西東三鬼「冬の桃」


私が生まれた頃、俳壇には新興俳句運動の嵐が吹いていた。西東三鬼は自由律俳句、無季俳句、戦争俳句と言われる俳句で、以来戦後までその一翼を担った重鎮である。「冬の桃」は句誌、同人誌への投稿文を纏めて一冊とした本で、彼の自伝である。西東はサイトウと読み、本姓斉藤をもじったもの、三鬼は俳名を聞かれてとっさに付けたというが、あとで同名の神社があることがわかり恐懼している。だがそうだから改名したわけでもなく、神仏が顔を出すのはこの時だけなので、恐懼は形だけのものである。30を幾つも過ぎてから俳句の虜になり、家庭も職業(歯科医だった)も投げ捨てて没頭し、そのあげく京大俳句事件で特高のお世話になると言う波瀾万丈の人生を送る、良くも悪くも当時の日本快男児の典型の一人であった。
妻子がありながら偽装結婚2回、チャブ屋出身つまり私娼上がりの女と同棲4年他にも同じ人かどうか判らない恋愛中と出てくる女性がいる。最後はその偽装結婚の相手に看取って貰うのだから、何ともふしだらな話である。それでも別居の妻子の養育に最低限の稼ぎをやっている様も描写されていて、律儀というかますます難解な人物だ。男同士の付き合いは君のものは僕のもの、僕のものは君のもので、現代なら夫婦間とか幼子と両親の関係にしか見られないような親密さである。それでいて1日を費やして俳論を闘わせて飽きない仲である。こんな交際交友の世界は私の世代では辛うじて理解できるが、もう1世代あとの人々は判らないであろう。京大俳句事件で検挙された俳人の中に全責任を被って他を救おうとした人を紹介している。今の社会では考えられぬ友情である。
戦中東京に絶望して単身神戸に出、ホテル住まいをする。ホテルのオーナーは元女郎屋の主人。ホテルに乗り換えたのは上々だったが、インポテのために奥方の要求に応えられず、白昼堂々ホテル内で行われる奥方の淫行にただただ苛立つのみ。人のよい老支配人、膝が抜けると鋏で切って半ズボンにしたトルコ人、素人娘の客引きで食っている白系ロシヤ人、ドイツ潜水艦の水兵とバーの姉御の関係。ドイツ潜水艦は海を封鎖されて動けず、結局戦後水兵達はアメリカ軍の手で送還されるが、彼らは食料を持っていたために飢餓に近い日本女性を存分に手に入れることが出来たそうである。結局ホテルは焼夷弾で炎上、敗戦となって、アメリカ軍進駐後は三鬼は占領軍相手の土建修理工事を請け負って暮らす。占領軍が急遽改良した建物が売春宿で、1室に5台のベッドがあり、アメリカの大男と日本の女が並んで狂演している横で修理をやる話がある。俳句遍歴と開眼以外では、まあこんな話が淡々と諧謔混じりに書き連ねてある。戦中は句作は殆どせずに国際都市の住民を眺め回していた。見過ごせないのは弾圧にあった人々の後遺症であろう。
彼の1世代昔に種田山頭火がいる。彼もすでに自由律俳句で、季題などお構いなしである。しかし三鬼は一切触れていない。今でこそ山頭火は有名だが、主に中国四国九州だった彼は、中央には影響力のない地方作家として、松山で生涯を閉じたのであろう。彼の作品は自由律なりにリズムがあり内容も無理なく頭にはいるのが多い。彼が残るのは確実だ。でも三鬼はどうかなと思う。「冬の桃」はとっても面白いが。
「冬の桃」を図書館から借りる気になったのは、同名のNHK TVドラマを思い出したからである。その原作である。TVでは早川暁脚本、深町幸男演出、小林桂樹、三田佳子、大竹しのぶ主演の豪勢なドラマであった。大竹しのぶは神戸大空襲の時、逃げ遅れた幼い弟妹を脇に抱えた姿で、防火用水池のそばに焼死体となって発見される元従軍看護婦の役だった。何か滑稽だが一生懸命生きているという姿を活写した、原作の雰囲気をよく伝えたドラマだった。脚本では原作の話がかなりすり替えられあるいは合体されていたが。

(2000/06/06)