第23回鬼平ゆかりの地巡りツアー 【「谷中いろは茶屋」見廻り】


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江戸 【観音寺・築地塀】

築地塀2
この風情を何と例えましょうか

築地塀1
三崎坂の途中,またまた細くて静かな細道に入ります。正面の突き当たりには古びた赤門がありまして,その横に繋がる見事な塀・・・これが観音寺の築地塀です。
瓦と土を交互に積み重ねて作られているもので,こんなにキレイに現存しているのは全国でも珍しいのではないでしょうか。この景色は区のまちかど景観コンクールでの「まちかど賞」を受賞しているのだとか。すごい賞なのかなぁ,よくわかりませんが(笑)たしかにステキな景観であることは疑う余地ございません。
当時はこんな風景が当たり前のようにあったものでしょうか,考えてみるとユニークな構造だと思います。一番端を見ると断面が見られますので,その構造がよくわかります。伏見屋おゆきさん談「ミルフィーユみたい」・・・言い得てます(笑)
古地図を見ますと観音寺もちゃんとありまして,三崎坂から切れこんだ道もありますが,若干位置関係にはズレが生じているようです。ってもっともこの古地図がどの程度正確かといえば当時歩いてだいたいの位置を書き込んだであろうことを想像すれば許容範囲と考えていいと思います。

さて,今回の見廻りはちょいとイレギュラーにここで二手に分かれて盗賊を追うことになりました。「い組」は引き続き谷中散策へ,「ろ組」は朝倉彫塑館へと向かいます。与力は「い組」にご一緒させて頂くことにしました。 「ろ組」のレポート&写真は,ろ組頭・目黒の彦十さんのお手を煩わせてしまいました,彦十さん,有り難うございました。



江戸 【朝倉彫塑館】

朝倉彫塑館1
Photo by 目黒の彦十さん
「ろ組」は朝倉彫塑館へ行くコースです。この部分は目黒の彦十が書いております。
「ろ組」は6名ほどいたはずなのに,鶴間のもくさん,大川端の仁さん,私の3名になってしまいました。築地塀から左へ曲がって少し歩くと,朝倉彫塑館です。彫刻家・朝倉文夫のアトリエと住居が保存されています。(写真左)
アトリエは鉄筋コンクリート造りで,入り口を入ると「大隈重信像」「九世団十郎像」などさまざまな彫刻が展示されています。床は電動で上下するようになっているそうです。
洋式のアトリエとつながっている住居は純和風建築です。朝倉文夫自身の設計で昭和3年から7年の歳月をかけて新築されました。3階建ての和風建築は当時としては珍しかったと思います。見事な池を取り囲むようにして住居があります。(写真下左)


池にはどこから持ってきたのだろうと思うほどの巨石が配されています。水はとても澄んでいます。自然の湧水だそうです。彫刻よりも住居のほうに感心してしまいました。壁や天井も凝っています。 ふたたびアトリエに戻って,屋上にあがってみました。屋上にも木が植えられています。谷中,根津,千駄木が見えるとのことでしたが,谷中霊園以外はビルばかりでした。(写真下右)
朝倉彫塑館を出て,「夕焼けだんだん」の下の飴屋さんで飴を買ってから,与力殿の携帯につなぎを入れたら,日暮里駅前の居酒屋で早くも第1次兎忠を始めているとのことで,そちらに合流しました。

朝倉彫塑館1 Photo by 目黒の彦十さん
朝倉彫塑館1 Photo by 目黒の彦十さん



鬼平 【宗林寺・蛍坂】

さて,こちらはその「第1次兎忠」に向かう「い組」でございます(笑)
観音寺築地塀を「ろ組」とは逆に進みまして,突き当りを右へ。ますます細くなる通りを歩くと,急に左の景色がぱっと広がります。目の前に谷中コミュニティセンターの屋根を見下ろし,その先にはよみせ通りから根津方面が見渡せます。今ではごちゃごちゃとした無粋な高層建築物がありますが,当時はきっと日暮の里をきれいに見渡せたのではないでしょうか。
更に進むと小路は左に折れまして,その角に「蛍坂」の道標がありました。小さな坂ですが,周囲に建物がなければずーっとよみせ通り・藍染川に繋がるきれいな坂だったであろうと思います。その蛍坂を下りまして,岡倉天心記念公園で一休み。
蛍坂に向かう
細道を歩きます

