高森 千穂のページ

お薦め児童文学 その5


 第五期紹介分です。基本は海外児童文学となります。

 お薦め本は毎回追加していきます。新着分には色をつけています。詳細は「作品タイトル」をクリックして下さい。

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51〜100(その2)紹介へ
101〜150(その3)紹介へ
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インデックス
著者名作品タイトル
L.J.アドリアンペリー・Dの日記
アヴィクリスピン
ジャクリーン・ウィルソンキャンディ・フロス
E・ウォルターズリバウンド
デボラ・エリス三つの願い
ジャミラ・ガヴィンその歌声は天にあふれる
ジェイムス・クリュス笑いを売った少年
キース・グレイ絶体絶命27時間!
K.L.ゴーイングビッグTと呼んでくれ
クラウス・コルドンベルリン1919
クラウス・コルドンベルリン1945
ルイス・サッカー歩く
パティ・シャーロックウルフィーからの手紙
ウォルフ・ドゥリアンチョコレート王と黒い手のカイ
アニカ・トール海の島
アニカ・トール睡蓮の池
サンディー・トクスヴィグヒットラーのカナリヤ
ヤーナ・フライ嵐の季節に ─思春期病棟の十六歳─
ヤコブ・ヴェゲリウス曲芸師ハリドン
ゲイリー・ポールセン少年は戦場へ旅立った
エクトール・マロロマン・カルブリス物語
マイケル・モーパーゴ負けるな、ロビー!
エリザベス・レアードぼくたちの砦
エリザベス・レアード路上のヒーローたち

「ペリー・Dの日記」 L.J.アドリアン
★ポプラ社 2006年
★中学生以上
 戦争で荒廃した未来都市が舞台。
 都市再生のために家族と離れ、廃墟の街で掘削作業をする少年トニ・Vは、ある日、地中から掘り出した水容器の中に日記帳を見つけます。ペリー・Dという名の、お金持ちの少女の日記でした。日記の中の贅沢な暮らしや、自信家で堂々としたペリーにあこがれて日記を読み進めるトニですが、やがて、その日記は「現代」ではなく戦争前に書かれたことに気づきます。しかも、ペリーの華やかな日常は、日記が進むにつれて、少しずつ崩壊していくのです。原因は、ペリーが持っていた「劣性遺伝子」。それは、トニの遺伝子と同じ物でした……。
 環境劣化を引き金に、特定の遺伝子の者たちを差別し粛清していく様を、「過去の日記」という形をとって描いています。しかも、その日記を読むのは、現在「*劣性*遺伝子を持っているがために最低限の生活をするしかない少年」という設定で、過去と現在(正確には、どちらも未来なのですが)を織り交ぜることにより、より一層、その理不尽さを際立たせています。
 「SFとは、現代の矛盾や問題を、わかりやすく物語として浮き彫りにさせる手法」と思っている私にとっては、非常に優れたSF小説でした。未来の描き方も手垢がついた感じがせず、「水棲人」として進化している人類の描き方も面白かったです。
 遺伝子で人の優劣を決め、他のシティに強制連行する様は、『「アンネの日記」や、ワルシャワゲットーで見つかった日記に触発されて書いた』と作者が言っているとおり、ホロコーストの時代を、くっきりと読者に思い起こさせます。
 SFとはこうでなくては! こういうSFを書いてみたいものです。
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「クリスピン」 アヴィ
★求龍堂 2003年
★中学生以上
 14世紀、中世のイギリスが舞台です。荘園領主による圧政に苦しんだ小作農民たちが、自由を求めて立ち上がり始めた時代を背景としています。
 小さな村のはずれで母親・アスタと二人で暮らす13歳の貧しい少年<アスタの子>。名前もなく、母親ともども村人たちに冷たくあしらわれています。母親を亡くし、悲しみのあまり森で一晩を過ごした少年は、森の片隅で領主の執事が謎の男と密談しているのを偶然目撃してしまいます。何の話をしていたのかすらわからないのに、彼の怒りを買い、賞金首として追われる立場となります。唯一信頼できる村の神父──少年の名前<クリスピン>を知り、「自由に生きるため」に村からの逃避を促していた──も謎の死をとげ、クリスピンは、悲しみにくれたまま、逃げるように村を旅たつことになります。
 けれども、旅の途中で赤毛の大男「熊」と出会ったことから、神父に言われた「自由に生きること」の意味に気づき始めます。やがて、自分の出自を知り、自らの意志で、自由をつかむための闘いに挑むのでした──
 アメリカ人作家の描くイギリスの歴史小説で、2003年にアメリカの児童文学賞・ニューベリー賞を受賞しています。わたし的にはニューベリー賞との相性はよくないのですが、この本は、割とよかったです。自国の歴史ではないけれど、アメリカのルーツはイギリスということ、また、テーマに「自由」をおいたことで評価されたのかなあ、と思ってしまいました。
 ストーリーとしては、それほどハラハラドキドキの物語ではなく、わりとありきたりで、クリスピンの素性は物語の冒頭から予想できてしまうのですが、そこはアヴィ、物語の描き方がうまいです。熊やダヴェントリー未亡人の温かい描き方、終盤のクリスピンの行動力には、本を読む手を止めることができませんでした。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその3」にもあり
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「キャンディ・フロス」 ジャクリーン・ウィルソン
★理論社 2007年
★小学校高学年向け
 フローラはイギリスの小学校高学年。ふわふわの巻き毛が綿菓子(キャンディフロス)みたいなので「フロス」と呼ばれています。普段はお母さんとお母さんの再婚相手と、再婚相手との間に生まれたまだ赤ん坊の弟と四人で暮らしていますが、週末だけは実の父親の家で過ごします。ところが、義理の父親が社内で大抜擢を受け、オーストラリアのシドニーで六ヶ月間働くことになり、フロスも引っ越すことに。お母さんと離れるのはいやだけれど、このままではお父さんが一人ぼっちになってしまうと、フロスは一人、イギリスに残ることを決意します。
