|
|
|
|
|
|
![]() |
|
【第3回】「寒月六間堀」をトレースしよう! 実はテレビ版「鬼平犯科帳」の中で,あたしが最も好きな作品の一つなのが「寒月六間堀」。仇討ち細かい部分で原作との相違はあるのですが,いずれにせよ中村又五郎丈演じる市口瀬兵衛が心を打ちます。 もちろん原作も大好き。今回はその「寒月六間堀」を原作からトレースしてみたいと思います。 |
|
全体図。狭いです(笑)なにしろ一日だけの物語で,平蔵自身もお熊婆さんの「笹や」からせいぜい両国広小路・薬研堀あたりまでしか動いておりません。しかも前日は「一升」もの酒を喰らって五鉄に泊まり,当日も朝から三次郎の出してくれた「冷酒」を煽っての一日です。ある意味では興味本位で関わった市口瀬兵衛の仇討ち事件。あまり遠出をするのもおっくうだったのでしょうか(笑) とりあえず「寒月六間堀」に登場するエリアは左図のようになります。※この図はかなりアバウトですので、詳細は下図をご参照下さいませ。
うーむ,今回は「歩くのしんどそう」という距離は登場しませんね。ところで,タイトルにもなっている「六間堀」ですが,現在は埋め立てられてしまい,存在しません。「五間堀」も同様ですが,こちらはその一部が「五間堀公園」としてその位置を確認することが出来ます。ただし,当時の堀に沿った道は,なんとなくその位置を維持しつつ開発されたような気配がありますので,当時の位置を想像することは可能。図中ざっと赤茶色に塗ったあたりが六間堀ではないかと思われます。 |
|
上図のように,六間堀は竪川と小名木川をつなぐ堀割で「逆く」の字型に南北に走っていました。その途中,中間地点あたりから東方面に「へ」の字型に延びていたのが五間堀。名前の由来は,それぞれの堀の幅にあったということです。1間=約1.8メートルとしますと,六間堀が約11メートル,五間堀が約9メートルということになりますね。 六間堀も五間堀も埋め立てられている以上,当然ながらそれらの堀に架かっていた幾多の橋も無くなっちゃってます。この物語では「弥勒寺橋」や「猿子橋」などが登場しますが,これらも現在は全くもって普通の道路になっているようです。それぞれの橋に関しては以下の項目をご覧下さい。 |
|
| じゃ,ちょっと細かい場所を見てみましょうか |
|
【五鉄】 全体図(1)
鬼平では定番スポットである軍鶏鍋の「五鉄」ですが,これがあったのが竪川にかかる二ツ目橋の北詰。二ツ目橋は現在の「二之橋」に相当すると考えてよいでしょう。詳しくは「本所・桜屋敷をトレースしよう!」もご参照あれ。 事件の前日,平蔵は「五鉄」にて,彦十ほか密偵達と久々に酒を酌み交わします。その時に飲んだ量,実に「一升」でございます。さすがに役宅まで帰るのが面倒になった平蔵は「五鉄」に泊まるのですが,気の毒なのは相模の彦十でして,平蔵が五鉄に泊まる旨の連絡を頼まれます。連絡ってったって,電話があるワケも無く・・・行かなきゃならないんですよねぇ,酔った老体に鞭打って清水門外まで。まったく人使いが荒ぇなぁ,銕っつあんよぉ 。 物語の最後に酒井同心が平蔵の命によって役宅から「笹や」へ使いに出ますが,これがほぼ同等の距離。実はこの物語で片道距離が一番長そうな移動が,この二つ(笑) 【弥勒寺・門前の「笹や」】 全体図(2) ここも鬼平では定番ですね。「笹や」は弥勒寺門前の茶屋で,お熊婆さんの経営。「入江町の鬼銕」「鬼の平蔵」も頭のあがらない婆さんであることは皆さんご承知の通り。この日も「五鉄」で朝粥を食べて散策に出掛けた平蔵に「ちょいと,銕つぁんじゃあねえか。素通りする気かえ」と声を掛けます。 