コンクリート小事典

井上晋ほか:「コンクリートなんでも小事典−固まるしくみから、強さの秘密まで−」、土木学会関西支部編、講談社Blue Backs、'08を読む。日本の伝統的構造材料は木材と石材で、幼少の頃の記憶のコンクリート建造物は繁華街の劇場とか映画館であった。朝日会館といったか、河原町三条に外壁全面に描かれた東郷青児のみずみずしい女性像のあるビルは印象に残っている。あとは大型の橋桁ぐらいだったか。でも著名な橋の欄干は木材にしてあった。長じてからも無機工業化学とは無縁であった。コンクリートは一度向き合ってみたい題材であった。
天然コンクリートの歴史は長い。大量に本格的に利用したのはローマ帝国である。外見煉瓦積み構造にみえる古代ローマ建造物の煉瓦壁面内部が、コンクリートで埋まっているとは全く知らなかった。ヴェスヴィオ火山の賜物という。この火山がまき散らす火山灰は、灼熱の回転炉で粘土と石灰を焼いて作る人工セメントと同じ水和凝固性を持つ。コンクリートはセメントと骨材に水を混合して作る。書いてはないが、世界有数の火山国日本なのに、どこにもこんな火山灰はないようだ。残念ながら、古代ローマ人の英知は中世人には引き継がれなかった。天高くそびえるヨーロッパのゴシック建造物は石造建造物に分類される。セメントが再び脚光を浴びる日は、産業革命期のポルトランドセメント発明の時まで待たねばならなかった。
奈良の大仏は銅の鋳造品である。鋳型を5段階に分けて、鋳込み終わると上へ上へとかさ上げする。これはTVの解説による知識である。段階ごとにbatch-wiseに鋳込む。コンクリート構造物も大型になると同じ方法を採らねばならぬ。大仏だと、冷えて固化結晶した銅下層に溶融銅を注ぎ込んでも、その境界面では上下の固溶化が進み、強度上は一体ものと殆ど変わらないだろう。でもコンクリートは違う。古代ローマ人は境界面に煉瓦を敷いた。モルタルを塗ってまた継ぎ足すのであろう。感心させられる。現在の工法はどろどろのフレッシュコンクリートをcontinuousに、正確にはsemi-continuousに型へ流し込んで作る。水和を配慮しながらなるべく短時間に仕上げねばならぬ。何よりも生コンの作業性を上げねばならぬ。活躍するのが鼻薬だ。
私は戦中に粉ミルクを湯に溶いて、赤子に哺乳瓶から飲ませた経験を持つ。当時の粉ミルクはお湯に分散しにくく、人工乳を作るのに悪戦苦闘した。だが最近の粉ミルクはお湯にさっと溶ける。これは界面活性剤発達のおかげだ。活性剤が入れてあって、粉ミルクの水中分散を迅速に安定化する。本書には明記されていないが、セメント粒子分散材として、高分子量の界面活性剤を使用するようだ。セメントの分散と共に巻き込まれた空気粒子の分散安定化にも役立つ。空気粒子は粘性の低下をもたらし、添加水量を減らすことが可能になる。軽量コンクリートは意識的に巻き込み空気量を増大させたものである。その時は粗骨材を入れない。コンクリートの余分な水分はコンクリートの寿命にいろんな角度から害をもたらす。多相系で困ったら、界面活性剤を使う方法を考えよとは化学実験室の常識なのだ。寿命は炭酸ガスの侵入による中和化、塩素イオンの侵入移動による鉄筋の腐食などから来る。安普請のコンクリート床から水漏れが起こったりするのは、セメントをケチるためにそれこそ水増しするせいである。水和反応は固液反応で完結までに週単位はおろか月単位年単位の時間がかかる。養生という乾燥対策が必要で、よくは知らないが、建設所要時間を決める主要な因子なのだろう。
超高層ビルともなれば下層にかかる圧力は大きい。超高強度コンクリートは普通の8-10倍の圧縮強度がある。高炉スラグとか、フライアッシュ、シリカヒュームなどを添加物とする。過剰水分の乾燥で出来る空隙を埋め合わすためと出ているが、ちょっと納得がいかない。過剰水分中にとけ込む水酸化カルシウムとこれら添加物表面との反応で、過剰水分の乾燥が止まるということであろうか。橋梁の桁にPSコンクリートが応用される。コンクリートは引っ張りに弱いから、鉄筋を入れるが、あらかじめ鉄筋に張力をかけてコンクリートに圧縮応力を与えておけば、引っ張り応力のかかる部分の構造材料に使える。それがPSコンクリートである。アルバイト先で聞き知ったのはもう半世紀ほど前で、当時は最新の技術であった。鉄筋の疲労とか腐食がどの程度のものか気にはなるが、詳しくは触れられていない。
