老老介護


腰が殆ど直角に曲がった白髪の老婆が、危ない足取りで病院の廊下を杖をつきながら歩いている。母親を見舞いに行く途中である。老婆が80歳、母が100歳あまりである。老婆も入院の身で、手の震えが停まらない。息子が誘うが、母を看取るまではその病院にいるつもりである。母には苦労を掛けたからとつぶやく。老婆は道路人足などやりながらそれまで母を支え息子を育ててきた。入院までは介護に介護を重ねたのであろう。10/15のNHKスペシャルが見せたこの高知県の例は、彼女が学んだであろう昔の教科書を地で行くような麗しい家族関係である。だが、この老婆が自由を取り戻したとき余生に安楽を見出せるか、見出せても極めて限られた種類でしかないであろう。ただこれは現代人である私の価値観で言う言葉で、哲学の異なる彼女に通用する話ではないであろう。
次の例は脳梗塞リハビリ3年の男性であった。林業家で、家からは夫婦で植林した山が青々と見える。共に80歳代である。病院から試し帰宅する。迎える奥さんの肩を借りて石段を登るが、奥さん自身が危なくて、杖を滑らせたらどうなることかと、見ていてハラハラさせられた。家は老人生活型に改造されていたが、奥さんは10歳若ければ介護出来ようがと自信なさそうであった。結局再び病院滞在生活になった。死ぬときは我が家の畳の上で死にたいとはよく聞くし、在宅介護がベターのようなムードが作られ、それに添った行政が主導されているように思うが、介護する方の現実は厳しいのである。
「どこまで続くヌカルミぞ−老老介護奮戦記」俵孝太郎著を読む。映像では写せぬ心の問題を鋭く追求する好書である。著者は70歳前、両親は90-100歳。家族には歴史がある。それをもろに背負いながら介護で起こる肉親の相克を具体的に、時には読み続けるのが嫌になるほど、苦渋に満ちた筆致で描きながら発言する。政治屋の観念論でないから迫力満点である。介護される人、介護責任があるが例えば長男長女任せで直接はやっていない人に特にお薦めしたい本である。
著者は名前どうりの孝行太郎である。実質はしかし孝行嫁のお陰のようだ。奥さんは売れっ子ジャーナリストである著者のマネージャー役をこなしながら、家の設計段階から引き取る準備をし離れに同居後は何くれと舅姑の世話をする。外から見れば現代美談に入る夫婦である。だが内実は2人の小姑を加えた舅姑組の強欲といいがかり、嘘、いたぶりに対する果てしのない防衛戦だという。著者は徹底して奥方側である。外から打ち込まれる夫婦離間の楔には断固たる態度である。それでなければ奥方もキレてしまうだろう。
俵氏の父親は御曹司である。祖父は著名な政治家であり事業家であった。母親は地主の娘だった。戦後家は凋落し破産する。以後父母は半失業状態で人生を無為に暮らす。著者は奨学金とアルバイトで学校寮生生活を凌ぎ、東大を卒業する。彼は私より少し年上だが同じ世代である。だから時代の世相がよく理解できる。当時は苦学生は多かったし、私だってそんなものである。彼もそれを苦にも恨みにも思っていないであろう。ただの青春の懐かしい思い出である。父母がこんな現実を現実として受け入れておれば、その後の決定的な家族対立は生じなかったのであろう。父母は周囲がチヤホヤしてくれた栄光の前半生が全ての基準らしく、あらゆる矛盾が著者らの肩に掛かってくる。かなり多くの引用があるのは妹たちつまり妻の小姑の無責任な態度で、父母の世話を一切拒否する一方で父母の身勝手な要求や発言を奥方に向かって尻押しするという。既に老年になって自身の人生の仕舞いを考え実行したいのに、父母の在宅介護とはいつまで続くヌカルミかと問いかける。
昔は医療未発達で長患いは殆ど無かった。平均寿命が低く末広がりの年齢分布つまり若手の数が多くしかも大家族主義、兄弟は結婚しても近くにいるという環境だから一人一人の負担も少なかったろう。それに主たる介護者となる長男には先祖代々の財産が引き継がれると云うルールがあった。この条件では在宅介護が介護者の人生を潰すことは殆ど無かったのだろう。介護して虚しかったと砂を噛む思いもしなかったろう。今は違う。長患い、長寿命、少子化に核家族化。財産分けは遺言でもない限り介護に関係がない。では遺言するかというとこの世代の人はそんな習慣は持ち合わせない。
かって勤めていた会社に未亡人の社員がいた。当時は珍しい存在だった。若くして死んだ社員を継ぐ形で会社が採用したらしい。温情主義の見本のような採用で、今はもうそんな場合は起こらないだろう。終身雇用年功序列にはこんな社会福祉貢献もあった。実力合理主義を唱えて止まなかったマスコミなどはたいして重視しなかった長所である。さて、彼女は子供があり亡夫が長男であったためか、ずっと義父母を扶養し続けていた。だが彼女には義父母の財産に対する権利は一切無いのである。扶養のお陰で残った財産でも直接彼女に帰る財産ではない。極端な場合老婆になってから義父母の死で家をオッポリ出される危険かてあるよと、野次馬気分が半分の周囲が入れ知恵しているのを覚えている。
一寸長くなるが、続けます。
老老介護は私にも身近な問題である。私の介護のスタンダードはやっぱり親の後ろ姿である。祖父の在宅介護をしていたときの母と同じ姿勢で今度は私が母と向き合ったと思う。実質は兄嫁が殆どをやってくれた。兄嫁への感謝の念は言葉ででも負担の面ででも表現したと思っているが、はてどう受け止められていたのであろうか。母は財産を一切残さなかった。これも母が介護人に気持ちを伝えるという意味で良かったと思っている。介護保険は今までの介護を肉体的にまた経済的に楽にしてくれるだろうが、基本まで変えてくれるわけではない。俵氏の著書でも心の負担が一番こたえると云っている。各自治体は介護憲章でも作って、そのなかで介護人への感謝の「義務」をうたい、被介護者と介護義務者全員に定期的に送付するようにしてはどうか。
福祉を掲げて当選した僻地の地方自治体首長が老人を集めて希望を聞いていた。色々出てくる。限りが無いなあと思った。行き届いた福祉行政の自治体に住む老人は、介護保険についてサービスの低下と負担金増加を不安がる。もっともな面もある。だが大抵のお方は、しみったれたアパートがやっとの都会年金生活者から見れば、うらやむばかりの豪壮な自宅をお持ちである。そこでの生活と資産には手を付けずに、福祉から寄ってこいと言うのは如何なものか。大部分他人のお金で支えられる介護保険である。
そもそも老人たちの社会貢献の重要な一つは自分が自立して生きることではないか。何をやっても青壮年の3倍は時間が掛かっても「自立」と判定されたら嬉しいではないか。やれば出来るのにめんどいから、公務として「飯を作って運んでくれ食べさせてくれ」などと言わないで欲しい。公的介護は生命維持の最低限にすべきである。それ以上は自助努力と周囲のボランティア精神である。有徳の士だったら周囲がほっておかない。現状はその人の歴史そのもので自分以外に責任の取りようがない。介護に周囲が寄りつかず、そのため天命100歳の人が80歳で逝ったとしても、自分が蒔いた種を自分で刈ったことにしかならない。どんどん減って行く若手良質労働力を自分の便利に使うことばかり云わずに、彼らをより生産的な労働に回すように考えて欲しい。老人介護に歓迎される人材は多分それ以外でも歓迎される人材で、それほどの人材は不就労人口が増加しても取り合いなのだろうから。

('99/10/18)