高森 千穂のページ

お薦め児童文学 その3


 第三期紹介分です。第一期、第二期に続いて、もっともっと充実させていきます。

 お薦め本は毎回追加していきます。新着分には色をつけています。詳細は「作品タイトル」をクリックして下さい。

1〜50(その1)紹介へ
51〜100(その2)紹介へ
151〜200(その4)紹介へ
201〜(その5)紹介へ

インデックス
 著者名作品タイトル
101ジェニファー・アームストロングカナリーズ・ソング
102アヴィ星条旗よ永遠なれ
103ガリラ・ロンフェデル・アミットベルト
104ガリラ・ロンフェデル・アミットもちろん返事をまってます
105ヴィヴィアン・アルコックテディベアの夜に
106グロリア・ウィーラン家なき鳥
107ジャクリーン・ウィルソンバイバイわたしのおうち
108ジャクリーン・ウィルソンみそっかすなんていわせない
109レオニー・オソウスキー空のない星
110デボラ・オメルベン・イフェダ家にうまれて
111E.L.カニグズバーグ13歳の沈黙
112スーザン・クーパー影の王
113カレン・クシュマン金鉱町のルーシー
114ロビン・クライン翼ひろげて
115アネット・カーティス・クラウス銀のキス
116キース・グレイジェイミーが消えた庭
117クラウス・コルドンベルリン1933
118ラフィク・シャミ片手いっぱいの星
119ラフィク・シャミ蝿の乳しぼり
120リル・デベラ・デ・ジェンキンス名誉の牢獄
121アニー・M・G・シュミットネコのミヌース
122マーク・シュライバー生命の炎は高く
123ヘルマン・シュルツ川の上で
124ジーン・クレイグヘッド・ジョージ狼とくらした少女ジュリー
125アン・ターンブルメアリーの鳩
126サラ・デッセン夏の終わりに
127バーリー・ドハティアンモナイトの谷
128ビヴァリー・ナイドゥー炎の鎖をつないで
129ジョハナ・ハーウィッツジェリコの夏
130メアリー・ダウニング・ハーン時間だよ、アンドルー
131キャサリン・パターソンかぼちゃ畑の女王さま
132ナタリー・バビットアマリリス号─待ちつづけた海辺で─
133ヴァジニア・ハミルトンマイ ゴースト アンクル
134トレーシー・バレット緋色の皇女アンナ
135キット・ピアソン丘の家、夢の家族
136ロベルト・ピウミーニ悪夢の金さがし
137ウォルター・ブッキグナーニレジーン・ミラー物語
138ポール・フライシュマン風をつむぐ少年
139K.M.ペイトンバラの構図
140ロバート・ニュートン・ペック豚の死なない日(正・続)
141ダイアナ・ヘンドリー屋根裏部屋のエンジェルさん
142ニーナ・ボーデンおばあちゃんはハーレーにのって
143パトリシア・マクラクランおじいちゃんのカメラ
144パトリシア・マクラクランのっぽのサラ
145パトリシア・マクラクラン草原のサラ
146イヴォン・モーフレおじいちゃんの休暇
147ドラ・ド・ヨングあらしの前・あらしのあと
148パム・M・ライアンライディング・フリーダム
149キャスリン・ラスキーメイフラワー号の少女
150イアン・ローレンス呪われた航海

101.「カナリーズ・ソング」 ジェニファー・アームストロング
★金の星社 2001年
★小学校高学年以上
 19世紀後半。アメリカ西部の開拓地に、両親と暮らす少女・スージーは、大草原(プレーリー)の一軒屋での暮らしが大好き。見渡す限り遮るものの無い広々とした大地に上る太陽に感動し、バッファローの白骨を「お宝」と大喜びします。
 けれど、都会育ちのママはプレーリーが大嫌い。パパと電撃結婚して西部に来たけれど、想像以上に過酷で単調な生活に耐えられず、鬱病になってしまいます。どうしたらママは元気になるのか。町で暮らさないと駄目なのかしら。でも、大農場を作るのがパパの夢。スージーは悩みます。
 夜明けから夜明けまでの、たった一日しか描いていないのに、プレーリーの美しいイメージが伝わってきます。大平原に上る大きな金色太陽……物語の初めと終わりに描かれ、そして初めと終わりで大きく意味合いの異なるこのシーンこそが、この本の魅力の全てです。「大草原の小さな家」のような舞台設定に、赤毛のアンを思わせる繊細な線画のイラストの本です。
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102.「星条旗よ永遠なれ」 アヴィ
★くもん出版 1996年
★中学生以上
 九年生(高校一年生)のフィリップの夢は、陸上選手としてオリンピックに出ること。高校の陸上部に入り夢の第一歩を踏み出そうとしていましたが、英語が落第しそうで入部テストを受けることができません。ホームルームと英語担当のナーウィン先生はこの道21年のベテランで、愛する文学の素晴らしさを生徒に教えることを生甲斐としていますが、フィリップはまるで興味がありません。ナーウィン先生の補習を受けるよりは、先生に嫌がらせをしてクラスを変えてもらった方がいい。そう考えたフィリップは、ホームルームの時間に反抗的な態度をとります。国歌「星条旗よ永遠なれ」の放送を静聴しなくてはならないところ、ハミングします。
 規則を破ったことで停学処分を受けますが、この出来事がひょんなことから「国歌を歌うという愛国心のために停学処分」という新聞記事となってしまい、全米を巻き込んだ大事件に発展します……
 事実は「ホームルームの時間に国歌を歌ったために停学処分になったフィリップ」。しかし、フィリップの言い分、ナーウィン先生の言い分、教育委員会の言い分、新聞記者の言い分。校長の言い分。両親の言い分。それぞれの思いが少しずつずれていった時、「事実」と「真実」の間は、埋めようがないほどずれが生じていた──衝撃的な作品でした。
 マスコミが報じる日々の事件。それは、ある一面から見た「事実」であって「真実」ではない。そして「事実」は一つかもしれないが「真実」は決して一つではない。けれどその「事実」に乗って、自分は無責任な発言をしていないか。読み終わって、しばし放心してしまいました。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその5」にもあり
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103.「ベルト」 ガリラ・ロンフェデル・アミット
★さ・え・ら書房 2000年
★小学校高学年以上
 主人公はエレズ少年13歳。テニスクラブに所属し、ジュニア選手権大会優勝候補です。父親は大蔵省勤務、母親はデザイナー、姉はピアニスト志望。家庭も裕福、学校でもたくさんの友達に囲まれ、何の問題もないように振舞っています。
 しかし、実は家庭内暴力に悩んでいました。エレズを一流のテニスプレイヤーにするためと、テニスを強要し、意に添わないことをエレズがすると、父親がベルトで殴るのです。「おまえのためだ」という父の言葉に我慢するエレズ。母も姉も父を恐れて助けてくれず、友達にも打ち明けられず、追いつめられたエレズに手を差し伸べたのは、産休代理のルティ先生でした。
 子どもに対する家庭内暴力──こういう親がいること自体が信じられないのですが、実際にはエレズのような家庭は全世界どこにでもあるのだろうと、胸がつまりました。この物語の場合、父親がそれほど重症ではなく、カウンセリングで家族は再生されるのですが、現実はどうなのだろう、と思ってしまいました。
 父親の暴力を「愛情だ」、「自分の家庭はおかしくない」と思い込み、親友にベルトの傷を見せながらも「転んだんだ」と嘘をつくエレズの姿があまりにも辛い。表紙のエレズの横顔の、なんと痛々しいことか。この表紙がすべてを物語っているようにも見えました。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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104.「もちろん返事をまってます」 ガリラ・ロンフェデル・アミット
★岩崎書店 1999年
★小学校高学年以上
 11歳の少女・ノアは、学校の先生の紹介で、養護学校に通う車椅子の少年・ドゥディと文通を始めます。お互いの近況を率直に手紙でやりとりするうちに、ノアはドゥディに惹かれ「会いたい」と言います。しかしドゥディは、ノアが大好きだからこそ、会うことを拒みます。かわいいノアに、脳性麻痺の自分の姿を見られたくないのです。そんなドゥディに、ノアは手紙で告げます。『手紙だと一週間は返事を待たなきゃいけないけれど、会えば週に2回、お互い自分のことを話せて、散歩したりテレビを見たりして、一緒に笑いころげることができるのよ』
 ノアとドゥディの手紙のやりとりの形式で話が進み、最終章のみ、第三者の視点で描かれています。とにかく「ノアの率直さにはかなわない」 私は決してノアにはなれない、と、惨めさにも似た思いを抱いてしまいました。相手を思いやっているつもりが、ただの同情である──この事実をつきつけられ、私はとまどってしまいました。少しでもノアのように振る舞えれば、それが率直な感想です。
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105.「テディベアの夜に」 ヴィヴィアン・アルコック
★金の星社 2000年
★小学校高学年以上
 11歳のケイトの家は、パパ・ママの三人家族。とても裕福です。本当は2歳上の姉・エマがいたのですが、赤ん坊の時に連れ去られて行方不明になっています。幼い時に、秘密とされていたこの悲劇を叔母から聞かされたケイトは、ショックから家庭内ではぎくしゃくするようになっています。
 ある日、「このこをかえす」という手紙を持った少女・ロージーがやってきます。ロンドンの貧しい町に育ったロージーは、身なりも言葉づかいも粗野。想像のエマとは全然違う上、まるで自分の居場所をのっとろうとしているかのように感じたケイトは、「エマじゃない」と確信します。詐欺事件かもしれないと思いつつ、ロージーをエマと扱おうとする両親との行き違いに、ケイトの家庭は荒れます。しかもロージー自身は、自分のことをエマとは思っておらず、早く「母親」の元に帰りたがるのですが、その母親はいつのまにか蒸発していました……
 ロージーは本当にエマなのか? 設定は昼メロみたいですが、サスペンスタッチな物語運びがうまく、一気に読めました。ただのサスペンスではなく、「気取り屋で嫌な子」のケイトがロージーと接しているうちに、自分の悪い面に気づき、そして徐々にロージーを好きになっていく過程が描かれ、「少女の成長物語」になっているのは、さすが児童文学。原題は「カッコウの姉」なのに、なぜ邦題では「テディベア」が採用されたのか。それは読んでのお楽しみ。物語の収束には、胸が温まります。