 「勝ち組」の義父と違い、実父は流行らないカフェを経営しており、住まいは貧しく、しかも資金繰りが悪化し、カフェをたたまねばならない事態に。親友には貧しい暮らしを馬鹿にされるし、母親は「いつでもシドニーへいらっしゃい」というけれど、お父さんを一人にしておくことにはできない……みじめさに押しつぶされそうになりながらも、やさしいクラスメイト・スーザンとの友情に支えられ、持前の優しさとけなげさで、フロスは毎日を乗り越えていきます。
 ……などと書くと、深刻でジメジメした物語のようですが、そこはジャクリーン・ウィルソン、いつもどおりカラッと明るく楽しい物語です。けれど、時にジーンとさせ……という手法は変わりません。やっぱりすごくうまいです。ストーリーラインは今までの物語とたいして変化はありませんが、今回は「ダメなお父さん」「シドニー」というのが、ちょっと目新しいかな。やさしいフロスにとても好感がもてますし、カフェのお客の老人たちや、移動遊園地の係員など、脇役が生き生きしているのもよいです。ワンパターンとわかっていても、これだから読んじゃうんですよね、ジャクリーン・ウィルソンの本は。
同一作者の他作品 「お薦めその3」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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「リバウンド」 E・ウォルターズ
★福音館書店 2007年
★中学生以上
 カナダの児童文学です。
 7年生のときに田舎から都会に越してきたショーンは、転校先の学校でうまく友達が作れず、不良仲間とつきあって問題ばかりおこしていました。8年生が始まる時に心機一転して、新しい生活をする決意をします。理由は「大好きなバスケットボールのチームに入るため」。停学処分を受けたりしたら、選手になれないからです。ところが新学期の初日、転校生に言いがかりをつけられ、殴られます。しかも相手は車椅子の少年で、ショーンは何の手出しもしなかったにもかかわらず、一方的にけんかをしかけたことになってしまいました。停学処分を免れるために、車椅子の少年・デーヴィッドのホスト役をひきうけることになります。
 デーヴィッドは気が強く、明るく女子にも人気があり、車椅子ながらバスケットボールが非常にうまいのです。車椅子であることを同情されるのを極端に嫌い、挑戦的な態度をとるデーヴィッドに振り回されながらも、ショーンは強いデーヴィッドに惹かれていきます。デーヴィッドもまた、素直なショーンに惹かれていきます。親しくなるにつれ、ショーンは、なぜデーヴィットが周囲に攻撃的な態度をとるのか、車椅子の生活がどういうものであるか理解するようになります……
 ちょっと付和雷同型のショーンが、自我が強く勇気のある(ように見える)デーヴィットに惹かれていくさまが納得できました。ショーンもデーヴィッドも、「つまずきから立ち直れない」という問題を抱えていて、問題の深刻さは違えど二人の立場は対等、という描かれ方がいいです。けれども、車椅子で生活する(=障害者である)ことの現実(いかに周囲の人間がひどい態度をとっているかも含めて)は、きちんと読者に伝えています。このあたりが、それまでの障害者を扱った物語と一味違います。
 物語のテーマは、なんと、本の表紙に書かれています。それだけ、編集者の思いが強いのでしょう。
 「大事なのは、シュートして得点をかせぐことだけじゃない。失敗したシュートを次にどうやって決めるかだ」
 ストーリーは、児童文学の王道ながらも感動しました。とても面白かった!
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「三つの願い パレスチナとイスラエルの子どもたち」 デボラ・エリス
★さ・え・ら書房 2006年
★小学校高学年以上
 50年以上も紛争の続く中東。2002年に行われた、イスラエルとパレスチナ人地区の子どもたちのインタビュー集です。カナダ人の作家が日常生活と「三つの願い」について尋ねた結果をまとめたものです。
 「パレスチナ人の子なんて、一人も知らない。会わなきゃならない理由もないし、彼らは危険」というイスラエルの子。
 「イスラエルの子どものことなんて知りたいとも思わない。その子たちは、ぼくのことを憎んでいるし、ぼくもその子たちが憎い」というパレスチナの子。
 イスラエル兵に石を投げたために銃撃されたパレスチナの子は「怪我がすぐよくなって、またイスラエル兵と戦うことが、たった一つの願い」と言い、「パレスチナ人がバスやレストランに爆弾をしかけるのが悪い。イスラエル兵は自分たちを守るためにいる」とイスラエルの子は言います。どちらの国の子も「被害者」で、悪いのは常に相手で、しかも、お互いが顔を合わせる機会はまったくないのです。
 強烈な本でした。これほどまでに戦争の愚かさを感じた本はありませんでした。戦いや暴力は何の解決も生まないばかりか、憎しみと誤解を増長させるだけなのです。
 客観的に見ると、パレスチナを占領したイスラエルが悪いと思うし、イスラエルとパレスチナの子どもたちの生活を比べると、パレスチナの子どもの方が、はるかに危険で劣悪な環境で暮らしています。けれども「イスラエルが悪い」と言い切ってしまっては、現実は何も変わらないと思います。
 かつてはパレスチナの子どもと遊んでいて「自分たちと変わらない」と思っていたイスラエル人の少年少女が、友人・知人がテロの犠牲者となる現実を前にしては、パレスチナ人をもはや「敵」としか見なせないのは無理ないと思います。「イスラエル人は自分たちの土地を奪う悪いやつ」としかパレスチナの子どもたちが思うのも無理ありません。それは事実だし、イスラエル兵は、パレスチナ人の家を破壊し、老人・子どもを問わず殺戮を繰り返しているのですから。
 けれども、なぜユダヤ人がイスラエルに集まってくるのか、その歴史的な背景が理解できたら、見方も変わってくるように思います。また、イスラエル人が、今、自分たちがやっていることは、かつて自分たちに対しておこなわれた理不尽なこととなんら変わりがないことに気づいたら、やはり、現実はもっと変わると思います。
 こういう本が出版されるという事実だけが、唯一の救いです。
