が空いている。私見だが、それがない人は本当の研究者ではない。俗事に神経が行き渡っていて、
「自分は他人からどう思われているか」
あるいは、
「こういう金の使い方をすると、誰かが文句を言うだろうか」
 などということに気をとられているような研究者は本当の研究者ではなかろう。自分が追究しているテーマに関しては、矢も楯もたまらず、他人の目も、あるいは金の使い方も斟酌することなく、馬車馬のように突き進んでいく情熱が研究者のパワーの源であるはずだ。これがなければ、ひとのやらないことはできない。人の歩いたことのない道も開けない。研究者というのはつねにパイオニアだ。開拓者だ。危険を恐れない。恐れていては新しいものは発見できない。
 そう見てくると、伊能忠敬はまさに「本物の研究者」であった。

 同感です!
 

明日の子供たち

 投稿日:2015年 1月10日(土)11時22分34秒

  「明日の子供たち」
有川浩、幻冬舎、2,014年

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(幻冬舎HPの内容紹介)
想いがつらなり響く時、昨日と違う明日が待っている!児童養護施設を舞台に繰り広げられるドラマティック長篇。

諦める前に、踏み出せ。
思い込みの壁を打ち砕け!
児童養護施設に転職した元営業マンの三田村慎平はやる気は人一倍ある新任職員。
愛想はないが涙もろい三年目の和泉和恵や、理論派の熱血ベテラン猪股吉行、“問題のない子供”谷村奏子、大人より大人びている17歳の平田久志に囲まれて繰り広げられるドラマティック長篇
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 図書館で昨年の8月14日に予約し、やっと手にした本。半日で読了、いかにも有川の本らしくストーリーに惹かれ、よく調べているなといつものように感心しながら読みました。

 この本が書かれた動機は、ある施設の子供から届いた手紙らしい(真偽は確認できないが施設関係者らしい人の2つのブログと産経新聞の本紹介に書かれていた)。そのエピソードは本の最後に取り入れられている。その有川らしい「有名小説家の影響力の誇示」を嫌う人もいるがTNは可愛いなと思っている。

 「かわいそうね」と施設の子供に同情するのは、かえって子供たちを傷つけると何回もでてくる。本を読んでいる時はその意味を理解したような気にもなるのだが、「障害は個性だ」という言葉と同じように理解しにくい概念だと思う。
 「かわいそうね」は相手への浅はかな理解を示す言葉だという。確かに上から目線の言葉だとは思うけれど、それが児童養護施設や子供たちのことを理解しようとする出発点であってもなにも悪くはないと思います。

 テレビドラマ『明日、ママがいない』騒動やタイガーマスク現象などもさらっと取り上げられていて、かってにノンフィクションものを読んでいるような気になり、児童本「かいけつゾロリン」ってどんな本と調べると、そのような児童本はない。「怪傑ゾロリ」という本ならある。有川が巧みに嘘と真実を上手に混ぜて作り上げた物語なのだと改めて思い知る。ハヤブサタロウってなんだ?と本気になったら見事にだまされたことになる。

 有川浩といえば、自衛隊、そして登場人物の初恋、ラブコメ、胸がほんわか温かくなる感動場面、全部たっぷり出てきます。

 この本は、児童養護施設を子どもの眼差しから描いた素晴らしい本でした。児童養護施設のことなど何も知らないことがよく分かりました。

 中学三年の時、施設から通学していた同級生がいたなとこの本を読んで思い出しました。
 15歳の春、施設の子は高校に合格しなかったら施設をでて就職し自活しなければならないという事実をこの本で知った今、あの55年前の昭和の時代はどうだったのだろうと考えてしまいます。中学卒業者の約半数が就職した時代でした。

 

「居酒屋ぼったくり」のお酒

 投稿日:2015年 1月 4日(日)20時37分58秒

  「居酒屋 ぼったくり」のお酒

 書店員さんが絶賛というチラシと一緒に「居酒屋ぼったくり」、「居酒屋ぼったくり2」が本屋に山積みされていた。全く知らない著者、出版社(秋川滝美、アルファポリス、2014年)だったが拾い読みすると面白かったの買ってしまった。

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
 東京下町にひっそりとある、居酒屋「ぼったくり」。名に似合わずお得なその店には、旨い酒と美味しい料理、そして今時珍しい義理人情があるー旨いものと人々のふれあいを描いた短編連作小説、待望の書籍化!全国の銘酒情報、簡単なつまみの作り方も満載!

 「小説家になろう」というサイトに掲載されていた作品を改稿の上で出版したものという。本の形も色々ですね。しかし、私は電子書籍には手を出さないと決めています。

 両親を交通事故でなくした姉妹がきりもりする小さな居酒屋が舞台。この著者は「両親が交通事故で亡くなった」いう設定がお好きなようです。この本の次に読んだ「いい加減な夜食」もそうでした。「いい加減な夜食」に、主人公が「居酒屋ぼったくり」で飲むという場面ががでてきます。うーん、こんないい加減な・・・と思ってしまいます。

 「どこにでもある素材で、家でも食べられるよな総菜を作り金をとるこの店は、そもそも存在自体が『ぼったくり』だと、父がしきりに言っていた」ことに由来した店名で、「ありきたりの素材であっても、お金を払うに惜しくないと思わせる料理を作ること」を心掛けている。「どこにでもある素材で、家でも食べられるよな総菜」というコンセプトは、「いい加減な夜食」でも繰り返されていました。

 そんな居酒屋の常連さんたちとオーナーの美音がくりひろげるお話。酒のうんちくや料理の話しが多く、楽しく一気に読めました。


 さて日本酒、どんな酒が?というのが正直に言えばこの本を読む一番の楽しみでした。読んでみると「酒の好みは人によって異なる」という普段は忘れている立場から常連さんそれぞれに合わせて居酒屋店主が勧めるお酒なので、飲んべえ医師栗原一止が美味しいと思う銘酒を紹介する「神様のカルテの中の銘酒」とは選択基準が違う、まあしかしそれはそれで楽しめました。

 神様のカルテの中の銘酒はいくつか手に入れ飲みました。どれも美味しかったので機会があれば全部飲んでみたいと思っています。

 「居酒屋ぼったくり」の中のお酒には、今、飲みたいとは思わないお酒が少数ですが混じっています。しかし、今までに飲んだことのないお酒は、どれも一度は飲んでみたいなと思います。所詮、飲んべえなのでお酒ならどんなお酒でも楽しめます。

  今、直ぐにでも欲しいお酒を3つだけ選ぶと、「酒一筋 山廃純米吟醸 時代おくれ」、「龍力 純米酒 ドラゴン 緑」と「山鶴 蔵人の詩 特別純米酒」かなっと。(新潟の銘酒はいろいろ飲んでいてTNなりに、八海山、〆張り鶴、久保田と好きな酒蔵の順位が固定しているので今回は省きました。)

以下に「ぼったくり」の記載をコピペします。

「酒一筋 山廃純米吟醸 時代おくれ」
 岡山は利守(としもり)酒造の醸す酒である。
 幻の米と呼ばれた雄町米と備前焼の甕による昔ながらの酒造りは、まさに『酒一筋』という名の通りである。中でも『山廃純米吟醸』は通常の倍以上の時間をかけて醸し、山廃作りならではの酸味と旨みのバランスが素晴らしい。『時代おくれ』という名に相応しく、昔ながらの味わいをもつ酒である。
 力強い酒は、呑み手も肴も選ぶ。それだけに、ベストマッチとなったときは普段の何倍もの旨みを引き出す。シンゾウは自分でそのマッチングができる優れた呑み手だった。

「龍力 純米酒 ドラゴン 緑」
 日本酒には珍しいカタカナ入りのラベルが貼られたこの酒は、兵庫県姫路市の蔵で造られている重い呑み口の酒だ。
淡麗辛口だけが日本酒でないと考えた五代目の蔵主が、ただすっきりだけではない深い味わいを目指した。酒米は兵庫県産の五百万石だけを使い、花見や月見といった屋外、つまり『冷蔵庫のないところで飲んで美味しいお酒』がコンセプトとなっている。
 実のところ美音は、この酒は常温ばかりではなく、冷やでも燗でも旨い酒だと思っているが茂先生は常温で呑むことを好む。もしかしたら蔵主の意向を汲んでいるのかも知れない。

「山鶴 蔵人の詩 特別純米酒」
 中本酒造店は奈良の造り酒屋である。生駒山系の西北端に近い山のふところに醸造蔵を持ち、その歴史は享保12年まで遡ることができる。『頑なな気持ちが結晶したうまさ』という言葉に表されるとおり、昭和62年からは本醸造以上の特定名称酒だけを、しかも数量を絞って醸造、蔵出ししてきた。・・・・・平成17年i以後は、日本酒の原点に立ち返り、純米酒のみを醸造するようになり、さらにその名を高めつつある。

「居酒屋ぼったくり」のお酒(アルファポリスのHPより)










 
2015年3月9日(月)記

 3月1日(日)に『居酒屋ぼったくり 3』を本屋で見つけ購入。本には初版発行2015年3月10日となる。本の日付はいい加減なもののようです。

 食いしん坊&酒飲みには相変わらず心地よく楽しめる本で、すぐに読了。シリーズ3冊目なので新鮮な意外感がなくちょっと物足りない感じ。
 「葉わさび醤油漬け」は大好きなので葉わさび醤油漬け関連部分は一気読み、福井市の居酒屋「たな香」のマスターの母上の「葉わさび醤油漬け」をまた食べたいなと思いながら。

 今回の日本酒はどうしても呑んでみたいと思うほどのものはなかったような、たぶん酒選びのポリシーが、なになにの料理に合う日本酒、普段日本酒を呑まない人でも呑めそうなもの、美味しくて手に入れやすく財布に優しいもの、ということから飲んべえにはちょっと物足りない感じがするのかな?
 「どんな酒も、ブランドや価格で判断されるべきじゃない。他人の評価だってどうでもいい。純粋に酒そのものを味わって欲しい。大事なのは、その人がその酒を美味しいと思うかどうかだけなのだから・・・・」というのは全く同感。
 上のような話の時、思うのは「料理に合う」というのがそんなに大事なのかなと。酒の肴などなにもなくとも酒さえあれば嬉しい飲んべえにはなにか贅沢な時代になったなという感じが強い。美味しい酒は酒だけで旨いのだ!

 このシリーズ、まだ続けたそうな気配があるが、もう充分のような・・・。


秋川滝美

 投稿日:2015年 1月 5日(月)10時19分6秒

   「秋川滝美のプロフィール」を検索しても、2,012年4月よりオンラインにて作品公開開始、2,012年10月、「いい加減な夜食」にて出版デビューに至る。というようなことしか分からない。本人のブログがあり、夫と子供二人がいる女性で料理は好きらしい。無論、生年月日などは非公開。せっかく面白い本(居酒屋ぼったくり)に出逢ったのにその著者のことが女性としか分からないのは何となく不満が残る。

 新文化Onlineに「衝撃ネット小説のいま」という連載記事があり、その第21回が秋川滝美氏 異色のヒット作「居酒屋ぼったくり」(http://www.shinbunka.co.jp/rensai/netnovel/netnovel21.htm)をみて、少しだけ秋川滝美のことが分かった。

○デビュー作『いい加減な夜食』と第2シリーズ「ありふれたチョコレート」は、女性向けの恋愛色の強い小説だった。

 確かに『いい加減な夜食』はベタベタの恋愛もので、シンデレラ物語のような乙女チックなお話、もしこれを先に読んでいたら他の本を読む気にはならなかったと思います。

○「30年くらいああいう小説を書いていたんですけど、臆病なもので、新人賞に送って結果が出るまで半年とか1年待つのが耐えられなくて、応募したことがなかったんです。アルファポリスさんは、ウェブにアップした小説について、一定数ポイントが溜まると自分から出版申請が出せて、編集者の方が2週間程度で返事をくださるということだったので、2週間なら私でも待てるな、と(笑)」

 10歳から書いていたとして30年と言えば40歳は越えているということでしょうね。

○「書籍化するにあたってウェブで連載している作品がないと宣伝上まずいなと思いまして。それで『ぼったくり』を書きはじめたんです」
○短編を1本だけあげるつもりが「連載してほしい」とリクエストを受け、書いていくうちに『いい加減な夜食』の書籍化作業そっちのけで執筆にのめりこんでいった。
○「それまではウェブにあげるときは長編が完成してから投稿して、コメント欄も閉じていたんです。『ぼったくり』の場合は初めて1篇ずつ書きながらアップして、コメント欄も開けていて。そうしたら読者の方から感想や『こんなお酒がありますよ』といった声をいただいて……本当に楽しくて。3日か4日おきに投稿していましたね」
○作中の居酒屋同様に、あたたかく賑やかな空間が、そこにはあった。そして機が熟すのを待ったうえで、編集作業に時間をかけ、『ぼったくり』は書籍化された。


 『ぼったくり』を面白いと思った理由もよく分かった気がします。二巻で既に12万部も売れたそうです。
 

正義のセ 3

 投稿者:TN&TN  投稿日:2014年12月19日(金)15時14分59秒

  阿川佐和子 角川書店 2013年

「小学校の同級生で親友の明日香に裏切られた凜々子。さらに自分の仕事のミスが妹・温子の破談をまねいていたことを知る。自己嫌悪に陥った凜々子はプロポーズを迫ってきた同期の神蔵守にある決断を伝える……。」(角川書店のHPから)

 派手な表紙が目を引いた。阿川の短編集はいくつか読んでいてどれも読みやすかったので、この本も気分転換にはよいかもしれないと図書館で借り出した。
  3なので1,2を読んでいないと分かりにくいかなとは危惧はしたが、話はこの巻で完結していたので最後まで読了。この巻は明日香がヒロイン、しかしこのシリーズの本当のヒロインは凜々子らしい。1.2を読んでからまた読み直してみるが取りあえずの感想。
 明日香は美容整形で凄い美人になり、周りの人(男)達の対応がまったく変わったことを実感し、美形を武器に新聞記者としての栄光の道を歩き始める、というようなことを女性作家がさらっと書く。最近、人はみてくれが一番大事なのかと情けなく思うことが多かったので、やけに気になった。そして今日は小保方が理研を退職したというニュースが。このひとも可愛い女性ということでここまでマスコミがとりあげたのでしょうね・・・

 この巻だけでは本題の意味も不明のまま。




 

Re: 正義のセ 3

 投稿者:TN&TN  投稿日:2014年12月22日(月)08時25分40秒
  TN&TNさんへのお返事です。

>  阿川佐和子 角川書店 2013年
>
> 「小学校の同級生で親友の明日香に裏切られた凜々子。さらに自分の仕事のミスが妹・温子の破談をまねいていたことを知る。自己嫌悪に陥った凜々子はプロポーズを迫ってきた同期の神蔵守にある決断を伝える……。」(角川書店のHPから)
>
>  派手な表紙が目を引いた。阿川の短編集はいくつか読んでいてどれも読みやすかったので、この本も気分転換にはよいかもしれないと図書館で借り出した。
>   3なので1,2を読んでいないと分かりにくいかなとは危惧はしたが、話はこの巻で完結していたので最後まで読了。この巻は明日香がヒロイン、しかしこのシリーズの本当のヒロインは凜々子らしい。1.2を読んでからまた読み直してみるが取りあえずの感想。
>  明日香は美容整形で凄い美人になり、周りの人(男)達の対応がまったく変わったことを実感し、美形を武器に新聞記者としての栄光の道を歩き始める、というようなことを女性作家がさらっと書く。最近、人はみてくれが一番大事なのかと情けなく思うことが多かったので、やけに気になった。そして今日は小保方が理研を退職したというニュースが。このひとも可愛い女性ということでここまでマスコミがとりあげたのでしょうね・・・
>
>  この巻だけでは本題の意味も不明のまま。

「正義のセ 1,2」を予約、直ぐ借りることができました。去年の発行で、超人気というほどではないということなのでしょう。読みやすく二冊を1日で読了。
 1,2、3を続けて読むとさすがに登場人物についての理解が深まります。連続物はやはり最初から読む方がよいようです。1はそれだけで完結していて、2,3は併せて1つの話で、3だけで完結と思ったのは間違いでした。
 3冊読んでも本題が意味することは不明のママ。検事の正義、記者の正義という使い方から正義の意味は推定できるのですが、「セ」は?? 「...のせい」のセ or 「正義」のセ?

 この本は女性心理は良く書かれているのですが、男性についてはどれもパターン化されていてあまりリアリティがないように思いました。

 まあ、それでも楽しめたのですから良しとしましょう。

 この本の紹介で面白かったのは次の著者インタビュー記事でした。

 http://ddnavi.com/interview/125227/



 

日蓮さん

 投稿者:TN  投稿日:2014年12月 1日(月)08時16分15秒

  小説 日蓮 上下
 島田裕巳、東京書籍、2012年

 我が家は日蓮宗なのに日蓮さんは「鎌倉時代の蒙古来襲の頃に激しい宗教活動をした人」程度にしか知らないので、どんな教祖様だったのか知りたいなと読み出した。全く予備知識のない著者だった。今調べたら、宗教学者で過去にオーム真理教を肯定するような発言があり毀誉褒貶の多い人らしい。読む前にそのことを知っていたらTNはきっと読まなかったと思います。しかし、本は読みやすく良い本でした。

 表題にもかかわらず日蓮ではなく「源空丸」という念仏を唱えながらも日蓮に惹かれていく大工がまるで主人公のように話が進む。そのために日蓮にべったりした視点ではなく冷静な観察者の視点で淡々と日蓮を描いているように感じる。TNにとってはこのような書き方は好ましく日蓮や宗教についていろいろ空想できた。
 この本から感じた日蓮像は、秀才それもダントツの。多数の仏典を読破・研究し理解する才能と根気があり、法華経の教えこそが、釈迦の教えを正しく伝えるものと思い(信じ)込み、他宗派を排斥するために全力を尽くす。その頃に発生した地震などの天変地異は、幕府や大衆が念仏などにとらわれ正しい教えを実践していないからだと警告する。このような災害の起きることは全て経典に預言されていた通りであり、直ちに改めなければ(他宗派を排斥し法華経に帰依しないと)外国から侵略を受けると経典に書かれていると蒙古来襲を預言する。
 世の中の善悪のすべては経典に明らかにされているとするのはキリスト教も仏教も同じなのだとおかしくなる。聖書から「地球は紀元前4004年10月26日朝9時に誕生」したと読み取った大司教がいたことを何故か思い出す。
 日蓮は強烈な主張により伊豆や佐渡へと島流しに2回も逢いながらも多くの信者に支えられ今に続く日蓮宗を創りあげた。秀才、頑固、思い込みの強さだけでは成功しなかったはずなので、むろん人を引きつける魅力ある人でありカリスマ性も備えていたのだろうなとは思う。
 宗派を開いた偉人達の伝記を読んでいつも気になるのは、このような偉人達はみな誠実で信念があり勉強家でいわゆる秀才達だが、主張はすべてお釈迦様の経典からきていることばかり。彼らの研究というのは過去の仏典をいかに深く理解するかということにつきる。新しいものを創造する真の天才はそう簡単にこの世には現れないのだなと。

 お釈迦様やキリストさんは真の天才だったのでしょうか?そうではなかったとしても少なくとも新しい考え方を創りだした天才ではあったのだろうと思う。


 

辞書になった男

 投稿者:TN&TN  投稿日:2014年11月20日(木)08時11分58秒

   本当に面白かったのですでに何回も読み直した。今までの掲示板の記事も集めTN&TN's blogに載せた。
 今までの掲示板の記事に追加したのは以下のものです。

2.辞書によって個性がある。編集責任者の個性が露骨にでる。
 ケンボウ先生の三省堂国語辞典も持っているとこの本がもっと楽しめるでしょうね。

三省堂国語辞典(三国)      新明解国語辞典(新明解)
天才ー見坊豪紀(ケンボウ先生)  鬼才ー山田忠雄(山田先生)
 現代語のプロ           古典文献の著名な研究者
語釈は客観的で短文・簡潔     主観的で時に長文・詳細な説明が見られる
                 自己主張の塊 つぶやきのような用例
積極的に現代語を取り入れる    ことばの選択には慎重で規範的
辞書の専門家は高く評価      素人のフアンは多いが専門家からは低い評価

