
- 学校に小学館のセールスマンが来た。こんな僻地にようこそと、しばしお相手を勤める。全部で33巻の日本美術全集の売り込みであった。見本にお城の巻を見せてくれた。松前と丸岡以外は見覚えがある。大抵は一度は訪れているのである。ぜひ身近にこの全集を置いておきたい。良心的な企画を支援する意味でも買ってやりたい。でも結局しゅん巡の上止めにした。専門の良心的企画だけで応接に手一杯である。あとは公的機関に頼る事とする。
- 城下町を歩くと昔からの都市計画を実感する。計画道路があり、武家屋敷があり、職種別の職人町に大工町紺屋町があり、寺町があり。当時の町並みは今はもう点かせいぜい線であるが、木造建築群の優美さを残しているものが多い。こんなお手本が身近にあるのにどうして醜悪な都市が増えるのであろう。特に大都会近辺の戦後市政が敷かれた人口急増のベッドタウンに多い。ニュータウンとして計画された都市は別である。寅さんの帝釈天のおわすあたりから千葉市までの諸都市、京都の南郊、大阪府の大阪市外平地全体、酷評すればゴミ箱をひっくり返したらタマタマできた風景である。道路は農道をかろうじて2車線にし舗装しただけ、建物には周囲との調和を配慮した形跡など感じられぬ。ベッドタウンとは木賃宿町なりと観念して、住人は仮住まい根性に徹底しているのだろうか。ここらは大抵は弱者の味方と称する政党が幅をきかす。弱者の味方とは今日明日の味方で子孫までの味方でないときが多い。
- 姫路で下車する機会があった。世界文化遺産に登録されてからは初めてである。今回は堀の周辺を一周してみる。外濠は昭和の始めに埋め立てられ道路になったが、石垣は残ったために内濠中濠とに挟まれた多分武家屋敷あとは公共設備の多い公園地帯になっていた。屋敷跡を生かした庭園は最近の造成であるが、往時の面影を偲べるように造られている。戦後の駅と城を結ぶ大道りが城の偉容にマッチしている。この道路はお城がなければはたして造られただろうか。
- 堀端で数人の中学生が釣りをしている。自転車の荷物篭にもう10匹以上の大型の魚が入っている。聞くとブラック鱒だという。偽餌を泳がせて釣っている。どんどん釣れる。ところで君達、姫路城の堀では釣りをしてもいいのと問いかけたら逃げ出してしまった。10Mも行ったら魚釣り禁止の立て札があった。ここは町の通路になっていて頻繁に人が通るのに誰も見ないふりである。これぐらいのことを云うのを恐がって居ったら姫路もその内に木賃宿町になりますよ。
('95/05/21)