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106.「家なき鳥」 グロリア・ウィーラン
★白水社 2001年
★中学生以上
 インド貧しい少女・コリーは、口減らしのため、13歳で結婚させられます。ところがその結婚、先方は持参金だけが目当て、夫のハリはコリーと同じぐらいの少年で、しかも重病にかかっていました。ガンジス川で清めればハリの病は治るかもしれないと、一家は持参金を使って聖地に出向きますが、その地でハリは亡くなってしまいます。
 未亡人になったコリーは、再婚などもってのほか、実家にも戻れず、姑に奴隷のようにこき使われます。楽天性とバイタリティで、舅から文字を教わったり、義妹と仲良くして、暗澹たる日々を乗り切りるコリーですが、やがて、義妹は幸せな結婚をし、舅が亡くなり、邪魔者になったコリーは、「未亡人の町」に捨てられてしまいます……
 不運な少女が、持ち前の気質と努力で幸せをつかむストーリー。不幸のどん底を歩んでいるようで、どこかそれを楽しんでいるような、余裕のある筆致が悲惨さを打ち消しています。そして天性の刺繍の才能で、「職業婦人としての生活」と「妻という安住の座」の双方を手に入れるラストは、「現代版シンデレラ」ともいうべきでしょう。すっきりとわかりやすく、面白かったです。
 登場する少年たち、病弱なハリも、理想的な少年・ラージも、私にとっては、とても素敵(かぁいい♪)でした。少年たちの魅力もまた、この作品をワンランク上のものにしているように思います。
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107.「バイバイわたしのおうち」 ジャクリーン・ウィルソン
★偕成社 2000年
★小学校中学年向け
 アンディー10歳。お父さんとお母さんが離婚し、一週間ごとに、お父さんとお母さんの新しい家を行ったり来たりしています。お母さんの新しい家族には三人の子がいて、末っ子は自分と同じ年のケイティー。ケイティーはアンディにいじわるをしますが、けんかをすると、体の大きいアンディばかりがしかられます。お父さんの新しい家族には、5歳の双子がいて、さらに赤ちゃんが生まれようとしています。どちらの家族にも疎外感があるアンディの心の支えは、ウサギの人形のラディッシュ。そして、両親とともに暮らしていた家に似た「マルベリーのある家の庭」だけ。もう一度両親といっしょに暮らすことを夢見るアンディーですが、徐々にこの世の中にはかなわない夢があるということを悟ると同時に、新しい家族たちともわかりあえるようになり、二つの家を行き来する現実を前向きに受け入れるようになります。
 アンディーはとても元気で強い子です。いじめられればけんかもするし、「新しい兄弟にとまどっているのだから」というソーシャルワーカーには「勘違いしているわ。嫌いな子もいるけど、いい子だと思っている子もいるのよ」と反発する。物語はコメディ調で面白くてじめじめしてなくて、どこまでもアンディの視線を貫いていて、大人の言い分はあくまで勝手で滑稽で、だからこそ余計に哀しくて、泣けて泣けて仕方ありませんでした。  アンディーが前向きに現実を受け入れられたのは、A(=お母さんの家)でもB(=お父さんの家)でもないCの家(=マルベリーのある家)の老夫婦が支えてくれているから、という気もします。こういう第三者の存在が大切なのかも、とも思いました。
 子どもが選ぶ本の賞「チルドレンズ・ブック賞」をとっているそうですが、アンディーと同じような哀しみを背負った子がそれだけ多いということなのでしょうか。ちょっとさびしい現実です。でも子どもたちはきっと、哀しみよりも自分たちへの励まし、として受け取っているんでしょうね。そうあってほしいです。
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその5」にもあり
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108.「みそっかすなんていわせない」 ジャクリーン・ウィルソン
★偕成社 1995年
★小学校中学年向け
 両親が離婚したため、母と姉と三人で狭いアパートに暮らすジョーン。大好きなパパは若いガールフレンドと生活を始め、面会の日も面白くありません。なによりつまらないのは学校生活。前の学校では人気者だったジョーンですが、負けず嫌いで元気のよさが新しい学校では「うるさく生意気」ととられ、「ふとっちょ」とあだなをつけられます。そして、クラスで「ハーメルンの笛吹き」の劇をやることになった時、与えられた役は「ドブネズミ」。しかもその役をやるのは、クラスのはみだし者ばかり。でもジョーンはへこたれません。ドブネズミ役の九人の子どもたちで《みそっかす連盟》を作ります……
 太っていて、気が強くて、ちょっと自己中心的で、でも正義感のある少女・ジョーン。その明るく元気なキャラクターがとにかくいい。こんな「ガキ大将」的な少女が、児童文学の世界に、もっといてもいいのでは。《みそっかす》連盟の子どもたちが背負っているものは、離婚、過干渉、放任、貧困と重い。そんな彼らが《みそっかす連盟》の中に居場所を見つけていく過程には、思わずほろりとさせられます。一言も口をきくことができなかったライアンが、劇中で言葉を発する場面は感動的。個人的には、賢いのに引っ込み思案のメルヴィンが好み。
 コミカルで爽快だけれど、大人の私はいっぱい泣かされました。子どもたちは、この本に元気づけられるんだろうな。講談社「チアブックス」シリーズ。いい本です。
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109.「空のない星」 レオニー・オソウスキー
★福武書店 1991年
★中学生以上
 1945年、第二次世界大戦敗戦間近のドイツが舞台。
 ロシア軍の侵攻を恐れた避難民が町にあふれる中、「ヒトラー総統と町の誇りとなることを目指す」少年合唱隊は、練習を続け教会で讃美歌を歌っていました。合唱隊の寄宿寮で暮らす、リーダー格のアンテークは16歳。兵役にもつかず歌を歌うだけの自分を恥じていると同時に、人に言えない秘密を持っていました。廃墟の中に貯蔵庫を偶然見つけ、合唱隊の仲間(パオレ、ヴィリー、チック)と、ガールフレンドのルートとともに、こっそりと食料を食べていることでした。
 ある日、いつものように貯蔵庫で食べ物をあさっていたところ、ユダヤ人の少年・アビラムがまぎれこんできます。ヒトラー・ユーゲント団員のヴィリーは、すぐに通報するよう主張しますが、貯蔵庫の存在を知られたくないパオレは渋り、祖父が平和主義者のルートはアビラムを助けようとします。幼いチックには、事の重大さが今ひとつ理解しきれません。そして、アンテーク自身は、自分と同じような歳の少年が「ユダヤ人」というだけで殺されているという事実を知り、心がゆれ始めます……
 映画のように複数の視点になっており、一文ごとに心情が描かれる登場人物が変わるため、かなり読みにくいです。けれど、これは作者が意図して使った手法でしょう。「ナチの時代」という事実は一つですが、人々の考え方は決して一つではなかったはずなのですから。そしてどの登場人物にも、とてもリアリティがあり、だれをとってもみな、主人公になりえる設定をもっているのです。
 「十二年間も、ずっとぼくらがだまされてきたなんて、そんなことあるわけない」「どっちが嘘でどっちが本当なのか、わからなくなっちゃったんだよ」等の、アンテークの心の叫びが鋭く胸につきささり、私としては、アンテークが主人公でした。
 自身の不安や焦燥感から疑心暗鬼になり、事実がゆがめられて認識され、複雑に絡み合った事件に発展する──ストーリー的にも十分読み応えあり面白く、それでいて深く考えさせる、非常にすぐれた作品です。
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110.「ベン・イフェダ家に生まれて」 デボラ・オメル
★福武書店 1991年
★中学生以上
 離散したユダヤ民族の集結と祖国再興のため、ヘブライ語を日常語として再生させた、エリエゼル・ベン・イフェダと、長男、ベン・ツィオンの物語。史実に基づいているので、ノンフィクションやドキュメンタリーに近いです。
 長男ベン・ツィオンは、「ヘブライ語で育った子第一号」で、赤ん坊の時から、外界から遮断され、ヘブライ語のみで生活させられます。成長し、学校へ行き、フランス語を覚えるにつれ、ヘブライ語再生しか頭に無い父・エリエゼルに反発しますが、大人になって、結局は父と同じ道を歩むことになるのでした。
 エリエゼルの生き方は壮絶なんですが、「ヘブライ語一筋」の人生は、ちょっと行きすぎというか、あまりに頭が固くて、魅力が感じられませんでした。彼に奉仕するばかりの二人の妻はかわいそうだし、ベン・ツィオンが父に反抗するのはもっともだと思います。でも、こういう強固な意志がなければ、死語の復活なんてありえなかったのだろうな、とも。かなり変わった物語でした。
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111.「13歳の沈黙」 E.L.カニグズバーグ
★岩波書店 2001年
★中学生以上
 13歳のコナーの親友のブランウェルが、ある日突然しゃべれなくなります。それは、ブランウェルの腹違いの妹、まだ赤ちゃんのニコルが、頭を強く打って意識不明の重態に陥った日のことでした。ベビーシッターの二十歳のビビは、ブランウェルがニコルを風呂場で落としたからだと証言します。保護センターに入れられたブランウェルが、その日いったい何が起きたのかしゃべることができるように、コナーは保護センターに通い始めます。
 父親が再婚し、若い継母に義理の妹が新しい家族として増え、家庭に居場所がなくなったブランウェルが、嫉妬のあまり赤ん坊を虐待したのか……そんな思いを読者に抱かせつつ、事件の真相を明かそうとするコナーとコナーの義理の姉、マーガレットの探偵物語として進んでいきます。
 思春期の少年らしい「恥」がテーマ。妹の命がかかった事件を前にしても、自らの恥を明かせないために、しゃべれなくなってしまうブランウェル。大人からみたら「事件に比べたらささいなこと」にこだわってしまうブランウェルの心情が等身大です。自分が沈黙することで、重大な過失が見過ごされてしまう……そうとわかっていてもしゃべれない、やっぱりこれが少年というものだと思います。ハッピーエンドな物語でよかったです。