7.じてん【時点】(新明解 第4版)の用例「一月九日の時点では、その事実は判明していなかった」の日付一月九日の謎を解いたことが著者に二人の辞書編纂者の秘められた心情を、国語辞書の記述から紐解くことが出来るのではという野望を与え、それが出来たのでこの本を出版したのだろう、と読者に錯覚させるほどに両辞書の語釈や用例にこめられた両先生の思いを解説・紹介する。
 辞書からだけで読みとれるはずがないのに読者は期待してワクワクしてしまう。関係者からの取材、インタビュー、文献調査などテレビ番組を作ってきた著者らしい取材手法を駆使してケンボウ先生と山田先生の関係を解き明かす。その流れの中で鍵となる言葉について「新明解」や「三国」の語釈・用例を引用する。そのつどへーと辞書を引くことになる。上手に読者の興味を辞書に向けるなと感心する。

8.新明解は独創的語釈で知られ、本書でも新明解の独特の語釈の紹介が圧倒的に多いのでここでは三国の例だけを取り上げる。ここにも「思い」が紛れ込んでいる。

 第二版【ば】の用例「山田といえば、このごろあわないな」

 第二版【常識】健全な社会人が共通に持つ、普通の知識または考え方。コモンセンス。 第三版では、その社会が共通に持つ、知識または考え方。コモンセンス。

 現三国の編集者の飯間は、他の辞書が「普通の人が・・・・」とか「一般の人が・・・」と書くところを【常識】とはそういうもではないよと、短く、私たちに教えてくれているとし、生涯を通じて「短文・簡潔」解説を貫いたケンボウ先生の”ことばの写生”の究極型だという。

 第三版【辞書】の用例、「辞書はできばえだけが問題だ」

9.ブルーフィルム
 昭和27年に明解国語辞書(第二版)がでる。その編集者のケンボー、山田、金田一春彦、柴田ら編集会議の後、毎回、ブルーフィルムを喜んで鑑賞していたが山田は観ずに直ぐ帰っていたというエピソードが本の前半に紹介されていた。ここでは堅物・山田を描きたかったのかぐらいにしか思わなかった(TNもこのたぐいのものは嫌いだ)。
 ブルーフィルムを辞書に載せたのは新明解だけだった。(初版)秘密のルートで見せるわいせつ映画。第七版まで同じ。
 ところが三国の第四版に突然【ブルーフィルム】性行為を写したわいせつな映画。が載せられる。この意味を、最晩年を迎えたケンボウが、自身が掲げる三国の方針に反して、密かに載せた。ケンボーはきっと、四人の編者が顔をつきあわせ、言葉について熱く議論していた頃を思い出していたのだろう。それ以外に現代語辞典を自負する三国が平成になって死語になっているブルーフィルムを載せるとということはありえない、最後まで二人の繋がりはあったのだと著者はいう。

10.最後に載ることば 【んんん】
 辞書にのる最後のことば、なんとなく意表を突かれた感じ。始まりがあれば終わりがある、当たり前のことが新鮮でした。それが辞書によって異なるという。ちなみに英語は見た限りでは、ZZZ。

 

久しぶりの反原発本

 投稿日:2014年11月10日(月)10時26分29秒

   あれほどマスコミを賑わせた反原発官邸前抗議デモのニュースも最近では皆無、そして原発再稼働が強引に軌道にのせられたかに見える2014年の今、反原発の本をまた読みたくなった。昨年に発刊された「原発ホワイトアウト」と「100年後の人々へ」です。

「原発ホワイトアウト」若杉冽 著、講談社
 霞ヶ関の現役官僚による内部告発小説として18万部を超え、2013年のベストセラーになった有名な本。前から知ってはいたが、官僚が書いた本というので読む気にならなかったが偶々、図書館でみつけ借りだした。
 予想通り一昨年12月に行われた衆議院選挙後の日本を舞台に、原発再稼働を虎視眈々と狙う電力業界、経済界、政界の汚らしい動きを小説風に描いている。現役官僚が書いたということだけが値打ちの本かという・・・・、まあそれでも反原発なので良しとしましょう。
 若杉は対談(http://bylines.news.yahoo.co.jp/horijun/20140205-00032349/)で、
「新潟県の泉田知事は原子力を推進する勢力からすると目の上のたんこぶだから、正直、非常にあぶない立場だと思います。泉田さんは官僚の適当さを知っていますから。僕が書きたかった動機の一つは、泉田知事があぶないということ。泉田知事を救うためには、泉田知事が国策捜査で逮捕されるというストーリーを逮捕されるまえに明らかにしておけば彼を守れると思ったからです。今は彼しかいません。橋本徹さんがあんな風になってしまって・・・。首長のなかで原子力に規制がかけられるのは彼しかいません。絶対に頑張って欲しいと思っています。」と言っている。確かに、この新潟県知事の関連の部分は「原発ホワイトアウト」で一番気にかかったことでした。


 「100年後の人々へ」小出裕章 著、集英社新書
 小出 裕章(こいで ひろあき、1949年8月29日生)は、京都大学原子炉実験所助教。東北大学大学院工学研究科修士課程修了(原子核工学)。ウィキペディアによれば開成高校時代には「地質部」で、野外で岩石や地層を追い求めながら自然に親しんだ。小出は「これからは石油・石炭でなく原子力の時代」と考え原子力工学を志した。希望が叶い大学入学後は原子力工学を専攻。現代の原子力工学における放射線被害に興味をもち、原子力発電に反対している。以後現在まで一貫して「原子力をやめることに役に立つ研究」を行なっている。

 この著者の本を既に複数冊読んでいる。ウソやはったりが少なくどれも気持ちよく読めた。この本もまた同じ。反原発の主張は今まで通りのもので特に目新しいことは書かれていない。
 今回、気になったのは中学・高校時代は地学にのめり込んでいたということそれがなぜ原子力?と。原子力は「科学は世の中の役に立たなければ価値が無い」という観点からの選択だったらしい(第3章 科学は役にたたなくてよい)。それが今は世の中の役に立つ科学(研究)だけが大事なわけではないと思っているようで好感を持つ。(TNは電気→物性物理→地球物理へと興味が変わり地学教室に。人それぞれですね人生は。)
 横道にそれますが、「700万年前に生まれた人類が・・・」という記述をみればこの人はまだ地学が好きなんだと嬉しくなる。人類はいつ地球上に生まれたか?と聞いて700万年前と答える人は少ない。研究室に文化史年表を貼っているという。時間の流れの中で人と世界を理解しようとしているようです。

 著者の反原発主張の根底にあるのは「そもそもほかの誰かを犠牲にしなければ成り立たないようなものをやってはいけない」ということだと思う。本の中で繰り返し述べられている。他の人に犠牲を強いることなく、幸せを分かち合う世界をどうしたら作れるのか。その答えの1つが日本国憲法の前文にある、という。そして前文のすべてが引用されている。すっと入ってきた主張です。

 今までになく個人的な思いを赤裸々に綴った本でした。三男に恵まれたが次男を早くに亡くした。それによって死は厳然と生の隣に常にあるとはっきり知り、それ以降、死がまったくなんでもないものになったと書く。この気持ちはよく分かる。

 感動しながら読み終えたのに、最後に本書は集英社新書の落合勝人さんとライターの加藤裕子さんがまとめてくれたものです、とあった。なんだっと、ちょっと引いてしまった。

 

斎藤由香の本

 投稿日:2014年10月 7日(火)05時01分0秒

   斎藤由香の名を知ったのは、2012年の文藝春秋SPECIAL(第19号)の「特集家族を守る」の中の「北杜夫を支えた母のユーモア」という小論でした。その中で、「・・・・もし、ベテランの先生が担当してくださっていたら、別の結果もあったのではないか。また,斎藤宗吉ではなく、北杜夫で入院していれば、もっと注意を払ってくれたのではないか、そんな思いばかりが胸をよぎります。」という文に、愛する身内を突然失った深い悲しみを感じました。

 ウイキペディアをみれば、斎藤 由香(さいとう ゆか、1962年4月9日生 )は、随筆家、サントリー勤務。作家・北杜夫の実娘として知られる。成城学園中学校高等学校を経て、1985年(昭和60年)に成城大学文芸学部国文科を卒業した。中西進のゼミであり、卒論は祖父・斎藤茂吉であった。大学卒業後、サントリーに入社。広報部に在籍し、同社の広報誌 『サントリークォータリー』の編集に従事、後に同誌の副編集長となった。2001年(平成13年)10月、健康食品事業部に異動となり、その後は広告会社に出向となった。

「窓際OL会社はいつもてんやわんや」や「窓際OL人事考課でガケっぷち」など週刊新潮に連載のコラム記事をまとめたものをまず読んでみました。サントリーでのOL生活をユーモアたっぷりに描いたものが主ですが、北杜夫や母親のこともよく取り上げています。北杜夫の躁鬱病に振り回されたことばかり書いていますが、困ったと言うより楽しんでいた風で、そんな父親が大好きなのだろうなと感じます。

 祖母で斎藤茂吉の妻である輝子のことを書いた「猛女とよばれた淑女―祖母・齋藤輝子の生き方 」は面白かった。輝子というのがよほどユニークな女性だったらしく、北杜夫もその兄の斎藤茂太も輝子を描いた本を残しています。茂太の「たらちねの奇妙キテレツ」も読んでみました。輝子だけでは無く茂吉も大変人だったようです。ここにも輝子が由香を大変可愛がったことが書かれています。

 輝子に可愛がられた由香は、輝子の生き方にかなり影響されているように思われます。
 富山に出かけるとき本屋で杜夫・由香の共著「パパはたのしい躁うつ病」と杜夫の「マンボウ最後の家族旅行」を見つけ買い込みました。
 杜夫の文章はさすがに由香よりは大作家の貫禄で読みやすいなと思います。晩年の体力が弱ってから書いたものとは思えません。
 杜夫の晩年、由香は父親の体のことを気遣い、一生懸命にリハビリにつきあい、あれこれ指示し、何度も旅行につれだす。由香の本からはファザコンかなと思うほど父を愛していることが、また杜夫の本からは娘の強制に抵抗する力も無い気弱なダメ親父が、イヤイヤながらも娘や妻に従って、なんとか生きながらえている様子がよく伝わってきます。

 「マンボウ最後の家族旅行」には杜夫の絶筆「又もやゴルフ見学」、妻・斎藤喜美子の「マンボウ家の50年」、由香の「父が遺した50年」なども収められています。

 由香は「パパはたのしい躁うつ病」にも、また「マンボウ最後の家族旅行」にも杜夫が亡くなった時の病院・医師の対応についての不信をしつこく書き連ねる。それが家族なんだと、私たちにはすっと入ってきます。

 斎藤一族ってユニークですね。茂太の本をもう少し読んでみたいなっと思っています。
  
 

ノボさん

 投稿日:2014年 9月14日(日)14時42分21秒

  「ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石」
伊集院 静 著、講談社、2013年

 華やかな女性遍歴(?)の伊集院はたぶんTNにはあわないという思い込みがあり、今まで伊集院の著作は何も読んでいない。今回は、子規と漱石に惹かれて手にした。「坂の上の雲」に司馬遼太郎が描いた子規と大きな差は感じず、違和感なく読めた。

 1867年〜1902年、明治初期の急激に移り変わる時代を駆け足で生きた子規の人生の凄さに圧倒された。

 司馬は子規と秋山真之、伊集院は子規と漱石の関係から子規を描く。その視点の差が二つの本の差かなと思いながら「坂の上の雲」の子規関係の部分を急ぎ読み直した。

 同じ出来事をかなり違った受け止め方をしている部分が認められる。
 松山藩の常磐会寄宿舎をでて借家に移り住む時の背景を、司馬は子規は「非文学党」といえる子規らの文学好き集団に反撥する勢力に追い出されたと書き、伊集院は小説を書くために子規は自分の意志で寄宿舎を出たと書く。
 子規が編集者として頑張った「小日本」の廃刊を、司馬は政府の弾圧を喰らって廃刊と書き、伊集院は採算が取れなかったためと書く。
 どちらが正しいのか判断する材料をもたないが、司馬は時代背景を大事にしながら書く作家で、伊集院はどちらかと言えば主人公の感情を最も大事なものとする作家のように思う。その差がいろいろの所ででているようで面白い。

 子規の伝記とすれば伊集院の方が人間くさく面白い。
  例えば、司馬は子規の貧乏暮らしを、清貧の中努力を重ねた人のように描くが、伊集院は子規の浪費癖、金銭感覚の欠如、借金癖を正面からとらえる。



講談社BOOK倶楽部
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062186681

「ノボさん、ノボさん」「なんぞなもし」
明治二十年。新時代の躍動とともに、ノボさんこと正岡子規は二十歳を迎えた。アメリカ渡来のべーすぼーるに夢中の青年は、俳句・短歌・小説・随筆、あらゆる表現に魅入られ、やがて日本の文芸に多大な影響を及ぼす存在となる。
子規は常に人々に囲まれていた。友人、師、家族から愛され、子規もまた彼らを慕った。そしてこの年、東京大学予備門で運命的な出会いを果たす。同じく日本の文学の礎となる、金之助こと夏目漱石である。志をともにする子規と漱石は、人生を語り、夢を語り、恋を語った。明治三十五年、子規の余命が尽きるまで、誰もが憧れた二人の交際は続く。子規と漱石の友情を軸に、夢の中を走り続けた人、ノボさんの人生を描く。

小説家・伊集院静がデビュー前から温めていたのは、憧れの人、正岡子規の青春。野球と文芸に魅入られた若者の姿は、伊集院静の青春そのものだった。三十年にわたる作家生活の中で、ずっと憧れ、書きたかった。書かなければ、先には進めなかった。

『いねむり先生』から二年半、誰もが待ち望んだ青春小説の誕生!

伊集院静(イジュウインシズカ)
 1950年山口県生まれ。 立教大学文学部卒業。CMディレクターなどを経て、1981年「皐月」で作家デビュー。1991年『乳房』で吉川英治文学新人賞、1992年『受け月』で直木賞、1994年『機関車先生』で柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で吉川英治文学賞受賞を受賞。近著に、『お父やんとオジさん』『いねむり先生』『なぎさホテル』『別れる力 大人の流儀3』『旅だから出逢えた言葉』など多数。

 

新聞を疑え

 投稿日:2014年 9月 7日(日)13時28分17秒

  朝日新聞が、今、おかしい。慰安婦報道が虚報だったことを認めたため、読売や産経といった右翼マスコミや政治屋を喜ばせている。その恥の上塗りに、池上彰氏のコラム掲載拒否、批判され撤回という醜態をさらけ出した。

 そんな時、偶々、図書館のリサイクル図書に「新聞を疑え」があったので読んでみた。
百目鬼恭三郎  『新聞を疑え』 講談社 昭和59年発行

 著者の、朝日新聞学芸部などでの新聞記者生活をもとに、朝日新聞や新聞業界全体を批判している。
 批判の要点は、新聞は真実を求めていないということらしい。正しいか、美しいか、そういう本質的な判断を回避しているという。ニュース価値とは、広く世間の話題になるかどうかということであるらしい。そして事大主義!
 朝日新聞社の内部事情などもあからさまに書いていて、それなりに同感できることも多いが、なにか考え方に癖が強すぎて読後感は不快。この著者こそ朝日新聞記者特有の権威主義を振り回しているような印象さえもった。「ウイキペディア」で百目鬼恭三郎をみると筒井康隆も私と同じように感じていたらしい。


以下は「ウイキペディア」の百目鬼恭三郎からコピペ。
 どうめき きょうざぶろう、1926年2月8日 - 1991年3月31日
 新聞記者、文芸評論家。匿名で発表した原稿も多い。

 北海道小樽市生まれ。旧制新潟高等学校で丸谷才一と知り合う。東京大学文学部英文学科を卒業後、補欠社員募集に応じて朝日新聞社に入る。入社当初は宇都宮支局にて刑事事件の記事を書いていた。

 入社4年後に東京本社学芸部へ転属。まもなく安西均の後任として詩壇を担当したが、現代詩に疎いため、大学時代の友人である篠田一士にたびたび意見を訊ねていた。

 1966年、学芸部長に疎まれて社会部に追放されたが、不本意な部署のため仕事に情熱が持てず、怠け者との評判を立てられ、3年余で調査研究室に追いやられた。ここでは副主査を務め、2年足らずを過ごしたが、主査と意見が合わずにやはり疎まれていた。

 再び学芸部に戻った後、社会部時代の友人深代惇郎の尽力で編集委員に任ぜられ、1973年から1975年まで「子不語」名義で朝日新聞に「作家WHO'S WHO」を連載。さらに、1976年から1983年まで『週刊文春』誌上にて「風」名義で書評を連載した。博覧強記と毒舌をもって恐れられ、都留重人、山本健吉、筒井康隆、川上宗薫、佐藤愛子など、社の内外に敵を作ることも多かった。

 1982年、丸谷才一が『裏声で歌へ君が代』を刊行した際、新聞の一面でこれをとりあげて絶賛したところ、江藤淳から同級生同士の仲間褒めだと厳しく批判された。

 1984年に朝日新聞社を退社。半ば喧嘩のような形での退社であり、1985年には『新聞を疑え』(講談社)の中で朝日新聞社の事大主義的体質を激しく批判した。筒井康隆は連載エッセイ「笑いの理由」の中で百目鬼を「朝日新聞的権威主義」の権化とみなして非難したが、実際のところ百目鬼の立ち位置は朝日新聞社における傍流であり異端だったと言える。

 書評コラム活動の他、共立女子短期大学教授も務めた。肝硬変で死去。丸谷才一が弔辞を読んだ。

 

再読もの

 投稿日:2014年 8月31日(日)15時22分28秒

  「サウスポイント」
よしもとばなな著、中央公論社、2008年

「旅猫リポート」
有川浩 著、文藝春秋、2012年


 どちらも再読、「サウスポイント」は既読とは思わずに借りてしまった。読んでいるうちにああ前に読んだことがあると思い出した。しかし全体像を思い出さないまま最後まで読んだ。前回も最後まで読んだ。悪い本では無い、しかしよしもとばななフアンが絶賛するほど面白くも無い。なんか話に無理があるような気がする。なのにどうしてこの本を二度も読んだのだろう。装丁に惹かれて手が出たのかなぁ?

 「旅猫リポート」は大筋をすぐに思い出せる本、猫ものを無性に読みたくて再読した。シロやミケの仕草を思いだしながら、有川らしい感動ものを心地よく読み終えた。

 

月に捧ぐは・・・・

 投稿日:2014年 7月 3日(木)16時08分42秒

  月に捧ぐは清き酒
 鴻池流事始め

小前亮 著
2014年 文藝春秋

http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163900391

(作品紹介)
 清酒をつくったのは、武士の息子だった!?
 尼子一族を支えた猛将、山中鹿介の息子、新六は仕官の誘いを断って商人の道を歩みはじめた。炭や酒の商いを通じて財をなし、やがて清酒の醸造に日本ではじめて成功する。現代まで連なる鴻池財閥の根幹を築き上げた男の、知られざる一代記。

(担当編集者より )
  中国やモンゴルを舞台に、壮大な歴史作品を執筆されてきた小前亮さんが今回題材にとったのは、江戸時代における日本一の豪商、鴻池家。この鴻池家の始祖、山中(鴻池)新六はなんと武士の血筋、それも尼子の猛将として知られた山中鹿介の息子なのです。
なぜ、武将の子として生まれた新六が商人の道を歩み、現代にまで連なる鴻池財閥の根幹を築き上げたのか。きっかけは、その時代では考えられもしなかった「酒の輸送」でした。武士の不屈さと商人のセンスを合わせ持った男の一代記をお楽しみください。

 JFくんが面白いですよと勧めてくれたので読んでみました。
 この著者の本は初めてでした。あまり登場人物に入れ込まないで淡々と話を進める文章は読みやすい。主人公の活動地域は、伊丹、池田、能勢、大坂と馴染みがあり、テーマが酒造りとあって興味津々で一気に読みました。
 清酒発祥の地というのが関西に2つあり、時々話題なっている(奈良市と伊丹市:http://www.nikkei.com/article/DGXBZO47666870V21C12A0AA2P00/)。その伊丹説の話として楽しかった。
 山中鹿介の息子が鴻池財閥の始祖とは、歴史も面白いですね!


