論文捏造


3/8のNHKハイビジョン番組「史上空前の論文捏造」を見た。世間一般では、お金や名誉がからむ詐欺行為は後を絶たないが、誰もが無縁の世界と思い込むであろう物理学研究の世界で、それが起こったというのであるから、1時間半にも及ぶ長時間レポート番組になるのも、むべなるかなである。研究テーマは超伝導現象の高温化であった。絶対零度に近い低温では金属の電気抵抗はゼロになる。常温近くでもゼロの物質があれば、その経済効果技術効果は抜群である。行き詰まっていた高温化に、有機物を使って成功したという報告が出た。エレクトロニクスでは世界的権威であるベル研究所の、高名の科学者バトログ博士が率いる研究陣の報告であった。
類似の事件を思い出してみる。我が国では旧石器発掘捏造事件が有名である。時期的にも今回の論文捏造事件と同じ2000-3年である。毎日新聞記者が石器を発掘予定地に埋め込む現場を抑えたので発覚した。少し古いが、今回事件と規模と言い性質と言い、酷似しているのが常温核融合の発見であった。1989年に米英の電気化学者から報告され、人類夢の大発明ともてはやされた。本当だったら目前に来ているエネルギー枯渇問題に素晴らしい光明を投げかける発明だからである。捏造であったかどうかは不明だが、世界の科学者の一斉の追試にもかかわらず再現不能のままに終わり、2年後にはアメリカの国立常温核融合研究所は閉鎖された。その経緯はJ.R.ホイジンガ:「常温核融合の真実」、化学同人、'95にくわしい。同書にはそれまでのエセ科学事件の数々も解説している。意外と多いことが分かる。
第1報からしてデータが捏造であったかどうかは疑わしい。事件発覚後、実験者シェーン博士の出身大学・ドイツのコンスタンツ大では在学時の論文の再審査をしたが、都合のよい方向に「鉛筆を舐めた」疑いはあっても、論文自体の結論を左右するほどではなかったと結論付けている。私も経験があるが、従来の常識を打ち破る結果を発表するときは、反撃の大きさを想像しては思い悩み、逡巡を繰り返すものである。教授が「お蔵入り」にしている「学生ども」「弟子ども」の学会誌未発表論文をいくつも抱えている研究室は多いはずだ。しかし、かってアメリカの大学に留学した先輩が、データ改竄発覚の現場をつぶさに見た話をしていたことを思い出す。だから私も、揃いすぎているデータを載せた論文を見ると、著者や実験室の信頼性につい思いが向いてしまう。
鬼平犯科帳第4シリーズ「盗賊婚礼」で、鄙びた割に料理の旨い料亭を見つけ悦に入っていた鬼平が、実は本格派盗賊の盗人宿であったことを知り、あの料理の念の入り方は何か盗みの道に通じるものがあると気付くべきだったと後悔する。科学のデータでも念が入りすぎていると用心が必要だとは、私も年の功を経てから判り始めた。はじめの何報かで、この実験室は科学界、産業界の熱い視線を浴びるようになった。シェーン博士は第何報か以降では、ラボの名声、周囲の評判と期待に負けて、意識的に詐欺師の道を突っ走ったのであろう。
世界各国で追試が始まった。ベル研のデータを再現できた実験室はなかった。彼らは次第に懐疑的になる。しかしベル研の権威を恐れてか、誰も正面切ってはそれを口に出さない。ベル研には企業秘密とも云うべき実験道具があるに違いないと、自分を納得させてしまう。追試一番のネックは試料作成であった。学術雑誌の中で最高の権威を誇るNatureのレフリーも論文審査の時にその明記を要望するが、記載されないままに出版された。これで学術上の太鼓判をもらった結果となった。もはやこうなればアンタッチャブルの実験になる。シェーン博士はベル研内部の実験室ではなく、出身大学のそれも大学郊外の1実験室で、ただ一人で試料づくりをしているということが分かる。次々と高温超伝導物質を生むこの装置を追試科学者は、あきらめの気持ちを込めてかどうか、マジックマシンと呼び、シェーン博士を神の手を持つ人と称した。「優れた研究室には、世界でそこにしかない実験装置がある。」とは私が尊敬した某博士の言葉であるが、まさにその通りであるように見えた。
捏造は内部告発をきっかけに判明した。あれだけ公明正大の学問世界でも暴ききることが出来ないままであった問題が、内部告発の留守電一つで急展開したのである。どの分野であっても内部告発の重要性は計り知れない。一旦調査委員会が設置されると、今まで静観していた学者から一斉に疑念材料が提出され、結論にそう暇は掛からなかった。見学したマジックマシンは一時代前のどこにでもある市販品だったようだ。2002年9月シェーン博士は解雇された。ベル研のこの研究に参加して2年、63本の論文を発表し、ノーベル物理学賞も近いと云う評判を取っていた。その階段である諸学術賞は次々に授与されていた。そしてかの有名なマックス・プランク固体物理研究所の共同所長に内定していたのであった。32才の若さであった。
研究総括者バトログ博士の責任は微妙である。彼は今、かってアインシュタインが教鞭を取った名門・スイス連邦工科大学の教授職にある。インタビューでは、彼は共同研究者の立場を強調する。一人前と認められた研究者の実験を、いちいちチェックしていては共同研究は成り立たないと。しかし論文には執筆者名の最後に載っているから、常識的にも彼は研究総括者である。対外講演でもいつも彼が前面に出ていたようだ。常識をはるかに越える内容に対して、実験に一度も立ち会わなかったというのは、私の通念からすれば全く異常である。各国の研究者がこぞって追試に励み、そのための研究投資は10億円を超えるという。シェーンが博士号まで剥奪されると云う制裁に逢っているのに、反省の弁は聞けなかった。専門がますます細分化し、ちょっと隣の研究でも判り辛いと言う傾向はどんどん強まって行く。それでも共著者が分担実験以外は知らないと云うのは通らない。あくまでそれを主張するのであれば、別論文にすればよかったのである。
いずれにせよ過去の古き良き時代にあったような研究認識は終わりを告げた。今は事業化、特許権化などと目先の利を追求せねば、研究費も研究員もついてこない時代である。答えはないが、科学研究社会も欲望の渦巻く現世の一断面として捉え、騙されない理性を研ぎ澄ます訓練をやり続ける必要があると言うことだ。詐称とか捏造とかで世間を欺く手合いは後を絶たない。何か人間の業を感じる。常々免疫に心を配っておらないと、タスマニア島の原住民のような大馬鹿を見る。彼らは、白人の持ち込んだ病気に対する抵抗力が付くまでに、全滅したという。

('05/03/15)