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112.「影の王」 スーザン・クーパー
★偕成社 2002年
★中学生以上
 両親を亡くしたナットは叔母さんと二人暮し。役者志望で、一人、ロンドンの少年劇団に入団します。この劇団、シェイクスピア時代の少年劇団を再現したもので、舞台も当時の「グローブ座」を模したもの。ナットの役は「真夏の夜の夢」の妖精・パックです。
 ロンドンでは一般家庭にホームステイしますが、ある晩、ナットは突然高熱に見舞われます。そして、翌朝目が覚めると、16世紀のロンドンにタイムスリップしていました。16世紀でもナットは少年劇団の役者で、出来立てのグローブ座で、憧れのシェイクスピアの指導の元、「真夏の夜の夢」のパックを演じるのです……
 スーザン・クーパー=ウィルくん(闇の戦いシリーズ)というぐらい私にとっては刷り込みが激しいので、この作者の別の作品はなかなか読めませんでした。訳者の違いもあるのでしょうが、もうまるで別の作者の作品という感じで、するすると読め、面白かったです。タイムスリップという手を使わず16世紀の少年劇団のお話、としてもよさそうなものですが、そこがエンターテイメントなのかな。ナットが自分の中の問題を解決する、横糸のストーリーに感動しました。
 シェイクスピア、全然詳しくないので、いろいろ調べてみようと思いました。こういうふうに自国の古典へ若者をいざなう物語、日本にももっとあってもいいんでしょうね。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
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113.「金鉱町のルーシー」 カレン・クシュマン
★あすなろ書房 2000年
★中学生以上
 19世紀中ごろ。東部のマサチューセッツからゴールドラッシュにわく西部の町にやって来た主人公・カリフォルニア。一攫千金を夢見る母親は、父親が病死した後、カリフォルニアと弟妹たちを連れて、小さな金鉱町で下宿屋を始めます。母親は安定した生活にはこれっぽちも未練はありませんが、カリフォルニアは文化の香りあふれるマサチューセッツに帰りたくてたまりません。「カリフォルニア」という名前すら嫌い、東部に多い「ルーシー」と名乗り、嫌々母親を手伝いながらも、パイを売ることでマサチューセッツへ帰るお金をためます。
 過酷な自然、金探しの荒くれ男たち、弟の死、火事──「マサチューセツへ帰りたい」と思い続けたカリフォルニア=ルーシーが、金鉱町を去る直前に見出したものは……
 金鉱町の描写が素晴らしい作品。歴史書としての意味合いもあります。西部をばかにしきった気取った少女・カリフォルニアが、児童書にありがちの少女と違って「ちょっと嫌な性格」なところもいい。
 「帰りたい、帰りたい」と言いつつ、少しずつ、金鉱町のよさに気づいていたからこそのラストだと思わされました。変わりゆく西部を見ていったであろうルーシーがうらやましい。ただ、母親がどうしてそんなに西部に惹かれたのか今ひとつ理解できず、ただの「わがままで気まぐれ」に見えてしまうのが残念。
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114.「翼ひろげて」 ロビン・クライン
★偕成社 1996年
★中学生以上
 両親の離婚協議にまきこまれた11歳のシーモア少年は、クリスマス休暇(オーストラリアが舞台なので季節は夏)に、気難しい知り合いのおばさんの家に閉じ込められます。「おかあさんが裁判で親権をとるまで、おとうさんに連れ去られないように」と。自分を殺すことで場を切り抜ける術を身に付けたシーモアが、ある日衝動のまま「きまり」を破って家の外に飛び出した時、出会ったのは19歳のアンジー。非常に美しく、限りなく優しく、「きまり」にとらわれないおおらかな性格で、どこか言動のちぐはぐなアンジーは、家出した麻薬中毒者でした。シーモアとアンジーは、お互いが抱えた満たされない思いから惹かれあいます。「麻薬中毒」という現実から目をそらしつつ……
 麻薬というキーワードがわかりにくいのは、ここが日本だからでしょうか。アンジーの普段のつぶやき……花屋を開きたいとか優しいインテリアを集めたいとか……が、あまりにも普通の夢であるがゆえに、純粋さからの自己崩壊という設定が悲しい。そして、自分を押し殺し続けたシーモアが、「麻薬」という現実に勇気をもって目を向けた時、なんと強くアンジーと対峙できることか。重いテーマの物語にもかかわらず、一気に読めました。
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115.「銀のキス」 アネット・カーティス・クラウス
★徳間書店 2001年
★中学生以上
 16歳のゾーイは、母親がガンで死にかけていることから、閉塞した毎日を送っています。看病と仕事に疲れた父親とは会話も成立せず、親友は遠い地に引っ越してしまう。不安と悲しみに心の塞いだゾーイは、ある夜、公園で白髪の美しい少年・サイモンと出会います。「死」を背負ったゾーイと、「死」のにおいのするサイモンは、急速に惹かれあいます。ところが、サイモンは人間ではありませんでした。吸血鬼だったのです……
 「死」をキーワードに、儚い人間の命VS永遠の吸血鬼の生、変わりゆく今VS永遠に続く時、そして両者の間に共通の孤独──なかなか凝った仕掛けのある作品でした。こういう作品は、是非、書いてみたいですね。
 吸血鬼という設定は、日本人にはちょっとわかりづらいです。文化の違いを感じました。生々しい血のにおいはすごく感じましたが、吸血鬼に対する恐怖心が、欧米人と日本人では根本的に違うというのが、翻訳物の限界かな、という気もしました。そして日本人の私としては、サイモンを吸血鬼にしなくても、物語が成り立つような気もするのでした。
 少年期に吸血鬼になり、永遠に少年の時を生きるクリストファーは、高森的に非常にツボ。ううん、いいなあ、こういうキャラクターは。やっぱり、私の「書きたい」世界に近い作品かも。
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116.「ジェイミーが消えた庭」 キース・グレイ
★徳間書店 2002年
★中学生以上
 通り沿いの家々の裏庭を、夜中に一気に駆け抜ける遊び「クリーピング」 塀を乗り越え、番犬をてなづけ、庭木によじのぼったりして、何十軒もの家の庭を走る──住人に見つかれば警察に突き出される危険な遊びですが、成功すれば、仲間内では英雄になれます。
 14歳の「ぼく」は優等生タイプでクラスでは浮いた存在ですが、たった一つの自慢は、優秀なクリーパー・ジェイミーがクリーピングのパートナーであることです。しかし、ある夜、最大難関の通りで「ぼく」のミス、ジェイミーは住人につかまってしまいます。そして、ジェイミーは「ぼく」のミスを決して許そうとしませんでした。「ぼく」はなんとかジェイミーに許してもらおうと悩みますが、その矢先、ジェイミーの家が火事になり、ジェイミーは焼死してしまいます。
 少しネタ晴らしをしますが、この後、ジェイミーは「実は死んでいなかった」と、「ぼく」の部屋に現れます。「ぼく」は死んだことになっているジェイミーと、クリーピングのリベンジに燃えます。そして、切ないラストに向かって物語は展開していきます。
 日常生活でも冒険が描ける! これが新鮮でした。学校でも家庭でもない子どもの「第三の世界」を描いているところも新鮮。ううむ、うまいなと脱帽。
 「ぼく」のまわりの登場人物がとても魅力的。上級生の女性徒・ルースや、「でっかいにいちゃん」カール。少し年上の子が下の子の成長を助ける構図はいいです。
 作者は英語でいろいろ造語をつかっているようです。訳者もそれに答えるように、日本語の造語で訳しています。かなり大胆な翻訳で、うまいなと思うと同時に、やはり「造語」というのは感覚的なものですから「ハナタレ」など、どうしても違和感を感じてしまうのでした。
同一作者の他作品 「お薦めその5」にもあり
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117.「ベルリン1933」 クラウス・コルドン
★理論社 2001年
★中学生以上
 1933年のベルリンが舞台。大不況の中、ドイツ共産党とドイツ社会民主党がお互いの政策を非難しあっているうちに、ナチスが台頭していきます。初めは国民から相手にされていなかったナチスですが、不況にあえぎ、共産党にも社会民主党にも失望した人々の支持を徐々に集めていきます。そしてヒットラーが首相になったとたん、独裁弾圧政治が始まり、ドイツという国家は、後戻りができなくなります。その過程を、貧しい労働者家庭に育った15歳の少年・ハンスの視線で描きます。
 なぜナチスのような独裁政治が実現されたのか。ドキュメンタリーのように淡々と描かれています。「よりよい生活のために」ナチスを支持するようになった労働者たちを、果たして責めることができるのだろうか、そして、目の前で残虐な暴力行為が行われているというのに、ナチスに抵抗するには、共産主義としての政治活動を続けるしかない無力さ(ハンスとミーツェの赤旗に象徴されるシーン)に、絶望にも似た思いを抱きました。いったん歯車が狂い出すと、元には戻れないのだ、と。
 状況説明のために登場人物がいるという感じで、ハンスの恋人のユダヤ人少女・ミーツェ、ナチスの突撃隊長と結婚する姉のマルタ、地下活動を続ける兄のヘレなど、小説らしい設定の割には、あまり物語性が感じられないのは、とにかく事実を描くことが第一の目標だからなのでしょうか。物語としてより、歴史書としての価値のある本。
 「ベルリン1933年」は大長編の中の第二部で、第一部「1919年(第一次世界大戦後)」と第三部「1945年(第二次世界大戦後)」が存在するそうです。早々の翻訳が待たれます。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその5」にもあり
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118.「片手いっぱいの星」 ラフィク・シャミ
★岩波書店 1988年
★中学生以上
 1960年代前半、シリアのダマスカスが舞台。主人公「ぼく」の14歳から17歳までを日記形式で綴った作品です。