蛍坂
この公園の場所はかの岡倉天心が横山大観らとに設立した日本美術院の跡地になるのだそうです。
先ほど「へび道」のところでも書きましたが,うさぎさん情報では「宗林寺の池あたりを螢沢と呼び,藍染川(現在のへび道とよみせ通り)を蛍川と呼ぶ」とのことですが,岡倉天心記念公園のちょっと先が宗林寺にあたります。
という格好ですので,ちょうどこのあたりが蛍沢・蛍川として,江戸の人々の目を楽しませていたのでしょう。逆に言えば町屋も少ない寂しい場所だった・・・と言えるかもしれませんね。

ご参考までに,鬼平では「おしま金三郎」で,同心・小柳安五郎が高山の治兵衛に襲撃されたのが
「宗林寺という寺の,西側の畑道」(引用)とされています。ちょうど岡倉天心記念公園の反対側あたりになりましょうか。

宗林寺の南側の道を進みますと,こちゃこちゃとした谷中の町屋を抜け,突然開けたようなよみせ通り商店街の中に出ます。なにやらイベントでもやっているのでしょうか,揃いの半被をきた商店街の方や,お客さんたちも楽しそう。耳を澄ませばチンドン屋さんと思われる音も・・・。実はちょいと追いかけてみたのですが,音は遠くに去っていってしまったのでした。



江戸 【谷中銀座】

谷中銀座
よみせ通りの途中を右に折れますと,谷中銀座商店街でございます。
どのお店も共通の木の板を使った看板が付けられているのですが,それがまた「統一感があるようで,あまり無い」風景を作り出しておりまして「この中途半端なまちづくりこそが真髄」と言わんばかりです。
・・・って決して否定しているんじゃなくて,大手デベロッパーによるプロジェクトでは絶対に出せない「素晴らしく良い意味での中途半端さ」が,あたしは大好きなのでございますよ。
まぁとにかく美味しそうなコロッケだの,美味しそうなコロッケだの,美味しそうなコロッケだの・・・(笑)うーん,買い食いしなかったのがものすごく悔やまれるお肉屋さんや,洋服屋さん,八百屋さんに本屋さん。一番奥には後藤の飴屋さん。



江戸 【夕やけだんだん】

商店街を抜けますと,谷中銀座から日暮里駅にかけての坂道が幅の広い石段になっていまして,ここらを最近では「夕やけだんだん」と呼ぶのだそうです。
荒川区のホームページを見てみますと
「日暮里駅西口から歩いて5分,谷中銀座商店街に至る見晴らしの良い階段の名称を一般から公募して『夕やけだんだん』と名づけられた。階段の意味にも使われる「だんだん」と夕日を浴びるところから,この階段にふさわしいと選ばれたもの。日暮里は江戸時代「ひぐらしの里」と言われ夕焼けのきれいなところとして有名であった。」と書かれてありました。ひょっとしてあたしが高校時代に流行った某女子高生番組をもじったものでしょうか(笑)

下から登る時は何の変哲も無い階段坂という印象ですが,上りきって振り返ると何とも魅力的な景色が目に飛び込んできます。ちょうど千駄木方面を見下ろす感じになるのですが,高層ビルなんかもこうしてみると一つの風情に見えなくもなかったりします。夕やけ時にはシルエットになって結構キレイな景色になるんじゃないでしょうか。

夕やけだんだんを登りますと,右手にはちょいと派手目のお店も並んでいたりするのですが,道の先はもうすぐ日暮里駅。しばし歩けば道幅もぐんと広くなり,左手にお蕎麦の「川むら」さんや,甘味の「あづま家」さんに「花家」さん。なんだか妙にお腹も空いて来たような感じがしなくもなく・・・。それにしても「あづま家」さんと「花家」さんって,どうして隣同士で同じ業種を選んだんでしょうね(笑)
そんなこんなで誘惑を振り切って歩きますと,すぐ左手に大きなお寺の門が現れます。
夕やけだんだん2
夕やけにはちと早すぎました