武士の子に生まれ商人になった主人公やその叔父からみた(秀吉や信長のように)メジャーではない戦国武将のイメージが新鮮でした。茨木城主の中川清秀が結構要領の良い男だったとか、小早川秀秋に同情したり、亀井茲矩ってどんな武将?とか・・・

 

白蓮

 投稿日:2014年 7月 1日(火)17時59分46秒

  「白蓮れんれん」
林真理子 著
中公文庫
 1998年10月18日 初版
 2014年6月25日 9刷

 JR茨木駅の近くの書店で最近の売れ行きNo2とありました。多分、朝ドラ人気からなのだろうと思います。そして私たちも欲しくなり買いました。
 この小説はもともと1994年に中央公論社から発行され、著者は1995年に柴田錬三郎賞を受賞しています。全く知らなかったので朝ドラを見なかったら手に取ることは無かった本です。WEBで読書感想をみるとほとんどの人がそのようです。

 林真理子の功績は、 1980年代以降において、「ねたみ・そねみ・しっとを解放」したと評した人があるそうですが、女性のどろどろっとした感情が露骨に表現されていてTNはこの著者は苦手です。たぶんいつもなら途中放棄するところですが、今回は白蓮の人生に対する興味で最後まで読みました。凄い人達です。
 700通の手紙を残した宮崎龍介とY子、その手紙を林真理子に託した娘夫婦、なんか普通の人たちではないですね。

 白蓮はそれほど好きにはなれませんでしたが、伊藤伝右衛門は意外に好きでした。
 

「花子とアン」と「赤毛のアン」

 投稿者:TN&TN  投稿日:2014年 6月 4日(水)15時59分45秒

  「花子とアン」と「赤毛のアン」

 朝ドラを毎日見ている。その原案という「アンのゆりかご」を読みました。その時の感想は、「テレビのお話は視聴者受けしそうな場面を上手に使い、いろいろな話を作り替えているのだということがよくわかりました。」でした。

 今、新潮文庫の「赤毛のアン」シリーズを2巻まで読みました。読んでいるうち、アンと村岡花子が重なってきました。面白いな、なにが・・・・と自分でまとめようとしたらそれを指摘したブログがすでにありました。

 http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20140401/E1396281045374.html

面白いです。前半だけコピペ

2014年3月31日、NHK連続テレビ小説「花子とアン」がスタートした。
1話を観て、その斬新さにひっくりこけたね。
すごいぞ、これ!
『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』を原案に、ルーシー・モード・モンゴメリ の『赤毛のアン』を翻訳した村岡花子を描くということで期待して観たら。
アンじゃないか!
アンそのものじゃないか!
村岡花子の生涯とみせかけて、日本を舞台に置き換えた『赤毛のアン』をやってるじゃねーか。
な、なんたる大胆不敵。

タイトル前。
「曲がり角を曲がったさきになにがあるのかは、わからないの。でも、それはきっと……」と花子を演じる吉高由里子のナレーション。
そこに空襲警報のサイレン!
「きっといちばんよいものにちがいないと思うの」
窓ガラスが割れる。炎が入ってくる。
訳している原稿に火の塊が落ち、燃え上がる。
わっと火を消し、花子は、原書と辞書を抱える。
「何?」
「命より大事なもの」
『赤毛のアン』の読者なら、この最初数分でグッとくる。
っていうか、吉高由里子のナレーションの言葉は最終章でアンが決意を語るシーンの台詞だ。
つまり、ほぼ訳し終えていたタイミングなのだ。
「なら、原書も大事だけど訳した原稿も持ってってよ!」と心のなかで大きなツッコミを入れるんだが、持って行ってない感じなんだよなー。
いやいやいや、火消したんだから、持ってって!

この後、タイトルをはさんで、こども時代へ。
働いている間、鳥になって空高く飛ぶ想像をして「はなは小さいころから夢見るチカラを持っていました」というナレーション。
想像することが大好きなアンと同じだ。
“朝はどんな朝でもよかないこと? その日にどんなことが起こるかわからないんですものね。想像の余地があるからいいわ。”(第四章 「緑の切妻屋根」の朝)
ここから明治の山梨版『赤毛のアン』が繰り広げられる。

いじめっこにいじめられ、はなと呼ばれて、こう叫ぶのだ。
「はなじゃねぇ、オラのことは花子と呼んでくりょう!」
きましたーーー!
これは、アンが、マリラに「何という名前なの?」と問われて答えるシーンだ。
「アンという名を呼ぶんでしたら、eのついたつづりのアンで呼んでください」(第三章 マリラ・クスバートの驚き)
そもそも、村岡花子の本名は、「安中はな(あんなか はな)」だから、「はな」って呼ぶいじめっこが正解だ。

8:08、お父さんと帰る道は、なぜかヒラヒラと白い羽根を舞わせていて、映像的にもカナダ風。…

・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・

1話で、『赤毛のアン』の名シーンがどんどん登場しちゃうのである。
今後、どうなるのか。
華族の娘(仲間由紀恵が演じるそうです!)と友達になるそうだから、彼女がダイアナかな。酔っ払わせちゃって会えなくなったりするのかな。(←花子がワインとは知らずに酔っ払う場面としてすでに登場)

持ち前の想像力を使いすぎて夜の森が怖くて外出できなくなっちゃうシーンと、肝試しで高い場所を歩いて落ちちゃうシーンと、物語クラブは、今後出てくると予想。。(←小学校の先生になった花子が実行済み)
・・・・・・・・・・・・・・・・

 



『赤毛のアン』

 投稿者:JF  投稿日:2014年 6月 6日(金)18時49分9秒

   こんにちは。
 村岡花子さん訳の『赤毛のアン』のファンとしては,最初から「あ〜ら,
このシーン…」,「おや,この台詞…」と,「ああ,『赤毛のアン』の場面を
いっぱいちりばめているんだなー」と,ずっと思ってきました。それを「いい!
(面白い)」と思うか「う〜ん…(こう使うか…)」と思うかは,人それぞれ
ですね。
 まだ『アンのゆりかご』は読んでいませんが,おそらく村岡花子さんは,
アンの“腹心”(の友)になり得る人だったのだと思います。でなければ,
あんな訳はできないと思うのです。何度読んでも思うのですが,『赤毛のアン』
の独特の語り口調は,言語の壁を越えて,きっと原作と通じるものがあるん
だろうな…。原作のイメージ? 雰囲気? そこに漂う空気? それを
そっくり伝えているんだろうなぁと勝手に思っています。それって,翻訳者の
力(英語力だけでない,作家としてのセンス?)がとっても影響するのでは
ないでしょうか。
 だから,私は,“村岡花子さん訳”の『赤毛のアン』が大好きです。母が
娘時代に買ったというアンシリーズを,私は結婚するときに貰いました。
文庫本が100円もしない時代のおそらく母の夢がいっぱい詰まった大事な本
です。自分が歳を重ねるにつれ,歳を重ねていくアンの続編をまた読み返し,
ずっと一緒にいる。わたしにとって,アンシリーズはそんな特別な本です。
 



Re: 『赤毛のアン』

 投稿者:TN&TN  投稿日:2014年 6月 7日(土)08時20分42秒

  JFさんへのお返事です。

 「赤毛のアン」は、何十年か前に学生が面白いからと読み終わったのを順に
貸してくれました。自分の本でなかったのでその時の1回きりだったので、
話の大部分はすっかり忘れていました。それで、ドラマに,「『赤毛のアン』の場面を
いっぱいちりばめているんだなー」というのは本を読み直すまで気がつかなかった
のです。

>  村岡花子さん訳の『赤毛のアン』のファンとしては,最初から「あ〜ら,
> このシーン…」,「おや,この台詞…」と,「ああ,『赤毛のアン』の場面を
> いっぱいちりばめているんだなー」と,ずっと思ってきました。それを「いい!
> (面白い)」と思うか「う〜ん…(こう使うか…)」と思うかは,人それぞれ
> ですね。

 最初、テレビドラマというのは原作をここまで書き換えられるのかと、ある意味、
感心してしまったのですが、原作が,『アンのゆりかご』と『赤毛のアン』だとすれば
それほど感心するほどのことでもなかったような気がします。
 

アンのゆりかご

 投稿日:2014年 5月26日(月)08時23分21秒

  アンのゆりかご
 村岡花子の生涯

 村岡恵理 著 新潮文庫

 NHKの朝ドラを毎日見ています。
 今、本屋には「赤毛のアン」関係本がならんでいます。
 その中の一冊で、朝ドラの原作とされている本です。

 すっと読めました。テレビのお話は視聴者受けしそうな
 場面を上手に使い、いろいろな話を作り替えているのだ
 ということがよくわかりました。

  面白いなと思ったのは、「赤毛のアン」という題名は
 最初の出版を担当した三笠書房の編集者小池喜孝の提案
  だったということ。村岡花子は「窓辺に倚る少女」と決めていて
 「赤毛のアン」は気に入らなかったが、娘のみどりが
 素晴らしいというのでそれにしたという。
  「窓辺に倚る少女」 では今頃は忘れられている
 だろうなと思います。
 

スピリッツを・・・

 投稿日:2014年 5月21日(水)19時23分11秒

  何年ぶり?かでスピリッツを買いたくなりました。

 「美味しんぼ」が福島原発取材で話題になり、今週号で小学館の意見を
表明すると騒がれ、そして次週から「美味しんぼ」は休むという、なんで
っと気になって。

 コンビニによっては探すのですがたいてい無い! 今日、我が家の近く
のコンビニに振込のためよった。スピリッツを探したが無い、(て)が
売り切れですかと尋ねると、店長らしき青年が自分のためにとっておいた
らしき一冊を出してきて売ってくれた。

海原親子が仲良くなる感動的場面があり、放射線被害に関する多くの
意見がまとめられていた。もう少し時間を掛けて考えてみようと思います。

TN&TNがもっている単行本の最後は102巻、2008年の7月発行です。
その後も変わらず続いていたのだなっと、感無量!
 

見送ル

 投稿者:TN  投稿日:2014年 5月 2日(金)09時08分13秒

  見送ル ある臨床医の告白
里見清一著 新潮社 2013年

 久しぶりの読書、一週間かかってやっと読み終えた。
 中々読み進まなかったが、嫌いな本ではない。が、内容は重い。
 自分がどんな死に方をするのか考えざるをえなくなる本でした。

 エピローグを読むまで実話だと思っていたが、小説だという。
 ふーんという肩すかしのような感じがする。実話と思わせる
 筆力は凄い物です。

 この本の感想を書くのはしんどい。他の人の感想を探すと
 よいのがあった。
  http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/329942.html
 

生の字のオブジェ

 投稿日:2014年 1月17日(金)11時46分13秒

   阪神大震災から19年目、毎日新聞の朝刊第一面に「街と心の再生」という囲み記事があった。






「武庫川の中州に、生の字のオブジェ・・・」、えっ、有川浩の「阪急電車」ででてきた場面、と吃驚し「阪急電車」で確認。有川がこのオブジェのいわれを知っていて「阪急電車」に取り入れたのか、知らずに取り入れたのか?小説を読み直した感じでは、知らなかったのではと思うが、有川の小説の題材取材感覚は好きだなといつも感じる。















 宝塚市のHPに「記憶の中の「生」再現プロジェクトについて」という記事があった。
http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/?PTN=ofc&OOM=2&ofcd=01010102000000&Regid=2797

 宝塚市では、作家有川浩さん(市内在住)の小説「阪急電車」の冒頭に登場する「生」の字のアートオブジェについて、同小説の映画化(平成2011年初夏上映終了)をきっかけに2010年12月5日、以前にあった場所に再現しました。
このオブジェは、市内在住の現代美術家大野良平さんが、阪神・淡路大震災から10年目の2005年1月に、「街と人の心の再生」を願って、市内を流れる武庫川の中州に石を積んで創作されたもので、その後2006年の秋に自然消滅しましたが、小説を通して人々の記憶の中に残り語り継がれていました。
2代目「生」の再現にあたっては、大野さん、宝塚市が中心となって『記憶の中の「生」再現プロジェクト』を立ち上げ、大野さんの母校である宝塚大学(旧宝塚造形芸術大学)の先生や学生、また地域の住民の皆さんや地域の子ども達など延べ100人を超えるボランティアの協力により完成することができました。
最下段にあるメイキング映像は、その4日間にわたる再現作業を簡単にとりまとめたものです。映像の編集は宝塚市が、音楽は宝塚大学の学生が担当し制作しましたので、ぜひこの映像をご覧ください。
その後、2代目「生」は、川の増水により再現から5ヵ月後の2011年5月に消失し、再び3代目「生」を同年7月に制作しましたが、こちらもわずか1ヶ月半後の2011年9月に再消失、同年12月に4代目「生」を再び制作し、修復を繰り返しながら約2年間存在しましたが、2013年9月台風による大雨により消失しました。
このような中、2013年10月に5代目となる「生」を制作(再現)しました。


 

Re: 生の字のオブジェ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2014年 1月20日(月)14時13分50秒

  TN&TNさんへのお返事です。

>  阪神大震災から19年目、毎日新聞の朝刊第一面に「街と心の再生」という囲み記事があった。
> 「武庫川の中州に、生の字のオブジェ・・・」、えっ、有川浩の「阪急電車」ででてきた場面、と吃驚し「阪急電車」で確認。有川がこのオブジェのいわれを知っていて「阪急電車」に取り入れたのか、知らずに取り入れたのか?小説を読み直した感じでは、知らなかったのではと思うが、有川の小説の題材取材感覚は好きだなといつも感じる。
>
 有川とオブジェ製作者の大野と宝塚市長の対談記事があった。

http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/sub_file/01010102000000-kouhou-2011-01-zadankai.pdf

有川は、小説の前半を書いているときは知らなかったが、後半の復路を書いたときには、モニュメント製作の意図を知り、「物語に回収した」と述べている。
えっと、また「阪急電車」の該当箇所を探す。確かに最後の章でモニュメントが製作された意味を説明した上で「私たちの縁結びの神様」と意味づけた。小説家のいう「回収した」場面、良く練ってあるなと思う。

 映画「阪急電車 十五分間の奇跡」ではこの話は省かれているが、DVDで「阪急電車 十五分間の奇跡 征志とユキの物語」というのが製作されている。





 

今年もあとすこし

 投稿日:2013年12月28日(土)13時39分47秒

  RONくん
 娘さん、無事退院とのこと、よかった!
 2泊したんですね。ご苦労様。

茨木の山もうっすら雪化粧
 いつもの散歩、寒くて、普段は歩いているうちに汗ばむのに
 今日は寒いままでした。
 水たまりは氷がはり、あちこちに霜柱が!

 今季初めての ルリビタキ♀ にであいました。

墓参りの為の花を買いに、「みまさか(岡山県美作の野菜直販所)」へ
 年末の土曜日、みたこともないほどの大混雑、花だけで野菜はやめました。

墓参り
 みぞれ降る中、墓参り。いつもならその後、安威川を散歩するのですが
 さむくてやめました。

森浩美 「小さな理由」
 女性作家と思い込んで読んでいました。後書きの僕という自称があって
男性作家としりました。いわゆる家族小説で感覚がなんとなく女性っぽく
感じたのですが・・・・。作詞家らしいので感覚が繊細なのかなとかってに
納得。

  今年の2月に森浩美「こちらの事情」を読んでいて、おなじことを
 書いていました。まさに加齢現象ですね、なさけない。
 「森浩美は女性と思い込んでいたが男性だった。ありふれた日常をさらっと描くがその中に少しの希望が混じっていて心地よく読める。」

PS 29日(日)
 寒いが快晴、近畿北部に大雪警報、北陸道はチェーン規制。
  空気が綺麗なのは、年末で工場等が休みだからか。むかしスモッグが酷かった頃
 年末年始の休み期間だけ、大学の屋上から大阪湾が綺麗に見え感動したことを
 思い出す。

 冬タイヤに交換 まだ自力でできました。
 たぶんスタッドレス・タイヤで走るのはこれが最後かな?次の車検前に
 車を買い換える予定なので。
 

読まなければよかったな・・・

 投稿者:TN  投稿日:2013年12月25日(水)10時58分4秒

  「新島襄」太田雄三著
ミネルバ書房、2,005年

 NHK大河ドラマで八重さんの夫であった新島襄が気になった。
今まで。同志社の創始者ということぐらいしか知らなかったし
興味も無かったので予備知識は皆無といってよい。ドラマから
の想像では、伝記を読めば、新島襄の素晴らしい教育業績や
人情味豊かな魅力ある人柄がよく分かるだろうと期待して
いた。
 しかし、この本は新島襄を偉人として賛美する人ではなく
新島の業績をかなり批判的に観ている人の著作だった。論旨は
明確で書かれていることは多分事実に近いのだろうなと思う。

一番の批判は、相手によって言い方を変える人、つまり「策士」
として新島襄を捉えていることだろう。それについて同志社大学
名誉教授の北垣宗治氏が講演で反論している。
 http://www.christian-center.jp/dsweek/05au/t_1108_2.html
この講演は講演で正しいと思う。「策士」という言葉をどうとら
えるかだけの話で、事実についてはどちらも同じことを指摘して
いる。

 TNはこの策士的な一面はそれほど嫌いではない。
 ただ、この本で指摘されている新島の人柄は大嫌いだ。TN流に
意訳する。アメリカかぶれの欧化主義者で、なんでもアメリカでの
やり方が正しいと考えていた。自主性は全くなく、西洋人の意見を
自分の意見にするのがじつに素早い人だった。権威をもつ人にとり
いるのがうまく、自力と言うより他力にすがって事業をすすめた。
アメリカのプロテスタント教しか認めず、信教の自由について
無理解であった。などなど、知らないほうが良かったなと・・・・
 

研修医純情物語

 投稿日:2013年11月19日(火)18時42分52秒

  「研修医純情物語」 - 先生と呼ばないで
 川渕圭一 著、主婦の友社、2002年

 図書館のリサイクル図書に、同じ著者の「五カとゴロー」(求龍堂、2006年)があり、何となく気になったので頂いた。どんな基準でリサイクル図書になるのか知らないがたまに面白そうな本も混じっているのでリサイクル図書が置いてあるときはチェックしている。
 大学病院の分院が舞台、優秀でエリート医者風の研修医五カが元患者の幽霊ゴローと出逢い、エリート風医者から庶民の味方に変身していくそれなりに楽しい本。
 経歴をみれば東大工学部大学院中退、パチプロ生活、会社員、30歳で京大医学部入学、37歳で医者、へーっという感じ。他に出版している著書もけっこうある。その中の「研修医純情物語」って、買ったけれど読まなかった(読めなかった)本で、まだ本棚にある。それで読んでみた。

 どうして読めなかったのか? 今、その事情を覚えているはずもないが、たぶんこの本が出版されTNが購入した2002年は達志がなくなった年で、K医大付属病院での入院生活の記憶が生々し過ぎた為だろうと思う。いきなり、実力の無い研修医、くだらない教授回診の話が出てくるので、腹立たしく読む気力が無くなったのだと思う。

 2012年6月8日(土)、TNは「助教授様の一声で突如治療方針が変わる。医者はつくづくバカだと思う。大多数の医者や看護婦は自分で考えることをしない。研究者ならこんなやからは失格だ!」と憤慨している。この日、回診を効率よくと考えた看護婦は、発熱(38.8度)しているTNにシャツを脱いで回診を待てといった(達志に移植するために皮膚を摂られたところを医者達にみせるために)、冷房をがんがん効かせた部屋で。則、怒鳴りつけ拒否した。6/6、6/7はオオサカサンパレス(茨木)で日本熱傷学会が開かれていた。その要旨集(?)を抱えて眺めている研修医・学生。見せ物ではない!と腹立たしかった。
 (て)は「TNの両大腿部は、まるで赤い短パンをはいているようだった。助教授回診はとりまきが多く後の処置も新米Drがあれこれと悩みながらやるので裸で長時間居ることになる。やっとクーラーが入って涼しいのはよいが患者の苦痛など全く考えない。看護師もしかり!とうとう怒ってしまったらしい。」と書いている。
 教授回診というだけでフラッシュバックしてしまう屈辱のシーンです。
 血液採取、点滴のたびに苦痛を与えてくれた若い担当医(研修医)は、今なら許せる気もするが、入院時は嫌だった。