 政情が不安定で毎年クーデータが起き、庶民の生活は貧しく、パン屋の息子の「ぼく」は、学校を途中でやめてパン屋を手伝わなくてはなります。文才のある「ぼく」は、パン屋ではなく新聞記者になりたいのに……「ぼく」をとりまく人々──親友のマハムート、恋人のナディア、よき理解者であるサリームじいさん、新聞記者のハビープさんとの交流の中で、自作の詩が出版社に認められたり、地下新聞を作ったりと、「ぼく」は確実に成長をとげていきます。
 日記形式よりは小説の方がいいんじゃないかと思ったのだけれど、作者はわざわざ小説から日記形式に書き直したとのこと。確かに「ぼく」の成長は、この形式の方がはっきりと読み取れるようにも思いました。最初の頃の子ども子どもした日記に比べて、3年半たった終わりの頃の日記のなんとしっかりしていることか。
 「ぼく」の周囲の人々が非常に魅力的。特に、サリームじいさんの存在感は圧巻。こういう小説を「人間が描けている」と言うのだろうな。
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119.「蝿の乳しぼり」 ラフィク・シャミ
★西村書店 1995年
★中学生以上
 「片手いっぱいの星」と同様、おそらく1960年代前半、シリアのダマスカスが舞台。主人公「ぼく」の日常生活を描いた短編連作。パン屋の息子の「ぼく」や、サリムじいさんがでてくるので、「片手いっぱいの星」の番外編のような感じですが、こちらの「ぼく」は16歳で、学校にもちゃんと通っています。
 クーデターが日常茶飯事という世の中だけど、庶民には変わらない日常がある。マーケットを冷やかす海外旅行客と誇り高い肉屋のやりとりや(なんでもかんでもケチャップをかけるアメリカ人、という設定が面白い)、「ぼく」と人妻との不倫(母親がその事実を知っていて、なおかつ息子を励ますところがビックリ)、徴兵制度を逃れるための想定問答(「蝿の乳しぼり」というタイトルが、ここで初めて深い意味を持ってくる)など、遠い国の話でありながら、遠さを感じさせないのは、庶民のたくましさに共感できるからでしょうか。
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120.「名誉の牢獄」 リル・デベラ・デ・ジェンキンス
★福武書店 1991年
★中学生以上
 独裁者に支配された南米の架空の国が舞台。主人公マルタ(17歳)の父親は独裁者を糾弾する地下新聞を発行しています。仲間のジャーナリストたちが次々殺される中、マルタ一家は海外逃亡に失敗し、軍にとらわれます。父・母・弟とともに、気候の悪い田舎の一軒屋に閉じ込められ、常に兵隊に見張られ、外出は週一回の市場への買い物と教会へ行くのみ。しかも一家に手を差し伸べる者は、次々殺されてしまいます。さらに幽閉生活が長引くにつれ、肺病を患った父親の具合はどんどん悪くなっていくのでした……
 自分の信念を貫こうとする父、なんとか父を支えようとする良家出身の母、利発な弟、貧民出身の見張りの兵隊、市場で出会う百姓(カンペシーノ)など、あらゆる立場の人間を「マルタの視線」に統一して描くことで、「独裁者の国」という架空の国を見事に構築しています。政治の歪み、世の中の矛盾を幽閉という形で背負ったマルタ──時には家族を犠牲にした父親を恨み、時にはその信念の気高さを支えにし、なんとか生き延びようとする姿が読者を引き込みます。最終章には胸が詰まりました。
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121.「ネコのミヌース」 アニー・M・G・シュミット
★徳間書店 2000年
★小学校高学年向き
 新聞記者のティベは恥ずかしがり屋で、まともに取材ができません。いい文章を書くと言われつつ、クビ寸前です。そんなティベを救ったのは若い女性の姿をしたミヌース。元ネコだったのですが、生体研究所の薬品を食べたことから、人間の姿になってしまったのです。
 一晩泊めてくれたお礼に、ミヌースはティベに「ネコネット」を通じて、新聞のネタを与えます。ミヌースと町のネコのおかげで、優秀な記者になるティベ。ところがある日、町でひき逃げ事故と、子猫たちがゴミ箱に捨てられる事件がおきます。ミヌースとネコだけが知っている真犯人、そして、新聞記者として、権力に立ち向かう決意をするティベですが……
 一気にするすると読めました。内気でそれでいてとぼけたティベ、そして妖艶なイメージのミヌースが魅力的。ネコにもどりたかったミヌースが「人間」になりたいと思う過程、記者に向いていなかったティベが、優秀な記者になる過程。ファンタジックでユーモラスな世界の中に、きっちりと「成長物語」が描かれています。
 挿絵も原作どおり。元ネコの女性・ミヌースがなんともなまめかしくてドキドキしてしまいます。ティベがミヌースの魅力に当初気づかないところは、ちょっと不自然なんですけどね。ラストがいいので、OKとしますか。
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122.「生命の炎は高く」 マーク・シュライバー
★偕成社 2000年
★中学生以上
 ライアンは16歳。脳腫瘍であと半年の命とわかっています。誰よりも成績がよく医者になることが夢だったライアンですが、癌にかかってからは「どうせぼくには未来がない」と、すっかりいじけてしまいます。癌の子どもたちが集まるサマー・キャンプにやって来ても、ちっとも楽しめず、病気の愚痴を綴った陰気な日誌を書き、日誌の出版と、女の子と初体験することだけを目標にしています。しかし、キャンプに来た友達はみな明るく前向き。「わからない先のことを考えるよりも、今を精一杯生きよう」と。打ちひしがれたライアンも、友達に影響され、少しずつ、元の明るさと元気をとりもどしていきます。
 難病物の小説。でも、この手の本によくあるじめじめさはないし、お涙頂戴風でもなく、「だからあなたも生きて」みたいな説教臭さもない。主人公の悩みは、癌患者だから、ではなく、同じ人間の悩みとして、共感できます。「癌患者ってかわいそう」と思わせない作風がいいです。それでいて、読者はきっと元気づけられるのです。そう、だれにだって未来のことなんてわからない、今生きていることが大切なんだ、って。
 副題「癌に生きる少年たち」原題「Princes in Exile─幽閉された王子たち」意味の深い原題が素敵。
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123.「川の上で」 ヘルマン・シュルツ
★徳間書店 2001年
★中学生以上
 1930年代東アフリカ(現在のタンザニア内陸部)が舞台。ドイツ人宣教師のフリートリヒは、布教活動に命を捧げています。洗礼こそが最大の使命と思っていて、アフリカの文化や生活の知恵を蔑視しています。
 ある日、家を留守にしている間に、妻と一人娘が熱病にかかり、妻は死に、娘・ゲルトルートも瀕死の状態になります。町にあるヨーロッパ式病院へ行かないと、ゲルトルートは死んでしまう──フリートリヒは、町まで五日間、小船で下っていきます。道中、川辺の村に宿泊し、村人たちの手厚い民間療法を受けるうちに、ゲルトルートは少しずつ元気になっていきます。そしてフリートリヒ自身も、娘との絆を深めるとともに、アフリカ人たちを「洗礼を施し導く対象」から、「共に生きていく隣人」と捉えるようになります。
 淡々とした、会話の少ない、ノンフィクションのような文章は、ひきしまっていて心地がいいです。小道具の「鶏の鉤爪」が、象徴的でうまい。少しずつ頑なな心を溶かしていくフリートリヒの姿は、抑えた筆遣いにもかかわらず、非常に感動的。あざとさがない分、ストレートに伝わってきます。地味なイメージな本ですが、ずっしりとした重みがあります。とてもいい本です。
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124.「狼とくらした少女ジュリー」 ジーン・クレイグヘッド・ジョージ
★徳間書店 1996年
★中学生以上
 エスキモー(イヌイット)の少女・ジュリーは、両親を亡くしたため、十三歳の時に、幼い頃に親同士が決めた婚約者と結婚します。単に労働力と見なされるだけで、頭の弱い夫に耐えられなくなったジュリーは、嫁ぎ先の家を飛び出し、ペンフレンドのいるサンフランシスコをめざします。しかし、ツンドラの大平原で迷子になってしまいます。
 飢え死にするしかない、と思ったジュリーは、狼の家族に近づきます。仲間を大切にする狼に認められれば、食べ物を分けてもらえる、と…… 
 狼と暮らす少女の話は、少し前に「少女ミーシャの旅」(ミーシャ・デフォンスカ/「大人の本の部屋」で紹介)で読んでいたので、既知感があったのですが、どちらも同じような方法で狼に近づき、同じように狼に受け入れられているので、真実なのでしょう。ツンドラという自然環境の厳しさが加わった分、こちらの方が冒険的色合いがあります。
 イヌイットの文化がよく描写されているとともに、その文化が現代文明の中に同化していくさま、そしてラスト「狼の時も、エスキモーの時も、終わりなのだ」の言葉が象徴する現実が、この本をより、深みのあるものにしています。
 主人公の少女の名は「ジュリー」ですが、本文では、エスキモーの言葉での名「マヤック」が使われています。
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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125.「メアリーの鳩」 アン・ターンブル
★偕成社 1998年
★小学校高学年向き
 1930年代イギリスの炭坑町が舞台。11歳のメアリーの父親は炭坑の労組の委員長をやっていたため、失業後、再就職の口が見つかりません。遠方に出稼ぎに行くことになり、留守の間、父親の伝書鳩の面倒を見ることになります。
 メアリーは鳩が大好きで、鳩の世話に一生懸命になりますが、子沢山で貧しい家庭の主婦である母親にとっての鳩は、メアリーを家事手伝いから遠ざける邪魔物です。母親とぶつかりながらも、男ばかりの鳩レースに参加するメアリー。しかし、食糧の底のついた母親は、メアリーに無断で、鳩を殺して料理してしまいます……
 紳士のスポーツと考えられていた伝書鳩にあこがれる少女という設定はユニーク。母と娘のぶつかり合いというのは普遍のテーマであり、この物語でもオーソドックスな展開になっているし、サブキャラのアーノルドやアーノルドの父も、多少ステレオタイプです。でも、キャラクタの存在感があるし、なにより「伝書鳩」という素材が光っています。