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「その歌声は天にあふれる」 ジャミラ・ガヴィン
★徳間書店 2006年
★中学生以上
 18世紀のイギリスが舞台。
 当時のイギリスでは、子どもの人権は今よりもずっと軽く、街道のあちこちには幼児の死体が転がっていたり、家庭や学校では虐待が当たり前のように行われていました。そんな現状を憂いたトマス・コーラム船長は、ロンドンに「コーラム養育院」を設立します。
 貧しい母親や、私生児を産んだ高貴な家柄の女性は、自らが育てられないわが子を、噂に聞いた「コーラム養育院」に預けようとします。彼女たちは、養育院へ連れて行ってくれるという「コーラム人」に、多額の金銭とともに、子どもを託します。ところが「コーラム人」の正体は、実は金目当てで人身売買をする極悪非道な男だったのでした。
 「コーラム人」のオーティス、父の手伝いをする精神薄弱な息子のミーシャク、音楽に類まれな才能を持った地主の息子・アレクサンダー、大聖堂でアレクサンダーとともに聖歌隊をつとめる少年・トマス、アレクサンダーの恋人・メリッサなどなど、主要人物がたくさんいて、それぞれの立場は異なるのにもかかわらず、徐々に一本の糸でつながっていき、ラストでは一つのテーマを浮き彫りにする物語です。
 ……と書きつつも、実はその「糸」はわりと簡単に読めてしまって、当初から物語は思ったとおりの方向に進みます。けれども夢中になってしまいました。「長編小説」の醍醐味を充分に感じさせる本で、やっぱり私は、ある程度の長さのある、連作形式ではない物語が好きなんだなあ、心理描写を延々と繰り返される物語よりも、事件がどんどん転がっていくような物語が好きなんだなあと思いました。
 ラストはもっと直球に「ハッピーエンド」の方がよかったです。書き手としての立場によりそうと、こう書かざるを得ないラストだとは思うのですが、読み手としての立場にたつと、もう少しシンプルな方がいいかな、と。
   それでもこの物語が読めてよかった。楽しい読書のひと時をすごすことができました。
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「笑いを売った少年」 ジェイムス・クリュス
★未知谷 2004年
★中学生以上
 ティムは「最後にシャックリのついてくる」素敵な笑いを持った少年です。優しいお母さんを3歳の時に亡くし、今は意地悪な継母と兄と共に、貧しい裏通りのアパートに住んでいますが、それでも「笑い」だけは失いませんでした。
 十二歳のとき、お父さんを事故で失ったティムは、葬儀の日に不思議な紳士と出会います。紳士は、どんな賭けにも勝てる力を与える代わりに、ティムの「笑い」をほしがります。「富を手に入れられるのならば」と、ティムは軽く取引に応じます。
 けれどもティムは、すぐに自分の取引を後悔します。笑おうとしても、それはひきつったぞっとするような悪魔の表情になり、ティムはだんだん寡黙になります。競馬で必ず勝つティムは、高慢で腹黒いと町の人に思われ、さらに笑顔を見せられないことから、その誤解は深まるばかり。家を飛び出したティムは、ある町の劇場で「笑いは人間と動物を区別するもの」と悟ります。ティムは、自分の笑いを取り戻そうと、謎の紳士──リュフェット男爵に挑む決意をします。ティム、十四歳のときでした。
 リュフェット氏(本文中で明確に「悪魔」と定義されています)にとってティムは赤子同然。けれども時を経るにつれて、ティムは徐々に賢くなっていきます。ティムが知恵をつけて、リュフェット氏を追い込んでいく過程は非常に面白く、読む手を止められませんでした。また、リュフェット男爵の正体を知っている、ティムに手を貸す人々の心の温かさにはジンとします。
 なによりティムのかぁいらしさが爆発!の本です。(←かなり邪道な読み方ですが)久々に「手元においておきたい」「何度でも読み返したい」本に出会いました。
 ショタな皆様にはたまらない本です。そうでない方も充分に楽しめる良質なファンタジーです。ジェイムス・クリュスが、なぜこれまで日本でちゃんと紹介されなかったのか不思議です。
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「絶対絶命27時間!」 キース・グレイ
★徳間書店 2008年
★中学生以上
 GCSE試験(イギリスの中等教育一般証明試験。大学や専門学校へ進学する際の評価資料となる試験)を2ヶ月後に控えた大切な時期に、ハイスクールを転校したジョン。試験には不利となるにもかかわらず転校をしたのは、母親の夢だった「古書店を開くこと」が実現したからです。たった2ヶ月間のみ過ごすだけだったブルック校で、ジョンは転校早々、二人の男子生徒にカバンを盗まれます。盗まれたカバンはすぐに手元にかえってきますが、その中には数学教師がなくしたサイフが入っていました。サイフを盗んだ疑いをかけられた上に、学年主任の部屋から重要文書を盗んだ疑いまでもたれてしまいます。
 ジョンは、自分のはめられた事件の裏には、学校を牛耳る不良グループが存在していることに気付きます。アディダスの黒いスニーカーをはいた彼ら──テイラーズに、ジョンはただ一人立ち向かいます。
 タイトルが示すように、たった27時間のできごとを描いた物語ですが、事件がてんこ盛りで、もっと長時間の事件を読んだような感じがしました。高校が舞台なのですが、「秘密結社(要は不良の集まりなのですが)」とか、それに立ち向かう主人公(ちょっと斜にかまえたイケメンのイメージ)とか、わくわくするような設定が、冒険小説にも匹敵する面白さにつながっています。キース・グレイは、日常生活を舞台にした冒険を描くのがうまい作者だと思います。
同一作者の他作品 「お薦めその3」にもあり
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「ビッグTと呼んでくれ」 K.L.ゴーイング
★徳間書店 2007年
★中学生以上
