猪君


今は性格を区別するのにA型だとかB型だとか言う。血液型で分類する迷信が流行っている。昔は干支であった。猪を干支とする人はあまり良くは言われなかった。猪武者一本気なぞなぞである。私はこの猪を見ると涎が出る性格(?)である。昔昔、口に入るものが少なかった時代に、貴重な蛋白源としてわが胃袋の中で成仏あそばしたのがこの猪君だからである。年に一度か二度、古里の山奥で山野を駆け巡っていた連中の中で、不幸な星の下に生まれたのが猟師に捕まって、予科練を憧れていた幼い男の子にまでその肉塊の一切れを提供することとなった。食った回数が少なかったのは幸いであった。なぜって?長引いていたら、幼年兵ながら夢叶って、誰かさんの御為に特攻出撃し、とうに成仏していたであろうからである。戦い破れてから猪には全くお目に掛かれなくなった。農地解放の声を聞いたとたん飢えた都会の地主に送られるはずの猪は姿を消したのである。小作とは現金なものである。
神奈川県伊勢原市阿夫利神社の大山と言う部落は、江戸時代の熱い信仰を今に伝える門前町として有名である。食い物屋には猪鍋の看板がある。よだれ反射に抗しきれずこの鍋を注文した。出てきた鍋にはまだ解凍しきれないで芯がいてついている肉が入っていた。味は江戸の濃い甘から式で私には合わなかった。どうして生地の旨さを隠すのだろう。だいたい凍った肉を出すなんて何が名物だ。猪様に対して失礼である。しかし冷静に心を澄ませると、今や飽食時代に慣れたおごりが我が舌の反応にもでている。幼時の思い出にフィットしないのである。そこの猪は牧場産だった。いまどき超大都会を間近に控えた土地に野生で過ごせるはずがない。やっぱ、一極集中はいかんなあと猪に同情する。
それから何年か後に丹波篠山に旅行したとき肉屋の店先にドーンと猪の丸裸が三頭も転がっているのを見た。こいつは野生ということだった。篠山はまだ猪からみて山地であることを実感す。またしばらく経って小豆島に行く。昔昔この島は猪の楽園であった。しかし猪の害が目に余るので、ある時代に垣を作って猪を寄せ付けぬようにした。今は野生の猪は絶滅し猪垣が歴史を伝えている。逃げ場が奥に広がっている土地では絶滅はないが、そうでない場合は悲劇である。カリブ海に浮かぶ島々でのすざましい先住民殺しの記録を読んだことがある。宣教師の記録である。オーストラリアの島でもそうだった。人種ごと絶滅している。どれも神に許された行為として行われている。ただ一神しか認めぬ人々の狂気の行き着くところか。猪並になった先住民哀れ。
それに比べれば八百万の神々が八百万の仏達と共存共栄する道を開いた我らの祖先は類希なる宗教感覚の持ち主である。多価値是認でないとこの世の平和は有り得ぬ。明治維新の文明開化と共に入ってきた帝国主義は一神教の毒気でもある。この悪酒に酔ってアジアに迷惑を掛けたが、この民族の元来の感覚は多神教的である。私の住む僻地にあるお宮がなんと延喜式にすでに載っているのを聞いて驚いた次第です。
山中で猪に出会ったときはびっくりした。さる国立公園である。どこかは猪君のために云わない。秋、落葉に道を失って徘徊していたときである。山カンで歩いたのが悪かった。すっかり暮れ掛かっていた。ガサガサと頭上で音がするので、やれうれしや道は少し上を走っていたとオーイと声を掛けた。一瞬静かになったので注意を引こうともういっぺんオーイとやったとたん猪突猛進に出会った。幸いきゃつの直線コースには外れていたのでニヤミスで終わった。最接近距離は5M程度であった。一匹猪公だったのでよかった(多分奴から見れば猛獣-人間-からの大脱走だったのでしょう)が、子連れだったら再突進だったろう。近頃は訳知りの人ばかり増えて一途にまい進する人が少なくなったからか、思わず奴に拍手する(ここは面白くするための嘘)。
いのししの歳にちなんだ四題噺を書きました。いつものようにまあ80%は本当の話です。感想をどうぞ。

('95/03/12)