 往年の名作動物マンガ「レース鳩0777(アラシ)」を思い出しながら読んでいたら、訳者の後書きに「伝書鳩をよく知るための手引」としてこのマンガが挙げられていてびっくり。訳者さんは私と同年代。文学だけでない様々な子ども文化を知っている方が、児童書の周辺に現れているんだなと、嬉しくなりました。
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126.「夏の終わりに」 サラ・デッセン
★徳間書店 2000年
★中学生以上
 15歳のヘイヴンの今年の夏は最悪。両親が離婚し、スポーツキャスターのパパは、若い「お天気お姉さん」と再婚。5歳上の姉も、真面目なボーイフレンドとの結婚を控えています。どうしてあんな面白みのない相手と結婚するのか、ヘイヴンは理解できません。自分自身は身長がどんどん伸びまもなく180センチ、巨体が非常なコンプレックスです。バイトはつまらないし、親友は恋愛に夢中で話もかみ合いません。
 ヘイヴンにとって楽しかった夏は5年前。なぜなら、当時、姉のボーイフレンド・サムラーがいたから。姉も自分も陽気なサムラーが大好きだったし、サムラーも一家になじんでいて、パパもママも仲がよかった。それなのに姉はサムラーを勝手に振ってしまい、あの時から、家族がおかしくなり始めたと思っています。そのサムラーが再び、ヘイヴンの前に現れます。そして、ヘイヴンにとってサムラーは、5年前のように「救い」の存在になります。しかも、今のヘイヴンにとっては、「唯一」の救いなのでした……
 思春期の少女のひと夏の心の揺れを克明に描いたもの。これが日本児童文学だったら多分読まないだろうなというところ、「海外ものだから」と手当たり次第に読む私って勝手。でも、こういう少女の内面に食い込む物語ってのは、実は面白いのかも、と思ってしまいました。苦手なジャンルだと思っていたのですが。サムラーの呪縛から解き放たれるラストには感動しました。
 主人公の心理を、周りの情景描写で表現してしまう筆力に脱帽です。妙に情景描写が細かいのですが、それがストーリーに実にうまくマッチしているのです。訳も現代風で、かなり大胆な日本語になっていますが、鼻につかないあたり、成功していると思います。
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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127.「アンモナイトの谷」 バーリー・ドハティ
★新潮社 1997年
★中学生以上
 ジェームズは飛び込みの選手。才能があり将来を有望されており、両親もジェームズに愛情と期待をたくさんかけています。しかし、二人は養父母。ジェームズは養子で、その事実を幼い頃から知らされています。
 ある日、父の個人指導の元で飛び込みの練習をしていた時、親友が大怪我をしてしまいます。そんな中でもジェームズに練習を続けさせる父親は、ジェームズに「しょせんぼくは養子だから」そして「実の母に会いたい」と思わせてしまいます。
 捨てられていた時、身に付けていた手紙のきれはしとアンモナイト。わずかな手がかりを元に、両親に嘘を言って、ジェームズは実の母をさがす旅に出るのでした。
 養子の親探し=自分探し、という構図はありきたりですが、一気に読ませるのは、じめじめしていない軽快な筆遣いのためだと思います。実母への思いは理想化された幻想。その幻想が実体化した時、養父母の愛を確信する。一歩成長するラストは、ラストにふさわしくすっきりしています。
 ありきたりなストーリーでも、しっかり描けていれば、充分読者の心を捉える、という一品。
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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128.「炎の鎖をつないで」 ビヴァリー・ナイドゥー
★偕成社 1997年
★中学生以上
 南アフリカに住む15歳の黒人少女・ナレディの家は、ある日突然、白人たちにとりあげられ、移住することを命令されます。アパルトヘイト(人種隔離政策)で、黒人たちは「ホームランド」と呼ばれる、作物の育たない、不毛の地におしこめられることが決まったのです。なんの相談も無く、先祖の代から住んでいる故郷をとりあげられるなんて……黒人たちは、意義をとなえて立ち上がります。しかし、政府は暴力で彼らを抑えつけ、ホームランドへ送り込んでしまいます。
 アパルトヘイトという事柄はもちろん知っていたけれど、その実態を物語として読むことは、より真実に近づける方法のように思いました。「黒人たちは強制移住をさせられた」教科書的にはこんな一文で説明できるのかもしれないけれど、自分たちの家がふみつぶされていく様を見つめる人々の心情──それを描ける文学は、ルポ以上の力を持つこともあるのだと思いました。ついこの間、1993年まで、アパルトヘイトは続いていたのですね。そして、アパルトヘイトが廃止されたって、それまでに作り出されてしまったあらゆる格差が埋まるわけではない……後書きもまた重いです。
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129.「ジェリコの夏」 ジョハナ・ハーウィッツ
★BL出版 2001年
★小学校高学年以上
 1910年の夏休み。姉と二人でニューヨークの小さなアパートで暮らすドーシは12歳の少女。都会の貧しい子どもたちに田舎の暮らしを経験させる「フレッシュ・エア基金」で、バーモンド州の田舎町・ジェリコの農家のミード家に、二週間ホームステイすることになります。
 風景も暮らし方も全く違う田舎の生活は戸惑うことばかり。さらに、ドーシはユダヤ教徒だけれど、ミード一家はキリスト教徒。ホームステイ先の少女とも初めはぎくしゃくしてしまいます。けれど、二週間のうちには、お互い心が通じ合い、そしてまた、お互いの違いやよいところを認め合えるようになれるのでした。
 ストーリーを書いてしまえばこれだけなんですけれど、都会の子の目を通して描かれる山や緑、蛍、牛、それから自給自足の豊かな生活等などが、手にとるように生き生きと描かれています。目線が「都会の子」なので、私には共感できました。
 『なにもかもニューヨークとはちがうけれど、たくさんの洗濯物が風にはためいているのを見つけたときには、バーモントの人たちも、ちゃんと洗濯をしているんだと思った』こういう体感描写は、ほんとうにうまい。ところどころ、絵葉書とかサイン帳を模したページ作りになっているのも好感が持てました。
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130.「時間だよ、アンドルー」 メアリー・ダウニング・ハーン
★徳間書店 2000年
★小学校高学年以上
 両親が外国で仕事をするため、夏休みの間、12歳のドルー(本名・アンドルー)少年は、田舎の大叔母さんの家に預けられます。幽霊屋敷のような壊れかけた古い家の屋根裏部屋で、昔のアルバムの中に自分そっくりの子が写った写真を見つけた夜、ドルーの部屋に、写真の少年・アンドルーがやってきます。1910年にジフテリアで死ぬ運命だったアンドルーですが、死ぬ寸前にタイムスリップしたことにより、現代で治療を受けることになります。そしてドルーは、アンドルーの身代わりとして1910年へ飛ばされます。
 ドルーは気が弱く優しい子どもでしたが、アンドルーはとんでもない悪ガキ。とても身代わりなどできないと悟ったドルーは、元の世界に帰ろうとしますが、病気が治ってもアンドルーは「1910年に戻ったら死ぬかもしれない」と拒みます。そして「また入れ替わりたいのならば、ビー玉勝負で勝て」と言います……
 両親が考古学者という設定は、ブロック・コールの「森に消える道」を、自分そっくりの写真があったという設定は、パット・ムーンの「ダブル・イメージ」を思い起こさせましたが、ストーリーは全く異なるタイムファンタジー。設定やタイムファンタジーという手法自体は目新しくないですが、この作品の一番の魅力は、1910年に飛ばされた気の弱いドルーの描写でしょう。悪ガキ・アンドルーの尻拭いをさせられ右往左往する姿には、何度も吹き出してしまいました。また、過去にいるうちに、どんどんアンドルーと同化して、他人だったはずの両親や姉弟に愛情を抱いていく様には、ジーンとさせられました。
 ラストはちょっと描きすぎかもしれませんが、タイムファンタジー物の「新しい決着のつけ方」と、物語のテーマの強調、という観点からすると、理解できなくもありません。原題 "Time for Andrew" 「時間だよ、アンドルー」なんともうまい邦訳です。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
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131.「かぼちゃ畑の女王さま」 キャサリン・パターソン
★偕成社 1996年
★小学校高学年以上
 父親をガンで亡くしたヴィニーは、母と弟とともに、田舎の祖母の家で暮らすことになります。父の葬式の時、「死」が理解できず、遺体のうでをひっぱって起こそうとした5歳の弟・メイソンにヴィニーは言います。「あんたは、ばかね。おとうさんはなにをやったって生き返らないわ」 ヴィニー自身のさびしさや悲しさ、くやしさからの言葉だったのですが、傷ついたメイソンは、それ以来、口をきくことができなくなります。
 メイソンを元にもどそうと必死になる母と祖母。そんな家族に、ヴィニーは疎外感をつのらせ、孤独に陥ります。新しい学校では友達もできず、心の支えは優しい担任のクレイトン先生だけ。そして、唯一いっしょに遊んでくれる「ばたばたサンダル」を履き「かぼちゃ畑」に住む風変わりな少女リュープ。母親を殺したかどで、父親は刑務所に入り、祖母と暮らしている貧しい少女でした……
 傷ついた少女の心がいたいたしい小説。しかし傷つきながらも、自らもまた他人を傷つけた罪に気づいた時、閉塞していた家族が再生に向かう──そして、その手助けをするのは、やはり心に深い傷を負い、だからこそ色眼鏡なしで人と接することのできる少女──ちょっとできすぎな気もしますが、そこは、パターソンの筆力が充分カバーしてくれます。