 ニューヨークのマンハッタンに暮らすトロイは身長185センチ体重135キロの超デブです。学校ではデブであることをからかわれ、いつもだれかに笑われていると思っています。地下鉄のホームで飛び込み自殺しようかと考えていたとき、ガリガリにやせた少年──通学する高校で『伝説のパンクギタリスト』と称されるカートに出会います。カートはトロイに何の脈絡もなく「バンドを組もう。ドラマーをやれ」といいます。友だちのいなかったトロイは、雲の上の存在のカートに声をかけられ有頂天になり、必死にドラムの練習をします。
 カートはライブでは神のような存在ですが、実生活では母親に見捨てられ、ホームレスの生活をしています。トロイがそのことに触れようとするだけで激怒し、決して実情を打ち明けません。気の向くときだけトロイをかまうようなカートに振り回されるトロイは、ろくにドラムもたたけないまま、とうとう、ライブの舞台に立つことになるのですが……
 物語の背景はパンクロックという、私には理解できない世界だったのですが、引き込まれて読みました。超デブのトロイと栄養失調でドラッグ漬けのカート。何をやってもダメなトロイと、天才ギタリストのカート。正反対のような二人ですが、心に傷を負っている点では同じ。その二人が、自分自身が目をそむけている弱さを自覚し、認めあったとき友情を感じるという、児童文学の王道を行く物語でした。物語を貫く太くてまっすぐな柱に好感が持てました。
 一番好感が持てたのは、脇役であるトロイの父親です。元海兵隊員で「落胆している役立たずの片親」という役どころだったのが、後半にいくにしたがって、どんどん輝いていくのです。元軍人らしい妙に形式ばったところ(なにせ、パンクロックのライブを「コンサート」などといっちゃうのだから)のずれが絶妙で、そのくせ、カートに最も理解を示したのは彼でした。カートが病気をこじらせ意識を失って倒れ、トロイが父さんに「SOS」の電話をしたときの受け答えがすごくいい。「現在時刻2100(ニイチマルマル)。おまえがいる場所には、二十七分後に到着する。とうさんが行くまで、その場所から動くな」こういうのです。ああ、人物を描くってこういうことだな、と、しみじみ感動したのでした。
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「ベルリン1919」 クラウス・コルドン
★理論社 2006年
★中学生以上
 クラウス・コルドンの「ベルリン3部作」の第1部。先に第2部の「ベルリン1933」が翻訳されてしまったので、物語を前後して読んだことになりました。1918年から1919年のベルリンが舞台で、第2部で主人公だったハンスの兄、ヘレが主人公です。ヘレが13歳、ハンスはまだ赤ん坊です。
 4年続いた第一次世界大戦は、ドイツ海軍の反乱をきっかけに、ドイツの敗北で終戦となります。戦争によりますます貧困状態に陥った労働者たちと水兵たちが、戦争を起こした指導者らを倒そうと立ち上がり、やがて政府に沈静化されたこの戦いは「11月革命」と呼ばれ、ドイツを内戦状態にします。最も貧しい労働者階級の家庭に育ったヘレ少年の目から見た、革命の発端と挫折を描いた物語です。
 労働者たちの思いは戦争への嫌悪と普通の暮らし、それだけであり、戦争が始まったとき、喜んで戦いへ参加した自分たちの過ちも意識しながらも、「戦争へ追い込まれたのは政治の誤り」であり、「資本主義が諸悪の根源」と考えるのは真っ当なことだと感じました。どうしたら皆が幸せになれるのか、過酷な日々の暮らしと戦いながら、問い続ける生真面目なヘレが痛々しくも、とても好感を持って読みました。
 ところで。
 先に「ベルリン1933」を読んだとき、「小説らしい設定の割には、あまり物語性が感じられない」「物語を進めるために登場人物たちが駒のように動かされているだけ」と感じ、ハンスにもマルタにもヘレにも感情移入できませんでした。あたりまえです。「第1部」として本一冊をかけて、ヘレやマルタの性格や心情、その後の人生観を決定する出来事を丁寧に描いているのですから。クラウス・コルドンさん、ごめんなさい。とんでもない感想を書いてしまいました。「1919」を読んだ後、「1933」を読み直した今は、まったく違う感想を持っています。ヘレがなぜ地下活動をするようになったのか、マルタがなぜナチスに染まっていったのか、今ならイヤというほどよくわかります。
 物語はちゃんと頭から読まなきゃだめなんです。たとえ3部作だとしても。いくら「日本になじみのあるナチの時代」だからといっても途中の第2部から翻訳するなんて、ほんと、勘弁してくださいよ、出版社さん、翻訳者さん。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその3」にもあり
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「ベルリン1945」 クラウス・コルドン
★理論社 2006年
★中学生以上
 クラウス・コルドンの「ベルリン3部作」の第3部。ヘレの娘・12歳のエンネが主人公です。親であるヘレやユッタが政治犯として捕まえられてしまったため、エンネは祖父母のルディ・マリーの元で暮らしいます。エンネの目から見た、敗戦間近及び敗戦直後のベルリンの町の様子が語られます。
 かつての日本戦争児童文学は、空襲に逃げ惑う庶民の姿を描いたものが多かったものですから、ベルリンの町の空襲の様子はデジャブなものと感じられました。「日本以外にも同じように空襲にあった町があったんだ」とさえ感じてしまうところ、過去の日本戦争児童文学の功罪(日本が被害者オンリーのように描かれたいた)かもしれない、とも思いました。一般の市民は、日本であれドイツであれ、そしてイギリスであれ(アメリカは本土空襲を経験していませんが)、同じように悲惨な目にあう、それが戦争なのです。
 物語としては「3部作の集大成」という形で、過去のいろいろな出来事が敗戦という時代から遡って浮き彫りにされる描写が随所にあって、何度も涙しました。ヘレのその後、ハンスのその後、ミーツェのその後。ああ、これが「歴史」というものだとしみじみと思いました。30年以上にわたって描かれたヘレの家族、ゲープハルト一家が、読み終わったときに、よく知っている親戚の人々のように身近に感じられた物語でした。
 私にとって、「ベルリン3部作」非常に大切な本になりました。やっぱりクラウス・コルドンはすごい!
