ごまめ


わが師が古希のお祝いの席で近頃どうかねと訊ねた。ただの世間話ではない。出来の良い弟子の面倒をしっかりやる先生は時折見かけるが、出来の悪い弟子でもとことん面倒を見る先生はいまどき滅多に見つからぬ。その希な「尊」師である。信者どもからとことん寄付させて最後は栄養失調の生活を送らせる今話題の「尊」師とは根性が違う。出世の遅い弟子がおると本人とは無関係に、そこのおえら方に当たって助言をしてくれる昔流の尊師である。うかつに心配事を口に出しては本気で心配させると用心しているから、つい満足この上ない人生のような話をしてしまう。しかし本音も幾つかは言っている。
学生を管理する作業はあっても、逆に管理される事の少ない稼業である。終身雇用が崩れて、事業体への貢献度の査定が年毎にやってくる産業界に比べれば、別世界の趣がある。この貢献度もますます短期的具体的になってきた。自動車のセールスマンと同じように一年にいくら儲けたと技術屋が申告せねばならぬ。精神衛生にどれほど悪いか経験の無い人にはわからんだろう。学校の先生など評定はあっても形だけに近い。自由業、個人事業というのはあるが、こちらは収入を得るのに日夜腐心せねばならぬ。これが別の意味で精神衛生に悪い事は言うまでもない。学校の先生は収入は安定している。別天地である。今学生人気就職先第三位が公務員というのは分かる話である。先生みてたら大体想像がつくもん。
だからだと思うんですよ、先生には割とごまめが多いんです。ねっからの先生というのは、釈迦の垂れた蜘蛛の糸にむしゃぶりつく外道の気持ちが分かり難いのではないでしょうか。何か逆説めいて聞こえるかも知れませんが、きつくない人生からみると、一見不合理な社会が散々の試行錯誤の末である事を、肌で感じるところまで行けないのではないかと思うんです。じゃ俺もごまめかい。俺は切歯やく腕型じゃ無いと思っていたけれど。いえ先生は研究の先端にいつもいらっしゃいました。対象が何であれ、極めようとしている人には茨の道が茨の道と分かるんです。簡単に云ってくれるネてな台詞を返さなくて済むんです。先生にも色々ありまして。自戒のつもりで言ったのです。早く公務員を競争社会に入れないと日本は競争に立ち後れる事になりますね。
わが尊師との立ち話、どう受けとめられましたか。

('95/07/02)