夕やけだんだん1 谷中銀座側から見た夕やけだんだん
猫

夕やけだんだんの上にはなにやら猫がたむろする一角が・・・。
何故か谷中には猫が似合うような感じがしませんか?そういえば観音寺の近くでも大名時計博物館の近くでも猫に遭いましたっけ。



江戸 【本行寺】

さて,この立派な門構えのお寺は「本行寺」。別名を「月見寺」というようで,なにしろこのあたり「蛍坂」とか「夕やけだんだん」とか,景色の良さそうな名前ばかりが続きます。お寺の先はもう日暮里駅の目の前。高い崖の下にはJRだの京成だのの電車がひっきりなしに行き来しています。
で,鬼平とは関係無いのですが,せっかくなので本行寺についてちょこっとだけ。
再び荒川区のホームページによると
「本行寺は,観月の地として有名だったので,月見寺とも呼ばれている。太田道灌の孫の太田大和守資高の開基である。資高の父,資康は相模三浦で討死しており,その13回忌に菩提を弔うため初め平河口に創建され,神田,谷中を経て宝永6年(1709年)現在の地に移っている。敷地内には史跡が多くあり,太田道灌が斥候台を築いた道灌物見塚跡(道灌丘碑)や小林一茶の句碑,種田山頭火の句碑がある。」とのこと。
山門を入ってきれいな境内を歩きますと,やわらかな丸みも美しい一茶の句碑を見つけました。
本行寺
上野戦争の弾痕も残っているのだとか



兎忠 【ちょこっと兎忠】

いづみやさん
お,よさそうなお店が・・・
さぁて,本行寺の前で休憩タイム。2時間半歩きましたからね,皆さんどこかで休憩することに致しましょう。大人数ではアレですので今回は仮自由時間ということで,めいめい谷中のお店にて休んで頂くことになりました。
与力は金杉の兄さんたちとともに日暮里駅を越えまして,駅前のロータリーに見つけた「いづみや」さんというお店へ。ん?「ホッピ−」だって?ふふふ,のれんが俺を呼んでるぜ。
というわけで,真っ昼間から何事もなかったかのように続々と入っていく密偵御一行様。小さなお店なのですが,細いカウンターがコの字型に配置された,正統派下町の飲み屋さんでございます。
午後2時30分,生ビールとホッピ−が並んだカウンターに陣取った密偵一行,早速乾いた喉を潤します。もぅ真昼間だというのにジョッキの空きが早いのなんの(笑)
ええっと,つくね串,ナンコツ,さつまあげ,イカゲソ・・・あと何でしたっけ,もう忘れちゃいました。両隣のホッピ−の人から「中ちょうだ〜い」という声が発せられていたことは確かです。あたしの脳裏には「目黒ホッピ−事件」の悪夢が・・・。

きんきんに冷えたホッピ−で喉を潤しまして「あ〜,いい塩梅だのぉ」という頃合に「ろ組」組頭の目黒の彦十さんからつなぎ。というわけで「ろ組」の皆さんも合流下さり,更には飯撮りの伊佐寅さんがお忙しい中を合流下さいました。更に更にお近くにお住まいだという千駄木の副長どのもいらして下さいまして,昼酒で歓談。
「もうどーでもいいや,見廻りは中止しちゃえ〜」なんて言いながら(笑)飲んで食べてそんなこんなであっという間に1時間半が経過。
おっとそろそろ行かなくちゃ集合に間に合いません。ほろ酔いでお店を出たら日暮里駅を通過して本行寺へ。 他の皆さんはどこで休憩されてたんでしょう。やっぱり甘味かなぁ,それも魅力的ではございます。
でもって,軽〜く「いい感じ」になった一行(笑)は再び本行寺門前にて集合。次の目的地は谷中霊園,いろは茶屋でございます。ちなみに嘗役のうさぎさんは我々がホッピ−でワイワイ言っているスキに既に谷中霊園からいろは茶屋方面までを嘗めて下さっていたとのこと,本当に感謝に耐えません,有り難うございました。
いづみやさん2
お昼の2時半・・・
Photo by 飯撮りの伊佐寅さん


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