
- 東京大空襲で亡くなった作家の作品を見る。45才だったそうな。投獄されても転向はせず、ただ左翼活動は止めるという条件で釈放されたと云う骨の太い作家だったと云う。10万人は焼き殺した大空襲だった。武器の無い市民の大量無差別殺りくには戦勝側にはおとがめ無し、敗戦側は捕虜を殴っただけで虐待の罪と云うのはなんとも納得できぬ。戦中の日本軍の行為に対する補償訴訟が相次ぐが、ぼちぼち当時子供であった、焼き殺され損なった生き残りの世代が引退してしまうから、勝訴の時に支払わねばならぬのは、全く戦争を知らぬ世代になってしまう。援助してくれと云うなら分からぬでもない、だが今の訴訟はお前の曾じいさんの犯罪を償えと云っているのと同じである。
- 私たちは次の世代のために非条理は非条理と口を開けて云うべきである。何もかも100%敗戦国が悪いなんて単純明快な論法は全く非科学的である。半世紀経った今日から歴史的事実として被害者意識加害者意識を捨てて、客観的に二次大戦の解析をしようではないか。大体一番被害の大きかった日本の諸子が、貝のように口をつぐんでいるのはどうしたことか。そもそも半世紀前の話を何故今ごろになって訴訟の種にするのか。今の民法刑法どれによってもとっくに時効の話である。マスコミもいわれありげな社説を掲げるな、初めから筋の通らぬ話ではないか。なんてな日頃のうっぷんを又思い出す。
- この作家のポスターが面白かった。絵の展覧会の宣伝、共産党雑誌の広告、大山郁夫の選挙宣伝、いろいろある。大正デモクラシーの息吹を感じさせる。あの時物言う大衆がおったらどんなに歴史が展開したか。それは別として私の目を引いたのはポスターへのローマ数字の入れ方だった。大正初年には既に横書きがあったようだが、何と銭50円1と書いてある。大正4ー5年になると1円50銭になったが、お金以外は右から左へ書かれている。でも昭和に入る前に左から右に横書きする書法が定着したようである。私の記憶では長い間左から右と右から左が並立した。どちらかを必要に応じて統一的に採用していたのだろう。
- この小さい美術館は純和風建築で、物産館が付属している。山奥の町が町興しに繰りだしたアイデアの一つであるらしい。ここには健康に一日を過ごせる施設が次々に作られてきた。なかなかセンスがあって、長い長い山道も障害としない、私のような風来坊を呼び込む。何より良いのは村人にやる気があることだ。仲間内でじゃらけていて客がきてもうるさそうな、同じ県のどこかの国民宿舎とは対応の仕方が違う。かってはお遍路さんが辿った道が山を縫っている土地である。そんな昔が気風に影響しているのであろうか。帰途何組かの自動車巡礼に出会う。軽快に談笑しつつ下りてくる、悩みの陰一念祈願のすごみなど一切感じさせない。なるほど寺のオリエンテーリングとはよく云ったものだ。でも本堂ではバスの一団が大きな声で般若心経を唱えている。色即是空。空即是色。それぞれの人生をやっているなと感じる。