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその3」にもあり
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「顔をなくした少年」 ルイス・サッカー
★新風舎 2005年
★小学校高学年以上
 デーヴィッドはおとなしく、友達も少なく、クラスでも目立たない少年です。親友のスコットは、最近、不良少年グループに入り、デーヴィッドのことを「クールじゃない」と煙たがります。スコットとは親友のままでいたいし、「クール」に見える不良のロジャーやランディーにも気に入られたいと思ったデーヴィッド。彼らとともに、一人暮らしの老婆・ベイフィールドさんにいたずらをし、杖を奪います。ベイフィールドさんは「魔女」で、魔法で夫の顔をはいで壁に掛けていると噂されています。
 気弱でやさしいデーヴィットは、ベイフィールドさんに何もできませんが、最後に「中指を突き立てる」という、非常に失礼な態度を見せてしまいます。そのとたん、ベイフィールドさんがデーヴィットに呪いの言葉を吐きます。
『おまえのドッペルゲンガーがおまえの魂を吸い上げてしまうだろう!』
 その日から、デーヴィットの身にはさまざまな災難が降りかかります。窓ガラスを割ったり、授業中にいすが倒れて仰向けにひっくり返ったり、理科の実験でビーカーを割ったり、ズボンのチャックを上げ忘れてパンツを見られたり──それらはすべて、ロジャーたちがベイフィールドさんにしたことと同じことでした。スコットには完全に相手にされなくなり、ロジャーたちにはいじめられるようになり、弟にまでバカにされるようになります。その上、好きな女の子・トーリの前でも大失態をしてしまいます。
 呪いを解くには、ベイフィールドさんに謝るしかない。そう思ったデーヴィットは、ベイフィールドさんを再度訪ねるのですが……
 タイトルの「顔をなくした」は、「魔女に顔を剥ぎ取られた」というだけでなく、日本語の格言「面目を失う」をかけたもの。主人公のデーヴィットは優柔不断で気弱ですが、優しさとか思いやりに好感が持てます。新しい友人のモー(怪力で気の強い少女)や、ラリー(全世界を転校してきた青いサングラスの少年)も魅力的。伝えたいメッセージがしごくまともなもの──「人間にとって大切なものは、思いやり、勇気、友情」──であることも、読後感のよさにつながっていると思います。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
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「歩く」 ルイス・サッカー
★講談社 2007年
★中学生以上
 「穴」続編。「穴」で脇役だったアームピットが主役です。
 グリーン・レイク・キャンプから帰ったアームピットは、高校に通い、アルバイトに精を出しています。前科者として色眼鏡で見られたり、両親にいまひとつ信頼されない寂しさはあるものの、隣の家に住む障害児の少女・ジニーと親友になることで癒され、真面目な毎日を送っていました。
 ある日、グリーン・レイク・キャンプでいっしょだったX・レイが、マネーゲームを持ちかけます。カイラ・デレオンのコンサートチケットを買う金を貸してくれたら、チケットを転売して、儲けを山分けしてやる、と。イヤイヤその企画にのったアームピットですが、カイラ・デレオンのコンサートには、実は、マネージャーによる陰謀が企てられていました。チケットの転売にかかわったことで、アームピットはその陰謀に巻き込まれてしまいます……
   「穴」と同様、ばらばらな出来事がすべて一つの事件の伏線となっていて、結末できれいにおさまっています。けれども「穴」ほどは複雑ではありません。それでも、まじめなアームピットが、偽造チケットの被害者でありかつ加害者となり、刑事に「加害者逮捕のために」捜査協力を依頼されるところは、ものすごく面白かったです。
 それから、「歩く」の原題 "SMALL STEPS" がぴったり来るラストがとてもいい。「おれはおれで小さな一歩を踏みしめていこう」と、未来を描くアームピットの姿に、素直に感動しました。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
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「ウルフィーからの手紙」 パティ・シャーロック
★評論社 2006年
★中学生以上
 ベトナム戦争当時のアメリカが舞台です。
 陽気で人気者の兄・ダニーを持つ、13歳の少年・マークが主人公です。兄のダニーは愛国心のために、当然のようにベトナムの兵役に着きます。1969年、まだ「ベトナム戦争はすぐに終わる」と、楽観視されていた頃のことです。
 ダニーに劣等感を持っていたマークは、兄への対抗心から、愛犬・ウルフィーを軍事犬として軍に差し出します。けれども、兄から「ウルフィーを軍に差し出すのをやめろ」という手紙が来たり、ウルフィーの担当兵からベトナム現地での劣悪な環境を知らされたり、ガールフレンドのクレアが反戦の意志を持っていたことから、徐々に心が揺れ動き始めます。何より、自分が最も愛していた相棒のウルフィーがいなくなる、ということが、どれほどの喪失感をもたらすかを実感していたのです。
 「軍事犬が任務を終えても帰国できない」という事実を知ったマークは、軍事犬の権利のためのデモを計画します。ひたすら「任務を終えたらウルフィーに帰ってきてほしい」という思いからだけで、「ぼくには愛国心もあるし、戦争には反対じゃないんだ」と自分に言い聞かせながら……
 アメリカ本国で、何の不自由もなく暮らしている少年が、遠い異国での戦争を、徐々に「自分のこと」として痛みを持って感じるようになる物語。「新しい戦争文学」といえるでしょう。犬などのペットがいる人には、おそらく辛すぎて読めない物語だと思います。私も読んでいて、非常に辛かったです。あまりに辛くて「お薦め」にするべきかどうか、迷ったぐらいです。
 けれども、ウルフィーは「市民の善意により」差し出されましたが、「徴兵によって強制的に」息子を差し出さねばならない親たちと、そこにはいかほどの差があるのでしょうか。そういう意味からも、この物語は非常にすぐれた「新しい戦争文学」だと思います。
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「チョコレート王と黒い手のカイ」 ウォルフ・ドゥリアン
★徳間書店 1998年
★小学校中学年向き