弥勒寺は現在でも当時とほぼ同じ位置にありますが,極めてこぢんまりとしたお寺さんになっちゃってます。古地図を見ますと,五間堀と二ツ目通り(清澄通り)が交差するあたりから現在地までの一帯,かなり広いお寺になっています。門前にあって,二ツ目通りを通る平蔵に声を掛けたということから想像すると,結構アバウトですけど(笑)現在の五間堀公園のある道と清澄通りが交差するあたりなんじゃないかと。後で書きますように「お熊の茶屋の南どなりは「植半」という大きな植木屋であった。その向こうに弥勒寺橋が見える」とされていますから北から南へ「笹や」→「植半」→「五間堀」の順に並んでいたのでしょう。 【植半】 全体図(2) 「笹や」の隣にある植木屋さんです。原作には「お熊の茶屋の南どなりは「植半」という大きな植木屋であった。その向こうに弥勒寺橋が見える。」「折りしも向こうから橋をわたって来た旅の武士が一人,橋のたもとできょろきょろとあたりを見まわしたかと見る間に,何やら切羽つまった様子で,いきなり植半の垣根の内へ駆け込んだ」「平蔵は茶店の土間をぬけ,植半の庭へ入って行った。境の垣根はない。」と描写されています。 【小浜某という旗本屋敷】 全体図(2) さて,旅の老武士に興味惹かれた平蔵は,駕籠の一行を追うその老武士の姿を「平蔵は林町一丁目の角の小浜某という旗本屋敷の堀の蔭へかくれ」て窺います。この「小浜某」ですが,古地図を見ますと,林町一丁目の南側にたしかに「小濱盛之助」という屋敷があります。弥勒寺と林町一丁目に挟まれた一角が全部「小濱盛之助」の屋敷。さっき【植半】のところで「笹や」の南側を「笹や」→「植半」→「五間堀」と書きましたが,北側を見ると「笹や」→「小濱盛之助屋敷」→「林町一丁目」の順に並んでいるかたちになります。 なお,このあたりの具体的な位置関係は下に「仇討ちのとき」の図としてまとめてありますので,ご参照下さい。 【竹河岸・市口瀬兵衛倒れる】 全体図(2)〜(3) その老武士・市口瀬兵衛は「平蔵のたたずんでいる塀の前をすぎ,二ツ目橋のたもとを西へ折れて行」き,更に「本所・竪川沿いの道を西へ行くと,二ツ目橋のつぎが一ツ目橋で,その先には大川(隅田川)が横たわっている。一ツ目橋の手前の竪川沿いの道は,いわゆる(竹河岸)となっていて,竹置場が両岸にならんでいた。六間堀にかかる山城橋を老武士がわたりきったとき,駕籠一行は一ツ目橋をわたりはじめている」「竹河岸のあたりまで来かかったとき,老武士の足のもつれが急にひどくなった。と,見えた瞬間,ふわりと倒れ」てしまいます。このコースを読み解きますと,現在ならば清澄通りを真っ直ぐ北上し,二之橋の手前の交差点を左折。一之橋に向かう途中で倒れる,という感じになります。その時には既に駕籠一行は一之橋をわたり,京葉道路方面に向かっているところでした。 平蔵は倒れた市口瀬兵衛老人に声を掛け,近くにいた町人に彼を「五鉄」に運ぶよう要請。すぐに駕籠一行を追って行きました。倒れた場所の正確なところはわかりませんが,二ツ目橋北詰の「五鉄」までは間近でございます。 【山下藤四郎・薬研堀方面へ】 全体図(4) 駕籠に乗っているのは,市口瀬兵衛の息子の敵・山下藤四郎でした。その山下藤四郎を乗せた駕籠一行は「両国橋を西へわたり,広小路の南,米沢町一丁目と二丁目の間をぬけ薬研堀から村松町へ向かう通りの右側の武家屋敷へ」入って行きます。 「広小路」というのは,いわゆる「両国広小路」のことと思われます。現在の両国橋の西側,柳橋南側の一帯ですね。米沢町から薬研堀,村松町というのが,現在の東日本橋一丁目から二丁目のあたりになろうかと思います。