 チリチリと痛むヴィニーの心の傷と同化して、胸が痛み、涙を落としてしまう作品です。言葉を失ったメイソンが叫ぶ言葉「おとぉーさぁーん!」の叫びの場面は、最高にうまい! やはり、パターソンはパターソンなのだ、と納得していまいました。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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132.「アマリリス号─待ちつづけた海辺で─」 ナタリー・バビット
★福武書店 1992年
★小学校高学年以上
 1880年。アメリカニューイングランド地方のとある海辺の町が舞台。入り江のかたすみの小屋に一人で住む祖母・ジェニーバを、11歳のジェニーが訪ねていきます。足を骨折した祖母の面倒を見るのが目的です。30年前、嵐の日に目の前で夫の船が沈没するのを見たにもかかわらず、夫の死が信じられない老婆・ジェニーバは、毎日、船の残骸を探すべく、海辺をさまよっていました。骨折のために、その「夫からのしるしを探す」作業を、孫のジェニーにたくすジェニーバ。「しるし」を探すジェニーは、海辺が「この世」と「あの世」をつなぐ幻想的な場であることを知ると同時に、祖母の祖父に対する深い愛も知ることになります……
 ジェニーの父親は、自分の父を殺した海を恐れ憎み、町の暮らしを選びます。「子どもがいてもそれだけでは十分ではない」と言い切る祖母ジェニーバは、入り江での暮らしを頑なに守り続けます。母親としてではなく、妻として、一人の女性としての生き方を選択するジェニーバの姿は、児童文学としては新鮮。そして、そんな祖母の姿から、「愛」に目覚めるジェニーが生々しい。
 でもそれ以上にこの本が素晴らしいのは、海の描写でしょう。それも、穏やかな明るい海よりも、小雨の降りしきる陰鬱な姿、そしてハリケーンにたけり狂う姿──その描写が実にすばらしいのです。海のもつ「暗さ」や「深さ」「大きさ」を味わうことのできる作品です。
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133.「マイ ゴースト アンクル」 ヴァジニア・ハミルトン
★原生林 1992年
★中学生以上
 ツリーは15歳の少女。とてもハンサムだけれど知的障害のある17歳の兄・ダブと二人で暮らしています。母マヴィは看護婦で、一週間に一回しか帰ってこないので、兄の世話や家事を一手にひきうけ、自分の勉強や楽しみは後回し、そしてそれが当たり前だと思っています。
 ある日ツリーの前に、ラッシュおじさん(マヴィの弟)の幽霊が現れます。幽霊はツリーに、ツリーとダブの幼い頃や、一族の過去の映像を見せます。ダブがマヴィに虐待を受けていたこと、黒人特有の遺伝病・ポーフィリアで一族の男性が次々死んでいたこと、ダブもまたその病に罹っていること──おじさんに過去を知らされ、ダブを死の世界に連れて行かれることにより、ツリー自身はもっと自分のことを考え、未来へ前向きに生きていく決意をします。
 黒人作家・ハミルトンの黒人の少年少女の物語。一気に読んだ後、ラッシュおじさんがなぜツリーの前に現れたのか、その意味を考えながら振り返ると、読んでいる最中には気づかなかった、おじさんの優しさや苦しみ、そして悲しみがふつふつとわいてきました。この作品については、非常にすぐれた書評があるので、是非読んでみて下さい。(「ほんとうはこんな本が読みたかった!」 原書房 1999年 神宮輝夫監修・鈴木宏枝共著)書評を読むことで、より深く、私の胸に刻まれました。
 「マイ ゴースト アンクル」は意外なことに日本語用のタイトルですが、原題(おじさんの甘いささやき)よりもずっとぴったりしています。
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134.「緋色の皇女アンナ」 トレーシー・バレット
★徳間書店 2001年
★中学生以上
 11世紀のビザンチン帝国が舞台。アレクシオス1世の長子・皇女アンナは、生まれた時から時期女帝になることが決まっていました。幼いうちから女帝になるべく勉強をし、また、影の支配者である祖母にも才能を見込まれ、支配者としての教育も受けます。しかし、才気がありすぎたために、祖母に警戒され、祖母と弟の仕組んだ罠に落ち、アンナは修道院へ送られてしまいます。一度は栄光の座を約束されながら、幽閉された皇女・アンナの半生記。フィクションですが、歴史小説の側面ももった小説。
 「お姫さま」を描いた児童文学で、こんなにもはっきりと「権力」に対して憧れを持ったキャラクターがいただろうか、と思わず考えてしまいました。優しさや美しさよりも、「力を持つこと」に執着するアンナは、非常に魅力的でした。自分を罠に落とし、権力を手に入れた弟を毒殺しようとする場面も、全く違和感がありませんでした。こういう新しいお姫さま像は歓迎したいです。ラスト、アンナは権力以外の「大切な物」にも目を向け始めますが、私としては、このラストは蛇足でした。
 アンナから皇帝の座を奪った弟・ヨハネスは、歴史上では名君で、民から慕われたという事実は、なかなか面白い。アンナの視点で読むと、とんでもない悪党なんですが……最もしたたかで賢いヨハネスもまた、非常に魅力がありました。宮殿のきらびやかな描写も上手く、アンナのイラストの表紙も華やか。美しい本です。
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135.「丘の家、夢の家族」 キット・ピアソン
★徳間書店 2000年
★小学校高学年以上
 9歳のシーオの母親・リーは25歳。シングルマザーのリーには生活力はなく、時にはシーオに乞食の真似をさせたりします。すさんだ生活の中で、シーオの唯一の楽しみは本を読むこと。物語の中の家族を自分の家族と思うことで、心の平安を保っています。
 恋人ができたリーがシーオを邪魔にしだし、ある日シーオは、顔も知らない伯母の家に預けられることになります。旅の途中の船の中で、シーオは自分の理想にぴったりの「家族」を見つけます。優しそうな両親に明るく元気な4人の兄弟姉妹。「自分もあの家族の一員になりたい」と願ったとたん、その夢がかない、シーオは一家の愛情に包まれた生活を送るようになります。「こんなことが起こるはずがない」と思いつつ、ひとときの幸せを味わうシーオ。これは魔法なのだ、魔法がとけるまでは精一杯楽しもう、と……
 「いつかはきっととけてしまう魔法」の「夢のように幸せな」生活を楽しむシーオがいじらしい。「夢のような生活」が、理想的過ぎるところがうまい造り。夢や魔法は、結局は現実を受け入れるための道具、とも言えるけれど、私はこういう考え方には賛同したいです。夢や魔法で支えられるのならば、いっぱい空想すればいい。けれど、そうして得たエネルギーは、ぜひ、現実に立ち向かうために使いたいと思います。
 「魔法」の仕掛けはちょっと無理があるけれど、児童文学作家を目指す人が読むと「ぐっ」とくると思います。児童文学作家である著者の真摯な姿勢が、セシリーを通してびしびしと伝わってきました。
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136.「悪夢の金さがし」 ロベルト・ピウミーニ
★文研出版 2001年
★小学校高学年向き
 ゴールドラッシュにわく時代のアメリカ南西部が舞台。
 14歳のトムは、叔父とともに金さがしを始めて一年になります。劣悪な環境の中、思うように金は見つからず、陽気だった叔父もだんだん不機嫌になり、旅そのものも憂鬱なものとなっていきます。そんなある日、インディアンの青年と出会います。驚いたことに、青年の歯は、黄金色に輝いていました。歯を金で覆っている! この時から、トムの旅は悪夢へと変貌するのでした……
 タイトルからして「悪夢」なんですが、ゴールドラッシュ、金探しと、冒険物かと思って読み始めたら、とんでもなく重苦しい物語でした。金への欲望ががいかに人を狂わすか、その中でも自分を見失わないよう苦しむトムの姿が、読み手としてはトム以上に苦しい。なぜ、インディアンたちの歯が黄金だったのかというラストともに、読後感はあまりよくないけれど、重いテーマを扱った作品として、お薦めとします。
同一作者の他作品 「お薦めその2」にもあり
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137.「レジーン・ミラー物語」 ウォルター・ブッキグナーニ
★金の星社 1995年
★中学生以上
 副題「生き抜いたユダヤ人少女の記録」
 第二次世界大戦下のポーラインドが舞台。ユダヤ人のレジーン・ミラーの半生記です。
 ポーランドで暮らしていたレジーンは、ナチスによるユダヤ人迫害を逃れるために、父親の計らいでポーランド人の老婆の家に預けられます。すぐに父親との連絡はとだえ、その後レジーンは美容師の家で奴隷のようにこき使われた後、「オーギュスタ」と名前を変え、「三ヶ月間の農業体験生活」に参加するポーランド人に混じって田舎で生活します。ホームステイ先になじめなかったレジーンは、さらに老夫婦の営む農家へ回され、戦争が終わるまで「オーギュスタ」として生き延びます。しかし、レジーン以外の家族は、父も母も兄も、戦時中に命を落としていたのでした。
 レジーンの実話を元に構成されたノンフィクションです。人間ドラマを感じさせるのは、「オーギュスタ」と名乗り、親切な老夫婦の農家で生活するようになってから。レジーンがユダヤ人だと知ったとき、戸惑いながらも「泣かんでいい」とレジーンを受け入れる夫婦の姿は感動的。
 実の娘のようにレジーンを扱い、キリスト教とユダヤ教という宗教の壁、人種の壁を受け入れた老いたワティユス夫妻の姿が、非常に心に残りました。一貫して「オーギュスタ」と呼びつづけたワティユス夫妻が、戦後、ユダヤ人として新しい人生に踏み出すレジーンにあてた手紙で「レジーン」と呼びかけていた場面には、涙が止まりませんでした。
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138.「風をつむぐ少年」 ポール・フライシュマン
★あすなろ書房 1999年
★中学生以上
 転勤の多い父のために、16歳のブレントは4度目の転校をし、金持ちの多い私立のハイスクールに通うようになります。早く仲間にとけこむために、服装や会話に気を遣い、ボス格の少年の家へパーティーへ行きますが、そこで恥をかき、人生に絶望します。自殺するつもりでハイウェイで事故を起こしますが、ブレント自身は軽い怪我で助かり、代わりに18歳の少女・リーを事故の巻き添えにして死なせてしまいます。
 加害者と被害者の家族が理解し合い償うための場が設けられ、そこでブレントはリーの母親に言われます。「リーが生きていたなら、大勢の人に微笑を贈ったと思うのです。だから代わりに、リーの顔をした、風で動く人形を作り、アメリカの四隅の州に立ててください」ブレントは、人形を作るために、材料をバックパックに詰め込み、一人長距離バスで旅立ちます。
