名人 水谷謙介氏に捧ぐ


[七五調の魅力][歌舞伎と落語][助六伝][中村仲蔵]





歌舞伎のサイトは写真がないといまいち見栄えが良くない、
しかし歌舞伎関係は特に
肖像権とやらがうるさいのでそちらは公式サイトにまかせて、
芝居と関係が深い掛け声
という切り口から歌舞伎について語っていくことにしよう。






初めて歌舞伎を見に行った時に感じることは
1.色、色彩の鮮やかさ
2.意外とせりふが理解できること(日本語だからあたりまえといえばあたりまえだが)
3.大向うといわれる集団による掛け声(大体公演中に声を掛ける人は多くて7、8人)
に先ずびっくりします。少なくとも私はそう感じた。


音羽屋ー、成田屋ーとどなってる例の掛け声、外人などは必ず振り返って怪訝な顔を
する。たまにはシィーとか言われる。
芝居にこの掛け声がないと魅力が半減するのも確かである。
しかし、ただ声を掛ければいいという訳ではない。
それはそれは奥深いものがあります。それをこれから説明していきます。

この掛け声をかける集団を俗に「大向う」といい、何々会、何々会という会があり
それぞれ派閥が形成されている。しゃれて「声優会」なんという大きい会もあります。
しかし、くわしいことは私は知りません。知らずにやりはじめてしまったもので。
別にこの会に入会しなければ声を掛けてはいけないという訳ではありませんが
しかし、おいそれと2000人近い観客のいる中でかい声を出すこと自体そう簡単に
出来るものではありません。いろいろな勉強が必要です。

あそこでなにをどなっているのかというと
1.役者の屋号
2.役者の何代目
3.役者の俳名
4.役者の住所
5.その他
と大別できる 。


それではいつ、どんな場面で声を掛けるのかという疑問があると思うので次に説明しよう。

基本的には拍手と同じである。掛け声は「ほめ言葉」だからいいと思ったところで掛ければよい。
1.芝居の始まりの合図である祈がチョンーと入った瞬間。幕がまだ閉まっている。
(あまりやらない)
2.幕がパラッとおりて(どん帳ではない)照明がパッとついて役者が見えた瞬間。
3.役者が登場するとき。登場の仕方はいろいろある。舞台の上手、下手、中央、
スッポン、せり、花道
4.特に花道からの登場は花道の揚幕がチャリと音がするのでそれを合図にといったところ。
5.役者が退場するとき。退場の仕方もいろいろある。
6.特に花道での引っ込みにはよく声が掛かる。
7.見得を切って決まる瞬間と決まった瞬間ここのタイミングが難しい。4、5人の声が重なるが
欲をいえば掛ける方も3人で止めてほしい。うるさいだけ。
8.せりふの合間をタイミングよく。せりふを役者と同じように知っていないと掛けられない。
9.舞踊などで型がきまった瞬間、踊りの素養が求められる。掛け声も大変である。
10.芝居のおわりの幕が引かれるとき。
11.下座、鳴り物の合間に
大体こんなところかな。

さて、掛け声のいろいろの中で「5.その他」に分けた部門が一番おもしろいところである。
1から4番目までが正統派であり、あとは「チャリ掛け」といって嫌われ、さげすまれる。
しかし、これが醍醐味でもある。これが決まると会場がどっと沸く。
役者をくってしまう場合もある。そうならないようにするギリギリのところを狙うセンスが
必要である。
邪道であるからなんでもありなのだがその場の状況の把握が出来ない奴がやるとしらける。
談志師匠がいうところの「馬鹿とは状況判断のできないやつのこと」であり、大馬鹿である。


どんなジャンルにでも名人はいるもので、この掛け声をさせたら天下一品という人がいた。
水谷謙介さんその人である。
ほんとにいろいろな芸を見てきたがこれほどの芸はそうめったにお目にかかれるものではない。
一口でいえばタイミングの芸ともいえる。いつも着流しの粋ななりをして歌舞伎座にいらした。
そんなに奇麗な声ではなく、どっちかといえばちょっとだみ声にちかいがよく通り、鋭いのである。
私が歌舞伎座にいかなくなった原因の一つは水谷さんが死んでしまったからである。
あの名人芸にふれられなくなって、団十郎の襲名興行を最後に歌舞伎座へは行かなくなった。
ちなみにレコードカバーで使っている表題の「いい型」「その型」「ご両人」は名人の
名フレーズである。