古地図では米沢町一丁目と二丁目の境の道を南に行くと薬研堀の埋立地があり,その先にある村松町との間の区画が武家屋敷の集まる一帯になっています。村松町は,現在の東日本橋三丁目にあたりましょうか。清洲橋通り・明治座から浅草橋方面に500メートルくらい行ったあたりです。山下藤四郎が入ったのは武家屋敷ですから,その手前の区画になりまして,現在では日本橋中学校の北西界隈ではなかろうかと思います。武家屋敷は「二千石の大身旗本で西尾内記」の屋敷とされていますが,古地図で探してはみたものの,残念ながらあたしが目星をつけたあたりに「西尾」という屋敷は発見出来ませんでした・・・。 【山下藤四郎・飲み食い(「鳥万」〜「巴屋」)】 全体図(4)〜(5) 山下藤四郎が西尾屋敷に入ったところを見定めた平蔵ですが,ここで「逆でこ」登場。平蔵はたまたま通りかかった逆でこの仙次郎に見張りを頼みます。 山下藤四郎は西尾屋敷を出ると薬研堀の料亭「鳥万」で「本郷・弓町に屋敷を構える千五百石の旗本で土方勘解由の用人・久永善十郎」と会談します。「鳥万」には「逆」の息のかかった板前・弥吉がおり,彼が五鉄にいる平蔵にこのことを伝えます。これが午後三時頃。それから今度は,御蔵前片町の料亭「巴屋」へ席を移したとされています。古地図にも「御蔵前片町」というのがあります。いわゆる浅草御蔵の堀(というか,埠頭みたいな感じ)が並ぶ一角の西側。今は無くなってますが,堀割りに鳥越橋という橋が架かっており,そのすぐ北側の一角のようです。現在は蔵前署の南側あたりになるかな。 ちなみに本郷・弓町ですが,これは見つけにくかった。なんとか古地図で「弓丁」を発見したのですが「土方」姓の武家屋敷は周囲には見つけられず。参考までに弓丁の場所ですが,かの明暦の大火でも知られる本妙寺・その隣が長泉寺,その一角から南へ二区画ほど行ったあたりのようです。現代地図との比較ですと,本郷三丁目駅近く,本郷台中学校のあたりになりましょうか。いずれにせよ本郷からノコノコと「金貸し」と一席設けるために浅草橋界隈まで出てくるような武家ですから,たいしたこっちゃござんせんね(笑) |

|
【仇討ちのとき】 全体図(2)〜(3)〜(6)
山下藤四郎の動きを掴んだ平蔵は,市口瀬兵衛の身の上を知り,その願いを助ける決心をします。そしていざ,事を行うにあたって「五鉄」から「笹や」に移動。このときのお熊婆さんの動きがまた「いい!」のですが,そのあたりは原作をご覧になってみて下さい。 で,討ち入りへの心も決まった市口瀬兵衛と平蔵は,いよいよ「その時」に向けて「笹や」を出発します。 「笹や」を出た平蔵と市口瀬兵衛は「あの金貸しが深川へ帰るのなら,きっと両国橋から一ツ目の橋をわたるにちげえねえ」という「逆でこ」の情報によって,一ツ目橋を「対決の場」に決めます。「笹や」から二ツ目橋までが約200メートル,そこから一ツ目橋までが約500メートルといったところでしょうか。さほどの時間も要さずに一ツ目に到着出来ると思います。対決は相手が一ツ目橋を渡り切ったところを想定していたのでしょうか「平蔵と瀬兵衛が一ツ目橋の南詰へくると」と書かれているように,竪川を渡らず,橋の南側「橋のたもとの弁天の杜の陰へ身をひそめ」て待機します。 ところが「いざ」という瞬間「御船蔵に沿った道のむこうから,三人連れの侍がやって来るのを見た」平蔵は,こりゃいかんと瀬兵衛を制します。「御船蔵」は,上図のように,大川に面して竪川の南側にありますから,彼らは深川方面から一ツ目橋の方向に,待機場所から見ると左手から歩いてきたということになります。 