 ベルリンにやってきた、アメリカのチョコレート王のファン・ブラームス氏。ベルリンでチョコレートで一儲けするために、チョコレートの広告代理人を探しています。市内の大手広告代理店を営むクバルスキーが名乗り出ますが、その前に「広告王になる」と名乗り出た少年がいました。十二歳の薄汚れた少年・カイです。カイは、町の浮浪児集団「黒い手団」のリーダーでした。町中の子どもたちを動かすカイの機動力と組織力を見込んだファン・ブラームス氏は、クバルスキー氏とカイを競争をさせることにします。二人に別のチョコレートの宣伝をさせ、より多くの宣伝を作ることができた方を広告王にする、と。クバルスキー氏と「黒い手団」の、チョコレートの広告をかけた闘いが、町中で繰り広げられます。
 八十年前に書かれた楽しい物語。浮浪児の子どもたちが生き生きと町をかけめぐり、子どもの底知れぬパワーに圧倒されます。読んでいて心の底からわくわくします。「黒い手団」という秘密結社も魅力的です。ドイツには、こんなに明るく楽しい古典的児童文学が存在していたのか、といたく感心させられました。
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「海の島 ──ステフィとネッリの物語──」 アニカ・トール
★新宿書房 2006年
★中学生以上
 1939年。ナチスの迫害を逃れ、オーストリアからスウェーデンへ児童疎開した、ユダヤ人姉妹・ステフィとネッリの物語です。四部作の第一部とのこと、続編を強く希望します。
 父親が医者、母親が元オペラ歌手のステフィ・ネッリの姉妹は、ウィーンで豊かな暮らしをしていました。けれどもオーストリアがドイツに併合されて以来、ユダヤ人は迫害され、「一家でアメリカへ移住するまでのほんの一時のこと」と、国外学童疎開でスウェーデンへ送られます。言葉の通じない見知らぬ地で、しかも姉妹離れ離れで、現地の家庭に引き取られます。12歳のステフィの視点で描かれた、スウェーデン西海岸の小島の人々との触れ合いの物語です。
 妹・ネッリは優しいアルマと幼い子どもたちのいる家庭で暮らすことになりますが、姉・ステフィは気難しいメルタの家に引き取られます。夫は漁師で不在がち、子どももおらず、キリスト教の戒律を守る厳しいメルタになじめないステフィ。学校ではいじめにあいます。さらに、両親はアメリカへのビザを手に入れられず、いつまでたっても迎えに来ないのでした──
 厳しい生活環境にもかかわらず、ユダヤ人としての誇りを胸に気丈にふるまうステフィの姿に胸が熱くなりました。アイデンティティを意識し始める年ごろのステフィに比べ、まだ7歳と幼いネッリは、簡単にスウェーデンの生活になじみ、寄宿先の家のおばさんを「おかあさん」と呼び、ステフィとの会話もスウェーデン語でするようになります。そんな二人の対比的な描き方もうまいです。戦争のために人生を大きく変えられたステフィの物語ですが、戦争児童文学というよりは、少女の青春物語のようです。とにかく、続きが読みたい!
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「睡蓮の池」 アニカ・トール
★新宿書房 2008年
★中学生以上
 「海の島 ──ステフィとネッリの物語──」続編。待ちに待った続編。読めてとてもとても幸せでした。まだ3巻・4巻があるとのこと、早く続きをお願いします。
 1940年。ステフィとネッリがスウェーデンに疎開してから一年たち、ステフィはイェーテボリの中学校へ進学します。島の養父母の家を離れ、町のお医者様夫婦の家に下宿するステフィ。下宿先では使用人と同等の扱いを受け、かつては裕福な暮らしをしていたステフィは傷つきます。けれども誇り高き魂をもったステフィは、親友や理解ある教師に支えられながら、「父親と同じ医者になるため」という夢のために勉強に打ち込みます。なによりステフィの心の支えになるのはスヴェン──下宿先のお医者様の息子です。5歳上のスヴェンにステフィは恋をします。
 第二次世界大戦が進み、ウィーンに残留したステフィの両親の立場はさらに困難なものとなり、アメリカへの移住もなかなか実現せず、ステフィの悩みはますます深くなる第2巻です。実ることのない初恋の苦しさも加わり、それでも周囲への感謝と前向きに生きていこうとするステフィの高潔さが、第1巻以上に際立ちました。戦争という時代背景が前面にでていますが(戦争児童文学のジャンルに入ると思います)、少女の青春物語という性格はより強くなっています。
 スヴェンはステフィのことを「妹」程度にしか思っていないのに、スヴェンのささいな言動を曲解し、「自分を愛しているのだ」と思いこもうとするステフィの姿には、胸を強くつかまれました。スヴェンとの別離の瞬間、「あたしがあなたを愛してることが、わからないの?」叫ぶステフィ。二人の関係がこれを機に永遠に壊れることを覚悟して、それでも彼のことを心にとどめたくて強引にスヴェンにキスをするステフィ。こういう力強い描写にも魅力がありました。
 「あたしも悪かったの。あたしは、そうあってほしいということまで信じていた。あなたがいっていないことまで」スヴェンとの最後の別離のときのステフィの言葉です。思わず涙しました。
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「ヒットラーのカナリヤ」 サンディー・ トキウスヴィグ
★小峰書店 2008年
★中学生以上
 第二次世界大戦で、小国・デンマークは、大国・ドイツに占領されます。「小さな国だから仕方ない」と、占領に甘んじたデンマークは、「籠の中のおとなしい鳥」という意味で、「ヒットラーのカナリヤ」と揶揄されます。けれども若者たちを中心に、ドイツのやり方に異を唱える者たちは地下組織を作り、ゲリラ活動を繰り広げます。また、年を経るにつれ、「おとなしくしていればすべて過ぎ去る」と口をつぐんでいた大人たちも、徐々にドイツへの抵抗活動をするようになります。そして、「デンマーク系ユダヤ人が大量に捕獲される」という情報を手に入れたデンマーク人たちは、十日間、ユダヤ人をスウェーデンへ逃亡させるために、協力しあったのでした。
 上記の史実に基づいた物語。作者の父親をモデルとしているそうです。女優の母と、舞台芸術家の父、地下活動をする兄、ドイツ兵と恋に陥る姉、そして、ユダヤ人の友達のいる主人公の少年・バムス。キャラクター的には、女優の母親がとても魅力的です。いつも劇のことが頭にあり、行動も会話も、どこまでが劇中のセリフを言っているのかわからないけれど、物事の本質をとらえた賢い女性に描かれています。特に、後半のクライマックス、ユダヤ人の救出劇での活躍シーンは見事でした。