 ブレントが人形を作る過程で味わう孤独と人の輪。そして、立てられた人形がつなぐ、見知らぬ人たちとの輪。外見にばかり気をつかっていたブレントの成長──被害者の悲しみは癒えることはないだろうし、自分が被害者の立場だったら、果たしてリーの母親のようにブレントを許せるかどうか自信はありませんが、人間である限り、許しは必要だし、また加害者が自己修復することは、すなわち被害者の救いにもなるのだと思いました。昨今の日本の実状と考え合わせると、いろいろ示唆に富む本です。
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139.「バラの構図」 K.M.ペイトン
★岩波少年文庫 1990年
★中学生以上
 ロンドンから田舎へ引っ越してきた16歳のティムは、病気のために休学しています。成績がよく、将来は父親の広告会社をつぐことを約束されていますが、自分が本当にやりたいことが見つけられずいらいらしています。
 引越先の古い田舎家で、ティムは鉛筆で描かれたボロボロの少女の絵を見つけます。肖像画のサインは自分の頭文字と同じ「T・R・I」 墓地で見つけた古びた墓石にも「T・R・I」の文字。そして、ティムは白昼夢をみるようになります。T・R・I──60年前、少女の肖像画を描いた翌日に、わずか15歳で死んでしまったトム・インスキップの姿を…… ティムは、トムの亡霊に導かれるように、60年前の事件を探り始めます。
 同じ頭文字を持つ「ティム・イングラム」と「トム・インスキップ」の人生を、過去と現在を行き来しながら重ね合わせることにより、現代のティムが「本当にやりたいこと」を見つける物語です。小作人として生きるしかなく、さらに夭逝したトムを「全き精神的恩恵の中にいた」としながらも、「でも、もし60年間もそんな生き方をしていたら、満足できなかったのでは」とティムが思うところが印象的。
 働きづめだったトムの亡霊が、「どう生きるべきか」と悩むティムに笑いかけるシーンは、とても悲しい。そして、物語として冒頭から約束されていたとはいえ、トムの死の場面は、胸をつきさすほど悲しい。随所に配置された「バラ」の描写は見事。"A Pattern of Roses" これ以上ふさわしいタイトルはないでしょう。
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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140.「豚の死なない日(正編・続編)」 ロバート・ニュートン・ペック
★白水社 1996年
★中学生以上
 ロバート・ペックは12歳。シェーカー教徒の両親と叔母と四人で、小さな農場を営んでいます。60歳近い父親は、農場の仕事のほかに、豚を殺す仕事をしています。シェーカー教徒は贅沢を戒め、生活に最低限必要なもの以外は「フリル」と言って受付けません。だから、ロバートの食事も衣服も貧しいものですが、父親は大地を愛し、土とともに生きる生活に深く感謝をし、日々の労働の中で、心の豊かさについてロバートに教えます。
 ロバートが隣人からメスブタをもらったものの、不妊症とわかり、家族同様のブタ(ピンキー)を殺す話と、父の病死までが正編。父の死後、不作や恐慌と戦いながら、一家の主としてなんとか農場を守ろうとするロバートをメインにすえたのが続編です。
 正編では、牛のお産を助けるシーンや、りすの内臓から木の実を取り出してケーキにかけて食べるシーンなどが、とても生々しくてリアルでそして厳しくて、従来のメルヘンチックなアメリカの農場生活のイメージを払拭されました。肉を食べるには動物を殺さなくてはいけないということ、この当たり前のことが、私にはまるで理解できていなかったのですね。
 続編では、父の死で一足とびに「大人」になってしまったロバートの奮闘に涙しました。銀行の頭取や雑貨屋の老店主、それからちょっとおませなベッキーなど、ロバートと関わる人が、正編より生き生きしている後編の方が、私ははるかに好きです。上質な少年の成長物語(自伝)です。
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141.「屋根裏部屋のエンジェルさん」 ダイアナ・ヘンドリー
★徳間書店 1997年
★小学校高学年以上
 ヘンリー少年は、両親を交通事故でなくしたため、アガサおばさんの下宿屋で暮らしています。アガサおばさんはドケチで、まかないの食事もごくわずか。部屋も汚れている上、ヘンリーの部屋は地下室で、他の部屋に住んでいるのも、オドオドマゴマゴした老人ばかりです。
 ある日、あいていた屋根裏部屋に、ハービー・エンジェルと名乗る、若い男性が越してきます。電気屋ということですが、家中をクンクンかぎまわったり、ひいおばあちゃんの古い家具を「エネルギー畑」と呼んだり、怪しい行動をします。けれど、エンジェルさんの笑顔はとびきり素敵で温かく、エンジェルさんが微笑んだだけで、暗い下宿屋が明るくなり、またオドオドマゴマゴギスギスしていた下宿人たちも、いじわるなアガサおばさんも、歌を歌ったり詩の朗読を始めたりと、変わっていきます。エンジェルさんはいったい何者? ヘンリーは探り始めるのですが……
 過去の人々の思いが、現在の人々を幸せにする。過去とのつながりがあるからこそ、現在がある──これが、この作品のテーマです。古い家屋や家具が残る、ヨーロッパらしい作品です。数十年しかもたない木造建築の日本では、成り立たない話でしょう。
 封印された悲しい過去を解き放ち、受け入れさせることで、寒々とした「家」を温かな「家庭」に変えていく。それがエンジェルさんの仕事でした。ちょっと設定に無理がある気もしますが、エンジェルさんの笑顔が、文章の合間からピッカピカと感じられ、読んでとにかく幸せな気分になれるのが魅力。
 ただ、訳がね……「つながり」とか「うちづくり屋」とか、どうもしっくりきません。原文では、いろいろ言葉遊びをしているようなので、是非、原文で読んでみたい作品でもあります。
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142.「おばあちゃんはハーレーにのって」 ニーナ・ボーデン
★偕成社 2002年
★中学生以上
 キャット(本名:カトリアオーナ)は中学一年生。両親が貧しい舞台俳優で生活が不規則なため、幼いときからおばあちゃんと二人暮らしです。このおばあちゃん、世間一般とはちょっと違っていて、黒い革ジャンに革のパンツをはいて、タバコをふかし、ハーレーダビットソンを乗り回すのです。職業は精神科の医者で、医者を引退した後も近所の心の寂しい老人たちを診たり、大学の講師もやったりしているのです。
 一見風変わりですが、人を見かけで判断したりしない、心の優しい人で、キャットは尊敬し、愛しています。自分を「捨てた」両親は家族じゃないけれど、おばあちゃんこそは本当の家族なのだ、と。そして、「なんでもできる畏怖の人」という意味で「プタ」と呼んでいます。
 ところがテレビ出演に成功し、それなりに裕福になった両親が、突然キャットを引き取ると言い出します。周囲も親と住むのは当然、それこそが子どもの幸せ、老人に子どもの世話は無理と、キャットを両親の元へいかせようとします。キャットは「プタ」と暮らし続けられるように、両親と裁判をすることを計画します……
 原文を読んでみたい、と思うほど、自由奔放な邦訳です。意訳なのか、それとも原文自体がこんなに生き生きしているのでしょうか? 原題は「GRANNY THE PAG」──祖母の元に連れてこられたばかりの幼いキャットが、心細さのあまり「Granny is the pig(ばあちゃんはブタよ)」と侮蔑の言葉を書いたつもりが「Granny the pag(おばちんわプタ……と訳されてます)」となったことに由来しています。
 翻訳児童文学もここまで自由になったのか、としみじみした一冊。物語もところどころ笑わせ、泣かせ、なかなかの人情物になっています。
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143.「おじいちゃんのカメラ」 パトリシア・マクラクラン
★偕成社 1994年
★小学校高学年以上
 ジャーニーのお母さんは、11歳の時に家を出て行ってしまいました。祖父母と姉と自分を田舎の家に残して。お父さんは、ジャーニーが赤ちゃんの時に家を出て行ったきり。ジャーニーはたった一枚の父親の写真にしかその面影を見出せません。お母さんはお父さんの写真を、ほとんど引き裂いてしまったからです。ジャーニーは粉々の写真しか持っていないのです。
 そのかわりのように、おじいちゃんは、今のジャーニーの姿や、おばあちゃんや姉の写真をしょっちゅう撮ります。それは、ジャーニーに新しい「家族」をあげたかったから。そして、両親に愛されていた確証をとろうとするジャーニーのために、おじいちゃんは、過去の写真を現像してやるのでした。
 お母さんがなぜジャーニーと姉を置いて家を出たのかは書かれていません。父にも母にも出て行かれたジャーニーが、過去の写真の中に愛されていた事実を見つけようとする姿は悲しい。そして、そんなジャーニーに新しい家族の記憶を与えようとする祖父の姿は、陽気なのにもっと悲しい。ジャーニーのために、過去の写真の現像をするラスト近くの描写には、涙がとまりませんでした。久々に爆涙。
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144.「のっぽのサラ」 パトリシア・マクラクラン
★福武書店(ベネッセ) 1987年
★小学校高学年向き
 開拓時代のアメリカ。大草原のまんなかに住むアンナと幼い弟のケイレブは、パパが連れてくる新しく「ママになるかもしれない人」を待っていました。アンナたちの本当のママは、ケイレブを産んですぐに亡くなり、それ以来、パパは歌をうたわなくなり、寂しい家になっていました。パパが「お嫁さん募集」の記事を新聞に載せて、それに応募してきたのは、はるか遠い地──海辺に住むサラでした。
 サラはのっぽでぶさいくでした。けれど、サラが来てからは、家の中には歌が流れるようになり、一家がぱっと明るくなります。でも、サラはいつも海が恋しそうでした。一ヶ月の「お試し期間」が過ぎたら、サラは草原を去って海に帰ってしまうのではないか……アンナは心配します。サラは果たしてパパと結婚してくれるのでしょうか……?