 今回は読了できた。
 大学病院での日常を「なにか変だな」と悩み、「患者のための医療」だけが大事なのだと居直った著者を応援したい。

 しかしこの本は読み直さないだろうと思う。

PS
 今回、最後まで読めたのは?
 大学病院の研修医の日常は想定の範囲内でえっと思うような新鮮な興味は持てなかった。「神様のカルテ」のような感動物語でもなく、また心地よい文章でも無かった。それでは何に惹かれて読了し、掲示板でこの本を紹介したいと思ったのか?
 たぶん、この著者が、世渡りはへただけれど、患者という弱者に対し本気で正面から向かい合って、誠実に対処しているなと感じたからだろうと思う。
 変わった経歴の持ち主はそれだけ癖の強い嫌みな人が多いと思いながら、この著者を好きになったのはプロローグを読んで直ぐでした。「うつ病」になったとき、かかった精神科医に対する思いが書いてあり、それが数少ないけれど心療内科医と接触した経験からすっと納得できた。そして「ーーこのくらいなら、僕の方がましだ。少なくとも僕は、この医者たちよりは患者にサービスしてあげられるし、患者に無理強いをしたりはしない。・・・」と思い、それが医者になりたいという動機につながっていく。面白い人だなと感じました。

●川渕圭一経歴
1959年、群馬県前橋市生まれ
前橋高校卒業
2浪して東京大学工学部入学
大学4年時、脳神経外科の勤務医をしていた父親が、
ホテル・ニュージャパン火災で帰らぬ人となる
なんとか大学を卒業し、東大大学院に進むものの中退

パチプロで生計を立て、その後商社に入社しメーカーに転職
いずれの仕事にもなじめず、やがて1年間の引きこもり生活を送る
精神科を受診するが、「僕の方がましだ」と医者に反発

30歳で一念発起して医師を志し、半年の勉強で、
(「浪人せずに」)京都大学医学部に合格
37歳で京都大学医学部卒業
1996年から4年間、東京大学付属病院に研修医として勤務

2002年にその経験をもとに『研修医純情物語一先生と呼ばないで』を執筆
10万部の大ヒットとなる

●主な著作
・研修医純情物語 - 先生と呼ばないで (幻冬舎文庫)
・ふり返るなドクター (幻冬舎文庫)
・吾郎とゴロー (幻冬舎文庫)
・ボクが医者になるなんて (幻冬舎文庫)
・[小説] 東大過去問・現代文 (文庫ぎんが堂)
・ぼくのおじさん (講談社)
・セカンド スプリング (PHP研究所)
・いのちのラブレター (実業之日本社)
・マゾ森の夏休み (汐文社)

『37歳で医者になった僕〜研修医純情物語〜』(37さいでいしゃになったぼく〜けんしゅういじゅんじょうものがたり〜)は、2012年4月10日から6月19日まで、関西テレビの制作によりフジテレビ系列の火曜22時枠で放送されたテレビドラマ。

 

高知−桂月ー有川浩ー阪急電車−県庁おもてなし課

 投稿日:2013年11月12日(火)07時04分40秒

  高知−桂月ー有川浩ー阪急電車−県庁おもてなし課
 まあ書いているTNにしか分からない連想ゲームです。

 11月4日に高知で開催された「地球電磁気・地球惑星圏学会」で学会賞(フロンティア賞)を受賞された広岡公夫富山大学名誉教授の受賞祝賀会を後輩のHS君達が世話人になって開いてくれた。お世話になった広岡さんの会というので、NNくんやJFくんと一緒に参加した。祝賀会までの待ち時間の間に3人で呑んだ桂月が美味しかったので、土産に買った。
 土佐酒造のHPに有川浩「阪急電車」桂月を書いているとあったので えっと確かめました。有川浩は高知出身の人気作家です。

ーーーーーーーーーーーーー
「ちょっとしたツテで高知の『桂月』って日本酒が手に入ってんだけど・・・・」
 店に自前の酒を持ち込むわけにはいかない。呑むならどちらかの部屋ということになるだろう。
「えっ『桂月』ってあの『桂月』!?」
 ユキの食いつきはさすがだった。
 というか、決して全国区でメジャーではないというその銘柄に反応したことがすごい。「昔、大阪のどこかのお店で呑んだことがあって・・・・おいしかったなぁ」
 味の記憶を反芻しているらしい。声がうっとりしている。
「高知県出身の人が呑み会のメンバーに混じってて勧められたの。こんなの置いてるお店めったにないから呑んどきなって」
 確かに普通の店で地酒として置いてある高知の酒は全国区選手になっている『土佐鶴』や『酔鯨』程度だ。

 (文庫本でまだ2頁弱、高知の酒がらみの話が、有川らしい軽いタッチで続く)
                                                            ーーーーーーーーーーーーー

 それで「阪急電車」を久しぶりに読み直した。阪急今津線の各駅の名前が章題になっていて宝塚駅−西宮北口駅を往復する。偶々同じ阪急電車に乗り合わせた人達のチョットした触れあいを軸に、それぞれの人生模様を軽快に心地よいテンポで描く。複数回、読み直せる本の1冊です。
 今回、ふと気になったのは宝塚ホテルの結婚式に出た人が、茨木に帰るのに今津線で西宮北口にでるという設定。TNの距離感とは違いました、宝塚線で十三乗り換えしか思いつきません。Yahoo路線情報で調べると、西宮北口経由の方が10分ほど早いようです。京都線と宝塚線しか馴染みがないTNには・・・・

 いきおいで高知といえば「県庁おもてなし課」だと、これも読み直した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(角川文庫のHP)
とある県庁に生まれた新部署「おもてなし課」。若手職員の掛水史貴は、地方振興企画の手始めに地元出身の人気作家・吉門に観光大使を依頼する。が、吉門からは矢継ぎ早に駄目出しの嵐――どうすれば「お役所仕事」から抜け出して、地元に観光客を呼べるんだ!? 悩みながらもふるさとに元気を取り戻すべく奮闘する掛水とおもてなし課の、苦しくも輝かしい日々が始まった。地方と恋をカラフルに描く観光エンタテインメント!
                                                      ーーーーーーーーーーーーーーーー

 高知県におもてなし課は実在する(http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/020201/)。人気作家・吉門は有川自身がモデル、高知レジャー化構想を提案する重要な登場人物の清遠和政は有川の父親(?)だという。
 有川浩の本はどれもテンポがあり読みやすい。読後感もさわやか、そしていつもよくこんなことを思いつくなと感心する。

(「あ、『土佐鶴連続金賞受賞』みたいな」というような台詞をさらっと挟まれると、この著者は酒好きなのだろうなと思ってしまう。)

 

Re: 高知−桂月ー有川浩ー阪急電車−県庁おもてなし課

 投稿日:2013年11月13日(水)09時05分0秒

  TNさんへのお返事です。

昨日、NHKのBSで阪急電車の映画を放映していたので
みてしまいました。
 なにかを気にすると、次々にそれに関連したことが
目につくモノですね。山野草も見たいと思わない限り
目に入らないのと同じことですね。
 酒もアレを呑みたいと探さなければ目に入らない。

「阪急電車 片道15分の奇跡」

監督 三宅喜重
キャスト 中谷美紀、戸田恵梨香、宮本信子、南果歩、谷村美月
製作年 2011年
配給 東宝
上映時間 119分

 本を読んだ後の映画にはたいてい失望するのですが、これは素直に観られました。本の面白さをできる限り生かすように作られています。それだけに本を読んでいない人には分かりにくい場面もあるのではと思いました。
 本ではそれほど強く感じなかったが、まるで花嫁のような白いドレスをきた高瀬 翔子 (中谷美紀)が阪急電車に乗っているいるという異常な光景が、映像だとなるほど凄い異常な場面なのだとよくわかる。文章より映像の方が迫力あることもあるという例の一つか。
 宮本信子はやはり上手な女優さんだなと。
 

海賊と呼ばれた男

 投稿日:2013年11月 3日(日)09時17分9秒

  「海賊と呼ばれた男」上下
百田尚樹、講談社、2012年

 2013年の本屋大賞に選ばれた本。発表が4月にあり、読みたいと思い直ぐに図書館で予約したのがやっと手元に。予約待ち半年以上の人気の本。百田尚樹なんて全く知らなかったが、どうも安倍首相お気に入りの作家らしい。NHK経営委員会の委員に「安倍カラー」の濃厚な人を選んだと話題になったが百田はその中の1人で、安倍は「以前から私も百田さんの小説の愛読者でしたから、百田さんのような方に『もう一度、自民党総裁選に出馬して総理を目指してもらいたい』とおっしゃっていただいたことは、本当に勇気づけられました」などと話しているらしい。そして百田は、いわゆる「自虐史観」を一貫して批判しているらしい。

 右翼愛国主義者かなっと思うような作家の本は普通なら読まないが、本屋大賞につられ借りてしまった。読むしかない。

 本は面白かった。モデルの出光興産の創業者出光佐三が凄い人だったということにつきるのですが、この作者の筆力も凄いモノです。この人の本ばかり読めばかなりの愛国者になってしまうでしょうね。司馬遼太郎の歴史観に毒されてしまったなと思うことがあるのと同じ怖さを感じてしまう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
出光佐三は

http://matome.naver.jp/odai/2134335480693983501

神戸高等商業(現:神戸大学)を卒業したのち、神戸で小麦粉と石油を扱う酒井商店に丁稚として入店。同級生にはバカにされたが小さな会社でノウハウを得る、石油時代を予見していた。

独立資金は資産家が信頼して6千円(当時の価値で1億円)をくれた。貸すのではなく、くれた。

陸では他の商会の縄張りがあり自由にうれないため、海上で漁船を待ち構えて、やすく油を販売した。これが海賊といわれた。

終戦の2日後。社員を集めて訓示します。
「愚痴をやめよ。世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ」
「泣き言をやめ、日本の偉大なる国民性を信じ、再建の道を進もうではないか!」

全従業員数は、約一千名いたが、多くの企業が人員整理をするなか、従業員の首をきらないことを宣言。

佐三は戦前に集めた書画骨董を売り払い、銀行から可能な限り借金をして仕事がなく自宅待機されていた従業員にすら給料を払い続けた。

旧海軍のタンクの底に残った油を処理する仕事をうけおうことで、石油業界に復帰をはたす。

イランは英国資本の油田を強制的に摂取して国有化したため、英国海軍がイランから輸出されるタンカーの拿捕をおこうなか、イランの石油を満載して無事、包囲をとっぱし、日本に石油をもちかえる。

題名のない音楽会」の番組スポンサーを出光興産がおこなっているが、番組途中でCMが入らない。番組スポンサーの出光興産元社長、出光佐三(いでみつさぞう)氏の「芸術に中断は無い」という考えに基づくためだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784062175647
内容説明

敗戦の夏、異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は、なにもかも失い、残ったのは借金のみ。そのうえ石油会社大手から排斥され売る油もない。しかし国岡商店は社員ひとりたりとも馘首せず、旧海軍の残油集めなどで糊口をしのぎながら、たくましく再生していく。20世紀の産業を興し、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とはいったい何者か―実在の人物をモデルにした本格歴史経済小説、前編。

出版社内容情報

『永遠の0』の百田尚樹氏渾身の書き下ろし! 敵は七人の魔女。英国海軍の包囲をかいくぐった日本人の実話をもとにした壮大な叙事詩

忘却の堆積に埋もれていた驚愕の史実に当代一のストーリーテラーが命を吹き込んだ。1945年8月15日、異端の石油会社『国岡商店』を率いる国岡鐵造は、海外資産はもちろんなにもかもを失い、残ったのは借金のみ。そのうえ石油会社大手から排斥され売る油もない。しかし『国岡商店』は、社員ひとりたりと馘首せず、旧海軍の残油集めなどで糊口をしのぎながらも、たくましく再生していく。20世紀の産業を興し、国を誤らせ、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とは何者なのか−−実在の人物をモデルにした、百田尚樹作品初の本格ノンフィクションノベル!

【著者紹介】
1956年大阪生まれ。同志社大学中退。関西の人気番組「探偵! ナイトスクープ」のメイン構成作家となる。2006年『永遠の0(ゼロ)』(太田出版)で小説家デビュー。『ボックス』(同)、『風の中のマリア』(講談社)、『モンスター』(幻冬舎)、『リング』(PHP研究所)、『影法師』、『錨を上げよ』(以上講談社)など著書多数。『永遠の0』は、講談社文庫から刊行され100万部を突破、山崎貴監督、主演・岡田准一で映画化、2013年公開予定。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

追悼

 投稿日:2013年 9月 5日(木)15時24分7秒
  「追悼」(上)(下)
山口 瞳(著) 中野 朗(編)

2010年発行、論創社

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
http://books.rakuten.co.jp/rb/%E8%BF%BD%E6%82%BC%EF%BC%88%E4%B8%8A%EF%BC%89-%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%9E%B3-9784846010232/item/6874869/

【内容】
褒めるだけでは本当の追悼にならない。川端康成の死を哀惜し、山本周五郎の死に涙し、三島由紀夫の死に疑問を投げ、梶山季之の死を無念がり、向田邦子の死に言葉を失う。山口瞳が80人に捧げた追悼文を一挙集成。

【著者】
山口瞳(ヤマグチヒトミ)
1926年、東京生まれ。麻布中学を卒業、第一早稲田高等学院に入学するも自然退学。終戦後は複数の出版社に勤務し、その間に國學院大學を卒業する。58年、寿屋(現サントリー)に「洋酒天国」の編集者として中途入社。62年に『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞、79年には『血族』で菊池寛賞を受賞する。95年8月、肺がんのため逝去.

中野朗(ナカノアキラ)
1951年、小田原生まれ。札幌東高校、明治大学政経学部を卒業。2001年、「山口瞳の会」主宰「山口瞳通信」(年刊)を七号まで、「山口瞳の会通信」を年数回発信するも、現在休会中。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 昔から、よく知っている作家で、週刊新潮に連載していた「男性自身」などは何回も読んでいるが本になったものを読むのは初めてだと思う。(上)は一気に読んだ。上の【内容】に紹介された作家に対する追悼文は全部(上)にあり、1963年から1982年までの間に亡くなった人に対する追悼文が集められている。どれも山口の気持ちがこもった素晴らしい追悼文だった。
 しかし、1982年から1995年までの(下)になって、読めなくなった。坂本九への追悼文がきっかけのような気もするが、それだけでもないようにも思う。

山口は、
 追悼文というのは、特にそれが不慮の事故死であったとき、故人を褒め讃えるものときまっている。「死んだ人の悪口を言うな」と言う。
 しかし、人間には長所と短所があり、その短所を書かなければ、故人の全体としての人間像が浮かび上がってこない。すなわち、本当の追悼文にはならない。
私はそう思っている。短所が長所につながる場合もある。


という。強い人だなと思う。そして嫌みを感じてしまった。(下)は山口の晩年の10年分、この時には、たぶん頑固になり頭も老化しかけていたのではないかな、と思ってしまう。TN の頭も固くなってきているのでしょう。嫌だなと思ったとたん全く読めない。

PS(9月8日)
 上の(下)が読み切れず中途半端な気持ちが残り、もっと山口瞳を知りたいので、妻・山口治子の「瞳さんと」と小玉武著の「『係長』山口瞳の処世術」を読んでみた。それぞれ興味深く読んだ。共通して取り上げていたのが小説「人殺し」で「虚」か「実」かという問題、山口瞳をどう理解するかで解釈が少しずつことなるのが面白い。
 博打や賭け事に強く、偏屈、頑固・・・、このあたりが天才たる所以でしょうか。

 

またスイス

 投稿日:2013年 7月31日(水)15時18分7秒

  「アルプスの小さな村で暮らす」
柿沼和子著 双葉社 19997年

 著者は1964年生まれだから、書いたのは33歳の時。「好きな場所で好きなことをして暮らす小さな幸せ」を伝えたいという。スイスに魅せられそこで生活する女性はどんな人なのかなと興味をもった。今回のスイス旅行でお世話になったハイキングガイドの2人も、1人はスイスに住み着き、1人は夏のシーズンにスイスにやってくる独身女性だった。いつまでも夢をおいかけて生きているのは男性に多いと思っていたのだが、そうでもないみたいだなと彼女たちをみて思う。

(体育会系の夢見る乙女ということから、何故かというより著者の写真のイメージが似ていることから、教え子のKMくんのことをつい思い出す。でも、人それぞれ、それぞれの生き方があるというしかないかと・・・)

 この本を読むと、もう一度ゆっくりスイスを旅行したいなと思います。
著者らが立ち上げた旅行社「クラブ・ドゥ・バカンス・モンターニュ」< Club de Vacance Montagne>は今も健在です。

http://www.cvm-alps.ch/
 

日記

 投稿日:2013年 7月29日(月)05時34分30秒

  スイス、帰ってからいろいろ調べているうちに、もう一度行きたいなと
思い出した。はじめはよく晴れて充分楽しめたので、次は違う国へ
と思っていたのに、思いは次々に変わっていくモノらしい。

スイスで毎日、昼食と夕食時にビールとワインを飲んでいたためか
2kgほど体重が増えたが、やっと出発前の体重に戻った。同時に生活も
通常の生活に復帰したように感じられる。

 読書意欲が低下していたがようやく復活、毎日、何かの本を手に
するようになった。


 最近、日本語について書かれた2冊の本を読んだ。どちらもそうだそうだと
納得できるところがあり一応は最後まで読んだ。しかし、良い本を読んだという
思いはすくない。読むうちにだんだん嫌になるタイプの本でした。
 たぶんどちらにも「この著者、ナニ様?」と感じることがいくつかでてくる
からでしょうね。特に前者の本に多かった。


「ナニ様?」な日本語

樋口裕一(著)、青春出版社、新書判、184ページ
定価870円(本体:829円)、初版年月日2013年01月15日

内容(内容と著者紹介は青春出版社の広告文から)
「課長、頑張ってください。期待しています」と上司を激励する若手社員、ほめ言葉のつもりが“上から目線”にとられてしまう。「近くに来たついでに御社まで寄らせていただきます」と言う営業マン、わざわざ訪問すると告げると客先が恐縮するからと気を遣ったはずが「うちの会社はついでか」と受け取られかねない…。巷にあふれる「ナニ様」言葉とその処方箋を明かした一冊。
著者紹介
多摩大学経営情報学部教授。京都産業大学文化学部客員教授。通信添削による作文、小論文専門塾「白藍塾」塾長。1951年大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、立教大学大学院博士課程満期退学。受験小論文の第一人者として活躍。大ベストセラー『頭がいい人、悪い人の話し方』など著書多数。



「若干ちょっと、気になるニホン語」
山口 文憲(著)、筑摩書房、1600円。2013年1月10日

(筑摩書房の広告から )
そんなアホな。街で見かけた変な日本語を、日本語ウォッチャーは見逃さない! 03年から10年間、日本語がこんなことになっている、を報告し続けた、汗と涙と笑い(?)の記録。

 

くちづけ

 投稿日:2013年 7月27日(土)10時03分22秒

  「くちづけ」宅間孝行 幻冬舎 2013年

 図書館の「今日返却された本」の中にあり、ふと気になり借りた。書名も著者もまったく知らなかった。

 知的障害の30歳の娘と父、そして35歳の知的障害の男性とその妹を軸にグループホームを生活の場として展開される仲間たちの温かな交流、愛を描いている。読みやすく感動を強要するのではないが、登場人物の無垢な純情、潔さ、愛情に引きずり込まれている自分に気付く。素晴らしい本に出逢えたと嬉しくなった。

著者はどんな人?と調べたら結構、著名人でした。

この本の紹介は↓が一番良さそうです。

 http://sankei.jp.msn.com/life/news/130526/bks13052609370008-n1.htm

『くちづけ』宅間孝行著
2013.5.26 09:36

 小説作品の映画化や舞台化は珍しくないが、逆は異例。本著は俳優で脚本家、演出家の宅間孝行が主宰する劇団「東京セレソンデラックス」によって平成22年に初演され、「舞台史上一番泣ける」と小劇場で大ヒットした舞台劇のノベライズである。

 知的障害者のグループホームで展開される、仲間たちの温かな交流、父と娘の愛を描いている。堤幸彦監督による同名映画(著者も出演)もきょう公開で、前評判は上々だが、本著では、この父と、娘を産んですぐ他界した母の出会いなどの背景描写が詳しく綴られ、深い感動をもたらしてくれる。(幻冬舎・1575円)


 

