食糧争奪戦争
- 浜田和幸:「食糧争奪戦争」、学研新書、'09を読む。6/16毎日新聞第2面に、原油、大豆、金、銅が高騰中と出ていた。金融不安で、債権などの安全資産に逃げていた投機マネーが、金融市場の安定化を見込んで、一次産品に復帰し始めたためという。サブプライム問題でバブルがはじける寸前と直後の食糧価格の急騰急落ぶりは、どの商品よりも激しかったと記憶する。'08/10/19のNHKスペシャル「世界同時食糧危機 第2回」の題は本書とほぼ同じ「食糧争奪戦」で、やはりNHKスペシャルの「アメリカ発 世界金融危機」と同時期に放送されている。著者についての知識は全くなかったが、私は本書にドキュメンタリー以上の科学的な切り口を期待して購入した。
- 最初に配慮すべき要素が網羅的に記述されている。主たる因子が、食糧生産が人口爆発に追いつかないマルサス以来の問題と、近年急にクローズアップしてきた干ばつ、不作の問題であることには間違いない。後者について、良識的マス・メディアが取り上げない気象改変装置への疑惑が真面目に論じられている。アメリカ空軍には、気象を自由にコントロールできる技術の確立という研究目標があるという。強力な無線とかビーム光線で嵐を呼ぶ。日本でも人工降雨のために沃化銀ゾルを空中散布する実験はあった。北京五輪前に、中国で同じ原理による降雨に成功したニュースが伝わった。逆に微粒子の散布が降雨を止めるケースがあるという。地上に落下するほどの水滴になるか、浮遊状態の霧滴になるかはコントロール出来るのであろう。でも干ばつに持ち込むほどの散布を、アメリカやオーストラリアが、民間の監視を逃れて実施するのは全く不可能だと思う。
- このHPの「地球寒冷化」に、太陽の黒点が減少期に入り、宇宙線の増加により雲が増え、地球が寒冷化するという3段論法があることを紹介している。雲が1%増えるだけで気温が1℃下がるという。1991年フィリピンピナツボ火山が噴火した。噴煙がエアロゾルとなって成層圏内に拡散し、異常気象を引き起こしたことはよく知られている。要するに、太陽光線を遮断すれば地球は寒冷化する。これを人工高分子の大量散布で引き起こせないかと計画した研究がある。でも私は全く否定的である。コストがついて行かないし、人工粉塵のその後も心配だ。実験的にどこかでやったなら、大気の研究所で既に証拠がキャッチされているはずだ。
- 欧米の巨大アグリビジネスの寡占体制と業績の好調ぶりが紹介されている。金融不安による巨大銀行や巨大自動車会社の破綻が伝えられたが、アグリビジネスの危機は一度も話題にならなかった。アメリカでは上位4社の販売シェアがトウモロコシでは75%、大豆では60%に上る。モンサント、モバルティス、デュポン、ダウケミカルの4社だ。モバルティス以外の3社は、私の現役時代には、農薬や化学肥料も商う総合化学会社として有名であった。投資ファンドは、誰の目にも明らかな食糧価格の長期値上がり傾向と寡占による戦略性に、熱い眼差しを注いでいる。寡占性は技術開発からも加速される。モンサントはアメリカ政府と共同で、「ターミネーター」と呼ばれる種子の特許を、世界的に取得することに成功した。
- この技術で造られた種子の植物からは発芽する種が生まれない。だから農家は毎年種子会社から種を買うことになる。遺伝子操作種子の特許はこれら巨大種子メーカーに大半を握られている。米国内以外にも、その2-3倍と言われる高収量性に惹かれて、遺伝子組み換え作物を蒔く農家が広がった。アフリカとかインドでは、しかし、作物に「実が入らない」農場が広がり、大事件になっている。高収量のためのその他の農耕条件、たとえば化学肥料散布量の問題などが疎かにされたのではないかと、私は推測する。EUでは組み換え作物には厳しい表示条件が科せられている。そんな情勢を勘案しても、彼らの種子はひたひたと全世界を席巻するのであろう。遺伝子組み換えに関しては、我が国は1周も2周も遅れている。農地買収を世界規模で進める政策は必ず現地政府とぶつかってしまう。我が国は技術的には植物工場での農地に由らない栽培を目指す。コスト高だが、かって海底油田が、アラブの石油の高騰で採掘可能になったように、あるいは将来実行段階が来るのかも知れない。
- 投機マネーがアグリビジネスで利潤を求めて押し寄せ、金融破綻の原因になったマネー資本主義を再来させるならば、寡占体制が食糧のさらなる高騰を招き、飢餓状態に置かれた何億人もの開発途上国民が収拾のつかぬ暴徒となる。著者はそんなシナリオを頭に置いている。だが、私には、アメリカ国内だけのマネー資本主義ならともかく、国際的にもその構図が今後も長く続くとは思えない。食糧問題に関しては、エイズ特許問題で先進国が妥協せざるを得なかったときよりも、もっともっとシビアな妥協を強いられるはずだ。著者の警告は有難く拝聴しよう。しかしシナリオのケース・スタディは幾通りも、提示して欲しいと思う。
- 機能性を追求する農業が注目されている。たとえばトウモロコシを使って抗原を大量生産し、ガンや糖尿病の医薬品開発を行うとある。「抗原」ではなく「抗体」だろう。要するに医薬生産性を持つ遺伝子を組み込んで、「食べる薬」を造る。分子農業というそうだ。アイデアはいいが、組み換え作物以上に安全性の研究が必要だ。機能性食糧の研究も進んでいる。発想は漢方薬膳の医食同源と同じだ。でも当然ながら経験ではなく、栄養学、医学、薬学、遺伝子工学が総動員された科学技術的成果である。健康食品は富める人々の贅沢である。飢餓の問題から外れているから楽しい話題になる。
- 米は800%に近い関税による高米価維持、減反政策と補助金漬け(年2000億円)で守られている。高関税の代償に消費量の8%にあたる外米を輸入させられ、国内消費が微々たるものであるから、海外援助用備蓄米化している。保管料だけでも年100億円。これらの無駄の殆どを消費者が支払う。それでいて、農家の高齢化が進み、農業従事者は6割が65歳以上という。離農が進んで集落が消滅した場所さえ多いようだ。耕作放棄農地は増加の一途を辿る。我が国の食糧自給率はカロリーベースでは40%を切った。食糧問題では世界一不安定な国になっている。一方で、農薬汚染米問題などから国産食糧に対する国民の信頼は高い。こういった現状認識は本書でも我々と一致している。しかし、それからどうなるのかには何も触れられていない。せめて2、3のあり得べきシナリオを提示して欲しかった。我ら世代は戦中の飢餓状態を経験している。あれよりもっと酷い状態になるのか、もう鍬を取って開墾出来る年代でなくなったから、余計深刻に考えている。農業への異業種からの参入とか、土地改良材としてのポリシリカ鉄凝集剤の応用、耐乾燥性イネ品種の開発による乾燥地帯農業に対する技術援助などは読んで面白かったが、まだ我々の近未来の食糧問題を安心させる材料となるには、ほど遠い存在のようだ。
('09/06/19)