一番印象に残っている場面
忠臣蔵五段目、勘平が火縄をまわしながらてさぐりしている場面、釣り鐘が3回なるその1回目が
ゴォーン、「何々屋」。少し間があって2回目ゴォーン、「何代目」。3回目ゴォーン、
「何々町」。
との3連発それも他の人が誰も声を掛けずの独壇場思わず震えたね。絶妙のタイミング。
言葉の抑揚、伸ばしかた、どれをとっても絶品でした。
普通だと何人かが同時に屋号と何代目というのがダブって汚くなってしまう。
名人ひとりでやらした周りの人もえらい、いやあの静かなシーンとした場面では声を出す勇気が
なかったかもしれない。
これもライブで同一空間で体験しないと分からない。芸はすべからくライブがいい。


NHKの古い歌舞伎番組に時々水谷さんの掛け声が聞けるがそれもなかなか放送してくれない。

山川静夫氏の本のなかに水谷さんのことが少しでてくるが「名人水谷謙介」を是非書いて欲しい。



ちょっと一息、幕間(まくあい)です、浮世絵でも見て下さい
(クリックすると大きくなります)

「芝居町 新吉原 風俗絵鑑 (幕間)」




今までによく聞いた掛け声を思い出すまま表にしてみよう。
思い出したら追加していきます。

屋号はきりがないのでさわりだけ

成田屋 音羽屋 成駒屋 高麗屋
沢潟屋 天王寺屋 助高屋 紀伊国屋
中村屋 橘屋 河内屋 萬屋
二代目 三代目 四代目 五代目
六代目 七代目 八代目 九代目
十代目 十一代目 十二代目 十三代目
十五代目 十七代目 いい役者 日本の宝
いい女 いい型 その型 ご両人
神谷町 白金 紀尾井町 一丁目
あっ忘れ物 もう大丈夫 先が楽しみ 大判小判二千両
二ツ星 ご総家 統領 矢車
目千両 たっぷりと 待ってました お待ちかね
おやじそっくり 先代そっくり できました 色悪
大当たり 岡本町 大中村 大成駒
当代一 名調子 錦絵 豆音羽、豆高麗
大孔雀 極めつけ 八文(もん)字 でっけえ

この他にあなたが聞いて感心した掛け声をお知らせ下さい。
(最近の歌舞伎座では新しいフレーズが増えたかな?)

この中に私が発明した?初めて使ったフレーズが5つあります。名人もびっくりしたことでしょう。
私の友人も3つ創作し真似てる人も出ているとか、彼はまだ現役。いまではもっと増えてるだろう。
あの頃は2人で歌舞伎座を荒らしてました。会の人たち失礼しました。
あの時、うろちょろしていた素人は友人と私でした。

掛け声は役者に対する「ほめ言葉」であるからとにかく誉めればいいのである。
一覧表からもわかるように半の目の字数、五文字か七文字からなるしゃれた言葉を芝居の
筋や時代背景、状況などを考えてとっさに思い付いた言葉を掛けるのである。
経験から五文字の言葉が一番決まるし、聞いても語感が心地好い。
字足らずや字余りは五文字の語感に近づけるようにつめたり、伸ばしたりの工夫する。
六代目(ろくだいめ)
高麗屋(こうらいや)
など名人がやると素晴らしい心地良さを感じた。

四代目(よだいめ)よんだいめではない
七代目(しちだいめ)ななだいめではない
九代目(くだいめ)きゅうだいめではない
大は(おお)で、だいとはいわない
大中村(おおなかむら) 中村勘三郎に対して掛ける場合といったぐあい。
日本一と掛けるより当代一を選択するセンス。これが全て!