八重の生涯

 投稿日:2013年 6月26日(水)12時33分11秒

  「八重の生涯」
新井恵美子著 北辰堂出版 2012年

 図書館の返却本の棚にあった。字が大きく260頁ほどでこれなら直ぐ読めそうなので借りた。大河ドラマはしんきくさいので途中で嫌になるが、この本は一気に読めた。読みやすい文章、へんな思い入れはなく、淡々と調べ上げた事実を記録している。かなり上質のノンフィクションだと思う。
 これまではまったく興味の無かった新島襄・八重、そして山本覚馬が非常に魅力ある人達となった。

 それほど人気がある作家ではないらしい。ウイキペディアに下のように紹介されているだけだった。えっ、この人も学習院とちょっと吃驚、最近、吉村昭・津村節子が学習院と知ったばかりだったので。

新井恵美子(あらいえみこ、女性、 1939年-)は、日本のノンフィクション作家。

来歴
神奈川県立小田原城内高等学校を卒業。学習院大学文学部を中退。
1963年 「雨ふり草」で随筆サンケイ賞を受賞。
1986年 「サエ子とハマッ子」で横浜市福祉童話大賞を受賞。
1996年 「モンテルンパの夜明け」で第15回潮賞ノンフィクション部門優秀賞を受賞。

父親は雑誌平凡を創刊した岩堀喜之助。
 

富士山大噴火

 投稿日:2013年 6月14日(金)15時03分16秒

  「富士山大噴火」
鯨 統一郎 著 講談社 2004年

 初めての著者、図書館でみつけ書名が気になり読んだ。地震や火山についてよく調べて書いているので、最後まで一気に読んでしまった。ただし、恐竜絶滅の原因を研究する生物学者の話が挟まれているが、これは勉強不足まるだしでつまらない。結論は富士山級の火山の大噴火で恐竜が絶滅したとしているが、この程度の理解力?と他の内容まで疑ってしまう。
 前半に破綻はないがクライマックスの富士山の大噴火で、主人公たちはみんな奇跡的に生き延びるが,せまりくる火砕流と津波を750ccのバイクで疾走して逃げ切るなど、いいかげんにしてくださいよという感じ。

 面白いけど感動もリアリティもないお話でした。

鯨 統一郎というのは1998年に「邪馬台国はどこですか?」でデビューしたがそれ以前の経歴などを公表しない覆面作家らしい。ちょっとだけ気になるのでもう1,2冊読んでみようかな、それとももういいか。迷っています。


 

紅梅

 投稿日:2013年 6月 3日(月)04時55分41秒

  「紅梅」 津村節子著 文藝春秋 2011年

 津村節子の「似ない者夫婦」という2003年に発刊された随筆集が、追記・訂正・編集されて、今、新書版となり本屋に並んでいる。表題や「夫・吉村昭の死から7年。夫婦同業という歳月をともに歩んだ50余年。戦渦の青春時代、作家としての日々、夫婦の情景、突然の病魔……。人生の機微をこまやかに描く味わいのエッセイ45篇。」という広告文からは主に吉村昭との生活を書いた本と思い込み直ぐ買った。後味の良い本ではあったが吉村については期待外れだった。

 津村の本はこれまで全く読んだことがなかったので検索してみると「紅梅」のレビユーに「作家吉村昭の癌の発病から死に至るまでを妻であり同志でもあった作家津村節子が綴った小説。紅梅は吉村氏の最も好きな花だったという。自ら点滴を引き抜いたという壮絶な最後はすでに津村氏の文章によって明らかにされていたが、その瞬間までを出会いからの回想を交えながら『一つ屋根の下に、物を書く人間が二人いる地獄』を感情を抑圧した乾いた筆致で描いている。自らを『育子』、吉村氏を『夫』と記す文体も、単なる闘病記ではなく対象を客観視するために用いられ、文学作品として昇華させるのにもほぼ五年の月日が費やされている。」 とあり、惹かれ、直ぐに図書館で予約し読んだ。

 感動ものでした。自ら点滴を引き抜いたという壮絶な最後は、やっぱり泣けてきます。人が生きること、死ぬことについていろいろ考えさしてくれる本でした。

 若い頃に結核で肋骨を何本も失うような大病をしても79歳まで生きることができる。凄いなと思う。癌検診など定期的にやっていても癌はある日突然にやってくる。医者や大学病院とよい関係があるからこそ、最善の治療を受け、それ故に中々死ねず苦痛が長引いたように思ってしまう。無宗教で死を迎えるというのはここまで煩悩に悩まされることなのか。死直前まで病気を隠し、死後のあれこれを指図せずにはおられない、吉村を精一杯生きた人として尊敬はするが、なにか可哀想な人であったような気もする。TNにとって死とは、まだ不明。

 読了し、吉村昭と津村節子の経歴を調べました。吉村は、昭和2年(1927年)5月1日 に東京・日暮里で生まれ、 平成18年(2006年)7月31日に逝去。学習院大学中退。1966年『星への旅』で太宰治賞を受賞。同年発表の『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓き、同作品や『関東大震災』などにより、1973年菊池寛賞を受賞。現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学、歴史文学の長編作品を次々に発表。日本芸術院会員。

 津村は1928年6月5日に福井市生まれる。1965年「玩具」で芥川賞、1990年『流星雨』で女流文学賞、1998年『智恵子飛ぶ』で芸術選奨文部大臣賞、2003年「長年にわたる作家としての業績」で恩賜賞・日本芸術院賞受賞。同年日本芸術院会員となる。2011年「異郷」で川端康成文学賞受賞。ふるさと五部作に『炎の舞い』、『遅咲きの梅』、『白百合の崖』、『花がたみ』、『絹扇』がある。

 文藝春秋の2011年9月臨時増刊号「吉村昭が伝えたかったこと」の中の和田宏による津村節子へのロング・インタビュー「長い間に字まで似てきた」を読み直した。「紅梅」と「似ない者夫婦」にでてきたエピソードの幾つかが語られていた。それらは彼女にとって非常に大事な思い出なのだと感じた。

 ついでに、今は本を図書館で借りて読むことが多いが、良い本はやっぱり購入し手元にあるというのも捨てがたいと思ってしまった。

 以下は2011年の掲示板記事です。
--------------------------------------------------------------------------
吉村昭が伝えたかったこと
   投稿者:TN    投稿日:2011年 9月 1日(木)12時22分1秒


   文藝春秋 9月臨時増刊号
「吉村昭が伝えたかったこと」

 3月11日以降、吉村昭の名前がよくでてくる。「三陸海岸大津波」という名著があるかららしい。気にはなったが本を買うところまではいかなかったが、偶々、文藝春秋が臨時増刊号をだした。一冊まるまる吉村昭のことばかり。それが全部面白い。(て)が買ってきた雑誌だが横取りして3日間で読み上げた。
 昔、彼の本があったと(て)はいうがなにか思い出さない。著作リストをみて、本の内容を思い出せるのは「神々の沈黙」と「ふぉん・しいほるとの娘」だけだが、本を買ったかどうかは定かでない。私の記憶のいいかげんなことはこれに限ったことでもない。
 この雑誌を読んでとにかく「三陸海岸大津波」と「関東大震災」は購入して読んでみたいと思う。特に「関東大震災」は至急に!

---------------------------------------------------------------------------
Re: 吉村昭が伝えたかったこと
  投稿者:TN&TN    投稿日:2011年 9月11日(日)03時07分4秒


 吉村昭の本、Amazonで買うつもりだったが、JR茨木駅近くの本屋で探したら買いたい本がそろっていた。

 三陸海岸大津波 文春文庫 438円
 関東大震災   文春文庫 543円
 戦艦武蔵    新潮文庫 476円

 購入してから一週間ほど読む気力が湧かなかったが、昨日、やっと三陸海岸大津波を読みだすとその記録のもの凄い迫力に圧倒され一気に読んでしまった。そして、もう一度、文藝春秋増刊号の「三陸海岸大津波を歩く(高山文彦)」と吉村昭の平成11年の講演「災害と日本人−津波はかならずやってくる」を読み直した。
 明治29年と昭和8年の三陸沖大地震に伴う津波、昭和35年チリ地震津波を経験し津波に充分備えていたはずの三陸で今回の津波被害が発生した。

 読後感を書くつもりだったが、感じたことや考えるべき事が多すぎて書けない。
----------------------------------------------------------------------------
 

巨大津波その時ひとはどう動いたか

投稿日:2013年 5月19日(日)15時38分56秒

「巨大津波その時ひとはどう動いたか」
  NHKスペシャル取材班著、岩波書店(2013/03発売)

第1章 なぜ人びとは逃げなかったのか;第2章 届かなかった警告;第3章 他人を助けようとする人びと;第4章 津波直前、逃げまどう人びと;第5章 閖上のその後
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
↓は紀伊國屋書店の広告から
  http://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784000225960

内容説明
東日本大震災で甚大な津波被害を受けた宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。東北沿岸のなかでも、津波来襲のもっとも遅い地域だったにもかかわらず、なぜこれほどまでの被害となってしまったのか?住民に取材した膨大なデータをもとに、災害時の人間の行動心理を立体的に分析し、何がひとの生死を分けることになったのか、その境界に迫る。

出版社内容情報
なぜ逃げなかったのか? 何が危機を知らせたのか? 生死を分ける心の罠.津波襲来までの時間,ひとは何を考え,どう行動したのか.甚大な津波被害を受けた宮城県名取市閖上地区に取材し,被災者の証言からデータを蓄積.災害時の人間の行動心理を立体的に分析し,大災害時代の生き方,暮し方へのあたらしい視座をひらく.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

読むのが辛い本、一度には一章づつしか読み進めなかった。

 閖上地区は5600人の住民のうち700人が津波で死亡した。この地区は地震が発生してから1時間10分後に巨大津波がやってきた。集落は海岸沿いにあり、10メートルもの津波が来れば、あっという間に全体が飲み込まれてしまう。だが背後には高台があり、そんなに時間をかけずとも安全に非難できたはずだった。だから本来なら全員が助かることもありえたことなのだ。にもかかわらず、住民の8人に1人が死亡した。

 住民のほとんどは、大きな地震があれば大きな津波が来るはずだということを、概念的にも体験的にも分かっていた。にもかかわらず即座に高台に非難するなどの適切な行動をとらなかった人が多かった。それがどうしてなのかを記録しておこうというのがこの本の意図である。

 第1章では「正常性バイアス」という心理用語を使って説明する。
 私たちの心の中には、異常な状況に直面したとき、それを無視してしまおうとするメカニズムが働く。心理学でこれを「正常性バイアス」という。日常生活の中では、普段とちょっと違うことがよく起こるが、あまり敏感過ぎるとストレスの原因になるので、我々の心のメカニズムとして、そういう異常な現象をなるべく正常の範囲内のこととして理解しようとするシステムがあるという。
 そのため、今回の大津波のような緊急時に、それを「大したことはない」と思い込み、避難せず、犠牲に・・・。

 第2章では混乱の中、情報がまったく届いていなかったということが検証されている。

 第3章では、家族だけではなく他人をも助けようとして逃げ遅れ犠牲になった例を紹介している。
 「津波てんでんこ」という有名な言葉がある。家族といえどもそれぞれが勝手に逃げて自分の命を守れという教え。しかし、そうはできないのが人間らしい。

 第4章は情報不足の中、右往左往し逃げ惑う人達。

 第5章はいまだに進まない復興計画のはなし。

まとめ
 ひとは避難したがらない生き物である。
 自らの身に迫りつつある、未だかつて経験したことのない危機に対して、鈍感であろうとする生き物である。
 また、大切な誰かのことで頭がいっぱいになり危険に向かって行ってしまう生き物であり、一方で血の繋がっていない誰かに手をさしのべようとして、結果的に自らの命を危険にさらしてしまう生き物でもある。
 僕たちは、理に叶わない行動をとってしまう、危うい存在である。それを自覚せずにまた町をつくれば、同じような悲劇が繰り返されるかも知れない。



銀婚式物語

投稿日:2013年 5月 5日(日)16時11分58秒

新井素子著「銀婚式物語」
中央公論社 2011年

 図書館の「今日返却された本」の棚にあった。銀婚式というのが気になって手にした。表紙はTNの趣味ではないように感じたが、新井素子の本は読んだことがないので、好奇心から借り出した。
 えっと、思う文体にとまどい、最初はこれは途中放棄かなと思ったが、読み進む内に手放せなくなった。文体もこれはこれで面白いと感じだし、二日間で読了。
 「新井素子の文体は後のライトノベル文体に少なからず影響を与え、元祖的もしくは雛形的存在と称されることもある。」とウイキペディアで解説されている。ライトノベルというのも馴染みがないのでよく分からないが、文体の特異なことは新井素子の特徴らしい。この本はどうやら新井自身のことをモデルにしているよう。変な女を売り物にしているようだが、考え方には共感できるところがたくさんあった。

 もう少し新井素子を読んでみようと、まず「結婚物語」を予約した。


遠藤周作著「わが恋う人は」
講談社 1987年

 これも「今日返却された本」の棚にあった。遠藤周作のは何冊か読んだことがあるが、根っからのクリスチャンで重く暗いのが多いので、探し求めて読むことはすくない。この本もキリシタンをかばった小西行長の末裔に関する暗ーい恋愛話。何人もが雛人形に託された呪いで死ぬという怖ーい話、そして女性雑誌編集者の今でも進んでると思える恋愛観、しんどいなと思いながらも最後まで読んでしまいました。


等伯

 投稿日:2013年 4月14日(日)14時56分25秒

  「等伯」上下
安部龍太郎 著、日本経済新聞社、2012年

 昨年の直木賞の受賞作。京都の国立博物館の東伯展を行列して観て、迫力ある絵に感激した記憶も生々しいので、新聞の読書案内で紹介されたとき直ぐに読みたくなった。図書館で予約し、3ヶ月以上待ってやっと入手、読んだ。

安部龍太郎という作家は初めて。
 1955年福岡県生まれ。久留米高専卒。1990年『血の日本史』でデビュー。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞を受賞。 <主な著作>『関ヶ原連判状』、『信長燃ゆ』、『生きて候』、『天下布武』、『恋七夜』、『道誉と正成』、『下天を謀る』、『蒼き信長』、『レオン氏郷』など多数。

安部は(http://book.asahi.com/booknews/update/2013012300008.html)に、

「直木賞の受賞が決まった日の記者会見で、どうして長谷川等伯を主人公になされたのですか、という質問を受けた。私は少し考えてから「等伯は私です」と答えた。フローベールが「ボヴァリー夫人は私です」と言った言葉が頭をよぎったからである。
 等伯ほど波瀾万丈(は・らん・ばん・じょう)ではないが、私にも小説のために人生を捧げてきたという自負がある。いい絵を描きたいと画布の前で呻吟(しん・ぎん)する等伯の姿は、原稿用紙に向かっている時の私に通じるものがある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ところが今回思いがけなく受賞することができたのは、長谷川等伯のお陰である。「松林図屏風(びょうぶ)」をはじめとする作品群に向かい合っているうちに、この人を描くためには無心にならないと駄目だと思った。彼の苦難が自分の経験とも重なり、素直に感情移入することができた。
 そうして物語を書き進めるうちに、等伯に手を引かれるように知らず知らず一段高い所までたどりついていたのである。」と書いている。

 良い本、すっと読めた。芸術家が作品を生み出す時の苦闘に心うたれる。宗教(日蓮宗)と絵、時の権力者と画家との関係、家族やライバルとの関係、いろいろなことを考えながら読んだ。この本を読んでいると、等伯の気持ちになりきってしまい、織田信長や石田三成が大嫌いになるから、面白い。
 我が家は日蓮宗、たまたま今日はお坊さんが来てくれる日、別冊太陽の「日蓮」と等伯の話でもりあがった。


等伯の本の紹介は↓がよいと思います。
日経2012/10/24
 およそ尋常でない苦悩の中から「松林図屏風」を生み出した長谷川等伯。彼を描いた作品は多くあれど、本書はその中でも傑出しており、現時点の安部龍太郎の最高傑作であると断言できる。

 等伯の生きた時代は、弱肉強食の戦国時代であり、作者はその中から雄々しく画境の高みへと突き進む等伯の姿を東日本大震災の復興の祈りをこめて描いたという。

 その中で等伯を苦しめるさまざまなことども――主家再興のためなら等伯を自分の手駒としか思わない実家の兄奥村武之丞(たけのじょう)、政治的人間の権化ともいうべき石田三成、等伯と暗闘を繰り返す狩野派とその果てに起こる息子久蔵の横死等々――が次々と襲いかかる。

 そして下巻も半ばに来て、等伯は「春が命の萌(も)え立つ季節なら、秋は命の充実の時である」と述懐する。が、作者は敢(あ)えて次に書くべき一節を省略してはいまいか。それは恐らく「では何故、生きることはこんなにも苦しいのか」という文言であったはずである。

 他にも本書には、等伯の心の師・千利休の門の内外の問答や法華経への読み込みがあるが、ひたすら等伯の魂の軌跡を追うべき一巻であろう。

 

短編集

 投稿日:2013年 2月11日(月)10時53分7秒

  「こちらの事情」 森浩美
「坂ものがたり」 藤原緋沙子
「秋の猫」     藤堂志津子
「生老病死の旅路」 読売新聞社

 珍しく短編集ばかりを読んだ。「生老病死の旅路」を除いた三冊はどれも読みやすくすぐに読了した。良い本と思えたのに読み終えて2,3日たった今、どんな本?と内容などほとんど直ぐには思い出せない。だぶん加齢現象で物覚えが悪くなったことが最大の原因だが、心地よく読みやすい本というのは、所詮、その時その時の暇つぶしにしかならないのかな?と思ってしまう。
 森浩美は女性と思い込んでいたが男性だった。ありふれた日常をさらっと描くがその中に少しの希望が混じっていて心地よく読める。
 藤原緋沙子のは時代物。女性作家の時代物は初めて。細やかな人情が良く描かれている。
 藤堂志津子の描く女性主人公は、男性作家には描けないような女性の野心とか計算が露骨にでていて、読むのがしんどい。

「生老病死の旅路」は多数の著名人がその人なりの死生観を書いている。平成10年発行ですでに亡くなった方々も多い。TNの今の年齢と同じ時に書かれたものがほとんどで、興味深く読み進めたが途中で嫌になり放棄。結局、他人の死生観はやっぱり他人のもの、自分は自分、とあたりまえのことを再確認。
 

相変わらずの図書館通い

 投稿日:2013年 1月29日(火)11時21分16秒

  「親鸞 激動篇 上下」 五木寛之著 講談社 2012年
  前作の「親鸞上下」を購入し読んでいるので、すっと読めた。五木が描く親鸞は、自信に満ちた教祖ではなく、常に念仏とはなにかと自省し悩み研究を続け、一方で家族問題に悩む人間臭さを持ち合わせた、魅力ある人である。
 仏教の意味はなんだと時々気になる、そのたびにこの手の本を読むのだが、読み終わっても分からないまま。今回のは60歳頃までの中年の親鸞なので、次作は晩年の親鸞だろうからそれを読めば少しは「念仏とは」が理解出来るのかな。
 偶々、昨日の毎日新聞の「心のページ」に「三木彰円さんに聞く『教行信証』に見る親鸞」という記事があった。親鸞理解の一助にはなったが、「念仏とは」は分からないまま。

「その時までサヨナラ」山田悠介著 文芸社 2008年
  毎日新聞の本の紹介で、「年始早々感動で胸が熱くなり、年がいもなく涙を流した。年末から体調を崩している母親に優しい言葉をかけたくなり、帰省の予定を早めたのはこの1冊をよんだのがきっかけだ。」と絶賛していたので、図書館で早速、予約、直ぐ読了した。
 しかし、なんだかね・・・という読後感。若者に人気がある作家、ホラー作家でこの本は山田にとっては異色のものらしい。
 登場人物に魅力はなく、話の筋はおそまつ、なんで感動する人が何人もいるのかが理解出来ない。


 

くらしの豆知識

 投稿日:2013年 1月24日(木)17時50分59秒

  「くらしの豆知識2013」

 という小冊子が茨木市消費者センターに他の多くの消費者啓蒙のパンフレットに混じって置いてあった。特集「長寿時代に生きる」が気になって持ち帰りました。内容は国民生活センタ(http://www.kokusen.go.jp/book/data/mame.html)に詳しいので紹介を省略しますが、こんな立派な冊子が無料とはと感心するほどの充実したものでした。

