第四回鬼平ゆかりの地巡りツアー



●地下鉄九段下駅4番出口から出て「蕃書調所」の柱の前にて集合〜●清水門外役宅跡〜●地下鉄南北線市ヶ谷駅構内・「江戸歴史散歩コーナー」〜●四谷組屋敷付近〜●実在の鬼平菩提寺「戒行寺」〜●四谷三丁目・消防博物館〜●ホテルJAL-CITY〜●赤坂見廻り


21世紀の日本を占うといわれた衆議院議員総選挙と最高奉行所奉行国民審査の行われた平成12年6月25日の日曜日。そぼ降る雨の中,12時30分に地下鉄九段下駅4番出口を出てすぐにある蕃書調所の前(というか雨のため昭和館入口)に集まった火盗改メ一行は,与力たきざわ,目黒の彦十さん,本所のご隠居さん,成田屋お夏さん,まゆさん,吉原の辰裕さんの計6名。今回の見廻りは小説上の役宅から実在の長谷川平蔵菩提寺を中心としたコース。目黒の彦十さんの手引きにて梅雨の散歩を楽しもうというワケでありました。

九段下の交差点からお堀に沿って九段会館の方へ少し歩くと清水門。実在した火盗改メの長谷川平蔵役宅は第3回ツアーのスタート地点となった菊川なのですが,やはり池波先生の鬼平ファンとしては,この清水門外の役宅こそが「役宅」なのですね。
役宅からは正面に清水門が見えるハズ。となればおのずと場所の特定が出来ようというものです。古地図には何の役宅かはわかりませんが,この付近に「御役宅」との文字も記されているようです。
と,ここで与力の携帯につなぎが。お忙しい中を深川の棟梁さんが合流した下さいました。

場所から察するに役宅のあったと思われる場所には,何やらかなり古びた鉄筋コンクリートとおぼしきアパートが数棟。とても人が住んでいるようには見えなかったのですが(失礼),よくよく見れば間違いなく住人の方がいらっしゃる模様。本所のご隠居さんのお話では,そもそも憲兵隊の官舎だったもので,今は大蔵省管轄になっているとか。
九段会館といい,昭和の歴史が色濃く残されているのを感じます。このあたりの建物は素直に建築物としての魅力を感じます。九段会館なんてずーっとこのまま保存したい建物の一つですね。

清水門外役宅を後にして,今度は小説では葦簀張りの屋台おでん屋さんとかが出ていたであろう九段下の交差点から靖国通りを新宿方面へ歩きます。
九段坂を登ると右側に靖国神社が現れます。靖国神社自体は明治になってから作られたもので,江戸時代には未だなかったことは言うまでもありません。ご存じのように太平洋戦争の数々の想いが宿る神社でありますが,今回も寄り道がてらに境内へ。静かで美しい神社です。
本殿の右手から裏に回ると土俵がこしらえてあって,どこかの学生相撲かなにかが催されておりました。で,更にぐるりと左手に廻るとなんとも美しい庭園が造られていました。ちょっとした池の端に茶室もあって,ちょうど小雨の中で幻想的な日本の美という感じ。更に進むと,とても東京の中心部とは思えないほど静かで鬱そうとした森に繋がります。ちょうど本殿の裏側にあたるのですね。晴れていればちょっと気の利いた散歩コースになるに違い有りません。

再び靖国通りを西に歩くと程なくJR市ヶ谷駅。右に橋を渡ってボート乗場の側から地下鉄市ヶ谷駅に潜っていきます。で,駅の中に「江戸歴史散歩コーナー」というのがあるんですね。改札係の方に「ちょっと歴史散歩コーナーを見たいので」と言うと,気持ちよく通して下さいました。
それにしてもこんなところに意外なものがあるものです。コンコースの隅なのですが,突如江戸城の石垣が組まれていて,各々の石に掘られたマーキングや石垣の積み上げなどに関するパネル展示がなされているワケです。これが結構しっかりしていて「駅の中だから」なんて馬鹿にしちゃあいけませんぜ。
展示エリアの床には大きく古地図が描かれていまして,今回の我々の見廻りを裏付ける記述がいっぱい。これだけ大きいとみんなで見ながら「御役宅」「御先手組」なんていう表記に喜びの声を上げてしまう変な集団と化してしまうのであります。

   

市ヶ谷駅を出て地上に戻ると更に靖国通りを右に防衛庁を見ながら歩きます。で,防衛庁をちょっと過ぎたあたりを左に切れ込むと,四谷。細い坂道をクニクニ歩きながら登っていきますと...恐らくこの辺りが小説に出てくる火盗改メ,というか御先手弓組の長谷川組組屋敷のあったあたりでしょうか。
今ではすっかり住宅地なわけですが,古びて下町を感じる建物から,非常にお金を持ってらっしゃるであろうお方のお屋敷まで。細くて車で入ってくるのは大変そうなのですが,だからといって坂がきつくて歩くのも大変そう。なのに何故かほっとする町並みなんですね。ここに住んでみたい,暮らしてみたい,とちょっと感じさせる,素敵な町だなぁというのが印象なのでした。