平蔵は「おそらく駕籠は御籾蔵の横道へ出て,猿子橋をわたってくるにちがいない。」と判断し,猿子橋を対決の場に変更「大急ぎで猿子橋の西詰で待って」いるように指示します。 一ツ目橋から猿子橋に向かうには一ツ目通りを南下するのが一番だと思いますが,当然ながらそれでは山下藤四郎の駕籠と同じルートになってしまいますので,詳細な記述はありませんが,恐らく竹河岸の道を再び東に戻り,六間堀に沿って南下したのではないかと思います。 猿子橋の場所を示す良い目印となるのが「六間堀南端にかかる猿子橋の西たもとは,右が幕府の御籾蔵,左が深川元町であった」という部分です。古地図でも御籾蔵の南側の道を挟んで深川元町となっています。で,その南隣が「紀伊殿」なのですが,そこに「芭蕉庵ノ古跡庭中ニ有」と書かれています。これが現在の芭蕉稲荷だと想定すれば,芭蕉稲荷のある細道から少し北側の通りが,もとの猿子橋のあったあたりと想像することが出来ます。現在の常盤一丁目と二丁目の境あたりではないかと思われます。 上記の「仇討ちコース」をまとめますと,上図の赤いラインの感じになると思います。一方の山下藤四郎一行は上図の黒いラインのような感じで寒月の下を歩いてきたものと想像されます。えっと,言うまでも無いですが,上図にスポットしてある目標物は現代地図を基本にしてますのでお間違いなく。当時の弥勒寺はもっと広大な敷地でしたしね。 ・・・こうして,市口瀬兵衛は平蔵たちの助けを得て念願の息子の仇を討ち,京に待つ妻のもとに向かいます。正規の仇討ちではなく,なかなか敵を見つけられず続いた長く苦しい日々を終えて戻ってきた瀬兵衛を,奥方様は暖かく迎えてくれることでしょう。二人が後々まで息子の供養をしつつ仲睦まじい生活を送ったであろうことを願わずにはいられません・・・ 【山下藤四郎の屋敷】 全体図(7) ところで,山下藤四郎は「鳥万」の板前・弥吉の報告で「深川の西平野町に屋敷がある金貸しで,松井四郎兵衛といいまして」と書かれているように,一行は西平野町に向かって帰る途中であったと思われます。 西平野町も古地図で確認することが出来ます。古地図では,仙台堀の北岸に沿った南北に長い町で,二ツ目通りが仙台堀を渡る「海辺橋」から東側の一角となっています。現在の住所でいえば平野一丁目の界隈。清澄通りと仙台堀川の交差するところから東側の一角になりましょうか。すぐ近く,南に行けば一本饂飩の豊島屋があった海福寺,北に行けば霊巌寺などがあります。 そう考えますと,平蔵が想像した「おそらく駕籠は御籾蔵の横道へ出て,猿子橋をわたってくるにちがいない。」も怪しいもので,まっすぐ南下して万年橋を渡る可能性もあったと思うんですが・・・ひー,ごめんなさい。 |
| おまけ・映像の「寒月六間堀」 |
|
【フジテレビ・鬼平第7シリーズ】
フジテレビの当世中村吉右衛門版のスタッフ・キャスティングは以下の通りでした。長谷川平蔵他のレギュラーは省略。放送されたのは1997年6月4日です。 脚本:田坂啓 監督:三村晴彦 市口瀬兵衛:中村又五郎 山下藤四郎:潮哲也 おとせ:中村久美 ん?おとせ?実は市口瀬兵衛の仇討ち,原作では山下藤四郎の男色の餌食となる瀬兵衛の息子ですが,テレビ版では女の取り合いが原因だという設定。その女というのが「おとせ」なのでございました。 でも何と言っても中村又五郎丈の演技が無茶苦茶輝いております。 テレビ版では「笹や」は登場しませんで,全てが「五鉄」にて進行します。原作とは違うとはいえ,五鉄で瀬兵衛の白髪をなでつける「おとき」(江戸家まねき猫)の演技は正に名演でして,あたしはこのあたりから涙腺が弛みはじめるのでございまして・・・(笑) |
|
|