 表紙や裏表紙に茨木市消費者センターと大きく印刷されているので、発行・編集は茨木市消費者センターと思い込んでいたのですが、最後の頁で「独立行政法人 国民生活センター」の発行・編集だと分かりました。検索すると定価五〇〇円で、Amazonなどで販売されている。それが消費者センターには無料で置いてあった。なんで?と茨木市のHPや広報を調べても無料配布の案内はない。ただ一つ葛飾区が下のような案内を出していました。 たぶん他の地方自治体でも無料で配布する冊子をつくっていても、数が少ないので市民にはあまり知らさない。それでいいのかな?と、納得できないような不思議な感じ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
くらしの豆知識2013年版を配布します

更新日 平成24年11月12日

日常生活にかかわりの深い問題を広く取り上げ、分かりやすく解説した本です。
2013年版は「長寿時代に生きる」が特集となっています。

くらしの豆知識2013年版を配布します

【配布日時】 11月19日(月)午前9時から

【配布場所】 消費生活センター(立石5―27-1ウィメンズパル内)、区民事務所、学び交流館、
         テクノプラザかつしか(青戸7―2―1)、地域振興課(区役所4階405番)

※数に限りがございますので、1人1冊まででお願いいたします。(代理での受け取りはご遠慮願います。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 

「神様のカルテ」の中の銘酒

 投稿日:2013年 1月12日(土)06時57分15秒

   「寄りそ医」を読んで、そうですね、その通りですねと納得しながら
なんとなく物足りない。なにが?同じ現役の若い医師が、先端医療ではなく
普通の(地域)医療について書いた本なので、つい「神様のカルテ」と
比較している。伝えたいことの本質は同じだと思うが、後者の方が素直
に感動できる。小説とドキュメンタリー(or自伝)の違いか、いやたぶ
ん文章や感覚についての好き嫌いの問題なのだろう。というわけで(
というより衝動的に)「神様のカルテ」と「神様のカルテ2」の文庫本を購入した。
「神様のカルテ3」はすでに購入済み。

 なにが一番気に入っているのかと言えば、酒を呑む場面でしょう。
どんな酒をというわけで、改めてリストアップ。

出てきた順に(スコッチ、ワインを含む)
1.白馬錦
  長野の日本酒。酒名は、地元の名峰白馬三山にちなみ命名。大吟醸酒、純米吟醸酒、吟醸酒、純米酒、本醸造酒、普通酒などがある。平成1、5、11年度全国新酒鑑評会で金賞受賞。原料米は山田錦、美山錦など。仕込み水は北アルプス山系の伏流水。蔵元の「薄井商店」は明治39年(1906)創業。所在地は大町市大町。

 (神様)私は『彼岸過迄』と『夢十夜』をもとに戻し、本棚の『ハリソン内科学』の巨大な箱を引きずり出した。箱の中に純米大吟醸「白馬錦」の四合瓶が収められている。
 光を嫌う日本酒を保存しておくのに、巨大な本の箱というのはなかなか便利である。唯一の難点は、四合瓶が入るほどの大きな本というのは日常なかなかみかけないということだ。その点、医学書というのは極めて実用的な巨大さを備えていてありがたい。医者になって良かったと思う数少ない瞬間である。・・・・
「白馬錦」の青い瓶を片手に、私は意気揚々と「桜の間」をでた。

2.タムナブリン12年
  ■スペイサイドのリベット谷にあるモルトウイスキーの中ではもっともライトで食前酒向きといわれる。■1966年創業のリベット谷の新星蒸留所のモルト。タムナヴーリン(タムナヴリン)蒸留所のモルト。タムナブリン 12年 700ml 40度 (Tamnavulin 2YO)
価格 3,250円

  (神様)琥珀の液体を口中に流し込めば、たちまち豊かな芳香が鼻孔を刺激して、陶然となる。どうひいき目に見ても、かかる陋屋の四畳半には似つかわしくない名品だ。まったく酒にだけは金をかけることをやめない、とんだ貧乏絵描きである。

(続く)→ 長くなるので、以後はブログで更新します。http://temiko9430.wordpress.com/→更新終了しました。


 

寄りそ医

 投稿日:2013年 1月10日(木)07時07分35秒

  「寄りそ医」 中村伸一著 メディアファクトリー
 テレビで「ドロクター」の再放送をみて、読みたくなり図書館に予約。2011年発行なので待たずに借りられた。すぐに、「ドロクター」とは”どろくた(福井『名田庄』弁で『ちょっとやんちゃで悪いやつ』の意味)”と”ドクター”をあわせた意味と分かる。著者は福井県の三国生まれ(1963年)、藤島高校で俵万智さんと同期、二浪して昭和58年に自治医大入学。hataboさんと同期。福井県立病院で研修し、名田庄診療所長に。三八豪雪時に生まれ五六豪雪時に初大学受験、共通一次試験は福井大学で受けているのでひょっとしたらTNが監督した受験室にいたのかなとかってに妄想、親近感をもつ。
 読み出すと、「寄りそ医」、「究めた医」、「家逝き看取り(いえいきみとり)」、「障碍」などの気障な言葉の乱発に、折角の親近感が薄れ最後まで読み通せるのか不安になる。しかし、読了。「地域を支え、地域に支えられる」という地域医療の本質を素朴な文章で、熱意を込めて語っていた。
 この医者を「プロフェショナル仕事の流儀」やドラマでとりあげたNHKの感覚も凄いなと。


 

地域医療

 投稿日:2013年 1月 4日(金)08時16分18秒

  ちょっと違った本もたまにはよいが、馴染みの著者の本はやはり読みやすい。
 夏川草介著「神様のカルテ3」を図書館で予約しているが1ヶ月以上待っても、
予約順位がまだ132番目、9月10日に予約した有川浩著「三匹のおっさん
ふたたび」などは予約順位がまだ144位。正月ぐらいは馴染みの読みたい本を
読みたいので、TN&TNの読みたい順位が一番高い「神様のカルテ3」を購入。
 松本、安曇野、美ヶ原、上高地・・・などの地名だけで美しい景色が目に
浮かぶ。そして銘酒「信濃鶴」「福源」「天法」「かたの桜」と、「信濃鶴」
以外は初出だなとWEB検索。おまけに高校時代に熱中したロマン・ロランの
「ジャン・クリストフ」がでてきてはこの本に惹かれたのは理屈ではなく
感性なんだと。
 地域の病院で最後まで頑張るんだと思っていた主人公が、大学病院に戻る
決意をしてこの巻は終わる。地域医療も難しいなと・・・・

 そんな1月3日にNHKBSで名田庄診療所の中村伸一さん
http://natasho.blog105.fc2.com/)をモデルにした
ドラマ「ドロクター」の再放送があった。hataboさん
http://www.ibukiyama1377.sakura.ne.jp/)と同期かあるいは
すこし先輩かと思いながらみた。ココにも地域医療の典型が。


MSN産経ニュースからコピペ
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120811/bks12081107510002-n1.htm
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『神様のカルテ3』夏川草介著 小学館

 栗原一止(いちと)は、信州にある「24時間、365日対応」の本庄病院で働く30歳の内科医。秋9月、新しい内科医としてやってきた小幡奈美先生は、経験豊富なうえに腕も確かで研究熱心、一止も学ぶべき点の多い医師だ。しかし彼女は、治ろうとする意欲を持たない患者に対して、まともな診療をしないのだった。抗議する一止に対し、小幡先生は「あの板垣先生が一目置いているっていうから、どんな人かって楽しみにしてたけど、ちょっとフットワークが軽くて、ちょっと内視鏡がうまいだけの、どこにでもいる偽善者タイプの医者じゃない」と言い放つ。さらに、老齢の患者をめぐる大きな試練が、一止を待ち受けていた。「私は、医師がどうあるべきかを、考えることすらしてこなかった。懸命でありさえすれば、万事がうまくいくのだと、手前勝手に思い込んでいた。だが医療とは、そんな安易なものではない」。転機を悟った一止は、より良い医師となるため新たな決意をするのだった−。

 水のように流れる名文が波瀾(はらん)万丈かつ豊かな物語をより味わい深いものにしています。信州の美しい風景描写も、温かさも、ユーモアも健在ですが、いままでより少しだけビターなのは一止の成長の証しでしょう。今作では、患者も医者も誰も亡くなりません。「人が死なずとも、人の心を動かせる物語にしましょう」が著者と私の合言葉でした。生きていくのに必要なのはただ歩みを止めないことだけ。「前向きに生きたい」「明日からは頑張りたい」そう思っている方への特効薬をお届けします。(小学館・1575円)

 小学館出版局文芸・幾野克哉
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

PS
1月6日の21時から、ケーブルテレビの日本映画チャンネルで映画「神様のカルテ」が放映された。本を読んでいるから分かるのだろうなという程度のできばえ。いつものことながら、原作を先に読んでしまうと主人公のイメージが先にあるので映画の人物との差がしんどい。


 

たまには違った本を

 投稿日:2012年12月27日(木)09時21分5秒

  読んでみようかと、偶々、当日に返却された本が置いてある棚に
ならんでいた、「クローゼット・フリーク 上下」を借りた。
たぶん華やかな装丁に惹かれたからだろう。ケイタイ小説と
いわれているものらしい。なんとなく描写が軽く物足りない
と思いながらも、これが流行なのかなと読み進めたが、上巻
の3分の2あたりで、もうついていけなくなった。
 まあいまさらこの程度の本を無理してよむこともないと放棄。

「フィルハーモニア東都物語」齊藤公治著 文芸社
 著者にとって最初の本で、遺作となった小説。
謝辞に、著者の妻が「・・・夫、公治は2009年7月に、薬効のかい無く
うつ病で亡くなりました。・・・産後うつの私を精一杯支えてくれた
頼もしきイクメン。」と書いている。優しいまじめな人なんだろうな
と思いながら読む。
 感動物語、オーケストラの世界に引きずり込まれ泣きそうになりながら
一気に500頁の大著を読み終わる。

小説 渋沢栄一 上 「曖々(あいあい)たり」
 津本陽 著 NHK出版
 下の「虹をみていた」も借りているが、一気には読みすすめられない。
面白くないのか?そうではないし、興味もある。事実を淡々と積み重ねて
話を進めていく手法で推測や思惑、心理描写がほとんどない。
 明治維新を駆け抜けた偉人たちの話は、司馬遼太郎の「竜馬が行く」や
「坂の上の雲」などのあの熱っぽさと使命感あふれる物語を想像して
しまう。それが日本維新橋下の騒々しい嘘っぽさと重なって、「維新」
の話からは距離を置いてきた。
 しかし、淡々と事実を書き進めるこの本で、また維新の時代を
きちんと調べたいなと思えるようになった。ゆっくり読み進めます。

「沈黙博物館」小川洋子著 筑摩書房
 「博士の愛した数式」を買い求め読んでいる。その印象からかってに
心優しい物語を期待していた。亡くなった人を特徴付ける形見を集め(盗み)
それを収蔵展示する博物館を作る話で、前半は意外性はあるが想定範囲内の
ストーリーで気持ちよく読み進んだが後半、なにかが引っかかり読めなくなっ
た。じっくり読む気がしないので走り読み。結局、よく分からないまあ読了、
いまのところ再読するきにはならない。


 

神様のカルテ2

 投稿日:2012年12月 9日(日)10時44分26秒

  「神様のカルテ2」夏川草介 小学館

 前作「神様のカルテ」に感動し、直ぐに図書館で予約し借り出す。
 プロローグで3月初旬の「美ヶ原 王ヶ頭」からの冬山の絶景が描かれ、
エピローグとなる6月の御嶽山登山にいたるまでの間に逝ってしまった人
たちとの哀しくも優しいふれあいを描く。
 美ヶ原、御嶽山、さらに松本からみえる常念岳と山心を刺激する。
今年はあまり登れなかったので来年こそ何回も出かけるぞと思う。また、
相変わらず銘酒がいっぱいでてきて飲みたい気持ちをあおる。
 この本も感動ものでした。早速「神様のカルテ3」を予約、なんと予約順位
153だって。いつ読めることやら。


小学館のHPからのコピペ↓

http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784093862868

医師の話ではない。人間の話をしているのだ。
栗原一止は夏目漱石を敬愛し、信州の「24時間、365日対応」の本庄病院で働く内科医である。写真家の妻・ハルの献身的な支えや、頼りになる同僚、下宿先「御嶽荘」の愉快な住人たちに力をもらい、日々を乗り切っている。
 そんな一止に、母校の医局からの誘いがかかる。医師が慢性的に不足しているこの病院で一人でも多くの患者と向き合うか、母校・信濃大学の大学病院で最先端の医療を学ぶか。一止が選択したのは、本庄病院での続投だった(『神様のカルテ』)。新年度、本庄病院の内科病棟に新任の医師・進藤辰也が東京の病院から着任してきた。彼は一止、そして外科の砂山次郎と信濃大学の同窓であった。かつて“医学部の良心”と呼ばれた進藤の加入を喜ぶ一止に対し、砂山は微妙な反応をする。赴任直後の期待とは裏腹に、進藤の医師としての行動は、かつてのその姿からは想像もできないものだった。
 そんななか、本庄病院に激震が走る。

編集者からのおすすめ情報
読んだ人すべての心を温かくする、
39万部突破のベストセラーに、第二弾が登場します。
第一弾は櫻井翔、宮崎あおいの出演で2011年全国東宝系にて、映画化!
2010年本屋大賞第二位。
その前作を遙かに超える感動を、お届けします。
大反響! 発売一週間で4刷、21万部突破!
 

「タッチ・ユア・ハート」須磨久善著 講談社

 投稿日:2012年12月 3日(月)09時57分18秒

   外科医須磨久善の自伝、1995年から2010年までの最も仕事に打ち込んでいたであろう期間中の出来事を軸に自分の思い・考えをまとめている。海堂尊の「外科医 須磨久善」が2009年7月に出版され、その取材に協力している。また2010年のテレビドラマ化では須磨自らが医事監修をしている。従って海堂の本を須磨は十分評価しているものと思われる。なのにどうして今(2012年6月)、自叙伝を書いたのかについて興味がわく。
 文章は海堂の方が読みやすいしテンポがあり、他人が興味を持ちそうなことを上手にまとめている。須磨の自叙伝ではたぶんテレビドラマ化されないだろうと思う。
 胃大網動脈をグラフトに使った心臓バイパス手術、バチスタ手術、セイブ手術などに行き着いた動機、思い、術方の絶えざる改良の努力など、さすがに本人にしか書けないことが丁寧に描かれている。そのなかでもっとも書きたかったことは、自分の思い・気持ちなのだろうと感じる。医師仲間、患者、妻、その他の交流のあった人への、そして愛犬への優しい思いにあふれた本であった。

 

読書

 投稿日:2012年11月29日(木)18時21分1秒

  読書意欲が戻ってきた。昨日今日で三冊を読了。

「ズッコケ中年三人組」那須正幹著
 この著者の本は初めて。読みやすい。息抜きに読むには手頃か。

「外科医 須磨久善」海堂 尊著
  神の手をもつといわれる心臓外科医の伝記。日本で初めてバチスタ手術を
した凄い人らしい。海堂ものを読んでいて本当のこと?それとも創作?と
分からないことが多かったが、この本を読んで医療に関しては本当のことを
書いているのだな納得。一般向けの本に須磨の業績リストが、どうだこの
素晴らしい業績はと言わんばかりに示されている。このあたりの気障さが
嫌いだが、研究者としてのはったりはこれしかないのも理解出来る。
とかなんとか、いろいろ引っかかりながらも、海堂ものを読み続けている。

須磨に興味を持ち調べたら「タッチ・ユア・ハート」講談社 という自伝が
あるらしい。早速予約した。予約待ちはないのですぐ読めるはず。

「神様のカルテ」夏川草介著
 「外科医 須磨久善」を読んだ後、直ぐ読み出したがなにか迫力がなく
だらだらと話がみえないので中断、「ズッコケ・・・」で息抜きしたあとに
再挑戦した。段々面白くなり、最後は感動で涙が出そうになった。
 神の手や国手と呼ばれる名医ではなく、先端医療でももちろんない。
長野県の地方都市の民間大病院で働く青年内科医の物語。この著者も
医者らしい。地域医療の難しさがよくわかるが、長野県は鎌田實の
諏訪中央病院などで地域医療の先進県とかってに思い込んでいたので
意外感有り。
 日本酒やワインを飲む場面がいくつかあり飲んでみたい酒がたくさん
みつかりました。「白馬錦」、「飛露喜」、「夜明け前」、「佐久の花」
そして「五一ワイン」。

 

いつもの鳥たち

 投稿日:2012年11月18日(日)17時09分36秒

  11月18日(日)
 晴れているのに、突然に雲が空を覆い雨がふりだす、まるで日本海側の冬。

 散歩はいつもの鳥だけでした。

 珍しく読書意欲がわかない。最近は海堂尊の医療ものばかり読んでいるので、
たまには他の本も読みたくなった。医療ものといえば思い出す「白い巨塔」が
あったので借りた。それがまったく面白くない。流石に40年前の本で古くさい
感覚が鼻につく、それに医学部教授や助教授たちの人間関係のいやらしさ、我欲を
ココまで強調されるとうんざりしてしまう。さらに「表裏井上ひさし協奏曲」という
井上ひさしの元妻の本、これも好きな作家の嫌な面が暴露されるという本、
すぐに投げだしたくなる。どうもTNはこういうのはダメみたいです(NHKの
森本アナウンサーも感じの良いアナウンサーと思っていたので、その不祥事は
聴きたくもないというのと同じ感覚か)、というわけでというより読みたくない
聴きたくないことが重なって読書意欲喪失中。たぶん二つの本は途中放棄になるでしょう。


ジョウビタキ ♀



コゲラ



メジロ



竹に絡まったツタが紅葉していました



 

ブレイズメス1990 海堂尊 著

 投稿日:2012年11月23日(金)16時55分31秒

   例によって思わせぶりな書名、「炎のメス 1990年」と言うことらしいが1990年のお話ということが分かるだけの書名。しかし、面白い。すぐに読了。

 「ブラックペアン1988」とペアの本と表紙の装丁でも推測させるようになっている。

 天才外科医と普通の人っぽい、しかし凡庸ではない医者との組み合わせで、いつものように進行する筋立てはテンポがありワクワクする。天才は「・・・この技術を求め、多くの患者が訪れる。私の手術を受けるのは競争だ。大勢の待機患者の順番をどうすればいいのか。早いもの勝ちか、それとも年齢の若い順か。そこで私が選んだのは報酬の高い順という選択肢だ。」という極端な価値観の持ち主で大金持ちしか相手にしない。ブラックジャックとちょっと似たような面があるような気もするが極端すぎる設定にしている。「お話」と分かってはいるが海堂自身が金持ちから金をまき上げるのは悪いことではないと思っているような気がする。そして「病気で弱った人間は、自殺しなければ、いずれゆるやかに殺される。今の社会は好景気で浮かれ市場原理を見失っている。だから厚生省がひそやかに紛れ込ませた『医療費亡国論』などという戯れ言をうかうか見過ごした。あの暴論こそ即座に叩き潰すべき、医療を滅亡に導く致死的遺伝子だというのに」「そうしたリスクを看過して七年。今、官僚達は着々と市場原理に基づく医療に舵を切り始め、その波が医療現場に襲いかかり始めている。なのに現場のエースはいまだに危機に気づかず、的外れな批判に終始している」と海堂の本音(と思う)を天才にしゃべらす。
 製薬会社にたかったり患者から高額の謝礼をもらうのをためらわないのが医者なのだと分かった上で「お金」の話はTNに色々考えさせる。

 「遅くとも、くちなしの花が咲く頃には」という台詞にはどきっとした。大嫌いな花です。



「白い巨塔」 山崎豊子著
  結局、少し読んだだけで嫌悪感が強くなり放棄。



「表裏 井上ひさし協奏曲」西館好子著
  何回も放棄したくなったが、後ろから読んだり、とりあえず開いたところから読んだりして走り読み完了。井上ひさしのあくの強さにうんざり。
 「九条の会」の講演会を井上ひさしが予定(?)通りドタキャンし大江健三郎が来たことを思い出したり、娘の井上麻矢が書いた追悼文「父・井上ひさしが亡くなってから」を読み直したりした。

 

雑感

 投稿日:2012年11月12日(月)21時18分2秒

  近頃の若者は
 いつもの散歩道、いつもより2時間ほど早いと、関倉高校の自転車通学の生徒とほとんど遭遇しないので歩きやすい。その朝、であった二人の生徒さんは明るく「おはようございます」と挨拶してくれた。嬉しくなる。

 T中学、「いじめ」と思われる場面を時々目撃する。先生が通学時に補導にでていてもあまり効果はないみたい。

 高校生風の若者がアルプラの2階入り口付近でタバコを隠す気配もなく吸っていることがよくある。見るたびに注意も出来ない自分が嫌になる。

 若者というには恥ずかしい中年のKさん、ある話題について新聞にもでていたと言ったら、新聞を読んでいないので・・・・、だって。確かにこの方はスマホやSNSはよくお使いらしいので、新聞など不要と割り切ったのかも知れないけれど。????でした。


海堂尊の本
 フリガナが気障、義務(デューティ)、尊敬(リスペクト)、絶滅危惧種(レッドデータ)、蜂の巣構造(ハニーカム・ストラクチャー)などなど、こういうのは嫌いです。

 昆虫は小学生時代からよく知っているらしいが、野草の名前もさらっと出てくる。「ネジバナ」なんてみたら嬉しくなる。
 ハスの花が開くときポンと音がするという話が出てきた。海堂は信じているみたい。TNは、昔、学生さんと朝の5時起きで音を聞きに出かけたことがあり懐かしい。聞こえると信じる人には聞こえるのでしょう。

政治というか政局
 激しく動き出した。今以上に右翼タカ派の愛国者がのさばる日本にならないで欲しいと願う。

 橋下問題で週刊朝日社長が辞任、佐野眞一が謝罪文を発表。佐野は信頼しているジャーナリストの一人だったのだけれど、ちょっと期待はずれの対応でした。たぶんこれからは彼の著作を読まないでしょう。


 

いろいろと

 投稿日:2012年11月 7日(水)15時27分11秒

  オバマが勝ったようです!
 政治は継続というのも大事なことなのでしょうか?

