東日本大地震の予知
- 佃為成:「東北地方太平洋沖地震は"予知"できなかったのか?〜地震予知戦略や地震発生確率の考え方から明らかになる超巨大地震の可能性〜」、サイエンス・アイ新書、'11を読む。東日本大震災を引き起こした地震に、こんなに長い名が付いているとは知らなかった。ここでは東日本大地震と付けておこう。
- 天気予報は当たる。なんといっても広範囲をカバーする気象衛星のデータが威力を発揮する(本HP:「気象学入門」)。それに対して地殻内部データの粗さよ。気象学と地震学では基礎資料の段階から「天と地」の差がある。10年先ならともかく1年先、1月先、1週先、1日先、1時間先の地震予知の可能性は100年河清を待つのと同じで、期待する方が無駄である。今回大地震も予知できなかった。東大地震研究所には巨額の国家予算を付けているが、思い切って減額し、他の研究に回すべきだ。これは私が従来からときおり口に出しているお話で、このHPにも地震が起こるたびに書いていたように思う。本書の著者は京大防災研究所を経て東大地震研究所にも勤めた研究者だという。研究者側の釈明を期待して買った。
- 本書の中頃まで読み進んでもまだ基礎地学の講義である。北海道から関東までを昔はユーラシア・プレートに含まれると言っていたが、近頃は北米プレートと書く場合が多い。「日本海東縁には現在生まれつつあるプレート境界が存在するという仮説がある、それが事実なら東北日本は北米プレートにくっついて行動しているように見える。」とある。この話は目新しかった。でもあとは大概は一度はどこかで見聞きした話ばかりである。地学の次は確率論の講義だ。2項分布あたりまでは多分高校数学に入っているだろう。でもポワソン分布は大学教養かな。
- 離散的分布から連続的分布に表現が変わり、確率密度が出てくる。対数正規分布は大学を出てからお目に掛かった。これらは、東日本大地震のような、100年に1度といった頻度の事象の数学的整理に必要になる。たまにしか起こらないからデータが少ない。何100年か前の事件をいかに定量的に把握するか。文献的記録は時代が遠くになるほど指数関数的に減少する。ことに田舎のそれはよほどの大事件でない限りほとんど残らない。平安時代の貞観地震など希有の存在だろう。この地震は地学的に測地学的にしっかりフォローされているらしい。日本列島のマクロの伸び縮みは地殻エネルギーが貯まっているかどうかの判断に有力だろう。だが以上で出てくる結論は'00〜'30年の間に確率90%で発生するといった程度で、我々の期待とはほど遠いのが現状だ。「東日本大地震は長期予知されていた?」とあるが、負け惜しみもいいところである。
- 予知の精度を上げる、せめてこれから1ヶ月の内に大地震が起こると云うためには、歴史を確率的に解析するだけではダメなことは判っている。前兆が把握できれば精度が上がる。事前予知確率と事後予知確率の数学的関係が示されている。だが本書に出てくる前兆とは至って心細い事象だ。東日本大地震の前兆として真っ先に出てくるのが、なんと海水浴場に打ち上げられた大量のイルカである。ほかに井戸出口での水温と電気伝導度の変化、GPS電子基準点の変動が取り上げられている。動物に優れた予知感覚を持つ主がいるらしいことは地震のたびに報告されるが、地震ムラの人々にその異常行動の判別が出来るのだろうか。
- 地下水の物性変化についてはデータが示されている。より直接的な資料だと思うが、判断に迷う複雑な図形だ。地震前の井戸水異常については昔からの言い伝えが残っている。井戸は数多く残っていようし、温度、伝導度、濁りぐらいならさしたる予算も必要なかろう。データ測定も地元の小学校の先生とかお寺の坊さんで十分出来ることだ。坊さんだってたいていは大学を出ている。濁りなど目視でいいのだ。研究者は直属の観測所を山のように作りたがる。そこではたしかに思い通りのデータが取れる。いちいち地元民に頭を下げて協力を要請する、さらに測定を指導する煩わしさの必要もない。でも論文になりやすい方向に研究は偏向しがちだ。理屈はなんとでも付けられるのだから。それに高価に付く。昔からの言い伝えで確実な話を、安上がりにデータ化する工夫を研究者はやらなければならない。
- 関東は近畿より観測網が粗いとかで、300所を主に公立中小学校の校庭などに作るべく着々進めているそうだ。地震計を設置するとある。怖いのは平野全体を揺さぶる大地震だ。同じ地域にたくさん設置してどれほどの意味があるのか。著者が言う前兆調査については精神論は書いてあるが、組織的行動がなされているようには書かれていない。地震の話が出ると、私は阪神淡路大震災を関西の学者が、偶然かどうか知らないが、ほんの少し前に警告していたことを思い出す。新聞の小さな記事だった。今回の大震災以後はあちこちから断層震災の警告が出、マスメディアが真面目に取り上げているが、阪神淡路大震災当時は学者の戯れ言を相手にする暇はないといった雰囲気だった。本書にも当時の予知には触れていない。でも京大防災研の40年にわたる地殻変動データが示され、それが先駆的であったことがわかるので、もう古い話にはなっているが、著者は謙虚に当時を振り返って、そこから予知の話を説き起こすべきであったと思う。本邦大地震予知唯一の成功例だ。さすればあるいは関東の300観測点の話も少しは理解できたかも知れない。300点を当たり前のように云うのは少し思い上がりである。
- 私は本書を読み終えて「地震予知」などあり得ない、ただの学者のお遊びだとまたまた確信した。「地震予知に賭けている膨大な研究予算は、基礎的研究部分を遺して、防災、減災あるいは逃災の研究に回すべし。」と思う。
('11/07/20)