彼は、夢追い人だった。幼い頃野球選手に憧れ、学生時代はミュージシャンを目指し、二十歳になって冒険家を名乗ってみせたりした。わたしがそんな彼と結婚を決めたとき、周囲はこう決め付けた。「あんなロクデナシ、あなたには不釣合いよ」と。当然かもしれない。わたしはそのころ一流の大学を卒業し、一流の商社に勤め、一流のブランドで身を固めたキャリア・ウーマンだったのだから。でもわたしは心から彼を愛し、尊敬していた。何事も現実的に考えてしまうわたしには、いつまでも諦めずに夢を追い続ける彼が輝いて見えたのだ。
結婚式の数日前、わたしたちは街の占い師に、未来を占ってもらった。占い師は、彼の目を覗き込む。
「あなたは生涯、夢を見続けるでしょうな。そう、死ぬまで、ずっと」
苦笑いする彼。まあ素敵、とわたし。すると占い師は次に、わたしを指差す。
「そして、あなたがもし彼と結婚したら、いつかきっと、その夢を止めるでしょうな」
わたしは驚いた。そんなことあるはずない。叶おうが叶うまいが、夢を見続ける彼が大好きなのだ。わたしは憤慨して、その店を出た。
祝福されぬ結婚をしたわたしたちは、それでも幸せだった。わたしは一流商社の仕事をしながら、夢を追う彼の生活をかいがいしく世話し続けた。そんな矢先、わたしは妊娠した。
胎教と称し、二人でオペラ鑑賞をした帰りのことだった。車中、イルミネーションの街をくぐりぬけながら、彼は、真剣な表情で恐るべき告白をした。
「俺、この子のために本気で仕事をすることにした。今日、市内の印刷会社で採用が決まったから」
その言葉にわたしは唖然とした。裏切られた、と思った。
「だめよ。父親がただの会社員じゃ、この子が不幸だわ。そんな仕事、わたしが断ってあげる。だから、これからも夢を追い続けて頂戴」
「いや、もう決めたことだ。俺が社会に出るいいきっかけなんだ」
いつになく反抗的な態度に、わたしはカチンときた。
「そんなの嫌、わたしは我慢できない。それなら産むのをやめるわ」
「なんだと」
その瞬間、彼はアクセルを思い切り踏みこんだ。車はそのまま歩道に乗り上げ、百貨店のショーウィンドーに勢いよく飛び込んだ。
どうして彼はそんなことをしたのだろう。今となっては分からない。この事故で、わたしは体中に軽傷を負い、加えて右足を骨折、そしてお腹の子供を失った。彼は頭の打ち所を違え、全く意識が戻らない状態になってしまった。いわゆる脳死状態というものだ。
こうしてわたしたちの人生は完全に損なわれてしまった。
わたしは今日、彼を病院に見舞った帰り道、いつかの占い師を訪ねた。どうして突然その男を思い出したのだろう。ただ無性に、その占い師に文句を言ってやりたかった。
タクシーを降りて松葉杖をつくわたしを、占い師ははっきりと覚えていた。わたしは非常に興奮していたので、早口でこれまでの話を聞かせた。幸せな結婚をしたことから、今度の事故のことまで。しかし、占い師の男は最後まで、すまし顔を崩さない。わたしは不愉快だった。
「ねえ、あなたの占い、はずれてばかりだったわ。あなたは彼が死ぬまで夢を見続けるって言った。でも実際は彼は夢を投げ出したのよ」
しかし占い師は小憎らしいしぐさで鼻の頭を掻きながら、言った。
「よく考えてみることです。あなたの夫は、結局病院のベッドで死ぬまで夢を見続けることになったのではないですかな」
……何を言うの、この男は。わたしの頭に血がのぼる。
「で、でも、あなたはこうも言った。わたしが彼の夢を止めるって。でもわたしは彼にはずっと夢を追わせてきたわ。止めることなんて一度もなかった」
すると、占い師はわたしの顔を見上げ、鋭い目を向けた。何もかもを知っている瞳だった。わたしは咄嗟に顔を逸らす。松葉杖を支える右手が震えた。占い師は、言う。
「本当にそうですかな。わたしの占いは必ず当たるのです。もしやあなたは今日、病院で、彼の夢を、止めてきたのではないですか?」
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作成日 二〇〇七年十一月十九日
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