懲りない人(会社)たち
 田中文科大臣、シンドラーエレベータ社、アミューズトラベル

朝ドラが面白くない
 楽しみにしていたNHKの朝ドラだけれど、今期のはあまり
 おもしろくない。いつ見ても、ヒロインが喚き叫んでいる
 からだろうと思う。しんどい。

海堂尊
 まだ読み続けている。「ブラックペアン 1988」では医学部の
製薬会社へのたかり体質が、「医学のたまご」では論文作成時に
医学部ではそうなんだろうなと思えるどろどろしたやり方が、
当たり前のように描かれている。著者はひょっとしてこのような
医学部の恥部に麻痺していて、公表することにためらいがないのかな
と勘ぐってしまう。

Windows8
まあ実用可です。ショートカットキーを幾つか新たに覚えれば
操作もそれほど面倒ではない。

紅葉前線
いつもの散歩道 色づき始めた。
箕面公園、能勢妙見山 紅葉がはじまった。見頃は十日後?







 


Re: いろいろと

 投稿日:2012年11月 9日(金)16時57分23秒

 
> 懲りない人(会社)たち
> 田中文科大臣、シンドラーエレベータ社、アミューズトラベル

 田中大臣問題は1週間で片付いた。悪いと気がついたら引き下がる
ことができる程度には賢い女なのでしょう。批判をあびても自分では
何も対処できなかった旦那よりはましですね。

 「解散」に動き有り? ここまできたらさっさと解散すべきでは。
 第三極というでたらめ集団の野合が成立する前の方がよいような。
 といっても自民党では、何の期待も無し。最低の政治が続く。

>海堂尊
>  まだ読み続けている。
「螺鈿姪宮」、「モルフェスの領域」を読了。この著者の作品は
どれもその1つの作品の中で完結していて楽しめる。その上で
表裏一体となるペア作品があり、さらに、全作品がまるで1つの
長編であるかのように関連している。


Windows8
>まあ実用可です。ショートカットキーを幾つか新たに覚えれば
>操作もそれほど面倒ではない。
 評判は相変わらず悪いようですが、出たばかりとしては使いやすい
方だと思っています。
 ソフト(アプリケーション)の起動時間は確かに短くなっている。
 システムの起動時間スタート画面が出るまでと考えたら画期的に
短縮されている。しかし、Win7での環境をそのまま残し、
デスクトップ画面で作業を始めるとなると時間は変わらない。これを
改善するには「スタートアップ」時に読み込むソフトを整理すれば
良いのだが、まああわてることもない。時間はいっぱいある。

> 紅葉前線
>箕面公園、能勢妙見山 紅葉がはじまった。見頃は十日後?
街路樹もかなり色づいてきた。

野草はそろそろ終わりかな。キッコウハグマはどうやら見逃した
ようです。能勢妙見山も竜王山もダメでした。


  






 

海堂尊

 投稿日:2012年11月 1日(木)02時34分7秒

  医師、医学博士。外科医、病理医を経て、現在は独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院Ai情報研究推進室室長。
 千葉県出身。県立千葉高校(現・千葉県立千葉中学校・高等学校)、千葉大学医学部卒業(医学士号取得)、1997年に同大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士号取得。学位論文は「血液系細胞株K562におけるTPA誘導CD30抑制機構の解析」。
 高校から始めた剣道では、千葉大学医学部時代に剣道部の主将を務める。段位は3段。また、中学生時代以来、将棋の熱心なファンであり、2012年、第70期名人戦第一局の観戦記を執筆した。
 1995年に結婚。二児の父。
 2005年に『チーム・バチスタの崩壊』で、第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。2006年『チーム・バチスタの栄光』と改題して出版される。2006年「週刊文春ミステリーベスト10」第3位。
 病理医として独立行政法人放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院に勤務。 千葉大学医学部非常勤講師も務める。しかし病理学会員が自身の抗議を坐視したため、17年間続けた病理医を2010年3月限りでやめる。
 医師としては、オートプシー・イメージング(Autopsy imaging、Ai、死亡時画像病理診断)の重要性と社会制度への導入を訴える。
(上はWikipediaからのコピペ)

 今、海堂尊に凝っていて、家には五冊も図書館で借りた海堂の著書がある。それもほぼ読み終えた。それ以前に別の三冊を読み終えている。結果として、海堂のHP(http://author.tkj.jp/kaidou/)にあるメディカル・エンターテイメント シリーズは「玉村警部補の災難」以外は全て読んだことになる。これらはいわゆる「田口・白鳥シリーズ」である。
 最初に読んだ「チーム・バチスタの栄光」では、ただただその医療ミステリーのストーリーの面白さに感動していた。さらに読み続け、この著者には「死亡時画像診断 AI(オートプシー・イメージング Autopsy imaging)」の意義を一般人や医者に知って欲しいという大きな願いがあることに気づく。
  鎌田實との対談(http://www.gsic.jp/support/sp_02/kvs/40/index.html)で、「たとえば、私はいま、私のミッションとして、Ai(オートプシー・イメージング)、いわゆる死亡時画像診断の導入に取り組んでいます。Aiを織り込んだ小説を書くこと、医療界にAiを認知してもらうこと、病院で病理の仕事をすることが、渾然一体となっています。それが外部に対しては別々に出るものですから、いっぱい仕事をしているように見えるのです(笑)。」と語っている。その対談のみだしにある「得意な分野を書いて小説にリアリティを持たせ」たというのが海堂本の最大の魅力なのだと思っている。

 今のところ、本、対談、新聞記事などどれを読んでも海堂に好意を持つ。しかし、いつも気になることがある。それは医者同士が「先生」と呼び合うこと。そういう業界だといえばそれまでなのだが。政治屋や教員の世界も同じかな。昔から大嫌いです。「先生と呼ばれるほどの馬鹿じゃ無し」といつも思っています。


 

迦陵頻伽って?

 投稿日:2012年10月23日(火)09時57分27秒

   いま海棠尊の本にひかれている。現役の医者らしい。
「チーム・バチスタの栄光」、「ナニワ・モンスター」を読み面白かったので、次に「ナイチンゲールの沈黙」を読んだ。これもあっという間に読了、面白い。この著者の本をもう少し読み続けようと思う。
 何に惹かれているのか、話の筋立てか、人間観察か、いまのところどちらも面白い。

 しかし、医者というのは博識ですね、石黒耀の「死都日本」でも同じ思いを持ち感動したけれど、期待した2冊目は面白くなかった。この人のは三冊読んでもまだ面白い。

 知らない言葉がいっぱい出てくる。医学用語は無視できるが「迦陵頻伽」なんてでてきたら気になってしかたがない。
ウイキペディアには、
 「迦陵頻伽・迦陵頻迦(かりょうびんが)は上半身が人で、下半身が鳥の仏教における想像上の生物。サンスクリットの kalavinka の音訳。『阿弥陀経』では、共命鳥とともに極楽浄土に住むとされる。

殻の中にいる時から鳴きだすとされる。その声は非常に美しく、仏の声を形容するのに用いられ、「妙音鳥」、「好声鳥」、「逸音鳥」、「妙声鳥」とも意訳される。また、日本では美しい芸者や花魁(おいらん)、美声の芸妓を指してこの名で呼ぶこともあった。

一般に、迦陵頻伽の描かれた図像は浄土を表現していると理解され、同時に如来の教えを称えることを意図する。中国の仏教壁画などには人頭鳥身で表されるが、日本の仏教美術では、有翼の菩薩形の上半身に鳥の下半身の姿で描かれてきた。敦煌の壁画には舞ったり、音楽を奏でている姿も描かれている。」

「第1章 天窓の迦陵頻伽」、なんてあれば???と読み続けてしまう。たぶん筋立てが上手なのでしょう。
 

暇人のちょっと異常な半日

 投稿日:2012年10月16日(火)17時19分13秒

   ちょっと調子が狂った変な半日でした。

 6時起床、6時25分テレビ体操、7時朝食、朝刊を読んだり朝ドラをみたり、
 8時半から10時:(て)といつもの1万歩コースの散歩
  手術をしたばかりで病院(たぶん警察病院)から散歩にきたという男性
  の元気な歩きに見とれる。いつもの人達にであうとなぜか安らぎを
  感じる。関西大倉高校の通学時間帯のだらだら続くのに今更ながら
  あきれる。中学まで併設しているのに9時半が過ぎても通学バスや
  自転車通学の列が続く。その一人一人を二人の女性カメラマンが
  撮している。たぶん卒業写真の材料か・・・。

 ここまでは順調に過ぎた。

なぜか、システムキッチンの蝶番の錆や汚れが無性に気になる。錆取り用品を
買いたい、ビールも切れている、食料品も買い足したい。予約本が入ったとい
うので図書館にもいきたい。

回る順に頭を使ったが、
 10時〜11時:アヤハディオとアプロで、錆取り用品、ビール、食料品を購入。
  生ものもあるので一端、帰宅。
 11時から11時半:図書館へ。予約のエリートの転身(高杉良著)やクライマーズハイ
(横山秀夫著)、ナイチンゲールの沈黙(海棠尊 著)を借り出す手続きに、手招き
してくれたカウンターに近づこうとしたとたん事故、なにもわからないまま私は
バタンという大きな音とともに完全に俯せに倒れていました。後ろを見ずに突然
さがってきたちょっと太めの女性職員のケツ圧(?)で突き飛ばされたようです。
状況がわからないまま立ち上げって呆然としていたら、図書館の何人かが心配して
駆けつけあやまるので、大丈夫だと制し、手続きを済ませ帰宅。
 点検すれば赤い痣が一ヶ所、ズボンも1ヶ所破れていました。図書館内で衝突事故
とは想定外でした。反射神経が衰えてきているのでしょうね。非日常の出来事でした。


12時 昼食

 昼食後直ぐに錆取り作業、やりだすと色々汚れが気になり、あちこち手を出し
結構長引く作業になる。やっと終わったのが2時過ぎ。
 BSで映画チャイナシンドロームをやっていた。アメリカ版原発嘘つき物語、
日本と一緒だ原発村はと思いながらみていたら、(て)がまたガスコンロなどの
掃除をはじめた。しかたがないと、手伝い終わったら4時。

 なにやら疲れた半日でした。

 さあ後は読書三昧の日常にもどります。

PS
どうも倒れたとき右腕で体重のほとんどを支えたらしい。今頃、右腕が
ひりひりしなにやら痛い。明日、また別の痛みが現れるのかな?

PS2
17日 擦りむいたところがちょっとひりひりするだけ。大事ないようです。



 
 

次郎物語

 投稿日:2012年 8月27日(月)04時22分39秒

   「次郎物語(下村湖人著)」は、主人公・本田次郎の心の揺れ動きと成長をきめ細かに描いた五部構成の大作。1936年に書き始め、戦争の時代をまたいで18年間にわたって執筆された。
 1958年に初めて読み、中学生の頃には何回も読み直している。今回、えっ、こんなに「教育もの(or道徳もの)」臭かったのと思いながらも、新潮文庫の上、中、下の三巻にまとめられたのをあっという間に読み終えた。不朽の教育小説といわれるらしい。TNの教育観、倫理観は、この本に強く影響されていたことに気付く。「葉隠」や「歎異抄」などもこの本で初めて知ったのだと思う。

 本の概要などは下の記事に詳しい。
 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/book/kyushu100/2006/07/post_25.shtml


 

メルトダウン

 投稿日:2012年 8月21日(火)09時17分13秒

  今、借りている本は「次郎物語(第一部)」、「メルトダウン」、「空也上人がいた」、「阪急電車」、「江藤さんの決断」。
 「江藤さんの決断」は2,3頁でやめた。いまさら読むべき意味は無いと放棄。
 「空也上人がいた」は、最後まで読んだ。読み返したいとは思わない。
 「次郎物語(第一部)」は児童書として注釈がいっぱいあり煩わしいが、流石に中学時代の愛読書なのですぐにのめり込んだ。中学時代は次郎に感情移入して読んでいたように思うが、今回は周囲の大人達の感情もよく分かるため、読み返してよかったと思っている。第五部まで読み続ける予定。
 「阪急電車」、著者の有川 浩(ひろ)は男性かなと思うような名前だが女性。文も女性らしい。少し昔のベストセラーで本屋に山積みされていたのを覚えている。女性らしい細やかな感情が良く表現された本。良く出来た映画を見た後、あの場面はどうだったともう一度たしかめるため続けてもう一度鑑賞したいと思うことがある。読後そんな感覚が湧いてくる本。前に買って読んだ「植物図鑑」も楽しかったので、もう少しこの著者の本を読み続けてみようかなと思う。


  さて「メルトダウン」は、予約してから随分待たされてやっと手にした本。大鹿靖明による原発事故のドキュメント。あとがきの「――「メルトダウンしていたのは、原発の炉心だけではないのだ。原因企業である東電の経営陣たち。責任官庁である経産省の官僚たち。原子力安全委員会や保安院の原発専門家たち。原発爆発企業の東電に自己責任で2兆円も貸しながら、東電の経営が危うくなると自分たちの債権保全にだけは必死な愚かな銀行家たち。未曾有の国難にもかかわらず、正気の沙汰とは思えない政争に明け暮れた政治家たち。

  いずれもメルトダウンしていた。エリートやエグゼクティブや選良と呼ばれる人たちの、能力の欠落と保身、責任転嫁、そして精神の荒廃を、可能な限り記録しよう。それが私の出発点だった。」ですべてが表されている。期待した通りの力作だった。

 著者のブログに、「大鹿靖明 『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を執筆して/ジャーナリズムを考える」があって、メディアもメルトダウンしていたと指摘している。一部だけ抜き出すと

 記者がまるでタイピストなのだ。原発が相次いで爆発したというのに。・・・・・
 だから「大本営発表報道」などというありがたくない批判を頂戴したのだ。メルトダウンしていたのは原子炉だけではない。報道の現場でも起きていた。揚げ足をとられないように気遣う東電本店の広報担当者と、それをもとにパーツ原稿を書く記者たち、私にはどちらも同じ「種族」に見えた。


  TNは「脱原発」が正しい選択と確信しているので、この本の意味、価値をその立場から高く評価し、嫌われ者の菅前首相にもそれなりの評価をしている。

一方、菅嫌いや原発推進派の人がこの本を読むと「菅内閣“御用達”の原発事故てんまつ記」となるらしい。難しい世の中だ!
 

貧困と愛国

 投稿日:2012年 8月11日(土)08時42分26秒

   最近、週に4,5冊は読んでいる。今週、図書館で借りたのは「かの子の記」、「もう、きみには頼まない」、「貧困と愛国」、「新潮現代文学」、「突然、妻が倒れたら」、「父開高健から学んだこと」の6冊。いろいろな本棚をざっと見回し、読めそうだなと感じた本を、内容をほとんど確かめずに借りている。たぶん乱読。
 先週に読んだ佐高信の「石原慎太郎の老残」で、佐高が叩く石原慎太郎、小泉元首相、竹中平蔵・・・・・などは、私も大嫌いなので佐高の本をもっと読んでみたいと雨宮処凜との対談「貧困と愛国」を選んだ。雨宮処凜は新聞でみるエッセイしか知らないが気になる女性だった。この本により、予期以上に彼女たちの世代の問題についていろいろ考えさせられた。

プレカリアート(イタリア語で”不安定な”を意味する「プレカリオ」と「プロレタリアート」の合成語で、非正規雇用者及び失業者の総称)、フリーター、ひきこもり、ニート、ロスト・ジェネレーション、貧乏くじ世代、プレカリアート系、メンヘル系(メンタルヘルス系、ココロ系)、スピリチュアル系・・・・などなど。雨宮処凜が関心を持つ同世代を表す用語がいっぱいで、私には消化不良気味。

 雨宮(1975年生)は長男より一歳上、佐高(1945年生)はTNより一歳下、従って佐高の言うことは当然すぎて読み終わったあと特に残ったものはない。しかし、雨宮の発言を長男の世代のことを思いながら読んでいたためか色々思い起こすことが出来る。

 若い人たちがどうして右翼、愛国を支持するのかが気になってはいたが、今までその意味を理解出来なかったが、「多くの同世代が企業社会にも入れずにフリーターとして浮遊している状態だったので、そうなると私には行き着く先はナショナリズムしかなかったというか、国家しか帰属先がないように感じました。学校で教えられてきた『頑張ればなんとかなる』みたいな言葉が頑張っても何ともならない不況の中で、全部嘘だったんだという思いが漠然と生まれて、『学校では教えてくれない靖国史観』が結果的にすんなり入ってきた。」というような雨宮の発言で分かったような気になった。

 彼女の発言からフリーターや派遣の人達の現状もよくわかる。

「フリーターのままだと、餓死するかホームレスになるしかない。」
「派遣の人は機械以下。機械は壊れたらメンテナンスして直してもらえるけども、派遣の人間は、壊れた、怪我した、風邪引いたで簡単に廃棄されますから。」
「外人部隊と日本人部隊があり、外人部隊のほうがキツい仕事をしている。賃金にも差があり、外国人労働者は日本人の派遣労働者のガス抜きになっている。」

 このようなフリーターや派遣の人達を救おうと雨宮たちはプレカリアート系の運動を進める。この本を読んでその意義がよくわかった。それでは佐高やTN世代がなにを手助けできるのか、佐高は何も答えていないし。私にもまだよくわからない。

 以下は気になった発言の抜き書きである。

プレカリアート系の運動 
 生きさせろ! 怠ける権利。逃げることは抵抗の武器。

 ニートやフリーターが生きづらいのは自分だけの責任ではない、むしろ社会にこれだけ問題があって、政策的にもこういう落ち度があったからなんだということをどんどん言って、「だから、フリーターやニートが貧乏で不安定でも、それは自己責任ではない」という考え方ですよね。

 フリーターは頑張れば頑張るほど時給が下がっていく。
 文句も言わず、過労死も厭わない人材が求められている。

 フリーターも労働基準法に守られているということ自体知らないし、組合の存在自体も知らないからめちゃくちゃな労働環境を受け入れざるを得ない。

 フリーター労組 生存組合

 雨宮処凜が社会に目覚めたのは、20歳の1995年、阪神大震災、オウム事件、戦後50年。

 フリーターの人たちの多くがまだホームレスになっていないのは、親がいきているからじゃないですか。親にたよれないフリーターはどんどんホームレス化しているという状況なので・・・・

最低限の生存を守る
 運動としては、社会保障があればなんとか生きていけるから生活保護の受給ノウハウを交換したり、鬱病で働けない場合などは障害者手帳をとることでなんとかセーフティネットにひっかかりやすくしています。自衛の手段として。そういうことをメンヘル系の人たちは90年代後半からやってきました。プレカリアートの運動でも、ネットカフエ難民になってしまったら、とにかく生活保護をとって、まずは屋根の下に住んで普通のフリーターに戻るという道があるので、そこは共通していて、かろうじて最低限の生存を守るという部分で共闘できるかなと思うんです。

