江と福
- 浅井家の居城・小谷城には行ったことがない。山城で登のに苦労だし、遺構もわずかというから興がのらない。おそらく石垣などは長浜城に運び去られたのであろう。その長浜城も豊臣家滅亡とともに跡形もなくなった。資材は彦根城に運ばれたという。現在の城は近年の再建だ。彦根と長浜は訪れてみた。長浜の町は北国街道の宿場として栄え、江戸期の雰囲気を保っている。小谷城と長浜の町との距離は10kmあまりである。江の生まれ故郷を偲ぶよすがは少ない。地形と屋並びからかすかに想像できる程度だ。お市の方の再婚先の北の庄城跡には石碑があるだけだった。これまでは江に注目したことはあまりなかったこともあって、関西居住が長かったものの、秀忠の正室になるまでの足跡にはほとんど気付かなかった。
- 臼杵市になぜか春日局屋敷跡の立て札があった。春日局は政治家・福が朝廷より貰った称号である。春日局に対する関心が深まったのはその頃からだと思う。春日局は母の安が美濃の稲葉家の娘であったから、臼杵藩の稲葉家と無縁ではないが、大分在住の時期があったかどうかは疑わしいらしい。臼杵石仏への道の辺に稲葉家博物館があって殿様家の遺品が展示されていた。今はヤマコ臼杵美術博物館になっているらしい。藩は5万石の中規模藩で、そう記憶に残るような絶品はなかった。町は戦災と開発と無縁であったため、廃藩当時の雰囲気が保たれている好ましい観光地であった。ことに寺町の細い坂道はお気に入りの散策道であった。野上弥生子文学記念館があった。生家が今も続く酒屋で、その醸造工場の一角にある。私は弥生子の造り酒屋の働く人々を描写した小説が好きであった。私は1ヶ年ほどであったが仕事の関係で大分県に在住していた。その頃の思い出である。
- これに反し川崎大師喜多院の春日局化粧の間は重文の由緒正しき書院である。江戸城にあった建物という。喜多院の五百羅漢は、おのおのの表情が面白く印象に残ったが、書院自体は、別段取り立ててなんということのない和風建築であったように記憶する。
- NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の第38回は「最強の乳母」という題で、徳川秀忠・江夫妻に嫡男・竹千代が生まれ、その乳母に家康が福を派遣してくる。福は江に、竹千代の養育には家康の指示のみに従うと宣言する。秀吉に処刑された明智光秀の重臣斉藤利三の娘であると名乗り、江が一時は秀吉の養女であったことから、そこは仇敵関係であると言い放つ。家族を問われると今や無縁の存在と答える。最初から敵意丸出しで、対等の位置関係にあるような設定である。乳母と云えども奉公人だから、戦国期が終わったばかりの未だ制度が整わず、何でもありの人間関係だったかも知れないが、武家社会ではちょっとあり得ない設定のように思う。秀忠は乳母は大名家のしきたりというが、戦国最後のころにすでにそんなしきたりがあったかどうか疑わしい。今は乳母は遠い存在になったが、蛋白アレルギーから云えば、ウシやヒツジのミルクよりヒトの母乳の方がずっと良い。集団生活をする動物の中には乳母役がいる場合があることをTVの動物生態紹介で知った。残しても良い制度と思う。
- 対照的なのは同じNHK大河ドラマ「春日局」の二人だ。1989の放映で、大原麗子が主演した。彼女は最後の大女優であった。男好きのする演技がこのドラマでも充分生かされていた。幸いにもNHKオンデマンドで配信されている。その第1回の冒頭が秀忠夫妻に福が出仕の挨拶をする場面である。福は江よりもなお苛酷な戦国の荒浪をかぶりかぶり、その日に到達している。明日の判らぬ世の中を、そのときそのとき最善と思った道を歩くしかなかったというナレーションが印象的だった。家康に見出され夫の稲葉正成と離婚し、何人かの我が子の内長男だけを連れて江戸城に出向いている。長男は竹千代のお相手に小姓のポジションを約束されてはいた。徳川家のご都合のために、家庭を破壊して出仕するのだからむごい話だ。対面に於いて彼女はあくまでも下手に、江の家庭に対する質問にも、一切の後悔はなく、出仕が思いもかけぬ幸運だったという。健気な福が演出されている。
