房総の酒


房総の山奥に久留里という小さな城下町がある。城塞復元の記事が出たので散歩を兼ねて城に上がってみた。村おこしとか町造りとかが国の施策に取り上げられる以前のもうずいぶん昔の話である。まったくの小城で防備は自然の地形を利用した石垣とてない簡素な作りだった。尾根づたいに来る敵を防ぐのに尾根にV-ノッチを入れていた。堀切りという。私の同輩に堀切という姓の所長が居ったが、あるいはその起源がこういう所かと長く記憶に止まった。武士の内職に楊子作りが盛んで土地の産業として今に引き継がれていると言う。さまざまの形の楊子のサンプルが展示されていた。このような土地には地酒がある。その頃の趣味で適当な品をあがなって持ち帰った。まずい酒だった。と言うより酸味がこんなに勝った酒は始めてだったのである。
先年末のやすみに佐原に行く。香取神宮への参拝である。昔は佐原から香取へバスが頻発していたのに今はたまにしか出ない。しかたなくタクシーで行く。成田あたりまでは首都の通勤圏になりこの30年の町の変化は目まぐるしいが、佐原はまだ昔の面影を止めている。参拝を済ませて佐原に戻り記念にと地酒を買った。この町にも造り酒屋が二軒ほどある。正月用に準備した酒と飲み比べるとその酸味が分かる。
一時の地酒ブームで全国区に昇格した地酒がたくさん出たが、ついに房総からは出なかった。好き好きかも知れぬが、江戸に下る酒が標準だから、この独特の酸味はまずいにつながるのであろう。私もまずいと思う。国立の醸造(?)研究所が関東にあるのに何故一流になれなかったのか。どの地方の酒も発酵学の進歩を取り入れて格段に味を改良したと言うのに。研究をやり尽くしてなお酸味に拘ったのなら立派である。野田に行くとキッコーマンと言う名の酵母菌があるそうで、世界に冠たる野田の醤油味噌の理由だそうである。しかし房総酵母なんて聞いたことはない。国立であっても組織がきて潤うのはたいていまず地元からである。どうもこの研究所は地元に恩恵をもたらさなかったらしい。東京一極集中緩和の一号としてこの研究所は広島に行くことになったと言う。広島は酒どころ。中心の西条は町全体が醸造所である。いい移転先と思う。せいぜい地元に貢献してまた移転の話が出ないことを望む。

('95/04/02)