国が自己責任といったら疑え
(佐高)本来、国というのは自己責任でやれない部分を仕事にしているわけですから、政治家も役人も自己責任といってしまったら、それは自分たちの役割放棄、自己否定ということです。

PS どうでもよいことですが
1.佐高「自殺に至る共同体というのは、一人ひとりの孤立感があまりに深いから、共同になった場合には一気に死の方に磁場がバーツと行っちゃうということですか。」というのに引っ掛かる。前後の文脈から意味は分かるような気もするが、「磁場がバーツと行っちゃう」て????状態です。こんなところで物理用語を使われると頭の固い私はパニックになる。
2.雨宮処凜はかなり有名人らしくウイキペディアに記載がある(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A8%E5%AE%AE%E5%87%A6%E5%87%9B)。そこに鳩山由起夫がお気に入りのようなことが書いてある。今も?とちょっと不思議な感じ。


 

しんどい本

 投稿日:2012年 6月25日(月)11時47分54秒

  「日本人は知らない『地震予知』の正体」ロバート・ゲラー(双葉社、2011年)を読む。
 発刊されたときから気になっていた本だが、内容もほぼ推定できて気が重くなる本とわかっていたので購入しなかった。図書館で見つけ、思い切って読むことにした。

 結論は「できもしない地震予知に投じる予算があるなら、護岸工事、耐震補強、防災教育など国民の生命、財産を守ることに回すべき」ということだろうが、同じことは例えば福井県出身の地震学者故竹内均(東大理学部名誉教授、科学啓蒙家として有名で科学雑誌『Newton』初代編集長)が強く主張していた。そのことはこの本の中でも取り上げられている。また福井県が生んだ偉大な地震学者の大森房吉と今村明恒との関東地震をめぐる論争を思い出す。今も語り継がれる大森−今村論争では関東大震災が発生し今村の予言が正しかったことになった。

 地震予知は現時点では不可能だ、しかし全否定して捨て去るべきものとは到底思えずいろいろ考えながら読み終えた。
 明快な趣旨、読みやすい日本語ですっとよめた。内容の大部分については同意できる。しかし、それでも地震予知研究は必要だと思っている。

ネットに本の内容を的確にまとめているのがあったのでそのままコピーします。

○しばらく大地震が起きていないところに地震が起きやすいとする「地震空白域説」や、各地域に地震が周期的に繰り返すとする「固有地震説」、大地震の前に前兆現象があるとする「前兆現象説」は、感覚的にわかりやすいが、まったく正しくないうえ非科学的である。→「地震空白域説」は正しいと思う。
○大地震が起きた後に、実はその予兆があったのだとの主張は毎回ぞろぞろ出てくるが、これも非科学的なものばかりであり、かつ「予知」ではない。→同意する
○1977年に石橋克彦氏が「東海地震」の可能性を主張した。氏の原発震災に関する警鐘は大きな評価に値するが、「東海地震」説は評価できない。→TNは評価している
○しかし、御用学者と政府が結託してこれを煽り続け、「東海地震予知」のために多額の国家予算を使ってきた。これは逆に、相対的に地震が起きない地域があるとの間違った考えを生み出してしまった。→そうかもしれない。
○基礎科学にオカネがつかないのに対し、国家プロジェクトであれば毎年何十億円もの予算が投下される。これは一種の麻薬であった。地震予知の成果が出ない一方で、何か大きな地震が起きると体制強化の必要性が謳われ、「焼け太り」が繰り返された。→同意する
○1960年代後半に、「研究計画」では百万円単位、「実施計画」を謳えば千万円単位の高額予算配布が可能になるとのアドバイスをしたのは、中曽根康弘(当時、運輸相)であった。そして石橋克彦氏のレポート(1977年)は、もっと協力で刺激の強い劇薬になった。→ここで中曽根が出てくる。原発の国家プロジェクトと同じ構図に苦々しい思い。別のブログに「驚いたのは、政・官・学の癒着において、原子力と同様に、中曽根康弘の名前が登場することだ。原子力と地震との両方から現在の間違った方向づけに加担したこの人は、東日本大震災のあと、どの口でか、しらっと風見鶏的な発言を繰り返している。」とあった。

以下、すべて同意する
○マグニチュードが1大きくなればそのエネルギーは30倍、発生確率は10分の1になるわけであり、それを一緒くたにして、時期も地域も曖昧なまま予知を論じるのはナンセンスである。すなわち「地震予知」は不可能である。
○むしろ、地震はどこにでも起きるという前提で、起きたときの対策(正確・迅速な報道、地震工学に基づく耐震化)に注力すべきである。
○東日本大震災は人災であった。マグニチュード9クラスの巨大地震が起きうることも、10mを遥かに超える津波が起きうることも、既に指摘されながら顧みられなかったのであり、決して「想定外」などではなかった。

 

面白かった

 投稿日:2012年 6月23日(土)21時28分24秒

  「黒田清 記者魂は死なず」 有須 和也 著
  河出文庫 ● 440ページ
  ISBN:978-4-309-41123-1 ● Cコード:0131
  発売日:2012.01.11

 著者の有須 和也 (アリス カズヤ)は1956年生まれ。芸術生活社の編集者として、読売新聞退社後、黒田ジャーナルを設立し、「窓友新聞」を刊行していた黒田清と親交を重ねる。この本は初の著作。

 「庶民の側に立った社会部記者として闘い抜き、ナベツネ体制と真っ向からぶつかった魂のジャーナリスト・黒田清。鋭くも温かい眼差しを厖大な取材と証言でたどる唯一の評伝。」

 読売新聞というのは読者数日本一の大新聞だが右に偏向したくだらない新聞と思っているので他の新聞があるときは手に取らない。その読売(大阪)が頑張っていた時代があったというのは新鮮な驚きだった。黒田清が社会部部長として「戦争」や「窓」の連載物で凄い紙面をつくっていたらしい。連載「戦争」は1985年に菊池寛賞を受賞するが、すでに右傾化の路線をつっぱしりだした読売になかで、無用の人になっていた黒田は授賞式に出ることさえ禁じられる。
 いろいろ考えさせられ読んでよかったと思える本。
 TNは何を考え何を思いながら読んだのか?戦争と差別を徹底的に憎む黒田の編集方針、えっあの読売がという思いが一番強い。読売記者と戦争批判−護憲−阪神フアンはやはり不思議な組み合わせだ。学生時代に偶々読んだ読売の紙面は、情緒的で押しつけがましい道徳観にあふれたものであったことを覚えている。まさに黒田軍団の全盛時代だったのだろうなと、ちょっと引きながら思い出す。
 大新聞といえども大した組織ではないんだなっと、新聞社内の人間ドラマのごたごたを、自分が経験した大学内人間ドラマのごたごたと比べていた。
 暴飲暴食−69歳で肝臓癌で逝去、身につまされる。

Wikipediaには黒田清を次のようにまとめている。
 「旧制大阪府立高津中学校卒業、旧制第四高等学校、京都大学経済学部卒業。1952年大阪読売新聞社(現・読売新聞大阪本社)入社。社会畑を歩み、1976年に社会部長就任。以後、この社会部チームの記者は「黒田軍団」として注目を集め、黒田自身だけでなく、軍団の一員だった大谷昭宏らがジャーナリストとして活躍し注目を集める。1979年1月におきた三菱銀行人質事件の際、新聞紙上に事件当事者のみでなく、取材する記者側の動きもドキュメントとして報道。それは事件が膠着状態で記者から上ってきたドキュメントの原稿が数行しかないのを見た黒田が「ならば、自分たちの動きを書け!」と叱咤したのがきっかけと言われており、新しい報道の手法として反響を呼んだ。また、著書「警官汚職」(1984年)には日本ノンフィクション賞、1985年の「戦争」では菊池寛賞をそれぞれ獲得。

革新・左派色が強いと見られ、渡邉恒雄の意を体した上司に干されるようになった。その結果、1987年退社。「黒田軍団」も内部で「戦犯」視され、散り散りになった。その後は「黒田ジャーナル」を主宰するフリージャーナリストとして、窓友新聞発行の他、テレビ、ラジオ、新聞などで活躍。日刊スポーツ・大阪本社版に連載「黒田清のぶっちゃけ・ジャーナル(後に「にゅーすらいだー」と改題)」を、しんぶん赤旗日曜版に連載「半共ジャーナル」を執筆した。

2000年7月23日、膵臓癌のため死去。これに伴い黒田ジャーナルは解散。大谷は独立して「大谷昭宏事務所」を設立した。なお、他紙が数段抜きの訃報を掲載した(顔写真入りで掲載した新聞もあった)のに対し、読売に掲載された訃報は一段のベタ記事であった。」

 

原発立地地域の地質

 投稿日:2012年 6月20日(水)01時45分59秒

  geo-Flash(日本地質学会メールマガジン)に金沢大学にいた石渡さん(現在は東北大学東北アジア研究センター)が、「福井県西部地域の地質について」解説している。
 結論は「このように,大飯原子力発電所など若狭湾岸の原発が立地する福井県西部地域は,2.8億年前の海洋地殻と,その下盤側の1.5億年前までのプレート沈み込みによって形成された付加体から構成されており,日本の他の場所と同様に多数の活断層が存在していて,江戸時代から現代までの間にも複数回の大地震が発生している。」ということです。
 一般向けに書かれたとは言え、地質に馴染みがないとたぶん理解できないでしょうが、二つの図で全てまとめられています。頑張って解読してみてほしいレビユーです。

 やはり「脱原発」しか安全はありえない。

http://www.geosociety.jp/faq/content0388.html


 

やっぱり嫌いです

 投稿日:2012年 6月19日(火)13時14分57秒

  ◎「うつを文学的に解きほぐす: 鬱は知性の影」三浦朱門 青萠堂, 2008
ISBN 4921192529, 9784921192525
 医者ではない者の鬱―北杜夫から学んだこと;妻・曽野綾子とウツ;ウツ脱出の手がかり、曽野の場合;うまく行かないからこそ人生;“ウツ”は無意識に信仰も求める;それでも私はウツにならなかった;ウツ人間とキレる人間;「人生の挫折者」の工夫;手をすべらせたらウツになる;日本人のウツの構造;「あっ、そう」というウツの時代;ウツという名の希望

 表題と目次に惹かれて借りた本。三浦で大丈夫かな?と思いつつ。三浦&曽野は「数学の2次方程式が解けなくとも、りっぱに生きていける」と公言し、ゆとり教育を強引に推し進める文科省を応援した極悪人。それももう昔の話と読んでみたがだめでした。よけいに嫌いになりました。二度と三浦&曽野の本にてをださないでしょう。

アホっと思ったことを3つだけ、
1.この人は理科のことは全く理解できない人らしい。「物理や化学実験を繰り返しても、必ずしも、教科書通りの結果が出るとは限らない。偶然以外に、理想的な数値などでない、といってもよいくらいだ。」だって、知ったかぶりするなと思う。

2.「医学部に向かなそうに見えても、卒業後は公務員試験を受けて、行政の保険・衛生方面の仕事をして、生涯、患者をみることがない医者になることだってできる。だから職業と個性の一致がみられなくともなんとかやってゆく道はある。」こんな考え方は大嫌いです。専門職をなめていると思います。

3.最後の「閉ざされた今世紀のうつ」では反原発の運動家達をばかにしている。この本は2008年にかかれている。いまならどう書くのでしょう。三浦も原子力村の住民なのかな?
などなど腹立たしいことばかり、これを最後まで読んでしまったことを後悔。


 

台風が近づいて・・・・

 投稿日:2012年 6月19日(火)11時12分1秒

  ◎「父への恋文」藤原咲子 山と渓谷社
ISBN:4-635-17159-0
発行年月日:2001年07月24日
 没後20年―。初めて綴られたベストセラー作家の素顔と家族の群像。歴史のなかで翻弄される人間のドラマを、山を舞台にして自然と人間の織りなすドラマを、小説に著わしてきた新田次郎。一人娘であるがゆえに父から愛情をかけられ、作家である母との確執に悩みながら育った著者は、どのように父親を見、どのように成長してきたのか。死後20年を経て、初めて綴るベストセラー作家への娘の想い。

◎「母・あぐりの淳への手紙」吉行あぐり 文園社 (1998/07)
ISBN-10: 4893361228
ISBN-13: 978-4893361226
 母あぐりが吉行淳之介(作家)へ捧げる鎮魂歌。いま初めて、亡き息子への真情と91歳の心境を明かす。NHK連続テレビ小説「あぐり」の原作者・吉行あぐりの第2弾。

◎「パパは楽しい躁うつ病」北杜夫, 斎藤由香 朝日新聞出版, 2009
ISBN 4022504994, 9784022504999
 よれよれな父と元気全開な娘が初めて語りあった爆笑対談。「好きでちゅ!」父は、躁病になると、エレベーターの中でいつも叫んだ。真夏の夜、夢中で蛾を追いかけていた父・北杜夫。「当家の主人、発狂中!」の看板を門に飾った娘・斎藤由香。躁病もうつ病も怖くない。

◎「父でもなく、城山三郎でもなく」井上紀子 新潮社 2011
ISBN 4101133360, 9784101133362
 「お父さんの職業、お仕事は何ですか?」「...小説とか、書いているようです」―幼い頃から、人に説明しがたく、自身でも掴みあぐね、できるだけ触れずにきた父親の仕事。そして、無意識のうちに分けていた父・杉浦英一と作家・城山三郎の存在。だが、その死をきっかけに父=城山三郎であったことを痛感してゆく。愛娘が綴った「気骨の作家」の意外な素顔と家族への深い愛情のかたち。

 6月27日に図書館で借りだした本、たぶん,それなりによく知られた著作が有り長生きした人達の晩年の生き方を知りたいと思った選択ですが、系統だったものではなく目についたものから順に。それぞれ最後まですっと読めた。どれも亡くなった作家のというより、書き手(母と娘)の人生が表にでていた。当然と言えば当然だがそれが面白い。
 

「淳之介さんのこと」

 投稿日:2012年 6月 8日(金)04時44分28秒

  淳之介さんのこと
 宮城まり子著 文藝春秋 2001年

 図書館で借りて、「『兄・淳之介とわたし』吉行和子著 潮出版社 1995年」と「『宮城まり子が選ぶ吉行淳之介短編集』ポプラ社 2007年」の後に読んだ。図書館で読んでみようかと思う本と書店で買ってみようかなと思う本の種類は異なるのかなと、図書館に通い出した最近になって気付く。書店ではきっと手に取ることもないような本を借りだしていることが多い。これらもその手の本。
 いままで吉行淳之介の本を読んだことがない。彼にまったく興味がなかった。妹の書いた淳之介像に惹かれ、愛人の書いた淳之介像を知りたくなり読んだ。どちらも彼への愛を素直に書いた良い本だった。今回の本で、宮城が選んだ短編の意味、選んだ理由があらためて理解できたような気がするが、それでも淳之介の小説は好きにはなれない。

 病気ばかりしていた淳之介が、最後にC型肝炎による肝臓癌で虎ノ門病院に入院し、そこの医療に絶望し、最終的にもう治療法がないと言われたときに、まり子は淳之介を聖路加病院に転院させる。その六日後、「まりちゃん」という言葉をのこして息をひきとったという。宮城まり子という著名人が泊まり込みの看護をしていても病院の応対はこんなものなんだなあと、あらためて日本医療の貧困を思う。遠藤純子(周作の妻)が「夫の宿題」で心あたたかな病院をふやしたいと切々と訴えていたことを思い出す。また斉藤由香が父北杜夫が病院で急死したとき、「斉藤宗吉(本名)ではなく、北杜夫で入院していれば、もっと注意を払ってくれたのではないか」と病院への不信をもらしたことをなぜか連想した。


 


Re: 「淳之介さんのこと」

 投稿日:2012年 6月13日(水)08時04分41秒

 

> 淳之介さんのこと
>  宮城まり子著 文藝春秋 2001年
>
>  図書館で借りて、「『兄・淳之介とわたし』吉行和子著 潮出版社 1995年」と「『宮城まり子が選ぶ吉行淳之介短編集』ポプラ社 2007年」の後に読んだ。図書館で読んでみようかと思う本と書店で買ってみようかなと思う本の種類は異なるのかなと、図書館に通い出した最近になって気付く。書店ではきっと手に取ることもないような本を借りだしていることが多い。これらもその手の本。
>  いままで吉行淳之介の本を読んだことがない。彼にまったく興味がなかった。妹の書いた淳之介像に惹かれ、愛人の書いた淳之介像を知りたくなり読んだ。どちらも彼への愛を素直に書いた良い本だった。今回の本で、宮城が選んだ短編の意味、選んだ理由があらためて理解できたような気がするが、それでも淳之介の小説は好きにはなれない。
>

6月12日
「母・あぐり淳への手紙」吉行あぐり、文園社、平成10年

 平成6年に淳之介が永眠してからの淳之介へ思いを綴っていて、息子に先立たれた親の悲しみを隠すことなくさらけ出している。この本を出版したとき既に91歳、ここまで長生きする人はやっぱり、自分勝手な人なのだと思う。好き勝手に生きている、凄いなと感じる。淳之介のいろいろな思い出を書いているのに、淳之介の妻・娘のことには一切触れない。宮城まり子の名前も2回でてくるだけ。みごとなものだなと思う。娘の和子と理恵があぐりを支えている様子が気持ちよい。
 

戦場の田中角栄

 投稿日:2012年 5月16日(水)19時36分48秒

  「戦場の田中角栄」馬弓良彦著 毎日ワンズ
 前から気になっていた本、図書館で目につき直ぐに借り、一気に読み通した。
 元毎日新聞の田中番記者が、愛情を持って田中角栄について書いた本。今までの田中角栄について私が抱くイメージから大きく外れることはないが、田中角栄の人間性についての理解は深くなったと思う。良書といえる。
 三宅久之著「書けなかった特ダネ」にも、「昭和49年11月26日、田中は『深夜、沛然(はいぜん)とし降る豪雨に心耳(しんじ)を澄ます思い』と世論に屈服したことを認め、辞意表明を行った。」と紹介された田中の「退陣声明の一節(わが国の前途を思いめぐらすとき、私は一夜、沛然(はいぜん)として大地に降る豪雨に心耳(しんじ)を澄ます)」についてのエピソードが最も印象深かった。

 真弓も三宅も元毎日の記者そして早稲田出身というのも気にかかる。
 

図書館の本

 投稿日:2012年 5月 8日(火)15時22分20秒

   今まで読みたい本は買って残して置きたいので図書館は利用しなかった。
しかし、今後たぶん読むことはないという本が増えすぎ整理、処分に手を
やきだした。先日、思い切って大量の書籍を処分した。
 今まで通り読みたくなった本を全部買っていたらまた大量処分という
大仕事がまっている。だんだん体力がなくなるので自分で処分ができなく
なるだろう。それなら出来るだけ買う本は少なくし、図書館を利用しよう
と思い立った。思いついたが吉日と、昨日、茨木市立中央図書館の利用カ
ードを作り、早速、6冊も借りてしまった。

 そのうちの1冊、「60歳でボケる人 80歳でボケない人」フレディ松川著
を読んだ。母の経験があるので書いてあることはすべてすんなり入ってきた。
良書だと思う。

 最後になったが、ここに一番書きたかったことは、本の内容ではなくて、
この本の2ヶ所で、2枚(4頁)づつ綺麗に切り取られていたことである。
前に借りた人がやったのか、それとももっと前の人???本を好きな人が
やることかと哀しくなりました。図書館の本を利用するとこんな思いを
何回か経験するのでしょうか。


 

芥川賞

 投稿日:2012年 2月23日(木)07時59分32秒

   そっけない受賞インタビューで人気の田中慎弥の小説が読みたくて
今回の受賞作が掲載された「文藝春秋」3月号を買った。期待に反し
「共喰い」も「道化師の蝶」も読み切れなかった。まったく面白くない。
 次回から審査員を辞めると表明している石原慎太郎が選評に書いた言い分は
すっと理解出来る。これが世代間格差でしょうか。「故にも老兵は
消えて行くのみ。さらば芥川賞。」と締めくくった慎太郎に拍手を
おくる。ついでに政治屋もやめれば大喝采してあげるのに。