 デンマークの人は勇敢だったんだなあ、知らなかったなあ(第二次世界大戦下のデンマークの物語なんて、今まで読んだことがなかったので)と素直に感動する一方で、作者の解説が重いです。「悲しいことに、最も反ユダヤ運動に熱心だったのは、占領軍に対して手を貸す立場にあった、デンマークのナチスだった。」と書かれています。後書きには「デンマーク系ユダヤ人を救った物語では、すべてのドイツ人が悪人で、すべてのデンマーク人が善人だったわけではない、ということです。善人もいれば、悪人もいた。そのちがいをい極めるのは易しいことではなかったのです」と。
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「嵐の季節に ─思春期病棟の十六歳─」 ヤーナ・フライ
★徳間書店 2006年
★中学生以上
 ノラは十六歳。生まれる直前に、赤ん坊だった姉・レアを心臓病で亡くしており、父親はノラを「レアの生まれ変わり」と思っています。生まれたときから他人の「死」を背負わされたノラは、「死」に対して敏感で、人並みはずれて恐怖を持って育ちました。祖母の病死・叔父の急死・愛犬の事故死・恩師の癌……身近に「死」を感じるたびに、ノラの「死」への恐怖はどんどん募り、耐え切れなくなったとき、ちょうど父親の不倫が発覚し、それをきっかけにノラは自殺を図ります。
 大量の薬を飲んだものの、一命を取り留めたノラは、精神科の「思春期病棟」に入れられ、そこで六ヶ月間過ごします。病棟の医師やヘルパー、同じ病を持った同世代の入院患者、「外の世界」の親友やボーイフレンドに支えられ、ノラが恐怖に打ち勝ち、「生」を選び取る姿を描いています。
 実在する少女へのインタビューを元に構成した物語だけあって、読んでいて真に迫ってきました。「死を恐れるあまり自殺を選択する」という心情が、今まで私はどうしても理解できなかったのですが、この本を読んで、やっとわかりました。恐怖を回避する最後の手段こそが「自殺」だったのですね……。このことが理解できただけでも貴重な一冊でした。そして、最終的に、ノラが「生きること」を選んだことに、しみじみと感動しました。舞台のドイツでは、思春期の少年少女を支える「思春期病棟」が、日本よりもはるかに充実しているそうです。
 地味な本かもしれませんが、こういう本こそ、もっともっと世の中で取り上げてほしいと思います。
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「曲芸師ハリドン」 ヤコブ・ヴェゲリウス
★あすなろ書房 2007年
★中学生以上
 スウェーデンの童話。子ども向けというより、大人のための童話、という感じです。
 ハリドンは背が低く顔の醜い子どもです。街角で一輪車の曲芸をすることで生きています。曲芸をしているとき以外は人から見られることを嫌い、一人で生きてきたハリドンは、「他人を信用しないのが身のため」と思っています。ただ一人、<船長>をのぞいて……。
 <船長>はハリドンの友人で父親のような存在です。三年前に<船長>の支配する劇場で知り合い、その後放浪の末、今は小さな港町のアパートの一室で一緒に暮らしています。
 ある冬の夜、<船長>は出かけたまま、夜中になっても帰ってきません。ハリドンは不安になります。<船長>は自分を置いて、また放浪の旅に出てしまったのではないか、と。<船長>を探しに、ハリドンは一輪車で夜中の町に飛び出します。
 全編、暗く不安な雰囲気に包まれた物語。ハリドンの不安や孤独がひしひしと伝わってくるだけでなく、その他の登場人物──<船長>、バーのママ・エッラ、捨てられた子犬等、すべてが孤独や哀しみを抱えて描かれていて、胸を突かれます。それだけにラスト一章の温かさには、ほっとして、思わず涙しました。「信頼できる人がそこにいる安心感」があるからこそ、人は生きていけるのだな、と。
 作者自身の手によるイラストも、暗さの中に温かさがあり、魅力がありました。短い物語ですが、「文・絵・装丁」トータルとしてとても美しい本です。
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「少年は戦場へ旅立った」 ゲイリー・ポールセン
★あすなろ書房 2005年
★中学生以上
 南北戦争時代のアメリカが舞台。北部ミネソタ州に住む15歳のチャーリーは、「南部の無法者」と戦うために、まだ少年にもかかわらず、年齢を偽って義勇軍に入隊します。戦争を賛美するようなスローガンや歌や集会で、軍に入ることは「悪いことではない」「一人前の男にとってまたとないチャンス」という風潮があったのです。
 入隊してしばらくは、訓練とか「豪華な」列車に乗っての南部への旅など、楽しい思いをします。けれども、最前線に配属されたとたん、チャーリーを待っていたのは、壮絶な殺し合いだったのでした……
 実在したチャーリー・ゴダードの話を元にした物語。15歳で義勇軍に入隊し、戦闘を経験した結果、神経を病み、わずか23歳でこの世を去ったチャーリー。軍隊での体験が淡々と綴られています。その「淡々さ」が、ものすごいリアリティを持っているのです。
 従来の戦争児童文学──子どもや市民が主人公の「被害者」としての視点の作品──と比べて、異色の作品といえるでしょう。主人公は戦闘員なので、「加害者」ですから。
 戦場では、双方が「加害者」であると同時に「被害者」であり、「殺される痛み」を持っています。けれども、殺戮が日常となる場では、だんだんその「痛み」に鈍感になっていきます。「痛み」を感じなくなったとき、人間はなんと残虐になれることか。戦闘がきっかけで精神を病んでしまうのは、まだ人間としては「健全」である証拠なのでしょうか。悲しすぎます。
 戦争の方法は、近代になって、銃や剣での一対一での戦いから、爆弾や地雷という形に変わっていきました。第二次世界大戦以降、犠牲者が戦闘要員ではなく一般市民が大多数になったのは、「痛み」を感じにくい戦闘方法になったからかもしれません。
 原題「SOLDIER'S HEART」(「兵士の心」──戦闘によるPSTDをさした言葉)が重いです。
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「ロマン・カルブリス物語」 エクトール・マロ
★偕成社文庫 2006年
★中学生以上
 フランスの古典児童書の完訳版。私はこの物語を全く知りませんでした。私の子どもの頃にはマロのこの物語は、抄訳版ですらありませんでした。そういう意味では貴重な一冊。マロは当時の子どもたちに「フランスの地理を教えよう」としたのではないかと思われるぐらい、フランス北東部の地理が非常に詳しく描かれています。