で,四谷の町並みをちょっと歩いて小腹も空いたところで...出ました,恒例の昼酒ポイント。
目黒の彦十さんが事前の下調べて見つけて下さったお店で「蕎麦季寄・瓢たん」。ちょっと道から奥まったビルの1階にあるのですが,店構えがまず,キレイ。上品な暖簾をくぐると間接照明の落ち着いた店内。人数も多いことで小部屋に通して頂いたのですが,本当に静かで綺麗な,ちょっと小洒落た雰囲気のお店です。
まあ気温も高くて湿気の多い日に歩けば当然ビール。ぐいっと飲み干した後は各々お気に入りの皿を頼んで一休み。あたし達日本酒党(というわけでもないですが)は冷やのお酒を,これまた涼しげで上品なガラス細工のおちょこで頂きました。
お通しはワカメと小海老をマヨネーズであっさりあえたモノ。そこに板わさ,小海老の天ちら,枝豆,焼き味噌,出汁巻き卵などを並べてもらい,まあこれが旨いのなんの。いずれもあっさりと舌触りのいいお味。器もそれぞれ凝っていますし,天ちらもコクのあるお塩で頂きます。正に満足。
最後は更科系のさっぱりしたお蕎麦でしめて,お店を後にしたのであります。あ,お蕎麦についてきた薬味のわさび。ちゃんとわさびを自分で卸して食べられるんですね。心遣いの効いた美味しいお店でした。

お腹も満たして,ほろ酔いの「イイ感じ」でお店を出ると,雨は上がっていたのですが...目黒の彦十さんの傘がナイ。なんとも許せない兇賊の仕業。「盗まれて難儀するものからは盗らない」という真のお盗めの三箇条を守らない畜生ばたらき。
江戸にはびこる悪への憎しみを胸に歩きはじめた我々が文化放送のかたわらを抜けて目指したのは実在の長谷川平蔵菩提寺である「妙典山戒行寺」。
その戒行寺は,四谷の寺社が点在する細い路地にありました。門を抜けると右手に石碑が建てられていますが,これこそが長谷川平蔵の供養碑。お寺の小冊子によると,平成6年7月に建立されたもので,見事なその隷書は星弘道住職の筆によるものだそうです。
今回この菩提寺を訪れたのは,タイミングとして実在の長谷川平蔵の命日が6月26日ということもあったのですが,この供養碑も平成7年が没後200回忌にあたることを記して建立されたものとのこと。立派な碑を一同感慨深く拝見させていただきました。
ところでこの戒行寺を訪れた際,ちょっとした嬉しい驚きがありまして,門をくぐるとどこからともなく聞こえてくる「インスピレイション」の調べ。実は毎年平蔵命日に近い月末の日曜日に,付近の旗本御子孫の方々が集まって供養を行っているそうで,見廻り当日がその日にあたっていたわけです。本堂には多くの方が集まり,その中でジプシーキングスではありませんが,プロのギタリストの方が見事なインスピレイションを演奏されていたというわけです。これが本当に見事な演奏で,しばし聞き耳をたてる一行でありました。鬼平の菩提寺で供養碑を見ながら聴く生のインスピレイション...ちょっと感無量ですね。

鬼平菩提寺を出ると,四谷の交差点に向かい,そこで四谷消防署に設けてある消防博物館を見学。閉館間際だったこともあってゆっくりと見ることは出来ませんでしたが,5階の江戸火消しコーナーでは,これまた見事な江戸の町の模型。縮尺にして1/40位になりましょうか,江戸の町で起こった火事の模様を見事な模型で再現しています。
これを見ると大通りから商家・蔵があって,奥に長屋の並ぶ江戸特有の町並みがよくわかります。加えてなんといってもそのドラマチックな作り。作られている人形一つ一つにそのストーリーが語られているほど芸が細かいのです。火災が発生して,逃げまどう市民,火消しによって取り壊される風下の家々。大切な蔵に目張りをする職人達...。それらの模型を見ながらビデオで当時の火事騒ぎが解説されていました。今度ゆっくり行ってみたいポイントですね。
さて,ちょっとまた疲れたところで,ホテルJAL-CITYで一休み。知らなかったのですが,ロビーに大きな江戸古地図が飾られているんですね。ここで美穂さんが合流。軽くビールを飲んでから,今度は初めてお目にかかるおちょうさんと合流するために一同赤坂へ移動。合流までTBSそばのスターバックスのオープンテラスでちょっとお茶。雨もすっかりあがって,夕方の風が一日歩いた(飲んでる時間が約半分...)体に心地よいのですね。その後はおちょうさんも駆けつけて下さり,再び赤坂のイタリア風居酒屋で楽しく反省会をして,各々家路に就いたのでありました。
鬼平ゆかりの地巡りツアーを最初に行ってから約1年。これからもまだまだネタは豊富にあります(無くなったら作ります・笑)。次の機会までしっかりと普段の見廻りを怠らぬよう,日々のお役目に戻ることとしましょう。