昨年上海を2度訪れた。今は不景気の波を被ってかなりペースダウンしているだろうが、当時は日々都市景観が変貌して行く町と紹介されていた。我々が歩く観光目的地は変貌しないが、車窓から見る途中の景色は活発な都市再開発を物語っていた。朝、路上に屯して雇い主を待つ労働者を多数見た。でも土木工事現場は機械化されているためか遠見であったためか、あの毛沢東時代の人海戦術は一切見なかった。我が国ではもう土木工事を身近に見なくなった。偶に出会っても、ミキサー車とコンクリートポンプ車がフレッシュコンクリートを型枠に流し込んでいる姿が目につく程度で、昔のように多くの労働者が一輪車にフレッシュコンクリートを積んで、忙しく走り回っている姿など全く見なくなった。昔は締固めに長い突き棒でコンクリートを柔らかい間につつき回り、届きにくい型の奥まで行き渡らせるように努めた。今は内部振動機がその役目を果たす。フレッシュコンクリートは非ニュートン流体で、静置すれば骨材がブリッジを造り、流動性を失うが、揺するとそれが解けるチキソトロピーを持つはずだ。なぜそんな工法を使うかの説明を省いてはならない。
新聞に超高層マンション売り出しのチラシが入っていた。100mを越える建物である。本書では超高層では鉄骨造、鉄骨鉄筋造が主流だとしているが、ビラには普通の鉄筋造となっていた。霞ヶ関や新宿のノッポビルは鉄骨なのだろうか。地震波による応答解析が可能になって柔構造が確立されたとある。科学博物館であったか、昔々柔構造の有効性をモデル構造物で実験的に示す展示を見たと記憶する。人工地震で模型を揺すると、上から1/3ぐらいの位置に見かけ上の静止点があって、最大振幅は最上階と下から1/3程の位置に来るという実験だった。ちゃちなモデルであった。これだけ地震被害の多い国なのだから、国立の地震専門の博物館を作ってもよいのではないか。免震とか制震の構造は建築屋さんが盛んに宣伝する時代になった。橋梁の工事現場には今まで出くわしたことがない。石造りのアーチ型眼鏡橋から海峡を跨ぐ吊り橋まで、出来上がった構造体としての橋は、本書にある種類の殆どを見た覚えがある。山間で橋を渡す工事の時に、せり出させた未接続の橋桁が崩れた事故があった。あの工法はどれであったかなどと思いめぐらしてみた。
私のマンションはもう築後30年以上経過した中古である。今はそれほどいないが、入居当座は総人口5千といった。大型マンションなのだ。内部は端部屋を除いて全宅が同一構造(ただし隣り合わせは面対称)になっている。柱と梁は現場打ちだが、床と壁はプレキャストであった。当時では斬新な工法だったと思う。マンション建設現場横にプレキャスト工場を造り規格品を送り出していた。プレキャスト法は橋梁にも使われるし、下水道管、電信柱、道路敷き板そのほかあちこちでお目にかかる。コンクリートの面白い用途に船がある。戦中に鋼材がいよいよ不足し、コンクリート船を作ったことは覚えている。本書には4-5千トンという本格船だったとある。忘れていたが、去年に上海近郊の水郷で見つけ思い出した。屋形船程度の小さな舟であった。船外壁の水圧はコンクリートには圧縮応力だから問題ないが、船荷は引張応力で苦手だ。今ならPSコンクリートを使えるが、戦中にはなかったからどういう構造にしたのか興味がある。
コンクリートの一生は、セメント製造の時から構造物解体の時まで複雑な化学反応の連続である。無機工業化学のテキストを紐解いても、セメント主成分の数種の複塩組成とコンクリート化の水和反応における化学反応式ぐらいしか説明に出てこない。本書にその点を期待していたが、そのレベルの本ではなかった。劣化副反応「アルカリ骨材反応」の概要が描かれている。骨材の周辺にアルカリシリカゲルを形成する反応だ。これは吸水し膨潤する性質があり、膨張・ひび割れの原因になるとある。初めての知見であった。鉄筋の腐食劣化をもたらす局所電池と電気化学的診断法および対策は、材料工学屋共通の技術として広く知られている。セメントと骨材という鎧の上からだから難しい面はあるだろう。劣化診断に波が多用されている。光ファイバー・ケーブルの断線場所を知るために、反射波が帰ってくる時間を計るのと同じ原理を使う。音波であったり、超音波であったり、あるいは電磁波であったりと、プローブから発射する波の振動数は様々のようだ。
ポーラスコンクリートによる緑化は面白い記事だった。空隙率25%ほどのコンクリートを使いビルの屋上で植物を育てる。フラクタル論によれば、空隙率は10数%あれば連続空隙になるはずだから、ポーラスコンクリートには植物の根が入り込める。真夏の東京のビル屋上床温度は60度にもなるが、緑化で30度に下げられる。ヒートアイランド現象回避に現実性のある対策だ。道路に敷けば透水性舗装になる。圧縮強度は半分になるので、用途と補強策は考慮せねばならないのだろう。TV映像でドイツの河川堤防が緑に覆われている姿を見た。普通コンクリートのブロックでは自然景観を損ねる。雑草の生い茂れるポーラスコンクリートの利点を大いに利用すべきであろう。これは水中のブロックについても言えることである。

('09/01/22)