 船乗りカルブリス一族に生まれたロマンは、父親を海難事故で亡くしたにもかかわらず、その血筋のためか、船乗りにあこがれてやみません。ロマンの母親は、夫を海にうばわれたことから海を嫌い、ロマンを海から遠ざけるべく、資産家のビオレル氏に預けます。ところが、ビオレル氏が行方不明となり、ドケチな叔父の屋敷にひきとられたことから、ロマンの運命が狂いだします。叔父の家からの脱走、サーカス(!)一団に入ったり、またサーカスの花形の少女と駆け落ちしたりと、ロマンの運命は二転三転するのでした……
 140年前の物語をリアルで読むというのはこういうことか、と思わされる箇所は随所にあります。現代の作家が140年前を舞台に書いた「歴史物」とは一味違います。生々しいのですね。衛生環境や食生活などかなり悪いのですが、それが「汚い」のではなく「あたりまえ」の描写なわけです。そういう興味のある方は、ぜひ読んでみてください。
 物語が面白かったかというと、実は……?なのですが、でも、読めてよかった。
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「負けるな、ロビー!」 マイケル・モーパーゴ
★評論社 2008年
★小学校中学年向け
 自宅前で交通事故にあったロビーは、一命を取り留めたものの、昏睡状態に陥ります。目を開けることも体を起こすこともできませんが、ロビー自身は周囲の人の会話はきちんと聞こえるし、「目を覚ましたい!」と思っています。主人公はベッドに縛られたままの状態で、病室を訪れる人の言動を一方通行で受け止めるという形で、人間模様を描いた不思議な物語。
 うーん……「物語」というのは、ありとあらゆる舞台設定で描けるのだなあと、ただひたすら感心しました。まだまだ書かれていない分野はあるぞ!としみじみと思いましたです。主人公が寝たっきり、そのつぶやきは他の登場人物には決して通じることがないのに、きちんと双方向の物語になっているところがすごいです。視点はまったくぶれずに微動だにせず(何しろ寝たきりなのですから)主人公に据えられているのに、家族の問題や学校の様子等、きちんと描けています。深刻なはずなのに、明るく面白い物語でした。
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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「ぼくたちの砦」 エリザベス・レアード
★評論社 2006年
★中学生以上
 イスラエルに占領されているパレスチナの現状を物語にしたものです。視点はパレスチナに固定されています。
 カリームはパレスチナのラーマッラーの町に住む12歳の少年です。イスラエル軍による「外出禁止令」で家に閉じ込められたり、自爆テロの報復として発砲されたり、学校を戦車でめちゃくちゃに破壊されたり、両親の田舎の土地を奪われたりと、不自由な生活を送っています。当然、イスラエルには反感しかもっていないし、早く自分たちの国から出て行ってほしいと思っています。そんなカリームの夢はサッカーの世界チャンピオンになること。外出禁止令の解かれたわずかな自由時間を使って、友人たちと荒地を整備して、手作りのサッカー場を作ります。占領下にありながらも、当たり前の生活をしようとするパレスチナの少年一家と、一家をとりまく過酷な状況を描いた物語です。
 パレスチナ問題を取り扱った児童書はいくつもありますが、だいたいどの物語も「一個人としてイスラエル人(もしくはパレスチナ人)と付き合ってみたら、お互い同じ人間で、いがみ合う必要はなく、友達になれた」というストーリーでした。けれどもこの物語では、カリームはイスラエルの子どもと出会うことも、理解しあうこともありません。「それがパレスチナの現実だからだ」と作者はいっています。
 なるほどと思いました。ありもしない理想を描いては、読者に誤解を抱かせる危険もあります。ユダヤ人の悲劇を刷り込まれている者としては、イスラエルに同情したい気持ちもあるのですが、やはりこういう「現実」をつきつけられると、やってはいけないことをイスラエルはやっているとしかいいようがありません。
 ただ、ほぼ100%、イスラエルを悪者として描きながらも、ほんの2箇所、「あいつらも同じ人間だった」と祖父につぶやかせたり、「イスラエル兵が兄のような笑顔をしていた」とカリームに思わせたりするところに、作者の願いもこめられているのでしょう。
 この本は、2007年度の高校生の部の課題図書だったそうです。「あたりまえの日常を送れることの大切さを感じ取ってほしい」とのことですが、いくらなんでも、この本を通して高校生に求めるものがそれだけってことはないでしょう。おそらく、学校では教えられない中東情勢やパレスチナ情勢について調べたりしていることと思います。
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「路上のヒーローたち」 エリザベス・レアード
★評論社 2008年
★中学生以上
 エチオピアのストリートチルドレンの物語。
 アディスアベバの貧民街で母と姉の三人で暮らすマモは、ある日母を亡くし、姉と二人きりになります。このままではお金もなく住む家も追い出されてしまうと思っていたところ、「叔父」と名乗る男が現れ、「働き口を探してやる」と言われます。ところが男は実は子どもの人身売買を行っており、マモは見知らぬ田舎の農夫の家に売られてしまいます。農夫から暴力を受け、逃げ出したマモは、親切なトラック運転手に助けられアディスアベバに戻ってきますが、姉は行方不明となっていて、生きていくために、ストリートチルドレンの仲間入りをします。マモ、マモの姉のティグスト、お金持ちの子どもだけれど父親に虐待されて家出をしてストリートチルドレンになったダニ。三者の視点でストリートチルドレンの日常を描いています。
 心のまっすぐなマモに、お金持ちでわがままなダニという構図は、クラウス・コルドンの「モンスーンあるいは白いトラ」を思い浮かべてしまいました。けれども、こちらの物語では「ストリートチルドレンの現状を訴えたい」という作者の思いが根底にあるせいか、友情物語としては圧倒的に「モンスーン……」の方に軍配があがります。でも、三者からの視点、という描き方が面白かったし、作者の心意気は感じました。ラスト、マモとダニは幸せをつかんだけれど、他の子どもたちはストリートチルドレンのままで、「路上で暮らす子どもたちの誇りの高さ」を描いているからにはこういうラストにしかしようがないのだろうけれど、若干疑問が残りました。これは奢った感想でしょうか?
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takamori@za2.so-net.ne.jp
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