サリン


松本でサリン事件があったとき、手近な辞典から関連記事を当たってみた。平凡社の世界大百科事典には化学兵器の欄にまとめてかなり詳しい解説がしてあった。共立出版の大化学辞典にも東京化学同人の大化学辞典にもサリンは載っていないが、後者の最新刊の化学辞典には記載がある。発行日が事件後の関係からか。
その学名を考える。縁が薄いせいもあるだろう、命名が難しい。結局CA-RESISTRYを引いてみる。8種並んでいた。CA Index NameがPhosphonofluoridic acid, methyl-, 1-methylethyl esterであった。日本語ではどう云うのかご存知の方教えて下さい。CA-RESISTRYは大したもので学名以外の通称文献の有無は勿論軍隊の略号まで載せている。さて残りの7種の命名法も理に叶った付け方である。1-methylethyl をisopropylと置き換えるのは別として、置換リン酸エステルと見るか、置換ホスホン酸エステルとするか、その置換をどこまでにするかつまりハロゲノ酸か、メチルハロゲノ酸とするか、Index Nameのように酸ハロゲン化物を酸と考えてそのエステルとして命名するか、リン酸フッ化物のメチルプロポキシ置換体と考えるか、isopropylの位置をはっきりさすためにO-を挟むか、などでこんなにvarietyが出てくる。
教科書でもいただけぬ化合物名が結構見つかる。サリンの起源である農薬によく見つけるのは偶然か。日本名の表記に「酸」が入る場合に多いように思う。ドイツ語と英語のチャンポンもそろそろどちらかに統一しないと不便だ。通称登録名学名の区別がよく分からぬものなど色々出てくる。一度著者に窺ったらさすがに学者と感心した、次版では私の意見も結構取り入れてくれていた。教える立場から云って工業化学の辛さは世のうつろいと進歩である。5年経ったら本を新刊と替えねばならぬ。今までの本の改訂版には普通拘らぬ方がよいと思っている。こんな相手に余り部数の掃けぬ教科書を書く方は大変だ。とても徹底して調査する気には成れぬだろうとは思うが、一つ間違いがあると全体が疑わしくなる、適当には書いて欲しくない。
さてこの事件。病床に篤い教祖の終えんを予想して、妄念の世界終末を演出するのにサリンを無差別に使う。実行するのは虚ろな洗脳兵士たち。こんな構図ではないかと誰もが疑う。自動小銃の密造疑惑が濃い、洗脳入信に有用な医薬がでる、大量の爆薬原料。この狂気がどうしてあれだけの勢力になるのだろう。戦前を微かに感覚に残す世代の一人として私は、この国がいかにも現人神を造り易い体質であると改めて思う。
亀岡と綾部の大本教本部を見る。その信仰の中心である。戦前に徹底的に弾圧を受けた宗教であるが、今は穏やかな雰囲気が広大な敷地を覆っている。大きな和風建築が日本庭園に調和して見事である。弾圧を受けた理由は反戦反ブルジョア思想にあった。一時前の社会党の主張を教義にされたんでは時の官憲もたまらなかったであろう。記憶では、現人神陛下への不敬罪で教祖は投獄、教会はダイナマイト爆破となったはずだ。これは国家側の狂気である。半世紀前の人間天皇宣言で国家規模の現人神は姿を消したが、大震災の余震のようにまだまだ油断がならぬ。
無関心は罪悪である。宗教問題、政治問題等等タブーになっている諸問題にガンガン積極的に発言しないといつまで待っても弱年層に免疫が出来ない。と言う事で私は結構無遠慮にあちこちをコキ下ろしていますが、皆さんはどうなさっていますか。

('95/04/09)