上級者になると、なるべく他の人がやらない場面をみつけて一人で掛ける瞬間を待つ。
水谷名人はこれがまた実にうまかった。これには芝居の筋、せりふ、役者の所作、下座の音
などもろもろのことが分かってないと出来ない。
しかし、この域に達するまでには並大抵のことでは無理である。
仕事でなくて毎日歌舞伎座に行ける人が何人いるかっていうこと、いくら木戸御免としても
そこからして違う。
私も一時はサラリーマンなのに毎週、昼夜公演見っぱなしをしたが、ほとんど名人は来ていた
ということは毎日来ていたのであろう。
それを、何十年やればこそ、あの名人芸が出来たのだろう。

あっ、そうそう、そのころ外人でなんとかカバリエさん?という人で掛け声をかけている人がいた。
これがまた結構うまいんだ。その後お国へ帰ったと聞いている。なつかしい!

当時昭和56年11月の新聞が見つかったので記事を追記。(我ながらよく捨てなかったなー偉い!)。
”鋭い目つきで舞台をにらみつけながらタイミングよく「ヤマザキヤ!」「キョウヤ!」。
後方からひときわ美声の「ナーリコマヤ!」。声のしたほうを見ると、アーラふしぎ、
外人さんばっかり。そばで観察していると、双眼鏡を首からぶらさげた長身の外人が
立ち上がって「ヤマザキヤー!」
劇場から木戸御免を許されている本職の大向こうさんも「あの人、よく来るんだよ。
この芝居(逆櫓)で間もなく吉右衛門が花道から出てくるでしょう。
私が「ハリマヤ(播磨屋)」とかけると、あちらは「二代目」と切り返すんだ。
見ててごらんなさい」。やがて吉右衛門の松右衛門が揚げ幕から花道へ。
本職さんが「ハリマヤ!」と掛けると、外人さんが間髪をいれず「二代目!」ときた。
見事にキマッている。外人さんはロナルド・カバイエさん(30)というイギリス人の
ピアニストで武蔵野音楽大学でピアノを教えている。
「三年前、国立劇場で初めてカブキを見たとき、掛け声にびっくりしました。
でも、続けて見るうちに私、わかりました。見得が決まったときとか、
クライマックスとかに欠かせない音なんです。掛け声のない芝居なんてつまらない」
役者の屋号や住んでいる町名、何代目かまで猛勉強。最初は本職の声のあとから掛けていたが
音楽的な勘を生かしていまは独立独歩。プロの大向こうの団体である声友会の森 正次会長(80)
は「ツボを心得てるんだねえ。うまい!たいしたもんだ」。
カバイエさんにも失敗がある。「その日、たまたま代役が立ったのを知らないでプログラムに書いて
ある通りの屋号を大声で掛けてしまいました」間違えられた役者はさぞバツが悪かっただろう。”

というぐあい、どうです?いいでしょう...

ちょっと自慢しちゃおうかな...昭和58年4月29日放送の「助六曲輪初花桜」孝夫が助六、
玉三郎が揚巻のなかで助六が意休に足に煙管をはさんで差し出す場面で「その型!」って
掛けてるの私...
三階席の一番後ろ「わ」の15番(私の指定席)からなのですこしボリューム上げないと聞こえ
ないけどお客さんが受けて、どっとまではいかないけど笑い声が湧き起こっている。
もし録画している人がいたらお試しあれ。もう14年も経っちゃってるんだなー、私34のときでした。

日本人なら後悔しないように死ぬまでに1回は歌舞伎を観ておいたほうがいいよ!
できたら3階席から勇気を出して役者に声を掛けてみましょう。
私は見出して3回目で勇気を出して掛けました。恥ずかしかった。

ったやー!(音羽屋)

1997.12.10.
出てきたんですよ、どっかにあるとは覚えていたんだが昭和56年11月27日の夕刊フジ
捨てないでよかった!こんなことに役立つなんて、なんでもとっておかなくちゃいけない!
こんなに茶色くなっちゃって...


名人 水谷謙介氏
水谷謙介さん(58)
浅草橋のすし屋。大向こうNO.1の呼び声が高い。この道35年。
役者から「ぜひ声をかけてくれ」とひっぱりダコ。
父が魚屋で魚河岸へ行った帰りに東劇へ寄ったのが病みつきに。
高くはないがよく通る声でズバリと粋に切り込む一声は名人芸。
「どこでかけるかは経験を積んで覚えるしかないなあ」


「いやあ、間違えますよ。ちょっとほかのことを考えてると大声で
徹底的に屋号を間違えちゃう」

当然私、助六もよく間違えました!えばっちゃいけねえ..





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