たそがれ清兵衛


久々の本格的時代劇映画である。近頃の時代劇は、いわば苔寺か竜安寺でフランス料理をいただくような演出を平然とやっている。セットはそれらしく作られているが、社会の時代考証など無視した作品が殆どである。NHK大河ドラマ「利家とまつ」はかなり良心的な作品だけれども、利家とまつが取り交わす会話、豪華絢爛の衣装、どこをとっても本当の時代劇とは私には思えない、昔という仮面を付けただけの現代劇である。井筒清忠先生が時代劇映画の思想のなかでおっしゃるように、その時代の匂いを嗅いだことのある人々のノスタルジー装置であるかも知れないが、歴史を忘れたくない気持ちを持つ人には「本格的」は待ち遠しかった。殺陣、時代認識の確かさ、地方色。「本格的」を要素で絞ればこの3っつだろう。
物語は原作者・藤沢周平お得意の海坂藩7万石城下町での出来事である。この藩は周平の創作であるが、彼の古里・山形県庄内平野の鶴岡をイメージしていることは有名で、彼の時代小説には頻繁に顔を出す。鶴岡では、彼の小説ゆかりの場所を18ヶ所記した案内地図を無料配布しているほどだ。
清兵衛・真田広之が見事な剣捌きを見せた。小太刀の名手で、かっては道場の師範代までやったことになっている。小太刀の殺陣は今まで見たことが無く新鮮だった。藩命で一刀流の達人を討ち果たすとき、効果音にガキッと鳴る金属音を使っている、それが真剣勝負の凄味を盛り上げる。読売11/16朝刊の「放送塔」に、NHK時代劇「はんなり菊太郎」にたいし「殺陣のぎこちなさが残念」という題の投書が出ていた。主演の内藤剛志の演技を褒めたあとで、殺陣だけは頂けないと書いてあった。私に言わせれば「はんなり菊太郎」などましな方で、その前の金曜時代劇に出た仲代達也、西田敏行の殺陣はひどかった。ことに仲代は、これが黒沢映画「椿三十郎」に出たのと同じ俳優かと疑いたくなるほど不出来であった。どこかで、怪我と弁当は自分持ちであった時代の斬られ役は、主演役者よりギャラが高かったと聞いたことがある。訓練を積んだ脇役も多いのだ。演技負けしないで貰いたい。
清兵衛が訪ねてきたと知って、幼なじみの出戻り・朋江が追いかけようとして、義理の姉に厳しく咎められる。朋江が清兵衛の幼い姉妹を村祭りにつれて行く。武家の女としては異例の行動とナレーションが入る。全てに細かく規定した規範・規律・了解事項があって、何事にも自由が許されぬ息苦しい社会がよく描かれている。だからラストシーンの朋江の決断が輝き、間近に迫っている幕末期の変革を予断させる。朋江は数日前に再婚先が決まったのにもかかわらず、決闘前の清兵衛の告白を受け入れ、手傷を負って帰ってくる清兵衛を彼の自宅で待ち受けるのである。朋江の宮沢りえは美しかった。この人は美しいだけの花かと思っていたが、なかなか薫りも清々しい演技を見せる。監督の演出の賜か。初めての時代劇だというのに、山田洋次監督はリアルにシリアスな超一流の演出ぶりである。時代劇が撮れる監督が少なくなった今日、非常に嬉しい発見だ。
清兵衛は貧しい。50石取りが20石を藩に借り上げられ、残りの30石でボケが始まった老母、まだ幼い娘2人との4人の暮らしを立てねばならぬ。引けどきの職場の付き合いは断り続け、「たそがれ」などとあだ名されている。娘共々虫篭作りの内職に励んでいる。家の敷地は結構広くて畑仕事にも精を出している。妻は労咳で世を去った。その薬餌料に借金を重ね、葬儀費に刀を売り払い、今は竹光をさす有様である。上の娘に学問の効用を、1人で考えられる心を養うためと話して聞かせる。この娘は寺小屋で論語を学ぶよりも、暮らしの足しになるお針を習ってはと暗示をかけているのである。
清兵衛の再婚話が二度出てくる。まず本家の叔父が持ってくる。内職の労働力にもと言う言葉が出る。当時の一族の本家の意味がよく分かるシーンであった。二度目は友が妹の朋江が好意を持っていると進めてくる。彼は妻が150石の上士の娘で上の生活が分かっていたからであろう、最後まで貧乏に苦しんだのを痛ましく思っている。それを理由に一度は断る。彼女も上士階級なのだ。夕食のお粥の薄いこと。でも飢えて水死体となって川を流れるものもある農民層よりは遙かにましである。衣服は継ぎ接ぎだらけ。時折訪れてくる朋江やその召使いの衣服に比べれば、階層の違いは歴然としている。そんなに貧しいのに、仲間を1人召し抱えている。城勤めのお供が必要なのだ。平侍の生活環境を克明に見せてくれる時代劇である。
何年か前に佐藤雅美原作の「物書同心居眠り紋蔵」というNHK捕物帖時代劇があった。風吹ジュンが内儀役で、子たくさん(5人)の家庭がよく描かれていた。その紋蔵の俸禄が33俵2人扶持である。換算してみると、知行44石に相当する。紋蔵家は他に役得と敷地内の借家貸し金が入る。だから実質30石の清兵衛は、口数が少なく地方暮らしで内職をやっているとは言え、紋蔵よりは暮らしがきついであろう。そう思って清兵衛基準に思い出すと、あの頃のNHKは時代考証がしっかりしていたと言えそうだ。
のっけから庄内弁で語られる。庄内弁がズーズー弁でなくてよかった。ともかく聞き取れるから。何処に行っても標準語になった今日人には、方言はなんとも懐かしいものである。藩が準独立国家で、各地に独自の文化があった地方分権の見本のような時代であった。それを庄内弁が代表する。江戸弁を話すのはお殿様と江戸藩邸詰侍だけで、領地では藩庁内も庄内弁である。素朴な生活と心の真情に触れる木訥な話に庄内弁がマッチして胸に響く。
城下町々中の繁華街のシーンがないのは残念であった。雨あがるでも阿弥陀堂だよりでもそう思ったが、基調を作る牧歌的風景の中に、1シーンでも賑わいを見せるカットがあると視覚的満足感が違ったのにと思う。確かにそれに適したロケ地は鶴岡にはもう残っていないだろうが、何とか工夫できなかったものかと惜しまれる。

('02/11/19)