水資源と水技術

柴田明夫:「日本は世界一の「水資源・水技術」大国」、講談社+α新書、'11を読む。日本は世界の上位何番というシリーズ本の1册である。一般論だが、マスメディアは、何かに付け警鐘を鳴らさないと役目が果たせていないと思っているのか、とかく悲観的な見方を流す。昨今のように不景気が続くとその傾向が強まる。誰だって水については相応の常識を持っている。どんな眺め方をすれば、物事を楽観的に考えられるのか知りたいというのが、この本を買った動機である。パラパラとめくってみて、図表がほとんど無いこととが判った。テーマの性質上数字は大切だ。これでは、図表の内容を言葉で正確に議論するとなると、綿々と話さねばならなくなるだろう。ページ数を稼ぐのにはいいやり方だが。文献は日本語のものが少々上がっている。検索はない。著者の気楽な講話と云った性質の本なのであろう。
水資源は農業生産と直結する。近頃東大地震研から再々巨大地震の警告が出されている。関東では30年までにという話が4年までにと期間が短縮されて、どうしたらよいのか惑うばかりだ。でも内心では地震予報など八卦と同じと思っている。とにかく確実な理論がない。それに比べれば世界の食糧危機ははるかに確実性の高い予測だ。あの資源豊かな中国も水には全く恵まれない。黄河断流は衝撃的なニュースだった。穀倉地帯とは云え降雨量は低いのだ。さらに灌漑用水を揚子江から引こうと遠大な工事が進んでいる。先日のNHK SPで雲南省の棚田を見せていた。世界遺産にふさわしい風景だと思った。紅河流域には年間降雨量が1200mmに達するが、山また山の中だから、米はそこの少数民族の自給自足分しか生産出来ない。すべてが人力依存のきつい労働である。移住後1300年をかけて棚田を切り開いたという。
日本は降水雨量が年間1700mmもあるが、人口あたりでは世界平均の半分以下だ。山地が多く河川は急流で水の有効利用は2割程度という。食料自給率は低い。筆者は世界の絶対量不足が目前に迫っている今日、自給率向上に努めるべしという議論である。資源価格論が紹介されている。石油を見よ、レアメタルを見よ。確かに昔1bblが2ドルを切ろうとした時代があった。今は100ドル台だ。石油はまだ代替えエネルギーがあった。北海油田があった。でも食料にそれがあるか。怖いのは資源ナショナリズムで、ロシアの小麦輸出禁止を経験したばかりだ。TPPを受け入れたら自給率は14%に落ちる。著者はTPP反対らしい。私は自給率論が出るたびに戦中を思い出す。とにかくあのときは代用食を入れてカロリー自給率100%だった。家の塀にはカボチャを匍わせた。川の土手には大豆を植えて、古老に洪水の心配をさせた。戦後は農家から闇米を買うために、母の箪笥は空になった。栄養失調の青白い顔が周囲にたくさんいた。筆者の自給率向上論では、不可能と思える条件が全部整ったとしても、達成出来る最高値はせいぜい50%である。極端な売り手市場だ。年間所得が1000万円以下の人は、飢餓状態で過ごすのでよいと云うのだろうか。TPPを受け入れて稼ぎを増やし、外国の食料買い入れ先に対して有利な条件を、今の内に少しでも増やしておこうと言うのが私の意見だ。国内農業は当てに出来ない。日本は役に立たない国内農業へのバラマキなど止めて、銭のある間に食料輸出余裕国にばらまくべきなのだ。小麦やトウモロコシへの先物投資でもよい、農地の買い取りでもよい。
宿毛が取り上げられている。本書で唯一ページが割かれた地方都市である。宿毛は四国西南の僻地にあり、高知から四万十川を渡りさらに進んだ位置の、くろしお宿毛線の終点だ。私はにっぽん丸でこの地を訪れている。6年近い昔の話だ(本HP:「にっぽん丸春クルーズU」)。歴史のある街で、吉田茂元首相の出身地である。著者がこの地で講演した時の縁で、地元の企業家が持ち込んだ水ビジネスを話題にしている。確かに宿毛は天然の良港で、整備も先行しているが、活用されてはいない。にっぽん丸はたいそう歓迎されたが、他に船影はなかったし、埠頭には関係のタクシーが見える程度だった。近隣に国営県営のダムがいくつか出来ている。これから逼迫する一方の水資源だ。災害用臨時用水でもよい。ビジネス化出来ないものか。まあこんな話である。
我が国の水処理技術は世界に冠たるものだ。例えば東レは逆浸透(RO)膜のトップメーカーである。RO膜法により海水から淡水をつくるとき、今やコストは1ドル/t(0.55ドルという数字が上がっている)を切るという。上水道の値段は東京都は200-400円/t、最安値のカナダは0.4ドル/tとある。先進国では高い方のドイツでも1.91ドル/tというから、東京はなぜこんなに高いのか不思議だが、解析はない。欧米では水は商品扱いで、コストは利用者負担が普通だから、日本と基本はほとんど変わらぬ立場だ。東京の値段は群を抜いている。抜群の上水道普及率、低い漏水率に見られる高度の維持管理、汚水処理の徹底、高い人件費など幾つもコスト上昇理由は考えられる。
初めて聞く言葉だが、水男爵がフランスにいるという。水ビジネスに覇を唱える2社を指す。ともにフランス国籍だという。この会社はダム建設あるいは海水の淡水化設備など上水製造関連事業から始まって、工場あるいは家庭への配管とその維持、排水汚水の処理浄化から放出まで、ありとあらゆる水ビジネスをこなす。利用料金を回収し、今後の事業計画も立てる。我が国では公共事業として主に地方自治体時には大型ダムのように国家が行う業務を、水男爵がやっている。国鉄の民営化、郵政事業の次は水ビジネスの民営化だろうか。民営化により完璧主義が、ほどよいバランスを求める姿勢に変わり、競争力のある水価格に貢献する可能性はある。上述のように、水処理技術は上水、中水、下水いずれに対しても日本は高レベルだが、全体をオルガナイズする腕がない。民間ばかりだと、例えば石油化学コンビナートのように、商社が音頭を取って大型プロジェクトにした例はいろいろあるだろう。しかし水に関しては、著者は立場上だろうそんな事はさらさら云わないが、水の配給と集金の機能を公共事業体が独占し、彼らにコスト意識とか対外商戦参加の意識などないからだ。商社の下請けなど頭から否定するだろう。
あまり人に勧められる図書ではないと感じた。

('12/02/12)