 訳者の後書きにもあるように、上記のとおりの、単純な物語です。でも私は泣けて泣けて仕方ありませんでした。寂しかった暮らしが明るくなり、アンナもケイレブもサラが好きになり、いつまでもいてほしいと思う。そんな心情を淡々とした行動として描く筆致は、かえって行間を読ませ、胸をしめつけられました。サラが海への思いを語るシーンも切ないです。
 ところで「ぶさいく」と描写されているサラですが、どういうふうに「ぶさいく」なのか、まるで想像つきませんでした。というか、文章からは、まったくもって「ぶさいく」というイメージがわかなかったのです。「のっぽ」というのはよくわかったのですが。「のっぽ」=「ぶさいく」というのが、当時の価値観だったのでしょうかね?
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145.「草原のサラ」 パトリシア・マクラクラン
★徳間書店 1996年
★小学校高学年向き
 「のっぽのサラ」の続編。
 夏のある日、サラとパパは結婚して、楽しい4人家族の生活が始まります。けれども、翌年、大草原は大旱魃となります。作物は枯れ、井戸水も枯れ、人々は草原での生活を諦め、他の地へ移って行きます。
 この地で生まれたパパ・アンナ・ケイレブは、雨を望みがんばりますが、ある日火事で納屋が焼け、草原にいられなくなります。生活を立て直すためにパパ一人を草原に残し、三人は、サラのふるさと、メイン州の海辺の町へ去っていきます……
 「のっぽのサラ」同様、単純で簡単で短い物語です。継母が大好きで(実母への思いの葛藤がない)、新しく生まれてくる子に対しては、「ぼくたちみんなの子」と喜び合う(継子、実子の違いに対する葛藤がない)。この単純さがとても心地いいのは、世の中に複雑な物語が多いことに対する反動でしょうか。
 大草原で生まれた者は大草原が恋しく、海辺で生まれた者は海辺が恋しい。メイン州へ行くことで、自分の思いやサラの思いを感じ取るアンナやケイレブの描写がいいです。ラスト、草原のかわいた土に上に、自分の名前を書くサラの姿はとても美しいです。
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146.「おじいちゃんの休暇」 イヴォン・モーフレ
★偕成社 1992年
★小学校高学年以上
 トマのおじいちゃんは72歳。60年間パン職人で、2年前におばあちゃんを亡くし、今はおばさんの家で静かに隠居生活をしています。72歳の誕生日会で、おじいちゃんは突然「ふるさとのベル・イール島へ行く」と言い出します。60年近く前、14歳の時に島を出たきりだというのに…… おじいちゃんの連れとして、復活祭休みの二週間、トマも島へ同行します。
 美しい島の風景や魚釣りに夢中になるトマ。子ども時代を思い出し、生き生きとするおじいちゃん。そして、60年ぶりに会った幼馴染におじいちゃんは恋をします。おじいちゃんの恋を成就させようと、トマはがんばります。
 ブルターニュ地方の小さな島の描写が美しい作品。読んでいて、海や草や風のにおいがしました。そして60年ぶりに初恋を実らせるおじいちゃんと、そんなおじいちゃんの「同志」のトマ少年。フランス映画を見ているような気になりました。私もベル・イールへ行ってみたい。
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147.「あらしの前」「あらしのあと」 ドラ・ド・ヨング
★岩波少年文庫 1951年・1952年
★小学校高学年向き
 ドイツ国境に近いオランダ南西部の田舎が舞台。第二次世界大戦をはさんで、村で唯一の医者一家・オルト家の日常を描いた物語です。
 村人に尊敬される父に、賢く優しい母に、明るく元気な6人の子どもたち。長年住み込みで働いているお手伝いさんも含め、平和で幸せな日々を過ごしています。隣国ドイツは戦争をしていましたが、オランダの田舎では遠い世界のことでした。
 オランダがドイツに占領されるまでの平和な日々を描いたのが前編「あらしの前」で、それから6年後の戦争の終わった後、戦の痛手から立ち上がる一家の姿を描いた物が後編「あらしのあと」です。
 出版年をみればわかるように、古きよき時代の「愛の家族」の物語です。「名劇」の雰囲気を楽しみたい人には前編がお薦め。でも私としては、愛に満ちた家庭であるにもかかわらず、家族一人一人の言動に、戦争の落とした暗い影が垣間見られる後編がお薦めです。
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148.「ライディング・フリーダム」 パム・M・ライアン
★ポプラ社 2001年
★中学生以上
 19世紀のアメリカでは、女性は「子どもを生んで育てるのみの存在」に過ぎず、一人で生きていくなど考えられなかった時代でした。そんな時代、馬術にすぐれた孤児の少女が、馬とともに自分らしい人生を生きるために、男装をし、一流の御者として生涯を送る物語です。シャーロット・ダーキー・パークハーストの実話を元にした物語。シャーロットは、選挙権の無かった時代、アメリカで初めて選挙をした女性(男性と偽ったまま)として認識されているそうです。
 シャーロットは2歳の時に事故で両親を亡くし、孤児院で子ども時代を過ごしますが、女の子として台所で下働きを続けるしかない毎日に耐えられなくなり、院を脱走します。馬が大好きだったシャーロットは、少年の姿をして、駅馬車の厩舎で働き始め、やがて一流の御者に成長します。西部に渡った後、事故で片目を失明しますが、自分の夢を追い続けるために、生涯、男性として生きるのでした──
 非常に引き込まれて読みました。男装の麗人という設定自体魅力的ですが、一番の魅力は、シャーロットは「男として御者になる」ことが目的だったのではなく、「御者になるために男になった」という点です。現代だったら、男装なんかしなくたって「女性御者」になれるのに。
 「自分らしく生きる」ために、性別を変えたシャーロットだからこそ、「女性の投票権」を得るために運動する女性に驚き、「彼女は私より強い」と思うのです。シャーロットのこの感性に、私は深く共感します。
 「ライディング・フリーダム」は本題どおり。これ以上のタイトルはつけられなかったのでしょう。副題は「嵐の中をかけぬけて」。
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149.「メイフラワー号の少女」 キャスリン・ラスキー
★岩崎書店 2000年
★中学生以上
 1620年9月。イギリス国教会に抵抗しオランダで生活していたイギリス人たちは、新大陸への移住を決めます。「ピルグリム」と呼ばれるこの人々は、「メイフラワー号」に乗り、二ヶ月もの時間をかけてアメリカ大陸に渡ります。メイフラワー号は小さな木造船、そこに100人もの人が乗り込み、ぎゅう詰めの船室に貧しい食事と、過酷な条件の元で次々と亡くなる人が出ます。また、新大陸に上陸した後も、冬の寒さに、半数の人が命を落とします。ピルグリムの少女、メムの目から見た、厳しい航海と開拓生活を、日記形式でつづった物語です。
 フィクションですが、あたかもノンフィクションであるかのように、きちんと歴史に沿った作品です。私は歴史書のように読みました。末尾にメイフラワー号やピルグリムに関する資料が載せられているのが親切です。
 物語としては、優しく好奇心の強いメムの感性に好感が持てました。インディアンたちとの交流を描いた箇所、偏見を持たず対応するメムがいい。日記の文体が、ことさら「少女言葉」を強調した訳であるところが、ちょっとひっかかりましたが(少女だからって、日記に書く文章がすべて「○○だわ」「○○よ」とはならないと思うのです)
 副題は「リメムバー・ペイシェンス・フィップルの日記」。「My Diary」シリーズとして、すでに17作目まででているそうです。残りは邦訳されないんでしょうかね。本には「第1作」となっていて、続きを出す意欲があったように思うのですが……
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150.「呪われた航海」 イアン・ローレンス
★理論社 2001年
★中学生以上
 18世紀後半の物語。貿易商の父の船に乗っていた14歳のジョンは、スペインでの貿易の後、ロンドンへの帰途についていました。イギリス南部のコーンウォール岬で嵐に巻き込まれ、ようやっと見つけた灯台を頼りに寄港しようとしたその場所は、レッカー(難破屋)の村でした。難破した船の積荷をあてに暮らす貧しい村人たちは、自然災害だけでは飽き足らず、カンテラで灯台の灯りを装い、座礁するよう仕向けていたのです。
 唯一の生き残りとなったジョンは、この恐ろしい村の秘密を知るとともに、父親が貴金属の密輸をやっていたことを知らされます。父は生存していて、レッカーの一味に「金のありかを知る存在」として監禁されていました。
 ジョンの命を救ってくれた地主・モーガン氏。モーガン氏の姪・メアリー。ジョンに何かを知らせようとするオシのエリ。メアリーやジョンに優しい牧師・トゥイード。いったい誰が味方で誰が敵なのか。そして、父は本当に極悪の密輸商人だったのか……?
 嵐の中で、崖の上から船の難破を見守る村人たち──この描写からしてとにかく恐ろしいのですが、死体や暴力、殺戮など、残虐な場面が続く物語です。でも嫌悪感よりも話の展開の方が気になり、読む手を止められませんでした。日本児童文学にはない(マンガではありますが)本格的な冒険小説です。誰が善人なのか悪人なのかわからない、場面場面でその役割が二転三転する作りは見事でした。ちょっとわかりにくい描写もあるのですが迫力勝ち。
 舞台のコーンウォールへは、ますます行きたくなりました。作中の「スタリー・ガジー」(魚の頭がつきでたパイ)も、食べてみたいものです。
同一作者の他作品 「お薦めその4」にもあり
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