- 続けて第5回までを見た。第1回の対面挨拶以降は福の少女時代である。光秀が天王山で敗れたため、亀山城から逃れ出た母子は坂本城をを目指すが、直前で炎上する城を見、行き場を失い山中を放浪する。結局は母の父・稲葉一鉄の縁での公家の三条西公国の世話になる。世話と云っても6才の奉公人である。調べてみると、その後身分がばれて長曽我部家へ再び落ち延び、又三条西家に戻りで、波瀾万丈とは彼女の人生のことかと云えるほどに激しく運命に弄ばれる。第5回では柴田勝家の北の庄城が落城し、浅井の三姉妹が引き取られてくる。次女の初役を宮沢りえが演じている。彼女は今「江」の茶々役である。「春日局」の22年の後でもまだ同じ三姉妹の、ただし長女という準主役級の役柄をこなす。消長の激しい芸能界にあっては、かなり希なことでは無かろうか。第5回の冒頭に現在の三条西家を映し出す。当主は香道家元として健在だった。朝廷には秀吉の時代にすでに香道によりお仕えしていたという。「千年、働いてきました」(本HP:「老舗製造業」)という本があるが、技伝承の気風と仕組みはこの国の宝である。大切にしたいものだ。
- 「江」のこれからの展開は、長男竹千代と次男国千代の第三代征夷大将軍位を巡る争いとして世に知れ渡っている。時には「春日局」を見直すことも楽しみに、この大河ドラマを見続けるつもりでいる。
- NHKの大河ドラマは貴重な存在になってきた。民放の連続時代劇が本年で全部消えるのである。今残っているただ一つの「水戸黄門」(TBS)は本年12月で最終回を迎える。採算が合わないというのが理由である。民放TVの時代劇は初期には、映画や歌舞伎の財産が利用できたからだろう、まずまずの出来映えが多かったが、だんだんと年とともに質が悪くなっていった。TV開始前には、新聞はよく映画会社ことに商売敵になるはずのNHKを、旧態としてやり玉に挙げていたが、いざTVチャンネル権を手に入れると、新聞の出資会社は、批判の対象であった映画会社やNHKよりもなお、時代劇文化の育成保持に熱意がなかった。「水戸黄門」も筋書きがマンネリ化するのは致し方がないにせよ、今は主演の里見浩太朗(映画出身である)以外は素人俳優ばかりで、殺陣も情緒も人間関係もしきたりも言葉遣いすら、全くのちょんまげ現代劇になってしまっていた。あれでは視聴率の稼ぎようがない。過去を切り離した現代など無い。NHKが時代劇の牙城を守り続けることをこいねがう。気が滅入る思いでそう結んでおこう。
- 「水戸黄門漫遊記」を私も読んだ記憶がある。川端康成の「伊豆の踊子」に踊子がそれを読んでくれとせがむ場面がある。「水戸黄門」の大衆文学としての息の長さは調査の価値がある。「伊豆の踊子」は何度も映画化されたが、美空ひばり主演の時は漫遊記の一部が実際に読み上げられた。老婆が、それとは知らず、米俵に腰掛けている老公を、罰当たりと怒って杖で打つ場面であった。漫遊記ではひときわ名高い場面であった。民衆が見たかったのは、TVで再々見せられた、悪代官や狡い高利貸しを成敗する天の声の老公よりも、民衆自身が理に適った行動で勝利する場面であったように思える。脚本家に読み違えがあったのではないか。
- YouTubeの動画であれば、無償のRealPlayerを使って簡単にダウンロードできる。NHKオンデマンドの動画も試してみた。でも不可能だった。世の中にはそれ用の有償のソフトが売られているのには驚いた。「春日局」は1セット2週間視聴可で売られている。ソフトを買ってまでダウンロードする必要はなさそうである。
('11/10/07)